長篇物語におけるならぴの巻の意義
- 残 さ れ た 問 題 点 に つ い て 原 田 芳 起 I 論 の 始 め に l源氏物語の巻々の中で'古い時代から「ならぴ」という名を負うて伝来されて来たい-つかの巻がある。宇津 保物語にも同様に「ならぴ」の名を冠した巻の名がある。これらについては'源氏物語の古来の注釈ないし評論 においてさまざまに論じられて来て今日に至っている。魂在では、この「ならぴ」の巻のもつ意義についての研 究は'ほぼ行きつ-所まで到達していると認めてもよいかと思う.だが'すべての人に見解の一致点を見出せる までにはなっていないかにも思われる。まだ多少の残された問題もあ-そうである。 「ならび」の巻という'伝来された事実がまずあって'この事実をいかに分析し解釈するかという点で'見解 が.さまざまにわかれ'学説の展開も見られたのである。注意しておきたいのは、伝来された事実というものが先 にあるという点である。とすれば、字津保物語における「ならぴ」の巻も同時に視野に入れておかなければなら ない。これを例外とすることは決して当を得た事ではない。源氏物語における事例を観察して'そこに一応の結 論を帰納し得たとしても、それを字津保物語の事例に適用して満足な説明を与えることができなかったならば' やは-結論自体に若干のかたよ-があるのではないかを再吟味してみなければならない。 源氏物語研究の歴史の中で'「ならぴ」の巻の意義に関する諸説は'ほぼ出尽-した観があるLt これ以上の 論議の余地はなさそうにも思われるのであるが'残されていた字津傑物語における事例の考察をも加えて私見を- 2 -展開し'研究史上の諸説と照合してみることにする。ただし、この論の主目標は'副題に示したように'この儲 題における残された問題がないかどうかを検討するにみるので'記述はなるべく簡略であるように心がける。 最近に相継いで発表された門前真一氏の御論考は傾聴に価する貴重な文献であったと思う。特に私のひそかに 抱いて来た解釈ときわめて近いものがあって'実はへ 氏の「源氏物語弄びの巻原義考」 (天理大学国文学研究室発 行・山辺道・牙十二号・昭4・Cnを寄贈して頂いた時分'私も「ならぴの巻の本義-物語享受の一形態として」と 題する小文をものして'ある研究誌に載せていただ-ことになって原稿をお渡ししていたが'氏の御説と重複す ると思われる点が多かったので'急いで発表を中止することにしたのであった。氏は引き続いて'「源氏物語弄 びの巻の説の展開」 (天理大学学報・牙五十1・五十二輯)を発表され'その抜刷も早速頂戴する事ができた.これ までの'この課題に関する諸説を詳密に検討された上での'最終的な決算報告を見るような思いがした。私が発 表をあわてて中止した小論で言及しようとした事の大部分はそこに尽-されていて'敬意をあらたにしたるので あった。 だから、ここに攻めて言うことはないような気がする。ただ'この課題に対する'残された問題はまだあ-そ うな気がする。本稿はそのような'わずかに残された視野を整理してみるだけのもので'あるいは'な-もがな の一文に終るかも知れない。意図する所はわずかな問題点の検討にすぎないが'論の性質上へ出発点に立ち帰ら ざるを得ないので'おのずから言葉が多-なる事をお許し頂きたい。 こ 伝来された事実としての「ならび」 「ならぴ」Qt巻というのは、平安朝時代の長篇物語の巻々の配列・序次に関する名称であったい 源氏物語に お い て ' 「 桐 壷 」 を 一 と し て ' 「 帯 木 」 を 二 と す る が 、 そ の 次 々 の 「 空 蝉 」 を 三 と し な い で 「 二 の な ら ぴ こ と Lt 「夕顔」を「二のならび二」とLt次の「若紫」を三と数えたのである。源氏物語における「ならぴ」の巻 は'十七帖の多きを数える。それを通じてまず説明できることは'「ならぴ」の巻々は'長篇の巻序において'
独立した1つとして数えられなかったということである。「空蝉」を牙三の巻と数えないことが即ち「二のなら ぴ」と見なすことであったと見るべきである。 二 帯 木 三 若 紫 十 一 樗 標 十七 玉宴 二十二 横笛 二十七 匂宮 並一空蝉 並 末 摘 花 並一蓬生 並1初音 並四常夏 並七行幸 並 鈴 虫 並1紅梅 並二夕顔 並二関屋 並 二 胡 蝶 並五籍火 並八藤袴 並 三 蛍 並六野分 並九真木柱 並 二 竹 河 このように「ならぴ」の巻々を並べて1覧して考えられることは'「末摘花」が「若紫」と「ならぴ」である という関係と'「空蝉」 「夕顔」が「帯木」と「ならぴ」であるという関係とは'構想上'ないしは話線の展開上 から観察すれば'決して同一でないということである。「蓬生」 「関屋」は「樗標」に対して「並一」 「並二」 とされているが'周知のように「蓬生」は「末摘花」物語を承けるものであ-'「関屋」は「空蝉」の物語を継 ぐものである。「肩木」 「空蝉」 「夕顔」は明らかに筆が連続してお-'話線に断絶する所がないのに対し' 「樗標」 「蓬生」 「関屋」の三帖はそれぞれ別の構想圏に属する話であって'三帖が一体をなすというほどの緊 密な結びつきは認められない。 いわゆる「玉宣十帖」のあ-かたは'「肩木三帖」のそれと同じである。継続する1連の物語である。「空 蝉」 「夕顔」は'「帯木」を本の巻としてそれに並ぶというような対立関係ではなく この三帖が一つにくくら れて長篇源氏物語の巻序の牙二に据えられているという形である。同様に「玉宣」を本の巻として「初音」以下 の九帖がそれに対立するものとは到底認められない.やは-「玉窒」以下の十帖が1括して源氏物語の牙十七とR して序でられているという事実なのである.この事実の解釈はすこぶる面倒克事で'これはあとの章で攻めて考
- 4 -えたい。 ところでT字津保物語における「ならび十の巻はどうなっているか。現存する写本でその名をとどめているの は'形の上で二様になっている。宮内庁書陵部蔵無識語十三行本(桂宮本)や'前田家十三行本では、巻の序数 は「ならぴ」の巻を含めての通しで付され、静嘉堂文庫蔵紀民本'同浜田本では'源氏物語の古い伝えと同様' 「ならぴ」の諸帖は序数の中に含まれないで'「三のならび春日詣」のように標題されている。これは恐ら-後 者の方が古い形を残すものであろう。 右の書陵部本(前田本同じ) の標題は' 字 津 保 物 語 一 〟 〟 〟 〟 〟 〟 〟 〟 二 三 四 五 六 七 八 九 としかげ 藤原の君 たたこそ 春日詣 た∼こそのならぴ さかの院 まつ-の使 さかの院のならぴ ふきあげの上 ふきあけの下 き-の宴 ふきあげのならぴ (以下略) 浜田本の表紙の題の書きざまは' 空 穂 も の か た - と し か げ 一 う つ ほ も の 語 藤 は ら の 君 二 空 植 物 か た -た ゝ て そ 三 うつほものかた- 井かすか詣 三二
長篇物語におけるならぴの巻の意義 う つ ほ も の 語 さ か の 院 四 うつほ物かた- 井祭の使 四二 空 穂 も の か た - 吹 上 の 上 五 空本物かた- 井吹上の下 五二 宇津暮ものかた- 井菊の宴 五三 字つぼ物かた- あて君 六 紀民本も巻序の数え方'「ならぴ」のあ-ようは右と同じだが'題の書きざまは' う つ ほ 一 初 巻 〟 〟 〟 〟 〟 〟 〟 〟 〟 二 ふ ち は ら の 君 三 た ゝ こ そ 三ならひ かすかまうて 四 さかの院 四ならひ 祭のつかひ 五 ふきあけ上 五 吹上下 五ならひ 菊の宴 六 あて君 ( 以 下 略 ) となっている。この方では「吹上下」に か。紀民本のそれは'源氏物語の「若菜」 「ならぴ」の名を冠していないので'浜田本のそれと小異を認めるべき が上下を分けずに牙二十とするのと同じであるかと思われる。河海抄 こ ま ヽ l む t 古 t
与は物語云'孝三の並春日詣'文才五髭酌の並祭の使・菊宴などあ-.
- 6 -とあるが'「祭の使」を牙五の並びとする点で現存諸写本のそれと異なる。 さて'「春日詣」を牙三の並びとする配列は'源氏物語の「空蝉」 「夕顔」を牙二「帯木」の並びとするのと 似ている。「帯木」から「空蝉」 「夕顔」と一続きの物語であ-'一巻にしてもさして不自然でない.殊に「帯 木」の冒頭の草子地と「夕顔」の結尾の草子地とは相呼応して首尾をなしている。字津保物語の「春日詣」は 「忠こそ」の後日談という性格を持つが'左大将正頼一家の春日社参詣の物語が両者をつないでいる。筆も明ら かに.「忠こそ」の末段から直接連続する形を持つから'この二つの巻を離して読んでは,この話線の連続もこわ してしまう。単に年立の前後というだけで巻序を立てれば'「春日詣」は「嵯峨院」よ-後に置-ことになる が'そして「忠こそ」は「藤原の君」の前に置かなければならなくなるが'長篇的構想から考えれば'新しい話 を添加し'新しい人物を登場させる場合に'遠い過去に筆を返して語-始めるのは自然の事であって'年立の先 後は必ずしも巻序決定の規準にはならない。「忠こそ」と「春日詣」とは一連の物語であ-'文章も直接連続し ているのだから'これを1巻にまとめても格別の支障はないのである。長篇としての「うつほ」の物語を一時中 断しておいて'新しい人物を登場させて'これを物語の本流に合一させるので'その合流点は'「春日詣」の始 めの時点である。時間の流れからいえば'「嵯峨院」の巻の終る所から'「春日詣」の巻が進行する。だから' 合理的に巻序を考える立場を取れば'「忠こそ-春日詣」のならぴを「嵯峨院」の次に置-方が'伝来された巻 序よりもはるかに自然である.「嵯峨院」を牙三とLt 「忠こそ-春日詣」のならぴを牙四とするならば'私の 巻序論を満足させるの,Pあるが'伝来の巻序も全-理解できないというのでもない.それは'「忠こそ」と「春 日詣」が'ならぴではあるが'別の巻としての独立性を持つ点にかかわる。「忠こそ」が'典型的に継子いじめ の物語として'説話性の強い'それ自体としてまとまろうとする独立的方向を持つことへ その点で「俊蔭」 「藤 原の君」と対立した多頭的構成をなすこと酢'読者に強-印象される。清原俊蔭と、一世の源氏なる藤原の君正 頼と'右大臣橘の千蔭とが'別個の物語の主人公として'三つの流れをなして語られる。それぞれの流れから才 子仲忠と佳人あて宮と忠こそ法師が誕生する。そこで物語は一つの流れに合わきれるのである。忠こそ法師はし
長篇物語におけるならぴの巻の意義 かしながら物語の主流においては主人公ではあ-えない。あて宵物語の中での一点景人物たるにとどまる。仲忠 は琴の伝統の保持者であ-'「ざえ」の世界ではあて宵に優位する。「ざえ」の尊貴を主題とするこの物語ではT .やはり仲忠が主人公であり,あて宵は物語を修飾する花である。「藤原の君」を要一とLt 「忠こそ」を孝二と するのは'物語構成からしてもそう不自然ではない。ここではそれぞれ過去にさかのぼる物語の頭を持つのであ るのであるから'そのさかのぼる部分の年立は'物語の長篇としての進展においては'1.応'別のものとして括 弧に入れてしかるべきものである。 「祭の使」を牙四「嵯峨院」のならぴとする伝来はいかがであろう。年立からすれば明らかに牙五「吹上」の 上下の中間に位置するLt牙三のならぴとされる「春日詣」の直後をつなぐものである。話の筋からしても'吹 上の源氏の君涼があて宵求婚者の一人に加わっているから'「嵯峨院」をすぐに受けるものとはいえない。合理 的な説明のきわめて困難なケースである。強いて説明を加えるとすれば'「祭の使」を牙四のならぴとする指定 は'「嵯峨院」に続けて'その展開として読む'という'読みかたの指示である。賀茂の祭の勅使が左大将正額 の家から立ったということはへ この巻の始めにおける一点景であるにすぎず'物語の中心となっているのは' 「嵯峨院」のそれと同様'あて宮を求める男たちの妻どい-らべである。作者のねらいも'恋の風雅のきまざま を展開して見せるにあつたと見られる。「春日詣」の物語がこの二つの巻の中間に入ることは明らかであるがへ その話の中心になるのは'春日社頭における忠こそ法師の意外な出現であ-、「忠こそ」の巻の忠こそ出家の話 の後日物語である。ここで忠こそ法師が懸想人の一人に加わることで、あて宮物語が1段と多彩になることはい うまでもない。前述のような理由で'「春日詣」を忠こそ物語を展開4trせるものとして'一つのならぴとして把 握したとすれば'「祭の使」をも年立的時間を一部無祝して「嵯峨院-祭の使」を一つのならぴとしてまとめた と見なすことができる。一歩を進めて考えれば'年立的時間が前後するが故にこそ'「ならぴ」という考えかた が導入されたと見るべきかも知れない。 「ならぴ」がいかなる意義を持つか'その本義の論は'あとで一項を立てて考えよう。ここでは'伝来きれた
- 8 -「ならぴ」の巻の名について'事実をもうすこし観察しておこう。前述したように、河海抄の引-所では「祭の 使」を牙五「吹上」の並びとする別の伝来があった。この方が年立の関係からすれば説明し易い。源氏物語にお ける「末摘花」を牙三「若紫」のならぴ'「蓬生」 「関屋」を矛十一「樗標」のならぴとするのと似ている。ほ ぼ同時期の物語であるが'独立した一巻として長篇の中に一直線に続けに-い事情がある点は'源氏物語の場合 も同様である。ただ、「末摘花」 「蓬生」 「関屋」は'源氏物語では傍流の物語であるが'「祭の使」は決して 傍流ではな-'「吹上」こそ傍流であるという点は同じではない。「ならぴ」の巻のあ-かたと構想論的な主流 傍流のーかかわ-かたについては、これもあとに項を立てて攻めて考えることにしたい。 字津保物語浜田本では、「吹上下」を「井吹上の下 五二」と標示している。これは浜田本に特異な現象かと 思われる。紀民本では「吹上下」は「吹上上」と同じ-「五」とだけあって「ならぴ」という指示がない。これ は源氏物語で「若菜」が分冊されていたであろうに巻序を示す数字は「二十」だけであると同じであろう。一、っ の巻を二つに分けたという扱いであろう。「吹上上下」に「祭の使」を 「ならべ」る形は'「若紫」に「末摘 花」を「ならべ」るそれと似ている。にもかかわらず'主流傍流の関係は逆である。「吹上」が副次的な物語を 設けて'「祭の便」で本流め物語につながれるのであることは明白である。 「 菊 の 宴 」 が 牙 五 「 吹 上 」 の な ら ぴ と さ れ る の は ' 「 春 日 詣 」 が 「 忠 こ そ 」 の な ら ぴ と さ れ る の と 同 じ で あ る。もし「ならぴ」が物語の本流に対して並ぶという意味を持つとするならばへ誠に不可解な事実となるであろ う。事実は当然解釈に先行する。事実に適しない解釈は'修正を要求されざるを得ないであろう。 三 「ならぴ」の名義に関する問題 定家の「奥入」に既に「空蝉」を「二の並とあれど帯木の次な-。並といふべ-もあらず」と疑っていること をどう解すべきであろうか.「並ぶ」と言えば'「並列」 「並立」の概念が思いおこされる。然るにへ 「空蝉」 は「帯木」をそのまま続けているのであって'並列でない事は明らかである。だからといって'並列でないが故
長篇物語におけるならぴの巻の意義 に'「ならぴ」でないと断定するとすれば'解釈を先に立てて事実に変更を加えることにな-'妥当でない。 「河海抄」では'「凡そならぴの本意は横の義たるべきな-」と注している。これも解釈が事実よ-先に立っ たものである。「横の義たるべき」という観念が先にあって'それを事実の上に当てるから'「凡此物語の並の 様一偏の事とも見えず。横竪ある欺。同つづさの事を分てると見ゆる並もあ-。定を竪の並といふべきにや。い まの空蝉の巻これな-云云」というような解釈も生ずる。横が本来の形で'竪はその変様と考えるのであろう。 縦に並ぶということに言語上の矛盾はさしてない。だがその意味でならばへ 源氏物語全体が縦に並べられてい て ' 所 々 で 二 つ に 分 か れ て 横 に も 並 ぶ こ と が あ る と い う べ き で あ る . 長 篇 の 中 の 部 分 を な す 一 群 の 中 で 、 一 を 本'他を「ならぴ」と特に指摘する意味は'それとは何らか区別されるものがな-てはなるまい。同じ「河海 抄」に「玉宴の並は横竪相交れ-」という解釈例があるが'これはどういうことなのか。ここにも解釈の混乱が ありそうである。事実は 「初音」以下の九帖を「十七のならぴ」とするものである。「玉章」から「真木柱」 までの十帖の間には年立上の横と呼ぶべき要素は存在しない.「河海抄」の作者は'「玉宣」以下の十帖を「少 女」の巻と並べて考えてしまったのであろう。「末摘花関屋蓬生は一向に横の並也」と注している。それを「な らぴ」の本義とし、それに引き寄せようとする気持が'「されば奥人にも﹃二の並とあれど帯木の次也。ならぴ といふべ-もあらず.一説には、かがや-日のみや謂離日U並のl肩木謂摘弛巻二夕顔﹄といへ-」とい う定家以来の修正意見に'無意識裡にかも知れないが'近づいて行ったものであろう。だが'新たに「ならぴ」 を立てるのであるならば問題は別であって、伝来された「ならぴ」の巻の事実をどう解釈するかという立場から はへそのように事実をまげて考えることは本末をと-ちがえたものとせざるを得ない。「うつほの物語のならぴ も横とみえた-」とあるのも事実に相応しない。横とすることができそうなのは'「吹上上下」を一巻として' そのならぴとして「祭の使」を配した場合のただ一例にすぎない。他は皆'横と認め得るものはない。 「ならぴ」の「横・竪・横竪」説は'一見合理的に見えて'殆んど「ならぴ」の芙事例を説明する力がなかっ たことは'.右にいささか触れた所でもわかる。「河海抄」以後の横竪説の展開については'門前氏が詳し-考え
- 10 -ておられるので'改めて触れる必要もあるまい.格別強化された点も認めろれないし'ただ疑いを存しながらこ れを承け伝えたにすぎないもので'門前氏が「横竪の区別を廃棄すべきものと思ってゐる」 (前記天理大学学報 五十一韓の論文)とされる見解こそ'正当な批判であろう。 「ならぴ」とは'横に並列するという意味でもなくまして縦に並んでいるという意味でもあるまい。前に触 れたように1㌧ 「ならぴ」の巻にすべてに共通している点は'何らかの意味で本の巻と一つに-くられ'独立の巻 序としては数えられないことである。その本の巻とは'必ずしも物語の本流を意味しない。 そこで'これも周知のように'「河海抄」に注意すべき一説をあげている。それは' 申院事書云'尚書の篇の定様'此ならぴの義に相似欺。彼序云'「以二舜典も二於尭典1'益穫合二於皐陶 讃1 盤庚三篇合為レ一.康王之語合二於顧命」等也.しかれども今の並の心にはたがひたる也。並は'比 隣匹方井配定等の皆ならぴならぷの訓あ-。広韻云'井は合也。又詩賦序に井序とかけるを'菅家説に「序 をあはぜた-」と読て'自余は「ならびに序」と読也。定も今の並の心にいささか相似たる欺。 というのである。この「中院事書」の説は'「弘安源氏論議」の「巻々にならぴをたつる事'そのゆゑおぼつか なし」という問に対する左方の答に「尚書のおもかげをうつせるか'いかが」とある意見と同じ筋のものであろ う。明確に断定し主張した説ではな-て'「ならぴといふべ-もあらず」という「奥入」などの素朴な疑いから 出発したものと推定してよかろう。漢学畑の人から当然出て来る助言であろうと思われる。 右に引用された尚書の序についてはへ玉上琢弥博士は次のように説明して'尚書序と並びの巻とには関係がな いことを論じておられる。 この序は「尚書孔氏伝」の序であって'--この「孔氏伝」の序の「河海抄」の引用箇所前後の意はこうな のである。孔氏の旧宅の壁中から古文の「尚書」が発見された。この古文の「尚書」には'当時の通行本 「今文尚書」にない編が二十五あ-'同じ内容の編でも細か-分けてあるところがあった。例えば伏生の
「尚書大伝」は 「 皐 陶 蔑 」 中 に ' 独立させてある。 る 。 -だ か ら ' 「古文尚書」に「舜典」としてあるのを「秀典」の中に'「益稜」と独立させてあるのを 「庚王之諮」は「顧命」にそれぞれ入れてあるが'「古文尚書」はこれらを一編として また古文には「盤庚」を上・申・下三編とするが、伏生は1編としてあるというのであ ここに引用された尚書序そのものは並びの巻と何ら関係がないのである。(「源語成立致」 国語国文・昭1 5・4) (源氏物語評釈別巻一「源氏物語研究」による) これは従うべき御説である。「尚書序」では「伏生又以二舜典高二於尭典去云」とあるのに'「河海抄」に は「伏生」という主語を省略して引いてある。 ただし玉上博士も「尚書」の編の配列が一様でないという点に'並びの巻と似る所があるかも知れないと言及 しておられる。博士は「横竪」説ははつき-否定しておられるよ十で'「苗-伝わった並びの巻に何らかの意義 を認めようとするならば'横竪というごとき構想論的立場は離れて考えるべきであろう」と説かれる。これは全 -正しい御意見であると思う。そこで博士は'並びの巻の設定が成立事情に関連するものであるならば、例え ば'「帯木」の並びはこれだけで独立したものとして盲とめに観照するにたえるように作られてあり,「若 紫」 「末摘花」もそれぞれ基調を異にするがゆえに二巻にされたのであ-'「匂宮」の並びは三巻で↓単位とな り ' 正 続 両 編 を 結 ぶ の で あ -' 1 ま と め に し て 発 表 さ れ た で あ ろ う ' と し て お ら れ る 。 「 な ら ぴ 」 の 巻 の 事 実 を 妥当に説明されたすぐれた仮説である。「ならぴ」の巻が成立事情に関し'作者が一まとめにして発表したとい ぅ事にもとづ-ものか'構想論的な'本系傍系というような区別の表示であったものかは'あとでもう1度考え て み る と し て ' 博 士 が 「 一 ま と め に し て 観 照 さ れ る こ と を 求 め る べ き 巻 々 」 と さ れ た の は ' 「 な ら ぴ 」 の 巻 の 本 質を正し-射当てられたものである。 そこで'「ならぴ」の名義であるが'「河海抄」引-所の「申院事書」の中に'「並は比隣匹方井配定等皆な らぴならぷの訓あり」とあるのはへ動詞「ならぶ」の多義性に触れたものである。「広韻云'並は合也。又詩賦 序に'井序と書けるを、菅家説に序をあはせた-と託て'自余は'ならびに序と読也」とあるのは,「ならぴ」
- 12 -の名義を知るには'やは-一番近い手がか-である。 門前氏は「山辺遺」矛十二号「源氏物語弄びの巻原義考」にこの点を詳密に論証して'「源氏物語の弄びの巻 の名称は当然井の牙二次的訓ナラブ'ナラビに由来するものであろう」ことを明らかにしておられる。つまり' 「 一 つ に 合 は せ る 」 こ と ' 「 井 」 字 の 本 義 が 「 な ら ぴ 」 の 原 義 で あ る と さ れ る の で あ る 。 こ の 結 論 に は ' 私 も 全 -同意で'私が言おうとしたことを更に詳密に言って下さつたと思っている。 門前氏が参考とされた氏の令息正彦氏の'「漢文訓読史上の1問題細井字の訓について」(訓点語と訓点資料牙 十四輯)は'この問題について示唆する所の多いあ-がたい労作である。氏によれば'「井」 「並」両字の間に は本来の意味・用法の差別があ-'平安初期の訓点では「井」は接続詞的に用いられて「アハセテ」と訓読され たことが知られる'時代が下るにつれて「ナラビニ」という訓がそれに取ってかわつている。「井」 「並」両字 の区別が意識されな-なった結果である'「並」は本来横にならぶ意へ井は合はぜて一つにする意であるという のである。 物 語 に お け る 「 な ら び 」 が 「 並 」 で な -し て 「 井 」 で あ る こ と は 、 ほ ぼ 明 ら か で あ る と 思 わ れ る 。 「 な ら ぴ 」 の巻は本の巻と合わせて一つになる.I(・き巻である・ 。「ならぴ」の語義がこのような多義化を見るに至ったのは' 「井」を「ナラビニ」と訓読するようになった事に起因する特殊な性質のものであったとすべきであろう。た だへ 「ナラビニ」は接続詞'「ならぴ」は名詞である。万葉集の「三山御歌'井短歌」の「井」も中国語として の「井」は接続詞である。「短歌ヲ井セタ-」という訓読は「井」の字義を明らかにする事を先にして文の形態 を変えたものといえる? 「アハセ≠短歌」と訓ずることで'「井」の文法的機能をも移し留めた事で一つの進歩 で あ っ た と 考 え も よ い 。 「 ア ハ セ テ 」 か ら ' 「 ナ ラ ビ ニ 」 に 転 じ た の は ' 字 義 の 混 同 も さ る こ と な が ら 、 「 ア ハ セテ」が動詞的用法の匂いが強く国語としては接続詞成な-きれない不安定を感じさせたのではなかろうか。 「ナラブ」の語意に'同列に相接してある意も生じて来れば「ナラビニ」は「井」の訓として国語の語感として は安定したものがあったろう。そこで「三山之歌井短歌」が「ナラビニ短歌」に定まって来ればう その短歌はそ ' f J . I 1 ヨ , l れ
は安定したものがあっだろう 之 剖 葡 罰 無 電 L I か 無 電 」 け い ヽ J ノ r 7 r q 一 -h u t ロ 、 Z P , l h v の本の長歌と「ナラビ」の関係であると意識されて来よう。「二帯木井空蝉」は「二帯木ナラビニ空蝉」であ -'再転すれば「二両木ノナラビ空蝉」となるであろう。 国語の「ならぶ」本来の意味は「並」に近い。「たぐふ」 「-らぶ」などと類義語で'二つまたはそれ以上が 並んであ竃意味である.男女が二人並ぶように。「立」を二つならべた文字が「並(箆)」である. 「ならぴ」の巻は門前氏の説かれるように「弄び」の巻であると断定してよい.。それは訓読語系であ-'「井 序」.「井短歌」のような題詞'ないしは月次の形を離れては考えられない。万葉集の目次に現れるのは「井」が 通例で'寛永版本の中でまれに「並」があるが'それはまざれたものであろう。 ・字津保物語の写本では'浜田本の標題にはすべて「井」字が書かれ、前田本・桂宮本・紀民本等は仮名で「な ら ひ 」 と あ る 。 四 形態論的な意味について ∴「河海抄」の「横竪」説は、ただ年立との関連だけを問題にしたもので、「ならぴ」の事実を説明し得ないも のでみつたことから考えると'そこから構想論的意義を導-ことは根本的な無理がある。 ・「ならぴ」を史記の列伝になずらえる説がある。細流抄に「総じて並の事へ史記本紀の外に列伝を立たるに同 じかるべきか」とあ-'「眠江入楚」には、「.桐壷」から「匂宵」までの本の巻二十七巻を本紀に'宇治十帖を 世家に'並び十七巻を列伝に'細かになずらえている。これは「横竪」説から発展して'物語の構成・構想の論 に'「ならぴ」の巻を意味づけようとしたものである。そういうものとして研究史的には意味がある。本紀に対 する列伝という考え方は'物語の本系の巻々に対立するものとレて並びの巻をとらえようとしたものである。し かしf前に見て来た「ならぴ」の事実は'本系傍系の対立とは見られない事例を多-含んでいる.「空蝉」 「夕 顔」・はT二のならぴ」である。「帯木」との問に「ならぴ」の関係があるのであって7本系の巻々に対する「な らび」とはされていない。玉哲盟十帖においても「玉豊」こそ傍系の物語である.本紀の中に収めるのは明らかに
- 14 -条理に反した処置である。「列伝」説が構想論の方向に前進しょうとした歴史的価値は認めるがへ 「ならぴの本 意は横」という先入主の支配下での宿命的な弱点をまぬがれてい.ない。 賀茂真淵の「源氏物語新釈」に 聖とは本系の事にて'源氏はもとよ-にて'葵上紫上などの本系の類をいふ。此空蝉の巻などの類は'本系 に は あ ら ね ど 肩 木 の 巻 よ -つ づ き て 一 つ の 筋 な れ ば 、 横 と い ふ べ か ら ず 。 よ -て 竪 の 並 と は い へ -。 さ れ ど 猶定は横ともいふぺければ、又横といふ類を一ったてていへば'暫並とはいふのみ。 とあるのは'論理があいまいで'ごまかしに近い所があるようだが'「竪」と「竪の並」と分けて考えているか に取れる。物語の本系が「竪」だというのと'「翌の並」とは別と考えていると取らなければ意味が通じない。 ともかく本系の巻々と並びの巻々とを対立させて構想論的意味を認めようとする点'前の条の「列伝」説と同一 方向である。その底には並ぶものは横であるという観念がある。 「ならぴ」の巻に構想論的意義を求める立場が'本系傍系の対立した物語展開にその根拠を求めるのは'無理 からぬ点もある。 「日本古典全書源氏物語‖」の巻頭の解説における並びの巻に関する説は'池田亀鑑博士の御見解を簡明に知 るに適している。 源氏物語は本来長篇的ではあるが'併し箇々の巻々が必ずしも長篇的構想のもとに立てられているとは言へ ない。例へば肩木空蝉夕顔の三巻の如きは'長篇小説としての主流的構想からさほど重要でない挿話的事件 を取扱ってお-、しかもそれぞれ独立した効果をもってゐる。ここにおいて読者は'ともすれば'この巨大 な小説の主流を見失ひ'岐路にふみ込みやすぐ つひに冗漫と矛盾を感ずるやうになる。並びの巻はかやう な構想上の不安について或る程度の安定を求めることに成功してゐる。即ち横の並びは'孤立的な'云はば 短篇的な巻々を暗示し'竪の並びは同1主人公によって統1される連続的な「.少な-ともそこにおいては長 篇的な巻々を暗示している。幼稚な構想論的意識の産物であるが'二応注意に値するものである。
長篇物語におけるならぴの巻の意義 篇的な巻々を暗示している な梢怒朝珊酢宅屈詞 ー 刀 班 ; i 〃 I H H -∫ 問 題 は や は -竪 の な ら ぴ と 横 の な ら ぴ と が へ 一 つ の 「 な ら ぴ 」 の 概 念 で ど う 続 . 一 さ れ る か ' と い う 点 に あ -は しないだろうか。いわゆる竪のならびにおいて、例えば「玉髪」のならび九帖が本の巻たる「玉宴」に摂せられ て一つに扱われる事によって七本の流れたる長篇の展開が混乱な-読み取られることは事実である。「玉蔓」十 帖は「玉蔓」を含んで挿話である。一息入れてわざと道草を食っている巻である。それを標示するのが「なら ぴ 」 で あ る な ら ば 、 「 玉 宅 」 を 含 め て 「 な ら ぴ 」 の 名 を 冠 す べ き で あ っ た ろ う 。 「 奥 入 」 に 見 え た 「 輝 -日 の 宮」という本流の巻を仮定して「帯木」をその「ならぴことするのは、「ならぴ」とはそのようなもので透っ てほしいという見解による推定説であったと思われる。ところが事実は'いわゆる里のならびは「奥人」にあげ た一説のようになっているものはない.宇津保物語における事例では'現存の写本に見える限-ではへ 三例とも いわゆる竪のならびである。横と見えるのは一例もない。しかもその「ならぴ」に対する本の巻は'長篇の本流 ではな-て傍流である。そして「ならぴ」とされた巻の方が長篇の本流の中に加わっている。三例ともそうなっ ているのである。右に引いた古典全書の説では'長篇小説が岐路にふみこみやす-冗漫と矛盾におち入ることを 並びの巻が救うているように説かれているが'どのようにして冗漫を救うのであろうか。「肩木三帖」や「玉豊 十帖」は'むしろ筋が単一になることを救うべ-'わざと岐路を求め'変化を求めているというのが真実であ る。そのわざと岐路を求めた巻々を'.本流と同じ-通して巻序を与えれば'その区別がぼやけてしまう。そこで 読者に対する指標として、数巻を1部としてまとめて一つの序数を冠する.そこが構想上特殊性を持ち、多様化 をねらった部分であることを指示している。だが「ならぴ」が本流に並ぶという意味は認められない。数巻が一 部になっている事が'本筋に対立する道草的挿話である事を示す。 「ならぴ」の巻に対する本の巻が'必ずしも物語の本流に属しないことは'事実の示す所で'変更も修正も許 されない。本流ということと'「ならぴ」に対する本の巻ということ′とを'厳に区別してお-ことが必要であろ ^ フ 0 「三若紫'井末摘花」の場合は'「若紫」は本流'「末摘花」は傍流である。だがここで注意したいのは'
- 16 -「末摘花」の冒頭は「夕顔」を承けて筆を起こしている'作品自体の持つ構想形態と「ならぴ」の標示とは必ず し も 一 致 し な い と い う こ と で あ る 。 こ こ で は 、 「 末 摘 花 」 を 独 立 し た 巻 序 に 数 え な い で ' 時 間 的 に 重 な る 「 若 紫」と合わせて一つに数えることで'中心の筋の流れをしばし遮って'路傍の景物にやすろうている趣がある。 紫の君と常陸の宵の姫君とを対比して、ゆつ--人生の明暗二筋の道を味わせようとする菜がここの「ならぴ」 の標識であったのではないか。 「十一樗標'昇一蓬生へ井二関屋」の場合もほぼ同じである。本の巻が本流に属している。ただ読みようでは この三巻は︰明石の君・末摘花。空蝉と、過去に源氏と交渉をもった三人の女の三様の悲しさを措いて'三部 作的構成をなしているとすることができる。長篇の筋としては、帯木系グループを統合して'本筋に対立させ し'変則的ではあるが三部作的構成を示している。そのような作品自体の持つ構想論的形態の標示としては「な らぴ」は不完全であ-'「ならぴ」の指示し得ているのはへ数個の巻を一つに合わせて1の巻序に数えるという ことだげである。 「二十二横笛'罪鈴虫」の場合、どちらが主筋でどちらが副と定めることはどう考えてみても無理なように思 われる。「横笛」が夫君相木を失った落葉の宮の心細い境遇を描けば、「鈴虫」はなき相木を人知れず忍んでい る女三宮のあわれさを中心に展開する。どちらも相木の死の後の哀傷に満ちている。年立的には「横笛」を源氏 四十九歳、「鈴虫」を五十歳とすれば'この二つの物語は続きである。竪の並びと注されている所以である。し かし、「横笛」から「鈴虫」 への時間の推移を感じさせるような展開ではない。相木の悲劇的な死を承ける点で 同じであ-'むしろ横の展鼠という印象である。一つの哀傷を二つの巻に分けて書いていると見られよう。部分 的に二部作的構成の形を見せる。これを一つに合わせて読ませようとする指示が「横笛井鈴虫」であっ七とすれ ば自然である。ただレ「鈴虫」が副であるのでなく、付属であるのでない、対等に配された「ならぴ」なのであ る。両巻一部として巻序の一つの位置を与えたのである。その点では帯木三帖や玉葦十帖を挿入した方法と同じ 形になる。肩木三帖を「桐壷」と「若紫」の間に置いたと同じ形で'「相木」 「夕霧」の中間に挿入きれたのが ↓」 ・ヽ ' ^
長篇物語におけるならぴの巻の意義 「横笛」と「鈴虫」とであろうという気がする。特に「鈴虫」の巻の層頭は「相木」の巻に呼応するものが感じ られる。「相木」では'相木なき後の一条の宵(落葉の宮) に対する夕霧の関心が次牙に高まって来る過程がこ まかに書かれている。特に時間の推移とともに、一つの事件が進行する形を示している。それを承けて「夕霧」 では'「まめ人の名を取-てさかしが-給ふ大将'此の一条の官の御有様をなはあらまほしと心にとどめて'大 方の人目には苦を忘れぬ用意に見せつついとねんごろに」と'同じ方向に進展を示している。その中間に時間的 空白を設けて'拝情的な「横笛」と「鈴虫」の二巻をきしはさんだと見なすことが正し-はなかちうか。そこで はむしろ時間の進行をひきとどめようとする。哀傷の心の限々を尽-そうとする。読者はその構想に添うように 読むべきである。「横笛井鈴虫」もそのようなしばし立ちどまっている形であ-'ある意味で排桐趣味(淑石の いわゆる) の巻であったわけである。そう見るならば'作者の意図を読み取った'作品の本有する構想形態を理 解した、読みの標識であったと'ためらいな-評価することができる。 「二十七匂宵、昇一紅梅、井二竹河」も'どれが主どれが従ということもあるまい。竪か横かの論ももはや無 用であろう。「三帖で一単位とな-、正続両篇を結ぶ」と「源語成立致」 (玉上琢弥博士) に説かれている通-である。正篇の時代に顕要だった誰彼の'な-なった後に生い出で'その蔭に立ち継ぐべき若き人々のこぼれ話 をあれこれと聞書風に書いた短篇が三つ一まとめに置かれている。縦に継いで見る事はできない三篇である。別 に「宇治十帖」につなぐという形でもない。てんでんばらばらに配置されている中に'おのずからに一つの物語 の大筋に帰する所があるように書いたものであろう。「宇治十帖」が長篇的構想を取って正篇に照応するに対し て'わざと展開を断ち切るように雑然とした構図を取っているとも言えようか。この三篇を一つにまとめること で長篇的構成への調和を保つ。少な-ともそうした形に導いて読む享受の形態がおのずからに成立したのであろ う。匂営三帖もいうならは排掴趣味の巻々であったのであ-、長篇を前方に推し進めるよ-も'過去の光のまだ かすかにさしている中を'行きがてにしてたもとおる気分のただよう世界であった。「ならぴ」では巻序の数字 が前に進まない.1つの位置だけを与えられている。長篇的構想における主流傍流ということは少な-とも直接
- 18 -関係はないし'本質的なつなが-もない。 字津保物語における'「三忠こそ、井春日詣」では本の巻「忠こそ」が傍流'「春日詣」の方が本流の要素を 具している。「四嵯峨院へ井祭の使」では本の巻も並の巻も本流で'これだけが例外にな-そうである。「祭の 使」を年立的位置と離して'「嵯峨院」に続けて読んだ方が面白いという意味でこのような標示がなされたもの かと思う。河海抄の伝える「五吹上(上下)井一条の使、井二菊の宴」の万が'他の事例とは調和する。これは 傍系の「吹上上下」を本系の物語に結ぶため龍「祭の使」 「菊の宴」につないだのである。この形では本の巻が 傍系へ 「ならぴ」の巻の方が本系という形に取る方がむしろ自然なのである。 「源氏物語講座上巻(昭24・7)」で、「並の巻の構想論的意義」を論ぜられた寺本直彦氏は' ♂ 源氏物語の特異な二元的構成にその発生の理由'存在の根拠を持つ。 と説かれ' 一貫する長篇的物語中の一巻が'本の巻と別個の内容を同時的に並進せしめ'独立的短篇的な物語をなした 場合へ 此処に横の並が生じ、又一面独立的短篇的傾向を有する巻々がへ本の巻と同一内容を継時的に展開し' それが長篇的意図によって統合一括せられて他の巻々と区別せられる時'此処に翌の並が生ずるのである。 と説明しておられる。「二元的構成」とは'長篇的であろうとする方.向と短篇としてまとまろうとする方向とが かみ合うということであるとすれば、前に述べた「ならぴ」によってまとめられた巻々が、それぞれの位置で' 主流の物語の展開を一時的に断ち切-pあるいは隠れた隈々をさぐ-'あるいはさまざまに変わった品々を求め て排綱しようとする方向は短篇的手法といえようと思う。言い換えるならば、話をききに進めようとする方向 と'周辺に向かって鉱がろうとする方向との相関であるとも説明できる。それは長篇においてはかな-普遍的に 見られるもののように思われる。そうした意味でならば'基本的に同意できる御説であったと思う。 そこで'「本の巻と別個の内容を同時的に並進せしめへ.独立的短篇的な物語」をなした横の並であるがへ物語 の時間的前進をしばしとどめて周辺を眺めるとすればへ その本の巻にもおのずから短篇的性格が付与される。た
往け口化けわロ上目) H H H H ) ー . 1 才 「 L h m い とい「末摘花」が後記挿入であったとしても'「末摘花」がT若紫」を意識し'それと合わせて可能な限-でそ の周辺に拡げて見たのである。「末摘花」の構想を誘う要素が、「若紫」の中にあったはずである。それは「若 紫」自体の中に内蔵する短篇性である。「これはいと様かは-たるかしづきぐさな-と愚いため-」と結ぶ紫の 姫君の物語は、一面から見ると'「様かは-たる恋」の一つとして書かれていて'空蝉な-夕顔な-末摘花な-のそれと同じ短篇性を具している。藤壷の宮との宿命的な恋やへその藤壷と紫の姫君との血のつなが-などは長 篇構想の太い糸であやつられているから、「若紫」の巻には二重の性格がひそめられているといえよう。「末摘 花」の巻はその「若紫」の中の短篇性に照応して書かれていると見ることができる。周辺への視野を求めて俳掴 す る ' 時 間 を し ば し お し と ど め よ う と す る 方 向 を 見 る と ' 前 に も 説 い た い わ ゆ る 竪 の な ら ぴ 、 「 玉 撃 」 と そ の 「ならぴ」九帖に見られる構想的性格と共通なものが認められるのではないか。 「独立的短篇的傾向を有する巻々が'本の巻と同一内容を継時的に展開し'それが長篇的意図によって統合1 括せられて'他の巻々と区別せられる」いわゆる竪のならぴはどうか.「長篇的意図」とはスペースの延長につ いて言われるのであろう.実質的には街氏物語な-宇津保物語な-の全篇を貫-長篇的意図とは方向の全-異な ったものである。事件の進行をさえぎ-'場面のひろが-を求めるのであるから'むしろ短篇的方向を強--つ ものと感じられる.次に「他の巻々と区別せられる」というのは'きわめて重要な点である.縦のつなが-をし も「ならぴ」と称するならば'長篇全体が一つのならびになってしまう。「ならぴ」の巻の原理は'「区別され る」とはいかなる事かという点にかかって来る。「ならぴ」の巻々は長篇的事件の進展を意味しない、周辺への 視野の延長という方向を取るから'おのずからおもむきを異にしているのである。そうした二元的構想形態を指 示するために'9 「ならぴ」の巻々を序数からはずして外に出したと解されるのである。 五 「ならび」と本の巻と 門前真一氏が「ならぴ」が「井」であって「並」ではないときれた説が是認さるべきことは前に述べたLt横
-20 -竪説を排されたことに同意であることも詳述したつも-である。また「並の本意は横の義たるべきなり」という 説は「並」の意に取ったがための誤-である事も強調した。 ここで念のため'「ならぴ」の本意は横であるとの先入観をもつと強-排除しておく必要があろう、というこ とを再説しておきたい。 門前氏が'前記「山辺道」牙十二号の論文で' 牙一段階の弄びの巻の説は'すでに冒頭で述べたやうに'1応源氏物語五十四巻を本の巻と弄びに分ち'漠 然とであるが主恩'副憩の対立をとらへたと思われる。--結局井びは本の巻に対してなんらかの附属的関 係にある巻であるといへよう。そしてこれが弄びの原義である。 と説いていられるのは'無意識裡に'主想と副恵を並べて構成するという'一日一否定された「並びは横」の概念 がよみがえっているのではないかと気づかわれる。五十四帖を本の巻と弄びの巻とに分けるという点もいかがで あろうか。一方では、たとえば「空蝉」 「夕顔」に対する「帯木」が「本の巻」と見られ、他方で物語全体にお ける「弄び」でない巻を集合として「本の巻」と見なされる。この二つの「本の巻」は相容れないものを含んで いる。前述したように帝木三帖な-玉豊十帖な-は「帯木」な-「玉蔓」な-を含んだ群が一つにまとめられ て'物語の主流たる「本の巻」の群に対立する。主流と傍流との関係は明らかに対立し並進する。そこには「な らぴ」即ち「並立」とする'一度否定されたはずの観念が根強-存在しなければならない。 「井ハ合也」という意味を原義と考えるところの■ならぴ」の観念は'「空蝉」 「夕顔」と「帯木」との間に 考 え ら れ る も の で ' 「 本 の 巻 」 た る 「 帝 木 」 に あ わ せ て 一 つ に す る ' と い う の で あ る 。 「 空 蝉 」 「 夕 顔 」 を 紫 のゆか-の物語にあわせるという意の標示でなかったことは確かである。「空蝉」 「夕顔」の「帯木」に対する 「ならぴ」の関係は付属とは見えない.三つの巻が全体を分有するので:主副関係や従属関係を条件としない。 「天理大学学報」牙五十覇において門前氏が「弄びは全部横である。したがって緊は本の巻といふことにな る」と書いておられるのは'「井ハ合也」の名義考とは相反する点があるのではないかという気がする。「井
こ E ト ト V ノ ト = 太 「 川 カ トー。たUIか-こi>^つとメーカ ぴ」の構想論的性格を主想副想う ないし主流傍流の対立でとらえる立場では'おのずから両者の並進として考え ざるを得な-なるように思われる。そのためにへ 「弄び」に対する本の巻と'物語の本流とが同一視される。 「横笛井鈴虫」を本流傍流に分別することが無理であることは前述した。匂宮三帖に主副の別を立てることも 必ずしも適切ではあるまいことも。 「ならぴ」を本流傍流の並進と考える立場を貫こうとすれば'玉撃十帖のあ-かたについて、 玉宴は傍系の夕顔の後日物語だから'「玉蔓」の巻こそ「乙女」の井としたいところである。さうして「初 音」以下九帖は本系に列したいところである。(岡一男博士、「源氏物語の基礎的研究」) という困難に到達せざるを得ない。だがへ前にしばしば触れたようにへ主流傍流の間に「ならぴ」の関係がある のではない。「ならぴ」は数個の巻を一つに括るだけのものである。「ならぴ」の巻に対する本の巻が、明らか に傍流である例は'字津保物語の「忠こそ」 「吹上」など'典型的な事例がある。岡博士は「玉豊」に本系に列 すべき資格を与えようとされたが'それは無理でもあ-'不要でもあると考えるがへ いかがであろうか。 五 終 り に この稿を進める間に'玉上琢弥博士の「源語成立致」 (国語国文・昭15・4) (源氏物語評釈別巻一「源氏物語 研究」に再録) から啓発される所が多かった。特に' 吉-伝わった並びの巻に何らかの意義を認めようとするなら、横聖というごとき構想論的立場は離れて考え る べ き で あ ろ う 。 と説いておられるのは'この問題の考察に鋭い教訓を与えるものであった。物語の成立事情に関して発表当時の 読者が名づけたものにせよ'成立事情を伝え知っていた後代の観照者・研究家が名づけたものにせよへ早い時代 にこの物語がどんな形で読まれたかを示しているものであると思う。氏によれば'並びの巻とは「一まとめにし て観照されることを求めるべき巻々」であり'したがって'「一まとめにして発表されたであろう」と推定でき
- 22 -る巻々である。そこに当時の読者の間でな-'時代の観照者によってな-'それが一まとめにして観照すべきも のであることを標示したものであるへということである。これは基本的には'異論をさしはさむ所のない御説で あるように思う。「ならぴ」はそのような'現実的な「読み」の形態を示す名であったと信ずる。あるいは, 「発表事情」ということにはそれほどこだわる必要はないであろう。たとえば「末摘花」が「若紫」より後に時 を隔てて発表されたとしても 「蓬生」 「関屋」が「浮標」と同時発表であったとしても,それが「若紫」なり 「樗標」なりに内在する短篇性に誘発され'それと照応されるように構想きれた上すれば'やがて,それらを一 まとめにして読むという読者の知恵がそだってゆくこともあろう。そのような意味でならば'作品本来が具有す る構想形態とのつなが-を見ることができる。 性急に本系傍系の対立を「ならぴ」の観念に結ぶ事が「ならぴ」の巻々の事実にそむく事は繰返し述べた。 「ならぴ」によってつながれた群の中の個々の間の関係は一つではなかった。むしろ雑多な「ならぴ」の形態 を ' 統 一 す る 形 整 調 的 特 性 ' そ れ は 一 つ だ け 認 め ら れ る 。 「 な ら ぴ 」 で 一 つ に ま と め ら れ る 巻 々 -そ の 本 の 巻 を含めて ー には'長篇の主流の巻々と違った眼をもって読むべきことを要求する姿態をそなえているというこ とである。傍流を主流と並進させることとは別な'もつと根本的な長篇形成の普遍的方法に関連する。 l 長篇物語には'時間を逐って未来に向かって展開しようとする志ー向と'逆に時間の進行をゆるやかにして、鹿 辺に視野を拡げようとする志向が'相克的にからみあうのが常である。前者を長篇的というならば'後者は短篇 的ということも許される.「ならぴ」によって群化された巻々は'一部として長篇的本流の間に挿入きれ'一個 の巻序的位置を与えられる。物語の時間的進行はそこでやすらい、人生の隈々を求めて妨裡する。長篇的姿態の 中ではたしかに異色の巻々である。それを読者に向かって指示するのが「ならぴ」であった。 「ならぴ」そうした異色ある短篇的群の中での巻と巻とをつなぐ標示であるからへ一つ低次元に属する。物語 の本流に対して他をつなぐものでなかったことを確認しておかなければならない。「井びの巻」に対する「本の
わい菜 hUノヽ ナ ㌔ カ 〆 一 す い 有 i l l ュ 川 l刀ナ仁i> 7才「ト化4iUJレ一hU IV 巻」と'物語主流を意味する「本の巻」とは混同されてはならない。どちらかが「本の巻」なる名を放棄すべき で あ ろ う 。 ㌔