1 問題意識
知的障害者の 「親離れ子離れ」 は, 「自立」 の問題 を含め社会的背景の影響を受けながら特に近代以降に 問題となり (新藤 2013), 親からの自立に課題を抱え る社会的な親子間の問題である. 障害のない親子にお いても 「親離れ子離れ」 問題は存在するものの特に障 害がある人は, 公的な支援の不足分を親からの支援に 依存しているため, 親の活動力が弱まるほどに生きる ことに大きな課題を抱えることになる. 別の観点から 「親離れ子離れ」 をみると, アマルティ ア・センが提示した 「達成するための自由」 (Sen= 1999:210) に本質的な重要性をおけば, 障害者福祉 において, 障害のある人の人生における自由に生きる ための幅, 例えば 「日常生活における機会」 や 「雇用 や教育における機会」 (定藤 1994) は, 障害のない人 の人生におけるそれと同等にもつことがひとつの重要 な要素となる. さらに木全 (2013:28) が指摘してい るように, 障害のある人たちの性の健康と性の権利は 十全に保障されているとは言いがたい. そのために, The Study of Social Well-Being and Development第 14 号 2019 年 3 月 論文要旨 知的障害者の 「親離れ子離れ」 は, 「自立」 の問題を含め社会的背景の影響を受けながら近代以降に問題と なり, 親からの 「自立」 に課題を抱える社会的な親子間の問題である. 研究の目的は, 劇団活動を通じて 「性 と生」 について学ぶ成人期の軽度知的障害者と障害のない親の 「親離れ子離れ」 における変化とその要因を明 らかにすることである. 研究対象は単に障害のある人ではなく, 演劇活動を通して 「性と生」 を学んでいる人 である. エピソード記述により, 「性と生」 について学ぶ知的障害のある人とない親, そしてその支援者から のエピソードを積み重ね, 「親離れ子離れ」 を促進するキーワードを抽出した. 調査の結果, 各要因は 「恋愛」 「仲間」 「母」 「自分」 の 4 つのキーワードと, それらを支える要因に分類できた. 「親離れ子離れ」 には, 人を 好きになれる力, すなわち 「恋愛」 できることが重要であり, 「恋愛」 学習の重要性が明らかにされた. また, 「親離れ子離れ」 には, 「性と生」 の学びを受けている 「仲間」 の存在が重要であり, 仲間づくりの重要性が明 らかにされた. 以上のことから 「性と生」 の学びは 「親離れ子離れ」 を促進する要因であり, 「性と生」 を学 ぶ 「仲間」 は仲間集団を形成しながら, 横関係だけではなく 「教える教えられる」 という信頼できる縦関係を 含めた中で, 演劇活動や学習を通して 「恋愛」 する力をつけながら少しずつ 「親離れ子離れ」 することが明ら かになった. キーワード:知的障害, 親離れ子離れ, 性と生, 劇団活動, エピソード記述
Keywords:Intellectual Disability, Parent-Child Separation, Sexuality, Activities of the Drama Groups, Episode description
研究ノート
成人期における知的障害者の 「親離れ子離れ」 における変化とその要因
「性と生」 を学ぶ軽度知的障害のあるひとによる劇団活動を通して
The Changes and their Factors in "Parent-Child Separation"
of the People with Intellectual Disability intheir Adulthood :
Through the Activities of the Drama Groups consisting of People
with Light Intellectual Disability who are Learning about "Sexuality"
松
本
和
剛
Kazutaka MATSUMOTO
障害のある人は障害のない人よりも発達保障上必要な 「性と生」1) の学びの機会を十分に得ておらず, 社会 における事物・制度・慣行・観念上の社会的障壁をも つ. その障壁のひとつに 「親離れ子離れ」 問題がある. また佐々木 (2015) は, 人は自分の価値を認めてくれ る人と日常生活での交流がないと健全な人生を送るこ とはできない, と述べている. これらのことから自分 の価値を認めてくれる人, 例えば親以外の好きな人と 健全な人生を送るためには, 親からの身辺的自立, 経 済的自立, 精神的自立などを求められるものの, 同時 に 「性と生」 の学びが必要であることが示唆される. そこで本研究では 「親離れ子離れ」 を近代以降の問 題と捉え, 知的障害のある子とない親は, 障害のない 親子と比べて自由に生きるための幅が抑制され 「性と 生」 の学びが十分でないために, 社会生活上の様々な 「親離れ子離れ」 問題をより抱えていることを基本的 な問題意識とする.
2 「親離れ子離れ」
1 ) 「親離れ子離れ」 の定義 本研究において 「親離れ子離れ」 をあえて厳密に定 義しない. 「親離れ子離れ」 は, 心理的にも社会的に も親が子から離れ子が親から離れようとする現象であ り日常的であるからこそ現象学的に深める価値のある 概念であり, 現時点で狭く定義すると, 分析枠が狭ま り研究が深まらないと思われるからである. しかしな がら議論を進める上で, 本研究における 「親離れ子離 れ」 の操作的定義を以下とする. 森口 (2015:166-198) は知的障害者 (以下, 仲間2)とする) の親元か らの 「自立」 は, 将来何かが達成されることが重要で けた変化であると捉えている. そして親の予測や意図 を超えて本人が他人と関係性を取り結び, 子自身が自 分の生きる世界を広げることの重要性を述べている. さらに子からの 「親離れ」 を親が感じとることの重要 性や, 親にとって 「子離れ」 は本来的にし難く, 親は その辛さを経ることの意義を知ることが必要であると 述べている. そこで本研究では 「親離れ子離れ」 を, 子は自らもつ世界を広げようとしかつ親以外の他人か ら支援を受け昼夜を問わず継続的に生活ができ, そし て親は子からの 「親離れ」 を感じとり 「子離れ」 のし 難さを経験している現象, と仮に定義する. 2 ) 「親離れ子離れ」 と 「性と生」 の学びとの関係性 図 1 から 「子ども」 が 「大人」 へと成長する過程に は思春期・青年期があり, この時期に 「性と生」 の発 達がある. この節を乗り越えることにより 「子ども」 は 「大人」 へと成長し, 親子は対等な関係になり 「親 離れ子離れ」 が促進されると考える. 生物学的には 「親離れ子離れ」 は社会的生物として当然の現象であ る. しかしこの節をうまく乗り越えることのできなかっ た人, 特に知的障害を併せもつ人にとり 「性と生」 の 発達のための学びは, 「親離れ子離れ」 の促進要因と 言えるのではないだろうか. 例 え ば , エ リ ク ソ ン (Telefonaktiebolaget LM Ericsson) による発達段階は, 乳児期, 幼児期前期, 幼児期後期, 児童期, 思春期・青年期, 成人期, 壮年 期, 老年期であり, それぞれの段階に発達課題をもつ. 知的障害のある人は, 発達がどこかの段階からその進 むスピードが遅くなるか, または発達課題を十分に成 し遂げないままに次の段階に移行していると考えられ ている. 思春期・青年期までの課題は特別支援学校や 図 1:「親離れ子離れ」 と 「性と生」 の関係図 (筆者作成)七生養護学校での事件 (七生養護 「ここから」 裁判刊 行委員会 2014) が影響し学校教育で十分になされて いない状況にある. 知的障害のある人は, その障害特 性から自己をうまく表現できず, また相手の気持ちを 察することが苦手なため, 生活するうえで必要な人間 関係を構築できずにいる. 例えば好きな人がいても, どのように接して良いか分からずにメールや電話を執 拗にし, さらには断られていることが理解できずストー カーになることもある. そうならないために親は子を 必要以上に守り囲い込もうとする. その結果, 子は親 からうまく離れることができないでいる. 幼児期や児童期の課題をも達成する必要があるもの の, 「性と生」 の学習3)を継続的におこなうことによ り, 思春期・青年期の発達課題の一つを達成すること が可能になる. その結果, 子は思春期・青年期の節を 乗り越えることでき, 親子が対等な関係になり 「親離 れ子離れ」 が促進されると考える.
3 研究の目的と意義
本研究では, 劇団活動を通じて 「性と生」 について 学ぶ成人期の軽度知的障害者と障害のない親の 「親離 れ子離れ」 における変化とその要因を明らかにするこ とを目的とする. これまでの知的障害のある人の 「親離れ子離れ」 研 究は, 親や支援者へのインタビューを通して分析され ている研究が多く (森口 2010, 2014, 2015;植戸 2012, 2013, 2015), 本人へのインタビューを通して 分析された研究は筆者が調べた限りない. そこで本研 究では, 同じエピソードに対して, 本人, 親, さらに 支援者から聴き取りをしてその結果を重ねあわせなが ら分析する. この方法によりこれまでの研究では得ら れなかった結論を導きだせる可能性をもつ. すなわち 本研究では本人の語りが分析されるという方法論的オ リジナリティをもち, 本人の 「想い」 が 「親離れ子離 れ」 研究に反映されることに価値をもつ. さらに本研 究では研究対象を単に障害のある人とするのではなく, 演劇活動を通して 「性と生」 を学んでいる人を対象と している. 知的障害のある人の 「親離れ子離れ」 研究 において, このような実践活動をおこなっている人を 対象とした研究はこれまでになく, この点においても 新たな知見を得られる可能性がある.4 研究方法
1 ) 研究協力者 劇団に所属する 2 人 (C さん, M さん) とその母 親, そして K 支援者の計 5 人である. C さんは 25 歳 の女性で軽度の知的障害があり身体障害はない. M さんは, 18 歳の男性で自閉性障害と軽度の知的障害 があり身体障害はない. K 支援者は 70 代前半の女性 であり, 元支援学級教員で劇団立ち上げから活動して いる. 2 ) 方法 研究方法は, 森口 (2015) の研究方法を参考にしつ つ, 「性と生」 について学ぶ知的障害のある人とない 親, その支援者からのエピソードを積み重ねる方法を とる. すなわち, まず親の語りから子の成長に関する エピソードを記述し, そのエピソードに対して子や支 援者から聞き取ったエピソードをさらに記述して積み 重ねる. そして, 「親離れ子離れ」 のきっかけになっ た重要なキーワードを重ね合わせる. しかしながら 「親離れ子離れ」 は様々なエピソード が重なって変化することから, 複数のエピソードを記 述する必要がある. しかし時間的な制約から 2 組の親 子とその支援者からのエピソードを記述する. 得られ たエピソードの分析手法は, 鯨岡 (2013) の 「関与観 察とエピソード記述」 に基づき分析する. 「親離れ子 離れ」 に向けた変化とその要因を明らかにするために, 変化は現象学における 「現象」 を意味するエピソード 記述のエピソード本体から読み取り, 要因は現象学に おける 「本質」 を意味するメタ意味4)から導き出す. 3 ) 倫理的配慮 日本福祉大学大学院倫理ガイドラインに基づき, 調 査協力依頼時に調査の進め方や個人情報の取り扱いに 関する説明をおこない, その内容を文章に記載して同 意を得た. 当該文章は研究協力者と筆者とがそれぞれ もつ. 分析においては, 個人情報保護に細心の注意を 払い, 固有名詞の記号化に努めた.5
劇団への関与観察におけるエピソード
のまとめ
1 ) 調査の概要 研究協力者である当該劇団は 12 年前に設立され, 知的障害のある 20 代前後の成人たち (男女比は約半々) とその親と支援者で構成されており, 演劇教育 (伊勢 田 1995) の手法を用いて 「性と生」 の学びを受けて いる. 長い人で 12 年, 短い人でも 5 年以上活動して いる. 療育手帳 A 判定の団員もいるが, 医療的ケア の必要な団員はいない. 劇団の練習時間は午前 9 時半 から 12 時で, 発声練習や舞台で披露するダンス, さ らに演劇の内容は 「性と生」 の学びに関するものであ るために, 台本を理解するための 「性と生」 の学習会 がある. 舞台稽古もある. これまでに 8 作を公演し, 現在は 2018 年 9 月にある 9 作目初演にむけて練習を 続けている. 尚, 筆者は 2015 年 8 月から日曜日にある練習と学 習会に毎回参加している. インタビューはひとり 1 時 間程度であるが, 長期間に亘り劇団を観察したことに より, より深く彼らの語りを理解できた. 2 ) 劇団への関与観察におけるエピソードとその分析 結果 インタビューで得られたエピソードを, ひとつずつ その背景をも含めて分析をしていく. 尚, エピソード を聞き取った親, 本人, 支援者からエピソード本文に 誤りがないことを確認したところ, 誤りはなかった. 以下, 筆者のエピソードに対する問題意識, その背景, エピソード, メタ意味を紙幅の都合上表 1 と表 2 に簡 潔にまとめた.6 考察
1 ) C さんのケース C さんには 60 代の父, 50 代の母, 90 代の祖母がお り, 現在グループホームで暮らしている. C さんの No. 1-1, 1-3, 1-4 の 「親離れ子離れ」 に おける変化 (表 3) は, 「恋愛」 に関することで共通 している. 同じ時期に同じ現象を体験しても, それぞ れが感じた C さんの変化と要因には相違があった. No. 1-2 は 「恋愛」 の内容ではないが, 高校で不登校 登校の回避につながり, 仲間からの励ましの重要性が 確認された. 母が感じた C さんの変化は, 「 恋愛 には別れの あることを知った」 ことである. 毎日泣いている C さんに母の生活も影響し, 彼氏と別れることが C さ んの幸せに繋がると感じた母は, 子を救うために 「恋 愛」 していても別れて良いことをアドバイスした. 変化の要因として母は, 電話の様子を直接見ること のできた 「親子での旅行」 や, 「母のアドバイス」 を あげている. それ以上に重要な要因は 3 つ目の 「 恋 愛 での別れを理解する力が子にあった」 ことである. C さんに 「母のアドバイス」 を理解する力がなければ, この 「 恋愛 には別れのあることを知った」 という 変化は, おこらなかったであろう. C さんは劇団で 「性と生」 の学習を継続的に受けており, その成果と してこの変化が起こったのである. 今回の 「恋愛」 は うまくいかなかったが, 「恋愛」 していても別れて良 い, ということを子が体験し学べたことを, 母は良し とした. これにより子の 「恋愛」 する力は成長し, 「親離れ子離れ」 への道程を少し進んだと言える. 一方 C さんは自身の変化を, 「恋愛の失敗から恋愛 学習の必要性をさらに感じた」 ことであると言う. C さんは 「恋愛」 に失敗したことで, 自身の力不足を感 じ 「(劇団での 「恋愛」 学習を) 重ねて, 自分で理解 をして, それでやっと自分に, 新しい彼氏ができるん じゃないかなと思う」 と述べている. 知的障害のない 人にとっても 「恋愛」 は難しいが, 知的障害のある人 は 「恋愛」 学習をしなければうまく 「恋愛」 できない 現実のあることが, このエピソードから浮かび上がっ た. C さんは自身の変化の要因を 「 恋愛 の失敗を経 験できた」 と答えている. しかしこの要因は変化の直 接的な要因であり, この変化の基盤をつくった 「 恋 愛 をサポートしてくれる親以外の大人の存在」 や 「 恋愛 学習をする場の存在」 は, 重要な間接的要因 である. 「恋愛」 の失敗を経験できたとしても, 知的 障害者の 「恋愛」 をサポートする人の存在や 「恋愛」 学習の場の存在がなければ, この変化は起こっていな いであろう. すなわち 「恋愛」 学習をしていたからこ そ 「恋愛」 する力が備わり, この変化が引き起こされ たのである. 「恋愛」 する力を身につけることは, 親 と会う時間が好きな人と会う時間に割かれ減少し, 好 きな人のことを考える時間が増え親との心理的な距離表 1 C さんの分析結果 No 対象 筆者の問題意識 背景 エピソード メタ意味 1 ︱ 1 母 母が思う, 子ども C さんの恋愛. 現在のわ が国における知的障害 者の未婚率は男女とも に9 5 %を超えており大 きな問題である. この 問題は知的障害のある 本人の問題だけでなく, 何か大きな問題がそこ に孕んでいるのではな いかと考えられる. 母に言わせれば C さんは 「 普通のデー ト」 をしたがっていたが, 彼氏は暗い 場所が苦手のために映画館でのデート が難しく, また食事も C さんが何かを 買ってきてそれを外で一緒に食べてい るような状況であった. ま た C さんは 彼氏とメールや電話もしていたが, 彼 氏からのメールにはすぐ返信しなけれ ばならず, 電話をすぐにとらないと怒 りだす彼氏であった. この様子を見て いた母は, 「冗談で怒っているのか本気 で怒っているのか分からないんだけど, その都度泣いているんですよ, 泣 いて ごめんなさい言ってるんですよ」 と回 想している. C さんはいつものように 「ごめんなさい」 と何度も謝っている. なんと かその場は収まったものの, その後も何度も電話がかかり, その度に C さんは 「ごめんなさい」 と言って泣いている. 普段は見れない C さんの 姿を, 親子で旅行をしたときにまざまざと見せつけられた母は, 「恋愛 は楽しいものじゃなきゃいけないのに, そんなに疲れてごめんなさいご めんなさいて言ってストレスになるんだったら, 別れることもひとつだ よ」 と言うと, C さんは 「 へぇ…」 と 答えた. 母 は 「こういうことも言っ てあげないと (別れるという) 選択肢がないんだな」 と語っている. C さんの 「 へぇ…」 との言葉に, C さんは一度付き合ったら別れてはいけ ないと思っていたのか, と 筆者を驚かせた. 母の言葉を理解できた C さ んは 「じゃあさよならする」 と言い, 彼氏に別れを告げた. 彼氏は 「 ご めん」 と謝ったが, C さんの気持ちは変わらなかった. 母は今回の C さ んの経験を良しとした. 母が 「障害者だからしょうがないのかなって思ってたんですけどね. 障害者の恋愛って大変だなって見てたんです」 と 言うように, 障害は 「恋愛」 における阻害要因なのかもしれない. 親子での旅行で普段見な い C さんが泣いている様子を見て母は, 「泣きついてきたことはなかっ たんですけど, た だあまり泣くからこっちも影響があるんでね, ( 週末) 生活一緒にして」 と 語っている. 障害のあるために 「恋愛」 がうまく できず, 親との生活に影響をきたしているのである. しかし C さんは 劇団での経験や学習により 「恋愛」 での別れを理解する力があったの で, 母のアドバイスを受け入れられた. 親やきょうだいと一緒に暮ら している 18 歳以上の知的障害者は 9 割を超えている (内閣府 2014) こ とからも, 安定した生活を送るために 「 障害者の 恋愛」 は 大きな課 題と言えよう. 1 ︱ 2 C さ ん 劇団の活動は子どもた ちにどのような形で, 役に立っているのであ ろうか. 当事者本人が 劇団についてどのよう に思っているのか, そ の想いに接する機会は 少ない. そのような中 で, C さんの想いに触 れる機会を得た. 中学 3 年 生のとき, C さんは進路につ いて親とともに悩みを抱えることにな る. 自宅から通学可能な特別支援学校 に進学したかったが, 叶わなかった. その特別支援学校は, C さんの自宅か ら少し離れているために徒歩で通うこ とは難しかった. そ のために通学バス を利用しなくてはならない. しかし C さんの障害レベルからバス通学の対象 とはならなかった. さらに自主通学す る自信はなかった. 自宅から通学できる特別支援学校に行くことができなかった C さんは, 寄宿舎のある学校に通うことになる. し かし徐々に 「ま, 段々と嫌な先 生ができて, 学校で…仮病し, 何回も家に帰り…」 ということになった. その子どもの姿を見て母親は 「土日もあんた家におるやん, 何かしよう」 と言って, 現在の劇団を探し出会い, 彼女の生活に変化が現れる. 劇団 に行くようになり学校も行けるようになった C さんは 「うん, 寄宿舎も, 3 年間頑張ろうって思いがして」 「なんか…劇団はやっぱり…背中を押し てくれた. 今週の日曜, 劇団ある, 皆んなに会える. また頑張ろう, 3 ヶ月頑張ればずっと劇団もずっと続けられるっていう思いがあったのか なぁ…」 と C さんは振り返ってくれた. 筆者は 「すごいなぁ!」 と叫ん でしまった. C さんには劇団があったから, 今回の危機を脱出したといえよう. 筆 者が, 「劇団がなかったらどうなっていた?」 と尋ねると, 「うん, ずっ とね, 仮 病作ったり, もう不登校になっとったりしたと思うよ, 多 分」 と答えてくれた. C さんが困っている姿を見て, 劇団の仲間は C さん の 「背中を押した」 のだ. お そらくただ集まっただけの集団ではこの ようにならないだろう. こ の集団は 「性と生」 の 学びを受けている. その中で, 仲 間を大切にすることを学び, そ れを実行したと考えられ る. 集団の力, 仲 間からの励ましは大きな力となる. 一 方, 自宅に戻っ た C さんを寄宿舎に返すことなく受け入れた母の存在は大きい. 1 ︱ 3 C さ ん 知的障害のあるひとの 「恋愛」 は難しい. た とえば感情表現をうま くコントロールできず, 相手を攻撃してしまう が, どのようにして二 人の問題を解決するの か. また 「恋愛」 を ど のように考えているの だろうか. C さんは No. 1 -1 の彼氏の拘束に困り 果てていた. 喧嘩をするたびに精神的 にに追い込まれた C さんは 「彼氏と喧 嘩して, も う私 2 階 やったもんでちょ うど上から何も柵もないし, パッと落 ちれる状態やったもんで, 窓から. も うそこから落ちようかもう, もう頭も, 涙も出て…もう頭も真っ白で…ここか ら落ちたろうかなと思ったぐらい…」 と死を考えるくらい切羽詰っていた. 劇団の仲間家族と旅行に行ったときも彼氏からのメールに悩まされる. その様子を見ていた仲間の母親たちは, 「じゃあそんなに嫌ならそういう メール, 一回一回しなあかんひとならぁ…気持ちを変えて, 決心して別 れやぁ」 と C さんに伝えた. 次の日の朝 C さんは別れを告げるメールを 彼氏に送る. しかし別れた彼氏と C さんの事業所は同じであったために, 「怖くなって, 喋るのも怖くて, 顔 見るのも怖くて…」 「会うたびに怖く て」 とその恐怖を語っている. このエピソードを聞いた筆者は, 心に傷 を負った C さんにまた彼氏ができるのであろうか, それとも 「恋愛」 は 知的障害者の成長を阻害する要因になるのか, という疑問が湧いた. し かし C さんは 「恋愛 の失敗を経験できた」 ことに納得しさらなる学 習の必要性を感じていた. C さんにもう少し 「 恋愛」 の 知識があれば, ここまで傷つかずに済ん だかもしれない. もう彼氏をつくろうとは思わないのか, と尋ねたと ころ, C さんは 「まぁつくりたいけど, い まは勉強の段階で…あの… まだまだかな…」 と 答えてくれた. さ らに劇団の 「 恋愛」 学 習が必要 かどうか尋ねると, C さんは 「 うん, そ れを重ねて, 自分で理解をし て, それでやっと自分に, 新しい彼氏ができるんじゃないかなと思う」 と 「恋愛」 学習のさらなる必要性を語ってくれた. C さんにとり 「 恋 愛」 に失敗したものの, サポートしてくれる親以外の大人 (今回は仲 間の母親) の 存在があることを経験できた. 知的障害のあるひとの 「恋愛」 学習は, 失敗しながらも学び続けることが重要であると考える . 1 ︱ 4 K 支 援 者 知的障害のあるひとの 「恋愛」 する力は, ど のようにして育つので あろうか. この力は障 害のないひとと同様に 育つとは考えにくいで あろう. しかし, 周囲 からの支援や 「恋愛」 の学習を通して, 少し ずつではあるが 「恋愛」 する力は育つと考える. K 支援者は, 「 C さんのお母さんは自立 をさせなきゃって, だからもう寮があ る寄宿舎ってことで《地名》へ行った という…. だから, お母さんも辛かっ たと思うけど, C さんもいきなり一人 でポーンって入れられて…でも寄宿舎 での生活で成長したね」 と そのときの 様子を振りかえり, 「ほんとに一人娘で 手放すのはお母さん辛かったと思うよ… まして C さんが中 3 で 卒業して親元離 れるなんていうのは…」 と そのときの C さん親子の心情に想いを寄せている. C さんが No. 1 -3 にあるように彼氏と別れたことについて K 支援者は, 「彼女 (の 「恋愛」 する力) が成長してるから, 男の子が付いて来れない, だから出会ったときはいいなあって思ってるんだけど, やはり物足りな くなるじゃないですか, 寄宿舎で人間関係もいろいろ経験しているしね」 と言う. 後に C さんから彼氏と別れた理由を聞いた K 支援者は, 「 C さ んは成長したなぁ」 「 恋愛 学習にも積極的だしね」 と目を細めたそう だ. 筆者が 「 そういう意味では劇団にいる男の子だとちょっと物足りな くなってるんですかね」 と 尋ねると, K 支援者は 「そう, Z くんは怖いっ ていうしね, J くんは難しいとか…じゃぁ P くんのように, P くんなら 人柄いいがね って言うと C さんは 嫌っ て言うし. 相性ね, やっぱ り…ってなると残りは M くんになっちゃう. 憧れの M くんですよね」 と答えた. C さんにとり, 憧れの M さんの存在は大きいのだ. 「恋愛」 するためには, 好 きになった相手とどのように接するかの 「性 と生」 の 知識が必要である. また 「恋愛」 するためには親に頼らずに , 「親亡き後」 を考えると 「自立」 した生活を送らなければならない. そ のために親以外の大人や仲間からの支援を受けながらも, 「恋愛」 で き るような環境を整えなければならない. 子 の 「自立」 を考えて行動す る母や支援者からの支援を受け, C さんは寄宿舎での生活で自立に向 けた経験をし, そ して 「恋愛」 するための基礎力を着実につけている . 仲間の中に憧れの存在があることも, 「恋愛」 する力を促進するために は欠かせない. M さんという憧れの存在のあることは, C さんを 「もっ と恋愛のこととか性のこととかを勉強していっぱい知って, それから わたしは好きなひとをつくるんだ」 という気持ちを強くさせるのであ ろう.
表 2 M さんの分析結果 筆者の問題意識 背景 エピソード メタ意味 母 人間関係の構築に困難 を抱える知的障害者は, いかにして友だちや仲 間をつくるのであろう か. ひとは一人では生 きていけが, 他者との 関係性の中で生活し, 何かに依存し依存され ながら生きていること は, 多くのひとの納得 を得られるだろう. 知 的障害のあるひとも, 一人では生きていけず, 友だちや仲間といえる 存在が必要である. M さんは, 虐 めが原因で地元ではない私立 高校に進学した. 高校では担任の先生以外 には障害のあることを伏せて通学している. そんな M さんを劇団に入れた理由を母は, 「いろんな性教育の話などされるじゃないで すか, そういうのを聞かせたくって, 劇と いうよりも」 と話してくれた. 劇団では練 習を始める前に K 支援者から, 新聞等で問 題になっている事件や話題または性教育の 話をされる. この頃の M さんは, 「終わっ たら さ, 帰 ろ帰ろ っ ていう感じでみん なとうまく話せなかった」 感じでまだ劇団 に馴染めていなかった. しかし K 支援者か ら 「座長の役とかに立候補してもいいんだ よ」 と声をかけられ重要な役に立候補して オーディションに受かり他の劇団員との交 流が増えた. 「劇団員の S さんからなんか褒 められたりしてまんざらでもないぞ, み た いな」 感じであったと母は明かした. 学校で障害のあることを隠している M さんは写真での顔出し NG で ある. 劇団へのテレビ取材時に, 常であれば M さんに 「カメラ入る けど M は映さへんよ」 と伝えて, M さんを安心させている. しかし あるときこれを伝え忘れたために M さんは 「 なんでなんやー!」 と 言ってキレた. 母 は 「初めてこの子が皆んなの前でキレたんですね. 初めて…大声でいきなり」 と語っている. これを見た K 支援者は, このことを題材にして, 《 皆んなを知ろう, お互いを知ろう》という 学習会を開いた. 仲間たちは K 支援者から, このような実際に起き た問題から多くを学んでいる. その後劇団員 J さんが M さんに手紙 を渡しそこには 「 ぼくもそういう怒ってしまったことがあったけど皆 んなはちゃんと受け入れてくれました. 劇団はそういう所です. だ か らまた劇団に来てね」 と書かれていた. これをきっかけに, M さんは 他の劇団員と話す機会も増え, 少しずつ仲間との関係が良い方向に変 化し 「劇団の仲間に受け入れられ」 いまでは活発に劇団活動をおこなっ ている. このことを母は 「みんな思いやりがあって, M を知ろうとし てくれて, M も皆んなの前で自分をさらけ出せたのかな」 「やっと仲 間のみんなから受け入れられた」 と語っている. なぜ J さんは, M さんにこのような態度で接することができた のであろうか. K 支援者による学習会は, M さんのように本人 が皆んなの前で自分をさらけ出せたときには, 必ず開催される. ここまで大きな問題でなくても, 日々の小さな問題は, 劇の練習 前や後に, 少しの時間であるが, K 支援者からの話があり解決 することを試みる. この地道な作業は, 筆者が劇団に関わる前か ら当然におこなわれていた. その結果が, J さんの M さんへの 手紙という形で現れているのであろう. このエピソードから, 知 的障害のあるひと同士が友達になるためには, 周りからの支援が 必要であり, とくに同じ障害のある仲間からの支援が重要である, ということが読み取れる. すなわち支援する仲間は, 相手を思い やる力や, 相手を受け入れる力などを, 日々の経験や体験の中か ら学ぶ必要がある. 他者を思いやることのできる仲間の存在は重 要であろう. さらに, その学習をサポートする支援者の存在も欠 かすことができないことを教えてくれるエピソードであった. M さ ん 知的障害のあるひとに とり, 信頼できる仲間 をつくることは難しい であろう. 彼らはどの ようにして仲間づくり をおこなっているので あろうか. 筆者のこの 疑問に対して, 知的障 害のある M さんは, 仲間ができる過程を語っ てくれた. M さんは積極的に人前に出て話すことはあ まりなかった. しかし 「あの, W さんいま すよね. W さんとその趣味が合うってこと に気付いて, それで何かいろいろ, アニメ の話したり, できるようになってきてそれ がきっかけなのかなぁ. あと, S さん…同じ くアニメの話…」 と, お互いの趣味を接点 に気の合う仲間がいることに気がついた. M さんは W さんや S さんと趣味を通じて 話すことができ, 「なんかすごいもう気の合 う仲間がいて, いなかったんで, すごく嬉 しかったです」 とそのときの気持ちを弾ん だ声で語ってくれた. M さんは 2 回目のパニックを起こした. スピーカーから流れ出た大音 量に反応して叫んでしまった. 「音のテスト…をしててすごい大きい 音量でなんか音楽流しててそれが頭になんか響いてしまって, それで ワーッ」 となり 「抑えきれなくなってしまって, 叫んでしまって」 と 答えてくれた. M さんはまた, もう劇団には行けないと思い悩むこと になる. しかし 「 W さんや S さんも, なんか心配してましたね. そ れ以降はもう困ったことあったら言ってね, みたいな感じで二人とも 言ってくれて…. それがすごく嬉しくて」 と仲間の W さんや S さん が親身に接してくれたことで気持ちをもち直せた. 「 こうやって迷惑 かけちゃったけど, それでも…信頼して仲間でいてくれるんだなぁ…」 「皆んな信頼できる仲間なんだなぁっていう風に思いました」 と 語っ てくれた. ま たこれ以降仲間との距離が近くなり, お 昼を一緒にとる ようになったと嬉しそうに筆者に語ってくれた. 誰ともあまり会話をしない初期の M さんは, 「やっぱこのひとは 大丈夫なんかな, とか多少はありまして」 と相手を信頼すること はできなかった. しかしパニックを起こし仲間の前で自分をさら け出すことができてからは, 仲間からの声かけがあり, 大声を出 して皆んなを怖がらせたにも拘らず仲間が 「それでも分かってく れ…」 たことで, 仲間との信頼関係が深まった. このエピソード の裏には, 劇団の支援者である K 支援者による 「性と生」 の学 習があり, ひととして発達する上で足らない知識を仲間集団で学 んでいることを忘れてはならないだろう. この仲間集団での学習 により, パニックになった子を受け入れる体制ができており, そ の結果劇団の仲間はパニックになった M さんを受け入れること ができた. そ して仲間に支えられた M さんは, 信頼できる仲間 づくりができたと考える. K 支 援 者 支援者はどのような視 点をもって, 劇団活動 をしているのであろう か. 親は自分の子を中 心に支援して当然であ ろう. では支援者は一 つのエピソードを見る にしても, その視点は どのようなものであろ うか. 劇団の支援者である K 支援者は, 仲間たち から絶大な信頼を得ている. 次々と起こる 問題に対して性急に答えを出そうとはせず に仲間と一緒に考える姿勢が, 仲間たちか ら評価されていると考えられる. 学習会な どでは, 時折怒られる仲間もいるが, 怒ら れた本人もそれを見ている仲間も, 怒られ ている内容について納得しているようにみ える. そ のような K 支援者に, 精 神的に不 安定になりパニックを起こした M さんにお こなった K 支援者の支援内容を聞き取った. K 支援者は, M さんがパニックを起こしたとき, 自傷他傷行為がな かったのでその場で注意をしなかった. しかし, その後に W さんに 仲間として M さんへのケアを頼んだ. また, そのときの感情や自分 の胸の内などを作文に書かせている. そして皆んなの前で発表させる. 「仲間の作文の発表を聞くと, あの子 ( M さん) もあぁ, ここでは裸 になっていいんだって…」 感じることを K 支援者は期待している. 一方 「 M くんは自分がパニクったことをひきずってるんやね, ま だ. で, あのときに W さんに助けてもらったり, 声かけてもらったり, J くんも大丈夫だよって手紙ね. そ ういうのが彼の中にずっと残って るんだね. だから S さんがパニクったときに今度は自分が助けなきゃ」 ということを M さんが話していたことを K 支援者は語ってくれた. このような劇団の中で M さんは, 仲間に助けられる存在から仲 間を助ける存在へと変化している. その要因としては, 過去に M さんがパニックになったときに, 好意を寄せている W さん (女性) に助けてもらったことが考えられる. ま た作文による仲 間集団の力も考えられる. 同じような境遇にある仲間の作文を聞 くことにより, 「 皆んなも同じような失敗をしているんだな」 と 気づかせてくれる. さ らには仲の良い W さんが, M さんの精神 的な支柱になっているのかもしれない. 仲間を大切に思えるから こそ, 仲間が困っているときは, その仲間を助けようとするので あろう.
繋がるのである. 最後に支援者からの視点を考察する. K 支援者が 感じた C さんの変化は, 「 恋愛 する力をつけ, 恋 愛 学習に積極的に臨むようになった」 ことである. C さんの 「恋愛」 がうまくいかない理由を, 「彼女が 成長してるから, 男の子が付いて来れない, だから出 会ったときはいいなあって思ってるんだけど, やはり 物足りなくなる」 ためと捉えている. C さんのこの変化の要因を K 支援者は, C さんの 「寄宿舎での生活」 で身につけた生活力をあげ, その 背景に 「子の 自立 を考えて行動する母の存在」 が あると捉えていた. この 2 つの要因は, 「恋愛」 をす るための基盤である. ある程度の生活力や 「自立」 が できなければ, 例えばデートをする日も親に決めても らわなければならず, 親同伴のデートになるかもしれ ない. このような事態を避けるためにも, 「恋愛」 す るための基盤は必要である. 寄宿舎での生活や, 子の 「自立」 を考えて行動する母の存在は, 「親離れ子離れ」 を促進し, 「恋愛」 する力をつけさせた. またこれら 以上に重要な要因は, 「劇団の仲間の中に憧れの存在 がいる」 ことである. これにより, 積極的な気持ちで 演劇の練習や 「恋愛」 学習に参加でき, 好きな人をつ くることに前向きにさせた. この要因から, 「恋愛」 するためには, 自分が決めた相手と仲良くしなければ ならず, 相手を気遣ったり気持ちを察したりする力, さらに自分を知ってもらうことや, 好きな相手と接す るための 「性と生」 の知識, 言い換えれば 「恋愛」 す るための基盤を必要とすることが言える. 以上, C さんのエピソードから 「恋愛」 は重要な要 因であり, 「親離れ子離れ」 を促進させるためには, 「恋愛」 学習の必要性が示された. 2 ) M さんのケース M さんは, 40 代の父母, 高校生の弟, 70 代の祖父 母 (父方) の 6 人家族で暮らしている. M さんのエピソード No. 2-1, 2-2, 2-3 の 「親離れ 子離れ」 における変化 (表 4) は, 仲間に関すること で共通している. M さんが劇団員全員の前でパニッ クになり, しかしこれをきっかけに仲間との交流が活 発になり, 信頼できる仲間ができたエピソードである. No.2-2 は仲間の内容ではないが, 少人数の中にいる よりも多人数の中での活動が他者を見る目や豊かな交 友関係をつくることができる, というエピソードであっ た. これは, 仲間の数が 30 人で構成されている劇団 活動は, 他者を見る意識や豊かな交友関係を醸成させ る促進要因であることを明らかにしている. 母が感じた M さんの変化は, M さんが 「劇団の仲 間に受け入れられた」 ことであった. 劇団に入ってす ぐの頃, 皆んなとうまく話せなかった M さんは, K 支援者に促され積極的に劇の役に立候補することにな り少しずつ仲間との関係が良い方向に変化し始め, そ の後, 皆んなの前でキレて自分をさらけ出したことに より, 劇団の仲間から親近感をもたれるようになった. このことを母は, 「劇団の仲間に受け入れられた」 と 表現した. この変化の要因として母は, 「子は皆んなの前で自 分をさらけ出せた」 ことをあげている. しかしこれは 直接的な要因であり, 間接的に 「他者を思いやること のできる仲間の存在」 と 「仲間を育てた K 支援者の 存在」 をあげている. K 支援者が他者を思いやるこ 表 3 C さんの分析視点のまとめ No 性 別 年齢 障害 種別 知的 発達 聞き取った ひと 変化 要因 1 要因 2 要因 3 1-1 女 歳 知的 障害 軽度 母親 「恋愛」 には別れのあ ることを知った 親子での旅行 母のアドバイス 「恋愛」 での別れ を理解する力が子 にあった 1-2 女 歳 知的 障害 軽度 本人 仲間に背中を押され, 不登校にならずに寄 宿舎へ戻れた 自宅に戻った子を 母は受け入れた 劇団に入団できた 仲間からの励まし 1-3 女 歳 知的 障害 軽度 本人 「恋愛」 の失敗から, 「恋愛」 学習の必要性 をさらに感じた 「恋愛」 の失敗を 経験できた 「恋愛」 をサポー トしてくれる親以 外の大人の存在 「恋愛」 学習をす る場の存在 1-4 女 歳 知的 障害 軽度 支援者 「恋愛」 する力がつき, 「恋愛」 学習に積極的 に臨むようになった 寄宿舎での生活 子の 「自立」 を考 えて行動する母の 存在 仲間の中に憧れの 存在がいる
とのできる仲間を育てたことが, この変化の大きな要 因である. 知的障害のある人の仲間づくりには, 周り からの支援が必要であり, また仲間からの支援も必要 であることが明らかにされた. 仲間に支えられること により, 親からの支援はその分減少することから, 「親離れ子離れ」 促進のためには, 仲間の存在は大き いと言える. 次に M さんが感じた変化は, 「信頼できる仲間がで きた」 ことであった. M さんは劇団に入った当初, 仲間とあまり話すことができなかった. しかし, ある ときパニックを起こし, 劇団員の皆んなの前で母を大 声で罵倒した. この姿を見た劇団員は, M さんを支 えようとする. M さんを仲間として受け入れようと したのである. M さんもそのことを察し, 仲間を受 け入れることができた. その結果, 信頼できる仲間が できたのだ. これは母の言う, 自分自身をさらけ出し たことにより劇団の仲間から親近感をもたれるように なった, ことと近似している. この変化の要因として M さんは, 「劇団でパニック になり叫んだ (自分を出せた)」 ことをあげている. 自分をさらけ出すことで, 「仲間からの声かけ」 があっ たことは, 仲間の M さんへの目線が変わったことを 意味する. これは, M さんに信頼できる仲間ができ た瞬間である. これは 「パニックになった子を受け入 れる体制が仲間にはできていた」 ことに起因し, 劇団 で 「性と生」 や発達上必要なことを学んでいた仲間に はその準備ができていたからである. このエピソード から 「親離れ子離れ」 するためには, 周りからの支援 が必要であり, その中でも信頼できる仲間の存在は重 要であることが言える. 最後に K 支援者が感じた M さんの変化は, 「仲間 M さんは, 自分が劇団員の皆んなの前でパニックに なったことを, まだ引きずっていた. しかし, 仲間か らの声かけや, 手紙をもらうこと, さらには仲間から 直接相談にのってもらい助けてもらったことが, M さんの中に残っていた. そのために, 今度は自分が仲 間を助けなくては, という気持ちになったのだ. この変化の要因として K 支援者は, 「過去に好きな 人 (仲間) から助けられた」 「作文による仲間集団の 力」 「仲の良い異性の仲間の存在」 をあげている. K 支援者は劇団で何か問題が起こったときに, そのとき の感情や自分の胸の内などを仲間に作文させている. 一人の悩みや不安を劇団員全員で共有することにより, 自分は一人ではないのだ, という気持ちにさせるのだ. この作文による仲間集団の力は大きく, M さんもこ れにより助けられている. 相手を助けようという想い は, 相手への気遣いや思いやりの上に成り立っている のだろう. 「親離れ子離れ」 するためには, 親以外の 仲間とともに過ごすことが求められ, 他者との人間関 係が大切になる. 仲間集団は, 生活の範囲を広げ, 「親離れ子離れ」 を促進させるのである. 以上, M さんのエピソードから 「親離れ子離れ」 において仲間は重要な要因であり, 「親離れ子離れ」 を促進させるためには, 仲間の必要性が示された.
7 結論と今後の課題
1 ) 結論 それぞれの要因同士の関係を図にしたのが 「図 2 要因同士の関係図」 である. なお各要因は文言を短縮 した形で表記している. 各要因は 「恋愛」 「仲間」 「母」 「自分」 の 4 つのキーワードと, それらを支える要因 表 4 M さんの分析視点のまとめ No 性 別 年齢 障害 種別 知的 発達 聞き取った ひと 変化 要因 1 要因 2 要因 3 2-1 男 歳 自閉性 障害 軽度 母親 劇団の仲間に受け入 れられた 他者を思いやるこ とのできる仲間の 存在 仲間を育てた K 支援者の存在 子は皆んなの前で 自分をさらけ出せ た 2-2 男 歳 自閉性 障害 軽度 本人 信頼できる仲間がで きた 劇団でパニックに なり叫んだ (自分 を出せた) 仲間からの声かけ パニックになった 子を受け入れる体 制が仲間にできて いた 2-3 男 歳 自閉性 障害 軽度 支援者 仲間に助けられる存 在から仲間を助ける 存在へ 過去に好きなひと (仲間) から助け られた 作文による仲間集 団の力 仲の良い異性の仲 間の存在に支えられ, その全体は 「寄宿舎での生活」 「劇団に 入団できた」 「仲間を育てた K 支援者」 により支えら れていた. 重なるところとしては, 「恋愛」 と 「仲間」 の間で 「憧れの人」 「好きな仲間から助けられた」 「仲 の良い異性の仲間」 があった. 「恋愛」 と 「母」 の間 には 「母のアドバイス」 があり, 「母」 と 「自分」 の 間には 「親子での旅行」 「母は子を受け入れた」 があっ た. 「仲間」 と 「自分」 の間には 「皆んなの前で自分 をさらけ出せた」 があった. これまでは, 母の存在は 「親離れ子離れ」 の促進を阻害する要因であると考え られてきたが, 劇団活動を通して 「性と生」 の学びの ある親子間では, むしろ促進要因として捉えることが できた. この図で注目する要因は, 「寄宿舎での生活」 であ る. 「恋愛」 の課題を思春期・青年期においたとき, それ以前の発達段階での課題は, 寄宿舎で生活するこ とで一定程度達成されることから, 抽出された要因の 「寄宿舎での生活」 は 「恋愛」 「仲間」 「母」 「自分」 の 基盤を大きく支えていることが明らかになった. 次に 「 恋愛 には別れのあることを知った」 「 恋 愛 の失敗から, 恋愛 学習の必要性をさらに感じ た」 「 恋愛 する力がつき, 恋愛 学習に積極的に 臨むようになった」 の変化に対し, 要因として 「恋愛」 というキーワードが抽出された. 中でもこれらの変化 を促すための, 「 恋愛 での別れを理解する力が子に あった」 「 恋愛 をサポートしてくれる親以外の大人 の存在」 「 恋愛 学習をする場の存在」 「仲間の中に 憧れの存在がいる」 ことは重要な要因であった. 知的 障害のある人の 「親離れ子離れ」 には, 人を好きにな れる力, すなわち 「恋愛」 できることが重要であり, 「恋愛」 学習の重要性が明らかにされた. さらには 「劇団の仲間に受け入れられた」 「信頼で きる仲間ができた」 「仲間に助けられる存在から仲間 を助ける存在へ」 の変化に対し, 「仲間」 というキー ワードが抽出された. 中でもこれらの変化を促すため の, 「他者を思いやることのできる仲間の存在」 「仲間 からの声かけ」 「過去に好きな人 (仲間) から助けら れた」 「作文による仲間集団の力」 は重要な要因であっ た. 「仲間」 は, 「仲間を育てた K 支援者の存在」 「パ ニックになった子を受け入れる体制が仲間にできてい た」 という要因からも分かるように, 学習をしている 「仲間」 であった. 「親離れ子離れ」 には, 「性と生」 の学びを受けている 「仲間」 の存在が重要であり, 仲 間づくりの重要性が明らかにされた. 最後に, 「性と生」 の学びは 「親離れ子離れ」 を促 進する要因である. 「性と生」 を学ぶ 「仲間」 は仲間 集団を形成しながら, 横関係だけではなく 「教える教 えられる」 という信頼できる縦関係を含めた中で, 演 劇活動や学習を通して 「恋愛」 する力をつけながら少 しずつ 「親離れ子離れ」 するのである. 2 ) 本研究の限界と今後の課題 本研究においては, 「性と生」 の学びのある人を対 象としているために, 「性と生」 の学びのない人に対 する効果の検証がなされていない. 今後の課題として, 「性と生の」 の学びのない知的障害者の 「親離れ子離 図 2:要因同士の関係図 (筆者作成)
れ」 の課題の検討があげられる. さらに本研究におい て, 重度障害者はその対象になっておらず, この点に おいても今後の研究課題である. (まつもと かずたか:福祉社会開発研究科 社会福祉 学専攻博士課程 2017 年度入学) 注 1 ) 「 性 と 生 」 と は , "Sexuality" の 訳 語 で あ る . "Sexuality" は, 1999 年世界性科学会会議で採択された 「 性 の 権 利 宣 言 」 (World Association For Sexual Health 2016) に準拠する. 2 ) 本研究の協力者である劇団では, 知的障害者のことを 「仲間」 と呼ぶ. 3 ) このケースにおける 「性と生」 の学習は, 好きな人と の 「おつき合いの方法」 である. 学習内容としては, 自 分の気持ちをどのように相手に伝えれば良いのか, さら に断られたときは 「諦める」 などがある. このような学 習を通じて仲間は他者とのつきあい方を学び, 親以外の 他者と過ごす時間が増え 「親離れ子離れ」 が促される. 4 ) メタ意味とは, エピソードにある 「その出来事の表面 を超えた意味あるいはその奥の意味」 (鯨岡 2005:23) であり, 本研究においては 「語られたエピソードについ て, 筆者の過去の経験や筆者のもつ障害者福祉学の理論 的背景をもとに, その語られたエピソードの意味を深く 掴み考察すること」 とする. 文献 伊勢田亮 (1995) 障害児の演劇教育研究 宣協社. 木全和巳 (2013) 「知的障害のある人たちと性と生の〈ま なび〉の課題」 季刊セクシュアリティ 60, 20-33. 鯨岡峻 (2005) エピソード記述入門 実践と質的研究の ために 東京大学出版会. 鯨岡峻 (2013) なぜエピソード記述なのか 「接面」 の心 理学のために 東京大学出版会. 七生養護 「ここから」 裁判刊行委員会 (2014) かがやけ 性教育 最高裁も認めた 「こころとからだの学習」 つ なん出版. 森口弘美 (2010) 「知的障害のある人の青年期における親 子関係の変容についての一考察」 評論・社会科学 93, 45-65. 森口弘美 (2014) 「知的障害者の 親元からの自立 を促 進する支援のあり方 : 家族へのインタビューの質的デー タ分析をとおして」 同志社社会福祉学 28, 77-88. 森口弘美 (2015) 知的障害者の 「親元からの自立」 を実 現する実践 ミネルヴァ書房. 定藤丈弘 (1994) 障害者と社会参加 機会平等の現実 部落解放研究所. 佐々木正美 (2015) 「エリクソンの発達論と発達障害」 そ だちの科学 (24) 日本評論社, 47-51.
Sen, Amartya (1992) Inequality Reexamined, Oxford University Press. (=1999, 池本幸生・野上裕生・佐藤 仁訳 不平等の再検討 潜在能力と自由 岩波書店.) 新藤こずえ (2013) 知的障害者と自立 青年期・成人期 問題」 神戸女子大学健康福祉学部紀要 4, 1-12. 植戸貴子 (2013) 「 母子関係への介入 に関する先行研究 の学問領域による比較」 キリスト教社会福祉学研究 46, 73-83. 植戸貴子 (2015) 「知的障害児・者の親によるケアの現状 と課題」 神戸女子大学健康福祉学部紀要 7, 23-37.