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韓国経済の現状と職業会計士制度
龍 家 勇 一 郎
1.
2.
3.
4.
5.
目 次
は し が き 韓国経済構造の概観 試練に立つ韓国経済の現状
韓國における証券市場と職業会計士制度 結 び
1.はしがき
韓国経済の出発点は,1945年8月度朝鮮の日本植民地支配からの解放に求めるものは,
当然のことといわなければならない。
当時朝鮮経済の上には,つぎのような諸特徴が見出される。すなわち農業が規制的地位 を占めていたこと,工業は第2次大戦中にかなりの発展をとげていたが,軍需工業中心の
ものであったため,きわめて奇型的な内容のものであった。さらにこのような農業及び工 業がきわめて高度の対日依存性をもっていたことなどである。
以上のような解放前の朝鮮経済の特質を要約して,朝鮮銀行調査部(のちの韓国銀行調 査部)編「朝鮮経済年報」1948年版につぎのように述べている。
「朝鮮の工業体系は,自立的な有機的連関と均衡的発展をなしとげることができず,技 術的にも,資本的にも,また原料,資材,半製品の生産系列にいたるまでも,日本の生産 体系に依存するようになってしまった。さらに朝鮮人企業は抑制され,朝鮮人の資本蓄積 と技術も阻止されているので,朝鮮工業は,生産系列の奇型性と工業生産の植民地的後進 性及び不具性を母胎とし,工業生産関係は自立性を欠如している・」と。
日本の植民地支配からの解放は,極度に非自立的,奇型的な経済構造のま\に突如とし て日本資本主義から朝鮮経済を離脱させることになった。それゆえ,この解放には経済自 立のために必要な政策方途を追求する民族的主体勢力の形成が伴なわねばならなかった。
しかし現実の事態は,そのような方向に進まず,日本経済との切断,日本資本及び日本人 技術者の総退陣などの事情は韓国経済に一大混乱を生じさせることになった。
さらに国土の南北分断は韓国経済に対して,とりわけ痛烈な追加的打撃を加えるにいた った。資源及び工業生産能力分布の面における南北朝鮮の差異がそれを規定づけた,
第1表 重要地下資源の南北朝鮮の比率(%)
南朝鮮 北朝鮮
金鑓i鉄鉱
27.3 72.7
0.1 99.9
銑 鉄 タングステン
水 鉛 鉱
100
21.5 78。5
黒 鉛
29 71
有煙炭
0.5 99.5
無煙炭
2.3 97.7
〔資料出所〕 「朝鮮経済年報」 1948年版
第2表 電力の南北朝鮮比率 (単位KW(解放直前現在)
北朝鮮 南朝鮮
合 計
出 力
1,262,500 206,290 1,468,790
比 率1年平均魏力
86%
14%
100%
909,200 79,500
比 率
988,700
P
92%
8%
100%
〔資料出所〕 「朝鮮経済年報」 1948年版
第1表及び第2表によれば工業発展に必要な主要地下資源及び電力の大部分が北朝鮮に 集中していることがわかる。鉄鉱の99.9%,銑鉄の100%,有煙炭の99.5%,無煙炭の 97.7%,電力92%までが北朝鮮に集中的に分布している。
また第3表は工業生産額において北朝鮮が化学工業の82%,全金属工業の90%を占め,
重工業の上では,はるかに先んじていること。南朝鮮は軽工業が中心であったこと等を明 らかにしている。
第3表 工業生産額の南北朝鮮比率 (1940年現在) (%)
化 金 機 紡 窯
木 製
学 属 械 績 業 品
印刷製本
食 か そ
料 品
ス,電気 の 他
南 朝 鮮
18 10 72 85 21 65 89 65 36 78
北 朝 鮮
82 90 28 15 79 35
11
35 64 22
〔資料出所〕 「朝鮮経済年報」 1948年版
韓国経済の現状と職業会計士制度 115
南北分断以前の時期にあっては,重工業の進んだ北朝鮮と軽工業の進んだ南朝鮮との問 が相互補完関係が成立し,南北それぞれ,あるいは全体としての経済発展をささえていた。
しかし国土両断によって単一経済体制が両極に分裂するとともに,地下資源と動力源なら びに工業先進地域としての北朝鮮から切断された南朝鮮経済は大きな打撃を蒙ることとな
った。
つぎに韓国経済の出発点をたどるにわたって重要意義をもつものは,日本の敗戦と同時 に入れ替りにアメリカが南朝鮮に登場してきたことである。
アメリカは38度線以南の南朝鮮地域を軍事占領下におき,1948年夏の韓国政府樹立以後 は,直接的な軍政形態の撤廃を行なったとはいえ,依然として軍事,経済,政治の各方面 からする強力な影響力を韓国に対して保持,行使している。アメリカの対韓政策は韓国を その反共世界政策の最前線基地の一つとして,維持しようとする点に基本的ねらいがある。
1945年8月にいたるまでの,35年間の朝鮮経済の基本動向を規定したものは,当時の支 配国日本の対朝鮮経済政策であったが,1945年8月以後の韓国経済の基本動向を規定して いる主要国の一つとしなてアメリカの対韓政策を指摘せねばならない。韓国のエコノミス
ト研究グループはその報告の中で,以上の諸点をつぎのように述べている。
「わが国工業の奇型化は,日本帝国主義の遺産であり,この遺産は祖国解放によって二 重,三重にその奇型性を積み重ねるにいたった。すなわち,日本帝国主義の総退陣によっ て,国土両断によって,そして支配資本の交替によって。むろん解放には,奇型性から脱 却し得る機会をともなうものもあるが,われわれの場合はそうでなかったのは一従属か
ら従属への解放であったのである。」と。
(注1)
このように韓国経済はその出発点において,奇型的であり,自立経済達成のために非常 な苦難な道があることが想像されるのである。われわれは,この韓国経済の構造を概観し,
試練に立つ韓:国経済の現状を考察したる後,韓国経済の発展に今後貢献するであろう職業 会計士制度について述べたい。
2. 韓国経済構造の概観
1945年から1961年に至る16年弱に韓国の経済構i造の上に基本的な変化は起らなかった。
すなわち韓国経済構造における従属的,奇型的性格には基本的な変化はおこらなかった。
むしろある面では,こうした性格が一層強められた。そして,その従属と依存の対象は日 本からアメリカに変わったg)である。この点がきわめて重要な変化である。
経済構造の非自立的,従属的性格の強さを示す第一の指標は,輸出入貿易上の著しい不 均衡である。第1表で示されているように,1952年から1960年頃問に,年間の輸出規模は 約1,600万ドル台から3,900万ドル台に止まっているに対し,輸入規模は2億1,000万ドル台
(注1)「韓国経済誌」1963年1月号
から4億4千万ドル台にまでおよび,入超は,2億ドル前後から4億2,000万ドルの線にま で達している。
第1表 輸出入貿易の推移 (単位:1,000ドル)
\
\
1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960
輸 出
(1)
27,733 39,585 24,246 17,966 24,595 22,202 16,451 19,162 31,832
輸 入
一鞭列援竪入1
計53,630 153,630 93,926 108,628 66,166 68,148 67,190 80,966 97,168
160,535 191,806 i49,401 232,787 319,897 374,026 310,975 210,743 231,947
214,165 345,436 243,327 341,415 386,063 442,174 378,165 291,709 329,115
入 超
186,432 305,851 219,081 323,451 361,468 419,972 361,714 272,547 297,283
(注)(1)1954年までの数字は丁銀外為決済額であり,1955年からは韓国政府財務部の計数。
(2)一般輸入は,さらに政府輸入とにわかれるが,このうち,民間輸入については輸出の場 合と同じ。政府輸入は1958年までは韓銀決済額で,59年からは財務部計数。
(3)1958年までの計数は,外国援助総額から技術援助と援助機関行政費を差し引いたもので あり,59年からは財務部の計数。
(出所)韓国貿易 協会「貿易年鑑」,1960年版
第2表 主要製造工業の原料輸入依存度 (1961年度)
業 種
製 寸 寸 糖
ビ ル ア ル コ 一 ル
綿 紡 織 毛 紡 織
合成繊維
入 絹 織 物 製 材 合 板 製 紙 皮 革ゴ ム
火 薬 合 成 樹 脂 油 回 報 薬
ガ ラ ス
セ メ ン ト
原 料
小 麦 原 糖
麦芽ホツ プ 糖 井 原 棉
原毛羊製原毛
主 原 料 〃
木 材 〃
化学パルプ
原皮,補助原料 生ゴム,合成ゴム 化
主
学 原 料 原 料 〃 〃
補 助 材 料
〃
輸 入 依 存 度
国内自給 輸 入
0 0 0 0 3 0 0 0 19 0 0 80 0 95 1 10 1 23 64
100 100 100 100 97 100 100 100 81
100 100 20 100 5 99 90 99 78 36
(出所)経済企画隣「経済白書」,1963年版
韓:国経済の現状と職業会計士制度 117
この膨大な額にのぼる入超額はそれに見含うアメリカの援助によってのみカバーされた。
これは輸入額の僅か10%前後の輸出力しかもたず,残余は90%前後をアメリカに依存して いるという甚だしい非自立的,外部依存的経済構造をあらわしている。
つぎに第2の指標として注目されることは,第2表でも示されるとうり,工業部門にお ける主要製造品の原料の輸入依存度の高さである。火薬,皮革及びセメントを除く,16業 種が主原料もしくは補助原料の80%から100%までを輸入に依存している。先の輸出入貿 易構造が示している膨大な入超尻のアメリカ援助によるカバーとも関聯しているのである が,この高い原料の対外輸入依存の主要な対象はアメリカである。
そしてこれら主要製造品の原料を生産する企業体のすべてが,見返資金を財源とする政 府投資又は政府の産業資金によって造くられたものであり,純粋の民間資本によるものは,
殆んどないという事実にも注目せねばならない。すなわち資本と原料の両面にわたって韓 国工業企業はアメリカに対する高度の依存性をもっているのである。
第三に大量の食糧輸入がある。第3表にあるように1945年から1961年にいたる17年間に 4,643万4千石にのぼる外穀導入が行われた。このように,かっては農産物輸出を行なって いた韓国は,現在では年々1億ドル以上の外国農産物の輸入を行わねばならない状態に転 落したのである。
第3表 穀物生産実績と外穀導入量推移 (単位:1,000石)
1945 1946 1947 1948 1949 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961
国 内 生 産
米 穀 雑 穀 計
12,836 12,050 13,850 15,486 14,734 14,607 11,349 9,284 14,136 15,003 15,515 12,781 15,738 16,595 16,602 15,949 18,903
5,399 6,762 6,190 6,760 8,625 7,857 5,660 7,219 8,561 9,799 8,915 8,971 8,444 9,795 10,437 10,464 11,724
18,335 18,812 20,040 22,246 23,359 22,464 17,010 16,503 22,697 24,802 24,430 21,752 24,181 26,390 27,039 26,414 30,627
外書導入量
468 1,198 2,984 2,065 468 328 1,482 3,131 7,096 1,401
577 3,092 6,318 6,465 1,890 3,512 3,980
(出所)農林部糧政局資料による。
韓国の総輸入規模が3億ドルないし4億ドルであり,その食糧輸入規模が総輸入の3分 の1ないし4分の1に達している事実に照らしても,このような高度の食糧対外依存は深 刻な意味をもっているといえる。
こうした極端な対外依存と従属度の高さが持続される過程で,経済構造上における奇型 性の持続,強化の過程が同時に進行したのである。
第4表は産業構造の推移において,第2次産業が1953年の12.7%かち1961年の20.6%へ と増大している事実を明らかにしている。
一方第1次産業は同期聞に42。3%から40.2%へと殆んど横ばい状態をつゴけている。第 3次産業は45.0%から39.2%へと低下している。つまり第2次産業の比率が7.9%増加し たが,それにも拘らず第1次産業には殆んど変化がなく,第2次産業の比率増大に見合っ て,第3次産業の低下という事実が,こ\に示されている。
第4表 韓国産業構造の推移(GNPの産業別構成比)
1951
第1次産業 第2次産業 第3次産業
47.2 7.5 45.3
1953
42.3 12.7 45.0
1955
42.3 15。2 42.5
1957
39.7 18.3 42.0
1959 1960
38.5 20.0 41.5
38.0 20,5 41.5
1961
40.2 20.6 39.2
(注) 第1次産業には農業,林業,水産業などが.第2次産業には鉱業,製造業,建設業などが ふくまれ,第3次産業にはその他の残余全産業がふくまれる。
(出所)経済企画院「経済白書」,1963年版
さらに問題となるのは,第2次産業の中における製造工業の構造的特質である
第5表は産業銀行が作成した1960年鉱工業センサスによったものであるが,これによる と消費財工業と生産財工業との比重は,事業体数において14対86,従業員i数において15対 85そして生産額において11.9対88.1という開きをもち,消費的工業が圧倒的な比重をもっ ている。
第5表 製造工業の構i造 (1960年度)
事業引数 生産財工業
消 費 財工業 計
14.0
86.0 100.0
従業 員数
15.0
85.0 100.0
生 産 額
11.9 88.1 100.0
〔出所〕 経済企画院「経済白書」1963年版
消費財工業と生産財工業間におけるこのような不均衡は,1953年から1961年にいたる38 年間に何等の変化をみなかった。
韓国経済の現状と職業会計士制度 11g
最後に第3次産業の実態をみると,先進諸国における,それとは性質を異にし,専ら,
アメリカの消費財援助物資に依存する韓国独自のもので,第1次産業ならびに第2次産業 とは隔離された資本によって構成されているという特徴をもっている。この第3次産業は アメリカの援助によって早期から一面的な肥大をとげると同時に,第1次産業に対して,
破壊的,阻止的役割を果たしている。
3.試練に立つ韓国経済の現状
韓国経済の量的ならびに質的成長過程を示しているもっとも主要な特徴点は,その異常 なまでに高い対米依存性である。このような高度の対米依存の経済構造からして,韓国経 済がアメリカの援助動向によって決定的なまでの強い影響をこうむらぎるを得ない立場に おかれたのは当然のことである。それは質的側面ならびに量的側面の2方面からの影響と
して作用した。
いまアメリカの対坐援助の概観をみるとつぎの通りである。
対 韓 援 助 総 括 (単位:1,000ドル)
年 度
1945 1946 1947 1948 1949 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961
合 計
4,934 49,496 175,371 179,593 116,509 58,706 106,542 161,327 194,170 153,925 236,707 326,705 382,892 321,272 222,204 245,394 199,245
GARIOA
4,934 49,496 175,371 179,593 92,703
E C A S E C
23,806 49,330 31,972 3,824
232
PL480
32,955 45,522 47,896 11,436 19,913 44,926
ICA
5,571 82,437 205,815 271,049 323,267 265,629 208,297 225,237 154,319
CRIK
9,376 74,448 155,534 158,787 50,191 8,711
331
UNKRA
122
1,969 29,580 21,297 22,181 22,370 14,103 7,747 2,471
244
(出所)韓国銀行「経済統計年報」1963年版
これらの援助のうち,1945年から1954年前半にいたる8年間に供与された援助はそのほ とんどが消費財の形で導入された。
これに一定の変化が生じるようになったのは,1954年以降の経済再建ならびに復興計画 開始の時期に入ってからである。とはいえ1945年〜1961年の援助総額の内容は施設財19%,
対消費財81%で,1954年以降の「復興と再建計画」支援にもかかわらず,アメリカ援助の
主要内容が消費財中心であったことに変化は生じていないのである。
これをつぎの表でみるとはっきりすると思う。
〔注1〕 GARLOA=第2次大戦後アメリカの占領地域における食糧欠乏を救護するために実施さ れた援助の一環。
〔注2〕ECA=1948年大韓民国とアメリカとの援助協定にもとつく援助。
〔注3〕 SEC=SuPPlies Economic CooPerationのことでECA援助を1950年の朝鮮戦争を契機 に戦時緊急救護計画に統合したもの。
〔注4〕 CRIKI=Civil Relief in:Koreaのことで韓国の戦災民に対する緊急救護を目的とする 援助。
〔注5〕UNKI RA=United Nations Korea Reconstruction Agencyのことで目的は同上。
〔注6〕 ICA=国際協力局の援助。
施設財と消費財の導入比率 (単位:100万ドル)
資 金 別
GARIOA
E C A S E C C R I K
UNKRA
I C A
P L 480
合 計
施 設 財
31(了%)
6(3%)
0.2(0%)
一(0%)
86(0%)
458 (28%)
一(0%)
608 (19%)
消 費 財
379 ( 93%)
170 ( 97%)
26 (100%)
457 (100%)
36(30%)
1−C260 ( 72%)
203 (100%)
2,531 (81%)
合 計
410 176
26
457 122 1,745 203 3,139
(注) 計算方法の相違により,実数が第38表の韓国銀行「経済統計年報」とは異なって
(出所) 黄鍾律(最高会議財経専門委員)「アメリカ援助使用の正しい姿勢」・「韓国経済」誌,
1962年11月。
アメリカの援助内容がこのようなものであったことに対しては韓国政府側から折にふれ てその是正が求められた。即ち韓国側としては自立経済促進をめざして,援助内容を施設 財中心に切りかえてもらい,それによって輸入代替産業,輸出産業の建設につとめたいと 主張したのである。しかし,この主張はアメリカの受け入れるところとならず,結果は従 来のアメリカの基本ベースが貫徹されたのである。
要するにアメリカの対韓援助はまことに膨大な額に達しているが,その質的内容からす ると韓国の自立経済のための発展計画に符合するものでなく,救護的,戦災復興的,軍事 的性格に偏重したものであり,大部分の援助資金は消費財の購入に充当され,それによる 外国商品の氾濫は民族産業ないしは国内の同種産業を圧迫する結果をまねき,消費財によ る援助を多量に受け入れれば受け入れるほど自己経済の基盤の弱化をもたらしたのである。
その後アメリカのドル防衛政策やその他国内事情のため,1957年に3億8,289万ドルにも
韓国経済の現状と職業会計士制度 121
達した対韓援助は1958年に3億2,127万2千ドルへと下降し,1961年には1億9,924万5千ドル へと落ちた。
このアメリカの対面援助の上にあらわれた急激な変化は,アメリカ援助に全面的に依存 してきた非自主的,奇型的な韓国経済に対して痛烈な打撃を与えた。即ち経済成長の停滞 と鈍化である。
国民総生産の成長率は,1957年前8.7%をピークとして,1958年には7.0%,1959年に は5.2%,1960年には2。1%で1961年には「5.16軍事クーデター」が起り朴政権の登場とな
るのである。
このように韓国において社会不安や経済秩序の混乱がおこり,経済成長の停滞と鈍化を まねいた根本原因はアメリカの援助政策の変化であるといえる。
朴政権としては当然この当面する経済危機の打開が最大の難関として取組まねばならな かった。同政権としては1961年5月31日には「基本経済政策」を発表し,同政権としての 経済危機打開に関する具体的な構想とプログラムを明示した。ついで同年7月22日「綜合 経済再建5ケ年計画案」が発表されるとともに広範な権限をもつ経済企画院の新設が行わ
れた。
「綜合経済再建5ケ年計画案」は (1)過去の経済実績
(2)本計画の目標 (3)経済構造の近代化 (4)支出国民所得とその構造 (5)分配国民所得とその構造 (6)計画総々中の財政収支 (7)国際収支
(8)人口動態
(9)計画の内容という構成をとっていた。
計画の主要な内容としては1960年を基準として,1962年から1966年にかけての5ケ年を 計画期間に定め,年平均成長率を7.1%にすること,それによって1962−1966年のあいだ
に46.3%の経済成長をはかることなどが定められていた。同時に失業人口数を1960年の 280万人から1966年に140万人に半減させることが目標とされた。所要資金総額は3,205億 600万ウオン(このうち政府投資が45。9%,民間投資が54.1%)でさらにこのうちの所要 外貨は約7億ドルと見積られていた。
しかしながら,この「綜合経済再建5ケ年計画案」は言論界や経済専門家たちの,きび しい批判を受け,軍事政権当局としてはフQランの練り直しをはかり,2ケ月後1962年9月 中に一応完成し,翌1963年1月「第一次経済開発5ケ年計画」として正式に発表された。
注目される変化といえば,計画の根本目標に関して最終案の方が「国民経済の自立度を
高めるために,後進的な産業構造を改編し,工業化を達成するのに必要な基盤を構築する」
という点をはっきりうたい,経済自立への基盤構築の方向をより明確にさし示している点 である。
第一次草案の方では年平均成長率7.1%の達成が真先にかかげられ,自立経済への基盤 造成云々はその後の方に究極目標としてかかげられているに止まっていた。また,部門別 優先順位の面ではつぎのような変:更が行われた。
すなわち第一次草案では①農漁業②石炭綜合製鉄,セメントなどの基幹産業③電力,輸 送保管などの社会間接資本④輸出増大による国際収支の改善などの順位とされていた。こ れが最終案では,①工業化の原動力である電力,石炭などのエネルギー資源の確保②農業 部門の優先的な開発による農業生産力ならびに所得の増加企図③経済成長の基礎である外 部経済の創造と基礎産業への重点賦与④国土の保存開発をめざす国土建設事業の積極的推 進⑤国際収支改善のための輸出増大⑥生産力向上のための技術革新強化などの順位となっ ている。
この5ケ年経済計画に対してアメリカは,あまり性急に重工業にただちに飛躍しようと するかわりに,まず小企業であるとか,家内産業あるいは村落産業などの労働力を吸収す
ることのできる産業を発展させる方向に計画を修正する必要があると強調したようである。
(韓国日報1961年11月16日付夕刊)しかし韓国知識層にとっては,アメリカのこのような態 度に不満を示すと同時に軍事政権の5ケ年計画案への支持を強めるようになった。
韓国の第一次5ケ年計画は以上のようないきさつを経て,立案,実施に移されることと なつπ。最近(1965年12月号),東京銀行調査部発行の,ミ韓国の最近の主要産業の現況。
より引用すればつぎの通りである。
「(1)韓国のGNPは1963年および64年にそれぞれ実質6.8%および6.9%の成長率を示 し,両年とも1953年以降の年平均成長率4.8%ならびに第一次5ケ年計画(1962〜66年)の 修正目標成長率5%(当初計画の目標は年平均7。1%)を上回り好調であった。
しかし1964年の産業別成長率をみると第一次産業12.4%,第ご次産業5.9%,第三次産 業4%であって,同年の成長は農作物(米,麦)の豊作による第一次産業の高度成長に負 うところ大きく,過去10年間韓国経済成長の主導的役割を果してきた第二次産業は,1961 年の2.1%を除き最低の成長率を示し,前年度の成長率14.1%に比べてもいちじるしく低 調であった。第三次産業も卸小売業ならびにサービス業の不況のため前年度の6.7%に比 べ4%の低成長であった。
韓国動乱休戦時の1953年における韓国の産業構i造は第一次産業42.3%,第二次産業12.7
%,第三次産業45.0%であったが,古謡近代化が進められ,1963年には第一次産業29.8%,
第二次産業22.6%第三次産業47.6%であった。しかし1964年には第一次産業のウェイトが 31.4%であって前年度に比し高くなり,第二次産業は22.4%であって前年度に比し低くな
り軽微ながら後退の現象さえ現われた。
韓:国経済の現状と職業会計士制度 123
1964年における第二次産業の成長率の鈍化は最大のウェイトを占める製造業の不振によ るものである。すなわち鉱業は一部鉱産物の輸出増加のため14.4%,電気業は降雨量の増 加と発電所の増設により,20.6%の高度成長を示したが,製造業の成長率は5.3%にすぎ なかった。しかし業種別にみれば食料品,木材および同製品,皮革および同製品などの消 費財産業は国内需要の低下,投資活動の不活発,輸入原料の不足などの影響から大きく低 成長であったが,紡績をはじめとする輸出産業とセメント,肥料などの輸入代替産業はい ちじるしい成長を示し,韓国経済が目標としている自立経済の達成が進められていること を物語っている。
(2)つぎに鉱工業生産活動状況をみると1964年の産業生産指数は151(1960−100),対前 年比上昇率8%であって1963年の13.2%に比べて上昇率の鈍化を示した。電気業を除き産 業活動状況,とくにウェイトの大きい製造業の生産活動が不活発であったためである。
鉱業の1964年生産指数は169.1であって,前年度に比し10.1%の上昇を示した。(1963年 度は14.1%の上昇)。主として,選鉱設備の新増設による品質の向上,輸出の増加により鉄 鉱石,鉛,亜鉛などの金属鉱業ならびに滑石,螢石などの非金属鉱業の生産活動が活発であ
って,金属鉱業は12.3%,非金属鉱業は32.5%の上昇をみたが,鉱業生産で最大のウェイト を占める石炭は過去数年の急上昇にかかわらず8.4%の上昇にとどまった。その原因は煉 炭売上げの頭打ち,産業鉄道建設の遅延,民間中小炭鉱の資金不足にもとつくものである。
1964年における製造業の生産指数は147.2,対前年比上昇率6.8%であって,1963年の上 昇率13.1%に比していちじるしく低調であった。政府の積極的な輸出振興政策と輸入代替 産業の育成政策により紡績,合板,セメント,石油,電気機器などの生産活動は活発であ ったが,他の部門は外貨事情悪化,平価切下げ,臨時特別関税法の実施に伴う輸入原材料 の不足,金融引締めによる中小企業の資金不足,購買力の低下,財政投融資の縮小などの ため一般に生産が不活発であった。とくに砂糖および小麦の生産高は輸入原料不足のため 著減した。1963年度の対前年比上昇率は11.6%であった。
(3)設備投資状況をみると1964年は財政投融資の縮減と外貨導入額減少のために投資活 動は一般に低調であった。国内総固定資本形成は1963年度に比し実質の3.5%の減少を示
し,そのためGNPに対する国内総固定資本形成の比率は1963年の15.3%に対し1964年は 13.8%であった。投資対象別にみれば電力,農林,水産,製造業は1963年に比し大幅に減 少したが,インフレの影響もあって土地,建物等不動産投資と在庫投資は増加した。しか
し個々の業種別にみればセ〆ント,ナイロン糸,鉄鋼,新聞紙,紡績合板などの輸入代 替産業や輸出産業の工場建設は積極的に推進され,それぞれ生産能力の増大をみた。運輸
・通信施設は前年度を上回る投資が行なわれた。」
以上述べられたように韓国経済の成長が計画通り行かず低成長であるのは,この5ケ年 計画案は当初から多くの問題をもっていたからである。その重なるものをあげるとつぎの 三点である。
第一点は,その資金調達計画に無理があったこと。
第二点は,インフレの問題
第三点は,5ケ年計画をめぐるアメリカ対韓国間の矛盾である。
このような問題点をもつに拘らず,工業化をめざす5ケ年計画案の決定,実施にふみ切 った韓国経済は重大な試練に立っているといえよう。
4.韓国における証券市場と職業会計士制度
このように韓国においては,この国独特の特殊事情のため経済情勢が安定せず,インフ レが可成り進行しており,又産業の発達が極めておくれ,失業者があふれ,所得水準が極 めて低く,国民生活の苦しき点等,解決すべき多くの問題をかかえているのである。なか でも朴政権が強力に工業の拡充を計画しているが,外貨の不足蓄積資本の不足,技術の貧 困等により,工業化は遅々して進まない実状である。
ここでわれわれが問題としている証券市場と職業会計士制度について述べてみよう。
韓国の証券取引所はソール(京城)特別市中区乙支路にあり,設けられてから十年にな る。建物は古い建物で日本の統治時代の京城証券取引所の建物をそのまま使用している。
昨年は(1965年置は証券去来法(わが国の証券取引法に相当)が改正されて,その126条 によりわが国同様に大企業の法定監査の制度が上場会社に対して義務づけられた。現在
(1966年1月)上場されているのは17銘柄に過ぎず,そのうち純民間会社は京城紡織,
東洋紡織,柳韓洋行,大韓重石,等五,六社で残りは,韓国電力,海運会社,大韓通運等,
国営企業が,政府の息のかかった民間「銀行」である。造船公社株は現在,取引中止中だ そうである。一株の払込金額は,10ウオン(1ウオンー円三十四銭)100ウオン,500ウオ ン,1,000ウオン等色々であるが,株価は沈滞し,現在株価が額面を上廻っているのは柳 韓洋行と京城紡織ぐらいで大半の銘柄は毎日の立会いでも値がつかないので,立会い時間 (注)
はものの十数分で終ってしまうそうである。(1966,1,22日,朝日新聞)髄国政府は本年の 春先きに仁川重工業など国営企業を新規上場することにしているようだが業績のいい二,
三社に人気が出ればよいという程度で,昨年一年間に取引所で売買された株式の総額は9 千億ウオンにとどまっている。このように証券市場が育たないのは民問企業が徹底した個 人企業的性格をもち,株式の公開を好まないことや,市中金利が配当水準を上廻っている
ため,一般大衆が証券投資に関心を示さないことなどのためである。
また民間会社のうち韓国唯一の戦前派財閥で株式の公開のもっとも早かった京城紡織で すら資本金は2倦4千万ウオン株主437人というに過ぎないので・その資本不足が根本原
因である。
更に一般的にいって韓国の民間企業は,個人企業である。ソウルにある日本商社では「
(注)
ちょっとした取引もすべて社長と話さなければならない」と苦笑している程である。
〔注〕 朝日新聞(昭和41コ22日付)
韓国経済の現状と職業会計士制度 工25
つぎの表はその実態をよく示している。
製造業規模別面i成(1960年目
区 別
5人〜 9人 10入〜 19人 20人〜 29人 30人〜 49入 50人〜 99人 100入〜199入 200入〜49ゴ入
500人以上
計
事業 体数
55.4 25.9 7.6 5.6 3.1 1.5 0.7 0,2
100.0
被 用 者 数
14.3 16.6 9.9 12.4 11.4 11.4 10.7 13.2
100.0
生 産 額
13.3 15.5 8.1 10.8 9.7 9.4 得.6 17.6
100.0
〔出所〕韓国銀行「調査月報」1963年9月
この表は,産業銀行が1960年鉱業,製造業センサスによって従業員数を基準に製造業の規模別構 成をみたものである。
これによると,事業体数の97.6%までが99人以下での中小企業で,100人以上の大企業 はわずか2.4%にすぎない。とくに従業員19人以下の零細企業が81.3%というのに対し,
200人以上の大企業が0.9%にすぎないというのは,著しい対照をなしている。
これは韓国工業の零細性を物語るものである。しかし生産額の上では,100人以上の大 企業が,42.6%,200人以上の大企業のみでも33.2%という高い比率を占めている。
これらの大企業は,その他の中小企業にくらべて資本の有機的構成も高く,また経営形 態においても法人体をとり,韓国工業において支配的地位を占めている。
問題はこうした大企業がその建設資金のほとんど全部がアメリカの援助資金に依存して いるという点である。これらの大企業はアメリカの対韓援助と密接な関聯をもつ織物,紡 織製粉,製糖等の加工産業に偏重し,その設立も始めから韓国経済の持続的な均衡のとれ た発展という観点からではなく,アメリカの三韓政策という観点に沿って発足したもので あって,原料の高度の対米依存性とともに,資本の側においても著しい対米依存と結合し ていることである。
又「民族資本」も解放後の韓国経済の発展過程において増大しているが,その実態の大 部分は,以上のようないきさつの中で形成された対米隷属性の著しいもので,経済の自主 的発展という面には,寄与しないばかりか,マイナスの面もあることを看過してはならな いのである。
韓国における有力な資本系列とレては,つぎのようなものがあげちれる9
① 三星財団(代表 李兼吉)傘下企業体 三 星 物 産 第一精糖,第一毛繊,栄物産,安国火災保険,東洋製糖,韓一銀行等 ② 三養財閥(代表 金秀沫)傘下企業体
京城紡織,製糖等
③ 三護財閥(代表 鄭載護)傘下企業体 第一火災保険,朝鮮紡織等
④ 開豊財閥(代表 李幽玄)傘下企業体 東方海上保険,大韓炭鉱,開立商社等
⑤ 東亜財閥(代表 李漢垣)傘下企業体 大韓製粉,韓永紡織等
⑥大韓財閥(代表薄身東)傘下企業体 大東製糖等
⑦ 和信財閥(代表 朴興植)傘下企業体 和信百貨店,興韓紡織等
⑧ 楽喜財閥(代表 具仁会)傘下企業体 楽喜油脂工業等
これらの資本系列は,
ンとのぼる巨額の資本蓄積を,
ここにも証券市場の沈滞の原因があるようである。
三 養 社
三 護 貿 易
大 韓 洋 灰
東 亜 商 事
大 韓 紡 織
和 信 産 業
楽 喜 化 学
そのほとんどが朝鮮戦争後の約10年間余りの短期間に数十億ウオ しかも株式制度には立脚しないで実現している。
経済開発のための民間資本動員とい う視点からみるならば,証券市場の育成は鉱工業に属する企業の株を証券市場にもっと多 く上場する方向をとるようにしむけねばならないだろう。
株式配当の保障,転換社債の発行等は鉱工業株を優先させ,鉱工業公社が証券市場を通 ずる株式公募によって設立されているときには,金融面と,税制面において,一層優遇す
る必要がありと韓国の識者はいっている程である。
(注) 韓国経済と産業連関分析 朴楽日著 P.33.
これらの企業の監査を担当する公認会計士は,217名の登録者があり,そのうち,42名 が政府の財務長官(わが国の大蔵大臣に相当)の指名を受けている。指名を受ける基準は
3年以上実務にたずさわっていて,大企業の監査をしたものとなっている。
韓国の公認会計士は英文の名刺にはC.P.A.と書いているが,漢字では計理士といい,
現在の会長は,昭和19年に京城高商から東京商大(現在一ツ橋大学)を卒業した李海東氏)
で,同氏は会計士試験委員,国民大学副学長,弁護士を兼ね,取引所の顧問をも兼ねる多 忙の人であり,著者も多い。
公認会計士試験は予備試験と本試験があり,本試験は,簿記財務諸表論,税法関係等五 科目で厳密な国家試験があり,最近大いに各方面から認識され毎年300名位が受験し,40 名程度が合格しているようである。
韓国経済の現状と職業会計士制度 127、
本試験に合格し,一年以上試補として実務修習すると会計士として登録できることにな っている。この他,会計学を修め,博士となっているもの,大学で会計学を教授したもの で,特別試験に合格したもの,三級以上の国家公務員又は二級以上の地方公務員で軍の位 階にて大尉以上で会計監査をした者等も詮衡の上,会計士となる資格があり,全体として 試験の水準はわが国のそれより,三々低く,従って全員が法定監査に従事できるわけでは ないのである。
韓国の経済状態は前述したように対米依存性が強く,産業の発達も充分でなく,一列を 電力事業にとってみても,わかるように,韓国全体の発電量が未だ40万KVAであって,
わが国の大電力会社の一発電所程度に過ぎない状態である。
従って上場希望会社が少なく政府は上場会社を増加するために,上場した会社は法人税 を半減するという政策をとっているそうである。
このことは,わが国で上場会社が過剰で,新規上場を厳重に抑制しているのと好対象を 〔注1〕
なしている。
法人税の税率は年所得100万ウオン以下20%,100万円を越える部分に対し25%であったが,
最近100万以下は25%,越える部分30%に引上げられた。しかし引上げ後もわが国よりも 相当税率は低く,韓国が60万を越える軍隊を擁し,国防費の負担も総予算中44%を占めて いるのに,わが国より税率の低いことは注目に値する。
所得税は総合所得税の課税がなく,所得の種類別に不動産所得,事業所得は年所得6万 ウオン以下,15%より累進し,54万ウオンを越えると45%となる。
勤労所得その他は2万ウオン以下,7%より,最高35%迄累進し,利子所得は甲種12%
乙種15%の比例税率であり,免税点はないが税率を掛けて一定額以下の税額の時には税を とらないことになっている。しかし,所得税,法人税ともに,わが国よりも税率は,かな り低いが所得水準が低いため,国民へ課する税の負担は,相当の重圧観を与えているよう である。営業税は事業の種類により千分の三よりして5,7,10,15,20,の税率により 課税されることになっている。
わが国の税理士に相当する者として,税務士の制度があり会計士,弁護士,税務士試験 合格者等の他に高等学校を卒業したもので,国税又は地方税の事務に10年以上勤務したも のは,税務士の資格があるため,その程度はあまり高いものとはいえない。
5.結 び
以上述べたように韓国経済は南北両断された国土,鉱工産資本の不足,農業中心の経済,
電力施設の不足,資本の不足,技術の貧困,インフレの進行など,悪条件の揃った中で,
自立経済の達成を目ざして工業化計画に逸進している。
(注1) 伊藤寛公認合計(韓国旅行詞より)
1966年に韓国政府は第1次5ケ年計画が終るので,引続いて明年から経済自立の達成を 目ぎして第2次5ケ年経済開発計画に乗り出すことになっている。ここご,三年来アメリ カの政策変更でドル援助資金削減で,どうしてこの経済危機を切り抜けるかに悩んできた 韓国政府も,有償無償5億ドル,民間援助資金2億ドル以上の日本の経済援助,アメリカ 国際協力局(AID)の開発借款1億5千万ドル,西独はじめ各国からの借款のを拡大な どで外資について当面明るい見通しをもっている。そして外資導入も量より質への転換,
条件のよくない民間借款に対する韓国銀行の支払保証の差し控えなどの注目すべき動きが 出ているそうである。
しかし外資導入によるプラント建設には,いままでの例から見て,現地工事費や国内調 達の原料,資材など平均して工費の3割は国内資金は頼らねばならないのである。これが
ダムや農業施設となると,この割合が更に高まるそうである。このため韓国では国内資本 の調達が改めて重要な課題として浮び上っている。
外資導入計画は日本の有償無償5億ドルの対日請求権資金の繰上げ使用を含めて,総額 が14億8,000万ドルの外資を投入する計画である。とすると年間の外資導入は二,三億ド ルで,これに見合う内郭は270億ウオンから400億ウオンということになる。韓国政府は対 日請求権の無償3億ドルのうち1億6,900万ドルで原料,資材を輸入して,民間に払下げ るなどの方法で738億ウオンの見返り資金をひねり出すことにしているそうであるが,そ れにしても,全金融機関の貸出しが,たかが1千億ウオン程度の韓国経済の規模では外資 の消化能力は年間5,000万ドルから1億ドルまでとする慎重論もあると報ぜられている。
とも角,今年でしめくくる第1次5ケ年経済開発計画が予定通り進んでいない大きな原 因の一つが,内隠の不足にあったことからみても,今後韓国経済の発展のために,韓国人 の官民一致の努力を要望したい。
筆者が特に研究したかった韓国職業会計士制度も韓国経済の現状に比例して,企業会計 制度が整備されているに拘らず,未成熟の感が強いのである。これも韓国経済の発展につ
れて各企業も充実して行くことであろうから,今後に刮目したい。
以 上
参 考 文 献
1.
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4.
5.
6.
7.
8.
韓国経済と産業連関分析 韓国の経済構造と産業発展
日本と朝鮮(第3巻)
韓国:主要産業の現況 韓国旅行記
会計喫税務到法規 内側からみた韓国経済
日韓諸条約について
朴 柄 日 著 中 川 信 夫 著
勤 草書房発行
東 京 銀行月報(1965,12月号)
伊藤寛公認会計士稿 李 海 東 著
朝 日 新 聞(昭和41.1.21.22.23日付)
外務省(昭和40.11月)
以 上