1.はじめに
2.社会福祉改革の方向性 3.新たな動き
4.今後の行方 5.おわりに
1.はじめに
2000年の第5次人口センサスで65歳以上人口が7.0%を突破し、これを機に中国は名実ともに
「高齢化社会入り」した。2003年の1‰人口標本調査では、65歳以上人口は8.5%、その人口は1.07 億人、老人負担率は11.96%となった1。
これまで中国の高齢化については、「高齢者人口規模の大きさ」とその「急激な高齢化速度」、そ してなにより「先進国と異なり、経済が成長しきらないうちに高齢化社会を迎えた」ことが大きな 問題とされてきた2。しかしこれらはあくまでも「高齢化」という社会変動の一側面をとらえたも のであり、実際に中国が直面している高齢者問題の内実を語るものではない。
本稿では、経済成長著しい中国の高齢者問題の諸相を精確にとらえるために、近年の中国におけ る社会福祉改革の方向性を把握し、都市と農村だけではなく、同一地域内でも顕在化してきた高齢 者間格差の拡大が、その改革によってどのような方向に向かうのかについて検討を加えたい。なお 本稿では、特に言及しない限り、筆者が研究対象としている都市部に関する内容を中心としており、
農村部については別の機会にあらためて論述したい。
中国の社会福祉改革と高齢者福祉の行方
城 本 る み
1 中国国家統計局編『2004中国統計年鑑』(中国統計出版社、2004)による。老人負担率は15〜64歳の労働人口 に占める65歳以上人口の割合を示すものであるが、中国では一般に男性60歳、女性55歳が企業退職年齢と なっているので、年金負担などの数値は実際とは異なる点に注意が必要である。
2 中国の高齢化については拙論「中国の高齢化と社会保障」(『社会分析』第24号、1996)「中国の高齢化と敬老 院運営」(『日中社会学研究』第5号、1997)、「中国知識層の高齢者扶養にみる親子関係」(『人文社会論叢
(社会科学篇)』第5号、2001)等を参照されたい。
2. 社会福祉改革の方向性
(1)高齢者間格差
近年、中国では社会保障制度改革が進められているのと同時に、人口政策の見直しとともに高齢 者問題も重視されるようになっている。1999年に全国老齢工作委員会が正式に設立され、2000年8 月に共産党中央、国務院が「老齢工作(高齢者事業)を強化する決定について」を発布してから、
高齢者に関するさまざまな行政の調査・研究が進み、その成果等も含め、特に昨年あたりから高齢 者事業に関する政府系機関編著の出版物が増えている3。
高齢者事業強化の方針に従い、2000年12月に全国老齢工作委員会弁公室及び中国老齢協会が民政 部とともに実施した「中国都市農村高齢者サンプリング調査」4では、あらためて中国の高齢者が現 在抱えている問題、とりわけ都市と農村の大きな格差が浮き彫りにされている。
この調査は国務院の指示によって企画されたもので、国が費用を負担し政府が主体的に実施し た、中国では初めての全国規模の高齢者状況調査である。その内容は高齢者層の基本的な生活状況 や経済扶養状況、医療保健、地域福祉サービス、文化生活、社会活動、高齢者基層組織とその活動 状況など多岐にわたり、今後の高齢者施策の基礎データとされるものである。
調査結果の詳細とその分析については別稿に譲るが、都市と農村の高齢者の生活で大きな差異が 存在し問題となるのは、なんといっても経済保障であろう。都市ではすでに親子間の経済交流は、
これまで言われていたような子から親へのフィードバック形態5のみならず、成人し家庭を持った 子女に対しても親が継続的に経済的援助を行っているケースが多いことが明らかになっている6。 それに対し農村高齢者は社会保障(社会保険などの経済保障)の枠外にいるため、高齢者自身の農 業収入と子女からの経済的支援を経済収入の二本柱としており、都市高齢者のように経済交流が双 方向的とはまだ言いがたい状況にある7。
また中国のように人口も面積も巨大な国では、都市と農村という二元論のみでは語れない部分も
3 第10期5ヵ年計画の重点図書出版計画に高齢者問題専門書が含まれており、特に2003年から高齢者に関す る書籍の出版が相次いでいる。
4 本調査は2000年12月に全国20の省・自治区・直轄市の160の市(県)、640の街道(郷)、2000の居民委員会
(村民委員会)の60歳以上人口を対象に実施された。3種類のアンケートによる調査方式を採用し、個人有 効回答20255部(都市10171部、農村10084部)、及び社区有効回答160部(都市農村各80部)を得ている。
5 中国の高齢者扶養形態については、費孝通が中国の伝統的な高齢者扶養を、親の子に対する養育が子から親 への扶養という形でフィードバックされる「反哺型」と呼び、西洋的なリレー型とは区別して概念化した。
近年、これについては儒教の伝統的「孝」のみで概念化するのではなく、社会の経済発展レベルによる社会 変動の一側面ととらえるべきだという考え方を示す論文や著作が多く出されている。
6 中国老齢科学研究中心編『中国城郷老年人口状況一次性抽様調査数据分析』中国標準出版社、2003、440頁
7 一方で農村高齢者が子女に対してどれくらい経済的支援をしているかについても今回の調査で明らかにな り、農村高齢者が一方的に子女に依存して生活しているのではないことが明らかになった。
多い。近年の目覚しい経済発展の中では、地域経済力が高齢者の生活にも密接に関わっており、都 市と農村間だけではなく、都市間・農村間における格差、さらには同一地域内での階層格差の増大 も顕著に見られるようになってきた。
筆者が長期にわたって調査を行っている都市部知識層家庭でも、10年にわたる交流の中で多様な 変化があらわれてきた。経済的に余裕のある上海の知識層では、経済格差によって生まれている農村 出身の家事ヘルパーを雇用する家庭が増えた。北京では2008年のオリンピック開催に向けて開発が 進んでいるため、長年住み慣れた市街地住宅を売却し、郊外に新しく開発された高齢者マンションを 購入する家庭もあらわれた。そして内陸中規模都市長春では、北京・上海ほどの経済発展速度はな いものの、大規模な国有企業を抱える都市特有の年金格差問題も顕著に見られるようになっている。
知識層家庭では親世代と子女世代ともに経済問題とは無縁の場合が多く、比較的健康状態のよい 親との同居生活を解消して別居(近居)生活を始めたり、あるいは敷地面積にかなり余裕のある家 を購入し、遠居だった親を呼び寄せて同居生活を始めるケースも見られるようになった8。いずれ のケースも高齢者側の健康状態がよいことが前提にはなっているが、子女世代の新たな住居購入が 契機となって高齢者自身が移動(移住)し、その生活を変化させることを特徴とする、これまでに はみられなかった扶養形態である。
また都市高齢者が受領している年金額についても、次のようなケースがみられた。AとBは同年 齢、同学歴、73歳の女性としては珍しく4年制大学卒の高学歴であり、2人は専攻もクラスも成績 もまったく同じであったという。しかし就職時における「分配制度」9により就職先が異なったた めに、現在受取っている年金に何倍もの格差が生じている10。このケースでは本人たちの能力とは まったく関係なく、「分配制度」という本人の意思の及ばない制度、言葉を換えれば「運の良し悪 し」が老後の生活を左右しているのである。現在大卒時の「分配」は解消されているが、数年前ま で実施されていたことを考慮すると、制度的な問題で生じている同様の格差は、今後の都市高齢者 問題に深く影を落とすことが考えられる。
以上はほんの一部の事例紹介に過ぎないが、特にこの数年、子女世代の生活水準が向上し、それ に伴う親子関係にもかなり大きな変化が生じているケースが多い。すなわち都市部知識層において は、社会全体の経済成長と個人の収入増大がもたらす日常生活の変化が、多様な高齢者扶養のあり 方を可能にしているといえよう。
8 このケースは上海で夫の両親を呼び寄せたが、経済的にかなり裕福なので、基本的な家事はすべて家事ヘル パーがやっている。3階建ての一軒家なので、三世代がそれぞれ別の階に居住スペースをもち、親世代と子 女世代が食事をともにするのは朝食のみである。
9 新中国成立後は食料をはじめとして住宅などさまざまな「分配制度」があったが、ここでは大学卒業時にお ける就職先の配属制度を指している。個人の意思とは無関係に配属先が決められ、様々な問題があった。
10 Aは毎月2000元、Bは600元の年金であり、3倍以上の開きがある。ちなみに退職以前、Aは財務管理を教 える学校(事業単位)の教師で待遇は公務員に準じており、Bは一般企業に勤務していた。
近年中国の社会学界では、社会階層分析11が注目を集めている。筆者は今後、高齢者問題におい ても、各階層の抱える問題所在の差異に注目されるべきだと考えている。例えば前述したように、
経済成長の波にうまく乗ることができた階層では、経済的な問題よりもむしろ子女世代、孫世代が 留学あるいは就職によって海外で生活する場合も多く、精神的な拠所の不在や実際に高齢者が寝込 んだ場合の介護をどうするのか、という問題を抱えている。同じ都市部でも高齢者世代に収入が少 ない(もしくはない)場合は経済問題が優先的に解消される方策を考える必要があり、また優良な 郷鎮企業を抱える都市近郊農村と、農業収入そのものが少ない貧困農村では、同じ農村でも問題の 所在、優先的に解消されるべき課題も当然異なってくる。
中国の経済発展は、あらゆる格差を生んでいるが、その格差は高齢者問題においても切実である。
そしてこれらの格差がすぐに解消される特効薬的な処方は見つかっておらず、経済発展に伴い、かえっ て格差は拡大傾向にある。それと同時に高齢者問題の所在も拡散傾向にあるといわざるをえない。
(2)社会福祉改革
では、拡散し肥大化する高齢者問題を中国政府はどのように乗り切ろうとしているのであろう か。次に中国の社会福祉改革をとりあげる。
近年の中国研究においては、前述の社会階層研究とともに、社会保障制度改革にも注目が集まる ようになってきている12。それは90年代以降、市場経済導入とともに訪れた中国のめざましい経済 成長が、旧来の社会体制そのものを変化させる兆しをもち、あらたな社会的枠組みを構築しなけれ ば、計画経済時代のままでは国家システムの維持が著しく困難になってきているためでもある。
まず、中国ではこれまでの社会保障制度そのものが、都市住民のみを対象としたものであったこ とを考えなければならない。福祉支出の95%は都市住民に拠出され、残りの5%が農村に配分され ていたが、現在でも人口の7割を占める農民がこの5%を満足に享受できているわけではない。こ れまでの社会保障はあくまでも都市住民の「特権」として存在し、しかも企業が直接、住宅福祉や 報酬の一部に反映する形で担ってきたのが、いわゆる中国の「混合型福祉」の特徴である。国有企 業による企業福祉が実質的には国庫負担であったことを考えると、都市住民にのみ国の福祉政策が 与えられていたといっても過言ではないだろう13。
11 社会主義を標榜する中国においては、「階級問題」の存在は認められても、「社会階層」という概念は、使い 方を間違えれば政治生命に関わる危険なものであった。しかし実際に格差の拡大という現実は、階層問題 を直視せざるを得ない状況をもたらし、近年では政府機関である社会科学院や重点大学の社会学部を中心 に研究が進められており、あらたな富裕層として「中産階級」に注目が集まっている。
12 中国では政府方針に沿った学術出版書が増える傾向が顕著であるが、この10年間に出版された社会保障制 度に関する文献も相当数にのぼる。またそれに数年遅れた形で、この5年ほどの間に、日本でも中国の社会 保障制度について紹介的な形で扱った書籍が何冊か出版されている。
13 鄭功成「中国社会福祉改革の現状と行方」(『社会福祉改革とNPOの勃興』日本僑報社、2003)21-22頁
また中国の社会福祉の特徴を一言で表現するならば「救済的性格」ということになろう。すなわ ち新中国成立以前から、福祉の救済対象はあくまでも身寄りがなく、生活を支える収入源も、帰る 家もないというような社会の底辺に位置する人々であり、いわば救貧の思想から出発したものとい える。新中国成立後も、救済対象はあくまでも上述したような「三無」14の人々であり、一般の人々 がよりよい生活を求めるものとしての「福祉」の考え方は政府にはなく15、たとえあったとしても、
当時の経済水準や国家のあるべき姿という大枠を整備する急務から考えれば、救済対象枠の拡大は 実質的に不可能であったに違いない。また社会主義を標榜する中国にとっては、社会主義の実現に より、すべての人民が等しく幸福に「なっていなければならない」のであり、そうした建前をもつ 以上、特殊な状況下におかれた人々以外を福祉対象とするわけにはいかない事情もあったのであろ う。しかし文化大革命終了後、改革開放政策がとられ、天安門事件を経るなどいくつかの紆余曲折 はあったものの、90年代にはいってからは国をあげて経済成長に邁進し、誰もが「豊かになるこ と」を目指す市場経済時代が到来した。と同時に中国はそれまでの計画経済時代のさまざまなツケ を払うことになるのである。その最たるものが福祉分野であるといってよい。
1994年12月、国家計画委員会と民政部は「中国老齢工作7年発展綱要(1994−2000)」を制定、99 年10月に党中央と国務院が「全国老齢工作委員会」の設立を決定し、2000年8月に党中央、国務院 は「老齢工作強化に関する決定」を出し、高齢者事業の発展を促した。第10次5カ年計画にあわせ て出された「中国老齢事業発展十五計画綱要(2001−2005)」では、中国の高齢者事業が高齢化と経 済発展速度に追いついておらず、社会保障制度の不備や施設・サービスの不足、さらに高齢者権益 を侵害する現象がみられることを率直に認めながら、目前に迫る高齢社会に備え、老齢工作委員会 を中心に高齢者事業に力を入れていこうという決意を示したものである。
また国務院は2000年2月27日に、「社会福祉の社会化実現加速に関する意見」を批准しており、そ の中で社会福祉の社会化についての考え方を次のように述べている。「わが国が社会主義初級段階 に位置するという基本的国情に鑑み、 小平理論および党十五大会精神を指導理念として、扶養形 式は在宅を基礎とすることを堅持し、社区への委託、社会福祉機構の補充を発展方向とし、国家が 財政的支援をしながら社会各方面の力を積極的に社会福祉事業に導く新たな道を模索することを提 唱する。社会主義市場経済体制と社会発展に応じた社会福祉事業管理体制及び運用機構を設立し、
社会福祉事業の健全で秩序ある発展を促進する」ことがうたわれている。つまり「社会福祉の社会 化」方針は、あくまでも扶養形態の基本が「在宅扶養」にあり、政府は社区服務などの拡大をはか りながら、それを後方支援するというものである。また社会化の目標として、2005年までに国営の
凱 證郢
14 中国語通りに訳すと、「労働能力、生活収入源、法定扶養義務者の3つがない者」となる。
15 「福祉」とは本来「ひとびとの幸福」を意味する言葉であるが、同時に「社会的に弱い立場にある人々への援
助」という意味ももつ。社会福祉の分野では前者を「広義の福祉」、後者を「狭義の福祉」と呼ぶことが多い が、ここでは中国が後者の意味でのみ福祉をとらえていたことを述べている。
社会福祉施設をモデルとする多様な形態の福祉施設を設立し、在宅扶養をサポートする地域福祉 サービスネットワークの拡充をはかりたいとしている。
この「意見」の中で注目されるのは、「投資主体の多元化」と「サービス対象の公衆化」の2点が 明記されていることである。民営の福祉施設を行政がサポートすること、福祉宝くじ(詳細は後 述)の発行額を増やすこと、各種優遇政策を採用することによって集体企業、村民(居民)委員会、
社会団体、個人や外資による寄付金を福祉事業に投入してもらうこと、などが書かれている。また 従来、「三無」対象者のみを入所させていた社会福祉施設のサービス対象枠を拡大し、有償入所制度 や減額措置を採用しながら、それぞれの入所希望者の実情に見合ったサービスを提供するように求 めている。さらに施設入所によってのみ行われてきた福祉サービスの多様化を求め、在宅サービス をはじめ、地域のサービス体系の充実及びサービス提供者の専門化を図ることも求められている。
ここまでみてくると、この通達が中国政府の福祉改革の方向性を示す内容であることは理解でき るのだが、その実施にあたって政府が具体的にどのような後方支援を行うのかについては述べられ ていないことに気づく。福祉施設の増設についても言及はされているが、あくまでも目標が掲げら れているだけで、増設のために政府自らが動く気配はない。具体的なことは「福祉宝くじの発行 増」だけであり、これもどれくらい増やすのかについては述べられていない16。
鄭功成によれば、漸進的に進められている中国の福祉改革の特徴は大まかに以下のようにまとめ ることができる。すなわち①制度の専門化・公平化、②福祉の社会化、③財源の多元化、④地域福 祉の重視、の4点である。そして「 救済型 福祉事業から 福祉型 の福祉事業へ、 扶養型 奉 仕方式から 扶養と健康回復結合型 奉仕方式へ」の変更が基調となっているという17。このまと め方には筆者も概ね賛同するが、しかし①の制度の専門化、公平化については福祉対象の枠を広げ、
入所対象者が「三無対象」のみでなくなったという以外に施策や条例で見当たるものはない。ただ し、介護ヘルパー資格が国家資格となり、2002年3月に資格基準が定められたこと18は前向きに評 価できるであろう。
3.新たな動き
前述したように、中国の社会福祉分野において近年キーワードとしてよく使われるのが「多元 化」という言葉である。社会保障制度改革においても、その資金調達方法や運用面での「多元化」
がはかられ、高齢者問題においても、その解決にむけては「多元化」を目指す方向で動いている。
16 この通達が出された後、これらを実行に移すための法規や条例あるいは草案が出されていないかと調べて みたが、2004年末現在、政府による具体的な支援内容について言及したものは見当たらず、「目標」として の意見や通知以外のものは探せなかった。
17 鄭功成前掲論文、37- 47頁
18 民政部政策研究中心編『中国社会福利与社会進歩報告2003』社会科学文献出版社、2003、9頁
そこで注目されるようになったのが、「非営利組織」と「社区服務」である19。社会保障制度改革 にあたって、中国は「計画経済への反動もあって、福祉国家という概念に否定的」20だといわれてい る。経済発展をめざしている中国では、市場に都合が悪く、投資環境を悪化させるような情報は政 府が開示したがらない。しかしアジア通貨危機以降、国が責任をもって最低の保障をしなければな らないという議論は強くなってきている。ところが、その実現となると財源不足という問題を避け て通ることができないので、「社会の力、すなわちNGOや民間団体、市民社会を活用する動きが出 てきた」という澤田の見解21に筆者も同意する。そして福祉分野における財源不足の解消には、中 国独自に「福祉宝くじ」が発行され、それが新たに福祉施設を運営するための経費として使われて いることも付け加えておきたい。
本節では2節(2)で扱った社会福祉改革の方針によって、それが具体的にどのような形で高齢者 福祉に反映されているのかを検証する。高齢者問題に関する法整備についてはすでに別稿で扱って いる22ので、ここでは「管理体制・財源確保・運営方式」という3点に注目し、行政の高齢者福祉に おける管理部門の中核となる「老齢工作委員会」、次に福祉財源確保の切り札として登場した「福 祉宝くじ」、そして近年あらたな活動として注目され始めた「非営利組織(NPO)」と「社区服務」
についてとりあげる。
(1)老齢工作委員会
中国では、これまで福祉の責任を各事業体や企業の民政部門にまかせてきた。つまり中国の社会 福祉体制は分割管理状態にあり、「政府が福祉の責任を分散化させる政策」23をとってきたといわれ る。各団体の中に配置された民政部門が、それぞれの部署の民政関連事業のみをやっていたので は、国の将来を方向づける福祉プランのグランドデザインを設計することはできず、また責任母体 が不明確では、さまざまな問題が生起しても誰も責任はとらない、責任ある対応はしないという事 態がおこりかねない。
日本の旧厚生省にあたる民政部は、1978年2月の第5期全国人民代表大会第1回会議において設 置が決定されたもので、このとき同時に設置された民政部政府機関人事局が80年に人事部になって
19 中国国内でもこれらに関する研究はまだ着手されて間もないが、日本における中国研究においても、経済や 政治ほどは研究が進んでいない分野である。しかし近年、中国の新たな取組みを紹介する書籍が出版され ている。例えば『中国のNPO』(王名他著、第一書林、2002)、『ボランタリー活動の成立と展開』(李研 著、ミネルヴァ書房、2002)、『社会福祉改革とNPOの勃興』(沈潔著、日本僑法社、2003)等(いずれも日 本語で書かれたもの)があげられる。
20 大沢真理編著『アジア諸国の福祉戦略』ミネルヴァ書房、2004、300頁
21 大沢真理前掲書(座談会〜アジア諸国の福祉戦略をめぐって)300頁
22 城本前掲論文(2001)(1996)等を参照されたい。
23 鄭功成前掲論文、16頁
炎勞談
いる。82年には、この人事部が国家労働総局などいくつかの部署と統合され労働人事部となった が、88年に人事部として独立、98年の政府機構改革においても人事部のまま残され、国家機関や事 業団体すなわち公務員の管理部門として残されている。
78年に民政部が新たに設置されるまでは、政府機構所属の民政部門が「三無」を対象とする狭義 の福祉活動を主管24していた。鄭功成のいうように、民政部門は「政府が直接責任を負うべき福祉 事務の管理者」25という見方が適当であろう。
国家計画委員会は中国の社会福祉プラン及び長期計画の企画を担当し、財政部門、食料部門は価 格補助を主管、都市部の住宅管理部門は住居福祉としての住宅分配を主管、教育部門は教育福祉、
衛生部門は介護・健康福祉を主管するというように、各部門がそれぞればらばらに管轄内における 自分たちの責任のみを果たすという態勢であったため、省庁間の横の連携もなく、また複数省庁に またがる問題が起きると、お互いに責任をなすりあうこともあった。すなわち「中国の社会福祉制 度は、独立性をもつ社会システムではなく、社会主義体制の要望に応じて、当時の社会背景に服従 した、特別な役割を果たした」26のである。こうした背景の下、高齢化が深刻な問題であるとの認識 に基づき、中国政府はあらたに国務院直属の委員会として、「全国老齢工作委員会」を設置した。公 にはあまり言及されないが、99年が「国際老人年」であったことや、21世紀をむかえるにあたり、
国内外で人口政策見直し論がおこってきた流れとも無関係ではあるまい。
この委員会は国務院が1999年10月に設立を批准した組織である27。中国では、95年に「中国老齢 協会」が国務院の副部級の事業単位として設立され、民政部の管轄下におかれているが、この「老 齢協会」設立は1982年3月に「老齢問題世界大会中国委員会」が国務院によって設立されたことに その端を発している。この委員会は同年7月にウィーンで開かれた「老齢問題世界大会」に中国政 府を代表して出席し、同年10月に名称を「中国老齢問題全国委員会」と改称、さらに95年には「中 国老齢協会」と改称されて今日に至っている。
老齢工作委員会は国務院主管で、全国の老齢工作を調整する機構と位置付けられている。そのた め、その成員として中央組織部、中央直属機関工作委員会、中央国家機関工作委員会、国家計画委 員会、教育部、国家民族事務委員会、民政部、労働・社会保障部、司法部、財政部、人事部、建設 部、文化部、衛生部、国家広播電影電視(ラジオ、映画、テレビ)総局、国会体育総局28、国家旅
2459年には民政部の前身である内務部社会司、59-68年には内務部都市社会福祉指導司、農村救済福祉司、68 年以降は各地域の民政部門が主管し、78-88年は民政部都市社会福祉局、88-98年は民政部社会福祉司、98年 以降は民政部社会福祉社会事務司の主管となっている(鄭前掲論文、17頁)。
25 鄭功成前掲論文、17頁
26 鄭功成前掲論文、18頁
27 ここからは全国老齢工作委員会弁公室・中国老齢協会編『中国老齢工作年鑑(1982−2002)』華齢出版社、
2004、23-29頁、及び全国老齢委員会ホームページ(http://www.cnca.org.cn/)を参照してまとめた。
28 中華全国体育総会と1機構2名称を使用している。
游(観光)局、国家新聞出版総署(国家版権局)、国家人口・計画生育(計画出産)委員会、中国人 民解放軍総政治部、中華全国総工会、中華全国婦女連合会、中国共産主義青年団中央、中国老齢協 会の25単位が参加しており、それぞれの部署から1名ずつが委員として参加している。
この委員会の主な仕事は、「高齢者関連事業の発展戦略および重要政策を研究・制定し、関連部 門と強調して高齢者関連事業の企画実施を推進し、高齢者の権益を擁護・保障すること」である。
また「関連部門と協力しながら高齢者関連活動に対するマクロ的指導と総合的管理を強化し、高齢 者の心身の健康に有益な活動の展開を推進すること、各省・自治区・直轄市の高齢者関連活動を指 導・監督・点検すること、国連及び他の国際組織と協力してその中国国内で展開される高齢者関連 の重要活動を主催すること」29などが盛り込まれている。
この委員会弁公室(事務所)は民政部内に設けられ、日常業務は中国老齢協会が行っている。委 員会設立後は2節冒頭でも述べたように、委員会を主体とする各種調査が実施され、その調査報告 や老齢工作(高齢者事業)に関わるさまざまな文献が出版されることが多くなった。ただし、個別 問題に関しては省庁間の調整も必要であるし、各問題に対する責任を委員会が負うというよりも、
現時点ではあくまでも調整機関的役割を果たしているのだと考えたほうがよさそうである。今後は この委員会が高齢者問題について、どれくらいの権限を与えられ、どのような責任を負うのか明確 化されることが、機能拡大の第一歩であろう。
(2)福祉宝くじ30
中国の社会福祉改革の中で、唯一その目的が明確で、しかもその実施が結果を伴った形で成果を あげているのが、次にとりあげる「福祉宝くじ」である。
1949年の新中国成立後、中国では賞金や賞品を伴う「くじ」に対し、「資本主義的な賭博」として 批判を加えてきたため、それを利用するという考え方が採用されることはなかった。改革開放政策 採択後、さまざまな財源を確保する目的での「くじの運用」についての議論が始まり、1987年6月 3日、中国国務院は「中国社会福利募捐委員会」31の成立を批准した。また中央政治局常務委員会の 批准を経て、「民政部が社会福祉活動において懸賞つき募金活動を行う以外、その他の部門、単位及 び個人は類似の宝くじ活動を行うことを一律に禁止する」と規定した。
1987年7月28日、第1回「福祉宝くじ」が発行32され、96年には「スポーツ宝くじ」の発行が批准
29 王文亮『中国の高齢者社会保障』白帝社、2001、53頁
30 中国の福祉宝くじについては以下の2論文及び民政統計年鑑を参照してまとめた。
時正新・陳日発・任振興「福利彩票〜中国特色的社会募捐形式」(『中国民政』2000年第1期号45-48頁)、 秦泗美「中国彩票的積極意義及応注意的問題」(『山東省青年管理幹部学院学報』2001年第2期号52-53頁)
31 この名称は中国語原文のままである。日本語に訳すと「社会福祉募金委員会」となる。
32 当時は「賞金付社会福祉募金券」と呼ばれ、まず河北省石家荘市で正式に発売され、その後徐々に全国各地 に展開されていった。
されている。99年末までに中国で発行された「福祉宝くじ」の総売上額は395.2億元、これによって 集められた社会福祉基金は118.7億元にのぼる。このうち1.5億元は天災などの被災者救済基金とし て国庫に納められ、各地域に投入され使われた資金は80億元を超えている。
民政部によれば、この福祉宝くじの発行による収益は賞金と発行にかかる費用を除き、すべて社 会福祉と社会的救済事業にあてられており、収益全体の30−35%を占めているという。前述した福 祉宝くじ発行から99年末までの13年間の売上総額395.2億元(うち社会福祉基金118.7億元)の使用内 訳は、まず40億元を福利院、敬老院33、児童福利院、高齢者マンション、光栄院34、優撫療養院35、精 神病院など各社会福祉施設5万件の設立やその資金援助として使っている。またそれら施設の収容 ベッド数を100万床増加し、14億元を各級の総合的な社区服務センターや老人大学、老人活動所、軽 度の精神障害者のリハビリ作業所など1万件近くに投資、手形利息4.5億元は福祉企業の技術改善 プロジェクトなど12000件に提供され、障害者に比較的安定した職業を紹介することに役立てた。
また11億元は弱智児童教育や聾唖児童の言語教育、小児ポリオの後遺症治療、白内障手術など特殊 な手術を受けた児童のリハビリにあてられ、60万人近くがその恩恵に預かったとされる。
87年から97年の10年間で、中央、省、地、県の4級が都市の社会福祉施設の建設に投資した金額 は14.1億元であるが、同時期に福祉宝くじの収益でこれら施設の建設費として投資された金額は41 億元にのぼり、約3倍の規模となっている。また民政統計年鑑によれば、2002年末の全国の福祉宝 くじ発行単位は1121、それらの単位で働く職員は5812人36、総資産は75.7億元となっている。
この宝くじについては、「いわゆる賭博ではなく、株のように市場の動きと連動する金融資産の 性質もなく、ただ庶民が手元にある小遣いを投じて、あたればいくらかの収入になり、あたらなく ても福祉に役立つという心理的満足感も得られる複数の利点を備えた小額投資」との政府関係者の 見解が語られることが多い。背に腹は変えられないので、不足する福祉財源を補うには、現段階で はベストの方法だと考えられており、民政部幹部に対するインタビューでも、匿名ながらそのよう な意見を聞くことができた。
しかし、一方でやはり「くじ」という性質上、高額な賞金を手にする者があるために、賭博のよ うに「宝くじ中毒」になる者の問題が取り上げられることも少なくない。全国各地に「宝くじ長者」
33 前述の社会福利院は都市部および鎮において民政部が扶養者のいない高齢者や孤児、障害者などを入所さ せる福祉施設を指し、高齢者のみを対象とする施設もある。敬老院は都市と農村の両方にあるが、その運営 母体は居民委員会や村民委員会などの地方の末端行政組織である。入所対象は扶養者のいない高齢者(「三 無老人」)や「五保戸」制度の対象者である。
34 扶養者のいない退役軍人を入所者とする福祉施設で、民政部が設立・運営する。
35 これも「光栄院」と同じように、身寄りのない退役軍人を対象とした療養施設であり、生活や治療が保障さ れる。
36 全国各地の宝くじ売り場など関連の場所で働く人も含めると、この福祉宝くじの発行でおよそ17万人の雇 用が生み出されているといわれる。
が40人ほど生まれたといわれる37が、これは「それらの人々は、たまたま運がよかったのだ」と周囲 が納得できるため、不公平感を引き金とする暴動が起こるなどの社会問題にはいまのところなって いないという。しかし、高額賞金を手にするものを実際に見ると、自分もその夢を追い、手元にあ る金だけでなく全財産やローンなどを使ってくじに投じ、自己破産してしまう者もいるという。
この宝くじについては、こうした「高額賞金獲得」という夢を追う人々が出てくる性質のもので あるから、やはり徹底した宣伝教育が必要だといわれている。また株市場と異なり、「宝くじ市場」
には株を扱う証券会社のような仲介組織があるわけではない。「くじ」は、はずれれば手元には元金 も何も残らないということ、そしてそれが福祉に役立つのだということを、もっと宣伝すべきだと いう意見が多い。でなければ株ブームと同じように、それで身を持ち崩し、福祉の世話にならなけ ればならない人間を作ってしまったのでは意味がないからである。
もう一点、この「福祉宝くじ」では、動いている金額が大きいのが特徴である。前述したように 地方財政で福祉に投じられている金額より大きな額が動かされている。そうなると当然そこに汚職 や横領などの余地が生まれることになる。これら宝くじの収益が適正に運用されているかどうか監 視する機関はなく、またそれらの運用状況をきちんと情報公開する制度も整備されていない。筆者 がくじを買う人々にインタビューすると、くじの売上がきちんと福祉に生かされているかどうか、
という点について懐疑的な人が少なくないのも事実である。今後、このくじをもっと活用していく 方向で進むならば、それらの情報公開や監督機関などの整備も必要であろう。
中国政府はいまのところ、この福祉宝くじを見直す考えはなく、さらに規模を拡大することに よって、「星光計画」38などに用いる財源をいっそう確保したい考えのようである。管理運営の適正 化が一層図られる必要があるだろう。
(3)非営利組織(
NPO
)と「社区服務」39 ①非営利組織(NPO)中国社会の新たな動きとして近年注目されているのが非営利組織(NPO)である。これをNPO あるいはNGOと呼ぶか、また中国のNPOをどのように定義づければよいのかについては種々議 論されているところであり、まだ中国国内での確固たる定義づけには到っていないようである。本 稿では、中国の非営利組織について「政府でもない、営利企業でもない社会的活動部門」40という王
37 山東省では第1期に137万元、第2期に207万元、第14期に430万元、第40期には500万元の賞金を手にした者 がいるという。
38 社区服務の部分で後述する。社会福祉の社会化の一環として2001年に民政部が出した政策で、宝くじの収 益を社区整備に投資することを明言している。
39 「社区服務」は中国語原文のままであるが、標記以外の本文中では特別の場合を除き、「 」をはずして表記する。
40 註15でとりあげた3冊の書籍に定義や経緯については詳しく述べられているので、ここでは議論の詳述は 省略する。本稿の定義は王名他前掲書『中国のNPO』14頁を採用している。
名らの解釈を採用し、それを総称してNPOと呼ぶ。
はっきりしているのは、中国におけるNPO登場の背景が、社会福祉の多元主義化を採用する国 家戦略によってもたらされたものであるということであり、政治的にはまだ一党独裁体制を採って いる中国において、それが民主化あるいは市民社会の成熟によって自然発生したのではなく、あく までも政府の「認可と監督」のもとで動いていることである。
中国のNPO については、具体的な事例に基づいて別稿で論じるつもりにしているので、本稿で は高齢者福祉に関係する特徴を紹介するにとどめるが、NPO 登場の経緯についてもう少し触れて おきたい。王名は中国における NPO登場の背景を次のようにまとめている。社会主義中国では、
「公益」はそのまま「国益」とされ、政府はすべての社会資源をコントロールし、計画経済の中央 集権体制を通して「上から」公益サービスを人々に提供してきた。公益に対する私益もこれまでは 認められなかったが、市場経済への移行、またさまざまな社会問題の顕在化に伴い、「国益」として よりも「社会一般の利益」としての公益の重要性が広く認識され、政府自身も市場経済への体制転 換に際し、「小さな政府、大きな社会」を目標に行政改革に踏み出した。政府による公益サービスの 供給のあり方が変わる一方、公益サービスを提供する新しいシステムが求められるようになり、そ うした社会的需要に応じて登場してきたとする解釈である41。
この「小さな政府、大 きな社会」とい うの は、中国では80年代半ばころから議論されるようになった言葉 である。その背景には改革開放によって、それまでとは異なるさまざまな社会問題が生起するように なったことがあげられる。加えて福祉や医療をはじめとする多様な社会的ニーズに対して、政府がそ れをすべて担うのではなく、広く民間や政府以外の企業などに頼って解決しようとする考え方である。
岡室によると、第9期全国人民代表大会第4回会議において採択された「国民経済と社会発展第 10次5ヵ年計画綱要」(十五計画)には、「社会の構造転換による発展を前提としたうえで、その解 決を社会に求める方向が随所に見られる」という。「社会化」をキーワードとして、「社区建設の重 視」「営利/非営利分化の方向性の明確化」「十五計画の実現に向けて、人民の参与と協力を求める 姿勢」の3点から、政府の「非営利セクターに対する視点の転換」がみてとれるという。すなわち
「九五計画では 大きな社会 への転換の問題を 政府機能の縮小 に凝縮したが、十五計画では、
構造変化によって生じた問題を、それを請け負う 社会 という空間、とりわけ 社区 という空 間がマジックボックスのように解決してくれるかのように示されて」おり、前述の「社会福祉社会 化の実現加速に関する意見」にみられるように、サービス提供の中心は「営利/非営利や規模の大 小を問わずさまざまな形態による民間組織」が行い、活動の中心は「コミュニティ」にあり、その 基礎は在宅扶養にあるという「福祉サービスシステム」を構築すること、それが社会福祉における
「社会化」だということが明らかにされたのである42。
41 王名他前掲書、103-105頁
42 王名他前掲書、218-223頁
この十五計画では九五計画に比べ、中央政府が「社区」建設を重視していることが明らかにうか がえる。また「民主法制」の章に「各級政府は、政治協商会議および社会団体の話を進んで聞き入 れること」という一文があり、この「社会団体」という語が討議の過程で加筆されたことを、岡室 は「 民 主体で社会問題を解決していくシステムの構築が、すでに国家計画として意図されてい る」と解釈している。
②社区服務
非営利組織の活動と並行して中国政府が提唱しているのが「社区服務」、すなわち地域福祉サー ビスである。中国における「社区」はコミュニティの中国語訳である43が、社区は行政の末端組織 である街道および職場単位などを基礎とすることが多い街道の下部組織にあたる居民委員会、農村 部では郷鎮村の村民委員会を基本として区分されている。社区研究は中国でも最近注目を集めてお り、外国人研究者による調査も活発に行われている分野であるが、中国の社区はあくまでも行政の 末端組織としての性格をもつものであり、さまざまな議論はある44が、筆者個人は日本の町内会や 自治会とは基本的にその性質を異にするものと考える立場にある。
2003年に出された全国老齢工作委員会弁公室が各行政の高齢者問題担当幹部向けに編集した「老 齢工作幹部読本」45によれば、「社区服務」は以下のように定義されている。すなわち「社区服務」
とは、「政府の指導に基づき、街道を主体とし、居民委員会に委託して社区成員を動員した互助活動 を展開、社会問題の解決、人間関係の調整、社会的矛盾の緩和、社区における福祉の向上を目指し 社会的進歩を促すための活動」46であると定義されている。
前述したように、中国の社会福祉改革は、その対象をいわゆる「社会的弱者」から都市住民全て に拡大し、同時に新しい経済資源を動員して福祉サービスにつぎこむ、というものである。実践段 階において民政部門は、まず国営福祉施設の経済的基盤を多元化するところから開始した。これは 1983−84年に開始され、施設自体がさまざまな収入の道を探る事を可能にし、これにより施設によ る有償の福祉サービスの提供や小型企業の経営も可能になった。次に取り組んだのが地方行政と社
43 現在中国では「社区」について「一定の地理的範囲内において、さまざまな社会関係と社会活動が発生し、
特定の生活様式と、構成員が所属感を抱くような社会集団、社会組織を有し、一連の規範と制度によって結 びつけられた、相対的に独立した社会実体」というような定義が用いられることが多い。(王剛義他『中国 社区服務研究』吉林大学出版社、1990)
44 例えば李妍 はその著書の中で、社区服務の担い手である居民委員会について「行政の末端組織であるとい う固定観念を取り払うことから始めなければならないと述べている(李妍 『ボランタリー活動の成立と展 開』ミネルヴァ書房2002、203-211頁)が、本稿ではその議論については扱わない。
45 これは 十五 国家重点図書出版企画によって出されたもので、いわば高齢者問題に携わる行政担当者に向 けた高齢者問題の解説と仕事のためのマニュアル本の性格を有するもので、「老齢工作委員会」の方針の手 引きのようなつくりとなっている。
46 全国老齢工作委員会弁公室編『老齢工作幹部読本』華齢出版社、2003、161頁 勞炎談
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区の力を利用することである。社区という地域コミュニティを利用することにより、福祉サービス の運用面で多元化をはかることを目的としたのである。この政策は84年に制定され、徐々にそれを 発展させたものが、後に「社区服務」と呼ばれることになるのである。
都市の社区服務が開始されたのは1986−87年で、94年に民政部は正式に社区服務を新たな産業と して認定し、総生産額とその達成目標を設定した。社区服務プログラムは、老人と障害者のために 準備された活動センターと福利院、精神障害者にサービスを提供する「作業リハビリ所」及びその 他の家事サービス、食堂、理髪店、修理店などである。これにより一般市民と社会的弱者群は全て この社区服務のサービス対象となり、地方政府の予算枠外資金が投入され、ボランティアの仕事や 営業収入が社区服務の資金的基礎となっている47。
また民政部門は社区服務の名をもって地方政府に投資と優遇政策を要求し、実際にいくつかの優 遇を受ける以外、社区は財政部門から必要な資金的援助を受けていない。そのため社区服務の実現 には、社区自身が営利企業を運営するか、また営利行為や無償の福祉サービスを提供しなければな らなかったのである。この政策は民政部に増収をもたらすものではなかったが、考え方によっては 地方の民政部門にとっては収入拡大のチャンスでもあった。地方民政部門は市場経済とリンクさせ た形で増収をはかり、それによって直面する財源問題を解決しようとしたのである。この政策は完 全に地方財政に頼るものであったため、社区服務を行うにあたって、実施母体の居民委員会が上部 機関にあたる街道事務所や市の顔色をうかがいながら行う結果にもなっている。
こうした政策に従うことで、都市における高齢者や障害者、孤児や障害児のサポートは、「国家福 祉」から「多元的福祉」すなわち各級政府、企業、社区と個人が共同で出資して建てられた福利院な どでサポートを受けることが可能になった。現在中国においては初の「混合福祉経済」があらわれて おり、これには国有、集団あるいは企業所有のもの、合資あるいは私有の福祉機関が含まれている。
現状では社区服務の発展は完全に地方政府の力に頼るほかはない。すなわち地方行政がどれくら いの財源支援を行うことができるか、それをどれくらい重視するのかによっても社区服務の質は変 わってくるということである。民政部門が地方政府に対して求めている優遇政策の内容も、実質的 な法的拘束力がないために、これもやはり地方行政の考え方ひとつであることに変わりはない。注 意しなければならないのは、「社会的弱者群」からサービス対象枠が拡大されたとはいえ、それはあ くまで「都市住民」を対象とするものである48ということ、そしてその都市住民とは「都市の正式
47 この部分は主に尚暁援「従国家福利到多元福利−南京市和蘭州市社会福利服務的案例研究」(『精華大学学 報』哲社版2001年第4期号、16-23頁)を参照してまとめたものである。
4896年の「高齢者権益保障法」では第35条において「社区服務を発展させ、高齢者の需要に応じたサービスを 提供すること」が求められている。93年の「社区服務を加速発展させることに関する意見」では、農村の村 民委員会も対象となっていたが、その後の社区研究に基づく施策はその多くが都市における社区を想定し たものばかりとなっており、先の「老齢工作幹部読本」でも社区服務は完全に「都市住民」を対象としたも のと書かれている。