はじめに
1 現状認識と課題 ⑴公私の役割分担 ⑵訴訟を通じた公益実現 2 用語の説明
3 検討の方法と本稿の構成
Ⅰ ドイツの現況
1 個人的権利保護システムの限界 ⑴行政訴訟における個人保護 ⑵民事法と個人保護 2 現行制度
⑴環境公益団体訴訟の概観
⑵自然保護法に基づく環境団体訴訟(以上、175号)
⑶不正競争防止法上の私訴 ⑷競争制限禁止法上の私訴 3 小括(以上、176号)
Ⅱ 公益実現主体としての私的主体の法的性質 1 権利・請求権否定型
⑴権限受任者(Beliehene)説
⑵コントロール権限・監視的権能と捉える説 ⑶純訴訟法的理解
2 公益実現のための権利
⑴議論の概観─権利による公益実現 ⑵機能的権利(以上、本号)
⑶権利論の古典と一般利益 3 小括
Ⅲ 本稿の成果と残された課題 1 本稿の成果
2 残された課題(以上、178号)
私的主体による規範執行( 3 )
─行政法及び民事法における個人の公的役割─
宮 尾 亮 甫
Ⅱ 公益実現主体としての私的主体の法的性質
本章は、公益実現を担う私的主体の出訴権・請求権について、ドイツの学 説がどのように理解してきたのかを明らかにすることを目的とする。
私的主体による規範執行は、公益の実現を目的とする。これに対して、ド イツの行政訴訟及び民事訴訟は、個人の権利利益の救済を基本としてきた。
そのため、こうした基本原則は、私的主体による規範執行を肯定的に考える ための障害となった。この障害を克服するために、学説は、私的主体の提訴 権における公的要素を理論的に把握する努力をしてきた。特に、かかる議論 は、消費者団体訴訟における差止請求権の法的性質に関して展開されてき た。この議論は、権利・請求権による把握を否定するアプローチとそれらを 基本とするアプローチに大きく分類できる。そこで、以下では、まず、権 利・請求権を否定する見解を紹介・検討した後(1)、権利等を基本とする 見解、及び、伝統的権利論との関係を紹介・検討する(2)。最後に、本章 のまとめを行う(3)。
1 権利・請求権否定型
⑴権限受任者(Beliehene)説
公益を実現する私的主体の法的性質を、権限受任者と解する見解がある。
権限受任者とは、自己の名において一定の行政任務を高権的に遂行するため に権限を委任された私的主体である。それは、高権的に活動し、国家行政の 中に組み込まれるため、行政庁の地位を有する(1)。権限受任者説は、こうした 説明を団体訴訟等にも用いる。団体は、専門的知見を用いて公益実現を行う ための手段として、国家から法執行を委任された存在と捉えられている(2)。 この見解は、民事上の団体訴訟の法的性質を説明するため主張された(3)。近 時でもこの見解を支持する者がいる(4)。その根拠は、以下の通りである。①
(消費者)団体訴訟の目的が公的な目的であるため、伝統的法理論(権利や請
求権)による説明が困難であること、②団体の真の権利を観念できないこ と、③団体訴訟は、実体法に基づくものではなく、公益または特定の利益を 擁護するための訴訟追行権を行使することである(5)。
環境団体訴訟との関係では、それに批判的な立場により、団体が権限受任 者や行政補助者としての地位を有することが問題視された。自然保護法上の 環境団体訴訟を、行政補助者(Verwaltungshelfer)と位置付けた連邦行政裁 判所の判決もある(6)。
しかし、この見解に対しては以下の批判がある。第一に、法の実現は、私 的主体の法的義務ではなく、任意の任務であるという批判である。これは、
行政機関の場合、法執行に係る裁量が認められているものの、その行使が義 務適合的なければならないという限界があるのに対して、私的主体の法執行 は任意なので、私的主体を行政機関と同視できないという批判である(7)。第二 に、私的主体には公権力の行使権限が与えられていないという批判である。
私的主体による規範執行は、あくまでも行政機関を補完するものであり、強 制調査権などの公権力を行使するものではない。また、民事訴訟の場合、規 範執行の相手方との関係は対等当事者関係であり、公権力を観念する要素に 欠ける(8)。環境団体訴訟に関しても、同様のことが指摘されている(9)。
こうした批判を受けて、現在では権限受任説を採る学説はほとんどないと 考えられる。また、消費者団体訴訟に関しては、立法により実体法上の請求 権が認められていることから、この見解を採る必要性は低い。
⑵コントロール権限・監視的権能と捉える説
私的主体による規範執行の法的性質を、コントロール権限や監視的権能と 解する見解がある。この見解は、私的主体の権能を実体法上のものとも手続 法上のものとも位置付けない。民事法においてはライネルが、行政法に関し てはマージングがそうである。
ラ イ ネ ル は、 私 法 上 の 団 体 訴 訟 を「私 法 上 の コ ン ト ロ ー ル 権 限
(privatrechtliche Kontrollkonpetenz)」と位置付ける(10)。これは次のような考え方
に基づく。第一に、伝統的な私法上の(差止)請求権は、二当事者の法関係 の個別化や絶対権保護を基本とするのに対して、団体訴訟の場合には、その ような個別化や絶対権保護を基本としない(11)。第二に、(消費者)団体訴訟は、
私法手段により実体私法の維持を監視するという点において、行政活動では なく、私法に繋留されている(12)。第三に、私法上の団体訴訟の核心には、監督 とコントロールという要素があるが、それは純訴訟法上のものではない(13)。第 四に、団体訴訟は、権利や個別的な利益の担い手に代わり、実体私法を実現 する代表権限(Wahrnehmungszuständigkeit)を基礎とし、また、その目的 は、客観法の遵守にある(14)。このように、ライネルは、団体訴訟が実体法を基 礎とすることを認めつつも、それを伝統的な私法と行政的コントロール機構 という公法的な規制手法との中間に位置付けている(15)。
マージングもまた、ライネルのように、規範執行を行う私的主体の権能を コントロール権限と類似したものと考える。マージングは、公共善の実現を 行う個人の法的地位を、「監視者的地位(status procuratoris)と位置付ける。
この地位に応じた個人の権能を、「公共善関連的な個人の権能」または「監 視的権能」と呼ぶ。この権能は、公権でも公共的決定権能でもない独自の類 型である(16)。ここでは、個人は、権利ではなく、監視者としての出訴権能を行 使する。もっとも、後述するように、彼は、そのような権能も権利(公権)
として位置付け直している点には留意すべきである。
この見解の問題点は、コントロール権限や監視的権能が、具体的に何を意 味しているのか、あるいは、実体法との関係をどのように考えるのかなどに ついて、不明確な点が残るということである。
⑶純訴訟法的理解
①独自の訴訟追行権─ハディング
ハディングは、以下の理由から団体訴訟を「独自の訴訟追行権」と位置付 ける(17)。すなわち、①営業令の承認と同業組合による競争監督機能喪失の結果 生じた不正競争の横行を防止するために、団体訴訟が導入されたという歴史
的沿革、②団体自体は公正な競争に対する権利を有さないこと、③団体訴訟 の目的が不正競争防止法の諸規定に定められた不正競争行為禁止義務の実現 にあることを、独自の訴訟追行権とすることの根拠とする(18)。
②人的に制限された民衆訴訟—ティーレ、ハルフマイヤー
ティーレは、団体訴訟を「人的に制限された民衆訴訟」と解する(19)。彼によ れば、不正競争防止法の保護目的は、被害を受ける競争者、競争者全体、勧 誘の名宛人としての公衆、公衆としての消費者である(20)。また、法によって保 護される利益(一般利益)と団体によって主張される利益(団体構成員の事実 上の利益)は、一致しない(21)。そのため、実体法上の不作為請求権は、団体に 帰属しない(22)。団体には、自己の利益のために権利を行使する権能が与えられ ていない。結果、ティーレは、団体訴訟の実体法上の基礎を否定し(23)、団体の 出訴権能を人的に制限された民衆訴訟と結論付ける。
ハルフマイヤーもまた、ティーレ同様、私的主体による規範執行(特に団 体訴訟)を「人的に制限された民衆訴訟」と解する(24)。ハルフマイヤーの議論 は、団体訴訟・民衆訴訟の立法政策的提案など多岐にわたっているが、以下 では団体訴訟の理論的把握に関する部分のみ取り上げることとする。彼は、
団体訴訟・民衆訴訟の必要性を次の二つの理由により正当化する。第一に、
個人の権利・自由を保護するという自由主義的私法観により生じる実体私法 の執行欠缺を解消する必要があること、第二に、これらの訴訟が、客観法コ ントロールという補完機能を持つことである(25)。
その上で、団体訴訟・民衆訴訟の法的性質については次のように考える。
まず、それは、原告個人の権利ではなく、客観法の実現のための手続である ため、権利概念と相容れない(26)。次に、団体訴訟・民衆訴訟は、実体法上割り 当てられた個人の法的地位に係る請求権概念にも適合しない。それは、客観 法の実現を原告の法的地位とは関係なく保障するものである(27)。よって、団体 訴訟・民衆訴訟は、アクチオ的な権限が問題となる純訴訟上の手段である。
そして、団体訴訟は民衆訴訟の基準を満たすので、団体訴訟は「人的に制限
された民衆訴訟」である(28)。
③超個人的権利保護─シュラッケ
シュラッケは、行政上の環境団体訴訟及び、民事上の団体訴訟を検討し、
これらを純訴訟上のものと解する。彼女によれば、環境団体訴訟や消費者団 体訴訟は、自己の形式的または実体的な利益、あるいは、権利侵害の主張と は関係なく提起され得る権能である。団体訴訟のような超個人的権利保護の ための訴訟では、「(部分)利益の実現のための、脱個人化された訴訟権限」
が問題となるのであり、原告に固有の保護に値する利益が配分されているわ け で は な い の で あ る(29)。 ま た、 団 体 訴 訟 は、 実 体 法 上 の 基 本 的 地 位
(Stammposition)がないため、法定訴訟担当でもない(30)。以上の理由から、シ ュラッケは、超個人的権利保護訴訟を純訴訟的性質であるとする。
④純訴訟法的理解に対する批判
以上にみてきたように、私的主体による規範執行を純訴訟的性質と解する 見解は、その機能を私的主体の固有の実体法上の権利の実現ではなく、客観 法の実現に求める(31)。その理由は、私的主体による規範執行が、個人の個別的 利益の実現を基本とする伝統的な権利や請求権概念とは相容れないと考える からである。この見解は、自然資源、生物多様性などの純粋環境利益(32)のよう に、そもそも権利(私益を含む)を観念し難い場合には有用であると考えら れる。
他方、純訴訟法的理解に対しては、以下のような批判もある。裁判所への アクセスは、何らかの実体的法的地位の存在が必要であるという批判や、他 者の実体的な権利を実現するためには訴訟担当などの制度があるといった批 判が提起されている(33)。また、権利の存在が出訴資格の必要条件であるとの批 判もある(34)。消費者団体訴訟に関しては、立法者が団体に実体法上の請求権を 付与しており、純粋な訴訟遂行権を問題としていないこととの批判もあり得 るところである(不正競争防止法8条3(35)項)。こうした批判が十分論証されて
いるかについては検討を要するが、純訴訟法的理解では、私的主体により実 現される利益の論証を十分に行わず、私的主体による規範執行の目的を客観 法の実現や超個人的利益と捉え、それをストレートに法的構成に反映してし まっている。権利や請求権概念により、私的主体による規範執行を把握する ことができないかをより詳細に検討すべきあるように思われる。
2 公益実現のための権利
⑴議論の概観─権利による公益実現
一般的に、権利は、個別主体に帰属する個別的利益の実現を基礎とする。
他方で、公益の実現は、基本的には国や地方公共団体などの機関が決定権限 を持つ。ところが、近時、消費者利益や環境利益(いわゆる集団的・公共的利 益)などの実現を行うための権利を構想する見解が提唱されている。
古くは、ライザー が制度保護のための権利・請求権を提唱していた(36)。彼 は、権利を第一次的権利と第二次的権利に分ける(37)。前者には、個人に割り当 てられた固有の法的地位が帰属するのに対して、後者は、固有の法的地位の 保護や実現のための法技術的手段である。私的主体による規範執行との関係 で重要なのは、第二次的権利である。第二次的権利としての請求権は、一次 的権利から独立して、行為規範の実現に資する。すなわち、第二次的権利 は、制度保護の手段となる。そのような例として、ライザーは、占有秩序の 回復、民法典823条2項、競争法を挙げる(38)。ライザーの理論で重要なことは、
個人の請求権が、同時に制度保護を促進する点にある(39)。
近時では、消費者団体訴訟に関連して、集団的利益を実現するための権利 ないし請求権が提唱されている。ヘンケルの「他者の権利領域を擁護する権 利」や、シャウムブルクの「独自の請求権(ein Anspruch sui generis)」など がその代表例である。ヘンケルによれば、営業利益促進団体等の請求権は、
原告に配分された固有の領域の擁護ではなく、他人の領域が侵害されないこ とに係る自己の固有の利益を擁護するものである(40)。シャウムブルクもまた、
他人や公的な法領域を保護する権利は決して新しいものではないとの認識の
もと、消費者団体に付与された請求権を、「超個人的な利益を実現するため の実体法上の請求権」であると理解する。そして、こうした現代的で新たな 請求権カテゴリーを、消費者団体訴訟において立法者が創設したものとし、
法理論的には「独自の請求権」であるとする(41)。これらの見解以外にも、環境 団体訴訟や消費者団体訴訟における団体の権能を、他者の利益のために与え られた信託的な権利であるとする見解もある(42)。
このように、近時に至るまで、公益保護のための権利ないし請求権という 考え方が主張されてきた。こうした議論は、権利は個別的利益を実現するも のという理解を前提とするのではなく、伝統的な権利観から離れ、それを修 正している。また、消費者団体訴訟に関しては、立法が選択した文言に従い 民事上の請求権により団体等の法的地位を理論的に説明する見解が主流にな っていると考えられる。
ところで、近時の行政法及び民事法の議論では、権利を機能的に解するこ とにより、個人または団体が公益を実現する可能性を示す見解が主張されて いる。この見解では、公益実現のために、私的主体の利益や権能が承認され ている(43)。また、個人の権利は、公益の実現を促進するための手段として機能 する。これは同時に、個人を道具化することを意味する(44)。他方、この議論に より、個人の役割や法的地位が変化する。すなわち、私的主体は、私益の実 現主体から、公益や公的役割を担う主体へと変貌するのである。
そこで、以下では、行政法及び民事法においてこのような機能的権利を主 張する主要な見解を検討していく。具体的には、行政法においては、マージ ングとクリュパー(45)を、民事法においては、ペルツィヒを検討する。最後に、
伝統的権利論(イェーリング、イェリネック)において、個別的利益の実現が 必然的とされていたのかについてみていく。
⑵機能的権利
①監視的権利─マージング
マージングの問題意識は、私的主体の権利行使を通じて法の実現を目指す
EU法が、ドイツ行政法(公権論)に対していかなる影響を与えるかを検討 することにある。この考察の中心は、学位請求論文である『法の実現のため の市民の動員』で行われている。同論文によれば、EU法では、構成国によ るEU法の不履行などの執行の欠缺が問題となっている。この問題を克服 し、法の実施と制御能力を強化するために、市民を法執行において動員する ことが求められる(46)。そのために、EU法は、市民に個別の権利(権能)を付 与する。これが、市民を通じた非集権的な法執行である(47)。例えば、環境アセ スメント指令等のEU指令、指令の実施に関する欧州司法裁判所の判決、指 令の直接的効果が、市民の動員原理の現れとして挙げられている(48)。
これに対して、ドイツ法の考え方は、行政が法秩序や公益実現の第一次的 責任を持ち、個人には私益の保護のためにのみ権利が承認されるというもの である。そのため、個人が公益を主張することや、法実現を担うとの考え は、例外である(49)。かかるドイツ法の考えは、EU法の考え方と相容れない(50)。 もっとも、EU法の考え方とドイツ法は両立し得る。その理由は以下の通 りである。第一に、公権論は、客観法の諸規範を主観法に翻訳することで、
同時に客観法の統制を行なってきたからである。個別的利益を柔軟に認める ことにより、客観法を個別化可能なものと解し、特定人に権利を承認してき た。第二に、EU法上の権利は、個人の個別的利益と全く無関係な公益では なく、関係者になんらかの形で関わる利益を基礎としているからである(51)。 EU法では、個人の利益に全く関係しない公益のための市民の動員は、一部 の例外を除いて、ほとんど存在していない。第三に、個別的利益の保護を基 本とする実質的権利は、形式的権利により補完されるからである。イェリネ ックにおいて示されるように(後述)、形式的権利は、個人の利益を保護し ない場合にも承認される。これにより、個人は公益の保護を担い得る(52)。以上 の理由から、マージングは、EU法とドイツ法を両立するものと理解する。
しかし、EU法をドイツ法に受容することは、公権の基礎を変質させる。
公権は、行政に対する個人の防御権的地位を前提とする。EU法は、こうし た行政に対する個人の法的地位に影響を与える。そこで、マージングは、消
極的地位や能動的地位などと並んで、公共善を実現する市民の法的地位を、
「監視者的地位(status procuratoris)」とする(53)。また、この地位に応じた個人 の権能は、公権でも公共的決定権能でもない固有の類型とされ、「公共善関 連的な個人の権能」または「監視的権能」とされる(54)。
もっとも、後に、マージングは、監視的地位に対応して公権概念を拡大す る。監視的地位では、「実質的権能(Sachentscheidungsbefugnisse)のもとに、
申立、情報及び参加権を有している個人の承認が重要となる。これに応じ て、公権論それ自体が拡大されなければならない」(55)。ここでは、権利は、個 別的利益と同時に、公共的利益にも資するのである。これにより、団体訴訟 のような純訴訟上の権能も、「広い意味での公権」として公権論に統合され る。ただし、マージングは、かかる権利の承認は、立法者に委ねられるとす
(56)る
。また、立法者が個人に監視的地位を与えているという原理的な推定は存 在しない(57)。
同様の観点から、保護規範説も修正される。曰く、「保護規範説は開かれ るべきである。拡大された定式によれば、諸規範が公権を成立させる場合と は、当該規範が個別の市民の利益に資する場合、または、終局的に市民を共 通の利益の擁護者として承認している場合である。換言すれば、監視者的法 的地位を認めている場合である」(58)。マージングは、これを「拡大された保護 規範説」と呼ぶ(59)。
②環境事前配慮を求める権利─クリュパー
クリュパーは、環境事前配慮(Vorsorge)の活性化・最適化のために、国 内法を中心に機能的権利を検討する。連邦イミシオン防止法5条1項2号で は、施設事業者の環境事前配慮措置の義務を定められているが、この義務の 位置づけや内容が十分に明確ではないことに加え、それが個人の権利を基礎 付けるものとは考えられてこなかった。そこで、環境事前配慮を求める権利 という問題を通じて、環境保護に係る国家と社会の協働関係、個別的利益と 公共善(Gmeinwohl)、国家と個人の任務、権利と権利保護の機能の関係など
を原理的に検討する(60)。
クリュパーによれば、連邦イミシオン防止法5条1項2号には、第三者保 護的な効果が認められてこなかった。環境事前配慮は、集合的リスクの低減 に役立つに過ぎない(61)。また、同号に基づく出訴可能性が認められないこと が、環境法上の執行欠缺の一因となっている(62)。環境事前配慮を含む環境法に おける公共善の実現においては、長らく執行の欠缺が問題とされており、国 家のみが責任を負うことには限界がある(63)。そこで、クリュパーは、国家と社 会の協働による公共善の実現の必要性を説く(64)。
クリュパーは、公共善を、状況的かつ利益衡量の結果実現されるものであ る(手続的公共善理解)と理解する(65)。そして、行政訴訟を、環境事前配慮を 含む公共善を実現するための手段として位置付ける(66)。ここでは、行政訴訟 は、国家と社会の協働の法的形式として現れ、対立する諸利益を調整する機 能を担う(67)。また、公共善を訴訟で実現するために、個人に権利を付与するこ とは、環境事前配慮規定の執行の実効性を高める。もっとも、この場合、個 人は、国家権力に参加したり、行政権や司法権を行使するわけではない。個 人には、法秩序によって保護された利益を訴訟において表出する可能性が与 えられているに過ぎない。公共善を協働して擁護するための権利は、国家の 責任を補完するのみである。国家は、公共善の実現責任から逃避し得ない(68)。 このように、クリュパーは、環境事前配慮などの公共善を実現するための 権利を認める。しかし、伝統的な公権や保護規範説では、生命・身体の安全 などの一身専属的かつ高度に人格化された個別的利益のみが問題とされるに 過ぎない。個人が公益を実現するための訴訟は排除されてしまう(69)。そのた め、環境事前配慮を行政訴訟で求めることはできない。
そこで、クリュパーは、公益は私益の集積であるという認識のもと、環境 事前配慮を求める公権を容認するため以下の視点を提示する。第一に、利益 の評価ではなく、「利益の割り当て(Interessenzuweisung)」という視点が重 要である。利益の割り当ては、①人格的・実体的利益が問題となる場合、② 他者の一般的・形式的利益が問題となる場合(親による子の利益の保護、法執
行の実効化、市民参加の増加など)に行われる。①では、実体的な利益の保護 のために権利が付与される(実体的公権)。これに対して、②では、機能的な 理由から権利が付与される(機能的公権)。両者は共に公権に含まれる。実体 的公権は、基本法上明確に認められるため、基礎付けを要しない。他方、機 能的公権は、利益の割り当てが何のために行われているのかについて、特別 な理由付けを要する(70)。第二に、環境事前配慮の機能的主観化の根拠を提示す る。具体的には、基本法20a条(環境保護を国家目標とする規定)、民主制の 具体化としての参加権、EU法が、環境事前配慮を求める権利を認める根拠 として提示されている(71)。これに対して、基本法19条4項や基本権保護義務 は、環境事前配慮の機能的主観化を正当化しない(72)。
このような機能的な公権は、その基礎にある個人の法的地位にも関係す る。個人の法的地位は、具体的な基本権の現れである。しかし、環境事前配 慮を求める権利は、基本法2条2項の具現化ではない(生命・健康の保護を 目的とする)。また、そこでは、人格的利益ではなく、一般的利益の保護が 問題となるため、防御権的な機能を有する基本法19条4項の具現化としての 消極的地位でもない(73)。環境事前配慮を求める権利は、公共善の実現のために 付与されるため、能動的地位としての性格を示す。これは、イェリネックに より、選挙権などの政治的権利として観念されていた。もっとも、環境事前 配慮を求める権利は、民主制に基づく参加権的な内容を示すので、能動的地 位とは区別される。すなわち、それは、政治過程のみならず、国家の決定に 参与する権利をも含む。そこで、この権利の背後にある個人の法的地位を、
新たに「協働的・能動的地位(status activus cooperationis)」と呼ぶ(74)。
ただし、機能的公権や協働的・能動的地位は、個人を公益実現のための手 段にしてしまうという危険を伴う(個人の道具化)(75)。そこで、こうした危険性 を防ぐために、クリュパーは、自己の法的地位を道具化するかどうかは個人 の自由な決定に委ねられているとする。すなわち、「客観法のコントロール を発動させる可能性は、法的にも事実上も自由に選択可能な一つの選択肢に 留まらなければならない」(76)のである。
以上に示された機能的公権の具体的な解釈論は以下のようになる。機能的 公権に基づく出訴資格を有するのは、「隣人」か、実体的公権により出訴資 格を認められる第三者である。これにより、民衆訴訟が防止される。この点 において、機能的公権は、原告適格の人的範囲を拡大するものではなく、訴 訟提起の可能性を増やしたに過ぎない(77)。また、公共善の具体化の最終責任は 国家に帰属するため、機能的公権に基づく個人の役割は補完的なものであ る。そのため、機能的公権は、国家による公共善の実現が欠缺している場合 にのみ機能する(78)。さらに、自然保護法や種の保護法のような領域は、機能的 公権によっても主観化困難であるため、団体訴訟などの他の措置によって補 完される必要がある(79)。
③市場規制的権利─ペルツィヒ
民事法の領域において、機能的権利を主張する者としてペルツィヒがい る。彼女は、競争制限禁止法などの経済法領域を対象に、私的主体のイニシ アティヴに基づく市場秩序の維持を検討する。その問題意識は、民事法及び 民事手続法が市場秩序の維持のための制御手段となり得るのかということを 検討する点にある(80)。すなわち、伝統的な民事法及び民事手続法(二当事者間 の個別的利益の調整を目的としている)は、社会の一般利益としての国家の利 益や多数の市場参加者の利益が関わる市場を規制する手段となり得るか、と いう問題を検討する。
不正競争防止法、競争制限禁止法、資本市場法などの経済法における規制 には、民事規制の他に、行政規制や刑事規制がある。しかし、これらの公的 な規制は、執行の欠缺に陥る。その要因は、行政のリソース不足、経済のグ ローバル化である。そこで、公的規制の制御能力を補完するために、私法な いし私的主体のイニシアティヴによる規制(私法による規範執行)が必要と される(81)。
私法による規範執行では、市場秩序などの公共的利益の実現が問題とな る。ペルツィヒは、そのための手段として、行政機関や行政裁判所に代わ
り、民事訴訟を位置付ける。「私法による規範執行をより一層強調すること は、民事裁判官の役割の変化をもたらす」のである(82)。ここでは、公共善の実 現が多様な国家機関によって行われるという、機能的な権力分立観が前提と されている(83)。もっとも、民事裁判所は、生の公共的利益や政策の判断をする のではない。原告のイニシアティヴに基づき、立法により具体化されている 行為規範を実現するに過ぎない。また、個人や団体は、行政権・刑罰権や裁 判権などの公権力を直接行使するわけではなく、民事裁判所による統制を開 始させたり、違反行為を明らかにする役割しか果たさない(84)。そのため、国家 は、基本権保護義務や国家目標規定などの憲法規範に基づき、公共的利益の 実現責任を免れない(85)。
このように、私法による規範執行では、個人の保護を超える利益が問題と なるため、伝統的な私法理論では十分に把握することができない。そのた め、私法による規範執行の法的性質に関する議論が、消費者団体訴訟等に関 連して行われてきた。そこで、ペルツィヒは、一般利益を保護するための権 利(私権)を許容するために、以下の視点を示す。第一に、EU法やそれに 基づく公権の機能的理解は、私権についても当てはまる。EU法では、個人 が自己の利益を擁護すると同時に、客観法の維持と統制という役割を担う、
という個人の二重の役割が承認されてきた(86)。第二に、市場の機能性保護とい う一般利益(制度保護)と個別的利益(個人保護)は対立するものではなく、
オーバラップする(87)。経済法は、市場の機能性という一般利益の保護を中心と している。しかし、個別の市場参加者は、市場の機能性から利益を享受して いる。そのため、市場の機能性を保護することは、同時に、個別の市場参加 者を保護することであり、またその逆も成り立つ。そのため、自己の固有の 利益が規範により保護されていなくても、市場参加者に権利を付与すること が可能である(88)。その際、誰が規範の執行を最も良く実現し得るかという観点 が重要となる(89)。第三に、消費者団体訴訟等を定める立法が、実体法上の請求 権として定められている。第四に、権利を通じた一般利益の保護のために は、立法者による割り当てが重要である(90)。イェリネックの形式的権利に示さ
れていたように、立法者は、団体や市場参加者に、保護に値する利益のため の固有の利益を割り当てることができる。これにより、市場参加者等は、一 般利益や超個人的利益の代弁者となる(91)。
ペルツィヒは、以上の観点が実定法の解釈・適用、制度設計の際に参考に されるべきであることを説く(92)。ただし、人格の自由の保護という伝統的な権 利が前提としてきた観念を完全に放棄してしまうことはできないという。曰 く、「権利は、人格の自由の法学的な基礎を形成する。権利の歴史的発展の 流れにおける、絶えざる変化とその概念をめぐる恒常的な議論にもかかわら ず、権利による自由の保障という理念とその個別関連性は、不変のままであ
(93)る」
。また、一般的利益を実現するかどうかは、個別の市場参加者等の自由 に委ねられている(94)。
以上に示された機能的私権の具体的適用は、競争制限禁止法に基づく損害 賠償請求権や民法典823条2項の解釈や制度設計において示されている。民 法典823条2項に基づく請求権は、保護規範が個別的利益を保護する場合に のみ認められたきた。しかし、機能的私権によれば、保護規範が個別的利益 か一般利益を保護しているかがどうかは問題とされない(95)。競争制限禁止法上 の請求権についても同様に考えられている(96)。また、請求権者は、「競業者」
(不正競争防止法9条)や「利害関係者(Betroffene)」(競争制限禁止法33条)に 限定されるため、一般的規範執行請求権が認められるわけではない。
④小括
以上にみてきたように、行政法及び民事法における近時の議論は、権利の 機能的理解に基づいて、団体及び個人の権利が、環境や競争などの公益を実 現するための手段となることを認めている。
この議論により、公益実現が国家のみに専属し、個人は私益の保護しか求 めないという従来の理解が、もはや歴史的にも理論的にも妥当しないことが 確認された。それと同時に、個人の法的地位や役割も変化した(97)。「監視者的 地位」や「協働的・能動的地位」に示されているように、「公益実現主体と
しての個人」が正面から承認された。
また、権利の理解が拡大された。その結果、個別的利益の実現をプロトタ イプとする権利(私権及び公権)は、その個別関連性から解放されたのであ
(98)る
。それに加えて、権利による一般的利益や客観法の実現という側面も強調 される。こうした側面は、後述するように、権利概念に一般的に備わってい る機能である(99)。この機能と並んで、マージング及びクリュパーにおいては、
国家の決定に参与する権利などの民主的参加の要素が強要されている。権利 を通じた公共善の実現は、既存の民主制の欠缺を補完する機能を持つ(100)。ただ し、こうした権利の拡大は、権利の本来の形態から離れすぎることはできな
(101)い
。
他方、機能的権利にも限界がある。マージングにおいては、監視者的権利 ないし地位を認めるべきか否かについては、立法者に委ねられている。クリ ュパーやペルツィヒにおいても、機能的権利に基づき出訴資格や請求権が認 められるのは、「隣人」や「利害関係者」に限定されている。その限りで、
民衆訴訟や一般的規範執行請求権の容認が拒否される。これ以外にも、自然 保護や環境損害などのように主観化が困難な領域では、機能的権利以外の手 段(公益団体訴訟など)が必要とされる(102)。したがって、機能的権利は、個人 の権利保護体系の追加的要素に過ぎないと考えられる(103)。
(1) Hartmut Maurer, Allgemeines Verwaltungsrecht, 18. Aufl., C.H.Beck, 2011, § 23 Rn.56.
(2) Roland Hefendehl, Die Popularklage als Alternative zum Strafrecht bei Delikten gegen die Gemeinschaft?, GA (1997), 123.
(3) W o l f g a n g M a r o t z k e , R e c h t s n a t u r u n d S t r e i t g e g e n s t a n d d e r unterlassungsklage aus § 13 UWG, ZZP 98 (1985), 169f.; Walter F.Lindacher, Zur Sonderprozeßrechtsnatur der lauterkeitsrechtlichen Verbands─und Konkurrentenklage sowie der Verbandsklage nach dem AGB─Gesetz, ZZP 103
(1990), 403ff.
(4) 例えば、Ludwig Häsemeyer, Die Verbandsklage als Instrument öffentlicher Kontrolle klaft Beleihung, in: Bernruther/Freitag/Leible/Sippel/
Wanitzek, FS für Ulrich Spellenberg zum 70. Geburtstag, selliereuropean law publichers, 2010, 100.
(5) a.a.O. Häsemeyer, in: FS für Ulrich Spellenberg, 100ff.
(6) BVerwG, Urteil vom 12.12.1996─4 C/95, NVwZ 1997, 906.
(7) a.a.O. Marotzke, ZZP 98 (1985), 170 Anm.51.
(8) Dörte Poelzig, Normdurchsetzung durch Privatrecht, Morh Siebeck, 2012, 409.
(9) Christian Calliess, Die umweltrechtliche Verbandsklage nach Novellierung des Bundesnaturschutzgesetz, NJW 2003, 101; Julian Krüper, Gemeinwohl im Prozess, Duncker & Humblot, 2009, 159.
(10) Peter Reinel, Die Verbandsklage nach dem AGBG, Carl Heymanns, 1979, 127.
(11) a.a.O., Reinel, Die Verbandsklage, 107ff.
(12) a.a.O., Reinel, Die Verbandsklage, 123ff.
(13) a.a.O., Reinel, Die Verbandsklage, 126.
(14) a.a.O., Reinel, Die Verbandsklage, 127.
(15) a.a.O., Reinel, Die Verbandsklage, 127.
(16) 以 上 に つ き、Johannes Masing, Die Mobilisierung des Bürger für die Durchsetzung des Rechts, Duncker & Humblot, 1997, 225f.
(17) Walther Hadding, Die Klagebefugnis der Mitbewerber und der Verbände nach § 13 Abs.1 UWG im System des Zivilprozeßrechts, JZ 1970, 310; Harald Koch, Alternativen zum Zweiparteiensystem im Zivilprozeß, KritV 1989, 329f.;
ders. Die Funktionäre des Sozialschutzes im Prozeß, KritV 1991, 394ff.
(18) a.a.O., Hadding, JZ 1970, 308ff.
(19) Karl Thiere, Die Wahrung überindividueller Interessen im Zivilprozess, Gieseking, 1980, 291.
(20) a.a.O., Thiere, Die Wahrung überindividueller Interessen, 252ff.
(21) a.a.O., Thiere, Die Wahrung überindividueller Interessen, 266f.
(22) a.a.O., Thiere, Die Wahrung überindividueller Interessen, 283f.
(23) a.a.O., Thiere, Die Wahrung überindividueller Interessen, 287f.
(24) ハルフマイヤーの文献についての紹介は、河野憲一郎「紹介 Axel Halfmeier, Popularklagen im Privatrecht, Mohr Siebeck (Mohr Siebeck, 2006)」民訴雑誌54巻(2008年)194頁以下。
(25) Axel Halfmeier, Popularklagen im Privatrecht, Mohr Siebeck, 2006, 199ff.
(26) a.a.O., Halfmeier, Popularklagen, 230ff.
(27) a.a.O., Halfmeier, Popularklagen, 266ff.
(28) a.a.O., Halfmeier, Popularklagen, 275ff.
(29) a.a.O., Sabine Schlacke, Überindividudeller Rechtsschutz, Mohr Siebeck, 2008, 487.
(30) a.a.O., Schlacke, Überindividudeller Rechtsschutz, 488.
(31) 民 事 上 の 団 体 訴 訟 に 関 し て、Eike Schmidt, Verbraucherschutzende Verbandsklagen, NJW 2002, 28.
(32) 大塚直「環境訴訟における保護法益の主観性と公共性・序説」法時82巻 11号(2010年)121頁。
(33) 以上の批判について、a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 411.
(34) Klaus F.Röhl/Hans Christian Röhl, Allgemeine Rechtslehre, Cahrl Heymanns, 2008, 381.
(35) BT─Drucks, 15/1487, 24.
(36) ライザーの理論の詳細な紹介について、松尾弘「ライザーの権利論序 説・その枠組と位置づけ」慶應大学大学院法学研究科論文集23号(1986年)
225頁以下、山下未人「ライザーの『制度』理論について⑵」法と政治43巻 1号(1992年)69頁以下。
(37) Ludwig Raiser, Der Stand der Lehre vom subjektiven Recht im Deutschen Zivilrecht, JZ 1961, 466.
(38) Ludwig Raiser, Rechtsschutz und Institutionenschutz im Privatrecht, in:
Summum ius Summa Iniuria, J.C.B.Mohr, 1963, 154ff
(39) a.a.O., Raiser, in: Summum ius Summa Iniiuria, 158.
(40) Wolfram Henckel, Vorbeugender Rechtsschutz im Zivilrecht, AcP 174
(1974), 138;ヘンケルの理論の紹介については、高田昌宏「消費者団体訴訟 の法的構造に関する一考察⑴」法学雑誌55巻3・4号(2009年)902頁以下。
(41) Ellen Schaumburg, Die Verbandsklage im Verbraucherschutz─und Wettbewerbsrecht, Nomos, 2006, 45f.;シャウムブルクの理論の紹介につい て、前掲・高田「法的構造⑴」903─904頁。
(42) a.a.O., Röhl/Röhl, Allgemeine Rechtslehre, 400.
(43) 権 利 の 機 能 化 の 要 約 に つ い て、Friedlich Schoch, Gerichtliche Verwaltungskontorollen, in: Hofmann─Riem (Hrsg.), GVwR, Bd 2, § 50 Rn.154ff.; Mathias Hong, Subjektive Rechte und Schutznormtheorie im europäischen Verwatlungsrechtsraum, JZ 2012, 381.
(44) a.a.O., Hong, JZ 2012, 381.
(45) マージング及びクリュパーの学説の詳細な紹介・検討については、前 掲・西上「『法律上の利益』(2・完)」民商155巻2号216頁以下。
(46) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 19.
(47) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 20.
(48) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 21ff.
(49) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 176ff.
(50) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 181.
(51) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 185.
(52) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 186.
(53) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 225.
(54) a.a.O., Masing, Mobilisierung, 226.
(55) Johannes Masing, Herausforderungen der Lehre vom subjektiv─
öffentlichen Recht, in: Bauer/Czybulka/Kahl/Stelmach/Voßkuhle (Hrsg.), Öffentliches Wirtschaftsrecht im Zeitalter der Globalisierung, Warszawa, 2012, 134; ders., Der Rechtsstatus, in: Hofmann─Riem/Schmidt─Aßmann/Voßkuhle
(Hrsg.), GVwR, Bd.I, Rn.107.
(56) a.a.O., Masing, Herausforderungen, 134; a.a.O., ders., Der Rechtsstatus, in: Hoffmann─Riem (Hrsg.), GVwR, Bd.I, Rn.115.
(57) a.a.O., Masing, Der Rechtsstatus, in: Hoffmann─Riem (Hrsg.), GVwR, Bd.I, Rn.115.
(58) a.a.O., Masing, Herausforderungen, 134f; a.a.O., ders., Der Rechtsstatus, in: Hoffmann─Riem (Hrsg.), GVwR, Bd.I, Rn.107.
(59) a.a.O., Masing, Herausforderungen, 135; a.a.O., ders., Der Rechtsstatus, in: Hoffmann─Riem (Hrsg.), GVwR Bd.I, Rn.107.
(60) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 18ff.
(61) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 65ff, 98ff.
(62) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 100.
(63) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 254ff.
(64) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 102, 281ff.
(65) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 21, 235ff.
(66) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 285f.
(67) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 284ff, 297.
(68) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 296f.
(69) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 130, 153.
(70) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 138f.
(71) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 169ff.
(72) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 167ff, 187ff.
(73) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 314f.
(74) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 316.
(75) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 275; a.a.O, Hong, JZ 2012, 381ff.
(76) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 277.
(77) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 301f, 333, 335f.; ders., Neudefinition des subjektiven öffentlichen Rechts─der citoyen als umweltdeinender Kläger?, in:
Michael Kloepfer (Hrsg.), Rechtsschutz im Umweltrecht, Duncker &
Humblot, 2014, 183.
(78) a.a.O., Krüper, Gemeinwohl, 160, 247.
(79) a.a.O., Krüper, Neudefinition, in: Kloepfer (Hrsg.), Rechtsschutz, 183f.
(80) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 3 f.
(81) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 21ff.
(82) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 348.
(83) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 349.
(84) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 337f.
(85) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 343ff.
(86) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 272ff.
(87) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 397ff.
(88) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 401.
(89) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 426.
(90) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 412ff.
(91) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 424.
(92) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 433.
(93) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 417.
(94) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 422.
(95) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 488ff.
(96) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 162f.
(97) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 598.
(98) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 433.
(99) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 426.
(100) Ulrike Giera, Individualrechte im euroüaischen Umweltrecht, Nomos, 2015, 191も参照。
(101) Eberhard Schmidt─Aßmann, Geimeinwohl, in: Michael Anderheiden, Verfassungsvoraussetzungen GS für Windfried Brugger, Mohr Siebeck, 2013,
423.
(102) a.a.O., Poelzig, Normdurchsetzung, 597は、環境も私的主体によって私 法上の請求権により民事訴訟において保護されるべき制度と考えら得るか否 かという問いを立て、否定的に考える。アレクサンダー・ポイケルト 秋山 靖浩・野田崇(訳)「価値ある都市景観の民事法による保護?」行政法研究 第17号(2017年)81頁以下も参照。
(103) a.a.O., Schmidt─Aßmann, Geimeinwohl, in: GS für Brugger, 427; a.a.O., Krüper, Neudefinition, in: Kloepfer (Hrsg.), Rechtsschutz, 184.