︿論説﹀
一 九 六三 年 マ レー シア連邦成立協定 に関す る一考察 35
一九六三年マレーシア連邦成立協定に関する一考察
ケランタン州政府対マラヤ連邦政府事件を契機としてー
目次
一はじめに
ニマレーシア連邦成立の経緯
三ケランタン州政府対マラヤ連邦政府事件
1事件の概要
2両者の主張
3判決理由
四門統治者会議﹂の法的地位
五違憲条約の国際法的効力とマレーシア協定
1内容的違憲条約の国際法的効力とマレーシア協定
2手続的違憲条約の国際法的効力とマレーシア協定
六超憲法的条約とマレーシア協定
七サラワク︑サバの連邦加盟と本件判決
八むすび 飯田順三
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一はじめに
マレーシア連邦構想が発表された一九六一年五月から連邦が発足した六三年九月までの期間︑そしてさらに︑マレー
シア連邦発足後も︑連邦をめぐり国内外において︑いくつかの重要な政治.外交問題が惹起した︒なかでも︑ボルネ
オ島をめぐる問題は特に紛糾した︒英領ボルネオの独立を要求してブルネイ人が反乱活動をおこない︑また︑同島に
あるサバ州をめぐって︑マレーシアーフィリピン間で領有権紛争が持ち上がった︒また︑ボルネオに住む住民のマ
レーシア連邦帰属に関する意志確認作業をめぐってインドネシア︑フィリピンの両国とマレーシア連邦間の関係はそ
れぞれ急速に冷却化し︑連邦発足翌日の九月一七日︑マレーシアは両国との国交を断った︒その後︑インドネシアは
マレーシア連邦の結成は英国の新植民地体制であると非難して︑いわゆる﹁対決政策﹂をとり︑両国の国交が回復し
たのは一九六六年になってからであった︒また︑フィリピンとは一九六九年になり国交が回復したものの︑サバ領有
権問題は政治的には一九七七年に一応解決したが︑法的には現在でも未処理のままである︒
マレーシア連邦成立は以上のような近隣諸国との外交的緊張関係を生ぜしめたが︑一方︑マレーシア連邦を構成す
る当事者間においても重大な問題が起こった︒つまり︑マレーシア連邦とは︑マラヤ連邦︑シンガポール︑そして英
領ボルネオの三者がその新連邦構成当事者であるが︑マラヤ連邦の一支分国︑ケランタン州政府がマレーシア連邦成
立につき︑マラヤ連邦政府を相手として︑新連邦成立に関するコ九六三年マレーシア協定﹂(以下︑マレーシア協
危プは無効であると主張し︑連邦成立の一時停止仮処分申請を連邦高裁に提起したのである︒
本稿の目的は︑このケランタン州政府対マラヤ連邦政府事件を通して︑マレーシア連邦協定を憲法と条約の効力関
係の視点から検討し︑現代マレーシアの連邦政府と州政府間をめぐる問題の一端に迫ることにある︒先ず初めに︑考
察をすすめる前提知識として︑マレーシア連邦成立の歴史的経過を鳥轍してみよう︒
ニマレーシア連邦成立の経緯
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マレー半島およびボルネオ島の民衆の歴史は︑アジアにおける西洋植民地拡大の歴史であった︒彼らは︑一六世紀
から二〇世紀にいたるまで︑ポルトガル︑オランダ︑イギリスの支配を受けてきた︒すなわち︑マレー半島において
は一八六七年に︑英国はシンガポール︑マラッカ︑ペナンの植民地化を完了し︑一八九五年にはペラク︑セランガー︑
ネグリセムビラン︑パハンの五州を合わせてマレー連合州(司Φ鋤興簿ΦOζ箪餌図GQけ暮Φ︒・)を成立させた︒また一九〇
九年︑ケダー︑ペルリス︑ケランタン︑トレンガヌは英・シャム協定によって英保護領となり︑さらに︑一九一四年
ハ ジョホールも同様に保護国となり︑この五州をマラヤ非連合州(ご渓ΦαΦ轟呂創ζ巴趣ωけ9DけΦω)と呼んだ︒そして︑
第二次世界大戦後の一九四六年には︑マレー半島の三つの行政機構︑つまり︑右のマレ!連合州︑非連合州︑そして
海峡植民地であるマラッカ︑ペナンの三機構がそれぞれが並立存在したものを統一して︑行政権を一手に掌握するた
めに︑イギリス政府はマラヤ連邦を成立させた︒一九五五年︑軍事︑外交︑財政の各権限は英国が掌握しつつもラー
マンを首相とする内閣が発足した︒このマラヤ連邦の完全独立は一九五七年八月三一日である︒
一方︑ボルネオ島においては︑一八八八年︑英国はブルネイ︑北ボルネオ(現在のサバ)︑サラワクを保護領化し
ハヨ 英領ボルネオを結成した︒一九四六年︑サバとサラワクは英直轄植民地︑ブルネイは英自治領となった︒
その後一九六一年にマラヤ連邦︑シンガポ⁝ル︑英領ボルネォ(ブルネイは不参加)を統合し一国とするマレーシ
ア構想がマラヤ連邦首相から提唱され︑六三年ロンドンでマレーシア協定が調印された︒そして︑マレーシア連邦は
英連邦内の単一の主権国家として出発したのであった︒
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以上がマレーシア連邦の成立までの経緯である︒次に本件であるケランタン州政府対マラヤ連邦政府事件を検討し
てみよう︒
三ケランタン州政府対マラヤ連邦政府事件
本件はマレーシア連邦成立の法的根拠である一九六三年七月九日に英国︑マラヤ連邦︑シンガポール︑英領ボルネ
オ(北ボルネオ︑つまり現在のサバおよびサラワク)間で締結されたマレーシア協定および同協定の国内実施を図る
ためのマレーシア法の有効性をめぐって争われた事件である︒
1事件の概要
マレーシア協定第一条には﹁この協定の付属法律文書に従い︑イギリス植民地である︑北ボルネオ︑サラワク︑シ
ンガポ⁝ルは︑マラヤ連邦と連邦化し︑それぞれ︑サバ州︑サラワク州︑シンガポール州となる︒そして︑この連邦
ら をマレーシアと呼ぶ︒﹂とある︒
一方︑マレーシア法はマレーシア協定に法案の形で添付されていたものであり︑一九六三年八月二〇日にマラヤ連
ハ 邦国会で可決され︑一九六三年八月二六日に国王裁可を得︑同年九月一六日から実施された︒マレーシア法第四条は
マレーシア協定第一条を繰り返し︑さらに︑マレーシア協定の効力を発生せしめるため︑一九五七年八月発布の=
九五七年マラヤ連邦憲法﹂(以下︑マラヤ連邦憲法)の第一条(連邦構成国)︑第三八条(マラヤ連邦各州統治者の特
マ 権︑地位︑名誉についての規定)︑および第一五三条(マレー人に関する特権事項)を改正する旨を宣言した︒
このマレーシア法により︑マラヤ連邦憲法は改正されたが︑本件において問題となる部分は同憲法第一条の第一節
一 九 六 三 年 マ レー シ ア 連 邦 成 立 協 定 に 関 す る一 考 察 39
および第二節︑そして︑第三八条である︒すなわち︑第一節は﹁連邦はペルスクタン・タナ・メラユ(英語でマラヤ
連邦)と呼ぶ︒﹂とあり︑第二節は﹁連邦の諸州はジョホール︑ケダー︑ケランタン︑ネグリセムビラン︑パハン︑
ペラク︑ペルリス︑セランガー︑トレンガヌ(以上の諸州は以前にマラヤ諸州で知られていた)の各州とマラッカ︑
ハ ペナンの各州(この二州は従来︑マラッカ・ペナン海峡植民地として知られていた)から成る︒﹂とある︒
これら第一条の規定はマレーシア法では︑第四条の第一節と第二節にあたり︑次のように修正された︒﹁連邦は英
語・マレー語でマレーシアと呼ばれる﹂︑﹁連邦は次のように構成される︒A︑マラヤ諸州︑すなわち︑ジョホール︑
ケダー︑ケランタン︑マラッヵ︑ネグリセムビラン︑パハン︑ペナン︑ペラク︑ペルリス︑セランガー︑トレンガヌ
の各州と︑B︑ボルネオ諸州︑すなわち︑サバ州とサラワク州︑そして︑C︑シンガポール州である︒﹂
この改正内容に関し︑マレーシア連邦が発足する九月一六日の六日前に︑マラヤ連邦の一支分国であるケランタン
州が︑マラヤ連邦政府および連邦首相ラーマン氏を相手とする︑マレーシア連邦発足の一時停止を求める仮処分申請
を連邦高等裁判所に提起したのである︒本事件は一九五七年にマラヤ連邦が独立してから︑初めて連邦憲法に関して
違憲問題が問われた事例であり︑また︑連邦支分国がマラヤ連邦政府に対して訴訟を提起したのも本件が初めてであ
ハ るという点からも注目に値する事例である︒
2両者の主張
ケランタン州政府は︑マラヤ連邦政府が締結したマレーシア協定およびマレーシア法は無効であり︑少なくとも︑
ケランタン州を拘束するものではないと主張した︒その理由として︑
ω一九五七年締結の﹁マラヤ連邦協定﹂(以下︑一九五七年協定)によりマラヤ一一州の連邦︑つまり︑マラヤ
連邦を成立させたが︑マレーシア法は︑このマラヤ連邦を廃止するものである︒これは現在のマラヤ連邦を全くちがっ
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たマレーシアという連邦国家に変形するものであり︑このような法律は一九五七年協定に違反する︒
ωいかなる場合においても同協定の変更はケランタン州を含む各構成州の同意を必要とする︒
ωマレーシア協定の当事者としてケランタン州統治者自体は参加していなかった︒
㈲憲法習律上︑各州統治者は連邦憲法の重要な変更については︑連邦は各州統治者に協議すべきである︒
㈲いかなる場合においても︑ケランタン州が立法権を有する事項について︑マラヤ連邦国会は︑ケランタン州に
対して立法権を有しない︒
い という五点であった︒
け マラヤ高等裁判所は四日後の九月一四日︑今回の事件でマラヤ連邦政府がとった全ての立法および行政行為はマラ
ヤ連邦憲法によって権限を付与された団体および個人によってなされたものであり︑ゆえに︑同憲法に規定されてい
る方法にしたがってなされた行為であるとし原告の主張を退けた︒次にその判決理由を詳説しよう︒
3判決理由
まず判決は一九五七年協定について次のように述べる︒同協定については︑当時のケランタン州統治者も調印した︒
ケランタンは一九五七年協定以前にも主権を有していたと考えられるが︑もし︑そうであるならば︑ケランタン州の
主権を構成する権限の大部分は︑一九五七年協定に基づき︑ケランタン州政府からマラヤ連邦政府に移譲されたと解
せる︒ただ︑どの程度︑ケランタン州政府の権限が移譲され︑また︑移譲される権限の行使の形態については︑一九
五七年協定の不可欠の部分を構成するマラヤ連邦憲法の諸規定によって制限され決定されるので︑同憲法を検討しな
ハほ ければならない︒
つまり︑裁判所はマラヤ連邦政府がケランタン州政府に協議せず︑サバ︑サラワク︑シンガポールを新たに連邦に