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再解釈 をめぐって

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法哲 学者野崎 綾 子に よる 旺 ア レン ト思想 と りベ ラル ・フェ ミニズムの

再解釈 をめぐって

一 旺 義 感 覚 」の 酒 養 と 「親 密 圏」 の潜 在的 可能 性 一

斉藤 直子

1.問 題 の 所在

本 稿 は政 治 哲 学 者H.ア レ ン トの 主 著 『人 間 の 条 件 』 に お け る 主 要 概 念 の一 つ で あ り、 ア レ ン トが否 定 的 な 意 味 で 概 念 化 した 仕 会 的 な る ものthesocial」 の 解 釈 の 可 能1生を 、 フ ェ ミニ ズム にお け るア レ ン ト受 容 と い う視 点 か ら考 察 す る も の で あ る。 資 本 主 義 経 済 の 蔓 延 に よ る 民 主 的 な 政 治 形 態 の 衰 退 した 状 態 を表 す 会 的 な る も の 」 の 概 念 の うち に 、 ア レ ン トが 親 密 圏 intimatesphere」 お よび 親 密 性intimacy」 とい っ た側 面 を 見 い だ して い る こ と を め ぐっ て は 、 フ ェ ミニ ズ ム に よ る ア レ ン ト思 想 に た い す る(再)評 価 とい う 根 本 的 な部 分 に も 関 っ た 、 批 判 的 な検 討 の 可 能Cと

点 が 提 示 され て い る。

「親密 圏」・「親密 性」の問題 について、A.ギデ ンズ が 『親 密性 の変容』 にお いて指摘す るのは、私 的領域 にお ける個々人の あいだの結びつ きのなか に生 じた親 密な 関係rの 変容 が、公 的領域(publicspace)に も 及 んで いる とい う点 であった1。一方、最初 に触 れた よ うにア レン トは、「親密 圏」の概念 的な起源 を社会 的領 域(「社会 的な るもの」)と呼ばれ る空間 に求 めてい る。

政 治的 な公 共空間 の再生 を企図 したア レン ト思想 にお いて、 「社会 的な るもの」は、政治 的領域 と しての 「公 的な る ものthepubhc」 、家族 の領域 と して の 「私 的な る ものtheprivate」 に対置 され 、公 私それぞれ の領 域 性 を侵 食 してい くもの として一貫 して批判 され てい る。

この よ うな社 会的領域 の うちに生 起 し、従来私 的領域 におい て保 護 されて きた親 密な他者 との継続 「勺な関係 性 を代替 的に担い、社会 的領域 が強い る耐 え難 い圧力 へ の抵抗感 覚 を紐帯 と した 「親密 圏」 にお ける結 びつ きにっい て、ア レン トは 定 の意義 を認めて いる。 し か しなが ら、公 的領域(=政 治 的領域)に 含 意 され る 公 開 性 と 「複数 陛plurahty」 と呼 ばれ る多様 な人 び と の共在 によって可能 とな る客観性 の対 極に ある主観 的 かつ閉鎖 的な1生質 ゆえに、社会的領域 同様、 「親 密圏」

は否 定 されて い くことになる。 この よ うなア レン トの 解 釈は、ギデ ンズあ るい はフェ ミニ ズム思 想が 「親密 性」 と関係づ ける 「セ クシャ リテ ィ、愛 店、エ ロテ ィ シズム」 といった、人び との個別 具1本陸や 身体そ のも のに纏 わ る事象 と、 この なかに含 意 され る政治1生を積 極 的に問お うとす る問題意識 か ら掛 け離 れた もののよ

うに映 る。

こ うした思想 的態度か らも予想 され る よ うに、 ア レ ン トは当初 フェ ミニ ズム思想 か ら強 い反発 を もって迎 え られ てい る。ただ し、1980年 代 を境 にそ うした揖 兄 は一変 す る。主 に欧米の フェ ミニス トたちに よって牽 引 され てい くこ ととな る再評 価(ア レン ト ・ルネサ ン ス)の 気運 は、時を 同 じくして、 フェ ミニズ ム思想 内 部 の多様 化 の進行 と重な りを見せ るのであ る。 フェ ミ ニ ズムに よる問題提 起 に限 らず 、新た な中間団体 の取 り組 みのなか には、公私両領域 にたいす る具体的 な働 きかけ を通 じ、既 存の 「境 界線 」 に直接 見直 しを迫 ろ うとす る自覚 的な問題意識 が存在す る。近 年注 日され る ソー シャル ・ネ ッ トワー クにお け る社 会関係 資本 を め ぐる動向や シテ ィズンシ ップ、 あるいは さま ざまな 種類 の 自助的 なグループ といった 中間団体が 、閉鎖 性 とい う側 面 に限 らず 、これ まで一般的 に前 提 とされ て きた よ うな婚姻 に もとつ く血縁 関係 ・家 族形態 あるい は地 縁 とい ったものか ら、ある意味で は完 全 に切 り離 され た空間 を醸 成 しつつ ある。そ してそ こには、「親 密 圏」 と私的領域 との あい だの 白明視 され た接 続 を断 ち 切 ってい くた めの方途 を模 索す る態 度を見て とるこ と が でき ると考え られ る。

しか しなが ら、現祝 にお ける こ うした実践先行型 の 動 向にたい して、「親密圏」概 念の理論 的な考察 はや や 後 まわ しとなってい る感 が否 めない。管 見の限 りでは あ るが 、 実 際 、 ま とま っ た 論 稿集 と して は 齋藤 編 (2003)2が 、現在 で ももっ とも詳 しい もの とな って い る。 そ こで 「親 密圏」 の概念 に関す る理論 化 を進 め て い くにあた り、先 行す る実 践的な動 向を踏 まえ、「親

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密 圏q生)」3に たいす る次の よ うな問 いを設 定 してお きたい。それは 、「親 密圏」とい う第三 の選択 肢/空 間 を導入 し、公私 の 「境界線 」に変換 ・再編 を迫 る とい う試 みが 、二元論 にたいす る超 克や構造 転換 とい った 既 存の論理 と、いか なる点 で異 な るのか とい うこ とで ある。 権力 にたいす る対抗 的な空 間性 とは別 の側面 を

「親 密圏」 に見だ し得 る とす るな らば、そ こには どの よ うな可能1生が残 されて いる ことになるのか。

こ うした 問題 に注 目す る ことは、教 育の公共1生・教 育 にお ける公 と私の問題 に も反 映 され てい くこ ととな るだろ う。一例 と して、一 時的な高 ま りを 見せた家 庭 教育 にた いす る関心の喚起 ・推進 とい う問題 を思 い起 こ してほ しい。倫理 ・道徳 的な情操 の部 分への 国家 の 介入 にた い して生 じる強 い拒否感 や抵抗 の一方で 、 こ の間のゆ と り教 育にたいす るバ ソクラ ッシ ュ傾 向につ いては、危機 意識 が無批判 的に共 有 され て しま うこ と か らも明 らかなよ うに、能力 主義的 な側 面 と教育 にお ける公 共性 の問題 とは分 かちがた く結 びつき、 国家 と 個 人/家 庭 との関係 を規 定 し続 けて いる。 これ と同時 に、私 的領域 にたいす る不介入 とい う強い規範意識 は、

「家庭 教育 のH路 」(本 田)と い う事態 の深 刻 さをも、

文字通 り 「私」 的な事柄 と処す るよ うな 時況 として存 続 してい る と考 え られ るのであ る。

対象 と方法

以 上の よ うに整 理 した うえで、本稿 は法哲学者野 崎 綾 子の リベ ラル ・フェ ミニ ズム理 論 を柱 と して考察 を 進 めてい く もの とす る。リベ ラル ・フェ ミニズムの再 定 位 と称 され る野 府の議論 の特 徴につ いて川崎修 は、現 代 フェ ミニ ズムの問題意識 を共 有 し、フェ ミニ ズムが りベ ラ リズムに向けた伝統 的な公私二 元論 への批判や 、 家族 を権 力性や政 治hか ら切 り離 され た領域 として聖 域視 す るこ とへの批 判 を共 有す るものであ る としてい る。 その一 方で、野崎の議論 は、現代 フェ ミニ ズムが りベ ラ リズムへの不信 ゆえに、 ともすれ ば人権や 法制 度 ・法 的思考 の もつ意義 を軽視 して いる ことに強 い違 和感 を示 した もので あ り、 リベ ラ リズムを特色づ け る 公私 の区分そ の ものが もつ政 治 陛 ・権 力卜生を改 めて正 面 か ら見据 えた もの である とい う4。そ して こ うした特 徴 を備 えた野崎 に よる リベ ラル ・フェ ミニズ ム理論 と は、フェ ミニズム 、リベ ラ リズム論 ・礒 論 、家族論 ・ 家族法 学 のそれ ぞれの領域 で展開 され た議 論 を別 の領 域 に開 くこ とで、各々の議論 の隠 され ていた可能 陛 と

問題 点 とを解 明す るもの である と川崎 は分析 す る5。

以上 の よ うな特徴 に加 え、本稿 では野 崎が 「親密圏」

概 念 を、道徳感情 の発達 に纏 わ る 「■義 感覚asenseof justice」の{養 の問題 と結びつ けてい る点 に注 目す る。

後述 してい くよ うに野崎 は、 ア レン トが社会 的領域 に 付 した 消極的 な位置 づけ をア レン ト思想 に内在 的な立 場か ら批 半1」しつつ 、同時 に 「親 密圏」 に潜在 的な可能 性 を見いだ して いる。 内在的 な批 判の展 開 とい う点 に 特徴づ け られ る野 埼の議 論 は、㈲ 敢的 な視野 に立っ な か で リベ ラ リズム/フ ェ ミニ ズム双 方 向か らの刷 新 (renovation)と 、両者 の架橋 を試 み る野心 的に して ア クロバ テ ィ ックな企てで ある と言 える。 こ うした方 法論 を野 崎はア レン ト思想 とフェ ミニ ズム理論 の あい だ に も採 用 して いる と考 えられ る ことか ら、ア レン ト 解 釈 の新 たな展 開 とい う意味 において も、野 崎が標榜

す る リベ ラル ・フェ ミニズ ム理 論 に関す る理 解 は重要 な もの とな るだ ろ う。

構成 は次の通 りであ る。 まず フェ ミニ ズム思想史 と フェ ミニズム にお け るア レン ト解 釈 を対照 しつつ、一 連 の流 れを概 観的 に整理 す る(第2章)。 次に、野 崎 に よる りベ ラル ・フ ェ ミニ ズム理論 につ いて の基 本的 な 問題枠組 み を確認 してい くなかで、公私 区分の再 定 位 の問題 と 「社会 的な るもの」 にたいす る批判 的な視 座 とが、いか なる意 味にお いて接続 されて い るのか と い う点 を明 らか にす る(第3章)。 最後 に、ア レン ト 思想 におけ る 「社会 的な るもの」 と 「親密 圏」の対応 関係 を整 理 した うえで、「親密 圏」概 念の潜在 的可能h を、「正義 感覚」の酒 養 とい う野崎 の論点 を通 して検討 す る(第4章)。

2.ア レン ト思 想 と フ ェ ミニズ ム 理 論 をめ ぐる 問 題 の 概 観

(1)「 フ ェ ミニ ズ ム に お け る ア ー レ ン ト問題 」の 所 在

ハ ン ナ ・ア ー レ ン トと フ ェ ミニ ズ ム フ ェ ミニ ス トは ア ー レ ン トを ど う理 解 した か 』 の 編 者 で あ るB.

ホ ー ニ ッグ は 、 目本 語版 序 文 フ ェ ミニ ズ ム に お け る ア ー レン ト問 題 」6の 冒頭 、フ ェ ミニ ズ ム を 含 む あ らゆ る政 治 理 論 に 関 る ア イ デ ンテ ィテ ィ、 エ ス ニ シテ ィ 、 人 種 や 人 種 主 義 、 ナ シ ョナ リズ ム 、 帝 国主 義 、 ポ ス ト 植 民 地 主 義 とい っ た 問 題 が 、ア レ ン トが 急 逝 した1970

年 代 半 ば 以 降 、ア レ ン ト思 想 に た い す る理 論 的 再 考 を うな が して きた 歴 史/時 代 的 事 実 が 存 在 す る と述 べ 、 こ う した 動 向 は 、「ア レ ン トが ま っ た く興 味 を 示 さな か っ た 」 幸題 との 関連 で 、 と りわ け フ ェ ミニ ズム 思想 に

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おいて顕著 な進展が 見 られた と説 明 してい る。

ホー ニ ッグに よれ ば、ア レン トはジ ェンダー ・アイ デ ンテ ィテ ィやセ クシャ リテ ィ、身 体 とい ったフェ ミ

ニズム的 な関心 を、政治 的な問題 として扱 うことを不 適 切で ある と考 え、 こうした論題 が公的領域 を圧 倒 し てい くこ とを恐れ る一 方で、 フェ ミニ ズム を大衆 運動 の一形 態 あ るいはイデ オ ロギー に過 ぎない もの と して 立 ち退 けてい るとい う。 それ故 、これ らの 問題 にたい しア レン ト自身は、 間接 的 にほのめかす程度 に過 ぎ な かった とい う7。この よ うな思想 的態度 が、フェ ミニス ト側 か らのア レン トにたいす る評価 を決定づ けて きた ことは想像 に難 くない。 ホーニ ソグはア レン トとほ ぼ 1司世代 に当た りホー ニ ッグの先行世代 に属す るフェ ミ ニ ス トたち と、ホー ニ ッグら第二 波フ ェ ミニ ズム(以 降)に あた る世僻 を比較 した場 合、前者が ア レン ト思 想 に批判 的であ るのにたい し、後者 はア レン ト思想 が

フ ェ ミニズム理論 に投 げか ける 「今 日性/関 連 幽 を 問題 に してい るとす る9。前者 に とってみれ ば、ア レン トの思想 か らホーニ ッグ ら後続世代 が指摘す る よ うな レレバ ンスを感受す るこ とな ど、論外 だった はず で あ る。それ は、「男性イデ オ ロギー に培養 された女性 の知 性 の悲劇」、 「男性優 位の規範 とそ の必然性 さえ容 認 し てい る女性 」 とい った評 価の うちに端 的に見 て とるこ とがで きる。

それ ではホーニ ッグ ら後者 にっ いては ど うだろ うか。

先 行 世代 の評 価か ら 転 して、 ア レン ト思想 にたいす る再評価 を可能に してい く背景 には、いか なる要 因が 介 在 していたのか。 また前者が 問題 に した点 を、後者 はいか に して解 決 してい るのか。次 節で は、1980年 代 後 半以 降uu.んとな るア レン ト思想 にたいす る再評 価の 動 向 を整理す るなか で、上記の よ うな フェ ミニズム思 想 との 関 りを検 討 してい く。

(2)ア レン ト・ル ネサ ンス を可能 と した もの 転 換点 と しての1980年 代

ア レン ト ・ルネサ ンスに至 る直接 的な契機 とい うこ とで 言えば、ア レン トの死後未刑 行 となって いた老作 が出版 され た ことの影響 が考 え られ る。ア レン ト最 晩 年 の著 作であ り、遺稿 となった 「精神 の生活 』が1978

年に、 更には、 この未完 の著作 の最 後部に 当たる とさ れ るカ ン トの 『判断 力批判 』 をめ ぐるア レン トの解 釈 が、『カン ト政治哲学 の講義 』10として生前 の講義 録 を もとに相 次いで刊行 され たので ある。 また1982年 に

E.Y.ブ ル ー エ ル に よ る詳 細 な 伝 記 『ハ ンナ ・ア ー レン ト伝 』 が 出 版 され た こ と が 、 ア レン ト研 究 に お い て 大 き な役 割 を果 た して きた と考 え られ て い る。 これ らの テ ク ス トに は 、従 来 の ア レン ト思 想 の範 疇 に 収 ま りき らな い 論 点 が 含 ま れ て お り、特 に ア レン ト思 想 の ご く 初 期 を 除 い て ほ とん ど触 れ られ る こ との な か った 哲 学 的 な 問 題 に 関す る 志 向 性 が 、 幾 つ か の テ ク ス トの刊 行 に よ っ て 実 証 され て きた 。 時期 的 な 前 後 関 係 か ら して も 、 ア レン ト ・ル ネ サ ン ス は こ う した 一連 の テ ク ス ト に よ っ て 用 意 され て きた と考 え られ る。

E述 の よ うな新 た に刊 行 され た テ クス ト群 の 存 在 が 、 物 理 的 な 意 味 で ア レン トに た い す る再 解 釈 を 可 能 に し て い る とす れ ば 、 直 接 的 で あれ 間 接 的 で あ れ 、 これ ら のテ ク ス トか らフ ェ ミニ ズ ム 思 想 は 特 に影 響 を受 け て き た こ とに な る。 そ して そ こに は フ ェ ミニ ズ ム思 想 内 部 に お け る変 化 、1982年 のC.ギ リガ ン 『も うひ とつ の声 』11:lnaDifferentTlozceの 刊 行 に 端 を発 す る 、 ジ ェ ン ダ ー 本 質 主 義 的 フ ェ ミニ ズ ム の 登 場 とい う人 き な 変 化 が 関 係 して い る と推 測 され るの で あ る。

ジェンダー本質 主義的 フェ ミニズムの登場

ギ リガン以 降、先行世代 の リベ ラル ・フェ ミニ ス ト た ちのジ ェンダー構 築主義=反 本質主義 的傾 向にたい して、 これ とは まった く異 なる立場 か ら女 性とい う性 (sexuality)に特 有な価値 判断の基準 が存在す るこ と を見いだ して い く本質主義 的な議論 が盛 ん となる。 ジ ェンダー本質主義 的 フェ ミニズムは、リベ ラル ・フェ ミ ニ ズムが 「男性 と等 し並み」の平等 を主 張 して い く際、

実 際には男性 中心主義的 な価値観 を受容 して きた点 を 批 判 し、女性 一性 に備わ った思考様式 ・立ち店振 る舞 い とい った ものに意義 を認 めるなかで 、積極 的 な差 異 化 を通 した平等 の実現 を志 向す る。 こ こか ら 「正義 の 倫理ethicsofjustice」 に対置 され る、 「世話 の倫理 ethicsofcare」 の議 論が展 開 されて い くことになる。

第一波 フェ ミニズム(リ ベ ラル ・フェ ミニ ズム)と 、ジ ェンダー本質主義 的 フェ ミニズム を含 めた第二波 フェ ミニズム を比較 した場合 、第二波 フェ ミニズ ムは、既 存 の規 範化 され た価 値 にたい し差異化 を志 向す る点 に もっ とも顕著 な違 いが見い だ され る ことにな り、そ の 核 心には社会 の構成 原理 たる思想 的 リベ ラ リズ ムに向 け られ た問題意識 が存在 してい る。

「礒 」 を社会 の言鞭 にお ける斯 嚇 で ある と す る、J.ロール ズの説 明か らも明 らか なよ うに、 リベ ラ リズム思想 は、「正義」を普遍 的な価値 基準 とす る一

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方 で、個 々 人それぞれ が抱 く思想 信条 を私的 な 「善 」 (「]礒」以外 の あらゆる 「徳」)と とらえ、「礒 」の

「善」にたいす る優鮒 を振 す る。「礒 の罷 と は、法 の も との 自由 ・平等 とい うリベ ラ リズ ム思想 の 根 本理念 を支 える道徳的価 値観 であ り12、私 的領域 に た いす る不介入 ・非干渉 の原則 、す なわち公 私二 兀論 的 な リベ ラ リズムの論理性 を体 現す る もので ある。 そ して第 一波 フェ ミニ ズムを して、リベ ラル ・フェ ミニ ズ ム とされ る所以 もここにある。 リベ ラ リズム思想 の家 父長 主義的 な側 面を牡畔llし、 ジェンダー間に存在す る 不平等 の 問題 を告発 して きたはず のフェ ミニズ ム思想 が 、実際 には りベ ラ リズ ム的な 自由 ・平等 を前提 とし て いる ことにこそ、 フェ ミニズムが直 面す る問題 の源 泉 が存 在す る とい うのが ジェン ダー本質 主義者た ちの 理 解であ る。 ジェ ンダー 間の違 いや私事 とされ不 問 と され続 けて きた部分 に潜在 的な 口∫能 性を見いだ し 「世 話 の倫理」へ の結 実 をみ る差異 化 の戦 略 とは、単 な る ジェン ダー役割 をめ ぐる異議 申 し立 てに留ま らない、

従来 の規範化 された価値体 系にた いす るオル タナテ ィ ブ と、 リベ ラ リズムの掲 げる 「正義」 が汲みっ くす こ とので きない 問題 を提示 してい くこ とにな った と筆 者 は分析 す る。

フ ェミニズム にお けるア レン ト思想の 「今 日性/関 連 性 」

ジェ ンダー本 質主義者 たちが、 ジェンダー問 の差 異 や 女性 と して のアイデ ンテ ィテ ィを積極 的に認 める方 向陸を打 ちだ した こ とは、先行i代 が 「男性 と等 し並 み」 の平等 を志 向 してい た ことに鋸み る と、 フェ ミニ ズム思想 に大 きな変化 をもた ら して きた ことは間違 い ない。 ただ し、 こ うした変化 は フェ ミニズム思.想の理 論 的な深 化 を意 味す るだ けでな く、対外 的な、それ 故 よ り重 要 な意 味において 、次 の よ うな問題 を露顕 させ て い くことになる。 すな わち、一元的 に普遍化 され た 道徳観 ・平等観 が、実際 には近 代 白由主義 患想 を背 景 とす る リベ ラ リズムの原理 ・原 則 を体現 した ものに過 ぎない とい うこ と。 その 際、 リベ ラ リズムにおい て正 当 と され る価値 体 系か ら除外 され た/る べ き対 象 を

「私 的かつ特殊 的な思想 信条 を有す る者 」 と見倣す こ とで、人び との もっ多様 な志 向性 を囲い込んで きた こ と。加 えて、 こ うした特徴 が ロール ズ的な解 釈や井 上 達 夫の主張す る 「礒 の垂 陛」 と譲 を耐 とし・う 事実 であ る。筆者 が考 える 「世 話 の倫理 」の もつイ ン パ ク トとは、家族 を 中心 とす る私的 な空間に課せ られ

て きた 役 割 を相 対 化 す る こ と に よっ て 、従 来 とは 異 な る意 味 づ け を可 能 に した こ と 、更 に は 、 「]礒 」の 概 念 の 相 対化 に 至 る な か で 、 公 私 二 元 論 と い う準 拠 枠 そ の も の の是 非 へ と問 い を促 して い っ た 点 に あ る。

ホー ニ ッ グ は 、上 記 の よ うな 第 二 波 フ ェ ミニ ズ ム に お け る フ ェ ミニ ズ ム理 論 と ジ ェ ン ダ ー 研 究 に お け る近 年 の発 展 を 、言 説 化 され た カテ ゴ リー(人 種 、階 級 等) の 強 化 を促 して い く よ うな 二 元 論 化 され た ア プ ロー チ 」 に た い して 企 て られ た 挑 戦 で あ る と分 析 す る13。

そ して ホ ー ニ ッ グ 自身 は 、 ア レン トが 『人 間 の 条 件 』 の な か で 用 い た 活 動action」14概 念 にお け る 「闘 戯 agona1」 性 の うち に 見い だ され る破 壊 的 な1生質 に 注 目 す る な か で 、 私 的 領 域 の 棄 却 を通 じ二 項 対 立 図 式 を粉 砕 す る こ とで 、 真 の 意 味 で の ア レ ン トの政 治 理 論 の 完 遂 を主 張 す る。 ア ゴニ ス テ ィ ック ・フ ェ ミニ ズ ム と称 され る ホ ー ニ ッグ の議 論 と は 、 この よ うに ア レ ン ト思 想 の もつ レ レバ ン ス を 強 く意 識 した も ので あ り、 そ れ は 次 の よ うな 説 明 か ら も明 ら か で あ る。「な也 ・まア ー レン トな の か 。 わ た しが こ こ で ア ー レン トに 目 を 向 け る の は 、 ジ ェ ン ダー の理 論 家 と して で も、女 性 と して で も な く、 フ ェ ミニ ス トの 政 治 を 大 い に助 け て くれ る で あ ろ うア ゴニ ステ ィ ソ ク(闘 戯 的)で パ フ ォ ー マ テ ィ ヴ(TJ為 遂 行 的)な 政 治 の理 論 家 の 一 人 と して で あ る。(…)彼 女 の政 治観 が 持 つ ア ゴニ ス テ ィ ッ ク で パ フ ォ ー マ テ ィ ヴ な衝 動 を某 に して ア ー レン トを読 む とす れ ば 、彼 女 の政 治観 を生 かす た め に も 、公 的 な 領 域 と私 的 な 領 域 の 区 分 を ア プ リオ リ に石綻 す る こ と に 抗 わね ば な ら な い だ ろ う。」15

ア レン ト思想 との 対 峙 と い う意 味 にお い て も、 更 に は りベ ラ リズ ム思 想 との 相 克 とい う意 味 に お い て も 、

二 元 論 的 な ア プ ロー チ 」 とい う問題 が フ ェ ミニ ズ ム に と っ て避 けて 通 る こ との で き な い も ので あ る こ と が 、 ホ ー ニ ッグ の 説 明 の な か に鮮 明 に 見 て とれ る。 ま た 公 私 区分 の 棄 却 とい う観 県 につ い て は 、 一 見 す る とか な り極 端 な議 論 に走 っ て い る よ うに 映 る か も しれ な い 。 しか しな が ら 、ジ ェ ン ダー 本 質 主義 的 フ ェ ミニ ズ ムが 、 ホ ー ニ ソ グ と ま っ た く逆 の 立 場 か ら、 つ ま り解 消 され る べ き 問 題 は 公 的 領 域 の 方 に あ る と して 、 「世 話 の 倫 理 」 あ る い は(次 の よ うに結 論 づ け る こ とに つ い て は 異 論 が あ る こ とも考 え られ る が 、)N.フ レイ ザ ー の 「 遍 的 ケ ア 提 供 者 モ デ ル 」16と い っ た 議 論 に 見 られ る 、 従 来 に お い て は省 み られ る こ との な か った 価 値 の 普 遍 化 を提 唱 して い る こ とを 考 えれ ば 、 視 点 こ そ 異 な れ ホ ー ニ ッ グ と ジ ェ ン ダ ー本 質 幸義 者 た ち の議 論 は か な り

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似 通 った論理性 を備 えてい るこ とにな る。そ うであ る とすれ ば、ア レン ト思想 にたいす る再評価 を可能 にす るた めの鍵 は、ホー ニ ッグの提示 した 「二元論 的なア プ ローチ 」 とい う問題関心の うちに集 約 ・共 有 され る と考 え られ る。

ミニ ズムの再定位 を標榜す る野 崎綾 子 のフェ ミニ ズム 理論 であ る。 そこで次章以 降では、 ア レン ト思想 を媒 介 とした野 崎の議 論の特徴 とその理解 を通 じ、上記 で 示 され た問題 を検討 してい くこととす る。

公 私二元論 の問題性

しか しなが ら、 こ うした解釈 には根 本的 な疑 問が付 き纏 う。公私 二元論 の棄 却 とい う戦略 の現実1生お よび 有効性 とい う点 も然 るこ となが ら、私 的領域 の解 体 あ るいはそれ とは逆 の、私 白蛉頁域 に潜在 的な価値 の普遍 化 に よる既存 の価値体 系か らの転換 とい う試 みが、新 たな価値 の一元化 を志 向 して しま うのでは ないか とい う危惧 を拭 いきれ ないか らで ある。 この時、先行 世代 にたいす る反省 の も と、差異化 とい う佃値 の多元的 な あ り方 を希 求 して いたはず の第二波 フ ェ ミニ ス トた ち の戦略 は、矛盾 を来 た してい るこ とにな る17。

ただ し、フ ェ ミニ ズムが抱 えるこ うした ジ レンマ に 関 して 、 自覚的な フェ ミニ ス ト・ア レン ト論者 がい る ことも事 実であ り、ホー ニ ソグが引用 す るM.デ ィー ツ もその ・人 であ る。デ ィー ツは 、フェ ミニ ス ト ・ア レ ン ト論者 たちが総 じて採 用 して きた解 釈上 の方法 論が、

ア レン トのテ クス トを二項対立 の解釈 図式 か らな る論 理 の ドに置 くとい う戦 略に従 ってい ると し、先行 世代 に限 らず 自らを含 めた現 代のア レン ト論者た ちが依 然 として こ うした方 法論 を共有 してい る と指摘す る18。

また 『ハ ンナ ・アー レン トとフェ ミニズム』 の翻 訳者 の一人 であ る岡野八代 は、現代 のフェ ミニ ズム思想 が 様 々な場 面で直面す る問題(「差異 か平等か」、「個人の 権 利か 、集 団の権利 か」、 「女性 とい う主体 の脱構 築か 主体の確 立か」、 「個人 の楕剥 重視 か人 と人 との間の 関 係 性重視 か」とい った 二項刻立)、身体性 や 自己決 定権 、 私 的所 有権 、表現 の 自由を めぐる議論 のいずれ もが 、

リベ ラ リズム との対話(対 決)か ら生 じた ものであ る と分析す る19。

デ ィー ツ と岡野が ホーニ ッグ と異 な る点 は、あ らゆ る手段 を講 じた ところでフ ェ ミニズムが りベ ラ リズ ム の論理 の うちに絡 め とられて しま うとい う、 その事実 を認 めてい ることで あろ う。「なぜ 、リベ ラ リズムの 「思 想 」は 、フェ ミニ ズムの 「思想」 との問に ある種 の緊 張 を生 むのか。」20とい う岡野の 問い か けは 、リベ ラ リ ズム との対話 を放棄す るのでは な く、その意義 を改 め て問い直 してい くこ とへ の提言 とも受 け取れ る。 こ う した問題 を正面か ら取 り上げ るのが、 リベ ラル ・フェ

3.ア レン ト思想 と野崎綾 子によ る リベラル ・フェ ミ ニ ズム理論の接 点

(1)野 崎理論 の基本的視 座

ここで改めて 、野 崎の解釈 に従って フェ ミニズ ム,馴湿 の流れ を確認 してお くこ とに しよ う。里和奇は フランス 革命 時 にまで遡 る近代 自由主義(liherahsm)思 想 に

りベ ラル ・フェ ミニ ズム の原型 を求 め、その後20世 紀初頭 まで の一連 の潮流 を リベ ラル ・フェ ミニ ズム=

第一波 フェ ミニズム思想 ととらえてい る。1950年 代 に リベ ラル ・フェ ミニ ズム にたいす るフェ ミニ ズム内部 か ら生 じた批判 は、1980年 代 以降、フェ ミニズ ム思想 の多様 化 と後続世 代(第 二波 フ ェ ミニ ズム)に よる、

先行理 論で ある りベ ラル ・フェ ミニ ズムへの反省 のな か で発 展 して いった。そ の際 批判 の焦点 となったの が 、男性 並み の解放 と呼 ばれ る よ うな平等観 や、田考 様 式 といった リベ ラル ・フェ ミニズム に内在 す る リベ ラ リズム思想か らの影 響で あ り、 こ うした情 況 は社会構 築 主義 的な リベ ラル ・フェ ミニズムへ の反 省 と相侯 っ た ジェ ンダー本 質主義的 フェ ミニズ ムの隆盛 や 、ホー ニ ッグの議論 に見 られ るよ うな公 私 の概念 区分そ のも のを否定す るラデ ィカル ・フェ ミニズ ムの動 向 と して 顕在化 して い く。 川崎が指摘 した よ うに、野崎 はこの 一連 の理論的展 開 ど 剰 ヒが、フ ェ ミニ ズム理 論 の原 点 た る 自由 ・平等 とい った近代 的理念 を忘却 し、国家 と 社会 ・個人 の関係 にたいす る問題 意識 の希 薄 さを招 来 した と分析す る。 その うえで 自らの立場 が、 これ ら諸 領域 を支配す る原 理 を構造 的 ・横 断的 に考察す る政治 哲学/法 哲学 と しての フェ ミニズム思想 の再構築 を課 題 とした、 リベ ラル ・フェ ミニズム の再定位 を 目指す ものであ る と説 明 してい る21。

前章で概観 してきた よ うな 「平等」 をめ ぐる二つ の 志 向卜生(平 等志 向/差 異志 向)に つい て野崎 は、 ジェ ンダー問の差異 の消滅 を意 図す る平等志 向 と、差異 の 隔離 を意図す る差 異志 向が、それぞれ 社会構 築ゴ義/

ジェン ダー本質 主義 と結びっ きやすい と指摘 し、こ う した状 況 を 「フェ ミニズムのア ポ リア」 と呼ぶ22,「平 等」概 念 をめ ぐる 「フェ ミニズムの アポ リア」 にお い て 、前者 が制度上 の平等 の達成 を企図す るのにた い し、

(6)

後者 は制度上 の平等の達 成後 も、依然 として男性 に優 位 な社会構造 が維 持 され ている ことを問題にす る。 野 崎 は 自らの立場 が基本的 には平等志 向に与す るもので ある としなが ら、制度上 の平等 におい て汲みつ くす こ とので きない 「潜在 的経験や感 覚 の水 準」にお ける不 平等 を是正 してい くた めに、新 た な平等 の方 向性 を模 索 してい く必要 を説 く23。これ らを踏 まえ、リベ ラル ・

フェ ミニ ズムの再検 討(再 定位)に 際す る基本的珪 念 に、礒 の基 底性、公共 的なシテ ィズンシ ップ、 自律 の尊重 の三点 を挙げ 、具休的 には公私 区分の再定位 と ケイパ ビリテ ィー の問題 が論 じられ て い く24。この う ち筆者 が注 日す るの は、公私 区分 の再 定位に 関す る部 分であ る。

(2)野 崎理論 にお ける批判 の焦点ヂ 公私 区分 を再 定 位す る こと一

リベ ラ リズムを支持す る立場 か ら、公 私二元論 の見 直 しを通 じた1朝U役 割分業 にお ける格差 の是]Eを 目指 す ことについ て野崎 は、「公共 的に強行 し得 る価値 を限 定す る ことによって 、個 々人 の 「私」 的決定 に委ね る こ とが らを残 してお く」 とい うりベ ラ リズムの 考え方 にその理 由は求 め られ る とす る25。野 崎 の解釈 に従 え ば、公 私 区分 の再定位 とは、それぞれ の領域 の 固有性 を認め た うえで既 存 の区分 に変更 を迫 る ことで あ り、

「再 定位 され た公私 の境 界線 を ど う定 めるのか」26と い う問題 が、新 たな平等 のあ り方 と しての 「第三 の道 をい く選択」 の鍵 とい うこ とにな る。 ア レン トか らの 影響 は、 まず この平等 に纏 わる理解 において確認 で き

る。

野 崎は 「異 なる もの/等 しくない ものの平等」 とい うア レン トの平 等観 につ いて、 「『異 なる ものの平等 』 の考え方 は、異 な る人々 の差異 を縮減 して均一化 す る こ とに よって平 等を達成す るので はな く、異 なる人々 を、その差異 を残 しなが ら(あ るい は、その差異 に も か かわ らず)公 共の領域 に包含 し、平等 を達成 しよ う とす る ところに特徴が ある。」27と述べ 、これが男性 中 心 主義 へ の傾倒 、お よび 差異化 の主張 によ る共 同体 主 義へ の埋没 といった事態 を同時に回避 してい くもので ある とす る。更に、「アー レン ト的平等 の妥 当領域 」を 問題 に し、ア レン ト自身 が 「異 な る ものの平等」 とい う平等 観 を政治(公)的 領域 のみ に限定 してい るこ と につ いて 、 こうした傾 向はア レン トが社 会問題 を政 治 によって解決 してい くこ とに消極的 であった こ とに起

因す る と野崎 は分析 す る。そ して、女 性が被 って きた 不利益 の問題 は、「法律 的な レベル=ア ー レン トの言 う

「政治 」の レベル」 において は、もはや平等はほとん ど達せ られた とい うことがで きるので あ り、問題 はむ

しろ社会 にお ける レベルの 問題 にあ る とい う28。

こ うした指摘 は、性 別役割分業 にお ける格 差の よ う な、法制 度的 な平等 に回収 され得 ない 「潜在 的経験や 感 覚 の水準」 にお け るジ ェンダー間の不平等 の解 消 と

い う野崎 の問題意識 に符 合す る もので あるが、ア レン ト思想 にたいす る解 釈 とい う点 におい ては、ややね じ れ を含 んだ もので あ ると言 えよ う。野崎 の問題の核心 に は、 ア レン トが政 治的な レベ ルに限定 した 「異な る ものの平等」の妥 当領域 を、仕会 の レベル において い か に達戒 して い くか とい うこ と、「アー レン ト自身 とは 異 な り、 このアー レン ト的 平等 の観 念を、社 会の領域 に も及 ぼ してい こ うとす る」29意識が存 在す る。 つ ま り、新 たな平等観 の採 用 による 「フ ェ ミニ ズムのア ポ リア」 の解 消 と、公 私の境界線 の変更 とい う課題 が 、 ア レン トを媒介 に して接 続 され てい るので あ る。 この よ うな野 崎の解釈 は、「社会 にお け る レベル の問題」に たいす るア レン トの思想 的態度へ の批判で もあ ると考 えられ る。そ して 次に問題 となるのが、「社会 的な るも のthesocial」の概 念 とい うこ とにな ろ う。次章で は、

ア レン トに よる 「社 会的な るもの」の解 釈を確認 し、

ア レン ト的な平 等観 を社 会的領域 へ と拡大 してい こ う とす る際の、野崎 の論 点 を検討 してい く ことに しよ う。

4.「 社会 的な るもの」に潜在す る可能1生一 「親 密圏」

と 「正 義感覚」 をめ ぐって一

(1)ア レン ト思想 にお ける 「社 会的 なるもの」の概 念

政治化す る 「抵抗不 可能な身体 の必要」

『人間の条件』においてア レン トは、「私 的な もので もな く公 的な もので もない社会 的領域 の山現 は(…) 近代 の出現 と時 を同 じく し、そ の政治形態 は国民国家 に 見 られ る」aoと述べ 、政 治的領 域 としての 公共空 間 が衰 退 してい く理 由を次の よ うに分析 して い る。す な わ ち、「政治 が社会 の機 能 となったおか げで、二つ の領 域 のあいだ に重大 な深淵 が ある ことを認 める ことが で きな くなった。 これ は理論 あるいはイデオ ロギーの 問

ズ イキマ

題 ではない,と い うの は、社 会 が勃興 し、 「家族 」 あ るい は経 済行動が 公白頒 域 に侵 入 して くる とともに、

家計 と、かつて は家 族の私的領域 に関連 していたすべ

(7)

ての 問題 が 「集 団的」 関心 となった か らで ある」31。

この よ うにア レン トは、「家族の集 団が経済的 に組織 さ れ て、一 つの超 人 間的家 族の模 写 とな ってい る もの」

を、 「社会 的な るもの」(社 会的領域)と 定義 する32。

また 、『人 間の条件』と同時期 に執 筆 された論 文にお いてア レン トは、社会 的領域が台頭 して くるそ もそ も の原囚 が政治 的背景 たる リベ ラ リズム思想 にある と し

リヘ ラ リ ズ ム

て 、次 の よ うに批 判 して い る。 「自由 主 義 は 、そ の 名 称

リバブ イ

に もか かわ らず 自由の概 念 を政 治 の領 域 か ら締 め 出 す の に一役 買 って きた。 自由主義 の哲 学に よれ ば、政 治 は生命 の維 持 とそ の利 害の保 全を もっぱ らの関心串

とせ ざるをえないか らであ る。 こ うして生命 が危 険 に さらされ る ときに は、す べての行 為は明 らか に必然性 の支配下 におかれ る。生命 の必要 に配 慮すべ き固有の 領 域 は 、巨大 な そ して ます ます拡 張 しつつ あ る社 会 的 ・経済 的生活の圏域 であ り、そ の管理運営 は、近代 の初頭以 来絶 えず政 治の領域 に影 を落 と して きた。」33

以上 の よ うなア レン トの解 釈 つ いては 、『人 間の条 件 』 と並 ぶア レン ト初期 の主著 『革命 につ いて』 に言 及 した ホーニ ソグの分析34に詳 しい。 『革命 につい て』

では、「欠乏 した身体 のために 、ある要求が公然 と掲 げ られた」 もの と して フラ ンス革命 にお ける民衆 の蜂 起 行 動が批判 されてお り、ア レン トは ここに行動 主義 お よび大衆社 会の出現 と、家政 に纏 わ る関心事 の管 理 に よって政 治的空間が横 領 されてい く原 因 を見 いだ して い るとホーニ ッグは分析 す る。 これ を踏ま える と、ア レン トが問題 視す る政治 的領域 の衰退 とは、「抵抗 不可 能 な身体 の必要 」か ら人び とが経 済活動 に駆 り立て ら れ てい くなかで生 じる利 害の調停 あ るいは この管 理 と いった事 柄が、政治 的な係 争事項 として扱 われ てい く ことで惹 き起 こされ てきた ことにな る。っ ま り、ア レ ン トは政 治の復活 とい う課 題 を、「社 会的 なるもの」の 解 消 による公私領域 の再生 とい う枠 組み と して把 握 し

てい るのであ る。

「社会 的なる もの」 と 「親 密圏」 の関係

更 にア レン トは、近代 の私生活 が政 治的 な もの との 刻立 以上 に(少 な くともそれ と同 じ程 度に)社 会 的領 域 と鋭 く対立 し、 このよ うな対立 関係 が形成 され て い く過程 において、近代 の私生活 の重要 な機 能で あ る「親 密 な ものを保護 す る」とい う面で も、「社 会的 なる もの」

に よる 「私 的な るもの」 の侵食 とい う問題 が進行 して い るとす る35,で は何故 、人 び とが 「社会的 なる もの」

の うちに親密 な関係性 を見いだ してい くの か とい うこ

とにな るのだ が、 これ につ いては上記 のよ うな生命 ・ 身体 に関 る問題 とともに、「人間の魂 をね じま げる社 会 の耐 え難い 力にたいす る反抗や 、それ まで特別 の保護 を必要 と しなかった人間 の内奥 の地帯 にたいす る社会 の侵 入 にたいす る反抗」36とい う問題 が指摘 され る。

ア レン トに よれ ば、こ うした反抗 的な態 度は、「社会 的 なる もの」が押 しつ ける一様化 の要求 としての画一 主 義(COTLf()rmism)に 向け られ た ものであ り、J.ルソー が 仕会 的領域 に 「親密 な る ものintimacy」 の特徴 を見 い だ してい く理 由 も、 この点 に求 め られ る とい う37。

つ ま り、「親密 な もの を保護す る」とい う側 面だ けを見 る と、社会的領域 の私的領域 にたいす る侵 食 とい う問 題 は、1司時 に/あ るいは一方 におい て、仕会的領域 が 人び とに迫 る両一化 の圧力 にたいす る抗 いを意味 して お り、この時、「親密 圏」(「親密 な るもの」の空間)は 社会 的領域 にたい して、 内在 的かつ対抗 的な位置 を 占 めてい るこ とにな る。

「親密 な ものを保護す る」 ことにお いて、 「親密 圏」

と社会 的領域 のあいだ には更な る解釈 上の問題が は ら まれ てい る。「近代 が親 密 さを発 見 したのは、外部 の 世 界全体 か ら主観 的な個人 の内部 へ逃 亡す るた めだ った よ うに 見える。 この個人 の主観は、それ以 前 には、私 的領域 に よって隠 され、保護 されて いた もので ある。」

38とい う指摘 か らも明 らか なよ うに、ア レン トは 「親 密 な もの を保護す る」こ とを、「外部 の 世界全体か ら主 観 的な個人 の内部 へ逃 亡す る こと」で ある と説 明す る。

そ して、 ここで 「個 人の 内部へ の逃亡 」が意味す るこ ととは、私的領域 に関す る次の よ うな指摘 の うちに含 意 され た内容 と考 え られ る。す なわ ち、「他 者 によって 見 られ/聞 かれ る ことか ら生 じる リア リテ ィを奪 われ て いる こと、物 の共通世界 の介 在 によって他 者 と結 び つ き、同時 に他者 との あいだで適 切 な距離 が保 たれ た、

「客観的」 な関係 を奪われ てい るこ と」であ る と39。

他者 によっ て見 られ 聞 かれ る こととは、『人間 の条 件』 にお ける言論 を通 じた政治 的行為(「活 動」)が 成 立す るため の条件 で あるだけでな く、 「現 われの空 間」

と呼ばれ る政治(公)的 領域 の実現 と 「異 な るものの 平等 」の保障 とい うア レン ト思想 を通 底す る問題 でも ある。 そ もそ も私 的領域 と公 的領域 の相補 的 な関係 が 前提 とされて いる ことを考 えれ ば、公私領域 が対照 関 係(対 概 念)と して把握 され てい るのは当然 と言 えよ う。 しか しなが ら、ア レン トは社 会的領域 とこれ にた いす る対抗圏 としての 「親密 圏」を、自己充足的 な 「人 間存在 の主観 的な方式 」 である と して 、多様 な他者 の

(8)

介在す る客観性 に裏づ け られ た公的領域 の よ うな確 実 な場所 をもつ こ とがで きない と指摘 してい る如。 こ う した指 摘 は、社 会的領域 におけ る画一 主義 を批判 した 部分 に呼応す る と考 え られ るが、 ア レン トは 同様 の問 題 を 「親 密圏」 のなか にも見いだ している。 それ を示 唆す るのが、「共苦sympathy」 とい う感1吉の共有 に よ

って共 通世界 が形成 され る ことは ない とす るア レン ト の分析 で あろ う41。この よ うな見解 は、 ア レン トが 自 身 の 出 自で もあ るユ ダヤ人 問題 に内在 す るパ ー リア (賎民)思 想 を厳 しく批判す る際 の、マイ ノ リテ ィ擁 護 もしくはアイ デ ンテ ィテ ィ ・ポ リテ ィクス にた いす

る問題 意識 に連 な るもの である42。

以 上の よ うな 「仕会的 な るもの」お よび 「親密 圏」

に付 き纏 う問題 に関 って 、仕会 的領域 を画一主義 に よ って特 徴づ けるア レン トの分析 とは異 な り、野崎 が 「異 なる もの の平等 」を社会 的領域 にお いて保 障 して い く 必要 を説 いて いた こ とを思 い返 して ほ しい。E記 の よ うにア レン トが 「親密圏」 と 「親密圏 」の外部(仕 会 的領域)と の葛藤 の うちには らまれ る主観的(に して 自己閉塞的)な 論理 性 を杜畔llしてい るのにたい し、野 崎 は 「親 密圏」 の内部 にお ける構戒 員 の 自由 と秩 序 と い う観 点か ら、「正 認 覚asenseofjustice」 の{養 と い う問題 を問 うことによって、「親密 圏」とい う閉 じら れ た空間 に客観 的な 「視点 」を導人 してい くこ とを提 案す る。 そ してそれ は、 普遍 的 な 「正義 」 の理 念 を、

「親密 圏」 のもつ固有の意義 に照 ら した原理 として編 み 直 して い くこ とで、従来 明確 に は意識 されて こなか った問題(「潜在的 な経 験や感覚 の水準」の不 平等)に た いす る意識化 を うなが し、 「具体的 な状 況にお いて、

特 定の分担 が正 しいか正 しくないか判 断す る能 力」 を 育 んでい く ことであ るとい う43。

また、野崎 は 「正義 感覚 」の{と い う問題 を、井 上 達夫の 「解釈 的 自律 陛」 の獲 得 の議論 、更 にはカ ン

トの 「反省的判 断力」の概念 を媒介 とした法的判 断 と 道征酌 判断 をめ ぐる議論へ と接続 してい くこ とを構想

してい鶴 「反省的判 断力」の概念 について は、ア レン ト最 晩年 の未完 の著 『精神 の生活』 の最 後部 に当た る とされ る 「判断 力judging」 の概 念が、「反省 的判 断力」

か ら着想 を得 た 「蜘 餉 勺判 断力 」 を論 じる ものだ った と考 え られてお り、 この点 につ いて も野崎 の議論 にお けるア レン トか らの影響 が指摘 され て いる覗。 こ うし た ことか ら も、 リベ ラル ・フェ ミニ ズムの再定位 と称

され る野崎 の理論 的展開 において 、「親密 圏」と 「正義 感覚 」 とい う論 点は、 もっ とも重要 な問題 を提起 して

い る と考 え られ る。

(2)「 親 密圏」 と 「正義感覚 」の酒養

「親密 圏」に おける 「正義」の是 非

「「親密 圏」と■義 感覚」45と題 された論考 において 、 野崎 はまず最初 に齋 藤純一 の 「親 密圏」 に関す る次 の よ うな説 明 を引用す る。 これに よれ ば、「親 密圏」 とは 具体 的 な他者 の 生/生 命 へ の配 慮 ・関 心に よって形 成 ・維持 され る空 間で あ り、人称 的かつ 間 一人格 的 (interpersonal)な 関係 にも とつ くなか で、構成 員 の 生命 ・身 体への配慮 が人び とを繋 ぐメデ ィア とな る空 間 と され る46。また 、野崎 の引用 す る この よ うな基本 的 な定義 に加 え、 「親密 圏」 と(小)家 族 とを 「愛 の共 同体」 として 同一視 す ることの問題 性 を、齋 藤が指摘

して いる ことをこ こで注記 しておきた い47。

野崎 は 「親密圏」 の中核的存 在を家族 に見いだ して い るのであ るが、「家 族か らの退 出可能 性を も確保 して、

よ り公共1生(圏)へ 開かれた もの と したのが親密圏 と 考 え られ る」娼とい う指摘 か らは 、家族 を 「愛 の共 同 体」と見傲 し、「親密 圏」をそ の延 長線上 に位 置づ ける ことへ の批判が うかがえ る。 この よ うな認 識に もとつ くなかで野崎 は、 「自由 ・平等 の原理や 、自発 的契約 の 原理 を総 括す る上位概 念 と考 え られ る礒 の理 念が 、 家族 に も適 用 され るのか」 とい う問いを 立て る49。こ うした 問題 意識 は、「親密 圏」お よび家 族 とい う空 間に 課 され た 「愛の共 同体」 とい うフ ィル ター 、あ るい は このなかに含 意 され るア レン トが批判 した 主観主義 的 傾 向や付 随す る閉鎖性 とい った性 質 を、前述 の よ うな

「潜在 的な経験や感 覚の水準」 の不平等 を生 じさせ る そ もそ もの根拠 ととらえ 、これ を既 存 の(リ ベ ラ リズ ム的 な)「正義」の理 念に よって解 決 してい くことの可 能性、 もしくはそ の是非 を問 うもので ある と推 察 され る。

世 話 の 倫 理 」 か ら 「正 義 感 覚 」 ヘ ー 「正 義 感 覚 」 の 洒 養 が も た らす 意 味 一

た だ し、 野 崎 の もつ 問 題 意 識 が 、 フ ェ ミニ ズ ム 内部 に 向 け られ た も の で あ る こ と も 見 逃 す べ き で は な い だ ろ う。 とい うの も 、 こ う した 野 崎 の 問 い に は 、 第 二 波 フ ェ ミニ ズ ム の 登 場 以 降 、「世 話 の 倫 理 」の提 唱 を 経 て 、 ホ ー ニ ッ グの ア ゴ ニ ス テ ィ ソク ・フ ェ ミニ ズ ム の 例 に 見 られ る よ うな ラデ ィカ ル ・フ ェ ミニ ズ ム の論 調 に至 る、 フ ェ ミニ ズ ム思 想 を 総 括 す る よ うな意 味 合 い が 込

(9)

め られ てい ると考 え られ るか らであ る。そ してそれ は 同時 に、野 崎が企 図す る リベ ラル ・フ ェ ミニ ズムの再 定位 とい う課題に も直結 す る ものであ る。そ うであ る か らこそ 、野崎は公私 それぞれ の領域 の固 有性 を維 持 す るとい う立場か ら、普遍 主義的 なルール としての1E 義 の理念 を、家族や 「親 密圏」 の領域 にお いて適州 し

てい くための 「ぎ りぎ り譲 るこ とので きな い正義 の理 念 」へ と編み 直 してい くために、「]礒感覚 」の概 念 を 提起 してい るので ある。

「正義 感 覚」の基 本的 な定義 について 、野崎 は これ を 「ノレール適 合1生の判 断を行 う能力 の萌芽 となる よ う な、な にが礒 に適 うの樋 わ ない助 を判1尉 るた

めの基本 的な感 覚」50と説 明 してい る。 こ こで筆者 が 注 目す るのは、野崎 が 旺 義 感覚 」を 「判断 を行 な う 能 力の萌芽 」あ るい は 「判 断 を行 な うため の基 本的 な 感 覚」 のよ うな、佃別 具体的な経験や 直接的 な体 験 に 根 ざ した ところか ら導 きだ され るもの と考 えてい る点 であ る。野 崎の このよ うな認 識 は、次の二つ の観 点に おいて具体 的に示 され てい る。一 点 目は、A.スミス 『道 徳 感 情 論 』 に お け る 、 「公 平 な 観 察 者impartial spectator」とい う視 点への着 目であ る。野 崎 は 「正義 感 覚」を、「人間の社会 的行 為や感情 の妥 当性 を判 定す る 「適 宜 陸(propriety)」 の原理 」 のモデ ル と して、

「公平 な観 察 者」 の視sを 内面化 し、反実仮想 的な第 三者の視 点か ら客観 的な同意の是非 を問 うて い くこと で ある と定義 してい る51。そ して二点 目は、子 どもの 道 徳的発達 の条件 に言及 した部分 であ る。野崎 に よれ ば、「子 どもの健全 な発達 のた めには、親の子 どもに対 す るサ ン クシ ョンが正 当な範 囲 に と どまる こ とが必 要」であ り、「家族 は、子 どもが公 的領 域にお いて要求 され るこ ととな る礒 顧 を身 に付け るた めの最初 の 学校 としての役割 を果 たす」 こ とになる とい う52。こ の よ うな二つの観 点は、「親 密圏」お よび私的領域 にお いて求 め られ る 「正義 」 の在 り方の問題 を通 して、 こ れ らの空 間が担 う 「q,覚 」 の滴養 とい う役 割を 、 野 崎が重要 視 して いるこ とを明 らかにす るものであ る。

っ ま り、「正義 感覚」の{と い う視 座には、いか に して 「親密 圏」 を客観性 に開かれ た空間に してい くか とい う野 府の問題意識 が反 映 され てお り、 同時に、 リ ベ ラ リズムが前提 とす る私的領域 にたいす る不 介入 ・ 非 干渉 とい う原 則 の見直 しが意 図 され てい るのであ る。

そ してそ こには、「親密 圏」にたいす るア レン トの批 判 的な解釈 を再解 釈す る とい う意 図も含 まれ るはずで あ る。それ を裏 づけ るよ うに、「親 密圏」か らの退 出の権

利 、あ るい は既存 の公共 圏にたいす る批判 的公共空 間 (対抗 圏)と しての 「親密 圏」の もつ 可能 性といった 論点 が、構成員 の 自山の実 効的な確保 を問題 とす るの にたい し、野崎 自身 は 「自由な秩序 を支 え るものは何 か」 とい う問題 を認 識 してい くた めの 「最 も基本 的な

「文法 」」 として、 「正義感覚 」が要請 され るべ きであ る と結 論づ けてい るn3。

5.お わ りに

以1一の よ うな 「親密圏」 と 「⊥義 感覚」 を めぐる野 崎 の議 論の背景 には、す でに確 認 して きた通 り、 ア レ ン トの 「異 なるものの平等」 のあ り方 を仕会的領域 に お いて保 障 してい くこ とで、 「潜在 的経 験や感 覚 の水 準」 にお けるジェ ンダー 間の不 平等 を是正 してい こ う とい う課題 が存在 してい た。「正 義感覚」を育み/求 め る空 間 と して 「親 密圏」 を形成 して い くこととは、 し か しなが ら、単 に 自律的 な佃 人相互 のメンバー シ ップ を担保 す るた めの もので はない。そ こにはア レン トが

「異 な るものの,.等」の例 に挙げ る 「医者 と農夫」 と い う社 会的 な身分 に は還元す る ことのできない 、ある いはそれ を拒む 、「感 覚」におけ る異 な りを 自覚的 に問 うこ とを通 して、他 者 と共 に在 るこ とを引き受 けてい くこ との意味 へ と問い を促す ものな のではな いだ ろ う か。

1A .ギデ ン ズ/松 尾 精 文 ・松 川 昭 了P/『 親 密 性 の 変 容 一 近 代 社 会 にお け るセ ク シ ャ リテ ィ、 愛 「青、 エ ロテ ィ

シ ズ ム 』(而 立 書 房 ・1995)14頁

2齋 藤 純 一 編 『親 密 圏 の ポ リテ ィ ク ス』 ナ カ ニ シ ヤ 出 版 ・2003

3以 降 本 論 で は 、「親密圏 」と 「親 密 性 」 を ほ ぼ 同義 的 に と ら え 「親 密 圏 」 と表 記 す る こ と とす る。

4川 崎修 「フェ ミニ ズム と りベ ラ リズム の革 鞠 哩渦 綾 了肛 義 ・家 族 ・法7構 造 変換 一 リベ ラル ・フェ ミニズ ムの再定 位』

・2003戸月叫又言紋)214‑215瓦 5同 上213頁

6Bホ ー ニ ック編/祠 野 八 代 ・志zl蘇[代子訳 『ハンナ ・アー レン トとフ ェ ミニ ズ ム』 未 來 仕 ・2001〔=一

皿2贈OF硯 欄The

University〔fPenn事ylvan血Statehess,1995〕(日 本 認 仮序

7同 上11頁

8ホ ー ニ ッ グ の 分析 に お い て は 、第二波 フェ ミニ ズム

(10)

(1960年 代 以 降 〜1980年 代)と ポ ス ト第 二 波 フ ェ ミ ニ ズム と され る ラ デ ィカ ル ・フ ェ ミニ ズ ム(1990年

〜)が 区 別 され る。

9ホ ー ニ ッ グ編 前 掲 書14頁

10H .ア レン ト著 ・Rベ イナー編/浜 田義 文監訳 『カ ン ト政 治 哲 学 の 講 義 』 法 政 大 学 出 版 局 ・1987〔=

LecturesonKaratsPolr'ticalPhilosophJ;TheUnivers ityofChicagoPress,1982.)

11C .ギ リガ ン/岩 尾 寿美子監 訳 『も うひ とつの声』川 島書 店 ・1986

12ロ ー ル ズ と井Fは 、後 述 す る 野 埼綾 子 の 思 想 形 成 に 大 き な影 響 を及 ぼ して い る の で あ る が 、 野 崎 と同世 代 の 仕会 学 者 北 円 暁 人 の 展 開す る りベ ラ リ ズム 理 論 、特 にmル ズ=牡 と は明 らか に 異 な る 「 」 の と ら え 方 の うち に は 、リベ ラル ・フ ェ ミニ ズ ム理 論 の再 解 釈 とい う野 崎 の試 み に 共 通 す る 問題 意 識 が認 め られ る。

の繍 こっ い て は 『責 任 と礒 一 リベ ラ リズ ム の 居 場 所 』(勤 草 書 房 ・2003)を 参 照 。

13ホ ー ニ ッ グ編 前 掲 書12‑13頁

14「 活 動 」 は 、 「労働labor」 ・「仕 事work」 に刻 置 さ れ る 『人 間 の条 件 』 にお け る 主 要 概 念 の 一 つ で あ る。

15B .ホー ニ ッ グ/1岡 野 八 代 訳 「ア ゴニ ステ ィ ッ ク ・フ ェ ミニ ズ ム に 向 っ て 」(ホ ー ニ ッ グ編 前 掲 書 所 収 論 文) 194‑195頁 。 ホ ー ニ ッ グの 議 論 に 関 して は 、 ホ ー ニ ッ グ/岡 野 八 代 訳 差 異 デ ィ レ ンマ 、 ホ ー ム の 政 治 」 (『思想 』 岩 波 書 店 ・1999‑886号 所 収 論 文)を 併 せ て 参 照,

16フ レイ ザ ー の 「普 遍 的 ケ ア 提 供 者 モ デ ルUniversal CaregiverModel」 に 関 して 、野 崎 は 次 の よ うに説 明 す る。 「これ は 、男性 を女 性=主 要 な ケ ア ワー ク を行 う 人 々 に 近 づ け る とい うモ デ ル で あ る。 女 卜生の 現 在 の ラ イ フ ・パ ター ン を 万 人 に とっ て の 規 範 とす るの で あ る。

こ の モ デ ル を採 る こ とは 、現 存 す る性 別役 割 分 業 を壊 乱 し、社 会 秩 序 の構 成 原 理 と して の ジ ェ ン ダー の突 山 を減 少 させ る こ とを 意 味 す る。 こ の よ うに 、 「男 並 み 」 で も 「差 異 志 向 」 で もな い第 三 の 道 を い く選 択 は魅 力 的 に 映 る。 「普 遍 的 ケ ア 提 供 者 モ デ ル 」は 、性 別 役 割 分 業 の 問題 に うま く対 処 す る と と も に 、 ケ ア ワー ク の 私 的 領 域 ・社 会(市 場 な ど)・国家 の 適 切 な 分 担 を示 唆 す る 点 で優 れ て い る。」(f前 掲 書28頁)。 この よ うに 野 崎 は 普 遍 的 ケ ア 提 供 者 モ デ ル 」 を第 三 の 道 を い く 選 択 と して 評 価 す る の で あ る が 、 「女 性 の 現 在 の ラ イ フ ・パ ター ン を 万 人 に と っ て の 規 範 とす る 」 とい う一 節 か らは 、 「差 異 志 向 」 的 な傾 向 が うか が え る。

17こ の 問題 につ い て 、 「差 異 志 向 」 に 関す る 野 崎 の 次 の よ うな 分 析 を 引 用 して お き た い 。「女hの 特 徴 を称 揚

す る とい う方 向 は 、 そ の 特 徴 を 、 そ の 美 点 ゆ えに 男 性 に も担 わ せ るた め の 現 実 的 な 方策 の 伴 わ な い 限 り、 現 実 に存 在 す る ジ ェ ン ダー 構 造 を変 革 す る ポ テ ンシ ャ ル に は乏 しい と思 わ れ る。 「女 だ け のユ ー トピ ア」 は 、女 性 の多 様hに 鑑 み る とき 、 さ らに 現 実 性 に 乏 しい ば か りか 、 女 吐の 多 樹 生を縮 減 し、 同 化 させ る こ とに っ な が る可 能 陛 を も っ て い る。」(野 崎 前 掲 書27頁)。

18ホ ー ニ ッグ 編 前 掲 書37頁

19岡 野 八 代 「リベ ラ リズ ム の 困 難 か らフ ェ ミニ ズ ム へ 」(1]源 由 美 子 編 『フ ェ ミニ ズ ム と りベ ラ リズ ム』勤 草 書 房 ・2001所 収 論 文)6頁

20同 上6頁

21野 崎 前 掲 書3頁 お よび13頁 22同F:22頁

23同 上24‑29頁 24同 上32頁 25同 上43頁 261司上44頁 27同 上98頁 28同 上100頁 29同 上107頁

30H .ア レン ト/志 水 速 雄 訳 『人 間 の 条 件 』筑 摩 書 房 ・ 1994(=TheHumanCondition,TheUniversityof

ChicagoPress,1958.〕49頁(P.28)。

31同 上54‑55頁(p .33)。

32同 上50頁(p .28‑29)。

33「 自由 と は何 か 」:FreedomandPolitics(引 田 隆 也 ・ 齋 藤 純 一 訳 『過 去 と未 来 の あ い だ 』み す ず 書 房 ・1994

(=BettiveenPastandFuture,PenguinBooks,1977.

所 収 論 文 〕210頁(p.155)。

34ホ ー ニ ッ グ編 前 掲 書 所 収 論 文199頁 35ア レン ト前 掲 書60頁(p .38)。

36同 上61頁(p .39)。

37同 上62頁(p .39)。

38同 上98頁(p .69)。

39同 上87頁(p .58)。 な お 、 当 該 箇 所 は 筆 者 訳 出。

如 同 上61頁(p .39)。

41同 上85頁(p .57)。

42齋藤 純 に よれ ば 、ア レン トが 「親 密 圏 」 に社 会 的 紐 帯 の 萌 芽 ・形 成 の 可能 卜生を 見 い だ す こ とに否 定 的 で

あ る の は 、 客 観1生を 欠 い た 親 密 圏 」 の 内部 に お い て は 、 過 度 の 近 しさ に よっ て 人 問 関 係 の 距 離 感 を喪 失 し て い く危 険 陸や 、 異 他 的 な も の を排 除 す る 閉 鎖hが 伴

うた め で あ る とい う。(「親 密 圏 と安 全 性 の政 治 」 齋 藤 編 前 掲 書 所 収 論 文)217‑218頁

娼 野 崎 前掲 書172頁

必 同 上251頁(井 上 達 夫 に よ る解 説 「野 庵 綾 子 一 人 と 乍「Pm」よ り)。

菊 同 上 所 収 論 文 。 なお 、初出は齋藤編 前掲書所収 。 46同 上155頁

47齋 藤 純 一 『公 共1生』(岩 波 書 店 ・2000)93頁

(11)

48野1奇 前 掲 書173頁 49同 上156頁 50同 上167頁 511司 上170‑171頁 52同 上169‑170頁 53同 上174頁

引 用 ・参 考 文 献

H.ア レン ト/志 水 速 雄 訳 『革 命 につ い て 』 筑 摩 書房 ・ 1995

平 塚 眞 樹 「目本 の若 者 問 題 を め ぐる̀公 共 圏 と規 範'」

(樋 口明彦 他 編 著 「若 者 問題 と教 育 ・雇 用 ・仕 会 保 障一 束 ア ジア と周 縁 か ら考 え る 』 法 政 大 学 出 版 局 ・ 2011所 収 論 文)

本 田 由紀 『家 庭 教 育 の く除 路 〉』 東 京 大 学 出 版 ・2008 Aス ミス/水 暉 「Fp尺道 征憾 精 論(上)・(下)』 岩 波 書

店 ・2003

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