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BIU (The Basic Integrated Units)の大学英語統合基礎教育方法論

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112丁

BIU(The Basic Integrated Units)の

大学英語統合基礎教育方法論

田 村

亮 子

A Study of the Methodology of BIU(The Basic Integrated

U

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t

s

)

Thispaperattemptstoanalyzethecauseoftheproblemsobservedamongmany collegeandjuniorcollegestudentsintermsoftheirlackofunderstandingofthebasic Englishgrammarwhichisusuallysupposedtobeself-appropriatedbeforeenteringcoレ Ieges,andtoshow how theBIU program canbehelpfultosolvetheproblems.

Ryoko Tamura 現在、大学、短期大学の英語科教員 を悩 ませ てい る問題の一つに、新 入生の基礎文法理解 力 の低下が挙げ られ る。 一般的に言 って、 これ までの大学の英語教育 は、程度の差 こそあれ、大学の、特 に英語、英 文科 に入学 して くる学生 は、文法的基礎 を既 に充分 に身に付けてい るとい う前提 に立 って組み 立て られていた。 そ して、大学の英語、英文科 にけ る英語文法の授業 とは、既 に一定 の基礎 英 文法 を身に付けた学生が、 さらに、高度 な英文法詳論研究 を行 うための もの とい う色合 いが強 い ものであった。本学の英文法の授業、 そ して英語科 の授業全体 も、 この例 に漏 れず、英語の 文法的基礎能 力が身に付 いてい ることを前提 として組み立て られた ものであった。 ところが、 ここ数年の新 入生の基礎文法理解 力の低下は、 この前提 を揺 るがせ ずにはおか ない程度 の もの となって きてい る。そ して、学生の基礎文法理解 力の低下 に よって、これ までの、「基礎 英文法 習得済み」 とい う前提 に立つ英語科科 目のあ ちこちに、歪みが生ず るよ うにな った。つ ま り、 前提が前提 として通用 しな くなって きたため に、 それぞれの授業 において想定 されてい る学習 効果 と実際のそれ との間にギャ ップが生 じ始め たのであ る。故に、本学英語科 が、新 たに、 こ れ まで以上 の英語 力の獲得 を目標 の中心 として掲 げ る以上、先ず第一 に克服 され なければ な ら ないのが、 この ギャ ップの是正 にあるこ とはあ さらかであった。 そ して、 その ギャ ップ を埋め るための手段 として本学英語科 では、BIU (TheBasicIntegratedUnits)とい う英語基礎教育 プ ログラム を試み、丸4年が過 ぎた。本論 は、4年 間のBIU の試行錯誤の反省 を基に、BIU の 成 り立 ちを振 り返 り、今後の同プ ログラムの在 り方がいかにあ るべ きか、新 たな要素 を加 えて 考察 を試み ようとす る ものであ るo

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128 清 泉女学院短期大学研究紀要 (第15号)

Ⅰ.基礎文法理解 力の低下 は何故起 こ

たか ?

[1] 「会話 グループ」 と 「文章 グループ

現在、 中学、高校 で行 われている英語教育 の合 言葉の一つ は、「役 に立つ英語

「使 える 英語」とい うこ とであろ う。では、「役 に立つ」 「使 える」英語能力 とはいったい どの よ うな ものか定義 してみ よう。 それ は 「英語 で書か れ た文書 を読み書 きし、 また、それ らの文書 に書かれてい る程度の内容 をや り取 りす る会 話 を聴 き取 り、話す能力」 である。 しか し、 「英語能力」 と一 口に言 って も、何 を目的 と して英語 を学習す るかに よってその学習方法、 難易度 には大 きな差が現われ る。英文の読解 力 と作文 力の難易度順に、その 目的 を、例 を 挙 げて、おお ざっぱなが ら5種類に区分 して み よ う。 (1) 外国旅行 に行 って買物や ホテルでの手 続 きが、一応、それほ どの不 自由な くで きる程度の英語力

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英語 を話す外国人にあった とき、又は、 英語圏の国へ行 ってホー ム ステイした際 な どに衣食住 に まつわ る 日常会話 を一応 (充分 ではないので、複雑 な状況 を理解 す るこ とはで きないが)可能 とす る英語 力 (3) (英語 で書かれた)文書 を媒体 とす る 職業一般 (White-Collarと呼ばれ る)に 就 く、あるいは、英語圏の国の大学 を卒 業す るために必要 な英語 力 (4) 読 み書 き、聴 き話す英語の文献量が 多 く、 その文献理解の正確 さが よ り厳 しく 要求 され る職場、例 えば、通信社 な どに 勤務 し、 ファクシ ミリで時々刻々送 られ て くる世 界か らのニュー ス を読み取 り、 別の文書 にす るこ とので きる英語力、あ るいは、国際会議の同時通訳に必要 とな る英語力 (5)質的に出版 に足 る記事、文献、学術論 文 を書け る英語力 これ らの どの種類の英語力の習得 を目指す のかに よって、そのために必要 とされ る学習 方法は大 き く異 なって くる。ここで、「大 き く 異 なる」 とい うのは、 目的に よって、全 く別 の種類の学習方法があ るとい うこ とではない。 異なるのは、必要 とされ る英語 の 「基礎 力 と 学習量の度合」である。 「基礎 力」の性質 につ いて一言で言 うならば、それは、 よ り高度 な 英語力 を目指せ ば 目指すほ ど、 よ り堅固な基 礎 力が必要 となって くるとい うこ とである。 では 「基礎 力」 とは何 か。 「基礎 力」とは 「綿 密 な文法理解 に基づ いた正確 な読解 力」 であ る。 多 くの語葉 を習得す るこ とも重要 である には違 いない。 しか し、正確 な読解 力な しに は 多 くの語葉 も宝の持 ち腐れ とな る。 ここで、 この意味 での、基礎 力の有無 を基準 として考 える と、上 に挙げた5種類の 目的 は大 き く2 つの グループに分類 され る。 まず、(1)

・(

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が ひ とつの グループ をなす。 これ を 「会話 グル ープ」 と名付 け る。 (3)・(4)・(5)も、ひ とつの グループになるので、 これ を「文章 グループ」 とす る。 なぜ、前者 を 「会話 グループ」、後者 を 「文 書 グルーブ」 とす るのか。 それは、英語 で書 かれた文書の正確 な読解能力が後者に とって は必須条件 であ るが、前者に とっては必ず し もそ うではない とい う理由に基づ いてい る。 外国旅行 に行 って必要 となる 日常会話にあ ま

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田村 :BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統合基礎教育方法論 129 会話 グルー プ (1日 2) 文法的 に正確 な読解 力、作文 力 を必ず しも必要 とは しない r)不 自由 しない程 度 の英語 が で きれば よい と い うのであれば、「旅行 用会話集 」な どを買 っ て、 そ こに集め られてい る決 り文句 とそれ ら を応用 したヴ ァ T)エー シ ョンを丸 暗記すれば 事 足 りる。 そ こに、例 えば、主語 と述語が関 係詞、 あ るいは、句、節 の組み合 わせ に よっ て何重 に も重 な りあ って作 られ てい る複文 の 内容 を正確 に読 み取 る能 力は必要 とはな らな いこ とが 多い。 しか し、例 えば、ア メ リカの大学 に正規 に 留学 したい とか、通訳 に な りたい とか、 ニ ュ ー ヨー クにあ るどこか の会社 で仕事 を したい な ど と希望 す る場合、英語 で書かれ た文章 を 文法的に正確 に読 み書 きで きなければ、 まず 不可能 な話 とな る。 これ らの仕事 では文書 を 正確 に読 め なければ話 にな らない し、読め る だけ でな く、取 り扱 う文 書 に書 かれてあ る と 同 じ程 度 の英語 の文書が書 けねば な らない。 勿論 、作文 力 も結局 は読解 力の基礎 が どれ ほ どの ものであ るか にかか って くる。 なぜ な ら、 英語 で作文す るには英語 の構 文パ ター ンを把 握 し、 自分 が表現 したい こ とを伝 えるには ど の構文パ ター ンを基礎 として表現 させ るか を 選定 し、 そのパ ター ンを骨 としてそこに肉づ け をす る訓練が必要 となって き、 この基礎 訓 練 は英語 の文章構造、構文パ ター ンを身に付 けていない限 り始 まらないか らであ る。 「会話 グルー プ」 と 「文書 グループ」 の区 別 は、英語 を母 国語 としない人間にのみ 当て は まるわけではな く、英語 国民の中で も通用 す る分 類 であ る。 なぜ な ら、英語 を母 国語 と す る人々の 中に も、話す こ とが で きて も、読 み書 きが で きない、つ ま り、文盲 の人々 (ち なみに、 ア メ リカ合衆 国におけ る

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年代 に おけ る 「機 能文盲 [単語 を読 み書 きで きて も、 文章 の読解 が で きない]率 」 は合 衆 国全 人 口 の約20%であ る)が存在す る。 ゆ えに、文書 を読 み書 きで きない とい う点 では、 い くら英 語 を母 国語 とす る人であ って も 「文書 グルー プ」 に属 す る 目的 を達 す る英語 力 は持 って い ない人々 はい るわけ であ る。 英語科 の学生 に 将 来の希望 を尋 ね る ときに決 って返 って来 る 答 えの一つ は、 いわゆ る 「英語 を活 か した職 業 に就 くこ と」 であ る。 しか し、 それ を希望 す る学 生 の どれ ほ どが、 「英語 を活 か した職 業」 の ほ とん どは 「文章 グルー プ」 に属 す る、 とい う事 実 を理解 してい るであ ろ うか。 [

2]

シ ョックに基づ いた 日本 の戦後英語教 育 では、現在 の 日本 の中学、高校 にお いて英 語教 育 は どの よ うに行 われ てい るであろ うか。 まず、近年 の歴 史 を振 り返 ってみ よ う。第2次 世 界大戦 の前 と後 とでの極端 な変化 を別 にす れ ば、現在 の主 に50才代 以上 の年齢 層 に属 す る年代 が 中学校教 育 を受 け た頃 を境 として 日 本 の英語教 育 に大 きな変化 が起 こった。 それ は、 ひ とつ の シ ョックに基づ いた変化 であ っ た。 どの よ うな シ ョックだ ったか。 それ は、 戦後 日本 人が主 に英語 を母 国語 とす る人間 と 接触す る機会 が増 え るにつ れ、英語 を何 年 も 勉 強 したはず の人間が彼等 を前 に してほ とん ど意志 の疎通 をな し得 ない とい う現実 に直面 しての シ ョックであった。 そ して、 その よ う

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130 清 泉女学院短期 大学研究紀要 (第15号) な現実 を生み出 した原因は何処 にあ るのか、 と問 うた とき、 その原因は 「読み書 きがで き て も、話せ ない英語教育」にあ る、 として説 明 されたのであった。 そ して 「読み書 きが で きて も、話せ ない英語教育」- の批判は年 を 経 るに連れてその強 さを増 し、 その結果、昭 和40年代後半か ら、中学、高校 の英語の教育 はいわゆ る 「使 える英語」 をめ ざす もの- と その指導の方向が変化 していったのである。 この 「使 える英語」 とは何 を意味 したのかo それは 「会話ので きる英語」 であった。 それ までの英語教育 は どの よ うな ものであったか と言えば、それは もっぱ ら文法の理解 を中心 にす えた読解訓練 であった。ところが、「使 え る、す なわち、会話ので きる英語」 を目指 そ うとす ることに よって、 それ までの文法 と読 解 中心の英語教育 は 「使 えない、つ ま り、即、 役 には立たない英語教育」 とい うまちが った レッテル を貼 られ るこ とになったのである。 そ して、 あったにはちがいないがそれ までは ゆ るやかであった 「会話ので きる英語」へ の 移行 の動 きは、昭和60年前後に臨時教育審議 会の指導 によってなされた英語指導要額 の改 正 に よって急速 に拍車 をかけ られ、英語 を母 国語 とす るテ ィーチ ングア シスタン トを招 き 入れて、 オー ラルの授業 を取 り入れ るな ど、 大胆 な変換 を伴 うこ ととなった。 [3] 会括第一主義 文部省中央教育審議会 に よって指導 された 指導要領が 「会話 (聴 き取 り、話す)第一」 を目標 とす るこ とに よって、英語教育の指導 方法 も大 き く変化 していった。文法 中心の指 導 において、その指導の狙 いの第一 はあ くま で文法の理解 であ り、正 しい文法理解 によっ て可能 とな る綿密 な英文読解 であった。 しか し、「会話第一」の指導においては指導の中心 は、いかに英語の授業 を興味深い もの とす る か、発音、 イン トネー シ ョンをいかにネイテ イヴス ピー カーの ものに近づ け るこ とがで き るか、 いかに 日常英語会話がで きるようにな るか、に移 ってい き、 その結果 として、 中学 において、英語の文法説明は、削 られた英語 の時間の中での一通 り 「なでる」程度の もの となった。す なわち、文の意味は 「著者の言 ってい るこ とがおお ざっぱに把握 で きれば よ い」 とい うような指導になっていったのであ る。 では、文献の著者の言 うこ ととい うものは、 果 た して 「おお ざっぱ」に把握す るこ とが で きる ものであろ うか。 それは不可能である。 ゆえに、「おお ざっぱに把握すれば よい」と教 育 を受 け るこ とに よって、学生達 は、文献の 内容 を理解 してい るつ もりで、 多 くの場合実 は、 自分達 で内容 を勝手に想像 し、 その よ う な想像 の産物 こそが英文 の読解 であるとい う 誤解 を抱 くようになっていった。 「会話第-」の英語教育 を しば ら く行 って きた結果 として何 が起 こったか。 まず第一 に、 現代の青少年 は英語 を母 国語 とす る人間 と対 して、以前に比べ て、 ものお じす ることな く、 片言なが らも意志の疎通 を可能 とす ることに 困難 を感 じる度合が低 くなって きていると言 える。 もちろん、 これ らの変化 は、学校 にお け る英語教育に よってのみ もた らされた もの ではな く、海外旅行 の増加、外 国人 との接触 の機会の増加 、英会話学校 の増加 などによる ところが大 きい. しか し、「使 える、つ ま り、 会話ので きる英語」 を身につけ させ るとい う 目標 においては、 (あえて繰 り返すが)中教審 以前の過去 に比べ れば、あ る程度前進 した と い う点で、過去10数年間の 日本 の中学、高校 、

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田村 :BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統 合基礎教 育方法論 131 大学 におけ る英語教育 の変化 は意味があった とい うこ とがで きる。 ところが、「前進」した はずの英語教育の裏 に実 は大変深刻 な「後退」 が潜んでいたのであ る。 それは どの ような問 題であったのだろ うか。 先 に挙げた二つの英語学習の 目的別 グルー プに当てはめて考 えてみ よう。 「会話第一」の 英語教育がね らい とした ものは 「会話 グルー プ」 に属す る目的のための英語、つ ま り、(1) 外国旅行 に行 って買物や ホテルでの手続 きが 一応、 さほ どの不 自由 を覚 えず ともで きる程 度の英語力

、(

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英語 を話す外 国人にあった とき、又は、英語圏の国へ行 ってホームステ イ した際な どに衣食住 に まつ わ る 日常会話 を いちお う (充分 ではないが)可能 とす る英語 力、であった。英語教育 を 「会話第一」方針 に沿 って改定す るにあたって、 その改定 に携 わった人々が、英語 を使用す る目的には、 こ こで言 う 「会話 グループ」とは別 の、「文書 グ ループ」に属す る目的がある、 とい うこ とに まった く気が付 いていなか っただろ うか。 そ れはあ りえないであろ うoLか し、「会話 グル ープ」 と 「文章 グループ」の 目的に何 らかの 違 いがあ るらしい とい うことにある程度気が 付 いていた として も、彼等の多 くには、 日本 人が英語 を学ぶ とい うこ とに関す る特殊 問題 についての理解 の欠如 と、 その理解の欠如 に 基づ く大 きな誤解 と錯覚が あったことは否め ない。 [4] 日本籍の特殊性 彼等が見落 としたことは、 まず第一 に、 日 本語 と英語の文法、語葉上 の、他 に類 を見 な いほ どの差 異の大 きさである。戦後 日本人が 受 け続けているシ ョックを表 わす決 り文句の 一つに 「(中学、高校 と)6年 も (大学 を合め れば、10年 も)英語 を勉強 しているのに英語 をしゃべ れ ない、聴 きとれない。」とい うもの があ る。 そ して、 この決 り文 句の後 ろにはい つの間にか、「だか ら、文法ばか りや っていて もしかたない

「会話がで きなければ (英語 で 書かれた文章 を正 し く)読め て も意味がない」 とい う決 り文句が続 くようにな り、英語教育 につ いて論 じよ うとすれば必ず飛 び出す切札 的存在 となっていった。 これ らの決 り文句が 根拠 とした こ とは、 日本人が英語 で会話が不 得意 なのは 「文法、読解 にばか り力 を入れた か ら」 とい う表層的、短絡 的推測 であ る。 そ して、 この推測の もとに、文法や読解 はほ ど ほ どに して、発音や 、会話 を多 く取 り入れ よ うとい う方針 が取 り入れ られ るこ とになった のである。 しか し、 この推測が的外れであ る こ とは、実際に 「文章 グループ」に属す る英 語に携 わってい る人間達 には明 白であった。 「文章 グループ」 に携 わ る人々に言 わせ る な らば、 日本 人が6年 も (あ るいは10年 も) 英語教育 を受 けて も英語 を喋れないのは、文 法、読解 中心の教育が間違 っていたのでは決 してない。 日本語 とい う特殊 言喜吾と英語の差 を考 えれば、 日本 に住 み、 日本語 を母 国語 と して成長 し、 日本語以外の言語習得訓練 を幼 少時 よ り行 ってはいない人間が、英語 を中学 生か らの学習 で喋れ るよ うに なるためには、 これ までの文法、読解指導 を少 な くす るどこ ろか、逆 に、 さらに増加、充実、強化す る必 要がある。会 話 とはその基礎 に立つ こ とで よ り効果的に、かつ効率 よ く習得 す るこ とが可 能 となるのであ る。あ る人々は言 う。「ア メ リ カ人はスペ イン語や フランス語 を1、 2年勉 強 しただけで十分 喋れ るよ うになってい るで はないか。 だか ら、 日本人が6年 も英語 を学 んで も使 い ものにな らないのは教 え方が間違

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132 清泉女学院短期 大学研究紀要 (第15号) っているか らではないのか」 と。 これ らの人 々が理解 していないのは、 まず第一 に、 日本 語 と英語 の違 いは英語 と他 の イン ドヨー ロッ パ言語 (例 えば フランス語)の違 い とは全 く 比較 にな らぬほ ど大 きい とい う点である。 日 本語のみの言語圏で育 ち生活す る者が英語 を 学ぶ とい うこ とは、言語の成 り立 ちの根本 を 覆す訓練 をす る とい うこ となのである。 英語 を第一言語 とす るものが、例 えば、 フ ランス語 を習得す るには別 のアルファベ ッ ト を必要 とす るわけではない。語葉 も非常に よ く類似 してい る。英語 とフランス語の文法の 基礎構造 は特殊構文 を除いては殆 ど同 じであ る。ゆえに、 2、 3箇 月 も文法 を習い、特殊 構文 をさらえば、辞書 さえ手 もとに置 く限 り 充分 フランス語 を読め るように なる。 そこ-加 えて、発音の練習 と聴 き取 り、 口頭 での表 現訓練 を 1、 2年行 えば、 フランス語 で先 に 挙 げた 「会話 グループ」の 目的 を果 たす こと は十分可能 となるのである。 ところが、 日本 語か ら英語への道の り、あ るいは、 その逆は と言えば、全 く異 なった表記、文法、構成、 発音 な ど、 その困難の程度にお いて、宣教の ために来 日して 日本語 を学 び始めたスペ イン 人司祭 (彼 は母 国語のスペ イン語の他 に英語、 フランス語、 ラテ ン語、 ギ リシャ語に堪能 で あったが) をして 「日本語は悪魔が発明 した 言葉 だ」 と嘆かせ しめ たほ どの ものなのであ る。 [5] 母国語(MotherTongue)と しての英 語学習 と外国籍 (Foreignlanguage)と しての実時学習 もう一つの問題 は、「英語国民が英語 を母国 語 (MotherTongue)として学ぶ」 とい うこ とと「日本語国民が 中学生以降に英語 を第1外

国語 (Foreignlanguage)として学ぶ」 とい うこ との違 いの認識の欠如 である。 この認識 の欠如故 に 「ア メ リカ人は赤 ん坊の ときか ら 英語 を喋 っている。 それなの に6年 も英語 を 学んだ我々は英語 をしゃべ れ ない。 だか ら、 我々の子供 も赤 ん坊の ときか ら英語教室に通 わせ さえすれば将来英語に不 自由す るこ とは な くなるのではなか ろ うか」 とい うような発 想が生 まれ、子供 向け英語教室 の増加、英語 クラスのあ る幼稚 園が盛況 を誇 った りす るこ とになる。 日本人の両親 を持つ子供 であ って も、英語 を第

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言語 とす る国で生 まれ育 てば、家庭 で 相 当熱心 に 日本語訓練 をしない限 りはその子 の母国語 は英語 になる (この場合、家庭 にお いて両親が 日本語で会話 し続け るならば、幼 少期 か らの英語 と日本語 のbilingualの子が 育 ち うる)。日本 で生 まれた子 であって も、小 学校低学年 までに英語圏の国に渡 り、 その地 でず っ と育つの であれば、 この場合 も、 日本 語は (熱心 に訓練 しない限 り)忘 れ られ、あ るいは退化 し、英語がそれに とって代 わる。 しか し、 これは、毎 日の 日常生活の中で 目を 覚 ましてい る間に接す る言語のほ とん どが英 語であ る状況 ゆえに起 こる現象 である。 一つの言語 圏で育つ とい うこ とは、生 まれ なが らに して個 々人が持 ってい る、いまだ具 体的 な形 をな していない文法認識 力が成長の 過程 でその言語 圏の言語の文法 として形づけ られてい くとい うことを意味す る。 そ して、 文法的に言語形成が一段落す るのが小学校 中 期 と考 えて よいだろ う。つ ま り、小学校 中期 を大体 の境 として、それ以後に、 それ までに 母国語 として習得 した もの とは別 の言語 を習 得す るためには、 それ までに形成 された母国 語の文法 を理解 の素地 として他 の言語 を学ぶ

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EI】村 :BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統合 基礎教 育方法論 133 必要がでて くるO小学校 高学年 (つ ま り、既 に母国語が一応身につ いた時期)以降に英語 を学ぶ こ と (つ ま り、外国語 として英語 を学 ぶ こ と) と、幼少期、 いまだ母 国語が定 まら ない状態で英語 を学ぶ こ と (母 国語 として英 語 を学ぶ こ と) とは根本的に言語修得の意味 が異なるのであ る。 では、母 国語 としての英語の習得 は何か ら 始 まるか。 もちろん、話 し言葉か らであ る。 幼 児は まず母親 の 口か ら出る音声 を繰 り返 し 耳にす ることに よってその音声の持つ意味 を 次第に理解 し、 口真似 をす るこ とに よって次 第に 自分 を取 り巻 く言語 を自分 の もの として い くのであ る。 この よ うな言語習得過程 にお いて 「読み書 き」 は 「聴 き話す」能力があ る 程度 固 まった上 に成立す るものである。つ ま り、「会話」の後 に 「読み書 き」が来 る。 とこ ろが、小学校高学年以上に達 した人間が、外 国語 として英語 を学ぶ とい うこ とは、既 に身 についている母 国語 たる 日本語 と、外国語 と しての英語の、 それ ぞれの言語 を構成す る全 ての要素 においての衝 突の経験か ら始 まるの である。 この衝 突 を解決す るためには、 この 衝 突が なぜ起 こるのか、その実体 を解明 し、 それ を機 に、 日常の会話において 「使用す る こ と」はで きてはいたが 「理論的には」理解 していなか った 日本語、そ して、言語一般 の 成 り立 ち (例 えば、「『

』 とい うものは主語 と述語 に よって構成 されてい る

」な ど)を理 解 し、 その理解 の基礎 の上 に、異なった言語 の機能上の 「一致」 と 「差異」 (例 えば、「日 本語に も英語 に も、主語 と動詞 がある。 しか し、 日本語 では文の一番後へ動詞 を配置す る が、英語 では主語の直後に配置す る」 な ど) を理解 し、その理解 の基に、各々の言語 の構 成上のルール を把握 し、そのルー ルに則 って 文章読解、文章作成 を行 うとい う作業が必要 となって くる。 そ して、 この よ うな作業 こそ、 文法、読解 とい う学習方法が そのね らい とす る ものなのであ る。 [6] 第2外国語習得 と一般言語 につ いての 理論的理解 別 の角度か ら考 えてみれば、 あ る言語 を外 国語 として習得す るとい うこ とは、 その言語 の特性 を理解す る とい うこ とだけでな く、言 語一般 につ いての理論 的理解 を伴 うこ となの であ る。第

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外 国語 を、辞書 さえあれ、一応 どんな文書で も読 み こなせ る とい う程度 に習 得 した人間が第2外国語、第 3外国語 を習得 す ることは、母国語 しか知 らない人間が第1外 国語 を習得す るこ とに比べ ればは るかに困難 の程度が低 い。 それは、第

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外 国語 を習得 し よ うとす る際、第

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外 国語 を習得す る際に身 に付 いた言語一般 の構成要素 の組織的理解 が 役 に立つか らである。 例 えば、「物 を示す3人称単数主格」とは ど の ような ものか理解 していれば、 日本語 での それは 「それは (が)」であ り、英語 では 「(主 語 の位 置に置かれた)it」、 ラテ ン語 では「es」 であ る、 と理解 を発展 させ てい (こ とが で き る。 あるいは、「関係詞」とい うものの機能 を 英語 を学ぶ こ とに よって一旦理解 すれば、 ス ペ イン語 の 「関係詞」 を理解 す るこ とはたや すいこ ととなる。 ・これは私 が昨 日買 った本 です。 (日本 語)

・Thisisthebook which lbought yesterday.(英語)

・丘steesellibroquecompreaye.(ス ペ イン語)

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134 清泉女学院短期 大学研 究紀要 (第15号) 例 えば、上の よ うに、英語 とスペ イン語 と で同 じ文 を対照 させ てみた場合 、 スペ イン語 の関係代 名詞queの文 法上 の機 能 と意味 は 英語 の同 じ内容文 におけ る関係代名詞which の機能 と意味 とほ とん ど同 じである。 ゆえに、 英語の関係代名詞 の機能 と意味 を理解 してい るか ぎ r)において スペ イン語の関係代名詞の それ を理解す るには特別に新 しい理解 を必要 としない。 しか し、英語文法 の理解 とい う媒 体 を経ず して 日本語 を土台 として直接 スペ イ ン語 を理解 しよ うとすれば、英語 を第

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外国 語 として学んだ際に起 こる困難 と同種 の困難 を経験せ ざるをえないのであ る。 既 に述べ たよ うに、母国語 としての 日本語 と第1外 国語 としての英語 との衝 突は他 の言 語 間のそれに比べ ては るかに大 きい ものであ る。 この衝突 を乗 り切 るこ とは文法理解 を中 心 に置か ない限 りほぼ不可能 なこ とと言 って よい。ゆ えに、第1外 国語 として英語 を学ぼ う とす る 日本人は 「文法理解 と読解」か ら始め、 その基礎 か ら 「会話」へ とい う、英語 を母国 語 として学ぶ人 とは全 く逆の道筋 をた どらざ るを得 ないのであ る。 母国語 としての英語の修得 迎 読 み書 き 読み書 き 廿 外国語 としての英語の修得 それな らば、 と、次の ような考 え方が生 ま れ る。つ ま り、既 に上 に述べ たよ うに、 日本 語が母 国語 として身に付 いて しまう以前に、 幼 児の ころか ら英語 を習得 させ れば、英語 も 日本語 同様 の母国語 として身に付 くのではな いか、 自然にバ イ リンガルに なるのではない か とい う発想 であ る。繰 り返 しにな るが、 こ の発想に基づ いて、幼 児用英語教室 などが人 気 を集め る。 これ らの教室 において幼 いころ か ら別の言語 に接す るこ と自体 は素晴 らしい こ とである。 しか し、 い くら幼 児期か ら子供 を英語教室に通わせ た として も、両親の母国 語が 日本語 で、 日本 に居住 してい る限 り、毎 日その教室に

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日の半分以上 の時間 をついや すのでなければ、母 国語は英語 にはな らない し、バ イ リンガルに もならない。つ ま り、幼 児教室 で英語の歌 を発音が どれほ どよ く歌 え るようになろ うと、単語 をい くつ覚 え ようと (それ 自体 は意味のあるこ とではあ るが)、長 じるにおいて、いずれかの時点 (大体 は、小 学校高学年、 中学校 入学以後) で 「外 国語 と しての」英語の習得方法に切 り替 える必要が 出て くるのである。 さて、英語教育 の方針 を決定 す る立場 にあ る人々、実際に英語教育に携わ る人々が、 こ こまでに述べ て きた 日本語の特殊性、母国語 として英語 を学ぶ こ とと外国語 としてのそれ の違 いを、十分 に理解せぬ まま英語教育 を行 お うとす るとどうな るか。 それが過去約

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年 間に 日本の英語教育 に起 こった悲劇 である。

[7

] 現在の 日本の 中学、高校の英語文法教 育の現状 日本語の特殊性 、母 国語 として英語 を学ぶ こ とと外国語 としての それの違 いにつ いての 理解 の欠如か ら生み出 された ものが、文法、 読解 をお ざな りに した会話第一主義 であった。 その結果 どの ような状況が生 まれたか。会話 を第一 の 目標 にす ることに よって、「読み書 き はあ ま りで きないが、会話 であれば不都合 な くこなせ る」 とい う学生がはた して生 まれた

(9)

田村 BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統合基礎教育 方法論 135 のだろ うかO生 まれてはこなか ったのであるo 戦前 に高等学校 の入試 を、あるいは、1970年 代以前に大学の入試 を突破す るレベ ルにまで 英語 を学習 した学生の 多 くは、聴 き取 りや発 音は全 く駄 目で も、英文 を十分正確 に読む こ とはで きたのであ る。 ところが、会話第一主 義 の結果 として起 こったこ とは 「読み書 き」 も 「会話」 も満 足にはで きない学生の大量生 産 であった。 一部の学校 を除いた現代 日本 の中学高校 で 学生が置かれている状 態 とは次の ような もの であ る。 中学 に入 る とまず彼等は、会話体 と 文章体がほ とん ど区別 されていないテキス ト をもとに、文法的説明はそこそこに して、発 音 と音読 と短 い 口頭 での問答 を繰 り返 しや ら され る。 そ して、文法的理解 は十分 であろ う が なかろ うが授業は どん どん先 に進む。会話 で使 えるこ とがね らいの英語教育 なのであ る か ら、「文法 は今 は考 えな くて もよろ しい」、 あ るいは、「一応触れれば よろ しい」、文章の 意味 も、「著者の言わん としてい るこ とがおお ざっぱにつかめれば よろ しい」 と教師か らは 繰 り返 し言われ、文法 も構文 もおぼろげなが らに しか理解 で きないままに、学生達 は 「語 学 を習得す る とい うこ とは、文の内容 に関 し てはおぼ ろげに しかわか らない もの らし

い」

といった印象 を抱 くようになる。 そんな状態 が続 くうちに、授業の内容 は断片的には理解 して も、全体 としては雲 をつかむ ような感 じ にな り、定期 試験 を乗 り越 えるために、教 師 が読み上げ る翻訳 を、「なぜ その よ うな翻訳に なるのか」理解 しようとしまい と、丸写 しし て しのが ざるをえない ようにな る。 ところが、 この よ うな指導方法 を疑い もせ ずにつ いて きた学生がつ まず く関門が まず 中 学の3年、 あ るいは、第 2関門 と考 えられ る のが高校2年 あた りである。つ まづ きの原因 とな るのは言 うまで もな く高校 入試、大学 入 試の存在 であ る。一部 の高校 を除けば、特 に 公立の高校 入試 は まだ まだ「おぼ ろげな理解 」 で乗 り切 るこ とはで きる。 しか し、大学入試 の英語 はその難 易度が高 くなればな るほ ど、 正 しい文法理解 、綿密 な読解 力 な しには まず 突破 で きない。大学入試が近付 くにつれ、 そ れ まで文法、構文読解 を詳 し く説明 して きた とは言いが たい教師達が急に、「文法 は きちん とまとめてお きなさい」、「重要構文 は よ く目 を通 してお くように」 などと言い始め る。 そ して、それに追 い打 ちをかけ るよ うに、「長文 読解 が で きる よ うに速読 の習慣 をつ け な さ い」 とい うよ うな要求 を出 し始め る。 この よ うな状況 に更 に また、「文法の勉 強 をす る意義 につ いての誤解」が追い打 ちをかけ るこ とに なる。 本学 の新 入生 に在学 した中学、高校 におけ る英語文法教 育の有無につ いてア ンケー トを 行 ってみ る と、 ほ とん どの学生が 「文法の時 間はあった

「文法 は一通 りこな した」と回答 してい る。 ところが、詳 しく、 その文法の授 業の授業 内容 につ いて問いただ してみ る と、 「文法の時間」 に行 われていた こ との 多 くは、 文法の 「一通 りの紹介」 であ り、文法事項の 一つ一つにつ いて、「なぜ、 (例 えば、不定詞 の 後 に前 置 詞 の つ くもの が あ るの か ("Do youhaveanythingtowrite垂

些?

"

)

」 とい

う 「文法の成 り立 ちの理論的説明」 を与 え ら れ るこ とはほ とん どなか った とい う回答に行 き着 くのであ る。「何故、その ようなな りたち になるのか」 とい う説明がないか ぎ り、学生 達 に とって、文法事項 とは暗記 して しのが ざ るをえない もの となるのは不思議 ではない。 また、「文法問題」と呼ばれ る試験問題 は、文

(10)

136 清泉女学院短期大学研究紀要 (第15号) 法の 「なぜ」 を理解す るこ とを前提 とせ ず と も、文法の規則の丸暗記に よってあ る程度 し のげ る問題が 多い。故に、中学、高校生の多 くは、文法の用語 と、文法事 項 を断片的には 知 っているが、 それ らが総合的に どの ように 機能 しあ うか とい う体系的理解 に基づ く文法 の全体像 はつかめぬ まま 「文法 は退屈 な暗記 もの」 とい う印象 を抱 くよ うになる。

[8]

基本文法理解 か ら読解 力へ ここで、文法 と読解 との関係 につ いて触れ てお こ う。英文法の授業で、例 えば 「分詞構 文」 につ いての授業 を行 った としよ う。英文 法の授業は本来、基本構造 を示す (いわゆ る 「骨」のみの)例文 を取 り扱 う。 ところが、 講読 の対象 となる実際の文献 は、文法の授業 で取 り扱 う 「骨」のみの例文 に、様 々 な修飾 語、つ ま り 「肉」が付け られた ものであ る。 文法の授業で取 り扱 うのは、基本的に 「骨組 み」の構造であって、基本文法構造 と修飾語 の関係、つ ま り 「骨」 と 「肉」の区別 とつ な が りの関係 ではない。従 って、文法の授業の 中で学生が分詞構文 の構造 を理論的に充分 に 理解 した として も、その理解 を身に付 け さえ すれば、骨のみではない、骨に 多 くの肉の付 いた実際に使われてい る文 を問題 な く理解 で きるようになるとは限 らない。例 を挙 げてみ よ う。 1, 骨のみの文

:

「英文法」の授業で取 り扱 う例文 Tom ishonest.

S

V C 2. 骨 と肉の文

:

「講読」の授業で取 り扱 う 例文

Onewhoishonestbecausehehasbeen

S

taughtthathonestyisthebestpolicywill probably become dishonestwhen he

V C

thinksthathonestydoesnotpay.

1番の文 は文法の教科書に出て くる、第 2 文型 と形容詞 の叙述用法 を説明す る例文 の一 つ である。 この文 を構造分析 (つ ま り、 どの 語が主語 で、動詞 で補語か、 などの分析)す るこ とはほ とん どの学生 に とって特 に難解 な ものではない。2番 の文 は1番の文 と基本構造 は全 く同 じ (SVC)である。 ところが、基本 構造 は同 じで も、 この文 を理解 しようとす る 場合、それ を困難 と感 じる学生が現 われて く る。 なぜ であろ うか。理 由は次の ようであろ うと考 え られ る。つ ま り、2番の文 は

S

V

C と い う骨に 多 くの修飾語、句、部 (つ ま り、 肉) が付 いているため、基本構造 (骨の部分 :下 線 を施 した部分) と修飾部 (肉の部分 :下線 の施 されていない部分) を区別 し、 さらに、 肉 と骨が どの ような法則に基づ いて連結 して いるか を分析、判読す るこ とが で きなければ 内容 は理解 で きない。 そ して、 その判読 は、 「なぜ、 その よ うな骨 と肉のつ なが りが起 こ るのか」 とい う理論的理解 と、 その理解 に基 づ いた 「骨」 と 「肉」のつ なが りの関係 の読 み取 り訓練が あって こそ可能 となるものであ る。ゆえに、「文法の勉強 を一応完了 し、英文 を解読 で きるよ うになる」とい うこ とは、「骨」 の組み合わせ の法則 を暗記す るこ とではな く、 先ず、 (1

)

「基本構造が どの よ うに組 み合 わ され る のか」 を理解 し、

(11)

田村 BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学 英語 統合 基礎 教 育方法論 137 [例 :Tom ishonest.とい う文 におけ る、 主 語 (Tom)、動 詞 (is)、補 語 (honest)の関係 の理解] その理解 に基づ いて、 (2) 「基本文法構造 (骨)と修飾語、句、部 (肉) の連結 の規則」 を理解 し、 [例 :名詞 と形容詞 (句、節)、動詞 と助 動詞、副詞 と形容詞 (句、節)等の 関係の理解] さらに (3) 「骨」に 「肉」がつ いた実際の文章に接 し て、 その 「骨」 と 「肉」の関係 を分析 し、 読み取 る訓練 をす る

[例 :Onewhoishonestmaybecome verydishonest.とい う文 におけ る、 基本構造 (骨) と修飾部 (肉)の関 係 を分析す る] とい う、 3段 階のステ ップ を経 ることを意 味す るのである。 ところが、現在 の中学、高校 の文法の授業 においてその3ステ ップ を効率良 くたどる訓 練 を経験す るこ とので きる学生の数は極 めて 少 ない と考 えざるを得 ないのが現状 であ る。 なぜ であろ うか。 それは、 これ ら各々の段階 におけ る教 師の役割 につ いての理解 に問題 が あると考 えられ るか らであ る。

[9]

文法 と話軌 における教師の役割 日本 人が外国語 として英語 を学ぶ際に最 も 教師 を必要 とす るのほ どの部分 の学習につ い てであろ うか。 それは、 まず、第一に、学生 が、 第 1と第2ステ ップにおけ る理解 のつ ま ず きの箇所が あるか否かの診断 と、第二 に、 第3の ステ ップ、つ ま り 「骨」に 「肉」がつ いた実際の文章 に接 して、 その 「骨」と 「肉」 の関係 を分析 し、読み取 る訓練 におけ る指導 であ る。 ところが、現在の中学、高校 の英語 教育 においては、 これ ら二段 階にわた る教 師 の役割が明 らかになっている とは言い難 い。 特 に、第3のステ ップにおけ る訓練 は学生の 自主理解 、 自主学習に任 されてい る と考 え ざ るをえない状況にあ るのであ る。 [10] 多読、速玩、 そ して消化不良 「多読」、「速読」 とい うものにつ いてここ で一 言述べ ておかねばなるまい。「多読

「速 読」 とは文法的に正確 に読む訓練 な くしては あ り得 ない。十分 な数 の語集の訓練 を伴 った、 遅 々た るものにせ よ文法的に正確 な何 百時間 の読解 の訓練が あってこそ、 それは可能 とな るのであ る。現在 の大学受験英語 には年々長 文読解 問題 が増 えている。 ゆ えに、指導教 師 達 は高校生 に向か って、「とにか くた くさん、 速 く、読 み なさい」 と指導す る。 この よ うな 指導 は、離乳食 をか ろ うじて食べ られ る程度 の岨噂能 力の人間に対 して、突然、 固い肉 を 食す るよ う指示す るに等 しい。 何故、 この様 な無謀 な要求 が まか り通 るの か といえば、 それ までの英語教育が 「たて ま え」 として 「会話がで きるこ と」 を重点 目標 に作 られた ものであ るために、教師 た るもの その 「たて まえ」は一応守 らぬばな らぬ、 し か し、大学入試 とい う現実 に直面 して 「会話 中心 でや っていては駄 目なのだ」 とい う 「本 音」が交錯 し、「たて まえ」 と 「本音」の板挟 みにあって、教 師 自身が指導方針 に混乱 をき たすか らであ る。 そんな事情 を知 らされぬ学

(12)

138 清 泉女学院短期大学研究紀要 (第15号) 生達 は教 師達 の危機感 にあふれ た忠告 に押 さ れ、岨噂能力 (つ ま り、読解基礎 能 力)が充 分 に発達 していないに もかか わ らず、大量 の 長文 、つ ま り、 固い肉 を大量 に食べ るこ とを 強 い られ、結局 、岨噂せ ず に丸 ご と飲み下 し 消化不 良 を起 こすOつ ま り、 しみ じみ と 「長 文苦 手意識」 を抱 くよ うに な る。 大学 入試に出題 され る長文 問題 はほ とん ど が、 そ して、難関の大学 になれば な るほ ど文 法 的 に正確 に読 め ていなければ誤 る問題 ばか りであ るか ら、速 くて も粗雑 な読み方 しか で きない学生 はいつ までた って も得 点 を上 げ る こ とが で きず、 この 「長文苦手意識」 は大 学 受験 を経 由す るこ とに よって さ らに拍車が か か るこ とになる。 そ して結局 の ところ、 日本 の大学入試 は、文法的 に正確 に英文 を読め な ければ難関の大学 入試 は突破 で きない、 とい うこ とを十分 に理解 してい る、つ ま り、本音 に よってのみ教 える教 師達 に よって 中学 か ら 一貫 して、 あるいは、予備校や 塾 において英 語教育 を受 けた学生、 あ るいは、 自らそれ を 悟 って文法読解 に受験勉 強の重点 を切 り替 え た学生達 のみが浪人 を免れ、 あ るいは難関 と いわれ る大学の 門 を くぐるこ とに なる。 そ し て、 それ らの学生 を横 目で見なが ら、 その よ うな英語 の勉強 の方法 を知 りえなか った 多 く の学生が、教師 を含め た周 りか らは 「頭 が悪 い」、「勉 強不 足」 と責め られ、 自分 の有様 を 振 り返 っては 「英語が全 然分 か らない」、 「英 語学 習 に適 した能 力が ない」 な どとす っか り 自信 を喪失す るのであ る。 「多読

「速読」 に 関す る問題 は ここで止 まるわけ では ない。 速 読 に関す る次の間題 を含め、大学 入学後 に起 こる現 象 を見てみ よ う。 [11] 大学入学後 の美罷学 習 に関 す る教 師 と 学生 の理解 の すれ ちが い さて、受 験生諸君がか ろ うじて、め でた く どこかの大学 の門 を くぐった としよ う。 ここ で まず 多 くの学生 が い とも不 思議 な錯覚 に陥 る。それは、「受験 が終 ったの だか ら受験 で必 要 とした よ うな英語 の勉 強 は もう必要 ないだ ろ う」 とい う錯覚 であ る。 そ して、 この錯覚 の表現 として彼等 は「これか らは

(

『受験英語

とは別 の) 『生 きた』英語 を勉 強 したい」とい う願望 を頻繁 に ロにす るよ うにな る。つ ま り、 再 び ここで会話第 1主義 が復 活す るのであ る。 この点 にお いての理解 のすれ違 いは大学 で英 語 を教 え る我 々教 師の側 に も起 こる。 現在大学 で教職 に就 くほ とん どの教 師達 は、 勿論 「文 法第-」 の教 育 を受 け て きてい る。 多 くの教 師 は 「日本 の大学 入試 は文法、読解 が で きていなければ突破 で きない。入学 して きた学生 は一応 それ らの関 門 を突破 してい る の であ る。 ゆえに、我 が英語 の クラスに在籍 す る学生達 は文法 の基礎 はで きてい るにちが いない」 と考 えて しま う。 しか し、実際には 文法 の基礎 を身につ け、辞書 さえあれば一応 どんな英文 で も読 み こなす英語 力 をつけて入 学 して きてい る学生 はほんの ひ と握 りにす ぎ ない。 しか し、我 々大学教 師側 としては、「文 法 は既 に高校 までに済 ま して きてい るはず だ か ら‥.」とい う前提 に立 って い るわけであ る か ら、現代 の高卒 者 に とってはか な り困難 な 要求 を突 きつ け るこ とにな る。結果 として何 が起 こるか。消化不 良感 の慢 性化 であ る。 [12] 英会話 への 的 はずれの期待 また、大学 に入 って 多 くの学生 が期待 す る のが 「英会話」の クラスであ る。 これで よ う や く 「生 きた英語が 身につ く」 と思 い、期待 の うちに学期数 を重ね るの だが、大体一年 を

(13)

田村 :BIU (TheBasiclntegratedUnits)の大学英語統合基礎教育方法論 139 過 ぎるころか ら、彼等の うちのあ るものは首 を傾 げ るよ うになる。つ ま り、「いつ までたっ て も、 自己紹介 と天気 の話 と日常の些細 で一 般的 な話以上 に会話が進 まない」 こ とに気づ くのであ る。あ るものは、素 直に、「もっ と突 っ込んだ話がで きるためには一つ で も多 くの 会話の クラスを取 るほかないのだ」 と思い、 ある ものは、 自分 の今 まで とって きた学習方 法の どこかに間違 いが あるのではないか と考 え始め る。 ここで、最初 に掲 げた 「会話 グループ」 と 「文章 グループ」の区別 を思 い出 していただ きたい。会話において 自己紹介 とか、お天気 とか、お国 自慢 の レベ ル を超 えて 「もっ と突 っ込んだ話」がで きるためには、英語力の レ ベ ルが 「会話 グループ」か ら 「文章 グループ」 に進 まなければ不可能 である。例 えば 日米の 経済摩擦 につ いての会話 をしたい と考 える学 生がい るとしようO英語 のネイテ イヴスピー カー を相手に この類の問題 につ いての会話が 可能 となるためには、 まず、衛星放送 で放映 され るア メ リカのニュー ス (た とえば

ABC/

CNNNews)のア ンカ-マ ンが話す英語、 あ るいは

、NHK

のニュー ス を副音声 (英語)で 聴 いて、 その英語が理解 で きなければな らな い。 その英語が理解 で きるためには、英語雑 誌、新聞のその問題 につ いての記事 を読み こ なせ ねばな らない。 それ を読み こなす ために は文法の理解、綿密 な読解 訓練 が必要 とな る。 喋 る能 力について も同 じこ とが言える。経済 摩擦 につ いて 自分 の意見 を述べ るためには、 か な り正確 な作文能力が なければな らない。 そ して、勿論の こ とではあるが、作文能力は 読解能力に正比例 す るのであ る。 突 き詰めて 言 えば、「会話 グループ」 と 「文章 グループ」 の根本的な違 いは 「英語 で書かれた文献 を媒 体 とす るか否か」である。ゆ えに、英語文献 を正確 に読 み こなせ ない限 り、「会 話 グルー プ」か ら 「文章 グループ」へ移行す るこ とは で きない。 そ して、英語文献 を正確 に読 み こ なす効果的、且つ、効率 の よい訓練 とは、 そ れ を忌み嫌 った学生 に とっては皮 肉なこ とに、 大学入試英語 問題 を突破す るための文法 中心 の正確 な読解 とい う学習 なのである。 [13] 基礎英語再び・・・BIU の斗入 ま とめて言 えば、現在 の 日本 での中学、高 校 での英語教育 は教 える側 と教 えられ る側 の 両方が何重 もの誤解 に とらわれて成 り立 って いる。短大、大学 に入学す る学生の うちの誰 かが 「私 は英語 がで きない

「英語は苦手」と 思 い込 んでい る とした らそれはそれ らの学生 の能 力ではな く、彼等が経 て きた英語の訓練 方法 に問題が あった確率 がは るかに高い と考 えざるをえないのであ る。 「役 に立つ英語」、「使 え る英語」、 とは結 局、「文法的 に正確 な読解 力」をその基礎 に持 つ英語 であ る。 この基礎 が ない限 り、学生 た ちに とって 「文章 グループ」に属す る英語力 は緑の ない存在 であ る。 しか し、 この基礎 が あ りさえすれば、時事 問題 に関す る英語文献 を読み、翻 訳に頼 らず とも、例 えば、英米小 説 を原書 で読 み こなす こ とがで きるとい う、 本来な され るべ き 「大学 におけ る英語科」の 学生 としての勉学が充分可能 になるのであ る。 更に、 この基礎 があ りさえすれば、会話力の 向上 は もとよ り、教 師の助 けが な くて も、 自 らの手で、将 来、 さらなる英語力 をい くらで も開発す るこ とが充分 に可能 であ る。 以上の よ うな理 由に基づ いて本学英語科 は 「文法的に正確 な読解 力訓練」 を十分 に与 え られて こなか った現代 の 多 くの学生が、本来

(14)

140 清泉女学院短期 大学研 究紀要 (第15号) の大学教育 を可能 とす るために、改めて 自分

の英語 力 を基礎 か ら総合 的 に訓練 しなおす

BI

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とい う

コー スを設置す るに至 ったのであ る。

Ⅰ. BI

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)の成 り立 ち

[1] 大学 におけ るこれ までの英語文法教育 の指斗方法の問題点 英語、英文学系統の大学の学部、学科 にお いて、「英語文法」、「英文講読」、「英作文」の 授業は必修科 目として設置 されて きた。 では、 それ らの科 目と

、BI

U の違 いは どこにあるの だろ うか。 その違 いは次の2点 に集約 され る。 (1) 週1回の講義 と週3回の演習 担 当者

科 目 英文法 本学において も

、BI

U が導 入 され るまでの 「英語文法」、 「英文講読」、「英作文」は、 そ れぞれが、独 立 した科 目として、週 1回の講 義形式で行 われていた。 これ ら3つの科 目は 別 々の教 師に よって、相互の教授 内容 に関す る連絡が とられ ることな く行 われて きた。(A 図参照)

1

学年、約

1

2

0

名の学生 は名簿順 (つ ま り、学生間の習熟度の差 は考慮 されずに)、 40人 ごとに 3つ の クラスに分 け られ、英文法 の担 当者 はそれぞれの クラスを週1回、つ ま り、同 じ内容 の講義 を週3回行 なって きた。 英文講読、英作文 に関 して も、 同 じ要領 で行 なわれて きた。 そこで起 こっていた問題は、 3種類の科 目の内容 の重複 と順序 の不統一の 問題 であ る。 英文法は勿論 の こ と、英文講読、英作文の [A図 :従来の科目、授業設定] ▲ 英文講読

互 連 絡 な し 「 授業において、先 に述べ た、英語の文法基礎 に欠け る学生 を指導す る場合、各々の クラス において、文法 を改めて説明 しなければな ら ない。例 えば、英文講読 の授業 において、関 係代名詞の機能 を理解 していない学生に関係 代名詞 を含んだ文 の講読 を正確 に行 なわせ る には、関係代名詞の文法上 の機能 をある程度 の時間 を費や して説明 しなお きなければな ら ない。英作文の授業において も、関係代名詞 」 相 互 連 絡 な し 「 を使用 して表現すべ き作文 を可能 とす るには、 同 じように、関係代名詞の使 い方 についての 説明 を行 なわなければ な らない。 その ような 状況で往 々に して起 こることは、関係代名詞 の機能につ いての説明は、本 来英文法の授業 で行 なわれ るはずの ものであ るに もかかわ ら ず、英文法 の授業が関係代名詞 の説明に達す る以前に、英文講読や英作文 の授業において 関係代名詞 を説明 しなければな らな くなる事

(15)

田村 :BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統合基礎教育 方法論 141 態である。 英文講読、英作文の授業は、本来、英文法 の基礎 を全 て修得 したこ とを前提 として行 な われ るわけであ るか ら、英文講読の授業に、 最初 か ら関係代名詞 を含む文が登場す るテキ ス トが使用 され るのは当然の こ とである。 し か し、現実 には、受講者の 多 くが関係代名詞 につ いての理解 だけでな く、基礎文法の総合 力に欠けている限 り、極端 な場合 は、英文講 読において、一つの文 の解読 を進め るご とに、 各々の文 に含 まれてい る文法要素 のほ とん ど を説明 し直 しなが ら進 まなければ ならな くな るo英作文 に関 して も、同 じである。つ ま り、 この状態が続 くか ぎ り、同 じ文法項 目の説明 が、順不同に、相互関連のない3種類の クラ スで繰 り返 され るか、 あるいは、学生の側 の 文法理解 力の欠如に 目をつぶ って、不正確 な 講読や作文 を進め るとい うこ とにならざるを 得 ない。 何故、上記の ような問題が起 こるか と問 う ならば、先 に述べ たように、上記の ような科 目の設定の仕方が、本来、既 に、英語の基礎 文法 を習得 している学生の存在 を前提 とした ものだか らであ る。入学す る学生の基礎 英語 習熟度が充分 に高い大学 にお いては、 この よ うな科 目の設定 で何 の問題 も起 こらないであ ろ うが、本学 を始め として、 その ような習熟 度 を新入生 に期待す ることので きる大学 は年 々減 ってい るのが実情 であ る。 それぞれの専 門分野におけ る高度 な研究 をその役割 とす る のが大学、短大の本来の姿 であ る として も、 高度 な専 門研 究に携 わ る基礎実 力に欠け る学 生の数が無視 で きない数 にのぼ る現実に直面 す る大学では、それ らの学生の実態にあわせ て、実力の 「補修」 を行 うためのプ ログラム を設定 され ないか ぎ r上 学生の実力の現実 と 短大、大学の理想はかみ合 うこ とな く、問題 は複雑化 し続け るのであ る。

(

2

)

自主訓練 とチェ ックの欠如 3つの独立 した科 目が各々週 1回行 なわれ るこ との第2の問題点 は、基礎 文法 を身につ け るために欠かす こ とので きない反復練習に 重点が置かれに くいこ とであ る。週1回の文 法の授業 を受 けた学達 が、 その授業の直後 に は 「理解 した と感 じた」 に もかかわ らず、翌 週 に なると、 「再 び分 か らな くなってい る」と い う感想 を頻繁 に もらすのは、学生の理解能 力の発達 に とって、「講義 において教 師の説明 を理解す る」 こ とと 「その理解 を身につけ る ための簡単 な文 での分析 訓練 を行 な う」 こ と は別 であるに もかかわ らず、後者が なお ざ り に され るか らであ る。 水泳 に例 えれば、「講義 にお いて教 師の説明 を理解す る」 とは、例 えば、平泳 ぎにおけ る 手足の動か し方、呼吸法 につ いて理論 の説明 を受 け るこ とであ る。 しか し、実際に平泳 ぎ がで きるよ うにな るためには、理論の理解 に 基づ いて、実際にプー ルの中で、 その理論 を 実践す る訓練 を絶 えず繰 り返 して、 その上 で、 理論 に沿 って泳方が身につ いたか どうか を教 師が定期的に細か くチェ ックし、 そのチェ ッ クに基づ いて誤 って身につ いている部分 を訂 正す る必要 がある。英語 の修得 に関 して も水 泳 の場合 と同 じプ ロセ スが必要 であ るに もか かわ らず、英語教育 においては、水泳のプー ルにおけ る平泳 ぎの実践訓練 と、その訓練 に よる、身につ き具合 のチェ ッ クに相 当す る部 分 は学生の 自主学習に任 され る場合がほ とん どである。

BI

U は これ ら

2

つ の弱点 を補 う基礎 英語 補修授業方法の一つの形 として考え出 された ものであ る。

(16)

142 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第15号) [2] BIU の形態 の特徴 (1) 週3回、 同 じ教 師が 同 じクラス (40人) を担 当す る。 これ までの科 目、 クラスの構成 は、英文法 の科 目は一人の教 師が同 じ内容 を3つ の クラ スに教 え る、つ ま り、一 人の教 師が まった く 同 じ内容 の授業 を週3回繰 り返す とい う方法 担 当 者 40人 ● 40人 ▲ 40人 ⊂] であ った。英文講読 、英作文 に関 して も同 じ であ る。 この方式 を 「縦割 り方式」 と呼ぶ と す れば

、BI

U は 「横割 り方式」 と呼ぶ こ とが で きるだろ う。つ ま り

、BI

U にお いては、一 人の教 師が、一つ の クラス (40人) に、統合 した形 での英文法、英文講読 、英作文 の 3種 類 を教 えるの であ る。

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B図 :

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同 じ教 師が、 3つ の科 目を一つの クラスに 対 して担 当す る限 り、 これ までのや り方 にお いて問題 となって きた、 同 じ文法 内容 が、順 不 同に、繰 り返 して説明 され る とい う問題 は 解決 され る。何 故 な ら、一 人の担 当教 員が週 3回同 じクラス を担 当す るわけ であ るか ら、 担 当者 は 自分 の担 当 クラスの文法理解 の程度 に合 わせ て、初 歩の段 階か ら、段 階 ご とに、 講読、英作文 をその段 階 に適合 した もの を組 み 入れ てい くこ とが で きる。例 えば、基礎 文 型の説明の段階 では、修 飾語、句、節 を含 ま ない文 を講読、作文 し、関係代名詞 の理解が 不十分 な段 階 では、講読 の テ キス トとして関 係代名詞 を含 まない文 でで きた もの を使用す る、等 であ る。 又、 この方式 を取 るこ とに よ って、 クラスは学生 の習熟度別 に分 け るこ と が可能 に な り、 それ ぞれの クラスの習熟度 に 合 わせ て英文法、英文 講読、英作文 の割合 を 調節 す るこ とが可能 に な るのであ る。 (2) (i)理論 の理解、 (ii) その理解 を身につ け る訓練、

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その訓練 の成果 のチ ェ ッ ク BIU の 「横割 り方式」は従 来 の 「縦割 り方 式」 におけ る もう一つ の問題 も解決 され るo つ ま り

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U では、一週 間に

3

回の授業が行 なわれ るため に、「縦割 り方式」では 自主学 習 に任 され ざるを得 なか った、理論 の理解 に基 づ いた実際の講読 訓練 とその成果 のチェ ック に時 間 を割 くこ とが で きるのであ る。 学生 は、簡単 な部分 か ら、複雑 な部分- と 順 を追 って組 み立 て られ た文法説明 を理解 す るプ ロセ スに沿 って、 それ まで説明 された文 法項 目に よってのみ組 み立 て られ た練 習問題 を解 言売し、作文す る訓練 を繰 り返 し、 その訓 練 の成果 ので き.1、で きを毎 回の授業 におけ る 短 い試験

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でチ ェ ックされ る。 そのチ ェ ックに基づ いて、理解 が不 十分 な箇 所 を補 強 しつつ進め るこ とが可能 となるの で あ る。 これ まで大学 の授業 におけ る 「試験」 とい うもの は、-学期全 ての授業 を終 了 した時点 で、期 末試験 と称す る試験 を一 度行 い、 その 試験 の点数 に よって成績 を就 け る とい う形態 が 多 く、従 来の縦割 り方式 におけ る英文法、

(17)

田村.BIU (TheBasicIntegratedUnits)の大学英語統合基礎教育方法論 143 英文講読、英作文 の授業に関 して も同 じ試験 階 を確実 に登 らせ るために有益 であ り、何 よ 形態 を取 る場合が普通 であった ように思 われ りも脱落者 を防 ぎやす い。 る。 しか し、語学の基礎教育の場合 、習得 を では、BIU の授業 内容 は どの よ うな組立に すべ き全体 を段階的に細か く分 け、 それ らの な っているであろ うか。次号 に続け るこ とと 段 階 ごとに試験 を行 う方式の方が、学生 に段 す る。

参照

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