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経済体制論の諸系譜 : 戦後ドイツ語圏のばあい

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経済体制論の諸系譜

一戦後ドイツ語圏のばあい一

福  田 敏  浩 は じ め に  本稿の目的は,戦後のドイツ語圏で提唱されてきた形態論的方法を採る経済        ラ 体制論を系譜的に整理することにある。そのさいわれわれが採用した整理の標 識は経済体制の類型化の基準である。この基準の設定の問題は,形態論的な経 済体制論ずなわち経済体制形態論のもっとも基本的かつ最重要のテーマのひと つである。したがって,学説の名に値する体制論たろうとすれば,必ずこの問 題を扱うのでなければならない。事実,従来の体系的な経済体制形態論ではほ とんど例外なしにこの問題が取り上げられている。 .いま,その類型化の基準に着目してこれまでに展開された経済体制形態論を 整理すると,基準一元論,基準二元論および基準三元論に大別することができ るρ基準一元論は経済体制の基本型の確定にさいしてただひとつの基準を立て ようとする説である。これはそ・の基準の内容からすると,さらに所有一元論, 調整一元論およびイデー一元論に区別できる。所有一元論は生産手段の所有方 式を,調整一元論は需給の相互調整方式を類型化の主基準に選定するものであ る。イデー一元論とはそのときどきに支配するイデー,つまり社会生活を律す る時代精神を主基準とするものである。ここでは個人主義か連帯(社会)主義 かが問題となる。.  基準二元論は類型化の主基準として二つのものを定立する説である。.これは  1)本稿は,拙稿〔5〕および拙著〔6〕で取り上げた諸学説に若干のものと私見を加   えてこれらを整理し直したものである。

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さらに所有・調整二元論と調整二元論に区別できる。前者では生産手段と需給 の相互調整が基準として設定される。後者は,個別経済相互間の需給の調整お よび国家と個別経済とのあいだの調整を基準とするものである。  最後に基準三元論は類型化の主基準として三つのものを定立する説である。 これには所有・調整・選択の三元論と,所有,相互・上下調整の三元論がある。 前者は,所有方式と需給の相互調整方式のほか消費財および職場の選択の自由 が認められているか否かを類型化の基準とする説である。後者はわれわれの主 張する説である。すなわち,われわれは経済体制の基本型の確定にさいし,所 有方式,需給の相互調整方式ならびに国家と個別経済とのあいだの上下調整方 式を基準として設定する。  以下,上に述べた三つの系譜の経済体制論を戦後に出たドイツ語圏の文献に 例を取りながら順に見ていくことにしたい。

1 基準一元論

 1 所有一元論  (1>所有一元論はオーソドックスなマルクス主義者,とくにマルクス=レー ニン主義者め体制論をもって代表される。従来,この派のマルクス主義者は一 般に生産手段の所有方式を,経済体制をして経済体制たらしめる基本的構成要 素とみなしてきた。東ドイツのマイスナー(H.Meissner)やソ連のブレゲル(E.         ラ Bregel)によれば,社会経済体制(sozia16konomisches System)を根本的に規定す るのは何よりも生産関係,とりわけ生産手段の所有方式である。むろん,マル クス主義者は所有方式のみを経済体制の規定要因もしくは構成要素とみなして きたのではない。そのほかの要因にも注意が払われている。たとえば,マイス        3) ナーは所有:方式のほかに社会勢力構成や国家権力構造にも注意を向けている。 しかし,これらはいわば副次的なものであって,中心に位置するのはあくまで 2)Bregel〔2〕およびMeissner〔16〕を参照。 3)Meissner〔16〕S.712一・13.ちなみに東のマルクス主義者の経済体制論の概要を知  るにはH6hmann, Seidenstecher〔13〕が便利である。

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       経済体制論の諸系譜  33 も所有方式なのである。  ② 所有方式は経済体制の基本的構成要素なのであるから,それは当然現存 の経済体制の類型化の主基準ともなる。オーソドックスなマルクス主義のばあ い,所有方式は私的所有と社会的所有とに区別されるのが普通である。そして これらに応じて西の経済体制は資本主義,東のそれは社会主義という基本型に 類型化される。こうして,オーソドックスなマルクス主義では所有一元論と経 済体制二分法がその体制論をもっとも特徴づけるものとなっている。また,こ の派のマルクス主義者は資本主義の構成要素(たとえば私的所有や市場機構)と社 会主義のそれ(たとえば社会的所有や計画機構)とは両立しがたいとする体制非両 立論(Unvereinbarkeitslehre)の立場を採ってきた。さらにイデオロギー的に社 会主義を擁護してきたことも周知のごとくである。  2 調整一元論  (1)調整一元論を代表するのは,西ドイツの新自由主義の中心にあるフライ ブルク学派の体制論である。この派の体制論の基礎を置いたのはオイケン(W. Eucken)である。かれは,1940年にDie Grundlagen der Nαtionalδkonomie を世に問い,そのなかで形態論的手法をもって流通経済一中央指導経済とい        のう二分法を軸とした斬新な説を展開した。戦後の西ドイツでこのオイケン説の 線上に立ってより包括的な経済体制論を展開したのは,オイケンの弟子ヘンゼ ル(K.P. Hensel)であった。ヘンゼル説は調整一元論の典型と言える。そのエ        のッセンスを次に紹介しておこう。       の  ② ヘンゼルによれば,「経済経過を規定する条件群」たる経済秩序の本質 的要素(konstitutives Element)は計画体制(Planungssystem)である。ここに計 画体制とは,要するに需給の相互調整方式(もしくは資源配分システム)にほかな        τ) らない。ヘンゼルはオイケンと同様に「誰が経済過程を計画するか」を標識に 4)Eucken〔4〕なお,オィゲン説については福田〔6〕第4章をも参照。 5)ヘンゼル説については福田〔6〕第4章を参照。 6) Hensel C9) S. 325, (10) S.49. 7) Hensel C8) S.175.

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34 彦根論叢第249号 してこれを二つに区別する。分権的計画体制と集権的計画体制がそれである。 前者では多数の個別経済が経済計画の主体であるのに対し,後者では経済計画 はもっぱら一箇の中央機関によって立てられる。分権的計画体制では個別経済 相互の需給の調整は市場機構をもって,集権的計画体制ではそれは中央機関の 作成する物財バランスによって行われる。それぞれの計画体制で需給の調整を 行うには財の稀少度を表示するものが不可欠であるが,前者では市場価格が, 後者では物財バランスの左右に表示される計画残高(Planungssaldo)がこのよ うな表示器の役割を演じる。こうして,ヘンゼルの言う分権的計画体制はいわ ゆる市場機構に,集権的計画体制はいわゆる計画機構に相当することが知られ るであろう。  ③ このように計画体制が経済秩序の本質的構成要素であるから,ヘンゼル 説では計画体制が経済秩序の類型化の主基準となる。かくて,ヘンゼルは先の 二様の計画体制に応じて経済秩序を二つに区別する。市場経済と中央管理経済   ビラ である。ヘンゼルのばあいにも基準一元論と秩序二分法がその説をもっとよく 特徴づけるところとなっている。ついでに言えば,ヘンゼル説では市場経済と 中央管理経済以外の第3の秩序は論理的にありえないと考えられている。とい うのは,稀少度表示器なしには計画体制はありえず,計画体制なしには経済秩 序はありえないからである。つまり,ヘンゼル説では市場価格と計画残高以外 の第3の稀少度表示器はないから第3の計画体制はありえず,したがって第3 の経済秩序もありえないと考えられているのである。また,ヘンゼルは実践的 には市場経済一より正確にはいわゆる有効競争が保証される市場経済一を 擁護する。基準一元論および体制二分法ばかりでなく,この点でもヘンゼル説 はオーソドックスなマルクス主義者の説と好一対をなしている。  調整一元論はフライブルク学派に固有のものではなく,西側の非マルクス主 義者,とくにいわゆる近代経済学者のあいだでも比較的よく採られている立場 である。市場か計画かという立論方法を採っている説はほぼ例外なしに調整一 8) Hensel Cll] S.27, 102.

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経済体制論の諸系譜  35 元論であると見てよい。  3 イデー一tt一一・元論  (1) ドイツ語圏には古くから,人びとの社会生活の有り様を規定するイデー一 や価値観や時代精神に注目して体制論を構築する伝統がある。この流れに立つ 学説のうちもっとも著名なものはゾムバルト(W.Sombart)の説である。かれ は,3対の精神(欲求充当原則一無限獲得原則,伝統主義一合理主義,連帯主義一個 日主義)を軸に据えつつ体系的な体制論を展開したことは夙に知られたところ      である。ゾムバルト説はその後直接,間接多くの論者に影響を与えてきた。そ の中で彼の説を基本において踏襲しつつ基準一元論を展開したのはりッチュル (H. Ritsch1)である。リッチュルはゾムバルトの挙げた連帯主義一個人主義 に着目し,これを社会の精神(Geist der Gesellschaft)と名づける。そして.これ を機軸に独特の説を展開しているが,ここでは経済体制の類型化についてのみ        ごく簡単に触れておくにとどめよう。  (2) リッチュルによれば,経済体制(Wirtschaftssystem)は経済秩序(Wirts・ chaftsordnung)の構成要素であり,そのときどきの時代精神が客観化される意       味構成体(Sinngeftige)と規定される。かれはこの経済体制の類型化にさいして 社会の精神に注目する。そしてゾムバルトに即しつつこれを社会主義と個人主        ラ 義に区別する。前者は個人が自らを全体の部分と感じるばあいであり,後者は 自立的個人として自覚するばあいである。かくてりッチュルはこれら二つの精 神に応じて二様の経済体制(基本型)を区別する。共同経済(Gemeinwirtschaft) と市場経済がこれである。前者は,経済生活の全体がひとつの統一的な意思に よって指導される体制である。後者は,多数の個別経済が分業と交換によって 相互に結合され,個人の利益の追求が最大限に保証される体制である。なお, 9)Sombart〔26〕,〔27〕なお,ゾムバルト説については福田〔6〕第3章をも参照。 10) リッチュル説の細目については福田〔6〕第3章を参照。 11) Ritschl (22) S.114, 116, (23) S.189. 12) Ritschl (23) S.152−3.

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リッチュルにあっては,そのときどきの経済秩序はつねにこれら二様の経済体 制の混合と捉えられている。  (3)リッチュルとほぼ同様の説を提示しているのは,シャッハトシャーベル (H.G. Schachtschabel)である。かれによれば,経済過程および協働方式を規定 する枠組たる経済秩序はそのときどきに支配するイデーによって形成される。 このイデーにはさまざまのものがあるが,その両極には個人原則と社会原則が  13) ある。前者は最高の目的を個人に置き,個人の自由を最大限に認めるものであ る。これに対し,後者は共同体,社会全体とくに国家的に組織された集団に最 高の価値を置くものであり,したがって個人は全体に従属させられることにな る。この社会原則の極限形態は集産主義である。  シャッハトシャーベルは,個人原則と社会原則に応じて経済秩序を市場経済 と中央管理経済に区別する。経済生活の中では個人原則は市場経済の形を,社 会原則は中央管理経済の形を取るのである。なお,シャッハトシャーベルによ れば,純粋な市場経済および純粋な中央管理経済は理論的には存在可能だが, 現実には存在したことはなく,現実の経済秩序はつねに両原則の融合した混合     14) 秩序である。  (4}イデー一元論の系譜に位置づけられる説として最後にエングリス(K. Englis)の学説を紹介しておこう。エングリスはチェコの経済学者であるが, その説は明らかにドイツ経済学の影響を受けている。  エングリス説の中心をなすのは経済体制の類型化であるが,そのさいかれも イデーに注目している。すなわち,個人優位か社会優位かが基準となっている。 より正確には「各人が自分の福祉に責任を持つか,中央当局が万人の福祉に責     15) 任をもつか」が類型化の基準として措定されている。かくて,エングリスはこ        16) れをもって「国民がそれによって生活の保全と改善を配慮する秩序」たる経済 13) Schachtschabel (24) S.26, (25) S.54. 14) Schachtschabel (24) S.27, (25] S.59. 15) Englis C3) p,1. 16) Englis [3) p.1.

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       経済体制論の諸系譜  37 体制を二つの基本型に区別する。個人主義体制(individualistic system)と連帯        主義体制(so!idalist system)がそれである。個人主義体制は,個人が自己の生        計を配慮する主体であり,したがって自己責任を基調とする体制である。一方, 連帯主義体制では個人は中央機関の生計配慮の対象となる。連帯主義はまた共         産主義とも呼ばれている。

E 基準二元論

 次に,われわれは基準二元論の系譜の諸学説を見ることにしよう。基準二元 論は戦後のドイツ語圏で前面に出てきたものである。その背景には戦後におけ る東西両世界の経済体制の多様化という現実がある。この系譜に立つ論者は, ほとんど例外なしに上に見た基準一元論,とりわけオイケン=ヘンゼル流の調 整一元論では多様化しつつある現実を的確に把握しえないという問題意識をも っている。このような問題意識から生まれた基準二元論には所有・調整二元論 と調整二元論とがある。順に見ていくことにしよう。  1 所有・調整二元論  (1)オイケンの基準一元論では現実適合的な体制比較をなしえないという問 題意識をもって戦後のドイツ語圏で最初に所有・調整二元論を展開したのは, クローーテン(N.Kloten)であった。かれは,経済秩序の類型化にさいし調整方 式を主基準に,所有方式を副次的基準に選定した。調整方式は,オイケン説を 拡張する形で市場経済,管理市場経済および中央指導経済の三つに区別された。 一方,所有方式は,私有,私有・公有および公有の三つに区別された。そして, クローテンはこれら両方式のヴァリァントを組み合わせることによって経済秩        20) 序を理論的に類型化して見せた。       , 17) Englis (3) p.11. 18)Englis〔3〕P・11−12・なお,個人主義体制はさらに資本主義と国民協同主義に区別  されている(p.14−27)。 19) Englis (3) p.29−36. 20)Kloten〔14〕クローテン説については福田〔6〕第4章をも参照。

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 (2)このようなクローテン説が世に問われたのは1955年のことであるが,こ の説がひとつの契機となってその後所有・調整二元論の方向を取る論者が出て くるようになった。ことに実証的な比較経済体制論,とりわけ東方研究(Ost・ forschung)に携わる論者にこの立場を採る者が多く見受けられる。たとえば, 代表的な論者としてはライボルト(H.Leipold),ペータース(H.一R. Peters),ト ゥーフトフェルト(E,Tuchtfeldt),シュトライト(M。 E. Streit)およびタールハ イム(K.C. Thalheim)らが挙げられる。ライボルトおよびペータースは,調整 方式についてはオイケン=ヘンゼルあ考え(分権的計画体制一集権的計画体制)を 踏襲しつつこれに所有方式(ラィボルト:私的所有,国家的所有,社会的所有,ペー       21) タース:私的処分権能,公的処分権能)を加えて経済体制の類型化を試みている。 タールハイムも調整方式についてはオイケンに倣い,所有については個人的所       有と国家的所有を区別して,これらを経済体制の類型化基準となしている。シ        23) ユトライトは基本においてクローテンの説を踏襲している。  ここではこれらのうちもっとも典型的かつ教科書的な所有・調整二元論を展 開しているトゥーフトフェルトの学説を見ることにしよう。  (3)トゥーフトフェルトは,まずヘンゼルに倣って調整方式を市場経済と中 央管理経済に区別する。次にかれは所有に注目し,これを私有(資本主義)と 公有(社会主義)に区別する。そしてこれらを組み合わせることによって経済 体制を次の四つの基本型に類型化する。すなわち,資本主義的市場経済,資本 主義的管理経済(または計画資本主義),社会主義的市場経済(または市場社会主義)        24)および社会主義的中央管理経済がこれである(表1を参照)。このような経済体 制の四分法は,今日のドイツ語圏ではポピュラーなものとなっている。 2 調整二元論 (1)調整二元論の立場を採るのは, オーストリアの経済政策学者ピュッッ 21) Leipold (15), Peters (18), (19) 22) Thalheim [29) 23) Streit (28) 24)Tuchtfeldt〔31〕S・342.トゥーフトフェルト説については〔30〕をも参照。

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経済体制論の諸系譜  39 表  1 所有方式 調整方式 私   有 (資本主義) 公   有 (社会主義) 市 場 経 済 資本主義的市場経済 社会主義三市場経済  (市場社会主義)

中央管理経済

資本主義的管理経済  (計画資本主義) 社会主義的中央管理経済 (Th。 PUtz)である。ピュッツは’ 烽ニもとゴットル(F. v. Gott1−Ottlilienfeld)の流 れを汲む論者として知られるが,そのかれはヌスバォマー(A.Nussbaumer)が       25) 指摘するように,経済体制論の分野ではゾムバルトやオイケンに比肩しうる独        26) 創的な説を打ち立てたのである。以下そのピュッッの学説を経済秩序の類型化 基準に焦点を絞って簡単に見ていくことにしよう。  ② ピュッツは,経済経過を規定する枠組たる経済秩序を類型化するにさい してまず,オイケンに倣って「個別経済の計画の内容は誰が決定するか,また        27)これらの計画はどのように調整されるか」に注目する。すなわち,個別経済計 画相互の調整方式を類型化の第1の基準とするのである。こうしてかれは, オイケンの考えを受け継ぐ形で相互調整方式を市場経済的相互調整原則(mar− ktwirtschaftliche Koordinationsprinzip)と中央管理経済的相互調整原則(zentral−        28) verwaltungswirtschaftliche Koordinationsprinzip)に区別する。前者は個別経済が ミクロの計画主体であることと個別経済計画相互の調整は市場価格によって行 われることとをもって特徴づけられる。これに対し,後者は一箇の中央機関が 経済計画の主体であると同時に個別経済の活動内容をも決定することをもって 特徴づけられる。  ③ 次に,ピュッツは第2の類型化基準として国家と個別経済との関係に着 25) Nussbaumer (17) S.31. 26) ピュッツ説については福田〔6〕第5章をも参照。 27) PUtz (21) S.22. 28) Pthtz (21) S.23.

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目する。かれによれば,この関係にそのときどきに支配する価値観念(たとえ       の ば自由,平等,公正,福祉,安全など)がもっともよく反映されている。ここに国 家と個別経済との関係とは,個別経済がどのような形で国家に従属するか;つ まり個別経済の行動はどのような形で国家の経済政策に調整されるかを意味す る。ピュッツはこの点にかんする原則を上下調整原則(Subordinationsprinzip)   30)       3D と呼ぶ。この上下調整原則は次の四つに区別されている。 第1の原則 国家は個別経済の活動に何らの影響をも行使しない。 第2の原則 国家は個別経済の活動内容の決定はその自由裁量に委ねるが,個 別経済の活動与件の操作によってその決定に影響を及ぼす。 第3の原則 国家は原則として個別経済の自由を認めず,その活動内容を強制 的に指令する。 第4の原則 国家は原則として個別経済の活動内容を決定するが,限られた範 囲内で個別経済に決定の余地を認める。  第1の原則はレッセ・フェールの原則,第2の原則はいわゆる誘導方式, 第3の原則はいわゆる指令方式である。第4の原則は指令方式の緩和形態であ る。  (4)さて,ピュッツは,如上の二つの基準をもってこの200年ばかりのあい だに実現された諸経済秩序の基本型の確定を試みている。かれはまず,調整原 則をもって史上実現された経済秩序を市場経済と中央管理経済に二分する。次、 に,上下調整原則をもってこれら二つの経済秩序の細分類を試みる。すなわち, 市場経済は先の第1および第2の原則によって,中央管理経済は第3および第 4の原則によってそれぞれ二つのものに区別される。すなわち,市場経済は第 1の原則に立つ自由市場経済と第2の原則を採る管理市場経済,中央管理経済 は第3の原則に立つ全面中央管理経済と第4の原則を採る改革中央管理経済と      32) がそれである。自由市場経済は19世紀の欧米諸国の経済秩序を,管理市場経済 29) Putz〔20〕S.133,〔21〕S.19,24. 30) Putz〔21〕S.24. 31) PUtz〔21〕S.24. 32) Putz〔21〕S.26ff.

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       経済体制論の諸系譜  41 は現代の西側諸国の経済秩序を指す。全面中央管理経済はドイツの戦時経済や ロシアの戦時共産主義を,改革中央管理経済は現代の東側諸国の経済秩序を指 す。  以上のとおり,ピュッッ説は基準二元論と秩序四分法(現実型)をもって特 徴づけられる。        皿 基準三元論  われわれは,最後に基準三元論をみることにしよう。基準三元論は基準一元 論および基準二元論に比べると,これを採る論者はまれであり,われわれの知 るかぎり,ドイツ語圏でこの方向を取るのはわずかにベト・ヒャー(E.Boettcher) だけである。その説は先に触れたように,所有・調整・選択の三元論をもって 特徴づけられる。  われわれの説も基準三元論の系譜に位置している。別の機会に詳述したよう   に,われわれは上に述べたようなドイツ語圏の形態論的経済体制論から多大な 影響を受けている。われわれは精神的にはドイツ語圏に身を置いてきたと言っ てもよい。この意味でわれわれの説も,ドイツ形態論派の経済体制論に分類で きるであろう。そのわれわれの説は,所有,相互・上下調整の三元論をもって 特徴づけられる。  1 所有・調整・選択の三元論  (1)ベトヒャーは経済秩序の類型化にさいし,まず計画主体(Plantragerschaft) に注目する。すなわち,誰が経済計画の主体か,がここでの問題である。かく てベトヒャーは,計画主体が多数の個別経済か一箇の中央機関かをメルクマー ルにして次の二つの需給の相互調整方式を区別する。自由経済と中央指導経済      ヨの がそれである。前者では需給の相互調整が市場価格によって行われるのに対し, 後者ではそれはひとつの中央機関によって行われる。このような調整方式の類 33)福田〔6〕第6章参照。 34) Boettcher (1) S.42.

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別の基準およびその二分法は,明らかにオイケンの考えを踏襲している。  (2)ベトヒャーは,第2の類型化基準として生産手段の所有主体(Eigen一          tUmerschaft)を立てる。これは,私企業家(私有)と中央機関(国有)に区別さ       36) れている。さらに;第3の類型化基準として「消費財ならびに職場の選択」が 措定されている。これは二つに区別される。つまり,消費財と職場の選択が個 人の自由に委ねられるばあい(消費選択の自由,職場選択の自由)と,消費財およ び職場が中央機関によって割り当てちれる場合(消費財の配給,強制労働)とが これである。  (3)ベトヒャーは,以上のそれぞれヴァリアントを有する三つの基準を組み         合わせることによって次の八つの経済秩序を類型化している。自由市場経済, 競争社会主義,中央指導経済,全体中央指導経済,統制資本主義,資本主義的 非常時体制ならびに二つの非現実的結合形態がそれである。  以上から知れるとおり,ベトヒャ一説の個性は「選択」の面によく表れてい る。むろん,この問題は経済体制論の分野では古くから消費選択の自由や職業 ・職場選択の自由という形で取り上げられてきたところであり,したがって問 題それ自体は別に新しいとは言えないであろう。 しかしながら,われわれの 知る限り,これを経済秩序の主要な類型化基準に据えた学説は一少なくとも 戦後のドイツ語圏にかんする限り一ベトヒャ一説以外にはないように思われ る。  2 所有,相互・上下調整の三元論  (1)多様化しつつある現代の東西両世界における経済体制を的確に把握し, かつ類型化するにはどのような基準を立てたらよいか。われわれの基準三元論 はこのような問題意識から出発している。そのさいわれわれが採用したアプロ ーチの方法は,ドイツ語圏に伝統的な形態論である。この限りでは,われわれ 35) Boettcher (1) S.43. 36) Boettcher (1) S.44. 37) Boettcher (1) S.45.

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       経済体制論の諸系譜  43 の立場は上に見た諸学説と同様である。しかし,形態論的方法をもってする経 済体制の類型化にさいしてポイントとなるのは,何を基準にするか,である。 学説の個性は立てられる基準いかんによpて規定されるということは,上述の ところがら明らかであろう。われわれの学説の個性は,類型化の主基準として 選んだ基準そのものにある。以下,われわれの説のエッセンスを簡単に紹介し         38) ておくことにしよう。  ② われわれは,経済体制を日々の経済の流れたる経済経過(生産,交換,分 配,消費,貯蓄,投資など)を規定する枠組と定義する。経済経過が量の世界で あるのに対し,.経済体制は質の世界である。讐えて言うと,経済経過が川の流 れだとすると,経済体制は川床にあたる。このような経済体制はさまざまの形 態から構成されるが,これらは基本的構成要素,と副次的構成要素に区別される。 前者は経済体制の主柱的要素で.あり,したがって経済体制の類型化および比較 にさいして主基準となるものである。これに対し,後者は重要性の点で前者の 後方に位置し,した.がって経済体制の類型化および比較の副次的基準となるも のである。本稿のテーマにとっては基本的構成要素を問題にするだけで十分で あるので,ここでは副次的構成要素についての説明は省略する。  (3>われわれの考えでは,基本的構成要素には三つのものがある。所有方式, 相互調整方式および上下面相方式がそれである。所有方式.は言うまでもなく物 的生産手段の所有の態様である。相互調整方式は,個別経済(家計や企業など) 相互間の需給のいわば水平的調整方式である。上下調整方式は,ピュッッに倣 って国家と個別経済とのあいだのいわば垂直的調整方式と捉えられている。  {4>歴史的に実現された所有方式は私有と共有に大別される。同じく歴史的 に実現された相互調整方式は市場経済と中央管理経済(具体的には中央機関の物 財バランスに$る需給の調整)に区別される。上下調整方式の確定のさいにわれ われが注目するのは,国家の経済諸施策の投下点,つまりそれらが個別経済活 動のどの点に投下されるか,である。この視点から,これまでに実現された上 38)われわれの説の細目については福田〔6〕第6章参照。

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下調整方式を定型化すると,自由放任方式,指令方式および誘導方式を区別し うる。第1は個別経済への国家の非干渉をもって,第2は個別経済の活動内容 (生産や消費など)への国家の直接的干渉をもって,第3は個別経済を取り巻く 環境条件(つまり与件)の国家的操作,すなわち国家による個別経済の間接的誘 導をもって特徴づけられる。  (5)以上の三つの基本的構成要素を経済体制の類型化の主基準としたばあい, ・どのような経済体制がどれだけ確定されるか。純理論的には,つまり上の諸ヴ ァリァントを形式的かつ機械的に組み合わせるという方法を採ると,所有方式 のヴァリアントは二つ,相互および上下調整方式のヴァリアントはそれぞれ二 つと三つであるから,全部で12の経済体制が類型化されることになる。これら はすべて歴史現実に対応したもの(現実型)であるとは限らない。その中には, 先のベトヒャーの言葉を借りると,非現実的結合形態(または架空型)も含まれ ることになる。  われわれの当面の関心は現実型の確定にある。より正確に言うと,この100 年ばかりのあいだに東西両世界で実現された基本的な経済体制の類型化がこれ である。その結果だけを示しておくと,表2のごとくである。  西側で実現された経済体制は資本主義であり,東側で実現されたそれは社会 主義である。両者を基本において分かつのは表2から明らかなように所有方式 である。東西両世界の経済体制の質的差異を二二にするならば所有方式がもっ とも決定的である,というのがわれわれの見解である。 表  2 \ 基本的構成要素

鯉瓢

自由資本−主義

誘導資本主義

管理社会主義

市場社会主義

所有方式

私 有 私 有 共 有 共 有

相互調整方式

市場経済

市場経済

中央管理経済

市場経 済

上下調整方式 自由放任 誘 導 指 令 誘 導

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       経済体制論の諸系譜  45  資本主義はユ930年前後を分水嶺として質的に変化した。それは上下調整方式 の面に決定的に示されている。すなわち,自由放任方式を基調とする自由資本 主義から誘導方式を柱とする誘導資本主義への転換である。  一方,社会主義は二つに区別される。ソ連および東欧諸国に実現された管理 社会主義と,現在のユーゴスラヴィアおよびハンガリーに実現されている市場 社会主義がそれである。両者を基本において分かっているのは,上の表から知 られるとおり,相互調整方式および上下調整方式である。管理社会主義は中央 管理経済と指令方式を,市場社会主義は市場経済と誘導方式を柱としているの である。  このように見てくると,東西の経済体制は接近しつつあることが分かる。わ れわれの考えでは,相互接近ではなく,東の経済体制が徐々に西のそれへ接近 しつつある。つまり,体制レベルで市場社会主義が誘導資本主義へ接近し:・つ  39) ある。ただし,市場社会主義は誘導資本主義へ吸収されつつあるというのでは ない。というのは,両者のあいだには上表に見られるように,所有方式の面で 依然として決定的な差異があるからである。 W む  す  び  (1)以上,戦後のドイツ語圏における主要な経済体制論を概観してきたが, 本稿ではもっぱらドイツ語圏に伝統的な形態論的アプローチを採る学説だけ を取り上げてきた。したがって,近年ドィッ語圏でも盛んになりつつあるい わゆるシステム論系の体制論一たとえばヘルダー=ドルナイヒ(Ph. Herder一         の Dorneich)の学説一については全く触れていない。この点は本稿の限界を示      41) すものである。また,本稿は戦後に出た経済体制形態論を網羅的に概観しよう としたものでもない。われわれは,整理のメルクマールを経済体制の類型化基 準に置いて諸学説を分類するということに専念した。したがって,この問題を 39)われわれの経済体制接近論については福田〔7〕を参照。 40) Herder−Dorneich (12) 41) ドイツ語圏の経済体制論の全体的な流れを知るにはWagener〔32〕が便利である。

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46 彦根論叢第249号 直接取り上げていない学説は考察の外に置かれざるをえなかった。また,類型 化基準の問題を扱っている学説についてもわれわれの不注意によって思わぬ見 落しをしているかもしれない。このような意味でも本稿は限界と不完全さから 免れてはいない。しかしながら,われわれは本稿によって少なくとも主要な学 説だけは取り上げることができたと考えている。  (2)われわれが本稿を書いた動機は,戦後のドイツ語圏の経済体制形態論を 整理するということのほか,もうひとつ経済体制形態論の流れの中でわれわれ の学説の位置を定めたいということにもあった。以下,この点について二,三 の所見を述べて本稿のむすびとしたい。  先にも触れたとおり,われわれの基準三元論は,東西諸経済体制の現実適合 的な類型化および比較の基準の設定というわれわれの比較経済体制論的な問題 意識に発している。われわれは,かねてより上にみたような基準一元論および 基準二元論では多様化しつつある東西諸体制を的確に把握しえないと考えてき た。基準一元論は論理必然的に経済体制i分法を結果する。上述のように立て られる基準がひとつであり,あれかこれかという形での分類にならざるをえな いからである。ことに所有一元論お弍び調整一元論のばあいがそうである。こ       ;」ト れらの立場からは現代の東西両世界の経済体制の基本型は論理的に二つしか出 て.こない。資本主義と社会主義,市場経済と中央管理経済(または計画経済)が それである。このような体制二分法は現実を過度に単純化している。これらの 立場からすれば,ユーゴ・ハンガリー型の市場社会主義は基本型ではなく,そ れはただ単に,所有一元論では社会主義のヴァリアントとして,調整一元論で は一ユーゴとハンガリーは市場機構を制度化しているのでL市場経済のヴ ァリァントとして分類されざるをえなくなる。われわれの考えでは,市場社会 主義は体制的レベルで見てソ連の管理社会主義とは質的に異なっている。新し い基本型の出現と見なければならない。このような事実ひとつを取って見ても, 両大戦間の時期に起源を持つ基準一元論は,もはや現実適合性を失っていると 言わざるをえない。  (3)もとより,このような基準一元論の難点に気づいているのはわれわれだ

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       経済体制論の諸系譜  47 けではない。上に述べたように基準二元論の立場を採る論者もこれを十分に認 識している。だからこそ基準二元論を展開したのである。それだけに,たしか に基準二元論は基準一元論よりもより現実適合的な経済体制の類型化をなすζ とに成功している。所有・調整二元論は,先のトゥーフトフェルトの説に見ら れるように,市場社会主義をひとつの基本型として定立しえたことに評価すべ 「き点がある。しかし,ζの説では資本主義の体制的レベルでの質的変化を的確 に把握できない恨みがある。すなわち,この説をもってしては西の経済体制は 1世紀前も現在も資本主義という基本型のカテゴリーでしか捉えられなくなる。 30年代以後の資本主義はそれ以前の資本主義とは性質を異にすると想える方が 事実に忠実ではなかろうか。この点ではわれわれの説の方がより現実適合的で ある。  また,所有・調整二元論では・,西側における大戦中およびその前後のいわゆ る統制経済一トゥーフトフェルトの用語を使うと,資本主義的管理経済一 が基本型として定立されているが,この点にも疑問なしとしない。われわれの 考えでは,この体制は,たしかに体制構想としては.たとえばナチズムによって 唱えられはしたものの,現実には非常事態のもとで成立.したものであった。し かも,その存続期間はきわめて短かったことを考え合わせると,これをひとつ の基本型として捉えるには無理があると言わねばならない。もとより,われわ れは西の統制経済の存在や歴史的意義を否定するものではない。この体制はわ れわれの三元論よりすると,私有,中央管理経済および指令方式の組合わせを もって特徴づけられる。このような捉え方のほうが所有・調整二元論よりもよ り的確であるとさえ言いうる。ともかく,われわれが主張したいことは,西の 統制経済は基本型ではなく,非常事態下の資本主義のヴァリアントとして位置 づけるべきであるということである。  (4}一方,ピュッツの調整二元論の功績は,何よりも国家と経済の関係を経 済政策論の角度から経済体制の類型化の基準として定立しうる道を開いた点に 求められる。現実を観察すれば容易に知られるように洋の東西を問わず現代に おいては国家が経済において大きな役割を演じて・いる。したがって,現実適合

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的な経済体制の類型化や比較を行うとするならば,国家と経済の関係を考慮に 入れざるをえないであろう。むろん,このような問題意識は,戦後ドイツ語 圏ではピュッツならずともこれまで多くの論者によって抱かれ,さまざまの説 が提出されてきた。しかし,われわれの知る限り,経済学的に見てもっとも体 系性を備えているのはピュッツの説である。上下調整方式の定型化に関する限 り,われわれはピュッツ説を高く評価するものである。われわれの上下調整方 式は,基本においてピュッツ説を踏襲していることは上述のとおりである。ま た,ピュッツ説は,現実適合性の観点よりすると,西側の経済体制の類型化 (自由市場経済,管理市場経済)にかんする限り,一上下調整方式を基準とした ため一かなり成功していると言える。  しかしながら,東の経済体制の類型化については疑問が残る。そのひとつは, ロシアの戦時共産主義を全面中央管理経済という形で基本型となしたことにか かわる。われわれの考えでは,これは西の統制経済と同様に,非常時体制であ って基本型ではない。いまひとつは,現在の東の国ぐにの経済体制をすべて, したがってユーゴおよびハンガリーのそれをも,改革中央管理経済という形で 一括的に類型化していることにかかわる。ユV一一一ゴとハンガリーでは需給の相互 調整にかんしてピ=ッツの言う中央管理経済が依然として機能していると言え るであろうか。両国では,現在不完全とはいえ一ことにハンガリーではそう だが一市場経済が機能していること,少なくとも中央管理経済方式は撤廃さ れたことは疑いようのない事実である。このような事実を見誤ったところにピ ュッツ説の最大の難点がある。ついでに言うと,もしもピュッツがこの事実を 正しく認識したとすれば,両国の経済体制はこれを管理市場経済に分類しなけ ればならなかったであろう。というのは,先に述べたように,ピュッツは基本 型の確定にさいして相互調整方式(市場経済一中央管理経済)を第1の基準に置 いたからである。  (5)最後にベトヒャーの基準三元論について述べておくと,これは現実分析 の有用性の点では実質的に所有・調整二元論と変わらない。なるほど,かれの ばあいこの二元論より基準がひとつ増えたことによって,理論的にはより多く

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経済体制論の諸系譜  49 の経済秩序の類型化が苛能.となっており,この点では評価に値する説となって いる。しかし,現実型の確定という面に注目すると,「消費財ならびに職場の 選択」という基準を置いた意味はあまりないように思われる。というのは,こ れによって類型化が可能となったのは,全体中央指導経済,統制資本主義およ び資本主義的非常時体制のような,消費財および職場の選択が制限もしくは統 制されていた非常時体制にすぎないからである。  われわれは,われわれの所有,相互・上下調整の三元論は,現実型の確定に かんする限り,上に見た諸説よりもより有効であり,より.現実適合的であると 考えている。また,われわれの説に類したような学説は,われわれの知る限り わが国ではむろん,経済体制形態論の故国たるドィッ語圏でも唱えられたこと はない。このよ.うな意味でもわれわれの説は,ユニークであると言えよう。       一1988・ 1 ・ 5一        参 照 文 献 (1) Boettcher, E., Wirtschaftsordnung und Staat, in, Hamburger Jahrbuch .fiZr   VVirtsehafts−und GesellschaftsPolitik, 4 Fahr, 1980. C2) Bregel, E., Die Theorie von der Konvergenz der beiden Wirtschaftssysteme,   in, Sowj’etwissenschaft: Gesellschaftswissenschaftliche Beitrdge, 5 Mai, 1968. (3) Englis, K., An Essay on Economic Systems, A Teleologr’cal Approach, New York   1986. C4) Eucken, W., Die Grundlagen der Nationalokonomie, 8 Aufl., Berlin Heidelberg   New York 1965. 〔5〕福田敏浩,「経済体制の類別基準」,『彦根論叢』第224号,1984年1月。 〔6〕    ,『比較経済体制論原理一形態論的アプローチ』晃洋書房 1986年。 〔7〕    ,「体制収敏論争再訪」(1),(2),『彦根論叢』第243号,第244号,1987年3   月,6月。 (8] Hensel, K.’P., Studie Uber Pianwirtschaft, in, E. Beckerath, F. Meyer, A. Mtiller−  Armack (Hrsg.), PVrirtschaftsfragen der Freien Welt, Frankfurt a. M. 1957. [9) 一, Strukturgegensatze oder Angleichungstendenzen der Wirtschafts−und   Gesellschaftssysteme von Ost und West ?, in, ORDO, Bd. XII, 1960/61. Oo) 一, Grundgesetz−Wirtschaftsordnungen: Eine ordnungstheoretische Stu−   die, in, ORDO, Bd. XIV, 1963.

(20)

〔11〕   ,Grundf・rmen der Wirts・hafts・rdnung’ Marktwirts・haft−Zentralver−    waltungswirtschaft, Minnchen 1972. 〔12〕 Herder−Dorneich, Ph., Urirtschaftsordnungen, pluralistische und めlna〃tische    OrdnungSpolitile, Berlin 1974.       コ〔13〕 Hδhmann, H.一H., G. Seidenstecher, Sowletische Politische Okonomie und Kon・        ロ    vergenztheorie, in, W. Fbrster, D. Lorenz(Hrsg.), Beitrdge 2ur Theorie und Praxis    von uartschaftssystemen, Festgabe fa r Karl C. Thalhei〃z 2u〃z 70 Geburtstag, Berlin    1970.       コ〔14〕K:10ten, N., Zur Typenlehre der Wirtschafts−und Gesellschaftsordnungen,1n,   ’ORDO, Bd. VII,1955.         ・ 〔15〕 Leipold, H., Wirtschafts−und Gesellschaftssysteme動z Ve rgle ic h, Stuttgart 1976. 〔16〕Meissner, H., Marxismus und Konvergenztheorie, in, Wirtschaftswissenschaft,    Jg.16,5,1968. 〔17〕 Nhssbaumer, A., Die Bedeutung,,Strategischen Vrehaltens‘‘f自r die Systematik    der Wirtschaftsordnungen, in, E. DUrr, A.∫6hr, K. W. Rothschild(Hrsg.), Beitrdge    2ur Wirtschafts−und GesellschaftsPolitik, Festschrift プ澁γ Theodor Pdi tz, Berlin    1975. 〔18〕 Peters, H.一R., OrdnungstheGretische Ansatze zur Typ圭sierung unvollkomener    W圭rtscha負sordnungen,圭n, Hamburger.la hrb uch fab r Wirtschafts−und Gesellschafts−    Politik,18 Fahr,1973。 〔19〕    ,Hauptsachliche Determinanten von Wirtschaftsordnungen, in, Zeit−    sch「iftノ擁7 VVirtschafts−un(1.S∂zialwissenschaften, Jg.93, II.Halbband,1973。 〔20〕 P働z,↑h.,Zur Typologie der wirtschaftspolitischer Systeme, in, Jahrbuch角γ    Sogialwissenschaft, Bd.15,1964, 〔21〕       ,Grundtagen der theoretischen Urir奏;chaftspolitik,3neubearbeitete und    erweiterte Au乱, Stuttgart 1975.      ^ 〔22〕 Ritschl, H., Theoretische Volkswirtschaftslehre, Erster Band, Grundlagen und    Ordnungen der Volkswirtschaft, T血bingen 1947.        ド 〔23〕     ,1)ie Grundlagen der Urirtschaftsordnung, Tubingen 1954. 〔24〕 SchachtschabeL H. G., Wirtschaftspolitische Kon2eptionen, Zweite Au,fi., Stuttgart    1970. 〔25〕       ,Allgemeine VVirtschaftspolitile, Stuttgart 1975. 〔26〕Sombart, W., Die .Ordnung・des Wirtschaftslebens, Berlin 1925. 〔27〕        ,Die dreiハrationalofeenomien, Gesehihite und 5ンs渉θηz der Wirtschaft, 2    unveranderte Au且.,1967.

(21)

経済体制論の諸系譜 51 (28) Streit, M. E., Theorie der vairtschaftspolitik, 2 Uberarbeitete und erweiterte    Aufl., DUsseldorf 1982. (29) Thalheim, K. C., Systerntypische Merkrnale von Wirtschaftsordnungen, in, H・    Arndt (Hrsg.), Sozialwissenschaftliche Untersuchungen, Berlin 1969・ (30) Tuchtfeldt, E., Der lnterventionskapitalismus−Eine gemischte Wirtschaftsord−    nung, in, WirtschaftsPolitische Chronik, Jg., 25 Heft 2/3, 1976. (31) 一, Wirtsehaftssysteme, in, Handworterbuch der urirtschaftswissenschaft,    Bd. 9, 1982. C32) Wagener, H. 一J., Zur Analyse von VVirtschaftssystemen, Eine Einfdihrung, Berlin    Heidelberg New York 1979. ’

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