Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
外の世界
Author(s)
中村, 弘明
Journal
歯科学報, 115(5): 5i-5i
URL
http://hdl.handle.net/10130/3887
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外の世界
中 村 弘 明
比較免疫学会という,私が楽しみに参加している小さな学会があります。学術集会には,ナメク
ジ,プラナリア,ミミズ,カブトガニ,メダカ,イモリなど,さまざまな動物の研究成果が持ち寄ら
れます。免疫系の進化の道筋を明らかにし,延いては免疫系の本質の理解を深めることが最大の目的
ですが,魚介類での成果は水産現場での養殖技術に役立っていますし,無脊椎動物から同定された生
体防御因子は,ヒトの治療薬への応用など,医療の現場にも貢献しています。
この学会に初めて参加されたある医療系の先生から,「皆さんが研究されている動物の中で,下等
なものというと,魚とかカエルなどでしょうか?」と言う発言がありました。医療系では,マウスや
ラットを実験材料とすることが多いので,カエルや魚はとても下等な動物と思われていたのでしょ
う。ナメクジやミミズなどは研究対象として,ほとんど念頭に無いかのような発言でした。医療系で
は,このようなヒト中心的な考え方が強いように感じられたものです。
しかし,動物界を広く見渡してみると,そのほとんどは無脊椎動物です。種数でも個体数でも脊椎
動物を圧倒しています。哺乳動物の研究から多くの業績が上げられ,人類の健康増進に寄与したこと
は言うまでもありませんが,研究の全体的なバランスを考えると,哺乳類以外の脊椎動物や無脊椎動
物に広く目を向けることも,大切なように思います。
現在,名前(学名)のつけられている生物は150万種ほどに及びます。昆虫が最も多く,その半数以
上(75万種強)を占めていますが,専門家によれば,熱帯の樹冠部には,まだ知られていない昆虫が数
多く棲息しているとのことで,総数は3000万種を超えると推定されています。これだけでも大変な数
ですが,海洋を調査した別の研究者によれば,深海底には1億種を超える多毛類(ゴカイの仲間)が棲
息しているといいます。調査が進めば進ほど,生物の世界は広がって行くようです。要するに,今ま
で我々が認識していたのは生物界のほんの一部だったのです。
生物と無生物の間を彷徨うウイルスの世界は,更に広大な事が明らかになってきました。1989年に
ノルウェーの研究グループが,海洋を始めとする世界中のあらゆる水系に夥しいウイルスが存在して
いるという,驚くべき事実を報じました(Bergh O et al, Nature 340:467−468,1989)。ウイルスの
夥しさは,種類数のみならず総量においても全生物をはるかに凌駕しており,海のウイルスの総炭素
量の試算約2億トンは,シロナガスクジラ7500万頭分に相当するといいます(山内一也:ウイルスと
地球,2012,岩波書店)。地球はまさに「ウイルス・プラネット」のようです。
水系に存在するウイルスのほとんどはバクテリオファージで,細菌(バクテリア)を宿主にしていま
す。細菌は分解者という位置づけで,地球生態系を支える重要なメンバーですが,その多様な細菌の
数(海水1cc の中には10万∼100万個の細菌がいるらしい)のコントロールやバランスに,ウイルスが
大きく関与していると推定されます。ウイルスも地球生態系の重要なメンバーだったのです。
我々のゲノムの中にもウイルス由来の遺伝子(トランスポゾンやレトロトランスポゾン)が数多く見
つかります。胎盤形成も,抗体遺伝子の再編成も,ウイルスの侵入によってもたらされたとされてい
ます。人類は進化の過程においても,現在の生態系の秩序維持においても,ウイルスに感謝しなくて
はいけないようです。
都会での日常生活に埋没していると,ヒト中心の考え方に陥り,外の世界の存在とその意義に気が
つかないことが多いように思います。住み心地の良い生活環境をつくったり,自分の専門とする仕事
を深く極めることは,もちろん重要ですが,それと並行して,時には外の世界にも目を向けて,見え
ないものによる支えに感謝したり,広い視野で自分の立ち位置を確認することも忘れないようにした
いものです。 (東京歯科大学生物学研究室 教授)
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