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生体捕獲調査における計測, 採材, 器具装着および衛生上の諸注意

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Academic year: 2021

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Title

諸注意( 本文(Fulltext) )

Author(s)

淺野, 玄; 塚田, 英晴; 岸本, 真弓

Citation

[哺乳類科学 = Mammalian Science] vol.[46] no.[1] p.[111]-

[131]

Issue Date

2006-06-30

Rights

Version

出版社版 (publisher version) postprint

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12099/28410

(2)

連載「食肉目の研究に関わる調査技術事例集」

生体捕獲調査における計測,採材,器具装着および衛生上の諸注意

淺野  玄

1

,塚田 英晴

2

,岸本 真弓

3 1岐阜大学応用生物科学部        2(独)畜産草地研究所         3(株)野生動物保護管理事務所関西分室 鴎日本哺乳類学会 1. はじめに  食肉目に限らず,野生哺乳類を対象とした生体捕獲調 査では,前々章(金子・岸本,2004)および前章(岸 本・金子,2005)で扱った捕獲と保定作業を行った後, 各種計測作業や採材,調査器具の装着などが行われる. これらの作業は,通常,物理的保定下では数分程度,長 くても十数分程度の極めて短時間で,化学的保定の場合 でも30分∼1時間程度の時間内で実施しなければならな い.このように,限られた時間内で必要とする作業を過 不足なく終えるためには,事前の準備が不可欠となる. 本章では,限られた時間内で実施すべき作業の取捨選択 に役立つ事例等を紹介し,より詳細な情報にアクセスす るための手がかりを提供する.  はじめに最も基本的な収集データとなる外部形態の計 測項目やその利用方法を紹介する.生体を捕獲した際に は,そこからなるべく多くの情報を得たいと誰しも考え るだろう.その際,真っ先に思い浮かぶのが外部形態の 計測である.これらの計測値を収集することでどのよう な研究に役立てられるのか,限られた紙面ではあるが簡 単な解説を試みる.次いで生体から採取できる各種試料 の項目や採材方法およびそれら試料の利用法について述 べる.食性,栄養状態,繁殖状態などの情報に関して は,生体以上に死体からより詳細な情報が得られること も多いが,死体からの採材については本連載の後章で扱 う予定である.そして,食肉目研究者へのアンケート (金子ほか,2003)において捕獲に次いで失敗例の多 かった器具の装着について,研究者からの回答を中心に 具体的な失敗・成功事例を交えながら紹介する.また, 生体捕獲作業を通じて野生個体に直接触れる機会が研究 者自身にどのような疾病への感染をもたらすかについ て,研究者へのアンケート結果で触れられていた感染症 を中心に衛生管理上注意すべき点を述べる.そして最後 に,これら衛生上の問題を含め,野生動物研究を進める 上で重要な役割を担いつつある,獣医学関連分野との接 点について簡単に紹介する. 2. 計測と採材 2 1. 計測 1)計測データの選定と基本的な注意事項  食肉目に限らず,野生動物の体重や外部計測値は記録 すべき最も基本的なデータである.小型哺乳類の外部計 測法には北米式とヨーロッパ式があり,日本では北米式 (修正北米式)が一般的方法として紹介されることが多 い(日本哺乳類学会種名・標本検討委員会,2001).得 られた計測値を他の研究データと比較する場合は,計測 方法が同一であることを確認しておく必要がある.当然 のことながら,計測すべきデータは研究目的に応じて異 なるが,外部計測部位として体重,全長,尾長,頭胴長 は計測すべき必須の部位であろう.これら以外にも,食 肉目では首囲,胸囲,耳長,後足長などが研究目的に応 じて計測されている.研究者達から得られた各種動物に おける外部計測項目に関するアンケート結果を表1に, 主要な外部計測部位を図1に示した.一般的に体重,体 長,後足長などは客観性が高く成長や栄養状態の指標と なる種も多いが,体高などは計測誤差が大きいため比較 する際には注意が必要である.代表的な部位の計測方法 は 多 く の テ キ ス ト や マ ニ ュ ア ル な ど(Nagorsen and Peterson, 1980; 栃木県立博物館,1986;阿部,1991;米田 ほか,1996;Martin et al., 2001; 日本哺乳類学会種名・ 標本検討委員会,2001;阿部ほか,2005)にも記載され ている.  計測に用いる道具には,秤(バネばかり,竿ばかり, 電子体重計など),メジャー,ノギスなどがあり,対象 種や測定部位,測定を実施する場所に応じて選定すると

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よい.また,記録用のカメラがあると便利である.生体 の計測では化学的または物理的不動化を伴うことが多い が,不動化時間の短縮に努め,動物に不必要なストレス を与えることを避けるべきである.また,計測は同一の 人物が行うことが望ましいが,複数で実施する場合には データシートに計測部位を図示して計測漏れや計測誤差 を小さくするとともに,計測者と記録者が計測値を復唱 するなどして記入間違いを防ぐ工夫をするとよい. 2)計測値や観察データの利用  捕獲個体や生息環境などの情報とともに得られた計測 値は,種の同定,性,繁殖状況,年齢,成長,栄養状 態,地理的変異など様々な指標として用いることができ る.生体捕獲調査から得られる主な計測および観察デー タの利用例や注意点を以下に紹介するが,多くのテキス ト( 例 え ば, 栃 木 県 立 博 物 館,1986;Bookhout, 1994; 田名部ほか,1995;野生動物救護ハンドブック編集委員 会,1996;米田ほか,1996)に記載されているので参照 するとよい. ①種や亜種の判別  日本に生息する食肉目は,外見で判別可能な種が多い ため,生体捕獲調査において計測値のみから種や亜種の 判別をするケースは少ない.しかし,外見による判別が 困難なニホンイタチ(Mustela itatsi)とチョウセンイタ チ(Mustela sibirica)は尾率(尾長 / 頭胴長)が判別基準 の目安の1つとなり,尾率0.5以上をチョウセンイタチ とする記述もある(今泉,1960;阿部ほか,2005).ニ ホンイタチでは尾率が0.40 ∼ 0.45程度,チョウセンイタ チでは0.50前後であるが(佐々木,1996),識別法とし ては不完全であり(川口,2006),毛色,性別,体重, 齢などから総合的に判断するしかない. ②性判別と繁殖状況  イタチ科のように体の大きさの性的二型が顕著な種を 除き,体サイズのみからの性判別は正確性を欠く.可能 な限り生殖器を確認して確実な性判別を行うことが望ま しい.一方,精巣サイズ,陰茎骨サイズ,陰茎の露出状 況,乳頭サイズ,泌乳の有無,外陰部の状態などは性成 熟の判定や繁殖状況の指標となる種も多い.小型および 中型の食肉目の多くが生理的には1∼2歳で性成熟に達 するが,生息地によっては異なることもある.また,ク マ類やテン類,アナグマ(Meles meles)などは受精卵が すぐに着床しない着床遅延の現象を示す.生体捕獲調査 では,対象とする動物の繁殖生理を熟知しておき,繁殖 活動に悪影響を与えないようにすることが重要である. ③齢査定  幼獣,亜成獣,成獣などの相対的な齢区分は体サイ 表 1.  研究者達から得られた各種動物における外部計測項目に関するアンケート結果 種 体 重 全 長 頭胴長 尾長 首囲 胸囲 胴囲 腰囲 体高 耳長 (内側) 耳長 (外側) 前掌長 前掌幅 後足長 後足幅 ツキノワグマ * ○ ○ ○ ○ ○○○○△ △ △ ○ ○ ○ ○ キツネ ○ ○ ○ ○ ○∼△ × × × △∼× ○ × ○∼× ○∼× ○ ○∼× タ ヌ キ ○ ○○○○ ○ ○ ∼ × ○ ○ ∼ △ ○ ∼ × ○ ∼ × ○ ∼ × × ○ ∼ × × ノ イ ヌ ○ ○ ○ ○ ××××○ × × × × × × アライグマ * ○ ○ ○ ○ ○∼× ○∼× ○∼× ○∼× △∼× ○∼× ○∼× △∼× △∼× ○∼× △∼× アナグマ ○ ○ ○ ○ ○○○○× ○ ○ ○ ○ ○ ○ テン * ○ ○○○○ △ ∼ × △ ∼ × ○ ∼ × ○ ∼ × ○ ∼ × ○ ∼ × △ ∼ × △ ∼ × ○ ∼ × △ ∼ × ニホンイタチ * ○ ○ ○ ○ ○∼× ○∼× ○∼× ○∼× ○∼× ○ ○∼× ○ ○∼× ○ ○∼× イイズナ ○ ○ ○ ○ ××××× ○ × ○ × ○ × ミ ン ク ○ ○ ○ ○ △×××× ○ × ○ ○ ○ ○ ノ ネ コ ○ ○ ○ ○ ××○×× ○ ○ × × ○ × ○,基本的計測部位または計測意義があり計測すべき;△,研究目的に必要なために計測している;×,計測していないまたは計測する意義 は低い. * その他として頭囲,肩高,陰茎骨長,精巣サイズ,耳介幅,後掌長・幅などの計測もしているという回答あり.

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ズ,生殖器,歯の萌出・交換,陰茎骨のサイズや形状な ど の 外 部 形 態 か ら 可 能 な 場 合 が 多 い(Dimmick and Pelton, 1994).温帯以北の動物では季節による栄養条件 の差により,歯根部のセメント質に通常1年に1本の年 輪が形成される.食肉目は早い時期に永久歯列となるう えにエナメル質が厚く咬耗が少ないため,歯の萌出・交 換を終えた1∼2歳以後の年齢推定を行うには,この歯 のセメント質年輪をカウントする絶対年齢査定法が多く の 種 で 利 用 さ れ て い る( 大 泰 司,1990;Dimmick and Pelton, 1994; 八谷・大泰司,1994). ④栄養状態  一般的に栄養状態の指標は,皮下,体腔内,骨髄内な どに蓄積された脂肪の測定値(皮下脂肪厚,腎脂肪量, 大腿骨骨髄脂肪量など)であり(Harder and Kirkpatrick, 1994),栄養段階が下がると前記の蓄積部位の順に異化 が起こる(Riney, 1955).成長が完了した成獣では,個 体の栄養状態の指標となる代表的な外部計測値は体重で ある.その他には,エックス線撮影により皮下脂肪厚を 計測する手法(岸本,1997a)や,体重と体長または後 足 長 の 比 な ど で 間 接 的 に 体 脂 肪 量 を 計 測 す る 方 法 (Harder and Kirkpatrick, 1994)もある.近年では,ヒトの 体脂肪率計と同じ原理で微弱の交流電流(50 Hz・800 O アンペア)に対する生体の電気抵抗(9)を測り,体 脂肪(TBF)を推定する方法も利用されている.体重 (TBM)や胸囲,頭胴長などの体測値と合わせて体水分 量(TBW)と除脂肪乾燥重量(LDM)を推定して TBF (=TBM−TBW−LDM)を得る(Hwang et al., 2005). 種によって異なるので,事前に死体で頭胴長や胸囲など の外部計測を行い,体脂肪と体測値との相関式を得てお く必要があるが,相関式が得られれば野外で簡単に測定 できる.例えばシマスカンク(Mephitis mephitis)では, 以下のような推定式が得られている(TBF=0.88×TBM −0.058×胸囲−0.25×(頭胴長)2/Rs(生体の電気抵抗) +0.85;Hwang et al., 2005).一般に体脂肪量は季節に 応じて変化するため(Harder and Kirkpatrick, 1994),異 なる地域間で個体の栄養状態や個体群の質(繁殖率や死 亡率など)を評価する際には,計測時期を統一させるこ とが必要である.死体では,体脂肪量を直接観察あるい は計測することが可能なため,より精度の高い栄養状態 の評価が可能となる. 2 2. 採材 1)基本的な注意事項  生体捕獲調査における基本作業となる性判別,外部形 態計測,年齢査定などが終了後,個体からの試料採取が 行われる.通常,生体からの採材は物理的あるいは化学 的不動化を伴うため,外部計測と同様,拘束時間をでき るだけ短縮する配慮が必要である.必要な試料の項目や 量が記入されたデータシート,必要な用具が整理された 作業箱などを準備しておき,作業効率の向上と採材漏れ 図 1. 主要な外部計測部位.       * 実際には背面に棒などを沿わせて真っすぐにしてから計測する. ** イタチ科などの蹠球をもつ動物では,蹠球までの長さと区別して計測する.

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を防ぐ工夫をするとよい.採材の優先順位をつけておく ことも重要である.また,分析結果に与える影響を小さ くするため,適切な保存容器の準備も怠ってはならな い.採取した材料にはすぐにナンバリングをし,紛失や 混乱が生じないよう留意する.なお,採血や組織生検な どサンプルによっては採取の際に専門的な技術や知識を 要するものがあるため,専門家の協力を得なければなら ない場合もある.捕獲個体分析については,「野生動物 学概論」(田名部ほか,1995),「野生動物救護ハンドブッ ク」(野生動物救護ハンドブック編集委員会,1996),「野 生動物調査法ハンドブック」(米田ほか,1996)などが 参考になる. 2)採材項目ごとの注意点(生体) ①血液  生体から採取される最も一般的な試料であるが,採血 は適切な訓練を受けた技術者が行うべきである.採血方 法は伴侶動物や産業動物と同様であるが,対象種,個体 の健康状態,保定方法,必要量などに応じて頚静脈,橈 側皮静脈,外側および内側伏在静脈,大腿静脈などから 行う.採血量は健康な動物でも体重の1%以下と経験的 に判断される.血液は,血液一般性状,血清生化学性 状,各種ホルモン分析,遺伝学的分析,疫学的分析など に利用されるが,性,年齢,健康状態,日内変動,季節 変動,ストレス,不動化薬の使用,サンプルの保存状態 など多様な要因が測定値に変動をもたらす可能性がある ことを考慮すべきである.採材にあたっては,動物種に 適したサイズの注射器と注射針を使用し,分析項目に合 致した採血管に保存する.野外などで,すぐに処理でき ない場合には保冷剤などを利用して一時的に冷蔵保存し ておくべきである. ②糞  食性分析,寄生虫などの感染症や疫学的調査などに利 用される.捕獲の際に使用した餌が糞に含まれることが あるので食性分析の際には注意が必要である.ワナの中 で排泄してあったものではなく,肛門から直腸糞を採取 する場合には,採便棒などの道具を使うとよい.中型ま たは大型動物ではゴム手袋などをして肛門から指を入れ て採糞することもできる.直腸糞の採取では,直腸粘膜 を傷つけないよう採便棒や指を水で濡らしたりグリセリ ンを塗るなどするとよい.分析項目によって,サンプル の必要量,保存方法,処理方法などは異なるので,事前 に調べておく必要がある. ③体毛  遺伝学的分析,種の同定,同位体分析などに利用され る.例えばクマ類では,炭素・窒素安定同位体による食 性解析(Mizukami et al., 2005)や有刺鉄線を利用した ヘアトラップによる生態遺伝学的な調査(Woods et al., 1999; Posillico and Lorenzini, 2000; Mowat and Strobeck, 2001; Poole et al., 2001; Sato, 2002; Boersen et al., 2003)も行われている.採材は容易で,毛根部を含むよ うに引き抜いて採取するのが一般的である.目的とする 分析項目に適した部位から十分量を採取し,乾燥または 冷凍保存(−20℃以下)しておくとよい. ④寄生虫  寄生虫は,体表に寄生する外部寄生虫と,血液や各種 臓器内に寄生する内部寄生虫に区別できる.外部寄生虫 の採材は,体表を精査することで行う.1個体ずつピン セットなどで採集するのが困難な場合,市販のノミ取り クシなどを使用するとよい.また,殺虫剤を散布して死 亡した個体を収集する方法もある.収集した個体は, 70%アルコール,グリセリン・アルコール液(70%アル コールに3∼ 10%量のグリセリンを加える)に入れて 保存する.ホルマリンも固定液,保存液として一般に用 いられるが,虫体を硬化させてしまうとともに,長く保 存しておくと蟻酸を生じるために体表のクチクラに影響 を及ぼすおそれがある(今井ほか,1997).  生体からの内部寄生虫の採取は,採血によってミクロ フィラリや住血原虫を得る場合を除き困難である.した がって生体の場合,寄生虫の存在を示す証拠を血液や糞 などから検出する方法が一般的である.感染に伴う宿主 の免疫反応を調べる免疫学的な診断,寄生虫の産出する 虫卵を検出する糞便検査が主要な方法となる.これらの 方法は,必ずしも寄生の確実な証拠とならない点に注意 する.詳細については,「家畜寄生虫学実習・実験」(石井 ほか,1981),「Measuring and Monitoring Biological Diversiy Standard Medthods for Mammals」(Gardner, 1996),「獣医 寄生虫検査マニュアル」(今井ほか,1997)などを参照 するとよい.これらは,死体からの虫体検出方法につい ても詳しい. ⑤歯  年齢査定などに利用される.歯科用エレベーターや抜 歯鉗子などを利用し,分析に必要な歯根部を傷つけない よう注意して麻酔下で抜歯する.この際,生活に支障の 少ない歯(例えば,クマ類では第一または第二前臼歯) を選択する必要がある.犬歯は生活への支障があるばか りか,加齢に伴い歯根部が成長して抜歯が困難になるた め,通常は抜歯しないほうがよい. ⑥組織  バイオプシー(生検)用の針を利用して筋肉,脂肪, 精巣などの組織の一部を麻酔下で採取することが可能で

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ある.特殊な器具と技術が必要であるので,獣医師と協 同で行うとよい.出来る限り無菌的に採材することが重 要なので,剃毛や消毒のための器具や薬品の準備も必要 となる. ⑦分泌液  乳汁,膣分泌液,耳漏,鼻汁,唾液,精液,肛門旁洞 腺分泌液などが含まれる.分析可能な項目についてはこ こ で は 触 れ な い が,「 獣 医 臨 床 病 理 学 」( 小 野 ほ か, 1998)などを参照してもらいたい.主にヒト用ではある が,採取に適した道具も製品化されているので,それら を利用すると便利である.精液については,電気射精法 などの特殊な技術を要するので,技術者の協力を仰ぐ必 要があるだろう. ⑧尿  ヒトでは一般的な検査材料であるが,生体捕獲調査で は採尿において獣医学的な技術を要する場合が多く,採 取されることは少ないようである.外部尿道口からカ テーテルを挿入するか注射器で膀胱を穿刺するなどして 採取できるが,いずれの場合でも麻酔下で行う必要があ る. 3)採材項目ごとの注意点(死体) ①消化管内容  胃や腸管の内容物は,食性分析や寄生虫検査の貴重な 試料となる.胃の前端噴門部と直腸端を糸で結紮(けっ さつ)後に切断して,胃から腸までをすべて摘出して採 材する方法が便利である.検査の目的に応じて冷凍,ア ルコールまたはホルマリン固定などの方法で保存してお く. ②脂肪組織  死後の経過時間が短い新鮮な個体であれば,栄養状態 の指標となる皮下脂肪,腎周囲脂肪,骨髄脂肪などを採 取できる.すぐに分析できない場合には,冷凍保存 (−30℃)しておく. ③臓器・器官  形態学,組織学,病理学,繁殖学,寄生虫学的検索な どの試料となる.たとえば,卵巣や子宮からは卵胞,胎 児,胎盤痕などの肉眼観察または組織学的分析によっ て,繁殖率や産子数などの情報を得ることが可能で,ア ラ イ グ マ(Procyon lotor)(Asano et al., 2003) や ヒ グ マ(Urusus arctos)( 坪 田,1988), タ ヌ キ(Nyctereutes

procyo noides)(Helle and Kauhala, 1995), ア カ ギ ツ ネ (Vulpes vulpes)(Englund, 1970),リンクス(Lynx lynx) (Mowat et al., 1996)など多くの動物種で報告がある. また,新鮮な死体から採取した水晶体重量の計測による 年齢推定が試みられており(Dimmick and Pelton, 1994),

歯のセメント質年輪の観察が困難なマングース(Herpestes sp.)では有用な齢査定の1つとなっている(阿部, 1995).水晶体は冷凍保存すると標本に影響を及ぼすこ とに注意する. ④骨格  形態学的分析,年齢推定,栄養指標,標本資料などの ために採取される.骨格標本の作製法や年齢査定法につ いては骨格標本作製法(八谷・大泰司,1994)が参考に なる. 3. 器具の装着・標識 3 1. 装着器具および標識の選定  本連載の金子・岸本(2004)の章で紹介された方法に より生体捕獲された個体には,前節で紹介した手段で計 測・採材と供に,調査・研究目的に応じて個体識別用の 標識(マーキング)や様々な器具の装着が行われる.そ の種類や方法は様々であるが,目的を基準に考えると, 対象個体を特定するための補助として用いる器具の装着 もしくは処置,対象個体から様々な情報を収集するため の器具の装着に大別できる.どのような器具の装着もし くは処置をするにせよ,前提条件として,その行為自体 が対象個体に大きな影響を及ぼさないことを仮定してい る.しかしながら,このような仮定がきちんと評価され た事例はあまり多くない.現実的には,器具の装着や処 置による影響がわからなくても,予想される影響を十分 考慮して装着器具や処置の選択をする必要がある.標識 による影響については,Murray and Fuller(2000)によ る総説が参考になる.また,哺乳類全般の標識法やその 特徴については,Nietfeld et al.(1994)に詳しい.この ような器具や処置に関する既存の情報を十分に得た上 で,1)研究目的上,器具の装着や処置が不可欠かどう か(代替方法はあるか),2)器具の装着および処置を何 頭に施す必要があるのか,3)器具の装着および処置 は,社会的に許容され得るものなのかなどを十分に考慮 し,適切な器具および処置を選択することが必要であ る.以上の倫理的配慮に関する全般的議論については本 連載の村上・佐伯(2003)を参照するとよい. 3 2. 器具の装着および処置を必要としない個体識別法  対象個体への負担を極力軽減することを考慮すれば, 器具の装着や処置なしで個体を特定できることが望まし い.個体の持つ様々な特徴を手がかりに個体識別する方 法は,野生動物研究者が従来用いてきた基本的技術の1 つである.この技術の習得には,長期に渡る訓練と経験

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が必要だが,熟達者のこつを知ることは,その習得期間 の短縮に役立つ.しかしながら,個体の移出入が多い個 体群や識別すべき個体数が多い場合には,識別精度が低 下する点に注意する必要がある.標識の作業に関わるコ ストと識別精度の優先度に応じて使い分けることが現実 的である. 1)毛色・模様による識別  一般に動物には毛色多型があり,これらは遺伝に基づ く固定的な特徴である.野生動物では,毛色の違いによ る適応度の差により,毛色が一定のパターンに落ち着い ていることが多いと考えられるが(野澤,1996),詳細 に観察すると,個体識別に役立つ特徴が認められる.研 究者へのアンケートで得られた,種別の結果は以下の通 りである.毛色のバリエーションが多いノネコ(Felis catus)では,全身が白色もしくは黒色の個体を除き,個 体識別に有効であった.ノイヌ(Canis familiaris)も同 様だが,全身が白色もしくは黒色の個体は識別困難で あった.キツネ(Vulpes vulpes)では,尾の先の白色部 分や足先の黒色部分,吻の両脇,目の上部,尾の背部な どにある黒斑の大きさなどが,換毛にかかわらず一定し た特徴を示すと報告されている.タヌキでは,目の周り の黒色部分が個体識別の手がかりとなった.テン(Martes melampus)では,喉から胸部にある黄色いパッチ状の形 が終生変化せず,パッチ中の黒いスポットも自動撮影法 などで利用可能な個体識別の手がかりとなるとの報告が ある.また,顔と体の毛色が異なる場合,その境界部分 に個体差が認められる.クロテン(Martes zibellina)で は,首筋の模様に大きな個体変異があると報告された. アナグマでは,目の周りの模様に個体差があり,ビデオ などで個体識別できる場合があることが報告されてい る.ただし,体重の増減による相貌変化に注意が必要で ある.ニホンイタチでは,毛色による個体識別は困難で あるが,首の白色部と有色部の模様や吻部の黒色部の大 きさなどに特徴があると報告された.ただし,夏毛と冬 毛で毛色が大きく異なるので注意が必要である.チョウ センイタチでも喉の白斑に特徴がある.ミンク(Mustela vison)では,全身の毛色に変異が多く,特に腹部の白斑 の位置と形が個体により異なるので,スケッチなどして 記録するとよいとの指摘が得られた.毛色パターンの記 載方法については,Ortolani and Caro(1996)が参考に なる.また Lehner(1996)は,ライオン(Panthera leo) での調査例をわかりやすく紹介している. 2)体の傷や一部欠損を利用した識別  体の傷は,個体が経験した環境との相互作用の履歴が 蓄積されており,個体ごとに固有のパターンを示す.そ のため,傷の位置,大きさ,数などを手がかりとして個 体識別可能な場合がある.研究者へのアンケートでは, 特徴的な傷は,耳,顔,吻部に集中しており,その他の 手がかりとして,尾の欠損や折れ曲がり,四肢や歯の欠 損などの利用が報告された.品種固有の特徴として,耳 の垂れや巻き尾などがノイヌで認められた.ただし,こ れらの特徴については,新たにできた傷を絶えず記録し ておく必要があり,定期的な観測が困難な場合には混乱 を招く可能性がある. 3)行動上の特徴による識別  行動上の特徴も,個体識別に利用できる.研究者への アンケート結果によると,ノネコでは,人によく慣れて すり寄ってくるかが識別の参考となる.タヌキでも,個 体によって人への警戒心に違いがあり,この行動上の特 徴が利用できる.ただし,観察した条件により行動は大 きく変化することがあるので注意が必要である.たとえ ば,著者らの経験では知床国立公園で観光客に餌づけら れたキツネでは,昼間には数 m の距離まで観光客に近 づくのに対し,夜間には 10 m 以上の距離で逃走行動を 示した. 3 3. 器具の装着および処置を必要とする個体識別法  器具の装着ならびに処置を必要とする個体識別法で は,個体に何らかの影響を及ぼすことは避けられない. これらの影響を軽減する上で,個々の器具の特徴や処置 の性質を理解し,不必要なストレスを与えない工夫が必 要である. 1)耳標  個体識別手段として最も一般的に用いられている方法 の1つである.家畜や実験動物等で使用されているもの を野生動物に流用する例が多い.通常,耳標装着部分の 毛を剃り,同部位にイソジン等の消毒薬を塗布後,専用 のタッグパンチャーで装着する.研究者へのアンケート 結果では以下のような適用例が報告されている.クマ類 では,家畜用合成樹脂製耳標(Allfl ex 社製)が利用さ れている.キツネやタヌキでもウシ用耳標(Allfl ex 社 製)の適用例がある他,家畜豚出荷確認用のアルミ製耳 標,長さ1cm 程度のネズミ用耳標(タヌキに適用)な どの適用例がある.イタチ類では,人用のピアスを接着 剤で固定し,装着した例があるほか,オコジョ(Mustela erminea)やイイズナ(Mustela nivalis)専用の耳標も利用 できる(King, 1989).  耳標の選択には,大きさや材質(熱伝導性や耐食性の 違い),形状(皮膚との接触面の形態)などを考慮する 必要がある.研究者へのアンケートでは,キツネやタヌ

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キにウシ用耳標を装着した場合,耳の一部が裂けて耳標 が脱落する事例が確認されている.また,ブタ用アルミ 製耳標(断面が長方形で耳に接触)をキツネに使用した ところ,装着部位が化膿し,その周囲にマダニが寄生し た事例が認められた.タヌキでも,アルミ製の場合,腐 食して接触部位が化膿する事例が確認されている.ただ し,タヌキとアメリカテン(Martes americana)に用いた モネメタル製(ニッケルと銅からなる耐食性の合金)の 耳標(National Band & Tag Co., Kentucky)では障害が 認められなかった(佐伯,私信).一方,弾力のあるウ シ用合成樹脂製の耳標(断面が円形)では,顕著な障害 は報告されなかった.素材としては耐食性の高い合金や 合成樹脂製が適しているようである.  イタチ類でも耳標の脱落が確認されている.研究者へ のアンケートでは,イタチ類は耳介が小さく皮膚も弱い ため,耳標の装着は不適であると多くの研究者が回答し ていた.またマングースでも耳標の適用例があるが,時 間がたつと脱落する,遠くからでは目立たないといった 回答が寄せられた. 2)首輪  首輪の装着も比較的簡便な標識の1つである.単独で 用いられることは少なく,首輪型発信器を装着した際に 個体識別の補助としても利用されることが多い.首輪型 電波発信器については,本連載の次章で紹介されるので そちらを参照していただきたい.  ペット用の首輪は色や飾りが多様なため識別パターン の増加に有効である.研究者へのアンケート結果におい て,ノネコでは,毛色による区別が出来ない全身白色も しくは黒色の個体に首輪を装着して個体識別を行った事 例が,タヌキでもイヌ用首輪の適用例がある.ノネコの 成獣では,少なくとも薬指と人差し指が入る程度の余裕 をもたせて首輪が装着されていた.1歳前後のオスネコ にかなり余裕をもたせて首輪の装着をした例では,前肢 が首輪にひっかかる事故が発生している.そのため,成 長に伴い首囲が増大する幼獣や季節的な体重変動の激し い種などに適用する場合,首囲の個体内変動の幅を先行 研究で確認しておく必要がある.特にイタチ科では,首 囲と頭囲の差が小さい体型のため,首輪をきつめに装着 することが事故の原因となりうる.このように首輪の適 用が困難な種では,首輪の替わりにハーネスの使用など も考慮されるべきだろう.  素材に関しては,革製の首輪を使用した場合,装着後 3年程度で首輪の表面が劣化して首輪の色の違いが識別 できなくなることが研究者へのアンケートで報告されて いる.また,タヌキでは飾りつきの首輪が装着後3日で 脱落したケースが報告されており,相互グルーミングを 行うタヌキなどでは,飾りなどの付属物が首輪の強度に 悪影響を及ぼす可能性がある.食肉目への適用例は不明 だが,装着部分の金具を工夫することで,自動装着型の 首輪が利用できる(Verme, 1962; Siglin, 1966). 3)入れ墨・色素  捕獲を定期的に行うのであれば,歯茎,耳介部,鼠径 部,下顎部,指間隙などの無毛(もしくは薄毛)かつ薄 色の部位に入れ墨を施し,再捕獲時に確認する手段があ る.研究者へのアンケートでは,タヌキ,アナグマ,テ ン,チョウセンイタチ,ミンク,マングースなどで適用 例があり,裁縫針などを束ねて市販の墨汁を用いた事例 が報告された.耳介の場合,小型哺乳類や家畜を対象と した入れ墨ペンチを利用すれば,より簡便に番号や記号 を標識できる(Honma et al., 1986).半永久的に利用で き,生体へのダメージも少ないため,近年では小型哺乳 類を対象に野外でも応用されている(Lindner and Fuelling, 2002).ただし,ミンクでは下顎への入れ墨が数週間で 色褪せ,アナグマでは数ヶ月でかなり色褪せたとの回答 も得られた.  組織に低温やけどを引き起こして標識する冷凍焼烙は 熱による焼烙と比べて人道的な標識方法とされるが (Nietfeld et al., 1994),研究者へのアンケートにおいて タヌキでは不確実であったとの報告もある.より簡便な 方法として毛皮に油性マジックや市販のスプレー状塗料 などで色や番号をつける方法もあるが,耐久性に難があ り,短期的な利用に留めた方がよい.また,自己および 相互グルーミングを行う種では,塗料の経口摂取による 個体への影響も考えられる.研究者へのアンケートで は,イタチ類やノイヌでの適用例においてあまり良好な 結果が得られていない.  個体識別には用いることができないが,色素を取り込 んだ特定の個体を把握する方法がある.ローダミン B は,捕獲を必要とせず,経口的に投与できる比較的安全 な色素として有効である(Fisher, 1999).消化管などの 組織や爪,毛などに蓄積され,紫外線下で確認可能な蛍 光バンドを形成する.ローダミン B の確認は剖検を必 要としないが,再捕獲が最低限必要であり,使用可能時 期が組織の成長時期に限定されるという制約がある (Nietfeld et al., 1994). 4)組織の切除  組織の一部を切除して個体識別する方法は小型哺乳類 では一般的である.Kawamichi and Liu(1990)は,カ ンスーナキウサギ(Ochotona curzoniae)の耳に切れ込み を入れることで,130個体の識別が可能であると報告し

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ている.ネズミ類では,標準的標識法として指切りがお こなわれてきたが(村上,1971),個体の生存率に影響 することも報告されている(Pavone and Boonstra, 1985). 食肉類でも,コヨーテ(Canis latrans)で指切りによる 個体識別の報告(Andelt and Gipson, 1980)はあるが, 一般的ではない.日本では,環境省の第9次鳥獣保護事 業計画における「鳥獣の保護を図るための事業を実施す るための基本的な指針」による捕獲許可申請手続きにお いて,指切りによる標識法が原則として許可されない (竹内,2004).組織の切除は,研究者へのアンケート において,ニホンイタチでは,創傷等で耳介の一部が切 れている個体がいるため,標識による切除との区別自体 が困難との報告がある. 5)毛刈り  毛刈りは,遠目からも確認できる標識法としてすぐれ ているが,換毛のため,短期間(基本的に1シーズン) しか利用することができない.マングースでは,尾部の 毛刈りにより,上部・中部・下部の3カ所まで識別でき た と の 報 告 が 研 究 者 へ の ア ン ケ ー ト か ら 得 ら れ た. Stewart and Macdonald(1997)は,アナグマの粗毛(guard hair)の先端を刈り,毛色のコントラストを明瞭にする ことで,80頭以上を識別した.ただし毛刈りを行うにあ たっては,耐寒性への影響を考えて冬季は特に注意を払 う必要がある. 6)マイクロチップ  マイクロチップは,比較的安全かつ恒久的な個体識別 用標識として,近年適用事例が急速に増加しつつある. 直径2mm,長さ10 mm 程の円柱状のマイクロチップを 専用の注射器で注入して使用する.マイクロチップ自体 には電源がなく,固有の周波数の電磁波に反応し,専用 のリーダーから識別番号を取り出すことができる.その ため,半永久的に利用できる.研究者へのアンケートで は,ツキノワグマ(Ursus thibetanus),テン,ニホンイ タチなどで適用例が報告されており,背側頚部の皮下に 挿入されていた.特に耳標の適用が困難なイタチ類では 有 効 な 手 法 と 考 え ら れ る. ク ロ ア シ イ タ チ(Mustela nigripes)の例では,マイクロチップを挿入した20頭中11 頭を再捕獲し,そのうち,10頭で読み込みが可能であ り,挿入による感染等は認められなかった(Fagerstone and Johns, 1987).識別に失敗した1例は,闘争による ケガの際,マイクロチップが破損したと推定された.ア ナグマへの適用例では,チップを埋め込んで再捕獲した 174例中12例(6.9%)でマイクロチップを認識できず, 入れ墨法(100%)と比べて信頼性が劣っていた(Rogers et al., 2002).他の野生動物や動物園動物への適用事例,

さらにその有効性等については,Elbin and Burger(1994) の総説が参考になる. 7)その他の標識 ①ベイトマーキング  アナグマやタヌキなど,ため糞の習性がある動物で は,識別用のチューブ(たとえば色のついたビーズ)な どを仕込んだ餌を食べさせることで,餌を食べた個体の 動きを追跡することが可能となる(Kruuk, 1978).餌場 を利用する個体の行動圏の把握,また餌場を共有する個 体間関係の分析の際に役立つ.標識回収に労力を要する が,対象個体に与える影響は比較的少ない.タヌキでの 適用例は Ikeda et al.(1979)の研究が,アナグマでの適 用例は Delahay et al.(2000)の総説が参考となる. ②化学的標識  テトラサイクリン系抗生物質は,化学的標識として最 も一般的に用いられる.経口もしくは静注で投与するこ とにより,骨や歯の中に蓄積され,紫外線下で特異的な 蛍光を発する.狂犬病ワクチンを野外に散布してその 受容率を測定するなど,多くの地域で適用例がある (Steck et al., 1982; Bachmann et al., 1990; Brochier et

al., 1991; Garshelis and Visser, 1997).血清中の経口標識

としては,C メチル 3 ヒドロキシ 2,4,6 トリヨードベ ンゼンプロパン酸が用いられている(Follmann et al., 1987; Trewhella et al., 1991; Fleming, 1997).この標識は 血漿中の蛋白結合ヨウ素の上昇により識別できる.同時 に利用可能な標識として C メチル 3 ヒドロキシ 2,4,6 トリヨードベンゼンプロパン酸,C n プロピル 3 ヒド ロキシ 2,4,6 トリヨードベンゼンプロパン酸がキツネで 適用されているが(Jones et al., 1997),液体クロマトグ ラフィーによる分析が必要である.糞中に検出される経 口標識としては,ペンタクロロベンゼンが6ヶ月にわた りコヨーテで検出可能であり,1,2,4,5 テトラクロロベ ンゼンが複合的標識として同時に利用できる(Kimball

et al., 1996; Johnston et al., 1997).ただし,検出にはガ

スクロマトグラフィーと電子捕獲型検出器を必要とする ため,手間とコストがかかる難点がある.また,これら の標識では個体識別できないことに注意する必要があ る.海外では,上記の他に放射性同位体を標識に用いた 研究例もあるが(Kruuk, 1989),日本では「放射性同位 元素等による放射線障害の防止に関する法律」の規制を 受けるため,野外での使用は一般的ではない. 3 4. 生体情報測定のための器具の装着  体温や心拍数などの生理的データを測定したり,個体 の位置情報を捕捉したりするために各種インプラントを

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体内に埋め込む場合がある.日本では報告例が少ない が,アナグマにおいて温度計測ロガー(18.2 g, 3 cm diameter; StowAway TidbiT, Onset Computer Corp., USA) を皮下および腹腔にインプラントした試みが報告されて いる(田中,2002).背中側の皮下内に挿入した2頭 (メス成獣1,オス1歳獣1)では行動面での影響は認 められなかったものの,6ヶ月後に脱落したケースを確 認し,脱落しなかった場合でも化膿などの障害が認めら れた.一方,腹腔内(臍下1∼5cm の部位)に挿入し た5頭(オス成獣1,オス幼獣2,メス幼獣1)では, 部位の状態および行動面での影響は認められず,再捕獲 した個体では癒着の問題なく回収できた.またミンクで は,電波発信器をインプラントした事例が報告されてい る. 3 5. 装着時の注意  器具の装着などで対象個体の体に処置を施す場合,痛 みの軽減,創傷や疾病の予防といった福祉的配慮を行う ことが必要である.また,不測の事態に対する最終的な 対処としてやむを得ず安楽殺を実施しなければならない ことがあり,その準備も必要である. 1)痛みに対する配慮  痛みを軽減する処置としては,局所麻酔が有効であ る.局所麻酔を施したとしても,たとえば耳標装着時に は,対象動物が痛みを感じることを完全に制御出来ない 場合がある.そのため,不動化状態にあるように見えて も一時的に強い反応を引き起こすケースが認められる. ヒグマなどの大型獣を扱っている場合には,保定員の事 故にもつながるおそれがあり,注意が必要である. 2)創傷への配慮  器具の装着に伴う処置個体の創傷を防ぐには,調査者 が装着作業に熟達する必要がある.初心者の場合,経験 者のアドバイスを仰いだり,同様の作業をおこなってい る研究者の調査に参加して経験を積むなど,事前の準備 を怠らないことが重要である. 3)疾病への配慮  器具を装着するために個体を捕獲・不動化すること は,対象に少なからぬストレスを与えることになる.こ の様なストレスが免疫力の低下を引き起こし,日和見感 染を引き起こす危険性がある.Burrows(1992)は,絶 滅に瀕したリカオン(Lycaon pictus)において,狂犬病 のワクチン投与および首輪装着を実施した群れが全滅す る一方で,ワクチン投与および首輪装着を実施しなかっ た群れの生存は確認された事例から,研究者による捕獲 や首輪装着などのハンドリングによるストレスが引き金 となって免疫機能が抑制され,狂犬病が発症した可能性 を指摘し,論争となった(Creel, 1992; Macdonald, 1992). 器具の装着や生体サンプルの採集などで対象個体に何ら かの処置を施す場合,無菌的に処置することが望ましい が,野外では困難な場合が多い.一方,厳密な無菌的処 置のために専用の設備を導入することは,かえって処置 時間を長引かせるなどの新たなストレス要因ともなりう る.非侵襲的な方法を選択するか,次善策としてイソジ ンなどによる創面の消毒や抗生物質の投与などの処置が 望まれる. 4)安楽殺  安楽殺は,捕獲,保定,不動化,あるいは外科的処置 を伴う研究において,不測の事態として避けることので きない作業となる可能性がある(Friend et al., 1994). 日本では,「化学的又は物理的方法により,できる限り 処分動物に苦痛を与えない方法を用いて当該動物を意識 の喪失状態にし,心機能又は肺機能を非可逆的に停止さ せる方法によるほか,社会的に容認されている通常の方 法によること」と定められている(動物の処分方法に関 する指針,平成7年,総理府告示第40号).また,環境 省の第9次鳥獣保護事業計画における「鳥獣の保護を図 るための事業を実施するための基本的な指針」でも, 「捕獲個体を致死させる場合は,できる限り苦痛を与え ない方法によるよう指導するものとする」とされている (http://www.env.go.jp/nature/yasei/choju_ho/04.pdf). 侵 襲 的方法を施す場合には,研究者は安楽殺の具体的な方法 について精通し,その準備をしておく必要がある.安楽 殺の方法については米国獣医学会(AVMA)の安楽死に 関 す る 研 究 会 報 告 が 参 考 に な る(AVMA Panel on Euthanasia, 2001).日本語での解説は鈴木・黒澤(2005 a–h)を参照すべきである. 3 6. アフターケア 1)影響評価  対象個体への影響を最小限に留める器具の装着法の開 発や処置方法の改良を進める上で,器具の装着や処置が 及ぼす影響の評価は欠かせない.しかしながら,そもそ も何らかの測定値を得るために器具や処置を行うのであ り,これらが未処置の個体から測定値を得ること自体が 困難である.そのため,限られた手段により得られた未 処置個体における測定値を対照群とせざるを得ず,正確 な評価を得ることは難しい.我が国ではこのような器具 の装着や処置による影響を評価する試みがほとんどなさ れていないが,世界的に見ても,限られた種でわずかに 試みられているにすぎない(Murray and Fuller, 2000).

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首輪型電波発信器の装着が対象動物に及ぼす影響につい て,リカオン(Creel et al., 1997),キットギツネ(Vulpes

macrotis)(Cypher, 1997),アナグマ(Tuyttens et al., 2002) などで報告されている.日本でも,国内に見られる食肉 類を対象としたデータの蓄積が望まれる. 2)装着器材の除去  調査終了時あるいは装着器材による外傷などによる障 害が認められた場合には,装着器材を除去することが望 ましい.再捕獲が可能な場合には,装着器材の除去を調 査計画に盛り込んでおくことが望まれる.ただし,再捕 獲自体が対象個体にとってかなりのストレスとなること も予想されるため,実際には,器材装着によるストレス と捕獲によるストレスとを比較して,再捕獲を行うかど うか判断することになる.再捕獲を必要としない機材の 除去法として,自然脱落式器材の利用が挙げられる.ヒ グマやツキノワグマの首輪型電波発信器の場合,首輪の 一部を劣化しやすい木綿製や皮革製に改造し,一定期間 後に脱落するように工夫されている.また,耳標の項で 述べたように,装着標識の脱落は頻繁に発生する.その ため,比較的恒久的に残る入れ墨やマイクロチップなど 他の標識を組み合わせることにより,装着器材の脱落率 を推定するなどして(Diefenbach and Alt, 1998),器材 の有効期間を調べることは将来の改善に役立つ.

4. 衛生上の注意

 近年,野生動物における疾病が人間に対する健康面に とどまらず,生物多様性保全の観点からも重要視される ようになった(Daszak et al., 2000).Taylor et al.(2001) が人の感染源となる1,415種の病原体のうち868種(61%) が動物由来であり,新興感染症と分類された175種のう ち132種(75%)が動物由来であると報告しているよう に,野生動物は新興・再興感染症の温床であり,捕獲作 業等で直接動物に接触する機会には,細心の注意を払う 必要がある.また,保全生物学的な視点においては,隔 離された小集団では,疾病の侵入が絶滅の危機を引き起 こ す 事 例 も 報 告 さ れ(Funk et al., 2001; Deem et al., 2001),人間と野生動物,もしくは野生動物間の接触に 注意を払う必要がある. 4 1. 作業員および対象個体の衛生管理 1)作業員の衛生管理  野生動物由来感染症の防除には,対象動物がどのよう な疾病に感染している可能性があるのかを理解して対応 する必要がある.詳細については次項で述べるが,一般 的な対策としては,マスクや手袋の着用が有効である. 表2に主な消毒薬とその用途を示す.器具に対しては腐 蝕性のない消毒薬を選択し,糞尿等の有機物による汚染 がある場合には消毒の効果が低下するため,熱湯や蒸気 での洗浄後に消毒薬を撒布する.対象動物に接触した器 具や衣服は,作業終了後に洗浄することを心がけ,可能 であれば加熱するなどの滅菌処置を行うことが望まし い. 2)対象個体の衛生管理  食肉類で流行し,近年問題となっている疾病の多くが 家畜由来であるとの指摘がある(Funk et al., 2001).野 外,特に複数の調査地で研究をする研究者は,調査用具 や靴などの消毒や使い分けを行い,生息地や対象動物に 疾病を蔓延させない配慮も必要である.研究者による疾 病の導入と蔓延の原因としては,感染源の播種,感染動 物の不適切な放獣(天敵動物の導入,救護個体の放野, 使役犬の同行なども含む),不活化が不十分なワクチン 等の投与,生き餌の使用などがある. 4 2. 人獣共通感染症  ヒトとヒト以外の脊椎動物の双方が罹患する感染症を 人獣(人畜)共通感染症と呼ぶが,我が国には100種ほ どが存在し(高橋ほか,2000),その約半数は公衆衛生 対策を必要とする(橋本,1998).高橋ほか(2000), Williams and Barker(2001),Samuel et al.(2001),清水 ほか(2002)などの過去の報告をもとに作成した国内で 表 2. 主な消毒薬とその用途 用途 消毒薬 器具の消毒 2%グルタルアルデヒド(ステリハイド) 0.2%両性石鹸 0.1%逆性石鹸 1−0.5%次亜塩素酸ソーダ 2−5%クレゾール石鹸 0.1−1.5%グルコン酸クロルヘキシジン(ヒビ テン) エチレンオキサイドガス(易熱性器材) 手指の消毒 0.05−0.1%塩化ベンザルコニウム(オスバン) 70%アルコール 50−70%イソプロピノール 0.1%ポビドンヨード(イソジン) 0.2%ニトロフラゾン 0.2%両性石鹸(テゴー,ハイパール) 2%ヨードチンキ 清水(2002)を改変

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発生報告がある食肉類と関連する主な人獣共通感染症を 表3に示す.これらのうち,その一部について食肉類研 究者を対象としたアンケート結果で触れられていた疾病 を中心にその詳細に触れる.その他の疾病の詳細につい ては感染症に関するテキスト,国立感染症研究所感染症 情 報 セ ン タ ー(http://idsc.nih.go.jp/disease/zoonosis.html) や独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構動物衛 生研究所(http://niah.naro.affrc.go.jp/index-j.html)のホー ムページなども参照してもらいたい. 1)ウイルス病 ①狂犬病  狂犬病ウイルスを保有する野生動物(主として食肉類 や翼手類)に咬まれたり,引っ掻かれたりして感染し, 発症した場合は重篤な神経症状を伴ってほぼ100%死亡 する.狂犬病の感染源動物は,発展途上国ではイヌ,欧 州(アカギツネなど)や米国(アライグマやシマスカン クなど)では野生動物である(源,2005).日本では 1957年以降は発症が確認されていないものの,近年,狂 犬病流行地から多種多様な動物が輸入されており,注意 を払う必要はある(川道,2001).なお,日本では2000 年から狂犬病予防法による検疫の対象動物として,イヌ のほかにネコ,アライグマ,キツネおよびスカンクが追 加されるなど,野生動物の輸入による狂犬病の国内侵入 阻止が強化されている. ②重症急性呼吸器症候群(SARS)  SARS コロナウイルスを病原体とする新しい感染症で (Fouchier et al., 2003; Kuiken et al., 2003),風邪に似た 症状を引き起こし,多くの場合肺炎を併発する.日本で の発生は確認されていない.基本的に,咳やくしゃみに よって発症したヒトからヒトへ飛沫感染すると考えられ ている.ハクビシン(Paguma larvata)やタヌキをはじ めいくつかの食肉目を含む野生動物から,ヒトに感染し た SARS コロナウイルスに非常に類似したウイルスが検 出され宿主候補として報告されている.しかし,自然宿 主であるのか,ヒトへの感染にどのような役割を果たし ているのかを含め,現時点では検討中であり科学的に確 表 3. 国内で発生報告がある食肉類と関連する主な人獣共通感染症 疾病名 病原体 おもな伝播様式 ウイルス性  狂犬病 Rabies virus 咬傷 細菌性  レプトスピラ症 Leptospira interrogans 接触,経皮,経口  ライム病 Borrelia burgdorferi ダニ媒介  猫ひっかき病 Bartonella henselae ひっかき傷,咬傷  ブルセラ病 Brucella canis 経皮,咬傷  サルモネラ症 Salmonella Typhimurium 接触,経口  大腸菌症 Escherichia coli 接触,経口  パスツレラ症 Pasteurella multocida 経皮,咬傷  エルシニア症 Yersinia enterocolitica 経口 リケッチア性  コクシエラ症(Q 熱) Coxiella burnetii ダニ媒介 真菌性  皮膚糸状菌症 Dermatophytes 経皮  クリプトコックス症 Sporothrix schenckii 経皮,経気道 原虫性  トキソプラズマ症 Toxoplasma gondii 経口  クリプトスポロジウム症 Cryptosporidium parvum 経口 蠕虫性  回虫症 イヌ回虫,ネコ回虫,アライグマ回虫など 経口  エキノコックス症 Echinococcus multilocularis 経口  トリヒナ症 Trichinella spiralis 経口

 糸状虫症 Dirofi laria immitis 経口

その他

 疥癬症 Sarcoptes scabiei 接触

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認されていない.ウイルスは,エタノール(アルコー ル)や漂白剤等の消毒で死滅し,現在のところ患者が触 れた物品を通じて SARS がヒトへ感染する危険は小さい と考えられている.最新の情報は,国立感染症研究所感 染症情報センターや厚生労働省の HP などを参照しても らいたい. 2)細菌病 ①猫ひっかき病  文字通りネコによる掻傷や咬傷を受けて発症する.こ れは,Bartonella henselae という細菌による感染症で, 受傷部の丘疹,水疱,発熱などを発症しても通常は2∼ 3週間で自然治癒することが多いが,5∼ 10%の割合で パリノー症候群(耳周囲のリンパ節炎,眼球運動障害 等)や脳炎を発症することがあるので注意が必要である (丸山ら,2003).保菌ネコのほとんどは無症状である が,国内では平均すると8.8%,高い地域では24%のネ コで抗体陽性が確認されている(Maruyama et al., 2003). 積極的な予防法はまだなく,疫学についても不明な点が 多い.野生のネコ科動物での抗体陽性率もネコ並みに高 く(Riley et al., 2004),ネコ科以外にも野生のコヨーテ で近縁の B. vinsonii subsp. berkhoffi i の感染が確認され ており(Chang et al., 1999),ネコ以外の野生食肉目で も注意が必要である.保定作業時には皮膚の露出を避 け,厚手の手袋や衣服を着用して掻傷や咬傷を負わない ように心がける. ②サルモネラ症  脊椎動物に広く宿主域をもつ.カメ類での保菌率が高 いが,イヌにおける保菌率も20%といわれている(高橋 ほか,2000).ヒトでは腹痛,下痢,発熱などの胃腸炎 症状を呈するが,臨床症状だけでは他の胃腸疾患と区別 がつかない.ヒトにおける感染予防は食中毒予防と同様 で,動物や関連するものに触れた後に手を良く洗うこと が有効である(高橋ほか,2000;神山,2004). ③レプトスピラ症  全哺乳類に感染すると考えられている.多くは野生動 物で不顕性感染をおこし,これらの排泄物に汚染された 水などに接触した際に偶発的に経口または経皮的にヒト も感染して発症する.ヒトでは,発熱,消化器疾患,腎 疾患など症状がさまざまで,誤診されることも多い.レ プトスピラの主な病原巣はラット,マウス,イヌ,ウ シ,ブタ,および野外では野ネズミなどであり,これら の動物では病期活動期または無症候の保菌状態となった 際に排泄物とともにレプトスピラを排泄する.本菌は湿 潤な環境(河川,沼沢,湿地)でよく増殖するため,野 生動物の尿や排泄物で汚染されているような湿地では感 染に注意する必要がある(Faine, 1982).野生動物を扱 う際にはゴム手袋やマスクの着用を心がけ,動物を扱っ た器具の消毒に心がけるとよい.不活化ワクチンも市販 されている. ④ライム病  スピロヘータの1種である Borrelia burgdorferi の感染 によって引き起こされる.日本では,ヒトへの病原性を 持 つ B. garinii,B. afzelii の 2 種 が シ ュ ル ツ ェ マ ダ ニ (Ixodes persulcatus)によって,日本固有でヒトへは非病 原性の3種,B. japonica がヤマトマダニ(I. ovatus)に,

B. tanukii がタヌキマダニ(I. tanuki)に,B. turdi が I. turdus によってそれぞれ媒介される(増澤,1997;Wang et al., 1999).主に小型哺乳類がレゼルボア(保有体) となるが,これらのダニに寄生されるキツネやイヌなど もレゼルボアになりうる(磯貝・磯貝,1992).そのた め,捕獲個体を取り扱う際には,ダニに寄生されないよ うに注意する必要がある.症状は,ダニの咬傷を受けて 数日から数週間後に咬傷部分に皮膚の紅斑が出現し,関 節炎,神経麻痺,慢性萎縮性皮膚炎を起こす(高橋ほ か,2000). 3)リケッチア病 ①コクシエラ症(Q 熱)  ダニと哺乳類,鳥類を宿主に感染環がある.日本の家 畜,イヌ,ネコ,野生動物にも広く抗体陽性例が認めら れる.ヒトは保菌動物の乾燥排泄物から主に吸入感染す ると考えられている(小川,2003).保菌ダニの咬傷に よる感染は稀である.ヒトでの急性症状は,発熱,頭 痛,食欲不振,嘔吐,呼吸器症状などで,およそ12日間 で回復する.慢性の経過をたどり心内膜炎になると死亡 率が高くなる(Marrie, 1990). 4)原虫病 ①クリプトスポリジウム症  Cryptosporidium 属の原虫(これまでに15種確認され ている)が食肉類を含む多くの哺乳動物の消化管に寄生 し(C. parvum だけで155種),下痢などの症状を引き起 こす(Fayer, 2004).糞中に排出されたオーシスト(接 合子嚢:原虫の有性生殖期に形成され,野外でも強い耐 性を示す感染型)を経口的に摂取することで感染する. ヒトでは1994年および1996年に水道水を介した集団感染 が発生しているが(黒木ほか,1996;山崎ほか,1997), 遺伝子型の解析から動物由来の感染ではないと考えられ ている(遠藤,2001;山本,2001).ただし,動物由来 の種からも人体感染例は確認されている(Fayer et al., 2000; Fayer, 2004).感染源となるオーシストは薬剤耐 性が強いので,実用的な感染対策としては使用器具等の

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熱湯消毒と十分な乾燥の併用が推奨される. ②トキソプラズマ症

 Toxoplasma gondii という原虫の1種による感染症であ る.イエネコをはじめとするネコ科動物を終宿主とし [イリオモテヤマネコ(Prionailurus bengalensis iriomotensis)

では40 ∼ 50%の抗体陽性率(望月,1994),ネコでは 9.8%(0 ∼ 20%)の抗体陽性率(Maruyama et al., 2003)], タヌキでも感染例がある(根上ほか,1998).これら終 宿主の糞中に排出されるオーシストを誤って摂食するこ とでヒトにも感染する.健康な一般成人では支障ない が,免疫力の低下した人や胎児では病原性が高いため, 特に妊婦では注意する必要がある.感染を防ぐには石鹸 での手洗い,生肉を処理した道具の石鹸による洗浄など が効果的である.1∼2分間55 ∼ 60℃に加熱すること でオーシストは死滅する(Dubey, 1998).熱湯消毒も効 果的である. 5)蠕虫病 ①回虫症  本来イヌやネコに寄生する Toxocara 属回虫は,ヒト に感染すると,幼虫が体内を移行して肝,肺,脳などの 臓器や眼球に障害を引き起こすことが知られている(幼 虫移行症).イヌやネコに限らず,日本の野生食肉類で は,キツネにイヌ回虫(Toxocara canis)が,タヌキには タヌキ回虫(Toxocara tanuki)が高率で感染している (森嶋ほか,1999;Sato et al., 1999).また,アライグ マにはアライグマ回虫(Baylisascaris procyonis)が寄生 している可能性がある(宮下,1993).アライグマ回虫 症はヒトに重篤な症状を起こすことが知られているの で,トキソカラ症以上に注意が必要である(高橋ほか, 2000).日本では,ヒトでのアライグマ回虫症の発症は ないが,飼育下のカイウサギ(Oryctolagus cuniculus)で 確認されている(Sato et al., 2002, 2003).宿主となる 食肉類の糞中に排出された回虫卵をヒトが誤って経口的 に摂取することで感染する.そのため,対象個体に接触 したり(体表中に虫卵が付着している場合がある),糞 を扱ったりする際には石鹸を用いた手洗いや使用器具の 熱湯消毒を心がける必要がある. ②エキノコックス症  エキノコックス症とは,サナダムシの仲間である多包 条虫(エキノコックス Echinococcus multilocularis)の幼 虫がヒトの体内に寄生することで引き起こされる寄生虫 病である.ヒトは,キツネの糞中に産出された虫卵を誤 飲することで感染する.北海道におけるキツネのエキノ コックス感染率は多くの場合50%以上であり,研究や調 査のために複数のキツネを扱う場合,ほぼ確実にエキノ コックスに感染した個体に接触していることを認識すべ きである.エキノコックスの虫卵は高温もしくは極低温 で死滅するため,キツネの死体を処理する前処理とし て,加熱(70℃で5分以上)もしくはディープフリー ザー(−80℃)での一定期間(1週間程度)の冷凍等を 行う必要がある.少なくとも北海道では,調査補助員を 含め,キツネを扱う人達には,感染の危険性があること を周知徹底させなければならない.付着した虫卵の誤飲 を防ぐため,マスク・手袋の装着,合羽等の着用を心が け,キツネに触った器材や衣服は加熱等の処理(20%程 度の塩素系漂白剤への浸潤や熱湯処理)を行うべきであ る.エキノコックス症に関する情報については,山下・ 神谷(1997),奥(2000),松尾(2000)に詳しい.最新 の情報については,北海道大学の寄生虫学教室のホーム ページ(http://www.hokudai.ac.jp/veteri/organization/dis-cont/ parasitol/echinococcus.html)やエキノコックス情報ホッ ト ラ イ ン(http://homepage3.nifty.com/iwaki-t/echino/index. html)が参考になる. ③旋毛虫(トリヒナ)症  Trichinella 属の線虫(ここでは旋毛虫と総称)が引き 起こす寄生虫症で,主に野生動物の生食によって発症す る.旋毛虫は,宿主間の肉食によって生活環が維持され ており,幼虫が宿主の筋肉中で被嚢して長期間生存す る.日本の食肉目では,ツキノワグマ,タヌキ,キツネ での寄生が確認されている(Yiman et al., 2001).感染 動物の生食や不完全な加熱調理肉の摂食を防ぐことが重 要である. 6)その他 ①疥癬  疥癬はヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)が表皮の角質層 に寄生し,皮膚に病変を引き起こす疾病で,主に接触に よって感染を拡大する感染症の1つである.ヒゼンダニ は宿主域が広く,105種(10目,26科)の宿主が確認さ れている(Bornstein et al., 2001).形態的変異が大きい ため,動物種ごとに変種として扱われるが,異種間でも 感 染 す る こ と が あ る の で 注 意 が 必 要 で あ る( 内 川, 2001).治療法については,大滝(1998,2001)に詳し い.近年,中型食肉目の動物を中心に重度の疥癬症が流 行しており(野生動物保護管理事務所,1998),宿主個 体数の減少を招いていることが報告されている(Shibata and Kawamichi, 1999; 塚 田 ほ か,1999; 高 橋・ 浦 口, 2001).そのため,発症個体の治療を行うべきか否か, 被食動物や競合種への影響(Dannel and Hörnfeld, 1987; Lindström et al., 1994; Selås, 1998)など,野生動物の個 体群管理を行う上で配慮すべき疾病の1つである.

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②破傷風  本症は人獣共通感染症ではないが,野外調査をする研 究者が注意を要する重要な疾病の1つである.主に土壌 中に芽胞を形成して存在している破傷風菌(Clostridium tetani)が刺傷などにより深部に侵入すると,嫌気的に増 殖して毒素を産生する.野生動物やヒトが感染すると筋 肉の硬直やけいれんを起こす(田淵,2002).潜伏期 (外傷から発症までの日数)は通常4日∼2週間で,潜 伏期が短いほど予後不良とされる.7日以内に発病した 場合は50%が死亡する.野外調査を行う場合には,感染 予防対策としてワクチン(トキソイド)接種をすること が望ましい. 4 3. 食肉類固有の疾病  食肉類固有の疾病の流行が,野生食肉目個体群の激減 に 関 与 し て い る こ と が 報 告 さ れ て い る(Funk et al., 2001).特にイヌやネコなどの家畜由来の疾病が大きな 影響を及ぼすことがあることに注意を払う必要がある (Funk et al., 2001).調査者が不用意に対象動物および その生息環境に疾病を持ち込むことのないよう,さらに は感染個体の不用意な移動による感染拡大を招かないよ う心がける必要がある.以下に代表的な疾患を紹介する が,詳細は,清水ほか(2002)などの獣医感染症学のテ キストを参照するとよい. ①イヌジステンパー   原 因 と な る イ ヌ ジ ス テ ン パ ー ウ イ ル ス(Canine distemper virus)は伝染力が強く,致死性も極めて高い. 直接接触,感染動物からの分泌・排泄物との接触,飛沫 の吸入によって感染する.1950年代にワクチンが開発さ れて以来,イヌでの発症は比較的よく防除されてきた が,近年世界各地で野生動物での流行が確認されており ( 甲 斐,1994;Roelke-Parker et al., 1996; Cleaveland et

al., 2000),保全上の大きな問題を引き起こしている (Williams, 2001).我が国でも,1991年に東京都西多摩 地区で収容もしくは回収された野生タヌキのうち,14頭 でジステンパーの発症が確認され,西多摩地区でのタヌ キの致死率は70%以上ではないかと推測された(Machida et al., 1993).ハクビシンでもジステンパーの発生が確 認されている(Machida et al., 1992).タヌキで確認さ れたジステンパーは,イヌで発生した株と遺伝的に近似 しており,イヌから感染した可能性がある(大橋・甲 斐,2000;Ohashi et al., 2001).流行地域における動物 の移動や施設への収容の際,この疾病の潜伏期間(1週 間∼1ヶ月程度)を考え,細心の注意を払う必要があ る. ②イヌパルボウイルス感染症  本病は,1970年代後半に出現したイヌの代表的なエ マージングウイルス病で,ジステンパーとともにイヌの 臨床上最も重要な疾患である(池田・土屋,2005).イ ヌパルボウイルス(Canine parvovirus)は主にイヌ科動 物に感染し,血便を伴う消化器症状と白血球減少を引き 起こし,感染力は極めて高い.免疫を有していないイヌ は感染発病し,若齢であるほど死亡率は高くなる.野生 のイヌ科動物,日本でもタヌキ等に感染し,多くの場合 は近在の飼い犬からウイルスが伝播している(清水ほ か,2002).国内では弱毒化生ワクチン製剤が予防に用 いられている. ③ネコ汎白血球減少症  ネコパルボウイルスの1種,ネコ汎白血球減少ウイル ス(Feline panleukopenia virus)が原因で,ほとんどの ネコ科動物,ジャコウネコ科,イタチ科,アライグマ科 の動物に感染する.白血球の減少や下痢を引き起こし, 感染個体の糞への直接・間接的接触を通じて伝播する. 若齢ほど顕性傾向が強く重症で死亡率も高い.イリオモ テヤマネコにおいても臨床症状はないものの,抗体陽性 個体が確認されている(Fushuku et al., 2001).飼いネ コから野生動物への感染拡大に注意を払う必要がある. 不活化あるいは弱毒化生ワクチン製剤が予防に汎用され ている. ④ネコ免疫不全ウイルス感染症

 ネコ免疫不全ウイルス(Feline immunodefi ciency virus) による疾患で,ヒトのエイズ同様,後天的な免疫不全を ネコに引き起こす(石田,2001).ネコ同志の喧嘩など により血液の接触を通じて感染するため,メスよりもオ スの感染率が2倍以上高い(清水ほか,2002).この疾 病は,発症すると数ヶ月以内に確実に死に至るが,発症 しない無症状キャリア期が2∼4年もしくはそれ以上と かなり長く,しかもかなりの割合で存在する(石田, 2001).日本では,イエネコで5.2 ∼ 10.3%程度の抗体陽 性率が確認されているほか(Furuya et al., 1990; Ishida

et al., 1990; Maruyama et al., 2003),1996年にはツシマ

ヤマネコでも感染が確認され,保全上の極めて大きな問 題となっている(伊澤・土肥,1997;阿久沢,2002). また,絶滅危惧個体群であるイリオモテヤマネコの生息 地周辺のノネコでも感染が確認されており,保全を考え る上で大きな懸念材料となっている(佐々木,1997). 現在のところ有効なワクチンは開発されていない. ⑤イヌ糸状虫症  イヌをはじめとしてイヌ科動物を固有宿主とするイヌ 糸状虫 Dirofi laria immitis(フィラリアとも呼ばれる)が

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