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加藤薫著

r 2 1世紀のアメリカ美術 チカーノ・アート』

一 抹 消 さ れ た<魂>の 復 活 ー (明石書庖・2002年・本体4,600円 +税)

越境や混交といった用語が現代文化を読 み解くキーワードだとすれば,チカーノ・ アートにこそ,それらは当てはまるのかも 知れない。もちろんそこには,民族性や歴 史性という側面が欠かせないだろう。しか も日本,欧米…・.という円心的な区分から 外れてしまって日本に専門家がほとんどい ない領域。そうしたチカーノ・アートの世 界がかくも活力と魅力,創造性に満ちた世 界であることが,本書によって初めて日本

に紹介された。

ところで,チカーノとは何か。本書第l 章に説明されるように,それはメキシコ系

アメリカ人と同義ではなく,むしろ「圧倒 的なアングロ・アメリカンの支配体制と対 決し,平等や自由といった権利を獲得する とともに主体性を復活させたいと願い叫 ぶ<魂>を共有する人たち

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(34‑35ページ) のことで,チカーノ・アートには「そうい ったチカーノたちの魂の叫びを表現し,メ ッセージを同朋に伝え,歴史の記録として 残していくという目的

J

(35ページ)があ るという。つまり,チカーノ (・アート) とは,その存在自体が既存の文化史や社会 観を揺さぶる象徴的な記号であり,本書の 副題が語るように,チカーノ (・アート)

を対象とする行為はそのまま,隠蔽されて きた<魂>の叫びを再生させる試みとなら ざるをえない。したがってそうした作業は,

美術 (史)研究に終始すれば可能となるも のでもない。むしろ,メタ美術 (関係の止

260  国際経営論集 No.24  2

神奈川大 学 外 国 語 学 部 新 木 秀 和

揚)とでもいうべき側面を内在させており,

美術 (史)にこだわりつつ,同時にそれを 超える境位に立たねば,かかる行為は成立 しないだろう。つまり本書は,これまで幾 多の<魂>の作品群を生み出してきた著者 だからこそできた力業というべきなのであ る。

『メキシコ美術紀行

J

(新潮選書)にはじ まり,

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ラテンアメリカ美術史

J

(現代企画 室),

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メキシコ壁画運動

J

(平凡社),そし て

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ニューメキシコー第四世界の多元文化j (新評論),

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キューパ実現代美術の流れj (スカイドア)といった単行本の流れ。通 奏低音としてそれらの作品で蓄積された知 見が,在外研究の成果を加えつつ,本書

『チカーノ・アートjへと流れ込み,新た な作品として世に問われた。別言すれば,

ラテンアメリカ美術の概観を出発点としつ つも,メキシコ,ニューメキシコ,キュー パなどと時空間的に移動するフットワーク 性をそなえ, しかしそれだけでなく,

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壁 画運動

J r

第四世界

J r

チカーノ」といった 魅力的で生命力あふれる存在と関係を対象 として,既存の概念 (国家,美術などの制 度や枠組み)を脱構築しようとする執念と 熱意とが,著者の中で充溢してきたからこ そ,本書が生み落とされたのである。

本書がフロンテイア追求の書であること はまちがいない。と同時に,丹念かっ豊富 に本書に収められた資料群の価値も極めて 高い。日本語で初めて紹介される作品が大

(2)

半 を占めるとい う資料集の性格が,そこに はある。 こうした特長 に目を注 ぎなが ら, 本書の内容 を紹介 していこう。

454ペ ージにお よぶ本書 には様 々な内容 が盛 り込 まれている。 まず第 1部 「チカー ノ ・アー ト」 (27‑260ペー ジ)では,第1 章でチ カーノの定義 と内容が明 らか に さ れ,本書の中核 をなす第2章 と第3章 にお いては

,

「チカーノ ・アー トの誕生」 お よ び 「チカーノ ・アー トの流れ」が縦横 に論 じられている。 もちろん,そ こで論 じられ るのはチカーノの位置であ り,チカーノ ・ アー トの形成 と発展 なのだが,同時に,ア メリカ合州国や メキシコといった国家の境 目にあ り,それ を脱構 築す る力 を秘 めた

「第四世界」の隠 された歴史 と現在 とが浮 かび上がって くる。 この意味で,本書第1 部は 「もうひとつの (北)アメリカ史」 を 描 く試みで もあるといえよう。

後半の第2部 (261‑436ペー ジ) は 「チ カーノ ・アー ト資料」 と題 され,主要なア ーチス トの詳細 なデータや用語解説 と,午 表が掲載 されている。 これは本書の3分の 1もの量 を占めてお り,資料提示の重要性 に対する著者の認識 を反映 した ものであろ う。 ここで 1つだけ,ない ものねだ りの注 文 を許 して もらえば,関連年表は1992年 ま での記述で終わっていて,1990年代 の状況 が まとまって読み取 りに くいのは残念 だ。

参考文献 な どの制約 のためか も知 れ ない が,「21世紀のアメリカ美術」 とタイ トル にある以上は,実際の21世紀 につながる現 時点 (本書執筆時) までの事項 を掲載 して は しかった。

もちろん,ステ レオタイプのアメリカ美 節 (史) に挑戦する本書の魅力はその文章 だけに求め られるのではない。豊富 に収め られた図版その ものがメ ッセージを発 して いる。実際,220点 に ものぼる図版が採用

されてお り,キャプシ ョンをながめなが ら, 個々の作品の意味 を読み取 る楽 しみが,読 者 に委ね られる。た とえば図版 を通 して鑑 賞 し,キャプシ ョンを通読するだけで,何 か伝 わって くる ものがある。静寂 と躍動, 喜 び,悲 しみ,怒 り,希望,驚 き..….何 か

しら見 てはいけない,隠 されて きた秘密の ベールをのぞいて しまったような,はっと する感 じや不思議 な感覚 を抱かず にはい ら れない。採録 された写真 (白黒の縮小版) で もそ うなのだか ら,実物が もつ生々 しさ はどれほ どだろうか。

研究の空 白を埋めるだけでな く,21世紀 のアー トや文化状況 を予見 させ るマニフェ ス トとして,本書 を読 むことがで きる。解 読の対象 として尽 きせぬ魅力 をはらみ,多 様 な解釈 に開かれたチカーノ ・アー トの世 界。そのみごとな作 品群の生 きざまを,人 間存在 と歴史の奥底 を透徹する視眼 と筆致 で紡 ぎ出 してい く著者 の淡々 とした情熱。

本書 は,美術 にかかわる専門家だけでな く, 文化や歴史,マイノ リティ,アメ リカ (大 陸)などのテーマに関心 をもつすべての人 びとに開かれている。一読 を勧めたい作品 である。

書 評 261

参照

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