〈総 説〉
発熱性好中球減少症のメタゲノム解析を目指した
シークエンス技術の臨床応用
酒井 純
埼玉医科大学病院感染症科・感染制御科 (2020年9月29日受付) 臨床現場において血流感染症の判定には,血液培養ボトルによる菌の培養は必要 不可欠な検査である。一方で,血液培養ボトル陽性から菌種同定までにはタイムラグ があり,迅速診断が必要な血流感染症の症例では懸念が残る。とりわけ,発熱性好中 球減少症の例では,血液培養が陰性であることも多い上,タイムラグにより予後不良 になりやすい。近年,新しい次世代シーケンサーとして,ノート型PCにUSBポート で接続が可能なナノポア型シーケンサーMinIONTMが開発された。今回,発熱性好中 球減少症の起因菌診断に,今後MinIONシーケンスが有用か検証した。 方法は,血液培養ボトルからゲノムDNAを抽出・調整した後,ゲノムDNAにバー コードを付加した。バーコード付加後のDNA溶液を,PCに接続しているMinIONTM フローセルに滴下した。PC内のMinKNOWを起動させ,フローセルに添加した溶液 中のDNA情報を記号化した。記号化されたデータを,Epi2MEにて解析し,既存デー タから最も相同性の高い菌種を同定結果とし,既存の菌種同定法の結果と比較した。 また,同時にESBL関連遺伝子が検出可能かも検証した。 結果,グラム陰性菌は,MALDI-TOF MS, 16S rRNAシーケンスの結果と100%一致 となった。一方で,グラム陽性菌は60%程度の一致率であり,とりわけStaphylococcusaureus, Staphylococcus capraeの一致率が低かった。ESBL関連遺伝子は2検体で検出
され,Disk法による判定と一致した。 MInIONシークエンスは,通常煩雑かつ時間経過がかかる次世代型シーケンサーを ポータブル化し,その解析・菌種同定まで短時間かつ簡易的な手技で可能にした技 術である。本研究では,血液培養ボトル陽性となった時点から,6時間程度で菌名同 定まで判定可能であり,グラム陰性菌単菌種に関しては感度100%と良好な結果を示 したことから,MALDI-TOF MSや16S rRNAシーケンスと比較して,グラム陰性菌 の血流感染症診断の新たな診断技術として可能性が見出された。一方,グラム陽性菌 では同様の手法での感度は低く,DNA抽出方法に関して改善の余地も残した。今後, 上記問題点を解決し,発熱性好中球減少症に対するMinIONシーケンスの可能性に関 して検証を続ける。
I. 序文
【背景:臨床現場における血流感染症診断】 臨床現場において,血液培養ボトルを用いた一 般細菌の培養と培養陽性後の菌種同定は,血流感 染症の診断・抗菌薬決定に必要不可欠な検査であ る。菌種同定は,通常血液培養ボトル内の培養液 を発育培地に滴下し,ボトル内の菌を純培養する。 純培養で発育が見られた細菌は,グラム染色等の 各種検査を行うことで最終的に菌種同定を行う。 また,純培養された菌を用いて,薬剤感受性試験 を行い,発育した菌の抗菌薬への感受性を確認す る。 近年では,元来の手法に加えてMatrix-assistedlaser desorption ionization-time of flight mass spectrometry(MALDI-TOF MS)用いた菌種の迅 速診断が確立し,以前より迅速かつ簡易的に菌種 の同定が可能になった。一方で,血液培養ボトル 内で菌が発育してから菌種同定に至るまでにタイ ムラグがあることから,感染者の診断がしばしば 遅れ,予後不良になる原因の一となっている。 【背景:発熱性好中球減少症】 急性骨髄性白血病や抗腫瘍薬によって,血液中 の免疫応答機構の一つである好中球が減少するこ とがある。とりわけ,末梢血中の好中球数<500/ mm3の場合,一般細菌による感染症が発生しやす くなる。本状態で感染症を発症した場合,発熱性 好中球減少症(Febrile neutropenia; FN)と呼ばれ, しばしば予後不良の転機をたどる。 FNは,その原因の主病因は血流感染症である ことが知られている。本疾患発症時は,菌種とそ の薬剤感受性の迅速診断が必要となるが,血液培 養の判定までタイムラグが存在することから診断 の遅れ・予後不良につながることが懸念されてい る。 【ナノポア型シーケンサー MinIONTM】 近年,ナノポア型シーケンサー MinIONTMが
Oxford Nanopore Technologies(USA)社より発売
された。本シークエンサーは,元来の手間と時間 のかかるシーケンサーと異なり,ノート型 PCに USBポートで接続が可能であり,かつPC内にダ ウンロードした関連アプリケーションMinKNOW (MinIONTMを介してDNAを専用記号化するアプ リケーション),Epi2ME (記号化されたデータを 解析するソフト)と共に用いることで,菌種同定 に加え,薬剤耐性遺伝子も抽出・分析が可能と なった1∼5)。 今回我々は,発熱性好中球減少症の起因菌判定 に有用か判定する目的で,ナノポア型シーケン サーMinIONTMのもつ菌種同定能と耐性遺伝子検 出能を様々な検体を用いて検証し,その簡便性, 同定能に関して現時点の調査結果をまとめたため 報告する。
II. 材料と方法
FN患者血液を用いたメタゲノム解析に先立ち, 2018年に埼玉医科大学病院細菌検査室に提出さ れた血液培養ボトルのうち,ボトルから抽出した 全ゲノムDNAを用い,含まれる病原体のメタゲ ノム解析技術を確立した後,シーケンス・データ の解析パイプライン構築を行った。 【検体と標準株取得】 埼玉医科大学病院細菌検査室に提出された血液 培養検体のうち,培養陽性となった計 38 検体を 対象とした。 ま た,標 準 株 と し て,グ ラ ム 陽 性 菌 の Staphylococcus属2菌種,グラム陰性菌4菌種,真 菌Candida 5種の計11種は岐阜大学微生物遺伝資 源保存センターより菌株分離を行った。【MALDI-TOF MS と 16S rRNA シーケンス,薬 剤感受性試験】 (1)MALDI-TOF MS 培養陽性ボトルより,菌体の存在している培養 液を血液寒天培地上に散布した。35°C, over night でコロニーの発育を確認した後,コロニーを白金耳
で抽出した。抽出したコロニーを用いて,Matrix-assisted laser desorption ionization-time of flight mass spectrometry (MALDI-TOF MS; Bruker Daltonics GmbH, Bremen, Germany)による菌株同定を行っ
た。
(2)16S rRNAシーケンス
血液寒天培地上に発育したコロニーを,白金耳に て抽出した後,滅菌済みPBSに懸濁した。懸濁後,
QIAamp DNA Mini Kit (Qiagen, Hilden, Germany)
を用いて菌のDNAを抽出・調整した。
抽出液を用いて,Polymerase chain reaction (PCR) を行った。反応条件は 94°C, 1 分後,95°C 30 秒,
60°C 30秒,72°C 90秒で35回,最後72°C 5分で反
応させた。使用primersは515F-1497R領域を増幅 可能な,forward primer(5′-GTG CCA GCA GCC
GCG GT-3′), reverse primer (5′-TAC GGY TAC CTT GTT ACG ACT T-3′) を用いた。反応後DNA溶
液はEurofin Genomics社 (Tokyo, Japan) でシーケ ンスを行った後,菌種同定をEzBioCloud database
(https://www.ezbiocloud.net)で評価した。 (3)薬剤感受性検査
コロニーを白金耳で掻き取った後,液体培地中 に懸濁した。コロニーを懸濁した液体培地をData
Management System software (version 22.28) と Microscan WalkAway 96 Plus System (Beckman Coulter, Inc, USA)のプロトコルに準じて調整し,
抗菌薬入りの 96 wells plate に滴下した。35°C で over nightした後,各種抗菌薬の感受性を評価し た。 【DNA抽出・バーコード付加・MinIONシーケン ス・解析(Figure 1)】 (1)DNA抽出 対象となる血液培養ボトルから,500 μLを抽出 した後,0.1–0.2 mm径のガラスビーズによる物理 的 破 砕 を 行 っ た。QIAamp PowerFecal DNA Kit (Qiagen, Hilden, Germany)を用いてDNAを抽出 した。AMPure XP ビーズ(Beckman Coulter)を 用いて DNA を精製した後,最終的に Qubit 2.0
fluorometer (Thermo Fisher Scientific, Waltham, USA)
を用いて精製液中のDNA量を定量し,200 ng/μL に調整した。
(2)バーコード付加
Barcording kit 1D2 sequencing Kit (ONT) を用い,
先述調節したゲノム DNAにバーコード付加・ラ イブラリ調整を行った。バーコード付加により, 最大12検体まで同時にシーケンスが可能となる。 (3)MinIONシーケンス
シ ー ケ ン ス 機 器 は MinION Flow Cell
(FLO-MIN107 R9.5 Version)を使用した。バーコード付
加されたDNA溶液を,PCに接続したMinIONTM
Flow Cell に滴下した。PC 内の MinKNOW ONT software(v1.4.2)(MinIONTMを 介 し て DNA を
専用記号化するアプリケーション)を起動させ,
MinIONTMに添加した溶液中の DNA 情報を記号
化した。 (4)情報解析
WIMP via EPI2ME(2.52)(https://epi2me.nano poretech.com/user) を用いて解析し,シーケンス・ リードから微生物の網羅的同定 (メタゲノム解析) ならびに薬剤耐性遺伝子の網羅的検出が可能かど うか検証した。さらに,正確な解析データを入手 するために必要なシーケンス・データ量について も検証した。 【ESBL関連遺伝子検出能】 血液培養ボトルより一般細菌・真菌が検出され た場合,菌種同定に並行して薬剤感受性試験を行 い,培養された菌の薬剤への感受性を判定する。 通常,菌同定目的のシーケンスでは薬剤感受性を 判定することは困難である。MinIONシーケンス では,菌種同定と同時に,薬剤感受性に関与する 遺伝子を同時に抽出することが可能であり,その 検出能に関しても評価した。記号化されたデータ を,Epi2ME (記号化されたreadsから菌名を選び 出すアプリケーション)のARMA workflow を用 いて解析し,菌種同定に並行して耐性遺伝子が検 出可能か検証した。今回,ESBL関連遺伝子が検 出可能か確認した。 ESBL産生菌として知られているEscherichia coli,
Klebsiella pneumoniae の検体から,ESBL 関連遺
伝子(bla)が存在するか,PCR 法で検討した。
PCRのprimersは,計8種類(blaCTX-M1, blaCTX-M2,
blaCTX-M8, blaCTX-M9, blaCTM-M26, blaOXA, blaSHV,
blaTEM) を 用 い た。 GoTaq Green Master Mix
(Promega)を酵素として用い,参考文献に従い PCRを行った6,7)。PCRのシーケンス結果を,blastn version 2.5.0 で 解 析 後,MinION シ ー ケ ン ス・ Epi2MEでのARMAで検出されたbla遺伝子の結 果と照らし合わせた。
III. 結果
【MinION シ ー ケ ン ス,Epi2ME の 同 定 結 果 (Table 1)】 血液培養ボトル陽性計 38 例のうち,グラム陰 性菌は18例,グラム陽性菌は19例,真菌は1例で あった。分離リードの内訳は,Total readsに占め るNon-human readsの割合は,グラム陽性菌はグ ラム陰性菌と比較して低い傾向が見られた。ま た,Non-human reads に 占 め る Top hit reads の比率は,菌種・検体ごとに異なり,グラム陰性 菌は 24.0–91.0%, グラム陽性菌は 10.0–89.7% で あった。最も低値であったのは,グラム陰性菌は
Enterobacter cloacae complex(24.0%),グラム陽
性菌はS. caprae(10.0%)の検体であった。 【MALDI-TOF MS, 16S rRNA シーケンスと比較 した MinION シーケンス同定能 (グラム陽性菌) (Table 1)】 グラム陽性菌 19 例に関して MinION シーケン ス,MALDI-TOF MS, 16S rRNA シーケンスの結 果を比較した。 グラム陽性菌ではMALDI-TOF MSと16S rRNA
Table 1. MinIONシーケンスによる菌種同定
(a)標準株。
(b)血液培養陽性ボトルを用いた臨床検体例。 (c)Total reads中のNon-human readsの内訳。
シーケンスの結果は一致したが,グラム陰性菌と 比較してMinIONシーケンスの結果との一致率は 低く(63.1%),特にS. aureus(42.8%),S. caprae (0%)は低かった。 【MALDI-TOF MS, 16S rRNA シーケンスと比較 したMinIONシーケンス同定能(グラム陰性菌) (Tables 1, 2)】 グラム陰性菌に関してMinIONシーケンスで1st
classified reads と判定された菌種は,16S rRNA
シーケンス,MALDI-TOF MSにて一例ずつ判定 が異なった (No. 16, No. 18)。No. 16は,MinION シ ー ケ ン ス と MALDI-TOF MS で は Klebsiella variicola と診断されたが,16S rRNA シーケンス で は K. pneumoniae と 診 断 さ れ た。K. variicola/ pneumoniaeは,16S rRNAシーケンスのみの診断は 困難であり,菌同定の誤同定と判定した。No. 18 は,MALDI-TOF MSにてFusobacterium属までの 同定となったが,16S rRNAシーケンスとMinION シーケンスはF. striatumまで診断可能であった。 本結果より,MinIONシーケンスのグラム陰性 菌の同定能は,MALDI-TOF MS, 16S rRNA シー ケンスと比較して良好であり,菌種同定一致率 100%であった。 【ESBL遺伝子検出能(Table 3)】
グ ラ ム 陰 性 菌 の 検 体 No. 9 E.coli, No. 15 K.
pneumoniae の ARMA に よ る 解 析 に て,各 々 CTX-M型,SHV型が検出された。他のE. coli, K. pneumoniae検体では,ESBL関連遺伝子は検出され なかった。死菌からDNA抽出を行い,CTX-M・ SHV・TEM primer による PCR を行ったところ, 上記2症例でCTX-M型,SHV型blaの陽性を確認 した。また,薬剤感受性検査(Disk法)にて確認 検査を施行したところ,2 株ともESBL 産生菌と 確定された。
IV. 考察
血液培養ボトルが陽性となり,菌種が同定でき るのはFN症例では少ない。陽性になった症例で は,以前はグラム陰性桿菌が多くを占めていた が,近年グラム陽性菌が占める割合が増加してい る8∼10)。真菌例もあり,多菌種をカバーできる新Table 2. グラム陰性菌におけるMALDI-TOF MS, 16S rRNAシーケンス,MinIONシーケンス の菌種同定
たな迅速同定法が必要となっていることがうかが える。FN症例における血液検体からの菌種同定 に関しては,グラム陽性菌や真菌からの迅速かつ 高精度なゲノム抽出が必要である。今回の研究に より,MinIONシーケンスは,血液培養ボトルか らのグラム陰性菌の迅速な同定,ESBL産生菌の 判定を可能にする技術と考えた。一方で,グラム 陽性菌の同定能は19例中12例(63.1%)であり, グラム陽性菌の同定能は他 2 種の方法と比べて 劣っていた。 グラム陽性菌の中で,今回特に一致率が低い Staphylococcus属は,細胞壁の構成要素にペンタグ リシンが多く存在しており,グラム陰性菌の溶菌 に用いられるSDSの効果を低下させる作用を持っ ている11)。今回グラム陽性菌例ではTotal readsが 少なかったことから,本法ではグラム陽性菌から ゲノムDNA抽出が不十分であるため,Total reads が少なく,誤判定に至ったと考えられた。グラム 陽性菌のゲノムDNAを抽出する方法として,ペ ンタグリシンと結合して菌体の分解を進める酵素 リゾスタフィンを用いた手法や,ビーズを用いた 直接的破砕法が報告されている12∼14)。しかし,実 際は血液検体から直接グラム陽性菌のゲノムDNA を抽出するのは困難である。血液検体から直接菌 のゲノムDNAの分離を促す方法は,同時にヒトゲ ノム DNA 量も増加することから,MinION シー ケンスにて菌種同定を妨げる要因になったとの報 告もあり15),グラム陽性菌からのゲノムDNA抽 出に関して今後も検討する必要がある。 また,抽出過程後にPCRで16S rRNAの遺伝子 増幅を行い,菌種判定に必要な readsを増やして 菌同定を検討した報告もある16∼19)。菌種同定に 有用と考えられる一方,ESBL産生菌等のARMA での薬剤耐性に関連する遺伝子抽出も可能か検証 していることから,16S rRNA以外のゲノムDNA 総量増加法を検討する必要がある。薬剤耐性遺伝 子の検出能は,WIMP と ARMA による解析では フルオロキノロン耐性などの関連遺伝子の点突然 変異等による耐性化を検出することは,現時点で は困難と報告されている20)。耐性遺伝子の存在が Table 3. ARMAによるESBL関連遺伝子とDisk法の判定結果
直接薬剤の耐性に結びつく場合では,MinION シーケンスで薬剤感受性を予測することが可能と 考えられる一方,塩基配列変異などによる耐性化 の予測は,検討が必要と考えられた。 MInIONシーケンスは,通常煩雑かつ時間経過 がかかる次世代型シーケンサーをポータブル化 し,その解析・菌種同定まで短時間かつ簡易的な 手技で可能にした技術である。本シーケンサーに よる菌種診断は今後も検証すべき部分が散見され たが,これらシーケンス含めた総ゲノムシーケン スは,臨床現場において菌種同定,耐性菌同定に 加えて,現場のサーベイランスへの貢献が可能で あり,今後の感染症診断への有用なツールになり うる21,22)。本研究でも,血液培養ボトル陽性と なった時点から6時間程度で菌種同定まで可能で あり,グラム陰性菌単一検出例では感度100%と 良好な結果を示したことから,MALDI-TOF MS や16S rRNAシーケンスなどの従来の診断法に加 えて,新たな菌種同定法になりうると考えられ た。 我々は今後もMinIONシーケンスによる菌種同 定能に関して研究・解析を継続し,新たな菌種同 定法としての可能性を検討していく。 謝辞 この研究は,2019年度日本感染症医薬品協会奨 励賞とその助成金により遂行したものです。この 場を借りて深く御礼申し上げます。 利益相反 利益相反はございません。 [この総説は2019年度日本感染症医薬品協会奨 励賞受賞者 酒井純先生が,2019年11月22日に 行われた受賞記念講演の内容を纏めたものです。]
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