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(1)

S. アミンの「史的唯物論」

その他のタイトル S. Amin's Historical Materialism

著者 鍛治 邦雄

雑誌名 關西大學商學論集

巻 25

号 5

ページ 409‑426

発行年 1980‑12‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00020890

(2)

S . アミンの「史的唯物論」

鍛 治 邦

s.アミンの低開発論の大きな特色は,低開発を「周辺」的地域のもつ社 会経済構造の特質の問題として把握しようとすることにあった。そのために 彼は,史的唯物論の理論休系からいくつかの概念を借用し,それによって自 らの論理を補強している。本稿では,彼の用いる基礎的概念のいくつかを吟

(1) 

味することにより,その『史的唯物論』の内実を明かにすることにしたい。

『歴史的個体』として存在する一社会 (asociety in reality or a society  as the whole)の特質を構造的に把握するために, アミンは社会構成 the social formationsという概念を用いている。彼によれば,社会構成こそが 具休的でかつ組織的な構造をもつ概念であり,硯実の社会の特質を映し出し うるものである。この社会構成という概念は,構成要素たる諸生産様式 the modes of productionの結合により形成される。すなわち,各社会構成は,

それぞれに独自な諸生産様式の組み合わせからなり,一つの優勢な生産様式 の 周 り に 他 の 諸 生 産 様 式 が 接 合 紅ticulationするという構造をもってい

(1) アミンの用いる概念が,従来のマルクス史学の用語法とは異っていることは,

多くの人が指摘している。たとえば,高橋満「第三世界のマルクス経済学」,

経済評論,・昭和5311 115頁の注(7)

(3)

26(410)  25巻 第 5

る。ここでは,生産様式はあくまでも社会構成を組み立てるための概念的用 具にすぎず,現実と対比しうる社会構成という概念の内でのみ意味をもつだ けである。「これらの生産様式のいずれも, 純粋な状態で存在したことは立.

(2) 

ってなかった。歴史に知られている諸社会は『諸構成』なのである。」

アミンは,「『生産様式』の概念は抽象的なものであり,最初の分化した諸

. . . . . .  

社会構成から時代を下って資本主義へと至るまでのひろがりをもつ諸文明史 の全期間にかんして,歴史的な継起順序という内容を含んでいないのであ

(3)... 

る。」(傍点は引用者)と述べて,この用語が K.マルクスの『経済学批判』

(4) 

序言でのそれと全く異った用い方をされることを明かにしている。そのう えで彼は,五つの主要な生産様式の概念的区分を行う。それらは,共同体的 様式, 貢納的様式, 奴隷所有的様式, 単純小商品様式, 資本家的様式であ り,五様式は,それぞれが内包する固有の階級関係,およぴ,それと結びつ

(5) 

いた余剰 thesurplusの形態に基づいて相互に区別された諸類型である。

まず,共同体的様式は萌芽的な階級分化を含む類型である。土地は,氏族 (2)  S.  Amin, Unequal Developme 1976,p. 16.  (Le Developp tinegal, 

1973,B. Pearceによる英訳である)。

(3)  ibid., p. 13. 

(4) K. Marx, Zur Kritill PolitischenOkonomie, 1859,邦訳「経済学批判」

(杉本俊朗訳),昭和41年改訳版, 15頁。通常は,生産力および生産様式の定義を 行い,つぎに両者の総合として生産様式の規定を与え,同時に社会の経済的士台 という特徴づけを行う。たとえば, U. Melotti,  Marx a theThird World,  1977, pp. 2‑4. (Marx e il  Terzo Moo, 1972,P.Ranfordによる英訳)。

し,生産諸力および生産関係の規定は相互に強い関連性をもち,個々に切りはな して定義することから多くの理論的欠陥が生じる。この点を指摘したうえで.両 者の相互関連的な規定が行われさえすれば,総合としての生産様式概念はとりた てて必要はないと主張する見解がある。 B.  Hindess and Hirst,  P., Mode of  Production  a Social Formation,  1977, pp. 5455.逆に, F.テ ー ケ イ

は生産様式の概念を重視し,生産様式の総体性の把握に基づく定式化のなかで,

生産諸力および生産関係の正しい規定が与えられるとしている。 F. T6kei,  Tarsadalmi  Formak Elmeletehez,  1968,邦訳「社会構成体論」(羽仁協子・

宇佐美誠次郎訳),昭和52 42 87‑88頁他。

(5)  S.  Amin,  op.  cit., pp, 1416. 

(4)

による集団的所有と氏族構成員による用益のもとにある。氏族に所属してい るという事実のみで,農民は土地を手にする権利 accessto the landを享 けるが,それは必らずしも平等な原則に基づいてはいない。さ?良I,.ヽ保有地 をもつ部分が存在することにより,構成員間での完全に平等な関係はすでに 崩れている。この土地保有についての階層化は,場合により,政治的宗教的権 威の階層構造と結びついていることがある。また,様式の内部では商品交換 を欠き,余剰は商品の形態をとらない。社会的分業と余剰の不存在を特徴と する原始共産制と完全に分化した階級社会の中間たる過渡的な類型である。

貢納的様式は,いぜんとして存続する村落共同社会に搾取のための社会的 装置が付加された類型である。社会は,共同社会に組織された農民層と統治 階級 theruling classへと分化しており,後者はその社会の政治的機能を 独占し,また農村共同社会から貢租を収取する。この類型は,共同社会の存 続と国家(というよりは統治階級ー一引用者)によるその否定という対立を 含み,共同社会が最高土地収用権 thedominium em切 暉

s

over the soil 

を喪失して衰退している程度に応じて種々の事例が考えうる。封建的様式は この類型の一変種であり,共同社会の最高土地収用権が統治階級の領有にと って代わられ,共同社会の衰退が生じた類型である。その内部では,領主と 農奴たる借地人の階級関係が存在し,前者が余剰を領有するが,領地内での 商品交換は存在していない。

奴隷所有的様式は頻出せぬ類型とされ,奴隷自休が商品流通に入っている か否かを基準に,家父長的奴隷制とギリシア・ローマ的奴隷制の二つに区分 されている。単純小商品様式は,自由な小生産者の平等と彼らのあいだでの 商品交換の組織を内容とする類型であるが,一領域として存在することはあ っても優勢な様式を形成することはないとされている。資本家的様式は,ぃ うまでもな<,一般的な商品交換と資本家対賃労働者という階級関係を内容 とする類型である。

これらの諸様式は,それぞれその内部に「対立しつつ統合された」一組の 階級を含み,かつ,それぞれに固有の余剰の形態をもっている。階級につい

(5)

25 巻 第 5

てアミンは, 「生産において果たす機能に基づいて」定義されるとしたうえ で,この機能は生産手段の所有関係のみに解消しうるものではなく,余剰の

(6) 

流通過程 thecirculation process of the surplusにも関連すると指摘し ている。

以上のことから,アミンが用いる生産様式という概念の特徴をまとめると つぎのようになる。 それは, 「物質的生活の生産様式,人間の物質的生産諸 カの一定の発展段階に対応する生産諸関係」の総体として,社会の経済的構 造を形成するものという従来の概念とは著しく異っている。アミンの概念で は,生産力の要素は全く排除され,歴史的継起性はあらかじめ否定されてい る。そのうえで,一定の階級の相互依存の類型として,変化を含みえない抽 象的なパターンとして概念構成されている。さらに,階級は,生産手段の所 有関係を基本としつつも,より広く余剰の流通の見地から規定が行われてい る。そのため,政治的・イデオロギー的機能の遂行,余剰の移転の媒介など をつうじて,余剰の流通に大きな影蓉をもつという側面が重視される。した がって,階級の規定は雑多な内容を含むあいまいなものとならざるをえない が,この点はとくに貢納的様式における統治階級や資本家的様式における資

(7) 

本家階級に強く表れている。

しかし,アミンの生産様式概念の記述には,一見すると,この特徴づけと 矛盾するような主張も現れる。とりわけ,一旦否定したはずの歴史的継起性 がとりあげられ,様式間での連続性が論じられているかに思える箇所が存在 する。 それは, 「貢納的様式はもつとも順当に共同体的様式をひき継ぐ形態

(8) 

である。それが通例である。」と指摘する部分であるが,本来は生産様式の概 念からは排除されている生産力の要素が,あとから追加されることにより,

生産様式の交代,転化が生じることをのべている。すなわち,共同体的様式 (6)  ibid., p. 23. 

(7) たとえば,資本家階級には,蓄積した貨幣資本を土地に投下し地代を得る地主 をも含むことになる。アミンが,周辺資本主義社会構成における農業資本家とい

うときには,土地投資による地主も含まれているのである。

(8)  S.  Amin, op. dt.,.P16.

(6)

のもつ萌芽的階級分化は,生産諸力の展開,余剰の増大が加わることで完成 された階級関係へと転化する。共同社会の上に統治階級が登場し,共同社会 のもつ最高土地収用権を掌握していく。 それによって生産様式は,共同体的 なものから貢納的なものへと交代する。しかし,このことはけっして,生産 様式自体の発展の結果としてつぎの新しい生産様式が生み出されるという意 味での連続性が主張されているのではない。むしろ,二つの生産様式が類型 としてもつ構造上の親近性に基づき,生産諸力の発展が生み出す諸結果が一 方の類型に加えられれば,他方の類型になるというだけのことにすぎない。

あくまでも生産力の要素は生産様式の外部にあり,生産様式がより広い枠組 みに結合されたときにのみ,生産様式の概念につけ加わってその交代を生じ させるのである。アミンの生産様式概念から出発すれば,先の記述はこう理 解するのが妥当であろう。

Il 

生産様式が抽象的な,いわば観念の世界でのみ存在する類型であるのにた いして,それら諸類型を組み合わせることによってえられる社会構成は,硯 実の社会との照応関係を直接に求められる概念である。社会構成は,その構 成要素たる諸生産様式を特定し,ついでそれら諸生産様式の結合形態を確定

(9) 

することで概念的に構成される。客観的に存在する社会は,この概念構成の 過程を経て,それぞれ独自の構造的特質をもつ社会構成として観念的に把握

されることになる。

アミンはこの「具体的な一社会構成の分析」においては,余剰に焦点を合 わせることが重要であると考えている。すなわち,硯実の一社会を一社会構 成の概念へと構成するには,その社会内部における余剰の生産,流通,分配

(IO) 

の特色を把握することが決定的に重要であるとみるのである。 余 剰 の 形 態 (9)  ibidp.16.

(10)d.,p. 18, p. 23.余剰の概念は, バランとスウィージーからの借用であろ う。「経済的余剰とは, できうるかぎり簡単に定義すれば,社会が生産するもの とその生産の費用の差である。」 P.  A.  Baran and Sweezy, P. M., Monopoly  Catal, 1968 (Pelican Books),  p.17. 

(7)

4)  25 巻 第 5

は,社会構成の要素たる生産様式の諸類型を示す。また,支配的な余剰の形 態や余剰の流通,分配はそれら諸生産様式の結合形態を表わす。したがっ て社会構成は,余剰の把握をつうじて概念構成が可餡となる。このアミンの 見地は,諸生産様式の結合形態では,交換の形態が規定的な役割を果すこと を暗に含まざるをえないが,ここから,社会構成概念のもつ一つの特色が派 生する。「この構成の内部で余剰が生産される方法, 他の構成へとあるいは

(11) 

から実硯されるかも知れぬ余剰の移転,この余剰の内部での分配」が社会構 成の「分析」に不可欠となる。すなわち,諸生産様式の種類や支配的な生産 様式を特定するだけではなく, 「一定の社会が自分で生産した余剰に依存す

(12) 

る範囲,および,別の社会から移転された余剰に頼る範囲」を知ることが必 要となる。社会構成はたんに諸生産様式の結合のみで構成される概念ではな くなり,余剰を中心とする「分析」は,必然的に構成間でのその移転の問題 をとりあげざるをえない。 とりわけ, 「独立の諸構成が繋がりあう仕方」で

(13) 

ある遠隔地交易 along distance tradeのもつ相対的重要性の確定が必要と なる。また,特定の社会構成においては,この交易が諸生産様式の結合形態 に大きな影響を及ぼすことになる。アミンの社会構成概念は,それゆえ,遠 隔地交易のあり方に規定されつつ組み合わせや結合関係が確定している諸生 産様式の結合形態というものなのである。

現実の一社会内部での余剰は,その社会内部での諸階級構造と不可分に結 ぴついている。アミンは,余剰の把握を重視する見地が,社会構成概念にお

(14) 

ける諸階級襲係の確定にも大きな有効性を発揮しうると主張している。社会 構成は一群の生産様式から形成され,それぞれの生産様式は固有の階級関係

(11)  ibid., p.18.  (12)  ibid., p.18. 

(13)遠陥地交易とは独立した諸社会構成を連合させる仕方であり,一社会から他の 社会への余剰の移転を可能にする。社会構成内の生産諸力の発展水準が低い場合 には余剰の移転が大きな意味をもち,遠隔地交易は社会構成に規定的作用を及ぽ ibid.,pl7., p. 38 ff. 

(14)  ibid., p. 23. 

(8)

を内蔵する。それゆえ,社会構成は二つ以上の階級の複雑な組み合わせをも つことになるが,余剰の把握による「分析」は,これら諸階級の相互関係や その動向を示唆しうるというのである。

アミンは, 「一社会はその基礎構造に還元されえない。物質的生活が組織

(15) 

される仕方は特定の政治的およびイデオロギー的機能を不可欠とする」と指 摘している。したがって,社会構成が経済的側面のみではなく,他の社会的 諸側面をも備え,総合的な構造をもつ概念であることは自明である。諸階級 や諸社会集団は,同時にこの政治的およびイデオロギー的機能の担い手でも あり,それゆえ,諸階級の相互関係は,社会構成の内部における基礎構造と 政治的およびイデオロギー的機能の関連の問題と密接に結びついているのは 当然といえる。しかるに,アミンの社会構成概念では,この点にかんする解 明がほとんど行われない。社会構成概念において重視されているのは,余剰 をめぐっての諸階級の相互関係であり,その他の点はむしろ生産様式の概念 においてとり扱われているが,このことは,アミンの生産様式概念のもつも

う一つの特徴面を示すものである。

生産様式は, 階級関係のそれぞれ独自な類型として概念構成されている が,階級はたんに生産手段の所有関係のみではなく,より広く余剰の流通と いう見地から規定されていた。その際にアミンは,政治的およびイデオロギ ー的機能の遂行が余剰の流通に影響を与えることを重視しており,したがっ て,階級は本来,政治的およびイデオロギー的諸関係をも包摂した概念なの である。それゆえ,生産様式は,経済的側面のみではなく,政治的およびイ デオロギー的側面をも備え,しかも,それぞれの生産様式が諸側面のあいだ の固有の関係を含む概念とならざるをえず, 「経済的審判が最終的分析に おいては決定的なものではあっても,経済的審判あるいは政治的・イデオロ

(16) 

ギー的審判のいずれが支配的であるかはそれぞれの様式で異っている。」

結局,アミンの生産様式概念はつぎのようなものと考えざるをえない。一

(15)  ibid., p. 24.  (16)  ibid., p. 24. 

(9)

32(416)  25 5

方では,それは極端に抽象的であり,類型あるいはパクーンとして形式化さ れている。それゆえ認識論上でのたんなる用具にすぎず,現実の発展傾向を 反映しうる弁証法的な概念とはいえない。他方では,それは社会的諸側面を 含み,あらかじめ概念の内部に社会諸関係の相互関連の特定の形態をもつ。

それゆえ,固有のメカニズムを備えた完結した社会休系なのである。アミン の生産様式概念は,自己完結的なメカニズムを備えた社会休系の類型であ り,硯実の社会の一部分にそっくりそのままあてはめることのできるモデル ということになる,

以上により,余剰の生産,移転,分配の把握をもとに「具体的な一社会構 成の分析」を行うというアミンの主張のもつ意味が明かとなった。余剰を把 握することによって,いくつかの社会休系を選ぴ出し,その中での支配的な ものを特定し,それら相互の結合形態を遠隔地交易という外的(少くとも社 会構成概念にとっては)要素も加味しつつ礁定する。このようにして,硯実 の社会の構造的把握がすすめられ,社会構成の概念が生み出されて,客観的 世界の具体的分析は,観念の世界の無意味な積木あそぴにおきかえられてし

,まうのであーる。

アミンの社会構成論は,フランスにおいて有力な史的唯物論解釈の一傾向 に強く影響を受けたものである。 B.ヒンデスとP.ハーストは,この傾向 を代表する L.アルチュセールや E.バリバールを中心とする社会構成論の

(17) 

内容をつぎのように概括している。

(1)  社会構成は構造的な諸平面(経済的,政治的,イデオロギー的)の また諸生産様式の,確定的でありかつ独自の「社会作用」('Societyeffect')  を生む一定の実在的結合を表すが,さらにそれは,自らを他の実在物から は相対的に自律的たらしめる存在形式をもつ。

(2)  諸生産様式は, この実在(社会構成ー一号1用者)の構成個休を表 す。そして,それらは自らが支配的位置にあるかそれとも従属的位置にあ

(17)  B., •Hindess and Hirst,  P.,  op.  cit., pp.4647.

(10)

るかに応じて,さまざまな決定力の程度で「社会作用」に寄与している。

(3)  「社会作用」は諸生産様式のなす決定力の階層構造の全面的な再生 産,およぴ,その階層構造に照応する諸平面の形態に基づいている。階層 構造が置換される場合には,新しい「社会作用」をもつ新しい階層構造が

とって代わるのであり,新しい社会構成が出硯する。

(4)  しかしながら,形態や「作用」の変化は全ての要素における変化と いうわけではない。従属的な様式が支配的になることがあり,あるいはそ の逆もあり,またイデオロギー的諸形態や国家の諸機関はさまざまな程度 の相対的自律性をもって存続する。いかなる時点で, このような形態や

「作用」の変化が社会構成の本質におげる変化と結びつくかということは 問題として残されている。

ヒンデスとハーストは,このような社会構成論においては,生産様式の概 念は, あらかじめ「構造的因果関係」という形式で接合された三つの平面

(経済的,政治的,イデオロギー的)をもつ構造物を表し,一つの社会的総 休性を備えた概念とならざるをえないこと,それゆえ,社会構成は諸生産様

(18) 

式の結合休として, 諸乎面の一種の事後的結合体となることを指摘してい る。その結果,この社会構成論は,具体的に分析されるべき客観的対象の次 元の問題を論理展開の次元の問題に解消し,現実の社会構造の分析を観念の

(19) 

世界での概念構成作業に置きかえてしまう ことになる。アルチュセールやバ

(18)  ibid., p. 49,  p. 51,  p. 56. 

(19)  ibid., pp.15‑19,  pp. 27‑30.アルチュセールとパリバールの史的唯物論解釈 については, L. Althusser and Balibar, E., Reading Capital,  1970,  とりわ pp.203‑204をみよ。 (1968年に出された Lirele  Capitalの第2版の B. Brewsterによる英訳)。なお,社会作用についてはpp.65‑67,構造的因果関係 については pp.186‑188を参照せよ。邦訳は「資本論を読む」(権寧・神戸仁 彦訳),昭和49年があるが,訳文が哲学的すぎやや乎明さに欠けるうらみがある。

アルチュセールやバリバールの「テオリシスム」(「観想主義」)については,

今村仁司の解説をみよ。 E.バリパール「史的唯物論研究」(今村仁司訳),昭和 54 334‑337頁。ヒンデスとハーストは,バリバールの観想主義克服の努力が ほとんど成功していないと主張している。 B. Hindess and Hirst,  P., op. cit.,  pp.34‑38. 

(11)

25 巻 第

リバールの社会構成論にたいする,ヒンデスとハーストのこの特徴づけと批 判はそのままみごとにアミンの「史的唯物論」にも妥当しているのである。

アミンにおいては,現実の社会は社会構成という概念と対比させられてい る。それゆえ,現実の社会の歴史的移行は社会構成の変容・移行として概念 化されることになり,生産様式の概念では排除されていた生産力の要素が,

社会構成の概念においてとり上げられる。「技術的過程ー一生産諸力の発展 水準は累積的である。それは社会贅成という枠組みの内部で発生し,歴史的

(20) 

諸段階を特徴づけることを可能にする。」,すなわち,生産力の要素は,社会 構成概念に固有の全体的作用として,諸生産様式の結合形態の変化や生産様 式の変化を導き入れ, 社会構成概念で間の移行をもたらす。「社会構成とい

(21) 

う概念は歴史的概念である。」 ということになる。それでは, アミンは現実 の社会の歴史的過程をいかに把握しているのであろうか。

共同体的様式が支配的である社会構成内で,生産諸力の発展は様式の交代 を生じさせる。余剰の増大,階級分化の完成,搾取のための装置の付加など をつうじて,共同体的様式は漸次,貢納的様式へと交代し,社会構成はそれ によって,共同体的様式が支配的なものから,貢納的様式が優勢なものへと 移行していく。観念的に想定されたこの移行過程は,論理的飛躍のもっとも 少いものであり,それゆえに,現実の歴史においてももっとも頻繁に生じた

. . . . .  

と推定しうるものである。したがってアミンは,貢納的社会構成こそが先

(22) 

資本主義的文明史においてもっとも広汎に存在した社会である,と主張し ている。しかし,この,いわば,主たるまたもっとも一般的な発展経路は,

「技術的発展が貢納的構成と並んで生じるという形に相対的に閉塞されるよ

(20)  S.  Amin,  op. cit., p. 21.  (21)  ibid., p. 21. 

(22)  ibid., p.19. 

(12)

(23) 

うになる。」すなわち, 貢納的様式のもつ類型としての多様性は, 他の様式 との交代や解体が生じるのを妨げ,この様式は生産諸力の展開を吸収しつつ 強固に存続するので,貢納的社会構成は安定的であり,変化はそれ自身の完 成化への方向にと進むことになる。

主要な発展経路では,いったん形成された貢納的社会構成は,内部におけ る生産諸力の展開を吸収しつつ社会構成として安定し,結局は固定的かつ停 滞的社会を表すことになる。この経路では,生産諸力と社会構成内部の賭関 係の衝突はほとんど発生せず,生産様式の交代による社会構成の移行は生じ 難い。西欧をのぞく地球上の大半の地域が,この発展経路で把握しうる歴史 経過をたどったことが,西欧以外の地域の現在における<後進>性の遠因と なったことを,アミンは示唆しているのである。この経路からはなれて,社 会構成の継起的な移行が生じるのは,諸条件の例外的な組み合わせが存在す る場合のみであるが,アミンは,西欧にのみあてはまる,別の限界的な発展

(24) 

経路の存在にもふれている。

地球上の諸地域に形成されたと推定される貢納的社会構成間には,交換が 発生し,遠隔地交易が営まれていた。そして,この遠隔地交易に強く依存す る社会構成が,例外的なものとして存続しえたが,アミンは,それらを周辺

(25) 

的交易社会構成peripheraltrading formationsと称けている。外的に遠隔 (23)  ibid., p. 21.アミンは,中国とエジプトをこの貢納的構成の完成形態とみてい る。彼は,この両地域での「閉塞」を共同体の存在で説明する見解を批判して,

(1)村落共同社会の成員の服すべき規制は欧州中世のそれより大きくはない (2)共同社会は数千年を経るあいだに二,三世紀前の欧州に劣らず解体してい ることをあげ,他に原因を求めるべきであるとしている。そして,両社会構成が 生産諸力の発展を吸収しうる力をもつこと,すなわち広い巾の生産諸力の発展水 準と両立しうることが原因であると主張する。両社会構成では,生産諸力と社会 関係の衝突が起り難<,このことが逆に矛盾の顕現し易い諸構成よりも発展を遅 れさせたというのである。 ibid.,p. 51,  p. 54. 

(24)  ibid., p. 21. 

(25)  ibid., p. 19,  p. 54.地域間交易の発展に依存して形成される社会構成という着 想は,アジア的生産様式をめぐる論争のなかで, M.ゴデリエらが提唱したもの である。 U. Melotti,  op.  cit.,  p.15. 

(13)

36(420)  25巻 第 5

地交易に依存すると同時に,内部にも強い商品的要素(奴隷所有的様式や単 純小商品様式)をもつこの社会構成のうちで,ギリシアに存在したとされる

(26) 

ものにのみ「奇蹟」が生じる。そこでは,社会構成内の強い商業的性格が,

主要な発展経路に沿って社会構成が形成されるのを妨げ,地理上の有利さが

. . . . . . .  

構成の周辺的性格を全面的に展開させる。遠隔地交易を基礎に,奴隷労働の 使用により商品生産が発展し,ギリシアの社会構成は独自の成立基盤を獲得 するにいたる。奴隷による商品生産は,逆に奴隷購入の手段を与えることに なり,奴隷所有的生産様式が支配的な社会構成が形成され,たんなる交易社 会構成から脱却するのである。この奴隷所有的社会構成は,ギリシアからロ ーマヘと受け継がれて,地中海域全体へと拡張される。しかしこの社会構成 は,存立の基盤を奴隷による商品生産におくため,たえず「人力が獲得され ねばならぬ周辺」の存在を前提条件とするが,周辺は一定の限界をもち,社 会構成内での生産諸力の展開は,奴隷制という社会関係と衝突するに至る。

(27) 

こうして,奴隷所有的社会構成は「野蛮人どもの一撃」によって崩攘するこ とになる。アミンによる限界的な発展経路の叙述はさらに続く。奴隷所有的 社会構成の「周辺」であった「野蛮時代のヨーロッパ」は後進的であり,充

(26)  S.  Amin,  op.  cit.,  p. 20,  p. 54.  「ギリシアの奇蹟」については, F.テーケ ィも別の角度から注目している。彼は,マルクスが「資本制生産に先行する諸形 態」で提示した本源的所有の三形態の相互関連を考察した部分で,「世界史の最 初の問題は,自然発生的状態の「成立」およびその大小の変形の問題ではなく,

ギリシア人の古代的所有形態に至ったその解体の問題である。」と指摘している。

F.テーケイ,前掲書 153頁。同主旨, 161

(27)  S.  Amin,  op.  cit.,  p. 54.結局, アミンにおいては, 社会構成の移行経路は 二つに集約される。(1)主たる,またもっとも一般的な経路(貢納的構成まで)

(2)限界的な経路(奴隷所有的構成, 封建的構成を経て資本家的構成へ)。

(2)はヨーロッパにのみあてはまる例外的経路にすぎない。したがって,先資 本家的社会構成は, 1)優勢な中心的構成=貢納的構成 (2)周辺的構成(奴 隷所有的構成,交易構成)となるが,(2)はごく限られたものであり,(1) 大半をしめることになって, ョーロッパ以外は本来停滞する宿命におかれていた ことになる。

(14)

分に成育した貢納的社会構成を形成しえなかった。そこでは封建的様式が支 配的である社会構成が成立することになるが,この様式は,貢納的様式の

「萌芽的で,不完全な形態」にすぎない。この封建的社会構成の後進性は,

こんどは逆に,その解休の容易さとして表れるが,その解体をもたらす根本 原因は,アミンによれば,ふたたぴ遠隔地交易である。

アミンの社会構成体移行論をこれ以上追いかける必要はない。この移行論 が,ヨーロッパ(地中海世界を含めて)の社会の歴史的発展を真に把握して いるか否かは別として,移行論として著しい特徴をもつことが明白である。

移行が生じうる社会は,初めから安定的に存続しえないような社会構成とし て概念構成されている。すなわち,周辺性を一つの理由としつつ,初めから 未成熟あるいは脆弱な類型の生産様式が支配的な社会構成として概念化され る。あとは,その社会構成が外的な力(たとえば遠隔地交易)によって解体 するにいたるだけのことであり,移行の問題についても,結局は観念の世界 での概念構成の作業が行われているのみにすぎない。しかし,注目すべきこ とが一つある。ただ西欧のみで社会発展が可能であり,他の世界は主たる発 展経路をたどり社会的停滞へと進む。資本主義世界体制の登場をまつまでも

なく,低開発地域はあらかじめ発展不能を宣告されているのである。

s.アミンの「史的唯物論」の内実,とりわけその観念性と固定性につい ては,これまでの叙述でほぽ明かにしえたと思われる。前稿で検討した,彼 の低開発論=「周辺資本主義構成」論のもつ碩直的,機械的性格は,たんに 偶然のものではなく,その「史的唯物論」の,換言すれば,社会認識の根本 方法の欠陥に基づくものなのである。アミンの周辺資本主義社会構成を要約

して示せばつぎのようになる。

1.  「外からの強制力」による資本家的生産様式の形成。輸出生産と奢俊 財生産を基礎とし,三次部門の肥大化をともなう歪んだ産業構造。

2.  資本家的生産様式が支配的。余剰は商品の形態をとり,社会樺成全体

(15)

38(422)  25巻 第 5 を商品交換が蔽う。

3.  旧生産様式は解体されず,国内市場の拡大遅い。それゆえ,産業構造 の変換困難。

4.  資本家的様式は他の諸様式に寄生・依存。その結果は,住民大衆の限 界化として硯れる。

5.  住民大衆の限界化は余剰労働を生み,低賃金労働力が歪んだ産業構造 を支えて,社会構成を固定存続させる。

このように構成した社会構成概念を,アミンは低開発地域にあてはめる。し たがって,低開発地域の現実の社会は,そこからは抜け出しようのない構造 をもつ社会とし把握されることにならざるをえない。

しかし,アミンの示した社会隠識方法は,格別に新しいものではなく,同 様な低開発あるいは後進国圏識は,すでに早くから行われていた。アジア社 会の認識における J.H.プーケの見解をアミンの方法と対比することによ

って,この点を明らかにしておこう。

プーケは,「二重社会」 adual societyという概念を提唱し,その形成過

(28) 

程と内的構造をつぎのように論述している。「東洋社会」には, 古い村落組 織が存続し,広大な領域をしめる農村が先資本主義的性格を保持しつづけて いる。資本主義は,主として,都市で確立するが,その発展につれて,農村 の先資本主義的伝統とぶつかる。 この伝統は村落の構造そのものに根をも ち,宗族関係や地方の慣習や宗教に基づく強固なものであり,それゆえ,農 村の大衆は,資本主義の滲透に受身に対応する,すなわち,資本主義のもつ,

「西洋的な力」に抵抗も同化もできない。しかし,彼らの数は余りにも多い ので, 決定的な結末に至りえぬままに, 「西洋的な力」と伝統の角逐は永ぴ (28)  J. H.  Boeke,  The Interest of the Voiceless Far East,  1948,  pp. 2‑8 よび pp.19-22. プーケの二重経済論の紹介としては,•最近のものでは,本多健 吉「「二重経済論」を読んで」, 経済評論, 昭和559月号。ほかに, 小段文一

「社会経済学派開発論の批判的考察」,松井清編「後進国開発理論の研究」,昭 32年に所収。坂垣輿ー「アジアの民族主義と経済発展」, 昭和37年,第5章な どをもみよ。

(16)

いていく。このようにして, 「二重社会」が形成される。二重社会は,二つ の構成部分,一方は資本主義的生活原理に基づく都市の近代的社会,他方は 先資本主義的な生活原理に基づく農村の伝統的社会という,二つの相異る社 会体系から成り立っており,その内部では,二つの生活原理が対立しつつ並 存し,相互に作用を及ぼし合うことになる。

二つの社会体系はどのように結合されているのであろうか。都市の影響下 で,農村は「たとえいかに僅かであろうとも,西洋的な交換休系の..:....部分と なっていく。」ことにならざるをえない。

「……,財貨と労役の流れが都市から周囲の農村へと通うようになる,

村落からやってくる同じ価額を•もつ流れとひきかえに,また,自由な交換 において供給されかつ需要される原材料,食糧およぴ労役によって養われ ながら」

都市と農村を結合して相互作用のうちにおく「私的経済諸関係」=商品交 換休系が創出される。しかし,この相互関係は,西洋の近代化におけるもの とは著しく異っている。農村はあくまでもその生活原理にもとづいて存続し つづけ,都市と同化することはなく,他方,都市はその農村的周囲と遊離し たままで発展をとげていく。都市の生産は,外国向けと都市自身のためのも のが中心であり,商業活動は国際的性格強く,国内市場の重要性は小さい。

また,都市は種々の寄生的方法により農村から収奪し,両者の対照性は歴然 と存続しつづける。都市は「飛び地」的性格をもち,それゆえにいっそう対 外貿易への依存は強くなる。

商品交換休系への包摂,都市による寄生を通じて,村落生活の破壊と萎縮

(29) 

が進行する。個々の農民経営の蔽いとなっていた村落生活の破壊と萎縮は,

その保護下にある広汎な小農民経営の破綻をもたらし,農民の貧困化が進

(29)農村は,家族単位での生産を行う自給自足的農民の共同社会であった。当然の ことながら, 農村の伝統的な社会構造やその衰退過程の理解は, アミンに比し て,ブーケの方がはるかに深い。 J.H. Boeke,  op.  cit., pp.9‑13およびpp. 18‑19. 

(17)

25 第 巻 5

む。しかし,伝統的生活原理からぬけ出せぬ農村住民は,従来の環境に執着 しつづけ,二重社会に独特の「出稼ぎ」労働者が生み出される。農村住民の 貧困化にともない,農村に形成された膨大な農業予備軍anagrarian reserve  armyは,一方で土地潟望により農民の地位を押し下げ,他方で低い生活水 準と補充的賃金水準により労働者の地位を押し下げる。こうして地主と工業 資本家の利益は一致し,二重社会はそのかぎりで安定する。

以上がブーケの二重社会論の概略であるが,この二重社会は,彼が<後進 国>の社会構造を把握するために用意した概念である。その特徴を要約すれ ばつぎのようになる。二重社会は,それぞれ独自な生活原理と構造をもつ異 質な社会体系の結合により構成される。各社会体系は,それぞれに内在する 自己完結的なメカニズムにより存続するが,両者のうちでは,近代的休系が より優勢であり,近代的体系の影響下で両者は結合し,二重社会全体は商品 交換休系の形態をとる。伝統的休系もその一部分として包摂されているが,

解体し同質化することはなく,また,近代的休系の生産交易の重点はむしろ 海外に向けられている。他方,伝統的休系の生産の主力は小農民経営であ り,その自足性と需細性のゆえに国内市場は狭く,真の意味での,一休化さ れ統合化された国内市場は未形成である。しかし,近代的休系の作用による 伝統的休系の変容は,農村住民の貧困化をもたらし,余剰労働を生み出し,

「出稼ぎ」労働者は, 近代的体系に労働力を提供すると同時に, 根強い回帰 性により伝統的体系を存続させる。こうして二重社会は内部に異質な両休系

(30) 

を再生しつつ存続することになる。

(30)  二重社会を形成するそれぞれの社会体系は不変であり,その結合形態も不変で ある。二重社会は同じ状態がくり返し反復するものとして概念構成されている。

それゆえ,この概念モデルを用いて認識された社会は,一定の構造のままで存続 するものとして把握されることになる。「出稼ぎ」労働者はこのような社会の独 特な労働力類型なのである。プルヘルのプーケ批判が,停滞しつつ固定的に存続 する社会という側面についてのものであったことはよく知られている。 C. ャスーは,低開発の根源を低賃金労働力の再生産様式としての帝国主義に求め,

資本制生産様式(彼の「生産様式」概念も独特である)が家族制生産様式を支配

(次頁へつづく)

参照

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