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地震学のオープンサイエンス―地震観測所のサイエンスミュージアム・プロジェクトをめぐって―

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Academic year: 2021

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早期公開日:2020 年 12 月 24 日 DOI: 10.2130/jjesp.2009

〔原   著〕

地震学のオープンサイエンス

―地震観測所のサイエンスミュージアム・プロジェクトをめぐって―

1)

矢 守 克 也

京都大学防災研究所

飯 尾 能 久

京都大学防災研究所

城 下 英 行

関西大学社会安全学部 要   約 巨大災害による被害,新型感染症の世界的蔓延など,科学(サイエンス)と社会の関係の問い直しを迫ら れる出来事が近年相次いでいる。本研究は,このような現状を踏まえて,地震学をめぐる科学コミュニケー ションを事例に,「オープンサイエンス」を鍵概念として科学と社会の関係の再構築を試みようとしたもの である。本リサーチでは,大学の付属研究施設である地震観測所を地震学のサイエンスミュージアム(博物 館施設)としても機能させることを目指して,10 年間にわたって実施してきたアクションリサーチについ て報告する。具体的には,「阿武山サポーター」とよばれる市民ボランティアが,ミュージアムの展示内容 に関する「解説・観覧」,地震活動の「観測・観察」,および,その結果得られた地震データ等の「解析・解 読」,以上3 つの側面で地震学に「参加」するための仕組みを作り上げた。以上を踏まえて,「学ぶ」ことを 中心とした,従来,「アウトリーチ」と称されてきた科学コミュニケーションだけでなく,科学者と市民が 地震学を「(共に)なす」ことを伴う,言いかえれば,「シチズンサイエンス」として行われる科学コミュニ ケーションを実現することが,地震学を「オープンサイエンス」として社会に定着させるためには必要であ ることを指摘した。 キーワード: オープンサイエンス,シチズンサイエンス,科学コミュニケーション,サイエンスミュージアム, 地震学 1.問題と背景 (1)科学コミュニケーション 近年,巨大地震・津波や原子力災害の発生,地球規模 の気候変動との関連性が指摘される大型台風による災 害,新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延など,科学 (サイエンス)が社会にもたらす知見の限界を感じさせ る,と同時に,その解決・解消もまた科学に頼るほかな いと思わせる出来事が相次いでいる。このような科学と 社会の両価的な関係は,これらの出来事が,「想定外」, 「未曾有」,「前代未聞」といった用語とともに―と同時 に,「(科学的知見に基づいて)正しく恐れよ」といった 言いまわしとともに―社会に受けとめられていることか らもわかる。さらに,先端医療,AI(人工知能),GMO (遺伝子組換作物)など,希望と不安が同居する中で一 般市民に摂取・受容されようとしている先端的な科学技 術も多い。 こうした状況下で,ますます重要性を増しているのが, 科学と社会の関係について,あるいは,科学者と一般市 民の関係について考えようとする学問領域である。具体 的には,「科学技術社会論」,「科学コミュニケーション (サイエンス・コミュニケーション)」,「アウトリーチ」, 第1 著者連絡先 e-mail: [email protected] 1)阿武山観測所サイエンスミュージアム・プロジェクトを支援いただいた関係者のみなさま全員に謝意を表し ます。特に,「阿武山サポーター」はじめ,本プロジェクトを長年にわたって献身的に支えて下さっている 市民ボランティアのみなさまに心から感謝の気持ちをお伝えします。

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「サイエンス・リテラシー」といった用語で称されてき た研究領域である(代表的な著作としては,藤垣(2005, 2020),藤垣・廣野(2008),山口・日比野(2009),八 木(2009)などを参照されたい)。 本論文では,このような現状を踏まえて,地震学を事 例として,すなわち,地震学をめぐる科学コミュニケー ションをとりあげ,かつ,それについて「オープンサイ エンス」(Nielsen, 2011 高橋訳 2013)を鍵概念として, 科学と社会の関係について論じることにする。「オープ ンサイエンス」を鍵概念として導入することによって, 地震災害のリスクに関する専門家(地震研究者)と一般 市民の関係について,従来の研究や実践とは異なる視点 が導入され,これまでにない新たな成果が見込まれるか らである。中でも,「オープンサイエンスと密接な関係 を持って」(古屋・住本・林,2018,p. 37)いるとされ, かつ,「オープンサイエンスがもたらす可能性として, 市民科学(シチズンサイエンス)の視点も重要であり認 識しておく必要がある」(国際的動向を踏まえたオープ ンサイエンスに関する検討会,2015,p. 5)と指摘され ている「シチズンサイエンス」(科学研究への市民参加, ないし,市民が参画する科学研究)の側面から,「オー プンサイエンス」としての地震学について論じることに する(国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究セ ンター,2017)。 具体的には,大学(研究機関)の付属研究施設である 地震観測所を地震学のサイエンスミュージアム(博物館 施設)としても機能させることを目指して,筆者らが 10 年間にわたって実施してきたアクションリサーチに ついて報告する。この中で,地震学を「学ぶ」(learn/ know science)ことを中心とする,従来,「アウトリーチ」 と称されてきた科学コミュニケーションだけでなく, 地震学を科学者と市民が「(共に)なす」(do/perform science)ことを伴う,言いかえれば,「シチズンサイエ ンス」として行われる科学コミュニケーションを実現す ることが,地震学を「オープンサイエンス」として社会 に定着させるためには必要であることを指摘する。 (2)「オープンサイエンス」 「オープンサイエンス」は,日本政府が「国際的動向 を踏まえたオープンサイエンスの推進に関する検討会」 (内閣府,2017)を設置するなど,総合的な科学技術政 策の柱の一つとして推進しているもので,一言で表現す れば,「科学的な研究を市民(非専門家)により開かれ た活動へと変革する運動」とされる。狭義には,より多 くの人々が科学研究の基礎となるデータや成果にアクセ ス可能とすること(オープンデータ)を指すことが多く, また広義には,従来の科学コミュニケーションを拡張し て,市民を含めより多くの人々が協力し,より多くの人々 を巻きこみ,人々から信頼される科学研究を実現するた めの科学論・教育論を構築すること,とされる(3 節で 後出の図6 も参照)。つまり,「オープンサイエンス」は, 市民参加型の科学を志向する社会運動と呼ぶことがで きる。 先に述べたように,「オープンサイエンス」の思想を, 特に,従来からも重要性が指摘されてきた科学コミュ ケーションやアウトリーチと差別化しつつ理解するため には,矢守・岩堀(2016)が提示している区別が有用で ある。その区別は,上述の通り,一般市民(非専門家) が,科学を科学者(専門家)から「学ぶ」(learn/know science)存在と位置づけられる「アウトリーチ」の構 造と,一般市民(非専門家)が,科学者(専門家)と科 学を「(共に)なす」(do/perform science)存在と位置づ けられる「シチズンサイエンス」の構図,この両者の間 の区別である。言いかえれば,「アウトリーチ」では, サイエンスカフェ,サイエンスラボ(科学実験教室)な ど,旧態依然とした「上から目線」の教授・啓発という 姿勢が最小限に抑制され,市民の参加性(participatory), 相互性(interactive),双方向性(bi-directional)が標榜 されているとしても,科学的活動本体を推進する科学者 と,研究活動の成果を学習し享受する市民という2 分法 的了解は,依然として根強く残存している。つまり,科 学的知識を作る者とそれを学ぶ者との2 項構造は揺らい でいない(3 節で後出の図 6 も参照)。 それとは対照的に,「シチズンサイエンス」は,一般 市民が,サイエンス活動(科学的知識を生産するための 研究活動)の本体に,たとえ一部であれ自ら参加するこ とを指す。研究活動の全体から見れば,たとえ初歩的な 作業であったとしても,あるいは付随的な活動であった としても,一般市民も,その一翼を担うこと(take part in),また一役買うこと(play a role)が,「シチズンサ イエンス」の重要な特徴である。別の視角から表現すれ ば,上述の2 項構造が,完全ではないにしてもある程度 克服され,科学者と一般市民が,「オープンサイエンス」 としての科学という名の研究実践を「共になす」ための 「実践共同体」(Lave & Wenger, 1991 佐伯訳 1993;岩 堀・宮本・矢守・城下,2015;Iwahori, Yamori, Miyamoto, Shiroshita, & Iio, 2017)を新たに再編成することを,「シ チズンサイエンス」は志向していると位置づけることも できよう。

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言いかえれば,「オープンサイエンス」は,けっして夢 物語ではなく,すでに現実のものとなりつつある。すな わち,「オープンサイエンス」は,科学と社会の関係を 中長期的かつ間接的に改変するための一助となるだけで はなく,いくつかの領域では,すでに,科学研究の最前 線で即効的で直接的な成果を生み出しつつある。もっと も典型的なのは,渡り鳥や昆虫の生態について市民の観 察活動(著名なものとして「バタフライ・カウント」な ど)から得られるデータを役立ててきた生態学,漂流・ 漂着ゴミやサンゴなどの市民による観察結果を研究活動 に取り込んできた海洋(環境)学,そして,アマチュア 天文学者による天体「観測」が伝統的に学問上重要な位 置を占めてきた天文学,などである。なお,心理学の領 域でも「日本心理学会シチズン・サイエンスプロジェク ト」(日本心理学会,2019)が立ち上がるなど,人文社 会系の学問領域にも同様の動きは見られる。 (3)防災分野のオープンサイエンス 本研究で焦点をあてる地震学を含む防災・減災に関係 する分野でも,「オープンサイエンス」の思想が,科学 と社会の関係を中長期的に再編するのみならず,短期的 な効果をもたらし始めている。たとえば,気候変動の影 響によって多発化傾向にある「ゲリラ豪雨」や内水氾濫 など,きわめて局所的かつ短期的な気象・水害事象の〈観 測・観察〉活動に「オープンサイエンス」の思想が適用 され始めている(〈観測・観察〉は本論の鍵概念なので, 以降,〈括弧〉表記する)。具体的には,一般市民が,専 門家(気象台など)が展開済の計器とは別に,独自の計 器や目視を通じて,局所的かつ短期的な気象現象を〈観 測・観察〉し,その結果を研究者が予測データとして活 用したり,住民が自らの早期避難に役立てたりする「地 域気象情報」,「避難スイッチ」と称される取り組みが 始まっている(Takenouchi, Kawata, Nakanishi, & Yamori, 2014;竹之内・矢守・千葉・松田・泉谷,2020)。また, スマートフォン等を通して顧客から寄せられる局所的な 気象情報を,より精度の高い気象予測のためのデータと して活かすとともに,その成果を顧客にフィードバック するサービスを開始している民間の気象会社もある (ウェザーニュース,2010)。これも「オープンサイエン ス」に近い発想をもつ取り組みと言える。 ただし,容易にわかるように,この種の活動はテーマ や領域を選ぶところがある。一般市民の科学的活動本体 ―主に〈観測・観察〉―への関与は,〈観測・観察〉の 実行可能性は言うに及ばず,他にも,当該領域の成果が 実社会における制度・活動・産物として広範に普及して, 一般市民が当該研究領域の活動と直接的な接点をもちう ること,あるいは,社会の側に当該の科学領域に対して 致命的な拒絶感情がないこと,つまり,科学者と市民の 間に深刻なコンフリクトがないことなどが最低限要請さ れるであろう。 この意味で,本研究で焦点をあてる地震学は,先端医 療や原子力技術の領域などと同様,そして天文学や生態 学などとは異なり,「オープンサイエンス」として再編 することは一見困難であるように見える。なぜなら,第 1 に,一般市民の日常生活において知覚可能な現象や容 易に入手できる指標がほとんど存在しない地震学は,強 風も大雨も日常的に体感可能で,風速,雨量といった指 標や天気図といったツールの社会的認知度が高い気象学 などと比べて,市民には「近寄り難い」存在だと考えて よいだろう。第2 に,特に,日本社会では,阪神・淡路 大震災,東日本大震災以後,「“安全神話”はウソだった のか」,「巨額の税金を投じて研究しておいて,“想定外” で済ませるのか」など,地震学や周辺分野への「風当た り」は強く,地震学と一般社会との関係は決して平坦で はない(日本地震学会,2012)。言いかえれば,本研究は, こうした悪条件を考慮した上で,あえて「地震学のオー プンサイエンス」にチャレンジするものであった。 2.地震サイエンスミュージアムにおける アクションリサーチ (1)阿武山観測所サイエンスミュージアム計画 本節では,ある地震観測所(京都大学防災研究所阿武 山観測所)を主な舞台として,筆者らが10 年間にわたっ て実施してきたアクションリサーチについて詳しく報告 する。具体的には,それまで純粋な研究施設であった同 観測所を,地震学に関するサイエンスミュージアムへと 再編する活動を中核としつつ,関連する諸活動を加味し て,地震学を「オープンサイエンス」としても成立させ ることを目標として実施した研究実践である。本アク ションリサーチには,筆者らのほかに,地震学の研究者, 地震観測技術スタッフ,ミュージアム運営や展示の専門 家,自治体関係者に加えて,最も重要なプレーヤーとし て,後に「阿武山サポーター」と呼ばれることになる市 民ボランティアが関与した。 サイエンスミュージアム計画を構想した2010 年当時, 阿武山観測所は存続の危機に直面していた。少数の地震 観測点を文字通り足で稼いで運用する観測体制は過去の ものとなり,リモートで管理できる観測ネットワークが 全国に張りめぐらされた。その結果,旧来型の観測網の 中枢を担い,かつ,大きな施設維持費用を要する同観測

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所は「役割を終えたのでは?」とされたのだ。最盛期に は,専任教授を含む20 人以上のスタッフ・学生が常駐 していた観測所も,2010 年時点では,技術スタッフ 1 名の体制にまで縮小していた。 この状況に対して,筆者らが打ち出した構想は「この 観測所を純粋な研究施設としてだけではなく,オープン サイエンスとしての地震学の拠点,つまり,一種のサイ エンスミュージアムとしても活用することで再編できな いか」というものであった。当時の計画書には,「単に 学術研究のための存在にとどめることなく,地震学史を 語るサイエンスミュージアムとして,広く一般に開か れ,地域に密着しながら,より多くの人に学びを提供す る施設として生まれ変わらせることができるのではない か」と記されている(阿武山サイエンスミュージアム構 想プロジェクト,2011)。 阿武山観測所(図1)は,大阪府高槻市の郊外,阪神・ 淡路大震災の震源断層とされる六甲・淡路断層帯を東へ 延長したライン上にある有馬・高槻断層帯のほぼ直上, 大阪平野を一望する小高い山上に位置している。同観測 所は,今から約90 年前,1930 年(昭和 5 年)に建設さ れた。昭和初期のモダンな雰囲気を湛えた建物は,2007 年(平成19 年)に「注目すべき近代化遺産」として大 阪府の報告書にも記載された。また,藤原鎌足が埋葬さ れているとされる阿武山古墳とも接して立地しているこ とから,歴史学,考古学的な注目も集めている。 長い歴史をもつため,阿武山観測所には,日本におけ る地震学の草創期に導入され,その後の地震学の発展を 支えた歴史的価値のある地震計が当時の姿のままで多数 保存されている。一例を挙げれば,水平・垂直それぞれ の方向を計測するユニットが約1 トンもある巨大な初期 の「ウィーヘルト地震計」(後述する最新鋭の「満点地 震計」は重さ約1 キロである),世界的に著名な長周期 地震計で1943 年の鳥取地震や 1948 年の福井地震をとら えた「佐々式大震計」,米ソ冷戦時代に核実験の察知目 的にも使われた米国製の「プレス・ユーイング式地震計」 などである。なお,ここで紹介した機器について詳しく は,阿武山観測所(2018)や矢守・岩堀(2016)を参照 されたい。 サイエンスミュージアム・プロジェクトの企画にあ たっては,観測所が所蔵する歴史的価値の高い機器を有 効活用することを考え,最初の取り組みとして,これら の歴史的な地震計を一般市民に見学してもらうための機 会―「阿武山オープンラボ」と命名―を設けた。その第 1 回を 2011 年 4 月に予定し準備を進めていたまさにそ のときに東日本大震災が発生し,開催が危ぶまれた。し かし,当時社会を席巻し,今も根強い「防災学は社会の 役にたっているのか」,「地震学は適切にリスクを伝えて きたのか」との声に代表される科学と社会の摩擦・軋轢 を踏まえるなら,今こそ,科学と社会,あるいは科学者 と一般市民の関係を根本から再構築することを目指した 試み―「オープンサイエンス」や「シチズンサイエンス」 の視点の導入―をスタートすべきではないか。そのよう な考えから,第1 回の「阿武山オープンラボ」は予定通 り,東日本大震災の発生から約一月後に開催されること になった。 その後,「オープンラボ」を含むサイエンスミュージ アムに関連する市民参加型のイベント(公開講座などを 含む)は,形や名称を変えながらも,2011 年度から 19 年度までの9 年間に合計 465 回開催された。近年では, 年間70 回程度,言いかえれば,毎週 1 回程度は何らか のイベントが開催されていることになる。また,これら のイベントに参加するために観測所を訪れた来訪者の数 は合計のべ14558 人にのぼっている(表 1)。なお,複 数回訪れた人は全体の1 割以下であり,実質の来訪者も 1 万人を大きく越えている。本プロジェクト開始前(2010 年度まで)は,研究(観測)施設という性質上,一般の 来訪者がほぼゼロであった施設に,これだけの市民が訪 問するようになったわけである。 (2)「阿武山サポーター」―市民ボランティアの存在 ここできわめて重要なことがある。それは,これらの 来訪者(見学者)の対応,具体的には,地震学に関する 基礎的なレクチャーと館内見学のガイド役のほとんど (2012 年度以降は 9 割以上)を,上述の「阿武山サポー ター」とよばれる市民ボランティアが担っている点であ 図1 京都大学阿武山地震観測所

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る。表1 に示した通り,「サポーター」の活動人数(の べ人数)は,近年では年間のべ1000 人を越える規模に まで達している。具体的には,約25 名の主要メンバーが, 年間数回から40 回程度繰り返し活動する結果として, 年間の合計のべ活動人数が1000 人程度にのぼっている。 よって,一般の来訪者の観測所との関わりが「多数の浅 い関わり」だとすると,サポーターの関わりは「少数の 深い関わり」と表現できる。 「阿武山サポーター」は,観測所の公募に応じて,か つ,観測所が主催する養成講座を受講して,レクチャー や館内見学のガイド役を担当する資格を得た市民ボラン ティアである。その多くは,当初,「阿武山オープンラ ボ」の見学者として観測所を訪問した,ごくふつうの市 民(非専門家)である。この間の詳細な経緯についても 矢守・岩堀(2016)に詳しく紹介されているので,ここ では,基本的な情報だけをおさえておく。 2019 年度末の時点で,アクティヴに活動中の「阿武山 サポーター」は23 人である(これまでの 9 年間では約 80 名が登録)。うち男性が 20 人を占め,定年退職後の 人が多い。平均年齢は70 歳を超えるが,メンバーは非 常にアクティヴで,地震計の名称からとった「ガリチン 会」という名称の独自組織を結成し,相互交流や情報交 換をはかると同時に,自前のブログも作成するなど外部 への情報発信にも力を入れている(ガリチン会,2018)。 表1 として示したとおり,この 9 年間,サポーターは, 約25 名の主要メンバーの反復活動の成果として,のべ 5755 人が活動してきた。この間,年を追うごとに活動 が活発化し,特に2016 年度以降は,この後(5)項で述 べる〈解析・解読〉に関わる活動が追加されたため,の べの活動人数がさらに大きく増えている。 3 節の考察における重要な資料ともなるので,サポー ターへの応募動機を表2 としてまとめておいた。これら は,サポーター養成講座開催時に実施したアンケート調 査から抜粋したものである。地震観測研究,地震防災に 関する実務的な知識,観測所の建物や周辺環境,そして, 仲間との交流,社会への貢献など,多様な関心・動機か ら応募がなされていることがわかる。 以上が,サイエンスミュージアムとしての阿武山地震 観測所の概要である。以下,同観測所を舞台とした活動 が地震学に「オープンサイエンス」の性質を導入すると いう困難な課題の実現へと向けたチャレンジになってい ることを,3 つの側面から見ていく。 第1 の側面は,上述の〈解説・観覧〉(guidance)と いう側面である。地震学や観測機器に関する〈解説・観 覧〉は,それ自体としてはアウトリーチ(1 節(2)項) の範疇に入る活動である。しかし,そのアウトリーチに おける教授者のポジションを一般市民(「阿武山サポー ター」)が担っている点,すなわち,これまで科学者(専 門家)が担ってきた地震学に関する教育・啓発活動に一 般市民が一役買っている点に注目すれば,それは「シチ ズンサイエンス」に根ざす「オープンサイエンス」に近 づく試みだと言うことができる。 表1 サイエンスミュージアム・プロジェクトに関連する基礎データ 年度 イベント開催数 簡易地震計ワーク ショップ開催数 観測所来訪者数 サポーター活動人数 2011 20 0 799 70 2012 29 0 762 350 2013 51 3(2) 1699 630 2014 20 9(0) 1095 130 2015 53 8(2) 1329 126 2016 73 5(2) 1960 1117(149) 2017 81 5(2) 2332 1005(192) 2018 71 7(2) 2117 1121(154) 2019 67 9(2) 2465 1206(292) 合計 465 46(12) 14558 5755(787) Note.耐震改修工事のため 2013 年度は 3 ヶ月間,同 14 年度は 4 ヶ月間のみの活動。 ワークショップ欄の括弧内は阿武山観測所内での開催数。来訪者数,サポーター数とも のべ人数。ただし,来訪者の重複(2 度以上の来訪)は全体の 1 割以下であるのに対して, サポーターは,約25 名の中心メンバーが年間数回から 40 回程度繰り返し活動。2016– 19 年度の括弧内は地震データ読み取り作業の参加人数(内数)。

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第2 の側面は,1 節(2)項で天文学や生態学を例にとっ て述べた通り,これまでも「オープンサイエンス」の中 核となってきた〈観測・観察〉(observation)に対する 市民参画を実現するための活動である。すなわち,阿武 山観測所は,サイエンスミュージアムとしても機能しは じめたわけだが,本来の観測・研究機能をすべて失った わけではなく,今も現役の地震観測所である。その本体 活動,すなわち〈観測・観察〉に対する市民参加という 側面である。具体的には,阿武山観測所が中心となって 進めてきた内陸地震に関する先端的な観測活動―「次世 代型稠密地震観測研究」,通称,「満点計画」(詳しくは, 飯尾(2011, 2012))―に「阿武山サポーター」を含む市 民が参加する側面である。 第3 の側面は,〈解析・解読〉(analysis)である。こ れは,〈観測・観察〉をさらに一歩進めたもので,上述 の「満点計画」で得られた地震波形データの読み取り 作業に,「阿武山サポーター」が参画する活動である。 加えて,本プロジェクトと関連する活動として,「みん なで翻ほんこく刻」という名称のプロジェクトがある(加納, 2017)。これは,古文書に描かれた地震活動の記録を読 み解く活動を市民参画型で進めているものである。こ うした〈解析・解読〉に対する市民参加もまた,科学を 「学ぶ」ならぬ,科学を「(共に)なす」ことを中核とす る「オープンサイエンス」を深化させるものと言える。 (3)〈解説・観覧〉(guidance) 本項では,「オープンサイエンス」としての地震学へ の市民参画について,サイエンスミュージアムにおける 〈解説・観覧〉に「阿武山サポーター」が果たしてきた 役割に注目して整理する。〈解説・観覧〉とは,地震学 や地震観測に関する基礎的なレクチャー(標準1 時間程 度),および,多数の歴史的な地震計が設置された館内 のガイドツアー(標準1 時間程度)のことである。この 2 つから構成される見学コースを,サポーター数名が担 表2 「阿武山サポーター」への応募動機(主なもの,年齢は応募時点) (1) 定年後,何か自分の関心のある事を学びたいと思っていました。特に最近,東日本大震災の発生を機に,関 東直下型,東海,東南海,南海地震の可能性など,マスコミも恐怖心を煽るような記事や番組を連日伝える 中で,正しい知識や科学的根拠に基づく予知技術など,具体的に学び,伝えたいと考えました。(60 歳代・ 男性) (2) 高校で地学や,生物を教えてきて,東北日本の大震災もあり,地震津波等の災害防災,地球環境問題等々に 興味関心が深く,阿武山観測所のサポーターとして何かボランティアでお役に立てればうれしい限りです。 (60 歳代・男性) (3) 夫が昨年申し込んで,生き生きやっているので,私もお掃除や受付だけでもいいので,共に行動して何か少 しでもお役にたてたらと思って申しこむことにしました。(60 歳代・女性) (4) 阿武山地震観測所は,自宅から望むことが出来,以前からどの様な観測を行っているか興味がありました。 今回観測所の業務概要や観測の歴史等教えていただけると伺ったこと,またボランティアを通じて地域の方 との交流や防災等への貢献ができればと思い応募させて頂きました。(50 歳代・男性) (5) 昔から地震など地球現象に関心があること。幼年期から阪急電車で遠くに見える阿武山の地震観測所への興 味が残っていること。(60 歳代・男性) (6) 観測所のすぐそばに住んでいて,建物やあたりの雰囲気に親しみを感じています。自治会主催の見学会にも 参加しました。とても興味をひかれました。まだまだ元気で活動しています。教師もしていましたので,声 をだすこと,わかりやすく説明することには自信があります。(70 歳代・女性) (7) 地震学(活断層や地震考古学)に興味があり勉強しています。昨年,貴観測所のオープンラボに参加させて いただき,サイエンスミュージアム化構想の説明や地震学・観測機器など見学しました。(60 歳代・男性) (8) 理系のボランティアに興味がある。阿武山で森林ボランティアを行っているので以前から施設に興味があっ た。(50 歳代・男性) (9) 地震現象の測定に興味があります。特に測定器の特性,地震波の伝播特性について知りたいところです。こ の機会が絶好と考えております。(70 歳代・男性) (10) 高槻の古代遺跡のボランティアガイドを行っています。遺跡の中で伏見地震の被害を受けた今城塚古墳や昼 神車塚古墳があり,伏見地震や有馬高槻地震帯に興味を持つようになりました。(70 歳代・男性) (11) 子供の頃から地震観測所を眺めてきた。環境カウンセラーの資格を持つ。自然環境に関心を持つ。(70 歳代男性) (12) 近畿・畿内を震源地とする大地震により被害があったことを知り,今後予想される紀伊半島沖の南海トラフ 地震以上に近隣の畿内の直下型地震に興味を持った。地震についてもっと知り,防災・減災につなげたいと 思った。(60 歳代・男性)

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当する(図2 を参照)。市民,つまり,サポーターによ る〈解説・観覧〉は非常に好評で,矢守・岩堀(2016) には,見学会の終了後に実施されるアンケート調査の結 果,観測所のスタッフ(科学者)が案内したケースより もサポーターが担当した場合の方が来場者の評価が平均 して高い(ときには,はるかに高い)といった苦笑いし たくなるようなエピソードも報告されている。 サポーターの〈解説・観覧〉活動を来訪者(一般市民) が非常に好意的に受けとめている事実を,データを使っ てさらに傍証しておこう。ここでは,上記のアンケート 調査を,年間を通して,すべての「阿武山オープンラボ」 (一般見学会)の後に実施し,もっとも体系的にデータ が残っている2016 年度の調査データを紹介する。回答 総数は1453 通である。サポーターによる館内ガイドツ アーに対する満足度は,「満足」(73.4%),「やや満足」 (19.8%),「普通」(6.6%),「やや不満」(0.2%),「不満」 (0%)であり,サポーターの説明に対する評価は,「分 かりやすかった」(80.2%),「普通」(18.2%),「よくわ からなかった」(1.6%)であった。 また,100 を越える自由記述欄の記述も肯定的な意見 が9 割以上を占めている。ほんの一部を列挙すると,「サ ポーターの説明が非常によかった」,「サポーターの方々 の知識の深さに驚きました。みなさま教授だと思ってい ました」,「よい企画と思いますので,子どもの見学を企 画されたらよいと思います」,「地震計の変遷(実物)が 興味深かった」などであった。他方で,どちらかと言え ばネガティヴなものも,「測定の原理がわかる紹介パネ ルがあるとよかった」,「レジメがあればよかった」など, 今後へ向けた改善提案であり,サポーター活動に対して 純粋に否定的な態度を示すものはまったくなかった。サ ポーターによる〈解説・観覧〉が大きな効果を挙げてい ることが示唆される結果である。 次に,当初,「オープンラボ」など観測所の公開イベ ントにおける〈解説・観覧〉から始まったサポーター活 動が,ここ数年,新たなステージに入っていることを指 摘しておきたい。その一つは,観測所外での活動である。 代表的なものが,「ペットボトル(簡易)地震計」製作 のワークショップで,2013 年度から開始された(図 3)。 これは,主に子どもを対象としたプログラムで,企画・ 運営等をすべてサポーターが担っている。年度ごとの開 催実績は,先に示した表1 の通りである。阿武山観測所 内でも実施されているが大半は所外実施であり,「人と 防災未来センター」(神戸市),「大阪自然史博物館」(大 阪市)など他の科学ミュージアムや,市町村が主催する 夏休みの学習講座の一環として実施されている。 もう一つは,観測所の資産を活かした〈解説・観覧〉 を,科学者の側が当初意図した範囲(上記の「オープン ラボ」)を超えて,サポーターが手がけるようになった ことである。代表的な例をあげておく。たとえば,2015– 16 年度には,観測所の書庫に保管されていたものの, 長年未整理のまま放置されていた資料をサポーターが独 自に整理し,約5 千点の資料を収録したデータベースが 新たに作成された。この中には,観測所の初代所長志田 順博士の業績の一つである「深層地震解析図」(現在は 深発地震と称され,通常よく見られる震源の深さ数十キ ロ以内ではなく数百キロ程度に震源をもつ地震)の原図 なども含まれ,これら新たに発掘された貴重な資料を展 示する特別展示会もサポーターの企画によって実現した。 最後に,「阿武山サポーター」の活動が,〈解説・観覧〉 の対象となっている地震学の専門家から,また同時に, 〈解説・観覧〉のエキスパートである博物館の専門家か らも高く評価されている事実を指摘しておきたい。まず, 上述のように,サポーター自身が手がけた〈解説・観覧〉 の活動が本観測所以外のミュージアムで正規の展示,教 図2「阿武山サポーター」による館内ガイド 図3 ペットボトル地震計製作のワークショップ

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育活動として取りあげられた実績がある。さらに,2018 年には,地震学会の年次大会でサポーターの活動が取り あげられ,サポーターの代表者が自らプレゼンしている (日本地震学会,2018)。さらにその翌年(2019 年)の 年次大会では,学会の公式エクスカーションの対象地と して本観測所が選定され,地震学会員が見学のために 来所している。このときの〈解説・観覧〉ももちろんサ ポーターが担当している(日本地震学会,2019)。 これらの事実は,これまで,科学者(地震学の専門家) が担ってきた地震学に関する教育・啓発活動,つまり, アウトリーチ活動を代行する形で開始されたサポーター による〈解説・観覧〉の活動が専門家によって高い評価 を受けるまでに至っていることを示している。言いかえ れば,科学者の側も,地震学に関する教育・啓発活動と いう自分たちがこれまで担ってきた活動を一般市民と 「共になす」ことが十分可能だと認識したわけである。 たしかに,以下で述べる〈解析・解読〉などとは異なり, 〈解説・観覧〉は地震学の本体部分への関与性は小さい かもしれない。しかし,科学者の役割の一端(アウト リーチ)を市民が担うに至った点を踏まえれば,これも, 科学者と市民が科学を「(共に)なす」態勢,すなわち, 「オープンサイエンス」へと漸近するための一助になる 試みだと言えよう。 (4)〈観測・観察〉(observation) 「阿武山サポーター」の活動は,〈解説・観覧〉にはと どまらない。「オープンサイエンス」に直結する活動と して,阿武山観測所が今も実施中の最先端の地震観測研 究,つまり前述の「満点計画」における〈観測・観察〉 にもサポーターが参画している点が重要である。「満点 計画」(正式名称「次世代型稠密地震観測研究」)は,通 常の観測網とは異なり,地震活動が活発な地域に集中的 に,きわめて高密度に地震計を配置して,これまでにな い精度で内陸地震活動のメカニズムについて探る地震研 究である(飯尾,2011,2012 を参照)。「満点4 4 計画」と いう名称には,数多くの観測点,理想的には1 万点4 4に地 震計を設置し,百点満点 4 4 の地震観測を行いたいとの科学 者の願いが込められている。この研究計画のために,こ れまでの地震計と比べて圧倒的に安価で,設置やメンテ ナンスが容易な新型地震計「満点地震計」が新たに開発 された。この「満点計画」の実施センターの役割を担っ たのが阿武山観測所であった。 しかし,「満点計画」には克服すべき大きな課題が あった。矢守・岩堀(2016)で言及されているように, 膨大な量の地震計を設置するための土地の確保や地震計 のメンテナンス業務である。これまでとは桁違いに多く の地震計の設置に適した場所を探り土地の利用権を確保 するにも,大量の機器の定期点検を実施するにも,研究 者のマンパワーだけではとうてい不足していた。そこで, 筆者らは,これらの活動を地震学に関心をもつ一般市民 (子どもを含む)や地震計が設置されることになる地域 の住民とともに共同で実施する仕組みづくりを推進する ことにした。地震学への理解や地震防災への関心を高め てもらう意味でも有効だと思われたし,先述した地震学 と社会との摩擦・軋轢を緩和するための一助にもなると 考えたからである。なお,この計画の一部として実施さ れた「満点計画学習プログラム」(小学校に設置した満 点地震計を利用した地震学習プログラム)については, Iwahori, Yamori, Miyamoto, Shiroshita, & Iio(2017)に詳 しい報告がある。 本計画の実績について簡単に紹介しておこう。市民が 〈観測・観察〉に深く関与した区域は,主に2 つある。一 つは,内陸地震の活動が活発で,鳥取県西部地震(2000 年)の震源地を含む鳥取県西部地域である。この地域で は,2014 年から,「満点計画」の一環として「0.1 満点 計画」(まず「満(万)点」の10 分の 1 の千点の地震計 設置を目指すという意味)を開始した(詳しくは,松本・ 飯尾・酒井・加藤(2018))。直径わずか約 35 キロメー トルの円の圏内(東京駅を中心にした場合,川口,三鷹, 川崎,船橋周辺を結ぶ円内)に1000 点もの地震計を設 置したもので,これがいかに高密度かは,その領域内に 従来から設置されていた地震計(定常観測点)は10 機 未満であることからもわかる。設置された1000 点の観 測点のうち375 点の設置とメンテナンスに一般市民が関 与し,重要な観測活動の一端を担っている。関与したの は,主に地域住民(一部,地元の小学生も含む)である。 ただし,鳥取県内で公募され研修を受けて活動に加わっ た市民ボランティアの指導役として,「阿武山サポー ター」も合計7 回,のべ 19 日にわたって現地での活動 に参加した。また,この観測研究の地震学上の成果は, Hayashida, Matsumoto, Iio, Sakai, & Kato(2020)として, すでに公刊されている。 もう一つは,阿武山観測所のまさに足下で発生した大 阪府北部地震(2018 年)の直後に,大阪府北部地域で 実施された緊急の余震観測活動への市民参画である。飯 尾(2020)に報告されているとおり,地震発生からわず か4 日間の間に,本観測所を含む複数の大学研究機関に よって,合計100 観測点から成る緊急の余震観測網が敷 かれた。このうち,「阿武山サポーター」が12 箇所の設 置作業等を担当した(図4)。地震発生直後の余震観測

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は地震学にとってきわめて重要な意味をもち,迅速な地 震計の設置が要請される。この場面でも市民が研究活動 を支えたわけである。なお,この領域では,2020 年度 から,第2 期余震観測活動が実施される予定で,「地震 観測ボランティアの募集」が公示されており,これにも 「阿武山サポーター」を含む市民ボランティアが参画予 定である。 (5)〈解析・解読〉(analysis) 「阿武山サポーター」による地震動の波形データの読 み取り活動は,「オープンサイエンス」,特に,一般市民 が科学的知識を単に学ぶのではなく,科学的知識を生み 出すための活動本体に参加する「シチズンサイエンス」 にとって,さらなる重要な一歩として位置づけられる。 そもそも,地震データの解析において,一番基本となる のは地震の震源を決めることである。そのためには,各 観測点にいつ地震波が到着したかを精度よく「読み取る」 必要がある。これは,100 年も前から行われている作業で あるが,現在も基本的には,引き続き手動で行われている。 阿武山観測所が進めている「満点計画」の基本コンセ プトは,地震データを大量に取得することであり,その 分,「読み取り」に要する作業量も膨大になる。そのため, 研究者だけが関与する従来の体制では立ちゆかなくなっ た。計算機による自動処理の精度も向上しているが,現 時点では,詳細な解析にその結果をそのまま用いること はできない。 そこで,(4)項で述べた通り「満点計画」の観測点設 置にも参加し,計画そのものにも精通している「阿武山 サポーター」に,データ(地震波到着時点)の読み取り 作業への参画を呼びかけたのである。その結果,多くの サポーターの賛同を得て,専門家による講習会を実施し た上で,2016 年度からサポーター数名による作業を開 始した(図5)。こうして始まった阿武山観測所におけ る〈解析・解読〉は,これまで5 か年にわたって継続し ており,作業回数は計787 回にのぼり(数名のサポー ターが,一人あたり100 回程度作業を実施),総作業時 間はすでに5000 時間を越えている。しかも,こうして 得られたデータは,鳥取県西部地震(2010 年)など内 陸地震の発生メカニズムに関する学術的解析に供せら れ,その成果はすでに地震学分野における国際的なトッ プジャーナルの一つに研究論文として掲載されている (たとえば,Iio et al., 2020 など)。 〈解析・解読〉については,阿武山観測所による直接 的な活動ではないものの,それと深く関連する活動とし て加納(2017)らが実施してきた「みんなで翻ほんこく刻」につ いて触れておかねばならない(国立歴史民俗博物館・東 京大学地震研究所・京都大学古地震研究会,2019)。「み んなで翻刻」は,現在,上記の3 組織によって運営され ている市民参加型の地震史料解読プロジェクトである。 地震,火山噴火,風水害などの自然災害について書かれ た文字史料を解読し,全文の翻刻文(くずし字を解読し て活字化したもの)を作成することで,近代以降の記録 資料にほぼ限定される災害科学の視野を過去に向けて大 きく拡大する役割を果たしている。かつ,狭義の災害科 学の範囲を超えて,歴史学,地理学,情報学,国文学な どの領域との学際的な共同研究の推進にも貢献してきた。 もっとも,「みんなで翻刻」の最大の特徴は,「オープ ンサイエンス」の名にふわしい市民参加の仕組みにある。 図4 「阿武山サポーター」による地震計設置(大阪府 北部地震余震観測活動から) 図5 「阿武山サポーター」による地震波形の読み取り 活動

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古文書翻刻(解読)には膨大な時間・労力が必要で,市 民参加が不可欠である。そこで,「みんなで翻刻」では, 一般市民にも翻刻作業が容易かつ魅力的なものになるよ う,いくつかの工夫を行っている。たとえば,作業の支 援を行うための「自動くずし字認識装置」の導入,翻刻 に共同であたる仲間とのコミュニケーションや共同作業 を促す仕組み(だれかが「このように解読できるのでは ないか」とインプットすると,他の参加者から修正がな されたり,解読のためのヒントが与えられたりする)な どである。特に,後者は,「達人が後で直してくれるの で勉強になる」という参加者からの感想にあらわれてい るように,共に科学すること,すなわち,「オープンサ イエンス」のメリットを最大限発揮する効果的な仕組み ―いわゆる「集合知」(3 節(2)項)をもたらす仕組み ―として機能している点で重要である。 3.考察―3 種類の科学リテラシーと シチズンサイエンスの階梯 本節では,前節で紹介した地震サイエンスミュージア ムにおける市民ボランティア(「阿武山サポーター」)の 活動を中心としたアクションリサーチについて,主に4 つの観点から,関連の研究や実践例を追記しつつ考察し, 研究全体について総括する。第1 の観点は,サポーター の多様性と役割葛藤,である。第2 の観点は,「阿武山 サポーター」による活動の分類軸として導入した3 つの 側面,すなわち,〈解説・観覧〉(guidance),〈観測・観 察〉(observation),〈解析・解読〉(analysis),である。 第3 の観点は,科学リテラシーを〈プラクティカル〉 (practical),〈シビック〉(civic),〈カルチュラル〉(cultural) の3 要素に分類した Shen(1975)の整理,である。第 4 の観点は,古屋他(2018)や林(2018)が示している 「シチズンサイエンス」に関する階梯論,つまり,科学 に対する市民参加の程度に基づいて「シチズンサイエン ス」を分類した類型論,である。 (1)サポーターの多様性と役割葛藤 最初に,本プロジェクトが発足当初から10 年にわたっ て,終始順調に推移したわけではないことを明記してお きたい。特に,地震サイエンスミュージアムの中核となっ た「阿武山サポーター」の内部にも多様性があり,その ために時には「何をなすべきか」に関する役割葛藤が見 られたことは重要である。2 節(1)項で述べた通り, 本プロジェクトは,当初,「単に学術研究のための存在 にとどめることなく…(中略)…より多くの人に学びを 提供する施設として」とのミッションを掲げていた。こ れは,現時点から振り返ると,プロジェクトメンバーに, 「シチズンサイエンス」よりも旧来の「アウトリーチ」 を重視する姿勢が残存していたことを示している。つま り,「サポーター」の活動は,当初(2011 年)の〈解説・ 観覧〉のみの状態から,2014 年に〈観測・観察〉が加 わり,2016 年に〈解析・解読〉がスタートするという 形で移行・発展してきたわけであるが,これは当初から 意図したものではなく,「サポーター」の予想以上の意 欲と貢献に支えられた「うれしい誤算」というべきもの であった。 しかも,ここで注意すべきは,3 つに大別される多様 なサポーター活動のどれを重視し意欲的に参加しようと するかについては,サポーターによって多少の違いがあ り,それがメンバー間の摩擦や葛藤として表面化するこ ともあるという事実である。一般に,参加頻度の高いサ ポーター,および,男性サポーターは〈解説・観覧〉の みならず,〈観測・観察〉や〈解析・解読〉へも関与し ようとする意欲が大きく,参加頻度の低いサポーター, および,女性サポーターは,〈解説・観覧〉のみに活動 を限定する傾向にある。先に示した表2 で言えば,(9) や(12)は前者の例であり,(3)や(6)は後者の例で ある。ボランティア活動である以上,こうした違いや多 様性を解消することは困難であるし,また拙速に解消す べきでもないだろう。サポーター自身が結成した親睦組 織「ガリチン会」(2 節(2)項)に加えて,本プロジェ クトとしても,毎月1 回の「定例会」(プロジェクトメ ンバー全員とサポーター全員によるミーティング)を実 施して葛藤調整を図るとともに,地震観測研究への関与 をより高めたいとの意向をもつサポーター向けに,地震 学や周辺研究領域の勉強会や阿武山観測所以外の研究施 設の見学会なども開催してきた。 (2)3 つの側面―〈観測・観察〉〈解析・解読〉〈解説・ 観覧〉― 第1 に,〈観測・観察〉の側面について述べる。1 節 で述べたように,〈観測・観察〉は,「オープンサイエン ス」の先進領域と呼べる天文学や生態学でも中核となっ てきた科学への参加スタイルである。地震学はいくつか の理由から,これらの領域に比べると,〈観測・観察〉 における市民参加を導入することは困難であると考えら れた。しかし,本アクションリサーチでは,大量の地震 計を展開する内陸地震の観測活動において,それらの地 震計の設置・保守点検に「阿武山サポーター」や地域住 民が関与する仕組みを通して,地震学の分野でも〈観測・ 観察〉への市民参加を実現することができた。

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実は,近年,地震学の分野における〈観測・観察〉の 実現に寄与する別の活動が注目を集めている。それは, 「Did You Feel It?」プロジェクト,通称 DYFI プロジェク

トである。DYFI プロジェクトは,地震学の世界的な中 心組織である米国地質調査所(USGS)が 2004 年に開 始したもので(USGS, 2004),地震を感じた一般市民が, そのときに感覚した地震動の強度,地震に対する自らの 反応・行動,周囲の被害状況などを,インターネットを 通じて報告する仕組みである。本プロジェクトは,もと もと,各地域における揺れの程度(日本で言えば,体感 震度)や被害状況をUSGS が早期に把握し,地震動に 関するマップを作成し公開するために,市民に観察結果 のレポートを求めたものである。日本と比べて人口密度 も地震計の設置密度もはるかに低い米国において,科学 者らが展開した地震観測網による観測データを補完する 意味で,また,地震による被害状況をいち早く把握する 意味で,必要に迫られて導入された仕組みとも言える。 米国社会にいち早くインターネットが広く普及してい たことも,このプロジェクトの運用上の実効性を後押し し,DYFI プロジェクトを市民による〈観測・観察〉をベー スとした「オープンサイエンス」の取り組みとして成立・ 定着させる一助となった。今では,DYFI プロジェクト には,米国,日本,台湾,メキシコ,インドネシアなど, 多くの国の一般市民数十万人がエントリーしており,地 震が発生するたびに,大量のデータが蓄積されている。 なお,Goltz, Nakano, Park, & Yamori(2020)は,USGS との共同研究として,これらのデータを2 次利用し,地 震動に対する人間行動,社会的反応に関する比較文化研 究を進めている。 ただし,DYFI プロジェクトは,非常に多くの市民が ネット経由で,科学的活動に「広範に薄く関与」する仕 組みで,かつ〈観測・観察〉の側面に限定されている。 〈解析・解読〉および〈解説・観覧〉の側面とも連携し つつ,少数の「サポーター」が地震学に「長期的に深く 関与」する本実践とは大きく性質を異にしている。しか し,いずれにしても,〈観測・観察〉が,今後も,地震 学の「オープンサイエンス」化において大切な役割を果 たしていくことは疑いがないと思われる。 第2 に,〈解析・解読〉について述べる。一般に〈解 析・解読〉は,〈観測・観察〉よりも科学的活動の中核 部分により深く関連しており,それだけ,より深い専門 的知識や技能を求められる。このため,この側面での市 民参画を実現することは,より困難だと考えられている。 地震学も例外ではない。実際,本アクションリサーチで 実施した地震動の波形データの読み取りも,その大枠部 分は研究者によって方向性が固定され,市民による自由 裁量の余地は大きくはないとも言える。しかし他方で, 正統的周辺参加理論(Lave & Wenger, 1991 佐伯訳 1993) など,教育・学習に関する既存理論が指摘する通り,専 門家対非専門家の区別そのものが2 項対立的ではないと 考えるべきで,〈解析・解読〉の作業も,より基本的な ものから専門性の高いものまで段階的で幅はあり,かつ 漸次的に変化するものである。 たとえば,阿武山観測所における波形読み取り活動 も,たしかに,その活動によって,一足飛びに,科学者 (専門家)と一般市民(非専門家)が等値されるわけで はないし,また等値されるべきでもないだろう。しかし, 正統的周辺参加理論が示唆するように,両者の中間部に 当該の科学的活動に対する濃淡様々な関与を可能にする 回路を確保し,その回路をより多くの人が往来できるよ うにするための工夫は,科学と社会との間の摩擦を低減 し,両者を生産的な形で接続することに資すると思われ る。この意味で,阿武山観測所における〈解析・解読〉 も,地震学本体への関与の第一歩,すなわち,科学者と 市民が科学を「共になす」ための第一歩だと位置づける ことはできる。 〈解析・解読〉の事例として紹介したもう一つの事例 「みんなで翻刻」については,「Wikipedia」,「オープン ソース・ソフトウェア」などに代表例を見ることのでき る「集合知」(西垣,2013 など)との関係性が重要であ る。多数の人が「上書き」的に知見や情報を重ねること で,むろん,ときには誤った方向へと導かれる場合があ ることも含めて,知識の精緻化を集合的に図るこうした タイプの試みは,その前提となるオープンなデータベー スの存在も含めて,まさに「オープンサイエンス」の名 にふさわしい試みである。また,2 節(5)項で紹介し た参加者の言葉「達人が後で直してくれるので勉強にな る」は,〈解析・解読〉の「オープンサイエンス」が, 科学的活動本体への寄与(知識の精錬・蓄積)のみなら ず,一人ひとりの参加者の科学に対する態度や姿勢に対 しても好影響を及ぼすこと(次項で登場する〈カルチュ ラル〉の要素を参照)を示唆している。 第3 に,〈解説・観覧〉について簡単に述べておこう。 繰り返し指摘したように,〈解説・観覧〉は,それ自体 としては,通常の普及・啓発活動,つまり,科学的な知 識を「(すでに)もつ者」から「(未だ)もたざる者」へ の移行作業である場合がふつうで,それ自体は「アウト リーチ」に分類すべき営為である。すなわち,それは 「オープンサイエンス」の一部をなす活動とは言えない かもしれない。しかし,本アクションリサーチで実現し

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たことは,アウトリーチにおける教授者のポジションを 一般市民(「阿武山サポーター」)が担う形で地震サイエ ンスミュージアムを運営することであった。この構造, つまり,従来,科学者が担ってきた地震学に関する教育・ 啓発活動を一般市民が代行する構造に注目すれば,それ は「シチズンサイエンス」の要素を含む「オープンサイ エンス」に近づく試みだと言うことができる。 この仕組みの意義をより一般化して位置づければ,「教 える者/教えられる者」の構造の固定化と硬直化を回避 することの重要性,と表現できるだろう。「教える者/ 教えられる者」という2 項構造は,教育や学習を成立さ せるために短期的には必須かもしれない。しかし,その 両項が常に科学者と市民という2 項として固定化・硬直 化される必然性はないし,むしろ当該構造を積極的かつ 意図的に流動化させることが,より深い教育や学習活動 のためには必須であろう。実際,上述の正統的周辺参加 理論は,ある社会的実践(科学もその一つ)を成立させ る実践共同体への参加の程度が,常に多様であること (古参もいれば中堅もいれば新参者もいる),かつ,常に 変容すること(新参者もやがて中堅になり,中堅はいず れベテランになる)を重視してきた。 これは「阿武山サポーター」にも言えることである。 市民が科学者に代わって科学コミュニケーションにおけ る「教える者」のポジションに立ったとは言っても,そ のさらなる変化こそが重要である。つまり,そのポジ ションが固定化してしまえば,もともとあったのと同じ 2 項構造が少し位相をずらして反復されるだけのことで ある。先述の通り,「サポーター」の内部にも,本来大 きな多様性がある(本節(1)項)。もともと,一時の来 訪者に過ぎなかった「サポーター」の一部は,〈観測・ 観察〉や〈解析・解読〉にも関与し,新参者から見れば 準専門家とも映る存在になっている。そうした意味での ベテラン「サポーター」と新参「サポーター」との関係 性に見られる流動性を担保しておくことが,ひいては, より広範な実践共同体の中で,一般市民(潜在的な「サ ポーター」)と現「サポーター」の間,あるいは,準専 門家とも位置づけうる域に到達している熟練の「サポー ター」と専門家(たとえば,新しく観測所に配属された 技術職員)との間の流動性を確保することにもつながる。 その意味で,これまで,第3 期分まで開催してきたサ ポーター養成講座を,今後,より頻回に開催し,観測所 スタッフ,「阿武山サポーター」,そして潜在的なサポー ター(今後,サポーターになるかもしれない一般市民) などから成るサイエンスミュージアムの実践共同体の新 陳代謝を図っていく必要があると自覚している。 実際,日岡(2016)が紹介しているように,サポーター 自身,そうした方向を望んでいる。「我々を見て一般の 人も自分でももっとできると思う人が出てくると思う。 必ずしも専門の人でなくても,一般の人でもここまでで きるんだと」,「もともと一般人だったということをセミ ナーで言うことは,サポーターの敷居を下げるという意 味と,来ているお客さんに私たちは地震のことを知らな い素人ですけど,少しずつ勉強しながら話をさせて頂い ていますということもいいのかな。そうすれば協力しよ うかなと思う人も出てくるかな」。 (3)3 つの科学リテラシー―〈プラクティカル〉・〈シビッ ク〉・〈カルチュラル〉― 本研究の成果を総括するための第3 の考察の視点は, Shen(1975)が与えた科学リテラシーの 3 分法である。 Shen(1975)は,科学リテラシーを,〈プラクティカル〉 (practical science literacy),〈シビック〉(civic science literacy),〈 カ ル チ ュ ラ ル 〉(cultural science literacy), 以上の3 つに分類している。 まず,〈プラクティカル〉とは実用的な科学リテラシー を意味し,本稿のテーマである地震学の領域で言えば, 耐震補強の方法,緊急地震速報の利用法といった実用的 な知識・技術や,その背後にある科学的知識を身につけ ることに相当するだろう。次に,〈シビック〉とは民主 主義の担い手としての市民に求められる科学リテラシー を意味している。つまり,当該の科学領域の活動や成果 物が,市民の多くが有する常識的な価値観と適合し,ま た民主的な社会の運営と整合する形で社会に組み込まれ ているかに関心を払い,問題ありと認めればそれを告発 するための力に相当するだろう。地震学の領域で言えば, まさに3.11 後厳しく問われたこと,たとえば,「原発事 故を引き起こした巨大津波は本当に予測できなかったの か」,「事前の津波対策を決定するプロセスで科学(者) は適切な役割を果たしたのか」といった問いかけをなす ための科学リテラシーである。最後に,〈カルチュラル〉 とは文化的な科学リテラシーを意味し,科学的な情報を 知的な娯楽や楽しみ(amusement)として受け入れ,そ れを学ぶこと自体に歓びを見いだすことと位置づけるこ とができる。 さて,ここで,問題となるのが,地震学では,〈プラ クティカル〉および〈シビック〉の要素については,容 易に,その具体例を想起し例示することができたのに対 して,〈カルチュラル〉については,それが困難だとい う点である。すなわち,少なくとも現在の日本社会にお いて,地震学は社会に実用的な知識を提供する科学とし

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ては受け入れられている。また,それだけに,特定の組 織・団体だけを利するようなあり方で,その知が利用さ れていないかについて市民が注意を払うべき対象として も位置づけられていると言える。ところが,地震学は, 市民が知的な楽しみとして享受する科学としては,たと えば,天文学や生態学などと比較して,十分成立してお らず,このことが地震学の「オープンサイエンス」化に とって足枷の一つになっていると思われる。 よって,裏を返せば,地震学に関する科学リテラシー のうち〈カルチュラル〉な要素にこれまで以上に力点を おくことによって,地震学の「オープンサイエンス」化 を推進できると考えられる。その意味で,「阿武山サポー ター」による活動が,〈プラクティカル〉,〈シビック〉 よりも,むしろ〈カルチュラル〉に強く関連する性質を もっていることが注目される。このことは,表2(2 節 (2)項)に示した「阿武山サポーター」への応募動機を 見てもわかる。まず,〈シビック〉に分類可能な応募動 機は見あたらない。多くの応募動機が地震学への興味・ 関心に言及しているが,実践的な地震防災対策,すなわ ち,〈プラクティカル〉な面(防災上の有用性)への言 及は,「防災等への貢献」(動機4),「防災・減災につな げたいと思った」(動機12)くらいである。それよりも, 「科学的根拠に基づく予知技術など,具体的に学び」(動 機1),「高校で地学や,生物を教えてきて」(動機2),「昔 から地震など地球現象に関心がある」(動機5),「地震 学(活断層や地震考古学)に興味があり勉強」(動機7) など,全体として,〈カルチュラル〉な面への志向性が 強い。 加えて,「阿武山サポーター」の〈カルチュラル〉な 要素への志向性が,地震学や地震観測研究だけではなく, 観測所の周辺環境がもたらす科学的なもの一般,知的な こと全般に支えられているように見えることも重要であ る。まさに,科学的な情報を知的な娯楽や楽しみとして 受け入れ享受しようとする態勢である。たとえば,「地 球環境問題等々」(動機2),「建物やあたりの雰囲気」(動 機6),「森林ボランティア」(動機 8),「古代遺跡のボラ ンティアガイド」(動機10),「環境カウンセラーの資格 を持つ。自然環境に関心を持つ」(動機11)といった言 葉に,サポーターへの応募動機が狭義の地震学への関心 だけでなく,科学・文化活動一般に支えられていること を見てとることができる。 さらに,「阿武山サポーター」の活動経験が,科学に 関する活動を知的な娯楽や楽しみとして受け入れる〈カ ルチュラル〉な活動として,サポーター個人に対して自 己を肯定する力を与えていること,同時に,仲間と社会 的な活動を共にすることから得られる満足感・充足感を もたらしていることも注目される。表3 に,2020 年に サポーターを対象に実施したアンケート調査―〈解説・ 観覧〉,〈観測・観察〉,〈解析・解読〉の3 側面に相当す る活動へ参加した感想を自由記述で求めた―の結果を示 した。容易にわかるように,そのほとんどを定年退職者 が占める「阿武山サポーター」にとって,研究者や仲間 と科学を「(共に)なす」ことは,〈カルチュラル〉な面 で科学を享受し,その経験をもとに自己実現を図るため の活動として位置づけられていることがわかる。 以上のように,科学者だけでなく,科学者とともに市 民が科学を「共になす」こと,言いかえれば,〈解説・ 観覧〉であれ,〈観測・観察〉であれ,〈解析・解読〉で あれ,科学的営為の一断面に参画し寄与することは,単 に,実務上有用な科学的知識・技術の習得―〈プラィ ティカル〉―につながるだけでなく,また,科学(者) の「暴走」に歯止めをかけるべく市民の立場からモニ タリングすること―〈シビック〉―を担保するだけでな く,それ自体が一つの文化的な活動として,活動に参加 する市民に知的な満足や共同する歓びをもたらす。この 〈カルチュラル〉な要素をも推進できたことが,阿武山 観測所におけるサイエンスミュージアム・プロジェクト が地震学の「オープンサイエンス」に新しい局面を拓く ための鍵になっていると言えるだろう。 この項の最後に,こうした科学リテラシーの〈カル チュラル〉な要素について,その極点に位置すると思わ れる印象的な事例があるので,磯部(2019)に基づき紹 介しておこう。 直接観測に携わった幾多の病友の労も,この書の刊行 によって報いられることと思います。この書を手にせ らるる方々は,その諸表が単なる数字の羅列ではな く,その一つ一つに観測者の命が刻み込まれているこ とを知って頂きたいのであります。そしてこの資料を, あらゆる方面に利用し,活用して頂きたいのでありま す。この書が,いささかでも世に益することがあれば 私達の病める命を活かし得たことになるのです。(磯 部,2019,pp. 180–181) これは,1930 年(昭和 5 年),奇しくも,阿武山観測 所とまったく同じ年に,ハンセン病療養所(当時の名称 では,国立らい療養所)として設立された国立療養所長 島愛生園(岡山県)で長年にわたって継続されてきた気 象観測の報告書に登場する一節である。執筆したのは横 内武男氏で,1944 年(昭和 19 年)に気象観測所の主任

参照

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