社会系教科教育学会
『社会
系教科教
育学研究』第22
号 2010
(pp.111-120)
歴史教育における文化学習の原理と方法
一
高等学校日本史単元
「茶道の
成立と中世社会の
変貌」の開発を事例と
して−
A Study on Principles and Methods of Cultural Study m History Education:
On the Basis of
“Formation of Tea Ceremony and
a Tentative Lesson Plan of
T
r飢sfiguration of Society in the Middle Ages
a High School Japanese History Education
”
I。は
じめに一問題の所在
一
本研究は
、従来か
ら実践上様
々な困難
を抱えて
いるといわれ
ている歴史教
育における文化学習の
改善
を目指
し
、その原理と方法
を見直
した
うえで
具体的な授業構成の
あ
り方を
、室町時代の茶道の
成立
を事例と
した単元の開発
を通
して提案
しよう
とするものである
。
歴史教
育における文化学習の問題
点は
、次の
二
点にまとめることができよう1
)
。
①
文化財や文化遺産の学習となっている点
。
②伝統文化を尊重するという態度目標が教
育内容
を制約
し
、生徒の歴史認識を閉ざ
している点。
第
一点は、文化学習が絵画や文学などの作品名
や作者などの個別的知識の暗記に終始
していると
いうことである
。厂
歴史=暗記科目」ということ
はよく言われ
ているが
、その最たるものが
文化学
習であろう
。多くの生徒にとって文化学習とは試
験のため作品名と作者をセッ
トに
して暗記をする
もの
であり
、学ぶ意義
を見出す
ことので
きない面
白くないもの
となって
しまっているの
である
。
第二点の態度とは
、伝統文化を尊重
し継承
しよ
うとする態度である
。これは
、近年特に強調され
るよ
うになって
いる
。平成20
年に
示された中央教
育審議会の答申においても
、
「 ̄
グ
ローバル化の中
で自分とは異
なる文化や歴史に立脚す
る人々との
共存のため
、自らの
国や地域の伝統や文化につい
ての理解
を深め
、尊重する態度
を育成す
ることが
重要に
なって
くる
」2
)
と述べ
られている
。これ
を
受けて
、平成20
年度か
ら21
年度にか
けての学習指
導要領改訂でも
、今まで以上に社会科または地理
歴史科における伝統文化の学習が重視
されるよ
う
-井
上
昌
善
(神戸市立星陵台中学校)
になった3
)
。伝統文化を尊重する態度を育成する
こと自体が問題なのではない
。それが歴史教育の
目標
と
して掲げられ
重視
され
ることによって
、わ
が
国の伝統や文化の独自性や特殊性のみが強調さ
れ
るように
なり
、それがやが
て自文化優
先の考
え
方につなが
っていくことが問題
なの
である
。その
よ
うな考え方は
、生徒の歴史に対する見方
・考
え
方
を偏
らせ
、認識を閉ざ
して
しま
うであろう几
以上のように
、文化学
習は
、歴史教
育の中でも
生徒に
とって特に意欲や関心を持って学習に取
り
組むことが
困難な領域であるばか
りでなく
、教
え
方
を誤れ
ば歴史認識形成上に大きな困難
をもた
ら
す
、非常に取
り扱いが難
しいもの
であると言
える
。
この
ような問題を克服するために
、以下の
よう
な視点か
らの改善が試み
られ
ている
。
ア
)実際に文化財に直接触れ
させ
、歴史に対する
興味
・関心を高め
ようとする試み
。
イ)興味深い文化現象
を取
り上げて
、その歴史的
意義を理解さ
せようとす
る試み
。
ウ)文化現象を通
して社会や経済の仕組み
、時代
の特色
を捉えさせようとする試み
。
ア)の例と
しては
、堀内和直の
研究が
ある。堀
内は
、博物館を利用
して縄文時代の文化を理解さ
せ
ることを目指
し
、中学校社会科歴史的分野匚
縄
文土器に焦点
をあてて
」という単元を開発
してい
る
‰開発単元では、博物館の縄文土器
などを見
学させ
、その模様や形が
どのようになってお
り、
なぜそ
うなっているか
を調べさせている
。堀内の
研究は
、博物館で文化財の実物に触れ
させること
で
、生徒の歴史に対する興味
・関心を喚起
しよう
と
したもの
と言
えよう。
111−
イ)については
、陶山浩の研究
を挙げることが
できる
。陶山は
、文化の
変容に着
目し、文化変容
の過程か
ら当時の
人々の価値観の変化を捉
えさせ
る高等学校
日本
史単元匚
茶にみ
る文化変容
一非日
常陛
と
しての茶
−」を開発
している6
)
。授
業では
、
中世の茶の成立過程をみ
ていく中で
、遊興と
して
の茶が芸能
としての茶に変化
していくことを捉え
させ
、それ
によって茶に匚
わび
・さび」などの精
掵陛
と虚構性が付け加
えられた
ことを理解
させよ
うと
している。
ウ)に相
当するのが
、米田豊の研究である。米
田は
、京都の祇園祭が復活
した原因の探究から、
当時の社会の構造
を捉
えさせる中学校社会科歴史
的分野の単元匚
室町時代の都市
・農村の
生活と文
化
」を開発
している7
)
。授業では
、祇園祭
を手が
かか
りに
当時の商工業の様子がどの
ようなもので
あったか
を資料か
ら読み
取らせ
、都市部の経済発
展に伴
う民衆の動向という当時の社会の特色を理
解
さ
せ
ようと
している。
上記の三者の論は
、方法面あるいは内容面か
ら
ア
プ
n−チ
して
、子
どもに
とって学ぶ意義
を見出
しにくい従
来の文化学習の問題点を克服
しようと
した研究である
。
しか
し、堀内論
、陶山論は文化
財または文化現象の学習と
しては高
く評価される
ものの
、個別的な事象の理解にとどまっている。
一方、米田の研究は
、文化現象を通
して
当時の社
会構造
を捉
えさせてお
り
、社会認識教育と
しての
文化学習の
あり方を示
して
いる
。これ
ら三者に対
して
、本研究では社会認識教
育という点では引き
下が
りつつ
、文化学習固有の意義と方法
を解明す
る
ことに重
点をおいた。
つま
り
、文化学習
を単なる文化財や文化遺産の
学習ではな
く
、文化
を理解す
ることの独自の意義
を時代の特色を捉
えさせる点に求め
、文化学習そ
れ
自体
を歴史教
育の
中に積極的に位置
づけていく
。
その
うえで
、新たな文化学習の原理
と方法に基
づ
く単元を
体的な教授書の形で提示
、室町時代の茶道の成立
して
いくことにする。
を教材
と
して具
皿
.歴
史
教
育に
お
け
る文
化学
習の
意
義
本研
究
は
、文
化学
習
を
政治
や経
済
に従
属
す
る補
足
的
な歴
史教
育の
一領域
と捉
えた
り、文化
財や
伝
統
を保持
し継
承
しよ
う
とす
る態度
や
自覚の
育
成
を
目指
す社
会
科教
育の
一つ
と位
置
づ
けた
りす
る
立場
を
と
らな
い
O本
小
論
では
、歴
史教
育の意
義
を、
自
らの体
験
に結
び
付
け
て具体
的に捉
える
ことが
で
き
な
い概
念
や
事象
を
、直接
的
な経験
と結び
つけ
る
こ
とに
よ
って
生徒
が
よ
り深
く理
解
し
、納得
す
るの
を
支
援
する
と
ころに
あ
る
とい
う立
場
を
と
り
、文
化学
習
の
方法
論
的
な独
自性
に
つ
いて検
討
して
い
く
。本
章
で
は
、
この
点に
つ
いて
、森
分
孝治が
唱
えた社
会
的
事
象の
理解
の
方法
論
を手が
か
りに
明
らか
に
して
いきた
い8)
。手が
か
りとす
る森分の
論は
、特
定の
思
想や
主義
に基
づ
く理解
の
方
法
では
な
く
一
般
的な
理解
の
原
理
と理解
の
方
法
を
示
した
もの
で
あ
り
、文
化
的
事象の
理
解の
仕
方の
特
徴
を
明
らか
に
す
る
う
え
で
有効
で
あ
る
と考
え
られ
る
。
森分
は
、社
会
的事
象
に対
す
る理
解
には
3つの
ベ
ク
トル
が
あ
る
と述べ
て
いる(
図
1)
。
り体系的よ
り精
密な理論に包摂
させる
よ
り直接的な経験
に結
びつける
図
1
事象
理
解
の
三
つの
ベ
ク
トル9
)
図
1のよ
うに
、社会的事象に対する理解のベク
トルとは
、①
事象そのもの
を詳
しく知る、②
事象
を理論に包摂
させ
、理論の
一つの事例
と
して事象
をつかんでいく
、③事象を直接経験に結びつけて
とらえる
、この3つであるlO
)
。
この
うち
、①の
よ
り詳
しくという方向は
、一般
的な社会科授
業でも目指され
ているものであ
り
、
資料等
を用いて時間の許す限
り細か
く指導す
るこ
とで達成され
ていく
。②の体系的に理論に包摂さ
せ
る方向は
、
「 ̄
探求と
しての社会科」などが目指
してきたもので
、一般的説明的知識を到達目標
と
して掲げ指導
していくことで達成
される11
)
。それ
に対
して
、③の
方向は、具体
的な活動や体験に実
際に取
り組ませるか
、それ
を想起
させることで達
成
され
るもの
である。これ
は、歴史教育では達成
112−
し 難 い。 な ぜ な ら、 地 理 や 公 民 の 分 野 で は 教 育 内
容 を 何 ら か の 形 で 直 接 的 な 体 験 に 結 び つ け る こ と
が で き た と し て も、 歴 史 で は学 習 す べ き 事 象 が 過
去 の こ と で あ る た め に実 際 に 授業 に取 り 入 れ る こ
と も、 子 ど も の既 有 の 経 験 に 結 び つ け る こ と も難
し い か ら で あ る。 し か し、 こ の 方 向 も 事 象 を よ り
深 く理 解 し よ う と す る う え で は 不 可 欠 で あ る。 こ
の 点 に つ い て、 森 分 は以 下 の よ う に述 べ て い る。
わ れ わ れ は 貯 蔵 し て い る 体 験 と、 何 ら か の
か た ち で 結 びつ け る こ と に よ って 事 象 を と ら
え 納 得 し て い く わけ で あ る。 体 験 は さ ま ざ ま
な事 象 を 理 解 し て い く基 盤 と な る もの で あ り 。
直 接 経 験 で き な い 事 象 を よ り 深 く理 解 し 納 得
し て い く た め に は、 豊 富 な 体 験 を 持 っ て い る
こ と が必 要 と さ れ る わ け で あ る12)
し た が って 、 生 徒 の 理 解 を 保 証 し て い く た め に
歴 史 教 育 で 取 り 上 げ る 事 象 も、 直 接 経 験 で き な い
に し て も、 生 徒 の 持 っ て い る 体 験 に 結 びつ け て い
く 必 要 が あ る と 言 え る。 政 治 や 経 済 の 領 域 で は、
そ れ は 困 難 で あ ろ う 。 な ぜ な ら 、 政 治 や 経 済 に 関
す る 事 象 につ い て は、 過 去 と 現 在 を 比 べ た と き 、
背 景 とす る シ ス テ ム や 価 値 が 大 き く 異 な っ て い る
か ら で あ る。 例 え ば、 統 治 す る 側 の 体 制 を 表 現 す
る た め に 匚政 権 ] と い う 言 葉 が よ く 用 い ら れ る が、
貴 族 や 武 士 が 支 配 す る 社 会 と現 代 の民 主 主 義 社 会
で は、 政 権 と い う 言 葉 で 同 じ よ う に 表 現 さ れ て も
そ の 内 容 は 全 く 異 な って い る。 そ の た め 、 後 者 か
ら前 者 を 想 起 さ せ る と、 本 質 を と らえ 損 な う 恐 れ
が あ る 。 そ の 一 方 で、 政 治 や 経 済 の現 象 と 比 べ る
と絵 画 、 芸 能 、 工 芸 、 伝 統 行 事 な ど の文 化 現 象 は、
現 在 まで 形 を 大 き く 変 え るこ とな く現 在 ま で 保 存 、
継 承 さ れ て い る も の が 多 く、 現 存 す る も の や現 在
行 わ れ て い る も の か ら 当 時 の 姿 を 生 徒 が 思 い 描 く
こ と が で き る。 よ っ て 、 時 代 や 当 時 の社 会 の 構 造
や 仕 組 み を 理 解 し 、 時 代 像 や 社 会 像 を 形 成 す る う
え で は、 文 化 学 習 は 他 の 領 域 の 学 習 よ り も、 効 果
的 な 教 材 を 提 供 し 得 る と 考 え ら れ る の で あ る。
歴 史 授 業 で 事 象 を 理 解 さ せ る 具 体 的 な 方 法 を 検
討 し て も、 以 上 の こ と は 明 ら か で あ る 。 森 分 は、
理 解 の方 法 を 具 体 的 で 直 接 的 な も の か ら 抽 象 的 で
間 接 的 な もの ま で 階 層 的 に整 理 し 、 段 階 ご と に理
解 の た め の 活 動 と 理 解 の た め の媒 体 を 示 し て い る。
森 分 の論 を 手 が か り に、 歴 史 教 育 で ど の よ う な 媒
体 を 用 い て 生 徒 の 歴史 理 解 を 深 め る こ と が で き る
か を 整 理 し た も の が 表 1 で あ る 。
表 1 の 理 解 の 層 は、(1)か ら(3)、(4)か ら(6)、(7)の
三 段 階 に 区 分 で き る。(1)か ら(3)は 行 動 に よ る理 解
( I 段 階) 、(4)か ら(6)は 映 像 や 音 声 に よ る理 解( Ⅱ
段 階) 、(7)は記 号 に よ る 理 解 で あ る( Ⅲ 段 階) 。
経 験
の 質
理 解 の た め の活 動
歴 史 教 育 に お け る
理 解 の た め の 媒 体
抽 象 的
間 接 的
具 体 的
直接 的
(7)事 象 に つ い て の 説
明 を 見 る 、 聞く 、読 む
地 図、 図表 、 グ ラ フ 、
統 計、 教 科 書 等 の説 明
(6)事象 につ い て の 記
録 を 見 る 、 読む
史 料 とし て の 絵 、記 録
(5)事 象 に つ い て の 記
録 を 見 る 、 聞く
史 料 とし て の 写 真 、映
像 、 音 声
(4)事 象 に つ い て の 記
録 を 見 る 、問 く 、触 れ
る
歴 史 的 事 象 に つ い て
のテ レ ビ 番 組 、 映 画
(3)事 象 を 見 る、 聞く 、
触 れ る
歴 史 的 遺 物 、 遺 跡
(2)模 擬 的 状 況 で な っ
て み る 、 や っ て みる
シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 、ゲ
ー ム、ロ ール プ レ イ ン
グ
(1) 現 場 で な っ て み
る 、 や っ て み る
体 験 学 習
表1 歴史教育 における理解 の方法13)
こ の う ち、 H 、 Ⅲ 段 階 は、 先 に 森 分 の 論 を 引 用
し て 説 明 し た よ う に、 何 ら か の形 で 体 験 と 結 びつ
け ら れ る こ と で、 は じ めて 十 分 に 納 得 し 理 解 し た
と い う 域 に達 す る も の で あ る。 歴 史 教 育 で 用 い ら
れ る媒 体 の多 く は 、 Ⅲ 段 階 に 含 ま れ る も の で あ ろ
うO そ れ で も、 時 に は 生 徒 の 興 味 ・ 関 心 を 喚 起 す
る た め に、 H 段 階 に含 ま れ る 媒 体 が 用 い ら れ る こ
と が あ る。 町段 階 の媒 体 を 用 い れ ば、 通 常 の 歴 史
授業 に比 べ て か な り 具 体 的 な理 解 を 促 す こ と はで
き る と 思 わ れ る が、 そ れ で も 体 験 に 結 び つ か な け
れ ば、 絵 や写 真、 そ し て 、 映 像 の理 解 にと ど ま り、
事 象 そ れ 自 体 を 納 得 し て 理 解 し た と い う こ と に は
な らな い の で あ る。 政 治 や 経 済 の 領 域 の 授 業 で は、
用 い る 媒 体 は 多 く の 場 合(6)か ら(7)の層 に と ど ま る
ので は な い か、 近 代以 降 で は(4)あ た り ま で 拡 大 で
き た と し て も、 遺 物 な ど が 手 に 入 れ ら れ る ご く 特
殊 な 場 合 を 除 い て は、 I 段 階 に 踏 み込 め る の は、
現 代 史 学 習 に 限 定 さ れよ う。 し か し、 文 化 の 領 域
は、 中 世 や 近 世 で あ っ て も、 I 段 階 の媒 体 を 用 い
― 113 −ることが可能である
。それは
、先に述べたよ
うに
文化現象は現在まで受け継がれ
ている
ことが
多い
うえ
、まった
く同
じとは
いか
ないまでも類似の
現
象を再現
し体験
させることが出来るか
らである
。
類似の
現象
を体験
させる
という取
り組み
は
、従
来
の歴史教
育でも米作
りや土器作
りなどが
なされ
て
お
り成果を挙げているが
、それ
らは、生産労働の
意味の
理解
とい
う限
られ
た
目的のための
授
業であっ
た
。それに対
して
、文化学習はあらゆ
る時代や社
会について応用が可能であるという利点を持って
いるの
である。
以上の考察か
ら
、歴史教育における文化学習の
意義は
、以下の二点にまとめ
られ
よう。
①
事象に対する理解
を
、より直接的な経験に結
びつける方法
を含めてあらゆ
る方向に深めてい
くことができること。
②
を通
あらゆ
して学ぶ教材
る時代
、社会について
を提供する
ことが
(模擬的)体験
できること。
Ⅲ
。歴史教育と
しての文化学習の対象
文化学習における文化を
、政治や経済に並ぶ
一
領域と捉
えるならば
、文化学習は歴史教育の核
と
はな
り得ない
。本研究では
、文化をよ
り広い意味
で捉えていくことにする。
匚
文化
」という概念の
定義は多義に渡るが
、歴
史教
育における文化学習の厂
文化
」には
、狭義と
広義の二つの捉
え方がある弋狭義の文化観は
、
匚
人間の生活活動
を経済
(社会)と政治
(法律)
と文化の
3領域に分け
、文化は
人間の生活活動の
1領域を形成するもの
」15
)
というもの
である。そ
れに対
して
、広義の文化観は、匚
政治
・経済
・社
会をも含めた人間の生活活動のあ
らゆる領域にお
いて
、人間が生み
出
した全てのもの
を文化と
して
捉
える
」16
)
ものである
。
従来の文化学習が事項の暗記のみ
を求めるもの
に陥っていたのは
、狭義の
文化観に基づき、文化
学習
を政治や経済の学習
を補足す
るもの
と
して
し
か位置
づけ得なかったか
らであ
ろう
。政治や経済
と切
り離
された文化の学習は
、表面的なものに
と
どまれば作品名と作者といった個別的知識の暗記
を求めるもの
象の細か
い解釈に踏み
とな
り
、深め
込む趣味の域の
ようとすれば作品や現
ものとなっ
-て
しま
う
。一方、広
義の文化観
をとった
と
しても
、
それは直ちに文化財や文化現象を取
り上げるべ
き
ではないということにはならない
。それ
らを取
り
上げる場合にお
いても
、政治
・経済
・社会
を含む
あらゆる人間の活動の結
果と
して表れた
一つの歴
史的事象と
して探究
していくとい
うことに
なろう
。
そ
して
、その探究の仕方は
、ただ
、事象それ
自体
の意味や
目的を明らかにするだけではなく
、それ
を通
してそれ
を含む時代や社会の特色や構造を明
らかに
していくようなものとなる
。
以上のように
、歴史教
育と
して文化学習を積極
的に位置づけていくな
らば
、その対象は従来のよ
うに現存する作品や
受け継がれ
てきた伝統に限定
される
ことなく
、日常の
生活習慣
を含むあらゆ
る
生活活動に拡大され
、学習は、それ
らを時代や社
会全体か
ら多面的に探究
させるようなもの
と
して
組織
され
ると考えられ
るのである
。
IV.本研究おける文化現象の教材化の視点
開発単元では
、
「 ̄
茶」が
「茶道」へと変化
した
背景について考察
していくことで
、室町社会の特
色
を捉えさせることを目指
している
。この
「茶」
の
変容過程に
ついては
(1)
、
当時の
社会
に生
きた
人々
の
美意識の変化と
、
(2)
当時の社会の
変貌という二
つの視点から説明が可能である。
(1)
に関
しては
、宮崎正勝
と村井康彦の
論が示唆
に富む。宮崎は、
「茶」の変容について以下のよ
うに述べている
。
しか
し戦乱が都
を荒廃
させると
、一世を風
靡するようになった
無常観が
「茶の湯
」の姿
を
一変させた。 1467
年に起
きた応仁の乱が
、
京都
を焼け野原に変え
、絶
望感が広まったの
である
。世の
中は荒び
、精神的な風潮が広が
るが
、そ
うしたなかで茶寄合
(闘茶)は後退
し、喫茶と禅
宗の精掵│
生
か接近する
ことにな
る1
气
「茶
」は
、13
世紀に禅僧の栄西が源実朝の病を
治
したことで
、薬
としてその効能が注
目されるよ
うになる
。後に、茶の
栽培が
一般化
して
くる
とギャ
ンブルと
しての
「闘茶
」が誕生し、
「闘茶」は
、
京都周辺の貴族や新興武士勢力の間で頻繁に行わ
れるようにな
り、当時の社会に広まっていった。
114
−
「闘茶
」が流行
した社会では
、
「 ̄
バサ
ラ」という言
葉に象徴され
るように
、非常に豪華で派手なもの
が好まれ
るようになった
。その後
、応仁の乱
を転
機に
して
、匚
ギャンブル」として流行
していた闘
茶は
あま
り見
られな
くなる
一方で
、精神
を鍛錬
し
安定させることを目的とする茶道が確立
していく
ことになる
。この
変容は
、貴族などの有
力者の美
意識が応仁の乱を経験する
ことによって変化
した
ことによって生
じたと言われ
る
。す
なわ
ち、上の
宮崎論で述べ
られているよ
うに
、応仁の乱を契機
と
して
、匚
バサラ」に代わ
り、社会に厂
わび
・さ
び
」という無常観が普及
していったのである。村
井康
彦は
、この
「 ̄
わ
び
」を匚
モノ
ヘの欲求が強か
っ
たか
らこそ表れた美意識であり
、しかもそれは
(これ
が大事なところだが)
、かつてのバサ
ラその
ままではな
い
、その欲求ゆ
えに無一物の境地
を求
めるという抑制された美学
」18
)
であると述べてい
る
。また、匚
さび
」については、それは匚
対象か
らは
なれて
これ
を見る
、客観的
、観照的な美意識
」
19
)
と説明
している
。このように
、一般的に無常
観
と
して捉
えられていた匚
わび
・さび]は
、有力
者にとって美的な価値
として捉
えられ
ていたの
で
ある
。この美意識の普及に伴
い、派手
を好む匚
バ
サラ
」社会から簡素で質素な状態に価値を置く
匚
わび
・さび」社会へと変化
していった。この過
程の
中で
、匚
わび
・さび
」という美意識を茶室と
いう空間に反映
していったのが村田珠光であり
、
最終的に武野紹鴎
、千利休らの手に
よって精神
を
鍛錬
し安定
させ
ることを目的
とする
「茶道」が確
立
していったのである。
(2)
に関
しては
、末柄豊や桜
井英治の論が示唆に
富んでいる
。中でも末柄は、応仁の乱後の社会状
況について
以
下のように説明
している。
戦乱
を避けて奈
良などに疎開
していた貴族
は少な
くなかったが
、ほ
とん
どは乱の終息の
直後までに帰京
した
。ところが
、乱後にあら
ためて
多数の貴族が地方に下って
いる
。もち
ろん
、戦乱
を避けるためではなく、ほ
とん
ど
は
、経
済的な困窮への
対応
と
して地方の守護。
国人を頼ったか
、収取を確実にするため所領
の現地に下ったかのいずれ
かで
ある
O頼るさ
きの守護や守護代の
多くは乱前には在京
して
-いたので
、彼
らの在国化か貴族の地方下向の
前提となったといえる
。乱前の京都
にお
いて
公家の文化を吸収
した武士たちは
、そのまま
地方に
おいて京都の
文化
を受容す
る基盤に
なっ
たのである20
)
。
つま
り
、応仁の乱前では、守護を代表とする武
士や貴族の有
力者は
、都である京都周辺に在住
し
ていたが
、乱発生後には有力者は都の
荒廃が原
因
となって地方へ下向
していったのである21
)
。この
社会状況の変容は
、先に説明
した人々の
美意識の
変化と同
じく応仁の乱によって生
じてお
り
、応仁
の乱が
人々の意識と同時に社会の構造を大
きく変
えたと言
える。
以上の考察に基づいて
、本研究では匚
茶道の成
立と美意識の
変化
」と厂
茶道の
成立と社会状況の
変貌
」とい
う二
つの社会事象に関
して到達目標
を
設定
し
、日本の伝統
を生み出
した時代と言われる
室町時代の社会の特色について捉
えさせる単元開
発
を行
った。
v。小単元
「茶道の成立と中世社会の
変貌」
1.単元構成の原理
本研究では
、
n章で述べた森分の理解の方法に
基づいて
、生徒の理解が抽象的間接的なもの
と具
体的直接的なものの間
を往復す
るよ
うに単元を構
成
した
。それ
によって
、取
り上げた事象に対する
生徒の理解を図
1の
あらゆる方向に拡大
していく
ことを目指
した
。
単元は
、匚
問題の設定→
(模擬的)体験による
直接的理解
→体験による理解の
一般化→
一般化
さ
れ
た理解に
基づ
く事象の説
明」
という4段
階によっ
て構成
され
る。
問題の設定では
、文字資料
を用いて事象の概要
を把握
させ
、疑問を持たせる
。しか
し、この段階
では事象の理解が具体的ではないため
、生徒
自身
が納得
して問題
を設定できているとは言
い難い
。
次の体験による直接的理解の
段階においては
、取
り上げた事象
を模擬的な状況で実際にやってみ
る
ことで
、実感的に理解
していく。この段階で生徒
の問題意識は高まるとともに
、何
をどのよ
うに探
究
していけばよいか
という見通
しを持つことがで
きる。体験による理解の
一般化の段階では
、一般
115−
表 2 開 発 単 元 「 茶 道 の成 立 と 中 世 社 会 の 変 貌 」 の 展 開
構 成 原 理 時 数 主 な 発 問(MQ) 学 習 内 容 獲 得 さ れる 知 識 ( 目 標) 問 題 の 設定 第 一 時 な ぜ 、 厂茶 」 が 日 本 社 会 に普 及 し た の だ ろ う か ? 当 時 の社 会 に「 茶 」 が 普 及 し て い っ た理 由 に つ い て 「 茶 」 は、 栄 西 に よ っ て 「 薬 」 と し て の 認 識 さ れ るよ う にな り、 栽 培 か一 般 化 す るこ と で 「一 服一 銭 のお 茶 」 と し て 庶 民 に も 普 及 し て い っ た。 そ の 後、 ギ ャ ンブ ル で あ る「 闘 茶」 が 登 場 す るか 、 そ の 背 景 に は、 貴 族 や 新 興 勢力 を 中 心 と し て 、「 バ サ ラ 」 と い う 派 手 な も の を 好 む 社 会 か存 在 して い た。 体 験 に よ る直 接 的 理 解 第 二 時 な ぜ、 匚闘 茶 」 は 当 時 の社 会 で 流 行 し た の だ ろ う か ? 厂闘 茶 」 の ギ ャ ンブ ル とし て の性 質 につ い て 「 闘 茶 」 は、 4 種 類 の 茶 の銘 柄 を 当 て る と い う ル ール で 行 わ れ、 継続 性 を 伴 う 厂ギ ャ ンブ ル」 の 性 質 を 持 つ も ので あ っ た。 第 三 時 な ぜ、「 茶 道 」 は 当 時 の社 会 で 流 行 し た の だ ろ う か ? 匚茶 道 」 の成 立 条 件 と そ れ ぞ れ の意 味 につ い て 厂茶 道 」 は、 成 立 条 件 と し て 茶 礼 や 茶 室 が あ り、 こ れ ら が 意 味 す る も の は、 当 時 の室 町社 会 の 特 色 と 対 応 し て い る 。 体 験 に よ る理 解 の一 般化 第 四 時 な ぜ 、 厂闘 茶 」 が 匚茶 道 」 へ と 変 化 し た の だ ろ う か ? ① 「 ギ ャ ン ブ ル 」 か ら 「 茶道 」へ 変 化し た き っ か け とな っ た応 仁 の乱 の影 響 につ い て 匚茶 」 のあ り方 が 「 闘 茶 」 か ら 厂茶 道 」 へ と 変 化 し た 背 景 に は、 応 仁 の 乱 に よ る 美 意 識 の変 化 と 社 会 状 況 の 変 化 か あ っ た。 一 般 化 さ れ た 理解 に 基づ く事 象 の説 明 第 五 時 な ぜ 、「 闘 茶 」 が 厂茶 道 」 へ と 変 化 し た の だ ろ う か ?② 室 町 時 代 の社 会 の特 色 につ い て 当 時 の室 町 社 会 の 特 色 は 、 美 意 識 の変 化 と 社 会 状 況 の 変 化 か ら 説 明 か 出 来 る。化 さ れた理 解 に基 づいて 問題を 設定 し直し て、 資
料等 を用 いてさ らに探究 して いく。最 後に一 般化
さ れた理 解に基づ いて事 象を説 明す るこ とで、 生
徒 の理解 は理論 によ って 包摂 する方 向に も、 直接
的 な経験 に結 びつ け る方 向 にも広 げられ るのであ
る。
以 上 の原 理に基 づ く開発単元 の展 開は、 表 2に
示 してい る。 表 2は、 核 とな る発問、 学習 内容、
獲得 さ れる知識 という各 項 目を 設定 し、 各 授業 に
お けるそ れぞ れの概要を 示し た。
2。 単 元 の 展 開
開 発 し た 単 元 は、 勤 務 し て い る 高 等 学 校 の 3年
生 を 対 象 に 5時 間 で 構 成 し た が、 時 間 の 制 約 が あ
り 第 3時 は 実 践 出 来 な か っ た。 以 下 で は 、 実 際 に
実 践 し た 第 1 時 、 第 2 時、 第 4 時 、 第 5時 の 説 明
を 行 い、 教 授 書 を 示 す こ と に す る 。
第 一 時 で は 、 匚茶 」 が 匚な ぜ 、 日 本 社 会 に普 及
し た の か 」 と い う 問 い につ い て 考 え さ せ 、 匚ギ ャ
ン ブ ル 」 と し て の 性 格 を 持 つ 匚闘 茶 」 が 成 立 し た
こ と を 理 解 さ せ る こ と で 、「 ̄
闘 茶 」 が 普 及 し た 理
由 に つ い て 疑 問 を 持 た せ る こ と を ね ら い と す る。
授 業 で は、 ま ず 、 在 京 し て い た 貴 族 や 新 興 武 士 を
中 心 と し て 、 厂闘 茶 」 が 南 北 朝 時 代 ( 室 町 時 代 前
期 ) に広 ま って い っ た こ と を 理 解 さ せ る こ と で 、
当 時 が 有 力 な 貴 族 や 武 士 が 都 に 集 中 し て 在 住 し て
い た こ と を 捉 え さ せ る。 次 に、「 ̄
闘 茶 」 は 匚ギ ャ
-ン ブ ル」 と し て の社 会 的 役 割 を 持 って い た こ と を、
パ チ ン コ や ス ロ ッ ト な ど の 現 代 社 会 に存 在 す る 具
体 的 事 例 を 提 示 す る こ と で 理 解 さ せ 、 匚こ の よ う
な ギ ャ ン ブ ル が 流 行 す る 社 会 で は ど の よ う な も の
が 美 し い と 捉え ら れ て い た か 」 と 発 問 す る 。 こ の
問 い の 考 察 を 通 し て、 当 時 の 社 会 は 、 派 手 な も の
に 対 し て 美 的 価 値 が 置 か れ て い た 匚バ サ ラ 」 社 会
で あ っ た こ とを 理 解 さ せ る。 そ し て 、 終結 部 で は、
闘 茶 が 流 行 し た 社 会 の 特 色 を 当 時 の 社 会 に 普 及 し
た 美 意 識 と 勢 力 分 布 に 注 目 さ せ ま と め さ せ る。
第 二 時 で は、 匚闘 茶 」 の 直 接 体 験 を 通 し て 匚闘
茶 」 と い う 文 化 が 持 つ 性 質 を 実 感 的 に理 解 さ せ る
こ とを ね ら い と す る。 具 体 的 な 授 業 で は、 厂な ぜ、
匚闘 茶 」 は 当 時 の 社 会 で 流 行 し た の だ ろ う か」 と
い う 問 い を 提示 し 、 こ の 問 い につ い て 探 究 す る 手
段 とし て 闘 茶 を 実 施 し た 。 時 間 の 制 約 も あ り 決 勝
戦 の み、 当 時 実 施 さ れ て い た も の で あ る 匚四 種 十
服 茶 勝 負 」 を 行 っ た 。 闘 茶 体 験 の 最 中 に 、F ̄
こ の
よ うな 快 体 験 は 日常 生 活 で は 頻 繁 に 体 験 で き な い
よ ね」 と 投 げ か け 、 ギ ャ ン ブ ル に は 継 続 性 や 一 種
の 中 毒 性 が あ る こ と を 気 づ か せ る。 こ の 際 に 、
匚闘 茶 」 が 普 及 し た 理 由 は、 ギ ャ ン ブ ル と い う 性
質 を 持 つ 点 に あ っ た こ とを 捉 え さ せ る。 終 結 部 で
は 授 業 の 導 入 部 で 発 問 し た こ と に つ い て 再 度 考 え
さ せ 、 ア ン ケ ー ト を 記 入 さ せ た。
第 四 時 で は、 匚な ぜ 、 匚闘 茶 」 が 「 ̄
茶 道 」 へ と変
化 し て い っ た の か」 と い う 問 い につ い て 考察 さ せ 、
116 −体 験を 通 し て獲 得 し た 知 識 の一 般 化 を 行 う。 ま ず、
闘 茶 が 茶 道 へ と 変 化 し た き っ か け は 、 応 仁 の乱 の
発 生 で あ る こ と を 説 明 し 、 応 仁 の 乱 の影 響 を 中 心
に 学 習 し て い く。 応 仁 の乱 の 被 害 の 大 き さ につ い
て ザ ビ エ ル の エ ピ ソ ー ド を 踏 ま え て 理 解 さ せ 、
「 応 仁 の 乱 は、 在 京 の貴 族 や 新 興 武 士 に ど の よ う
な 影 響 を 与 え た の だ ろ う か」 と 問 う こ と で、 地 方
へ 有 力 者 が 下 向 し て い っ た こ とを 理 解 さ せ る。 次
に、 応 仁 の 乱 以 前 の 京 都 周 辺 の勢 力 分 布 と 比 較 さ
せ る こ と で 、 当 時 の 社 会 状 況 の変 化 を 実 証 的 に 捉
え さ せ る。 ま た、 都 が 荒 廃 し 物 が不 足 し て い っ た
社 会 で は 「 わ び ・ さ び」 と い う 無 常 観 が普 及 し た
が、 貴族 など の有力 者 は 匚わび・さ び」を 質素 で
簡素 な もの ほど美しい とす る美意識 として 捉え て
い たこ とを、 茶 道が行 わ れて い た茶 室 に反 映さ れ
て いる美 的価値 に気づ かせ るこ とで理 解 させ る。
そして、 第五 時に相 当す る終結部 で は、 習得 し
た知 識を用 いて 他の事 象を説 明して い く。具 体的
にはこ れまで学 習して きた 内容につ いて振 り返 っ
た後、 厂
人 々 の美 意識」 と 厂
社会 状況 の変 化」 と
い う二点 から室 町社会 の特色 について 説明 させ、
単元 を終了 す る。 実際 には使用 しな かっ たが、 こ
の終 結部で生 徒 の理 解を 深 めるた め、 歴史学 者 の
論を 批判的 に検討 させ る活動 も考え ら れよ う。
【 教 授 書 】 第 一 時 厂な ぜ、 茶 が 日本 社 会 に 普 及 し た の だ ろ う か ?」
( 1 時 間 で 実 施 )
教 師 の 指示 ・ 発 問 教 授 学習 活助 資 料 予 想 さ れ る反 応 ・ 獲 得 さ せ た い知 識 導 入 ・ 厂日本 の伝 統 」 と 聞 い て 何を 思 い 浮 か ぶ か ? ・私 た ち が 「 日 本 の 伝 統」 と考 え てい る も のが 誕 生 し た の は、 一 般 的 に い つ の 時 代 と言 わ れ る だ ろ う か ? ・私 た ち の 日常 にあ る 茶 は、 喉を う るお す他 に ど のよ うな 役 割 が あ る だ ろ う か ? ・本 時 か ら、 茶 の役 割を 歴 史 的 に学 習 し てい くこ と を 通 し て、 日本 の伝 統 が 確 立 し たと 言 わ れる 室 町 時 代 の社 会 の 特 色 に つ い て 考え てい くこ と を 提示 す るo T:発 問 す る。 P:予想 す る 。 T:発 問 す るo P:答え る 。 T:発 問 す る。 P:予 想 す る 。 T:説 明 す る。 ① ・ 柔 道、 いけ 花 、 茶 道 、 相 撲、 剣 道 、 和 風 住宅 な ど。 ・ 一 般 的 に 室 町 時 代 で あ る 。 資 料 か ら、 外 国 人 留 学 生 に 対 し て 日 本 の 伝 統・ 文 化 の 体 験 講 座 に も「 茶 道 」 か あ る こ とを 理 解 す る 。 ・ 他 に 役 割か あ る の だ ろ う か ? 展 開 ・ な ぜ、 茶 が 日本 社 会 に普 及 す るよ う にな っ た のだ ろ う か? ・ い つ 茶 は 、 日 本 に も たら さ れ た の だ か ? ・ な ぜ 、 茶 は 奈良 時 代 には 普 及 し な か っ た のか ? ・ 奈 良 時 代 以 降 、 日本 社 会 に茶 が 普 及 し 始 め た の は い つ ご ろ か ? ・ そ れ は な ぜ か ? ・ 栄 西 が 生 き た 頃 の 「 茶 」 に 対 し て 、 人 々 は ど の よ う な も の と み て い た のか ? ・ 僧 侶 以 外 の人 々 は、「 薬」 と し て の 「 茶 」 を ど のよ う に み て い た の だろ う か ? ・ な ぜ、 農 民 はお 茶 を 飮 む こ とを 恐 れ た の だ ろ う か ? ・ な ぜ、 茶 か 僧 侶以 外 の人 々 に 普 及 す る よ う にな っ た の だ ろ う か ? ・ 僧 侶以 外 の人 々 に「 茶」 か 普及 す る よ う にな っ た の は、 あ る遊 び が生 ま れ た か ら であ る が 、 こ の遊 び と は ど のよ うな も のだ ろ う か ? ・ 現在 の社 会 に 存在 す る 「 闘茶 」 と同 じ 「 遊 び」 は ど のよ うな もの か あ る か ? ・ こ のよ う な 遊 び は、 ど のよ う な 人 々 の 間 で流 行 し た か ? ・ 有力 者 か 、 都 に在 住 し て い たこ と か ら 、 当 時 の 社 会 は ど のよ う な 状 況 だ っ た と言 え る か ? ・ 闘茶 と い う 厂ギ ャ ンブ ル 」 か 流 行 し た 社 会 で は 、 ど の よ うな もの を美 し い と みな し て い た か ? ・ 当 時 の 社 会 は、 ど のよ う に 表 現 さ れ る だろ う か ? T:発 問 す るo P:予 想 す る 。 T:発 問 する 。 P:答 え るo T:発 問す るo P:答 え る 。 T: 発 問す る 。 P:答 え るo T: 発問 す る 。 P:答 え る。 T:発 問 す る 。 P:答 え るo T:発 問 す る 。 P:答 え る。 T:発 問 す る 。 P:答 え る。 T:発 問 す る。 P:答 え るo T:発 問 す る。 P:答え る 。 T:発 問 す る。 P:答え る 。 T:発 問 す る。 P:答 え る 。 T:発 問 す る。 P:答 え るo T: 発 問す るo P:答 え る 。 T: 発 問す る 。 P:答 え る。 ② ③ ④ ⑤ ・ 誰 かか 広 め た か ら ? ・ 奈良 時 代o 「 団 茶」 とい う 団 子 状 の 固 形 物 を 溶 か し て飲 む もの か 伝 来 し た。 ・ 味 も苦 く、 人 々 の 必 需 品 に な ら な か った た め。 希 少 な も の だ っ た か ら 。 ・ 鎌 倉 時 代 。 ・ 栄 西 に よ っ て、 中 国 か ら 抹 茶 と い う 飮 茶 の方 法 か 日本 に持 ち 帰 り、 3代 将 軍 源 頼 実 の二 日酔 いを 治 し て 「 茶 」 の「 薬 」 と し て の 効 能 か 権 力 者 によ っ て認 め ら れ た た めo 栄 西 か 著 し た 「 喫茶 養 生 記」 の 記 述 か ら こ の こ とが 言 え る こ とを 理 解 す る。 ・ 一 般 的 に 厂薬」 と みな さ れ て い たo 「 茶 徳 の 時 代」 と い わ れ る 。 ・ 僧 侶 は、「 茶」 = 厂薬 」 = 匚善 い も の」 と み て い た か 、 農 民 層 に は 匚茶」 = 匚薬 」 = 「悪 い も の」 と 恐 れ ら れ てい た。 ・ 眠 り た い の に眠 れな くな る。 食 料 か な い の に す ぐ に お 腹 か す く。 不 発 に な る。 ・ 僧 侶以 外 の有 力 者 に 受 け 入 れ ら れ た た めO ・ 茶 の 銘柄 を 当 て る とい う 遊 び。 こ の 遊 びを 「 闘 茶 ( 茶寄 合 )」 と言 う 。 「 闘茶 」 は 、 四 種 類 の お 茶 の 産地 を 当 て る 遊 び で あ り、 南 北 朝時 代 を 中 心 に 流 行 し た 。 当 時 はお 金 な ど の 懸 け 物 を 得 る た め の 勝 負 と し て 行 わ れ てい た 。 ・ パ チ ン コ、 ス ロ ット 、 競馬 な ど のギ ャ ンブ ル。 ・ 貴 族 や 新 興 武 士 な ど の有 力 者 。 こ のよ うな 人 々 は、 京 都 に 在 住 し て い たO ・ 勢力 か 京 都 に 集 中 し て い る こ と か ら、 有 力 者 の一 極 集 中 型 社 会 で あ る と言 え るO ・ 派 手 な もの 、 豪 華 な も の に対 し て 美 し い と思 って い た 。 ・ 厂バ サラ 」 と い う 言 葉 で 表現 さ れるo 厂バ サ ラ」 と は、 派 手 な もの や 豪 華 な もの を 好 む と い う 意味 で あ る 。 現 代 で 言 え ば、「 セ レ ブ 」 と 表 現 さ れ るO 終 結 ・ な ぜ、 茶 が 日本 社 会 に 広 ま っ た の だろ う か ? ・ 当 時 の 社 会 の 特 色 に つ い て、 当 時 の美 意 識 と 社 会 状況 に 注 目 し て整 理 し て み ま し ょ う。 ・ 次 回、 闘茶 を 実 際 に 体 験 し て み まし ょ う 。 T:発 問す る 。 P:答 え る。 T:発 問 す る。 P:答 え るo T:指 示 す る。 ・ ギ ャ ン ブ ル とし て の 「 闘 茶」 か 生 み出 さ れ 、 貴 族 や 新 興 武 士 に受 け 入 れ ら れ た た め。 ・ 派 手 な も のや 豪 華 な も の に 価 値を 置 く 社 会 で あ り 、 有 力 者 は京 都を 中 心 に 在 住 して い る 社 会 で あ っ た。117
第二 時 匚なぜ、 闘茶 が当時 の社会で 流行 した のだろう か ?」
( 1 時 間 で 実 施)
教 師 の 指示 ・ 発 問 教 授 学習 活動 資 料 予 想 さ れ る反 応 ・ 獲 得 さ せ た い知 識 導 入 ・ 出欠 及 び準 備 の 確 認o ・ プ リ ン ト に 基 づ い て、 本 時 の 学習 の ね らい ( 室 町文 化 を 実 際 に 体 験 す る こ とを 通 し て 、 厂闘 茶 」 と い う もの に対 す る理 解 を 深 め る こ と) とル ール を 説 明 す る。 ・ な ぜ、 当時 の 人 々 に 「 闘茶 」 か 受 け た の だ ろ う か ? T:説 明 す るo T:発 問 す る 。 P:予 想 す るo ・ 優勝 者 に は 豪 華 景 品 か あ る こ と を 提 示 す る こ と で 、 今 回 体 験 す る匚闘茶 」 は 厂ギ ャ ン ブ ル」 で あ る こ と を 理解 させ る 。 ・ ギ ャ ン ブ ル だ か ら ? 展 開 ・ 代 表 決定 戦 のル ール に つい て説 明す る 。 【 代 表 決定 戦 】 ・ 3人を 1 グル ープ と し て 4つ の グル ープ を つ く る。 ・ グ ル ープ 内 の 1 名 か 目 隠 しを し 、 他 の メ ン バ ー が 3 つ の お 茶 か ら 1つ を 選 び 、 目 隠 しを し た メ ンバ ー が 飲 むO ・ 目 隠 しを 外 し 、 カ ップ に 汲 ま れ て い る3 つ のお 茶を 順 番 に 飲 み 、最 初 に飲 ん だ お 茶を 当 て る。 * お 茶 を 味 わ う 際 に 、 厂渋 み 」 や 「 に お い 」 を 意 識 す る よ う 指 示 す る。 ・ 決 勝 戦 の ル ール を 説 明 す るO 【 決 勝 戦 】 ・ 決 勝 進 出 者 に くじ を 引 い て もら い 、 お 茶 の 正 解 パ タ ー ン を 決 定 す るO ・4 種 類 の お 茶を 飲 み、 銘 柄 の 味 を 覚 え るO ・ 目隠 し を し て もら い 、 ボ ード にA,B,C,D の お 茶 の 正 解 パ タ ー ンを ボ ー ド に は るo ・A,B,C,D のお 茶 を 順 番 に 飲 み、 銘 柄 を 答 え て い く T 説 明 す る 。 P:活 動 す るo T:説 明 する 。 P:活 動 す る 。 ・ 代 表 に 選 ぱ れ な か っ た メ ン バ ー に は ア シス タ ント と して 手 伝 いを す る 。 ・ 当時 の「 闘 茶 」 は、「 四種 十 服 勝 負 」 と い う ル ー ル に従 って な さ れ て いたo 終 結 ・ な ぜ、 ギ ャ ンブ ル とし て の闘 茶 が 当 時 の 人 々 にう け た の だろ う か ? ・ ア ン ケー ト を 記 入 す るo ・ 自身 の感 想 と共 に、 そ のよ う に 感じ た理 由 につ い て も書 く よ う指 示 す るo T: 発 問 す る。 P:答 え る 。 ・ ギ ャ ン ブ ル は 難 し さ を 伴 うか 、 ギ ャ ン ブ ル に よ っ て 得 ら れ る 楽 し さ は、 そ の ギ ャ ンブ ル を ま た何 度 も や り た い と 思 わ せ る 影 響 力 を 持 つ も の であ る か ら 。第 四 時 ・ 第 五 時 厂な ぜ 、 闘 茶 が 茶 道 へ と 変 化 し た の だ ろ う か ? ① ②」( 2 時 間 で 実 施 )
教 師 の 指示 ・ 発問 教 授 学習 活動 資料 予 想 さ れ る反 応 ・ 獲 得 さ せ た い知 識 導 入 ・ 闘 茶 か 社 会 に 普 及 し て い っ た 理 由 につ い て確 認し 、 前 時 の 復習 を 行 う 。 ・ 厂茶 道」 は何 を 目 的 と し てい る も のか ? ・ な ぜ、 ギ ャ ン ブ ル と し て の 「 闘 茶」 が 、 型 を 重 ん じ る 厂茶 道 」 に 変 化 し てい っ た のだ ろ う か ? ・ 闘 茶 が 変 容 し て い っ た の は あ る 事 件 が 発 生 し た た め で あ る 。 こ の事 件 を 本 時 は 中 心 に と り上 げ るo T:発 問 す るo P:答 え るo T:発 問 す るo P:答 え るo T:発 問 す る 。 P:予 想 す る。 T:説 明 す るo ⑥ ・ 厂闘 茶 」 か ギ ャ ン ブ ル と し て の 役 割 を 担 っ て い た こ と 、 人 々 の 娯楽 と し て 普 及 して い っ た こ と 。 ・ 茶 の 頂 き 方 、 作 法 ( 茶 礼)、 精 神 の安 定 。「 型 」 を 重 視 す る の が 日 本 文 化 の 特 徴 であ る 。 ・ ギ ャ ン ブ ル ど ころ で は な く な っ た の で はな い か ? 展 開 ・1467 年 に 将 軍 継 承 問 題 か き っ か け と な っ て 発 生 し た 事 件 か 起 こ る が、 こ の事 件 の こ とを 何 とい う か ? ・ 足 利義 政 は、 ど の よ うな 人物 だ っ た と評 価 さ れて い るか ? ・ な ぜ 、 義 政 は こ の よう な 評 価 を さ れ る の だろ う か ? ・ 日野 富子 は 、 どの よ うな 人 物 だ った と評 価 さ れて い る か ? ・ な ぜ、 日野 富 子 は こ のよ う に評 価 さ れ る の だろ うか ? ・ な ぜ、 応 仁の 乱 は 発生 し た の だろ う か ? ・ 応 仁 の 乱 発 生 後 、15 世 紀 に キ リ スト 教 布 教 の許 可 を 得 る た め に京 都 に来 た 宣 教 師 は 誰 か ? ・ 応 仁 の 乱 は 、 在 京 し て い た 貴 族 や 新 興 武 士 た ち に ど の よ う な 影 響を 与 え た か ? ・ 応 仁 の 乱 以 前 以 後 と 比 較 し て 、 社 会 状 況 は ど の よ う に 変 化 し た と 言え る だろ う か ? ・ 応 仁 の 乱 によ って 、 自 分 の家 か 全 壊 し た ら 皆 さ ん は ど の よ う に 思 う か ? ・ こ の資 料 か ら、 当 時 の人 々 はど のよ う な もの を 美 し い と 思 っ て い た と 考 え ら れる だ ろ う か ? ・ こ のよ う に、 簡素 で 質 素 な 状 態 を 美 し い とす る 美 意 識 の こ とを 何 と い う か ? ・ こ の美 意 識を 茶 の 湯 に反 映 し、 茶 の頂 き 方 ( 茶 礼 ) を 確 立し た の は誰 か ? ・ 珠光 以 降 に、「 茶 道 」 を 確立 し た と 言 わ れる 人 物 は 誰 か ? T:発 問す る 。 P:答 え る 。 T: 発 問 するo P:答 え る 。 T: 発 問 する 。 P:答 え る 。 T:発 問 す る。 P: 答え る。 T:発 問 す るo P:答え るo T:発 問 す るo P:答 え る。 T:発 問 す る。 P:答 え るo T:発 問 す る 。 P:答 え るo T: 発 問す る 。 P:答 え る。 T: 発 問す る 。 P:答 え る 。 T: 発 問す る 。 P:答 え る 。 T:発 問 す る。 P:答え る 。 T:発 問 す る。 P:答 え る。 T:発 問 す るo P:答 え る。 ⑦ ⑧ ⑨ ・ 応 仁 の 乱o こ の乱 は、 全 国 の 大 名を 巻 き 込 ん だ 大規 模 な 「 戦争 」 だ っ た 。 ・ 厂懶惰 の帝 王 」「 年 上 好 みの 女 好 き 」 と い う 評 価 か ら、 義 政 の人 物 像 につ い て 予 想 す る。 ・将 軍 職 に 対 し て 熱 意 が な く 、 弟 の義 尋 ( 後 の義 視) に 何 度 も将 軍 職 に就 くよ う に打 診 し て い る か ら。 文 化 人 とし て 生 き よ う と し た か らo ・「 日本 史 上 最 大 の悪 妻」 ・ 関 所 で 金 銭 を 巻 き 上 げ たこ とか ら。 執 着 心 が 強 か っ た か ら 。 義 政 の 恋 人 を 失 脚 さ せ た か らo 義 尚を ど う し て も 将 軍 に す る た め に敞 の武 将 に賄 賂を 贈 っ た か ら 。 ・一 つ の 要 因 とし て 、8 代 将 軍義 政 と 日野 富 子 の わが ま ま な 判 断 によ っ て 起 こ っ た こと を 理 解 す る 。 ・ フ ラ ン シ ス コ・ ザ ビエ ル。 こ の 時 、 ザ ビ エ ル は荒 廃 し た京 都 を 見 て 、 こ れ か 日本 の天 皇 が 住 む と こ ろ な の か と 驚 い た と い う エ ピ ソ ード か ら 、 応 仁 の 乱 の被 害 か 大 き か っ た こ とを 理 解 す る 。 ・ 都 か 荒 廃 し た た め、 地 方 へ 下 向 し てい っ たO ・ 以 前 は、 有 力 者 は 京 都を 中 心 と す る一 極 集 中型 社 会 の 社 会 状況 で あ っ た が 、 以 後 は地 方 分 散 型 の社 会 状 況 へ と変 化 し たO ・ 放 心 状 態 に な るo む な し さ を 感 じ るo 呆 然 とな る。 こ の よ う な 無 常 観 を 「 わび ・ さ び」 とい うO ・ 簡 素 で 質 素 な 状 態 の も の、 何 か 物 足 り な い状 態 の ものO ・ 厂わ び・ さ び」 で あ るo 「 わ び・ さ び 」 に は 肯 定 的 な美 意 識 とい う 側 面 か あ る。 匚茶 逆 」を 行 う部 屋 の様 式 に は 、 こ の美 意 識 か反 映さ れて い る 。 茶 道 を 行 う 際 には 、 茶 の 頂 き方 に も 美 し さ が 求 め ら れる よ う に な っ た。 ・ 村 圧1珠 光 であ るo ・ 武 野 紹 鴎、 千 利 休 で あ る 。 - 118 −終 結 ・な ぜ 、「 闘茶 」 は「 茶 道」 へ変 化 し たの だ ろ う か ? ・ 室 町 社 会 の 特 色 は ど の よ う に説 明 で き る だろ うか ?美 意 識 の変 化 と 社 会状 況 の変 化 に 注 目 し て 説明 し て み まし ょ うo 資 料 の 歴史 学者 の 意 見を 読 み、 こ れ ま で の 学習 を ふ ま え、 参 考 にな る か ど う か確 認 し た うえ で 、 自分 の意 見 を 書 く 際 に活 用 し ま し ょ う。 T:発 問 す る。 P:答え る 。 T:発 問 す るo P:答え る 。 ⑩ ・ 応 仁 の 乱 に よ っ て 下 向 し た 貴 族 や新 興 武 士 の 美意 識 が 、 派 手 で 豪 華 な も の に 価 値 を お く もの か ら 、 簡素 で質 素 な も の に 価 値 を お く も の へ と変 化 し た た め 。 ・ 応 仁 の 乱を 契 機 とし て 、「 バ サラ 」 に象 徴 さ れ る よ う に 派手 で贅 沢 な も の に 価値 を 置 く社 会 か ら 、 厂わ び・ さ び」 に 表 現 さ れ る よ う に質 素 な もの に 価 値 を 置 く社 会 へ と変 化 し た。 ま た 、 有 力 者 の一 極 集 中型 社 会 か ら 、 有 力 者 の地 方 分 散型 社 会 へ と 変 化 し 、 こ れ か 要 因 とな り 各 地 に 有力 者 が 乱 立 す る 戦 国 時代 へ とな っ て い っ た。