韓国サーカスにおける「家族」 : 移動集団の構造 と戦略
著者 林 史樹
雑誌名 同志社社会学研究
号 1
ページ 51‑65
発行年 1997‑03‑31
権利 同志社社会学研究学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011921
同志社社会学研究 NO.I,1997
【研 究論文】
韓国サーカスにおける 「 家族」
-移動集団の構造と戟略 -
林 史樹
HAYASHIFhniki
序 サーカスは家族のようなところなのか?
1.研究の概要
チ ャンネルをひねると、 レポーターがサーカス団 に体験的な入団をして取材 を していた。興味深 くテ レビを見ていた ところ、番組の最後 になって、その レポー ターがやや感動的 にこう語 った。 「サーカス は本当に一つの家族の ようなところで した」 と。 果 た して、サーカスは本当に家族のようなところなの だろうか。
韓国 1のサーカスは、朝鮮半島が 日本の植民地支 配下 にあった時代 に、 日本 を経 由 して入 っている。 その後、朝鮮戦争 を経 て1960年前後 に全盛期 を迎 え る ものの、 1970年代か らの高度経済成長 にともなっ て国内の娯楽 も多様化 したため、経営が年 々難 しく な り、観客動員数 も減少 してい く。現在では巡業形 態で興行 をす るサーカス団 も 4団体 とな り、構成員 の規模 は小 さい もので20名弱、大 きい もので約30名 である。 現在では、国内のサーカス団の存在 を知 ら ない者 も多い。 また、あ ま りよいイメージで捉 えら れていないこともあってか、韓国においてサーカス を扱 った先行研究はほとんど見 られない。
歴史的経緯か らも、韓国サーカスは 日本 に深 く関 係 してお り、サーカスが 日本 を経 由 して入ったこと の名残 を現在 もとどめている。特 に、サーカスの劇 場の立て方や、曲芸の種類、サーカスで使 われる専 門用語 に、その ことが感 じられる。 曲芸 は、現在、
行われている大半の ものが 日本か ら入った ものであ り、今 日では 日本で行 われな くなった 「伝統的」 な 曲芸 もかな り残 っている。 また、サーカスでの生活
をするうえで曲芸や劇場 に関 して用い られる専 門用 語の多 くが 日本語 に由来 した ものである。調査中に 記録 した範囲で もその ような専 門用語 は 120語 を越 えてお り、若い世代では、これ らの言葉が 日本語 に 由来 している言葉であることを知 らずに使 う者が多
い 。
サーカス団の収入は、入場料 と幕間に行われるカ メラ販売で得 られた収益である。 この他、サーカス の劇場内で得 られる収入 に、劇場内で貸出 される椅 子代や、場 内売店の売 り上げなどがある。給与 は、
月給 と公演期 間中の 日当によって支払われる。1994 年の統計資料や筆者が聞 きお よぶ範囲では、20代前 半の曲芸師の給与は同年代の会社員の平均給与 より は高 く、30代前半で比較すると会社員 とほぼ同程度、
30代後半か ら
4
0代になると平均 的会社員に抜か され るとみて よい。ただ し、給与比較 にはサーカスでは 未制度の福利厚生や保険、会社員のボーナスを考慮 する必要があるうえ、サーカスの給与 として取 り上 げた ものは、比較的収入のよい曲芸師の ものであ り、下回 り (雑用係)は、この約5-6割の所得額になる。
ただ し、その一方で、サーカスでは食住費が一切必 要ない 。
公演の準備期 間中は、途中休憩は多めにとりなが ら作業が進め られるものの、夏期で約 13時間、冬期 で約 8時間、公演期 間中は曲芸師で約 11-14時間、
下 回 りで約 14-16時間が労働 時間 と して拘 束 され る。公演 は、表向 きは午前 11時か ら午後 11時 まで 4 回の連続公演で行われることになっているが、客足 を見て公演の有無や開始時間が決め られる。一年 を
同志社社会学研究 NO.1,1997
通 して公演 と準備作業が休みな く繰 り返 され、休み は、準備期 間中に雨で作業が中止 された ときか、1 年 に2日ほ ど、成功 した場所の後 に突然 に言い渡 さ れたときだけである。
劇場 は、 日本のサーカスが入って きた当時の、丸 太 を組み合わせた ものにシー トを覆いかぶせた丸太 小屋で公演 を行 っている。宿泊は、劇場 に隣接 して つ くられるテン ト (寝小屋)になる。寝小屋 は、野 営用 テン トを一回 り大 きくした家型のテン トで、広 さは 4畳半 くらいの ものが多い。食堂 も組立式の大 型テン トで、炊事係が行動 をともに している。 トイ レは劇場内に穴 を掘 り、足板 を通 して周囲を合板で 囲った簡易式であ り、衛生的にもよ くない。道具や 劇場設営の機材、シー トの大半が耐用年数 を越 して いると思われる。
サーカスに対するイメージは、マスコミの影響 も 受け、消 えて行 く存在 としてのイメージが強いほか、
出版物や歌 などで も、テ ン ト暮 らしの生活 を浮 き草 にた とえ、淋 しさをイメージさせる ものが多 く見 ら れる。サーカスにいる子供たちに対 しては、 日本で 言われているの と同様 に、「悪 い子 はサーカスに身 を売 られ、酢 を飲 まされて体 を柔 らか くさせ られ、
曲芸 に失敗す る と夕食 も与 えられない生活 をす る」
と語 られる。 また、観客の中には、不偶 だといって 子供たちに直接金品を与 える音 さえいる。 さらに、
サーカスに対する偏見 は強 く、周囲か ら入団を反対 されるだけでな く、サーカスの構成員であることで 婚約 を解消 された り、結婚が許可 されず駆け落ちを したケース もよく聞か された。偏見はサーカス団の 内部で も存在 し、学歴がある構成員か らは、サーカ スにいる者 は無学で教養がない といった言い方が さ れる。
そのような経験は構成員同士で共有 され、劣等感 とい う形で心 に残 る。サーカス団にいることが知れ ると母親が悲 しむとい うのが理由で、何年ぶ りかに 会ったにもかかわらず、母親にサーカス団にいるこ とを告げなかった曲芸師 もいる。 また、サーカスに
いることを知人に知 られた くないために撮影を拒 む 者や、サーカスとい う職業 にアイデ ンテ ィテ ィを持 てず、他の職業に就 きたい と考 えている者 も多 くい る。
本論では、 しば しば見受け られる冒頭の ような言 説 を受けて、サーカスが本来的に家族のような雰囲 気 を持 った ところなのか、サーカスが家族のような 存在 を我 々にイメージさせるところの ものはどこか ら来 るのか につ いて検討す ることを目的 と してい る。
冒頭 にあげたサーカス団はフランスを中心 に公演 して回っているサーカス団、「バ ラ ンデール ・サー カス団」 であ り、筆者が実際に調査 2を行 ったサー カス団は韓国にあるDサーカス団である。 したがっ て、本論で出た見解 をもとに して、 レポーターの体 験 まで否定す る ものでない ことはい うまで もない。
ここでの見解が、このような集団を理解す るための 一つの きっかけとなることを目標 に書かれたことを 付記 してお きたい。
2.
韓国サーカスと構成員の流動サーカス団の調査中に注 目されたことの一つに 構成員の流動があげ られる。
D
サーカス団では、調 査中の 9ケ月の間に 90名弱の構成員がサーカス団に 出入 りしていた。通常で 20名か ら 30名の間を動 く D サーカス団の構成員数か ら考えると、その3
倍以上 の人数がDサーカス団に携 わっていた ことにな り、ここか ら構成員の流動が頻繁 に見 られたことがわか る。 さらに、サーカスに長期 に滞在 したことのある 元団員たちがサーカスに来て、作業 を手伝 ってい く ことがあるが、彼 らに対 して も報酬が支払 われるの か 慣例である。 これ らの中には筆者が逐一記録で き なかった者 も多数お り、それ らの者 も加 えた場合、
サーカスに出入 りを した人数は さらに増 え、構成員 の流動がいかに頻繁であったかがわかる。
さて、この ような構成員の流動は、他の諸地域の 移動集団の事例 にも見 られるように、社会的緊張が
起 きた移動集団に集団 としての永続性 を保持 させ る ものであった。そ して、少 な くとも韓国サーカスに おいては、そのような働 きを担 っていた構成員の流 動 こそが、集団組織 に見 られた事柄や興行形態 など
と密接 な結びつ きを見せていた。
しか し、頻繁 に構成員の流動が起 きる集団 も、一 つの集団 としての運営 を行い、そこで各個人が生活 を してい くためには、ある程度の集団 としての まと ま りが必要 とされて くるだろう。そこで、その よう な働 きをするものの一つ を取 り上げて見てい くこと にしたい。
第
1
節 フィクションとしての 「家族」と その語られ方韓国サ ーカスでは、「俺 たちは家族 だ
」
とい うこ とをよく聞か された。 このフレーズは擬制的なフィ クションとしての 「家族」 を祐沸 させるものであ り、構成員の流動 と密接 な関係 を持 っていることは容易 に想像で きる。
ここでい うフィクシ ョンとしての 「家族」 は、一 般 に擬制的親族 といわれている もの とほぼ同 じ意味 合いを持 っている。擬制的親族は、個人間あるいは 集団内で実質的な相互扶助関係 を作 り上げるの に有 効 な手段 であるといわれてお り、 さまざまな社会で 見受 けられる擬制的な親族関係 ・親子関係 ・家族関 係 に対す る研究成果 も数多 く出ている。そこで、そ のような事例 をい くつか見てい くことに したい。
た とえば、中国雲南省 ・大理盆地の自族 を調査 し た横 山は、白族社会 においてローヨウ (老友) とい う擬制 的親族 関係 が創 られ るこ とに注 目 している (横 山 1990)。これは、親類が少ない地域で生計 を 立てる場合、同年層の子供同士 にロー ヨウ関係 を結 ばせ ることで、その子供たちを中心 にして双方の家 族が親族 の ようなつ きあい をす る とい うものであ る。その際、子供たちは相手方の家族 に対 して両親 や兄弟につける呼称 をもって呼びかけ、本当の両親
柿 :韓国サ ーカスにおける 「家族
」
や兄弟に対 して振 るまうようにすることが期待 され る。 この他 にも、漢族では兄弟関係 を結ぶ 「結拝兄 弟
」
や、ロー ヨウに比較的 よ く似た 「同年」
とい う 擬制的親族関係が結 ばれる事例が多 く見 られるという 。
また、小山は、アボ リジニ社会では、ある一定の 距離 を越 えて人間関係 をつ くる際に、血縁関係 にな い外部者 に対 して も、人々をかならず親類のカテゴ リーに入れて考 える (小山 1992:96)ことを指摘 している。 この ような人間関係のつ くり方は、自族 社会やアボ リジニ社会以外 にも、 さまざまな地域で 見 られることはここで指摘するまで もない。
さらに、 このことは、 日本の 「ヤ クザ」の集団や 大衆演劇の集団 と比較すると一層明 らかになる。た とえば、 日本 の 「ヤ クザ」 について調査 を行 った Razは、「ヤ クザは日本の伝統的な社会 にある組織の 多 くとおな じく、疑似家族 としての家社会にのっと って組織化 されている
」
(Raz 1992:179)といい、その存在 と力関係は 「もとをた どれば日本の伝統的 な家 ・同族 にあった
」
(Raz l舛2 .0'20) と指摘 し ている。 また、 日本の大衆演劇 について調査 を行 っ た鵜飼 も 「幕内 とい うところは、一 日で も先 にはい った らもう先輩なのだか ら、た とえ相手が年下であ って も、 `にい さん'、 `ね え さん' と呼 びな さい」(鵜飼 1994:18)と教えられた といい、一つの家族 に擬制 しているとい う。 その他、 日本のサーカスに おいて も、このような 「家族」が存在 している。た とえば、 4年間サーカスで道化師を していた宇根元 は、「サ ー カスで先輩 の こ とをなんで にいちゃん、
ねえちゃん と呼ぶか判 るか ? それは、サーカスっ てのが団員同士家族のような気持 ちにならない と成 り立たない ものだか らなんだ。」 と芸能部長か らい われているが、これ も集団の まとま りのために 「家 族」が演 出 されているといって差 し支えないだろう
(宇根元 1988:129)。
しか し、この ような呼称で特徴づけられる疑似家 族、 フィクシ ョンとしての 「家族」 はだれに対 して
同志社社会学研究 NO.1,1997
も開かれている ものではない。 ミウチ としての 「家 族」、あるいはサーカスの内部 にいる者 を規定す る ためには、必然的にサーカスにとって ヨソモノとさ れる外部の者が規定 されなければならない。そこで、
次節では、サーカスの構成員たちが、 どのように し てサーカスの内部 と外部 を規定 しているのかについ てみてい くことに したい。
第
2
節 韓司サーカスに見られる外部のつくり方1.「社会
」
というカテゴリーサーカス団は、外部か ら一線 を画 した、一つの社 会 を創 りあげているとい うことがで きる。ただ し、
各サーカス団ごとに一つの社会単位 をつ くっている のではな く、現在の韓国に存在するサーカス団全体 で一つの社会単位 と見ることがで きるのである。 し たがって、その社会の住人は、韓国のサーカス団で 現 に生活 を している者 となるが、韓国国内に存在す る、 もしくは存在 したサーカス団で一定期 間の生活 経験のある者、彼 らの言葉 を借 りれば、「団体生活
」
をある程度経験 した者 も含 まれている。 また、その
「市民権」 は、いかに 「団体生活」 を長 くしたのか、
いかに 「団体生活」 に深 く入 り込んだのか とい うこ とに関わって くるようである。 その ような意味で、
クラブや地域 コミュニティの 「市民権」 の取得過程 に類似 しているといえるだろう。
そ して、彼 らは一般 にサーカス以外の外部の世界 を 「社会」 とい う言葉 を用いて、彼 らが見たサーカ スの内部の世界 と区別 している。彼 らが所属す るサ ーカス団、あるいはサーカスの世界 も一つの社会で あることに間違いないが、ことさら 「社会」 とい う 言葉 を用いて区別することは、少な くとも 「サーカ スでの生活 は "標準的な"社会生活 とは違 う」 とい う意識 を彼 らが感 じていることの現れ と見て とるこ とがで きる。
また、サーカスをやめて、それ以外の職業 に就 く こと、サーカス以外で生活 を営 むことを 「社会にで
る」 といった言葉で もって表現 をする。 これは、 日 本語でい うところの 「社会人になる」 とい う言葉 に 比較的よ く似た意味で使 われてお り、社会的責任が 伴 った、社会的ルールに従 った生活 をするとい うこ
とに近い。
さらに、この ように 「社会」 とい う範噂 をサーカ スで用いて外部社会 を想定することは、構成員のま とま りを強めるのに非常 に有効 な手段 となっている と考 えられ る。 なぜ なら、「社会」 が厳 しい規律 を 持 っていれば持 っているほど、構成員たちは 「社会」
に出 る こ とを恐 れ るので あ り、 「社 会」 に対 す る
「反社会」 とい う立場 を共有す ることによって、 と きにまとまりを見せるか らである。
2.呼称 をめ ぐる境界認識
韓国のサーカス内では、年齢 を基準 とした序列 を 見 ることがで きる。 この ような集団内での序列は、
た とえば日本のサーカスや 日本の大衆演劇 に見 られ るような、先 にその集団に入った構成員が、実際の 年齢 に関係 な く、常 に先輩 としてそれ相応の敬称 を つけて名前が呼ばれるの とは異 なっている。 一般的 に、韓国の社会では 日本 と比べて年齢 による序列 を 守ることが要求 される。その ことが、 日本 における 芸能集団に対 して、集団内での秩序付 けとしての機 能に、年齢 による序列が反映 された理由として考え
られるのである。
しか し、ここで彼 らは、単 に韓国社会の慣習に基 づいて序列 をつ くっているのではない。それは、サ ーカスの構成員がサーカスでの生活 をす る うえで、
すべての者 に対 してそのルールを適用 しているので はないことか ら説明づけられるだろう。 つ ま り、一 般の韓国社会では、誰 に村 して も年齢 によって序列 をつけようとするのに対 し、サーカス団の構成員は、
サーカスの内部世界の者 と判断が働いた相手 に対 し ては年齢 による序列 を守 るが、外部の世界の者 と判 断が働いた相手 に対 しては、必ず しも年齢 による序 列 を守るとは限 らないのである。その ときに、判断
の決め手 に Lやすいのが、名前の後 につけて呼ばれ る呼称である。 この呼称 をどのように区別 して、使 用 しているかによって、呼ぶ者が呼ばれる者 を、外 部 と内部の境界線上の どちら側 にいる人間と認識 し ているかが判断 されるのである。
表か らもわかるように、た とえば、団体生活の長 い男性同士が出会った場合、年下の者が年上の者を 「
(兄)3とい う敬称 をつけて呼ぶ。 また相手 が、同年齢か年下であれば呼び捨てるのが普通であ るが、 まだ、相互に緊張関係 にある同年輩の者同士 Hyong」
林 :韓国サ ーカスにおける 「家族
」
て も、サーカス団の他の構成員か らも反感を持たれ た者 に対 して呼び捨てが使われた り、個人的に好感 を持てない構成員に対 して も陰で呼び捨てが使われ ることがある。 しか し、この ような状況 を見てみる と、その集団内での暗黙の了解、 もしくは共通の認 識の上で成 り立 っているか ら呼び捨てが許 されてい ることがわかる。 自らがその集団の内部世界の住人 であ り続けようとする範囲においては、彼 らは呼び 名 に敬称 をつける とい うルールに準拠す るのであ り、同時にそれによって外部 との境界 を意識的に引 であれば、
「i s s 」
(氏) とい う敬称が使われることも いているのである。ある。 このことは、新入団者が団体生活 を長 く経験
した者であった ときの、その構成員 と既存の構成員
3.
「日本語」
をめぐる境界線 との関係 にも当てはまる。 これに対 して、新入団者が団体生活 を知 らない者であった り、団体生活 を経 験 したことがあって もご く短期間の経験で しかない 者である場合、ある程度の年齢差がない と敬称 をつ けず、呼び捨てにするケースが多 く見 られた。表 を
5 1 1
参照すると、12・ 13・ 4・ などがその例 といえる。
彼 らは、年下の構成員か らも呼び捨てで呼ばれた り、
女性が年上の男性 を呼ぶ ときの呼称 をつけて呼ばれ る傾 向にあった。 このことは、先の構成員たちが、
まだ団体生活 を長 くしていないため、完全 にサーカ ス内の者 と判断 されていないことにもよる。
そのことを示す具体的なケース として、
8
才年下 の曲芸師が長い間、筆者 に対 して呼び捨てを してい たことがあげられる。 ところが、ある時を境 に して「兄」 とい う敬称 をつけだ した。それは、筆者がサ ーカス団に 「ある程度」長 くいたとい う事実 と、呼 び捨てを別の団体生活の長い年上の曲芸師か らた し なめ られたことによる。 このようなルールの存在は、
その集団内の秩序 を保つの に役立 っているのであ
韓国のサーカス団では、サーカスが入って きた歴 史的経緯か らみて も日本サーカスの影響 を受け、現 在で も日本語 を借用 してで きた用語が多 く使用 され ていることは、序論で少 し触れた。 これ らの言葉は 一般的な韓国人 とは共有で きないばか りでな く、本 来の 日本語か らも発音やそれが指示す るもの まで、
若干の 「ずれ」 を含んでお り、通常の 日本語話者で も解せない言葉 も含 まれている。その意味において も、 まった く韓国サーカスで 「団体生活」 を経験 し たことがある者だけに通用する隠語 ともいえる共有 語 としての位置づけをもつ 「日本語」 ということが で きる。
しか し、サーカスで使 われる 「日本語」 は決 して 排他的な性格 をもつ ものではな く、普段の会話の中 で自然 に使用 されて きた。 したがって、外か らきた 者であって もサーカスに長期的に所属 さえすれば、
必要に迫 られて自然 にそれ らの 「日本語」 を習得 し てい くようになるのであ り、それ らの用語 を覚えて こそ 「一人前
」
とされたのである。逆 に言えば、 日 70
る。 さらに、表 中の06・ を見て もわかるように、
このような呼び捨て も、年齢差が大 きく、内部者 と
常生活の場 において多用 されるこれ らの 「日本語」
をよ く知 っていることが、「団体生活」 を長期的 に されている構成員の配偶者に対 しては事情が異 なっ 経験 してきた証拠 といえるだろう。
て くる。 話 される相手 に特別な制約 をもうけない 「日本語」
例外的に、団体生活が長 く、年齢が上の者であっ ではあ りなが らも、韓国サーカスの内部か らみた場
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合、「日本語」 を共有で さる者 と 「日本語
」
を共有 で きない者 とに分けることがで きた。その共有語 と しての 「日本語」が、すなわち韓国サーカス内部に 属する者 と外部 に属する者 との一つの境界線 を創 りだすのに貢献 していたのである。
第
3
節 「家族」としてのサーカス以上のような境界線がサーカスの内部 と外部を区 分 していたが、内部の者たちで構成 されているとこ ろのサーカスが一つの 「家族」 として認識 されると き、人々はサーカスの どのような側面 を見ているの だろうか。韓国サーカスにおいて、その ようなまと まりを感 じさせ られるケースを次 に取 り上げてい き たい。
1.集団内の規律
韓国のサーカス団では、年齢 を核 とした規律 と男 女による役割の分担が見 られる。
年齢 による集団内の規律 は、確かに必ず しも厳格 に守 られているとはいえない。 しか し、原則 として は十分 に守 られてお り、食事の際には特 に明 らかに その規律が見 られる。たとえば、食事の時に構成員 同士が同時に着席 した場合、茶碗は必ず年齢順 によ そわれ、構成員の側で も目上の者に先 に食事 をゆず っている。
酒に関する習慣はさらに厳格であ り、内部 と外部 の違いや曲芸師 と下回 りの区別 な く、年齢が うえの 構成員には必ず両手 を添えて酒をついでいる。ただ し、酒 に関する習慣 は一般韓国社会 も厳 しく、それ に準拠 したものともいえるだろう。
年齢 による序列は 「お使 い」 にもみ られる。「お 使い
」
はサーカスで頻繁にみ られ、子供に 「お使い」をいいつけることはご く当た り前のこととされてい る。 また、5才 くらいの年齢差があれば、成人の構 成員同士で も、 トランプなどの雑貨品、酒類や菓子 類 な どの食料 品 を買 って くるようにいいつ け られ
る。報酬 として駄賃が支払われるときもあるが、サ ーカス内での年齢による規則 として、嫌 々で も無償 で したが うことが多い。たとえば、30代前半の構成 員が、vTRを楽 しんでいる 2
0 代
後半の構成員に対 し て、 タクシー代 を支払 って夜中に現金 を引 き出 して くるようにいいつけたことがある。その際 も、 20代 後半のその構成員はいわれた通 りに したが ってい た。また、構成員間での争いが暴力沙汰にまで及んだ とき、暴力 を振 るわれるのは決 まって年下の構成員 である。特 に、団体生活が長い者同士の争いの場合、
ほとんど例外はな く、年下の者が年上の者に暴力に 訴えることはない。たとえば、ある構成員が 8才年 上の構成員に、仕事 をまじめにや らないとい う理由 で、多 くの構成員の前で殴 られたことがあった。何 度殴 り倒 されて も口答えをするだけで、年上の構成 員を殴 り返すことはなかった。これ も年齢 を核 とし た一定の規律が存在す ることを示 しているだろう。
もし、年下の構 成員が年上の構成員 に暴力を振 るお うとすれば、周囲か らた しなめ られ、「よ くない行 為
」
としてサーカス内で長 く 「語 り継がれてい く」ことになるのである。 このようにして、年齢による 序列は、サーカスの内部者同士 と見 られる関係 にお いて守 られてい くのである。
また、集団内では、男女の役割がおお よそ決め ら れている。 まず、小屋掛け作業 (劇場 を立てる作業) には女性が参加することはない。それに対 して、韓 国の一般家庭において もそ うであるように、炊事 は 女性が行い、炊事係がいないときには、その場 に居 合わせた女性構成員が男性構成員に給仕 をする。そ の他、男性構成員に食事のための席 を譲った り、公 演 までに時間が許す ときには男性構成員の後で食事 をとることも珍 しくなかった。子供たちも小屋掛 け 作業か ら免除 される。 しか し、「お使 い」の用事が あるときには、それか ら逃れることはで きない。厳 密 には役割分担 とはいえないが、作業中には構成員 が自由に用事 を済ませることができないため、間接
柿 :韓国サ ーカスにおける 「家族
」
的に成人構成員の作業 を手伝 っているといえ、実際 と 「 si
に、余分 な時間が とられないために作業が早 く進む 言葉が どの ような意味で使 われているのかを考えて
傾向にある。 い くことに したい。
で頻繁 に使用 されていた 「hci」p kku」とい う
まず、「hci」p について伊藤は次のように述べてい サーカスで行われる 「家族
」
的な行事サーカス団は、常 に 「家族」 として語 られてお り、
2.
る。 「居住 ・生産 ・消費の生活単位 としている生活ip h c
"
韓国社会の一般家庭 に見 られる行事 もうま く取 り入 でかな り閉鎖的 な生活空間 を成 している
」
(伊藤 空間を一般 に "と呼んで」いるが、「ある意味れ られている。 1977:285)。 また、李は、「hciJp と「 kajok」(家族) た とえば、構成員の誕生 日には一般の韓国社会 と を比較 して、 「民族誌 的立場 か らい えば、韓 国の 同様 にわかめスープを食する習慣が取 り入れ られて `家族' とい う言葉は一つの学術用語 であ り、一般 いる。 誕生 日にケーキや贈 り物が渡 されることもあ に広 く日常語 として使用 されている ものは、家族 よ った。 また、 クリスマスにはクリスマスカー ドが配 りい わゆ る `chip'とい う用語 で あ る」といい、
とい う概念 について、「家族構成員、家族構 られ、 2月14日には化粧部屋でチ ョコレー トが配 ら 「hci」p
れた。 日本の盆 にあたる 「hc'usok」 (秋夕)の 日や、 成員が生活する居住地、建物、生活共同体 としての 正月には餅入 りスープが食卓 を飾るなど、書 き入れ 家族、それ以外 に家族の範囲を超 えて同族、親戚 ま 時にも簡単 にではあるが、韓国で一般的に行 われる で含める場合がある
」
(李 1975:29) と述べている。行事 を工夫 して行 っている。 日本の法事 に似た習慣 また、掛 こよれば、「家 ( )chip とい うことばは建物 である 「h 」cesa (祭紀)が、父親 を亡 くしたある男 を意味す る外 に、 ( 1)現実の家族集団 (2)過去 性構成 員 のため に行 われ た こ ともあ った。 また、 か ら未来 に及ぶ観念的 な家族集団 (
3
)同族集団の意味 を内包 している
」
(荏」 (父母の 日 :日本でい う父の 日、母の 日)
「bi loona 1977:5ト5 2) もの ら
しい
以上のことをまとめると、
には、団長 をは じめ年輩の構成員には、子供の構成 員から胸 に指す花飾 りが贈 られた。
。
i」p
「hc とは、居住 を主 その他 、 「家族」 的 な行事 とはい えない ものの、 とした生活の場 をは じめ、家族構成員、 もしくはそ その ようなまとまりの雰囲気 を盛 り上げる もの とし れに準ず る極めて緊密 な関係 にある集団を指す言葉 て、以前 は-場所での公演が終 わるごとに決 まって といえよう。
打 ち上げが行 われた らしく、
D
サーカス団で もその 「is まとめてみ ると、次 に、 kku」とい う概念 について、李の見解 を ような打 ち上げが調査中に2度行 われた。 また、 こ
れ も調査 中には 2度 しか行 われなかったが、かつて ip
「is h c 常語であ り、「私の " "の
kku」とは一般的 に通用す る 日
"
i s
"kku」や、「その
sa」(告 ko は、-場所 ごとに劇場内での無事 を祈 る 「 示巳:お疎い) を行 っていた とい う。 年末 には忘年会
ip k」
i u s
h c k
" "は "sikku"が多い」 な どと使用 され る。 「 は、一つの 「hci」p の中に一緒 に住 んで、食
も開かれた。 事 を共にす る人々を指す ものであ り、具体的に家族
」
「iskku キャッチフレーズとしての 「家族
」
とい う概念は構成員の成立関係 などを含む ものではの構成員 をい う (李 1975:33)。 しか し、
3.
慣習的に、韓国のサーカス団では、サーカスの各 な く、その意味で学術用語 とい うよ り日常的な用語 団体のことを 「叫 p」(衣) といい、その団体の構成 とい える。 「kajok」 (家族) との対比 で述べ る と、
員のことを 「iskku」 (家族、世帯の構成員) といっ 「家族は社会的 に公認 された夫婦関係 と父母、子女、
た言葉で表現 している。そこで、韓国のサーカス団 そ して父母 を中心 とした兄弟姉妹の関係、す なわち
同志社社会学研究 NO.I,1997
血縁 関係 を持 ってお り、一つの垣根 の中あるいは一 つの屋根 の下の共同住居 と共同経済生活 を営 む集団 である
」
(李 18 5)93:2 のに対 し、「 "sikuk "と い う言葉 は家族の構成員 を指す ことで家族 とは区別される概念
」
(李 1983:52)である。「skki 」u について まとめ る と、「i 」skku は一般 的 に家族 を指す ことも多いが、厳密 には 「家族
」
と違 って、必ず しも血縁 に限 られてお らず、世帯 を構成 す る人々といえる。す なわち、「C叫) 」
の中で共 に生 活 をす る構成員 を指 しているのである。具体的に韓国サーカスの文脈の中での 「ci」hp と 「 si 」kku は、「 A cわhに行 く」(Aサーカス団に移 る)、
「B cihpか ら来た」( Bサーカス団か ら移 って きた)、 あるいは 「今はc c叫)の S此 uになっている」(現在 はCサーカス団の構成員である)、「うちの skikuは20 人だ
」
(私 のいるサーカス団の構成員 は20名である) とい う使 い方が されているのである。また、調査 中に も 「俺 たちはkajok(家族) なんだ か ら、遠慮 はす るな」 であ る とか、 「俺 たちは家族 なんだか ら、困った ときには何 で も言 え
」
な どとい った言葉が よ く聞かれた。その他 に も、公演後 に屋 台 や テ ン トで酒 を飲 み語 らうと きな どには頻繁 に「俺 たちは "kajok''なんだ」 とい う言葉 を用 いてい た。 この血縁 的 な関係 を持 った 「hpci」の構成員で ある 「kjkao」とい う言葉 も、以上の ように 「i 」skku
とい う言葉同様 に使 われていたのである。
この ような言葉 に加 えて、団長 を 「オヤ ジ
」
(親 父) と呼ぶ ことも特徴 の一つである。 さらに、表 に 見 られるように、若い構成員の中には、団長の こと を 「オヤ ジ」
とい う以外 に も、「a叫i」(父) 4と呼 ぶ構成員 もいた。 また、その ような 「父」 の存在 に 対 して、韓国のサーカス団では 日本のサーカス団 と 同様 に、「本部 のお母 さん」 と呼 ばれ る女性 が存在 し、 団長 に措 抗 す る発 言権 を有 す る場 合 が あ る。「本 部のお母 さん
」
は、構成員 たちの面倒 をい ろい ろ と見た り、相談相手 となった りもす る存在で もあ る。 この役割 は主 に団長夫人が肩代 わ りす ることが多いが、 Dサーカス団では、団長夫人のサーカスで の生活経験が浅 いこともあ り、特 に 「本部のお母 さ ん」 に相当する女性 は見 られなかった。
4.
演出 される 「家族」
的 なまとまり集団内の結束 も、集団の外部 を想定す ることで よ り強固な連帯感 を創 り出 し、外部か らの干渉 を受 け た とき、 この結束 を持 って問題 を解決 しようとする。
この ことは、 「家族」 の雰 囲気 を創 り出す のに強 く 影響 しているといえるだろ う。
サーカスの構成員同士 は集団行動 をよ くとってい る。一つの理 由に、他 に連絡 を とる相手 もな く、他 の職業 に就 いている友人がいる場合で も、 自由時間 を合わせ に くい ことな どがあげ られるが、作業期 間 中の昼食後 には数名でスポーツを楽 しんだ り、近 く の川で魚 と りを楽 しむことが多かった。 また、公演 の打 ち切 りで時間が空いた ときにはワゴ ン車で寺巡 りな どに出かけることもある。普段 は 3-4名で ま とまって繁華街 に繰 りだす ことが多 く、公演後は数 名で酒場やカラオケに行 くことが多い。
さらに、集団生活 を しているためか、同 じものが 流行す る傾向が強 く見 られた。た とえば、ある曲芸 師が 自転車 を購 入す ると、それにつ られて数名が 自 転車 を購 入 したなどである。 また、携帯電話 も2- 3名が購 入 したのが きっかけで、現在では 10名 ほ ど が携帯電話 を持 っている。 この ような、流行 は品物 だけに限 らず、た とえば、構成員の誰かが使 った決 ま り文句 や公演後のポー リング ・ゲームの ように、
言葉 (流行語)や娯楽 な どの こともあ る。一般 に、
これ らのブームは場所 ごとに過 ぎ去 ってい くことが 多かった。
その他 に、 まとま りを感 じさせ る もの として、所 持 品の共有 をあげたい。サーカスでは構成員間で 自 己の所有物 と他 人の所有物が共有 され る傾向が見 ら れた。比較的親密 な人間関係 にある者同士 において、
所有者 に関 わ らず品物 が頻繁 に共有 され るこ とは、
韓国社会では一般的 に見 られる。 サーカス団におい
林 :韓国サーカスにおける 「家族
」
て もその例外ではない ともいえるが、共有の対象 と のに有効 に作用するのであ り、それによって集団の なる範囲がやや広い と思 われる。身の回 りの 日常品 まとまりを図ろ うとするものであったといえる。
や衣料品をは じめ、靴下やシャツといった下着類や さらに、サーカスでは、団長 に対 して 「オヤ ジ」
atx
) j i 」
(父) と呼んでいた。団長はサーカ「
携帯電話 までが共有 されることがあった。携帯電話 あるいは に至れば、携帯電話の所有者 よ りも、周囲の者 に連
続 して電話が取 り次がれるため、所有者が電話 を使 用で きないこともあった程である。
また、個人の私物 も不要になるとサーカス団内で 使 い回 されることが多 く、携帯電話や寝小屋 のテン トまでがその対象 となる。確かに、 この ような所持 品の貸 し借 りは、持 ち逃げが多いサーカス団では警 戒 される向 きもある。それで も、同 じサーカスにい る構成員が 「困って頼 んでいる」 の に 「助 けない」
とい う非難 にもつながるため、貸 し借 りが行 われる のである。 しか し、その ような強要 される貸 し借 り 以外 にも、 自発的な仲 間意識が働いて行 われる貸 し 借 りも多い とも思われ、た とえ前者のような貸 し借
りを通 じて も、お互いの助 け合い意識 とい うのは見 られるようである。そ して、そのことによって構成 員同士が結びついている側面 も無視で きない。
ス団の長であ り、「親父」 は 「家族」 の長である。
つ まり、団長 を 「親父」 と呼ぶ こと、あるいは呼 ば せ ることが、「家族」 をよ り一層 まとめる働 きを し ていると指摘で きる。 また、「本部のお母 さん」 の 存在 について も本文中に触れたが、これは、たとえ ば 日本のヤ クザ社会では親分の配偶者が 「ネエサ ン」
と呼ばれるの とよく似ている。 ネエサ ンは子分の妻 子の面倒 を見て、若い組員の母や (呼び名のとお り) 姉のかわ りをし、 ときには子分 と親分のあいだのク
ッシ ョン役 もつ とめる (Raz 1992:2桝)のである。
このことは同 じく擬制家族 を創 りだ している韓国サ ーカスの 「本部のお母 さん」 と基本的な役割 に相違 はない。
その他 に も、韓国では、「父母は しば しば天 に比 倫 され、"不孝 な子供は雷 に打 たれる''とい うこと ばが通用 し、"父母の恩恵は莫天岡極< ">といい、不 孝 な子 供 は社 会 か ら排 斥 され 、 葬 られ る
」
(荏まとめ 戦略としての 「家族」 1797:
対する 「孝」 は絶対的な もの とされ、そのことによ 34,< >は筆者が補足) というように、父母に
1
.戦略 としての 「家族」
って家族 とい う集団が まとめ られて きた。同様 に、フィクシ ョンとしての 「家族」が集団内で形成 される例 は多い。その中で も、サーカス集団 と同 じ く構成員の流動が激 しい 日本の大衆演劇 において も
「家族」が戦略的につ くられていることは注 目され ることであろう。
以上 に見 て きた ように、韓 国のサ ー カス団では
父母への 「孝」 を絶対視する風潮は、サーカス団 と い う 「家族」の中で も、両親の役割 を演 じる 「団長」
と 「本部のお母 さん」の地位 を強めていると考える こともで き、そのことによって集団 としての統制が とれていったといって もよいだろう。
以上の ようにみて くると、韓国の一般社会で使 わ ip
「hc 」(家)、あるいは 「is比u」(家族 ・世帯の構成 れる 「hci」p と 「iskku」を中心 とした 「家族」 の概 負) とい う用語、「俺 たちは家族 だ」や 「構成員は 念 を意識 させ る言説が、構成員が流動 しやすい集団 一人一人が家族の一員である」 とい うフ レーズが頻 をまとめるために韓国のサーカス団の中に巧み に取 繁 に用い られて きた。 これ らも先の集団が擬制家族 り込 まれていたことがわかる。
を創 りだ して きた手段 とまった く変わ りない。 これ 韓国のサーカス団での 「hc 」ip は、あたか もサー らの言葉やフレーズを多用することは、 自分たちが カス団が 「大家族」であるかのように仕立てあげた、
あたか も一つの家族であるかの ように思い込 ませ る 人工的に意識内で創 りあげ られた 「家」 であ り、想
同志社社会学研究 NO.I,1997
像 された共同体 としての 「家
」
であった。そ して、 くの人は一家団繁であるとか といった イメージで、この想像 された 「家」の成員である想像上の 「家族」 何の疑間 もな くその 「暖かみ」や 「仲の良 さ」 とい としての構成員が、まさにサーカスで
「i s k k u 」
と呼 った言葉で語 られるところのイメージを受け入れや ばれたのである。つ まり、これ らの用語 を用いることによって、それぞれ全 くの他人である構成員たち が、まるで一つの 「家族」のようなまとまりを持 っ ているかのような錯覚、あるいは幻想 を創 り出すの に成功 している。
移動集団 としての韓国サーカスでは、管理が行 き 届 きに くく、一般社会ではみだ された人々の受け皿 として構成員を取 り込んで きた。 さらに、一度抜け 出 したサーカス構成員 も、 自らが創 りだ した 「社会」
とい う枠 を乗 り越えられず に、あるいは舞台の上で 注 目される生活が忘れ られなかった り、移動生活に 戻 りた くなった という理由で、再び構成員 としてサ ーカスに戻 って きた。そ して、そこで生 じる社会的
すい もの と思 われる。 仮 にで も、「家族」 とい う言 葉か ら少 しで も 「暖かみ」 を感 じるとすれば、その
「暖かみ」 を擬似的にも感 じてみたい、あるいは他 人か らその 「暖かみ」が受けていると見 られたい と い う意識が働いているのではないか とい うことであ る。
Dサーカスを個人の レベルか ら眺めてみた場合、
孤独 を感 じていると打 ち明ける構成員が大半であっ た。花形スターのある曲芸師は幼少の頃か らサーカ スで生活 を してお り、サーカスに知人が多 くいるに もかかわ らず、「心 か ら友人 と呼べ る奴がいない」
と語 っている。 これは若年層 にだけ見 られることで 代の構成員は、「一緒 に遊ぶ相手 も 0
はない。ある4
な緊張 を緩和するために構成員の流動が再び繰 り返 な く、 とて も退屈だ」 とい う。 その他 に も、「あい された。つ まり、流動 による集団の崩壊 を防 ぐため つは友達がた くさんいるようにいっているが、そん の一つの戦略 として、
「h c i」 p
や「i s k k」 u
といった韓 な親 しい友達なんていないよ、嘘だよ」 とい う話がを意識するのであ り、集団としてのまとまりを一時
2.
国一般社会で強 く影響 を及ぼ している家族構造 を模 倣 した 「家族」 による集団の統合がはか られていた のである。そのことによって構成員は、常 に 「家族」
的にも見せていたのである。
共有 されるイメージと戦略
構成員の流動が頻繁 に見 られる集団において、戦 略的に擬制親族やフィクシ ョンとしての 「家族」は 見 られた。 また、韓国のサーカスにおいて も、全 く 同様の戦略が とられていたことは、本論か らも指摘
聞かれるなど、構成員たちは何 らかの孤独 を感 じて いる。
これ らの発言は、構成員たちの入団の経緯にもよ るが、これらの証言 をもって、サーカスの構成員は 孤独 を感 じていて、サーカス団に関わる以外の人々 が孤独 を感 じていない と主張するつ もりはない。 し か し、彼 らが親族や友人を多 く持 っていない とい う 事実か らは、家族に対する思い入れや憧れがそれだ け強い とい う見方 もできるだろう。
そのように考えてみると、「家族」 と聞いて
「 (
僕 らは)一家団撃であ らねばならない」
と感 じる、あ された。 しか し、 さらに付 け加 えて述べ るならば、ここで問題 として取 り上げるべ きなのは、「俺 たち は家族だ」 といったような言説の発信者 と受信者の 双方が受け取 る、共通 した 「お定 まりの」 イメージ だったともいえるだろう。似通 った文化的背景 に育 った者 に植 えつけられた、「家族」 とい う言葉か ら
0 2 - 9 1
(
るいは
「
彼 らは)一家団奨 なのであろ う」 と感 じ ることを利用 して、 自らも擬似的な 「家族」の 「暖 かみ」 を感 じてみたいと思 う者がいて も不思議では ない。栗原は、サル トルを引 き合いにして、移民労 働者や親のいない子供や独身者が呼ぶ 「私の家族」がサル トルやフーコーが呼ぶ ところの友愛 に近い と 992:1 )が、サーカスの構 くる共通の イメージである。「家族」 と聞 くと、多 指摘 した (栗原
柿 :韓国サ ーカスにおける 「家族
」
成員たちはその友愛 を求めるために 「家族」 とい う ゲームを楽 しんでいたともいえるのである。
もちろん、このことをもって彼 ら全員が、孤独 を 持 ち、それを癒すために 「家族」 を宣伝 しているサ ーカスに入って 「家族」の気分 を味わっている 「不 幸 な人たち」 とい うので はない。 む しろ、彼 らは 様 々な経緯でサーカス団に入団 して きてお り、それ ぞれの人間関係 をつ くりなが らサ ーカスの生活 を
「楽 しんでいる」 といって もよいだろ う。 しか し、
我 々が 「家族」 とい う言葉か ら読み とらなければな らないことは、「家族」 とい う言葉か らくるイメー ジを利用 しようとする者たちの戦略なのであ り、そ の言葉 にすがろ うとする者たちの孤独や存在、ある いはその言葉 によって疑い もな くた とえば 「仲の良 さ」 といったイメージを感 じる我々の安易な認識 な のである。
レポー ターがやや感動的に 「サーカスは本当に一 つの家族の ようなところで した」 と語 った裏 には、
人々の戦略や、その戟略 に自らを預 けて しまいたい といった人々の 「思い」が秘め られているとい うこ とにも目を向ける必要があるだろう。
謝辞
本稿は修士論文の一部 を大幅 に加筆訂正 した もの である。修士論文執筆の際にあたって東京外国語大 学の中山和芳教授、栗田博之助教授、アジア ・アフ リカ言語文化研究所の川田順造教授 にご指導を頂い た。 また、本稿執筆 にあたっては国立民族学博物館 の朝倉敏夫助教授か ら貴重なコメン トとご指導 を頂 いたと同時に、同志社大学の森川鼻規雄教授 にも大 変お世話になった。諸先生方に心から感謝 したい。
しか し、せ っか く頂いた多 くのご指摘 を、 どれほ ど活かす ことがで きたのか心許ない。活か されなか った点 については今後 も研究を続けてい くうえでの 課題 として一層の研錆 に励みたい。
O.I N ,199 同志 社社 会学研究
<註> <参照文献>
t1 398 ic
A dnerson e,B dne tmagL'nedCommunL'lJ'es,Verso 1本調査 は大韓民 国で行 ってお り、調査対象者 は韓国人
7 8 9 1 - L donon i :ons it d
E 白石 隆 ・白石 さや訳 『想像 である。調査 に用 いた言葉 も現在大韓民 国で使用 され
てい る言葉 に よる。 その ため、本論 の中で は調査 で得 の共 同体』 リブ ロポー ト
荏在錫 1976『韓 国 人 91社 食 的性 格』 -1977中根 千 られた回答 に従 って、韓 国、あるいは韓 国人、韓 国語
と表記 してい る。朝鮮半 島 をフ ィール ドとす る者 と し 枝監修 『韓 国 人の社 会的性 格』学 生社
〃 1
77「契 システ ム に見 られ る 9
1
析」『民 族学研究』4
i -sa ihnan
■ h
c の分 伊藤亜 人
て、表記法 に政治的意味 合いが ことさら深 くなるの は 承知の上 であ るが、本稿 にお いては、その 目的に致命
小 山修 三 1992『狩 人の大地』 雄 山閣出版 的 な打 撃 を与 える性格 で はない こ とか ら、調査 中 にお
3 1992 「メ タフ ァー と しての家族」鶴 見俊 輔他 編 『メ タフ ァー と しての家族』岩波 書 店 pp. いて 日常 的 に使用 され た表現法 に則 った。本論 中 に使 栗原彬
22 用 された語句が、 どの範 囲の地域 や人々 を指示 しての -
李 光杢 1973「韓 国家族 の構 造
」
中根 千 枝 編 『韓 国の ことであ るか は、文脈 の上 で適宜判断がつ くか と思 わ0 4 - 3 1 農村 の家族 と祭儀』東 京大学 出版 会 pp.
韓 国家族 9I構造分析』 一志 社 れ る。 その ことを留意 された上 で閲読 いただける と幸
李 光杢 1597『 いである。
8 9
13『韓 国民 俗撃 概 説』撃 李 光室 、李 杜 鉱 、張 幕 板
日か ら1卵5年 6月12日までの本調 研 社 2調査 は、1朔年 9月17
R J baz a,co 日か ら同年 9月 9日までの補助調
査 に分 けて行 われた。 両調査 と も、彼 らと一定期 間、 の ヤ クザ」 鶴 見俊輔 他編 『メ タフ ァー と しての家 -1992 渡辺 ちあ き訳 「擬 制血縁 制度 と して 査 と、1995年 8月10
族』 岩波 書店pp. 鵜飼正樹
9 0 2 - 8 7 行動 をともにす るフィール ドワー クとい う手法 を と り、 1
そ こか ら得 られた資料 と、聞 き取 りを もとに分析 を行 1994『大衆演 劇へ の旅』 未来社 9
188『サ ー カス放浪記』 岩波 書店 字 根元 由紀
ってい る。 また、調査 は大韓民 国政府奨学金 によって
1990「大理 自族 の擬 制 的親族」 阿部 年晴他 横 山唐 子
可能 となった。
4 6 2 - 2 4 2 編 『民 族文 化の世 界 (下)』pp. 3本文 中、翻訳 をとらない形式 で記 載 され た韓 国語の表
Rihescauer Cune
記 については、すべ て Mc - 方式 の ローマ 字表記 に従 ったが、正確 な現 地発音が判別で きない場 合 には、
「
付 けの カタカナによる 日本語の音訳で表記した。重ねて、その ことを留意 されたい。
」
4「オヤ ジ
」
と「tax)ij」 については、前者が年齢 に関係 な く使 われていたの に対 し、後者 は実際の年齢差が 団長 と親子 ほ ど離 れてい る若 い構成員 に使 われ る傾 向が あ った。林 :韓国サ ーカスにおけ る 「家族」
D
サーカス団構成員呼称表 (1)
01(61) 02(51) 03(46) 04(42) 05(41) 06(41) 07(36) 08(36) 09(32
01(MS) 役,叔 コ一 ニム コ ) 10(30)
02(ML) 役 演 撹 二ムヽ 叔コ一 ニム二,ムアナタ ニコ一ム コヽ二,ム演 コ一親 03(FL) 氏 cp,檎 CP CP 氏 CP
04(ML) 氏 氏,捨 C 叔 叔 柿
05(ML) 氏 氏,揺 P 揺 氏 cp,氏 CP 兄 兄 06(FS) オハ ◆ *71タ オ氏八〇 捨オ八〇 かや 氏 オ氏八〇 氏 兄 兄 07(MS) 氏 cp,揺 CP CP CP 氏 オCP八 〇 か兄. オハ●
08(FL) 氏 氏,揺 cp,揺 兄
09(ML) 揺 CP 氏 叔 柿
10(ML) 揺 氏,捨揺 揺揺 揺揺 氏 揺揺 氏,捨 氏
ll(ML) 揺 揺 揺 揺 揺 氏
12(MS) 揺 揺 檎 揺 揺揺 サン,揺 揺袷 揺揺 揺揺 揺
13(MS) a a 揺 サン,揺
14(MU) 揺 揺 揺 揺揺 揺揺 揺a 揺揺 揺a 揺揺 揺
同志社社会学研究 NO.1,1997
Dサーカス団構成員呼称表 (2)
ll(29) 12(28) 13(26) 14(26) 15(26) 16(25) 17(24) 18(21) 19(20)
コ一 コ一 コ一 祖 コi コ一 20(13)
演 コ一 コ一 父 二ム 演 親コ一 コ一祖 父-祖,ニム *祖 01
柿 叔 叔 叔 叔 叔 叔 叔 演 伯 02
兄 兄 オシ●,兄 オシ● オシ● 叔 叔 03
兄 兄 オシ● オシ● オシ● 兄兄 兄兄 オオシシ●■ 兄兄 叔オシ● 0045 か' *コ一 *ニム か◆ かl● オハ● オハ● オハ● オ八〇 0
兄 兄 オシ◆ 兄 兄 叔夫 6
柿 叔 叔 兄 オシ● 07
兄 兄 兄 叔 叔 叔 叔 叔 叔 08
揺 兄 兄 兄 兄兄 兄兄 兄兄 オオシシ■● 兄兄 オシ● 09
兄 兄 兄 オシ● 10
揺 兄 揺-サン 兄兄 兄兄 +二兄イ ニオシ●イ 兄 叔 ll 揺 a a a a a-→aニイ aオシ● a-a捨一見二イ a オオシシ●○ 1123 揺
柿 :韓国サーカスにおける 「家族」
Dサーカス団構成員呼称表の注釈 いたことを示 している。
「-」 は、呼 び方が矢印の方向に変わった ことを示 し てお り、「 は、時 と場合に よって両方の呼 び方 をす る ことを意味 している。空 自は不明である。
」
韓国語でい う 「アナ タ」【tangsni】には、対等 な相手 に
,
対す る呼 びかけ、夫婦 に対す る呼 びか け アナ タ」の 他 、 目上の人 を敬 った呼 びかけで もあ る。 団長の は、「
「* 0
6 0
」はDサ ー カス団団長であ り、「 」は団長夫 人 2
0
」 「 2 0
「
2 8 1 0 4 0 7 3 0
D
「0日
であ る。 また、 は サ ーカス団の総務 であ るが 、
「 」
団長の実の叔 父 に もあたる。 は調査者であ る。 な 0
「 」 「 「 」 「 」 「
お、 と 」、 と は夫婦 であ り、
」との対話の なかではむ し 2
1
「
」 8 0
「
」 7 0
「
」 5 0
「
」 4 0
「
」 3
ろ【 とい う言葉 を使 う傾向にあった。
「ニム」【 nimlは、尊敬 を表す接尾語であ り、役職の ]
i tangsn
」 0 2 後 につける。 ちなみ に 「役
」
と書いているのは、役職の は 「 」夫婦 に預 け られてい る。04表の見方 は、縦が呼 ばれ る側で、横 が呼ぶ側である。
」
後 に接尾語 「ニム を付 けず に呼 び合 っていることを意
したが って、表の中の言葉 は、呼ぶ側が呼ばれる側 をど 味す る。
の ように呼 んでいるか を示 した もの といえる。縦 に記載
バ
「オ 」は、主 に既婚 の女性 に対 して親 しみ を込 めて
した人た ち (番号)の横 に括弧付 きで書 かれた記号 は、
左が 「M-男性
」
「F-女性」であ り、右が 「L-長 く 呼ぶ ときに用い られる moを名前の後 に付 けて呼んでいたことを示す。 「オジ」は、
i n j
【au ](おば さん) とい う言葉
サ ーカス を続 けてい る
」 「 S
-サ ー カスをまだ長 く続 け 主 におお よそ2歳以上の男性 に対 して親 しみ を込めて呼ぶ ときに用 い られ る
名前の後 に付 けて呼 んでいたことを示す。【aoj に記載 した人たち (番号)の横 に書かれた数字 は、調査 0
てい ない
」 「 U
-不明」 であ ることを意味 してい る。横 ssi] (お じさん) とい う言葉 を者が調査 を終えて退団 した1995年 6月の時点の満で数え
「親」は、韓国のサ ーカスだけで使われ る【oya】(ji 親
父) とい う日本か ら入 った言葉で、「父」は、 日本語の た年齢である。
サーカスを続 けて長いか長 くないかの基準 は設定が難 お父 さんに相当す る韓国語の【a叫 i lとい う言葉で呼んで
しいが、 ここではおお よそ 3-4年 とい うことに した。
いたことを示すが、【oyaji]と呼ぶ方がやや くだけたニュ
この判断 は、幼 い頃か ら曲芸 を覚 えて きた者たちが、サ i
ア ンスがあ る。 「祖」 は、【hlbaaqj】(お じい さん) とい
ー カスで共 同生活 を してい る者 を、 さらに もう一段 階 -
h
【sa う言葉で呼 んでお り、「叔」は、韓国語でい う mconュ
mo](叔母) とい う言葉 を名前に付 けて呼 んで 「ヨソモ ノ」か 「ミウチ」を判断 している基準が大体 3 i
【 , (叔父)
いたことを示す。 -4年であることによっている。
hlbaao
」
地であ る地名 を付 けて呼 んでいた こと、「叔夫 は、叔 1 0 i
祖」は、【 j】とい う言葉の前 に、「 」の出身
「* 0
0 5 9 9 1
最 後 に、 ここに記載 した2名 は、作表の 限度 か ら も 年1月頃の構成員の うちか ら筆者が聞 き取 りが容易
】とい う言葉で呼 んでい 0
bu
母の夫 に対す る韓国語の【moi で呼称の聞 き取 りが可能 な2名であった と同時 に、それ た こ と を示 して い る。 ま た 、 「伯」は 、 韓 国 語 の に基づいて作成 した表の結果が、調査者が調査 中に知見 (伯父) とい う言葉で呼 んでいた ことを示す。 した もの を大 きく違 えることが ない ものであることを記
してお きたい。
】 pa k
【-unap
「捨
」
は、名前 を呼 び捨 ててい た こ とを示す。 「氏」は、 日本語の 「さん
」
に相 当す る人の名前の後 に付 けて 呼ぶ敬称であ り、名前 に 「氏」 を付 けて呼 んでいたこと を示す。 「サ ン」は、 日本で は慣習 的に他 人 を呼ぶ とき の敬称 と して 「サ ン」 を付 ける とい うこと知 ってお り、かつ 「サ ン
」
を付 けて呼んでいた ことを示す。hyong nunal【
「兄」「姉」は、それぞれ韓国語の【 】とい う男性が兄姉 に対す る敬称 をつけて呼んでいた ことを示 す。 「ニ イ」は、女性 が 兄 を呼ぶ 韓国語 の【oppa】(兄) とい う言葉 で呼 んでいた ことを示すが、【oppa】には、そ の男性 に楯 びているニュア ンス も含 んでお り、その場合 は 日本語でい う 「お兄 さん」に相 当す るか と思 われる。
【oppa 男性が兄 に相当す る男性 に対 して
とは少 し侮蔑 したニュアンスを持 っている。
】と呼ぶ とい うこ
「a
「cp
「a
」は、韓国で子供がいる両親 を呼ぶ ときに、慣習 的に子供の名前 に
言葉 を付 けて呼ぶ ことも多いが、敬称 に含 まれやすい上 位下位の関係が入 りに くい呼 び方の ようであ る。夫婦の 間で呼ぶ ときも、「主人
」
「家内」
に相当す る言葉で呼ば ず、 この呼び方が多 く用い られる傾向が見 られ る。「a」は、あだ名で呼 ばれていたことを示す。あだ名 オジ」
兄」 な どは、あだ名 にそれぞれの敬称 を付 けて呼 んで o
(パパ) [mmal(ママ) とい う
】 pa
【ap
で呼ぶ呼 び方はやや くだけたニュア ンスがある。