序 文
Legionella longbeachae
は 1980 年 4 月にアメリカ
・カルフォルニア州ロングビーチの病院に発熱と 肺炎で入院し,第 10 病日に死亡した 59 歳男性の 気管支吸引液の培養で検出されたレジオネラ様菌 株 Long Beach 4 の性状を精査した結果新種と見 なされ,1982 年に命名記載された
1).その後北米 大陸で数例報告があり,近年ではオーストラリア からの報告が多い.1988 年から 1989 年にかけて 南オーストラリアで集団発生しており,感染経路 として園芸用の腐葉土が疑われている.本邦では 血清学的に診断された症例と培養陽性例が 1 例ず つ報告されているに過ぎない.今回報告する症例 は急性呼吸促迫症候群(ARDS)を呈する重症肺炎 で入院となり,入院時の喀痰より
L. longbeachaeが分離された.しかしエアロゾル暴露歴,旅行歴 はなく,園芸用腐葉土や造園との明らかな関連を 認めなかった.3 週間の人工呼吸器管理を要し播 種性血管内凝固症候群(DIC)や偽膜性腸炎などの 合併症のため治療に難渋したものの後遺症なく回
復した.
症 例
患者:56 歳男性.
主訴:咳嗽,発熱,呼吸困難.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:職業は農協の出荷検査.最近の旅行歴 なし.1 日 20 本×30 年の喫煙者.
現病歴:1998 年 6 月 12 日頃より乾性咳嗽が出 現,15 日近医を受診し抗菌薬や鎮咳薬などを処方 された.16 日朝より労作時呼吸困難が出現し別の 近医を受診,胸部 X 線写真上両側浸潤影を認め SpO
241% と著明低値のため豊橋市民病院病院呼 吸器・アレルギー内科へ紹介入院となった.
入院時現症:身長 165cm,体重 61kg,眼瞼結膜 異常なし,頸部リンパ節触知せず,ばち状指認め ず,心雑音聴取せず,両肺野で呼吸音は減弱し湿 性 ラ 音 を 聴 取 し た.体 温 38.0℃,血 圧 123 82 mmHg,脈拍 116 回 分.
入院時検査所見(Table 1) :動脈血液ガス分析 で は 酸 素 3l 分 吸 入 下 で pH 7.418,PaO
237.3 Torr,PaCO
239.4Torr と高度の低酸素血症を認 めた.核の左方移動を伴う白血球増加,CRP 43.5
救命し得た Legionella longbeachae による重症肺炎の 1 例
名古屋大学医学部附属病院第二内科,(元 豊橋市民病院呼吸器・アレルギー内科)
山 本 景 三
豊橋市民病院呼吸器・アレルギー内科
野田 康信 権田 秀雄 大石 尚史 谷川 吉政
愛知医科大学微生物・免疫学教室
藪 内 英 子
(平成 12 年 10 月 10 日受付)
(平成 12 年 11 月 22 日受理)
別刷請求先:(〒466―8560)名古屋市昭和区鶴舞町 65 名古屋大学医学部附属病院第二内科
山本 景三
Key words: Legionella longbeachae, pneumonia
Table 1 Laboratory findings on admission.
Serology Biochemistry
Peripheral Blood
mg/dl 43.5 IU/l CRP
74 AST
/ μ l 15,900 WBC
mg/dl 975 IU/l IgG
47 ALT
% 66.0 Stab
mg/dl 312 IgA
mg/dl 2.9 T-Bil
% 33.0 Seg
mg/dl 83 IU/l IgM
380 γ-GTP
% 1.0 Lym
U/ml 200.0 IU/l IgE
878 ALP
% 0.0 Mono
pg/ml 10.7 Endotoxin
IU/l 372 LDH
% 0.0 Eo
pg/ml 24.9
(1 → 3) β -D-glu can IU/l
145 Ch-E
% 0.0 Baso
Mycoplasma-Ab (−)
IU/l 63 AMY
/ μ l 479 × 104 RBC
(−)
IU/l CHA 55 CPK
g/dl 13.4 Hb
g/dl 6.3 TP
% 40.2 Hct
Blood Gas Analysis g/dl
3.0 Alb
/ μ l 27.7 × 104 Plt
7.418 pH
mg/dl 19 BUN
Torr 37.3 PaO2
mg/dl 1.1 Cr
Ulinalysis
Torr 39.4 PaCO2
mEq/l 144 Na
2 + Protein
mEq/l 25.0 HCO3−
mEq/l 3.3 K
(−)
Sugar
% 66.2 SaO2
mEq/l 100 Cl
1 + Occult blood
(O2 3l/min)
mEq/l 3.9 Ca
CHA:cold hemagglutination
mg dl と著明な炎症所見を認め,肝機能障害を 伴っていた.
胸部 X 線写真所見(Fig. 1a) :右肺はほぼ全肺 野,左肺は中肺野から下肺野にかけて強い浸潤影 を認めた.同日の胸部 CT 写真(Fig. 1b)では,右 肺は全肺野に浸潤影を認め air bronchogram が明 瞭であった.右下肺野は強い consolidation となっ
ていた.左肺も全肺野で浸潤影を認め,少量の両 側胸水も伴っていた.
臨床経過(Fig. 2) :入院後直ちに人工呼吸管理 を行った.急激に悪化する市中肺炎であり,レジ オネラ肺炎などを疑い抗菌薬は当初より panipe- nem betamipron(PAPM BP)1.5g 日,erythro- mycin(EM)1,500mg 日,rifampicin(RFP)450 mg 日を併用した.心機能が良好であるにもかか わらず血圧が保てず敗血症性ショックも疑われた ため,polymyxin B 固定化繊維カラム (PMX-F) に
Fig. 1a Chest X-ray film on admission showed bilat-eral alveolar infiltrates.
Fig. 1b Computed tomography on admission showed pleural effusion.
よる血液浄化療法を 2 日間行った.以上の治療に ても呼吸不全が進行するため,やむを得ず meth- ylprednisolone(mPSL)1g 日,3 日間のステロイ ドパルス療法を 2 回行った.また DIC も合併した ため nafamostat mesilate などのタンパク分解酵 素阻害剤も併用した.経過中
Candidasp. によるカ テーテル感染症も合併し fluconazole(FLCZ)200 mg 日を使用した.これらの治療により呼吸状態 は徐々に改善し,炎症所見も改善傾向となった.
3 週間の人工呼吸器管理を要したが, 7 月 6 日抜管 となった.しかし 7 月初めより 1 日 10 回から 40 回,質量にして 3,300g に及ぶ下痢を認めるように なった.大腸内視鏡検査で偽膜性腸炎と診断し,
高カロリー輸液と vancomycin(VCM)2g 日の内 服にて治療した.約 4 週間の経過で徐々に下痢は 消失した.以後経過は良好で呼吸訓練・四肢筋力 リハビリテーションなどを行った.胸部 X 線写真 はほぼ正常化し肺機能などに後遺症を残さず入院 第 70 病日に退院となった(Fig. 3) .
入院時に採取した喀痰でグラム陰性桿菌を認め
た.ヒメネス染色では陰性であった.通常の血液 寒天培地には少量 の 気 道 常 在 菌(
α-Streptococc-us,Neisseria
sp.)の発育を認めるのみであった
が,GVPCα 寒天培地にて培養 3 日目にやや青み
Fig. 2 Clinical course.Fig. 3 Chest X-ray film on discharge.
を帯びた灰白色の湿潤なコロニーが観察された
(Fig. 4) .
Legionella属菌による肺炎と考え,以下 の検索を行った.ドイツ Biotest 社のレジオネラ 尿中抗原検出キットを用いた試験で
L. pneumo-phila
serogroup 1―12 の抗原は陰性であった.ま
たスライド凝集法による分離菌株(EY4232)のレ ジ オ ネ ラ 免 疫 血 清 反 応 は
L. pneumophilasero- group 1―6,L. bozemanii,L. dumoffii ,L. micda-
dei,L. gormanii
の 10 種の抗血清に対して陰性で
あった.分離菌株はマイクロプレート DNA-DNA ハイブリダイゼーション法により
L. longbeachaeと同定した.
考 察
欧米では
Legionellaは肺炎の重要な起炎菌とし
て認識されており, 市中肺炎の 2〜8% を占めると 報告されている.アメリカでの最近の推計では毎 年 8,000〜18,000 人の患者が発生しているとされ るが,その 5〜10% が報告されるに過ぎない.本 邦では石田らによれば 318 例の市中肺炎患者のう ち 199 例で起炎菌が判明し,2 例が
Legionellaで あった
2).厚生省レジオネラ症研究班の全国調査 結果によれば,1979 年から 1992 年のレジオネラ 肺炎の発生状況は計 86 例であり, 培養により診断 された 38 例のうち 34 例が
L. pneumophilaであっ た
3).1999 年 4 月に施行された「感染症の予防及 び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染 症法) 」 で,レジオネラ症は届け出義務のある 4 類 感染症に指定された. 感染症法施行後 2000 年 7 月
までに 145 例が報告されており
4),従来考えられ てきたような稀な疾患ではない.
Legionella
属菌は現在 41 菌種が正式名として発
表されており,そのうち患者から分離されたもの は 20 菌種である.
L. longbeachaeは本邦では 1984 年に入江らが血清学的に診断された症例
5)を, 1998 年に岡崎らが培養陽性例
6)を報告しており, 本症例 は 3 例目である.
レジオネラ肺炎は汚染されたエアロゾルが飛散 し,これを吸入することによって起こる飛沫核感 染である.感染源としては冷却塔水や温泉水,噴 水などの人工的な環境水の報告が多く,Legionella 属菌が発見されるきっかけとなったフィラデル フィアの在郷軍人会の集団発生も冷却塔水が原因 となっていた.その他には給湯システムやジェッ トバス,洗車や野菜への水の散布による感染が報 告されている.土壌などの自然環境からの分離は 困難なことが多い.
L. longbeachaeの場合は近年 オーストラリアからの報告が多く,園芸用の腐葉 土との関係が指摘されている
7).岡崎らの報告し た症例が造園業者であったことから,本邦でも小 出らにより腐葉土から検出される
Legionella属菌 の検討が行われた
8).オーストラリア産腐葉土で
は
L. longbeachaeが圧倒的に多く分離されるのに
対し,日本産のものからは
L. bozemanii,L. long-
beachae,L. micdadei
などが分離され,やや分布が
異なっている.本症例は温泉旅行などのエアロゾ ル曝露歴はなく,職業も農協の出荷検査であり腐 葉土などとの直接の関係は認められないため,感 染経路は明らかでない.
Legionella
属菌の特性として通性細胞内寄生細
菌であること,
β-lactamase 産生株が多いことがあげられる.このため治療には細胞内移行のよい macrolide 系薬,RFP,fluoroquinolone 系薬など が用いられる.
Legionella
属菌の菌種による病原性や臨床像,薬
剤感受性の差異に関する検討は少ないが,
L. du- moffiiに よ る 肺 炎 は 劇 症 化 す る こ と
9),
L. long- beachaeは EM や RFP に対する
in vitroの感受性 が低いこと
10)が報告されている.このよう に
L.pneumophila
での検討結果を他の菌種に単純に当
Fig . 4 Clusters of Legionella longbeachae grew on GVPCαagar medium.
てはめることはできないが,本症例ではアメリカ 胸部学会の市中肺炎の治療ガイドラインで 4 群,
日本呼吸器学会の呼吸器感染症に関するガイドラ インでも重症肺炎に相当し,当初より EM と RFP の投与を行った.この組み合わせは現在もっとも 強力で相乗効果も期待でき,臨床的には奏効した と考えられる.
PMX-F による血液浄化療法はエンドトキシン を始めとする菌体多糖体毒素の吸着を目的とする ものである.重症感染症や ARDS に対して血液浄 化療法が有効であったとする報告が散見され,重 症レジオネラ肺炎を救命し得たという報告もあ る
11).
我々の症例も PMX-F による血液浄化療法を併 用することにより改善しており,今後有効性の検 討がさらに必要ではあるが本療法は重症感染症や ARDS の有力な補助療法になり得ると考えられ た.
本稿の要旨は第 74 回日本呼吸器学会東海地方学会にて 発表した.
文 献
1) McKinney RM , Porschen RK , Edelstein PH et al.:Legionella longbeachaespecies nova, another etiologic agent of human pneumonia. Ann Intern Med 1981;94:739―743.
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Etiology of community-acquired pneumonia in hospitalized patient:a 3-year prospective study
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8)Koide M, Saito A, Okazaki M, Umeda B, Benson RF:Isolation ofLegionella longbeachaeserogroup 1 from potting soils in Japan . Clin Infect Dis 1999;29:943―944.
9)丘 裕也,松井保憲,濱戸教行,他:生前に診断
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10)Nimmo GR, Bull JZ:Comparative susceptibility ofLegionella pneumophilaandLegionella longbeachae to 12 antimicrobial agents . J Antimicrob Che- mother 1995;36:219―223.
11)松原伸一,赤司祥子,内藤恵子,中原快明,林真 一郎:血液浄化療法併用にて救命し得たLegio- nella micdadei肺 炎 の 1 例.日 呼 吸 会 誌 1998;
36:886―890.
A Survival Case of Severe
Legionella longbeachaePneumonia Keizo YAMAMOTO
Internal Medicine II, Nagoya University Hospital
Yasunobu NODA, Hideo GONDA, Takashi OISHI & Yoshimasa TANIKAWA
Department of Respiratory Medicine and Allergology, Toyohashi Municipal HospitalEiko YABUUCHI
Department of Microbiology and Immunology, Aichi Medical University
A 56-year-old Japanese male was admitted to Toyohashi Municipal Hospital becase of fever, cough, and dyspnea. Chest X-ray film showed bilateral alveolar infiltrates. He suffered from severe hypoxemia and was given a diagnosis of acute respiratory distress syndrome. He was also compli- cated with disseminated intravascular coagulation and pseudomembranous colitis. He fully recov- ered by intensive treatment with antibiotics, mechanical ventilation and endotoxin eliminating ther- apy.
Legionella longbeachae
was isolated from his respiratory specimens and was regarded as the etio- logic agent of his pneumonia.
〔J.J.A. Inf. D. 75:213〜218, 2001〕