論文審査の結果の要旨
氏名:木 村 全 孝
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:脊髄後根神経節の神経細胞における細胞内カルシウムイオン濃度の増大に対する オレキシンAの効果
―疼痛モデルラットを用いた研究―
(Effects of orexin-A on the increase of intracellular calcium ion concentration in neurons of dorsal root ganglion.
-Studies by using rat models of pain-)
審査委員:(主査)教授 三枝 禎 審査委員:(副査)教授 渋谷 鑛 審査委員:(副査)教授 吉垣 純子 審査委員:(副査)教授 河相 安彦
疼痛の管理を行うことは医学の原点といっても過言ではない。疼痛には神経障害性疼痛と炎症性疼 痛があり,炎症性疼痛は非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs: NSAIDs)に よる鎮痛効果が期待できる一方,神経障害性疼痛でみられる自発痛や痛覚過敏症状には確実な治療法 が存在しない。そのため,効果的で安全な治療法の確立が求められている。
オレキシンA・Bは摂食や睡眠パターン調整などの機能を発揮する神経伝達物質であるが,オレキ シンAは痛覚伝達系において重要な役割を担う脊髄後根神経節(dorsal root ganglion: DRG)での発現 が報告されているうえ,神経障害性疼痛モデル動物の行動実験より抗侵害作用を示したとの報告もあ る。そのためDRG神経細胞を介した鎮痛作用の発現が推察されているものの,DRGの神経興奮に対 するオレキシンAの影響は明らかではない。
そこで,本論文の著者は疼痛モデルラットから得たDRG神経細胞を用いて,高K+刺激により誘発 された細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+]i)の増大をオレキシンAが抑制するか否かについて以下 の2つの検討をおこなった。
研究1は,神経障害性疼痛モデルである,脊髄神経結紮(segmental spinal nerve ligation: SNL)ラッ ト由来のDRG神経細胞にオレキシンAを作用させ,高K+刺激で誘発される[Ca2+]iを細胞内カルシウ ム測定装置CaF-110 Ca2+ Analyzerにより測定した。同様にL-type Ca2+チャネル阻害薬のニフェジピン および,電位依存性Na+チャネル阻害薬のリドカインを作用させ比較対照とした。
研究2は,炎症性疼痛モデルである,カラゲニン足蹠投与(Carrageenan-induced paw inflammation model:
CA)ラットを用い,脊髄ならびにDRGの神経細胞における疼痛に関連する神経伝達物質の受容体と 推察されるグルタミン酸受容体のひとつであるN-methyl-D-aspartate receptor(NMDAR)とオレキシン Aの発現を免疫組織化学的に観察した。さらに共焦点レーザー顕微鏡を用いて研究 1 と同様に[Ca2+]i
の増大に対するオレキシン Aの抑制効果を測定した。いずれの研究も対照群にsham処置を行ったラ ットを用いた。
本研究から著者は以下の結果を得ている。
1)ニフェジピンとリドカインはshamおよびSNLラットにおいて [Ca2+]iの増大を有意に抑制した。一 方,オレキシンAはSNLラットでのみで[Ca2+]iの増大を有意に抑制した。
2)免疫組織化学染色の結果,shamおよびCAラットのDRGにおいてNMDARとオレキシンAの発 現を認めた。NMDARの場合,shamと比較してCAラットで多く認められる傾向であったが,オレキ シンAでは両群ともに明らかな差異は認めなかった。
3)オレキシンAはCAラットにおいても[Ca2+]iの増大を有意に抑制した。
これらの結果より著者は, DRG神経細胞の脱分極性の細胞内へのCa2+流入をオレキシンAが抑制し,
痛みに関連する神経伝達物質の DRG における合成や放出を減少させることを示唆した。また,神経 障害性疼痛のみならず炎症性疼痛においてもオレキシン AはDRG神経細胞に作用して痛覚伝達を抑 制する可能性を示唆した。
本研究は,オレキシンAのDRG神経細胞の興奮抑制への関与を示すものであり,今後の疼痛治療に 関連する基礎研究の発展に寄与することが大と考えられる。
よって,本論文の著者は,博士(歯学)の学位を授与されるに値するものと認められる。
以 上 平成27年2月26日