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堪え性のない一研究者からみた研究者のアイデンティティ

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.36.19 113 平石: 研究者のアイデンティティ

堪え性のない一研究者からみた研究者のアイデンティティ

平 石   界

慶應義塾大学

A reflection on researcher’

s identity by a staggering researcher

Kai Hiraishi

Keio University

Looking back at my own staggering research history, I will discuss and reflect on why and how people should forge their own identities as a researcher in psychological science.

Keywords: identity, psychological science, replicability crisis in psychology

は じ め に 基礎心理学会の大会シンポジウムに打診を受けたとき に,大変名誉なことと思うと同時に,二つの疑問が浮か んだ。第一に,果たして基礎心理学者にとってアイデン ティティの問題があるのだろうかというもの。第二に, なぜそこで自分なのかということであった。当日は,他 の登壇者およびフロアからの質疑のおかげをもって,個 人的には充実した時間を過ごすことができた。しかし疑 問はいまだ解けないままである。果たしてあのような話 で良かったのか,自分の講演内容など掲載しても「基礎 心理学研究」の誌面を汚すだけではないかとの懸念はあ るが,執筆しないことも迷惑を重ねることになるので, 言い訳をしつつ当日の報告を紹介することとする。 堪え性のない研究者 まずは二つ目の疑問,「なぜ自分なのか」を取り上げ たい。研究者という仕事の面白さの一つに,新たな出会 いの機会の多さがあるだろう。そのような場面での常套 句が「専門は?」である。ここで筆者はいつも困ってし まう。「専門」,すなわち研究者にとってのアイデンティ ティの核が,はっきりしていないのである。 推論課題から始まった研究生活 筆者の研究者としての第一歩は,卒業論文での,進化心 理学の古典と言うべきCosmides (1989; Cosmides & Tooby, 1992) の追試であった。高校時代からの,DNAの自己複 製が人間行動の究極的な説明になるのではないかという アイディアは,大学で「利己的な遺伝子」 (Dawkins, 1976) に出会うことでほとんど確信となっていた。同時に社会 心理学の講義で,人間行動のさまざまな“非合理的”な バイアスを学ぶことで,こうしたバイアスの究極的な要 因を進化の視点から研究できないだろうかと考えるに 至った。その私が出会ったのが,学部3年生向けに配布 された卒論テーマ候補一覧にあった「進化心理学」の言 葉だった。 意気込んで研究室を訪れた私に,後の指導教員である 長谷川壽一先生が見せたのが“The Adapted Mind” (Barkow, Cosmides, & Tooby, 1992)という,青い表紙の,分厚い, 英語の本だった。本を手渡しながら長谷川先生は恐ろし いことを言った。「この本あげるよ。読んでみて御覧」。 どう見ても一冊数千円はしそうな本であり,そんなもの を先生から貰ってしまったら,読まないわけにはいかな い。泣きながら読んだその本に載っていたのが Cogni-tive Adaptations for Social Exchange (Cosmides & Tooby, 1992)という論文であった。「利己的な遺伝子」で感銘 を受けた互恵的利他主義の理論(Trivers, 1971)と,推 論 バ イ ア ス の 古 典 的 課 題 で あ る Wason Selection Task (Wason, 1966) を組み合わせた,まさに自分が思い描い

ていたような研究であった。この出会いで大学院進学を

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2017, Vol. 36, No. 1, 113–116

講演論文

Copyright 2017. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Faculty of Letters, Keio University,

2–15–45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108–8345, Japan. E-mail: [email protected]

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114 基礎心理学研究 第36巻 第1号 決心し,そして博士課程の途中まで,別名「四枚カード 問題」と呼ばれるこの推論課題と,社会心理学,行動生 態学の知見を組み合わせた研究を進めた(Hiraishi & Hasegawa, 2001)。 双生児研究に手を出す このまま研究者人生を歩んでいれば「社会心理学と認 知心理学の接点を進化的視点から研究している研究者」 というアイデンティティを確保することもできたのかも しれない。しかし段々と堪え性のない性格が顔を覗かせ 始める。きっかけは,ちょうど大規模な双生児研究プロ ジェクト(Ando et al., 2013)をスタートさせたばかりの 安藤寿康先生と出会ったことであった。遺伝と環境の行 動や心理への影響を探る行動遺伝学という分野は,一見 したところ,生物学的進化から心理を探る進化心理学と 親和性が高く思える。しかし実際には,前者が種(主に ヒト)に普遍的な現象の適応上の機能を明らかにしよう とする,平均値/代表値の科学であり,後者が種内での 分散,すなわち個人差の発達的起源を追い求める,分散 /散布度の科学であるという,大きな違いがある(平 石,2011)。両者の連携は簡単だろうという見込みは外 れたが,双生児データに触れるうちに,遺伝的個人差が 進化する仕組みも興味を抱き始める。並行して一般信頼 の理論(山岸,1998)にも大きな魅力を感じていた私は, 双生児の方々の一般信頼性を測定し,そこからパーソナ リティの個人差の進化的起源を論じるという,いささか 風呂敷を広げすぎた論文を書いた(Hiraishi, Yamagata, Shikishima, & Ando, 2008)。

筆者のアイデンティティには「行動遺伝学」という要 素が加わった。悪乗りしたのか今度は,双生児の方々の 掌のコピーから人差し指と薬指の長さの比(2nd to 4th digit ratio; 2D:4D)を測定して,それと性的指向(異性 愛,同性愛)の関連を調べるといった,いささか眉唾な 研究まで行う (Hiraishi, Sasaki, Shikishima, & Ando, 2012)。 もっとも,2D:4Dは母親の胎内での性ホルモン曝露量 の影響を受けると言われており,2D:4Dと性的指向の 関連についてはメタ分析によって頑健性が示されている ことは申し添えておく。

節操のない研究者

他方では,paper and pencil課題や質問紙尺度による研究 を中心に行っていて,動物のフィールド研究を行ってい る研究室仲間から「人間の研究は楽でいいよね」と言わ れたことへのコンプレックスを引きずっていた筆者は, お金を使った経済ゲーム実験への憧れを抱くようにな

り,双生児協力者対象に社会的ジレンマゲームを行った り (Hiraishi, Shikishima, Yamagata, & Ando, 2015),目の絵 による利他性向上という流行に乗った独裁者ゲーム研究 にも手を出すようになった (Oda, Niwa, Honma, & Hirai-shi, 2011)。進化や遺伝のことをやっていたはずが,実は 文化のことにも少し手を出していたりもする (Shikishi-ma, Hiraishi, Yamagata, Neiderhiser, & Ando, 2012)。節操が ないとは,こういう人のことをいうのであろう。 最近では,福島第一原発事故をきかっけに,風評被害 の心理的基盤を探るプロジェクトとして,リンゴやキュ ウリを実験参加者に食べさせているかと思えば,進化シ ミュレーションで道徳の起源を探るプロジェクトも進め ていたりする。これだけ行き当たりばったりであって も,本人の中には何がしかの筋があるのだろうと思われ るかもしれないが,実はほとんどない。面白そうと思う と手を出してしまうという,性格なだけなのである。こ のようにアイデンティティの定まらない,ふらふらした 研究者が「⃝⃝学のアイデンティティ」というシンポジ ウムで話題提供をするよう求められた時の困惑は,多く の方にも理解できるところであろう。 節操のない研究者から見た基礎心理学者像 筆者のような者から見ると,基礎心理学会に参加して いる研究者の多くは,自らの研究テーマをしっかりと定 め,それを丁寧に深く掘り下げているようにしか見えな い。そのような領域においてアイデンティティが問題と されているという状況が思い描けない。これが二つ目の 違和感であり,疑問であった。ひょっとすると,筆者の ような方向性の定まらない研究者像を提示することで, 自分たちにはアイデンティティがあることを確認するの がシンポジウムの狙いであったのではないかという気も するが,企画メンバーにそのような邪念を感じさせる方 はおらず,謎は深まるばかりである。 節操のない研究者でも譲れない点 もっとも筆者のような研究者にも,譲ってはならない と考えている線がないわけではない。その線を,半ば無 自覚に,半ば自覚的に超えてしまっていたことに気づか されたことは,筆者にとってのここ数年の大きな衝撃で あった。それが再現性危機の問題である(池田・平石, 2016a, 2016b)。 特に社会心理学の領域において,有名な研究が実は再 現できないという噂は,耳にするところではあった。こ うした噂をもはや放っておけないと思わせる大事件が 2011年に起こった。コーネル大学心理学部教授Daryl Bem

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115 平石: 研究者のアイデンティティ

による,人間には未来予知能力があるとする論文の,社 会心理学のトップジャーナルであるJournal of Personality

and Social Psychology (以下,JPSP)への掲載である(Bem,

2011)。未来予知ができるということは,因果律が逆転 しうるということである。ごく小さなところでも,実験 操作によって因果関係の同定が可能であると教えている 心理学研究法の教科書が,すべて書き直しを要求される ことになるような,大事件である。指の長さの比が性的 指向と関連するという主張以上に荒唐無稽なものであ る。JPSPは,Editorial Comment付きで論文を掲載すると いう異例の対応を行っており,これまで採ってきた審査 基準に鑑みて当該論文をリジェクトする理由がなかった と弁明している(Judd & Gawronski, 2011)。

このことは,JPSPを頂点として,社会心理学における 研究審査システムに,荒唐無稽な研究を排除する能力が ないことを含意する。どこまで既報の研究を信じてよい のか。自分の書いた論文も信じられるものなのか。Bem 論文後のさまざまな動きを追う中で,筆者は徐々にその 恐ろしさを実感するようになった。その顛末については 他所ですでに書いたので,そちらを参照いただきたい (池田・樋口・平石・藤島・三浦,2015)。 結論だけ述べると,筆者がこれまで研究を行ううえで 「普通のこと」「許されること」「むしろ推奨されること」 と考えてきたような研究上の手続きの少なからぬ部分 が,帰無仮説有意性検定における偽陽性の確率を高めう るもの,すなわち Questionable Research Practices (QRP) であることが明らかになってきたのである。QRPの中 には,薄々問題があるような気がしていたが,皆が行っ ているのだから良いと考えていたものもあれば,全く問 題に気づいていなかったようなものもあった1 そもそも筆者が心理学を専門に学ぼうと考えた理由 は,データに基づいて実証的に人間行動を理解したいと 考えたからであった。自覚的であろうと,無自覚であろ うと,自分がQRPに手を染めることで,実証科学の“振 り”をしていたことに気づかされたことは,研究者とし てのアイデンティティに大きな打撃を与えるものであっ た。少しでもその傷を癒そうと,今は社会心理学におけ る追試研究プロジェクトに参加して,主に進化関係の著 名な論文の追試データを少しずつ収集して初めている (e.g., Hiraishi, Murasaki, Okuda, & Yamate, 2016)。ある意 味でネガティブな動機から始まったプロジェクトである が,元論文と同時に追試データを同時に示せることは, 講義をしている際の精神衛生には良い効果を持ってい て,やはりどこかでやらねばならない問題であったのだ とも実感している。 最 後 に シンポジウム当日の報告内容を文章にまとめてみれ ば,その過程で自分の疑問が少しは解消されるのではな いかと期待したが,結局はそのようなことはなかった。 ひょっとすると企画者は,基礎心理学会が蛸壺化してい ると感じていて,その対極にありそうな筆者に声を掛け たのかも知れない。確かに学際的なアプローチの重要性 はかねてから言われていることであるし,筆者自身,そ の価値を信じてもいる。しかし,専門を深く掘り下げて いる研究者が一方にいて,他方でそれらをつなぐ研究者 がいて,そこで初めて生産的な学際性が生まれるもので はないだろうか。その中で自分がどの辺に立つかは自分 で決めるしかないし,自分で決めればよいものでもあ る。「学会」や「学問領域」などというもののアイデン ティティを気にする必要はないと思うのは,「メインの 学会はどこですか?」と問われる度に返事に窮する,無 節操な研究者の僻みだろうか。 引用文献

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116 基礎心理学研究 第36巻 第1号 箱田裕二(編)現代の認知心理学〈7〉認知の個人差

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参照

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