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(1)

「動的欝倍対照表論の基礎」における  

シュマーレンバッハの  

技術論的私経済学  

笠 原 俊 彦  

Ⅰ序  

「 技術論としての私経済学」(,,Die Privatwirtschaftslehre als Kunstleh−  

Ⅰeパ,Zお£ねcゐγげ≠ノ■ぉγ助乃(ねJざ紺gざざβ乃∫Cゐq/ 紺わ加,ダ〃・ぶCゐ〝〝g,6.Jah柑.,  

1912)を発表してから数年を経て,シュマ−レンバッハは,私経済学の諸問題   に関するいくつかのまとまった研究を刊行しはじめることに.なる。その最初の   ものは.,それまでかれが自ら編集する1 ̄商学研究誌」(ZβZねcゐγ・げf./■おγ月α〝−  

(おJ∫紺査■ざ∫β形ざCゐα./■鉦摘βダ ・ざCゐ〟乃g)に発表した企業財務に関する諸論文を集   め,これに加筆するとともに,新しい論文をも付け加えて,1915年紅刊行した  

「 財務論_】(ダZ紹α邦ggβグー〝乃gβ形,Leipzig)である。   

だが,かれが! ̄技術論としての私経済学」において示した私経済学の構想を   明確に.意識してまとめた最初の研究として−は,われわれほ,やはり,かれが   1919年に.発表した2つの大きな論文,「動的貸借対照表論の基礎」(,,GI■und−  

1agen dynamischer Bilanzlehreパ,Zeiischr・ififur HandcIswissenschqf i−  

1irche Forschung,13.Jahrgり1919)および「原価計算Ⅰ_l( Selbstkosten−  

Ⅰ′eCbnungI〃,Z巌ねCゐr友二/ 才./ め∴軌跡ゐね山一ざ∫β形ぶCゐq/一方Jよぐゐβダ〃γぶ亡兄〟乃g,13.  

(1)  

Jab柑.,1919)をあげなけれぼならない。われわれは,この2つの論文におい  

(1)このことについては,次をも参照せよ。中村常次郎稿「共同経済的経済性の基準   

−シュマ−・レンバッハ的「経営経済学」の成立−¶」『■福島大学商学論魚』20巻3   

号,1951年,3−8ぺ一汐。田島仕事着『ドイツ経営学の成立.』,森山寄店,1973年,   

129ぺ−ジ。   

(2)

579「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレン/くッハの技術論的私経済学−47−   

て,かれの私経済技術論の構想の一層の明確化を看取しうるとともに,また,  

そ・こにおいてこの構想が私経済学の具体的諸問題に意識的紅適用されることに   より,かえってその問題点が明らかになる事態をも知るととができる。   

本稿において,われわれほ.,1919年の! ̄動的貸借対照表論の基礎」を中心と   して,シュマーレンバッハに.おける技術論的私経済学の学問的性格を明らか紅  

(2)  

することとしたい。  

ⅠⅠ私経済学の規定と貸借対照表論の課題  

レユマーレンバッハは,そのl ̄動的貸借対照表論の基礎」において,かれの   商事私経済学(diekaufmannischePrivatwirtschaftslehre)の問題の1つを   なす貸借対照表問題を行動しようとする商人の観点から研究すること,ある   いは,商人の目的のために理論的研究によって一袋借対照表に.関する手続き規則  

(3)  

を得ること,を意図する9だが,ここに問題とされる商人の目的とは・,私経済   に.おいて現われるすべての目/的を意味するわけではない。医者が医学の研究成   果によって所得を得ているという事実に・拘わりなく,医学が治療法を科学的に  形成するとちょうど同じように・,シュ.マ・−レ∵/バッハの理解する商事私経済学  

は,如何にして−金を儲けるかを研究するのでほなく,「全体の必要(8ed枇f可岳Se  

der Gesamtheit)から生じる,商事経営の職分(dieAufgaben)を科  

(4)  

学的に研究_卜する占   

シュマ−レンバッハに.よれば,「全体の枠内における商人の職分は,全体が   要求する経済的活動を最良のやり方すなわち弟材および諸カの最小の費消で実  

(5)  

施すること」を意味する。この場合,全体ほ商人に対して所得を与えるのであ   るが,この所得は.,商人に,全体が要求する職分を遂行させるための手段であ  

(2)以下,本稿紅おいで,われわれが「動的貸借対照表論の基礎」というとき紅は,   

1919年のこの論文を指す。  

(3)本節におけるシュマーーレンバッハの所論は,主として,次紅よる。  

E.Schmalenbach, Grundlagen dynamischer Bilanzlehre ,ZeiischrififilY  ガα〝dβJざひ査・S・5♂〝5Cカ年/才J≠cカβダ〃′・ぶCゐα〝g,13..TabIg.,1919,SS∴2−6.  

(4)E。Schmalenbach,a.a.0・,S 2.  

(5)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.2.   

(3)

貨51巻 第5号   580  

−4β−  

る。商人自身にとっては,人間の治療によって金を儲けることが一般に・医者の   自己目的をなすと同じく,所得を得ることが自己目的であるかも知れない。だ   が,私経済学に.とっては,商人がその活動によって∴儲けるか否かほ,重要なこ   とでほない。私経済学にとっでは,「商人に課せられた仕事が全体の意味にお  

ける経済的最適性の原理(Grundsatz des wirtschaftlichen Optimumsim   Sinne der Gesamtheit)に従っ{:行われることのみが問題である。このため  

に,まさにこのためにのみ,この専門科学は,科学的研究によって:寄与しなけ  

し6) ればならない。」   

以上において,シュマーレンバッハは,商人の目的のために手続き規則を独   得することを私経済学の課題とする。換言すれば,かれは,商人の目的を技術   論としての私経済学の選択原理ないし政策目的とする。そして,そこ紅取り上   げる商人の目的を,利潤性追求とは無関係に規定する。この限りにおいて,「動   的貸借対照表論の基礎」紅.おけるシェ.マ−レンバッハの私経済技術論に・ついて   の考え方は,「技術論としての私経済学_lにおけるそれと同一・であるかに見え   る。事実,レユ.マー・レ∵/バッノ\は,「動的貸借対照表論の基礎」紅おける私経済   学についてのかれの基本的立場が,】 ̄技術論としての私経済学」において詳細  

(7)  

に基礎づけられていると主張しているのtである。   

だが,・それにも拘わらず,われわれは,この2?の論文紅おけるシュマ−・レ  

\  

ンバッノ、の考え方に.微妙な差異が存在することを看過してはならない。「働的  

(さ)  

貸借対照表論の基礎」における全体の強調がこれである。ここにおいては,私  

経済技術論の政策目的とされる商人の目的は,全体の必要から生じる商事経営  

の職分として規定される。しかも重要なことは,このような職分が全体の意味   における経済的最適性の原理に従うことを意味するということ,これである。  

(6)E.Schmalenbach,a.a.Ol・,S.3.伸し,傍点は笠原。  

(7)Vgl.E.Schmalenbach,a・a・0・,S・2,FuBnotel・  

(8)このことは,中村常次郎教授によっでも指摘されている。(中村常次郎前掲稿,12    ぺ一汐を参照。)これ紅対して,田島社章教授は,「技術論としての私経済学」におけ    る政策目的と「動的貸借対照表論の基礎」におけるそれとを同一嘱する。(田島壮事    前掲寧,134,2q8−9ぺ−・㌢参照。)   

(4)

581「動的黛侶対照表論の基経」におけるシュマ−レンバッハの技術論的私経済学−49−   

ここでほ,私経済技術論の政策目的は,端的紅全体の立場ないし総合経済的立   場を表明する。さきに「技術論としての私経済学」に.おいて商人の目的として  

の利潤追求を私経済技術論の政策目的とすることを拒否し尭バ/ユマーレンバッ   ハほ.,「動的貸借対照表論の基礎_】に.おいて■−・歩を進め,総合経済的目的の追   求を商人紅課し,この意味において商人の目的となる総合経済的目的を,私経  

済技術論の政策目的として措定するものと解される。この限りにおいて,「■技術   論としての私経済学_=紅おいて存在した,私経済技術論の政策目的の性格に関   する曖昧性は,「動的貸借対照表論の基礎_=忙おいては払拭された。だが,後に   明らかにするように,それは同時に,シュマ−・レンバッハの私経済学が規範論  

の世界における明確な第一・歩を踏み出したことを意味するのである。   

さて,私経済技術論の政策目的は,「全体が要求する経済的活動を……・素材お   よび諸カの最小の費消で実施すること」と規定された。さきに.,われわれは,「技   術論としての私経済学」における私経済技術論の政策目的が経済体の健康の維   持および回復に求められ,これが需要と供給との目的合理的調和と最小費消の  

(9)  

原理による生産とから構成されることを明らかにしたのであるが,このうち,  

需要と供給との目的合理的調和は,上記の規定におけるl ̄全体が要求すや経済   的活動を実施すること」に.よって表現され,最小麹消の原理に.よる生産は,「素   材および諸カの最小の費消で実施すること」紅よって表現されていると解する  

ことができる  。ただ,ここでは,「技術論としての私経済学.」に・おけると異な   り,需要と供給との目的合理的調和と最小費消の原理に・よる生産とほ,とも紅,  

私経済の意味に.おける経済的最適性の原理ではなく,全体の意味把おける経済   的最適性の原理に.従いこれを実現するぺきものとして,したがって,私経済体   の健康の維持および回復セはなく,まさに総合経済体の健康の維持および回復   を構成するものとして,理解されなければならないのである。  

l ̄動的貸借対照表論の基礎」において,シュマーーレンバッハは,商事賃借対  

(9)笠原俊彦稿「初期シュマ・−レンバッハにおける「技術論的私経済学」の構想」『香   

川大学経済論哉』欝50巻欝5・6号,1978年,91,93−94ぺ−・ジを参照せよ。   

(5)

策51巻 第5号  

582   ー5クー  

周表を,経済的経営(wirtschaftliche Betriebe)の内部における動的詩経過  

(dynamische Vorgange)を計算的に把握するための手段ないし利潤計算  

(10)  

(Gewinnberechnung)の手段として理解する。だが,私経済学の政   策目的を商人の所得追求に.でほなく,いわば総合経済的最適性の追求に求める  

シュマ−L/ンバッハに∴ねいて.ほ.,ここにいう利潤ほ,儲けの尺度(das Maβ  

des Verdienens)としての利潤でほない。かれによれば,それほ,経済経営  

(wirtschaftsbetrieb).の動的現象としてノの,経営費消(BetrIiebsaufwand)  

に対する経営給付(Betriebsleistung)の余剰(das Mehr)ないし企業の成   果(Lもistungder Unter・nehmung)であり,経済性の尺度(das MaB der   Wirtschaftlichkeit)である。その際,シュマ−レンバッハによれば,全体は,  

その経済的経営ないし企業が自ら生産する給付よりも多くの諸素材および諸  

カを消費しないこと,むしろそれが経営費消に対する経営給付の余剰(der  UbeISChu8)をあげることを期待しているがゆえに,この企業の成果としての   利潤は,全体利害の1表現(eine Erscheinung des Gesamtinteresses)を   なすのである。   

もっとも,こ.こで,シュマーレ∵/バッハほ.,資本主義経済体制においてほ,  

上記の余剰が企業者に.儲け(Verdienst)として与えられるため,経済性の尺度   が一・般紅儲けの尺度に等しくなることを認める。さらに,かれに・よれば,特殊な   場合には,科学的私経済学(die wissenschaftlichePrivatwirtschaftslehre)  

において:も,所得としての利潤が考察される。なぜなら,全体にとって必要な   いし有用な経済職分のため紅資本を集めるという問題ほ.,現存する自由経済体   制(die freieWirtschaftsor_dnung)においてほ,主として,資本家Kl所得の   見込みを与え,企業設立後にほその要求する所得を保障するという問題になる   からである。そして,この場合の貸借対照表論の目標は,経済性の尺度として   の利潤のみならず,さらに,所得の見込みとしての利潤の見込み,所得額とし  

(10)このような貸借対照表観が,貸借対照表を財産計算の手段として理解する「静的貸    借対照表観」に対して「動的貸借対照表顧」 

とについては,例えば,次を参照せよ。岩田巌著『利潤計算原理戯 同文館,1956年,   

171−172ぺこジ。   

(6)

583「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるジュマ−↓/ンバッハの技術論的私経済学−5J−一    ての利潤額を研究することに求められざるをえない。ただ,この場合において   も,所得は,それ自体の意義にトおいて研究の対象とされるわけではなく,総合   経済に.とって重要で,その成果(Erfolg)を規定する現象としてのみ,研究の   対象とされるのである。   

このようにり 資本主義経済体制に.おいては,経済性の尺度が一・般に儲けの尺   度に等しいとと,および,場合に.よっては所得計儲としての利潤計算が私経済   学的考察の対象となることを認めながらも,シュマ−レンバッハほ,経済性の   尺度としての利潤と儲けの尺度としての利潤との間に.差異が存在することを強   調し,「動的貸借対照表論の基臥lにおいてほ∴経済性を規定するための琵術  

(eine Technik zurIBestimmung der Wirtschaflichkeit)としての利潤計   算のみを研究しようとする。   

さて,経済性の尺度として−の利潤を計算するための手段として貸借対照表を   考察する際,シュマ−レンバッハほ,実際の企業生活において 商事貸借対照表   が一・般に.このような目的のための手段とされているか,およびそれが法律紅お   いて「許容されているか禁止されているかを問わない。かれほ,ただ,「このよう  

な利潤の計算に奉仕するべきであるとき,貸借対照表技術に対して−如何なる  

〈11)  

要求がなされることになるか」ということのみを研究する。この意味におい   て−,この研究ほ,かれに.よれば,hlつの純粋に.経済科学的な研究(eine rein   Wirtschaftswissenschaftliche Untersuchung)をなすのである。   

シュマ−レンバッハによれば,このような研究の意義ほ,それがわれわれの   全体経済生活(ganzes wirtschaftliches Leben)を豊かK.する点に.ある。か   れによれば,経済計算制度(dasILwirtschaftlidheRechnungswesen)は,有   機体の神経体系の機能に匹敵する機能を,全体の経済体(Wirtschaitsk8rper   der Gesamtheit)において零すのであるが,} らのような経済計算制度の1部   をなす利潤計算は,商事企業(kaufm畠nnischeUnternehmung)の経済性を   精確に測定することによって,労働と素材とが不経済的用途に使用されること  

(11)E.Schmalenbach,a.a.On,SS.4−5.   

(7)

発51巻 貨5号  

−∂2−  

584  

(12) を防ぎ,資本が流れ込むぺきでなも、場所(Stelle)に流れ込むことを防ぐので  

ある。かれほいう。「商人が公共の福祉(Gemeinwohl)の意味におけるその業   務を果すことが公共の問題(Sache der Allgemeinheit)であると同じく,商   人がその業務の経済性の尺度,利潤,を誤って計算しないことは,公共の問虚  

(18)  

である。」  

ⅠⅠⅠ経済性の尺度としての利潤とその計算原則  

シュマ−・レンバッハによれば,経済性の尺度としての利潤ほ,第1に.,ある  

(14) 年度において達成されたもの(das Er・zielte)でなければならない。この点に  

嚢沌■、て,それは,株式法紅いう利潤から区別される。株式法に=おいては,前年   度からの繰越損益と当該年度の損益との合計が利潤と呼ばれるのであるが,こ   れほ,当該年度に.おいて達成されたものでは.なく,当該年度把‥おいて分配可能   なもの(das Verteilbare)だからである。   

第2に.,それは,企業の経済性の尺度であるから,企業の経済的活動に.関わ  

るすべての費用(Kosten)を差し引いた純利潤(Reingewinn)でなけれは   らない。この点において,それほ,株式会社常.おいて実際に釘静されている利   潤から区別される。なぜなら,株式会社の実践においてほ,例えば,会社の機   関である取締役および監査役に対する報酬(Tantieme)が利潤のうちに.含め   られているのであり,このような利潤は,粗利潤(Rohgewinn),具体的にほ,  

会社とその機関の構成員との混合利潤(ein gemeinschaftlicherGewinn)を  

(12)この後者の機能は,総合経済的観点から見て資本が流れ込むぺきであると思われる   場所を確定する機能であり,したがって,われわれほ,それを,先に述べた儲けの尺  

度としての利潤の計算に与えられる機能から区別しなければならない。なぜなら,儲  

けの尺度としての利潤の計算の機能は,資本が流れ込むぺきであることが確定された   

場所に,如何にレて資本を集めるかという、問題紀聞適する機能をなすものだからであ  

(13)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.5.この場合,Vコ.マ−・Vンバッハは,利滴の   る。  

計算のみならず,計算された利潤が公衆に対して公、関表示されることが,経済生活の   発展にとって重要であることをも強調している。  

(14)本筋に.おけるシュマ→レンバッハの所論は,主として,次による。  

E.Schmalenbach,a.a.0り,SS.6p16.   

(8)

585「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるレユマ−・レ∵/ノくッハの技術論的私経済学−∂β−   

なすからである。   

シュ.マ−レンバッハによる以上2つの利潤規定は.,企業によって.形成ないし   獲得される給伺ないし収益(Ef・trag)の如何なる部分が経済性の尺度としての   利潤とみなされるぺきかという,いわば利潤の範囲を示すものである。この規   定は,経済性の尺度としての利潤が,儲けの尺度としての利潤と異なり,企業   者の利潤,より正確に.ほその所得としての利潤,でほなく企業の利潤であり,  

したがって−,この計舞紅おいて−ほ,企業者紅対する報酬を含め,その達成紀要  

(18)  

したすべての費消が差し引かれなければならないこと,しかも,.このような利   潤が特定期間の業臍を表わすものとして封興されなければならないことを示し  

(1の  

ている。   

ところで,ミ/ユマ−レンバッハほ,この利潤が如何に.して.−形成されるもので   あるかを,次のよう紅述べて.いる。かれによれば,企業の経済性の尺度として   の利潤ほ,企業外部の影轡ないし市場影響(Markteinfliisse)と企業内部の   影響ないし経営影響(Betriebseinfliisse)とによって形成される。このうち;  

市場影響紅ほ,2稼がある。第1に,企業ほ,そ・の有用性(BI・auCbbarkeit)  

と稀少性(Seltenheit)の程度に応じて総合経済に,おいて必要とされ,また   収益を得るのであるが,総合経済払おける企業のこの必要性は持続的に変化  

し,この持続的変化が,収益したがって利潤を変化せしめる。第2に・,企業の   収益は,振子運動としての景気変動の影響を受ける。以上の2硬からなる市   場影響紅対して,経営影響とほ,企業それ自体から生じる作用であり,節約  

(Sparsamkeit)と慎重(Vorsicht),勤勉(FleiB)と技能(Geschick)の作   用,一言にしていえば経営活動(Betriebsgebarung)の作用である。利潤ほ以  

上すべての影響を受け,その共同作用の尺度をなす。   

このようなシュマ′−レンバッノ、の論述について,あれわれほ,経済性の尺度  

(15)Vgl.auchE.Schmalenbaれa.a.0りS.4.このような費消には,′自己資    本利子が含まれる。このこと紅ついてほ,本稿67ぺ−汐を参照せよ。  

(16)シュマ−レ∵/バッハに.よる以上2つの利潤規定に関する田島仕事教授の要約(田島    壮事前掲杏,135・ぺJ・−・ジ)は,われわれの納得しうるものでほない。   

(9)

第51巻 貨5号  

山一βゼー・   586  

としての利潤を形成する市場影響と経営影響とがともに,利潤の構成要素であ   る給付と費消とのそれぞれを形成することに注意しなければならない。なぜな   ら,第1に・,給付ほ,全体がその要求を市場において持続的変化と景気変動   とにおいて示し,企業がこれに.対して経済戦略的(wirtschaftsstrategisch)  

および戦術的(taktisch)に.適応することによって,生産され,第2に.,費消   ほ,諸材および諸カが市場のその時々の情況において与えられ,企業がこれを   調達し費消することによって,形成される,と解されるからである。   

さて,シュマーーレンバッハほ,経済性の尺度としての利潤を,費消に対する   給付の余剰ないし給付と費消との差として表現した。かれのいう給付と費消と   は,多種多様な物財および用役によって構成されるいわば物的概念をなすもの   とも解されうる。だが,このような物的概念としての給付および費消ほ,まさ   にその構成要素の質的多様性のゆえに,そのままでは,相互に比較,計算され   えない。それらが相互紅比較され,このことによって1つの成果が計静されう   るためにほ,それらは,1つの統一・的な単位に.よって表わされることを要する。  

そこで,シュマ−レンバッハが経済性の尺度として−の利潤を給付と費消との差   として表現するとき,ここにいう給付および費消ほ,物的存在そ・のものとして   でほなく,むしろ1つの統一・的な単位によって表わされる値ないし価値として   の存在として理解されざるをえ.ない。   

この価値は,給付と費消との,正確には給付と費消とを構成する物財および  

用役の,全体的ないし総合経済的価値を表わすものでなければならない。なぜ  

なら,この場合にのみ,給付と費消との差としての利潤は,全体に対する企業   の経済性の尺度となるからである。すなわち,それは,全体の要求する物的存   在として−の給付の生産を引き受け,しかもこの生産を全体の財である物財およ   び用役の最小の費消によって実施するという2点において全体に.奉仕するべき   企業の奉仕の程度ないし経済性を,この2点に対応する企業の行動によって生  

じ卑,価値的存在としての給付と費消とゐ結合に.おいて示すのである。   

このように.給付,費消および利潤が表わす全体的価値は,シュマ・⊥レンバッ   ハが利潤形成における市場影響を認める限り,市場紅よる評価値をなすと解さ   

(10)

587「動的貸借対照表論の基礎」におけるレコ.マー・レンバッハの技術論的私経済学−55一    れざるをえない。それは,給付については,給付単位当りの市場評価値と給付   嵐との積をなし,費消については,費消単位当りの市場評価値と費消盈との硫   をなすであろう。そして,利潤は,この2つの積の差額として計算されること   に.なる。   

以上のような解釈に.関連して,われわれは,企業の給付と費消とが原則とし   て収入と支出とを伴い,このことによって収入と支出とが給付と費消との尺度   に.なるという,レユマーレ∵/バッハの主張に注意するべきである。この主張に  おいて,かれは,市場が企業の給付と費消とを貨幣単位紅よって評価し,この   それぞれに対して,原則として収入と支出とを生ぜしめるという事態を承認す   る。この場合には,給付単位当りの市場評価値および費消単位当りの市場評価   値ほ.,それぞれの市場価格によって表現されると解されうることになる。   

このよう紅,市場に.よる給付と費消との貨幣的評価,およぴさらに,これに   対応する収入と支出との発生を認める瘍合にほ,レユマ♪−・・・・レンバタノ、のいわゆ  

る全体に対する企業の経済性なるものは,企業が市場において獲得する貨幣成   果によって測定されるこ.とにならざるをえないであろう。そして,かれにおい  

ては,このことが,後に見るよう紅,そ・の貸借対照表理解の基礎とされるので   ある。しかしながら,このことに関して,われわれは,とこで,2つのことに  注意しておかなければならない。   

策1ほ,収入,支出と給付,費消との期間的なずれに関連する。ミ/ユマー・レ   ンバッハに.よれは,給付と収入,費消と支出とは,それぞれ,必ずしも同一・の   期間に生じるわけではない。そして,給付と収入,費消と支出との間に期間的   なずれが存在する場合にほ,特定の期間において,給付と費消とについてなさ   れる利潤計算と収入と支出とについてなされる利潤計算とでほ,その与える利   潤が異なることとなる。後述するように,経済性の尺度としての利潤を期間利   潤として把握し,企業の経済活動の経済性をらの活動が行なわれる個別期間に   ついて測定しようとするシュマ・−レ∵/バッハにとってほ,このような活動と直   接に対応する給付と費消とによる利潤計穿こそが,かれの意図に沿うものであ   る。このような理由から,かれは,給付および費消と収入および支出とを厳密   

(11)

ー56−   寛51巻 簿5号   588  

紅区別し,給付と費消とについてなされる利潤計算を主張する。しかし,この   場合紅収入,支出から区別される給付,費消は,ともかくも,それぞれ収入,  

支出を伴うのであり,しかも,この収入,支出と同値の貨幣的評価額をもって   計算されるのである。   

これに対して,籍2に注意されるべきことほ,シュマ−レンバッハのいわゆ   る企業の給付と費消のうち紅は.,市場に.よる何らかの貨幣的評価を許容し,し   たがって貨幣的評価額を有しながらも収入,支出を伴わないもの,一・さらには貨   幣的把.評価されえないものが存在することである。だが,われわれほ,ここセ   ほ,このような給付,費消の存在を指摘する紅止めることとしよう。   

シュマ⊥レンバッハは,利潤が全体に対する企業の経済性を示すぺきもので   あるとき,それは,とりわけ,このような経済性の上昇と下降,しかもそのは   じまりを明確に示さなければならないと考える。なぜなら,経済性の尺度とし   ての利潤は行勒の指針として形成されるべきものであり,このような尺度が経   済性の変化を早期脛.認識せしめるとき,ひとはこれに矧して,迅速紅措置を取  

りうるからである。このような理由から,シュマ−レンバッノ\は,利潤の絶   対額の正しさよりも,利潤が期間相対的に経済性の変化を正しく示すことを  

(17) 重視し,利潤計算紅対して利潤の期間的比較可能性を要求する。比較可能性  

(Ver・gleichbarkeit)の原則と呼ばれるものがこれである。   

かれのこのような主張紅ついて,われわれほノ,2つのことに注意しなければ   ならない。第1に.,このような主張は,かれの表現紅も拘わらず,ある期間の経   済性を絶対額として正確化表わす利潤が,経済性の期間相対的な変化を示す利   潤と対立することをいうものでほありえ.ない。各期について絶対額紅おいて正  

(17)かれは,次のように述べている。「ある期間について計算された利潤ほ,この期間    の経済性の,しかも相対的経済性の最良の尺度でなけれはならない。問題なのは,利   

潤の絶対額が正しいことよりも,より高い経済性がより高い利潤紅よって,より低い    経済性がより低い利潤によって,示されることである。しかも,上昇あるいは下降運    動が休止し変転する転換点をその期間に示すことこそが,まさに問題である0」(軋    Schmalenbach,a.a。0小,S.10.、)   

(12)

589「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学−57−   

しい利潤が計算されるならば,そ・こに.おべいて,自ずから,経済性の期間相対的   変化が最も正しく把握されることほ,明らかであろう。それ紅も拘わらず,シュ   マーレンバッハが,わざわざ利潤の絶対額の正しさと対比しつつ比較可能性の   原則を強調する理由は,かれが,利潤の絶対額の正しい計算が何らかの事情に   より保たれ難い,あるいは保つことがさ程の利益をもたらさなV、場合の存在を   念頭に置いているがためであると解される。このような場合紅,経済性の正   確な絶対額したがって経済性の期間相対的変化の正確な度合の把握が多少犠牲   にされるとしても,少くとも経済性の期間相対的変化についてその方向は誤り   なく把握されなければならないとするのが,かれの比較可能性の原則の意味す   るところでなければならない。この意味において,われわれほ.,この原則を,  

利潤の絶対額の正確性が犠牲に.されうる限界を示す原則と規定することができ  

(18)  

るであろう。  

(19)   

われわれが注意するべきことの第2ほ,比較の対象に閑適する。シュマーレ   ンバッノ、ほ,利潤の比較について,同・−・企業の異なる期間における利潤の比較   の他に,同一・期間における異なる企業の利潤の比較が存在することを意識しな   がらも,後者を斥け,前者のみを取り上げる。かれに.よれば,その理由ほ,通  

(18)中村常次郎教授は,「利益が経済性の−の良き尺度であるといふことよりも,利益    が相対的に.良く機能することの方がより重要である」とする比較可能性の原則に関し   

て,次のよう紅述べている。「斯かる論理の退行は,厳格に分析しようとする限り,   

却って容易紅理解し難いものの−つであると言はねばならない。といふのは,最大限    冒たる共同経済的経済性の尺度たることから離れ去った比較可能性の原則が,如何な   

る関連に於いて基の重要性を要求しうるかが,甚しく曖昧なものとなるからである○   

凡そ真正であるといふことは,繚て計算といふものに附著した要請と見なければなら   

ず,また計算にんて黄正であれば,其処に自ら比較可儲悼も又保持し得られるのでは    ないか,といふ反論が当然期待される訳である。従って:,彼に・よって共同経済的経済    性の尺度から引離された比較可能性の原則ほ,極言すれば,何等の理論的基盤乃至脈    絡なしに何処からともなく何時の間紅か引出されて来た原則であり,ただ夫れが,現    実の損益計算一欄・期間的損益計算−の技術上からして,実践的紅極めて有帝義であ   

るといふ点に於いて特徴を有するといふこと紅なる。」(中村常次郎稿,「シュマ・ ̄レ    ンバッハ批判一共同経済的経済性の基準〔二〕−」『福島大学商学論剰20巻4号, ……■●●●   

211ぺ−ジ。)シュマ−・レンバッハの比較可能性の原則を文字通り受け取る限り,この   

ような中村教授の批判は,妥当であるといわれなければならない○  

(19)このことに関してほ,次を参闇せよ。田島壮事前掲寄,137−8ぺ ̄ジ。   

(13)

算51巻 第5号  

ーぶβ−   590  

常,複数企業の事情ほ,その最も類似したものでさえ,あまりにも違い過ぎる   がゆえに,企業間比較が有効に・なされえないところにある。   

だが,このようなシュマ−レンバッハの主張は,われわれの納得しうるもの   でほ.ない。なぜなら,第1に.,かれが経済性測定の意義を,これによって,素   材と労働とが不経済的用途紅使用されることおよび資本が流れ込むべきでない   場所紅流れ込むことを防ぎ,全体の経済生活を豊か軋することに求める限り,  

経済的な企業と不経済的な企業とを見分けるぺき企業間比較こそほ,利潤計算   払おいて何よりも重視されなければならないはずだからであり,第2に,企業   間に経済性の相違をもたらす事情の相違は,通常,企業間比較を妨げるもので   はないからである。この場合,もしもシュマ、−レンバッハが,複数企業間の事   情の相違という表現紅よって,複数企業間紅おける利潤計算の仕方の相違を意   味してし、るとすれば,これに.対してほ.,総合経済的目的の追求を商人に課すシ  

ュマーレンバッノ\に.おいて,この目的に.適う企業間比較を可能にする同一・の利   潤計算方液が,何故にすべての企業に対して要請されえないのかが,問われな   ければならないであろう。   

ところで,利潤の期間比較は,期間利潤計静(periodische Gewinnrech−  

nurlg)払おいて問題となる。短期的企業と異なり,継続企業(Dauerunternehp   mu喝en)においては,事業の全体が終結したとき紅初めてなされうる,企業  

の−・生匿わたる成果の計算である全体利潤計静(Totalgewinnrechnung)とほ   別個紅,不経済的なものを中止し経済的なものを展開しうるために,経営経過  

(Betriebsverlauf)の途中で利潤を計算するぺき必要性が生じるのであるが,  

このような計算が,そこに.計算された利潤を此較しうるように均等の時間につ   いて繰り返されるとき,かとは,これを期間利潤計穿と呼ぶのである。   

シュマーレ∵/バッハによれば,このような期間利潤計算紅関してほ.,期間利   潤と全体利潤との関係に.ついて,2つの考え方が存在しうる。1つは,期間利   潤を独立の事実と見,期間利潤すべての合計と全体利潤とが一・致する必要はな   いとする考え方であり,この考え方にしたがって個別期間の利潤計算が前後の   諸期間を気にすることなく行なわれるとき,ここに尺度性(Ma鳥stAblichkeit)   

(14)

591「動的貸借対廃表論の基礎」に.おけるシュマ−レン.バッハの技術論的私経済学−59−   

の原則が成立する。これに対して,もう1つは,期間利潤を全体利潤の1部分   と見,期間利潤すべての合計が全体利潤という1つの有機的全体を形成すると   いう考え方であり,この考え方に.したがって,期間利潤の合計が全体利潤と・− 

致することとなるように,ある期間計算を他の期間計算に結㌧合せしめるとき,  

ここに.継続性の原則(das Prinzip der Kontinuitat)が成立する。   

かれによれば,尺度性の原則にしたがって計算された利潤ほ,継続性の原則   にしたがって一計算された利潤に比べて,ある期間に達成された経済性をより正   しく表わす。例えば,それは,当該期間に先立つ諸期間における計算の誤りを   当該期間以降の諸期間において平準化するという形で修正せざるをえないこと   によって生じる,継続計静に必然的な不正確性を,有しないのである。それに  も拘わらず,シュマーレンバッノ、によれば,商事計算制度の発展においてほ,  

尺度慢よりも継続性に重きがおかれてきている。かれによれば,その理由ほ,  

継続計算が計算確実性(Rechnungssicherheit)を有するところ紅ある。ここ   においては,利潤を構成する諸部分のすべてが完全に.把握されるのであり,何   らかの項目を忘却または重複する危険は著しく少ない。シュマーレンバッハ   は,この理由を重視し,かくして,継続性の原則に基づく期間利潤計算のみを   考察しようとする。   

シュマーレ∵/バッハのこのような考え方について,われわれほ,継続性の原   則が,利潤の期間相対的変化を曖昧にすることに.注意しておかなければならな   い。継続性の原則把したがえば,当該期間に先立つ諸期間に.おける計算の誤  

りほ,当該期間以降に‥おいて平準化され,かくして期間利潤の合計と全体利潤   との一・致が保たれなければならないのであるが,この操作によって,当該期間   以降における期間利潤は,そのそれぞれの期間の経済性とは関わりのない,こ   れに・先立つ諸期間の経済性を規定する要因の影響を受けることに.なり,この限  

(20)  

り紅おいて,経済性の期間相対的変化が不明確なものとなるのである。このよ   う紅ある期間の経済性の測定を不正確にする継続性の原則の採用ほ,経済性の  

(20)このことは,飯野利夫教授によって,比較可能性の原則と合致の原則との矛盾とし   て指摘されている。(飯野利夫稿「シ′ユマ−レンバッハ計算原則の理論的構造一合   

(15)

第51巻 寛5登   592   ーβ0−  

尺度としての利潤を計算しようとするシ.ユマ−・レンバッハの当初の意図に・反し   ないであろうか。  

ⅠⅤ 利潤計算における貸鹿対腰表の意味  

経済性の尺度としての利潤を計算しようとするシュ.マ−レ∵/バッハは,収入   と支出とが期間的なずれを伴いつつも原則として給付と費消との尺度に・なると   考え,この考え紅基づいて,貸借対照表に対して1つの役割を与えることに・な  

(21)  

る。・−・方紅おける支出と費消との間の,および他方に.おける収入と給付との間   の,いわば調整器(Ausgleichspuffer)としての役割がこ:れである。これを,  

シユセーレンバッハは,以下のように説明する。   

ある期間に=おける支出ほ,1.同・−・期間の費消(例えば職眉給料),2.未   来の期間の費消(例えば未経過保険料),3,過去の期間の費消(例えば固定  

資産税)のV・、ずれか軋対応し,同じく,ある期間把おける収入も,1.河一期   間の給付,2.未来の期間の給付(例えば前受金),3.過去の期間の給付(例   えば売掛金の回収)のいずれかに.対応する。V、ま,現在における支出および収   入のみならず,現在に.おける費消および給付に.ついても記帳をなすとすれば,  

以上の6つに.4つを加えた次の10の場合が区別されなければならない。  

1.費消現在・支出現在   2.費消現在・支出未来   3.費消現痙・支出過去   4.支出現在・費消未来   5.支出現在・費消過去   6.給付現在・収入現在   7.給付現在・収入未来   8..給付現在・収入過去   

致の原則と比較可能性の原則との相弘一」『シュマ・−レンバシハ研究皿 神戸大学    会計学研究会編,中央経済社,1954年,を参照せよ。)  

(21)本節紅おけるジュサーレンバッノ、の所論は,主として,次紅よる。  

E.Schmalenbach,a。a.0.,SS.16−30 

(16)

593「動的貸イ苫対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッノ\の技術論的私経済学−−βユー  

9.収入現在・給付未来   10.収入現在・給付過去  

貸借対照表は,このような諸々の′場合のうち,支出と費消,収入と給付との間   紅期間のずれを有するもの紅ついて,支出と費消,収入と給付とを1期間を超   えて結合する滞として.必要とされ,そのため把.,1.支出来賓消,2.費消末文  

(2男) 出,3.収入未給付,4.給付未収入とV、う4つの項目をもつことになる。   

以上に.おいては,支出と費消,収入と給付とが,期間的なずれこそあれ,そ   れぞれ対応することが前提とされている。ところが,このような対応でなく,  

給付と費消との,および収入と支出との対応が生じる場合が存在する。このよ   うな場合について,シュマーレンバッハは,貸借対照表に関して次の4つを示  

(28)  

している。  

1.給付現在。費消未来   2.費消現在・給付未来   3.収入現在・支出未来   

(22)ここに.あげられた貸借対照表の4つの項目紅関連する計算の場合として,われわれ   は,直ちに,先の10の場合のうちの4.2.9.7.を,そ・れぞれあげることができるで   あろう。しかしながら,貸借対照表の4つの項目は,この4つの場合紅のみ閑適する    わけではない。われわれは,さら紅,それが,それぞれ,計算の場合3.5.8.10.  

紅も関連することに注意しなければならない。貸借対照表との関連を有しない計算の    場合ほ,1.と6.すなわち,費消と支出,給付と収入との閤に期間のずれが存在しな   いもののみである。  

(23)したがって,ここでは,貸借対照表に関係しない次の2つの場合,  

1.給付現在・費消現在   2.収入現在・支出現在  

すなわち,給付と費消,収入と支出との間紅期間的ずれがないものは,取り上げ、られ   ない。  

ところが,シュマ−レンバッノ「は,ここで,給付と費消,収入と支出とが対応する   場合について,なお次の4つを明示していない。  

1.給付現在・費消過去  2.費消現在・給付過去   3.収入現在・支出過去   4.支出現在・収入過去  

この4つの場合は,本稿罪3表においてほ,それぞれ,計穿の場合16.14.12.10.と   して明示されている。それらは,前注に示した3.5.8.10.とともに,いずれも,貸    借対照表項目の消威をもたらす計算の場合である。   

(17)

第51巻 第5号  

−62−・   594  

4.支出現在・収入未来  

このうち,1.ほ,例えば機械製造企業がある期間に生産した機械を未来の期   間において自家消費する場合,2.ほ,例えば,ある期間に.建物の修繕の必要   が生じた(費消の発生)が,修繕は将来紅なされる場合,3.ほ,例えば,当   該企業に.対する資本の払い込みや当該企業紅よる借り入れがなされる場合,4.  

は,例えば,経営紅おいて−消費されることなく,購入価格そのままの価格で売  

(24)  

却されることとなる土地甲購入のための支出がなされる場合である。貸借対   照表は,この4種の場合において,給付と費消,収入と支出とをそれぞれ結合   する帯としても必要とされ,そのために.,1.給付未費消,2.費消未給付,  

(25) 3.収入末文出,4.支出未収入っ の4項目をもつ。  

以上,支出と費消,収入と給付/とを結合するための4項目と,給付と費消,  

収入と支出とを結合するための4項目とを加えた合計8項目に,さらに.貨幣項  

(2の 目を加えて,シュマ−レンバッハほ,貸借対照表の構成を表1のように示す。  

表 1  

椒 極   消 極  

(別)シュマ、−レンバッハは,費消に・よって解消されない支出の例として,資本の払い戻  

しや借り入れの返済をあげている。(Vgl.,E..Schmalenbach,a.a.0・,S.21。)   

だが,これらの支出ほ未来紅おいて収入をもたらすわけではなく,したがって,4  場合の例となりえないことは,明らかであろう。4.の場合の代表的な例は,当該企    業によろ他企業への出資または貸し付けであると思われるが,このような例は,レコ  マ−レンバッハのあげるところではない。  

(お)この4項目には,かれが明示した4つの場合と,われわれが注(23)の後半に記し    た4つの場合,すなわち収入と支出,給付と費消とが期間のずれをもつ8つの場合が   関連する。  

(26)シュマ−レンバッノ\によれば,項幣は,基本的には他の経済手段と同じだが,購入   

(18)

595「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学w、6 β一  

億方,本来の利潤計算である損益討算(Gewinn−und Verlustrechnung)  

(27〉 の構成は,表2のように示され,損益計算に対する貸借対照表の関係は,表3  

のように示される。  

表  2  

貸 方   借 方  

7.給付現在・収入現在   8.給付現在・収入過去   9..給付現在・収入未来   10.給付現在・費消現在   11.給付現在・費消過去  

12.給付現在・費消未来   

1.費消現在・支出現在   2.費消現在・支出過去   3.費消現在・支出未来   4.費消現在・給付現在   5.費消現在・給付過去   6..費消現在・給付未来  

表  3  

貸借対照表   損益勘定   貸方項目 発生   借方項目   借方項目 消滅   借方項目   借方項目 発生  

貸方項目 消滅  

借方項目 発生   貸方項目   貸方項目 消滅   貸方項目   貸方項目 発生  

借方項目 消滅   積極   発生  

しかし,ここ.で,かれは,それをあたかも購入された    計算の場合   

1.費消現在・支出未来    2.費消現在・支出過去    3.支出現在・費消未来    4∴支出現在・費消過去    5.給付現在・収入未来    6… 給付現在て収入過去    7.収入現在・給付未来    8.収入現在・給付過去    9.支出現在・収入未来   されたものでない点が異なる。  

ものであるかのように考えようとする。(Vgl・E.Schmalenbach,a.a.0・,S・23・)  

このような貸幣項目の理解に対しては,すで紅多くの批判がなされている。例えば,   

次を参照せよ。岩田厳稿「動的対照表の現金項目」,『会計』算59巻第5号。  

(27)したがって,ここでは,貸侶対照表に関連のない場合,すなわち,収入,支出,給    付,費消の間の対応が同一潮間に生じる場合は,それが損益計算匿・影響するものであ  

っても,取り上げられない。   

(19)

ー64−  

10.支出現在・収入過去   11.収入現在・支出未来   12.収入現在・支出過去   13.費消現在・給付未来   14.費消現在・給付過去   15.給付現在・費消未来   16.給付現在・費消過去  

第51巻 第5号   596   

癌 施 極 極 極 施 槌 消 消 積 消 稽 積 消   滅 生 滅 生 滅 生 滅  消 発 消 発 消 発 消  

借方項目   借方項目   貸方項目   貸方項目   以上において,貸借対照表は.,期末隼おいていまだ解消されざる収入,支出,  

給付,費消のすべてを表示し,これをその解消される期間・まで移転する機能  

(UbertragungSfunktion)を果している。このこと紅よって,それは,支出と   費消,収入と給付との間の期間のずれを調整し,支出と費消,収入と給付とを   それぞれ相互に対応せしめる。それのみならず,それは,費消と給付,支出と   収入との間の期間のずれをも調整するのである。   

この場合,われわれほ.,収入,支出を伴わない給付,費消が,収入,支出を   伴う給付,費消ととも紅,貸借対照表および損益計算書紅記載され封静されう   るためにほ,それらが,収入,支出を伴う給付,費消に準じて貨幣単位で評価   された価値をもたなければならないことに注意しでおくぺきである。   

シコ.マ−レ∵/バッハによれば,貸借対照表を以上のようなものとして理解す   るとき,ここに.おける資本勘定は,企業の財産(VeI皿6gen)の価値を示すも   のでほない。企黄の財産とほ,企業の価値以上のものでほない。そして企業の   価値とは,企業の収益徒得能力(Fahigkeit,Ertrage zubr ingen)によって決   定される収益価値(Ertragswert)である。したがって,それほ,企業がもた  

らしうる収益を把握することによってのみ計算されうる。だが,貸借対照表ほ 

企業のもたらしうる収益の計算をなすわけではなく,したがってその資本勘定   は,企業の価値をも,企業の財産をも示さない。資本勘定が示すものは,資本   の払い込み,払い戻しと利潤の留保,この限りにおける財産の状態のみである0   もちろん,シュマ−レンバッハ紅よれば,貸借対照表は,正しい利潤計昇紅必   要な限りで企業の個別財を時価評価し,このことによって,この個別財の価値   

(20)

597「動的貸侶対照表論の基礎」におけるシュマ−レ∵//くッハの技術論的私経済学−・6∂− 

変動を表現する。しかしながら,こ.のような個別財の価値の合計ほ,結合され   た個別諸財の全体的価値としての企業の収益価値をなすわけでは決してないの  

(28)  

である。   

ところで,レユマノーレンバッノ、紅よれば,費消・給付計算(Aufwand−und   Lei$tungSreChnung)としての利潤計算は,貸借対照表なくしても行なわれう  

る。それ紅も拘わらず,かれが貸借対照表を利潤計算の補助手段として用いよ   うとする理由は,何よりも,それが費消と給付とを支出と収入とに関わらしめ,  

このことによって,利潤引算を確実なものとするところに.求められる。かれに   よれば,収入と支出との把握は,給付と費消との把握よりも遥か紅確実に.なさ  

(29) れうるのであり,このような収入と支出とに.対応させることによって:給付と費  

消との把捉を確実なものに.する貸借対照表濾,利潤計算にとってはとんど不可  

(aO)  

欠であるとさえいわれうる。このようにして,われわれほ,シュマー・レ∵/バッ   ハが利潤計算に.対する貸借対照表の意味を,利潤計算における儲続性の原則の   意味と同じく,計算の確実性に求めて.いることを知ることができる。   

ここで,われわれは,かれが継続性の原則を説明したところで次のよう紅述   べていることに.注意しなければならない。「継続性の原則は,・……未解消項目の   すぺてがその属する計算期間の利潤計静において顧慮されうるよう把,その一  樺の継続記帳(Weiter−Oder FortschIeibung)を要求する。未解消項目rの午   の継続記帳は,貸借対照表に.よって行なわれる。貸借対照表と利潤計算の継続  

(公)田島仕事教授に.よれば,以上のような「企業財魔の価値に関する考え方が損益計算    の補助手段としての貸借対照表という考え方の袈側にあって,この考え方を徹底さ   せ」,われわれが後述する「評価論の中心を財産評価から虫消・給付の評価に転化さ   せることになっている」。(田島仕事前掲番,145ぺ一汐。但し,引用文のうち,明ら    か紅誤植と思われる文字を1字訂正した。)  

(29)γユマーレンバッハによれば,このことほ,費消ないし給付が支出ないし収入に先    立つ場合に,しばしば,費消,給付の把握が忘れられるという事実から,明らかであ   

る。(Vgl・E・Schmalenbach,a・a・0・,S・軍2・)  

(30)ジュマ」−レンバッハは,貸借対照表のこのような長所が,諸々の計算の場合のうち    でも,支出が費消に先立つ場合が著しく多いことを考慮するとき,雷要であると主張  

している。(Vgl・,E小Schmalenbach,a.a,0・,S.22L) このこと紅ついては,   

本稿注(36)をも参照せよ。   

(21)

滞51巻 第5号  

598  

ー66−  

(31)  

性とは対をなしており,運命を共にする。」以上から,われわれは,シュマ−・レ   ンバッハが,給付および費消を収入および支出に関わらしめるという点に・おい   て−のみならず,未解消項目の継続記帳を行なうという点においても,貸借対照   表を,利潤計算の確実性を保障するための手段として理解することを確認しう  

るのである。  

Ⅴ 利廟の構成要素としての費消とその計算的把握  

経済性の尺度として−の利潤ほ.,給付と費消との差として計算される。そこで,  

この利潤の内容ほ,給付および費消の内容に.よ.って∴規定されること紅ならざる   をえない。ここに給付および費消は,原則として収入および支出を伴い,この   収入,支出と同値の貨幣的評価額を有するものと解されえた。だが,シュマ−  

レンバッハは,他方で,正しい利潤計静のためにほ貸借対照表項目の時価辞価   が必要となること,したがって,給付,費消の貨幣的評価額がこの限りでその   収入,支出の額から帝離する可能性をも認めてル、たのである。このようなシュ   マ−レ∵/バッハの論述は,そこに.おいてかれが給付および費消をどのように考   えていたかという問題を,喚起せざるをえなし、であろう。シュマ−レンバッハ   ほ,「動的貸借対照表論の基礎」 

している。そ・こで,われわれは,本節および次節において,かれのこのような   論述を取り上げ,そこにおいてかれが把握しようとする給付と賀消とが如何な  

るものであるかを,シュマ」−レ∵/バッハの論述にしたがって費消,給付の順に,  

(亭2)  

尋ねることとしたい。  

シュマ・−レンバッハにおいては,費消とは,経済性の尺度としての利潤を計  

(83)  

算するという見地からして「費消たらざるをえないもの」を意味する。これを,  

かれは,まず,生産(Betrieb)によると否との理由を問わず,ともかくも企業に 

(31)E・Scbmalenbach,a・a・0・,S・13・  

(32)本節におけるVユ.マ−Vソバッハの所論は,主として,次による。E. Schmalen−  

bach,a.a小0.,SS.30−・98.  

(33)E.Schmalenbach,a.a.0.,S.32.   

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