Title
沖縄の子ども達は平和と安全をどう表現しているか : そ
れらの作文から何を学ぶか
Author(s)
梶村, 光郎
Citation
こども文化学科紀要(1): 6-15
Issue Date
2014-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/17701
Rights
沖縄大学人文学部
【論文】
沖縄の子ども達は平和と安全をどう表現しているか ーそれらの作文から何を学ぶかー
梶村 光郎 How are the children of Okinawa expressing peace and safety ?
What is learned from those works?
Okinawa is an area where peace and safety are threatend by ”structual violence”.The children of Okinawa have a sense of crisis in thses situation, and are writing the compositions about the problem of peace or safety.If those works are read and it has a dialog , the recognition and consciousness to a problem of peace will be deepened .This paper considered such a thing .
はじめに 「日本の平和と安全ーこどもたちは、どのように表現しているのかー」という特集テーマに関 わって、沖縄の状況を知りたい旨の依頼が、ある雑誌の編集部よりあった。依頼の原稿を書いて いくうちに、子ども達の作文から何を学ぶかについても気になりだした。そこで小論では、沖縄 の平和と安全に関する状況を指摘し、そのなかで書かれている文章・作文を事例として取り上げ、 国語科、社会科、総合的学習と関わってそれらの文章から何をどのように学ぶかについて考察し ていくことにした。 1 沖縄の平和と安全をめぐる状況 2013年1月1日付の『琉球新報』の社説「平和の先頭にこそ立つ」のなかに、次のような 文章が書かれていた。 「平和を着実に前進させたい。平和学の世界的権威の一人で、平和的手段による紛争解決のた めの非政府組織(NGO)『トランセンド(超越)』の代表であるヨハン・ガルトゥング氏は、戦争 のない状態を『消極的平和』と捉え、貧困、抑圧、差別など安全や人権を脅かす『構造的暴力』 がない状態を『積極的平和』と定義する。/目指すべきは『積極的平和』だ。軍事同盟では『構 造的暴力』を解消できない。国際協調とNGO を含む市民力によって、沖縄と世界にはびこる『構 造的暴力』を解消する。沖縄からも国際社会の連携・協力を呼びかけたい。」 この社説からも窺えるように、ガルトウング氏の定義でいう「積極的な平和」が「構造的な暴 力」によって脅かされている地域として沖縄が認識されている。こうした認識は、次のような実 感に基づくものである。 「垂直離着陸機 M22 オスプレイ強行配備、悪質な米兵事件続発など、沖縄は今年も基地被害 に苦悩した。変わるものと変わらぬものが交錯した1年とも言える。復帰 40 年を経てなお続く 沖縄への基地集中は紛れもなく差別だと実感させられた年でもあった。」(註1) もちろん、「構造的な暴力」の存在は沖縄に限らない。日本の他の地域においても、貧困、抑圧、 差別など安全と人権を脅かす状況が見られる。地震や津波被害、原発事故の被害を被った東日本 の地域、特に福島県において典型的にその暴力は顕在化している。しかし、日米安保条約のもと、
日本における米軍基地の7割超を沖縄に集中させ、沖縄県民に忍耐を強いる基地被害に対し、「無 関心」でいられる日本(内地)の状況は、「構造的差別」(新崎盛輝)を容認していると見なされ てもしかたがないものである。このような見方は、2011 年7月 15 日付の『琉球新報』の「僕の 主張/私の意見」に掲載された山梨県の高校生の「沖縄の基地と笑顔」という一文にも見られる。 沖縄の基地と笑顔 山梨県立韮崎校2年 櫻井 優 沖縄の新聞を読むと、今でも「基地問題」のことを 政府や日本本土に訴えているとすごく 思った。/東日 本大震災についても、沖縄の人たちは福島や宮城から はすごく離れているに もかかわらず、ボランティアを してくれたり、新聞で記事を取り上げてくれたりと、 沢山の うれしいことをしてくれているが、本土に住ん でいる私達は『基地問題』のことを新聞にたま にしか 載せてなくて、沖縄と本土に差ができていると思った。 /政府も政府で「基地問題」 を解決しようとしない。 アメリカが怖いのか、関係を崩したくないからなのか。 沖縄への差 別をしていると思う。いわゆる”いじめ” にも近いと思う。沖縄の新聞には「沖縄戦」「平和」 「基地問題」の見出しが毎日絶えない。本土の新聞も 「基地問題」について多く取り上げれば、 アメリカと の問題がうまく解決するのではないかと考えた。(後 略) 櫻井君の主張からも窺えるように、内地の新聞と沖縄の新聞を比較して初めて、沖縄人が「今 でも『基地問題』のことを政府や日本本土に訴えている」ことを彼は理解したのである。沖縄の 基地問題に対する状況に、政府や日本本土(内地)の人々が「無関心」であるからか、あるいは 内地の新聞がそうした問題をたまにしか取り上げないからなのか、判断は難しいが、危機感や情 報面で格差があり、沖縄に関する「構造的差別」の問題や米軍基地に関わって日常的に生じてく る、貧困、抑圧、差別などの「構造的な暴力」に対して、それらの問題を積極的に解消しようと する内地側からの動きはあまり見られない。それどころか、「構造的差別」や「構造的暴力」を助 長し、「積極的な平和」を脅かす言動が、内地側と米政府側から行われているのが実情である。 た とえば、垂直離着陸機MV22 オスプレイ 12 機が、日米両政府によって世界一危険だと言われて いる、普天間飛行場に2012 年 10 月に配備されたことは、そのことを物語っている。 オスプレイについては、開発段階から死傷者が続出し、安全性が懸念されていた。その上、完 成した空軍仕様のCV22 が、実際に昨年の4月にモロッコで、6月にアメリカのフロリダ州で墜 落している。その危険なオスプレイを、10 月から普天間飛行場に配備するという通告が、6月 29 日に日本政府に対して米政府からなされた。それに対して日本政府は、異論や反対論も述べず に容認する。その結果、10 月1日から6日までの間に 12 機が普天間飛行場に配備されたのであ る。 この配備は、大多数の沖縄県民の反対を無視して強行された。2012 年 12 月 23 日付の『琉球 新報』に掲載された記事「沖縄この1年 オスプレイ」にも記されているように、沖縄県民のオ スプレイ配備に対する反対の意志は明確であった。 「県民は配備に対し、一貫して反対の意思を示し続けた。5月に本誌と毎日新聞が実施した世 論調査では、9割が『配備すべきでない』と回答した。/9月9日の県民大会には 10 万1千人 (主催者発表)が参加し、県議会や全41 市町村議会でも反対決議が議決された。/9 月 28 日か ら 30 日にかけて、普天間飛行場の大山ゲートや野嵩ゲートでは市民団体らによる座り込みも行 われ、一時、全ゲートを封鎖するなど、体を張った直接行動で日米両政府に『ノー』を突き付け た。配備後もゲートには市民らがほぼ連日抗議行動をし、粘り強く運動を展開している。」
沖縄県民のオスプレイ配備に対する反対の意思の表明と抗議行動からも明らかなように、日米 両政府はそうした民意を無視して強行配備を行ったのである。その結果、オスプレイはいつ墜落 するか分からないという不安を与えながら、訓練と称して沖縄本島全域を自由自在に飛行し、100 デシベル以上の爆音(自動車のクラクションの音程度の非常にうるさい音のことをいう)で騒音 被害をもたらし、さらには低周波音で建具のがたつきや不快感を住民達に与えているのである。 さらに言えば、岩国基地では正月の三が日は飛行訓練をしないと約束され、それが守られている が、沖縄ではそうした約束も結ばれておらず、正月の三が日も訓練が続けられているのである。 このことは、日米両政府が、沖縄を差別していることの現れではないかと思われる。その上、2013 年1月 13 日に米国防総省のドンリー米空軍長官は記者会見を行い、空軍仕様の垂直離着陸機 CV22 オスプレイを沖縄を含む日本に配備する計画があることを表明したのである(註2)。これ により、命と暮らしの安全がさらに脅かされる状況が生じているのである。 普天間基地の移設問題に対しても、日米両政府は名護市辺野古への移設に執着し、沖縄県民が 望んでいる国外・県外移設に否定的な言動をとっている。本年の1月 12 日に訪米中の又吉進知 事公室長(沖縄県)に対し、会談した米国の国務省のナッパー日本部長と国防総省のジョンスト ン北東アジア部長は、「現在の日米合意が最善だと考えている」と述べ、辺野古への移設計画を推 し進めることを表明している。これより先、防衛省の出先機関である沖縄防衛局は、2012 年 12 月 18 日沖縄県に、辺野古移設に向けた環境影響評価(アセスメント)の補正書を提出し、辺野 古移設の推進に向けた動きを見せた。それを踏まえてか、同年12 月 25 日に森本敏防衛大臣は、 歴代の日本政府が沖縄の「地政学的」な優位性という理由に基づき米海兵隊の沖縄駐留を正当化 してきたことを覆し、県外の受け入れ先が見当たらないために、「政治的に許容できる地域」とし て辺野古があるという認識を示し、辺野古への移設を進めることを述べている(註3)。また、自 民党の安倍晋三首相は、首相就任以前の2012 年 12 月 21 日に、「辺野古に移設する方向で地元の 理解を得るため努力したい」と述べ、辺野古移設を推進することを表明しているのである。 辺野古の環境影響評価書の補正(「補正評価書」と称す)の問題は、「(移設に際して)環境保全 上、特段の支障はない」と述べた環境影響評価書に対する沖縄県仲井間知事の異論「環境保全は 不可能」という指摘に答えるために提出されたものであり、辺野古移設の上で必要不可欠な公有 水面の埋め立ての許可を得るための前提条件なのである。 「補正評価書」の内容については、「騒音」、「低周波」、「ウミガメ」、「埋め立て土砂」、「ジュゴ ン」、「サンゴ」、「海草藻場」という項目について、『琉球新報』の2012 年 12 月 20 日付の記事「航 空機騒音が悪化」で分析がなされている。その一部を紹介する。 「騒音」については、「航空機騒音の項目は、評価段階では防衛省が自ら定めた算式に従わずに 過小算出していた、ホバリング(空中停止)やエンジンテストの騒音を再算出した結果、辺野古 漁港でうるささ指数(W 値)が 71.3 に達し、環境基準値を超えた。また W 値は調査対象の全 15 地点で評価書を上回る結果となった。」と述べている。防衛省が自ら定めた算出方法に従わな いで算出したデータとは何だったのかという問題と同時に、調査対象の全15 地点で W 値が環境 基準値を超えるという結果は、「積極的な平和」を脅かす値だと言えるだろう。 「低周波」については、「低周波音について、補正書ではAH1 コブラ攻撃ヘリとUH1ヒュー イ汎用ヘリの2機を飛行予測に追記した。影響についても発生音が基準値(閾(いき)値(ち))をど の程度上回るかなど、具体的な数値を新たに盛り込むなど工夫も見られるが、『評価基準の妥当性 が不明』と指摘する知事意見の疑問に応えていない内容となった。」と述べ、低周波音の調査結果 を次のように紹介している。 「名護市安部集落では、オスプレイとUH1による人に対する影響の予測については、心理的 影響は0.3~4.1 デシベル、生理的影響は 2.4 デシベル閾値を超えた。/建具のがたつきなどをも
たらすとされる物的影響では、オスプレイが予測地点全10 カ所で閾値を 0.3~13.3 デシベル超え た。AH1やUH1も安部集落や国立沖縄工業高等専門学校などで0.3~7.3 デシベル上回った。 /低周波の影響について、評価書では『閾値を上回るような飛行回数はわずか』などと記載して いたが、補正書ではこれら文言が削除され、影響がでる可能性が示された。知事意見は『閾値を 超えることによる影響について評価がなされていない』と言及していた。」 今回の「補正評価書」で、閾値を超えることを認め、心理的・生理的影響がある可能性を認め た。このことが、実際にどのような影響を与えるかについては「基準がない」ということで、知 事意見の疑問に答えていない。このことは、沖縄県民にさらなる不安を与えるものであり、「積極 的な平和」を脅かすものだと言えよう。 「埋め立て土砂」については、「知事意見が指摘していた、埋め立て土量の80%に当たる土砂 1700 万立方メートルの調達先はどこかについて『沖縄、九州、瀬戸内からの購入を想定』と回答 した。一方で、調達先での採取場所や採取土量など、具体的な内容については明確にしていない。 運搬方法については『全て海域から輸送する』とした。/補正前にはなかった、土砂に外来動植 物が混入した場合の措置については『対象とする化学物質や動植物種ごとに検証し、対策を検討 する』との記述にとどまった。」と指摘している。 土砂の有害物質の有無などについては、1991 年に環境庁が定めた基準に基づき定期的に判断し、 規定を満たす土砂を用いるという記述も付加されていることが、同上記事のなかで指摘されてい るが、現実にそのことが可能なのかどうかは明らかでない。福島の放射能で汚染された土砂や汚 水が、川などに違法投棄されたりしているという報道などを見ると、安全性は必ずしも担保され ているとは言えない。また、海を埋め立てるということは、きれいで豊かな海を汚し、漁民から 漁を奪うことにもつながる。その意味で言えば、彼らの生活を奪うことになるだろう。そうして みると、彼らが安心して暮らせるような保障が確実になされるのかどうかという問題も生じてく るのである。 以上、三つの項目を取り上げて、辺野古移設に向けて提出された「補正評価書」の内容を見て みたが、本島に住む沖縄県民の「積極的平和」を保障するものではないことが理解されるであろ う。 次に、沖縄県民の生活や安全を脅かしている米兵の事件・事故についても見ておこう。 1995 年以降の在沖米兵が引き起こした主な事件・事故としては、1995 年の5月宜野湾市のア パートで海兵隊員が女性を殺害、同年9月に北部での少女暴行事件。2001 年6月北谷町で嘉手納 基地の軍曹が女性を暴行。2002 年 11 月本島中部で海兵隊少佐が女性を暴行未遂、同少佐は帰国 後の20005 年 10 月女子高生誘拐容疑で逮捕。2003 年海兵隊上等兵女性を暴行。2004 年8月沖 縄国際大学にヘリ墜落。2005 年7月嘉手納基地の二等軍曹が女児に強制わいせつ。2008 年2月 海兵隊員が女子中学生を暴行、逮捕されたが不起訴。同年 10 月名護市で米兵士が操縦する軽飛 行機が墜落。2009 年読谷村で米陸軍兵がひき逃げ、男性死亡。2011 年1月米軍属の交通事故で 成人式に出席するため帰省中だった19 才青年が死亡。2012 年8月海兵隊伍長那覇市で女性にわ いせつ行為、女性がけが。同年10 月本島中部で米海軍兵が集団で女性を暴行。同年 11 月酒に酔 った米兵が民家に侵入し、中学生を殴る傷害事件。 これらの事件・事故からも分かるように、沖縄では(特に沖縄本島)生命の危機に脅かされて いるのが実情である。そして、女性の暴行があると、なぜそんな危険な場所や時間に出入りした りしているのかという被害者の責任を問題にする声が上がる。しかし、ここに示した事例が示す ように、女児や自宅にいる中学生なども殴られたり乱暴されたりしているのである。自己責任論 は、「第二の暴行」とでも言うべきものであることを認識すべきだろう。 このように、沖縄においては、「構造的差別」と「構造的な暴力」により、「積極的な平和」が
脅かされている。そして、本島以外の離島、与那国島では自衛隊駐留のための測量調査が始まっ ており、下地島の飛行場へも尖閣問題への対応のために自衛隊を駐留させようという案が日本政 府により検討されている。また、尖閣諸島をめぐる領土問題では、中国との武力衝突も想定され 事態になっている。沖縄では「積極的な平和」のみならず「消極的な平和」すら危うくなってい るのである。自衛隊の誘致・駐留は、米軍の兵士などのように暴行障害を引き起こす可能性が少 ないということで歓迎される向きがあるが、自衛隊と米軍の共同訓練が日常化しかねないし、そ のことで米軍がらみの事件・事故が沖縄本当以外の離島や内地にも拡大していくことが予想され るのである。それではこのような状況のなかで、沖縄の子ども達は、平和や安全についてどのよ うな文章表現をしているだろうか。また、それらの文章表現から何か学べるだろうか。次に、そ れらのことについて見てみよう。 2.沖縄の子どもが書いた平和と安全の作文とそれらからの学び 次の作文は、1998(平成 10)年頃に名護市の小学5年生が書いたものである。 ヘリポート基地より平和がほしい HR(女子) ヘリポートもんだいが始まってからの名護市は、えんぜつなどで、とてもさわがしくなりまし た。/初めのうちは、私もちょっと無関心でした。だって、テレビを見ても、なんの意味(か) わかりませんでした。ずっと前から話はでてたらしいけど、名護市にヘリポート基地をもってく るという話がわかったのは、何週間か前のことでした。/今の名護市は、どこへ行ってもかんば んだらけです。また、えんぜつの車がよく通り、「うるさいさ~」と言う人もいます。「反対に○ を。」という声も「賛成に○を。」という声も、聞きあきるほど、一日に何度も聞きます。毎日、 さんせい人と反対人とのあらそいです。/私が関心を持ってきたのは、あるかんばんを見つけて からでした。そのかんばんには、「ヘリポート基地は戦争準備のため」などとかかれていました。 本当かな~とちょっと心配になりました。/今の私は、ヘリポート基地については、絶対に反対 です。それは、まず、えんぜつの人たちが言ってるように、命どう宝だから。それに、海上に基 地を造ることは、自然はかいにつながると思うし、海をよごして、海に住む生き物を殺すことに なるからです。/私は、喜瀬を歩いてるとき、さなえさんと、ヘリポートの話をしてました。ち ょうど、えんぜつの車がとおりかかりました。その車は、さんせいの人たちだったので、その車 に聞こえるようにわざと、「りさ、反対。」「さーなーも~」と言いました。すっきりしました。/ でも考えると、戦争さえしなければ、ヘリ基地なんかいらないと思いました。だから、ヘリ基地 ができるということは、戦争のことにもつながりがあると思うから、私はへり基地なんかいらな いくら(い)の平和がほしいと思いました。/ヘリ基地ができ、プールができ、街がにぎやかに なったからって、平和になって、人が豊かにくらせることはないと思います。だって、実際に、 飛行中のジェット機が落ち、なくなった人々もいるからです。/12 月 21 日、日曜日に、市民投 票があります。私はちょっと心配です。/お父さんやお母さんに、さんせいか、反対か、聞いて みたいけど、大人の話に首をつっこむのはやめようと思い聞きませんでした。/12 月 21 日(日)、 今日は、いよいよ市民(投)票です。朝、私はえんぜつの声で目を覚ましました。/おじいちゃ んとおばあちゃんは朝早くから、投票に、行っていました。お母さんは、夕方ごろに行きました。 その時、私もついていきました。校門にはたくさんの人たちが、旗を持って、手をふっていまし た。私が、「当日にこんなことやっても意味ないと思うけどー。」と言うと、お母さんが「だから よーもうかしましいさ~。」と言っていました。/次の日の朝、私はごはんを食べながら、テレビ
を見ていました。すると名護市役所とが(か)が写(映)っていました。そして、反対の人たち が、手をつないで「ばんざーい、ばんざーい。」と言っているところもうつってたので、私が、「反 対が多かったんだねー。」と言いました。/うれしかったです。/これから、あとどうなるかなど にも関心を持って、ちゃんとニュースなどもみていこうと思っています。 この作文は、普天間飛行場を名護市の辺野古に移設するという案が示されてから、名護市の市 民投票において移設反対派が勝利するまでの、やや長い期間に渡るできごとを見たまま、聞いた まま、したままのことを、その時々で感じたり考えたりしたことなどを、時間の経過にしたがっ てありのままに表現したものである。作文の途中に、投票当日のことが、日記のような形で書い てあり、記述に関して「推考」指導をしたくなる作文でもあるが、見たまま、聞いたまま、した ままのことが、自分の気持ちも入れながら、ありのままに表現されているため、「ヘリポート基地 より平和がほしい」という筆者の気持ちがストレートに伝わってくるものである。最初筆者は、 ヘリポートの問題を報ずるテレビを見ても、何の意味か分からなかった。そのために、その問題 に無関心であった。ところが、「ヘリポート基地は戦争のため」という看板を見て、「本当かな~ とちょっと心配になりました。」というように気持ちに変化がおきてくる。そして、ヘリポート基 地が辺野古にできればどうなるか、新基地建設の意味は何かをしっかり考えるようになっていく。 その結果、「命どう宝」の大切さや、「海上に基地を造ることは、自然はかいにつながると思うし、 海をよごして、海に住む生き物を殺すことになる」ことが分り、「今の私はヘリポート基地につい ては絶対に反対です。」と、自らの立場を確立したのである。しかし、筆者は賛成派の車に向かっ て友達と「反対」と痛快な行動を取りながら、さらに考えを進め、「戦争さえしなければ基地なん かいらない」という認識に到達し、「私はヘリ基地なんかいらないくら(い)の平和がほしいと思 いました。」と自分の気持ちを吐露するのである。これらのことから、筆者がヘリポート基地をめ ぐる市民投票のなかで、自分の考えをしっかりしたものにしていったことが分かるであろう。 ところが、最近このような作文を目にする機会が無くなっている。大里南小学校で行われてい た作文の会が去年の3月で活動を停止し、生活綴方を書かせる教師の教育活動が足踏みをしてい るからなのか、私自身が作文教育を行っている教師との交流が少なくなっているからなのか、そ の理由は分からない。今言えることは、私の周辺では上記のような作文、つまり現実に進行して いる平和と安全を脅かしている状況に心を動かし、そのことを表現している作文を目にすること が少なくなったということである。現実の生活のなかで見たり聞いたりしたりして心が動いたこ とを、時間の経過に従いながら、考えたり思ったりしたことを交えて文章表現することは、子ど もにとって感動した生活を思い出して率直に書けばよいので、国語科の作文指導の基礎・基本と なるものなのである。だから、「ヘリポート基地より平和がほしい」というこの作文は,子ども達 が生活の中で心が動いたことをありのままに表現できるように指導する際の学習材、つまり参考 作品となるものなのである。また、この作文は筆者の立場から、生活現実が切り取られ、そのな かで考えたり思ったりしていることが根拠を示して表現されているので、この作品を用いて対話 することもできる。そのことで、筆者の生活に共感したり、違和感をもったりしながら、この作 品を読んだ子ども達は自分なりの平和と安全に関わる認識をもてるようになるだろう。そのよう な学びが、この作品を読み対話することで成立するだろう。 上記の作文はかなり以前に書かれたものであるが、最近目についたものをあげるとその一つは、 八重山教科書問題について新聞に投稿した八重山高校の生徒の文章である。八重山教科書問題と は、中学社会科の「公民」の教科書の採択をめぐって、石垣市と与那国町の両教育委員会が押す 育鵬社版教科書に反対する竹富町教育委員会が独自の教科書を採択して現在も対立している問題 である。この教科書問題は、戦争の史実を尊重するかどうか、尖閣領土問題と関わる自衛隊の与
那国移駐の動きなどとも関わっていると見られており、今後の八重山の平和と安全を左右する問 題となっている。この問題に対して、育鵬社版教科書を選択した「大人」に対し、「情報公開」や 「説明責任」などの面から鋭い問題提起をしているのが、高校生の次の文章である(註4)。 八重山教科書問題 城所 愛美 「日本は民主主義国家である」と中学校で習いましたが「民主主義の成熟の度合いが国や地域 で大きく異なる」ということは教わりませんでした。チューリッヒ大学は、九つの指標(「積極的 社会参加」、「透明性」、「民主主義的に決定された事項を実行する能力」など)でスコア化した民 主主義評価法により『民主主義の質が高い国』をランキングしました。残念なことに 30 の調査 対象国の中で日本は 25 位。民主主義の質は高くないという評価を受けています。昨年8月から の1年間のアメリカ高校留学を通して、私は外から日本を眺め確かに痛感しました。日本の民主 主義の未成熟さを。/民主主義に大事なキーワードとしてアメリカでの経験から「ディベート」 「情報公開」「説明責任」「アドボカシー」をあげたいと思います。大統領選挙や州知事選挙など で重要視される「ディベート」は、授業でも取り入れられていました。与えられた命題について 必要な情報を収集・分析し論理を組み立て、賛成・反対に分かれて徹底的に議論を交わすこの手 法は民主主義には重要であり、日本の国会答弁とはずいぶんと違った合理性、説得力を感じまし た。『知る権利』を守るための「情報公開」「説明責任」も果たさなかった東日本大震災の原発事 故での日本政府の対応は、海外でもひんしゅくものであり恥ずかしく思いました。/さて、日本 に帰ってきて、連日地元マスコミをにぎわしている教科書の採択問題を目にして「八重山の民主 主義は大丈夫?」と大きな不安を感じずにはいられません。調査員の研究がほごにされ、十分な 議論が行われないで結論を出すというのは「ディベート」とは大違いです。現場教師、校長会、 保護者までもが反対する教科書をあえて選んだことに対する「情報公開」「説明責任」もなされて いません。尊敬する教師・保護者が反対する教科書だと知りながら、子どもたちが心から教科書 の記載を信じて学ぶことは不可能でしょう。大人はしっかりした「説明責任」を果たすべきです。 戦争を知らない私達世代が、輝く未来を築くためには、過去に学ぶ必要があります。沖縄米軍基 地や男女差別の記述のないこと、憲法の過小評価、徴兵制の積極的紹介など、個よりも国家を優 先させた教科書の採択は、高校生の私から見てもとてもおかしいと思います。/「アドボカシー」 とはロビイング活動を含めた、権利を擁護する活動のことでアメリカではたいへん重要視されて いました。私たちが自分たちの手で民主主義、自分たちの権利を守るために新聞投稿する決心を しました。これが私の果たすべき「アドボカシー」だと思ったからです。子どもは大人の背中を 見て育ちます。しっかり「ディベート」してとことん話し合い、「情報公開」「説明責任」を果た す「真の民主主義の姿」を大人には見せてほしいと思います。大人が子どもの反面教師とはなら ないことを、八重山が「民主主義の質が最低の地域」とならないことを願います。 筆者の城所さんは、民主主義の大事なキーワードとして「ディベート」「情報公開」「説明責任」 「アドボカシー」をあげ、日本や八重山の民主主義の質の低さを、原発事故で「情報公開」「説明 責任」を果たさなかった日本政府の対応や、調査員の研究をほごにし、十分な議論も行わないで 現場教師などが反対している教科書をあえて選び「情報公開」「説明責任」を果たしていない八重 山の「大人」の対応に見いだしている。また、彼女は八重山教科書問題の本質が「個よりも国家 を優先」する政治の復権にあることを、「沖縄米軍基地や男女差別の記述のないこと、憲法の過小 評価、徴兵制の積極的紹介など」を行っている育鵬社版教科書の特徴から見抜いている。つまり、
八重山教科書問題は、「構造的差別」「構造的な暴力」につながる「積極的平和」を脅かす問題だ と認識しているのである。同時に、彼女の文章は、民主主義の質が八重山及び日本全体の平和(『消 極的平和』と『積極的平和』)と安全に関わる大事な問題であることを教えてくれている。さらに、 投稿が、自分たちの権利を守るための「アドボカシー」であることを教えてくれているのである。 私たちが彼女の文章から学ぶべき問題は、平和と安全を私たちが生きていく上で必要不可欠な権 利として認識し、それを守るために「アドボカシー」をどのように実践するかという、社会科や 総合的な学習としての平和教育などに関わる民主主義のあり方の問題についてであろう。 城所さんは、「戦争を知らない私達世代が、輝く未来を築くためには、過去に学ぶ必要がありま す。」と述べているが、今の平和と安全を守るために過去の沖縄戦から学び、そのことを文章で表 現している浦添市の中学生がいる。沖縄の学校では、沖縄戦など毎年6月 23 日の「慰霊の日」 前後に一週間程度、戦争と平和について学ぶ。また、それ以外に、祖父母から戦争の話聞くこと もある。次の中学生の詩は、小学3年の時に祖母から見せてもらった一枚の写真のことを思いだ して書いたものである(註5)。 幸せの一枚 浦添市立中西中2年 喜味田 朝香 私の祖母が持つ一枚の写真/何年も経つけれど/忘れられない笑顔/忘れられない言葉/小学 生の頃/先生がだした宿題/家族から戦争の話を聞いてくること/急いででかけた/祖母の家/ 祖母は何も言わず/棚の奥から/一枚の写真を/取り出した/古びた写真に写る/子どもたち/ 満面の笑顔の男の子/勝ち気そうな女の子/おとなしそうにはにかむ笑顔/豪快に口をあけた笑 顔/たくさんの笑顔/一人一人の目は/未来を見つめ/キラキラ輝いている/「この人だぁれ?」 /真ん中に写る女性を指さし/祖母に尋ねる/祖母は寂しそうに笑い/「わたし」/一言だけ答 えた/一人一人の顔を/愛おしそうに/懐かしそうに/指でなぞるように/眺めながら/時が止 まる/「この子たちは?」/ふたたび祖母に尋ねる私/「おばあちゃんの生徒たち」/「大切な 大切な生徒達」/「みんなどうなったの?」/祖母は答えなかった/ずっと黙ったままだった/ 幼い私にも/祖母の深い悲しみが/深い苦しみが/痛いほど伝わった/長い沈黙のあと/祖母は /「どうして戦争なんかするのかねー/戦争さえなかったら/みんな幸せだったのに…」/私は もう一度写真を見た/みんな笑っている/幸せそうに笑っている/愛する家族がいたはずだ/た くさんの夢があったはずだ/大人になるその日を夢みていたはずだ/その笑顔を 幸せを/奪っ た戦争を/私は許さない/絶対に許せない/祖母は多くを語らない/私はあれ以来/あの写真を 見てはいない/祖母の家に眠る一枚の写真/それにこめられた祖母の思い/もう何年も経つけれ ど/忘れない/私はずっと忘れない/私たちが忘れない限り/平和は続くだろう/だからこそ/ 忘れてはいけない/この地には/たくさんの笑顔が/たくさんの夢が/眠っていることを この詩は、筆者が小学校3年の時に「家族に戦争の話を聞いてくること」という宿題を課され、 祖母に話を聞きに行って、祖母が見せてくれた一枚のモノクロ写真めぐって祖母とやりとりをし たときのことを、中学2年になった 2011 年に思い出して書いたものである。特に誰かに強いら れて書いた詩ではない。自主的に書いた詩である。6月 23 日の「慰霊の日」に糸満市の平和記 念公園で開催された、沖縄全戦没者追悼式で筆者自身がこの詩を朗読した。写真には、小学校教 師であった祖母と約 30 人の児童が写っていたという。小3の筆者は、この写真を見ながら、真 ん中に写っている女性や子ども達のことを祖母に尋ねている。祖母と一緒に写っている子ども達 のことを「この子たちは?」と尋ねている様子からは、当時の筆者が祖母が小学校の教師をして
いたことは知らなかったようである。もし、知っていれば、女性が祖母であることを確認した後 で尋ねる言葉は、「おばあちゃんの生徒たち?」というものであっただろう。しかし、祖母が教師 であったことを知らない筆者は、「この子たちは?」と尋ねてしまう。その問いに対して、祖母は 「おばあちゃんの生徒たち」と答え、さらに「大切な大切な生徒達」と答える。写真に写ってい る「一人一人の顔を/愛おしそうに/懐かしそうに/指でなぞるように/眺め」ている祖母の様 子と相まって、本当に「大切な大切な生徒達」と思っている祖母の心情が伝わってくる表現とな っている。「みんなどうなったの?」と再び尋ねる筆者。その問いに対して、長い沈黙の後、「ど うして戦争なんかするのかねー/戦争さえなかったら/みんな幸せだったのに…」とつぶやくよ うに語る祖母。この詩が掲載された『八重山毎日新聞』(2011 年 6 月 24 日付)の関連記事によ れば、終戦直後に写された写真であるという。だから、そのことを知らないでいたら、写真の中 の子ども達は戦争で亡くなってしまったように思える。おそらく筆者は、そのような認識でこの 詩を書いたのではないだろうか。「私はもう一度写真を見た/みんな笑っている/幸せそうに笑っ ている/愛する家族がいたはずだ/たくさんの夢があったはずだ/大人になるその日を夢みてい たはずだ/その笑顔を 幸せを/奪った戦争を/私は許さない/絶対に許せない」という表現は、 そのように読み取れる。しかし、実際は子ども達は生き延びて終戦を迎えたのである。そのこと を踏まえてこの詩を読むと、写真の中の子ども達の笑顔は、未来を我がものにする子ども達のも つ明るさからくる笑顔であると同時に、暗い戦争の重しが無くなって解放された気分の中にいる 子ども達の笑顔なのかもしれない。しかし、その笑顔も、現実のなかではそう長くは続かなかっ たのであろう。その後の子ども達の生活や歩み、家族の境遇などを知っていたであろう祖母は、 苦難の道を歩いた子ども達一人ひとりの人生を想起しながら、「どうして戦争なんかするのかねー /戦争さえなかったら/みんな幸せだったのに…」とつぶやくように語っているのである。この ようにこの詩の表現が読めるとすれば、子ども達の戦後の生活は、戦争時の生活と同様、つらく 厳しい生活を余儀なくされたと思われる。そうしたことが、祖母の言葉から窺えるのである。戦 争が、子ども達から、家族や友達、夢や希望を奪っただけでなく、戦後も「積極的平和」を奪っ ていたことをこの詩は認識させてくれている。と同時に、小3の時の宿題の取り組みが、このよ うな形で生きていたということをどのように考えたらよいだろうか。平和教育の取り組みの勝利 とでも言えるだろうか。子ども達と一緒に、そんなことも考えてみたくなるような詩である。 最近目にとまった子ども達の作品を紹介した。名護市の小学生の書いた作文は、掲載された文 集を見ると、「三、ヘリポート基地建設について」という章に、13 名の作品が掲載されている。 そのことからすると、ヘリポート基地に目を向けさせ、考えさせる指導を経て、作文を書くよう にという指導があったように思われる。根拠を示して自分の意見や主張を書いている点や、「私は ヘリ基地なんかいらないくら(い)の平和がほしい」という平和認識にはっとさせられるような 良さが見られる。時間の順序にしたがい、見たこと、聞いたこと、したことを気持ちや考えも入 れながら書いた伝統的な生活綴方の作品として位置付けられるものである。このような作文がも っと書かれるとよいと思う。二つ目の「八重山教科書問題」は、米国留学で学んだ「ディベート」 「情報公開」「説明責任」「アドボカシー」などをキーワードとする民主主義の視点から、八重山 地区の住民の民意にそわない教科書を採択した「大人」に、「情報公開」「説明責任」を求め徹底 的に「ディベート」することを求めている文章と読めた。「ディベート」で磨かれた文章は、根拠 を示しながらコンパクトに、そして論理的に表現されており、意見文などの説明的文章を書く際 の参考作品となるだろう。三つ目の「慰霊の日」に読まれた「幸せの一枚」は、長い時間をかけ て書かれた「聞き書きの詩」と言えるものである。聞くことの部分に足りない部分が見られるが、 祖母の戦争に対する心情は、教え子達の人生の苦難と結びつき、静かな怒りとなってこちらに伝 わってくる。祖母の言葉、沈黙、様子を思い浮かべながら、それらと対話して書いた詩であり、
「聞き書き」の表現として人・モノ・コトと対話した様子が分かるような表現が諸教科における 作文指導においてもっと意識されてよいように思う。そのことが、学級などで作品を読み合うと き、語られた内容だけでなく、語った人の思いを受け止めての対話を可能にするだろうからであ る。 おわりに 以上述べてきたことを簡単にまとめる。沖縄の平和と安全は、戦争のない「消極的平和」は保 たれているが、基地や貧困や差別などの問題等に見られる「構造的な暴力」と、「無関心」や「無 視」などに見られる「構造的な差別」に脅かされており、「積極的平和」が確保されていない状況 にある。そして、辺野古への基地の移設の動き、普天間飛行場へのオスプレイの配備強行、尖閣 諸島での武力衝突の危機、離島への自衛隊の配備を目指す動きなど、「積極的平和」を脅かす動き には事欠かない。これらのことからも、沖縄の平和と安全は危機的な状況にあることが指摘でき る。そのような状況のなかで子ども達は、「アドボカシー」に基づいて教科書採択に際して民意を 無視した「大人」に「情報公開」「説明責任」を果たすように求める無駄のない文章を論理的に表 現したり、「聞き書きの詩」とも言うべき詩「幸せの一枚」を自ら進んで書いて「慰霊の日」に沖 縄全戦没者追悼式で朗読したりしているのである。これらの表現の背後には、「積極的平和」及び 「消極的平和」に対する危機意識が存在している。この危機意識は、沖縄戦体験者や、オスプレ イなどの配備で騒音などで被害を受けている(受ける可能性のある)県民・子ども達に共通して いる。こうした危機意識が、平和と安全に対する表現を促しているが、人・モノ・コトをありの ままに表現し、平和と安全について対話し、しっかりとした平和意識をもてるような文章表現活 動が、作文教育、社会科教育、総合的な学習などの場において、一つの教育方法として実施され るべきであろう。そのようなことを可能にする学習材としての条件を、これら三つの作文(詩) はもっていると言えるだろう。 註 1.「差別実感させられた年」、『琉球新報』、2012 年 12 月 31 日。 2.「日本配備『ある』」、『琉球新報』2013 年1月 13 日。 3.「単眼複眼『抑止力』の虚構明白に(森本防衛相発言)」、『琉球新報』2012 年 12 月 26 日。 4.城所愛美「八重山教科書問題」、『琉球新報』2011 年9月4日。 5.喜味田朝香「幸せの一枚」、『八重山毎日新聞』、2011 年 6 月 24 日。