要 旨 本稿は,籾山(2013a,2013b,2018,2020)に続き,「言い訳」とその類 義語の意味を考察したものである。特に,「言い訳」と「口実」を考察対象とし, 両語の類似点を検討し,類義語であることを確認したうえで,一方のみが使 える例に注目し,両語の相違点を明確にすると共に,「口実」の意味を記述 した。両語の相違点のポイントは以下の通りである。「言い訳」は,ある事 柄を「(すでに生じている)好ましくないこと」と捉え,それに対する事情 説明を妥当性を欠くと判断するものであるのに対して,「口実」は,ある事 柄を「やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと」と捉え,それに対 する一応の理由を妥当な理由ではないと判断するものである。ある事柄がい ずれにも解釈できる場合は,どちらの語も使うことができ,一方の解釈のみ が可能な場合は,一方の語のみが使えるわけである。 キーワード:言い訳,口実,類義語
1.はじめに
本稿は,籾山(2013a,2013b,2018,2020)に続き,「言い訳」とその類 義語の意味を考察するものである。特に,「言い訳」と「口実」の相違点を 明確にすると共に,「口実」の意味を記述する。なお,「言い訳」については, 籾山(2013a,2020)で記述した 2 つの意味を取り上げるが,意味記述につ―「口実」と比較して―
籾山 洋介
いて修正は施さない1) 。 以下,本稿の構成を簡単に示す。まず,2 節では,「言い訳」と「口実」 の類似点を検討し,両語が意味の近い語,即ち類義語であることを確認する。 特に,「言い訳」と「口実」が連続して使用されている例,「言い訳」と「口 実」の言い換えが可能な例に注目する。3 節では,「言い訳」と「口実」の 相違点を考察し,「口実」の意味を記述する。特に,「言い訳」と「口実」の 一方のみが使える場合に注目し,両語の相違点を明確にする。そのうえで, 両語が共に使える場合の意味の違いを確認し,本稿の意味記述の妥当性を示 す。4 節では,本稿のまとめと今後の課題について簡単に記す。
2.「言い訳」と「口実」の類似点
本節では,「言い訳」と「口実」の類似点を検討し,両語が類義語である ことを確認する。まず,2.1. では,辞書の記述を見る。2.2. では,「言い訳」 と「口実」が連続して使用されている例を取り上げる。2.3. では,「言い訳」 と「口実」の言い換えが可能な例に注目する。 2.1.辞書の記述 まず,「口実」という語の辞書の語釈を見てみよう。『岩波国語辞典』(第 八版,p. 498)には,「言いのがれの言葉や材料。言い訳。」(下線は引用者) とあり,「口実」と「言い訳」の意味を近いと見なしていることになる。また, 『明鏡国語辞典』(第二版,p. 578)には,「❶ごまかしや言い訳のためにかこ つける理由。また,そのことば。」(下線は引用者)とあり,「口実」の意味 の説明に「言い訳」が用いられている。以上から,「言い訳」と「口実」は, 意味の近い語,即ち類義語であるという見通しが得られる。なお,両語が類 義語であるということは,意味がまったく同じであるということではない。 本稿は,両語の類似点を確認したうえで,相違点を明確にすることを狙いとするものである。 2.2.「言い訳」と「口実」を連続して使用 2.2. では,「言い訳」と「口実」が連続して使われている例を取り上げ, 両語が類義語であることを確認する。まず,以下の例を見てみよう。 1 全部うやむやにして,書類まで焼いてしまった長野五輪の嫌な記憶がある。 石原慎太郎都知事(当時)が招致を言い出した時の「この国には夢の力が必 要だ」みたいなかけ声は,国家主義丸出しのどうしようもないものだった。 安倍政権の五輪への乗っかり方もすごく気持ち悪い。五輪を言い訳や口実に して,いろんなことを一挙にやろうとする下心が露骨に見える。(『朝日新聞』 (朝刊)2020 年 5 月 29 日,聞蔵Ⅱビジュアル)2) 例 1 の「(安倍政権は)五輪を言い訳や口実にして,いろんなことを一挙 にやろうとする」という表現は,おおよそ「『(安倍政権が)いろんなことを 一挙にやろうとする』ことに対する『五輪を成功させるためだ』という理由 あるいは事情説明は,(記事の書き手から見て)妥当性を欠く」ということ を表している。つまり,「(安倍政権が)いろんなことを一挙にやろうとする」 ことに対する理由あるいは事情説明として,「五輪を成功させるためだ」と いうことが妥当であると見なされた場合は,「言い訳」および「口実」とい う語は使われないであろう。 さらに,「言い訳」あるいは「口実」の一方のみを用いて,「(安倍政権は) 五輪を{言い訳/口実}にして,いろんなことを一挙にやろうとする」とい う表現も同様の意味を表すことができる。以上のことから,「言い訳」と「口 実」は,ある事柄に対する理由あるいは事情説明が妥当ではないという判断 を表すものであるという共通点がある類義語であると考えられる。 なお,例 1 の「言い訳」は,以下の籾山(2020)の「『言い訳』の基本的 意味」に相当するものである。
(A)「言い訳」の基本的意味(籾山(2020:38)) ある人(=A)に関して好ましくないこと(軽微なことでも(相当程度) 重大なことでも)が生じた(=E1)という状況で,E1について,A が「自 分は悪くない,自分には責任はない」といった趣旨の事情説明を行った(= E2)ことに対して,A とは別の人(=B)が,E2はE1に対する妥当な事 情説明ではないと判断した場合に,その判断を表すもの3)。 以下,(A)「『言い訳』の基本的意味」について,「(安倍政権は)五輪を言い 訳にして,いろんなことを一挙にやろうとする」という表現に基づき簡単に確 認する。まず,「いろんなことを一挙にやろうとする」ということが,(A)の「あ る人(=A)に関して好ましくないことが生じた(=E1)という状況」に相当す る。なお,「いろんなことを一挙にやろうとする」ということを,少なくともこ の記事の書き手(=B)は「好ましくないこと」と捉えているわけである。こ のような好ましくないことについて,「安倍政権」は「五輪を成功させるため」 である,つまりは,「『自分は悪くない,自分には責任はない』といった趣旨の 事情説明を行っている(=E2)」。さらに,記事の書き手は,E2はE1に対する 妥当な事情説明ではないと判断し,「言い訳」という語を用いていることになる。 次に,以下の例を見てみよう。 2 容赦なく時間が流れる中,58 年前,原爆が突然人間の頭上に炸裂(さくれ つ)し,一瞬にして十数万の命を奪っていった惨劇を私たちは永久に風化さ せてはならない。それを継承することが残された者の責務だと思う。 人間を標的としたこの原爆の投下は,いかなる口実も,いかなる言い訳も 決して許されるものではない。(『朝日新聞』(朝刊)2003 年 8 月 5 日,聞蔵 Ⅱビジュアル) 例 2 の「口実」と「言い訳」が連続して使われている「人間を標的とした この原爆の投下は,いかなる口実も,いかなる言い訳も決して許されるもの ではない」という文は,おおよそ「『人間を標的としたこの原爆の投下』と
いう行為を正当なものだとする理由・事情説明はありえない」ということを 強く訴える,強調表現の一種である。つまり,類義語を連続して用いること によって,強調して述べることができる場合があるということである。 なお,例 2 の「口実」と「言い訳」と同様に,強調して述べるために,類 義語を連続して用いている例として,以下のものがある4) 。 3 防共挺身隊には他に「もっといい若い者」が何人もいたから,福田は二矢 に特別の関心も興味もなかった。(沢木耕太郎『テロルの決算』,pp. 177―178, 文春文庫)5) 4 市立の各中学校から生徒約 300 人が出席。向東中生徒会長の吉岡祐亮さん が「家族,学校,地域の方々に感謝し,自らの心にうそ,いつわりなく,真 正直に誠実に生きていきます」と誓いの言葉を読み上げた=写真。(『朝日新 聞』(朝刊)2010 年 1 月 31 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 5 体が思うように前へ進まず,気持ちばかりが焦って,いよいよ抑えようが ない。ただひたすらに,今の苦しさ,つらさに耐え,我慢し,走り続けるし かないのだが,時間の経過はとても長く,気が狂いそうになる。(宇佐美彰朗 『マラソンランナー』(朝日選書 359),p. 14,朝日新聞社)6) 6 これまで,お産以外で入院したことはなく,父や母が亡くなったときも休 まずに仕事をしてきた。今回,初めて休んで入院する。今は痛くもかゆくも ないし,食欲もあり,何でもおいしく食べている。夜もよく眠り,元気だ。(『朝 日新聞』(朝刊)2018 年 9 月 28 日,金藤也須子,聞蔵Ⅱビジュアル) 7 AI とスーパーコンピューターの発達で,大量のデータ解析ができる時代に なった。田中総長による基調講演に続いて行ったパネルディスカッションで は,便利な時代のデータ活用こそ倫理・道徳が大切であること,データ活用 で浮かび上がった課題を企業の社長やリーダーが受け止めて解決に取り組む ことの重要性など,データを取り扱う「人間」がポイントであることが強調 された形となった。(『朝日新聞』(朝刊)2020 年 3 月 2 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 8 究明の究には,きわめつくす,の意がある。あらゆる角度から調べつくし, 真理や真相を明らかにするのが究明だろう。(『朝日新聞』(朝刊)1986 年 4 月 25 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 以上のように,「関心・興味」「うそ・いつわり」「耐える・我慢する」「痛
い・かゆい」「倫理・道徳」「真理・真相」という各類義語が,強調して述べ るために連続して用いられる場合があることを確認した。 2.3.「言い訳」と「口実」の言い換えが可能 2.3. では,「言い訳」と「口実」を言い換えられる例に注目し,両語が類 義語であることをあらためて確認する。まず,以下の「言い訳」を含む例を 見てみよう。 9 「夫は会社や仕事を言い訳にして子育てや家事から逃げ,妻の負担はどんど ん重くなる。(以下略)」(『週刊アエラ』2002 年 11 月 4 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 例 9 の「言い訳」は,「口実」で言い換えて「夫は会社や仕事を口実にし て子育てや家事から逃げ」としても問題のない表現である。なお,例 9 の「言 い訳」は,上記の(A)「『言い訳』の基本的意味」に相当するものであるこ とを簡単に確認する。まず,「夫が子育てや家事から逃げる」ことは,(A) の「ある人(=A)に関して好ましくないことが生じた(=E1)という状況」 に相当する。それに対して,夫には「会社や仕事で忙しい」という言い分が あるわけだが,その言い分を,「夫が子育てや家事から逃げる」ことの妥当 な事情説明ではないと,この文章の書き手は判断して,「言い訳」という語 を用いていることになる。 次に,以下の「口実」を含む例を見てみよう。 10 「息子の通う中学では,いじめ,チャイムが鳴っても着席できない,授業 を抜け出すなどの行為が目立ち,放っておくわけにもいかないので,PTA の取った措置が『あいさつ運動』でした。早朝,親たちが校門に立ち,あ いさつをしながら子どもを見守るというのです。これもやはり不自然さを 感じます。あいさつは当番を決めて行うような運動にはなじまないもので す。私には生徒を監視する口実にしか見えません」(『朝日新聞』(朝刊) 1991 年 3 月 4 日,聞蔵Ⅱビジュアル)
例 10 の「口実」は,「言い訳」で言い換えて,「(『あいさつ運動』は)生 徒を監視する言い訳にしか見えません」としても問題のない表現である。ま た,この場合の「言い訳」も,(A)「『言い訳』の基本的意味」である。 以上から,(A)「『言い訳』の基本的意味」に相当する「言い訳」と「口実」 は言い換えられる場合があり,両語は意味が近い,つまり類義語であること が確認できる。ただし,両語が言い換えられる場合があるといっても,両語 の意味が同じだという見通しを持っているわけではなく,両語の相違点につ いては,3 節で検討する。 続いて,「言い訳」を含む以下の例を検討する。 11 90 歳になる父は昨年,喉頭(こうとう)がんの手術を受け,声を失いま した。話すことや歌うことが好きだったので,どれほどつらいかと思いま すが,気力を失うことなく,以前と同じように身の回りのことは自分でし, 買い物にも出かけています。 私はその父の強さに甘え,遠いことを言い訳にして,東京の実家に行く回 数も少なくなっています。(『朝日新聞』(朝刊)2016 年 10 月 4 日,(声)小 原みど里,聞蔵Ⅱビジュアル) 例 11 の「言い訳」は,「口実」で言い換えて「私は,遠いことを口実に して,東京の実家に行く回数も少なくなっています」としても容認できる表 現である。なお,ここでの「言い訳」は,以下の籾山(2013a)の(B)「自 分に対する『言い訳』の意味」に相当するものである。 (B)自分に対する「言い訳」の意味(籾山(2013a:107)) ある人(=A)に関して好ましくないことが生じた(=E1)という状況で, E1について,A が「自分は悪くない,自分には責任はない」といった趣 旨の事情説明を思いついた(=E2)際に,A 自身が,E2はE1に対する妥 当な事情説明ではないと判断した場合に,その判断を表すもの。
例 11 が,(B)「自分に対する『言い訳』の意味」に相当することを簡単 に確認する。まず,「東京の実家に行く回数も少なくなっている」というこ とは,筆者自身(と父親)にとって「(生じている)好ましくないこと(= E1)」である。このことに対して,筆者は,「遠い(から)」という「『自分は 悪くない,自分には責任はない』といった趣旨の事情説明を思いついた(= E2)」が,この「遠い」ということは,「東京の実家に行く回数も少なくなっ ている」ことに対する妥当な理由あるいは事情説明ではないと筆者自身が判 断し,「言い訳」という語を使っていると考えられる。言い換えれば,たと え遠くとも,筆者がもっと努力すれば,実家に行く回数を増やせると思って いるということである。 さらに,以下の「口実」を含む例を見てみよう。 12 親として,中学生時代の娘に教えたいことや一緒にやりたいことがある が,自分の仕事やこども自身が忙しいことを口実に,実行しないでいる。(『朝 日新聞』(朝刊)1991 年 10 月 28 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 例 12 の「口実」は,「言い訳」で言い換えて,「自分の仕事やこども自身 が忙しいことを言い訳に,実行しないでいる」としても問題のない表現であ る。また,この場合の「言い訳」も,(B)「自分に対する『言い訳』の意味」 である。 以上から,(B)「自分に対する『言い訳』の意味」に相当する「言い訳」 と「口実」は言い換えられる場合があり,両語が類義語であることがあらた めて確認できる。 2.4.まとめ 以上,本節では,「言い訳」と「口実」の類似点について確認し,両語が 類義語であることを示した。特に,「言い訳」と「口実」が連続して使用され, 両語の意味に共通点が見出せる例を取り上げると共に,「言い訳」と「口実」
の言い換えが可能な例に注目した。
3.「言い訳」と「口実」の相違点
本節では,「言い訳」と「口実」の相違点を考察することを通して,「口実」 の意味を記述する7)。3 .1. では,「言い訳」のみが使える場合を取り上げ,3.2. では,「口実」のみが使える場合に注目し,「口実」の意味を記述する。3.3. では,「言い訳」と「口実」が共に使える場合の意味の相違を確認し,本稿 での「言い訳」および「口実」の意味記述の妥当性を示す。 3.1.「言い訳」のみが使える場合 3.1. では,上記の(A)「『言い訳』の基本的意味」および(B)「自分に対 する『言い訳』の意味」に相当する「言い訳」を含む実例を取り上げ,それ らの実例において「口実」では言い換えられない場合があることから,両語 の相違点についての見通しを得る。 まず,以下の例を見てみよう。 13 悪意はないのかもしれないけれど―。妻に夫から言われて傷ついた言 葉を聞いたところ,一位は「君も太ったね」(中略)だった。 (中略) なかには産後太りを気にしているが子育てでダイエットができないという 女性(28)に「そんなのは言い訳だ,芸能人は出産しても太らない」と言 う夫もいる。(『日経プラスワン』2007 年 4 月 21 日,日経テレコン 21) まず,例 13 の「言い訳」は,(A)「『言い訳』の基本的意味」であり,こ の例の「言い訳」は「口実」で言い換えることはできない。例 13 について 確認すると,「産後太り」という妻(と夫)にとって「好ましくないこと」 に対する「子育てでダイエットができない」という妻の事情説明について,(他 者である)夫は妥当な事情説明ではないと判断して,「言い訳」を用いているわけである。この例の「言い訳」を「口実」で言い換えられないことから, 「(すでに生じている)好ましくないこと」(以外の解釈・捉え方ができない こと)に対する事情説明が,他者によって妥当ではないと判断される場合に は,「口実」は使えないという見通しが得られることになる。なお,「口実」 はどのようなことに対する(妥当性を欠く)理由・事情説明であるかは,3.2. で 考察する。 次に,以下の例を検討する。 14 気持ちの面でも立ち直っていた。田中監督は「精神力の強さを感じた」と 評価した。柴田も「タイムが悪いと疲労や年齢を言い訳にしていた。そうい うのは言わないようにしようと思う」。五輪連続金メダルへ。柴田が気力で望 みをつないだ。(『朝日新聞』(朝刊)2008 年 4 月 20 日,聞蔵Ⅱビジュアル) 例 14 の「言い訳」は,上記の(B)「自分に対する『言い訳』の意味」で あり,この例の「言い訳」も「口実」で言い換えることはできない。例 14 について確認すると,「タイムが悪い」ということは,柴田選手本人にとっ て「(すでに生じた)好ましくないこと」であり,「タイムが悪い」ことに対 して「疲労や年齢(のせいである)」という事情説明を(ある時)本人が思 いついたが,(その後)その事情説明は妥当ではないと本人が判断し,「言い 訳」を用いているわけである。この例の「言い訳」を「口実」で言い換えら れないということからも,「(すでに生じている)好ましくないこと」(以外 の解釈・捉え方ができないこと)に対する本人が思いついた事情説明につい て,本人が妥当ではないと判断する場合は,「口実」は使えないということ がわかる。 以上,3.1. では,「言い訳」は使えるが,「口実」は使えない例に注目し, どのような場合に「口実」が使えないかについての見通しを得た。
3.2.「口実」のみが使える場合 3.2. では,「言い訳」で言い換えられない「口実」を含む実例を取り上げ,「口 実」の意味を記述する。まず,以下の例を見てみよう。 15 いよいよ本格的な秋。トンボ取材を口実に野山に入り久しぶりに秋を満 喫してみようかな。(『朝日新聞』(朝刊)1988 年 9 月 24 日,聞蔵Ⅱビジュ アル) まず,例 15 の「口実」は,「言い訳」で言い換えがしにくい。その理由は, 「野山に入り久しぶりに秋を満喫する」ということは,「好ましくないこと」 とは考えられないからである。では,「口実」が使われている例 15 では,「野 山に入り久しぶりに秋を満喫する」とはどのようなことかと言えば,筆者の 「やりたいこと」である。また,「トンボ取材」は,「野山に入り久しぶりに 秋を満喫する」という「やりたいこと」を可能にしてくれる理由と考えられ るものである。ここで,「野山に入り久しぶりに秋を満喫する」という「や りたいこと」と,「トンボ取材」の関係に注目すると,仕事である「トンボ 取材」は「やりたいこと(個人的に楽しみたいこと)」に対する十分に妥当 な理由ではない,あるいは仕事を理由に「やりたいこと」をやるということ に後ろめたい気持ちがあると本人が判断し,「口実」という語を使っている と考えられる。 以上から,「口実」という語が使われる 1 つのケースは,「野山に入り久し ぶりに秋を満喫する」といった「やりたいこと」があるという状況で,(仕 事である)「トンボ取材」といった,「やりたいこと」に対する一応の理由が ある際に,その理由が「やりたいこと」に対する(十分に)妥当な理由では ないと,本人が判断した場合ということになる。 以上の分析をまとめると以下のようになる。
(C)「口実」の意味(その 1 ) ある人(=A)に,やりたいこと(=E1)があるという状況で,A が E1を やる一応の理由(=E2)がある際に,E2は,E1に対する(十分に)妥当 な理由ではないと,A 自身が判断した場合に,その判断を表すもの。 次に,以下の例を見てみよう。 16 超高齢化社会に向け,健康な老後を過ごすためにウオーキングの評価は 高まる一方だと,昨年末の新聞に出ていました。私も会社を退職した六年前, 運動不足の解消にと夫に勧められ,始めました。 しかし,長年にわたって車に頼った日常生活になじんだ体のため,長い距 離をもくもくと歩くことは,苦痛以外の何物でもありません。健康の基本は 歩くことと分かってはいるけど,最初のころは夫に誘われても,二回に一度 は「体調が悪い」などと口実を設けて,逃げ腰になっていました。(『朝日新 聞』(朝刊)2000 年 1 月 6 日,(声)上田道子,聞蔵Ⅱビジュアル) まず,この例の「逃げ腰になっていました」という表現からわかるように, 「ウオーキング」は,「最初のころは」本人にとって「やらずにすませたいこ と」であったことがわかる。つまり,「やりたいこと」だけでなく,「やらず にすませたいこと」が問題になっている場合にも「口実」が使えるわけであ る。また,「やらずにすませたいこと」に対して,「『体調が悪い』など」の 一応の理由がある,あるいは本人はその種の理由を思いついたわけだが,そ の理由は「やらずにすませたいこと」に対する十分に妥当な理由ではないと 本人が判断して,「口実」という語を用いていることになる。 なお,例 16 の「口実」も「言い訳」で言い換えることができない。この ことは,「言い訳」は,(A)「『言い訳』の基本的意味」の場合も,(B)「自 分に対する『言い訳』の意味」の場合も「すでに生じた(あるいは,生じて いる)好ましくないこと」に対する妥当性を欠く事情説明であり,これから 何かをするために,あるいは何かをしないですませるために「言い訳を設け
る」等とは言えないことによると考えられる。 以上を踏まえて,上記の(C)「『口実』の意味(その 1 )」を修正すると, 以下のようになる。 (D)「口実」の意味(その 2 ) ある人(=A)に,やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと(= E1)があるという状況で,A が E1をやる,あるいはやらない一応の理由(= E2)がある際に,E2は,E1に対する(十分に)妥当な理由ではないと, A 自身が判断した場合に,その判断を表すもの。 「『口実』の意味(その 2 )」では,「E2は,E1に対する妥当な理由ではない」 と判断するのが,E1の当事者である「A 自身」である。以下では,「E2は, E1に対する妥当な理由ではない」と判断するのが,「A とは別の人」(A にとっ ての他者)の場合を取り上げる。以下の例を見てみよう。 17 私たち日本人も,海外の文化を誤って認識していることはないだろうか。 例えば,ハロウィーン。古代ケルト人の収穫祭が起源とされ,その暦で大 みそかにあたる 10 月 31 日に,悪霊を追い払うために,仮装するのだ。し かし,多くの日本人はただ単に,ハロウィーンを口実にコスプレをして楽 しんでいる。(『朝日新聞』(朝刊)2016 年 1 月 29 日,(声)田島唯,聞蔵 Ⅱビジュアル) まず,例 17 の「口実」も「言い訳」で言い換えることはできない。また, この例には「多くの日本人は……コスプレをして楽しんでいる」とあるが, 筆者はコスプレをしていない,つまりここでの「多くの日本人」には含まれ ないと考えられる。さて,「コスプレをして楽しんでいる」とは,「多くの日 本人がやりたいこと(をやっている)」ということである。また,このやり たいことをやる一応の理由は,「ハロウィーン」であるからだと(多くの日 本人が)考えていることになる。これに対して,コスプレの当事者ではない
筆者は,コスプレを楽しむことに対する理由として,「ハロウィーン」であ るからという理由は妥当ではないと判断して「口実」という語を使っている わけである。 続いて,以下の例を見てみよう。 18 身内を装って交通事故の示談金名目などで指定口座に入金させるオレオ レ詐欺事件の被害額が,今年 1 ~ 7 月で約 77 億 2 千万円に上ることが 7 日, 警察庁のまとめでわかった。だますために巧妙な口実を語ったり,「孫を誘 拐した」と脅迫電話をかけたりする手口の事件も増えている。(『朝日新聞』 (朝刊)2004 年 9 月 8 日,(声)上田道子,聞蔵Ⅱビジュアル) まず,例 18 の「口実」も「言い訳」で言い換えることはできない。この 例の「だます」ことは,「オレオレ詐欺」をしようとしている者が「やりた いこと」である。また,ここでの「(巧妙な)口実」の具体的な内容は示さ れていないが,その想定される内容が,「オレオレ詐欺」を企てている者が「や りたいこと」に対する妥当な理由ではないと,この文章の筆者が判断して,「口 実」を用いているわけである(そもそも「オレオレ詐欺」という違法行為に 対して,妥当な理由というものは考えられないわけだが)。なお,「巧妙な口 実」とは,それを聞いた人が,妥当であるように思えてしまう可能性がある 「口実」のことであると考えられる。 以上の「やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと(=E1)」に対 する「一応の理由(=E2)」を妥当ではないと判断するのが,E1の当事者以 外の人である場合を踏まえて,上記の(D)「『口実』の意味(その 2 )」を 修正すると,以下のようになる。 (E)「口実」の意味 ある人(=A)に,やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと(= E1)があるという状況で,A が E1をやる,あるいはやらない一応の理由(=
E2)がある際に,E2は,E1に対する(十分に)妥当な理由ではないと, A 自身,あるいは A とは別の人が判断した場合に,その判断を表すもの8)。 なお,「言い訳」については,「ある人(=A)に関する好ましくないこと」 に対するA による事情説明について,妥当ではないと判断するのは,「A と は別の人」の場合が基本的であると考えられるため,その場合を,(A)「『言 い訳』の基本的意味」とし,「A 自身」が自分が思いついた事情説明を妥当 ではないと判断する,(B)「自分に対する『言い訳』の意味」と区別した。 それに対して,「口実」の場合は,「ある人(=A)が,やりたいこと,ある いはやらずにすませたいこと」に対する「A の一応の理由」を妥当ではない と判断する人について,「A 自身」と「A とは別の人」のいずれかがより基 本的であるとは考えられないため,両者のケースをまとめて,(E)「『口実』 の意味」として記述した。 さらに,以下の「口実を与える」という表現を含む例を検討する。 19 ―苦労してつかんだ末の通信社の記者職を手放されました。どんな点 で悔いが残りましたか 退職後,新聞に知人の署名記事が出ました。「期待した女子学生が結婚を 理由にじき辞めてしまった。もうその会社は女子学生を採用しないという」。 明らかに私のことを書いていたのでした。 私にもいろんな言い分はありますが,私の行動が「女子は採用せず」の口 実を与えてしまったことは事実です。この負い目は,生きている間に返せる だろうか,鉛を抱えた思いでした。(『朝日新聞』(夕刊)2012 年 4 月 27 日, 聞蔵Ⅱビジュアル) まず,「口実を与える」に対して「言い訳を与える」とは言えない。とい うのは,「女子は採用せず」ということは,「期待した女子学生が結婚を理由 にじき辞めてしまった」ということのあとで,「通信社」が「やりたいこと」 であり,「すでに生じた好ましくないこと」ではないからである。
以下,例 19 も,(E)「『口実』の意味」によって説明できることを確認する。 まず,「通信社」が「やりたいこと」は,「女子学生を採用しない」というこ とである。また,ここでの「口実を与える」とは,「期待した女子学生が結 婚を理由にじき辞めてしまった」ということが,「通信社」に,「女子学生を 採用しない」ことに対する「一応の理由」を与えてしまったということであ る。ただし,このインタビューに答えている人は,その「一応の理由」につ いて,他者が「やりたいこと」をやる理由として(十分に)妥当なものだと は思っていないと考えられる。さらに言えば,(E)「『口実』の意味」の「A がE1をやる,あるいはやらない一応の理由(=E2)がある」における「一 応の理由」を,A とは別のだれか,あるいは何らかの出来事が A に与える ものであることを表して「口実を与える」と表現しているわけである。 以上,「口実を与える」という場合の「口実」も,(E)「『口実』の意味」 によって説明できることを見た。 3.3.「言い訳」と「口実」が共に使える場合の意味の相違 3.3. では,2.3. で取り上げた,「言い訳」と「口実」が共に使える場合に立 ち返り,どちらの語も使えるといっても意味が異なることを確認する。つま り,「言い訳」と「口実」が共に使えるという場合であっても,「言い訳」が 使われている場合は,(A)「『言い訳』の基本的意味」,(B)「自分に対する『言 い訳』の意味」のいずれかであり,「口実」の場合は,(E)「『口実』の意味」 であるということである。以下に,「言い訳」の 2 つの意味と「口実」の意 味を再掲する。 (A)「言い訳」の基本的意味 ある人(=A)に関して好ましくないこと(軽微なことでも(相当程度) 重大なことでも)が生じた(=E1)という状況で,E1について,A が「自 分は悪くない,自分には責任はない」といった趣旨の事情説明を行った(=
E2)ことに対して,A とは別の人(=B)が,E2はE1に対する妥当な事 情説明ではないと判断した場合に,その判断を表すもの。 (B)自分に対する「言い訳」の意味 ある人(=A)に関して好ましくないことが生じた(=E1)という状況で, E1について,A が「自分は悪くない,自分には責任はない」といった趣 旨の事情説明を思いついた(=E2)際に,A 自身が,E2はE1に対する妥 当な事情説明ではないと判断した場合に,その判断を表すもの。 (E)「口実」の意味 ある人(=A)に,やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと(= E1)があるという状況で,A が E1をやる,あるいはやらない一応の理由(= E2)がある際に,E2は,E1に対する(十分に)妥当な理由ではないと, A 自身,あるいは A とは別の人が判断した場合に,その判断を表すもの。 まず,以下の例 20 をあらためて見てみよう。 20 「夫は会社や仕事を言い訳にして子育てや家事から逃げ,妻の負担はどん どん重くなる。(以下略)」(=例 9 ) この例の「言い訳」は,2.3. で見たように,(A)「『言い訳』の基本的意味」 であり,「(夫が)子育てや家事から逃げる」ことを,この文章の筆者は,「好 ましくないこと」と捉え,このことに対する「会社や仕事で忙しい」という 事情説明を,「好ましくないこと」に対する妥当な事情説明ではないと判断 して,「言い訳」を用いているわけである。 一方,「夫は会社や仕事を口実にして子育てや家事から逃げ」とした場合, (E)「『口実』の意味」として問題なく解釈できることを確認する。まず,「(夫 が)子育てや家事から逃げる」とは,「子育てや家事」は,「(夫が)やらず
にすませたいこと」であると解釈できる。さらに,この「やらずにすませた いこと」に対する「会社や仕事で忙しい」という理由を,この文章の筆者は, 妥当ではないと判断し,「口実」を用いているわけである。 以上からわかるように,「言い訳」と「口実」が共に使えるのは,「(夫が) 子育てや家事から逃げる」等の事柄を,「好ましくないこと」とも「(夫が) やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと」とも解釈できる場合であ ることになる。 次に,「口実」を含む,例 10 に基づく例 21 を取り上げる。 21 「あいさつ運動」は,親が生徒を監視する口実だ。(=例 10 に基づく例文) この例の「(親が)生徒を監視する」ことは,問題のある中学校の親が「や りたいこと」である。一方,「『あいさつ運動』は,親が生徒を監視する言い 訳だ」とした場合,「親が生徒を監視する」ことは,「好ましくないこと」と 捉えられているわけである。さらに言えば,「親が生徒を監視する」ことを いずれのことと見なしても,「あいさつ運動」は,「親が生徒を監視する」こ との妥当な理由あるいは事情説明ではないと判断して,「口実」あるいは「言 い訳」を用いることができるわけである。 続いて,「言い訳」を含む以下の例を取り上げる。 22 私はその父の強さに甘え,遠いことを言い訳にして,東京の実家に行く 回数も少なくなっています。(=例 11) この例の「言い訳」は,2.3. で見たように,(B)「自分に対する『言い訳』 の意味」である。簡単に確認すると,「東京の実家に行く回数も少なくなっ ている」ということは,筆者自身(と父親)にとって「好ましくないこと」 である。このことに対して,筆者は,「遠い」という事情説明を思いついたが, この「遠い」ということは,「東京の実家に行く回数も少なくなっている」 ことに対する妥当な理由ではないと筆者自身が判断し,「言い訳」という語
を使っているわけである。 一方,「私は,遠いことを口実にして,東京の実家に行く回数も少なくなっ ています」とした場合,「東京の実家に行く回数も少なくなっている」とい うことは,「東京の実家に行かずにすませたい」という気持ちの結果である と解釈でき,この「やらずにすませたいこと」の理由として,「遠い」とい う「一応の理由」を思いついたが,この理由は,「やらずにすませたいこと」 の妥当な理由ではないと自分で判断して,「口実」という語を用いているわ けである。 以上のように,この例の場合も,「東京の実家に行く回数も少なくなって いる」ということは,「好ましくないこと」とも「やらずにすませたい」と いう気持ちの結果とも解釈できることから,「言い訳」と「口実」のいずれ をも用いることができることになる。 最後に,以下の例を取り上げる。 23 親として,中学生時代の娘に教えたいことや一緒にやりたいことがある が,自分の仕事やこども自身が忙しいことを口実に,実行しないでいる。(= 例 12) 例 23 についてあらためて確認すると,まず,「(中学生時代の娘に教えた いことや一緒にやりたいことを)実行しないでいる」とは,「やらずにすま せたいこと(をやらずにいる)」ということである。このことに対して「自 分の仕事やこども自身が忙しい」という「一応の理由」を思いついたが,こ の理由は,「やらずにすませたいこと」に対する妥当な理由ではないと自分 で判断し,「口実」という語を用いているわけである。 一方,「自分の仕事やこども自身が忙しいことを言い訳に,実行しないで いる」とした場合,「実行しないでいる」ことを「好ましくないこと」と捉 えているわけである。 以上,3.3. では,「言い訳」と「口実」が共に使える場合をあらためて取
り上げ,どちらの語も使えるといっても意味が異なることを確認した。つま り,「言い訳」と「口実」が共に使えるという場合であっても,「言い訳」が 使われている場合は,(A)「『言い訳』の基本的意味」,(B)「自分に対する『言 い訳』の意味」のいずれかであり,「口実」の場合は,(E)「『口実』の意味」 であるということである。 3.4.まとめ 以上,本節では,「言い訳」のみが使える場合,「口実」のみが使える場合 に注目し,両語の意味の違いを明らかにすると共に,「口実」の意味を記述 した。さらに,「言い訳」と「口実」が共に使える場合の意味の相違を確認し, 本稿での「言い訳」および「口実」の意味記述の妥当性を示した。
4.おわりに
本稿は,「言い訳」と「口実」の類似点を検討し,類義語であることを確 認したうえで,両語の相違点を明らかにした。新たに記述した「口実」の意 味は,以下の通りである。 「口実」の意味 ある人(=A)に,やりたいこと,あるいはやらずにすませたいこと(= E1)があるという状況で,A が E1をやる,あるいはやらない一応の理由(= E2)がある際に,E2は,E1に対する(十分に)妥当な理由ではないと, A 自身,あるいは A とは別の人が判断した場合に,その判断を表すもの。 両語の相違点のポイントは,ある事柄を,「言い訳」は「(すでに生じてい る)好ましくないこと」と捉えるのに対して,「口実」は「やりたいこと, あるいはやらずにすませたいこと」と捉えるということである。ある事柄がいずれにも解釈できる場合は,どちらの語も使うことができ,一方の解釈の みが可能な場合は,一方の語のみが使えるわけである。 なお,これまで,「言い訳」を,類義語である「弁解」(籾山(2018)),「言 い逃れ」(籾山(2020)),「口実」(本稿)と比較して考察してきたが,今後, 「申し開き/弁明/釈明/名目」等の語と比較し,「言い訳」およびその類義 語の意味記述をより精緻なものにしていきたい。
注
1)本稿で取り上げない「言い訳」の意味については,籾山(2013a,2013b)を 参照。 2)本稿では,考察対象の表現に実線の下線を,何らかの意味で注目すべき表現 に点線の下線を施す。 3)(A)「『言い訳』の基本的意味」は,「言い逃れ」との比較によって,籾山(2013a: 99)の「『言い訳』の基本的意味」を修正したものである。また,「ある人(= A)」および「A とは別の人(=B)」は個人に加えて,何らかの人間の集合の 場合もある。 4)類義語を連続して用いることによって,強調して述べることについては,籾 山(2020:22―23) も参照。 5)「興味・関心」は,山中(1987)で,類義語として分析されている。 6)石山(1987)は,「ガマンスル・コラエル・タエル」を類義語として分析し ている。 7)「言い訳」は,「言い訳する」という動詞もあるのに対して,「口実」は,「口 実する」という動詞はなく,「口実をする」とも言えない。 8)注 3 )で,(A)「『言い訳』の基本的意味」について記したのと同様に,「あ る人(=A)」および「A とは別の人」は個人に加えて,何らかの人間の集合 の場合もある。引用文献
石山伸朗(1987)「ガマンスル・コラエル・タエル」,国広哲弥(編)『意味分析』2,pp. 21―23,東京大学文学部言語学研究室 籾山洋介(2013a)「『言い訳』考(序説)」,『言語文化論集』34―2,pp. 95―109, 名古屋大学大学院国際言語文化研究科 籾山洋介(2013b)「『言い訳』考(その 2 )」,『名古屋大学 日本語・日本文化 論集』20,pp. 85―104,名古屋大学留学生センター 籾山洋介(2018)「『言い訳』考(その 3 )―『弁解』と比較して―」,『名 古屋大学人文学研究論集』1,pp. 325―344,名古屋大学人文学研究科 籾山洋介(2020)「『言い訳』考(その 4 )―『言い逃れ』と比較して―」『南 山大学日本文化学科論集』20,pp. 21―40,南山大学日本文化学科 山中信彦(1987)「興味・関心」,国広哲弥(編)『意味分析』2,pp. 41―43,東 京大学文学部言語学研究室