5. 築地市場の現在地再整備の課題 豊洲市場の安全が議論の焦点でしたが、築地市場についても安全性の問題が指 摘され始めました。築地市場の敷地で過去に行われた都道の建設工事で、土壌汚 染が検出されていることが分かってきました。築地市場の使用履歴からは、その他にも 土壌汚染の可能性が高いことが指摘されました。 また、開放型施設である築地市場の安全上の問題も指摘されました。閉鎖型施設 である豊洲市場の方が、築地市場より安全性が高いという主張は、説得力あるもので した。 築地残留を主張するなら、築地の再整備を前提に考えることが必要になりました。 これまで、築地市場を現在地で再整備する確りした構想は殆どありませんでしたが、 2017 年 4 月に市場問題 PT の小島座長の私案として、築地市場の現在地再整備 構想が唐突に出されました。 同私案は、その後検討を加え市場問題 PT の報告書に盛り込まれました。長期の 維持管理費を考慮すれば、豊洲市場よりも、築地市場のスリムな現在地再整備案の 方が経済的であるという主張です。 しかし、築地市場の営業を続けながら現在地で行う再整備には多くの課題があり、 小島座長の主張が世間に全面的に受け入れられるには至りませんでした。本項では、 築地市場の現在地再整備の課題を紹介します。 <日本人なら 100 歳以上> 築地市場の開業は昭和10 年ですから、満82 年になります。鉄筋コンクリート建物 の平均寿命は 65 年と言われますから、平均寿命を 25%以上超えています。 日本人の年齢に例えるなら、100 歳以上の高齢です。海辺で海水を使う施設です から、老朽化はもっと進んでいるでしょう。 この先数年なら、耐震補強をして使い続けることも可能かもしれません。しかし、行 政の仕事は20年、30年先を見て計画するものです。築地に留まるなら、市場を新設
することが不可欠です。 <過去の検討> 市場問題 PT の座長私案という位置づけで、事業費 734 億円、7 年間で築地市 場を改修する構想が出され、その後、ある程度の見直しが行われました。 しかし、市場の営業を続けながら、ローリング計画に従い市場を改修することには、 多くの困難が伴うことが、過去の検討と 1990 年代に行われた失敗の事例が示してい ます。 多くの検討のなかで、2010 年に出された下記調査報告書の情報を紹介することに します。 東京都中央卸売市場築地市場の移転・再整備に関する特別委員会小委員会 調査報告書(案) 「東京都中央卸売市場築地市場の移転・再整備に関する特別委員会」は 2009 年 9 月から 2011 年 10 月に行われ、2010 年 10 月に 250 頁余りの上記調査報告 書(案)が出されています。 都議会民主党からの築地現在地再整備の検討要求を受け、東京都の議会局と 知事本局が具体的な調査を行ったもののようです。築地での新市場案としては、基本 的に次の 3 案が検討されています。 A 案:築地市場の全機能を、晴海地区に一時移転し、更地になった築地に新市 場を建設するもの。施設の多層化により、築地市場の全機能を現在地に再整備す る。 B 案:築地市場の積替品に係る機能を、晴海地区に恒久移転することで、築地 施設を縮小。その上で、築地市場の一部機能を晴海に一時移転し、現在地でローリ ングにより新市場を建設する。 C 案:B 案と類似であるが、晴海地区への恒久移転を、積替品と大口向けに係る
機能に拡大したもの。
報告書に掲載されいてる完成予想図を下記に示します。 A 案
B・C 案 (外観は B 案、C 案ともほぼ同じ)
市場問題 PT 座長私案 市場問題 PT 座長私案は、築地で営業を続けながら、ローリング計画に従い改修 を行うもので、調査報告書の B・C 案の課題が参考になると思います。 <B・C 案の課題> 同調査報告書には、工期や事業費に影響を及ぼす課題が記載されており、主なも のとして下記があります。 ・環状第2 号線 ・アスベスト除去 ・土壌汚染 ・埋蔵文化財 ・環境アセスメント <環状第 2 号線と豊洲移転延期> 環状第2 号線は、1946 年(昭和21 年)に新橋から千代田区神田佐久間町ま での約 9.2km が、都市計画道路として計画されました。その後、1993 年には、都心 部と臨海部の連携強化を図るため、江東区有明まで延長する計画に変更されました。 有明、豊洲、晴海、汐留、新橋、虎ノ門を経て神田佐久間町に至る14kmの道路で す。
虎ノ門から神田までの約 8km は外堀通りと呼ばれ、有明と豊洲間の約 1km と共 に、以前から供用されていました。 残りの約 5km は、2003 年以降に整備が開始されたもので、2014 年に新橋から 虎ノ門までの 1.4km が開通しました。 虎ノ門からは地下トンネルで新橋、汐留を通過し、現状計画では、築地市場の跡 地に地下トンネル出口を建設し、高架道路で築地大橋に繋がる計画です。しかし、豊 洲移転の延期により、築地の地下トンネル出口の建設予定は決まっていません。 2003年に4,000億円規模の事業費で着手した環状第2号線の整備事業のうち、 開通しているのは約 1.4km で、残る約3.4km は開通の目途が立っていません。 <築地地区の環状第 2 号線> 上記の調査報告書 A 案の完成予想図には、築地大橋が示されていません。築地 市場と隅田川は、地下トンネルで通過する計画です。 B・C 案では、A 案よりも市場の建物が小さくなっているため、環状第 2 号線は、市 場を分断し、築地大橋に直線的につながっています。 市場問題 PT 座長私案の完成予想図をご覧下さい。築地大橋から、S 字カーブで 地下トンネル出口につながるルートが描かれています。市場の建物との干渉を避ける ため、道路を曲げなければならなかったものと想像されます。 筆者に道路計画の知見はありませんが、トンネルを抜けると急な S 字カーブがあった ら驚きます。暫定道路ならともかく、恒久的な都心の幹線道路としては具合が悪いと 思います。専門家による検討が必要でしょう。
このまま建設し、恒常的な渋滞や事故多発箇所になった場合には、多額の費用を 掛けて築地大橋を移設し、直線的なルートに変更することが必要になるでしょう。 <アスベスト除去> 調査報告書には、アスベスト除去に関して12頁を割いた記載があります。吹付けア スベスト等を密封状態で除去することと、アスベストを混ぜた屋根スレート瓦を手ばらし することが必要です。市場を営業しながらのアスベスト除去工事には、多くの課題があ ると記されています。 アスベスト除去工事エリアを隔離するとともに、市場関係者との調整が必要です。ま た、点在する残存アスベスト範囲を、まとまった形で除去できる様に、工事のローリング 計画に反映することが重要になると記載されています。 アスベスト除去問題については、市場問題 PT も認識しているようです。しかし、食 品を扱う施設の問題です。素人考えではなく、環境分野の研究者など専門家による 検討が必要になるでしょう。 <土壌汚染> 昭和 20 年 12 月に進駐軍により青果部仲買人売場が接収され、ランドリー工場に 改造され使用されました。全てが返還されたのは昭和 30 年3 月のことです。 当時は、ドライクリーニングの廃溶剤は、土に埋めて処分するのが一般的で、後にテ トラクロロエチレンなどによる地下水汚染が関心を集めました。築地でも土壌汚染の可 能性が高いと考えられています。 築地市場の開業以前は、海軍省技術研究所や海軍学校があった場所です。また、 昭和 29 年 3 月には、水爆実験の被災船第五福竜丸の積み荷が埋設処分されてい ます。その他、築地市場の敷地内に給油所や車両整備工場があったことも指摘されて
います。 築地大橋の橋台部の工事の際に、土壌から環境基準を超えるヒ素とフッ化物が検 出されたことも最近公表されました。 土壌汚染対策は、技術的には問題はありません。しかし、工事開始前に、市場全 域の汚染を把握することは難しく、ローリング工事の都度、汚染が発見され、工事を中 断して処理をすることが問題になると指摘されています。それにより、予定外に大幅に 工期が伸び、工事費の増大に繋がる可能性があります。 <埋蔵文化財> 埋蔵文化財に係る問題は、土壌汚染よりも厄介な問題かもしれません。築地地区 は、江戸幕府老中であった松平定信などの大名屋敷等が位置しており、都指定文化 財の「浴恩園跡」があります。また、浜離宮に隣接していることなどから、試掘調査を行 う必要があり、遺跡が発見された場合には、埋蔵文化財包蔵地に指定される可能性 が高いと調査報告書には記載されています。 ローリング工事の各段階毎に調査を行うことになり、発掘調査が終了するまで、建 設工事は着工できません。その度に工期が延長され、市場売場の仮設期間が長期に 及ぶ可能性があり、市場の営業に混乱を招く恐れがあると調査報告書は指摘していま す。一般に、埋蔵文化財の調査には長期間を要するものです。 <環境アセスメント> 東京都では、敷地面積 10ha 以上の大規模開発事業などでは、事業段階環境ア セスメントが必要になります。また、敷地面積 20ha 以上の場合には、加えて計画段 階アセスメントが必要になります。調査報告書には、次のように記載されています。 豊洲市場の場合には、計画段階アセスメントは約半年を要し、その後、中央卸売
市場が事業段階アセスメントの手続きに入る調査計画書の提出までに約1年半かか っている。 一方、事業段階アセスメントから手続きが行われている事例は多数あるが、手続き に要する期間は、事業者の事業計画の進捗状態、説明会や都民意見に対する見解 書の作成に要する時間により異なるため一概にはいえない。概ね 1 年~2 年かかる場 合が多い。 B・C 案の場合、敷地面積20.7ha で、計画段階アセスメントと事業段階アセスメン トが必要であり、概ね 3 年~4 年を要するものと推測されると記載しています。 なお、PT 座長私案について、環境アセスメントについて、どの様な説明があったのか は知りません。 <その他の課題> 上記に主な事項を示しましたが、その他、気になる事柄を列記します。 ①築地事業者との調整 営業を続けなが行うローリング工事では、売場の移動や売場面積の縮小が不可欠 です。約1000の築地の事業者に計画を説明し、調整することが重要になります。それ は、1990 年代に約5 年と 400 億円を費やした築地再整備の失敗で得られた教訓で す。 しかし、市場問題 PT による先日の築地市場での説明、意見交換会の混乱を見る と、そのことが分かっていないのではないかと心配になります。 ②豊洲市場交付金の返却 豊洲市場の整備には、建設費の一部として約 208 億円が国から交付されています。 豊洲移転が取り止めになった場合には、国庫に納付することが必要となる可能性が指 摘されています。経済性評価には、考慮すべき事項でしょう。
③HACCP 認証など 東京五輪の選手村の食品流通管理は検討中のようですが、HACCP(ハサッ プ)のような衛生・管理システムを求められた場合、開放型施設の築地市場では対 応できません。また、築地改修案は東京五輪には間に合いません。 晴海の選手村では、隣接する築地市場の食材が使用できない事態が起きるかもし れません。 ④環状第 2 号線の開通 環状第 2 号線も、築地市場に劣らず重要な施設です。4,000 億円規模の大事業 ですが、虎ノ門から有明までの約 5km の事業のうち、1.4km しか開通せず、全通の 目途が立たないのは困ったものです。都心部と臨海部の連携強化という事業目的が 達成できません。 環状第2号線は、その便益を評価して事業に着手したものと思います。4,000億円 規模の事業費なら、年間百数十億円の便益があると想定したものと思われます。 厳密にどう評価するのかは知りませんが、豊洲移転延期により環状第2号線の開通 が遅れることは、実質的に年間 100 億円前後の損失が発生しているのと同じと考えま す。 市場問題PT座長私案の築地改修案では、いつの段階に環状第2号線の建設に 着手できるのかを示すことが必要です。また、経済性評価には、環状第2 号線の開通 遅れによる損失を考慮すべきでしょう。 築地市場の現在地再整備は、豊洲移転問題全体を左右するもので、数千億円の 事業費に係る問題です。それに対し、市場問題 PT の構想はあまりにも安易です。構 想が予定通りに進まなかった場合に発生する、莫大な損害にに対する真剣さが欠けて いるように感じます。