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イノベーションの事業化に関する一考察(<特集>イノベーションとAI研究)

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1.は じ め に

「価値観マーケティング」

当社シナジーマーケティングが推進している,顧客 の本質的な理解を基盤としたマーケティングを表すキー ワードである.

我々は CRM(Customer Relationship Management: 顧客関係管理)活動で蓄積されたデータを基盤とした, 価値観を理解する手法としてのマーケティングイノベー ションにチャレンジしている. 1・1 CRM の現場 本来 CRM とは顧客との良好な関係を構築するために 取り組むものであり,我々もそのためのさまざまな支援を してきてはいるものの,真に顧客視点での活動ができて いるという事例は残念ながらいまだ少なく,例えば企業 が会員に配信するメールマガジンをとっても,全員に同 じコンテンツを一斉配信しているケースが一般的である. 顧客は多様であり,したがって響く訴求も人それぞれ であるわけで,本来は One to One のアプローチがなさ れることが望ましいわけであるが,現実には困難である ために全員に一様な訴求をし「皆に好かれようとして, 逆に鬱陶しいと思われる」といった残念な事象も散見さ れる. これでは,本来顧客との良好な関係を構築するための CRMが機能しているとはいえず,むしろ逆効果になる 恐れがある. 1・2 「iNSIGHTBOX」によるターゲティングとメッセー ジングの最適化 我々はこの課題を解決すべく「iNSIGHTBOX」とい うサービスを開発した.

One to Oneは言葉のとおり個別訴求であり,Amazon などで見られる小売業の Web サイトの「マイページ」 でのレコメンデーションのように,購入という具体的目 的があってのユーザの訪問があるようなシーンでは非常 に有効である. 前提として,その Web サイト上で過去の購入履歴デー タが一定量管理されていれば,データ解析に基づく個別 訴求が可能になる. 一方,ある程度マスに対して訴求する手法のコミュニ ケーションにおいては,完全な個別化は未だ一般的では ない.とはいえ完全な個別化でなくても,ある程度のマ スとしてのセグメントに最適化されたコミュニケーショ ンを行いたいという要望は確実に存在し,それは著者の 日常の営業活動からも実感できる. 「iNSIGHTBOX」は「ターゲティング」と「メッセー ジング」の最適化でこの課題を解決することを目的とし たサービスである.特定の商品をメールマガジン上で訴 求し,購買行動を喚起させたいとき,当該商品を支持す るエンドユーザを事前に予測できる機能や,あるコンテ ンツ(文面)に反応すると思われるエンドユーザを識別 する機能などを備えている.また,テキストマイニング という要素技術を利用することによって,エンドユーザ への訴求精度を高めることを狙っている. 「iNSIGHTBOX」におけるテキストマイニング利用の 基本的なコンセプトは,エンドユーザがアイテム(購入 した商品やアクセスしたページなど)に何らかの支持を 表明した際に,アイテムに関連付けられたキーワード(タ グ)への支持があったと解釈するというものである.ア イテムとキーワードをあらかじめ関連付けて取り込んで おくことによって,購買や Web 上のアクセスといった 行動データを元に,エンドユーザの嗜好の解析・予測を 行っている.また,エンドユーザの行動とキーワードが アイテムを介して関連付けられていることにより,「エ ンドユーザに刺さるキーワード」の予測も実現している. 上述した「ターゲティング」と「メッセージング」の 最適化を施策の前工程として行うことで,訴求の精度を 高められることが,「iNSIGHTBOX」のバリューである と我々は考えている. 1・3 嫌がられないマーケティング 我々は「iNSIGHTBOX」で,訴求する対象であるエ

イノベーションの事業化に関する一考察

Discussion on Commercialization of Innovation

後迫  彰

シナジーマーケティング株式会社

Akira Ushirozako Synergy Marketing, Inc.

[email protected], http://www.synergy-marketing.co.jp/

Keywords:

innovation, commercialization, sense of values, CRM, marketing. 「イノベーションと AI 研究」

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ンドユーザに「嫌がられないマーケティング」を継続的 に実現する支援をしたいと考えている. 小売業におけるメールでの訴求を例に取ると,送り手 側は「リーチできる人(会員)全員に訴求すべき.セグ メンテーションするのは手間がかかるし,対象を絞るの で売上が減る恐れがある」と考えがちである.著者は営 業活動の中で,実際にそのような旨の発言をしばしば耳 にする.短期的にはそうであるかもしれないが,中長期 で見れば,会員の嗜好,ひいては価値観を尊重せずに, ずれた訴求を続けると徐々に素通りされ,そのうち無視 され,悪くすると嫌がられてしまう. 我々が目指す CRM は,「嫌がられないマーケティング」 を実現するための基盤となるものである.先のメールで の訴求の例では,会員全員に同じメールで訴求するので はなく,嗜好や価値観で近いクラスタをいくつか見いだ しておき,クラスタ別に訴求を最適化し,出し分けるこ とで,トータルの売上を上げることも可能になるだろう. 1・4 価値観マーケティングと「Societas」 今後,我々は CRM を「価値観マーケティング」を機 能させるための基盤として再定義したいと考えている. 企業の重要な資産である会員を嗜好や価値観面から本質 的に理解し,画一的に捉えるのではなくクラスタとして 捉え,それぞれのクラスタに最適なコミュニケーション をデザインし,継続することで,中長期の良好な関係を 総体的に強化していくことを目指している. 「iNSIGHTBOX」の一つの機能として,価値観を理解 するための汎用的な価値観モデル「Societas(ソシエタ ス)」が構築されている.「Societas」は,我々が支援す る企業の CRM データや,各種リサーチデータなどから, 消費行動の要因を抽出して構築した,「社会的ビッグデー タ」としての価値観データベースである. 我々は長年,さまざまな業種の企業のデータを扱って きているが,社会的に役立つアウトプットとして,消費 者の価値観に関する知見を還元することが義務であると 考えてきた.なぜならば,一つの企業がアクセスできる 消費行動データだけでは,消費者の多様な側面のごく一 部しか理解することができないからである.一企業がす べての消費行動をカバーするほどの多種多様な商材を扱 うことはまずあり得ないし,消費者が自社に向けている 顔は,他の業種の企業へのそれとは同じとは限らない. 消費行動の要因として我々は「価値観」が大きなファ クタであると確信し,消費者の価値観を理解することが, 今後のマーケティングの主流となるという信念をもって いる.消費者の価値観の多様な側面を理解し,「嫌がら れないマーケティング」を実現するために,業種を超え て多くの企業が共有できる社会的インフラとしての「価 値観データベース」を提供したいと我々は考えている. 「Societas」は,従来のオーダメイド型の価値観モデル ではなく汎用モデルとして提供している.よって,たと え異業種であっても同じ指標で知見を共有することが可 能となる.例えば Web 広告媒体のユーザ ID に「Societas」 の属性が付与されていれば,広告主企業の優良顧客の価 値観に近いユーザをターゲティングして,「嫌がられず に刺さる」クリエイティブのブランディング広告が打てた りする.我々は,「Societas」を今後あらゆる企業が自社の 顧客を「個」客として理解し,価値観マーケティングを実 践していくためのハブとしていきたいと考えている. 1・5 事業化のプロセスからの気付きと学び 著者はこれまでに述べた「iNSIGHTBOX」,ならびに 主要機能である汎用価値観モデル「Societas」といった サービスを立ち上げ,現在は事業化を推進している. 事業化といってもスムーズにいくわけではなく,日々 さまざまな課題,困難に直面している.先例主義との戦 い,当社のコア事業との路線の違い,各種リソース不足 など,新規事業にはお馴染みの課題が多々あり,日々悪 戦苦闘している. 本稿では,そういった悪戦苦闘の中から得た気付きや 学びについて,イノベーションの事業化のプロセスの只 中にいる立場から,著者なりの考察を示したいと思う.

2.イノベーションについて

2・1 イノベーションの定義 イノベーションの定義については諸説あるが,著者が 定義するならば「『解決することが無理』と当たり前に 思われていた課題に対して新たに出現したソリューショ ンであり,それが行き渡ってしまうと,もはや出現前の 状態が想像できなくなるもの」となる.イノベーション はもはや出尽くしたと考える人もおり,全く新規にゼロ から何かをつくるよりも,すでに存在する既存技術の組 合せでスピーディに新しいサービス,事業をつくること が良い [堀江 14] といった主張や,逆にゼロから立ち上 げることに価値がある [Thiel 14] といった主張もある. また,模倣からのイノベーション [井上 13][Shenkar 13] という示唆も興味深い. 著者は価値観モデル「Societas」のコンセプトを構築 する際に,遺伝子(DNA)の構成からヒントを得ており, これは自然界に存在する構図の模倣といえるかもしれな い.著者は学生時代に遺伝子工学を学んでいた折,DNA がたった四つの塩基からなるという事実を知り,モデル としてのミニマルさ,シンプルさに感銘を受けた.価値 観という定性的,属人的なトーンで語られがちの領域に, DNAのようなシンプルなモデルで捉えられないかとい う発想を拝借したわけである. 2・2 イノベーションを事業化するためのファクタ①: 「解決が無理で当たり前と思われていた課題の発見」 イノベーションを成功に導くというテーマではさまざ

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まな議論があるが,著者としては前述の定義のとおり, 「『解決が無理で当たり前』と思われていた課題」の発見 と「行き渡ること」がイノベーションを事業化する際に 重要なファクタと捉えている. 「解決できなくて当たり前」と思われている課題とは, 言い換えると,課題を抱えている当事者や関係者が思考 停止に陥っている状態,いわば盲点ともいえるような課 題である. どのようにすればこのような課題を発見できるだろう か. 発見する側としてはまずユーザの状況を理解するた め,実際に課題を抱えるユーザと同じ視点で事象を捉え る必要があるが,完全にユーザの視点と同一化しては本 質を見失ってしまう.内部視点と外部視点をバランス良 く組み合わせることが重要と考える.著者は以前,メー カでマーケティングを担当していたため,ユーザの内部 視点を理解しつつ,現在はベンダ側であるので,外部視 点から課題と向き合っている. そのように内部視点,外部視点を行き来しながら,さ らに「定性的な知見を定量的に集める」ことを心掛け ている.「解決が無理で当たり前」という課題は要する に顕在化していないので,発見のためには課題に関する ユーザの発言を読み解きつつ深層へ近づいていくほかな い.あるユーザが発言した悩みや課題について,全く違 う企業のユーザが,言葉は違っても同じ趣旨のことを発 言することがある.このような気付きが,潜在的課題の 発見のスタートになると考えている.定性的な情報であ るユーザの発言を大量に集め,定量的に解釈することで, 潜在的課題の発見につながる.当初は「点」であっても 「面」になると顕在化して見えてくる. なお,ユーザの発言については,声音や表情といった ノンバーバルな情報がセットでなければ潜在的課題の発 見の役には立たないというのが,著者の経験上の結論で ある.これらも重要な定性情報といえる. 「解決できなくて当たり前」,それほどに難易度が高い とされてきた課題であるため,解決策はすんなりと構築 できるわけはない.さまざまな障害が行く手を阻むこと になる.「iNSIGHTBOX」もサービスのコンセプトを固 めて商品化しリリースするのに 3 年余費やしているが, さまざまな障害を突破するためには,「素人目線」と「貢 献意志」がキーになると考える.素人目線であるがゆえ に思考停止に陥りにくく,また「貢献意志」を原動力と してプロジェクトを前進させているというのが現状だと 捉えている. 過去の歴史には,従来の専門家の常識にとらわれない 素人目線から,ブレイクスルーが生まれた事例が数多く 存在する.著者は統計学の専門家ではないが,素人目線 であっても,機能するアルゴリズムのコンセプトはつく れることを学んだ. 貢献意志とは,「プロダクトをつくる」意志とは別物 で,「とにかく役に立つものをつくる」という意志である. 結果としてプロダクト,サービスをつくることには変わ りないが「役に立たなければ意味がない」と妥協を自ら に許さない姿勢がなければ,イノベーションには近づけ ないと心している. 2・3 イノベーションを事業化するためのファクタ②: 「行き渡ること」 次に事業化において重要なもう一つのファクタ「行き 渡ること」であるが,著者が携わる法人向けビジネスで は,一定シェアの獲得を意味する.法人向けサービスで は,導入についての意思決定はロジカルな要因が大きく, 費用対効果が明確であれば前進しやすいものの,前例に 乏しい新規サービスでは,立ち上がりには苦労する.ま さにキャズム [Moore 02] を超えられるかという点が焦 点となる. 日々営業活動をしていての所感であるが,我々のサー ビスは「刺さるか刺さらないか」,つまりユーザの利用 意欲をかき立てられるかどうかは比較的はっきりした サービスであると自認している.刺さる対象は高確率で いわゆる「アーリーアダプタ」である.キャズムを超え られるかどうかは,アーリーアダプタの次の「アーリー マジョリティ」層の広範な支持を受けられるかがポイン トとされる. ここでの問題は,商談における相手方の担当者が アーリーアダプタだったとしても,導入においては他 の関係者の同意が条件であることが多々あり,その関 係者がアーリーアダプタであるとは限らないというこ とである.相手方の担当者に相応の決裁権限があり, 「iNSIGHTBOX」の利用を即決したとしても,予算の 権限が別,あるいは合議制であったりして,当該決裁者 の一存では導入を決めきれず,第三者への説明や説得が うまくいかずに商談が不調に終わるという事例がままあ る. 一方,いくつかの外資系企業へ導入した際には,本当 に「即決」で,かつ同じタイミングで予算も確保されて いた.つまり,これら外資系企業の決裁者は,予算権限 も明確に保有していたわけである. 日本の大多数の企業に見られる意思決定の複雑さは, 予算権限が決裁者に完全に委ねられていない(ある程度 の金額以上となると)という事情もあるのではないかと 考察する.ただ,裏を返せば先例が豊富にあれば,意思 決定プロセスが複雑であっても,導入事例をもって第三 者の審議を通すことは格段に容易になる. とはいえ,導入事例が豊富になるかどうかというのは, キャズムを超えられるかどうかと同義とも思える.導入 事例が豊富にできるような熱狂的な支持を受ける商品・ サービスとはそもそも価値がわかりやすいものであるた め,キャズムを超えやすいのではないかという見方もで きる.そうであるとすれば,事業が成功するためにはや

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「iNSIGHTBOX」のプロトタイプを使ってターゲティン グを行ったところ,有意な向上効果が見られたため,ア ルゴリズムの正当性について確信を得ることができた. 3・3 本  開  発 プロトタイピングによる実証実験で確信を得ることが できた後,本格的な開発に移行した. 開 発 に お い て は, ア ジ ャ イ ル 開 発 の 手 法 の 一 つ 「SCRUM」*1を採用した.SCRUM とは,比較的少数 のチームで機動的・流動的に開発を進めるフレームワー クである.「iNSIGHTBOX」のように,販売予測の面 で先が読みにくい新規サービスにおいては,従来からの ウォータフォール型開発ではなく,臨機応変に計画を変 更できるアジャイル開発が適していると判断した. 「iNSIGHTBOX」の開発では,著者が「プロダクトオー ナ」として意思決定の責任を負った.2 週間に 1 回とい うサイクルで開発スプリントを回し,スプリントの初日 には「SCRUM マスタ」が仕切る会議を行い,前スプリ ントの振返りと本スプリントのタスクの確認を行った. 開発タスクは「バックログ」という単位で整理し,こま めに進捗を確認しつつ,市場の動きによって優先度も変 更した. SCRUMでは,各メンバがリーダシップを発揮し,セ ルフマネジメントしながらスピーディに開発を進める在 り方が基本で,指示待ち,責任転嫁といった問題があれ ば機能しない.SCRUM 採用の副次的な効果として,メ ンバのモチベーション向上や,密なコミュニケーション による一体感の醸成にもつながっている.

4.市場へ広めるにあたって

4・1 ニューコとコアコ 新規事業推進においては,既存のコア事業が強力であ る場合に,いささか肩身の狭さを感じるケースが多い. ゴビンダラジャンら [Govindarajan 13] は,新規事業部 門を「ニューコ(NewCo)」と呼び,既存事業部門「コ アコ(CoreCo)」と対比しつつ,革新性のある「戦略的 イノベーション」をいかに成功に導くかという論を展開 しており,発生しがちなコンフリクトや犯しがちな過ち についても述べている.以下に引用するが,同じ会社に 新旧の事業が共存する不自然さから発生する独特の課題 として「忘却」,「借用」,「学習」の 3 点があるとしている. ニューコはまず,忘れなければならない,すなわち過 去の成功体験にとらわれず,コアコの事業定義,既成概 念を忘れる必要があるとする.そのうえで,新しい価値 を追求する必要があるとする.次に,ニューコはコアコ の資産を借用することで,新規事業立上げというリスク はりユーザにとっての「価値」が優れていないといけな いわけであるが,それが容易にできれば苦労はないだろ う. ユーザにとって,価値とは何だろうか. 著者は「貢献」の度合いではないかと考える.「この 商品・サービスがなければ運営が成り立たない」くらい にユーザの業務に組み込まれる,それほど必要とされる ような姿が理想的な貢献の在り方であり,そういった商 品・サービスはキャズムを容易に超え,事業として継続 していくと思われる.

3.開発のプロセス

3・1 コ ン セ プ ト 潜在的な課題の発見ができたとして,競争優位性のあ るコンセプトを固めることができるか.イノベーション にはこのプロセスが最も重要であると考える. コンセプトは「ファン」づくりの源泉である.まだ形 になってもいない段階から,コンセプトに賛同する支持 者がいなければ,イノベーションは形にもならず,当然 事業にもならない.プロトタイプすら存在しない段階で は,コンセプトを理解し,賛同してくれる人は多くはな い. 望ましくはできるだけ早期に,主要なステークホルダ に支持者をもっておくことが重要である.この場合の主 要なステークホルダとは,社内では経営層,社外では既 存顧客,既存パートナーである.著者の経験上,商品と して形になれば,コンセプトを理解してもらうことは劇 的に容易になる. コンセプトに自信があれば,一気にプロダクトとして つくってしまうのも手であるとも思えるが,コンシュー マー向けプロダクトは比較的その手法が通りやすいとし ても,著者が身を置くエンタープライズ向け商品の世界 での開発では,段階を踏む必要があるのも事実である. 3・2 プロトタイピング コンセプトができれば,プロトタイピングのプロセス に移る.プロトタイピングの目的は実証実験の実施であ る. 「iNSIGHTBOX」のような予測系のサービスは結果が 数字で現れるため,実証実験を通じて成果を示す必要が ある.本来,エンタープライズ向けサービスはいわゆる 費用対効果で評価されることが多いので,正式リリース の前に実証実験で定量的に成果を評価できる実績を出し ておくことは重要である. 「iNSIGHTBOX」 の 場 合 は, コ ン セ プ ト が 固 ま っ た段階から既存顧客であるリンナイに共同開発を申し 入れ,コンセプトに賛同いただき,以降二人三脚で開 発を進めてきた.予測アルゴリズムの効果を検証する ため,リンナイにおける販売促進メール配信の際に *1 http://www.scrumguides.org/

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の高い投資について,リスクを軽減する必要があるとす る.忘却と借用に加えて,学習も必要であり,特に事業 成果の予測の精度を上げることが大切としている. 著者の状況としては,忘却はまずまずうまくいってい るかもしれないが,借用が不十分である.また,学びも 途上である. 4・2 社内における販売面の課題 当社は既存の顧客管理クラウド事業がコアコとして安 定的に収益を上げており,我々が取り組む予測サービス 「iNSIGHTBOX」はニューコとして,コアコの資産を借 用しつつ成長路線を確率することが目下の課題である. 当初,専任メンバは著者一人の部門として研究を進め, リリースまでの開発時期においては他部門からの借用で 賄っており,開発において借用はうまくいったといえる. 一方で,現時点では販売面での借用はまだ不十分であ る.立上げ者自らが売ることができなければ拡販は見込 めないという持論のもと,著者が「iNSIGHTBOX」専 任販売担当として拡販に努めてきたものの,やはり事業 として成り立たせるためには,「点」ではなく「面」で のアプローチが必要な局面がやってくる. 社内では案件を通じて販売部門,生産部門を巻き込み, 共同の体験を重ねて経験値を上げるように計らい,以降 は案件を体験したメンバが自発的に販売に向けて動ける ような支援を心掛けた.結果,「面」としての立上がり は時間がかかっているものの,強制でなく自然なモチ ベーションアップによる案件増につながってきている. 4・3 社外ネットワークを活用した販売 社外においては,導入した先の顧客に自社事例をス ピーチしてもらう場を意識的に設けてきた.社内外のセ ミナに登壇いただいたり,定期的に勉強会を開催したり している. 何より励みになるのだが,そういった顧客による講演 内容がメディアの目に留まり,メディア主催のイベント でのスピーカに顧客が呼ばれるようになっているケース が出てきている.そのようなメディア主催のイベントで の講演は,顧客の社内外でのステータスを上げることに もつながるため,顧客への貢献という点でモチベーショ ンが上がるのと同時に,サービス提供における付帯効果 としても価値があると考える.また,このようなイベン トでの顧客の講演が引き金となり,新たな案件が生まれ たりもしている. 社外ネットワークでは,パートナ(代理店)との関係 も重要である.社内のニューコとコアコのようなしがら みがないこともあって,ファンになってくれると,既存 の取引先を紹介してくれたり,他パートナを紹介してく れたりと,ネットワークの広がりから商機が増加する. 4・4 地道なブランディング 「iNSIGHTBOX」のように,法人向けの,まだ小さい 規模の新規サービスでは,ブランディングに多大な費用 を使うことは難しい.Web サイトを立ち上げることが精 一杯で,リスティング広告費用もかけづらいような状況 にあるとすると,ブランディングといっても地道な活動 の積み重ねが重要である. 情報発信は非常に重要である.セミナ登壇を依頼され たら極力断らないようにする.自社の広報セクションと の関係も良好にしておき,取材の機会を増やしてもらう. 少しずつであっても認知は上がると信じて継続して発信 していれば,あるとき「認知されてきている」と実感で きる瞬間が訪れる.具体的には,社内での社員の会話に おける「iNSIGHTBOX」,「Societas」といったキーワー ドの浸透や,社外において初回訪問にもかかわらずある 程度サービスの内容を理解されていることが増えてくる といったことで実感できる.

5.事業化について

5・1 価値観マーケティング事業 繰り返すが,我々は「iNSIGHTBOX」というサービ スを核に「価値観マーケティング事業」を成立させたい と考えている.今までの CRM が「データベースマーケ ティング」の基盤に留まっているものだとすると,これ からの CRM はさらに「嫌がられないマーケティング」 を実現できるものとして成熟していかなければならな い.「最適な対象へ,最適なコンテンツ」を訴求すること, それを継続することが求められている. これを実現するためには,行動データ解析からの「要 因の理解」が前提となる.そのうえでさらに,我々の価 値観モデル「Societas」を活用し,エンドユーザを価値 観面から本質的に理解することで,エンドユーザが企業 に対して「私のことを理解してくれている」という信頼 感をもつようになることが理想である. 我々は行動データから価値観推定ができる技術も開発 しており,データベースマーケティングを入口として, 企業がエンドユーザの価値観理解を実践できるプランを 推進している.価値観理解に立脚したマーケティングの 図 1 我々が目指す CRM の在り方

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実施により,訴求するクリエイティブの質はもとより, 新たな商品・サービスの企画開発にも貢献できると考え ている.価値観マーケティングにより,最適なターゲッ トに対し,ニーズと合致するベネフィットを最適なクリ エイティブに乗せて訴求することができる.ひいては 我々の目指す「幸せな関係の総量を増やす」CRM が実 現すると考えている(図 1). 5・2 組 織 の 在 り 方 今まで述べたような,法人向けのイノベーティブな サービスの事業化においては,組織の在り方によって機 動力が大きく変わってくる.他社が参入する前に事業基 盤を整えるべく,機動的に業務を遂行できるためには, 組織デザインも重要である. 著者は,以下の項目が満たされている組織が理想であ ると考える. ● ビジョンが共有されており,共感されている ● 「新しいチャレンジに価値を見いだす」,「変化を チャンスと捉える」メンバの資質 ● 少数精鋭 ● 顧客オリエンテッド ● スピード重視 特に「顧客オリエンテッド」の項が最も重要である. 事業の起点は顧客との関係性であり,その関係性を元と してチャレンジングな実験的取組みを実践する.この実 験的取組みを通じて得た知見を企画,開発に生かし,有 用な知見はノウハウとして蓄積していく.成功した実験 は事例となり,販売面で威力を発揮する.これらのサイ クルを総括的・機動的に回せる組織が,イノベーション の事業化においては理想である. 著者は,事業は複数のサービスで構成され,またサー ビスは製品のみならず,ノウハウや販売がセットで成り 立つものと捉えている.真に有用なサービスをつくるた めには,顧客との関係性に立脚した実験的な取組みから, 本当に顧客に役立つ製品をつくり,運用ノウハウも合わ せて販売できなければならないと考える(図 2). 価値観マーケティング事業が成り立つかは,この耳 馴染みのない思想がマーケティングの現場に浸透するか にかかっている.エンドユーザを価値観から本質的に理 解するというテーゼについては間違っていないはずであ る.しかし,CMO(Chief Marketing Officer:最高マー ケティング責任者)という役職のある企業が日本には少 ないといった構造的問題や,リサーチ予算に対する考え 方などについて日々の営業活動を通じて触れる中で考 察するに,価値観マーケティングの浸透は決して容易な チャレンジではない. 新たな思想をマーケティングの現場に浸透させるため には,立場が異なる人々の間での議論を可能とする何ら かの「軸」が必要ではないだろうか.従来の漠然とした, 暗黙知的な共通理解ではなく,定量化,可視化されてい るデータが共有されることで,初めてエンドユーザの価 値観について,部門間,企業間の壁を乗り越え,立場が 異なる人々の間で議論を行うための土台が形成されると 考えている. 我々の事例に則していえば,「Societas」という価値観 モデルを使って,エンドユーザ一人一人の価値観を「個」 客として理解する材料となる「定量化」,「可視化」を実 現することが,議論の土台を提供することにつながると 考えている.エンドユーザごとに価値観がスペックとし て数値で付与され,「優良層」や「特定ブランド・商品 の支持者」などの価値観傾向が定量的に可視化されてい ることによって,立場が異なる人々の間でも,「Societas」 という軸を通すことで議論が可能になると考える. このように,イノベーティブなサービスの案件を増や し,事業として成立させるために,以下にあげるスキル をもった人材を必要としている. ● 定性的な情報を定量分析し,潜在的な課題発見か ら企画につなげるスキル ● バリューある事例になるかどうかを「目利き」し て実験を推進できるスキル ● ノウハウを機能に落とし込めるスキル ● ノウハウを活用しやすいように集積するスキル ● 関連メンバのモチベーションを上げるスキル ● 事業拡大のステップを描けるスキル ● 事業拡大ステップを遂行できるスキル

6.お わ り に

以上,著者の経験上の気付き,学びについてまとめた. イノベーションの事業化を目指して日々業務に取り組 んではいるものの,まだまだ道半ばであることをお断り しておく.そもそも我々の取組みはイノベーションであ るといえるのか,事業として成功するかについては,現 時点で確信がもてているわけではないし,我々当事者で はなく,他のステークホルダに判断されるべきものと考 えている.何よりも顧客の支持,しかも継続的な支持が あっての事業成立であり,ひたすらそこを目指して日々 図 2 事業として成り立つサービスとは

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悪戦苦闘する中から得た知見としてご理解いただきた い. 決して成功事例ではなく,途上の過程での知見である がゆえに不確定要素が多く,断定できるものも少ないが, 過程のただ中にいるからこそ,生々しく当事者の課題や 悩みを伝えられるということもあるのではないかと考え たしだいである.少しでも参考になる点を提供できたな ら,望外の喜びである. 最後に,イノベーションの事業化という取組みを継続 できているのも,主要ステークホルダの理解,支援の賜 であり,感謝申し上げたい.開発当初からのパートナと して長年支持いただいているリンナイをはじめとした顧 客企業,決して順調とはいえない状況にもかかわらず, 投資を継続してくれる当社経営陣,イノベーションの事 業化に向けて共に歩んでくれる内外の関係者の皆様に, 心から厚く御礼申し上げる.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Govindarajan 13] ビジャイ・ゴビンダラジャン,クリス・トリ ンブル 著,酒井泰介 訳:ストラテジック・イノベーション ─戦略的イノベーターに捧げる 10 の提言,翔泳社(2013), Govindarajan, V. and Trimble, R.C.: Ten Rules for Strategic

Innovators, Harvard Business Review Press(2005)

[堀江 13] 堀江貴文:起業しないリスクのほうが大きい,Diamond Harvard Business Review, ダイヤモンド社(2013)

[井上 12] 井上達彦:模倣からイノベーションが生まれる─ニト リ,ワールド,ポイントの事例に学ぶ─,Diamond Harvard Business Review, ダイヤモンド社(2012)

[Moore 02] ジェフリー・ムーア 著,川又 政治 訳:キャズム,翔 泳社(2002), Moore, G. A.: Crossing the Chasm: Marketing

and Selling Disruptive Products to Mainstream Customers,

HarperBusiness(2002)

[Shenkar 13] オーデッド・シェンカー 著,遠藤真美 訳:コピー キャット─模倣者こそがイノベーションを起こす,東洋経済新 報社(2013), Shenkar, O.: Copycats: How Smart Companies

Use Imitation to Gain a Strategic Edge, Harvard Business

School Publishing(2010)

[Thiel 14] ピーター・ティール 著,関 美和 訳 : ゼロ・トゥ・ワンー 君はゼロから何を生み出せるか,NHK 出版(2014), Thiel, P.:

Zero to One: Notes on Start Ups, or How to Build the Future,

Virgin Books(2014) 2015年 2 月 26 日 受理

著 者 紹 介

後迫  彰 1996年京都大学農学部を卒業後,宝酒造株式会社に 入社.研究,開発,マーケティング,営業などの業 務を経て 2003 年インデックスデジタル(現 シナジー マーケティング株式会社)に入社.営業業務の傍ら 顧客管理システム「Synergy!」の企画プロジェクト メンバとしてプロダクト立上げに従事.営業マネー ジャを経て 2014 年よりシナジーマーケティング株 式会社 iNSIGHTBOX 事業推進室長.価値観マーケティング事業を推進 中.

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