問題と目的
意地は、身近な感情(日本人にとっては特に)であるにも関わらず、心理学で言及されることは少 なく、また、「意地っ張り」や「食い意地」など、否定的な意味で使われることが多いように思われる。 もともと仏教用語である意地の「意」は、人間の五官による認識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識)の 次にくる第六意識(心)のことを指しており、それは、個人存在の全体を支配し、認識作用の根源で あり、万事を成立させる場所(地)である(佛教語大事典,1981)という。ただ、心は思い通りになら ないことの方が多く、それが人間関係においても様々なトラブルを生じさせるのである。たしかに、 意地を通すことで窮屈な思いをすることもあるだろうが、あらゆるものを生み出し、それをおさめる 働きをするといった心の無限の可能性を考えると、「意地でも頑張る」というような、自分自身を創 造し、成長させるものとして意地を捉えることもできるのではないだろうか。 ところで、意地は感情、行動スタイル、性格特性といった立場で扱われることが多く、定義につい て明確なものはない。佐竹(1987,pp.22)は相手に対する願望や期待がやぶれたときに発生するとし、 山野(1987,pp.32-38)は自覚的な意地(①自我理想にかかわる意地、②世間にかかわる意地、③特定 の個人に対する意地)と無自覚的な意地とに分類している。また、速水(1987b,pp.128)は「自分の感 情を素直に相手に表出できず、その代償として、自分の主張をわがままであろうと、非合理であろう と、構わず押し通そうとすること」と述べている。これらは、状況によって生じる意地が異なるとい うこと、意地は単一の感情ではなく何らかの感情が付随するといった可能性を示唆している。 では、状況や相手によって生じる感情にはどのようなものがあるのだろうか。認知的評価理論によ ると、自己の置かれている状況がいくつかの観点から評価され、その組み合わせによって経験される 感情が決まるという(池上・遠藤,1998)。たとえば、望むものが確実にあると分かると「喜び」、自 分の目標と状況が一致し、評価されると「誇り」を感じるといったものである。また、他者に対する 感情の生起は、状況の責任や原因が他者に帰属された場合に限らず、自分と他者の関連性の評価が影 響を与えることもある。たとえば、名誉ある賞を受賞した知人が自分の嫌いな人物であれば「妬み」 や「羨望」を感じるように、である(高橋・谷口,2002)。意地に関しても、状況によって異なる意地 が生じること、他者との張り合いの中から生まれてくるという側面(速水 ,1987a)を考えるならば、 日常生活の中で生じる意地の状況について調査するだけでなく、意地が生じる契機となった相手(人 物)についても検討する必要がある。 また、近年では、自己認知と精神的健康の関連についての研究が増えている。なかでも、Taylor & Brown(1988)は、自己についてより高い評価をもつことが、精神的健康につながるということを明ら かにし、ポジティブ ・ イリュージョンという自己高揚的動機に基づく認知バイアスを提唱した。また、 細越ら(2009)は、対処的悲観性の研究において、対処的悲観者が自らの悲観的思考を受容している意地の生起状況とその捉え方についての検討
Examination of situation arousing Iji and the perception
永井 知子
NAGAI Tomoko
場合、心身の健康は不適応的なほど低くはなく、思考スタイルの受容が高まれば自尊心も高まると述 べている。これらのことは、過去の出来事や、自分自身を現在どう捉えるかということが、精神的健 康に影響を及ぼす可能性を示唆している。この社会認知的アプローチに依拠して意地を考えるならば、 精神的健康や自分に対する満足度は、過去の意地を現在どう捉えているかによって左右される可能性 がある。そこで本研究では、精神的健康や満足度に関する調査のための予備的検討として、以下の 2 点を検討することを目的とする。 (1)意地が生じた状況について事例を収集、整理し、意地の特徴(状況や対象によって意地の生じ 方に差異はあるのか)について検討する。 (2)過去の意地についての現在の捉え方は、状況や対象によって異なるのかを検討する。
方法
被調査者 調査対象は栃木県の大学に通う、19 歳∼ 24 歳の大学生、大学院生の計 23 名(男性 9 名、女性 14 名)。 授業中に協力者を呼びかけ、研究室内でインタビューを実施した。調査時期は、2011 年 6 月末から 7 月末まで。 手続き 意地の事例について詳細な事例報告を得るため、研究室内で半構造化面接を実施した。面接はすべ て著者本人が行い、その内容は被調査者の許可を得て録音された。面接は以下の手順で行われた。 (1) 意地の定義について自由連想:「意地とはどのようなものか」について、自由に答えてもらった。 (2) 意地を張った場面の想起:過去に意地を張った場面について詳細な報告を求めた。また、意地に は、そのものを感情と捉える見方(山野,1987)と、行動スタイルとして捉え、甘えや怒り、羞恥心 などの感情を伴う(速水,1987b)といった見方がある。そこで、想起された意地が発生した状況にお ける感情(もしくは考え)についても答えてもらった。 (3) 想起した意地を現在どう捉えているか:想起された場面ごとに、現在、そのときの自分をどう捉 えているかについて答えてもらった。 以上の手続きを、事例が想起されなくなるまで繰り返し行った。また、事例が想起されない場合は、 簡単な例を話して想起を促した。被調査者一人当たりの面接時間は 30 分程度、想起事例の報告数は 1~8 個の範囲(平均 4 個)であった。結果
(1) 各データの分類 最終的に 91 事例を収集し、意地を張った状況、対象、当時の感情や考えに注目し、整理・分類した。 得られた状況と当時の感情や考えに関していくつかのまとまりに分類した結果、意地を張った対象は 5 種類、状況は 7 種類、当時の感情や考えについては 8 種類を抽出した。主な内容は以下の通りである。 ・意地を張った対象 意地が、何らかの対人葛藤の中であらわれてくるといった見解(佐竹・中井,1987)に基づき、意 地を張る対象を事例ごとに整理、分類した。永井・串崎(2006)の自由記述より、特定の親密な他者 との関係において、より意地が生じやすいといったことが推測されたため、教示では、“家族”、“親 しい友人”、“恋人” に関する意地について限定的に報告を促した。その他、自発的に想起される事例についても自由に報告してもらった。報告された対象を整理・分類した結果、「家族(両親、きょう だい)」、「親しい友人」、「恋人(好きな人も含む)」のほかに、「自分」と「知り合い」のカテゴリーを抽 出した。「知り合い」とは、“学校や習い事の先生”、“顔見知り程度の人” が含まれている。 ・意地を張った状況 表1に各カテゴリーで報告された事例の一部を示した。“大学進学についての話し合いの時”、“大 学を転学すると決めたとき” などのように、自分自身の生き方に言及した状況を「進路」、“勉強法に ついて指摘されたとき”、“得意科目のテストで負けたとき” のように、成績や学習に関することが起 因と思われる状況を「学習」とした。また、“部活のあり方について話し合いをしているとき”、“試合中”、 “制作しているとき” といった、積極的に自分が関与して所属している部活動やサークル、アルバイト 等に言及された状況については「課外活動」とした。さらに、“(好きな人に対して)自分からは連絡し ない” といったコミュニケーションに関することを “連絡”、“この日に課題を終わらせようと決める”、 “自分の都合と合わなかったとき” のように、自分の都合が優先されている内容については「都合」と した。一方で、“コンビニで買い物をしているとき” のように、お金に関して言及された状況について は「金銭」とした。 ・当時の感情や考え 当時の感情や考えについて、排他的なカテゴリー化は難しいことが確認され、同じような発言でも、 その文脈により分類が異なるため、整理する際には、同意義語といえるものについては表現を統一し、 カテゴリーを同じにした(たとえば、“負けたくない” と “勝ちたい” は同意義語であり、同カテゴリー に分類した)。また、分類については先行研究(佐竹・中井,1987)を参考に行い、付け加えたものを 含む8種類を抽出した。「信念」に含まれる内容には、“やり通したい”、“譲れない” という強い意志の 表現や、“人前では泣かない”、“1 回も休まない” といった独自の決まり事に関する言及があった。一 ⁁ᴫ ㅴ〝 㵰ᄢቇฃ㛎䈪䇮ฃ㛎ᩞ䈮䈧䈇䈩䉝䊄䊋䉟䉴䈘䉏䈢䈫䈐㵱 㵰ฃ㛎䈱ᤨ䇮䉶䊮䉺䊷䈱⚿ᨐ䈲⦟䈒䈭䈎䈦䈢䈏䇮ᔒᦸ䈲ᄌ䈋䈭䈎䈦䈢㵱 ቇ⠌ 㵰ീᒝᴺ䈮䈧䈇䈩ᜰ៰䈘䉏䈢䈫䈐㵱 㵰䊧䊘䊷䊃⺖㗴䈪䇸䈠䉖䈭䈱䈪䈐䈭䈇䇹䈫⸒䉒䉏䈢䈫䈐㵱 ⺖ᄖᵴേ 㵰ㇱᵴ䈱✵⠌ਛ䉇⹜ว䈱䈫䈐㵱 㵰䋨䉰䊷䉪䊦䈪䋩䈚䈩䈇䉎䈫䈐㵱 ㅪ⛊ 㵰ᅢ䈐䈭ੱ䈫ㅪ⛊䈏䈫䉏䈭䈇䈫䈐䇮⥄ಽ䈎䉌䈲ㅪ⛊䈚䈭䈇㵱 㵰ᦨೋ䈮⚂᧤䉕䈚䈩䈇䈢䈱䈮䇮ᣂ䈚䈇⚂᧤䉕䉏䉌䉏䈢䈏䇮䉅䈇䈋䈭䈎䈦䈢㵱 ㇺว 㵰ㄫ䈋䈮᧪䈩䉅䉌䈍䈉䈫䈚䈢䈏䇮ⴕ䈔䈭䈇䈫⸒䉒䉏䈢䈫䈐㵱 㵰⥄ಽ䈱ᗧ䈮ኻ䈚䈩䇮䇸䈠䈉䈛䉆䈭䈒䈩䇹䈫⸒䈇䈘䉏䈢䈫䈐㵱 ㊄㌛ 㵰⥄ಽ䉋䉍ᕺ䉁䉏䈢ⅣႺ䈱ੱ䉕䉂䈢䈫䈐㵱 㵰䈍ળ⸘䈜䉎䈫䈐㵱 䈠䈱ઁ 㵰⺞䉕፣䈚䈢䈫䈐㵱 㵰ήㆃೞήᰳᏨ䈪ⴕ䈦䈩䉇䉐䈉㵱 表 1 各状況の事例報告の一部
方で、明確に他者の存在を意識した “負けたくない” という言及については「競争心」とした。「屈辱感」 と「悔しさ」については、次の基準で分類を行った。“自分の方が知っているのに” といった他者によ る評価で名誉が傷ついたとされる内容、“気持ちを気づかれたくない” のように名誉の傷つきを回避す る内容については「屈辱感」とし、“悔しい感じ”と直接的に表現された内容については「悔しさ」とした。 また、“○○と言ってほしい”、“誘ってほしい” という要望、他者への期待感について言及された内容 については、「期待」とした。そして、“うらやましい” “○○のようにスポットライトを浴びたい”といっ た言及を「羨み」、“不安な気持ち” といった不安を直接的に表現した言及を「不安」と分類した(表 2 参 照)。 (2) 各カテゴリーと当時の感情や考え、現在の捉え方の関連 対象、状況、当時の感情や考えに関して、独立性のχ2検定を行った。さらに、言及人数の偏りが 有意であったカテゴリーについては、調整された残差を用いた残差分析を参考にし、当時の感情や考 え、現在の捉え方の関連を検討することとした。 ・対象による分類 意地を張った対象を整理・分類したところ、5 つのまとまりが確認され、それぞれ、家族 23 名、友 だち 32 名、自分 10 名、恋人(好きな人)17 名、知り合い 9 名の調査対象が含まれていた。対象について、 当時の考えとの関連を検討したところ、3つの対象について有意な言及人数の偏りが確認された(「家 族」,「恋人」,「友人」(χ2=51.16,df=28,p<.01))。「家族」に対しては競争心が有意に少なく、「友人」 に対しては有意に競争心が多いことが確認された。また、「恋人(好きな人)」に対しては信念が有意 に少なく、他者への期待や不安が有意に多く生じることが確認された(表 3)。対象による現在の捉え 方の差異については、有意な差は見られなかった。 ・状況による分類 意地を張った状況を整理・分類したところ、7 つのまとまりが確認され、それぞれ進路 11 名、学習 12 名、課外活動 30 名、連絡 12 名、都合 14 名、金銭 5 名、その他 7 名の調査対象が含まれていた。状 況について、当時の考えとの関連を検討したところ、3 つの状況で関連が確認された(「課外活動」,「連 絡」,「金銭」(χ2=93.6,df=42,p<.001))。「課外活動」では競争心が有意に多く生じ、屈辱感や他者 への期待は有意に少なかった。また、「連絡」については、屈辱感や他者への期待、不安が有意に多 ᗵᖱ䋨⠨䈋䋩 ౝኈ ାᔨ 㵰䈭䉖䈫⸒䉒䉏䈩䉅ⴕ䈐䈢䈇㵱 㵰⼑䉏䈭䈇㵱 ┹ᔃ 㵰⽶䈔䈢䈒䈭䈇㵱 ዮㄗᗵ 㵰⥄ಽ䈱ᣇ䈏⍮䈦䈩䉎䈱䈮㵱 ⟴䉂 㵰䈉䉌䉇䉁䈚䈇㵱 ᦼᓙ 㵰⺃䈦䈩䈾䈚䈎䈦䈢㵱 ᖎ䈚䈘 㵰ᖎ䈚䈇㵱 ਇ 㵰⥄ಽ䈱䈖䈫䈏ᄢ䈎⏕䈎䉄䈢䈇㵱 䈠䈱ઁ 㵰⽶ᜂ䉕䈎䈔䈢䈒䈭䈇㵱 表 2 当時の感情(考え)の内容の一部
く確認され、「金銭」に関する状況では、羨みが有意に生じることが確認された(表 4)。さらに、状況 と現在の捉え方の差異を検討したところ、2 つの状況で、言及人数に有意な偏りが見られた(「進路」, 「都合」(χ2=24.03,df=6,p<.005)。残差分析の結果、「進路」について言及した者は、当時の状況に ついて現在ポジティブに捉えている人が多く、逆に、「都合」について言及した者は、当時の状況に ついて現在ネガティブに捉えている人が多かった(表 5)。 信念 競争心 屈辱感 羨み 期待 悔しさ 不安 その他 家族 8 0 6 2 2 3 0 2 (-2.37**) 友人 12 9 3 0 3 2 1 2 (2.48**) 自分 6 3 0 1 0 0 0 0 恋人 2 0 4 1 7 0 2 1 (-2.42**) (3.78**) (2.17**) 知り合い 6 2 0 0 0 1 0 0 注:上段は人数。下段( )内は調整された残差。 **p<.01 対象 当時の考え 表 3 対象による当時の感情(考え)についての言及人数 ାᔨ ┹ᔃ ዮㄗᗵ ⟴䉂 ᦼᓙ ᖎ䈚䈘 ਇ 䈠䈱ઁ ㅴ〝 㪎 㪇 㪉 㪇 㪇 㪈 㪇 㪈 ቇ⠌ 㪋 㪉 㪉 㪇 㪈 㪊 㪇 㪇 ⺖ᄖᵴേ 㪈㪌 㪈㪉 㪈 㪈 㪇 㪈 㪇 㪇 䋨㪋㪅㪌㪍㪁㪁䋩 䋨㪄㪉㪅㪇㪐㪁㪁䋩 䋨㪄㪉㪅㪍㪈㪁㪁䋩 ㅪ⛊ 㪇 㪇 㪋 㪇 㪋 㪇 㪉 㪉 䋨㪄㪉㪅㪏㪎㪁㪁䋩 䋨㪉㪅㪇㪉㪁㪁䋩 䋨㪉㪅㪉㪈㪁㪁䋩 䋨㪉㪅㪎㪏㪁㪁䋩 ㇺว 㪌 㪇 㪊 㪇 㪊 㪈 㪈 㪈 ㊄㌛ 㪇 㪇 㪇 㪉 㪉 㪇 㪇 㪈 䋨㪊㪅㪐㪐㪁㪁䋩 䈠䈱ઁ 㪊 㪇 㪈 㪈 㪉 㪇 㪇 㪇 ᵈ䋺Ბ䈲ੱᢙ䇯ਅᲑ䋨䇭䋩ౝ䈲⺞ᢛ䈘䉏䈢ᱷᏅ䇯 㪁㪁 㫇<.01 当時の感情や考え 状況 表 4 状況による当時の感情(考え)についての言及人数 ポジティブ ネガティブ 進路 11 0 (2.86**) -2.86**) 学習 7 5 ( 課外活動 22 8 連絡 6 6 都合 2 12 (-3.84**) (3.84**) 金銭 4 1 その他 3 4 注:上段は人数。下段( )内は調整された残差。 **p<.01 状況 現在の捉え方 表 5 状況による現在の捉え方についての言及人数
・当時の考えについての分類 当時の考えを整理・分類したところ、8 つのまとまりがあり、それぞれ信念 34 名、競争心 14 名、 屈辱感 13 名、羨み 4 名、他者への期待 12 名、悔しさ 6 名、不安 3 名、その他 5 名の調査対象が含ま れていた。当時の考えと現在の捉え方の差異を検討したところ、言及人数に有意な偏りは見られなかっ た。
考察
(1) 状況と対象に見る意地の特徴 本研究では、意地の生起状況、意地を張る対象について事例を収集し、整理して検討を行った。そ の結果、友人関係においては競争心に由来した意地、恋人(好きな人)関係においては期待感に由来 した意地が生じることがわかった。現代社会は、小学校や中学校での受験戦争に始まり、青年におい ても進学や就職において競争を強いられる、いわゆる競争社会といえる。今回報告された意地生起状 況は、すべて中学生以上の事例であったが、発達段階においても、中学生ごろになると形式的操作期 に入り、自分や周囲を客観的に考えられるようになるため、ごく身近な友人に対して競争心をもつこ とは自然なことともいえるだろう。また、外山(2006)は、社会的比較によって生じる感情や行動の 発達的変化についての研究の中で、中学 2 年生において “競争心” が社会的比較に重要な役割を果たす ことを明らかにしており、部活動など競争的文脈の増加の影響を示唆している。本研究においても、 クラブ・サークル等の課外活動状況において、競争心を感じる傾向が強いことが明らかになっており、 これらのことは、意地が比較的早い段階から競争心として芽生えること、学校現場における意地の活 用について発達的検討の可能性を示している。 さらに、恋人(好きな人)関係において期待感や不安に由来する意地とはどういうものなのか。今回、 恋人に対して「向こうから連絡してほしいから、自分からはしない」、「時間があるなら会いたいが、 言えなかった」というように、期待感があるものの、それを直接相手に表現しない(できない)といっ た意地が報告された。中尾・加藤(2006)は、4 つに分類された愛着スタイルを、「親密性の回避(回避)」 と「見捨てられ不安(不安)」の 2 因子に集約し、成人愛着行動については、対他調整の観点から直接 的愛着行動と間接的愛着行動に分類し、後者と「不安」の対応性を見出している。つまり、自己観を 保持するため(自己が傷つかないため)に、間接的に自分の安全欲求を表現する(愛着行動が不自然な あるいはぎこちない形態になる)というのである。また、他者とのコミュニケーション行動である連 絡状況において、屈辱感や期待感、不安を抱きやすいことも本研究において明らかとなった。これら は、自分を守ろうとする自尊心や、傷つきを回避する自己防衛の姿といえるかもしれない。 (2) 過去の意地を現在どう捉えるか 今回、意地の特徴について整理するとともに、現在、過去の意地をどのように捉えているか、また、 意地を張る相手や状況によって捉え方に差異が見られるのかについても検討した。その結果、意地を 張る相手には有意な差は見られず、状況のみが現在の捉え方と関連していることが明らかとなった。 つまり、意地を張る相手が誰であろうと、意地が生じた状況によって、現在の意地の捉え方が左右さ れるということである。特に、進路選択に関する状況においてはポジティブに捉え、自分の都合で意 地を張った場合にはネガティブに捉えるということが示唆された。本研究の場合、進路に関して報告 された 11 事例のうち、大学選択に関するものが 8 事例、残りのうち 1 事例に関しても、大学入学直後 に転学を決意したという報告であった。青年期とは、子どもから大人への過渡期といわれ、親に世話をしてもらう自分から、自律的な個人へと独立しようとする移行の時期として特徴付けられる。大学 に進学することへの強い自己主張ともいえる意地は、青年にとってまさに独立への強いあこがれとも いえるのかもしれない。今回報告された、進路に関するエピソードには、「自分が進んだ道なわけだ から、ダメなことがあっても納得できる」という人がいる一方で、「良かったと思う。結果的に実現 したこともあるけど」と、希望通りの結末をポジティブに評価している人がいた。落合・楠見(1995)は、 この時期の意思決定には、自身の内的な生活力の充実による親からの独立と、親から分離した個別の 存在と自覚しきれない依存心との葛藤が含まれており、アイデンティティの獲得には、選択すること になった選択肢を自分の責任として引き受ける、納得できるか否かが重要と述べている。青年期にお ける進学や就職など意思決定の場面において、悩む期間の重要性はもちろんのこと、自分自身をどう 捉えるかは、後の充実感、満足度にも影響を与えるといえるだろう。
また、都合に関する状況についてネガティブに捉える傾向に関しては、Markus & Kitayama(1991) の文化的自己観に関する理論が役立つだろう。彼らによると、欧米では「相互独立的自己観」がもたれ、 自己は他者から独立した存在であることが望ましいとされる一方で、日本をはじめとする東洋文化で は「相互協調的自己観」という、自己とは他者と相互に協調・依存したものであるという通念で、他 者との関係性を重視する傾向にあるという。外山ら(2001)は、日本人においては自己高揚的動機に 基づく認知バイアスであるポジティブ・イリュージョン現象が限定的に生じること、ネガティブ・イ リュージョン現象が見られることを確認し、また、文化的自己観との関連を示唆している(外山, 2003)。この考えに基づくと、他者との調和を図り、好ましい人間関係が維持されることをポジティ ブに捉える日本人にとって、自分の都合を主張することは、日本人特有の葛藤を生じさせ、ネガティ ブな評価にならざるをえないのかもしれない。しかし、自己に対する高揚ないし卑下や社会的アイデ ンティティに関する自己肯定化とは異なり、有する関係性を肯定的に評価し、自分を相対的に低く評 価することが関係性満足につながるという指摘(遠藤,1997)や、親密な他者との関係性を肯定する ことで、間接的に自己を高揚(補償)しているという指摘(外山,2002)もある。本研究では、意地を張っ た対象と現在の意地の捉え方に関連は見られなかったが、関係性の評価等は行っておらず、文化的な 視点からも今後検討する必要があるといえる。
今後の課題
今回は予備的調査としての意地生起状況に関する検討を行い、意地が生じやすい状況、現在の捉え 方との関連について示唆したものの、その状況(進路選択・都合等)においてどのような思考スタイ ルがあるのかについては明らかになっていない。また、中学生時代の意地について報告された事例は あったが、対象者数の少なさから発達段階における意地生起状況の差異などには触れていないことな ど、多くの課題を残している。高坂ら(2008)は、青年期における劣等感と競争心との関連について 触れる中で、他者からの承認・賞賛に焦点化された自己アピールは劣等感を高め、自己を向上・成長 させるものとして捉えている青年は、劣等感を感じることはないと述べている。意地を張ることと競 争心が関連していることを示唆した本研究の結果も考慮すると、教育現場に見られる意地を活かすこ とで、自己成長につながる可能性が示唆される。今後は、対象者数を増やし、状況の精査を通して意 地の生起メカニズムについて検討を重ねるとともに、発達段階から見る意地、精神的健康や満足度と の関連についても数量的研究、質的研究の側面から検討する必要があるといえる。参考文献 遠藤由美 1997 親密な関係性における高揚と相対的自己卑下 心理学研究 68(5), 387-395. 速水洋 1987a 子どもの意地−非行少年に見られる意地の展開とその背景− 佐竹洋人・中井久夫 (編) 「意地」の心理 創元社 pp.69-123. 速水洋 1987b 〔補論〕非行少年における「意地」 佐竹洋人・中井久夫(編) 「意地」の心理 創元社 pp.124-136. 細越寛樹・小玉正博 2009 悲観的思考の受容が対処的悲観者の心身の健康に及ぼす影響 心理学研 究 79(6), 542-548. 池上知子・遠藤由美 1998 グラフィック社会心理学第 2 版 サイエンス社 髙坂康雅・佐藤有耕 2008 青年期における劣等感と競争心との関連 筑波大学心理学研究 35,41-48. Markus, H. R., & Kitayama, S. 1991 Culture and the self: Implications for cognition, emotion, and
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