第11回 枚方市教育委員会協議会 会議録 開会 平成27年11月19日午前10時30分 閉会 平成27年11月19日午前11時35分 日程番号 案 件 【公開案件なし】 出 席 委 員 議席番号 氏 名 欠 席 委 員 議席番号 氏 名 1番 記虎 敏和 番 2番 徳永 博正 番 3番 山下 薫子 番 4番 吉村 雅昭 番 5番 村橋 彰 番 説 明 員 教 育 次 長 高 井 法 子 説 明 員 学 校 規 模 調 整 課 長 永 田 昌 宏 管 理 部 長 君 家 通 夫 学 校 給 食 課 長 前 村 卓 志 学 校 教 育 部 長 若田 透 教 職 員 課 長 大 舩 純 之 社 会 教 育 部 長 中路 清 児 童 生 徒 支 援 室 課長(生徒指導担当) 狩 野 雅 彦 管 理 部 参 事 俣 野 浩 一 児 童 生 徒 支 援 室 課長(人権・支援担当) 田 辺 元 美 管 理 部 次 長 (参事級) 益 田 正 治 学 (副参事級) 務 課 長 早 崎 由 子 管 理 部 次 長 荻 野 晋 三 教 育 推 進 室 教 育 指 導 課 長 位 田 真 由 子 学 校 教 育 部 次 長 髙 橋 孝 之 教 育 推 進 室 教 育 研 修 課 長 兼 教育文化センター館長 喜 多 一 友 社 会 教 育 部 次 長 (参事級) 森 澤 可 幸 社 会 教 育 課 長 米 倉 仁 美 社 会 教 育 部 次 長 松 宮 祥 久 文 化 財 課 長 鈴 江 智 社 会 教 育 部 次 長 兼 中 央 図 書 館 長 石 村 和 已 ス ポ ー ツ 振 興 課 長 井 岡 功 一 児 童 生 徒 支 援 室 長 足 立 一 彦 中 央 図 書 館 副 館 長 (課長級)(サービス担当) 松 井 一 郎 教 育 推 進 室 長 花 﨑 知 行 中 央 図 書 館 副 館 長 (課長級)(企画担当) 中 道 直 岐 管 理 部 副 参 事 寺 西 光 治 記 録 教育総務課課長代理 本 田 一 成 教 育 総 務 課 長 小 菅 徹 傍聴の人数 0 人
○記虎委員長 それでは、教育委員会協議会を開会します。 まず、委員それぞれの活動について、所感などを報告したいと思います。 それでは、私から報告させていただきます。 11月6日、大阪府都市教育委員会連絡協議会の役員会がありました。今後の協議会のあり方に ついての意見交換がありました。その後、大阪府市町村教育委員会研修会に各委員と出席し、食 育に関して、武庫川女子大学、蓬田健太郎教授の話を聞いてまいりました。食育の意義と、そし て成長に応じた食育の進め方などを具体的にわかりやすくお話をしていただき、子どもの成長に はやはり早寝早起き朝御飯という規則正しい生活習慣が基本となると。年齢や個々の成長に応じ た食育を進め、理詰めでの指導、わかりやすく子どもたちに理解させるといいますか、そういっ たものが効果を上げると言われております。また、他の委員からもお話があると思います。 7日、大阪国際大学の海外経験に関するエッセイコンテストの選考審査会に参加しました。全 国の中高生から1,300点以上の応募があり、子どもたちのグローバル意識の高さ、そしてそこか ら気づきを中心としたすぐれた作品がたくさん出されておりました。中学生も多数応募していた んですが、枚方市の中学生の応募は見当たりませんでした。そこで、東京の中学生の作品が優秀 作品に選ばれたんですが、非常にすばらしい自分自身の今後について述べていましたので、また 機会があれば英語教育の一環として、枚方市の子どもたちにも応募していただけたらなというふ うに思いました。 14日には、香里小学校の創立70周年の記念式典に出席させていただきました。1部は記念式典、 そして2部では、1年生から6年生順番にその季節、あるいは周年にかかわる歌を披露してくれ ました。また、3部の祝賀会の初めには、香里幼稚園の年長組が力強い鳴子踊りを披露してくれ ました。幼稚園児から6年生まで順番に出てきたものですから、体格的にも徐々に大きくなって いく姿であるとか、その態度とか、歌の内容まで徐々にしっかりしていくさま、成長の軌跡を順 番に見せていただいて、本当に参加者も目を細めて楽しんでおられました。また、会場の中や舞 台の周年の題字などは、全校生徒の手形を張り合わせてつくられたり、あるいはテーブル上の花 飾りなども子どもたちが総合学習での作品を利用され、手づくり感あふれるすばらしい式典でし た。早くから準備に向けて、地域の皆さんの多大なご協力があったと聞いております。地域、P TA、学校が一体となってご尽力いただいて、すばらしい70周年を迎えることができましたこと を、改めて感謝と御礼申し上げたいと思います。 そこで少しお願いですけれども、小学校を訪れてよく思うことなんですが、特に創設の古い小 学校で、体育館の照明が少し暗いように感じます。基準的には問題ないと思うんですけれども、 天候が悪いときなど薄暗さを感じますので、子どもたちが運動や行事で使うときなどはもう少し 明るい状態のほうが気持ちの上でもっと伸び伸びとできるんではないかなというふうに感じます。 ご一考願えればと思います。 最後に、先ほど吉村委員からもご指摘がありましたが、小学生の薬物使用の衝撃的な事件があ りましたけれども、ドラッグの若年層への蔓延は身近に迫っているという共通認識のもとで、や はり強い危機意識、危機感を持って、今後もさらなるご指導をお願いしたいと思います。 私のほうは以上です。
それでは、徳永委員長職務代理者、お願いします。 ○徳永委員長職務代理者 今、委員長から、11月6日の会合のことはお話いただきましたので、こ の間に、資料館等に行って感じたことをお伝えします。前回は博物館に、美術の展覧会の話でし た。本日は資料館訪問のことについて、お話をしたいと思います。 一つは、枚方宿鍵屋資料館・淀川資料館、これは御存じと思いますけど、この秋に洪水にかか わる資料、写真等の展示をするというお話を、お互い共通のもくろみというんですか、それをも ってしておられました。続けて見学に参りました。そこへは初めて行ったわけではないのですけ れど、改めて、例えば明治18年の有名な洪水のみならず、大正6年の洪水に関しても、資料など の展示を見て、この間いろんな大きな被害に遭ったこと、その中で河川の流路のつけかえ、その 他堤防の構築等々の改修を、みんなで取り組んできたことなど、淀川に係る歴史の一端を勉強す ることができた。改めておもしろい展示だというふうに感じましたので、それをご報告します。 非常に地味ではありますが、そういう社会教育施設の持ってる意味というのを感じたということ であります。 二つ目に、資料館といいましても、どなたも御存じないと思いますけど、静岡県の、神奈川県 に近いところ、御殿山線の沿線の駿東郡小山町というところにある湯山文右衛門さんという、江 戸時代の人がつくっていた寺子屋にかかわる資料を集めた個人の資料館があります。寺子屋は全 国に出ていましたが、こちらも富士山の麓、山中と言っていいと思うのですね。箱根の北です。 明治のころは、御殿山線が東海道線だったのですが。田原トンネルができるまで。今はローカル 線になっている、その御殿山線の沿線の山中にある湯山文右衛門寺子屋資料館に行ってまいりま した。 いろいろ寺子屋にかかわる資料とともに、民具ですね。そのあたりの有力な百姓であったよう ですので、そういったものも集めておられる個人の資料館です。その湯山文右衛門さんのご子孫 が今住んでおられるところの敷地の中に、そういうものを蔵する建物を建てて、展観させておら れるんですね。事前にご連絡をとって、伺って見せていただいたんですけど、割と直前にお願い したにもかかわらず、時間割いて丁寧にお話ししてくださって、本当にありがたいことでした。 なぜここに訪れようと思ったかといいますと、近世史家、教育史家で歴史民俗博物館の佐倉に ある、ここの教授であった高橋敏さんという学者がおられて、「江戸の教育力」というちくま新 書に、これは指導主事の人に紹介しようと思ったものなのですけれども、寺子屋等々の話が出て いる中の一つの例として、この湯山文右衛門という人の寺子屋のことが紹介されておりました。 文化年間から天保年間にかけて約40年間にわたって、年のうち農閑期に子どもたちを集めて手習 い等を教えたと。その40年近くの間で、180人ほどの弟子が育ち、その子どもたちは31カ村から 来ていたというようなこと。そこには寺子屋の規則っていうのがつくられていてというようなこ とがその本に紹介されていて、関心を持っていたからです。 そこへ行かせてもらって、ご案内いただきました資料館の中には、文右衛門さんのモットーで あった論語からとった「余力学文」、力を合わせて文を学ぶということが掲げられていたり、弟 子、筆子っていうんですけど、その子どもたちがその文房具や、道具入れておくような箱ですね。 縦横50センチ、60センチ、高さは40センチぐらいの箱ですね。そういう箱などを見せていただき
ました。その箱はおもしろいので、上のところの内箱深さ10センチぐらいの箱をはめ込むように なってるんです。それは昔、砂を入れていたのです。つまり紙は貴重ですから、手習いのときに その紙に筆で墨で書くということはそう簡単にすぐできることではないです。砂の上に何かこう 書いていたと。すると、すぐ消せますよね。そういう箱が二、三個残っていたのですが、何より 私が前に気になっていたのがその寺子屋の規則でしてね。礼式というんですか。「子供礼式之 事」というのを、本に紹介されていたものの現物を見せていただきました。この礼式之事という 寺子屋の規則は18条ありまして、第1条目が、着座畳に手をつき、額を下げて心静かに礼いたし、 席に先々より座り申すべきことに始まって、お客さん来たら、ちょっと大きな声で本を読んだり する声を少し下げなさいよとかですね。お互いに勉強しているときには話してはいけないとかで すね。大小便に行くときは一人ずつ行きなさいとかね。もちろん仲よくしなければいけないと、 皆兄弟で仲よく、行儀よくしなければいけないというようなことを、自分よりおくれたなと思う 子どもの仲間同士で面倒見て教えてあげなさいとかですね。色々なこと書いてあります。塾のこ とだけを書いてあるのではなくて、家のことも書いてあって、朝夕両親を迎えて日礼いたしって 書いて、お父さんお母さんにちゃんと挨拶しなさいというようなことですね。それから、朝寝す べからず、手水使いそうらわば、天道を拝し、我が先祖拝し申すべきことというようなことも書 いてあります。 高橋さんがこの湯山文右衛門の礼式のことをそうやって引用してあった中で、寺子屋について は昔から割と研究も進められていて、要するに読み書きそろばんを勉強したということはそれぞ れわかっているのですが、ただ単に読み書きそろばんだけじゃない。礼儀なき子どもが読み書き を学ぶ資格なしというのは、この師匠の鉄則であるということを書いておられます。もちろん現 実に、読み書き、算用、識字録がついてくることは大きな役割としてあったんですけど、それだ けではなくて読み書きと一体となって、子どもに礼儀をしつけることが大きな狙いであったとい うことが書かれてあることをその資料を見せていっていただいて、ただ目の当たりにして、感じ を新たにしたところです。 これはさきほど申しましたように、全国的に隆盛していくのですけが、高橋先生はこの19世紀 の教育熱と呼んでおられますが、文書を作成するということを重んじた幕藩体制がこういうもの を生み出した背景にあるということを解いておられます。 それにしてもすごいことなのです。識字率のことは皆さんも御存じと思いますけど、寺子屋が 誰によって営まれたかというと、役所の有力な人、あるいは町の中の町人がやってるのです。別 におかみがかかわっているわけではないです。藩校という、武士に教えをするのはその藩の殿さ まがそれをつくっている公の施設で、それは今は町民が参加することによるスペースもありまし たけど、寺子屋と呼んでいるような小さな町や村にある小規模の塾のようなものを、人々が自発 的にそれを設けて学んでいったんです。 高橋さんはですね、江戸の教育力がどんな身分、境遇に生まれようが、人の赤ん坊を一人前の 大人にする組織力にすぐれていた。還元するなら、文字の教育と非文字の教育を緩やかに結合し、 一体となって成人に教えてたことにあると。非文字というのは子ども組とかですね、もちろん家 のことがしつけもそうですけど、そういったものとともに文字の教育がということが江戸の教育
力を支えている二つの大きな柱であるということが書いてあります。 このことが特に思いますのは、世界の近代以前、あるいは近代に係るころの教育の歴史を考え たときに非常に得意なことではないかと。きちんと調べていませんけど。例えばフランスやヨー ロッパでどうだったかと考えたら、教育にかかわるものは大体教会が担ってるんですね。中世ま では日本もそうだったかもしれませんが、江戸時代になって後半になったときの寺子屋のその隆 盛に、寺がかかわっていたケースももちろんあったと思いますけど、そうではない世俗者、世俗 的なものがこれを営んでいたということはもう普通なのです。その中で先ほど申したような心理 について触れることがありますけども、基本的に世俗的な人がそういうような一般認識の教育を 担うということがこれほどまでに盛んであった歴史を持っているということは、私は、非常に大 きな特徴ではないかと思います。ほかにあるかもしれませんけど、ヨーロッパ、アメリカのこと を考えたら、なかなかそうない。もちろんイスラム圏ではないと思います。それほどに非常に特 徴的であって、江戸の教育のありようの一端の資料、弟子、筆子の名簿もあったりして、非常に おもしろい資料を見せていただきました。このご先祖様、文右衛門さんからのものを伝えて、そ ういうものは地道にそういう希望者に対して展観させ、またいろんなお話をしてくださるという 当主と奥様のその姿に接して、今、江戸時代の教育のはるかな末のそういうものに接することが できたと思って、いい時を過ごしたということでありました。庭に出ると、筆子、弟子が後に建 てた文右衛門さんの徳をたたえる石碑があります。そういうところを一人で独占していい時間を 過ごしましたが、教育の持っている意義というものに絡んで、本を出したということがございま したので、時間をいただいて報告いたしました。 以上です。 ○記虎委員長 ありがとうございました。 それでは、山下委員、お願いします。 ○山下委員 委員長がお話しされました食育に関する講演会について私から報告させていただきた いと思います。 そもそも食育という言葉の原点ですが、明治時代にさかのぼるもので、食が人を育むというこ との重要性を表現するものですが、実際に認識されてきたのは昭和の時代、ファーストフードや コンビニの広がりなどを背景に、生活習慣の変化が顕著になってからのようです。しかし、法律 制定の過程で、食文化の保存とか一次産業の再生などまで項目に盛り込まれてしまい、拡大解釈 されてしまったということで、この言葉をわかりにくくしてきたとのことでした。この点には共 感いたしまして、私はこれまで食育という言葉は具体性を持っているようでありながら、実際に はとても抽象的でつかみどころがないようなものだなと感じておりました。 しかし、講演の蓬田氏という方は、専門とされているのが医学で、その観点から非常に明解に 整理して、食と人間の脳の発達との関係に視点を絞って、食育の重要性をお話してくださり、大 変勉強になりました。人は進化の過程で、母親の胎内にいる間に脳を最大限に成長させるという 仕組みを持っていて、また第一次性徴期と第二次性徴期があるという特殊性を持っているという こと。そして、人の脳は胎児期から生後5歳までに何と90%、人の脳は完成してしまうというこ と。これらが食育にとってとても重要な手がかりになるようです。
つまり、胎児期から5歳までにいかに必要な栄養をとらねばならないかということで、さらに 第一次成長期の脳の成長と第二次成長期の体の成長に合わせてどのように食べさせていくのかと いうことが食の大きなポイントとなるわけです。 さらには、こういった知識をどう教育していくのかということを同時に考えねばならないとい うことです。 教育現場において言うならば、食育の対象者は全ての教員、保護者、児童・生徒であり、対象 者には、なぜ食育が必要なのかを共通理解させるべきだと、講演者はおっしゃっていました。 成長期のバランスのとれた栄養摂取を考えることはもちろんなんですが、例えば世界的な標準 から見ても、最近の日本人の女性、若い女性が痩せ過ぎているということが大変危惧される問題 のようで、将来、母親として母体となるものの、栄養摂取のあり方が子どもにどのような影響を 与えるのかということまで、必要な対象者に、必要な時期に理解させておくということも含めて、 教育を考えてもらいたいということをおっしゃっていました。 報告は以上ですが、食育を考えていく上でのヒントをいただいたように思います。 以上です。 ○記虎委員長 ありがとうございました。 続いて、吉村委員、お願いします。 ○吉村委員 私は6日にどうしても行けなくて、資料だけいただいたんですけれども、先ほどもあ りましたように、薬物乱用についての若年化ということで、これは以前からずっと「ダメ。ゼッ タイ。」薬物ということで、大きな啓発ポスターを含めてですね、あちこちで出されているとい うことがあるんですけども、実際に効果に関しても、またこういう事件が起こったから、新たに というのではなくて、日常からどこにでもそういう目があるんだということを、知っておかない といけませんし、それから子どもの変化といいますか、特にネット社会の中でいつでも出会う可 能性というのはあるんだと。それから兄弟関係、今回の京都の場合についてもそうなんですけれ ども、兄のというふうな形で出てたと思うんですけれども、そのことを保護者自体がやはり単に 若者の喫煙というふうなことを軽く考えて、そこから依存していくというケースがありますので、 日常的なものとしてしっかりと、学校の教育もそうなんですけれども、単にだめだと言うんじゃ なくて、なぜかということと、それからやっぱりそれが一つのきっかけとなって非行なり、ある いはもっと大きな犯罪に巻き込まれていく可能性としてもあるんだということをしっかりと言っ ていかないといけないなということを強く感じました。 それと、今後の予定なんですけれども、11月24日に、高等学校のほうの校長会というのが、旧 の第4学区というんですけども、北河内を中心とした校長会が行われます。そのときに、今回私 のほうでちょっと声をかけまして、枚方市のいろんな状況とか、来年度のオープンスクール等の 日程とか、連携をとることによって、枚方市のほうの義務教育から高等教育のほうに進んでいく 子どもたちのその一つの情報提供とかいうことについて、積極的にお話をする時間を、時間は短 いんですけどもするということが予定をしております。ぜひとも0歳から18歳、それ以後のとこ ろの教育文化都市という形でありますので、そのあとに続く子どもたちの社会人としての生き方 も含めて、うまく連携をとれていったらいいなということで、定期的なそういうところへの情報
提供ということが今後できればいいなというふうに強く思っております。 以上です。 ○記虎委員長 ありがとうございました。 それでは最後に、村橋教育長、お願いします。 ○村橋教育長 主要施策の進捗状況のところで、生徒指導の充実事業のところでもあったんですけ れども、大阪府はその暴力行為に対して非常に大きな危機感を持って、今取り組んでいるという のがあるんですが、本市ではどうかというところに目を向けたときなんですけども、不登校の関 係というか、不登校の対策をちょっと強く推し進めていかなければならないなと思ってるところ があります。 その話に入る前に、11月16日から校長面談を行っているんですが、本来であれば1対1の体制 でやるのですが、来年度から小中連携から一貫教育という大きな動きの中で、中学校のブロック ごと、ブロック単位での面談をしています。この間、6年間、1期2期と行ってきた連携事業の その取り組み状況は課題も含めてですが、来年度からの取り組みということで話を出してもらっ ています。この取り組みの中で、小中教員が一つになって9年間通してやっていこうという、そ ういう考え方、そういう土台ができてきたなとは感じるところがあります。 そういう中で、不登校の関係ですが、生徒指導のこともあるのですけども、どうしても中学校 側の数字がクローズアップされてしまいます。特に中学校の「あそび・非行型」の不登校という のは、問題行動を伴うということで、不登校生徒の占める割合が高いということがあります。そ ういう中で、要因をたどっていったときに、学校生活でもちろん起因されるものもあるのですが、 それ以外の複合型も多いんですけども、いろんな環境が起因するということもある中で、学校だ けの取り組みではなかなか解決に結びつかないというような事例も多いです。そういう中で見た ときに、中学校で顕在化するのですが、しかし、小学校でその兆候が現にあらわれてるっていう 例もあるのです。そこには何が必要かというと、早期の適切な取り組みで、そういったときに小 学校教員の中では、学級というのは担任一人が責任を持つという、そういう意識が強いです。そ ういったときにチームで対応するという経験がなかなかないというようなことをよく耳にするの ですが、そういったときに問題行動の抑制とか、その不登校の未然防止に対して、関係機関と連 携をしていくんだと、そういった意識で情報、経験を何とか持ってもらうようにしていきたいな と。 本市の状況で言いましたら、数字で追いかけても、中学校で不登校が少し減少傾向にあるとい うのがあるのですが、昨年度、今年度の小学校の状況を見たときに、30日っていうのが1点あり ますけども、20日以上のとかいうところの数字見たときに、昨年度の同時期よりも今年度ふえて きてるということもありますし、それがそのまま、いわゆる病気というところに分類される子も いるので、少し早く手を打っていかなければいけないなと。ますます多くなっていく傾向がある と。 そういう中で、もちろん学習力とか自立力とか、一貫が柱に据えてるっていうところもあるの ですが、つながることによって、この精神上のこと、あるいは不登校に関しても何らかの改善要 素が出てくるなと。よりそこのところを明確にするために、特にスクールソーシャルワーカーな
どの活用と。SSWの活用というのが、今後の大きなことになってくるなとしみじみ今思ってい るところです。 ○記虎委員長 ありがとうございました。 一人一人が本当に大事にしていかなければならないんだなというふうに物すごく感じています。 またよろしくお願いします。 それでは、本日の公開とする協議会は、以上となります。
署 名
記 虎 敏 和