豊かさは対話のなかに
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(2) という政策に導かれて,個性的な感性を表現する言葉が. た話はご存知と思います.プラトンの『対話篇』は,そ. 排除されていきました.標準語というものは,ある意味. こから生まれ, 「対話こそ哲学である」 と彼はいいました.. では必要な言語で,だれが読んでも解釈に相違がない客. 対話は一般論ではなくて,豊かな言葉のなかから,そ. 観的な言葉として必要です.しかし,その標準語がつく. のとき,その人,その場に最も的確な言葉を選んで,語. られたときに,標準語の枠外におかれた人間の生きた言. り合う言葉です.ステレオタイプの標準語しか知らない. 葉が,公共の社会から公認されなくなったことを,忘れ. と,人間の感情も考えも,単純で貧困になるのです.標. てはなりません.. 準語で表せない言葉を知っているから,人間も豊かな考. 学校でも,社会には標準語以外に,より豊かで個性的. えをもつことができるわけで「人間は言葉をもつ動物で. な生きた言葉があり,現実の人間関係がつくられている. ある」と,いうアリストテレスの言葉は,人間は言葉を. ことを,教えなければならなかった.私たちは方言や,. つくるだけではなくて,言葉によって人格をつくられて. 手紙の文章や,詩や物語,落語や漫才などにでてくる,庶. いるということをいっているのだと思います.. 民の生きた会話を学ばなければならなかった.生活の歴. 話題が少し飛びますが,日本人は,色を表す色の基礎. 史から生まれた,繊細で温かく鋭い表現力をもった言葉. 名(水色というような他の言葉を借りる複合名や,まじ. があることを,知らなければならなかったと思います.. りあった色ではなく)を 50 ほどもっていると専門家は. ところが,日本人は,標準語というとそれが言葉のす. いいます.ところが,民族によっては,色の基礎名が. べてになってしまう.学校も行政も,公的な世界では特. 20 ほどしかない民族もあるのだそうです.しかし,現. に,標準語から外れた言葉というものは,田舎者,また. 実の世界では,色を表す言葉は非常に多様です.たとえ. 教養がない人間の言葉というように軽蔑する風潮さえあ. ば, 中学の教科書で万葉集の「茜さす紫野行き標野行き」. りました.たとえば,石牟礼道子さんの『苦海浄土』と. という額田王の歌を習ったと思いますが,茜という色を. いう水俣病の患者が登場する小説がもし標準語で書かれ. 言葉として知っていると,茜色の陽が差すとき,自然が. ていたら,あれほど多くの読者の心に感動を呼び起こす. 与えてくれたその美しさに気がつきます.茜色という言. ことはできなかったと思います. 人間の言葉というのは,. 葉を知らない人は,そういう色に出会っても気がつかな. 標準語だけで表せるものではない.むしろ,私たちの魂. い.それは言葉が私たちの感受性をつくっている面があ. が響き合うのは,対話のなかの豊かで繊細な奥深い感情. るからです.したがって,対話ができない人,型どおり. です.演劇や,映画,庶民の文化であった狂言や落語や. の言葉しかいえない人というのは,もともとその人の感. 掛け合い漫才などには,いまも反射的に共感できる人間. 受性や論理性が乏しい人といえるわけです.. 的表現力があります.. 実は対話ができる人というのは,すばらしい人なので. 医療の世界では,特に,患者は苦しさや痛みや体の変. す.対話できる人と巡り合ったことで,人生が変わった. 調を,的確に当てはまる言葉で伝えたいでしょう.伝え. という人さえいます.対話は定型の標準語ではない,そ. たくても,うまく表現する言葉が見つからないときは,. の人,固有の言葉で豊かな感受性を表現し,深い思索,. 医師や看護師や理学療法士などの専門家から,本質を浮. 思考を語る言葉だからです.対話を本当に大事にしてい. かび上がらせるような質問をしてもらいたいでしょう.. ただきたいと思います.対話ができる人になっていただ. そのやりとりのなかで,病気の真実が次第に浮かび上. きたいと思います.. がってきます.患者という特殊な状態におかれた人間に. たとえば,対話するとき,私たちは相手の人に,ある. とって,医師との対話ほど,大事なものはありません.. 事件について「こういうことがありました」と話します.. 対話ができないということは,決定的な欠陥ではないか. その場合,そういうことをある程度,知っている人に話. と,私には思われるのです.対話は,感情も感受性も,. すときの言葉と,まったく知らない人に話すときの言葉. もちろん論理的な理屈も客観性も全部を含んだ人間の全. とを無意識のうちに,変えています.対話とは,それほ. 体性からでてくる言葉ですから,それはその人の生活,. ど複雑な表現をすることができる変化自在な言葉です.. 人生の生き方を反映しています.. トルストイが次のようなことをいっていることに驚きま. いわゆる五感,第六感などといいますが,哲学的な深. した.ロシア語は, とても豊かな言葉で, 敬語ひとつとっ. い思想もまた,対話のなかから初めて生まれた,といわ. ても,20 人の部下をもっている人に対する敬語と,50. れます.ソクラテスが知の根源として,対話を大事にし. 人の部下をもっている人に対する敬語,100 人の部下を. 10.
(3) 老年看護学 第 24 巻第 2 号 2020.1. もっている人,1,000 人の部下をもっている人への敬語. 話し合う時間をつくった.そうすると,統計的にエラー. がみな違う,というのです.わが国ではひととおりの敬. が激減したのだそうです.. 語,あるいは皇室関係の敬語程度しかありませんが,言. 私はこの話を,看護学専門の友人に,話してみました.. 葉というものは本当に豊かなもので,個人の人生と,社. すると,その友人が, 「いや,看護師のなかでも同じこ. 会の制度を重層的に反映しています.. とが起こっている」というのです.看護師同士の失敗し. 日本人は,ハンバーガーショップの売り子さんのよう. たこと,不快な出来事,理解できていないがなんとなく. に,決まった言葉で応対することを強制する社会です.. 先輩には聞きにくいというような話が,雑談的な対話の. 「以上でよろしいでしょうか」で必ず終わる.それで,. なかでは自由に話せる.それがいちばん看護師たちの役. すべてのお客さんに対して,落ち度がない対応をするこ. に立っていて,自発的な納得だからでしょうか,大きな. とになる,と上の人は考えているのでしょう.売り子さ. 効果を上げているということでした.先輩の看護師が教. んは人間ではなく,ロボットだと思われているのでしょ. 室で話しても,なかなか効果が上がらないことが,仲間. う.病院で使われる言葉にもそういうところがあると思. 同士の対話によって効果を上げている,というのです.. いますが,同じ言葉でいう,ということは,自分には当. 縦社会ではなく,横の人間関係で仲間同士が話をする. てはまらない言葉でいわれている場合がある,というこ. と,なぜ,よい結果が得られるのか.それは自己防衛意. とでもあります.オープンダイアログの哲学と精神医学. 識を,一応,後ろに引っ込ませるからではないかと思わ. を語ったミハイル・バフチンは,対話の特徴として,そ. れます.対話のときに,自己防衛意識が強い人とは対話. の患者にふさわしい,その患者から求められている言葉. ができないといわれています.自分を守ることがまず先. を,心を開いて話し,心から聞くことが,心を病んでい. に立つ人とは,対話が成り立たないといわれます.とす. る患者の心のなかに届いていく経験を語っています.場. れば,管理社会,競争意識が強い社会で,対話が成り立. 合によっては,薬に代わって病気の患者を治すことがで. たないのは,当然かもしれません.. きるほど,対話は,大きな力をもっているといいます. 一例を挙げますと,会社や学校のなかには,一般に厳. Ⅲ.医療における「対話」. しい管理や罰則で締めつける方が,言葉よりも効果があ 私は,医療や看護のなかに対話の文化がしっかり根づ. る, と思っている人が多いようです.実は私のところに, わが国を代表する,ある大きな航空会社の危機管理室か. いていれば,そして,医師と看護師,看護師と介護士と. ら 1 冊,本が届きました.そのなかになにが書かれてい. いう人たちの間の対話がより自由であれば,患者に対し. たかというと,航空会社はお客さんの命を預かっている. てもよりいっそうよい対話ができて,話すことは快いも. わけですから (それは医療の世界も同じだと思いますが). のとして,治療の効果も上がるのではないかと想像して. エラーをなくそうと必死になるわけです.ところが,危. います. 医師は,対話が下手な人が多いです.私は現役時代,. 機管理室で調べてみると,エラーの 8 割はヒューマンエ ラーだということなのです.それで,エラーをなくす研. とても健康で病院のお世話になったことがあまりありま. 修を繰り返す. それから罰則をつくる. ヒューマンエラー. せんでした.しかし年をとると,やはり少しずつ体の不. は案外あちこちで起こっていて,たとえばもんじゅのナ. 調がでてきていまは病院のお世話になっています.その. トリウム漏れという大事故は単純なヒューマンエラーか. なかで医師との間の,あるいは看護師との間の対話が不. ら,起こっていたことが知られています.. 十分であるために,患者が病院をハシゴするのをしばし ばみています.医師の説明がよくわからない,あるいは. 簡単な原因で起こるエラーを,なんとか止めたいと, その航空会社は,いろいろ行ってみるのですが,エラー. 納得できないからまた別の病院に行く,これこそむだな. はなかなかなくならない.それで考え方を変えました.. ことです.医師が, 「患者への説明と対話も医師という. どう変えたかというと,航空機が到着をするのを待つ待. 職業の専門能力のひとつだ」と認識していれば,患者も. 機時間が乗務員に義務づけられているのですが,そのと. 安心してハシゴしなくなると思います.. きに仲間たちと対話をし,雑談をするという時間を積極. 病院では,いまでも 1 人の患者に 5 分というのが,だ. 的につくりました.上司から,ああしろこうしろ,それ. いたいの標準で決まっているという話を聞いたことがあ. はやっちゃだめといわないで,仲間同士で余裕をもって. ります.しかし,患者の話を心から理解しようとして聞. 11.
(4) くには,5 分の標準時間では足りないのではないでしょ. 忙しさというのは,ほめるべきことであって,ご苦労さ. うか.患者の方もどのように話したら短い時間で自分の. まと尊敬すべきことなのだ.批判するなんてとんでもな. 体の状態を理解してもらえるか,日ごろから対話する経. い」ことになっているのです.医師や看護師は尊い犠牲. 験を積んでおくことが大切です.. 者です.医師や看護師は,社会や患者に向かって「忙し. つい最近,私の教え子が訪ねてきて,彼女が網膜剥離. いです, 忙しいです」とおおっぴらにいうことができる.. を起こしたときの話をしてくれました.それは,眠る時. だれもが「ご苦労さまです」といってみなから感謝され. 間も惜しんである研究テーマに一生懸命に取り組んでい. るからです.それが,裏目にでて,本当は改善されなけ. る最中に突然に起こったことなので,失明するのではな. ればならない医療の現場が,改善されていないのではな. いかと,その後の生活の激変を思い,悲しみ,心配した.. いでしょうか.より時間をかけてていねいに患者と対話. そこで眼科の専門の病院で診察をしてもらったときに,. しなければならない診療をするには,労働条件を改善し. 最初に診察してくれた若い医師に, 「私は失明するんで. なければ, という根本的なことが置き去りにされている.. しょうか」と聞いた.その医師は「さあ,まだよくわか. それは,絶対に間違いで,本末転倒ではないかと私は思. りませんね」と,返答をした. 「わかりません」という. うのです.. 言葉は,とても正直な言葉で,いろいろな診察や治療の. 私が勉強したドイツでは,小学校から高校,大学まで,. 途中でわからないことがあるのは当然だと受け止めた. だいたいクラスの生徒数は,15 人です.20 人は超えな. が, 不安な気持ちはいよいよ強くなった.それから後に,. いので, 先生は 1 人ひとりの生徒の個性を把握していて,. 年配の医師が診察されたとき,また心配になったので,. 個性を尊重し伸ばす教育ができている.ところが,それ. 「先生,私,失明するんでしょうか」と同じ質問をした.. もドイツの政府が自発的にそうしたわけではない.1960. その医師は落ち着いた言葉で「あなたが失明しないよう. 年代に親と生徒と教師がいっしょになって, 「子ども 1. に,私たちは一生懸命に治療していますよ」と,そうい. 人ひとりに時間をかけられないようでは,まともな教育. われた.. はできない」というデモをしたのです.それに対して市. 2 人の医師の,結論は「まだわからない」という点で. 民も, 「そうだ,そうだ」と,ナチスの時代のように,. は同じですが,言葉が違う.教え子は,なぜか,年配の. 上の人がなにかひとこといえば,みんながなびくという. 医師の言葉を聞いたとき, ほっとして気持ちが落ち着き,. ような,そういう強制管理社会にしないためには,個性. 患者として守るべきことを積極的に守って治療に協力し. の違う 1 人ひとりの子供に時間をかけて,自主的な判断. ようと思った.いまは完全に治癒している,といいまし. ができる子を育てなくてはいけないと応援した.そこで. た.これもやはり対話の力かな,と思います.. 15 人学級が実現していったのです.教師にもゆとりが. ところが,医療の世界そのものが,対話が根づかない. できて質の高い教育ができるようになった(暉峻淑子著. ようにできているのではないかと思うことがあります.. 『豊かさとは何か』に詳述) .フィンランドでは大学生に. それは,医師も看護師も, 「忙しい,忙しい」とばかり. もっとも魅力がある職場は,教育職だというデータがあ. いうのです.365 日, 「忙しい,忙しい」という職種とは,. ります.日本では逆に大学の卒業生で義務教育の教師に. 医療の世界の人のことです.. なりたい人が激減しています.あまりにも忙しすぎる職. もし,会社員がきて,忙しい,残業ばっかり,といえ. 場だからです.. ば, 「それは働くシステムがきちんと整理できていない. 私は日本の医師が書いた本を読んだり,話を聞くこと. からではないの?労使の間で話し合いができています. が,ときどきあります.そのとき,平然として,あるい. か?もうけしか考えない会社では,かえって長期的には. は誇らかに「私は外来で午前中に数十人の患者を診てい. 大きな損失をだすものですよ」というような話になりま. ます」 「100 人の患者を診ています」という先生がいます.. す.ところが, 医師や看護師が「忙しい, 忙しい」といっ. それは事実ですから,それでいいのですが,心のなかで,. ても,ただ,ご苦労さまと,ありがたがるほかはない.. 人間であれば, 「何十人も患者を診ています」と平然と. 証券会社の人のように「そんなに,過労死するほどもう. して,なぜいえるのだろうか.もし,患者に対して誠実. からなくてもいいでしょう」というわけにもいかない.. であろうとすれば,心のなかでは,本当は 1 人 5 分や. つまり,医療の世界では,忙しいというのは, 「患者. 10 分ではいけない,3 分診療ではいけない,という人間 的な気持ちがどこかにあるはずだと思います. 「はーい,. の命を救うために一生懸命に働いているのだから,その. 12.
(5) 老年看護学 第 24 巻第 2 号 2020.1. ラーメン一丁あがり」とは違う,より人間的な医療の世. になることもあり,エラーをすることもあります.みな. 界を実現したいという気持ちがあれば,それが自然に言. が忙しさに違和感をもってほしいと願います.違和感が. 葉にもでてくるのではないか,言い方も違ってくるので. なくなったら惰性に流れてしまうからです.. はないか……と疑問に思ってしまうのです.. 対話がどうして必要かということを逆の面からいい. そのうえ,わが国はまた変わった社会で,忙しいこと. ますと,たとえば,犯罪者が接見禁止といって独房へ入. はよいことだと思っている.つまり忙しくしている人は. れられて,いっさい対話がない生活をすることがありま. 会社の社長や,偉い地位にいる人であって,忙しくない. す.1 か月もそういう生活が続くと,その犯罪者は廃人. 人は失業しているか,能力がなくて雇ってくれるところ. のようになって,もう自分の人間らしい判断力をすべて. がない人,つまり忙しい人は尊敬すべき人で,忙しくな. 失っていく,そういう状況が起こることは,弁護士さん. い人は能力のない人だという潜在的な観念があります.. のなかでは周知のことです.子供たちのいじめの問題で. 他の民主主義の国では,アメリカは別ですが「忙しい,. は,いじめのなかでいちばん残酷なのは,シカトといっ. 忙しい」を自慢しているような人はほとんどいません.. てみんなで「あの子とは口をきかない」という,いじめ. 「忙しい」 というと 「どうして働く環境を改善しないの?」. をすることです.そのシカトをされた子供は大きな精神. 「あなた自身,そういう生き方で満足しているんです. 的な傷を負っていて, 自殺することさえ起こっています.. か?」ということになる.. つまり,ひとことでいうと,食べることと,眠ることと. 忙しくてよい仕事ができるわけがない.特に人間対人. 同じように, 人間が人間らしく生きるためには 「対話」 は,. 間の関係で忙しくしていて,よい結果がでるということ. かけがえのないものなのです.それは,学術会議の会長. はありません.私は教育の場に何十年といました.論文. の山極さんの言葉を借りると, 「対話というのは人間が. 1 つみるにしても,ゼミのときの 1 人ひとりの学生の考. もっている唯一の特権である」ということになります.. えを理解して,研究の意味と興味を育てようとすれば,. そこで, 対話の特殊性についてお話をしたいと思います.. 忙しいことはタブーです.1 人ひとりの個性を伸ばし, 大切にするためにも,忙しいということは本当によいこ. Ⅳ. 「対話」とはなにか. とではないのです. 「忙しい,忙しい」といって何十年 人間の話し言葉というのは,とても自由で自発的なも. も平然としていることに,どこか間違いがあるのでは,. のです.言葉には理性も感性も経験も全部が含められて. と思います.. いるので,それを分類することは困難なのですが,医学. 私が,ある医師に,やんわりと「忙しい,忙しいとか, 5 分診療で患者を帰すことについて,先生はなにも抵抗. の世界はラベリングがたいへん好きな世界ですから,と. がないんですか」といったことがあります.その医師は. りあえず,言語学者の助けを借りて,大まかな 4 つの話. 正直に, 「医師の仕事は的確な判断をすること,治療方. し方に分類をしましょう.しかし,言葉というのは本当. 針を決めることであって,患者と対話したり説明するこ. は,ラベリングがしにくい,生きた世界の言葉なのです.. とは本来医師の仕事ではありません」といいました.た. 4 つとは,まず会話,次に対話がきて,その次に,ディ. しかに優先順位としてはそうかもしれません.誤診した. スカッション,ディベートというふうな大まかな分け方. り治療方針を間違ったりすると大変ですから,大事なこ. になります.. とかもしれませんが,的確な診断のためにも,患者が治. まず,会話というのはどういう話し方かというと,会. 療に協力するためにも,医師の仕事というのは患者との. 話には目的がありません.ただ, 「おはようございます」 「今日は暑いですね」 「お元気ですか」など,人間関係の. 十分な時間が必要だと思います.医師の診断や治療方針. 潤滑油なのです.. によっては患者の体に重大な変更が加えられるわけです. 親は子供に「おはようございますって,ちゃんとごあ. から,そうすんなりと「医師の仕事ではありません」と. いさつしたの?」 「ちゃんとありがとうっていったの?」. いっていいのだろうかと思いました.. など潤滑油の言葉を教えます.つまり, 会話というのは,. 医療の世界は,社会一般の良識とは少し違うところが あります.よい意味では,客観性と使命感が強いという. 直接の目的があるわけではない.新幹線の隣の席に座っ. ことになるのでしょうが, 「人間のもつ自然」に背いて,. た人に, 「雪が多くて困りますよね」など,差し障りの. シャカリキに仕事ばかりしていると,使命感が職業バカ. ないことをいうのが会話です.でも, 「あなたを無視し. 13.
(6) ていませんよ.好意をもっています」というサインを送. 立ってきたと思うのですが,本当はなかなか難しい.対. ることができます.. 等,自由平等という言葉を習ったときに,言葉としては. 次に対話の前に,ディスカッションの話をしましょ. 理解し,論理的にも納得しました.しかし,実感がなか. う.学校でも,職場でも,ディスカッションの経験はた. なか伴わなかったのを覚えています.. くさんあると思います.たとえばセミナーでも,討論を. どこで目を開いたかというと,私の場合,単純なので. 通してよりよい解決,あるいはよりよい発展の道を探し. す.人間の心臓は 1 日のうちに約 10 万回拍動している. 出すということを行います.人々は反対意見や多様な意. という話を聞いたときです.そのとき私は電気ショック. 見をお互いに述べて討論をする. これは行政のなかでも,. に痺れたように対等,という意味がわかったのです.も. 会社のなかでもしばしば行われていることです.学者の. ちろん,お母さんの胎内にいるときから心臓は動いてい. 世界でももちろん討論は非常に盛んで,シンポジウムで. るわけですが,電池もない,ねじ回しで巻くわけでもな. も,場合によってはとても激しい討論になりますが,た. い,しかし,私の心臓は 1 日に 10 万回も私を生かそう. とえ結論がすぐにはでなくても,討論を通していろいろ. として一生懸命拍動している.みなも,そういう心臓を. な視点を学ぶ,討論を通して考え直す,新しい発見をす. 体内に抱えて,必死に生きようとしている存在なのだ,. る,などができます.したがって,ディスカッションは. 「この人,あの人の心臓も 1 日 10 万回打って,一生懸命. とても大事なことです.私も,中学のときにガリレオ・. に命を生かすために働いている」と想像したときに,み. ガリレイの『新科学対話』という本を読んだことがあり. な,同じ人間として対等なのだという感覚が,体感でき. ました.あのガリレイの時代から,研究者たちはこんな. ました.. に仲間たちで対話をして, 新しい実験の仕方を学んだり,. ほかの人は,なにがきっかけで対等という感覚を身に. 実験結果の分析をしたりして,それぞれの議論によって. つけたのでしょうか.聞いてみたいです.たとえば体に. 真実に迫っていったのだ,と感動しました.. 障害をもった家族といっしょに生活をして,人間として. 他方,ディベートというのは,簡単で,まず最初に,. は対等なのだと実感した人もいるでしょう.それぞれ対. 論争するテーマが示されます.そのテーマについて,は. 等を実感する,ある転機があったと思います.. じめに賛否の態度をそれそれが明確にするのです.ある. 対話はまずお互いが対等であるということを,理屈だ. テーマがだされると,賛成,反対に分かれるため,中間. けではなく感覚でもわかっていないと,本当の対話はで. はありません. 「タバコはもう禁じるべきだ」 「いや嗜好. きません.たとえば,看護師は「自分がケアをしている. 品だからいいじゃないの」というように,自分の結論を. 患者について気がつくことがあっても,医師に対して,. はっきりと開示します.そしてお互いに対立する意見の. なんだかいいにくい」といいます.それから,いまは介. 論拠を,データを使ったり科学的な論理で証明します.. 護保険で,毎日のように訪問介護をしてる介護士は,そ. あくまでも客観的・科学的な根拠に基づいて討論する.. こに看護師の人が加わると, 「看護師さんのいうことに. そこで「いや,あなたの論拠は甘い.実験例も少なく不. は逆らえないから」というのです. 「逆らう必要はない. 十分だ」 「論理に矛盾がある」いうふうな反論があって,. けど,毎日,見ている患者について,あなたとしての意. 勝ち負けを決めます.そこには感情を持ち込まないこと. 見はいってもいいんじゃないの」といっても, 「それが. が原則になっています.相手に同情を求めて,説得する. なかなかいいにくいのよ」というのです.. ことはない.そういうやり方がディベートです.. そこには,どうしても上下という関係が持ち込まれ. それに比べると,対話というのは非常に独特な性質を. る.患者について, 対等に話し合う雰囲気がないのです.. もっているのです. まず大事なことは, お互いに話し合っ. 医学の世界というのは,最も上下の関係が定着している. ている人間が対等な人間であるという意識に立つという. 世界ではないかと思います.看護師が患者のためにと思. ことです.職業上の身分は社長と守衛であろうと,部長. い,なにかいおうとしても自粛現象が起きて,なかなか,. と平社員であろうと,医師と看護師であろうと,職階制. いえないようです.しかし現在,教育の世界では教師と. 上の身分はいったん後ろにおいて,人間としては対等だ. 生徒の間は徐々に改良されて,いまやほとんど対等に近. という意識に基づいて話し合います.そういう対等意識. い対話ができています.特に,高校,大学ともなれば生. を日本人はもちにくいです.. 徒は,対等に口をききます.. 私も教授であったときに,学生と一応対等な立場に. しかし,医療の世界は,患者がもっている知識と医師. 14.
(7) 老年看護学 第 24 巻第 2 号 2020.1. のもっている知識に雲泥の差があるために, 「でも,先. 防衛意識が強い.これはほかの言葉では,自己責任とい. 生の診断とは違うなにかがあるのではないでしょうか.. う言葉で強調されるのですが,それが無意識のうちに染. 最近とてもここが痛むんです」 とはなかなかいえません.. みついてしまっているのです. 自己防衛意識の強い人は,. 相手にしてくれない人に,なお,言い続けることはでき. 自分の気に入る言葉しか頭のなかに入ってこない.つま. ないのです.. り自分に対して都合の悪い言葉, 理解のできない言葉は,. 対話でいちばん大事なことは,対等であるという意識. 無意識に排除してしまうのです.荘子はそれを大きく戒. をもつことなのですが,対話はディベートとまったく. めています.本当に解放された偏見のない無門で行う.. 違って,勝ち負けを決めるためのものではないのです.. 次に荘子が強調するのは,聞くことの大切さです.聞. 相手を強引に説得して言い負かしてやろうとか,権威を. こえることと聞くことは違うのです. 「耳で聞かないで. 押しつけるとかいうのは対話ではありません.. 心で聞け」といっています.耳で聞くのは黙っていても. わかりやすくいうと,対話というのは,話すことと聞. 聞ける.雑音として聞こえるわけですが,本当に自分の. くことを同じように大切にする.たとえば,講演のよう. 心で相手の言葉をまず聞きなさいということを強調して. に,壇上から一方的に話すような話し方はよくない話し. います.耳で聞かないで心で聞くというのは,本当に心. 方だと思います.対話の場合は,片方が話すと今度は相. から聞く,共感をもって聞くということです.これは情. 手が意見をいう番になり,話していた側はそれをじっと. に溺れて客観性を失うということとは少し違います.. 聞く番になる.話し手と聞き手の交代が必然的に行われ. 最後に彼がいっているのは,心でのみ聞かずに気で聞. ます.そして話すことよりも,聞くということがとても. け,ということです.これは,私もまだその領域までな. 大事になります.勝ち負けを決めたり,結論を押しつけ. かなか到達しないのですが,日本語は中国からきている. たりはしないが,対話のよい点は,言葉の往復,聞き手. ことから,含蓄の深さがある程度は想像できます.心と. になったり語り手になったりを繰り返しているうちに,. 気はどう違うかと聞かれて,答えられますか.でも,た. その中間にそれまで思いつかなかったアイデアがでてく. しかに違うのです.気というのは,フロイトのいう無意. る.対話する当事者が考えたこともないような発想がで. 識の領域に似ている,という人がいますが,それともま. てくるということがあるのです.ここが対話の醍醐味で. た少し違う感じです.日本語で 「気が利く」 といいますが,. す.聞くということがとても大事だといいましたが,対. 心が利くとはいいません.やる気がない,殺気立ってい. 話の場合はむしろ話すことより聞くことの方がはるかに. る,気配がするなど,気は,本当に何か絶妙な言葉です.. 大事だといわれています.聞く能力がない人は,もとも. 患者がいっていることを気で聞く,ということは私も. と対話に向かない,といわれています(そう決めつけて. うまくいえませんが,たとえば,理屈のみでものをいっ. はいけないのですが) .. ている人は,感受性を後ろに引っ込ませています.年を. 人間の特権といわれる対話については,ヨーロッパに. とって,リタイアした人が理屈の世界にさよならして,. は,もちろんプラトン以来の対話の思想や哲学がありま. 歌会や俳句の会に入って,歌をつくる.そうすると,理. す.専門外のことでよくわかりませんが,日本に紹介さ. 屈でものを考えていたときはよい歌が詠めなかったの. れるのは,フロイトやオープンダイアログなどの精神分. に,理屈の世界から離れると,急に感受性がまた盛り返. 析の流れの学説が多いように感じます.人間にとっての. してきて,よい歌が詠める,ということは珍しくないの. 対話の重要性は,どの社会,どの国でも認められている. です.子供の発達過程をみていると, それがわかります.. ことで,中国やインドにも本当に深い対話の思想という. 私も 2 人の子供がいますが,子供は,初めは理屈がわか. ものがあります.荘子は日本でもよく紹介されていて,. らないし,言葉がない.しかし,それに代わるたいへん. 対話について, 「無門という言葉は門を設けない.先入. 鋭い感性をもっています.たとえば,明日までに論文を. 観をもって,この患者は気難しいうるさい患者だ,自分. 出さなければならないから, 「今日は泣かないでいてね」. 勝手な,なにをいってるかわからない患者だなど,そう. という.そういう日に限って赤ちゃんは泣きます.それ. いう先入観を一切なくすことが,まず第一だ」といって. はおそらく足音で,もうわかっていると思います.ベッ. います.砦をつくらない,ということは前にも述べた自. ドの横に来る足音や抱き方で,自分は置き去りにされて. 己防衛をしない,ということです.. いると感じているようです.. 特に現在の資本主義という競争社会では,人々は自己. しかし子供は言葉を獲得すると,徐々にその豊かな感. 15.
(8) 受性を後ろの方に引っ込めていくようです.理屈と感受. いくという発達を示す.応答や対話なしに子供が発達す. 性とは,理が先に立つと感受性が後ろにいく,今度は感. るということはありえません.. 情が前面にでてくると,理論的なことは後ろに下がる. 両方ともあるのですが,表面に同時にでにくくなる関係. Ⅴ.最 後 に. が,どうもあるのではないかと思うのです.荘子は,い 私は,著書『対話する社会へ』のなかで,応答や対話. ろいろな理屈が働いているときには, 心が働かなくなる, といっています.心で聞いている段階では,気が働かな. は,子供が発達していく培養土だと書きました.培養土. くなる,ともいっています.理屈も心も一応その働きを. という言葉は,私がとても好きな言葉で,そこからすべ. 止めておくと,気が働くようになる,といっています.. てのものがでてきて発達していく,これは,患者の場合. 昔の人は理屈でなく本当に人間を観察していると思いま. も同じだと思います.対話によって,患者が自分の回復. す.洋の東西を問わず,時代を問わず,人間にとって対. 力を引き出すことができると思っています. みなさんが,. 話がどれほど大事か,対話によってなにを語ろうとして. 患者との対話がどれほど大事かということをときどき思. いるか,それをどうするかということを考えていると思. い出してくださるきっかけになれば,うれしいです. 言語のことで,もう 1 つ,チョムスキーという言語学. います. 私は 2 人の子供を育てているとき,もう驚きの連続で. 者に触れさせてください.音素が言葉になるということ. した.毎日,子供にとってはミルクと同じように対話が. については前述しましたが,すでにいろいろな学者が多. 必要なのだと,痛感させられてきました.人間というの. くの本を書いています.それに加えて,チョムスキーは. は応答し合うなかで,発達していく動物なのだというこ. 一生をかけてなにを発見したかというと,まず,語彙の. とを教えられました.子供は本能的にそれを知っていま. 豊かさは周りの環境に左右されるということ, たとえば,. す.応答されないということは,人間にとっては死ぬこ. 教養のある親に育てられた子は語彙が豊かで,表現も豊. となのです.応答こそ大事,それが前述したように耳だ. かだということです.ところが,語彙ではなく文法につ. けの応答ではなくて,心から気までいく応答こそ,共存. いては,貧困な家庭で育とうと,どんな家庭で育とうと,. することの土台になっていると,悟らされました.抱き. 文法を理解する力はみな平等であるということを彼は発. 上げるとき,おむつを替えてあげるとき,お風呂に入れ. 見しました.それは子供が先天的にもっている力,本能. るときなど, 言葉はわからなくても, 大人は子供にしょっ. のようなものだと彼はいっているのです.. ちゅう言葉をかける.私もそうでした.そして,子供は. 英語を勉強したときには文法の本もあり,授業もある. 生まれたときから応答したがっている動物だと確信しま. ので私たちは,英語を理解していくわけですが,赤ちゃ. した. 「ほら,ほら,おもしろいでしょ」などと,ガラ. んには文法の本もなにもない.したがって言葉をどう. ガラを振ったりして,なにか応答すると親は喜ぶ.その. やって理解し,使うようになるのだろうと,本当に不思. 極致にあるのは,いないいないばあです.いないいない. 議です.子供は文法を間違うことがありません.チョム. ばあをすると子供がケラケラと笑ったり喜んだりするの. スキーは, 「子供が言葉を間違うと親は訂正する. しかし,. をみて「あ, もう応答することができる」と安心します.. 文法の間違いを訂正する親はいない」 と断言しています.. 応答はその後の学校教育を可能にする土台だからです.. たとえば,私の息子が「がんばれ,がんばれ」を「ば. 発達言語学の本を読んでみると,子どもに,まず聞こ. んがれ,ばんがれ」といったとき,私は「それは がん. えてくるのは音素,音の素です.音素が聞こえるだけな. ばれ でしょ」と言い直すことをしました.しかし,文. のですが,それを聞いて,親の態度を鋭い感受性で受け. 法の間違いを直したことは一度もありませんでした.私. 止めて,子供は音素のつながりに,意味があることを悟. はそういうことを発見するたびに,人間は,共に生きて. ります. 「ママといえば親のことなんだ」というふうに. いくための道具として,言葉をもっていること,その言. わかってくるのです.そして自分が発声できるようにな. 葉のなかで最も大事なのは, 応答し合う「対話」であり,. ると, 「ママ」ということができるようになる.そうす. 一方的に命令したり,暴力で服従させることは人間の本. ると今度は親が「ママといったよ」と応答し合う喜びを. 質ではないことを確信しました. 「戦争・暴力の反対語. 経験します. そういう経験を積んで子供は言語を理解し,. は平和ではなく対話です」という言葉を私の著書の帯に. それが今度は思想になる,同時に概念で感覚を整理して. つけてもらったのは,そういう思いからでした.. 16.
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