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「長島航路」の果てに 自主映画「ベルの音が聞こえる」の主題歌を考察する

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キーワード:ハンセン病強制隔離政策,自主映画「ベルの音が聞こえる」,

主題歌「長島航路」,新に い ら だ良田教室,校歌

自主映画「ベルの音が聞こえる」の主題歌を考察する

橋 内   武 

1.はじめに

2.主題歌「長島航路」の歌詞

3. 「長島航路」と「校歌」の比較・対照 4.歌曲「長島航路」の特徴

5.むすびに代えて

写真① 映画の題字「ベルの音が聞こえる−長島,隔離の青春物語」

    (隔離の島から泳いで逃亡する五十嵐恒男を背景に)

  故郷に自分の居場所ないと知り 植田文隆(ふれあい文芸 2021)

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1.はじめに

承前。前稿(橋内 2021)では,『らい予防法』下における新に い ら だ良田教室に ついて詳述した。その中で取り上げた自主映画「ベルの音が聞こえる―長 島,隔離の青春物語」(山本 守監督,2021年)は,岡山県立邑お く久高等学校 新良田教室をモデルにして制作された青春物語である。この教室は邑久高 校の併設校。ハンセン病患者が学んだ昼間4年制の定時制普通科高校であ り,全寮制であった。1955年9月から1987年3月まで足掛け32年間,岡山県 邑久郡邑久町(現在の瀬戸内市邑久町)虫むしあげ明の長ながしまあいせいえん島愛生園東部にあった。

映画の時代設定は1970年前後である。長島は当時もまだ「隔離の島」で あったけれども,架橋運動が始っていた。入所者の長老である,原 老人 は「島に橋が架かったら,君らが一番最初に渡ってくれ。いいな。」と高 校生の朝戸 薫に語りかける(ロングショットからクローズアップへ)。

―この令和3年7月文部科学省選定の映像作品は,「らい予防法」による 強制隔離政策下の高校生活をフィクションとして描いたものである。

映画の終盤,4人の卒業生仲間が30年後に再会する。彼等が愛生園の歴 史館(旧・事務本館)付近を懐かしそうに歩く場面の後に,虫明湾に浮か

ぶ牡か き い か だ蠣筏が映し出される(超ロングショット)。そのような映像の中にエ

写真② 原 老人「君らが一番最初に渡ってくれ」

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ンドロールがゆっくりと流れ,演歌歌手・美樹ひかるが歌う主題歌「長島 航路」の調べが聞こえてくる。作詞も作曲も山本 守自身であり,このこ とは映画の脚本家・監督である山本氏が多彩な能力をもつアーティストで あることを証明するものである。監督は英米文学の素養があり,短編小説 も書き,歌謡曲を楽しむ。映画制作でも以前から,映画脚本を執筆しつつ,

その主題歌などの歌づくりもしてきた。自主映画「見えないから見えたも の 拝啓 竹内昌彦先生」の挿入歌「点字のラブレター」の作詞がその代 表作である。そして,上記の「長島航路」には,「ゆけば長島 片道航路」

「家え じ ま島は遙か遠い」「そこは長島 片道航路」「家島は遙か遠い」というリ

フレインがあり,情感を込めたこれらの節が繰り返し耳元に響き続ける。

写真③ 高校生の福田健介と朝戸 薫

写真④ 30 年後の再会,朝戸 薫に糸満登美子と児玉良子

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この映画のクライマックスは最終部に来る。タイムカプセルに入れて あった自分宛の手紙を取り出して,朝戸 薫が読み始めるところにある(ク ローズアップ)。手紙は<宛先><問いかけ1><問いかけ2><問いか け3><問いかけ4><問いかけ5>という文章構造をなす。本来は薫自 身に宛てたものであるが,同時に映画鑑賞者である我々への鋭く重い問い かけを含んでいる(橋内 2021: 64)。手紙は「30年後の薰へ」から始まる。

 

第一に薫が自らの性格を問い,第二に母親の安否を気づかう。第三にハ ンセン氏病(ハンセン病の旧称,日本では1950年代末から一時期使用)へ の偏見を改めて問い,第四に母校「邑久高校新良田教室」卒業という学歴 を問う。第五の「それとも・・・」以下は極めて重い問いである。

「今でも時々,・・・ベルの音が聞こえますか」という究極の問いは,

「はい/いいえ」を問うだけのもの(yes/no question)ではなく,開かれ た問いかけ(open question)である。何ら説明をせずに,いきなり問い が投げかけられるため,鑑賞者は何としても自ら答えを出さなければなら ない。それゆえ,訴求力が強く,緊張感が高まるのである。

この終わり方は象徴的である。海の隘路で隔てられ,心と歴史の亀裂が 見えるものの,‘虫明湾に浮かぶ牡蠣筏はすでに新しい動きと期待で揺れ

30 年後の薰へ

君は今でも弱虫ですか?

優しくて働き者のお母さんは元気ですか?

ハンセン氏病への偏見はとっくになくなりましたか?

私たちが学んだ学校のことを,胸を張って平気で 話せる時代がそこにありますか?

それとも・・・今でも時々,

・・・ベルの音が聞こえますか?

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ていた’のである。事実,この手紙が書かれた1973年頃には長島架橋運動 が始まっていた。しかし,このような問いは,ハンセン病隔離政策問題が 未だに解決されていなかったことも暗示している。映画の構成としては,

オープニングに出る題名「ベルの音が聞こえる」に戻って問いかけ,フィ ナーレに入る。福田健介先輩を除く同窓生仲間4名(児玉良子・朝戸 薫・

糸満登美子・皆川 進)がそぞろ歩きをしていると,虫明湾に浮かぶ牡蠣 筏(写真⑤)が超ロングショットで映されて,エンドマークに至る。この 最後のシーンが,鑑賞者の脳裏に深く刻まれる。

その間に流れてくる主題歌が,「長島航路」である。本稿で問うのは,

謂わば‘主題歌「長島航路」の全体像’である。つまり,この歌は何をど のようにうた(詠・謳・歌)っているのだろうかである。瀬戸内海の多島 美讃歌なのか,隔離されたハンセン病患者の哀歌なのか―歌詞と歌曲の分 析を通して,この主題歌の映画に果たす機能を考察してみたい。今回は歌 詞を「歌うために作られた詩」と見做し,主に詩学と言語学の方法を用い て考察する。新良田教室「校歌」との比較考察も試みる。最後に楽典の観 点から,歌曲「長島航路」の特徴を素描する。こうして主題歌の歌詞と歌 曲に通底するものが浮彫りになる。なお,歌の内容に関する背景知識を書 き込むこともあるが,それはあくまで補助的な解説である。以下の論述は,

写真⑤ 虫明湾に浮かぶ牡蠣筏

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2.主題歌「長島航路」の歌詞,3. 「長島航路」と「校歌」の比較・対照,

4. 歌曲「長島航路」の特徴,5. むすびに代えて,の順で進める。

2.主題歌「長島航路」の歌詞 2.1 詩と散文の形式

「長島航路」の歌は,映画監督山本 守自らが作詞・作曲したものである。

その歌詞は次の通り,1番から3番まである。

上記の歌詞(歌う言葉)は,ジャンルの上では詩(poetry)の形式を採 る。四行連が三連ある,十二行詩であり,各行は前句と後句から成り立っ ている。3番の歌詞は,※の付いた後半2行―「虫明や虫明」から「家島は

長 島 航 路

作詞・作曲  山本 守    ♪♪♪

1.夕焼けに 照らされて  島々は 色を変えて   黒島 黄島 青島こえて  ゆけば長島 片道航路   虫むしあげ明の海に  夜光虫 揺れて

  虫明や虫明  家え じ ま島は遙か遠い

2.瀬せ み ぞ溝を 漕ぎ行けば  鹿が鳴き 鴻おおとりが舞う

  傷の痛みを 置き去りにして  そこは長島 片道航路   虫明の海に  牡か き い か だ蠣筏 揺れて

  虫明や虫明  家え じ ま島は遙か遠い

3.月夜に 漕ぎ出せば  桟橋は 人影もなく

  戻せぬ 日々は 苔むしてゆく  そこは長島 片道航路   ※虫明や虫明  名前さえ 奪われて

   虫明や虫明  家島は遙か遠い

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遙か遠い」までが繰り返される。表記上,詩行の中で語句が分かち書きに されていることにも注目しておこう。それに対して,次のように1番,2番,

3番のそれぞれを敢えて追い込みのベタ組みにして,解釈を加えながら散 文(prose)形式に意訳してみると,次のようになる。

長 島 航 路

1.夕焼けに照らされて,島々は色を変え,黒島・黄島・青島を小舟で 通り過ぎると,長島に近づく。その道行きは片道航路であり,それ は戻ることのできない人生の片道行路。夏日が暮れた虫明の海には,

夜光虫が揺れて,ああ虫明よ虫明よ,家島は遙か遠く,故ふるさと郷の家も 遠く,彼方に霞んでいる。

2.瀬溝の瀬戸を漕いで行くと,鹿が鳴く鹿久居島が指呼にあり,鴻が舞 う鴻こうじま島が迫る。 病に苦しみ,手足の傷と心の傷のかけらを島々に残 し,患者が下船したのは長島。この船路は戻ることのできない片道 航路であり,人生の片道行路。虫明の海に,牡蠣筏が揺れて,ああ 虫明よ虫明よ,家島は遙か遠く,故郷の家も遠く彼方に霞んでいる。

3.月夜に漕ぎ出すと,収容桟橋には今や人影もなく,崩れた突堤が残る のみ。過ぎ去った歳月は長く,苔むすほどである。そこは片道航路 で行く長島であり,戻り道のない人生の片道行路である。ああ虫明 よ虫明よ,実名さえも奪われて,虫明よ虫明,家島は遙か遠く,故 郷の家も遠く彼方に霞んでいる。(繰り返し)ああ虫明よ虫明よ,本 名さえも奪われて,虫明よ虫明,家島は遙か遠く,故郷の家も遠く 彼方に霞んでいる。

以上の解釈から,この歌詞には二重構造があり,二つのジャンルに跨 がっていることが判明する。第一に,瀬戸内の島々を描写した自然詩

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(nature poetry)または叙景詩である。第二に,ハンセン病政策により 療養所に強制収容されて,もはや故郷には戻れない入所患者の道行きに も似た想いを詠った哀歌(elegy)である。つまり,表層では自然詩であ り,深層では哀歌と言えるのである。また,歌詞は述部のみであって,主 部(主語)は何者なのか不明である。だが,この場合,①旅の人である詩 人と,②島送りになる入所患者,の両方が考えられる。まず,1番は作詞 者が「黒島・黄島・青島」などの目に映る島々を詠った叙景詩。次に,2 番と3番は哀歌になる。つまり,療養所への入所者に想いを馳せて,「傷の 痛みを置き去りにして」,「桟橋は人影もなく」,「名前さえ奪われて」と続 き,悲哀の境遇に寄り添う心情が詠われる。山本 守作詞の「長島航路」は,

「1番で情景描写が多い場合は,2番[と3番]で心情を深く描く」という 作詞法(島崎 2015: 207)にも適っている。

2.2 題名「長島航路」の命名法

この主題歌(テーマ曲)に「長島航路」という題名が付けられたのはな ぜであろうか。

一般に,歌の題目には,4つの付け方があると思われる(島崎 2015:

190)。

第一に,歌詞の中で使われたことばをそのまま用いる。

第二に,歌詞の中で使われたことばを組み合わせて作る。

第三に,歌詞の中で使われたことばの一部を使って,新しく作る。

第四に,総称して,まったく別のことばで作る。

「長島航路」は第2のパターンに当る。歌詞の各番2行目のフレーズにあ る「ゆけば長島 片道航路」「そこは長島 片道航路」から名付けられた ものであろう。つまり,歌詞の中にある「長島」と「航路」を組み合わせ て,主題曲の題名としたのである。

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鑑賞者にとっては,各連の3行目と4行目から聞こえてくる「虫明」の 多重詠嘆表現が耳に残る。反復(repetition)は聞き手・読み手の注意を 集中させるからである。それゆえ,「虫明の歌」という選択肢もあり得た だろう。だが,「虫明」地区は瀬溝の瀬戸を挟んで,漁村のある本土側と 療養所のある長島の双方を指すため,「虫明」では歌詞のテーマが曖昧に なる。つまり,指示的意味が不明確になる。その結果,作詞者は明確さを 求めて「長島」にしたのではないか。「岡山県立邑久高等学校新良田教室」

は,確かに長島愛生園の東部にあったからだ。また,「虫明の歌」にして しまえば,強制隔離・終生隔離の政策が含意され難い。

「◯◯航路」(≑◯◯行路)とすることによって,隔離によって暗転した 人生行路を重ね合わせることができるのである。要するに,「長島」行き は「片道航路」(終生隔離のための片道行路,戻り道のない人生行路)で あったのだ。そういう意味で,「長島航路」は的確な命名法(naming)で あると言える。

そこで,音韻,文字・表記,語句と文の構造,語彙,意味,文章・文体,

方言などの観点から総合的に,歌詞の構造と機能を明らかにしてみよう。

写真⑥ 穏やかな内海の向こうに長島

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2.3 音韻的考察―拍と押韻 2.3.1 拍数

まずは,音韻面から。拍数から歌詞を解剖する。虫明は現地では「む しゃげ」と3拍で読む。歌詞は1番から3番まであるが,それぞれを仮に連 と呼べば,各連は4行からなる。各行の拍数を文節毎に示すと,つぎのよ うな構造からなる。(1行目と3行目の歌詞に拍数の乱れがあるが,作譜上 は調整される。)

1番(第一連)は    2番(第二連)は    3番(第三連)は 5拍+5拍 5拍+6拍  4拍+5拍 5拍+7拍  4拍+5拍 5拍+7拍 7拍+7拍 7拍+7拍  7拍+7拍 7拍+7拍  7拍+7拍 7拍+7拍 4拍+3拍 5拍+3拍  4拍+3拍 5拍+3拍  4拍+3拍 5拍+5拍 4拍+3拍 4拍+6拍  4拍+3拍 4拍+6拍  4拍+3拍 4拍+6拍

各連の1行目は小計21拍からなり,2行目は28拍からなり,4行目は17拍 からなるのに対して,3行目は1番と2番が15拍,3番は17拍からなる。その 点で,3番は1番と2番に比して,拍数が2拍多く,構成的にも異なる。それ ゆえ,拍数の上では3番に注目すべきである。もっとも,歌詞の拍数と歌 曲の拍数は,必ずしも一致しない。3番の特異性は,2.4.3でも言及。

2.3.2 俳句・川柳・短歌における押韻

言語のはたらきには,情報伝達だけではなく,言語表現そのものを味わ うことも含まれる。それがRoman Jakobson(1960)のいう詩的(poetic)

機能である。Dell Hymes(1972)も基本的にその枠組みを踏襲した。日 本の詩歌には,漢詩(例えば,孟浩然の「春暁」のような五言絶句)や 英詩(例えば,William Shakespeareのソネット=十四行詩)にある,脚韻

(rhyme)の伝統がないとされてきた。なお,Beowulfを代表とする古英

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語(Old English)の詩は,頭韻(alliteration)を踏む。

だが,実際には日本の詩歌(俳句・川柳・短歌・詩)にも,韻を踏む例 が散見される。それぞれ押韻に注目しながら,味読してみよう。

俳聖松尾芭蕉の「おくのほそみち」は,作句を中心としたみちのく紀行 である。例えば,

あかあかと日はつれなくもあきの風  芭蕉

という初秋の句があるが,これは/a/の頭韻を踏む。「あかあかと」は擬態 語。また,近代俳句の先駆者・正岡子規は「法隆寺の茶店で憩ひて」とい う添え書きをした名句,

柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺  子規

を残した。お気付きのように,上の句と中の句が/ka/の頭韻を踏む。

五七五の形式自体にも,詩的機能がはたらく。類例に金子兜太の句,

山峡に沢蟹の華微かなり  兜太

がある(金子 2012:107)。「山」と「沢」による/sa/の頭韻に注目したい。

他方で,脚韻を踏む句も散見される。小林一茶の『七番日記』に軽妙な 作例を求めよう。「まて」は待て,「しばし」は暫しのこと。

露ほろりまてもしばしもなかりけり  一茶

上の句と下の句で/ri/の脚韻を踏み,中の句の中で/mo/の押韻が認めら れる。新古今和歌集にある「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋 の夕暮れ」(藤原定家)のもじりであろう。

眼底の亡と も友らの数の光ひかりごけ蘚  中山秋夫(愛生園入所者)

には「の」が三度使われて,脚韻を踏む。「眼底の」は記憶に残るの意。

「亡友」とは亡くなった療友のこと。「光蘚」は蘚類の一種,薄明かりに光 り,長い歳月を覚えさせる。

短歌の方は五七五七七の形式を採るが,これも押韻がなされ得る。

五七五が上の句で,七七が下の句である。水俣の作家・石牟礼道子(2019:

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76)には,格好の歌がある。

噛みあぐみかりかり骨を鳴らす犬かかる夜よ ふ け風化というも進まむ  これは,上の句「噛みあぐみ」と「かりかり骨を」は,下の句にある

「かかる夜風化」と共に/ka/の頭韻を踏む。

脚韻を踏む作例もある。旅の歌人・若山牧水による短歌,

春の森青き幹引くのこぎりの音と木の香と藪うぐいすと 

は,下の句七七の中で/to/の脚韻を含み,春の里山を映し出す。また大正 ロマンの詩人・竹久夢二の歌には,

追羽根のきみがたちまふ緋ひ か の こ鹿子のやつくちよりぞ春の雪ふる 

があり,/no/を四度重ねて,春雪の景を引き出す。因みに,夢二は瀬戸 内市邑久町の出身。追羽根とは,二人以上で一つの羽根を突き合う羽子板 遊び。やつくち(八口)とは,和服(鹿子絞り)のわきあけのこと。

押韻は広告や標語にも目立つ。「すかっとさわやかコカコーラ」は,頭 韻を使ったキャッチコピー。「セブンイレブンいい気分」「感じる。愉しむ,

佇む。アイムの家」は,ともに自社広告に脚韻を用いた例。

2.3.3 近代詩における押韻

近代詩人の萩原朔太郎は詩集『月に吠える』の「猫」の中で,その鳴き 声「おわあ」「おぎやあ」「おわああ」に/o/の頭韻を踏ませている。ここ では,後半の四行連のみ引用する。擬声語「おぎやあ」の三重反復は,見 事なサウンドスケイプ(音風景)。

『おわあ,こんばんは』

『おわあ,こんばんは』

『おぎやあ,おぎやあ,おぎやあ』

『おわああ,ここの家の主人は病気です』

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中原中也の「また来ぬ春⋯⋯」はわずか2歳で旅立った文也を詠った,四 行連が4連からなる十六行詩である。その第二連は,可愛い幼子のあどけ なさを詠っている(太田 2017:85)。

この詩は七五調で進む。1行目「おもえば」と2行目「おまえを」は頭韻 /o/を踏み,3行目と4行目の「猫」はその鳴き声を模して「にやあ」と読 む。擬声語由来の幼児語である。

同じ中也の名詩「汚れつちまった悲しみに⋯⋯」にあるように,脚韻を 意識した作例もある。これは各連4行からなる四連の十六行詩である。第1 連の4行はこうだ。行末に注意しながら味読してみよう(大岡編 1981:88 )。

1行目と3行目は詩行そのままの繰り返し,2行目「かかる」と4行目「す ぎる」に/ru/の脚韻を踏む。以下の第二連・第三連・第四連も,第一連と 同様に,1行目と3行目は「汚れつちまった悲しみに」が繰り返される。以 上2.3.2と2.3.3が日本詩の押韻序説。

おもえば今年の五月には おまえを抱いて動物園 象を見せても猫にやあといひ 鳥を見せても猫にやあだった

汚れつちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れつちまった悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる

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2.3.4 「長島航路」の歌詞における押韻

同じように,自主映画の主題歌「長島航路」を押韻の観点から観察する と,この歌詞には脚韻と行中韻(internal rhyme)と頭韻が頻用されてい ることが分かる。このことから,作詞者に詩作の心得があることが窺える。

まずは,脚韻と行中韻を見ていこう。1番(第一連)では,1行目末に「変 えて」,3行目末に「揺れて」が来て,脚韻をなす。1番2行目の前句末には,

「こえて」が来て行中韻を形成する。2番(第二連)では,2行目前句末に

「して」,3行目末に「揺れて」のように「て」/te/の韻を踏んでいる。なお,

3番(第三連)では3行目末に「奪われて」が出現するのみであり,この連 における「て」による押韻は認められない。それでも,「奪われて」は前 出1番と2番の「て」と響き合う。

加えて,1番の2行目には,「黒島」「黄島」「青島」「長島」のように,

「しま」/ʃima/という語末2音に韻が認められる。これを英詩では女性韻

(feminine rhyme)という。4行目には,「家島」という島名が現われるが,

この方の現地読みは「いえじま」(4拍)ではなく,「えじま」(3拍)であ り,歌詞もこの読みに従っている。

さらに,頭韻にも注目しよう。1番も2番も3番も,それぞれ3行目と4行 目の行頭は/mu/で始まっていて,「虫明」の反復による頭韻が認められる。

4行目の中では,「虫明や虫明」という同語反復がある。虫明の現地読み は「むしゃげ」であるから,「むしゃげやむしゃげ」という心地良いリズ ムを醸成している。3行目に「虫明や虫明」という詠嘆的な手法が使われ ているのは,3番の歌詞のみであり,どこか郷愁を覚え,その響きに余韻 が残る。その上,3番の後半部「虫明や虫明」から「家島は遙か遠い」ま では繰り返し歌われるから,謂わば最終章のフィナーレになっている。

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2.4 語彙とその構造

次に,歌詞に使われている語彙とその構造を分析してみよう。

2.4.1 島名

語彙という点では,島名が頻出することに気づく。1番には,「島々」

「黒島」「黄島」「青島」「長島」「家島」の6語が現われる。「黒島」「黄島」

「青島」は,前島(緑島),鼠島とともに牛窓の「五色列島」をなす。

写真⑦ 地図:南から北へ牛窓諸島・長島・日生諸島

写真⑧ 牛窓の前島(緑島)から見た黒島

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「黒島」「黄島」「青島」は<色彩語+島>の複合語の語形を採る。牛窓 は「日本のエーゲ海」。その「島々」とは,作詞者がモーターボートで航 行した多島海を指す。「青島」の北東遙かにうっすらと 「家島」(家島本 島)が霞む。

家島諸島は姫路南西沖18kmに点在する島々で,家島(本島)の他に,

坊勢島・男鹿島・西島・太島・鞍掛島などを含む。家島は面積4.95㎡,周 囲15.4km。地質はほとんどが古生層

からなり,地形は全体として低く,最 高地点は142m。産業は観光漁業と海 運業(『角川日本地名大辞典28 兵庫 県』など)。歌人・佐々木信綱は「昭 和12年6月 牛 窓 な る 前 島 を 船 に て め ぐって」つぎの歌を詠んだ(前島にあ る佐々木信綱の歌碑)。

防人ら名をなつかしみ船ゆ見けむ 遠つ家島は夏霞せり  佐々木信綱

写真⑨ 前島から見た黄島 写真⑩ 前島から見た青島(左)

写真⑪ 佐々木信綱の歌碑

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「島々」(シマ+ジマ)は,反復(reduplication)による語形成であり,

複数の島を表す。類例に,「山々」や「花々」などがある。「島々」以外 の5語はすべて島名であり,「◯◯シマ」または「◯◯ジマ」の語形を採 る。類例に「◯◯シマ」には隣県・香川の直島,豊て し ま島,小豆島などがあり,

「◯◯ジマ」には沖縄県八重山の石垣島,広島県安芸の宮島,東京都小笠 原の父島などがある。

2番に現われる島名は,一見「長島」と「家島」の2語にすぎないように 思われるが,実は「鹿が鳴き」と「鴻おおとりが舞う」には島名が隠されている。

ともに類縁表現の換喩(metonymy)であって,「鹿が鳴き」は鹿か く い じ ま久居島を,

「鴻おおとりが舞う」は鴻こうじま島を暗に示すのである(野村 2006)。

『長島は語る 前編』(2007:105)によれば,1935年には外島療養所の鴻 島移設計画があったが,日生町住民の反対運動で実現しなかった。他方,

1916年当時無人島であった鹿久居島は,西いりおもてじま表島や長島とともに,保健衛生 調査委員の光田健輔が国立療養所第1号の候補地探しとして調査した日生 諸島の一つである(『長島は語る 前編』 2007:9-13)。鹿久居島は岡山県 最大の島で,全島国有地という好条件であった。だが,急峻な地形で平地 がなく,水源が得にくいという難点があった。他方,虫明の長島は大方国 有地から成り,起伏が緩やかで,ある程度低地もあり,水源が確保できる 写真⑫ 今や別荘が乱立する鴻島 写真⑬ 日生大橋の向こうに鹿久居島

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見通しがあった。もっとも,現在では両島とも架橋によって本土と繋がっ ている。この「長島」と「家島」に「鹿久居島」と「鴻島」を加えれば,

2番の島名は4島を数える。

最後の3番では,明らかに「長島」と「家島」の2島しかない。近景の長 島と遠景の家島を対照させている。「隔離の島」長島から「家島(=家)」

を遠望するのである。

こうして,歌詞の1番から3番まで通覧したところで,牛窓諸島と長島,

そして彼方の家島をも含む1番は,特に多島美讃歌の性格が濃く,一種の 自然詩または叙景詩である。

2.4.2 語連想

ここで改めて,語句による連想について考えてみよう。

1番は「夕焼け」ゆえに,「色を変えて」いくのである。「島々」から は「黒島」「黄島」「青島」を含む五色列島や「長島」そして「家島」が 連想される。謂わば,「島々」は上位語(hypernym)であり,「◯島」は その下位語(hyponym)である。全体と部分の関係であると言ってもよ い。「虫明」は,その語源が「夜光虫」が光る海という点で,語連想(word association)によって名付けられた地名である。

2番は「鹿が鳴き」から鹿の居る島を,「鴻が舞う」から鴻の舞う島を想 像する。島名であろうと推断する拠り所は,1番の「島々」にある。「傷の 痛み」は「置き去り」と引き合う。「傷の痛み」は,①ハンセン病の抹消 神経障害と,②ハンセン病患者の心の病の双方を表し,それを「置き去り にして」ということは,患者の痛み・辛さが一般社会からは忘れ去られて いることに通じるのである。①を敷衍すれば,顔面・四肢等の抹消神経障 害(知覚障害・運動障害・自立神経障害)によって,外傷を受けやすく,

足底孔症[足裏潰瘍]などを引き起こし,義足を装着するということにも なる(大谷編 1997, 2007)。当事者の句に,

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出来て来し義足に足袋を穿かせみる  正秋

がある。②深い心の傷は,大方「一般社会と家庭からの疎外感」(神谷 1966)に起因するようだ。また,架橋計画が具体化し始めた頃,愛生園の 磯部昭介は,

いわれなくして さげすまれ 受けた心の 深い傷

で始まる「長島架橋の歌」を作詞した(「全患協ニュース」629号所載)。

3番に移ると,1行目の「漕ぎ出せば」「桟橋」「人影もなく」から島の人 を連想する。「戻せぬ日々」は強制収容・強制隔離・終生隔離を想起させ る。「苔むしていく」は,①「桟橋」が苔むしていくだけでなく,②長い 歳月である「日々」を想い起こさせるのである。「名前さえ」からは,園 内では実名が使えず,園名で呼ばれたこと,つまり,「名前さえ」も奪わ れてしまったことを追想しなければなるまい。名前とともに,家族・親族 との関係や就職・結婚・出産・育児の機会も失われた。以上のように,詩 の鑑賞者はテクストの言語から意味内容を理解しつつ,他の語句との呼応 関係や他の事象への連想を把握する必要がある。その点で,詩の解釈と鑑 賞には背景的知識や詩学上の専門知識等に加えて,読み解くための豊かな 想像力(imagination)が求められるのである。

2.4.3 異なり語数と延べ語数

ここで,使われている語彙のうち名詞について,各番毎に異なり語数と 延べ語数に分けて調べてみよう。

1番では,「夕焼け」「島々」「色」「黒島」「黄島」「青島」「長島」「片道 航路」「虫明」「海」「夜光虫」「家島」の12語が異なり語数に入る。しかし,

名詞の延べ語数は「虫明」が3度繰り返されているので,14語である。

2番では,「瀬溝」「鹿」「鴻」「傷」「痛み」「長島」「片道航路」「虫明」

「海」「牡蠣筏」「家島」の11語が異なり語となる。ここでも,「虫明」が3

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度繰り返されているので,延べ語数は13語である。

3番の延べ語数は13語,「月夜」「桟橋」「人影」「日々」「長島」「片道航 路」「虫明」「名前」「家島」の9語が異なり語数になる。3番が1番2番より も異なり語数が少ないのは,2行目に「苔むして」という動詞句が使われ ているからである。また,3番では,「虫明」は4度も繰り返されているた め,この地名が特に強調されていると言えるだろう。

以上,名詞だけを比較してみると,1番から3番までの歌詞で共通してい るのは,「長島」「片道航路」「虫明」「家島」の4語である。つまり,近景 にある「長島」を含む「虫明」と遠景にある「家島」が対照的に浮かび上 がるのだ。「片道航路」の目的地である「虫明」に焦点が当てられて,そ こが前景化(foregrounding)されるのである。その上,3番の後半2行は リフレイン(繰り返し)であるから,「虫明」が特に強調されていること が分かる。

2.5 詩文の書き方―改行と分かち書き

歌詞は詩の形式を採る。詩文にはそれなりの書き方がある。改行と分か ち書きである。

第1に,俳句・川柳や短歌のような短詩は別として,詩文は詩行の集ま りである。詩行は改行される。各行毎に改行されて,4行あれば四行詩,5 行あれば五行詩である。「長島航路」の歌詞は,1番から3番まであり,そ れぞれ四行連で,3連からなる十二行詩である。

すでに述べた通り,この十二行詩の各行は前句と後句に分かれ,その間 に2字分が空けられている。例えば,「夕焼けに 照らされて  島々は  色を変えて」の前句は「夕焼けに 照らされて」であり,後句は「島々は  色を変えて」である。「黒島 黄島 青島こえて  ゆけば長島 片道 航路」の前句は,「黒島 黄島 青島こえて」であり,後句は「ゆけば長

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島 片道航路」である。「ゆけば長島」は「航けば長島」とも書ける。

このように,前句と後句の内部にある語句は,1字分空けて分かち書き にされる。1番1行目の後句では,表記上「島々は」(主語または提題)と

「色を変えて」(述部または陳述)に区別される。2行目の前句「黒島 黄島  青島こえて」においては,三つの島名が分かち書きされることによっ て,別々の島であることが認識される。後句の「ゆけば長島」と「片道航 路」に分けられるが,省略語を補えば,「ゆけば長島(で)」「(それは)片 道航路(である)」とでもなるだろう。1番3行目の後句には,「夜光虫 揺 れて」とあり,「夜光虫」(主語)と「揺れて」(述語)に二分されるため,

分かち書きになっている。

以上のように,分かち書きは,文節を主部(主題)と述部(叙述)に区 別したり,語と語を分けて並列したりする場合に,行われているのである。

さて,2番と3番の詩行における分かち書きはどうか,賢明なる読者諸氏に よる観察に委ねたい。

2.6 統合的構造と選択的体系

言語には,統合的構造(syntagmatic structure)と選択的体系(para- digmatic system)がある。A+B+Cにおける相互の関係を統合的構造と いうのに対して,その要素のA,A', A'',などの間でいずれかを選び得る 関係を選択的体系という。

例えば,英語の文型,冠詞+形容詞+名詞の形容詞句構造,前置詞+冠 詞+名詞の前置詞句構造,そして日本語の文型,動詞+助動詞の句構造,

名詞+格助詞の句構造などは統合的構造の問題である。一方,英語の移動 動詞‘go’,‘walk’,‘ramble’,‘hike’,‘run’などの語群間での選択,

日本語の形容詞「白い」「黒い」「赤い」「青い」「黄色い」などの色彩語間 での選択は,選択的体系の問題である。

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「長島航路」の歌詞における統合的構造と選択的体系は,どうなってい るだろうか。1番の「夕焼けに照らされて」は,文節を単位として観察す れば,「夕焼けに」+「照らされて」に分けられる。より細かく単語単位 で観察すれば,副詞句「夕・焼け+に」+動詞句「照ら+され+て」の統 合的構造をなすことが判明する。「島々は色を変えて」は,名詞句「島々

+は」+動詞句「色+を+変え+て」というように構造分析をすることが できる。「黒島 黄島 青島こえて」は,「黒島+黄島+青島+こえ+て」

に分析できる。「黒島+黄島+青島」という名詞の並列は名詞句であるの に対して,「こえ+て」は動詞句である。「ゆけば長島 片道航路」は動詞 句「ゆけ+ば」+名詞句「長島」+名詞句「片道+航路」という統合的構 造をなす。このうち,「ゆけば+長島」(A+B)は前後を逆にして,「長島

+ゆかば」(B+A)とすれば,使用語はほぼ同一であっても統合的構造が 変化することになる。指示的意味の上では,「ゆけば」を「向かえば」に 差替え可能であろう。

1番の歌詞には,どのような選択的関係があり得るだろうか。例えば,

「夕焼けに」の代りに,「朝焼けに」を選ぶこともできるだろう。「照らさ れて」の代りに「輝いて」を用いることもできただろう。「島々は」の代 りに「山々は」も選択肢になり得る。「色を変えて」の代りに「形をかえ て」はどうか。「ゆけば」の代りに,「来れば」「着けば」に取り替えるこ とも可。2行目にある「黒島 黄島 青島」の代りに,空想の世界に遊ん で「犬島,猿島,雉島」とすることもできる。同様に4行目の「家島」を

「鬼が島」に変えれば,新たな<桃太郎伝説>が誕生することだろう。「片 道」を代替語の「一方」に,「航路」を同音異義語の「行路」に換えれば,

「一方行路」となる。「虫明の海に  夜光虫 揺れて」は,「虫明」の由 来を謳っているのである。「海」を「湾」に,「揺れて」を「光り」に変え ることもできただろう。このように作詞者は,推敲の過程でさまざまな選

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択肢から特定の語句を選び出しながら,歌詞(案)を徐々に練り上げてい くのである。

2番以下については,読者の諸氏が似たような形で考察を試みることを お勧めする。ここでは,2行目だけに目を向けると,謳われている内容が より核心に近づく。1番では,ハンセン病の気配がほとんどしないのに対 して,2番では,「傷の痛みを 置き去りにして」とあり,本病による抹消 神経障害を含意する。この表現は,名詞「傷」+助詞「の」+名詞「痛 み」+格助詞「を」+複合動詞連用形「置き去り」+格助詞「に」+動詞 連用形「し」+接続助詞「て」という長い述語構造を採る。日常語の用例 からすれば,「痛みを」「置き去り」という結びつきは奇妙である。謂わば 創造的な破格表現である。というのも,「置き去り」にする(=捨て[忘 れ]去られてしまう)対象は,通常「子ども」「老人」「患者」などの人 間である。この「痛み」は部分で全体を表す提喩のはたらきをしていて,

「患者の痛み」,すなわち「ハンセン病患者の痛覚」という意味である。

3番の2行目は「戻せぬ 日々は 苔むしてゆく」であるから,「戻せ」

(動詞)+「ぬ」(否定の助動詞)+「日々」(名詞)+「は」(格助詞),

「苔むし」(動詞連用形)+「て」(接続助詞)+「ゆく」(動詞終止形)と いう統合的構造をなす。この文は,「戻せぬ日々は」(主部)と「苔むして ゆく」(述部)に二分される。選択的体系の観点から言えば,「戻せぬ」を

「帰らぬ」に置き換えることもできよう。

ここで「日々は」(主語)と「苔むし」(述語動詞)は,日常語の文法で はあり得ない結びつきである。通常「苔むす」のは,「石庭」「古城」「墓 場」などの事物であろう。日常語の文法から逸脱する場合に「詩の言語」

が生れる。(すでに述べたように,2番の2行目にある「傷の痛みを 置き 去りにして」も,「詩の言語」らしい新鮮さがある。)

なお,名詞の「日々」(2拍)は日の複数であり,「月日」(3拍)や「歳

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月」(4拍)を選択しても意味上ほぼ同一であるが,2拍か3拍か4拍かの違 いは,音対応の上で歌曲作りに影響する。もっとも,それはかな一文字に 一音を対応させる歌詞創作に限られるが・・・。

2.7 詩としての歌詞の意味と解釈

歌詞は1番から3番まであるが,4行から成るそれぞれの歌詞を詩学の常 識に従って,連(stanza)と呼ぶこともできる。詩形としては,4行連が 3連から成る,十二行詩である。一日の中で移り変わる景色が詠われる叙 景詩である。各連の1行目で場面が設定される。1番は夕焼け時の島嶼風景。

夜光虫が放つ光が見える時刻である。2番の時は明確ではないが,明るい 日中の景色であろう。鹿が鳴き,鳥も大空を飛翔している。3番は静まり かえった月夜の美景が描かれる。1番と2番が日の当る「陽」の時間ならば,

3番が日没後に訪れる「陰」の時間であると言えよう。「陰」の刻が月夜で あり,月の光があるのは絶望の中にあっての救いであろう。そこから微か に人間讃歌の歌声が聞こえてくるからである。

1番では「ゆけば長島」とあり,(牛窓から)五色列島を越えて,長島に 向かって海路を行く様子を表わしている。深読みしなければ,この4行は 瀬戸内市牛窓町の美しい島嶼美を詠った叙景詩と見做すこともでき,観光 リーフレットやご当地ソングにも使えそうである。それに対して,2番と 3番では「そこは長島」とあり,目的地「長島」とその周辺の島々を描写 している。長島を含む邑久町虫明から見る四季の風景は美しいが,「長島」

は長年「隔離の島」という負の刻印が押されてきた島である。島嶼風景を 描く叙景詩という形を採りながら,詩人または長島のハンセン病療養所に 収容された当事者の内面風景を映し出す哀歌であると言える。

第1連2行目は「ゆけば長島 片道航路」,第二連と第三連の2行目は「そ こは長島 片道航路」と歌われて,ある種の哀愁を帯びている。「長島」

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は国立療養所長島愛生園(1930年11月20日開園)のある長島を指す。「片 道航路」は,往復航路ではないので,一度船で収容桟橋[回春桟橋]に 上陸してしまえば,退所(=帰郷,社会復帰)できないという意味を暗 に含んでいる。<強制隔離政策>の根拠法である「らい予防法」(1907年,

1931年,1953年)には,入所規程はあっても,退所規程はなかったからだ。

それゆえ,往路だけの「片道航路」である。4行ある各連の2行目後半だけ が体言止めを採るため,長島が「隔離の島」であることが感傷的に述懐さ れていると言えるだろう。

そして,各連末尾の「虫明や虫明 家島は遙かに遠い」のリフレイン

(繰り返し)に注目しよう。「虫明や虫明」の「や」は詠嘆の間投助詞であ り,同じ地名を繰り返し歌うことによって長島のある「虫明」への思い入 れが深まる。そういえば,かつて芭蕉は「奥の細道」への旅すがら松島に 寄り,その絶景に感嘆するあまり,絶句した。同道した曽良は,「松島や 鶴に身をかれほととぎす」と作句した(萩原校注 1979:37)。この句から も,「や」が詠嘆の間投助詞であることが分かる。

「長島航路」は同時に虫明航路でもあるのだ。「家島」(いえしま)のこ とを虫明では「えじま」と呼んでいる。字義通りの意味は,(虫明湾のあ る)虫明よ,虫明から(播磨灘の)家島(本島)は(地理的には)遙かに 遠いのだということである。因みに,長島と家島の間の距離は約25kmで ある。

それだけではない。「家島」は家路または家のシマに通じる。長島愛生 園の入園者(新良田教室の生徒を含む)にとって,(郷里の)家とは地理 的に隔絶されているだけでなく,哀しいかな実の家族との関係が断たれ て,心理的にも遙かに遠い存在であるという副次的な意味も加わる。つま り,家島は家路(イエジ)または家(イエ)のあるシマと掛けていると考 えられる。因みに,2021年6月9日に長島愛生園九十周年記念碑「故郷への

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想い」が収容桟橋近くに建立,除幕された。記念碑には「多くの入所者た ちが帰るに帰れない故郷を碑に印し」「多くの亡き療友を偲ぶ」との言葉 も刻まれた(朝日新聞2021.6.11)。「長島航路」は望郷の歌でもあるのだ。

2.8 作詞者の視点と当事者の視点 2.8.1 作詞者の視点

詩歌全体として,作詞者は小舟から長島を見ている。1番では,夕焼け 時に,五色列島から長島に近づいた折りの,家え じ ま島を遠望する島々の美しさ を讃えている。2番では,瀬溝の瀬戸から舟を漕ぎ出してみると,遠くに 鹿が鳴く鹿か く い じ ま久居島,近くに鴻おおとりが舞う鴻こうじま島が見えるという。3番では,近景 の愛生園収容桟橋(または回春桟橋)に焦点が当てられる。作詞者の視点 は,遙かにうっすらと霞む家島の遠景から中景の日生諸島へ,そして近景 の長島へと移っていく。つまり,瀬戸内の穏やかな海の向こうに見える 島々から哀しい歴史を刻んだ「隔離の島」へと,次第に近づいていくよう に思われる。

ここで,作詞者は入所者への思いも追想している。1番,2番,3番にあ る「家島は遙か遠い」は,どのように解釈されるべきだろうか。すでに書 いたように,この句は,播州沖の家島群島が地理的に遙か彼方にあるとい うことだけでなく,「(故郷の)家は(心理的にも)遙かに遠い」という意

写真⑭ 記念碑「故郷への想い」と収容桟橋

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味を掛けているように思われる。要は,核心的意味に加えて副次的意味が 隠されているのである。このように,詩歌の解釈には二重の意味(double meaning)を捉えることも必要である。

2.8.2 入所者の視点

虫明の長島に収容させられた当事者である入所者の視点からすれば,1 番より2番,2番よりは3番に「隔離の世界」が色濃く映し出されていると 言えるだろう。そこで,改めて歌詞の1番,2番,3番について解釈し直し てみよう。

1番には,長島とそこへの船旅から見える光景を「ゆけば長島 片道航 路」「家島は遙か遠い」と謳いながら,同時に隔離の島,長島に収容され て,ここ虫明から故郷の家は遙かに遠いことを伝えている。因みに,新良 田教室に入学・在籍した生徒たちは,全国各地の療養所から愛生園に収容 された上で,男子寮または女子寮から通学した。自主映画の登場人物の中 で実家が最も遠い生徒は,沖縄県西いりおもてじま表島出身の糸満登美子であった。

2番には,「(長島と本土を分けた)瀬溝(の瀬戸)」「傷の痛みを 置き 去りにして」「そこは長島 片道航路」「家島は遙か遠い」とある。瀬溝の 瀬戸によって長島が親兄弟,祖父母,伯父叔母,甥姪,従兄弟・従姉妹な ど家族・親族のいる本土から切り離されている所,(入所患者の)外傷も 心の傷も癒えない所―そこが隔離の島,長島であり,人生の片道行路の目 的地である。ここ虫明から故郷の家は地理的にも心理的にも遙かに遠く,

帰りたくとも帰れないのだ。実際,映画の中では,息子を訪ねてやってき た濱田規夫の父が,家族のために「帰ってこないでくれ」と諭す場面があ る。家族との絶縁である。

3番には,「桟橋は 人影もなく」「戻せぬ 日々は 苔むしていく」「そ こは長島 片道航路」「名前さえ 奪われて」「家島は遙かに遠い」といっ た<強制隔離政策>の関連語句が含まれる。(収容)桟橋には今や人影が

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ない。強制収容・強制隔離されて,過ぎ去った歳月は戻せず,齢を重ねて いくのだ。そこが長島であり,人生の片道行路であって,実名さえも奪わ れてしまい,ここ虫明からは自分が育った故郷の家は遙かに遠いのである。

全体として島嶼性を謳った歌詞であるが,3番にだけ「人」という漢字 が現われる。だが,「人影もなく」とあり,ここでは人影の存在すら否定 されているのだ。3番では,1行目の「桟橋」,2行目の「戻せぬ日々」と

「片道航路」,3行目の「名前さえ奪われて」,4行目の「家島は遙か遠い」

(=家は遠い)というふうに,各行すべてに<強制隔離>を連想させる語 句がちりばめられることで,長島が完全に実社会から隔絶された「隔離の 島」であったことを物語っている。

2.9 語られる「隔離の島」

2.9.1 隔離関連語句

隔離政策による患者の悲劇は,歌詞の語句展開にも示されている。つま り,1番より2番,2番よりも3番になるにつれて,隔離関連語句が増えてい くのである。「隔離の島」長島のある「虫明」という地名についても,1番 では3回,2番でも3回現われるが,3番では4回も使われる点で,3番は「隔 離の島」を連想させる度合いがもっとも高いのだ。「家島は遙か遠い」が1 番から3番までの歌詞すべてを貫いているのは,「(故郷の)家が遙かに遠 い」という望郷の念である。そのため,哀調を帯びる。

1番では基本的に虫明周辺の多島美を詠い上げている。これは「長島航 路」から見える自然美も含めた全景描写である。しかし,2番と3番に歌わ れている島々は,長島を起点にすると,近くから遠くへ,鴻島・鹿久居 島・家島の順になる。つまり,名称から故郷の家を想起させる家島がはる か彼方に遠望される場所に患者達は収容されていくのである。

そして,歌詞の展開に合わせて,患者を待ち受ける悲劇はその悲惨さを

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ますます増していく。2番にある「傷の痛みを 置き去りにして」は,ハ ンセン病特有の抹消神経障害(手足等の外傷に温度覚・触覚・痛覚を覚え ないこと)だけではない。‘家族などと別れた心の傷が癒やされることが ない’ことも意味する。また,3番にある,「戻せぬ日々」は,長年の強制 隔離政策によって取り戻すことのできない歳月でもある。法制上「らい予 防法」(1907年,1931年,1953年)による強制隔離政策は1996年まで89年 間続いたのである。そして,「苔むしていく」は,収容桟橋が苔むしてい くほどに,隔離された歳月が数十年にも及んだことを示唆している。とい うのも,2021年5月1日現在,全国13の国立療養所入所者総数は1,001名(読 売新聞2021年5月17日付)。そのうち愛生園入所者の数は125名を数え,平 均年齢は87歳,平均62年間ここで暮らしてきたのである。このように,作 詞家は瀬戸内海の離島に隔離された入所者の辛い想いもこの歌詞に刻み込 んだのである。

2.9.2 虫明や虫明

各連の3行目を比較すると,興味深い事実に気付く。それは,歌詞の1番 と2番に共通する構成と言語は,3番ではその展開方式を変えることで悲劇 の表現度を高めていることである。まず,1番と2番の前半は共に「虫明の 海に」(名詞+格助詞+名詞+格助詞)で始まっているのに対して,3番は

「虫明や虫明」(名詞+間投助詞+名詞)である。地名の繰り返しは,聞 き手に「虫明」を強く印象づける。この「虫明や虫明」は「虫明の海に」

の変奏である。だが,前者の反復句は目的地への詠嘆の意を高めさせる 一方で,後者の句は場所を特定するだけである。その後半についても,1 番と2番は人間以外のもの(夜光虫・牡蠣筏)が「揺れて」いる描写に対 して,3番は(強制収容され,強制隔離された人々は)「名前さえ奪われ て」しまったのであると謳っている。つまり,「長島航路」の歌は,明ら かに3番の歌詞展開を通じて,収容された患者の悲劇に収斂していくので

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ある。なお,2番の「漕ぎ行けば」と3番の「漕ぎ出せば」は,「漕ぎ」は 共通しているが,「行けば」と「出せば」は移動動詞として到着と出発の 対立(opposition)が認められる。

さらに気付くことは,3番だけが,3行目の冒頭も4行目の冒頭も「虫明 や虫明」である。「虫明や虫明」「虫明や虫明」と多重反復が行われ,詩行 間で並行関係(pararellism)をなす。

2.9.3 肯定と否定

加えて,表現方法における肯定(positive)と否定(negative)の選択 という点に着目してみよう。1行目の行末に目を向けると,1番と2番は肯 定的表現「変える」と「舞う」が使われている。だが,3番は,打消の助 動詞「なく」を使って「人影もなく」と人間存在を否定して,人寂しさを 覚えさせる。ただ単に眼前の「桟橋」には誰もいないだけではなく,入所 者がかつてそこで肉親と別れたのだという喪失感・疎外感が漂う。

2.9.4 季節と時の流れ

季節(season)はいつか。1番にある,「夕焼け」と「夜光虫」は,季語 の上では夏である。2番にある「鹿」は秋,「牡蠣」は冬を連想させる。3 番の「苔むして」の「苔」は夏の季語である。それゆえ,俳句の季語から 読み解くと,この歌詞は夏から秋を経て冬に至り,また夏に戻る,という 季節の移りゆく内海風景を詠んだ詩であると言えるだろう。なお,春の季 語はなく,その心浮き立つような季節感はない。

時間の長さ(time span)という点ではどうか。1番では(牛窓から)

モーターボートに乗った作詞者が,島嶼風景を見たのはその日の黄昏時で ある。2番の1行目は日中であろうが,2行目には「傷の痛みを 置き去り にして」とあり,時間経過としてハンセン病罹患の月日が想起される。3 番は月夜であるが,その風景には90年に及ぶ長い歳月の経過が読み取れ る。そのことは特に,「戻せぬ 日々」から明らかである。また「苔むし

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てゆく」は,収容桟橋が既に崩れ落ち,もはやここから新たに入所する人 はいないという歴史的事実を裏書きしている。(今や「入所桟橋」は,回 春寮・監房・目白寮・納骨堂・惠の鐘と並んで,長島愛生園における<歴 史回廊>の一部である。なお,本来は職員用であった舟越桟橋は,引き続 き使われている。)こうしてみると,1番よりは2番,2番よりも3番の方が,

描写風景に宿る時間が長いことが分かる。そして,その過ぎ去る時間の中 で,逆境にあっても懸命に生きた人物像と彼等の喜怒哀楽の情景に宿る陰 影を辿ってみたいと思うのは筆者だけであろうか。  

2.10 体言止め表現「片道航路」とその類例

文末の体言止めは,強意の詠嘆である。この歌曲「長島航路」では,各 番(各連)の2行目が「ゆけば長島 片道航路」または「そこは長島 片 道航路」で終わっているため,行ったら帰れない隔離の島という想いが高 まる。このように四行連の2行目文末だけが体言止めで終わるため,ひど く哀愁を帯びる結果になっている。

体言止めは,様々な歌謡曲に使われている。例えば,山口洋子作詞・弦 哲也作曲「北の旅人」の歌詞における1番から3番までの最後の2行を引用 しておこう。かつて石原裕次郎が療養中ハワイで録音して,死後リリース されたものである(近藤 2018:216)。

♪俺の背中で 潮か ぜ風になる  夜の釧路は 雨になるだろう  どこへ去ったか 細い影  夜の函館 霧がつらすぎる  消える面影 たずねびと  夜の小樽は 雪が肩に舞う

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北海道三都市「釧路」「函館」「小樽」の地域的特徴を巧みに捉えている。

このうち,「細い影」と「たずねびと」が体言止めである。「細い影」は

(「俺」が気に止めていた)細身女のメタファーである。「たずねびと」は その細身の女を指す。

また,阿久 悠作詞・小林亜星作曲の「北の窓から」はどうだろう。演 歌歌手の都はるみがサビを利かせて歌った曲である(近藤 2018:40-41)。

女の恋心は別れた男に向かう。

4行の歌詞を体言「北の宿」で終えているため,そこから感傷性が大い に醸し出される。

次の「よこはま・たそがれ」(山口洋子作詞・平尾昌晃作曲)は,単語 の連打でストーリーが進む(近藤 2018:217-218)。

体言の四・四・七が三度連発されて,<時と所><行為1><行為2>

♪着てはもらえぬ セーターを  寒さこらえて 編んでます  女心の 未練でしょう  あなた恋しい 北の宿

 ♪よこはま たそがれ   ホテルの小部屋

  くちづけ 残り香 煙草のけむり   ブルース 口笛 女の涙

  あの人は 行って行ってしまった   あの人は 行って行ってしまった   もう帰らない

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が描写される。この間に用言(動詞句)は一切現われない。その後「あの 人は 行って行ってしまった」と歌って哀愁の想いが反芻され,「もう帰 らない」で終わる。―別れの寂しさが残るのだ。

以上の3曲から明らかなように,男女関係の終焉を謳う歌謡曲には体言 止めがよく使われる。本稿の冒頭に述べたように,作詞者でもある山本 守監督は歌謡曲ファンであるという。それゆえ,「長島航路」の作詞者は,

歌謡曲の体言止めを参考にして作詞をしたのではないかと推察される。

2.11 「名前さえ奪われて」という,人生被害 2.11.1 接続助詞「て」―「揺れて」「奪われて」

助詞の「て」形だけを拾い出すと,1番では「照らされて」「変えて」

「こえて」「揺れて」と4回,2番では「して」「揺れて」の2回,3番では

「奪われて」の1回現われる。この「て」(接続助詞)は「動詞の連用形に 接続する助詞であり,動作・作用・状態が継続して起こることを意とす る」(『大辞林』第三版)。同じ自動詞「揺れ」+助詞「て」の句構造が1・

2番で使われている点で,1番と2番の間に共通性・連続性が認められる。

それに対して,3番に至ると「奪われて」という他動詞「奪わ」+受身 の助動詞「れ」+接続助詞「て」という句構造が現われる。つまり,1番 と2番とは異なり,入所者の蒙った<人生被害>の一つが表現されている のである。つまり,差別と偏見が自分の家族にまで及ぶのを恐れ,入所者 のほとんどが本名を使わずに偽名(園名)で過ごしたのである。「名前さ え 奪われて」の「さえ」(副助詞)は,「極端な事柄を例として提示し,

他の一般を推し量らせる意を表す」(『大辞林』第三版)。

2.11.2 入所者・家族の蒙った人生被害

「らい予防法」違憲国賠訴訟熊本判決(佐々木正士裁判長)にあるよう に,入所者の蒙った<人生被害>には,偽名の使用[本名秘匿]の他に,

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家族・親族との絶縁,隔離による移動の制限,乗車拒否・接待拒否・宿 泊拒否,多様な患者作業(強制労働),園長の懲戒検束権による監禁,断 種・堕胎,胎児ホルマリン漬け,遺体解剖の強制的同意,遺骨の実家墓地 埋葬不可等があった。また,同じく家族国賠訴訟熊本判決(小野寺優子裁 判長)にあるように,病者の家族は村八分,就学拒否・通学拒否,結婚差 別・就労拒否,進路や交友関係などの人生の選択肢の制限,親族関係の断 絶等の<人生被害>を経験した。判決はこうだが,国だけでなく,「隔離 政策に積極的に関与しなかった,大多数の傍観者の存在が隔離政策を遂行 させた」(川崎 2020:3)のである。

2.12 音読みと訓読み―字音語と和語

つぎに,用字の読みと語種について考察してみよう。歌詞の用字は漢字 かな混じりであり,漢字表記には音読み[字音語]と訓読み[和語]が認 められる。一般に字音語は正式な文章や専門語・学術語に用いられ,和語 は身近な生活語や日常語に使われる。「長島航路」の場合は音読み・訓読 みのいずれかへの偏りがあるだろうか。それぞれ数えて調べてみよう。

1番は,音読みが「夕」「航路」「夜光虫」の3語のみ。訓読みが「焼け」

「照ら」「島々」「色」「変え」「黒島」「黄島」「青島」「長島」「片道」「虫 明」「海」「揺れ」「家島」「遙か」「遠い」の16語に上る。

2番は,音読みが「航路」の1語だけ,訓読みは「瀬溝」「漕ぎ」「行け」

「鹿」「鳴き」「鴻」「舞う」「傷」「痛み」「置き」「去り」「長島」「片道」

「虫明」「海」「牡蠣筏」「揺れ」「家島」「遙か」「遠い」の20語を数える。

3番は,音読みは「航路」の1語のみである。訓読みは,「月夜」「漕ぎ」

「出せ」「人影」「戻せ」「日々」「苔むし」「長島」「片道」「虫明」「名前」

「奪わ」「家島」「遙か」「遠い」の15語を数える。

な お,「 桟さんばし橋」は,重箱読みであるため,<漢語+和語>の混種語であ

(35)

る。重箱読みの語が現われるのは,3番のみであるという点でも,3番は独 特である。

総じて,「長島航路」の歌詞では,音読みの語よりも訓読みの語の方が 著しく卓越している。この歌全体として,字音語よりも和語が極めて多く,

専門語らしき語がなく,各行に日常語がちりばめられている。すなわち,

この歌詞の言葉遣いは,生活者である庶民に身近な語が大勢を占めるため,

一般に理解され易く,今後愛唱されるだろう。

2.13 物語詩としての「長島航路」

歌詞を考察する上で強調しておきたいことは,詩や歌にはしばしばス トーリー(物語)が含まれるということである。例えば,『平家物語』巻 第五の「月見」の段には七五七五調の今様が引かれていて,「起承転結」

の歌謡構造が認められる。

「あさぢが原」(浅茅が原)とはチガヤの生えた野原のこと,荒廃した 家々の様子を形容している。なお,起承転結は漢詩の構成法が日本の文章 作法に取り入れられたものである。

さて,わが「長島航路」の歌詞は四行連からなる詩行が3番まであり,

詩行が「起承転結」の展開をなす。1行目の「起」は説き起こし,2行目の

「承」はそれを承って展開,第3行の「転」で変化を起こし,最後の「結」

で全体を締めくくるのである。島崎(2015:169)は歌謡物語の起承転結 ふるき都をきてみれば

あさぢが原とぞあれにける 月の光はくまなくて 秋風のみぞ身にはしむ

(起)

(承)

(転)

(結)

(36)

を記号で表し,[A ‒ A’ ‒ B ‒ サビ]としている。

各番冒頭句の「夕焼けに」「月夜に」は,一日のいつのことかという時 間設定である。つぎの「照らされて」「漕いで行くと」「漕ぎ出すと」は状 況設定である。「瀬溝を」は場所の状況設定である。そして「島々は色を 変えて」「鹿が鳴き 鴻が舞う」「桟橋は人影もなく」という出来事が描写 される。以上の時間・状況・出来事が,起承転結の「起」をなし,ストー リーを立ち上げる。

2行目は「起」を受けて展開する「承」である。まず,作詞者の乗っ たモーターボートは,「黒島,黄島,青島こえて」,行けば「長島」であ り,それは「片道航路」であるという。「傷の痛みを 置き去りにして」

しまった所が,「長島」であり,そこまでは「片道航路」である。「戻せぬ 日々」に「苔むしてゆく」所が「長島」であり,そこまでは(行ったら帰 れぬ)「片道航路」である。

3行目は「転」。「虫明の海に」「虫明の海に」「虫明や虫明」という地区 に目を転じると,そこでは「夜光虫 揺れて」「牡蠣筏 揺れて」いるの だが,「名前さえ 奪われて」しまうのだ。

4行目は「結」であり,ストーリーの結末となり,サビを利かせること になる。「虫明や虫明」「虫明や虫明」「虫明や虫明」と繰り返すことに よって,虫明への格別な哀愁を覚えさせる。虫明は国立療養所のある長島 を含む。そこから「家島は遙か遠い」「家島は遙か遠い」「家島は遙か遠 い」と繰り返しくちずさむと,遠くに「家島」(えじま)がうっすらと霞 んで見えるだけでなく,「家」(いえ)のある故ふるさと郷は遙か彼方であると詠う のである。リフレインのフレーズを効果的に響かせるところは,同じ作詞 者が前作「見えないから見えたもの」の挿入歌「点字のラブレター」でも 使った手法である。

(37)

2.14 映像と歌曲との関係

エンディングに流れる「長島航路」は,自主映画「ベルの音が聞こえ る」の主題歌[テーマ曲]である。そこで,この歌詞と映像の間にある聴 覚認識と視覚認識の相乗効果を考えなければなるまい。「長島航路」の曲 は,虫明湾に浮かぶ牡蠣筏の空撮と相俟って,「三十年後の薰へ」の朗読 に始まる感動を最終的には頂点まで盛り上げていく。

「長島航路」は道行きの歌である。作詞者は牛窓の港からモーターボー トで五色列島を経て長島に向かうのである。1番にあるように,「黒島 黄 島 青島こえて ゆけば長島」である。ところが,皮肉にも映画「ベルの 音が聞こえる」は,生徒の五十嵐恒男が長島から失踪するという大胆な行 動から始まる。その点で,歌詞の1番と映画の冒頭は正反対のベクトルを 向いている。それは長島行か長島出かの違いである。

歌詞の1番も2番も3番も「片道航路」が繰り返される。つまり,長島に 行ってしまえば,そこからは出られない状況に置かれるのだ。だが,映画 は隔離の島からの脱出劇から始まる。衝撃的な行為である。それは明らか に人間回復への叫びであった。

「虫明の海に 夜光虫 揺れて」は,虫明の由来を謳っている。すでに 述べたように,映画の中では,若き横田広太郎先生が新入生諸君に「虫

写真⑮ 「虫明」の由来を語る横田広太郎先生

参照

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