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離島教育の研究Ⅱ ―樺島伊福貴部落の社会調査―

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(1)

離島教育の研究Ⅱ

―樺島伊福貴部落の社会調査―

長崎大学学芸学部・教育学教室

一一

Cはじめに

 われわれは昭和31年以来,次のような計画のもとに,離島教育の研究にとりくんできた。

 (1、離島の離島の教育 (2)離島の漁村の教育(3)離島の山村の教育  (4)離島の農漁村の教育 (5)離島の農村の教育 (6)離島の都市の教育

このうち(1)離島の離島の教育についての研究を終えた。本年は(2)離島の漁村の教育の 研究に着手した。このために,離島漁村の一代表として福江市伊福貴部落をえらんだ。

 我々が離島教育の研究に,一つの部落を取上げる理由については,まえの研究報告に於て明 らかにしたことであるが,(註1)なお,こ鼠でもう一度そのことにふれてみる。

 離島の人々の生活を高め,豊にするための具体的,実践的な教育計画は,第一次集団的な性 格の地域社会の教育計画でなければならない。そのような地域社会はいわゆる部落である。こ の部落に於てこそ,人々は互に現実の切実な共通問題を認識しあい,協力的にそれにたち向 い,それを解決してゆくからである。事実,現在,部落は農政漁政滲透の単位でもあり,(註 2)叉,同時に学校教育社会教育の行われる単位でもある。従って,このような部落に於け る,子供,青年,成人の人間形成を問題として取上げることは:重要な意味をもつものと考えら

れる。

 この調査の目標は次のように決めた。

「島の生活の民主化,近代化のため,島の教育的諸活動が如何なる役割を果しつ玉あるか,ま た,果すべきかを明かにするため,島の社会の実態を調査する。」

次に,調査の方法はほとんど面接法によった。

 尚,この調査は長崎大学五島学術綜合調査の一部分として行ったものである。調査にあたっ ては,長崎県当局,五島市町村長会の経済的な御援助を頂いた。又,福江市当局,伊福貴町民 各位の心からなる御支援御協力を頂いた。それらのかたがたに対して,こ鼠に深く謝意を表す

る次第である。

       (内  山  克  己)

註1 離島教育の研究 1

  (長崎大学学芸学部教育科学研究報告第三号 昭和32年3月 1−17頁)

 2 福武直編 日本農村社会の構造分析 昭和29年493−504頁

一1一

(2)

二,伊福貴部落の経済

 樺島は福江港外約11粁の南方海上に浮ぶ,面積10.4平方粁,人口3,223人の小島である。 島 は元釜と伊福貴の二部落よりなり,樺島村と呼ばれていた。昭和32年に福江市と合併した。

 島の地勢は海岸に殆んど平坦地をもたない山島である。山の傾斜地子は台地を拓いた,約!6 2ヘクタールの畠と約10ヘクタールの田がある。農業を専業とする世帯は全島で22世帯にすぎ ない全くの漁村である。そうして,耕地の大部分は元釜部落にあって,伊福貴部落の僅かな耕 地も,「ヒラキ」地区に集中していて,漁港周辺地区のものは,菜園程度の耕地をもつものが

:大部分である。

 この島は旧幕時代,竈百姓の村として,島民は薪炭,製塩を主業としていたもので,そのお もかげは元釜という地名に残っている。古くは元釜部落を中心に開拓され,伊福貴部落は五島 の隠れ切支丹の定着した小部落であった。現在の「ヒラキ」地区がそれである。現在の当部落 の約三分の二の人口をもつ伊福貴誌周辺地区の聚落は,明治時代の五島漁業の発展とともに形 成されたものである。

(一)伊福貴部落の経済の現況

 伊福貴部落は漁村の構造類型よりすれば,沿岸小漁村型に属する。 (註])即ち,零細な小 生産者がいくつかの漁法を組合せて沿岸小漁業に従事しているのである。この部落の漁法の主 体は,一本釣,手釣,延縄などの釣縄漁法である。これ以外には,四艘張網(三諦),キビナ 刺網(十統),エビ・イソタテ網(十統)などの漁法が用いられている。

 漁業協同組画幅は350人であるが,調査の結果では,実際に漁業に従事している戸数は189戸 である。年間総:水揚高は約61,2eo貫である。年間漁業者一人当りの漁獲高は約0.7トγとな る。これを戦前のものであるが第2表と比較してもこの部落の低生産性がわかる。しかし,船 なし漁家をのぞいて,第3表と比較してみると,ほぼ全国平均に近づくことがわかる。

     第ユ表 漁船所有状況      第2表 主要国漁業比較

動力船を有するもの 無動力船を有するもの 漁船を:有しないもの

25戸 59

105

189戸

ア メ リ カ

イギリス ノルウエF ド イ ツ フ ラ ンス

漁獲高(万トン)

342 152

1工1

107 68 36

漁業者数

(万人)

ユ53

13 5 12 2 6

漁業者一 人当り漁 獲(トン)

2.2 1工.6

22.2 8.4

34.0 6.0

課査年度 1933 1937 1937 ユ940 工937 ユ93フ

L

 それでは,この部落の漁家の漁獲による口入はいくら位であろうか。漁協訪問によって調べ てみると,動力漁船をもつ漁家で月平均一万円たらずであり,無動力漁船をもつ漁家で四千円 内外であった。

(3)

第3表 年間漁獲高別漁家数 第4表 経営耕地面積別漁家数(伊福貴)

無動力船のみ 有動力船のみ 所有するもの 所有するもの  100貫未満

 100〜200貫  200〜300  300〜500  500〜1000

1000〜2000 2000〜3000 3000〜5000 5000〜10000

⊥0000〜

  計

49,333 25,35⊥

13,522 15,579 15,828 1工,428  5,236  3,747  1β30

 587

ユ42,441

7β=0 8,244 6β08 8,917 10,813 7,356 2,885 2,254 1,284

 763

56,694

総   数 耕地を経営 しないもの 耕:地を経営 するもの  1反未満  1反一2反  2.ユ反一3反  3.1反一4反

198戸ICO% 198戸工00%

31   15.6    工50   フ5.6

167    84.4  火田  49    24.4  田

25 99 36 7

12.6 50.O 18.2 3.6

37 12 0 0

18.3

6.:L

O.0 0.0

近藤康男編「日本漁業の経済構造」より引用

 この島牧入を支える兼業の農業についてみるに,それは第4表の耕作段別が示す通り,極め て貧弱なものである。従って,出稼ぎによる牧入に依存せざるを得ない。この部落の出稼ぎ は,漁船をもたない漁家はもちろんのこと,殆んどの漁家の家族から出稼ぎが出ている。(第 5表)か玉る部落の現状に於ては,動力船漁家,無動力船漁家,船なし漁家とを問わず,一家 から多数の出稼ぎを出している家ほど経済的によいとされているのである。

第5表(A) 出稼ぎ状況 第5表(B) 出稼ぎ国別

16才〜20才

21  〜25

26 〜30 3ユ 〜35 36 〜40 41 〜45 46 〜50 51 〜55

合  計

64 34 22 10 6 5 3 3 147

30 24 7 0 0 0 0 0 61

94 58 29

!0

6 5 3 3 208

出稼ぎ地

五島各地 長1崎市 対  馬

其  の 他

71 15 5 9 25

ユ8

4 147

10 23 0

ユ7

0 3 8

6⊥

81 38 5 26 25 21

]一2

208

註 16才以上で島外に出ているものとしては   高等学校生徒男⊥ユ名女5名がある。

_3_

(4)

第ユ図出稼ぎ人口と在島入口の比較

90807・ざ0ぷ0403020!0 /父.2030 4り ≦卜0 6070 80 go 馴■ [田 [コ

在島学生出稼

 しかし,一般的にはこれら一切の牧入の総計をもってしても,生活の頗る苦しい家が多い。

小学校児童に対する欲求調査に於て,「最も食べたいものは何ですか」という問に対して,

「ごはん」,「米のめし」と答えたものが少なからずあったことによっても,この部落の窮乏

化が察1知され、る。

(二)伊福貴部落の漁業の歴史

 この部落の窃乏化は5,6年前から始まったのであって,昭和22年頃より,昭和27,8年頃ま では,宅地坪2万円から4,5万円の価格で売買されたような好景気さえもあったのである。

 昭和23年より昭和26,7年頃までは,こ玉には九統の揚繰船団が活躍していた。 まさに大型 網漁村の性格をもった漁業部落であった。もともとこの島の沖合1は,いわし,あぢ,さばの宝 庫であり,朝鮮海峡,東支那海への出漁の根拠地としても適地であった。歴史的にも大型網漁 業の可能性を多分にもった部落であった。明治末年にはすでは八田網図統が活躍し,大正時 代,昭和の初期にかけても,二,王統の小ヌイキリ網,ないし巾着網が活躍し,昭和15年頃よ り揚繰船が活躍し,昭和16年より漸次網数を増加し,昭和18年四統,昭和24年九統と増加して

いる。

 大型網の活躍はそのま鼠,この部落の経済状況の好転となっている。(第6表参照)これら の大型網はイワシ漁を主体とすることから,その漁獲物はこの部落で加工され,漁業に従事す ることからの牧入,加工に従事することからの牧入廃漁の肥料作用など,部落の経済をうるお すことが大きいからである。

       第6表 樺島村水産業の年次別生産状況     (単位貫)

館\劉昭和25倒 26倒 ・・ 28年1 29 30年

:水揚高

加工高

2,982,7ワ0  (100%)

354,フ00

(100%)

2,894,479  (97%)

282,773

(79%)

1,435,399  (48%)

266,001

(フ5%)

987,975

(33%)

167,601

(44%)

140,8工2  (5%)

ユ3,12:L

(4%)

96,564

(3%)

 5,718

(1.6%)

南松浦郡支庁調べ

(5)

 しかし,この大型網漁村の性格も,詳細に検討する時,それは単なる見せかけのものに過ぎ ない。というのは,明治末年の入田網もすべて他村点本のものであり,この部落の黄金時代の 揚繰船も,大洋漁業系二統,川南系一統,他の四三も問屋資本の導入を背景とするものであ

る。残りの二二は,終戦後から昭和25,6年にかけての好景気時代,問屋資本の導入によりて 揚繰船の責任者となったものが,やっと資本を蓄積して地元資本によってつくられたものであ

るが,既に不漁期に向っていたため,一統は29年に,他の一統は32年に負債のためつぶれてし

まった。

 他地域資本の大型網は,利潤のあがる間は,この部落を根拠地として活躍するが,利潤が少 くなればたちまち引揚げてしまう。かくて如何にも繁栄していたかの如くみえてた経済状況 も,まるで湯気楼のごとくあとかたもなく消え去って「本業主業も副業主業も,叉,副業被傭 も漸次減少し,逆に本業被傭が次第に増加している」(註2)という,我が国漁民層分解の事 実を示す漁村にかえったのである。(第1表参照)

 特に,この部落を現在のような窮乏化においこんだものは,地元資本家の倒産に起因する点 が大である。さきにも述べたように,終戦後の4,5年の好景気の波にのって,利潤を得た1氏

とK氏がそれぞれ地元資本によって,揚繰網一統つつもった時期には,すでに不漁の兆候のみ えはじめた時である。かくて,1氏は昭和29年に,K:氏は昭和32年に大きな負債をおって倒産

した。この地元資本家の網子となっていた多くの部落漁民は,その倒産前後3年から4年間,

充分の牧入もなく,その上一戸当り14,5万円から20万円余の賃銀未払の苦境に立たされたの である。 このため,この地区の好景気時代に於ける牧入の余裕も食いつくし,自営漁家とし て,能率的な動力船を手に入れる機会を失い,いな,無動力船さえも入手する機会を失い,本 業被傭のプ・漁家に転落したのである。第1図を見ても解るように,一家の中心となる主人の 年令層の出稼ぎ人数が相当数存在することはその事1青を示している。

 更に地元資本家の倒産は,漁業協同組合の銀行負債8eo万円の返還を不可能ならしめている,

即ち,前記8CO万円のうり500万円は地元資本家の借入金であり, i残りの3CO万円が他の零細漁 民の借入金であるが,地元資本家の倒産で,これらの返還は不可能に近い状態にある。そのた め,漁業協同組合は今や融資の道を絶たれたてどうすることもできないのである。

(三)部落民の経済的危機打開に対する意見

 一夕,部落の指導者集会を持って,現在のこの部落の窮乏化を如何にして打開するかという ことについて討議した。そうして,結論としては,部落が協同して,せめてヌィキリ網二二で も経営すべきであるということになった。この島の沖合に註記島のヌ・イキリ船団がいくつも操 業していること,その奈 島もかっては窮乏のどんそこにまでおちた村であったが,現在,部 落協同経営のもとに,資本家即労働者として,生産,加工,販売に従事し,ついに窮乏化を打 開した事実は,この部落の指導者達に大きな影響をあたえている。更に,部落の協同事業とし て,部落入会地である無人島ツブラ島に,椿の大植林をし,部落永遠の経済的基盤を建設した いとの事であった。(若し,植林が成功すれば,椿の実の採取,それ乙)採油薯業により,年間

一5_

(6)

数千万円の虫気が予定されるとのことであった。)

 か玉る指導者層の意見が,二二実現できないのであろうか。しかも部落の現在の経済的危機 を打開したいということは,部落民一致の希望であり,その関心の強さには驚かされる程であ るのに。そこで「漁業を盛にして,くらしをよくするにはどうしたらよいでしょう。」という 質問を戸主層95名の見本を抽出して,面接した。その結果は,回答の99%までは,「もう一度 揚繰船を導入して,昔の繁栄をとりもどしたい。」ということであった。「何故他村のもので なく,地元で協力してやらないのか。」ということを突きこんで尋ねると,大抵のものは「そ れはとてもできない。」というのである。

 部落民のか玉る意見には,それなりの理由のあることが調査の結果判明した。それは落部民 が協同組合を信用していないということである。 これは現在の漁協幹部に対してというより

も・組合そのものに対する不信である。それは現在の漁協の負債内容に対する反感と,更に・

かって産業組合時代に漁民が預け入れた貯金が行方不明のま鼠返還されない事実,漁業会時代 に於ける積立金の使途不明事件などよりくる不信である。このような事情を背景にしては「漁 業協同化への道」に進む意欲を部落脚達にもりあがらせることは,至難なことと言わざるを得

ない。

(四) 過去に於ける部落の経済的危機とその打開

 日本漁業はその漁獲高に於て昭和の初頭より第二の繁栄期に入った。(第2図)しかし,そ の繁栄も実は資本制大型網漁業の繁栄であって(第7表)(註3)却って,そのために沿岸小 漁村は大きな経済恐慌を招いたのである。 この部落もこの時期に深刻な経済的危機に直面し たのである。

第7表、沿岸,沖合及び遠洋漁獲高比較指数 第2図 日本の漁獲高推移 (単位ユ万トン)

沿岸漁業 内:地沖合 漁  i業i 遠洋漁業

1899

(明32)

100

工00

100 工909

(明42)

165 342 304

1914

(大3)

222 435 444

:L924

(大13)

 622 6,700 2,6フ2

1929

(昭4)

 509

5,フ20

3,156

!939

(昭ユ4)

 941

10,350 5,656

柏尾昌哉「日本の漁業」より引用

oo

400 300 200

/00

 0

牙一の繁嫌期   牙この繋柴期

痩業危挫 喚慧婿

2

明43 大4 大9 大/4 日召ξ  F叝「ノ0 B召ノξ 昭ユ0 鋸2穿

〃9 2/8 238 29 34/ 4妬 4賞 234 434 柏尾昌哉「日本の漁業」より引用

 その頃,殆んどの家が負債をもち,税滞納も甚しい状態においこまれていたのである。そう した反面,漁村特有の飲むこと食うこと,「船板一枚下地獄」の意識が生活費の浪費を甚しく した。その上,漁村特有の「みえ」「体裁」が冠婚葬祭などを華美なものにしていた。昭和10 年,自力甦生指定村となったことを契機に部落民は協力して立ち上った。中央に,指導者団と

(7)

して,30名よりなる自力甦生委員会が構成され,下部組織として,五人組制度の性格をもつ・

十軒の連帯責任を負う組がつくられた。そうして,中央指導者団体によって決定された「新し い生活設計」を強固な団結のもとに遂行してゆく責任を負わされたのである。この結果,冠婚 葬祭の簡素化はもとより,一切の生活の緊縮化が着実に実行されたのである。貯蓄奨励も・

「むら」時間廃止も実現した。昭和10年にこの部落に酒屋が11軒あったが,昭和15年には酒屋 は一軒もなくなったのである。負債に苦しんでいた部落の人達も次第と黒字生活をするように なり,貯蓄も少しづ玉ではあるが増加して行った。このように部落の危機打開に発揮された団 結は,更に発展し,部落全:域にわたるコ:ソクリートによる補装道路を昭和14年に完成した。そ うして,学校移転薪築,水道施設,電灯設備の基金積立となり,やがて,それらの部落協同事 業の実現にまでこぎつけて行ったのである。

 か玉る部落民の一協同による,部落の危機打開の歴史が,何故に現在の部落の非常時に・その 力を発揮できないのであろうか。

 思うに,この輝かしい部落の歴史をつくったものは,まだその当時大きな権威をもっていた 即自的な部落共同体規制の力であった。したがって,この部落共同体規制力を代表する部落指 導者層の指導的権威が,「国家の命令」と三二して,部落民に対する強力な指導力となったの である。しかし・現在・部落共同体規制は,終戦後の個人主義・自由主義のあらし・揚繰船団 基地としての好景気,地元資本家群の倒産,他地域への出稼ぎ人口の増加など,時代の変化に よって著しくその力が弱められている。揚繰下団基地としての好景気時代,この島に多数の商 人が往来し,他地区からの何百人もの漁夫が出入した。このことは部落の閉鎖性を破る力とな ったであろうし,さらに,現在多くの出稼ぎ人口はそれに拍車をかけるものである。地元資本 家群の倒産に関して,その資本家に部落共同体特有の美徳義理,御恩,奉仕のモラルを発揮し たものほど,馬鹿なめにあい,あっさりそのモラルを放棄して出稼ぎに行ったものほど得をし ているという事実が示す教訓が,部落共同体のモラルの力を弱めてしまったのである。このよ

うな部落の状態に於ては,戦後の個人主義,自由主義の思想的あらしは,極めて威力を発揮す ることができたのである。第8表を見てもわかるように,「(ホ)自分の考えをはっきり言え るように」が第2位,「(チ)何事でもす鼠んでどしどしやるように」が第3位となっている ことは,部落民が,近代市民社会的価値観を持っていることを示すものである。(この部落民 の価値観の詳細な考察は第3章参照)

 この部落の閉鎖性の破壊,部落共同体モラルの崩壊が部落共同体規制の力を弱化してしまっ ている現在,かっての輝かしい部落の危機打開の歴史も色槌せて,部落指導層の危機打開策も 部落の一握りの人々の意見としてしか通用しないのである。

(五) 部落の経済的危機打開の方途

 部落の現在の経済的危機打開の途は,この部落の指導者層が口を揃えて叫ぶ,部落民の協同 精神の高揚による部落協同事業の展開よりほかにないであろう。しかるに,部落共同体の崩れ 去った現今,そのあとに残るものは協同への不信と,「自分達さえ気楽に暮せたらよい」とい

一7一

(8)

第8表 学校教育努力点に対する希望

139

1

9

2

27 6

8

8

2

よむ

うら にの  人  と  お  り  あ  い を  よ  く  す  る

!9

7

に自

 の 考  髪  讐  言  Σ  る  ξ  つ

108

2

に健

 や  呑  ま  窓

 2

 考

58

5

2

76 4

9

う何 に事  で  も  す  鼠  ん  で  ど  し  ど  し  や  る  よ

81

3

         〔蕪惣嫁黙鯨ヨ調

う考え方だでけある。

 出稼ぎ青年の丁度帰省していた二,三のものに,「この村の現在の経済的危機をどうして打 開すればよいでしょう。」と質問したが,「さあ,私はあまりこちらに居ませんから。」と・余 り関心を示さなかった。この島の青年の大部分の出稼先は五島内の漁業基地であり,月に,一 度は帰省しているのである。それなのに,この青年達にとっては,この部落は「ねぐら」であ っても,生活するところとは考えていないのである。叉,学校訪問して,この部落の子たちに みられる一番函意すべき欠陥はと質問した。その回答の第一は協同精神の欠如をあげている。

たとえば,波止場から学校までの荷揚げ作業の時,命ぜられた回数だけは形式的に果すけれど も,はこぶ物はできるだけ軽くて楽なものを選ぶとのことである。共通目的に対して積極的に 協力する態度があらゆる協同作業に於て欠げているとのことであった。

 要するに,部落共同体規制を失った現在,これに代って部落民を協同させるモラルはまだ生 れていないのである。そうして,た罫野放しにされた家族主義的モラルの横行をみるだけであ る。(この点については第三章「島民の社会意識」参照)利益社会の冷たい風に乗って,横行 活歩する家族主義的モラルを廃棄し,即自的な協同から自覚的な協同へのモラルを如何にして 確立するか。このことこそ,この部落の経済的危機打開の基礎的な問題点であろう。

 今,部落民の自覚にもとつく部落の新しい協同体制が実現したとして,その時の部落の経済 的繋栄について考えてみよう。

 イワシ,アジ,サバの宝庫を近海にもっこの島に,部落協同経営の幾つものヌィキリ船団が

(9)

誕生し,漁獲高は激増し,かつ,漁獲物の加工製造の仕事は潜在的過剰人口を吸牧し,廃漁は 肥料に利用されるようになるであろう。ちなみに,廃山の利用だけについてみても,芋,麦の 増産に大きな効果をもたらすのである。揚繰舶が姿を消して以来,この部落の麦の牧穫高が半 分になっている事.実がそれを証明している。

 さらに,部落協同事業は先にものべたツブラ島の椿の植林事業に発展し,何十年か後には莫 な牧入をもたらすであろう。叉,・この部落の人達が問題としていない農業面からの牧入の激増 も予想されるのである。というのは,この島の気候のすぐれた条件がそれを可能ならしめるか らである。この島では,青年団経費の大きな部分を,島に自生している「つわぶき」を採集し 出荷することによって得る牧入でまかなわれていた。その「つはぶき」が市場に出るのが他地 区のものより二週聞も早いため高価に取引きされるからである。五島の南部地区,ことにその 周辺の島々は暖地農業を可能ならしめる好条件にあることは,すでに黒島の調査で明らかにし た。(註4)たとえ,零細な耕地であるといえ,促成栽培,採種農業によって,商品性作物を 育成し,それを共同出荷すれば,現在の牧入の幾倍もの牧入をうることは明白なことである。

この農業改革も部落の協同によってのみ効果が予想されるのである。零細な耕地に,各自が勝 手に栽培し出荷したのでは,たとえ値の高い商品性作物であっても市場価値を失うからである。

       (小  松  昌 註 1 小沼勇「日本漁村の構造類型」昭和32年 U7−182:頁

  2 柏尾昌哉「日:本の漁業」昭和31年 326:頁   3 柄尾昌哉「日本の漁業」昭和31年 199頁

  4 離i島教育の研究1(長崎大学学芸学部教育科学研究報告第三号昭和32年1−17頁)

幸)

三,伊福貴:部落民の社会意識

 ゲヴェーレ的な総有的漁場体系の崩壊は近代漁業が漁村に与えた謂わば革命的な変革であっ たが,然しか玉る事態は単に漁場領域のみに止らず更にその影響が漁民の生活へ,引いてはそ の意識面にも大きく波及し,加うるに漁村の資本主義経済への編入や近時のマス。コミの驚異 的発展はか玉る傾向に一層の拍車を加え,藪に嘗ての共同体的総有制を本体とした漁村に複雑 な陰影を投げかけるに至った。本項に於て考察しようとする問題は実は伊福貴部落に於けるか

玉る陰影の分析である。

 (一)前項既述の如く本部落に於ける出稼ぎの実態は真に圧倒的なものがある。この出稼ぎ の誘因,起源に関する考察は本項の将外であるが,それに結果する現象,即ち島及び部落の都 市化現象(Urbanization)に就いては是非触れておく必要があるであろう。

 本部落に於けるこの現象の生起はム般の場合と同様,何よりも先ず出稼ぎを介しての外社会 の認識に発するものであった事は藪に改めて贅言の要はない。所が現在の当地に於けるこの現 象は我々の最初の予想を全く覆す程のものであった。先ず電燈,水道設備は全戸殆ど漏れな

く備わり,道路という道路もすべてコンクリートによって完全鋪装が施されており,勿論一般

一9一

(10)

に見受けられる「村八分」などは全く存在せず,年中行事も一応他所並に行われてはいるもの の,特に6月14日(から3日間行われる祇園祭。本部落随一の行事で,悪疫退散の意を寓し,

この時のみは出稼ぎの人々も帰郷して部落全体を挙げて祭る。叉この時特に山上の祠に正面座 敷を向けて野天芝居を行って奉納する。)と9月20日 (氏神である恵美須祭)の祭礼を除いて は昔日の殿賑さは全く影を潜めて僅かに各家庭で個別的に行われているに過ぎない。だが以上 の傾向は特に当地だけのものではなく全国的なものだと云えばそれまで黛あるが,あの僻島に 於てか鼠る現象がこ鼠まで徹底して行われているという点は看過されてはならないであろう。

然し本部落に於けるか玉る傾向が果して真の近代的な生活意識の自覚の上に成立したものであ るか否かという点は問題であるが,今は一応肯定的立場を採っておこう。

簗9表 部落寄合の状態

有力者にまかせる 意見を述べにくい 意見をどしどしの べる

不      明

27名(28.4%)

13名(13.6%)

42名(44.4%)

ユ3名(ユ3.6%)

 95  100%

る。項目中「不明」というのは「寄合に殆ど出ない」

もこれが可なり高率であるのは問題であるが,それにも拘らず本表全体から見られる傾向は,

未だ有力者一任の弊風が可成り濃厚に見られはするが,同時に叉一方ではそれと併行して積極 的発言の空気が強く流れているという事であろう。か玉る傾向は部落寄合の民主的運営にとっ て不可欠の要件であるばかりでなく,叉か玉る傾向の出現はそれ自体近代的意識の自覚に連る ものであると考える事が出来よう。従って此処からして先述の傾向は単に経済的理由からと言 うよりは,寧ろ人間らしい生活構成の為の手段として都市化現象が諸方面の改善を媒介として 自らを露呈しているその一例だと見る事が出来るであろう。島は確かに変りつ玉ある一と言う のが我々の偽らない最:初の実感であった。

 然し果して真にそうなのであったろうか。若し都市化現象なる言葉の意味が丈化の単に物質 的・形象的側面のみの事を指すものであるならば,それは確かにそうであったであろう。だが その言葉の意味がどのようなものであれ,我々が今問題としょうとする島の生活は単にそうし た現象面のみに局限せらるべきではない。むしろかXる現象自体をその基底に於て支える「意 識」の面にこそ真の問題があり,従ってそこに真実の姿を探求して行くべきではないであろう か。そこで一見民主的な:寄留形態をとり而もそこでは可成り積極的な発言をするこの部落の人 々が所謂俗信に対して如何なる見解を持つかを調べた結果が次の三つの表である。第10表(戸 主層対象,個別面接法)は暦に於ける運勢に対する依頼度を示したものであるが,約半数がそ れに頼り,「全く見ない」者は僅かに2割となっている。第11表(調査対i象,方法同前)は霊 魂の有無に対する態度を示したものであるが,素朴に「有」とした者の圧倒的な高率に注目す  か玉る推測の一資料として蕪に部落寄合の状態を示そ う(第9喪)。それは何事かを決定する時,「(イ)部 落の役員とか有力者に任せる。(ロ)意見を述べたいが 述べにくい。(ハ)自分の意見をどしどし述べる。」

(戸主層対象,個別面接法)の中どれが本部落の傾向を 示すものであるかに就いてその見解を括めたものであ         とか「家内に一任」とかであって,而

(11)

第10表 暦の運勢に対する態度  第ll表 霊魂の有無に対する態度 第12表 伝承に対する態度

見  な い

特別の時見る

たいてい見る

20名 21%

28名 29%

47名 50%

無、

不  明

76%

12%

12%

信ずる者

信じない者 不   明

72%

21%

7%

べきであろう。唯一人(50才台)「見た事がないからあるなしは分らないが,祖先を忘れては ならぬという事でしょう」と答えた者があった。第12表(同前)は前問と関連して「祖先を粗 末にすると家が衰える」という伝承に対する彼等の見解の結果であるが,これもほ黛前と同じ である。以上から見て一見近代的な意識の所有者と見られる彼等もこの種の非含1理的な事柄に 関しては尚伝統的な意識を根強く残存せしめていると云う事が出来よう。

 所で現在はそうでないにしても嘗ては総有制体系を持っていた人々が共同体に対してどのよ うな反応を示すかを見る事は重要な事と思われるので,次に,一般に地域共同体に生活する人 々の処世原理を規制する「分」の意識を調査した結果(調査対象,方法同前)を示そう(第13 表)。 これは 「昔の学校では目上の人のいいつけに背くのはよくない事だと教えたものです     第13表   「分」 の意識      が,今の子供にもこういう事       (イ) (ロ) (ハ) (二) (ホ)      をよく教える必要があります

実  数

66

68.4

・あ

22

24.2 あな まい

2

2.1

1.1

4

4.2

95 100

か」(清水義弘編「日本教育 の社会的基底」125頁。) に 対じて表に示した五つの回答 を求めた結果であるが,これ に積極的な回答を寄せた者が 9割以上もあった。この事は それ自身何等不思議な事では ない。所がこれと他の諸調査とを関連せしめて考える時,そこに若干の,而も本質的な疑問が 起らざるを得ないのである。

 先ず第一の疑問は,この「分」の観念が機能し,適用される領域が果して何処であるかとい う問題である。既述の如く近代漁業は既に共同体的な総有制漁場体系を破壊し,特に本部落の 如きは嘗ての網元層も全部没落して一般小漁民部落と化し去り,而も前に指摘した如く原初的 な形態ではあるが既に民主的な寄合運営もなされている所であって見れば,此処には特に指摘 されるような明確な身分階層的ヒエラルヒーは殆ど存在しないと考えられる。それにも拘ら ず街か玉る「分」の意識がかくも根強く残存しているという事は一体何を物語るであろうか。

それは単に過去の因習という事のみで解釈する事は出来ないように思われる。そこでそのi基く

_11

(12)

所を以下の調査結果によって次のように解釈した。

 「よこざ」(家長の坐る場所)に関する調査(戸主層対象,質聞紙法)の結果によればその確 定率は89.1%(92酒中82戸)の高率を示し,又「入浴順」に関しては(調査対象,方法同前)

その70.6%(65戸)が,それもその殆どが戸主一子供(年長男,年少男,年少女,年長女)

一妻の順序で決定していた。次に第8表は「学校で特に力を入れてやってもらいたいと思うも のを三つ選びそれに1.2.3.の番号を入れて下さい」(調査対象,方法同前)に対して寄せられ た回答を処理して得た結果であるが,今本表で注目すべき点は次の三点に在るであろう。一 つは本表でも「分」意識((イ),(ト),(ロ))が強く現われて順位】,4,6を占めている 事,第二は同内容であるにも拘らず「親」と「人」との相違によって(ト)と(ロ)に可成り の開きがあるという点,第三はこれ等と,順位2,3を占めている事項の持つ内容的矛盾をど

う解釈し契合せしめればよいかという点である。

      り       コ       ロ      

 扱て,先ず「よこざ」と「入浴順」の意味するものはいうまでもなく家庭に於ける身分階層 的ヒエラルヒーの厳存という事であろう。而もか玉る「分」意識は第8表に関する第一,第二

         り       の       り       り    

指摘点にも戸主自らの要求として極めて鮮明に浮び上っている。そこで以上の如き点から,

「分」意識は,時代的動向によって,この部落の中では既に消滅してしまった筈のあの因習的

「分」観念が,r慣習は伝来の醇風美俗」という考えの下に依然として伝統的な重味を持ちな がら島民の現実的経済的窮乏に基く精神的な焦慮に便乗して「家庭の平和又は秩序維持」とい う一見近代家族主義的扮装の下に残存し,それが以上の結果となったものと考える事が出来よ う。所で次にこの解釈は第8表に関する第三指摘点とも次のように契合する。即ちか玉る「分」

観念はいうまでもなく家父三二家,叉は家父長の絶対的権威を支えるものであるが,現在彼等 は不幸にして「窮乏に基く精神的な焦慮」に苦悩している。所が彼等にとってこの苦悩を解脱 する道は恐らく自己の後継者に未来の希望をかけるという事以外にないであろう一それ程本部 落は絶望的危機に直面しているのである。そこで彼等は「家」の絶対者としてその子供等に  「立身出世」すべしと無意識の叱咤を繰返す。然るにこの叱咤が権威あるものとして受け取ら

れる為には,その権威の源泉として 「分」意識に支えられた家父長的な家の観念が必要であ り,それ故に彼等は「分」観念を推持したいと念願する。然しそれにも拘らず彼等はそれと同時 に「立身出世」の現実的条件は個人の「自主性」と「積極的態度」とに存する事を観念として 充分に知っているのである。 か&る伝統的・共同体的集団倫理と近代的・民主的個人倫理と の,叉現実的苦悩とその将来的可能性との矛盾の集約こそ第8表の示す所であると見る事が出 来るであろう。故にか為る意識が, 「子供の職業決定」調査に関しては親自身の決定56。52%

 (52人),子供に一任17。39%(16人),他は未定という結果(戸主層対象,質問紙法)を示  し,「子供の上級学校進学」調査に於ては希望する者93。7%の高率(戸主層対象,個別面接)

を見せ,更に「親自身の決定」に於て「将来漁業をさせる」という者が僅かに11名(21.1%)

(13)

という数を示しているのであろう。事実伊福貴小学校の就学率はこの種離島では珍しい例を示 し,長欠無し,平均94〜95%の高率であった。

       コ       ロ      

 以上から見て我々はこの「分」観念の適用領域を「家族」と断じ,而もそれは 「家父長中 心」のものであり,而して叉あの都市化現象によって一見極めて近代化されていると思われる 本部落も,一且その意識の深層に迄探り入れば意外にも旧いものが尚頑固に残存して彼等の信 仰及び日常生活を支配し,それも彼等自身というよりは寧ろその子供等の生活の上に重く大き

・くのしか玉っていると結論したい。

 (二) 以上の如き 「家父長中心」 の意識は更に他の調査結果に於ても明瞭に見る事が出来 る。第14,15表は夫々「孝+立身出世」(「昔の学校では祖先や親の恩に報いる為に一生懸命 勉強してえらい人になるようにしなければならないと教えたものですが,今の子供にも教える 必要があるでしょうか」(上掲書)),及び「孝」(「昔の学校では子供は親のV底つけをど んな事でも素直にきかなければならないと教えたものですが,今の子供にもしっかり教える必 要があるでしょうか」(上掲書))教育に関する是非を纏めた結果 (戸主層対象,個別面接 法)であるが,両者を比較して(イ)(ロ)の計に於ては前者は後者に梢劣るが,にも拘らず

(イ)のみに総ては8%の高率を示している点は前述の結論を裏書するもののように思われる。

    第14表  「才筆立身出世」観念         第15表  「孝」 観 念     (イ) (ロ) (ハ) (二) (ホ)       (イ) (ロ) (ハ) (二) (ホ)

項,

実数

60

63.1

26

274

あな まい

4

4.2

2

21

3

3.2

95 100

実 数

52 55

37 39

あな まい

2

2

0

0

4

4

95 100 所でこれと関連して,逆説的に以上の解釈或は結論を証明する一つの調査結果を提示しよ う。窮16表(「昔の学校では日本という国は一つの大きな家族のようなもので,日本人である以    第16表  「同胞」 意識      上お互は兄弟であるから争ってはならぬとい

    (イ) (ロ) (ハ) (二) (ホ)

\塁

1\

実 数:

61

64.2

24

25 あな まい

5

5.3

:要

1

1.1

4

4.4

95 100

う事がよく教えられたものですが,今の子供 にもこういう事を教える必要がありますか」

(上掲書))(戸主層対象,個別面接法)が それである。我々としてはこれで「広義の 同胞一国民」意識を調べる目的であったので 結果として出た回答は現在の日本に於て激化

しつ玉ある諸対立という点から見て一応満足

一13一

(14)

すべきものであった。所がそれにも拘らず藪に一つの疑問が生じたのである。それは以下の諸 調査が示すように,この結果を果してそのま鼠信じてよいか否か一換言すれば果して彼等は我 々の意図を正当に汲み取った上で回答したのであろうかどうかという事であった。所がそうで はなかったのである。結論的に云えば, この調査結果に示された積極的回答89%という高率 は,実は我々の考えた「広義の同胞=・国民」意識というよりも,寧ろ彼等自身の考える「家族 内同胞」の意味に於て受け取られた意識の上に立ってなされた回答に由るものであったのであ る。その理由は後述する事にして,では何故にか鼠る意味の転換がなされたのであろうか。そ れは云うまでもなく彼等の意識の深層に「家族内的分」の権威の上に立つ「家父長中心」の意 識があり,而してそれがすべてを「家族内」的観点から眺めようとする傾向性を持っている事 に由るのであると思われる。一般に「家」の責任者として最も切実に考えられる事は「家庭の 平和」という事であろう。而もそれは家庭が苦境に臨んだ時,家長の命令一回忌家族が秩序あ る行動を執ってそれを切り抜けねばならぬという場合には尚更の事である。今や彼等の現実は 部落始って以来の「危機」であると云われている。故に薙に「家族内的分」が特に強く意識さ れると同時に,か鼠る「分」の頂点に立つ権威者としては「家族内的同胞」の意識が鋭くその 脳裏に閃いたのであろう。然し何れにせよ,それが前述の「家父長中心」の意識である事に出 ては変りはない。

 か玉る解釈を下した理由は前の第8表によって自ら明らかとなるであろう。油壷に煽て最も 軽視されている項目は(ハ)と(二)であるが,これが一般に民主的生活に於て不可欠な要素

と考えられている「他人尊重」と「社会的協調性」とを表わすものである事は明白である。然る にこの場合特に前者の低率は真に驚くべきものがある。か鼠るいわば「非社会的」な意識しか 持たぬ彼等が如何にして同胞を 「国民同胞」と解し得る余裕があるであろうか。否一歩譲っ て,漏りにそう解し得たとしても果してそれがあれ程の高率を示し得たか否かは甚だ疑問であ ると云わなけばならない。而も後述する如く彼等の国家社会的関心はまことに以て極めて低調 なのである。その彼等が果して真実に立っての「国民同胞」の親睦性を支持し且つ強調し得る ものであるか否かは問うまでもないであろう。例えば基地をめぐる流血事件・各地に於ける労 資の対立,国会問題等々一画面問はれれば彼等の殆どは「そんな事は知らない」と淡々として 答えるであろう。

 然し考えて見れば無理もない事である。部落の殆どの人々にとってはその日その日 「生き る」事がそのま玉山なのである。天候さえ許せば彼等は暁闇に西海の月を仰いで漁に出で・婦 人も叉目も眩む急坂を蓼ぢて段々畑で終日を働き通すのである。か鼠る厳しい生活条件と苛酷 な重労働の中から如何にして「人間尊重」の観念が萌え出る事が出来るであろうか・勿論知性 を磨く欲求等は殆ど起り得ないというのが至当であろう。時たまの天候不1頂こそは彼等にと

っては正しく天恵的な休養の為の貴い時間なのであって・この時にのみ彼等はあの苦しい労働 から解放されて自らの時を楽しみ得るのである。従って彼等の関心が卑近な近隣・家族内の日

(15)

常事に集中されて,天下国家に関する視野が拡大されないのも故なしとしない。この事情は第 17・18表が明瞭に物語ってくれる。この調査は「勤務評定(叉は警察官職務執行法改正案)に ついてどう思いますか」(戸主三二i象・個別面接)に関してその意見を徴したものがあるが,

その結果は「全く存知せぬ」者が前者について6割富強,後者に関して7割弱という高率を示 した。而もこれに「其の他」の中の大部分(それは,聞いた事はあるが内容的には何も知らな い者,例えば「よいか,悪いか分らない」「考えた事もない」と答えた者)を加えると両者と       リ   コ

も優に7割半を超す事となる。以上を以て我々が先に「実父長中心の家族内同胞」意識と云

    り       り   り

い,叉「家族内的分」と断定した事も強弁ではない事が了解されるであろう。

第17表 勤務評定に関する見解

知らない

不賛成

わからない

67.3 14.3 ノ7.9 10.5

第18表 讐職法に関する見解

答1%

知らない

不 賛 成 わからない

69.4 ユ7.8

4.3

8.5

 かくして今や先に第⊥3表で関回した「分」意識の高率という事に絡んで生起する第二の問題 の結論を述べなくてはならない。それは以上から明かな如く,「分」意識がかく「家族内」に 限定されて社会的地盤を持ち得ない時,その意識は広く地域社会にまで展開しようとする望ま しい社会意識の萌芽を摘み取るばかりではなく,悪くすると「家族的利己主義」の絶好の温床 となり,而もこの利己主義の性格が閉鎖的である場含には極めて容易に封建意識と結合すると いう事である。何れにせよ「分」意i識の過剰は好ましいものではないが,更にそれが本部落に 於ける如き「家父長中心」のそれである場含には一層たちが悪い。というのは丈字通り最:も悪

しき意味での独善的な利己心を醸成する事によって部落の望ましい在り方としての秩序をも破 壊しかねないからである。このような利己心が更には「部落根性」となって転化して行く事は 一般によく知られている所であるが,この事情に関しては無意識的ではあるが彼等自身もそれ を認めている。それは「部落」とは云うが実は「自己」が中心となって物事が決定されるか ら,一且事が奉れば「部落意識」は直に分解して各自は元の「自己」の中に閉じ籠る。従って そこには真の意味に於ける一片の社会性もないと見なければならないであろう。

 その実例は次のようである。樺島村には昔から伊福貴と並んで本窯という部落があった。こ の両者は後者が老舗であるとすれば,前者は新興店舗とでも言うべき関係から常に反目と対立 とを続けて今日に至り,現在では既に村自体が福江市に合併されているにも拘らず,感情的な 対立は依然両部落民の意識の底に幡っているという。現在両部落には夫々中学校があるが,共 に小学校に寄生して毎日不便な授業を続けている。統合の話は屡々表面化し,本部乱民も第19 表に示した如く,統合賛成6割5分という高率を示しているにも拘らず,いざとなると常に話

一15一

(16)

第19表  中学校統合に関する意見 中学校を統合する必要がありますか あ  る 62名 (65%)

部経教競宅便 覆驚募急籔利

性で 質 を 師

をあがしが上

な る 向 げ 割 く   上 き 幽 す   す し す る   る て る た   か よ め   ら い

5  24  工7   5   4   7

ない17名(ユ8%)

通 経 部 学    二

上 濱 感

不    情

便 的 か     ら

10  4  3 16名

(17%)

16

何故統合できないのか

交  経 が  ・済 つ  害

不  不 か  明

34名 6名 工2名 5名 1名 工名 36名

36%  6%  13%  5%  :L%  1%  38%

がこじれるという。そこでその理由を調べて見ると(戸主層対象,個別面接法),明瞭に「部 落根性」と指摘した者が実に36%(34名)もあった。而も興味ある事は統合に関して年代別で        の       の

は年代が高まるにつれて(4G才台は例外)同年令門中に於ける賛成者が,又階層別では下層二 三階層中に於ける賛成者がその率を減じているのに対して,「部落根性」と理由を挙げた割合 は夫々その逆に増加しているという点である。これから推して実は彼等は自己の「部落根性」

を充分知りつ玉も尚統合に反対しているのだと見ないわけには行かない。彼等の反対は理屈で はなしに実は感情的に行われているのである。と云ってそこに真の「部落意識」があるかと云 えば,それは叉必ずしもそうではないのである。かくて彼等の所謂「部落根性」とは実は「部 落の」根性と云うよりは寧ろそれに名を籍る排他的・閉鎖的な「家族的利己主義」の謂であ

り,而もそれがかくも非合理的であるという事は,同様にそれを支えるあの「家父中心の家族 内的分」の意識も叉非合理的であると見なければならないであろう。

 (三) 以上我々は本部落に於ける二つの代表的な意識を別出した。一つは本部落に於ける薪 しいものを代表する所の,あの寄合に見られた民主的。近代的意識であり,他は逆に古きもの を代表する非合理的な家父長中心の家族的利己心である。本部落は実にか鼠る二つの全く異る 価値体系を混在せしめているが故に種々の問題を孕んでいると考える事が出来よう。所で我々

としてはこの二つの価値体系の関連を如何に考えればよいであろうか。

 我々は既に本部落の「家族的利己心」を悪しき意味での家父長中心の意識であるという事に就 いて述べた。所で一般的に云って古来農・漁村は地域共同体であると同時に生産共同体でもあ ったので,そこでは共同体関係が極めて輩固な姿に於て存在した。従って半農半漁の本部落に 於て,本来ならば最も典型的にか鼠る共同体関係が存在しなければならない筈のこの部落にか 玉る意識が殆んど見られないというのは如何なる理由に基くものであろうか。成程資本主義の 洗礼による住民の私的生活の独立度の向上とか・網元層の没落による社会的身分階層機構の稀 薄化等が一応考えに浮ぶ理由でもあろう。然し本部落に於ける根本的な問題は,か鼠る関係を

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