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小・中学校音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化

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(1)Title. 小・中学校音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. Author(s). 菅野, 道雄; 石田, 久大. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 62(1): 217-225. Issue Date. 2011-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2414. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第62巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.62,No.1. 平成23年8月 August,2011. 小・中学校音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. 菅野 道雄・石田 久大 北海道教育大学旭川枚芸術・保健体育専攻(音楽分野). TheUseofAinuSongsasTeachingMaterials intheElementaryandJuniorHighSchooIMusicClass SUGANO Micio and ISHIDA Hisao. DepartmentofMusicEducation,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 2012年度より完全実施される新しい中学校学習指導要領では,和楽器指導に加えてわが国の伝統的な歌唱 法の指導が明記された。北海道にはアイヌの伝統音楽がある。これは,歌い踊ることが主であり,器楽指導 の対象としての可能性は限られていたが,伝統音楽の指導が歌唱へと範囲を広げられたことで,アイヌ歌謡 の教材化に可能性が広がった。本稿では,義務教育段階の音楽の授業の中にアイヌの伝統的な歌唱法を取り 入れることの意義を確認し,それを実際に教材化するための諸問題を検討する。アイヌ歌謡には,自然と共 生するというアイヌの生活哲学の反映があり,作曲者・演奏者・聴衆に分化する以前の音楽本来のあり方が 残っている。それを教材化することは,基礎的なリテラシー能力の育成,伝統文化の継承,子どもたちの社 会性と人間性の形成という学校教育の主要な機能のいずれにもメリットをもたらすものと考える。伝承曲の 原型をどこまで守るべきかなど課題も多いが,具体的な教材化に向けて研究を継続していく(. 生たちが,鍵盤楽器・管楽器あるいは声楽などそ. 1 研究テーマに至る経緯 1.1 アイヌの民話をもとにした音楽劇の創作 から 旭川校の音楽科は,2006年度からのキャンパス. 再編に伴い,中学校教員養成課程の「芸術・保健. れぞれの得意分野を生かし,互いに協力して子ど もたちの前で表現できるステージを作り上げてい く経験を通して共に音楽することのすばらしさ,. 子どもたちを感動に導く音楽の力などを体験的に 学ばせることを目標としています。. 体育専攻」の音楽分野として再出発し,それに伴. 旭川校音楽分野の教員は,この授業の中心教材. うカリキュラムの見直しを行いました。新しいカ. となるような作品を開発するために,「教員養成. リキュラムでは,「総合的音楽活動の実践」とい. 大学学生が子どもたちと触れあうことのできる総. う新しい科目を設け,これを必修単位としました。. 合的音楽表現作品の開発」という研究プロジェク. この授業は,小・中学校の音楽科教員を目指す学. トを立ち上げました。本テーマは,2007年度から. 217.

(3) 菅野 道雄・石田 久大. の3年間,石田を研究代表者とする科研費に採択 されました。 3年間の研究の最終年度にあたる2009年度に,. 招き指導をお願いしました。 アイヌの古式舞踊をオリジナルな形で演じるこ. とは,学生たちには新鮮な学びをもたらしたよう. 石田の台本,本学岩見沢校の二橋潤一教授の作曲. に思います。素朴で単調に見える「鶴の舞」も,. による,おもしろオペレツタ「金の小犬・銀の小. 実際に歌い,踊るためにはかなりのエネルギーが. 犬」が完成しました。この「金の子犬・銀の子犬」. 必要です。「大変だけど面白い」と学生たちは口々. は,アイヌの伝統的な説話(ウエペケレ)のタイ. に言い,アイヌ舞踊を踊ることには,他の部分を. プのひとつ,川下に住む人という意味の善良なバ. 歌い演じるのとは異なる充実感を感じているよう. ナンペと川上の住人のずるがしこいペナンペとい. でした。. う対照的な登場人物が繰り広げる物語から,知里 真志保による再話をもとにして音楽劇にしたもの です。科研費研究の「教員養成大学学生が子ども. 1.2 アイヌの伝統的な歌唱法を学び伝える 学生たちが体験したアイヌ古式舞踊は,1984年. たちと触れあうことのできる総合的音楽表現作. に国の重要無形民俗文化財に指定されているもの. 品」というテーマにふさわしい素材としてアイヌ. です。また,2009年にはユネスコ無形文化遺産に. の民話に着目することは,北海道で学ぶ学生たち. も登録されています。世界的にも貴重な伝承すべ. のアイヌ文化への関心を更に高めるとともに,そ. き文化財として認められているものであるといえ. れを通して,地域の子どもたちにもアイヌの文化. ます。この「アイヌ古式舞踊」の中には,「鶴の舞」. への関心と理解を深めることを促すものと考えま. のように歌に合わせて踊る「リムセ」と呼ばれる. した。. ものと,座って歌う「ウポポ」と呼ばれる歌が含. 年度末の2010年2月には,旭川市立第二小学校. まれています。. これらの音楽は,楽器は一切用い. で,子どもたちの前で初演を成功させることがで. られず,歌と踊りだけで構成されています。北海. きました。. 道アイヌにとって唯一の楽器といえるムックル1. この作品は,2010年度も「総合的音楽活動の実. は,例えば,狩に出た夫を思って妻が一人自らの. 践」の授業で取り上げ,2011年2月には中富良野. 慰めのために演奏するというように一人ひとりで. 町立宇文小学校で上演しました。さらにこの授業. 演奏するものであり,集団で行うウポポでも,楽. は,NHKの報道番組で「アイヌの音楽劇に挑む. 器らしいものと言えばシントコという漆器の蓋を. 大学生」(2011年3月3日放送)として全道的に. 叩いてリズムを取っているくらいです。このよう. 紹介されるなど,学外からも注目されるように. に,アイヌ音楽は歌うことが主となっているので,. なっています。「金の子犬・銀の子犬」は,「総合. アイヌの歌を伝えていくことがアイヌの音楽文化. 的音楽活動の実践」の授業における中心的なレ. 伝承の大きな部分を占めるということになりま. パートリーとして定着していくものと思われま. す。. す。. この音楽劇は,アイヌ民話のストーリーをもと. 前述の科研費研究では,アイヌの民話を劇化す ることによって,ユーモラスな展開の中にも,自. に,ピアノ伴奏と独唱・合唱による,一般的な学. 然と共生し,環境を守り伝えるというアイヌの. 校オペレッタとして作曲されています。その劇中. 人々の伝統を子どもたちに伝えることのできる音. には,アイヌの伝統的な古式舞踊である「鶴の舞」. 楽作品を完成するという成果を得ました。しかし,. が演じられる部分を取り入れています。この「鶴. アイヌの音楽文化を伝えるという視点に立つと,. の舞」の部分に関しては,できるだけオリジナル. 「鶴の舞」1曲を挿入するだけでは不十分である. な形で演じることができるよう,旭川校に隣接す. と考えられます。そこで新たに,「伝統的な歌唱. る川村力子トアイヌ記念館の副館長川村久恵氏を. 法を生かした,小・中学校音楽科授業のためのア. 218.

(4) 小・中学聴音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. イヌ歌謡の教材化」というテーマを立てて,新た. 伝えていくことは,教育の大きな役割です。音楽. な研究プロジュクに取り組むこととしました。. は,人間生活に欠くことのできない文化です。通. 北海道に学ぶ学生たちが,アイヌ文化を正しく. 訳を解さなくても,互いに理解しあえる普遍的な. 理解することには特別な意味があると考えます。. 言語としても,日本人のアイデンティティを確認. 旭川校音楽科の学生たちは,一般教養科目でアイ. する文化としても,音楽を学び伝えていくことに. ヌ語やアイヌ文化を学ぶほか,「中学校音楽科教. は大きな教育的意義があります。特に北海道では,. 育法」ではゲストティーチヤーに,アイヌ記念館. アイヌ文化の継承も大きなテーマですが,のちに. 館長の川村兼一氏を招き,アイヌの歴史と音楽に. 検討するように,アイヌ音楽を学ぶことは,アイ. 関するレクチャーを受け,ムックルを製作・演奏. ヌ文化を学ぶ面でも大きな効果を持つものと考え. する学習をしてきています。今後,アイヌ音楽を. ます。. 正しく理解し伝えていく教員を養成するために. 3つ目は,人格形成です。子どもたちが人とし. は,学習範囲をアイヌ音楽の中心である歌に広げ. て育っていくためには,さまざまな意味での「こ. ていく必要があります。. ころ」の成長が必要です。音楽教育は情操教育で. 今回の研究は,そのための基礎研究として,ア. あると長く位置づけられてきました。現行の小・. イヌの「伝統的な歌唱法」とはそもそもいかなる. 中学校の学習指導要領でも,音楽科の目標は「豊. ものであったのかを明らかにしていくという面. かな情操を養う」とされています。音楽は,他の. と,そのアイヌ歌謡を小・中学校の音楽授業の中. 芸術教科とともに,子どもたちの「美的情操」を. にどのように教材化していくのかという2つの側. 育み,子どもたちの「こころ」を豊かに育ててい. 面を持っています。本論文では,後者の教材化と. くものなのです。さらに,合唱や合奏をイメージ. いう視点から研究を展開する第一歩として,この. すれば容易に納得できるように,音楽活動には子. のち進めていくべき方向性を探るための基本的な. どもたち一人ひとりが主体的に音楽を表現するこ. 問題を明らかにし,「教材化」の可能性を展望し. とと,集団の成員が協力して一つのものを作り上. ていくことを目指したいと考えています。. げていく協調性を持つことを同時に体験させるこ. とができ,子どもたちの社会性を育てる格好な教 2 アイヌ歌謡を「教材化」することの意義 2.1 学校教育における音楽科の役割 教育の目的にはさまざまなものがありますが,. 科でもあると言えます。 このように,音楽科の授業は,学校教育の中に. 不可欠なものと考えられます。アイヌ音楽を教材 化する場合にも,これら学校教育における音楽科. その中でも学校教育が担うものというのは,主に. の役割に関わってどのような意義があるのかを考. 以下の3つではないかと私たちは考えています。. えてみることが必要です。次節では,上記の3つ. まず第一に,「読み・書き・算盤」と言われる,. の観点からそれぞれ検討していきたいと思いま. 生活に必要なリテラシー能力を身につけさせるこ. す。. とがあります。音楽科は,これら3R’sとは関わ りのない教科のように思われがちですが,これら. 2.2 アイヌ歌謡の教材化の意義を検討する. の基礎的なリテラシー能力を身につけるために. 2.2.1 わが国の伝統的な歌唱法とアイヌ歌謡. は,表現力や判断力など,知識を使いこなすため. 現行の,平成10(1998)年の中学校学習指導要. の能力が必要であり,それらを身につける上では,. 領では,器楽の授業の中で「和楽器」を一つ以上. 音楽は不可欠なもののひとつです。. 指導することとなりました。「和楽器指導」が取. 次に,文化を継承することです。人類が長い年. 月をかけて育ててきた文明と文化を後世の人々に. り入れられて,北海道を含む全国各地の中学校で, どのような和楽器を選ぶべきかというところから. 219.

(5) 菅野 道雄・石田 久大. 戸惑いと混乱が見られました。菅野は,現行指導. いるほか,自然と共にあって動物の鳴き声や自然. 要領完全実施後,2度にわたり道内における和楽. 現象の音を模倣するなど一人で演奏し,合奏した. 器の普及状況について調査を行ないましたが,楽. りはしないものだという特性もあります。この点. 器の選択・整備は市町村によるばらつきも大き. では,アイヌ歌謡の場合は,共同体生活の中で共. く,全般的にその普及はあまり進んでいるとは言. に歌い踊られるものであり,音楽の授業の教材と. えませんでした2。その状況は,現在もあまり変. して,器楽よりも扱いやすいものです。アイヌ文. わっていないものと思われます3。和楽器導入の. 化が,北海道文化の重要な一部であるとするなら. 際に際立っていたのは,沖縄県の学校で琉球音楽. ば,アイヌ歌謡を「わが国の伝統的な歌唱」に含. の代表的な楽器である三線が積極的に取り入れら. めて指導していくことが,北海道の学校には求め. れるという状況でした。このことは,地域に受け. られているのだと思います。. 継がれている音楽があって,それが今も人々の生. そこで,「わが国の伝統」の範囲についてもう. 活の中に生き生きと存在している場合には,伝統. 少し考えて見ましょう。. 音楽の教材化は無理なく行われるということを表. 2.2.2 アイヌ歌謡を学ぶことで「わが国の. しています。事実,沖縄のような全県的な広がり. 伝統的な歌唱法」を学んだことになる. には至らないものであれば,伝承音楽の残る地域. のか?. での,すぐれた和楽器指導の例を各地に見ること ができます4。. 菅野は,担当する「/ト学校音楽科教育法」の授. 業で,テストの問題に「北海道という地域の特性. このように,中学校における和楽器指導の現況. を生かした音楽の授業を碇案してください」とい. には議論の余地があるものの,それまでの鑑賞を. う課題を出したことがあります。この授業は,小. 中心とする学習では不可能であった日本の伝統音. 学校教員免許を取得するためのものなので,受講. 楽への興味と関心を引き起こすことができたと考. 生の大半は音楽科以外の学生です。彼らの答えの. えられます。平成24(2012)年度から完全実施と. 中に,アイヌの音楽を教えるというものが相当数. なる新指導要領においては,さらに「歌唱法」に. あり,中には「ムックリを体験させる」と具体的. までその範囲が拡大されることとなりました。す. に答えた者も少なからずありました。北海道文化. なわち,歌唱教材として,「民謡,長唄などのわ. の中にアイヌ文化を含むことが,旭川校に学ぶ学. が国の伝統的な歌唱法のうち,地域や学校,生徒. 生たちの中では,至極当然なこととなっているの. の実態を考慮して,伝統的な声の特徴を感じ取れ. です。. るもの」を取り扱うことが明記されたのです。. もちろん出題者は,北海道の伝統的な音楽文化. 先にも述べたように,アイヌ音楽で大きな部分. としては,まったく別のイメージを持っていまし. を占めるのはリムセやウポポの様な歌です。アイ. た。北海道には,「江刺追分」や「ソーラン節」. ヌにもムックルという楽器があるのですから,「マ. など,日本民謡を代表する名曲が少なからず存在. イ・ムックル」を製作して個々人で演奏体験をす. します。特に「ソーラン節」は,「よさこいソー. るといった授業は叶能です。しかし,和楽器指導. ラン」という形をとって,地域や職場など道内に. でムックルやトンコリを指導する授業は,北海道. 幅広く浸透しています。今日,学校現場でも「よ. でもほとんど行われなかったと思われます。アイ. さこいソーラン」を年間行事の中に取り入れると. ヌが北海道の先住民であるといっても,そこに住. ころは多くなっています。ですから,解答として. んでいる大半が日本人であるという状況の中で,. はこういった民謡に着目した授業の碇案を期待し. これらを和楽器とみなすには少なからず抵抗感が. ていたのです。ドリフターズが「全員集合」のテー. あるのに加えて,ムックルは個人的な楽器であっ. マ曲に用いた「北海盆唄」も全国区となった北海. て,親しい人の留守の寂しさを紛らわすときに用. 道民謡のひとつです。菅野は,本州から旭川に赴. 220.

(6) 小・中学聴音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. 任した最初の夏に,北海道の盆踊りを体験し大変. イヌの音楽は,北海道という地域をとってみても. 驚いたものでした。そこでは,延々と「北海盆唄」. 少数派の音楽であるという事情があります。しか. が繰り返されていました。これは,石田のような. し,アイヌ文化が日本文化と異なるものであると. 北海道の出身者にとっては,きわめて普通のこと. しても,北海道文化の中に,一定の比重を持つも. ですが,少なくとも菅野の出身地である名古屋で. のでもあることは認めていかなければなりません。. は,「名古屋おどり」というローカルな盆踊り歌. 2.2.3 文化における多数派と少数派の問題. があっても,それを一晩中繰り返すことはせず, 「炭坑節」や「郡上音頭(かわさき)」などを交. 2010年9月に埼玉大学で行なわれた日本音楽教 育学会の全国大会で,中国の内モンゴル自治区か. えて,踊りに変化を持たせていくのが一般的です。. ら東京学芸大学の大学院に留学しているツリグラ. 北海道の人々のほうが,地元の民謡を自分たちの. 氏の発表5を聞く機会がありました。発表の概要. ものとして大切に伝えていくという意識が高いの. は,内モンゴル自治区の地方都市において,モン. ではないかと考えられるのです。そういった北海. ゴル人の通う小・中学校で,モンゴルの伝統歌唱. 道出身者が大半を占める学生たちの解答に,堂々. オルティンドーの授業が導入されているというも. とアイヌ音楽が語られているということは無視で. のです。. きないことのように思われます。 先に述べたように,文部科学省が指導要領で「和. 民族の伝統を学校教育の場で伝承していくとい うことは,わが国の学校ではあまり行なわれてい. 楽器」や「わが国の伝統的歌唱」という言葉でイ. ないことであり,なかなか興味深い内容でしたが,. メージしているものが具体的に何なのかというこ. それ以上に興味を引かれたのは,「自治区」と言. とについては,いくつかの例示はされているもの. いながら実際には人口の多数を占める漢民族の管. の,どこまでの範囲を含んでいるのか明示されて. 理下にあるにもかかわらず,少数派のモンゴル人. はいません。中学校でこの10年間に取り上げられ. のことを,内モンゴルにおける「主要民族」と言っ. てきた和楽器について言えば,撃,三絃,尺八の. ていたことでした。中国における「民族」の問題. 三曲が代表的なものとしてイメージでされます. は複雑なものがあり,ここでそれを論じることは. が,雅楽や能楽に使われる楽器や篠笛・和太鼓な. 本論文の主旨ではありません。ここでは,モンゴ. ど,実際の授業で取り上げられている楽器もさま. ル人と漢人とは別個の学校制度の中で学んでいる. ざまです。先にも述べたように,沖縄では三線や. ということと,少数民族の学校ではその民族独特. エイサーの太鼓などを和楽器として扱っていま. の伝統文化を学ぶ機会を設けられているというこ. す。琉球音楽は,本来の日本音楽とは異なるもの. とに注目しておきたいと思います。. ですが,教科書で日本の音階として,陽旋法(田. 日本の場合,アイヌが北海道における先住民族. 舎節音階),陰旋法(都節音階)と並んで,琉球. ではあっても,今日では,日本人と同じ学校に通. 旋法(音階)が並記されるなど,わが国の伝統音. い,同じ教育を受けています。そうであればこそ,. 楽としての地位が認められているという実情があ. 共に学ぶ日本人としてみれば,少数とはいえアイ. ります。. ヌの人々の文化を北海道独自の文化の一つとして. 一方アイヌの音楽は,やはり伝統的な日本音楽 とは異なる伝統を持つものですが,こちらは,日. 学び,継承していくことには,十分な意義が認め られると考えます。. 本の音楽として位置づけるということは未だ行な われてはいません。沖縄における琉球音楽は,そ こに住む沖縄県民にとって地域の伝承文化である のに対して,北海道の場合には,明治以降日本各. 地から入植して来た人々の子孫が多数を占め,ア. 3 アイヌ歌謡の教材化の可能性 実際にアイヌ歌謡を用いた授業を行おうとする. と,素材となるアイヌの伝統的歌唱法がどのよう. 221.

(7) 菅野 道雄・石田 久大. なものであるかということを明確にする必要があ. アイヌ歌謡の映像資料や音源はある程度残されて. ります。しかし,アイヌ語自体に文字がない位で. おり,教材として適切なものを選ぶことに困難は. すから,アイヌ音楽にも楽譜はありません。すべ. ないと考えています。. てのアイヌ歌謡は口調伝承によって伝えられてき たものです。そのため,同じ歌であっても伝承者. 一人ひとりの差異が大きくどれがオリジナルかを. 3.2 歌唱教材としてのアイヌ歌謡 リムセやウポポの様なアイヌの歌は,共同体の. 確定することが難しいということがあります。一. 中でみんなで歌ったり踊ったりして楽しまれてき. 方で,長く日本文化と交流する中で,アイヌの歌. ました。ですから,そのオリジナルのかたちをそ. や踊りが日本民謡の旋律形の影響を受けて変化し. のまま授業で楽しむことが可能であると考えてい. てしまったりすることも起こっています。アイヌ. ます。. 古式舞踊として観光地で上演される過程でそれが. 大学生が「金の子犬・銀の子犬」で体験した,「鶴. さらに進むという傾向も見られます。本研究では,. の舞」などは,小・中学生の教材としても十分使. 教材化の前提として,伝えるべきアイヌ歌謡の本. えるものと思います。. 来の形がどのようなものであったのかを明らかに. アイヌ歌謡の発声法や音律は,西洋音楽とも日. していくことが必要だと考えています。そのため. 本の伝統音楽とも異なる独自のものを持っていま. 現在,この面での研究を並行して進めており,追っ. す。アイヌ歌謡を体験することは,身近に多文化. てその成果を明らかにすることを予定しています. 性を実感的に学ぶことにもつながります。. が,その成果を待たなくても,現在わかっている. そもそも,アイヌの人たちの生活観には,私た. 範囲でも,アイヌ音楽を使った授業にどのような. ち現代日本人とは異なるものがあります。自然と. 態様が考えられ,それぞれどのような教育的な意. 共生する生活哲学は,私たちがとうの昔に失って. 義を認めることができるか,考えることができる. しまったものですが,エコロジーが求められる今. と考えます。以下,学習領域ごとに検討してみた. 日,そこから学ぶべきものが多くあると思います。. いと思います。. そういったアイヌの音楽は,誕生から死に至る 生活のさまざまな場面に深く結びついて存在して. 3.1 アイヌの伝統音楽を鑑賞する. います。労働や儀式とともにある音楽は,ともに. アイヌの伝統音楽を鑑賞することで,この北海. 歌い踊ることが原則であり,たとえ歌の名手とい. 道の先住民の生活と文化を理解し,生活の中にど. われる人がいるとしても,プロフェッショナルな. のような音楽が息づいていたかを理解することが. 歌手として,鑑賞の対象になるということはあり. できます。また,世界音楽的な視野で見ると,ア. ません。作曲・演奏・聴取(鑑賞)という3極に. イヌ音楽は北方民族文化圏の音楽として,ヨー. 分化し,コンサートという場で楽しまれるような. ロッパから北アメリカまでの幅広い地域のものと. 近代音楽のあり方とはまったく違って,この3つ. の関連や類似性を持っています。そういった周辺. のものが同時に共同で行なわれるというかたちを. 地域の先住民の音楽も比較鑑賞することで,極寒. とって現れているのです。そういったアイヌの音. の地の生活での音楽のありようにも理解を深めら. 楽を歌い踊るという体験をすることで,本来「音. れるものと思います。. 楽」はどのようなものであったのか,「音楽する」. 雅楽・声明から江戸三曲に至る日本の伝統音楽. という行為の本質はどこにあるのかということへ. は,東アジア文化圏に属するものであり。それら. と,子どもたちの理解を導くことになるであろう. との比較もまた極めて興味深いものと考えます。. と思います。. アイヌ音楽の鑑賞は,表現活動の理解を深め,. 活動意欲を高めるためにも重要なものです。幸い,. 222.

(8) 小・中学聴音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. 3.3 創造的な表現の可能性を広げる. 「金の子犬・銀の子犬」を創作する段階でも,. 音楽の本質に目を向ける,このような音楽のと. 当初は,ストーリーをアイヌ民話に求めるだけで. らえかたができるようになると,創作活動の領域. なく,音楽の方もアイヌ音楽の要素を取り入れて. において,いわゆる「作曲」といった形式にとら. 表現しようと志向していました。しかし,結果的. われることなく,音楽のあり方についてもっと柔. にはアイヌ的要素を十分に取り入れることはでき. 軟に考えることができる様になります。これに. ませんでした。オペレッタという西洋音楽的な枠. よって,創造的に音楽づくりに関わる基本的な姿. 組みの中にアイヌ音楽を取り入れていくために. 勢を培うことができるようになります。. は,その音楽的な特徴の分析が不十分だったと考. 創作活動に関しては,さらに,もうひとつの利 点を考えることができます。. アイヌの音楽は,私たち日本人にとってもあま. えています。具体的なことは,今後の研究の成果. を待たねばなりませんが,アイヌ伝統歌唱の特性 を生かした教材作品を生み出していくことにも可. り馴染みのないものですから,ほとんどの小・中. 能性があると思います。この際には,ムックルや. 学生にとっては,初めて体験するものです。「伝統」. カラフト伝来といわれるアイヌの弦楽器トンコリ. という言葉は,古くから存在するものを守り伝え. などの器楽も取り入れた新たな表現も可能であろ. ていくというイメージがありますが,アイヌの伝. うと考えられています。. 統的歌唱を学ぶ現代の子どもたちには,それが古. この延長線上には,アイヌの歌唱法や器楽が,. いものというよりは,まったく新しいフレッシュ. その他のジャンルの音楽と共同して新たな音楽世. な音楽としての体験となるのではないでしょう. 界を広げていくという活動も考えられます。実際. か。. に,アイヌ出身のミュージシャンの方々が,現在. すでに,現行指導要領で和楽器が取り入れられ たときに,同様の状況が中学校の教育現場で見ら. こういった方向で活動を展開しているという例は 少なくありません。. れました。和楽器が日本の伝統文化として伝えら. このように,アイヌ歌謡を音楽の授業に取り入. れているものであるとしても,学校外で慣れ親し. れていくことで,私たち今日の教師や児童・生徒. んでいる生徒はごく限られています。多くの生徒. たちは,日ごろの音楽の授業では気づくことので. にとっては,撃や尺八にはピアノやリコーダーの. きない,音楽の本来あるべき姿に思い至ることが. ような親近感はありません。それだからこそ子ど. できます。このことに限ってみても,音楽の授業. もたちは,撃などの和楽器に新鮮な魅力を感じて. にアイヌ歌謡を取り入れていくことには大きな意. 積極的に取り組もうとする姿を見せたのだともい. 義があるものと思います。. えます。実際,中学校の教科書のなかには,日本. 旋法に調律された撃を使って創作活動をするとい う学習のページも見られます。伝統にとらわれて いない子どもたちだからこそ可能な活動といえま. 4 当面の課題と今後の展望 ここまで,アイヌ歌謡の教材化の意義と可能性 についていろいろ考察してきましたが,今後具体. す。 「鶴の舞」に取り組んだ学生たちには,未知の. 的に教材化を進めていくために解決しておかなけ. ものに対する強い興味と関心を見ることができま. ればならないいくつかの根本的な問題があると考. した。アイヌ歌謡も,子どもたちに耳馴染みでな. えます。ここでは,その中から3つ上げておきた. いからこそ,その昔組成や発声法などが,新たな. いと思います。. インスピレーションを刺激する力となる可能性を 持っていると考えます。. 4.1 記譜法の問題 音楽を記録し伝えていくためには,楽譜を用い. 223.

(9) 菅野 道雄・石田 久大. るのが一般的です。今日,楽譜といえば五線譜を. が生じることは避けられません。まして,日本人. 用いるのが普通です。実際,アイヌ音楽の研究者. の子どもたちを対象とした授業の中で,口伝えだ. たちの多くも五線譜を用いてアイヌ歌謡を採譜し. けで正確に伝えることはとても難しいことです。. てきました。しかし,西洋音楽を学んできた私た. この点から考えると,教材化に当たっては五線譜. ちの大半は,ひとたび音が五線譜に善かれてしま. を使用することが無理のない方法のように思われ. うと,平均律的な音感でそこに善かれた音楽を読. ます。. んでしまいます。アイヌ歌謡を現代に伝えている. ただ,指導者の側では,より正しい姿を理解し. 伝承者たちの歌は,日本人との100年を越す交流. ておく必要があります。幸い,録音技術の開発に. の中で,日本音楽の旋法や,西洋音楽の影響を受. より,アイヌ歌謡の記録が残されていて,口調伝. けてすでに変化してしまったのではないかと思わ. 承の具体的な姿を数世代前までさかのぼって聞く. れるような部分も多く見られます。それでもなお,. ことができます。口調伝承の伝統を学校の授業に. アイヌ音楽固有の音律があるのではないかとうか. 適用していくとすれば,これらを,教育現場の指. がわせるものも少なからず残っているように思い. 導者が直接聞きとって,子どもたちに伝えていく. ます。五線譜に記すことは私たちには簡便な方法. ということになるのでしょうか。しかし,西洋音. であり,また多くの人にその音楽がどのような感. 楽的な指導しか受けてきていない多くの現場指導. じの音楽であるのかということを伝えるのには便. 者にとっては,これもなかなか難しいことかもし. 利な表記であるという利点がある一方で,半音以. れません。. 下の微分音程を表記するのには難点があり,細部. そこで,もうひとつの可能性として,アイヌ歌. にわたって正確に記録し伝えていくのには向かな. 謡の伝承にふさわしい新たな記譜法を開発するこ. いという面があります。. とも考えられます。和楽器に限らず,世界のさま. 日本の伝統音楽を指導する場合にも記譜の問題 は存在します。撃や三絃,尺八などの和楽器では, それぞれの楽器に独特の楽譜があり. ,個人指導で. ざまな音楽が,それぞれの様式にふさわしい楽譜 を持っています。アイヌ歌謡の特性を明らかにし ていく今後の研究の中で,新たな記譜法を工夫し. お師匠さんに教わる場合には,そういった楽譜を. ていくこともあわせて検討していかなければなら. 使って指導されていくのが一般的です。しかし,. ないと考えています。. 学校の授業で和楽器を取り扱う場合には,そう いった伝統的な楽譜を使うことが効果的であると ばかりはいえません。たとえば,撃の手ほどきの. 4.2 使用言語の問題 歌を歌うとき,ほとんどの場合歌詞を伴ってい. 授業で初めて楽器に触れて演奏してみるという場. ます。ヴオカリーズであったり,鳴き声や様子を. 合には,演奏する弦の番号を示した伝統的な楽譜. 表すオノマトペだけでできている歌の場合は問題. はとても便利で,そのまま使うことが効果的です. になりませんが,何か歌詞に意味がある場合には,. が,その楽譜を見て旋律を口ずさむことは,多く. 使用言語の問題が避けられません。. の子どもたちには困難であり,五線譜を併用しな いことには効率的な授業は望めません。. まして,アイヌ歌謡の場合には伝統的な楽譜は. 小・中学校の音楽の授業では,多くの外国曲は 日本語の歌詞がつけられています。それらの歌の 中には,原語を訳したものばかりでなく,まった. 存在せず,全てが口調伝承によって伝えられてき. く新しい日本語の詩がつけられたもの(「/トさな. ましたから,問題はさらに難しくなります。理想. 木の実」など)や本来は器楽曲だったものに言葉. 的には,口調伝承の伝統を守るべきなのかもしれ. がつけられたもの(「モルダウの流れ」など)も. ませんが,この方法では,アイヌの人々の間で伝. 含まれていますが,アイヌ歌謡は,生活に即した. えていくだけでも,周囲の状況の変化による変形. さまざまな場面で歌われるものなので,歌詞の意. 224.

(10) 小・中学聴音楽科授業におけるアイヌ歌謡の教材化. 味や文脈を変えてしまうことは適当ではありませ 【参考文献】. ん。 音楽のもっているさまざまな要素との結びつき. を考えたときには,アイヌ語で歌うことが望まし いことは言うまでもありません。それは,ほかの. 外国曲でも同様ですが,歌っていることを理解し ながら歌うためには,アイヌ語そのものの学習も 必要になってきます。このことを考えると,使用. 言語の問題は音楽の授業にとどまらず,他教科・ 領域との関連も含めて解決していかなければなら ないことであるといえます。. 熊谷奈緒美・菅野道夫,2006「中学校における和楽器指 導の実態と課題(2)」日本教科数青学会全国大会論文集 pp.34−37. 文部科学省,2008「中学校学習指導要領一平成20年3月. 告示」東山書房 文部科学省,2008「中学校学習指導要領解説 音楽編一. 平成20年9月」教育芸術社 文部省,1998「中学校学習指導要領」大蔵省印刷局 文部省,1999「中学校学習指導要領(平成10年12月)解 説 音楽編」教育芸術社. 菅野道夫,2003「中学校における和楽器指導の実態と課題」 日本教科数青学会全国大会論文集pp.127−130. 4.3 教材化の可能性と限界 アイヌ歌謡の教材化をテーマにしたのには,ア. 注. イヌ音楽の側からすると,北海道におけるマイノ リティの文化であるアイヌの歌の口調による伝承 はもはや限界に来ているのではないかという認識. 1 一般的にはムックリと呼ばれることが多いが,上川 地方ではムックルと発音されています。また,アイヌ の楽器としてはほかにトンコリなどが知られますが,. があります。現代の生活では,メディアの情報は. たとえばトンコリは樺太アイヌの5弦ハープであるな. 瞬く間に世界をめぐり,世界中の情報が日本全土. ど,ムックル以外のものは外来楽器であるとされてい. に伝わっていきます。今,アイヌの音楽を向後に. 伝えていくための手段を講じなければ,純粋なア イヌ音楽の姿は霧消してしまい,記録の中に残さ れるだけになってしまうに違いありません。本研 究の目的の中には,文化を伝承する教育の力に期 待するという面も含まれています。. ます。 2 菅野,2003及び熊谷・菅野,2006 3 例えばごく最近の2011年3月に行なわれた日本学校 音楽教育実践学会北海道支部例会においても,「クラス 肇3面での指導実践」についての報告が行なわれてい. ます。 4 旭川市においても,市立第一中学校では,本州(福 井県と福島県)から入植した先祖が伝えたという盆踊. このことを踏まえて,アイヌ歌謡の教材化を改. りを教材に篠笛の授業が実践されていました(過疎化. めて考えるとき,教材としての取り扱い方には細. の進展により,残念ながら同中学校は廃校となってし. 心の注意が必要なのではないかと思います。教材. まいました)。. として,アイヌ音楽を取り扱う場合に,どこまで. のオリジナリティが追求されるべきなのか,特に. 5 ツリグラ「内モンゴルにおける学校教育へのオルティ ンドー導入の研究」2010.9.26日本音楽教育学会第41回 大会(於・埼玉大学). 発声法や音階構造などは,その扱いに気をつけな いと,むしろ伝承を破壊してしまう可能性もあり ます。アイヌの人々が比較的多く住む地域とそう でない地域とでも,その授業のあり方には違いが. 付 記 本研究は,科学研究費補助金・基盤研究(C)(研. 出てくるものと考えられます。今後の研究では,. 究代表者:石田久大,課題番号22531003)の一. そのあたりも考慮に入れた,さまざまな教材化の. 部をなすものです。なお本稿は,石田との綿密な. 具体的な姿を提案できるように進めていきたいと. 打ち合わせのもとに菅野が執筆したものです。. 考えています。 (菅野 道雄 旭川校教授) (石田 久大 旭川校教授). 225.

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参照

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