アパート空間での「もの」配列を通した生活文化の 解釈
著者 李 煕奉
雑誌名 国立民族学博物館調査報告
巻 44
ページ 117‑132
発行年 2003‑12‑26
URL http://doi.org/10.15021/00001857
アパート空間での「もの」配列を通した生活文化の解釈
李 煕奉
1はじめに
大阪の国立民族学博物館主催「2002年ソウルスタイル」展で展示されたアパート空間 での多様な事物を通して居住者の生活文化を解釈してみよう。生活財生態学を基礎とし た展示のための緻密な調査の中で重要だと考えられるいくつかの「もの」を空間での配 置を通して解釈しようとする。事物を通して考古学的解釈をしながら（実際は日本の考 現学），韓国での他の例とスライドを通して比較しながら，また発生学的歴史解釈を一部
しょうと思う。
このアパートはソウル江南の典型的な中産層アパートとして20年前頃建てられた35 坪，片通路型3LDKアパートだ。
産業化を迎え伝統農耕社会の人口が都市に密集し，1970年代から単独住宅（一戸建て 住宅）を抜け出し西洋に基礎をおく集合住宅形態が本格的に導入され，〈アパート〉が 今は韓国で普遍的な住居として位置付けられている。韓国にはなかった西洋式の新しい 住居形態が導入され，伝統生活様式と西洋の住居形態の摩擦が起こり，ある部分は妥協 し，独自的に発展し（または退歩し），今日にいたっている。いまだ生活内容に合うよう に殻が進化しなければならない部分が途方もなく多いと考える。
事物の名称は当時の状況で付与された社会的分類体系だ。韓国式英語名称を原語と日本 語と比較するのは面白い。韓国で標準語であるアパートの語源は英語のapartmentだ。
Ap頒mentは共同住宅を意味し，反対語は単独住宅であるhouseだ。韓：国式の個人所有アパ ートは米国でcondomini1㎜と呼ぶ。 C㎝do面㎜からきた韓国の「コンド」は休養地の多 人数共同所有アパートに意味が変わった。韓国でのアパートは日本では大邸宅を意味する マンション（mansion）だ。住居を指称する言語は社会的産物であることが明らかだ。
2進入部，通路空間の意味
通路型アパートで通路というのは多くの世帯が進入するための公共空間だ。この家で は家の前の通路に文匝の上に四個の甕が置かれている（1173）。ふつう韓国食で必需な味 噌，コチュヂャン，醤油といった醤類，およびキムチが置かれる。通行のための公共空 間に私的なものが占有するのは厳格な意味で不法だ。現在中上流層アパートではより取 り締まりが厳しい。伝統農村社会が都市アパートに来ての生活文化の連続性をみせてく れている。比較的小型アパートで内部空間がぎっしりつまっているため家外にものがは
みだしている現象でもある。公共空間としての家の前が住民情緒上私的な領域と見なさ れる部分である。門門の特性．ヒ，陽の光をあびなければならないので，棟の前の花壇に 個人チャントクデ〈醤類の置き場〉を作りもする。また例外的であるが，キムチの特性 上土に埋めればよい味がでるため，棟の前の花壇に埋めたりもし，所によっては共同キ ムチ倉庫を作るところもある。規則と秩序を第一とする人には嫌な話だが，不法として 取り締まりをするよりは匿名性，閉鎖性の非人間的な西洋志向型アパートをむしろ積極 的に伝統生活を反映し，私的と公的空間が融通性のある互いに一部が混ざり合うのも未 来の韓国型アパート設計の一つの方法でもあろう。
3家族構成員の部屋の占有
この家は，おばあさん，夫婦，孫の三代が住み，普遍的な核家族の家ではない。三つの 部屋の中でふつう南向きの一番大きな部屋をアンパンといい，夫婦の寝室に使うが，この 家ではおばあさんと孫の起居空間になっている。反面，通路に面した小さい部屋が（ふつ う子女の部屋として使われる）夫婦の寝室になっている。食堂に面した窓のない一番小さ い部屋は子供の勉強部屋と書斎だ。その部屋は他の家ではふつう子供たちが小さいときお もちゃの保管および遊び部屋，または服の保管部屋，または客用の部屋になる。
もっともよい大きい部屋は同時にアンパンとも呼ばれる。語源は明らかに異なる。ア ンパンは伝統社会の女性主人の空間を意味し，大きい部屋は単純に大きいという事実を いう。アンパンをおばあさんと孫に譲歩した理由を伝統的理由と実用的理由の二つから 解釈してみよう。伝統儒教思想の両班住居では長幼有序の年長者中心であり，家によっ て差は少しあるが，アンパンはふつう姑として一度入ったら，死んではじめて嫁に譲る という臥席終身の伝統が残っていたと見ることができる。また夫婦が夜の時間に使用す るより，おばあさんと孫が昼夜間により多く使用するという実用的な考えをもとに，大 きい部屋を割愛したと見ることができる。
したがって結果的に通路に面した小さい部屋が主人夫婦の部屋になってしまった（調 査時名称でアンパンと混同して呼ばれている）。プライバシーのために共用通路と面した 窓の外を眺められず，屏風ブラインドで塞いでいる（0551）。
伝統的に等式の部屋に基本である箪笥は単純な収納よりは女性が結婚時に持ってくる 婚需〈嫁入り道具〉として，その家の顔という象徴性をもっていた。おばあさんの部屋 の箪笥は（0358，1340）伝統木彫り形態になっている反面，主人夫婦部屋の箪笥は単純な 色合いの実用的形態にすでに変化している（0308）。夫婦部屋は寝台と化粧台（0136）を 中心に完全に女性空間化した。かつて大主として舎郎等で家を号令した家長である男性 は，居室共用空間を除外すれば，ようやく一番小さい部屋，すなわち子供の勉強部屋に 片隅の書斎を確保し（1452，1611，1682），押し出され，儒教伝統生活の男性空間は消えて
しまった。したがって現代アパートは女性空間化し，家長の権威喪失と空間変化とは脈 を共にする。
この家でおばあさんの部屋は子供たちと共用空間だ。コンピュータ＋机と子供の二段 ベッド（0783）がある。特異なのはおばあさんの部屋のベランダは，元来は外部空間と
して設計されたが，サッシをつけ内部空間化し，そのまま部屋の延長という点だ。ソフ ァベッド（1104）があり，引き出し（0804）があり，文匝の上にテレビ（0916）がある。
特にベランダのサッシにかけたレースのカーテン（1143）は，外部と半遮断する室内雰 囲気を演出し部屋の延長という点を明らかにしている。
台所の棚の木製祭器（0892）とあわせて祭祀用屏風（0578）は，奉祭祀という伝統が 現代にも生きて息づいている両班の家であることをみせてくれる。屏風は日常空間を隠
し新しい儀礼用特別空間を創出する可変型空間製造機となる。
4台所と食堂について
伝統韓式住居ではかまどの炊き口で暖房と炊事を兼ね，部屋にオンドルという部屋の 床下にその熱を通過させる床暖房方式が普遍的だった。したがって台所の床が地面より
も低かった。
70年代初期住宅公社アパートでは伝統台所をそのまま引継ぎ，木の燃料を練炭にだけ 代えた練炭式オンドルで建てた。在来型の座式，湿式の台所をとどめ，居室の板の間と 壁で分離されていた。その後，70年代後半に公共機関で失敗した練炭ボイラーが民間で 開発に成功し，台所の底が部屋の床と同じ高さにすることができた。上下二個の練炭の 自然重力温水循環式ボイラーが（俗称セマウルボイラー）それだ。部屋と同じ高さの乾 式床に立式シンク台とガスレンジが全国的に導入され始め，冷蔵庫が必需品化した。そ の前に建てたアパートはほぼ台所の床の高さ，立式シンク台（システムキッチン）設置，
閉鎖された台所壁の取り壊しの改造工事をした。
この家での台所空間とものの配列を見ると，電子レンジ（0865），浄水器（0869），煮 沸洗濯機（0651），全自動洗濯機（0804），食器洗い機（0838），キムチ冷蔵庫がある。台 所生活の便利のためこれまで新製品を果敢に購買してきたことが分かる。しかし一方，
制限された既存の空間の枠の中で，新しい製品によって空間が占領され，活動空間が狭 くなり，人間がむしろ道具に支配されることが見てとれる。旧アパートに新製品の導入 行進はどこまで行くのか気になる。
この家は居室，食堂，台所のLDKであるが，それぞれが分離したL／D／Kだ。それ にもかかわらず台所と食堂を連結する開口部を再びカーテン（1276）で半仕切っている のは，伝統住居の台所空間が女性空間として機能上はもちろん心理的にも外の人（すな わち男子たち）は遮られねばならないことを意味し，生きている「内外法」である。現
代に多く建てられた，KDLが一つの空間として開かれた西洋式アパートで女性空間を分 離させようとしとDKの問を半透明ガラスで遮るインテリア補修センターがアパート団 地の横で盛業中だ。
5化粧室に関して
Bat㎞oomを韓国で隠喩表現の化粧室と呼ぶ（日本はトイレットというが）。西洋標準の 排泄用便器，洗面用洗面台，沐浴用浴槽の三つの衛生陶器が基本だ。西洋式衛生陶器で 配列された移入化粧室は韓国人の生活ともっとも矛盾した空間だ。見た通り洗濯を化粧 室でする。台所に洗濯機があるが，手洗い用洗濯板と洗濯石鹸が基本として設置されて いる（1396）。浴槽上のカーテンかけ棒にかけられた洗濯干し用ハンガーを見ると（1382），
化粧室は洗濯室としての確固たる機能をもつ。それにもかかわらず洗濯のための設計配 慮は全くない。
沐浴やシャワーを毎日しない韓国人に，足を洗うのは毎日夕方の必須行事だ。既存の 洗面台と浴槽では足洗い作業がほぼ不可能なので，可変型小型浴槽である洗面たらい
（1394）が生活必需品だ。直接調査した足洗い姿勢は数十になる。立って，または浴槽 に腰掛けてシャワーで，便器に座って床のたらいで，またはお尻は居室の床につけ足は 化粧室のたらいにっけるなどなど。たらいの材料が昔は真鍮，洋銀から，現在はプラス ティックに変化定着した。たらいに水をうけるために洗面台の下に別途の蛇口を（0453）
入居後に新設する。ふつう水を使いやすく蛇口にホースを連結する。
浴槽は韓国で若干の個人差はあるが沐浴用途にはあまり使用されない。沐浴は町内の 銭湯（高級はサウナ）の熱い湯にしっかり入ってつかった後，外で垢をおとす。浴槽は 狭く小さい子供の沐浴にのみ使用し，シャワーの時の水受け場になる。主な用途はむし ろ断水対備の水タンク，キムヂャンの時の白菜をかけるところ，洗濯物を水につけてお くところ，毛布，布団を洗うところなどの用途だ。
排泄と沐浴はそれこそ民族によって文化的に多様で独特だ。西洋近代建築で革命的な，
もっとも機能的でなければならないという化粧室が矛盾だらけになってしまったのは，
設計者が今も韓国人ふつうの人の現実の日常生活とは関係なく西洋式ハードウェアを外 見にだけよく設置供給しているためだ。
6その他
20世紀初，近代西洋居室の中心であった壁暖炉（ペチカ）が次第に退化変化するよう に，世界共通に現代の居室で祀る中心の神はテレビ（0218）だ。テレビに向かった椅子
式ソファ（0139）は確固とした位置を占めた。それにもかかわらず韓国人からは，公式 的集まりでなければ，床に座りソファの端に背中をもたれて座式姿勢を多くみることが できる。
居室のピアノと音楽関連の本とレコードは趣味の水準を越えた主人の趣向を見せてく れる。
居室ベランダにある文箱の上の陶磁器（1291）と，米びつ（1282）は外部であるベラ ンダが内部空間化したことをみせる。
それでも必ずどの家でもあるよく手入れされたベランダの花瓶（1333）は，殺伐とした アパートのコンクリート白色空間で外部の自然を導入しようという強烈な欲求をみせる。
7おわりに
民族学博物館で肝胆を寒からしむほどに緻密に調査し展示した「2002年ソウルスタイ ル」のアパートはあまりにも多くのものをみせてくれており，ものの後ろに隠れている，
ものが語る話があまりにも多い。短い時間を利用し，足りないが，その中の空間占有上 比較的目につくものについて客観をもとにした主観的解釈を試みた。ものほどではない が，生活は複雑で多様だ。チプという殻とその内に住む人々の暮らしはかけ離れた二つ ではないが，世界共通に建築設計者は形態的動物であり内容より外形に関心を集中し人 間の暮らしが疎外されてしまう。
一部文化自体が変わらないものではないが，どんなに世界化を叫び，現代化したとい っても，ふつうの人々の伝統文化の根は執拗だ。日本が時期的に少し進んでいるが，韓 国も似たように，かって経験できなかった西洋元祖の共同集合住居を導入するようにな ったが，こうした展示を始発にし，東アジアにおける西洋文物の導入過程と現在までの 結果はもちろん，文化の差がある韓国と日本両者の同じ点と異なる点，また成功と失敗 を赤裸々に比較してみれば真に住民に合う家を建ててあげるのにとても有益であろう。
討論を通してよい意見を分かちあえることを期待する。
8追加 展示とシンポジウムを終えて
ほんとうに有益な展示観覧とシンポジウム参加であった。簡略に元の原稿に所感を付 け加える。
展示に関して
大阪の民博の驚くほど緻密な企画による新しい展示であった。チプの構造はもちろん，
使用していたもののすべてを移して来て，一つ一つのものを通して生活をありのままに
みせていた。またチプーつのみならず，チプを中心に外郭の教室，市場，故郷，墓など の生活をもみせる展示は画期的な試みと思った。
一つ目についた残念なことは展示品目としてチプのみを選んだため，「チプ」という個 別空間と「チプの集合」の間の空間（すなわち集合住居の外部空間）をみせられずにい
る。本稿の2章で「進入部通路空間の意味」が重要な部分であると述べたが，展示では 進入部通路全体が漏れており，展示場でチプの外に出ている甕の意味を持たせず，通路 形式のアパートで「公的空間の私的占有」が説明されずにいる（写真1）。展示場の制約 のためであろうが，すべての部屋に入れるようにしたため進入の手続き，すなわち公的 空間から私的空間に転移する過程がおろそかに扱われてしまった。
同じように，入り口の反対にあるベランダ側もアルミニウムサッシのガラス壁が省略 されてしまったため，チプの外とチプの内の境界が失われてしまった。本稿6章「その 他」で言及した「外部であるベランダ空間の内部化」や「部屋の外部への延長」の意味 伝達が難しくなった（写真2）。
シンポジウム後
もの全体を調査する生活財生態学ないしは考現学の調査方法の話題に集中した。討論 者たちに欠けていたのは調査の目的によって方法が異なるという点である。ものの全数 調査は完壁に近い緻密なものであり，この展示に適合した方法であろう。また他の学問 分野や異なる展示で応用できる可能性は多いだろうが，研究時問と人力と資金という問 題で学問の普遍的方法としては難しさがある。
方法論上のもう一つの問題は，すべてのものをみせれば「もの自身が語ってくれると いう仮定」に基づいているが，文化圏が異なれば意味伝達にならない。ものを見る人の 文化の範疇で理解してしまい，ものの生産者（あるいは消費者）の観点からは見にくい。
すなわち内部人の観点（emic）に入れず，人類学で避けようとする外部人の観点（etic）
にとどまってしまう。ぼうだいな分量のもののデータにもかかわらず，それは資料であ るのみということである。学問では「資料の解釈」を通して「文化の意味」の伝達がよ り大きく浮き彫りにされる。
次に生活文化についてである。日本の学問の特性とみられる細分化，専門化により位置 を占めた「生活文化」は過剰単語（red㎜dancy：冗長）であると考える。人類学の初期の 大家たちは文化を研究するため日常生活の些細なものまでもすべて資料として収集した。
「文化」は言葉や観念としてのみならず，ものとともに「全体（wholeness）」として成立 するからだ。MalinowsldをみてもLevi−Straussをみてもそうである。文化にはすでに生活 文化が入っている。筆者がわかりやすい現場研究方法論として使用するSpradleyの方法 にも，文化は「言葉，行動，もの」の三つが結合しなければならないと明らかにでてい
讐
繋
写真1通路形式のアパート侵入部の私的占有
写真2ベランダサッシの設置による内部化
る。ただ韓国や日本の人類学者が，ものを抜かして観念に重きを置いた研究を「してきた という誤った伝統のため，新たに「生活文化」という分野を作らねばならなかったので はないかと考えてみた。生活文化の方法を新たに開拓するよりは基本に戻り，文化の方 法に忠実であれば，カタログ状態にとどまっているだけでない，生活文化がはっきりと あらわにされると思う。
文 献
朝：倉敏夫・佐藤浩司編
2002 『2002年ソウルスタイル』千里文化財団。
李煕奉
1986 「私達の生活様式と子女の住居形態 現実から出発した住居設計」
『大韓住宅公社論文集』47号。
李煕三三
199！「韓国入の生活様式に合う住居形態設計のための現場研究」
『大韓建築学会論文集』7巻2号。
李煕露頭
1994 「韓国人の食：文化に適合する台所空間設計のための現場研究」『環境科学研究』中央大。
James SpradIey
1980 Pαπ∫o㌍αη 0わ∫ε〃α∫ oηNew Ybrk：Holt， Rinehart and W㎞ston，
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二一
朝倉敏夫・佐藤浩司編 2002
・固筈 1986
『2002刈音△1斗望週』国立民族学博物館．
「♀司司1想毬誓剤コ｝刃司1釧手〉『一日1一嗣盈明囚四壁杢｝雫『翌刈」『τ羽轡判晋入ト
寺∋｛｝召』 47立．
01司暑，01テ・ぱ，♀暑雫
1991 「を号望9想塁｝皇｝剤司1巽セξ千ヌi碧印翌瑚暑♀挿｝週そ｝望〒・」『司重塑斉叫司芒呈唱』
7週2堂．
・固暑，招スト9
1994 「尋号皇！釧剤｛｝糾朔瑚著尋早望晋イ｝翌周隠♀1尋竜モ｝望干」r草｝碧斗叫望子』吾磐朗．
Jalnes Spradley
1980 Pαπ∫吻αη 0わ5θ脚α ∫o肱New Ybrk：HolちR血ehart and Winston．
