法律職の専門性について
ただいまご紹介いただきました弁護士の濱田 夫です。今日お話をさせていただく機会を与えられまして大変嬉し く思っております。 成蹊大学とはあまり縁がないと思っていたのですが、 学生の頃に正門前の並木道の前を通りかかっ た記憶がございまして、今日も欅の並木がどうなっているのかなと思いながら来ました。あれから 50年以上経ってい るわけですが、立派な樹になっていまして、ずっと並木が残っているというのは素晴らしいですね。大変懐かしく思 いました。 先ほどご紹介くださった高桑昭先生とは司法研修所 14期2組のクラスメートとして古い仲でございます。私が最高 裁判所の第三小法廷の裁判官であった2005年に、高桑先生が成蹊大学の法科大学院の第一期生の学生さんたちと 一緒にお見えになり、お話をさせていただいたことがありました。やはり成蹊とはそれなりにご縁があったのかなと 思います。高桑先生とはその後も国際会議などの準備で助けていただく機会があり、ごく最近も東京であったIBA ( In te rn at io na lB arAs so cia tio n)の4、5000人集まる大会の際にも高桑先生には大変お世話になりました。〔講
演〕
法律職の専門性について
濱田
夫
最高裁判所判事の人事はいまだに分からないもので、どういうわけだか小泉内閣の時に私に話しがきました。私も 驚きましたけれども、周囲の人からも大変驚かれました。私は若い頃に法廷事件をやったのみで、実務としては国際 的なファイナンス、その他投資助言のような仕事を 40年以上やっておりました。弁護士出身の最高裁判事は、それま ではだいたい弁護士会の会長や司法研修所の教官をなされた方でしたので、私のように法廷事件をほとんどやってい ない者が最高裁判事になること自体、非常に驚かれました。これは国際的にもアメリカやヨーロッパの一緒に仕事し ている弁護士たちからもです。つまりビジネスロイヤーがその国の最高裁判事になること自体が珍しかったというこ とです。これは偶然か必然か分かりませんけれども。 それから 70歳で定年になり、森・濱田松本法律事務所に客員として帰って5年間そちらにおりましたが、 75歳の時、 いまから3年前にそちらを出まして、いまは日比谷パーク法律事務所という「一票の格差」のことで新聞やテレビに 出ている久保利英明弁護士の事務所に、また客員として在籍をさせてもらっています。 5年間裁判所にいたこともあり、その間に私のメインフィールドであるところの国際金融や証券など金融関係は、 日本でも法律制度や内容が非常に変わりまして、現在は仕事としてはほとんどやっておりません。現在は、企業の社 外役員や企業不祥事に関する第三者委員会などの仕事が中心です。去年の今頃は日展(日本美術展覧会)について新 聞などでも報道されて話題になりましたが、その第三者委員会に委員長というかたちで仕事をさせていただきました。 そのほか、裁判員経験者、弁護士、臨床心理士、カウンセラー、法学研究者が一緒になって設立した裁判員経験者 ネットワークという裁判員経験者の心のケアの問題を扱うことを主目的として設立された任意団体の世話人もしてお ります。 成蹊法学82号 講 演
それから臨床心理のグループワークの世話人や再生可能エネルギーの普及を目的とした社団法人太陽経済の会とい う非営利団体の会長もしております。そのほか趣味として、クラシック歌曲を歌っており、この間はその歌の会の 20 周年コンサートでシューベルトの歌を歌いました。また、絵を描いたり、結構忙しくしております。 本日の演題を「法律職の専門性について」とさせていただいたのは、好奇心が強いものですから、いろんな本を読 んだり、 映画を観たり、 インターネットで情報を見たりするなかで、 「法律職がこれから一体どういうものになるの か」ということについて考えてみたい、そういった私の感想をみなさまにご紹介させていただこうと思ったからです。
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[2045年問題]ないし「
Sin
gu
la
rit
y(技術的特異点)
」と法律専門家の将来
はじめに、 こ の 「 2045年問題」 で す。 「 Sin gu la rit y」 、 日 本語では 「技術的特異点」 となっておりますが、 こ れはコンピュータ・テクノロジーの進歩によって、人類の知性を超える、言わば機械的な知性が生まれると言われる 特異点です。それが2045年に起こると予言をした人がいます。それで「2045年問題」という言い方をするの ですが、それより早く来るのではないかと言う人もいます。松田卓也先生という神戸大学の名誉教授で宇宙物理学者 であり理学博士の方が、昨年、廣済堂出版から『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』という大変面白 い新書をお出しになりました。今のところ日本ではまだそれほど話題になっていないのですが、松田先生は非常な危 機感を持ってこの本を書かれています。最近のご講演にもうかがいました。内容としては、今の速度でコンピュータ 技術開発が進んでいくといずれかの時点で、人が作ったはずの人工知能が人間の知能を超えていく、そうなった時どうなるか、そういう問題を考える必要があるのではないかと、松田先生は一生懸命この問題を取り上げていらっしゃ るわけですが、これにはいろいろな考え方があります。 ・ Sin gu la rit yは到来するか? 肯定(悲観)説、否定(楽観)説、不問説 まず、 そういう Sin gu la rit yが到来するか否かということもありますが、 到来するという説のなかでは、 人類の運 命は非常に悲観的な状況になるのではないのかという説があります。人間の脳のなかで起こっている現象は、いわゆ る化学変化、ケミカルな変化と微弱電流が、このシナプスと何千億という脳神経細胞のなかでいろんな結合をして人 間の意識ができあがっているということです。これは、いずれテクノロジーで解明できるんだという考えです。情報 の集積度、ビッグデータなど電算機による集積度は単に情報を集積し、分析だけではなく、パターン認識ですとか、 自分で考えるまさに人工知能、 そ ういうものが直線的に進行するのではなく、 半導体の進歩における 「 ムーアの法則」 といった冪乗の急カーブで開発が行われていきます。いまやそういったことが実際に進行しつつある状況だと思いま す。 ごく最近 12月2日にイギリスのテレビBBCで、みなさんご承知の有名な理論物理学者のスティーヴン・ホーキン グ博士がインタビューで警告をしたというニュースを目にしました。 ホーキング博士は人工知能 (AI、 Ar tif ici al In te llig en ce ) の 開発が急速に進展しているとして、 一方、 人間はバイオロジカルで生物的進化しかしないので、 も のすごい勢いで進歩する人工知能が、人類の存在そのものを脅かす可能性があるという見解を述べられています。脅 成蹊法学82号 講 演
かすだけならいいのですが、人類が機械の奴隷になってしまうのか、それとも共存できるのかという問題になるわけ です。 楽観説のほうは、コンピュータは情報を学んだり、整理したり、分析したり、エキスパートシステムなど、ある程 度いろんな形で進化するかもしれないけれど、 文化、 カルチャーは学べないんだと考えています。 あ くまでコンピュー タは人類を補完する道具に過ぎないのであって、人類のライバルにはならないという考え方です。 この楽観説に近い中間説のような考え方は、最近私が目にしたものは、人間社会の未来は自然に起きる訳ではない。 これは人類が自分自身で絶滅の方向に進むのか、進歩を続けるのかを選択できるんだと主張します。今できることは、 非常な勢いで進歩しているコンピュータ・テクノロジーを上手く使って新しいものを作り出し、人間の社会が少しで もよくなることをすべきであるということです。 『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』 (2014年、 NHK出版) という本があります。 1ある ものから2、3にすることは易しいけれど、ゼロ、なにもないところから1を作りだすことこそ大変であって、それ が人類の世界、社会をよくするためにみんなで一生懸命やるべきだと主張する本です。人がやったことをフォローし て、 2倍、 3倍にするのではなく、 なにもないところから新しいものを作れということです。 著者のピーター・ティー ルは非常に成功した企業家です。オサマ・ビンラディンをアメリカの奇襲部隊がパキスタンで襲って殺害しました。 その際にビンラディンがどこにいるか、コンピュータが集めたものすごい数の情報を最後は人間の目で見たそうです。 今のところ人間の脳をコンピュータが代替できる状態ではないので、進歩したコンピュータ技術と人間の目が一緒に なって分析し、ビンラディンの居場所を特定したそうですが、そのアプリケーションを開発したとされる会社などを
経営されている人物です。 ・ 映画になった人工知能 コンピュータと人類の関係については、 ジョニー・デップが主演した 『トランスセンデンス』 (2014) という 映画をご覧になった方もいらっしゃると思います。 「トランスセンデンス( T ra ns ce nd en ce )」の意味は変容するとい いますか、 どこかでぱたっと変わるという、 ある意味では先ほどお話ししました Sin gu la rit yの考え方に近い言葉で す。非常に優れたコンピュータ・サイエンスのエキスパートが自分の脳や意識を機械のなかに全部アップロード、移 転して、肉体は死んでも、肉体自体をコンピュータ技術で再生するというテーマになっていました。そのほか『マト リックス』 (1999)とか、だいぶ前になりますけれども『ターミネーター』 (1984)や、もっと古いものでは 『2001年宇宙の旅』 (1968)など、そういうサイエンス・フィクションといった映画の系列があります。いま やそういう映画に描かれた世界が現実になりつつあります。現在、現実の世界で非常に高度な人工知能の開発を国家 的な政策として一所懸命やっているのがアメリカ、EU、そして中国も非常な勢いでやっているようです。企業では みなさんご承知の Go og leが非常な勢いでこの研究開発をしております。 自 動運転の自動車がアメリカでは公道を走 る、普通の道路を人間より事故率が少ないとされる形で走っているということが現実となっています。 2045年問題、 Sin gu la rit yが到達する以前の現在の状況から見た近未来のなかにおきましても、 こ ういった高 度な人工知能が独裁的な国家や狂信的なグループや個人の手に入った場合、政治的な覇権やヘゲモニーを確立するた めに使われる恐れがあります。また、これが私企業によって追究されていきますと、経済的な利益を第一とする活動 成蹊法学82号 講 演
にこれが使われるかもしれない。さきほども述べましたが、この問題はホーキング博士も言っていますが、人間とい うものは生物ですから死ぬわけです。どんなに頭のいい素晴らしい人でも死ぬわけですが、この機械ってやつは死な ないのですね。 映画 『トランスセンデンス』 でジョニー・デップ演ずるところの、 コンピュータのなかに入ってしまっ た人間は自らの肉体を補修します。機械も自分で考えて自分を自動的に補修することができるわけです。そうすると 永久的に機能するのですから、いま申し上げたような問題、人間がいかに機械をコントロールするかが非常に大きな 問題になるということです。 ・ 第三次産業革命? 松田先生はこの本のなかで、 19世紀に起こった産業革命、それから 20世紀に起こった産業ロボットの導入によって、 いわゆるブルーカラー労働者が失業しましたが、それに続く3回目の技術的失業について書いています。つまり世の 中の仕組み、 経済活動の動きかたが非常に大きく変わることによって、 例えば bo t(人工知能ソフトウェアを装備し たロボット) の 導入によってホワイトカラー労働者が職を失うといったことや、 専門職の衰退、 そのなかで証券トレー ダーとか弁護士も挙げられていまして、 それでこの本をご紹介しているのですけれども (笑) 、 そういうことが起こ るのではないかということです。 現にアメリカの訴訟では、 日本の民事訴訟ではあまりやられていない、 dis co ve ry という証拠開示の手続があり、 いまは e-d isc ov er y ( E lec tr on icD isc ov er y) で 電磁的に数百万単位のデータのなかから関係する証拠を選び出し分 析をしています。先ほどもビンラディンのところでお話ししましたように、情報を絞った上で最終的には人間の目、
つまり弁護士や法律専門家が見て判断をしています。私の若い頃はアメリカの弁護士事務所で若手弁護士が、独禁法 訴訟や巨大訴訟において、それこそ朝から夜中まで書類を読む作業に追われて何年もその事件しかやらないといった ことがありましたが、そういった作業は全部機械がやってしまう。そうなるとアメリカにはご承知の通り100万人 を超える弁護士がいますが、機械によって代替される部分が大きくなってきますので、必要とされる弁護士数が激減 している。日本でも司法試験合格者数について、せっかく司法研修所を卒業しても就職できないような状況が社会問 題にもなっておりますが、実はアメリカでもこの数年来いわゆる巨大法律事務所の採用は非常に渋くなり、アメリカ でもいいロースクールを出ていい成績であれば、いい法律事務所に入ることができ安泰だという状況では無くなって きているようです。それは他にもいろいろな背景があります。例えばアメリカでは社内のリーガル・デパートメント が膨張しているなど、企業の社内弁護士が非常に強くなり、外部の巨大事務所のリーガル・フィーについてかなり渋 く査定をしたりするようです。いろんな事情はありますけれど、中長期的に言いますと、こういったコンピュータラ イゼーションによって法律職が影響を受けていくことは避けられません。 ・ 米国における各種職業の未来の研究 まさにそのことについてオックスフォード大学の研究者たちが昨年研究論文を発表しました。アメリカの職業を7 02個のカテゴリーに分類したなかで、いまから 10年から 20年の間にコンピュータ化によって消滅の危険にさらされ るものが 47%あると言っております。 この研究の論文のタイトルは 「 T heF ut ur eo f E mp lo yme nt :Ho wS us ce pt ib le Ar eJ ob st oC omp ut er isa tio n? 」( C ar lB . F re ya ndMi ch ae lA . Os bo rn e( Ox fo rdU niv er sit y) , Se pt emb er1 7, 成蹊法学82号 講 演
20 13 )です。これはインターネットにも出ておりますので読むことができます。 このなかでパラリーガル、アメリカでは弁護士をサポートするスタッフのことをパラリーガルと言い、最近は日本 でも多少使われておりますが、そのほか法律事務所の事務員など、こういった職種はこの研究によりますと 94%の確 率で消滅すると言われています。 一方これは大変面白いのですけれど、 原文では単に 「 L awy er s(法律家) 」 となっ ておりますが、 いわゆるアメリカは法曹一元で、 裁判官も検察官も元は弁護士という形ですので、 この L awy er sに は裁判官も検察官も入ることになると思いますが、こちらの消滅の確率は 3.5%なのでかなり安泰のように見えます。 しかし、先ほどもご紹介したように職種としては残るかもしれませんが、絶対数は法律家といえどもコンピュータに よって代替されると予想されているようです。 それでは将来職業として生き延びるのはどういうものかということですが、このオックスフォード大学の研究者た ちの結論としては 「創造的知性 ( C re at iv eI nt ell ig en ce )」 、「社会的知性 ( So cia l In te llig en ce )」 、 そ ういうものが必 要とされる分野の職業は残るのではないかということです。この創造的知性は、いわゆるオリジナリティ、それから ファイン・アーツといった芸術の分野ですね。 社会的知性のほうは社会的な問題についての感受性 ( So cia l P er ce p-tiv en es s) 、 交渉したり ( Ne go tia tio n) 、 説 得したり ( P er su as io n) 、 他 人をサポートしたりケアをする ( As sis tin g, C ar in gf orO th er s) ことなどです。 ですから法律家という職業でこの線を伸ばしていくことが、 ひとつの生き延び る道かなということになります。
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「専門家」一般への信頼性
「専門家」とは、技術・芸術・その他特定の職域に精通し、専門的な知識と能力のある人。また合理的・科学的に 特定の分野の真理の追求にあたる人のことを指す、 と一般的には言われています。 一方、 「専門バカ」 という言葉も ありまして、専門家に伴う欠点もあります。これは一般論ですが、自信過剰、閉じられた知見、仲間内の用語、符牒 を使う独特の集団の形成、細部に精通しすぎて、全体像を見失うといった傾向があります。自然科学の分野でも宇宙 物理関連のシンポジウムやインターネットの会合などで私が最近聴いたことで申し上げますと、技術者や研究者たち はそれぞれの部門での専門性があまりにも細かくなりすぎていて、全体像を見失っているような研究とか製品開発が 最近非常に多くなっているのではないかということです。自分の専門分野の利点・欠点を知りすぎていて、かえって 新しいことを企画できない。 専門家とは 「昨日予測したことが今日なぜ起こらなかったかを明日になって説明する人」 とからかわれることもあるようです。いま申し上げた欠点は法律職についても思い当たると言いますか、かなり適合 すると思われます。 「素人専門家( L ayE xp er t) 」という考え方があります。結局専門家は理論を振りかざすが、それが現実にどうい うふうに行われているのか、いないのかということに疎い点があり、現場のほうが実際はこういう問題がある、ああ いう問題があるということに精通していることがあります。むしろ現場の人の声を聴くことによって、専門家が専門 性を発揮し助力ができるんだという考え方もあります。 いま5年を経過した裁判員制度の裁判員も、現実に起こっている生活の場面での事実認定については 裁判員に 成蹊法学82号 講 演は、いろんな職業、境遇、経験を持った方がいます。3人の職業裁判官と一緒に刑事事件を審理する6人の市民裁判 官を、日本では裁判員と言っています(英語では L ayJ ud ge という言い方をしています) その人たちの見方、異 なった見方をお互いに戦わせ、交換することによって、職業裁判官と共に新しいコンセンサスを導く、そういう意味 で事実認定については裁判員も一種の L ayE xp er tであると言えると思います。 専門家に対して一般の人たちがなにを期待しているのかについて、面白い話しがありますのでご紹介したいと思い ます。これは2011年の東日本大震災の後、現地で行われたシンポジウムにおきまして、ある科学哲学者がその場 にいた聴衆に対して「どんな専門家がいい専門家だと思いますか?」という質問をしました。それに対する聴衆から 返ってきたのは、 「高度の知識をもっている人」や「責任をとってくれる人」といった答えではなくて、 「いっしょに 考えてくれる人」という答えだったそうです。
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これからの法律職に必要とされる専門性
これからの法律職に必要とされる専門性は、 まず第1に法律知識や概念を習得して、 それを論理的に操作する知識・ 技術の習得ですが、これだけでは不足です。法律知識の切り売りですとか、一定の書式を埋めて行政庁に出すような 仕事はもう法律専門職の仕事とは言えません。基礎的な知識・技術は当然必要なのですが、それだけで務まるような 状況ではなくなっていると言えます。 2番目に必要とされる専門性は、状況や問題についての新しい視点を発見し、それを解決する方策を創造する能力 です。これに関連して二つばかり引用と紹介をします。ひとつはみなさんもご承知と思いますが、アイルランドの小説家・劇作家であるバーナード・ショーの言葉を英語ですが読みます。 Re as on ab le ma na da pt s hims elf tot he wo rld :t he un re as on ab le on e pe rs ist s int ry in gt oa da pt th e wo rld toh ims elf .T he re fo rea ll pr og re ssd ep en dso nt heu nr ea so na blem an . ( Ma na ndS up er ma n, B er na rdS ha w ) つまり、 「合理的な人間は世の中に自分を合わせようとするが、一方、合理的ではない非合理な人、 Un re as on ab le Ma nは世の中を自分に合わせようとする。 従ってすべての進歩はこの非合理的な人間に依っているのである」 とい うことです。 この合理的人間 ( Re as on ab leM an ) と いうのは英米法ではいろんな判断の基準として出てきます。 「合理的な人間が疑いをもたない程度に」とかですね。 Ma no nt heS tr ee tなどとも言われます。バーナード・ショー は皮肉屋でも有名なのですが、世の中の仕組みはこうなっているから仕方ないと、それに合わせて生きようとしてい る限りは進歩は生じないよという警句です。 もうひとつご紹介するのは、 こちらもみなさんよくご存知の Ap ple 創業者のスティーヴ・ジョブスがスタンフォー ド大学の卒業式で行った有名なスピーチでの 「 St ayf oo lis h! 」 と いう言葉です。 先ほどご紹介した Un re as on ab le Ma nと同じような感覚かなと思います。 ここで言う 「バカでいろ!」 は多少レベルアップのバカです。 こんなもん だと自分自身の生き方なり世の中の仕組みを考えてしまっては、新しいものは生まれない。ジョブスのスピーチはイ ンターネットで全部聴くことができますので御興味のある方はご覧になるとよろしいと思います。 こういったクリエイティビティが必要ですね。法律の授業でも先生方がおっしゃっていると思いますが、条文とか 判例をすでに与えられたものとして最初は勉強するのですが、それだけに留まっていてはダメだよということです。 成蹊法学82号 講 演
判例もいつかは新たなものができるわけです。法律の読み方も同様です。日本では憲法は世界的に見ると異例にも柔 軟な読み方がされていましたが、最近はいろいろ変な状況になっています。それはともかくとして、日本の法学は成 文法と言いながら読み方はいろいろあり得るということで、新しい視点を見つけ、それを実現していく方策を作って いく能力が必要です。 3番目は人間の思考・行動についての理解です。法律家の専門性の重要な部分を為すものとして、こういった人間 理解が重要な部分を占めていくであろうと私は思っております。交渉により人々をまとめたり、人々のあいだの差異 ( Di ffe re nc e) を調整する能力ですとか、 説得により他人の考えや行動を変更させる能力。 また、 依頼者など他人を 支援したり、ケアをする能力がこれからの法律職に要求される専門性になるのではないかと思います。
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法律専門家に必要とされる資質および知見
(1)法曹としての基本的資質の「3Yの原則」 次に法律専門家に必要とされる資質および知見についてお話をしたいと思います。私がよく存じ上げている元裁判 官で弁護士、またスウェーデン法の研究をされている神奈川大学名誉教授の萩原金 かね 美 よし 先生がおっしゃっていたことで す。法律職の専門性や裁判員制度、そのほかいろんな問題について精力的にお書きになっています。だいぶ昔ですけ れども、萩原先生が法曹としての基本的資質である「3Yの原則」を述べられたことがあります。第1のYは「やわ らかな頭」 、第2のYは「優しいハート」 、そして第3のYが「勇気」 、この3つを挙げられていました。 第1の「やわらかな頭」について萩原先生の言葉を引用しますと「……硬直した頭の持ち主の強烈な正義感は、彼または彼女が権力を有する時、恐るべき害悪をもたらす危険が有る……」 、「やわらかな頭とは、あらゆる面において 柔軟な思考ができる頭脳を意味する」 。 こ れは先ほどから述べているような新しい視点を見つけることとも共通する 点だと思います。第2の「やさしいハート」については萩原先生も「……特に説明する必要もあるまい……」とおっ しゃっていますのでよろしいと思いますが、 第3の 「勇気」 、 こ れがなかなか問題だと思います。 萩原先生の言葉を 引用しますと「どんなに優れた柔らかな頭も、限りなく優しいハートも法曹の職務の遂行においては、勇気を欠くと きは所詮無益である」とおっしゃっています。これは私も自分のことを顧みて思い当たることがあるのですが、つま り勇気とは、言うべき時に言うべきことを言う、行うべき時に行うべきことを行うということです。それを要求され る時がみなさんの日常生活のなかにもあると思います。法律家であってもそうではなくても、社会生活のなかでいろ いろあるかと思います。やはり人間の行動様式はまず自分の生活や身のことを考えて、生存のために言わないでおこ う、やらないでおこう。ほとんど、そういうことです。でも、法律家は大きな場面だけではなくて小さな場面だとし ても、そのタイミングの時に言うべきことを言う、やるべきことをやる、然るべき判決を下すべき時は下すべきであ るのですね。 私 もちゃんとやったかと言われると自信はありません。 「勇気」 についてはこの3つのYのなかで、 一 番難しいのではないかと私はいま思っております。 (2)ミッション(使命、何を成し遂げたいか) : Wh y ↓Ho w ↓Wh at その次に必要とされる資質の2番目の問題として、私が挙げたいのはミッション、使命感です。なにを成し遂げた いのか。 そこが必要ではないかと思います。 弁護士を英語で言いますと、 Ad vo ca te と C ou ns elo rという言葉があり 成蹊法学82号 講 演
ます。 Ad vo ca te は依頼者なり自分の信念なり特定の主張をするファイターです。 それが Ad vo ca te です。 C ou ns elo r というのは助言をする。 自分がプレイヤーになるわけではなくて助言をするのが C ou ns elo rです。 この両方の機能を 場合に応じて発揮する必要があるわけですが、中心にくるのはミッションです。自分がなにをやりたいのか、なにを すべきなのかという使命感です。こういうものが法律専門家に要求される資質だと思います。 (3)健康・体力 3番目に必要なことは、これも言うまでもないことですが、体力や健康です。最近ノーベル賞を受けられた中村修 二さんがおっしゃっていたことを引用させていただきます。研究で成果を上げるために必要なこととして「知恵と体 力、両方のバランスが大切なんです。考えて、実験して、その結果を見て、また考えて、……考えるだけでなく、体 を動かせるように自分を鍛えたことが、後の成功のカギだったように思います」とおっしゃっています。これは「考 える体力」とも表現されています。いずれにせよ先ほど紹介をしましたホーキング博士のように車椅子に座って、身 体障害者であるにも関わらずものすごい知力を発揮されている方もいらっしゃいますが、一般人としてはやはりそう いった仕事や、自分の生き方を貫くための健康や体力はどうしても必要です。法律職の専門性を発揮する上でも必要 になります。 (4)コミュニケーション力 それから4番目は「コミュニケーション力」です。これは人の話しを 聴く ことです。英語で言えば L ist en です。
聞こえてくる音を捉えるのではなくて、意志を持って「聴く」能力がコミュニケーションにはまず必要です。それか ら文章力。書いて自分の思いや考えを人に伝えること。最近ではインターネットやツイッターなどありますが、そこ でも言葉の威力は非常にあるわけです。 またIT技術そのものです。 いまはそういったコンピュータでのコミュニケー ションを円滑に行うことがどうしても必要になります。 さらに外国語です。英語は残念ながら必要不可欠です。もちろん英語ひとつでも大変なのですが、これからのみな さんは英語+αです。いまは中国語を学ぶ人が増えているようですが、昔はスペイン語、もっと昔はドイツ語、フラ ンス語など。いずれにしても英語+αを獲得することが、法律職の専門性を考える場合はどうしても必要になってく ると思います。 日本の企業も日本人全体もこれまでのように外国に留学に行くのは特殊な人で自分はあまり関係ない、日本のなか で何かしていればいいやと考えていた時代はもう過ぎまして、いわゆるグローバライゼーションは黙っていても外国 からの人やモノ、サービスなどが日本のなかに入ってきますし、そういった方たちとお互いにいろんな見方を交換し ながら共に生きていくことはどうしても必要になると思います。こういった言葉があります。 「……ほんとうのプロというのは他のプロとうまく共同作業できる人のことであり、彼/彼女らにじぶん がやろうとしていることの大事さを、そしておもしろさを、きちんと伝えられる人であり、そのために他の プロの発言にもきちんと耳を傾けることのできる人だということになる。一つのことしかできないというの は、プロフェッショナルではなく、たんにスペシャリストであるにすぎないのである。 」 (鷲田清一著『哲学の使い方』岩波書店、2014年) 成蹊法学82号 講 演
これは人同士の問題だけではなくて、コンピュータとも共存し、お互いに補完しながら新しいものを作っていくこ とにも通ずるわけで、自分のフィールドではこうなっているのだからしょうがないと、他の領域や一般の人とコミュ ニケートできないような専門家はありえないんですよということです。これはコミュニケーション力のひとつの側面 になると思います。 (5)人間の存在、思考および行動について理解する力 ア 一般教養 最後に概括的な問題になりますけれども、人間の存在や思考、行動について理解する力が必要です。これは現在で もそうなのですが、これからの法律職には一層必要とされることです。まず一般教養です。一般教養は専門的知識の 正しい利用方法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導くもの、これが大学教育の目的だとい うことです。これは孫引きですけれども、ジョン・スチュワート・ミルの大学教育論にそういう言葉があるそうです。 これは一般的にも言えると思います。そのために文学、芸術、哲学、宗教というものに触れる必要があります。これ は先ほどお話ししたことに繋がると思いますが、いわゆるコンピュータライゼーションが進行していった時に、 Sin -gu la rit yは恐れるに足りないという説のなかに、機械は文化を学べないということがありました。人間には文化があ る。それをどこまで信じるのかという問題はありますが、我々は人間の持つ文化を機械に移すことができない、ある いは少なくとも非常に難しい。その移すことのできない分野を開発していくことが非常に重要だと思われます。先ほ ども申し上げたように専門家として独りよがりになり、自分の穴のなかに閉じこもるのではなくて、周りの世界との
繋がりを常に求めて、それを構築していくという面からも一般教養は非常に必要だと思います。 イ 臨床心理学・認知心理学 次に勉強すべき領域としては臨床心理学・認知心理学です。これは自分自身とはどういう存在かを知るということ や、人間一般の行動や考えを理解するのに非常に役に立ちます。最近は面白い研究が出ていまして、日本でもそれを 紹介する翻訳も出ています。臨床心理とか認知心理の分野で研修という方策もあります。もちろん本を読むことも必 要ですが、私が関係している二つの研修をご紹介したいと思います。一つは臨床心理のグループワークの一種を行う、 東京ファンタジーグループ研究会です。 F ac eb oo kのページに紹介されています。 2015年の2月に1泊2日の研 修をします。これはお亡くなりになられた京都のユング派で臨床心理学の大家で、河合隼雄先生ともご一緒に活動を されていた樋口和彦先生が日本で開発された非常に面白い研修です。 もう一つはランドマーク東京センター ( ht tp :/ /t ok yo .tr an sfo rma tio n-jp .co m/ ) というところが、 自分の持って いる壁を突き破る「ブレークスルーテクノロジー」という研修をやっておりまして、こちらにも私は関係しておりま す。そういった研修に参加されると、無料ではないのですが、それなりの成果はあるのではないかと思います。 ウ 脳科学・社会心理学 次の学ぶべき領域は、先ほどと少し似ておりますが、脳科学や社会心理学です。脳科学はご承知のように、ものす ごい勢いで進歩しております。これまで心理的哲学的に考えていたことが、脳細胞、または脳のなかの特定の部位の 作用によってこうなるというように、人間の行動が科学的に説明できる分野がどんどん広がってきています。これも 面白い分野ですし研究に値します。 成蹊法学82号 講 演
エ 統計学・行動経済学 最後には統計学を挙げたいと思います。これは私も最近勉強を始めました。統計は結構面白いですね。法律とはあ まり関係がないようですが、いろいろな社会事象を考えていく時に、直観的な処理だけでは済まないので、論理的に 考える場面においては、統計的手法において物事を把握分析することが法律職にとっても必要になるのではないかと 思うのです。統計学をうまく利用して経済学があるのですが、経済学のなかでも最近流行っていて、また面白いのは 行動経済学、 B eh av io ra l E co no my です。古典的経済学は、人間は市場のなかで経済人( ho mo ec on omi cu s)として 常に合理的な判断をするという前提で、需要供給その他の働きのなかで人間のモヤモヤ、ゴチャゴチャした合理的と は言えないところは捨象して考えます。この行動経済学は人間は一見非合理な行動をしてしまうことを当然と考えま す。例えば同じことを裏から言うのと、表から言う、その言い方によって、論理的にはまったく同じなんだけれども、 全然違う反応をしてしまうということです。つまり今までのような、理想的・理論的な市場において、人間は合理的 のみに動くという前提そのものがおかしいのではないかということです。これはアメリカ、ヨーロッパ、また日本で もなかなか面白い研究が出ています。 ということで、結構世の中には面白いことがたくさんあります。私は 78歳になりましたが、結構楽しんで遊んだり 勉強をしたりしております。どんな分野でもいいのですが、やはり探求すること、新しいことを学ぶことが大事です。 仕事のためだけでなく、みなさんの気に入った分野で、いろいろ勉強されるとよろしいのではないかと思います。
会場との質疑応答
城所岩生先生 : 成蹊大学法科大学院の講師をしております城所です。さすが元最高裁判事らしい大所高所からのお話 ありがとうございます。今日ここにおられる学生さんのなかで法曹界を目指している方もいらっしゃると思いますが、 就職した先で法学部出身だから法務部に配属されるなど、今後、法律職に就かれる方も結構いらっしゃるのではない かと思います。3番、4番ですでに述べられているかと思いますが、濱田先生は企業法務の方々から依頼を受けるな どおつきあいがあると思いますが、企業法務に携わる際のアドバイスがあればご紹介いただけましたらと思います。 濱田先生 : 私自身は企業法務については、 外からの Ou ts id eC ou ns elといったかたちでアドバイスをしてきておりま すので、企業のなかに入った場合について必ずしも詳しいわけではございません。私の経験では、企業が外の法律事 務所にアドバイスを求めてくるタイミングは、だいたいこう言ってはなんですけれども、どうしようもなくなった時 に来るケースがかなりあるわけです。ですから、企業内の法律家の利点は状況がどうしようもなくなるかなり前の段 階からそういう問題を手当、処理できるということが利点になるのではないかと思います。最近はだいぶ変わってい ると思いますが、先ほども申し上げた専門家の性癖と言いますか、依頼者から相談を受ける時に法学部の講義その他 で勉強したような枠のなかに押し込めてしまって 「こうだ!」 と言うと、 受けた方が 「ちょっと違うんだけれども……」 ということがあります。少し違う例かもしれませんが、よく若い弁護士から聴く話ですが、例えば離婚したいという 依頼があった時に、離婚の方向でしゃかりきになってやっている内に、ご本人たちはヨリを戻してしまったりするこ 成蹊法学82号 講 演とがあります。つまり、離婚の依頼で来たけれども、依頼者が本当は何を求めていたかというと、夫婦関係の修復の 手掛かりを求めていたわけです。さきほどから人間や人間関係の理解が必要だと申し上げていたのはこういうことな のです。企業法務においてもこういったケースはあり得るわけです。売買代金を取り立ててくれという依頼ではある が、その金額の問題よりは相手方の対応がそもそもの問題であることがあります。長年下請けでやっていたのに発注 元の担当が変わったがために今までの関係をバッサリ切ってしまうようなやり方が不満で、江戸のかたきを長崎でで はないですけれども、訴訟に訴えるといった場合です。つまり企業の場合でも法律関係、法律問題は実は人間関係、 人間の問題が非常に多いわけです。そこで企業法務の人たちが外部の弁護士に頼むよりは自分たちでという考え方で やっている内にこじれてしまうこともあります。やはり現場に居て、法律問題が発生することを防ぐことが企業法務 では必定となるわけです。 企業法務については現場の強み、現場でなければわからないことを察知できるという利点。法律の専門知識やいろ んなノウハウがありますが、ひとつの企業のなかで全部分かるわけではないので、そういう問題を扱い慣れている外 部の弁護士、法律事務所に持っていく前の段階でいろんなことができる。その段階を経ると相談を受ける弁護士のほ うも非常に的確な助言ができると思っております。 質問 : 今回の講演会の1と3に関わる話しで素朴に思ったことなのですが、コンピュータがなんでもかんでもやって くれるのだったら、任せっきりでもいいのではないかと思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。そのな かで法律家はどのような仕事をしていくべきだと先生はお考えなのでしょうか。
濱田先生 : そうですね。コンピュータの話しがちょっと長くなりましたけれども、これは法律職に限らず全ての人間 の生き方に関係してくることなのです。1と2で私が申し上げたことはそういう状況が現に非常な速度で進行してい るなかで、法律職の専門性というのは、人間であるということを開発すること、それしかないんだということです。 一定の場面では既にコンピュータに任せきりで問題ないこともあるのですが、社会のあり方や人間の生き方などハイ レベルなところについては、そもそも完全に機械にまかせることは難しいと思います。しかし、中途の段階でそれを 利用というか悪用される危険もあるわけです。ですから、法律家はそのなかで法律という社会生活の枠組の規範性と、 全体を見渡す判断力を持って、そのような社会に出てくるいろんな問題、コンピュータの問題もそうですが、それに 勇気を持って立ち向かって欲しいということが私の言いたいことです。昔は有名な大学の法学部を出ただけで一生飯 を食えた。 私なんかもその口かもしれませんけれども (笑) 、そういう時代はもう過ぎているわけです。 法 学部とい うだけで就職ができた状況ではない。そうすると法律を学んだことの有利な点は、物の見方について規範的な見方と 同時に、それをフレキシブルに見て対応しながら新しいことを、大きな規範、枠組のなかで考え、アドバイスをし、 時には戦う。そこに法律家の使命があると思います。やりがいのある仕事だとは思います。生き残るのは大変だと思 いますけど(笑) 。 二〇一四年度後期 成蹊大学法学会講演会 二〇一四年十二月五日 六号館四〇一教室にて 成蹊法学82号 講 演
【そのほか参考文献・資料】 2 . 「専門家」一般への信頼性 ノリーナ・ハーツ『情報を捨てるセンス選ぶ技術』講談社、2014年 4 . 法律専門家に必要とされる資質および知見 (4)コミュニケーション力 : 佐藤綾子『非言語表現の威力 パフォーマンス学実践講義』講談社、2014年 (5)人間の存在、思考および行動について理解する力 : イ 臨床心理学・認知心理学 河合隼雄・柳田邦男『心の深みへ 「うつ社会」脱出のために』新潮社、2013年 ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー T hin kin g, F as ta ndS lo w 』早川書房、 (上) (下)2014年 最相葉月『セラピスト』新潮社、2014年 ウ 脳科学 ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび』角川書店、2011年 池谷裕二『脳には妙なクセがある』扶桑社、2013年 ダニエル・ギルバート『明日の幸せを科学する』早川書房、2013年