進展するアジア地域ファンド・パスポート構想
岡田 功太
■ 要 約 ■ 1. 2013年9月、オーストラリア、韓国、ニュージーランド、シンガポールの4か国がアジ ア地域ファンド・パスポート(ARFP)創設のための趣意書に合意した。これにより、 4か国によるパスポートのパイロット・プログラムが始動する。 2. ARFPとは、自国で承認された適格集団投資スキームが他のアジア諸国においても煩雑 な登録手続等を経ることなく承認され、販売可能になるという制度であり、欧州の UCITSに類似の発想である。趣意書と共にパスポートの枠組み文書が公表され、パス ポート参加国やパスポート・ファンドに関する初期段階の原則と基本的な取り決めが 規定された。 3. ARFPは2009年11月にオーストラリアにより打ち出され、2010年以降、APECが議論の 場を提供してきた。アジア地域におけるパスポート構想は、ARFPの他にも、シンガポ ールが主導するASEAN集団投資スキーム・フレームワークなどが併存している状態で ある。 4. ARFPの今後の工程表によると、2014年1~6月にパイロット・グループにおいてパスポ ートの枠組み文書に関するパブリック・コンサルテーションが実施され、2016年1月に ファンド・パスポートの運営が開始される予定である。ARFPがUCITSのように幅広く 活用されるには様々なハードルを超えなければならないという見方も依然として強い 一方で、具体的な工程表が示され、今後、さらにパスポート参加国が拡大していく可 能性もある。APECのメンバーである我が国も、随時ARFPへの参加を表明することが できる。パイロット・プログラムの進捗状況、我が国の参加・不参加の判断ともに、 今後の動向が注目される。Ⅰ.パイロット・プログラムの始動
2013 年 9 月、オーストラリア、韓国、ニュージーランド、シンガポールの 4 か国が「ア ジア地域ファンド・パスポート創設のための趣意書」に合意した1。これにより、4 か国に よるファンド・パスポートのパイロット・プログラムが始動する。 アジア地域におけるファンド・パスポートとは、自国で承認された適格集団投資スキー ムが他のアジア諸国においても煩雑な登録手続等を経ることなく承認され、販売可能にな るという制度であり、欧州の UCITS(Undertakings for Collective Investment in Transferable Securities)2に類似した発想である。 2009 年 11 月、オーストラリアが国際金融センター構築のための動きの中で、アジア地 域におけるファンド・パスポート構想を打ち出した。そして、2010 年以降、APEC(アジ ア太平洋経済協力)がアジア地域ファンド・パスポートに関する議論の場を提供し、同年 10 月、APEC 加盟諸国のクロスボーダーの金融商品取引に関する技術的なスキル向上を目 的とした第 1 回目のワークショップが開催された。その後、全 7 回のワークショップを経 て、2013 年 9 月、上記の「アジア地域ファンド・パスポート創設のための趣意書」に基づ くファンド・パスポートのパイロット・プログラムの始動に至った。本稿は、APEC 加盟国によるアジア地域ファンド・パスポート(Asia Region Funds Passport、 以下、ARFP とする)を取り上げる。ARFP は、参加希望国が ARFP に関する規定の内容に 沿った形で各国の法令を改正することにより効力を持つが、その第一歩となる、ARFP 創 設のための趣意書等の規定内容について紹介する。
Ⅱ.パスポートの枠組みと参加国に関する規定
1.パスポートの枠組み文書の規定内容 ARFP 趣意書と共に、「パスポートの枠組み文書」が公表された。パスポートの枠組み文 書とは、初期段階の原則と基本的な取り決めを規定したものであり、パスポートの定義、 適用範囲、適用される規制の 3 つから成る(図表 1)。 パスポートは、「パスポート参加国間において適格集団投資スキームをクロスボーダーで 提供するための取り決め」と定義された。適用範囲は、個人投資家向けに提供が可能な集 団投資スキームと定められた。具体的には、十分に分散され、高い流動性を有し、リスク を増加させるような複雑な特性を持たない商品であり、譲渡可能な持分とされた。また、 参加国以外を主要な拠点とする集団投資スキーム運営者は、パスポートを利用できないと され、参加国は、適用される規定について互いの規制のインテグリティを尊重しつつ、段 1APEC, “Statement of Intent on the establishment of the Asia Region Funds Passport,” Sep. 2013.
2
UCITS は、EU 指令に規定されている。UCITS とは、公衆から調達した資本を、リスク分散の原則に基づき、 譲渡可能証券又は流動金融資産に投資することを唯一の目的とし、かつ、保有者の要請により直接、間接に、 UCITS 資産を用いてユニットの買い戻し、償還を行う事業を意味する。
階的なアプローチをとることで諸国間の規制の相違を減らすという方向性が示された。 適用される規定に関しては、更に、ホスト国の規制、ホーム国の規制、パスポートの特 別規定の 3 つについて定めた。ホスト国とは、パスポート・ファンドが販売されるホーム 図表 1 パスポート枠組み文書の規定内容 概要 パスポートとは パスポート参加国間において、適格集団投資スキームをクロスボーダーで提供するため の取り決め。パスポートの目的は、アジア地域と資産運用業界の成長と競争力向上を促 すこと。 適用範囲 個人投資家向けに提供が可能な集団投資スキームの設計であり、以下を満たすこと。 ・十分に分散され、高い流動性を有し、リスクを増加させるような複雑な特性を持た ない商品。 ・譲渡可能な持分。 参加国において設定・承認された集団投資スキームに限定。参加国以外を主要な拠点と する集団投資スキーム運営者は、パスポートの利用不可。 適用される規制 パスポート参加国は集団投資スキームに関する互いの規制のインテグリティを尊重。ホ ーム国の法規制を段階的に適用し、いずれはパスポートにおける集団投資スキームに関 する諸国間の法規制の相違を減らすことを展望する。 ホスト国の規制 ホスト国とは、パスポート・ファンドが販売されるホーム国以外の国のことを指す。以 下の投資家との直接的なやり取りについてはホスト国の法令を適用する。 ・販売 ・ディスクロージャー ・投資家のクレーム対応 ・投資家向けマーケティング ホーム国の規制 ホーム国とは、パスポート・ファンドが設定・承認され、販売される国のことを指す。 原則として、以下の集団投資スキームの運営者についてホーム国の法令を適用する。 ・集団投資スキームの運営者に対する承認、登録、許可、ライセンス付与 ・集団投資スキームの運営者とその取締役および役員の一般的義務 ・サービス・プロバイダーのアウトソース ・リスク管理に関する義務付け ・パスポート関係者の集会 パ ス ポ ー ト の 特 別規定 以下の分野についてはパスポートの特別規定が適用される。 ・簡略化された承認プロセス(ホスト国における提供について) ・ビークルの法形態(制約がないこと) ・先進的な能力と経験(パスポート・ファンドの運営者に関して) ・規制上のコントロール(規制当局が適切な監督をできること) ・委任(パスポートは地域の運用業界発展のためであることに鑑みて、パスポート・ ファンドに関する活動の相当な部分が、域内の主体により実施されているようにす ること) ・カストディ(パスポート運営者の資産とファンドの資産の分別管理) ・バリュエーション(適切に実施されること) ・独立した監視 ・投資とポートフォリオのアロケーションの制約(分散され、流動性のある投資) ・デリバティブ(使用の制限) ・貸付(貸付および保証の付与等の原則禁止) ・借入(制約の下においてのみ可能) ・空売り(ファンドによる空売りを禁止) ・解約および解約停止(合理的な解約の権利の提供と解約が停止される場合の明記) ・監査済みの計算書の提供(国際基準あるいはそれに合致する国内基準で作成) ・規制の権限(パスポート・ファンドにホスト国の規制当局の権限が及ぶ) (出所)ARFP 趣意書より野村資本市場研究所作成
国以外の国のことを指す。販売やディスクロージャー等の投資家との直接的なやり取りに ついては、ホスト国の法令が適用される。ホーム国とは、パスポート・ファンドが設定・ 承認され、販売される国のことを指す。集団投資スキームの承認・運営及びその運営者に ついては、ホーム国の法令が適用される。更に、パスポートの特別規定としては、ビーク ルの法形態、規制上のコントロール、カストディ、バリュエーション、空売りなど全 16 項目が盛り込まれた。 2.パスポート参加国に関する規定 ARFP 趣意書は、パスポート参加国に関する規定も行っている。当初、パスポートは少 数の国により構成されたパイロット・グループ(パスポート開始時の参加希望国)により 運営される。少数の国で運営を開始し、強固で効率的な枠組みを確立した上で、より多く の国が参加できるよう将来的にパスポートを拡張することを意図している。 パスポートへの参加を希望する国は、既存のパスポート参加国の承認を得なければ参加 することはできない。既存のパスポート参加国は合理的な期限内において、参加希望国の 承認に関する決定を下す。仮に、新規にパスポート参加を希望する国が不承認となった場 合、既存のパスポート参加国は参加希望国に対して将来のパスポート参加に向けたアドバ イスを行う。
Ⅲ.ファンド・パスポート構想に関する各国の狙い
ARFP 構想の始まりは、2009 年 11 月の「金融センターとしてのオーストラリア:強みの 構築」の公表である 3。このレポートにおいて、オーストラリアが国際金融センターにな るための一手段として ARFP が位置付けられた。 その後、オーストラリアは ARFP の全てのワークショップに参加し、当初よりイニシア ティブをとってパスポート構想を推進してきた。その背景には、オーストラリアのスーパ ーアニュエーション(強制加入の私的年金制度)により発展した資産運用業界の商品、イ ンフラ、ノウハウ等を他のアジア諸国に輸出したいという狙いがある。 その後、2013 年 12 月、オーストラリアでは「オーストラリアの資産運用会社のクロス ボーダーの資金フローレポート」が、金融サービス評議会(Financial Services Council)及 びトラスト・カンパニーにより出された 4。その中で、アジアパシフィック地域からオー ストラリアの資産運用業界への資金流入が全体の 68%であったという調査結果が示され た。これは ARFP がオーストラリアにもたらす恩恵について示唆するものと言えた。 オーストラリアの他に、アジアの金融センターを目指す香港およびシンガポールも第 2 回目以降、全てのワークショップに参加し、シンガポールは ARFP のパイロット・グルー 3The Australian Financial Centre Forum, “Australia as a Financial Centre: Building on our Strengths,” Nov. 2009.
4
Financial Services Council and the Trust Company, “Australian Investment Managers Cross-Border Flows Report,” Dec. 2013. FSC は資産運用会社等の業界団体。
プの参加国となった。また、韓国もシンガポールと同様に、第 2 回目以降全てのワークシ ョップに参加し、ARFP のパイロット・グループ参加国となったことは注目に値する。韓 国有数のシンクタンクである韓国資本市場研究院(Korea Capital Market Institute)は、2013 年 8 月に公表された「ファンド・パスポート‐国際的な協議と示唆(Funds Passport – International Discussions and Implication)」において、韓国の ARFP への参加は、短期的には 韓国国内の資産運用業界への需要を減少させる可能性がある一方で、長期的には国際的な 競争力を強化する可能性が高いとした。
実はアジア地域におけるパスポート構想は、APEC 加盟国による ARFP の他にも存在し、 複数の構想が並走する状態になっている5
。具体的には、ASEAN によるファンド・パスポ ート構想である。2013 年 10 月、ASEAN 資本市場フォーラム(ASEAN Capital Markets Forum) において、シンガポール、マレーシア、タイの 3 か国が、ASEAN 集団投資スキーム・フ レームワーク(ASEAN CIS Framework)に合意した。ASEAN 集団投資スキーム・フレー ムワークでは、シンガポール拠点の資産運用会社がマレーシアとタイの個人投資家に対し て、法的な変更・調整を行うことなく集団投資スキームを提供することが可能となる。 ASEAN によるパスポート構想は、主にシンガポールがイニシアティブをとって推進し てきたものであり、合意した 3 か国は、2014 年上半期までに実行することを目指している。
Ⅳ.今後の動向
ARFP 創設のための趣意書において、ARFP の今後の工程表が提示された。2014 年 1~6 月に、パイロット・グループにおいてパスポートの枠組み文書に関するパブリック・コン サルテーションが実施される予定である。パブリック・コンサルテーションとは、パスポ ートの枠組み文書における原則と基本的な取り決めを実行するにあたり、より詳細なルー ルを規定する際の手続きである。その後、2014 年 6~12 月まで、パブリップ・コンサルテ ーションの結果を踏まえて、技術的・手続的なルールを精緻化し、2015 年 2 月にパイロッ ト・グループが合意文書に署名した上で、必要に応じて各国の法令を改正する。2016 年 1 月に、パスポート参加国の適格集団投資スキームがパスポートの適用対象となり、ファン ド・パスポートの運営が開始される(図表 2)。 以上のように、ARFP の今後の工程表が示されたが、アジア諸国においては投資信託市 場の発展段階や法形態が異なること、アジア地域のファンドの販売チャネルは自国の金融 機関が占めていることが多く、パスポートが確立されても他国の金融商品が入りにくい可 能性があることなどから、ARFP が UCITS のように幅広く活用されるには様々なハードル を超えなければならないという見方も強い。しかし、既に ARFP のパイロット・プログラ ムは 4 か国によって始動しており、今後、さらにパスポート参加国が拡大していく可能性 もある。 5 2013 年 1 月に香港及び中国の間で合意された香港中国相互承認制度が挙げられる。神山哲也「ASEAN 投資信 託市場の現状と課題」『野村資本市場クォータリー』2013 年春号を参照。図表 2 ARFP の工程表 時期 マイルストーン 2013 年 9 月 ARFP に関心のある国の財務大臣が、趣意書に署名することにより、枠組み文書に基 づく詳細なルールに関するコンサルテーションに参加することを表明。 2013 年 9 月‐12 月 コンサルテーションに向けて技術的・手続的なルール等の整備。 2014 年 1 月‐6 月 パブリック・コンサルテーションの実施。 2014 年 6 月‐12 月 技術的・手続的なルールを、パブリック・コンサルテーションの結果を踏まえて精緻 化。最終化に向けて準備開始。 2015 年 2 月 パスポート開始時の参加希望国が合意文書に署名。 2015 月 2 月‐12 月 パイロット・グループは合意文書の発行に必要な法令改正を実施。 2016 年 1 月 パスポート参加国の適格集団投資スキームが、パスポートの適用対象となる。 (出所)ARFP 趣意書より野村資本市場研究所作成
APEC のメンバーである我が国も、随時 ARFP への参加を表明することができる。ARFP は本稿で紹介したようにまだ枠組みの段階であり、参加のメリット・デメリットを判断する には材料不足という見方もある一方、詳細な内容を作り込む段階から議論に参加しておくこ とで、我が国の主張を反映させることができるという考え方も可能である。パイロット・プ ログラムの進捗状況、我が国の参加・不参加の判断ともに、今後の動向が注目される。