『言語政策』第 6 号 2010 年 3 月
─ 45 ─
新刊紹介
田中慎也・木村哲也・宮崎里司編著(2009)
『移民時代の言語教育』ココ出版、289頁
木 村 哲 也
2008年6月14日、日本言語政策学会は「国際コミュニケーション能力としての日 本語力とは」を大会テーマに定め、早稲田大学において「関東地区大会」を開催した。
その大会で、「基調講演」「招待講演」として語られたのが、佐藤学氏(日本教育学会会長)
の「リテラシーの概念とその教育」、桂木隆夫氏(学習院大学法学部教授)の「グロー カリゼーションと言語政策の第三の道」であった。この講演内容にもとづいて執筆さ れた二人の論考が本書の第一部に収められている。
また、佐藤氏の「基調講演」については,講演後の質疑応答のやりとりも含め日本 言語政策学会誌『言語政策』2009年第5号に、その全容が収められている。佐藤氏は、
沖縄のことば、うちなーぐちの継承が、非行少年グループによってなされていると語 る。そのことは、発展主義的<中央-周辺>観に縛られない若いエネルギーが、沖縄 の人々の母語継承を支えていることを意味している。また、人間同士の関係づくりを 通して言語が生き生きと学ばれることの重要性を説く。たとえば、アメリカに住むこ とになった日本人の園児が最初に発した英語は、おもちゃを他の園児に取られないよ うにするための“It
’
s mine !”であったという。本書にはない興味深い話が数多くち りばめられている。『言語政策』第5号を併せ読まれることを、是非、薦めたい。桂木隆夫氏の論考には「日本語VS国語」論を超克するための理論が提示されている。
桂木氏は「ことばと共生」に関する著作をもつ法学者である。ここで桂木氏は、日本 政府が採るべき「第三の道」としての言語政策を提唱している。開かれた共通語政策 により日本語のコミュニケーション力の向上を図り、グローバル市場への対応を可能 にすること。同時に、広義の国語文化政策の採用、すなわち国語のアイデンティティ 機能を再定義することによって、新しい国民国家の統合力強化とローカルな生活世界 の活性化を図る「日本語政策」に道を開くことを求めている。
従来の「国語」=「国家語」としてその機能を確認する固定的な言語観を打破する
木 村 哲 也
─ 46 ─ ─ 47 ─
ために、「国語」あるいは「標準語」を日本語の下部構造に組み込む構図を示している。
そのことによって日本語に、効率性と多様性を兼ね備えた「コミュニケーション言語」
としての性格を与えることの重要性を提唱している。この桂木氏の考え方は、戦後間 もないころの日本の「国語政策」、つまり「言語生活」に焦点を当て「国語」を見直し、「国 語」そのものに民主主義の精神を吹き込もうとする<時代の要請>があったことを想 起させる。そして、この戦後の、「国語政策」の意志が今日なお未完であることへの警 鐘としてこの論考を読み解くとき、 その秀逸性をさらに確認することができる。
上記の二講演とは別に、同じ「関東地区大会」では「外国人との共生と日本語」と 題するシンポジウムが開催された。その発題者として登壇したのが、移民政策研究所 所長の坂中英徳氏、三井物産社会貢献担当の柴崎敏男氏、国際移住機関駐日代表の中 山暁雄氏、それに文化庁文化部国語課(当時)の中野敦の四氏であった。そして、そ のシンポジウムにおいて、司会を務めたのが筆者であった。本書ではご本人の都合で 執筆を辞退された中野氏を除き、坂中、柴崎、中山の三氏に「関東地区大会」での発 題内容を元に執筆をお願いした。それら論考は本書の第二部に収められている。
元東京入国管理局局長であった坂中氏は1000万人の移民受け入れの提唱者である。
「日本型移民国家の構想」と題し「移民」の積極的な受け入れを唱えると同時に、そ の際に「日本語教育」が果たすべき役割の重要性を訴えている。柴崎氏は自身の在日 ブラジル人支援活動、企業の社会貢献を通して痛感した外国人定住者に対する「日本 語教育」支援体制拡充の必要性を訴えている。多面的利害関係者(マルチ・ステーク ホールダー)との調和を図りながら、日本社会全体の課題として今ある「外国人定住者」
が抱える問題改善のための処方箋を詳細に示している。
中山氏は移民との共生と日本語という視点から、難民の受け入れも視野に入れ国内 外をつなぐ言語教育、日本語教育の重要性を説いている。国際関係論の視点から<人 間の安全保障>としての日本語教育の重要性を説く。「移民」のもたらす文化的多様性 をどう日本社会が受け入れるかが今後の課題であるとして、移民受け入れ先進国各国 の例を示しながら、「移民」に対する「言語教育」の重要性を説いている。中山氏は、
現在、日本政府と協働して不就学の外国人児童生徒の対応にもあたっている。
本書第三部には、日本言語政策学会メンバーの執筆による論考が収められている。
田中慎也氏(日本言語政策学会長)の<共生の論理>、宮崎里司氏(同事務局長)の
<センサス―外国人問題に対する行政課題>、そしてJ.V.ネウストプニー氏(初代日 本言語政策学会副会長)の<言語問題処理のための言語管理>をテーマとする三編で ある。今日の日本の言語問題を考える際の理念や現実の社会的対応策、また、制度・
─ 46 ─
『言語政策』第 6 号 2010 年 3 月
─ 47 ─
政策を越えての言語問題処理のあり方という、日本社会が正面から組むべきテーマや 課題、その対応策が縦横に語られている。その中にあって筆者木村の「国語学」の性 格をテーマとした拙稿は、その前段にある佐藤学氏、桂木隆夫氏の「国語/日本語」
の概念理解に多少なりとも役立つならばという判断から、第一部に収められている。
本書第四部には、自民党の磯崎陽輔、民主党の中川正春両議員を招いての「座談会」
の内容が収められている。そこには、上記第二部の執筆者中山氏に加え、第四部の執 筆者、田中氏、宮崎氏、そして筆者も同席し議論が交わされている。そこでは主に日 本の定住外国人の抱える言語問題、彼ら/彼女らに対する日本語教育施策が抱える課 題が話し合われている。2009年9月、政権交代がなされたことによって民主党の中 川正春氏は文部科学省副大臣に就任した。この「座談会」で中川氏が語った「外国人 に対する日本語教育システム」の構築については,定住外国人集住地区を中心に、現在、
その具体的対応策を講じるための準備が開始されている。この「座談会」の中で交わ された内容の一つひとつが、今後、行政の具体的な施策、政策として現実のものとなっ ていくことに期待したい。
今思えば、本書は正に時を得た刊行物であった。同時に、現在とこれからの日本社 会の言語問題、言語教育問題を考える際の、よき参考書のひとつともなる内容を含ん でいる。教育学、法学、行政、企業の社会貢献、国際機関、各界で活躍する執筆陣が 最新の知見を披瀝している。日本の言語政策/言語教育政策のあり方に各人が現実を 見据えた問題意識から、その考えを互いに真剣にぶつけ合っている。「学知」と「経験」
そして「政治」「行政」との対話、饗宴が本書の中で繰り広げられている。今、改めて そのことの意味の大きさを感じている。
現実に、国立国語研究所日本語教育部門「廃止」阻止に向けた「請願」活動の際には、
磯崎陽輔、中川正春の両議員はじめ多くの国会議員の方々の協力を得た。全国の日本 語教育関係者の署名活動もあり、衆参両院の文部科学省関連予算案審議の場で、日本 語教育部門存続の重要性が与野党の垣根を越え主張された。廃止に向けた「法案」に 対して、その流れを大幅に変える「修正案」及び「付帯決議案」が提出されることと なった。結果、衆参予算委員会全会一致でこの「修正案」「付帯決議案」は採択された。
本書所収の「座談会」開催の2ヶ月後、2009年3月の出来事である。この様な政治 的動きを生む一助にも本書の企画がなったとしたならば、それは望外の喜びである。
「社会活動」や「企業活動」、「政治」「行政」や「学術研究」「教育」の各分野との対 話から、どのように<今>を乗り越えて新たな世界を創出することができるのか。本 書は「越境の<学>」の構築を目指しそれを体現しようとしたものである。この<多
木 村 哲 也
─ 48 ─
声的対話>という試みが21世紀に向けての、新たな<言語政策学><言語教育政策 学>を切り開く契機となることを願い本書は編まれている。本書を起点に、多くの読 者と、日本の「言語問題」改善に向けて対話がなされていくことを望んでいる。
最後に、本書の「緒言」は日本言語政策学会初代会長水谷修氏によるものであるこ とを明記しておきたい。また、この「新刊紹介」は、筆者が執筆した本書「あとがき」
を紙幅の都合から大幅に改稿し記したものであることを書き添えて筆をおく。
(杏林大学)