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環境法の体系理念と法治主義の実質化

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環境法の体系理念と法治主義の実質化

その他のタイトル Idee des Umweltrechts und Materialisierung des Legalismus

著者 竹下 賢

雑誌名 關西大學法學論集

巻 51

号 2‑3

ページ 238‑256

発行年 2001‑09‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00023561

(2)

目次

一法治国家と法の支配

二法治主義とその実質化

ー﹁法治主義﹂の用語

2﹁実質的法治国家﹂と﹁社会国家﹂の傾向

三環境法の歴史的概観

四環境法の体系構成

1生活環境の保全と生存権

2高度の環境保全としての自然保護

一九九三年の環境基本法の制定によって︑わが国の環境法が大きく進展したとみることに︑

環境法の体系理念と法治主義の実質化

一般的にも専門的にも

(3)

境の保護は︑この宣言の国内法化であった︒

異論はなかろう︒環境法の歴史的展開からみれば︑この環境基本法と一九六七年の公害対策基本法とが︑法制定の二

つのピークを形成している︒戦後の環境立法の概観ということで︑両者の法律が画期的であると認めることは︑これ

( 1 )  

ら両者の立法を含む三つのピークがあると確認するにせよ︑四つの時期区分のもとに両法律の立法期を二つの進展期

( 2 )  

とみるにせよ︑異論はないように思える︒

また︑この両者が環境法の発展にとって︑異なった意義をもっていることについても︑意見は一致することであろ

う︒まず︑公害対策基本法については︑その目的は公害関連法の総合化にある︒第一条によれば︑同法は﹁公害対策

の総合的推進を図り︑もつて国民の健康を保護するとともに生活環境を保全することを目的﹂として︑先行する公害

対策の個別法に全体的な基盤を与えるものである︒この目的を達成するために︑同法は大気汚染︑水質汚濁︑騒音︑

振動︑地盤沈下︑悪臭の典型六公害を特定し︑排出規制や防止計画などを通じて公害を抑制してゆくという基本方針

0年代以降︑自然環境︑さらには地球環境の保全に向かう︒

0年代の中頃から︑国際政治の舞台で︑地球環境の悪化が問題にされるようになる︒こうして一九九二年プラジル

で開催された国際会議は︑地球環境の改善に向けて︑大きな一歩を踏み出した︒このいわゆる﹁地球サミット﹂にお

ける﹁リオ宣言﹂は︑地球環境保全のための国際的な基本法といえるが︑わが国の環境基本法における地球︵自然︶環

以上のように︑公害対策基本法は︑文字通り︑公害の防止と規制をめざす法律であるのだが︑これに対して︑環境

基本法は︑国際的な関係も視野に入れ︑地球︵自然︶環境の保全を達成しようとする法律である︒ここに︑両法律の環 一方で︑環境保護運動の国際的な流れは︑

一 九

(4)

その結果︑同法の基本構造については︑二系列の環境保護が看取できるが︑それは一方での生活環境の保護と︑他

方での地球︵自然︶環境の保護である︒しかも︑すでに別稿で指摘したが︑この両者の環境保護は︑条文上︑理論的に

整合的に十分に関連づけられないまま︑そのための法規定が環境基本法の内部に並立的に配置されているに止まって

( 3 )  

ともあれ︑すくなくとも︑二系列の保護対象が環境基本法においてこのように並立的︑分立的に規定されていると

いう主張に対抗して︑環境基本法それ自体から︑この両者を連関させる主張を読み取ろうとすることは困難であり︑

環境法にかかわる諸論述においても︑連関のための十分な理論は見出せない︒生活環境と地球︵自然︶環境という保護

対象のこうした並立は︑環境保護政策の分離分断をまねき︑施策の推進をともすれば制約する要因ともなろう︒これ

ら両者の環境保護の連関と統合を︑すくなくとも目的理念の側面で確認することが︑今後の環境法への発展を保証す

本稿の主旨は︑わが国の環境法にみられる保護対象の二元性を克服し︑両者の有機的な連関を達成するために︑環

境法の理念を現代史的に捉え直そうとするものである︒つまりは︑法治主義をめぐる学説史に関連づけて︑環境法の

理論的な体系性を探ることにより︑生活環境と地球︵自然︶環境の接合を計ろうとするものである︒このように本稿は︑ めの規定を組み入れている︒ 境保護における意義の相違がみてとれる︒とはいえ︑環境基本法は︑廃止された公害対策基本法の公害対策を︑主要な部分としてなお維持していて︑その意味で︑公害対策基本法を発展的に継承するものであり︑実質的には︑これを改正するものであった︒それは︑公害に対抗する環境保護の規定とともに︑あらたに提起された地球環境の保全のた

第五一巻ニ・三号

0

)

(5)

秩序を支配することを意味している︒ ドイツの﹁法治国家﹂もイギリスの﹁法の支配﹂も︑ げることにしたい︒ 環境法の体系において︑とりわけ目的理念の側面を検討することを通じて︑環境法に関する法政策的な展望を獲得す

法治国家と法の支配

( co n s ti t u ti o n )

本稿でいう﹁法治主義﹂は︑﹁法治国家﹂および﹁法の支配﹂との対比で用いられる︒﹁法治国家﹂は︑統治構造に

ついてドイツで発展してきた歴史的な慨念であり︑﹁法の支配﹂は︑イギリスでの同様の概念である︒こうした概念

については︑その対象がそれぞれの国家の統治の実態を反映した︑統治の原理を意味しているといえる︒したがって︑

ここではまず︑概略的にのみであるが︑これら両者の概念の異同を確認することから始めて︑﹁法治主義﹂を取り上

一般化すれば︑国家の統治は人による支配ではなく︑法によ

る支配でもって行うべきであるという原理を︑ともに意味していて相違はない︒しかし︑具体的には︑イギリスで発

展してきた﹁法の支配﹂とは︑法は人間の基本的な権利を保障するものであることが前提とされ︑そうした法が社会

このことから︑法をつかさどる司法権の絶対的優位が導き出され︑行政行為を含むすべての法律行為についての判

断が︑最終的に司法裁判所に委ねられることになる︒イギリスにおいて︑

確立された議会ないし立法権の優位のもとでも︑司法による基本的な権利の保障が︑﹁法の支配﹂の名において︑法

( 4 )  

の具体的な妥当性の平面で維持されていると考えられる︒ ることに努めることになる︒

(6)

除の機能を︑法に委ねる国家である︒

第五一巻ニ・三号

での﹁形式的法治国家﹂の体制は︑﹁実質的法治国家﹂の体制へと転換された︒

これに対してドイツの﹁法治国家﹂︵ないし﹁法治国﹂︶はもともと︑端的にいえば︑﹁法︵それも実定法︶を根拠

にした行政﹂という原則を意味する︒このように︑法律により行政が手続き的に拘束されるという原則は︑とりわけ

第二次大戦後に︑この原則のもとでも︑立法が基本的な人権を侵害する可能性がある点で批判されるに至り︑これま

この転換が︑基本的人権の保障の確保を目的としたために︑新たに登場した﹁実質的法治国家﹂は﹁法の支配﹂に

類似している︒だが︑ドイツで展開されてきた﹁法治国家﹂では︑法律と行政との関係が主たる問題となっていて︑

﹁法の支配﹂のように︑統治原理が一般的に問題になっているのではないという点に︑なお相違がみられる︒つまり︑

形式的法治国家の原理は法律による行政を意味しているが︑実質的法治国家の原理は︑さらに内容的にも︑法律が基

( 5 )  

本的人権を保障して︑これを侵害しないことを立法権に対して要求する︑ということである︒

このような法治国家概念の転換に関して︑﹁法の支配﹂︵ないし﹁立憲主義﹂︶

な法思想に対抗する法治国家概念が︑新たに登場したとみなすことは︑適切ではない︒ドイツにおいて法治国家

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) 

の思想の影響のもとで︑全体主義的

の言葉が一八世紀末に出現した当初︑それはすでに︑自由主義的な国家目標の意味合いで捉えられて

いた︒したがって︑当時の法治国家は︑人間の自由意志という理念のもとに︑自律的な市民社会を可能にする妨害排

ここには︑﹁実質的法治国家﹂︑さらには﹁法の支配﹂との共通性が看取できる︒しかし︑

ドイツの国家論の大勢は法治国家の概念を︑国家目的との関連ではなく︑その目的を実現することの合法性へと限定

する︒こうして︑手続きの側面への形式化が進行する︒ここに︑﹁形式的法治国家﹂の概念が成立するのだが︑この

(7)

中心に築き上げられた︒統治構造としては当時の立憲君主政を導入し︑そのもとで︑大枠では﹁法律による行政﹂を

掲げる﹁法治国家﹂に範をとったといえる︒とはいえ︑日本の天皇制が︑ドイツの立憲君主政とは基本的に異なった

( 7 )  

憲法構造をもたらし︑したがって︑法による統治にも異なった色彩を与えている︒

度を導入し︑それによって︑国民の基本権を司法によって実質的に保障する︑﹁法の支配﹂を確立しようともしてい

る︒こうした点でもわが国は︑ドイツにおける法治国家の転換と類似した経緯をたどっている︒この事情により︑戦

﹁法治主義﹂の用語

七 一

ように概念史をたどってくると︑ドイツの﹁法治国家﹂にも︑権利保障という実質的な意味での見解が︑以前には含

( 6 )  

まれていたことが分かる︒

以上で検討した﹁法治国家﹂と﹁法の支配﹂の概念は︑歴史的に形成されてきた現実の制度に立脚した歴史的概念

である︒このように歴史的な概念であるといっても︑これが歴史学的な事実把握に忠実な概念であるといっているわ

けではない︒これは︑類型的に整理された理論的概念であるが︑同時に︑歴史的な実態に即した概念なのである︒だ

とすれば︑わが国についても︑こうした独自の概念を形成することが求められよう︒

わが国の法制度は︑明治以来︑ヨーロッパ大陸系の伝統を受け継ぎ︑英米流の判例法ではなく︑ドイツ流に制定法

また︑大戦後のわが国は︑新憲法において従来の制定法国家の枠組みを取りつつも︑アメリカ流の違憲立法審査制

法治主義とその実質化

(8)

前者の原理は︑法が最低限︑基本的な人間の権利を保障すべきであるという︑﹁法の支配﹂の原理に類似している 国家﹂と﹁社会国家﹂に対応している︒ 会国家化に注目することが必要である︒両者はともに︑ドイツにおいて導入された︑統治原理としての﹁実質的法治

第五一巻ニ・三号

この両者の概念については︑前述において︑若干の学説を参照して︑

後のわが国の公法学界では﹁法治国家﹂と﹁法の支配﹂との関係について︑かなりの議論と論争が積み重ねられてき した︒それによれば︑﹁形式的法治国家﹂から転換した﹁実質的法治国家﹂でさえ︑﹁法の支配﹂との相違が認められ

た︒﹁法治国家﹂や﹁法の支配﹂の概念の発端の地であるドイツとイギリスは︑それなりに独自の制度を歴史的に発 展させてきており︑その制度の概念内容を異にしてきている︒そのことは︑これら両国の制度に範をとったわが国に そうした関係を踏まえつつ︑本稿では︑わが国について﹁法治主義﹂の言葉を使用することにしたい︒こうした名

称の区別により︑わが国の明治以来の法による統治について︑比較法文化的な観点が可能ともなるのである︒﹁法治 主義﹂という場合︑その概念は﹁法治国家﹂と﹁法の支配﹂に範をとったわが国の歴史的経緯から︑さしあたり︑こ

( 8 )  

れら両者をともに包摂する︑幅広い概念と考えられよう︒

﹁実質的法治国家﹂と﹁社会国家﹂の傾向

こうした﹁法治主義﹂の現状をより具体的に理解してゆくためには︑まず︑法による統治の実質化に︑つぎに︑社

関法

一定の把握にしたがってこれらの異同を確認

(9)

が︑﹁法律による行政﹂における法律に対する限定を通じて︑その保障が達成されるということである︒比較法的な

観点からは︑より一般的に︑両者の統治構造の相違が留意されるべきであろう︒つまり︑﹁実質的法治国家﹂は︑﹁法

律による行政﹂にいう﹁法﹂を権利保障の方向に実質化するのであり︑行政権に対する立憲主義的なコントロールを

意味している︒これに対して﹁法の支配﹂は︑通常裁判所がコモン・ローの形成を通じて︑権利保障を実現してきた

( 9 )  

ことを前提にして︑行政権や立法権に対する司法権の優位を基本的に堅持している︒

これに対して﹁法治主義﹂は︑わが国が制定法国家であることから︑﹁法の支配﹂よりも﹁実質的法治国家﹂に近

いといえる︒法による統治は︑戦後の日本国憲法による基本的人権の保障を前提にして︑行政に一定の枠をはめるの

である︒しかし︑わが国の﹁法治主義﹂は︑独自の違憲立法審査制度をもつ︒また︑たとえば行政訴訟制度において︑

行政裁判所制度をとっていないこと︑それにもかかわらず︑行政訴訟と民事訴訟とが区別される傾向にあることで︑

( 1 0 )  

ドイツの﹁実質的法治国家﹂とは異なる︒このように︑実質化の種差はあれ︑わが国の﹁法治主義﹂もまた実質的で

つぎに︑ドイツでの﹁社会国家﹂論議を︑わが国との関連でどう扱うかが問題となる︒これについては︑すでに前

( 1 1 )  

稿において検討したが︑ここではその要点をのべ︑詳細はこの別稿に譲る︒ドイツは戦後︑﹁社会的法治国家﹂を理

念として掲げることによって︑従来の法治国家を変容させた︒各人の平等な生活保障の実現のためには︑実質的法治

国家に本質的な自由保障を制約することも容認せねばならない︑とされる︒

この場合︑︵実質的︶法治国家と社会国家とを︑自由と配分︑人格と生存といった原理的な意味合いで対立的に把握

する見解があり︑たしかに説得力をもつ︒しかし︑私としては︑実質的法治国家性と社会国家性を二つの方向での法

︵ ︱ ‑ 四

五 ︶

(10)

一九六七年の富山イタイイタイ病︑これらを惹起し

第五一巻ニ・三号

治国家の実質化と捉え︑これらの国家性を両極的に法治国家性の内部に位置づけることにしたい︒これによれば︑こ

の両国家原理の最低限の要請が︑法治国家の存立条件とされ︑それ以上の要求については︑状況に応じた比較衡量に

よって︑その実現の適否が検討されることになる︒

こうした見解は︑ドイツの社会的法治国家論を検討したのちの私の結論ではあるが︑わが国の法治主義との関連で

も︑維持することができると考えている︒これは︑ドイツにおいても日本においても︑実定法の現実から一義的に導

かれるのではなく︑それに一定の解釈を加えた見解であり︑そうした現実を反映した歴史的な概念形成でもある︒こ

の法治主義の統治原理とは︑自由権を中心にした基本的人権を国民に保障し︑同時に︑最低限の生活を国民に平等に

保障することを基本条件にしつつ︑それ以上の要求の実現については︑自由主義と福祉主義の両極的原理によって比

較衡量する立憲的な法治主義原理である︒

環境法の歴史的概観

﹁法治主義﹂がこのように概念的に規定され︑しかもそれが︑解釈的にではあれ︑わが国の法制度の原理として機

能しているとすれば︑ここで問題になるのは︑本稿の中心課題である環境保護の理念が︑この法治主義にどのように

かかわるのかということである︒この問題を検討するためには︑わが国の環境法の展開を理論的に整理することが︑

わが国の環境法の整備は︑公害事件への対策として始まった︒この種の事件を代表するのが︑ 関法

一九六五年の熊本水

(11)

る︒原則的な側面で注目されるのは︑公害対策基本法の改正であり︑それにより経済調和条項︑つまり︑経済の健全 な発展との調和が図られるべきであるとする条項が削除された︒また︑典型六公害に土壌汚染が加えられて七公害が

規定化され︑自然環境の保護が政府の施策に組み入れられた︒

他の個別法については︑大気汚染防止法と騒音規制法の経済調和条項が削除され︑前記の水質二法に代えて水質汚 濁防止法が制定されている︒さらに︑土壌汚染防止法︑海洋汚染防止法︑廃棄物処理法︑費用負担法︑公害罪法など が挙げられる︒公害国会後の一九七一年には︑悪臭防止法が成立する︒また︑その後︑大気汚染防止法と水質汚濁防

止法に︑無過失責任原則と総量規制方式が導入されている︒

公害対策基本法の制定や公害国会における立法という︑環境法の発展のピーク期は︑

( 1 2 )  

を迎え︑環境法の停滞期に移行する︒それまでの流れから︑環境法の発展方向は︑環境への侵害を事前にチェックす る︑環境影響評価︵環境アセスメント︶のための法制度の確立へと向かう︒しかし︑

は︑経済界などの反対により一九八三年に廃案となり︑翌年︑要網として閣議決定されることで︑かろうじて発展の

公害に対して抜本的な法対策が意図された︑ こ ︒

公害対策の先駆的な立法は︑

0 とで行われた︑産業を優先して工業化を推進する国家施策の結果であった︒

一九七六年にまとめられた立法案

0年代の中頃に終わり 一四の公害関連法が制定されることにな た四大公害事件であった︒こうした公害事件は︑五0年代から六0年代にかけて︑経済成長政策や所得倍増計画のも

一九五八年の水質保全法と工場排水規制法という水質関連法の制定であり︑

年の煤煙規制法がそれに続いた︒環境法はこの基本方針のもとで整備され︑大気汚染防止法と騒音規制法が制定され

(12)

その後︑バプル景気が開始するとともに︑開発政策は都市集中型から地域分散型に転換しつつ︑開発を環境保護に

同年に総合保養地域整備法︑いわゆるリゾート法が︑さらに︑

れた︑いわゆる﹁地球サミット﹂を通じて︑参加国としての日本も︑地球環境の保全を開発に優先させることを︑と

りわけ先進国の緊急の課題として︑受け入れることになった︒ここに︑環境法はふたたび進展期を迎える︒

こうした開発姿勢は︑

優先させることになる︒

一九九一年のバプル崩壊で維持できなくなる︒それとともに︑ 第五一巻ニ・三号

一九九二年プラジルで開催さ 一九八八年に多極分散型国土形成促進法が制定されて

一九八七年の第四次全国総合開発計画の交流ネットワーク構想は︑この姿勢の法制化であり︑

一九九三年に環境基本法が成立した︒環境基本法は︑これまで並立していた公害対策立法と自然保護立

法とを統一して︑その傘下におくことになった︒そのことは︑

0年の公害国会で公害基本法を改正して︑自然

保護を政府の責任とし︑その法律上の具体化として自然環境保全法を制定した動向を︑引き継いでいる︒自然環境保

( 1 3 )  

全法における総則と自然環境保全基本方針は︑自然公園法や都市緑地自然法の上位規定ともされうるが︑環境基本法

は︑自然環境保全法の上位法に位置づけられることになる︒

わが国の環境法の現況からすれば︑環境基本法が一九九三年に成立したことは︑画期的な意義をもつ︒それは︑環

境法の根本をなすこの法律が︑公害対策基本法を発展的に継承しつつも︑環境法が全体的にみて︑従来の規制型の公

(13)

生活環境の保全と生存権

環境基本法の画期的な意義にもかかわらず︑条文の上では︑旧来の公害法規と新たな保全型の法規とが併存してい

るにすぎない︒以下では︑まず︑環境基本法のめざす二種類の環境保全を︑確認することから始める︒環境基本法の

条文からも明らかなように︑同法が目的とする環境保全には︑公害からの環境保全と地球環境の保全という二種類が

まず︑前者から取り上げると︑この環境保全は︑従来の公害対策基本法の内容を引き継いでいて︑公害による環境

汚染から﹁生活環境﹂を保全することを意味している︒ここでは︑保全の対象である﹁生活環境﹂について︑それへ

の侵害を︑公害によって人体が直接に被害を受けるという意味での侵害から︑慎重に区別する必要がある︒

当初の公害対策基本法によれば︑経済の発展を優先する経済調和条項︵第一条第二項︶は︑﹁人の健康﹂から区別

( 1 4 )  

された﹁生活環境﹂にのみ︑限定して適用された︒前述のように︑この条項は公害国会で削除されたが︑こうした削

除は︑﹁人の健康﹂を直接に侵害することに留まらない︑広い意味での﹁生活環境﹂への侵害が︑留保なしに規制す Jの点をさらに検討することにする︒

害法から保全型の環境法への転換︑つまり︑文字どおりの環境法への転換が行われたからである︒

こうした公害法から環境法への展開の理論を︑環境基本法の具体的な規定の理論的な整理から︑導き出すというこ

とは難しい︒むしろ︑そうした流れは︑環境法の以上のような歴史を追うことによって︑それぞれの立法の意義を確

認することから︑捉えることができる︒こうした展開の理解は︑わが国の環境法の体系的な把握に資するものであり︑

(14)

にのべることにしたい︒

第五一巻ニ・三号

は国の経済状態に依存しているとされたことに︑理論的に似通っている︒

ともあれ︑同法から﹁生活環境﹂の概念を引き継いだ環境基本法は︑

とでの福祉保障の枠内で理解される︒

高度の環境保全としての自然保護 べき対象とされたことを意味している︒ 関法

一定の文化的な生活を保障するという︑福祉 八〇

0)

公害対策基本法の目的は︑第一条において︑﹁国民の健康を保護するとともに︑生活環境を保全すること﹂にある

と定められていて︑このことから同法の上位規定は︑国民の生存権を掲げた憲法第二五条であるとすることができる︒

同法が経済調和条項を導入したということは︑生存権規定がプログラム規定であるとされ︑その権利の実質的な保障

的な社会権としての生存権保障の意味合いで︑生活環境を保護する旨を規定しているといえる︒したがって︑こうし

た保護は︑国民の健康を侵害する行為を規制するという︑自由権の領域を越え出て︑生活環境を侵害する行為を規制

し︑さらには一定の生活環境を保障することにまで踏み込んでいる︒このように︑生活環境の保全は︑法治主義のも

環境基本法によって保全される︑もう一種類の環境は︑﹁地球環境﹂である︒これは同法第二条で︑﹁地球の全体又

はその広範な部分の環境に影響を及ぼす事態に係る環境﹂であるとされるが︑同時に︑基本的施策の﹁指針﹂を定め

る第一四条では︑﹁自然環境﹂とも言い換えられている︒この趣旨にしたがって︑これまでの本稿の論述は︑地球環

境と自然環境との区別はしていない︒しかし︑両者の関係については慎重であるべきであり︑これについては︑最後

(15)

十分に達成することは難しい︒

J¥. 

自然環境の法律上の意味を理解するためには︑ここでも︑歴史的な検討が有益となる︒すでに言及したように︑

九七二年の自然環境保全法は一九七0

年の公害対策基本法の改正を先駆としていた︒当時︑公害に対する規制の動向 一部は自然環境の保護に向かい︑自然保護が公害対策基本法にいう政府の施策に追加されることになり︑そして︑

この流れが一九七二年の自然環境保全法の制定へと結実する︒

したがって︑まずここでは︑生活環境の保全が自然環境の保全につながる必然性を︑探ることが必要になる︒改正 された同法では︑自然環境の保護が﹁国の施策﹂に組み入れられたのだが︑規定では︑緑地の保全や自然環境の保護

は︑﹁公害の防止に資するよう﹂という限定つきで︑要求されている

たしかに︑公害と自然環境とは密接な関係にある︒公害基本法の改正においては︑別の部分では︑すでにみた典型 六公害が七公害に拡大されたが︑それは大気汚染︑水質汚濁︑土壌汚染︑騒音︑振動︑地盤沈下︑悪臭の七つである︒

このうち︑とくに重視されるべき環境侵害は︑大気と水質と土壌への侵害であり︑それらは︑まさに自然環境の基本 こうした自然環境への侵害に対する措置は︑水や土や大気という媒体の性質上︑個別的にではなく︑

のもとで︑現に健全な自然環境の保全に向かうことになろう︒しかし︑﹁公害﹂が前提要件とされる以上︑個々の国 民の生活環境を侵害し︑さらには健康に被害を与えるときにのみ︑対抗策が講じられざるをえず︑生活環境の保全を これに対して︑後続の自然環境保全法は︑﹁自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであ

ること﹂を確認したうえで︑それを国民が享受して︑将来の国民に継承することを︑理念として掲げている︵第二 的な構成要素である水と土と大気への侵害を意味している︒

,1 

ま ︑

(16)

第五一巻ニ・三号

︵ ︱ ‑ 五

二 ︶

条︶︒こうした規定によって︑すくなくとも︑自然環境の保護にはめられた﹁公害﹂という枠は︑取り外されたとい

えよう︒これによって︑自然環境の保護は︑社会権としての生存権から展開される生活環境の保全の一環として理解

人間にとっての健康で文化的な生活とは︑生命や身体の安全を基盤にした︑職住空間における安定した生活を最低

限として︑快適さや豊かさを順次積み重ねてゆく︑段階的な観念である︒こうした環境を保全されるべき﹁生活環

境﹂というなら︑保全されるべき﹁自然環境﹂は︑豊かさを増した段階での高度な﹁生活環境﹂である︒

ところで︑自然環境保全法にもとづく︑こうした自然環境と生活環境との結びつきの理解は︑環境基本法の﹁自然

環境﹂の理解にも︑あてはまるのかどうかが問題となる︒環境基本法の解釈において︑﹁人間の健康で文化的な生活﹂

の保障の一環として︑自然環境の保全が唱えられるとされていることに注目するなら︑それは第一の種類の環境であ

る﹁生活環境﹂の保護とそれほどの相違をもたなくなる︒しかし︑環境基本法にいう地球︵自然︶環境は︑生活環境を

越え出た部分を含んでいると思われるのであって︑いまやわが国の環境法は︑生活環境の保護を越えた体系理念を模

環境基本法の規定にみられる︑地球の生態系の保護や︑生物の多様性の保護などは︑人間の生活環境の外部に広が

る自然環境を︑念頭におくものでなければならない︒この種の環境保護に人間が向かうとき︑社会権や生活環境保障

といった社会国家の原理ではない︑あらたな原理を獲得せねばならないように思える︒

索せねばならない︒ 関法

(17)

前述においては︑環境法にみられる二つの保全環境︑つまり︑生活環境と自然環境という両者の関係について︑さ

しあたり︑生活環境の保全が深化してゆくところに︑自然環境の保全が成立するというように考えてきた︒国民の生

活環境は︑たんに侵害に対する規制という︑最低限の手法によって十分に達成されるというものではなく︑

準の生活環境を保障することによって︑期待されるべきものになる︒自然環境の保全によって︑生活環境はより豊か

しかし︑生活環境が自らの豊かさを求めて連結してゆく自然環境は︑人間の生活環境を越えでた地球環境︑グロー

バルな生態系としての側面をも含んでいる︒この地球環境の保全は︑環境基本法をリオ宣言のわが国における具体化

とみた場合︑その最重要の目標とみなすことができる︒こうした目標を導くのは︑人間生活にとっての環境保護の理

念ではなく︑つまり︑社会国家の理念ではなく︑地球生態系との共生という環境国家の理念なのである︒

こうした理念の登場を法治主義の展開との関連で︑大まかな図式で説明することにしよう︒まず出発点は︑自由主

義に立脚した憲法体制のもとに︑行政が法律によってコントロールされる法治主義である︒

こうした法治主義に︑福祉主義︵ないし社会国家︶の理念が導入されることになる︒それは︑自由主義的な法治主義

の弊害を是正することを標榜するものである︒生命︑自由︑財産への権利を保障する市民革命後の自由国家は︑産業

社会の人間にもたらす不平等を解消するため︑生存権などの社会権を保障する社会国家へと移行した︒この社会国家

一定の生活環境の保障がめざされ︑時代状況に応じて︑自然環境を含む豊かな生活環境の調達が計られること

しかし︑われわれが前述の第二の種類の環境保全︑地球環境としての自然環境の保全に向かうとき︑いまや社会国 さを増し︑その充実度は高まる︒

(18)

しかし︑地球環境︵ないし生態系︶としての自然環境の保護を︑つまり︑環境国家の理念を︑現行の法治主義の体制

に含まれるものとして︑ただちに理解することは難しい︒その主たる原因は︑憲法においてその種の理念が示されて

いないことにある︒だが︑環境基本法その他の自然保護立法が︑こうした理念を明確に掲げていることから︑わが国

の現行法秩序の法治主義は︑全体として環境国家の理念を包含しているとみることができる︒

こうした見解からすれば︑今後︑この理念を実現する方向での立法政策や法解釈が期待されるのであり︑その際︑

法理念の実現の手法が︑従来とは異なることが注意されるべきである︒環境問題の中でも公害による具体的な侵害の

場合は︑前述で健康に対する侵害に言及したように︑自由国家における権利侵害に対する処置と同様であり︑侵害の

排除と規制が理念実現の手法になる︒

社会国家においては︑生活環境の保全が本来的には︑侵害排除という直線的な保障ではなく︑資源給付という平面

的な保障によって達成される︒こうした生活環境を要求する生存権は︑給付への請求権であって︑自由権に典型的な の保護は︑この福祉主義の原理に包摂されよう︒

第五一巻ニ・三号

家は︑産業社会の自然や生態系にもたらす破壊を阻止するために︑環境国家へと移行せねばならない︒このような構

想は︑法による統治が制定法国家の枠組みを取るわが国にあって︑立憲主義的な法治主義が自由国家と社会国家の理

念のみならず︑環境国家の理念をも包摂するということを意味している︒

環境国家は︑たんに生活環境の保護にとどまらない自然環境の保護を︑憲法的な理念として要求する︒前述におい

て︑わが国の現行憲法秩序が︑福祉主義の原理を自由主義の原理とともに擁している法治主義として理解することは︑

解釈的に可能であるとみた︒そして︑ここでいう第一の種類の自然環境の保護︑つまり︑生活環境としての自然環境 関法

(19)

環境法の体系理念と法治主義の実質化 対してより実質的な効果を生み出すように思えるのである︒ なっているが︑

防禦権ではない︒それは︑時代に応じた一定の生活環境の配分を請求する︒そして︑その生活環境の中に︑時代と場

所の豊かさに応じて︑自然環境が含まれることにもなるのである︒

こうした社会国家の環境保全との比較では︑環境国家の保全は︑生活環境を越えた自然環境を対象にしていて異

一定の環境という場を保障するという点では同様である︒しかし︑生活環境の保全が﹁配分﹂をその

手法にするのに対して︑地球環境の保全にかかわる手法は︑たとえば生態系の保存ための︑あるいは自然との共生の

ための﹁計画﹂である︒そして︑ここではむしろ︑環境享受への権利よりも環境保全への責任の確定が︑理念実現に

(1)

山村恒年『自然保護の法と戦略』(有斐閣•第二版・一九九二年)ニニ頁以下参照。ちなみに、ここで「第一の波」とい0年代から六0年代の初めにかけて︑森林法や水質保全法などが制定された時期である︒

(2

)

阿部泰隆・淡路剛久編﹃環境法﹂︵有斐閣・第二版・一九九八年︶一頁以下参照︒ここでの第二期と第四期は︑それぞれ公害対策基本法と環境基本法の時期にあたる︒第一期は︑前掲書の﹁第一の波﹂を含む時期であり︑環境法の萌芽期とされ︑

(3

)

竹下賢﹁環境国家論の現代的意義ー環境基本法をてがかりとしてー﹂︵関法四四巻四・五合併号・一九九五年︶︱︱︱︱

(4

)

0

(5

)

杉村敏正﹁法の支配﹂論叢六0

(6

)

(7

)

深瀬忠一﹁明治憲法制定をめぐる法思想﹂野田良之・碧海純一編﹃近代日本法思想史﹄︵有斐閣・一九七九年︶一八一頁

( 8 )

芹澤斉﹁法治主義﹂小林孝輔編集代表﹃ドイツ公法の理論Iその今日的意義ー﹄︵一粒社・一九九二年︶二三二頁以

(20)

関法第五一巻ニ・三号

(9

) これとの関連で︑﹁法の支配﹂についてのダイシーの見解が注目されるが︑これについては︑畑中和夫﹁﹃法の支配﹄と

﹃法治国家﹄﹂畑中和夫・ヴュルテンベルガー編著﹃現代法治国家論﹄︵晃洋書房・一九九四年︶一

0

(10) 芹澤斉•前掲論文·注 (8) ・ニ四八頁注 (10) 参照。

( 1 1 ) 竹下賢﹁環境保護と法治主義﹂加茂直樹・谷本光男編﹃環境思想を学ぶ人のために﹂︵世界思想社・一九九四年︶とりわ

( 1 2 )

阿部泰隆・淡路剛久編・前掲書・注(2)・一九頁以下参照︒

( 1 3 )

山村恒年・前掲書・注

(l

)

(14)

松浦寛『環境法概説』(信山社・改訂新版・一九九七年)一四三頁以下参照、阿部・淡路絹•前掲書・注(2).―二頁以

下参照︒生活環境へのこうした経済調和条項の適用は︑一九五八年の水質保全法にさかのぼる︒これについては︑原田尚彦

参照

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