一一痕跡と予兆の結晶
江 津 健 一 郎
いつかーどこかで
ざらざらした明暗の粒子を際立たせ,まるでイメージの皮膚を,通常は 見えない表面を顕在化させるかのように,その触覚的なイメージは,印画 紙の表層を覆い尽くし,充溢そのものとして現れる.空間はすべて,密集 し離散する粒子の集合と化し,もはや空虚などなく,すべてが光と閣の度 合として,印画される.それは暗い夜の街や,空や, j毎景や,電話ボック スや,地下道や,陽光の下の身体だが,夜の閤に沈もうとも,太陽の輝き に照らされようとも,すべて白黒写真の,粗い粒子の,明暗の中に漂うイ メージと化している.中平卓馬(1
9 3 8)のかつての白黒写真は,たとえば
主に60年代後半に撮影された,『来たるべき言葉のために』(1 9 7 0
)の時 代の写真は,そのような充溢したイメージを露わにする.それらは,写真 である以上,もちろん具体的なものを現している.どこかの住宅地,画面 の中央には,小さなj可が,前面から奥へ向かつて,遠近法の見本図のよう に現れている.あるいは別の写真では,遠景に無数の団地らしき建物が連 なり,画面手前には空き地が広がっている.それはどこかの造成地だろう か,空き地には,これからまた団地が建設されるのだろうか,そんな疑問 が頭をよぎる.あるいは,少しぶれた画面一杯に,車が一台写り,その奥 にもう一台が見える.そこに場所を特定できる要素は見あたらないが,こ の写真は新宿で撮影されたらしい.車に詳しい人なら,車種から,概ねの 時代を特定できるのかもしれない.あるいは,画面一杯に空が広がり,そ こに小さく飛行機が写っている.画面右下には海面らしきものも見える.あるいは画面ほほ中央を斜めに海面が横切り,そこに船が浮かんで、いる.
船は黒煙を噴き上げ,画面左下には波が写っている.あるいは画面一杯に 公衆電話が写っている.ダイヤル式のその電話機は,もはや流通していな い.機種を調べれば,だいたいの時代が分かるかも知れない.このように,
それらの写真に写っているのは,具体的なものであり,それが何であるか
を判別することはできるし,また,労力を払えば,それが何処なのか,何 時なのかを知ることもできるかもしれない.写真には,基本的には,その ように「読みうる」「知りうる」水準が存在する.しかし中平の写真を見 る者は,そのような知的な水準に留まることはできない.あるいは,苦労 しなければ,知的な判読へと到達することができない.しかも,そのよう にして判読されたものすら,不確かな,不安を引き起こす視覚なのだ.彼 の写真は,不自然で異様な構図に切り取られ,ときにはブレ,対象判断を 撹乱し,歪ませる.そして画面の全体に渡って,前面に,粗い明暗の粒子 が,視覚的に現れている.そして,そのような微粒子の全面化ゆえに,接 写も,遠景も,すべてクローズ・アップ写真のように見える.光の粒子,
イメージの物質性が表面に現れ,情動的な要素の戯れと化す.まるで絵画 におけるオールオーヴァーのような,全面的な映像.写真は,被写体をそ のような映像へと変換しそれが本来は位置していた背景から分離し,不 特定なイメージに変え,「いつ」「どこ」を示す目印を消去してしまう.そ うして写真は,単刀直入なイメージの現れと化し,「いつか
J
の過去を呈 示する.もはや「読みうる」「知りうる」水準は後退し,視覚は不特定な 領域へと滑り込む.眼は,読みえない細部,微細な要素を見始め,そして 見えない要素さえも見始める.たとえば,時間という要素を.その映像は,かっていつかどこかにあった.そしていまもそこにある.
中平卓馬は,その後スタイルを変え,自分の過去の写真を否定し,植物 図鑑のような即物的な写真を目指し始める(彼が,論文「なぜ,植物図鑑 か
J i
)で宣言したように).中平によれば,彼のそれまでの写真に現れてい た「夜J
「薄暮」「薄明J
は,自己と世界が不分明なものと化す領域であり,粒子の荒れや,撮影時の意識的な手ブレは,対象そのものの存在を暖昧に する.そのような不分明性は,物そのものを見つめる行為を霧散させ,世 界を見続けることを人間に放棄させ,その見ることに対する怠慢を,漠然 とした粒子やボケで埋め合わせ,世界そのものの,物そのものの純然たる 存在を呈示するよりも,むしろ写真家の主観性を強調している.そして
「白黒」写真であることは,暗室作業によって写真家の手が介在したこと を示す痕跡であり,物ではなく写真家の存在が現れようとする証拠である.
中平は,そのような主体による世界の人間化,情緒化,安直なポエジーを 批判し,事物そのものがこちらへ投げかける視線と和解不可能な形で対峠 することを要請する.そして,白黒写真が残存させる手の痕跡を消去する ためにカラー写真を用いて,自己を消去し,被写体の存在そのものを即物
的に示し,その唯物論的な特異性を浮かび上がらせる.この中平の方向転 換は,日本写真史を画する重要な出来事であるが,ここではこれ以上は問 題としない.中平の写真は,確かに彼の方向転換に歩調を合わせて,ある 面では根本的に変化した.しかし写真を見るわれわれは,そのような性質 の変化にもかかわらず,通奏低音のようなひとつの同じ印象を感じ取る.
初期の中平の写真は,確かに写真家が介在した痕跡を,荒れ,ブレ,ボケ,
という形で顕著に示す.それを写真家の主観性の残存と取ることもできる だろう.しかし,写真そのものを見つめるとき,それはやはりカメラとい う機械が記録した映像であり,写真家が介在した痕跡を残しながらも,や はり機械的「写真
j
として,イメージそのものの存在を示し,光の効果と しての不特定なイメージを提示する.それは「いつか」「どこか」の映像 であり,「わたし」の映像とは言えない.その性質は,中平のカラー写真 においては,確かに大胆に強調されている.それは「いつかJ
「どこか」の不特定な被写体の映像であり,それゆえに,われわれが対象に外在的に 付与する意味を越えた,対象そのものの特異性を捉えている.
あるいは森山大道(1
9 3 8
−)は,雑誌『プロヴオークJ
時代(19 6 86 9
)に中平と活動を共にした写真家だが,彼は,今でも粒子の粗い,そしてコン トラストのきつい,白黒写真を撮っている.そのイメージは,強烈な存在 感を示し,そのイメージが「かつて」存在したことを強く主張している.
しかし,彼が異なる時代に撮影した写真を,何枚も続けざまに見ていると,
われわれは,イメージの領域に引き込まれながら,写真が現している「か つて」について奇妙な印象を覚える.ざらざらした明暗の戯れに還元され たその映像は,たとえば一連の新宿の写真は,
60
年代に撮影されたもの であろうと,2004
年のものであろうと,時代的な相違をあまり感じさせ ず,むしろ同じひとつの時制を,ある「かつて」という写真的な時制を感 じさせる.そこでは時間が日付を失い,イメージに内在する時間,ある「かつて
J
へと還元されているのだ.森山のカメラは,イメージを不特定 性の高い形で切り取り,そしてイメージを「今」「ここ j という限定から 剥ぎ取り,白黒の灰汁の強い映像へと,特定の過去ではない「ある過去あ くJ
のイメージへと変換する.いつかどこかに,そのイメージはあり,そして 今ここにも現れている.
森山の写真は,「荒れ」「ブレ」「ボケ」という性質を示している.それ は写真が単なる機械による中性的な映像ではなく,撮影者が介在すること によって成立することを示している.森山は気配を消して被写体に近づき,
3
イメージをかすめ取る.シャッターを押す彼の手の動きが,写真に痕跡と して残される.彼は,時にはファインダーを覗かずに撮影するが,この撮 影法は,写真が写真家が見る映像ではないことを顕著に示すと同時に,写 真家の行為性,撮影時に彼が介在した痕跡をイメージに刻み込む.あるい は,彼が暗室作業にこだわるのも,やはり作家性の表れといえるだろうか.
しかし,それでもやはり,森山の写真は,カメラという機械が撮影した映 像であり,森山の記憶を現す映像ではない.その映像は,やはり「私的」
ではなく,不特定であり,いつかどこかの過去をただ示している.森山は,
写真とエッセイによって構成された『犬の記憶j
( 1 9 8 4
)という本において,極私的なさまざまな想い出の地を訪ね,記憶と写真をめぐるエッセイを書 き記しながら,同時にその地で撮影を行っているが,その「文庫版あとが き
J
で,彼は,自分自身の回顧展を見た感想として,写真における不特定 な過去の印象を語っている.あそこにあのようにして在る写真,たった今見てきたばかりの沢山の 僕の写真.五年まえに,十五年まえに,二十五年まえに,それはまぎ れもなく僕自身が折々の思いとともに写し止めたものであり,そこに ある時間や空間は,それを写した僕にとってすらもはや手ざわりとし てつかみがたく,全ては時の彼方にすきってしまい,わずかに僕の個 人的な記憶のなかに断片としてこびりついているだけのことである.
つまり,ボストン市の,ハーバード大学フォグ美術館の二つの会場に 展示された僕の写真は,すでに無名の写真となって,作者の手を離れ,
撮影者を越えてそこに在ったということにすぎなかったということ だ九
もちろん作者には,カメラに同伴し,撮影に立ち会ったという記憶の断 片があるだろう.しかし写真は,振影者にとっても,当然のように「自分 の写真であって自分の写真ではない
J .
写真は常に,撮影者の個人性とは 初めから無縁であったかのように,無名の写真として,不特定な過去の映 像として,そこに現れている.無限定過去
ア オ リ ス ト
それは,「無限定過去」だ.ロラン・バルト(
RolandB a r t h e s , 1 9 1 ラ
1 9 8 0
)は,『明るい部屋』 (LaChambre c l a i r e , 1 9 8 0
)において,写真が示す過去の時制を,そう指摘している.フランスの批評家であるバルトが晩 年に著したこの写真論は,それまでいくつかのテクストで写真について論 じてきたバルトにとっての,決定的な写真論であり,現代の写真論にとっ ては欠くことのできない古典である.彼は,比較的初期の「写真のメッセ ージ」(《
Lem e s s a g e p h o t o g r a p h i q u e
川1 9 6 1
)や「イメージの修辞学j (≪
Rheto 向 u ed e I '
image 》,別4)において';~友喜をコピ二ドなきメッ セージ」として定義することから出発して,「外示」「共示j という概 念を用いながら,同時代の言語学がもたらした成果を活用した映像分析を 試みていたが,『明るい部屋』においては,「私」を主語にして,小説的な「単純過去j という時制も用いながら,ごく私的な,しかも美しい,写真 についての物語を編み上げている.晩年のバルトは,批評から小説へのブ ルースト的な移行を模索していた,という説があるが,この書物に,小説 の試みという要素を読みとることもできるだろう九そのようなバルトの 変遷はともかくとして,この本で彼は,写真的な時間について問いつめて いる.そして,彼が写真的時間を定義する際に用いる用語である「無限定 過去」とは,ギリシア語の時制であり,この時制は,過去である事実は示 すものの,特定の時期は示さない.つまり「それはあった」,いつかは分 からないが,今ではないことは確かだ,そう写真の時制は告げている.し かし,われわれは常にそのような時間性を感じ取るわけではない.写真を 読もうとする眼差しは,そこに現れる対象を判別し,読み込むことに気を 取られ,写真が呈示する時間性に気を払おうとはしない.たとえばわれわ れは,新宿の一角を写した森山大道の写真を見て,そこにいくつかの店の 看板を識別し,その規模の小ささ,密集度から,その場所がゴールデン街 であることを導き出す.そして,対象を認識した段階で見ることは終わり,
それ以上に見えているものを見ょうとはせず,被写体が持つ社会的で文化 的な含意へと意識を逸らせ,写真を素通りする.ここで問われているのは,
写真の可読的な水準,「ストウデイウム(
studium
)」である.バルトは,写真に現れるこつの基本要素を弁別し,その片方に,「ストゥデイウム
J
と い う ラ テ ン 語 の 名 前 を 与 え て い た . こ の 語 義 は , 文 化 的 な 含意
(共示的意味)を持つ要素を表している.バルト自身の定義を引用してみ よう.
それは,ストゥデイウム(
studium
)という語である.この語は,少 なくともただちに〈勉学〉を意味するものではなく,あるものに心を傾けること,ある人に対する好み,ある種の一般的な思い入れを意味 する.その思い入れには確かに熱意がこもっているが,しかし特別な 激しさがあるわけではない.私が多くの写真に関心をいだき,それら を政治的証言として受けとめたり,見事な歴史的画面として味わった りするのは,そうしたストゥデイウムによる.というのも,私が人物 像に,表情に,身振りに,背景に,行為に共感するのは,文化を通し てだからである(ストゥデイウムのうちには,それが文化的なもので
ノ タ ン オ ヨ 〆
あるという共示的意味が含まれているのであるい
このストゥデイウムという単語は,英語のは
udy
やフランス語のe t u d e
の語源であるが,それらの現代語が意味する「学習」のみならず,「熱意」ゃ「好みj も意味している.つまりこの語は,その対象に接する 者が,主体的に,自らそれへ向かう傾向を持つことを示し,また同時に,
その対象を学習によって,文化的知識をもって認知していること,それゆ えに共感を抱いていることを示している.したがってストゥデイウムは,
コード化された可読的な要素であり,観者は,それが認知しうる要素であ るがゆえに,反応し,主体的にその解読へと乗り出していく.このような 第一の要素に対して,バルトは第二の要素を,やはりラテン語を用いて
「プンクトゥム(
punctum
)」と呼んでいる.少し長くなるが,この用語の 定義を引用しておこう.第三の要素は,ストゥデイウムを破壊(または分断)しにやって来る ものである.こんどは,私のほうからそれを求めて行くわけではない
(私の至高の意識をストゥデイウムの場に充当する時とは違って).写 真の場面から矢のように発し,私を刺し貫きにやって来るのは,向こ うのほうである.ラテン語には,そうした傷,刺し傷,鋭くとがった 道具によってつけられた印を表す語がある.しかもその語は,
刀p クテュアンオン
点を打つという観念にも関係があるだけに,私にとってはなおさら 好都合である.実際,ここで問題になっている写真は,それらの感じ やすい急所によって点を打たれ,ときにはそれが斑点状になってさえ いるのだ.問題の印や傷は,まさしく点の形をしているのである.そ れゆえ,ストゥデイウムの場をかき乱しにやって来るこの第二の要素 を,私はプンクトゥム(
punctum
)と呼ぶことにしたい.というのも,プンクトゥムとは,刺し傷,小さな穴,小さな斑点,小さな裂け目の
ことでもあり しかもまた,椴子のー振りのことでもあるからだ.
ある写真のプンクトゥムとは,その写真のうちにあって,私を突き刺 す(ばかりか,私にあざをつけ,私の胸をしめつける)偶然なのであ る九
このプンクトゥムは,可読的な要素ではない.それは,ストゥデイウム をひび割れさせる,コード化されない,名付けえない要素である.見るわ れわれを突き刺す要素であり,対象を読み込むわれわれの意志や予測に抗 い,突如として視覚に襲いかかる.それは読むことのできない要素,傷や 穴のような印である.たとえばそれは,路面に残された,水が援ねた痕跡,マーク
壁に残された染み,何かの影,ガラスが映し出す何かの反映,風にあおら れたドレープが描き出す不定形の光の波……そのような印であろう.明示 的に有意的な対象の傍らに,背後に,あるいは前に現れている細部,一瞥 の一線を踏み越えた注視こそが目に留め始める,微細な,微少な,微弱な 要素こそが,プンクトゥムである.そこでイメージは,何かのイメージと してよりも,むしろイメージそのものとして露わになり始める.そして,
それと同時にストウデイウムは後退し始める.しかしバルトは,そのよう な細部とは別のプンクトゥム,形ではなく強度として現れるプンクトゥム の存在を指摘している.それは,時間である.
さて,いまや私は,〈細部〉とはまた別のブンクトゥム(別の〈傷痕〉)
が存在することを知った.もはや形ではなく,強度という範障に属す るこの新しいプンクトゥムとは,「時間」である.それは,ノエマ
(〈それは=かつて=あつための悲痛な強調であり,その純粋な表象 である6).
言うまでもなく写真は,そこに写っている「それはかつてあった」とい う確実な事実を,過去形で示している.そしてこの過去性が,やはり可読 的なストゥデイウムとは異なる要素として,驚異的な理解不可能な要素と
して,見る者に襲いかかる.たとえば今の引用文のすぐ後の箇所で,バル トは,アレグザンダー・ガードナー(
A l e x a n d e rG a r d n e r , 1 8 2 1
ー1882
)が 撮影したルイス・ベインの写真に触れながら,その写真に現れた奇妙な時 間に言及している.アレグザンダー・ガードナーは,スコットランド出身 の写真家で,アメリカの南北戦争の記録写真や,リンカーン大統領の暗殺7
犯を撮影した写真でその名を知られている.ルイス・ベインは,
186
ラ年 に,アメリカの国務長官であったウィリアム・H・スワードの暗殺を試み て逮捕された死刑囚であり,ガードナーは,絞首刑執行を待つベインを,独房で手初日をはめられた状態で,正面から撮影している.そしてこのイメ ージにおいて,可視的な形を取らずに現れるのが,時間である.写真にお いてベインは,これから処刑されようとしている.その出来事は未来時制 で表される.「そうなるだろう」.つまり,「彼はもうすぐ死ぬ」.しかし現 在から見れば,写真は過去のイメージであり,「そうなってしまった」,
「彼はすでに死んだ」を示している.つまりその写真における未来とは,
現在のわれわれが写真を見る時点には「すでに死んでしまっているだろう
J
という未来完了,フランス語の時制でいえば「前未来」であり,しかも,
写真が示す時間において,この前未来は,「彼は死んで、しまった」という 過去時制,フランス語における「複合過去
J
と等価で、ある.そしてこの両 極的な時間は,われわれが写真を見つめる「現在」において現れる.写真 において図らずも露呈するのは,このような,不可能な,宙吊りの時間に ほかならない.たとえば官頭に言及した中平卓馬の写真は,「何かが起こ ってしまった」痕跡を呈示すると同時に,「これから何かが起ころうとし ている」不穏な予兆を示している.この無人の海辺で,これから何かが起 ころうとしているのか,それともそれはもうすでに起きてしまったのか.飛行機が空を横切るが,その一秒先には何があるのか,あるいは一秒前に は何があったのか.一見なんの事件も起こっていないからこそ,何か重大 な出来事がすでに発生してしまったようであり,同時に何か計り知れない 事件が起きそうな徴候が,張りつめた緊迫感のただ中に現れている.写真 が呈示するこのような異常な時間は,非人間的な機械のみが可視化する,
人間の経験にとっての不可能な大事件なのだから,これはまさに狂気のよ うな時間だ.
その被写体は司私が今見ているそこにいた
このような不可能な時間は,無限定過去のただ中に現れている.「その 被写体は,私が今見ているそこにいた」.そして私は,そこに現れている 被写体を,確実に存在「した」ものとして,「そこ
J
(つまり写真の中)に おいて知覚する.その被写体が見知らぬ対象である場合,写真を見るわた しは,まずそれを「そこJ
において知覚し,「そこ」において志向するし かない.しかし,写真に対する別の考え方もありうるだろう.たとえばサルトル
( J e a n ‑ P a u l S a r t r e , 190
うー1980
)の現象学は,イメージを少し異なった形で 考 察 す る . 彼 は , 綴 密 な イ メ ー ジ 論 で あ る 『 想 像 的 な も のJ ( L ' i m a g i n a i r e , 1940
)において,イメージを対象の無として措定している.サルトルの定義によれば,実在の人物,たとえばピエールを知覚する場合,
われわれはそこに現前する人物を志向する.それに対して,ピエールのイ
ア ナ ロ ゴ
メージ,たとえば彼の写真を前にしたわれわれは,彼の「類同代理物
J
と いう虚無を媒介として,不在のピエールを志向する.つまり想像的意識(イメージの意識)は,知覚(その対象は物質的な実在である)とは異な る非現実的な意識であり,想像する者は,イメージを介して,現実にはそ こに実在しない不在者を,非現実的に思い浮かべる.
確かにそのように,写真は「知覚の次元では虚偽」を示している(被写 体はもはやそこにいないにもかかわらず,そこに模像として現れている)
かもしれない.しかしバルトが指摘するように,「時間の次元では真実」
を証言しているはずである(被写体は確実にかつてそこにいた).「その被 写体は,私が今見ているそこにいた
J
,この事実は動かしがたい(過去を「回想」する場合のように,この事実は「現実」として措定されるだろう).
しかも写真において被写体(志向対象)は,写真そのものと密着している ため,写真という類同代理物から切り離すことができない.そのため,サ ルトルによるイメージの定義には,おそらく次のような不都合が生じる.
彼の定義は,絵画の場合ならば通用するかもしれない.肖像画の場合,知 覚は,物質的な絵の知覚であり,想像的意識は,非物質的な不在対象の志 向と規定できるかもしれない.しかし写真においては,知覚と想像的意識 は分離しがたい.なぜなら,写真という媒体の物質性はきわめて希薄で、あ り,写真を知覚するとき,われわれはその支持体(たとえば印画紙)を知 覚することはほとんどなく,むしろイメージを知覚する.たしかに,サル トルが指摘するように, l枚の写真は事物であり,特別な質と色彩を帯び た四角い紙である.しかし,われわれがその矩形の表面を日にするや否や,
すでにその物質はイメージと不可分になり,写真の知覚は想像と等価にな るだろう.しかも,写真を知覚するわれわれは,その類同代理物を介して 不在の被写体を志向するというよりも,むしろ写真として現れているイメ ージ(被写体)そのものを知覚し,そこに現前する被写体そのものを,
「そこ」,つまり写真の中において志向するのではないだろうか.この傾向 は,見知らぬ対象の写真を見る場合に,顕著に現れる.たとえば,マリリ
9
ン・モンローと現実に出会ったことのない私は,モンローの写真を見なが ら,オリジナルのモンローではなく,写真としてのモンローを志向する.
シミュラクル
写真はそのようなオリジナルの存在を問わない「模像」として現れること ができる.そして,私が写真という模像を通して志向するのは,メディア を通じて模像として流通しているモンローであり,模像は,模像の模像と して,オリジナルから限りなく遠ざかったシミュレーションの戯れの中の 一要素と化している.これはオリジナルが存在しないということではなく,
模像とオリジナルを結ぶ直線的な関係が存在しないということであり,参 照関係はオリジナルから逸れ続け,模像を見つめる者は,模{象を志向する しかない.ポップ・アートを実践したアンデイ・ウォーホル(
Andy W a r h o l , 1 9 3 0 1987
)は,現代という複製技術時代において,メディアの 支配的介在がイメージ体験の前提と化している状況に注目し,芸術が複製 化されて大量流通する時代において,複製を複製化して,それに若干の加 工を施して芸術化した.マリリン・モンローやエルビス・プレスリーとい った,彼の作品において鮮やかな色彩を帯びたスターたちの像は,消費社 会において大量流通するイメージの複製であり,スターという存在がさま ざまな模像の流通によって構成されていることを示し,そしてメディアに おけるシミュレーションの戯れへと観者を導く.世界中で大量流通するウ ォーホルの画集を聞くわれわれは,彼の作品の写真を見つめることによっ てウォーホルの作品を志向するが,その作品そのものもまた,大量流通す るイメージの複製でしかなく,模像は模像を指し示し,その模像はまた模 像を指し示す.写真が結ぶ参照関係には,そのような面もありうるだろう.しかし,この問題を別の角度から考察するために,もう一度写真そのもの を見ることから始めてみよう.
模像とオリジナルの参照関係において考察するにせよ,あるいは模像と 模像の関係において捉えるにせよ,そのような視点においては,写真は志 向対象としての個物(ピエールやモンロー)の写真として想定されている.
しかし実際の写真を見つめるとき,個物はイメージ全体の内部で,その連 続性の一部を構成する要素にすぎない.写真は,光と影の戯れによってそ の全体を染め上げられ,イメージは空虚のない充溢した連続性に浸ってい る.たとえば,中平卓馬が撮影した飛行機の写真をわたしが見るとしたら,
わたしが目撃し,そして志向するのは,そのイメージのただ中にある,粗 い微粒子の連続性に浸った,その特異な機影である.あるいは,やはり中 平がパリで撮影した路面の染み(その左には路上駐車した車の一部が写っ
ている)を見るとしたら,私が目撃するのは,撮影されたそのときにそこ にあった,そしていま写真として目の前に現れている,その特異な染みに ほかならない.つまり,写真を見るわたしは,その写真のただ中にある像 を,「その時そこに存在した」特異な像を目撃し,志向し,想像する.し かもそのイメージを最初に「その時そこ jで知覚したのは,わたしではな く,カメラという機械である.そしてこの記憶を持たない記録装置は,過 去のイメージをただ中性的に記録し,現在において現れさせる.それゆえ,
写真において現れる過去は,回想できない無限定過去として,純然たる果 てしなき遠ざかりとして現れる.つまり,写真イメージを「その時そこ
J
で知覚したのは,わたしではなくカメラであるがゆえに,わたしにとって その過去のイメージは回想できる過去ではない.それはわたしのいない,
わたしの不在としての過去であり,ただ「過ぎ去った」を刻印された過去,
時間の痕跡にほかならない.写真においてわれわれが知覚するのは,その ような自己の不在としての「その時そこ」で写し取られた,無限定な過去 一般のただ中に浸ったイメージである.それは,わたしを不在化するよう なイメージなのだ.
回想なき過去
フランスの哲学者アンリ・ベルクソン(
H e n r iB e r g s o n , 1 8
う9‑1941
)に よれば,知覚することは同時に記憶することである.時間は連続する絶え 間ない流れであり,つねに未来へと進展しているが,同時に連続的に過去 を堆積させている.それは「持続」であり,われわれが「現在j として捉 えている未来と過去の分岐点もまた,実際は持続の渦中における進展と堆 積の絶え間なき分岐点でしかない.ベルクソ ン が , 『 物 質 と 記 憶j(
M a t i e r e e t m e m o i r e , 1896
)において,一般観念を説 明するために提示した有名な逆円錐の図 は,この時間(記憶)の構造を図示してい る(図1 )
九円錐の頂点S
には感覚運動的 な身体が位置しており,外界の作用を受容 して,その反射として外界を知覚し,そし て受容した作用に対する反応を行動として 実現している.このS
は,現働的な現在の尖端であり,常に進展のただ中にある. 図
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その尖端が接する平面は,「私にとっての世 界の現働的な表象である動的な平面」であ るべそして,その尖端から連続して広がる 円錐の総体が,過去(記憶)の存在を示し,
円錐の底辺である ABには,記憶の総体が,
「純粋記憶」が堆積している.この記憶は潜 在的であり,もはや現在において活動するも のではない.しかしこの潜在的記憶は,円錐 の形態が表すように,現働的な尖端へ向かつ て,記憶全体から個別的な回想へと現働化し ていく.尖端へ向けて狭まりゆく円錐の幅は,
その現働化の度合を表している.現働的現在 の活動,有用な行動の展開に応じて,記憶全 体から,有用な行動に呼応する記憶が,回想 として現働化していくのである.
しかし,カメラという機械は,この図に照らし合わせて考えると,どう 捉えられるだろうか.人間にとっては,知覚することは同時に記憶するこ とである.ベルクソンが,「注意深い再認」について論じながら,もう一 つの有名な図で示したように(図
2 ) 9 l
,たとえばある対象O
の知覚は,絶 え間なく深まりゆく対象O
の記憶を必然的に伴い,そして同時に対象O
の側には,連続して堆積する過去の深化が,拡がりゆく実在の深層化が生 じている.つまり人聞は,記憶することなしに知覚することはできない.
対象
O
の知覚は,純粋知覚ではありえず,0
の最小限の直接的記憶を必 然的に伴う.図2
における最小回路がAA'ではなく AOとなるのは,こ の回路においては知覚と記憶が不可分であり,O
の直接的記憶である A'を Oの知覚と分離することができないからである.したがって,図 lにおける頂点 Sは,底辺ABへと必ず連続的につながっており,その聞 には,逆円錐が図示するようなさまざまな度合いが介在している.しかし カメラは,純然たる知覚装置であり,記憶を持たず,回想することもない.
この機械は,ただイメージを知覚するだけであり,その知覚を行動へと転 換する神経回路も,身体も持たない.さらには,記憶し回想するための精 神も持たない.それは,非人間的な「空つぼな器jにすぎない.あるいは それは,一種の「幽霊」である.そしてそれゆえに,この機械の知覚は,
人聞には不可能な,記憶なき「純粋知覚Jを実現してしまう.しかも逆説
的なことに,カメラは同時にイメージの記録装置でもあるがゆえに,写真 という形で,「純粋知覚」を過去として記録(記憶)する.つまり,カメ ラという知覚主体が記憶することも回想することもない純粋知覚を,写真 イメージとして,記憶主体なき記憶として,回想できない過去として記録 する.そしてこの機械的な知覚と記憶には,逆円錐の図に現れているよう な回想回路が,底辺
AB
から尖端S
へと連続的に収縮していく現働化の 回路が,根本的に欠落している.つまり写真は,知覚と記憶を短絡させ,両者を等号で結びつけてしまう.写真とは知覚=記憶であり,
S=AB
で ある.こうして逆円錐は瞬時に消滅し,現働的であった知覚S
は,非現 働化して潜在性の領域へと投げ込まれる.それゆえに,写真を見て知覚す る人間もまた,知覚と記憶の短絡を体験するのではないだろうか.現在に おいて現れる写真イメージは,過去のイメージ以外のなにものでもない.そこで知覚すること,見ることは,過去を見ることであり,写真という不 変のイメージを持続して見つめ続ける者は,差異化しながら持続するイメ ージを見るのではなく,持続が静止したイメージを見続ける.そして見る たびに,それは同じ過去のイメージであり,何度それを知覚しようとも,
知覚することは,同一的な過去のイメージを想起することと等号で結出れ,
また想起することは知覚することと等価である.たとえ,閉じ写真を複数 回にわたって見た場合,それらの経験がそれぞれ異なっており,そのつど 異なる回想として現れるとしても,それはその写真をめぐる経験全体が,
ある日ある場所での経験として,持続のただ中における特異な出来事とし て展開するからである.しかし純粋に写真を見るイメージ体験そのもの に関していえば,それは持続の切断であり,複数回にわたって閉じイメー ジを見る経験であり,そして同じ過去を想起することにほかならない.そ こで知覚することは,蝶番の外れた時間に身を投じることであり,知覚は もはや現働的な尖端には位置しえない.写真を知覚することは,むしろま ったく逆に,現働性からもっとも隔たった潜在性の領域に身を浸すことで ある.それは非現働的な記憶のレベルに投げ込まれ,回想回路を喪失して,
純粋記憶
AB
の映像を見続けることに喰えられるだろう.しかし,記憶 とは本質的に個人的で、あり,純粋記憶が一般性からもっとも隔たったもの であるとするならば,写真という記憶(記録)像は,もちろん一般性には 還元しえない特異な映像ではあるが,しかしけっして個人的であるとはい えず,むしろ根本的に非個人的である.なぜなら写真は,観者である人聞 が見た過去の映像(個人的記憶)ではなく,カメラという非人間的で非人1 3
称的な機械が見た映像だからである.それは誰の記憶でもない.もしそれ を記憶と呼べるとしたら,その記憶は,撮影された物質の側にあるだろう.
それはつまり,世界の側にある「過去」なのだ.写真を見るわれわれは,
そのような底知れぬ過去の深みへと引きずり込まれる.これはまさに忘我 の体験である.それは,われわれが,カメラという記憶なき機械の知覚を 強いられ,そして知覚するわれわれの身体が,身体なき空ろな知覚装置の 場に投入されるからである.つまりこのイメージ体験において,写真を見 つめるわれわれの眼差はカメラの眼差となり,身体はカメラ化する.こう
してわれわれは身体感覚を奪われ,自己の内部へ向かう知覚を,身体に対 する知覚である「感 情」を喪失し,そしてまたカメラという空ろな機 械のように記憶を忘却し物質へと向かう純然たる知覚に全面的に身をゆ だねる.こうしてわれわれは,機械の知覚を,自己とは無縁な他者の知覚 を知覚し,記憶なき知覚装置が記録した回想しえない過去のイメージを体 験する.写真を見るときに感じる,非人間的な,そして唐突な時間感覚は,
このような回想回路の消去によってもたらされる感覚,未知なる無限定過 去への墜落の感覚なのではないだろうか.それは奈落のような映像だ.
現在のただ中に口を聞く過去という奈落.さて,ここでもう一度,最初 の命題に帰ろう.「その被写体は,私が今見ているそこにいた
J .
サルトル の場合のように,類同代理物を介して不在の対象を志向するにせよ,ある いは,オリジナルなき模像としての写真を志向するにせよ,この命題が示 す時間的な明証性に変わりはない(それが光の作用によって撮影された写 真である限り,つまりコンピューター加工された偽の写真ではない限り,その被写体はかつて「そこにいた」はずである).しかし,それは「どこ
J
なのか,そして「いつ
J
なのだろうか.もう一度確認したい.時間と空間としてのイメージ
私が写真を見ているのは,「今」「ここ
J
である.そして写真は「今」「ここ」に現れている.しかし,写真が現す時間と場所は,けっして「今」
「ここ」ではない.それは「そのとき
jであり「そこ」である.この段階
で,時差が,そして場所の相違が,つまり差異が,隔たりとして現れる.写真イメージとは,まずそのような懸隔の現前,もはや過ぎ去った「その とき」が「現在」において現前する事態,そして,「ここ」には存在しな い「そこ」が「ここ
J
において現前する事態である.それは,つまり不在 の現前である.一枚の写真には,そのような特異な隔たりが,差異が現れている.モーリス・プランショ(
MauriceB l a n c h o t , 1 9 0 7 2003
)は,『文 学空間』 (L
ヤヂac el i t t e r a i r e , 1 9
うう)所収の論文「想像的なものについての 二つの解釈」において,イメージと死体を類比しているが,われわれも彼 にならって写真イメージを「死体的」と形容することができるだろう 1へまさにわれわれは,亡骸を前にしても,やはり「彼は,私が今見ているそ こにいた」と肱く.「そのとき
J
「そこ」にいた彼が,不在として「今」「ここ」に現れていることに,驚き,信じられないような思いを抱かずに はおれない.その亡骸は,かつては彼であった.しかし彼はもはや亡くな り,彼(身{本)は,彼:でありなカ
t
らも, f皮ではなくなってしまった.そう して,死体において,彼の不在が現れる.しかしこの不在の現れは,単な る同じものの出現ではない.通念的な観点として,イメージの現れを同一 性の再構成として捉える視点があるが,プランショはそのような解釈に対 して,イメージについての第二の解釈を突きつける.つまり,死体におい て,かつての「彼」という「そのとき」「そこ」が現れるとしても,その 現前は,もはや帰還しえぬ無限の遠ざかり,不在の現前にほかならない.ならば,死体は,「今ここ」に「彼」「そのとき」「そこ」をもう一度現れ させるというよりも,むしろ「今ここ」のただ中に,もはやない,「いつ でもない」「どこでもない」を出現させる.それは,現在からも起源から も無限に遠隔化した底知れぬ深み,不在という隔たりそのものの現れであ るが,何かの再現ではないという意味でいえば,まさに純然たる現れであ り,ただひたすら自己自身の姿を呈示している.それゆえ亡骸は,故人に 似ているというよりも,むしろもはや「なにものにも」似ておらず,非人 称的であり,「自分自身に類似し始める」.だから「死体とは,死体そのも ののイメージである
J .
そしてイメージとは,そのような死体的類似の現 れである.写真は,そのような死体的イメージとして現れる.写真として現在にお いて現れる被写体,つまり「そのとき」「そこ」は,言い換えるなら「不 在の現前」としての「そのとき」「そこ」は,「今ここ」における現在の現 前から時差化して遠ざかるのみならず,撮影時の「そのとき」「そこ」か らもまた隔たっている.つまり写真には,二重の懸隔が折り込まれている.
写真は,現在からも起源からも二重に遠ざかった,「隔たりそのもの」と してのイメージなのである.それゆえにこそ,写真の時制は「無限定過去
J
なのだ.そしてそのようなイメージは,被写体という原型に模像として従 属しながら類似関係を結ぶというよりも,むしろそれ自体に類似し始める.
l
う先ほど指摘したように,われわれは,写真を写真そのものの内部において,
つまりイメージに内在する「そのとき
J
「そこj
において見つめる.その イメージは,イメージそのものである「そのとき」「そこ」そのものに類 似している.しかもイメージ内の「そのとき」「そこJ
は,無限定過去に 染まり,中平卓馬や森山大道の写真が示すように,「そのとき」「そこ」の 映像でありながらも,「いつか」「どこか」へと変貌している(『犬の記憶J
の頁をめくるごとに現れる,光と影の戯れと化した,いつかどこかの道,
空,海岸……).クローズ・アップという撮影技法は,イメージが被るこ の根本的な転換を顕著な形で示している.つまり,ジル・ドゥルーズ
( G i l l e s D e l e u z e , 1 9 2 ラ ー1 9 9
う)が映画におけるこの技法の役割について定義 したように,クローズ・アップで撮影された写真において,イメージは,矩形のフレームによって切り取られ,世界全体の有機的連関から抽出され,
分離され,あらゆる空間時間的な座標から自律する.つまり脱領土化す るけ).程度の違いこそあれ,写真は,常にそのような空間時間的な座標の 消去をイメージにもたらし「今
J
「ここJ
を,そして「そのときJ
「そこj
を,「いつか
J
「どこかJ
へと変換する.それは「無限定過去」,つまり過 去であることは確実だが,「いつ」とは限定されない,単刀直入な「過去J
の映像,「遠ざかり」そのものの現れと化す.「今ここ」のただ中に,果て しない隔たり,距離が露呈する.それは「いつ」と特定されない以上,
「どこまで」の隔たりとは限定されず,無限の距離,「過ぎ去った」という 出来事そのものとして,その場に口を聞く.そして同時に「ここ」もまた,
撮影された「そこ
J
からの永遠の隔たりへと変貌する.撮影された過去が,取り戻せぬ遠ざかりであったように,「そこ」もまた,帰還しえぬ過ぎ去 った場として,無限に遠ざかる.隔たりとしての時間は,同時に隔たりと しての場,「空間」として現れる.そこでイメージは,「遠ざかり」という 時間としての空間であり,そして空間としての時間なのだ.もはやそのよ うなイメージは,現在における現前(「今ここ
J
)とは呼べない.それは現 前からの遠ざかりの現前,つまり無限の距離の現れである.そして,空間 時間的な座標から隔たったこの時間は,現在と過去ばかりでなく,もちろ ん未来からも遠ざかる.時間軸において座標化しうるあらゆる点が,無限 遠点と化す.それゆえに,「なにかが起こったJ
痕跡としての写真は,同 時に「なにかが起こるJ
予兆として現れる.写真という時間のイメージは,このような痕跡と予兆の結晶にほかならない.
結
われわれは,写真というものを,原型との表象関係にあるイメージとし て,時間と場所の座標において位置づけうるイメージとして,そして何が 現れているのかを見定め,解読し,知ることができるイメージとして,つ まり容易に手なずけ,利用することができる有用な道具として,扱うこと がある.しかし,バルトがストゥデイウムと呼んだ御しやすい要素を越え て,写真そのものを見つめ始めるとき,写真は,不可解な,驚異的なイメー ジとして,その身を露わにする.そのとき視線に曝されるのは,現れるもの というよりは,むしろ現れから遠ざかるものであり,口を開けた奈落であ った.時間という見えないものが,そこに不可視の緊迫として現れる:九
注
1
)中平卓馬「なぜ,植物図鑑か」『なぜ,植物図鑑か 中平卓馬映像論集j品
文社,1 9 7 3
年[『中平卓馬の写真論』 〈リキエスタ〉の会,2 0 0 1
年].2
)森山大道『犬の記憶j
「文庫版あとがき」河出文庫,2 0 0 1
年,273‑274
頁.3
)スイユ社版『ロラン・バルト全集』最終巻に収められたバルトの遺稿「新たな生」は,小説の草稿と考えられている.実際バルトは,コレージュ・ド・フ ランスにおいて,小説の準備についての講義を行っていた(
c f .Roland B a r t h e s
,αVITA NOVA
,ゅC E u v r e sc o m p . !
企t e s . ,t . V , S e u i l , P a r i s , 2 0 0 2 , p p . 994‑1001, 1007 1018
).それ以前の講演「長い間,私は早い時間に床につい た」(αLongtemps,j e me s u i s c o u c h e d e bonne h e u r e
川1 9 7 8
)においても,彼は,ブルーストが批評から小説へ移行していく姿に,自分自身の姿を重ねて いるように思える.それがバルトにとっての「新たな生」であったのだろうか.
バルト自身が用いているこの「新たな生」という言葉は,ミシュレの言葉から の引用である.
4)ロラン・バルト『明るい部屋 写真についての覚書』花輪光訳,みすず書 房,
1 9 8
う年,38
頁(ただし,拙論の文脈に応じて,訳文を改訳した) .c f . Roland B a r t h e s , La C h a m b r e c l a i r e , 0 . C . , t . V , o p . c i t . , p . 8 0 9 .
ラ)問書