建築設計者の設計情報開示・説明義務
著者名(日)
大森 文彦
雑誌名
東洋法学
巻
40
号
2
ページ
37-50
発行年
1997-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000481/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja建築設計者の設計情報開示・説明義務
大
森
文
彦
はじめに
東洋法学
平成七年に発生した阪神・淡路大震災の惨状は記憶に新しい。過去にも、こうした大きな災害だけでなく、様々 な社会状況の変化に際し、安全性確保をはじめとする建築物の質の向上が叫ばれ、その都度建築基準法の改正が なされてきた。しかしながら、今日の状況を眺めたとき、建築物の質が十分確保されているとは言い難い。こう した状況を是正するためには、建築基準法などの公的規制の抜本的改正はもとより、私法的にも建築設計者・工 事監理者や施工者など建築生産に携わる者の責任範囲ないし義務を明らかにする必要性がある。この点、平成八 年八月、建築審議会建築行政部会基本問題分科会において、﹁2 1世紀を展望し、経済社会の変化に対応した新たな 建築行政の在り方について﹂と題して建築物単体の基準の在り方及び建築行政の枠組みに関する基本的視点の整 理がなされた。この中で、﹁我が国の構造的変革に的確に対応し、自由で活力ある経済社会を創造するためには、 37建築設計者の設計情報開示・説明義務 保護育成型の政策体系を、より市場を重視し明確なルールを透明な手続に基づく政策体系に向けて再構築し、自 己責任の原則の下、個人・企業の創意あふれる活動を確保するための条件を整備する必要がある。﹂としたうえ、 設計者など建築生産に携わる者の責任強化の必要性にも触れている。 こうした社会的な傾向の中、建築の質の向上に向けて建築生産の上流に位置する建築設計者が担うべき役割は 大きいが、本稿では、そうした背景のもと、建築設計者として負うべき法的義務のうち、設計情報の開示・説明 義務について考察してみたい。設計情報の開示・説明義務は、性能表示制度とも関連する問題であり、その具体 的内容については今後の詳しい研究を待たなければならないが、問題提起の意味を含め、あえて今回若干の問題 点に言及するものである。 38 二 建築物の品質確保と設計者の設計情報開示・説明義務 建築物の品質の確保の重要性という観点からの建築生産プロセス全体の開示義務については、すでに拙稿︵東洋 法学第三九巻第二号一五一頁以下︶で、建築物の設計は、技術的かつ専門的であり、依頼者からすれば設計時点にお いて設計対象建築物の品質が確保されているかどうかを確認することは困難であること、万一設計上の蝦疵が あった場合単に設計だけの問題にとどまらず完成建築物の蝦疵に直結するが、事後的な救済では必ずしも十分と はいえないこと、したがって、建築物の品質を確保するためには、できる限り建築生産プロセスの中で防止する 必要性が大きく、そのためには依頼者ないし建築主の積極的な関与が重要であり、設計者、工事監理者及び施工
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者にはそれぞれ設計プロセス、工事監理プロセス及び施工プロセスに関する情報を開示すべき義務があると解す べきことを論じた。ここでは、このうち設計者の設計プロセス開示義務の具体的内容について検討する。 そもそも設計は、完成建築物のシミュレーションともいうべき作業であり、設計の良否がその後の生産活動の 良否に大きな影響を与える。又、設計内容に報疵があると、すでに建築物が完成してしまった場合には、設計図 書を訂正しても何の意味もないばかりか、完成建築物に発生した報疵に対する救済も現状では必ずしも十分では ないため、設計段階での毅疵発生を阻止する必要性は極めて大きい。もっとも、設計段階では依頼者の適切な意 思決定を必要とする場面が多く、設計はいわば依頼者との共同作業ともいえるものであるから、専門家にすべて の負担をかけるだけでは、依頼者の目的にかなった設計成果を上げることはできない。すなわち、設計作業は、 本来依頼者の依頼の趣旨に沿った形で行われるが、依頼の趣旨は、設計契約当初から明らかになることが望まし いものの、現実問題としては設計作業の進捗状況に応じて明らかになっていくことが多く、又、前述のとおり設 計作業を進めていくうえで、順次依頼者の意思決定を仰がなければならない場面も多い。加えて、規制緩和の社 会的な流れの中でのいわゆる自己責任の原則の方向性からしても、設計段階における建築物の品質確保のために は、設計プロセスをブラック・ボックス化してはならず、依頼者自身の設計に対する積極的関与を確保すること ︵−︶ が重要であり、そのためにも設計情報の適切な開示・説明は不可欠の要請である。しかし、日照、プライバシi 侵害など、建築物がその周辺に与える影響は無視できない。又、多数の人間が集まるような建築物や共同住宅な どにおいては、その安全性は依頼者だけの間題ではなく、広く国民全体の問題といえよう。このような意味で建 39建築設計者の設計情報鰐示・説明義務 築物は公共的性格を有する。したがって、設計者は単に依頼者の目的のみに拘束されるだけではなく、広く国民 一般の利益にもかなうべく設計を遂行する責務を負っていると考えられる。それゆえ、依頼者の意思決定が重要 であるにしても、公共性という観点からの制約があり、設計者はこの制約に反するような決定にまで従う義務は ないというべきである。ただ、依頼者は自らの決定が公共的要請に合致しないものであれば、合致する方向での 判断を行いたいと考える場面も想定しうるので、こうした判断を行う前提としての情報提示・説明も必要となる。 以上の要請を考えた場合、設計者は、依頼者に対する報告・説明義務︵民法六四五条︶の一内容として、依頼者 に対し、設計与条件、設計内容︵建築物の性能など︶、設計上ある程度予想されるリスクないし不都合︵公共的な 面を含む︶など、依頼者の適切な意思決定が必要とされる場合に、当該意思決定に必要不可欠な設計情報を適切 ︵2︶ な時期に開示し、説明する義務があると解すべきである。 40 ︵1︶ 依頼者は、ある目的をもって建築物の建築を計画するが、これまでどちらかといえば一方的又は主観的な要求をす るだけで、あとの調整を全て専門家たる設計者に任せ放しにしてきたが、原則に戻って依頼者自らの問題として考え 直す必要があろう.この意味では、設計情報の開示・説明義務は、依頼者自身の自己決定権の回復という側面を有し ているともいえるが、それだけでは説明できない。すなわち、本文でも述べたように建築物に対してはその公共性か ら建築基準法など関係法令による最低限の制約があり、これらは国民として当然守らなければならない。たとえば、 法令の制限があるにもかかわらず依頼者が経済的理由から利用者の生命身体の安全性にかかわる事項は無視して良 いと指示したとしても、設計者としてはその指示に従う義務はなく、この点依頼者が意思決定する余地のないこと
は、劇場や共同住宅などの例を見るまでもなく明らかであろう。もっとも、法令の直接的規制対象外の事項︵たとえ ば、ある設計対象建築物の与える日影時間が建築基準法第五六条の二で認められる範囲内にあるものの、民法上不法 行為が成立しそうな場合における日影時間短縮の方向への変更や、設計者が専門家として安全性を確保するうえで 必要と考えた事項を採用するかどうかの判断︶について、依頼者は最終的な意思決定を行うことができる。しかし、 このような場合でも、たとえば依頼者が日影の程度が受忍限度を超えるかもしれないがそれでも構わないと考えて 意思決定をした結果不法行為が成立したような場合、依頼者はたとえ結果的にせよ違法な行為を選択したことにな るが、このような違法行為につながる意思決定は自己決定権の問題とは言えない。 ︵2︶ たとえば、日影について民法上の不法行為が成立する可能性のある場合、最終的には依頼者の判断に従うことにな ろうが、日影問題のような法律的判断を伴う事項について依頼者は正確な判断を下せない。しかし、依頼者の判断能 力不足を法律専門家たる弁護士で補うかどうかは依頼者自身の選択の問題であり、設計者としてはこうした判断の 前提となる設計情報を開示・説明すれば足りると解される。 三 設計情報開示・説明義務の具体的内容
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設計者に設計情報開示・説明義務があるにしても、設計全般にわたって開示・説明することはおよそ不可能で ある。したがって結局のところ、何をどこまで開示・説明すべきかという問題にならざるを得ないが、これにつ いては様々な場面が考えられ、現在のところ明確な一律の基準を用意することは困難である。しかし、情報開示・ 説明義務が依頼者の意思決定を適切なものとするために認められるものであることからすれば、依頼者の意思決 定が大きく働く場面としての設計与条件に関する事項を除くことはできない。設計与条件は、設計作業に対する 41建築設計者の設計情報開示・説明義務 制約ないし前提事項となるものであるが、敷地境界調査に関する問題など設計業務の範囲を決する問題とも密接 に関連する。又、ある意味では設計与条件に含まれるとも考えられるが、設計対象建築物が具備すべき諸性能の 決定にも依頼者の意思決定が重要な役割を果たす。さらに、建築物の公共性に関連して、設計対象建築物が周辺 に与える影響をどの程度軽減するかという点についても依頼者の意思決定は重要である。そこで本稿では、設計 情報開示・説明の対象事項として、設計与条件に関する事項、設計対象建築物に関する事項及び設計対象建築物 の周辺に与える影響に関する事項について若干の検討を加える。もっとも、本稿での検討はそのうちのごく一部 であり、このほかにも問題点が多く存在していることを指摘しておく。 42 1 設計与条件に関する事項 e 予算と諸要求との関係 設計与条件に関する事項としては、予算が重要である。依頼者は、設計を依頼する際、予算額を示すことが多 いが、この場合、施工業者に支払うべき工事請負代金額を意図する場合もあれば、設計まで含めた建設プロジェ クト全体に要する額を意図する場合もある。又、概算を意図する場合︵すなわち、あくまで一つの目安であり、 必ずしもその額にこだわらない趣旨を含む︶や、最高限度額を意図する場合など、予算提示といっても様々な意 味合いがありうる。しかし、仮に建設工事代金を意図する場合であっても、特約のない限り、設計者が依頼者を して予算内の工事代金額で工事請負契約を締結できるようにする法的義務があると解することはできない。工事
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請負代金額は社会的・経済的な状況にも影響され、かつ施工会社の受注政策も絡み、必ずしも合理的な金額で決 定されるとは限らないので、そのような不確定要因を抱える事項を設計者の債務内容とすることは妥当でなく、 又設計者自身にも通常そのような意思はないと考えられるからである。債務不履行の判断基準となるべき設計与 ︵−︶ 条件としての予算は、設計完了後、設計者自身が算出する概算見積額に対する拘束を意味すると解される。そう である以上、依頼者が予算を提示した場合、設計者は、設計与条件としての予算の意昧を依頼者に開示・説明す る義務があるというべきである。 ところで、依頼者が予算を示しつつ設計内容につき様々な要求をする場合、過度な要求ゆえ予算内に収まらな いケースもあり得る。このような場合、設計者は依頼者の明示の諸要求を取り入れつつ、下地材、仕上材など依 頼者から格別指示のない部分のグレードをダウンさせることで全体見積額を調整することもあるが、こうした事 態はトラブルの元となり、建築物の品質確保という点からも疑問が残る。むしろ、このようなケースでは、依頼 者の過度な要求と予算との関係を具体的に開示し、依頼者の判断を待つべきであろう。すなわち、設計者は、当 該要求を取り入れた設計を行うと予算をどの程度オーバーするか依頼者に開示・説明する義務があるというべき である。 さらにいえば、依頼者の要求が設計作業の進行にしたがって順次生じてきたような場合には、ある要求が予算 との関係で問題を生じることが判明したら、その時点で開示・説明すべきである。ある時点ですでに予算オーバー になっているにもかかわらずその後も設計作業を進めることは、依頼者に不測の損害を与える恐れがあるからで 43建築設計者の設計情報爾示・説明義務 ある。 ⇔ 敷地の境界調査 ︵2︶ 設計与条件の一つである敷地の範囲は、本来的には依頼者から示されるべきものといえる。設計者は、依頼者 から示された敷地をもとに建ぺい率や容積率など法的制限内で設計をするが、仮に敷地の範囲が実際と異なって いた場合には、程度問題こそあれこれまでの設計が無駄になる。又依頼者が勝手に敷地について何も問題がない と思い込んでいる場合には、可能な限り早期に解決しないと不測の損害を被る恐れがある。この点、依頼者は敷 地の範囲の確定につき専門的な知識はない。一方、設計者は敷地範囲の確定が最終的には法律問題ではあるもの の、測量結果など必要な資料から問題点を発見できる能力がないとはいえない。この点からすると、設計者は、 敷地範囲の確定に必要な調査をする義務まではないものの、依頼者から与えられた資料をもとに建築の専門家と しての注意をもって検討する義務はあるというべきであろう。したがって、設計者は、建築の専門家として必要 な注意を払って調査した結果、境界が不明確で敷地範囲が確定できないような事情が判明した場合には、当該事 ︹3︶、︵4﹀ 情を直ちに開示・説明しなければならないと解される。
日 地盤調査
設計者は、設計を行うにあたって地盤の状態を把握する必要があるが、一般にボーリング調査などによる地質 ︵5︶ 調査までは設計の通常業務と考えられていない。しかし、たとえ設計契約上通常の設計業務に地質調査が含まれ ていないとしても、建築物の設計を行うためには地盤の許容応用度の算定が必要不可欠である︵建築基準法施行令 44九三条︶。したがって、設計者は誰の費用負担で行うか否かは別にしても、原則として必要な地質調査をしたうえ でなければ構造設計はできない。ただ、地質の種類が明らかな場合には、種類に応じた許容応用度を採用するこ とも可能︵建築基準法施行令九三条但書︶なので、依頼者としても地盤調査が必要か否か、必要だとしたら誰が費用 負担をするか決定しておく利益がある。したがって、設計者はボーリング調査などの必要性の有無及び費用負担 に関する説明をすべきと考えられる。
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2 設計対象建築物に関する事項 設計対象建築物は、依頼者にとって最終的な目的物であり、建築物の品質確保の点からは、対象建築物がいか なる性能を有するか極めて重要な事項である一方、依頼者には最も設計過程・成果のわかりにくい点でもある。 しかし、だからこそ依頼者は、対象建築物にどのような性能を期待するのか可能な限り設計作業開始前に明らか にしなければならないが、そのためには、要求性能に関する設計者の問い掛けが必要である︵これらは設計与条 件の確定作業といえるかも知れない︶。建物の諸性能については、まさしく専門家たる設計者が最も詳しい情報を 有しているからである。そこで、設計者としては、依頼者に対し、建物にとって重要な性能︵建物の用途によっ て多少の違いはあるが、たとえば耐震性能などの安全性に関する性能や遮音性能、防水性能などが挙げられる︶ を明らかにし、どの程度の性能を選択するのか、選択した結果について予想されるリスクは何かについて開示・ ︹6︶ 説明する義務があるというべきである。 45建築設計者の設計情報開示・説明義務 依頼者に開示すべき具体的性能については、建物の用途、依頼者の目的などをもとに、個別に判断せざるを得 ない。ただ、あえて一般論として言うならば、安全性に関する性能が最も重要であり、特に耐震性能については ﹁建築物の耐震改修の促進に関する法律﹂が平成七年に制定されたこともあり、できる限り具体的な説明を要しよ う。又、建物全体の問題として、防火性能、防水・設備の耐用年数についても、その影響の大きさからして対象 事項といえようか。このほか、共同住宅では、遮音性能も入居者の平穏な生活を確保するうえで重要と考えられ ︵7︶ るので、対象事項となり得よう。 安全性に関する情報開示・説明義務に関連し、東京地判平成七年三月九日︵判例時報一五五五号六五頁︶が参考に なる。この事案は、請負契約又は製造物供給契約に基づき、博覧会会場を訪れた入場者の輸送施設︵ウォーター ライド︶の毅疵について蝦疵担保責任又は債務不履行責任及び使用者責任が追求されたものである。裁判所は、 ﹁本件ウォーターライド施設のような高架の遊戯施設の設計者ないし施工者としては、当該施設を建築基準法令の 定める基準に適合させるべき義務を負うことはもとより、当該施設が事業者によって不特定・多数の乗客等の利 用に供されるものであるという特性に鑑み、当該施設の本来の運行管理体制ないし運行ルール及び合理的に予見 することができる運行管理上の過誤を前提として、当該施設が通常有すべき安全性を具備したものとするべき契 約上又は条理上の義務を負うものであり、また、当該施設の持つ危険性についての説明・警告を行うことによっ て、事業者が当該施設の適切な運行管理体制ないし運行ルールを確立して、合理的に予見することができる運行 管理上の過誤を招来しないようにすべき契約上の付随的義務または条理上の義務を負うものというべきであっ 46
て、設計者ないし施工者がこれらの義務の履行を怠り、その結果として相手方が損害を被ったときは、設計者な いし施工者は、契約上の蝦疵担保責任又は不法行為責任として、相手方の被った右損害を賠償すべき責任がある と解するのが相当である。﹂と判断している。この中で、設計者にも当該施設の持つ危険性についての説明・警告 を行うべき義務のあることを認めている点が注目される。
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43
((
65
))
最近、建物の性能表示に関する検討が各所で行われている。できる限り性能を表示することが消費者保護、品質確 前掲﹁設計・工事監理業務基準﹂において、地質調査は特別業務とされている。 るためには、当該事情の開示・説明が必要となる。 けその範囲を確定のうえ、可及的に正確な調査をもとに設計を行う﹂義務があるとしているが、委任者の協力を求め できない等の事情があるときは、委任者の協力を求めるなどして︵傍点筆者記入︶、法的な解決はともかくできるだ 門家として、その必要とする限度で、相応の注意をもって調査を行う必要があり、境界の不明など敷地の範囲が確定 東京地判昭和五〇・二・二〇︵判例時報七九四号八九頁以下︶は、設計者は﹁できるだけ正確な設計を行うため専 前掲﹁建築家の法律学入門﹂一一五、二六頁。 まれるとしている。 頼者に応じて行う追加業務、④を以上の業務のほか別途に依頼される特別業務としたうえ、敷地測量は特別業務に含 務③設計土事監理業務に関連する追加業務④特別業務の四つに分け、②を通常業務、①③を通常業務に含まれず依 ︵社︶日本建築士会連合会﹁設計・工事監理業務基準﹂では建築士の業務を①調査・企画業務②設計・工事監理業 拙著﹁建築家の法律学入門﹂彰国社一〇〇頁参照。 保につながるとの考えからであるが、設計情報開示・説明義務が設計契約当事者間の問題であるのに対し、性能表示 47建築設計者の設計情報開示・説明義務 はこれから契約を締結しようとする者をも含む問題といえよう。いずれにしても、性能表示は情報開示・説明義務と 関連する今後の重要課題であると思われる。 ︵7︶ たとえば、共同住宅における床や壁の遮音性能について、法令上の制限は当然として、それ以上の性能確保につい ては、人によって気になる度合いも異なるほか、予算との関係など最終的には依頼者が決定すべき事項である。しか し、依頼者が選択したある一定の遮音性能では入居者の二iズを満足できないこともあり、トラブルのもととなり得 る。又、依頼者が関心を示さず設計者に一任した場合でも、設計者は気持ちとしては最高の性能を確保したいと思い つつも予算など他の与条件との関係上あまりグレードを上げられない場合、入居者からのクレームに遭遇すること にもなる。したがって、一任された場合でも、設計者は選択したグレードの性能に伴うリスク︵たとえば、音漏れの 程度︶について依頼者に開示・説明しておけば、その時点で依頼者がよりグレードの高いものを選択するかもしれず、 後日のトラブルの防止にもなる。このようなトラブル防止及び品質確保の観点からすれば、性能を表示したうえ消費 者の選択に委ね、当該性能で満足する者のみが入居するという性能表示の仕組みがまず必要となるが、このような第 三者に対する性能表示制度を前提として、どの程度の遮音性能を有する設計にするかについて依頼者に情報を開示 し、説明しておく必要があろう。又、室温に関して、設定温度を何度にするか、依頼者により違いもでるので、事前 に想定温度を確認しなければ、依頼者の満足する結果は得られない。ただ、性能に関する開示・説明を行い、依頼者 がある意思決定を行った場合、これを了解する設計者には指定された性能を満足する設計をする義務が生じること になる。これは設計における性能保証の問題である。 48 3 設計対象物が周辺に与える影響に関する事項 設計者が設計を完了した場合、依頼者は近隣との関係で日影に関する問題はもとより、眺望や通風、プライバ シi侵害などの諸問題は全て解決されていると考えがちである。しかし、たとえば建築基準法第五六条の二を遵
守した設計を行った場合といえども、民法上不法行為による損害賠償義務が発生する可能性は十分ある。しかし、 依頼者としては不法行為の成立を避けたいと考えても、事前にそうした情報が手に入らなければ避けようもない。 すなわち、依頼者とすれば、被害発生を予見する為には専門家である設計者からの情報開示・説明を必要とし、 又、こうした開示・説明がなければ被害を回避する方向での決断をなしえない。したがって、依頼者が第三者に 対する不法行為責任を回避するための意思決定を行うためには、設計者の情報開示・説明義務が不可欠であり、 設計者の開示・説明義務違反は依頼者の責任回避機会の喪失ともなるものである。したがって、設計者は、たと え日影規制を守った設計を行った場合でも日照権侵害の問題が起こり得ることはもちろん、それ以外にも眺望、 通風、プライバシー侵害などの問題につき必ずしも設計上クリアされている訳ではないこと、又近隣に与え又は ︵−︶、︵2︶ 与える可能性のある被害状況を具体的に開示し、説明すべきである。
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︵1︶前掲﹁建築家の法律学入門﹂一二一頁参照。 ︵2︶ 当該日影被害が受忍限度内にあるか否かについて法律の専門家でも必ずしも正確な判断をしえないという実態を 考えると、こうした開示・説明以上の義務︵すなわち、不法行為を成立させないだけの設計を行う義務︶を法律の専 門家でもない設計者に負わせることにつき疑問もある。それゆえ、設計者とすれば、まず依頼者に対し責任回避の機 会を与えるべく情報開示・説明をすべきであるが、この義務を果たす以上、たとえ結果的に不法行為が成立しても依 頼者との関係で債務不履行責任は負わないと解される。 4950 建築設計者の設計情報開示・説明義務 四 おわりに 以上ごく一部を対象に設計情報の開示・説明義務を論じてきたが、本稿以外にも数多くの対象事項が存在する ことはすでに述べたとおりである。しかし、建築の住環境に与える影響の大きさを考えると、設計者の情報開示・ 説明義務の問題は社会的にも重要な問題であると考えられる。設計界でも設計者の役割について見直す動きの出 ている中、本稿がその一助になればと願う次第である。