博 士 (工 学 ) 石川 学 位 論 文 題 名
自由剪断乱流の組織構造とその低周波数変調
学位論文内容の要旨
仁
最近の乱流研究は,「組織構造」の解明を主題としておこなわれている.乱流の「組織 構造」とは,Kline et al.(1967)によって発見された乱流境界層のパースティングのよう な,流れ場と同程度の大きさを持つ構造性の乱流運動のことをいう.従来までは統計理論 の確立に重きをおいていた乱流研究が,次第に組織構造解明に移行していったのは,組織 構造こそが乱流の本質である混合・拡散作用やエネルギーの生成に大きな役割を果たして いるからにほかならない,
その後,組織構造の詳細が明らかになるにっれ,組織構造自体に非定常な性質(いわゆ る間欠性,不規則性)に注目が集まってきた.例えば乱流後流のカルマン渦列は,その生 成(放出)が周期的におこなわれることで知られる代表的な乱流組織構造であるが,実際 には放出渦一つーつの個性(循環,中心位置,渦核半径など)はそれぞれ異なっている.
極端な例としては渦が消失する場合もある.非定常性は比較的長い時間スケールの変動,
すなわち低周波数変調として現れることが多く,これこそが高レイノルズ数の乱流の本質 的な特性と考えられている.この低周波数変調を明らかにすれぼ,より高精度の乱流の予 測が可能になる.
これまで用いられてきた乱流の解析手法(例えぱ条件付抽出法や位相平均法等)では,
その基礎理論が時間平均の原理によるために,非定常性に関する情報は失われることが多 かった,本研究では,ウェーブレット変換とPOD(Proper Orthogonal Decomposition,固有 関数展開法)という2つの新しい解析方法を採用した.ウェーブレット変換は信号処理手法 のーっであり,解析対象信号の様々な周波数成分について,その時間軸情報を失うことな く抽出できるという大きな特徴をもつ.PODは乱流場を一度,固有値・固有関数に表現さ れる構成成分に展開し,任意の成分を用いてもとの乱流場の再構成が可能となるものであ る.どちらも組織構造抽出が可能であり,さらにはその非定常性にも追従できる次世代の 解析方法である.
本論文は,代表的な自由剪断乱流である,乱流後流と乱流混合層の速度変動をウェーブ レット変換とPODという2つの方法を用いて解析をおこない,大規模渦による組織構造の 抽出を試みる.さらに高レイノルズ数乱流の組織構造の本質的な特性とされる非定常性に ついて,その低周波数変調を明らかにすることを目的とする.また2つの方法の結果の比 較をおこない,得られる構造の差異についても検討する.このことはウェーブレット変換 とPODが乱流研究において,ともに新しい知見を得られる方法と期待されるので,その工 学的意義も大きい.
本論文は,第1章から第7章までの全7章で構成されている.各章の内容については,
― 535―
以 下の通りである.
第1章 は序 論で あり ,自 由剪 断 乱流 の組 織構 造と 本論文の目的および構成について 述べ て いる.
第2章 では ,本 研究 で使 用し た 風洞 ,実 験装 置お よび実験方法について述べている .特 に ,乱流後流に関してはカルマン渦列による組織構造を対 象としている.よって速度変動の 測 定 は, カル マン 渦列 が明確 に規定できる中間後流領域でおこなうのが望ましい.よ って 測 定されたデータから中間後流領域の定義をおこなってい る.
第3章 では ,本 研究 で解 析方 法 とし て採 用し たウ ェー ブレ ット 変換 とPODの基礎理 論に つ いて述べている.またそれぞれの既存の研究を紹介して いる,
第4章 では ,乱 流後 流の 組織 構 造, すな わち カル マン渦列とその低周波数変調につ いて 議 論している.カルマン渦列を含む速度変動に対し,特定 スケール(カルマン渦列のスケー ル 成分に相当する)のMorletウェーブレット変換の結果の 絶対値$lwl$を時系列として スペ ク ト ル解 析を おこ なう ことで ,低周波数変調の程度を明らかにしている.またサンプ ル波 形 に 対し 前述 の解 析を おこな うことで,その有効性を検討している.その結果,乱流 後流 の 速 度変 動に は, カル マン 渦列 の放 出周 波数 の1/25の 低周 波 数変 調が 存在 すること を明 ら か にし た. また その 発生 要因 が乱 流後 流中 に発 達する3次元構造であるとの考察を おこ な っている,
第5章 では ,乱 流混 合層 の組 織 構造 であ る横 渦に つい て議 論し てい る.PODによる 解析 で は,まず支配的構造(エネルギー寄与がもっとも大きい)を抽出するために固有値,固有関 数 の 評 価 を お こ な っ て い る . そ の 結 果 , 固 有 関 数 の第1項 目の みに よる 再構 成 (PODlm ode)で 支配 的な 構造 ,す なわ ち 組織 構造 を抽 出で きることを明らかにした.さらにPOD1 modeの再構成波形と原波形による構造の差異を,r.m.s.値や瞬時渦度場から比較検 討し て いる.ウェーブレット変換による解析では,渦度場の時 系列変化に対して横渦のスケール に 相当する周波数成分の解析をおこない,横渦構造の低周 波数変調の様子を観察している.
第6章では,乱流混合層の横 渦スパン方向の構造と,それに重畳する非定常構造につ いて 議 論 して いる .PODに よる 解析 で は, 第5章同 様に 固有 値の 評 価を おこ ない ,再構成 した 速 度 変 動 か ら 時 空 間 構 造 を 求 め た 結 果 , 混 合 層 外 層領 域で はPODlmodeで 横渦 によ る良 好 な2次 元 構 造 が 抽 出 さ れ る が , 混 合 層 中 心 領 域 で はPOD9modes( 固 有 関 数 の 最初 の9 項 に よる 再構 成) でも 明瞭 な構 造が 抽出 でき ない という 結果をえた.また外層領域ではP ODの モー ドを 段階 的に 上げて いくことで分岐構造や終端構造と呼ばれる非定常構造が 重畳 す ることを明らかにして`ヽる.ウェーブレット変換による解析では,.ウェーブレットのス ケ ー ルを 横渦 構造 のス ケー ルに 固定 して 解析 する こと で,PODlmodeで は抽 出できな かっ た 混 合層 中心 領域 での スパ ン方 向の 横渦 構造 を抽 出して いる.また,第4章と同様な 特定 ス ケールのウェーブレット変換による低周波数変調の解析 をおこない,乱流混合層にも渦通 過 周 波 数 の 約 1/6の 低 周 波 数 変 調 が 存 在 す る こ と を 明 ら か に し て い る . 第7章 は 結 論 で あ り , 本 研 究 で え ら れ た 主 要 な 結 果 に つ い て ま と め て い る .
― ・536ー
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
自由剪断乱流の組織構造とその低周波数変調
流 体 を 取 り 扱 う 機 械 ・ 装 置内 の流 れは ほと んど 全て 剪断 乱流 であ り、 組 織的 な大 規 模 渦 構 造 を も つ こ と が 知 ら れ て い る 。 工 学 的 に 問 題 と な る レ イ ノ ル ズ 数 の 高 い 剪 断 乱 流 で は 、 大 規 模 渦 構 造 そ れ 自 体 が 低 周 波 数 変 調 と よ ば れ る ゆ ら ぎ を も っ て い る 。 こ れ ま で 大 規 模 渦 構 造 の 実 験 的 解 明 に は 、 条 件 付 き 抽 出 法 が 広 く 用 い ら れ て き た が 、 こ れ に は あ ら か じ め 条 件 そ の も の を 設 定 す る と ぃ う 問 題 点 が あ る 。 条 件 を 設 定 し な い で 大 規 模 渦 構 造 を 抽 出 す る 方 法 と し て 、 最 適 直 交 関 数 展 開 法 や 線 形 統 計 推 定 法 な ど が 提 出 さ れ て い る が 、 最 近 で は ウ エ ー ブ レ ッ ト 変 換 が 新 し い 展 開 を 与 え る も の と 期 待 さ れ て い る 。
本 論 文 は 、 剪 断 乱 流 の 代 表 的 な も の と し て 、 乱 流 後 流 お よ び 乱 流 混 合 層 を と り あ げ 、 そ の 大 規 模 渦 構 造 と 低 周 波 数 変 調 を 最 適 直 交 関 数 展 開 法 お よ び ウ エ ー ブ レ ッ ト 変 換 に よ っ て 実 験 的 に 明 ら か に し た も の で あ る 。 あ わ せ て 大 規 模 渦 構 造 の 抽 出 に お け る こ れ ら ニ つ の 方 法 の 特 徴 を 明 ら か に し て お り 、7章 か ら 構 成 さ れ て い る 。
第1章 は 序 論 で あ り 、 自 由 剪 断 乱 流 の 組 織 構 造 と そ の 低 周 波 数 変 調 な ら び に そ れ ら の 解 析 方 法 に 関 す る 既 往 の 研 究 に つ い て 概 観 し 、 本 論 文 の 意 義 と 構 成 に つ い て 述 べ て い る 。
第2章 で は 、 円 柱 の 後 流 に お け る 乱 流 カ ル マ ン 渦 列 の 低 周 波 数 変 調 に 関 す る 実 験 装 置 お よ び 実 験 方 法 に つ い て 述 べ て い る 。 本 実 験 装 置 で 実 現 さ れ た 円 柱 の 乱 流 後 流 は 、 標 準 的 な 統 計 的 構 造 を も つ こ と を 明 ら か に し 、 低 周 波 数 変 調 を 研 究 す る の に 適 切 な 後 流 領 域 を 定 め て い る 。 ・
第3章 で は 、 最 適 直 交 関 数 展 開 法 お よ び ウ エ ー ブ レ ッ ト 変 換 の 基 礎 理 論 を 取 り ま と め 、 そ れ ぞ れ の 特 徴 な ら び に 剪 断 乱 流 の 組 織 構 造 と そ の 低 周 波 数 変 調 の 解 析 に お け る 有 用 性 に つ い て 述 べ て い る 。
第4章 で は 、 円 柱 の 後 流 に お け る 乱 流 カ ル マ ン 渦 列 の 低 周 波 数 変 調 を ウ エ ー ブ レ 変 換 に よ っ て 明 ら か に し て い る 。 後 流 中 の 速 度 変 動 をMorletウ エ ー ブ レ ッ ト を 用 い た ウ エ ー ブ レ ッ ト 変 換 に よ っ て 解 析 し 、 ウ エ ー ブ レ ッ ト 変 換 の 実 数 部 が カ ル マ ン 渦 列 に 起 因 す る 速 度 変 動 の 振 幅 変 調 に 対 応 し て い る こ と 、 ウ エ ー ブ レ ッ ト 変
勝 紀
一 彦
良 誠
一
谷 上
田 藤
木
井
飯
工
授
授
授
授
教
教
教
教
査
査
査
査
主
副
副
副
換の絶対値の変動波形が実数部の変動波形の包絡線になっていること、したがっ て絶対値の変動成分がカルマン渦列の低周波数変調に対する重要な情報であるこ と、などを明らかにしている。これらの結果にもとづぃて、ウエーブレット変換 の絶対値の変動波形のパワースペクトルを求め、低周波数変調の中心周波数が渦 通 過周 波数 の約
1/25 であ るこ とを 明ら かに した こと は重 要な貢献である。さ らに、この低周波数変調に対応するカルマン渦列の変形について考察している。
第5 章では、乱流自由混合層の大規模渦構造とその低周波数変調を最適固有関 数展開法およびウエーブレット変換によって明らかにしている。まず、解析対象 とした乱流混合層のデータベースにつ.いて説明し、本章では混合層のスパン方向 に直角な面内における大規模渦構造を議論することを述べている。最適固有関数 展開法によって得られた固有値の大きさにもとづぃて、大規模渦の基本構造が展 開 の第1 固有関数によって表現できること明らかにし、これによる渦度の分布を 求めているふまた、渦度の変動波形のウエーブレット変換を求め、渦度が低周波 数の変調を受けていることを明らかにしている。
第6 章では、乱流自由混合層のスパン方向と主流方向を含む面内における大規 模渦構造とその低周波数変調を明らかにしている。混合層の外層領域における速 度 変動の最適固有関数展開法による解析から、大規模渦の基本構造が展開の第1 固有関数によって表現できること、この構造がスパン方向の軸をもつ渦管である ことを明らかにするとともに、ウエーブレット変換によってこの大規模渦構造が 低 周波数変調を受けていること、その中心周波数が大規模渦の通過周波数の約1
/
6であることをはじめて明らかにしている。これは乱流混合層に対する重要な 知見である。さらに、混合層の中心領域における大規模渦構造が、最適固有関数 展開法によっては抽出できないにもかかわらず、ウエーブレット変換は明確な構 造を抽出できることを示し、乱流構造研究におけるこれらニつの方法の有効性と 限界を論じている。
第
7章 は 結 論 で あ り 、 本 論 文 で 得 ら れ た 結 果 を 総 括 し て い る 。
これを要するに、本論文は、自由剪断乱流の大規模渦構造およびその低周波数 変調を最適直交関数展開法およびウエーブレット変換によって明らかにし、もっ て自由剪断乱流の構造解明ならびに制御に対する重要な新知見を与えたものであ り、流体工学の進歩に寄与するところ大である。