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ハナフリの分布と形態 : 兵庫県を中心として

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(1)

ハナフリの分布と形態 : 兵庫県を中心として

著者 吉野 なつこ

雑誌名 関西大学博物館紀要

巻 20

ページ 21‑38

発行年 2014‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/8253

(2)

二一

ハナフリの分布と形態 ︱ 兵庫県を中心として ︱

𠮷  野  なつこ

一︑ハナフリとは

  年頭には︑各家や集落において︑実に様々な行事が行なわれる︒その

中でも︑作物の豊作を祈願する行事は︑最も多く行われるものの一つで

ある︒例えば︑各家ごとの行事では︑餅花やアワボ︑ヒエボなど︑豊作

を祈願する対象の作物が実った姿を模した飾り物︵ツクリモノ︶を作る︒

集落を単位とした行事には︑稲作の過程を模擬的に行うことによって豊

作を祈願する田遊び︑御田祭りなどが挙げられる︒こうした行事は早く

から注目され︑現在までに多くの研究蓄積がある︒それに対して︑兵庫

県下には︑ハナフリと呼ばれる集落を単位として行われる特徴的な行事

が濃密に分布している︒その典型例をひとつあげてみたい︒

a︑

︵ 表 1の

  6番︶兵庫県西脇市中畑町大歳神社

  一月二日に︑住吉神社の境内にある大歳神社で花振りが行われる︒参

拝者は各自︑三︑四○センチメートル程の樒の枝二本を持参する︒樒は

年内に山から採ってきたり購入したりし︑水につけて縁側などに置いて おく︒  午前八時に大歳神社前に参拝者が集まり︑神主が祝詞を唱える︒祝詞の最後に﹁皆花振らせ参らせ候﹂と唱えると︑参拝者は持っていた樒を頭上に振り上げながら﹁ヨイヨイバー﹂と大声で唱える︵写真

1︶︒その

樒は持ち帰り︑田畑の隅に五穀豊穣を祈願して挿す︒なかには︑田の水

口の両側に︑一本ずつ挿す人も

いる︒ ︵二〇一二年調査︶

  このようにハナフリとは︑年 頭に神社や寺などに

︑集落の

人々が樒や榊などの常緑樹の枝

を持参して集まり︑豊穣を祈願

する言葉を唱えながら枝を振っ

たり叩いたりする行事である

枝は各自が持ち帰って床の間な

どに保管した後︑苗代作りや稲

の籾まきの際に苗代田の水口に

写真 1  西脇市中畑町・大歳神社の花振り

(2012年撮影)

(3)

二二

挿すことが多い︒

  こうした事例に関しては︑従来の研究ではほとんど注目されてこなか

った︒次に︑少ないながらもその先行研究についてまとめてみたい︒

二︑ハナフリの研究史と問題の所在

  兵庫県内では︑春と秋の一年に二度︑神社や寺に集まって神仏に供え

物をし︑直会をする行事やその組織を﹁オトウ﹂と呼ぶことが多い︒ハ

ナフリは︑それだけが単一で行われることは少なく︑年頭に行われるオ

トウの中に組み込まれて行われている︒そのため従来の研究ではオトウ

の祭司組織にのみ注目が集まり︑ハナフリはオトウの行事を構成する一

つの要素として事例の中で紹介されることが多かった︒

  その中で︑最初にハナフリについて論じたのは高谷重夫氏である︒高

谷氏は︑兵庫県加東郡中東條村︵現加東市長貞︶の大歳神社で一月一日

に行われる宮の頭について紹介している︒宮の頭では︑祭りの当番であ

る頭人が祝詞をあげた後︑参加者全員が花ドウシと呼ばれる︑樒の枝に

どんぐりの実を入れた藁苞を付けたものを持って斜めになびかせる︒こ

の枝は各自が持ち帰り︑翌二日に田の中に立てるところもあれば︑春に

苗代を作った時に水口に立てる場合もある︒また︑一月六日には祭りの

当番の引き継ぎである頭渡しを行うが︑新頭屋は行事が終わった後に家

の軒先に土で壇を築き︑この枝を立ててオハケさんとして一年間祀 る︒   高谷氏は正月行事が家とムラの二重に行われており︑どちらが古い行

事であるのかという問題に注目している︒その結論として︑中東條村で は大歳神社から花ドウシを依代として︑各家に歳神を迎えてくる形を取っていることから︑﹁家々でまつる年 ママ神は︑かつては大歳神社からの分霊

を受けて来たものではないだろうか﹂として︑ムラで歳神を祀る形の方

が︑各家ごとに歳神を祀る形よりも先行するという仮説を立てている︒

  確かに中東條村の事例では大歳神社で行事があり︑頭屋で祀られるオ

ハケサンも︑花ドウシも大歳神社の分霊であるとも考えられるが︑高谷

氏は中東條村の事例のみで仮説を立てており︑その他の事例に関しては

検討が必要である︒

  次にハナフリに関してまとめたものとして︑﹃兵庫探検  民俗編﹄が挙

げられる︒﹃兵庫探検﹄では︑兵庫県内のハナフリの分布図を掲載し︑二

一の事例を紹介している︒さらに︑ハナフリで大切な役目を果たしてい

るものとして牛玉杖を挙げ︑和歌山の熊野那智大社では宮司が牛玉杖と

呼ぶ柳の杖で打板を叩く神事の後に︑参拝者にこの杖を配ることに注目

し︑ハナフリは古い農民固有の予祝行事が熊野信仰と結び合わさったも

のと推測している︒加えて︑ハナフリとオコナイの所作の共通性を指摘

し︑両者が習合しているため的確な分類方法は無いとしてい る︒そのた

め︑事例紹介や分布図に両者を区別なく記入していることが問題点とし

てあげられる︒また︑熊野信仰がどの程度兵庫県下に広がっていたか等

の明確な論拠を示していない︒

  兵庫県三田市内のハナフリに関しては︑大森恵子氏︑久下隆史氏の論

に詳しい︒

  大森氏は︑三田市内の九つのハナフリの事例を整理し︑

花振り行事は︑花がもつ生命力を我が田に感染させようとする予祝

(4)

二三 行事でもあり︑﹁花﹂に大歳神を寄り付かせて︑我が家へ迎え入れよ

うとする民俗宗教的な行事と推定できる︒神が宿るそれぞれの花を

叩き合って︑その年の豊凶を占ったと伝えられ︑その行為は一種の

﹁験競べ﹂と考えられ る︒

として︑修験者の関与を指摘した上で︑ハナフリは︑常緑樹を歳神の依

代として年頭に五穀豊穣を祈願する予祝行事であると結論付けている︒

  久下氏も︑﹃三田市史﹄で三田市内のハナフリについて大森氏と同じ事

例を報告している︒さらに︑事例の詳細は挙げていないが︑ハナフリが

三田市内だけではなく︑神戸市北部︑播磨の東北部︑氷上郡南部︑篠山

市︑大阪府北部から京都府の丹波地方に分布し︑さらに福井県大飯郡高

浜町青で行われている﹁柴の実入れ﹂をハナフリと考えると︑若狭にま

で分布域が広がる可能性を示唆している︒そのうえで︑ハナフリは︑稲

の健やかな生育と︑行事に用いる枝に石を入れた藁苞を付けることが多

いことから︑川原石のような丸々とした稲穂がつくようにという︑五穀

豊穣を祈る行事として行われているとし︑

﹁ハナフリ﹂とは新しい年の初めに稲穂を表すハナをふることによっ

て稲の魂を活性化させ︑豊作をもたらそうとする呪術的要素を持つ

行事といえよう︒トシフリやオオドシ︑オトシフリという行事の呼

び方が︑そのことを示してい る︒

と結論付けている︒

  両者ともにハナフリは五穀豊穣をもたらす予祝行事であるという点に

おいては考察が一致しているが︑いずれも三田市内という限られた範囲

の考察に留まっている︒   以上ハナフリの先行研究について簡単にまとめたが︑現在までに発表されているものは︑一つの事例から考察したものや︑狭い範囲に限定して考察したものが多い︒また︑﹃兵庫探検  民俗編﹄には兵庫県内の二一

の事例が報告されているが︑オコナイの事例を除けばハナフリの事例は

十四例のみで︑県内の事例のほんの一部にすぎない︒

  そこで本稿では︑まずは最も分布が濃密で︑事例報告が多い兵庫県に

地域を限定して事例を収集し︑県内での分布を明確に提示したい︒さら

に︑兵庫県以外の近畿地方各地にも視点を広げ︑年頭に神社や寺に常緑

樹の枝を持ち寄って集団で祈願をした後︑その枝を持ち帰って田畑に立

てる事例も合わせて検討し︑それらの形態を分類︑整理することによっ

て行事の実態を明らかにしたい︒

三︑諸事例からみるハナフリとその分布

  ハナフリとは呼ばないが︑類似の行事は実に様々な名称で行われてい

る︒そこで本稿では地元ではハナフリとは呼んでいなくても︑ハナフリ

の特徴である

  ① 神社や寺︑小祠などで集団で豊作祈願を行う︒

  ②  その際に葉が付いたままの常緑樹の枝を供える︑もしくはその枝

を使って所作を行う︒

  ③ その枝を持ち帰り︑田や畑に立てる︒

以上三つの要素をそなえている事例をハナフリと呼んで︑考察の対象と

したい︒

(5)

二四   この視点から過去の調査報告︑兵庫県内の市町村史から事例を収集し

てまとめたものが表

1で︑その表から作成した分布図が図

1である︒参

考として︑管見の及んだ兵庫県外で行われている同様の行事も表

1内に

まとめ︑図

1の分布図に落としている︒

  まず初めに︑ハナフリの具体例として兵庫県内︑県外の筆者の調査事

例を挙げ︑次に分布について考察したい︒なお︑事例内のハナフリの名

称は︑地元で用いられている表記で記述している︒

b︑︵表

1の

  2番︶兵庫県多可郡多可町八千代区下三原八幡神社

  一月一日に雨 ゆうばらばら散と呼ばれる行事がある︒雨散散は貴船神社横に合祀

されている八幡神社の行事で︑雨乞いの行事とされる︒

  当日は八幡神社横に︑約三〇センチメートルの樒の枝とアカフジの蔓︑

洗米︑半紙︑水引が用意される︒樒とアカフジは︑年末までに神主が山へ

採りに行く︒参拝者は神社に来るとアカフジの蔓を丸めて直径約一〇セ

ンチメートルの輪を三つ作り︑樒の束に引っ掛ける︒アカフジの輪は一

つで一反を表し︑一反三石取れるようにという願いが込められている︒さ

らに︑半紙にスプーン一杯分の洗米を包み︑水引でくくったものも樒に

括りつける︵写真

2︶ ︒

行事の前になると

各自が作った樒の束を

持って八幡神社の前に

集まる︒神主の一人が

﹁平成□年一月の朔日

写真 2  多可郡多可町 八千代区・八幡神社の 樒の枝(2012年撮影)

△△

●枝を振る所作行なうもの

△枝で叩く所作を行うもの

□所作を伴わず、枝を供えるだけのもの

*その他の所作を行うもの

図 1  兵庫県とその周辺部のハナフリの分布図

(6)

二五 なり︒月の数は一二か月︑日の数が三六五日︑天竺よりジャッタイの神︑

富み宝物を持ちてただいま御神前においてお祝い申す﹂と唱えると︑も

うひとりの神主が神木盃︵木をくりぬいて作った取っ手付きの入れ物︶

に入れたお神酒を参拝者に向かってふりかける︒参拝者は﹁ユウバラバ

ラ﹂と唱えながら︑お神酒がかかるように樒を頭上に掲げる︒より多く

お神酒が樒に付くとよいとされる︒

  行事終了後︑樒は持ち帰り︑現在は厄除けとして家の戸袋の部分に一

年間挿して置く︒苗代を作っていた時代には︑戸袋部分に挿して保管し︑

苗代作りが始まると苗代の一角に米が豊作になるよう︑よく稲が育つよ

うにと挿した︒ ︵二〇一二年調査︶

c︑

︵ 表 1の

17   番︶兵庫県加東市家原大歳神社

  家原の現在の総軒数は二一三戸であるが︑そのうち六一軒が︑お頭に

加入している︒祭りを取り仕切る頭人には︑家原を四地区に分けた中か

ら一人ずつ︑計四人が選ばれる︒

  一月二日に︑宮だちと呼ばれる行事が行われる︒午前六時にお頭の人々

が集まり︑大歳神社の前にコの字型に筵を敷いて座る︒頭人の中で最も

年長者が神主役となり︑フリバナを持って大歳神社の前で︑﹁くる年もく

る年もあらたまってあらめでたや﹂と三回唱える︒その他の頭人は座し

たまま︑﹁おー﹂と言いながらフリバナを頭上に掲げる︒フリバナとは︑

長さ約四〇センチメートルの樒の枝の束に︑約二〇センチメートルの割

ったハデウルシの木三本に竹に挿した御幣を添えてフジ蔓でくくり︑同

じくフジ蔓で作った直径一センチメートル程の輪を七つ繋げ︑ひっかけ たものである︒  その後︑大歳神社と同じ境内にある︑八幡さん︵社は無く︑石を神体とする︶の上に設置された的に向かって弓打ちを行う︒それぞれの的のあたり具合により︑今年の稲の出来具合を占う︒  翌三日に︑公民館前にある毘沙門堂において頭人の引き継ぎである頭渡しが行われる︒頭渡しの間に︑新しい頭人の家の庭では︑手伝いの人々

がオハケを立てる︒オハケは︑一辺約五〇センチメートルを直方形に木

杭と青竹で囲んだ中に︑芝と川砂を敷き︑約二メートルの竹を立てて︑

その先端に約三〇センチメートル四方の筵を挿し︑屋根としたものであ

る︵写真

3︶︒頭渡しが済むと︑新頭人はオトノガ二本をいただく︒オト

ノガとフリバナはほぼ同じものであるが︑オトノガにはフジ蔓の輪は付

けられていない︒オトノガのうち一本は苗代田に立て︑もう一本はオハ

ケの中心に立てられた竹に括りつける︒現在は︑稲作を行う頭人が少な

写真 3  加東市家原・大歳神社の オハケ(2012年撮影)

くなったため︑オトノガ

はオハケにくくる一本の

みが配られている︒頭人

は翌年の頭渡しまで︑一

年間このオハケを祀る︒

    ︵二〇一二年調査︶

(7)

二六 表 1  近畿地方におけるハナフリ一覧

番号 所在地 寺社名 実施日 枝の名前 樹種 詩章 振 叩 供 他 参

兵  庫  県

1 相生市矢野町菅谷 稲垣神社 1月6日 1

2 多可郡多可町八千代区下

三原 八幡神社 1月1日

何号何年何月(干支名)のついたち なり。月の数は十二ヶ月、日の数 が三百六十五日、天竺よりジャッ タイの神、富宝物を持ちてただい ま御神殿においてお祝い申す

3 多可郡多可町中区天田 加都良神社 1月15日 2

4 多可郡多可町中区鍛冶屋大歳金刀比

羅神社 1月1日 大歳こうとし、御祝ひ申す 2

5 丹波市氷上町小野 天満神社 1月1日 エイワ 「ソウのコエカケモウソウ」「モウ

ヒトコエ所望なり」 3

6 西脇市中畑町 大歳神社 1月2日 ヨイヨイバイ

7 篠山市今田町木津 住吉神社 1月2日 ハナ

「大歳今年、寸の稲粒、五尺の穂 垂、五穀成就あらめでたや」「ヨイ ヨイワー」

4

8 篠山市今田町黒石 4

9 篠山市今田町上小野原 大歳神社 1月2日 振り花 4

10 篠山市今田町下立杭 大歳神社 1月7日 丹波多紀の郡立杭、家内安全五穀

豊穣、富、宝、ワェー 3

11 篠山市上板井 天満神社 1月1日

「丹波の国多気の郡小野原庄内杭 の里、家内安全、五穀豊穣、降っ たり照ったりや、夏栗山から、雨 が降る、蓑笠持って来い、ホーイ ホイ」「エーイワァ」

3

12 篠山市小坂 明月神社 1月2日 3

13 篠山市下筱見 九頭女神社 2月初巳 とししば 不明 5

14 加西市朝妻町 大歳神社 1月2日 ハナ シュンガシュナ酒、五尺の穂酒、

稲の穂も三尺、カヤの穂も三尺 6 15 加西市佐谷町 八幡神社 1 月 5 日

(旧暦) 椎柴 2

16 加東市屋度 氏神

(大歳神社)1月2日 ( )の方から夕立が来る( )の方

から雲返し ワラワラ ワラワラ 7 17 加東市家原 大歳神社 1月2日 フリバナ 樒 くる年もくる年もあらたまってあ

らめでたや めでたや めでたや

18 加東市下久米 八幡神社 1月1日 ハナドシ 栗、樒 6

19 加東市大畑 大歳神社 1月1日 ハナ 8

20 加東市秋津 山の神 12月26日

(旧暦) ― ― ― ― 7

21 加東市長貞 大歳神社 1月1日 花ドウシ 樒

あらたのしやたのしや玉城より西 に当たって播州加東郡東條谷河北 河南吉田の本庄、長井村、二十四 色の作りもの、ゆらりゆらりとな びかせ給え

7

22 三田市市之瀬 磐神社 1月9日 フリバナ 榊 五穀豊穣 家内安全 息災延命

23 三田市波豆川 八坂神社 1月7日 5

24 三田市尼寺 大歳神社 1月10日 振り花 おおとしことし三宝荒神 9 25 三田市上槻瀬字宮脇 八坂神社 1月12日

振り花、

ゴホーヅ

樫、榊 9

26 三田市上槻瀬 大歳神社 1月12日 花、振り

樫、榊 9

27 三田市母子 大歳神社 1月5日 ときの声かりもうそう 9

28 三田市四ツ辻 八幡神社 1月6日 家内安全五穀豊穣 ● 9

29 三田市下相野 大歳神社 1月3日 ワァー 9

30 三田市広野 皇太神社 1月7日 エーバー 樫 エーバァエーバァ 9 31 三田市酒井字宮ノ脇 高売布神社 1月9日 ハナ 五穀豊穣 家内安全 息災延命

32 三田市東本庄 大歳神社 1月7日 9

33 小野市黍田 大歳神社 1月3日 ツト 藁、松

福徳再拝 福徳再拝 これ時昭和

○○年正月三日の吉日をもって町 内安全五穀豊稔息災延命祈願のた め、例年のハナをあげます

(8)

二七

番号 所在地 寺社名 実施日 枝の名前 樹種 詩章 振 叩 供 他 参

34 三木市吉川町毘沙門 大歳神社 1月4日 おせもとうずき、なかしもとうず

き、おくてもとうずき 10

35 三木市吉川町西奥 武大神社 1月4日 櫨、樒 ハナフレハナフレ 6 36 三木市吉川町水上字湯屋

ケ谷 大歳神社 1月1日

ハヤトシ、ナカトシ、オクトシ、ミコ クジヤウジユ、マンガウジヨウ、ワ セモトヅキ、ナカテモトヅキ、オクテ モトヅキ、サンメウユウガイ

2

37 三木市吉川町豊岡 大歳神社 1月1日 早稲もとづき、中稲もとづき、晩

稲もとづき 11

38 三木市岩宮 岩壺神社 5月2日 サカシバ

「おんさかしばをおんてにもちも ちおがむにくわあい」「なにがよい やらきたのみかどのいわいこめた るおがもにくわあい」

39 神戸市北区大沢町市原 豊歳神社 1月1日 フリバナ 榊 「先の頭は―ショウの―に渡す 12 40 神戸市北区山田町藍那

八王子社

( 藍 那 天 津 彦根神社)

1 月 1 〜 3

ハナ 13

41 神戸市北区山田町小部 大歳社 1月4日 ハナ ハナドシ 13

42 神戸市北区山田町小河向

小河大歳神

1月3日 14

43 神戸市北区山田町東下 東下大歳神

1月23日 宝穂串 5

44 神戸市北区下衝原(現在

呑吐ダム) 大歳神社 1月3日 ハナ 15

45 神戸市北区八多町深谷 八王子神社 1月2日 斎幣串 斎幣串 16

46 神戸市北区淡河町中山 中山大歳神

1月1日 14

47 神戸市西区櫨谷町寺谷 大歳社 1月3日 ハナ ジロンボタロンボ、フヂワラガン

ゾーヤ 13

48

神戸市西区櫨谷町福谷

大歳社 1月1日 ハナ 13

49 護国山宝福

1月8日 ハナ 17

50 神戸市西区櫨谷町友清 観音堂 1月5日 ハナ 櫨、榊

「麦よい、米よし、豆よし、西瓜よ し……」作物全部の名を上げてヨ シという。

13

51 神戸市西区櫨谷町池谷 池谷春日神

1月9日 17

52 神戸市西区神出町古神 古神大年神

1月4日 フリハナ 藁、樒 16

53 神戸市西区神出町東 東大年神社 1月4日 振り花 「大年」「花年」「ヨイヨイヨイ」 16 54 神戸市西区押部谷町木津顕宗仁賢神

1月2日 オオドシ 榊 オオドシ、ハナドシ、ヨイヨイバ

55 神戸市西区押部谷町西盛 日吉神社 1月4日 ハナ 「オオドシ、ハナフリ」「ワァワァ」● 6 56 神戸市西区押部谷町木見 大歳神社 1月2日 ハナ 「大歳、若宮、ハチヨリ、ハナフ

リ」「ヨイヨイワーッ」 13 57 神戸市西区押部谷町福住福住大年神

1月4日 ハナズシ 樫 大トシ、花フリ 14

58 神戸市西区押部谷町栄 栄大年神社 1月3日 大歳華ふりヨイヨイヨイ ワァー ● 14 59 神戸市西区押部谷町押部

大歳神社

( 天 一 神 社 境内内)

1月15日 榊のハナ 榊 14

60 神戸市西区押部谷町養田 社道神社 1月4日 フクラソ 14

61 神戸市西区押部谷町細田細田八雲神

1月4日 大歳花振り オー ● 14

62 神戸市西区平野町西戸田

字越前 上大年神社 1月4日 大年花振 榊、樫

拝し奉る大年大神、秋トウは(次 のオトウの氏名)春トウも同じ、

早稲にもとづく中稲にかずかず、

ヨイヨイヨイ、晩稲は取る手に五 束に八升ヨイヨイヨイ、大歳花振 り、ヨイヨイヨイ

14

63 神戸市西区平野町西戸田

字大歳山 下大歳神社 1月4日 花振り

秋とうは(次の講宿の名)、春とうは 同じなり、早稲にもとづく、中稲に かずかず、晩稲は五束で八枡、五 穀豊穣大歳花振り、ヨイヨイヨイ

14

(9)

二八

番号 所在地 寺社名 実施日 枝の名前 樹種 詩章 振 叩 供 他 参

64 神戸市西区伊川谷町前開

大歳社 1月1日 ハナ 花年、若年、早生良し、中稲良し、

晩稲良し、野菜良し、ウヮー 14 65

神戸市西区伊川谷町前開

観音堂 1月3日 ハナ ワセよーし、ナカテよーし、オク

テよーし、ワァー 6

66 石戸神社 1月1日 ハナ

「ハナドシ、ワカドシ、ワセヨシ、

ワハハ」「ハナドシ、ワカドシ、ナ カテヨシ、ワハハ」「ハナドシ、ワ カドシ、オクテヨシ、ワハハ」

18

67 神戸市西区伊川谷町前開

大歳神社 1月1日 ホーキ ハナドシ ワカドシ 6

68 神戸市西区伊川谷町上脇 脇大歳神社 1月15日

「米来い米来いヨイヨイヨイ」「麦 来い麦来いヨイヨイヨイ」「豆来い 豆来いヨイヨイヨイ」

14

69 神戸市垂水区名谷町奥畑 大歳社 1月8日 ハナ 13

70 神戸市須磨区多井畑 厄神社 1月1日

(旧暦) ハナ ● 13

71 洲本市由良町内田 内田神社 1月9日 19

72 南あわじ市松帆慶野 八幡神社 1月5日

(旧暦) 牛王杖 オー 19

大  阪  府 73 豊能郡能勢町片山 さいの神の

エバエバ 20

74 豊能郡能勢町上杉 1月7日 20

75 豊能郡能勢町長谷 八坂神社 1月11日 オトシ 稲一束につき、あらもとのけて一

斗八升 ウーウー 21

76 豊能郡能勢町大字山辺 山の神 正月の初

オトシ 21

77 豊能郡能勢町大里 1月11日 21

78 豊能郡能勢町吉野 薬師堂 オトシ 21

79 和泉市小野田 八坂神社 1月1日 22

80 和泉市仏並 九頭神さん 1月8日 22

81 和泉市久井 お寺

(名称不明)1月3日 23

82 和泉市坪井町 23

83 和泉市福瀬 福瀬戎神社 1月10日 22

京  都  府

84 向日市物集女 山神 1月4日 歳木 非榊 24

85 長岡京市奥海印寺 山神 1月4日 トシノミ 樫 24

86 亀岡市畑野町千ヶ畑 西山神社 1月3日

オートシ、コトシ、サンミョウコ ガネ、スズノイナツボ、ゴシャク ノホタケ、エーゲン

87 南丹市園部町大西 大坪 八幡宮 1月11日 ● 25

88 南丹市園部町大西 西山 八幡宮 1月12日 ● 25

89 南丹市園部町口人 吉備神社 1月7日 ● 25

90 南丹市園部町半田 大森神社 1月21日 26

91 綾部市上八田 福田神社 1月11日 27

福  井  県

92 大飯郡高浜町青 青海神社 2月11日 柴

93 大飯郡高浜町関屋 山の神 1月4日 28

岡  山  県 94 美作市角南 角南神社 1月6日 三ばいど

29

【凡例】

文献に記載が無く、不明な場合は

であらわしている。「振」は枝を振る所作を行う事例、「叩」は枝で叩く所 作を行う事例、「供」は所作を伴わず、枝を供えて分配するだけの事例、「他」はその他の所作を行う事例を表 す。「叩」の○は、人を叩く、もしくは互いに叩き合う所作をする事例で、●は社殿や地面など物を叩く事例を 示す。所在地及び寺社名に色がついている事例は、同一地域内で、ハナフリとオコナイを併催している事例を あらわしている。「参」の数字は以下の参考文献の番号と対応しており、現は筆者の現地調査による。

参考文献

1 、小林楓村「風習と信仰」(小林楓村編『播磨 第33巻』西播史談、1952年)/ 2 、黒田一充編『神社を中心 とする村落生活調査報告(三)大阪府

大阪府、堺市・岸和田市・泉北郡・泉南郡

/兵庫県』関西大学なに

(10)

二九

わ・大阪文化遺産学研究センター、2010年/ 3 、丹波文化団体協議会編『丹波の祭と民俗芸能』神戸新聞総合 出版センター、1996年/ 4 、今田町史編纂委員会『今田町史』今田町、1995年/ 5 、兵庫県神職會編『兵庫縣 神社誌上』臨川書店、1984年/ 6 、神戸新聞社学芸部兵庫探検民俗編取材班著『兵庫探検 民俗編』神戸新聞 社、1971年/ 7 、加東郡教育委員会『新修加東郡誌』臨川書店、1987年/ 8 、西谷勝也「山年・花年・山の神」

(和歌森太郎他編『日本文化風土記 近畿篇』第五巻 河出書房、1956年)/ 9 、三田市年中行事調査委員会編

『さんだ風土記 研究』三田市教育委員会、2000年/10、文化庁編『日本民俗地図Ⅱ(信仰・社会生活)』財団 法人国土地理協会、1972年/11、吉川町誌刊行委員会編『吉川町誌』吉川町教育委員会、1970年/12、西谷勝 也「年頭行事と村落構成」

西摂・市原

」(近畿民俗学会『近畿民俗』第41号、1966年)/13、森俊秀「ハ ナフリその他

神戸市内の予祝行事

」(日本民俗学会『民間伝承』第16巻10号民間伝承誌友会、1952年)/

14、兵庫県神社庁神戸市支部「神戸の神社」編集委員会編著『神戸の神社』神戸新聞総合出版センター、2000 年/15、西谷勝也「神戸市衝原の正月行事」(近畿民俗学会『近畿民俗』第29号、1961年)/16、『神戸の民俗 芸能兵庫・北編』神戸市教育委員会、1977年/17、田中久夫他編『大都市の中の農村』和泉書院、1994年/18、

森 俊秀「オトウ資料

神戸市伊川谷町前開中 石戸神社」(日本民俗学会『民間伝承』第15巻・16号、1947 年)/19、兵庫縣神職會『兵庫縣神社誌下』臨川書店、1984年/20、菅沼晃次郎「資料通信 エバエバ正月」

(近畿民俗学会『近畿民俗』第21号、1957年)/21、能勢町史編纂委員会『能勢町史』第 5 巻(資料編)、能勢 町、1985年/22、財団法人大阪文化財センター『和泉横山谷の民俗Ⅱ』大阪府文化財調査報告書 第27輯、1975 年/23、大島暁雄他編『日本民俗調査報告書集成 近畿の民俗 大阪府編』三一書房、1995年/24、井上頼壽

『京都古習志』館友神職会、1940年/25、京都府教育庁文化財保護課『丹波地区民俗資料調査報告書』京都府教 育委員会、1965年/26、吉田清監修『図説・園部の歴史』園部町、2005年/27、大島暁雄他編『日本民俗調査 報告書集成 近畿の民俗 京都府編』 三一書房、1995年/28、高橋秀雄・金田久璋『祭礼行事 滋賀県』おう ふう、1995年/29、英田郡教育会『英田郡誌』 復刻第二版、作陽新報社、1981年

d︑︵表

1の

22   番︶兵庫県三田市市之瀬磐神社

  磐神社では一月九日に御 とうが行われる︒御燈には氏子である一二軒全

戸が出席する︒参拝者は五〇から七〇センチメートル程の榊を藁や水引

で束ねて︑中程に紙垂を水引で括りつけたフリバナを持参する︒フリバ

ナに使う榊は神事の日までに切ってくる︒

  午前一〇時から磐神社で︑一〇

時半からその横で祀られている山

の神様でそれぞれ神事が行われた

後に︑参拝者各自がフリバナを持

ち︑磐神社の拝殿前に並ぶ︒神職

が﹁五穀豊穣︑家内安全︑息災延

命﹂と唱えると︑各自がフリバナ

を頭上に掲げて静かに振る︵写真

4︶︒行事終了後︑昔はフリバナを

苗代田の真ん中に挿したが︑現在

は神棚に祀っておく︒

 ︵二〇一二年調査︶

e︑

︵表

1の

33   番︶兵庫県小野市黍田町大歳神社

  大歳神社と毘沙門堂には︑それぞれお宮︵大歳神社︶の当人と︑堂︵毘

沙門堂︶の当人がいる︒両方の当人は︑ムラ入りしている人の中から選

ばれる︒当人は二人で︑年上がお宮の当人を︑年下が堂の当人を引き受

けていたが︑平成一七年からそれぞれ二人ずつの計四人に変更された︒

写真 4  三田市市之瀬・磐神社のハナフリ

(2012年撮影)

(11)

三〇   一月三日の午前一〇時か

ら︑大歳神社の拝殿でハナ

フリが行われる︒参加者は︑

当人が予め作ったツトを持

って拝殿に座る︒ツトとは

一握りの藁の下部を折り曲

げて長さ約三〇センチメー

トルにしたものに︑根付き

の松を水引で括りつけたものである︵写真

5︶︒自治会長が﹁福徳再拝福

徳再拝︑これ時平成□年正月三日吉日をもって︑町内安全︑五穀豊穣︑

息災延命祈願のため︑例年のハナをあげます︒﹂と唱えた後︑﹁ハナ振り

のハナを振ります︒﹂の声に合わせて全員でハナを静かに左右に振る︒行

事終了後︑このツトは本殿に閉まっておき︑一四日のトンドで燃やす︒

  そのまま大歳神社横にある毘沙門堂へ全員で移動する︒予め積んであ

るゴを一人に付き一本取ると︑そのゴで毘沙門堂の床をゴンゴンとつく︒

ゴは長さ約三〇センチメートルの棒状の皮付きの樫の木で︑上部に十字

に切り込みを入れ︑そこに住吉神社の御札を挟んだものである︒その後

ゴを持ったまま町内の墓地にある阿弥陀堂へ参拝し︑ゴを堂内へ納める︒

納めたゴは︑一四日に注連縄とツトとともに当人が燃やす︒その後︑黍

田会館において︑当渡しが行われる︒ ︵二〇一一年調査︶

f︑︵表

1の

54   番︶兵庫県神戸市西区押部谷町木津顕宗仁賢神社

  顕宗仁賢神社の氏子区域は木見︑木幡︑木津であるが︑一月二日に行 われる講 こうには木津だけが参加する︒講頭には︑かつては木津の特定の

三〇軒程だけが参加していた︒

  午前一一時から神社で神事が行われ︑その後拝殿で直会をする︒かつ

ては直会の最中に︑農家の子供がオオドシと呼ばれる約一・五メートル

の榊に直径約一〇センチメートルの石を一つずつ入れた藁苞二つをくく

りつけたものを持って拝殿前に集まった︵写真

6︶︒この藁苞は金玉と呼

ばれる︒オオドシは注連縄などとともに年末に作り︑神棚に供えておく︒

拝殿の中で直会が行われるのと並行して︑拝殿の外に出た大人一人が音

頭を取り︑集まっていた子どもたちが﹁オオドシ︑ハナドシ︑ヨイヨイ

バー﹂と繰り返し唱えながらオオドシの茎の切り口で地面を垂直に叩く︒

回数は特に決まっておらず︑茎の下部が細かく割れるまで行った︒その

際︑葉が落ちれば落ちるほど豊作だとも言った︒オオドシは持ち帰り︑

籾撒きの時に田の水口に挿した︒

  拝殿での直会の後︑今年の恵方の方向に向かって弓打ちを行う︒的に

は鹿とイノシシが描かれており︑的が壊れるまで矢を射る︒現在は直会

と弓打ちは行われている

が︑オオドシで地面を叩

く 行 事 は 行 わ れ て い な

い︒こうしたハナフリ行

事は押部谷全域で行われ

ていたが︑現在はほとん

どが廃絶している︒

 ︵二〇一一年調査︶

写真 5  小野市黍田町・大歳 神社のツト(2011年撮影)

写真 6  神戸市西区押部谷町木津 顕宗仁賢神社のオオドシ

(2011年撮影)

(12)

三一

︑︵

表 1の

67   番︶兵庫県神戸市西区伊川谷町前開下大歳神社

  一月一日の朝八時に︑約四〇センチメートルの榊三本を藁で束ね︑石

を入れた藁苞をくくり付けたものを各自が持参して︑大歳神社に集まる︒

藁苞に入れる石の数は︑白い石三つと赤い石三つや︑五色の石を五つな

ど︑各家によって異なる︒白は米を︑赤は小豆をあらわすという︒神社

では︑神主とともに﹁ハナドシ  ワカドシ﹂の言葉を合唱して枝を振り︑

五穀豊穣を祈る︒持ち帰った榊はその日の内に︑田の水口付近に挿す︵写

7︶︒かつては苗代の水口に挿していたが︑現在はビニールハウスのパ

イプラインの端などに挿している人もいる︒

  ﹃兵庫探検﹄によると︑持ち帰ったハナは榊一本と藁三︑四本に分けて

くくり︑ただちに苗代田に持って行き︑水口に立てる︒そこへ御神酒︑

田作とともに︑枡に白米一升を入れて供え︑恵方を向いて豊作を祈る︒

残りの榊二本と藁は屋根

の軒に挿して保存し︑苗

代田を作る時に再び水口

にさし立てるとい う︒同

様の行事は︑伊川谷全域

で行われていた︒

 ︵二〇一二年調査︶

h︑︵表

1の

86   番︶京都府亀岡市畑野町千ケ畑西山神社

  西山神社は千ケ畑地区と広野地区の氏神である︒西山神社にはカンヌ

シと呼ばれる役職があり︑現在は西山で二人︑千ケ畑で三人の六〇から 八〇歳の男性計五人が務めている︒約三〇年前までは︑年長から六名が六人衆と呼ばれており︑カンヌシを兼ねていた︒  一月三日午前八時一五分より︑西山神社で歳振り神事が行われる︒参拝者は約一・五メートルの樒三本を藁で束ねたものと小餅二つを持参して神社に参拝する︒カンヌシに持参した小餅を渡し︑かわりにゲホウ餅と呼ばれる直径約一五センチメートルの餅と杉の穂をいただく︒杉の穂とゲホウ餅は︑持参した樒の枝の又部分にくくり付ける︒神社で神事が行われた後︑カンヌシは拝殿前に︑参拝者は拝殿前より一段低くなった場所に︑それぞれが今年の恵方を向いて集まる︒カンヌシが﹁オオトシコトシ  サンミョウコガネ  スズノイナツブ  ゴシャクノホタケ︵大歳

小歳三妙黄金鈴の稲粒五尺の穂丈︶﹂と三回唱え︑最後に﹁エンゲン﹂と

言うと︑参拝者全員が樒の枝を

高く掲げながら

﹁ワッハッハ﹂

と大声で笑う︵写真

8︶︒行事が

終わると︑樒の枝は持ち帰って

床の間に置いておき︑五月の苗

代作りの際に田の神様に豊作を

祈り︑水口に挿す︒ゲホウ餅は

ゼンザイや雑煮に入れて家族で

食べる︒  ︵二〇一三年調査︶

写真 7  神戸市西区伊川谷町前 開下・大歳神社の榊(2012年撮影)

写真 8  京都府亀岡市畑野町千ケ畑 西山神社の年振り神事(2013年撮影)

(13)

三二

i︑︵表

1の

90   番︶京都府南丹市園部町半田大森神社

  半田地区は大森神社の氏子であるが︑摩気神社の氏子でもある︒トシ

フリ祭はかつては一月二一日に行われていたが︑現在は二一日に近い日

曜日に行われている︒トシフリ祭は行事の際の音からワードンドンとも

呼ばれる︒

  参拝者は約四〇センチメートルの榊二本を束ねたものを持参して大森

神社に集まる︒一三時より本殿で神事が行われるが︑神事終了後に拝殿

前にある二間四方の舞台に移動する︒舞台を囲むように参拝者が榊を持

って立ち並び︑一人に一枚︑舞台の床に半紙を広げて置く︒神主がその

半紙に洗米を撒いていくが︑その間参拝者は﹁ワー﹂と断続的に言いな

がら榊の根本で舞台の床をドンドンと叩き続ける︒神主が全員に洗米を

配り終えると︑お神酒をいただいて行事を終える︒参拝者は半紙の上に

撒かれた洗米を集めたものと

摩気神社の札を榊にくくり付け

て持ち帰り︑その日のうちに田

に立てる︵写真

9︶︒昔は苗代に

挿していたという︒この行事で

は︑舞台を苗代に見立てて榊の

枝で叩いて音を出すことによ

り︑ムシオコシをして虫を追い

払うのだという︒

 ︵二〇一二年調査︶

j︑

︵表

1の

92   番︶福井県大飯郡高浜町青青海神社

  二月一一日の午前一一時からシバノミイレと呼ばれる行事が行われる︒

修祓︑祝詞奏上︑玉串奉奠など通常の神事が行われた後︑拝殿中央に横

津海地区から選ばれたシバカンヌシ一人が立ち︑シバタタキ役八人がシ

バカンヌシの左右に筵を敷いて座る︒シバカンヌシがシバノミイレの宣

詞を読み上げるが︑その途中で三度︑一斉にシバタタキ役が両手にシバ

を持って立ち上がり︑シバカンヌシの背中を﹁わー﹂と言いながらシバ

で激しく叩く︵写真

10︶︒シバとは︑樫の葉付きの枝三︑四本を藁で束

ね︑実のついた稲穂一本を挿したもので︑各地区ごとに作って奉納する

︵写真

11︶︒すべての枝でシバカンヌシを叩くよう︑途中シバを取り替え 写真 9  京都府南丹市園部町半田・大森神社

田に挿された榊の枝(2012年撮影)

写真10 福井県大飯郡高浜町青・青海神社 シバタタキヤクに叩かれるシバカンヌシ(2012年撮影)

写真

11  青海神社のシバ

(14)

三三 ながら叩くが︑その際に︑葉が落ちている様が魚が豊漁な様子にも見えることから︑葉がたくさん落ちるほどよいとされている︒シバは各地区ごとに持ち帰ってそれぞれの家に分配し︑田や畑に立てて豊作を祈願する︒ ︵二〇一三年調査︶

  金田久璋氏によれば︑現在二月一一日に行われているシバノミイレは︑

もとは旧正月三日の行事であり︑﹁持ち帰ったシバはツクリゾメの日にユ

リダ︵ヌルデ︶の木で作ったゴオウギを田にさし︑三鍬ほどオコシゾメ

をしてシバを植え︑恵方に向かって豊作を祈る﹂とあ る︒   以上︑ここまで兵庫県内の六事例と︑兵庫県外の三事例を参考として

紹介した︒では︑ここであらためてこれら調査事例と一覧表の事例を含

めて︑ハナフリの分布状況について確認したい︒

  まずは兵庫県下の分布状況であるが︑図

1でわかるように分布が南東

部に偏っており︑なかでも神戸市は調査報告が多いことも関係するが︑

分布が濃密である︒一方で︑西部や北部にはほとんど分布が見られない︒

  しかし︑兵庫県の東に隣接する大阪府豊能郡能勢町にも同様の事例が

複数あり︑さらに︹事例h︑i︺のように︑京都府へも広がりを見せて

いる︒加えて︑大阪府では能勢だけではなく南部の和泉市にも分布が広

がっている︒また︑兵庫県北部では分布の薄い日本海側をみると︑すで

に一章で触れたように︑福井県にも︹事例j︺のような事例が分布して

る︒一見すると一つだけ分布が離れているように見えるが︑舞鶴市野 原の若宮神社でも︑榊を藁で束ねた栄 さかしばを持って氏子が早朝︑神社に参 拝し︑﹁柴の実入れ﹂と唱える行事をしてい た︒その枝は田には挿さずに

神社へ納めて帰るが︑﹁柴の実入れ﹂という言葉が共通している点や︑年 頭に榊の枝を持って集団で祈願することからも︹事例j︺と同種の行事

であると考えられる︒したがって︑こうした行事が日本海側にも広がっ

ていたことが指摘出来る︒

  兵庫県西部では全く分布がみられないが︑表

1の 94番の岡山県美作市

角南・角南神社では︑二月五日︵もとは正月六日︶に年柴の神事が行わ

れていた︒神事では︑米と豆を紙で包んで榊の小枝に付けたもの三本を

一束にした︑サンバイドシと呼ばれる枝を社前に供えて豊穣を祈願した︒

その枝は各家が一束ずつ持ち帰って神棚に祀り︑鍬初の日に苗代田に立

た︒こうした事例が岡山にもあることから︑分布はさらに西に広がっ

ている可能性がある︒

  以上をまとめると︑ハナフリは兵庫県内では南東部に濃密に分布する

が︑同様の事例が東は大阪府や︑京都府北部から福井県︑西は岡山県ま

で分布しており︑近畿地方だけではなくさらに広範囲に分布が広がって

いる可能性を指摘できる︒

四︑一覧表からの分析

  次に兵庫県内︑兵庫県外の事例も含めて︑表

1からハナフリの考察を

行いたい︒

  表内の﹁枝の名前﹂の項目は︑行事の際に用いる枝の名前を︑﹁樹種﹂

はその枝の種類を表す︒﹁詩章﹂は︑行事の際に唱え事がある場合︑その

詞章を記入している︒

  まずは︑行事の日程に注目したい︒ハナフリが行われる日程は︑一月

(15)

三四

一日が一七例と最も多く︑次いで多いのが一月四日の一四例︑一月二日

の一〇例︑一月三日の八例で︑約半数の事例が一日から四日までの間に

集中しており︑その他の事例も︑多くが一五日の小正月までに行われて

いる︒  次に︑行事に用いられる枝の樹種に注目すると︑榊が最も多く︑次い

で多いのが樒である︒各地で行われる田遊びや御田祭では︑稲を模した

苗が参拝者に授与されることがあるが︑その多くが松を束ねたものであ

る︒ハナフリでは︑葉が付いたままの常緑樹の枝を用いている点が行事

の大きな特色といえる︒また︑︹事例b︑c︺のフジの蔓で作った輪や︑

︹事例f︑g︺の小石を入れた藁苞︑︹事例h︺の餅︑︹事例j︺の稲穂な

ど︑枝には様々なものが飾り付けられることが多い︒

  行事の際の唱えごとに注目すると︑

24番の﹁おおとしことし三宝荒神﹂

54番の﹁オオドシ︑ハナドシ︑ヨイヨイバー﹂など︑オオトシ︑コト

シ︑ハナトシ︑ワカトシという言葉が頻繁に用いられている︒トシとは

穀類︑特に稲をあらわす古語であるが︑ここでのトシは稲と︑一年の単

位を表す年の両方を指していると考えられる︒その他にも︑早稲︑中稲︑

晩稲など稲の品種を挙げて豊作を祈願するものや︑

63番の﹁晩稲は五束

で八枡﹂や

75番﹁稲一束につき︑あらもとのけて一斗八枡﹂など具体的

な収穫量を唱え︑かくのごとく育てと祈願するものもある︒このように︑

稲に対する豊作を祈願する内容が多い一方で︑

50番︑

68番では豆や麦な

ど畑作物に対する祈願を唱えており︑ハナフリが稲だけではなく作物全

般の豊穣を祈願する行事であることが分かる︒

  唱え言は地域によって様々であるが︑

7番の﹁五尺の穂垂﹂︑

14番の ﹁五尺の穂酒﹂︑

86番の﹁五尺の穂丈﹂など︑地域が離れているにも関わ

らず共通した表現がみられる︒また︑

6番の﹁ヨイヨイバイ﹂︑

54番の

﹁ヨイヨイバー﹂など︑大声で掛け声をあげる場合も多い︒

30番の﹁エー

バァエーバァ﹂︑

73番の﹁エバエバ﹂なども掛け声の一種であると考えら れる︒  次に︑行事の際の所作に注目したい︒事例の集積から︑ハナフリの所

作には︑  ① 枝を振ったりかかげたりする所作を行うもの︵図

1の●︶

  ② 枝で叩く所作を行うもの︵図

1の△︶

  ③ 所作を伴わずに枝を供えるだけのもの︵図

1の□︶

の三つの形態があることを指摘できる︒

  まずは①の所作について︑調査事例を中心にみてみたい︒冒頭に紹介

した︹事例a︺を含め︑これらの所作を行う事例では︑社前に参拝者が

枝を持って集まり︑五穀豊穣を祈願する詞章を唱えながら一斉に枝を振

ったり︑頭上へ高く掲げたりする点が共通している︒︹事例a︺の行事名

称花振りや︑︹事例e︺のハナフリ︑︹事例c︑d︺の枝の名称フリバナ

は︑その所作に由来しているのであろう︒このような事例は︑阪神を中

心として︑播磨︑丹波︑和泉にまで広がりを見せる︒

  次に②の枝で叩く所作を行うものであるが︑こうした事例は枝を振っ

たりかかげたりする所作を行うハナフリと重なるように分布している︒

所作の具体例を挙げると︑︹事例f︺では︑オオドシと呼ばれる榊の枝で

地面を垂直に叩いており︑︹事例i︺でも榊の枝で︑舞台の床を垂直に叩

く︒

44番の神戸市北区下衝原でも︑神職が祝詞をあげると︑行事の参加

(16)

三五 者は樒の枝で社殿の床を叩 く︒

  このように地面や社殿を枝で叩く所作を行う事例がある一方で︑︹事例

j︺のように枝で人を叩く事例も多い︒

73番の大阪府豊能郡能勢町片山

では︑行事の参加者が﹁エバエバ﹂といいながら樒の枝で当屋の頭を叩

いたとい う︒また︑互いを叩きあう事例もある︒

4番の多可郡多可町中

区鍛冶屋の大歳金刀比羅神社では︑当人二人が向かい合い︑樒の杖を持

って叩きあっ た︒

29番の三田市下相野では︑行事に参加した戸主達が︑ 榊の枝で互いを叩きあ う︒   このように︑同じように枝で叩く所作をするハナフリの中にも︑地面

や社殿などを叩くものと︑人を叩くもの︑二つの系統があることを指摘

したい︒  叩く所作を行うもののうち︑枝で社殿や物などを叩く事例は︑各地の

修生会やオコナイで行われる乱声に極めて類似している︒参考に︑兵庫

県兵庫区山田町福地字新池の無動寺のオコナイを紹介したい︒

  無動寺では︑二月五日にオコナイが行われる︒各戸主がシイまたはカ

シの棒二本を持って︑堂内の本尊前と左右それぞれに分かれて座る︒住

職が修生会を勤めている間に鈴が鳴らされると︑各自が前に置かれた板

に手にした棒を叩きつけ︑先端を割る︒二本とも叩き割ると︑当番が牛

玉宝印を押したお札を配り︑各自がその割口に札を挟んで持ち帰る︒そ

の棒は八十八夜に苗代田の水口に立て る︒   このようにオコナイでは︑棒で板や床を叩いて大きな音を出すことに

よって厄を払う︑乱声が行われることが多い︒二章で紹介した︹事例e︺

の毘沙門堂の行事もオコナイの乱声の一種と考えられる︒行事に用いる 樫の﹁ゴ﹂は牛玉杖の略称であろう︒  また︑︹事例e︺のように︑オコナイとハナフリを同日︑もしくは日を

かえて併催している地域も多い︒

  その一例を簡単に紹介すると︑

28番の三田市四ツ辻では︑一月三日に

地蔵堂で法要が︑一月六日に八幡神社で花振りが行われている︒地蔵堂

の法要では︑長さ五○センチメートルの棒状のハゼの木の牛玉杖が配ら

れ︑参拝者は家に持ち帰っておこし初めをする時に苗代田に立てる︒一

月六日の花振りでは︑榊の枝に紙垂を付けたものを各自が手に持ち︑神

前に向かって﹁家内安全  五穀豊穣﹂と唱え る︒

39番の神戸市北区大沢

町市原では︑一月一日に豊歳神社でフリバナのシュウシがある︒参拝者

は榊の長いものに︑雨垂れの小石や大豆をつめた俵型の藁苞二つを結ん

で神社へ参拝する︒これをフリバナという︒フリバナは正月二日の朝オ

コシゾメに苗代の土に鍬を入れて立てる︒一月四日には︑同集落にある

阿弥陀堂でオコナイが行われ︑櫨の木の皮を剥いで長さ八五センチに切

り︑一方の端を十字に割ったゴウズエが配られる︒参拝者は一緒に配ら

れた札を十字の切り込みの間に挟み︑籾種まきの時に苗代の水口に立て

る︒高谷氏が紹介した加東郡中東條村でも︑一月六日に同集落内の薬師

堂で︑堂の頭が行われる︒堂の頭では僧が般若経を読誦するが︑その間

参加者一同が杖の先に樒を付けた牛玉杖で堂の床を三回大きく叩く︒行

事終了後に牛玉杖は︑苗代の水口に立てるとい う︒   オコナイと叩く所作を行うハナフリ︑それぞれの行事の特徴をまとめ

ると︑ハナフリは主に神社で行われることが多く︑榊や樒などの常緑樹

の枝を葉が付いたまま使用する︒一方︑オコナイは堂で行われることが

(17)

三六

多く︑柳や樫などを加工した棒状の木を行事に用い︑床や板を叩いて大

きな音を立てることによって︑厄災を払 う︒   これに対し︑同じく叩く所作をするハナフリでは︑葉が付いた枝で叩

くため︑大きな音がしない︒代わりに︑︹事例f︺のように葉が落ちるこ

とにより︑稲がこぼれる程稔る様子を模擬的に表すなど︑予祝としての

意味合いが強い︒また︑枝で互いを叩き合う所作は︑棒状の木で行うに

は危険が伴うため︑葉がついた枝を用いるハナフリに独特の所作だとい

える︒  以上①︑②の二つの所作について詳細を述べたが︑これら二つの所作

が分布する周縁部で︑③の所作を伴わず︑神前に供えた枝を分配して持

ち帰り︑田畑に挿す事例が広がっている︒

五︑ハナフリの機能

  ここまで︑ハナフリの諸事例を挙げて分布を示し︑さらに事例を集め

た表

1から考察を行ってきたが︑ここで分析をまとめたい︒

  行事の約半数が一月一日から四日までに集中していること︑稲やその

他の作物の豊作を祈る詩章を唱えること︑行事で使った枝を各自が持ち

帰って田や畑に挿すことから︑ハナフリは︑明らかに豊作を祈願した年

頭の予祝行事であろう︒

  また︑すでに述べたようにトシとは稲を表す古語であるが︑行事に用

いる枝をオオドシ︑オトシなどと呼ぶことからも︑久下氏が指摘してい

るように行事で用いる枝が稲に見立てられていることがわかる︒また︑ 枝をハナと呼ぶ事例も多い︒小正月の作られる餅花や削り花などのツクリモノは︑稲の実った様子や花を︑木につけた餅や柔らかい木を削ったもので模すことによって︑今年の実りもかくあれと豊作を祈願する︒ハナという名称は︑稲の花が咲いたその後に実が結実することを予祝した名称であるとも考えられる︒  以上を踏まえた上で︑冒頭の高谷氏︑大森氏の説についてあらためて検討したい︒両氏は︑ハナフリで用いられる常緑樹の枝は︑歳神の依代であると結論付けている︒大森氏は︑常緑樹の枝が歳神の依代であるとする明確な論拠は示していないが︑高谷氏は︑中東條村では歳神を祀る大歳神社でハナフリが行われていることから︑行事で用いられる枝が歳神の依代であるとしている︒  しかし︑集めたハナフリの事例から︑この行事は大歳神社だけではなく︑その他の神社でも行われており︑ハナフリは大歳神社に特有の行事では無いことが指摘できる︒  また︑枝が依代であるという点についても︑検討が必要である︒ハナフリのうち︑枝で叩く所作を行う事例は︑オコナイと所作が類似していることはすでに指摘した︒オコナイで用いる牛玉杖も︑ハナフリの枝も︑

どちらも行事が終わると家に持ち帰って田畑に挿すことは共通している︒

したがって︑ハナフリの枝は牛玉杖が変化したもので︑ハナフリとはオ

コナイが地域的に特色のある形に変化したものであるとも考えられる︒

  また一方で︑ハナフリで用いられる枝は稲に見立てられており︑各地

で行われている御田祭りで参拝者に配られる︑稲の苗を模した模造苗に

も類似している︒それらの多くが松の葉を束ねた松苗であるが︑奈良県

参照

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