本書は、今や、東京の顔になりつつあるモンス ター渋谷駅 (優雅な姿の東京駅に対峙して、 ジャン クで、 外観では駅舎がどれか判らないが、 実は、 地 上 4 階、 地下 5 階の 9 層の中に 9 路線が入り組み、 1 日 280万人もの乗降客数を捌いている。 ) に徹底した アプローチを試み、隠れているメカニズムを地形 的、歴史的に解きほぐし、今後も大きく変容する 渋谷駅に言及したものである。 本文は著者の該博な知識を駆使して雑多に専門 用語が飛び交っている。しかし読みづらいかと言 えば否である。誰にも馴染みのある渋谷駅に対す る知的な好奇心をそそり一気に読ませる魅力的な 書である。ここでは、その内容をじっくり堪能し ながら紹介したい。 プロローグ 冒頭、世界的に注目を浴びる渋谷駅 前のスクランブル交差点 「シブヤ クロッシング」 の大写しから始まる。青信号の 45秒間に繰り広げ られる ( 1 日 20万人が通過の) 混沌の中に整然とし た秩序が存在することに世界が驚嘆していること を明かす。著者はこのあたりから渋谷駅の隠され た秘密を暗示する。 フレーム Ⅰ 「渋谷駅の作法」 では、 渋谷駅を理 解するためにまず特徴的な地形の解説から始まる。 渋谷の地形はX、Y軸の 2 次元で、そして 1. 2. 3 の平方数 1 4 9 で 2 つの特徴が示されると している。 X軸 (東西方向) の大山街道、 Y軸 (南北方向) の渋谷川、X、Y軸の交点が谷間の渋 谷駅になる。 1 つの渋谷駅は平面的にはX、Y軸 からなる第Ⅰから第Ⅳまでの 4 つの象限 (領域) を構成し、立体的な 9 層からなる。また 1 つの渋 谷駅は、 4 つの電鉄企業が運営しており、 9 つの 電鉄路線が入り込んでいる。 渋谷駅の建物は駅施設の単体だけではなく、商 業施設や文化施設、宿泊施設などを組み込んだ複 合施設である。駅周辺が目まぐるしく変化してい く中で、渋谷駅は駅としてのアイデン ティティ を 保 ち ながら、それに 呼応 して形 態 を変容し 続 けて いる。この よう な複合体の渋谷駅を「渋谷駅体」 と著者は 呼 んでいる。 フレーム Ⅱ (アク ソ メ 平面 断 面の ダ イアグラム 図 を 参照 ) 「渋谷駅の 履 歴」では、渋谷駅の形がつ くられていく歴史的過 程 を解読する。渋谷駅のす べ ては、渋谷川と渋谷の谷に よ って形成されたと いえる。渋谷の谷を通る大山街道は、 江戸時代 に 神奈 川 県伊勢原市 の大山 寺 に 参 詣 するルー ト とし て 登場 する。 一 八八五年 、日本鉄道 株式会社 の山 手 線の 開 通 と 同 時 に渋谷駅が 誕生 する。一 九〇七年 、 玉 電、 通 称 ジャ リ 電が 開 通、後に 旅 客電 車 になる。明 治 時代 、大山街道 沿 いに 軍 施設が 集 まり、渋谷は 歓 楽 街として 発展 する。一 九 一一 年 、路面電 車 の東 京 市 電が東から入り込み、 3 つの路線の 終 点と中 間駅が谷底で 出 会 う ことになる。一 九 二 〇年 、山 手 線は 高架 線となり、 二 代 目渋谷駅が 誕生 する。 ― 92― 2013年 3月 20日発行 光文社 A5判 272頁 定価 本体 1600円+税 学苑 第 八八 六 号 九 二 ~ 九五 ( 二 〇 一 四 八 )
竹田喜
美
子
『迷
い
迷
って渋谷駅
日本一
の
「
迷宮
ター
ミナ
ル」
の
を解く
』
田
村圭
介著
新刊
紹介
一九二七年に東急電鉄の東横線が、一九三三年に 京王井の頭線が渋谷駅に乗り入れる。東急電鉄創 業者の五島慶太は鉄道を敷設し、その沿線に緑豊 かな住宅地を開発し、文化施設や学校施設も整備 するという田園都市構想を抱いていた。一九三四 年に渋谷駅にターミナルビルとして東急百貨店東 横店東館が建築家渡辺仁の設計で建設される。 一九三八年、 初 め て の 地下鉄 と な る 銀座線 が 開 通 す る。その後、五島は多くの電鉄企業を買収し、建 築家の坂倉準三と共に渋谷駅の大改造に着手する。 一九五四年に建てた東急会館 (現、 東 急百貨店東横 店西館) は、 地下鉄である銀座線が 3 階、 玉電が 2 階に集約されたターミナルとなる。一九五六年 に複合文化施設である東急文化会館が、一九七〇 年には東急百貨店東横店南館が建設される。 一九六七年 に 東 急百貨店本店、 一九六八年 に 西武百 貨店 が で き る 。 一連 の 開発競争 に よ り 、 一九七〇年 代には渋谷が若者の街として定着する。一九七七 年新玉川線 (現、田園都市線) が、一九七八年半蔵 門線が渋谷駅に乗り入れ、相互直通運転を実施す る。そのため電車も人も駅を通過することで脱タ ーミナル化する。 一九九六年に埼京線が開通、 二〇〇一年 に は 湘南新宿 ラインが 開 業し 、 渋 谷 駅 が 線 路 で 北 へ 南 へとつながり 拡 張 していく 。 二 〇 〇 八 年には東京地下鉄の副都心線が渋谷駅に乗り入れ る。 渋谷駅は、 平面的に 4 方向から、 立体的に 9 層から 9 路線が貫入し、さらに駅施設だけでな く商業施設や文化施設とも融合して、時代と共に 増殖しながら、機能の変化に伴いその形態を変え てきた。 フレーム Ⅲ (二つのリング 渋谷駅立体ネットワー ク 渋谷駅ネットワークの図と渋谷駅動線体模型を参 照) 「渋谷駅の更新」 では、 渋谷駅の複雑な内部 空間を解析し、 「隠された秩序」の存在を証明し、 迷宮 の を解き明かす。 渋 谷駅では、 複 数の プラットホームがX方向とY方向に交差し、線路 は頭端式と通過式が混ざり、改札は地上型 高架 型 橋上型 地下型の 4 つの型が存在する。この 混沌とした内部構造が渋谷駅を迷宮化させている。 7 つのプラットホーム間の乗り換え移動のために 連絡通路が張り巡らされ、それが 128のルートにな り、平面リングと立体リングに二分される。この 二つのリングは部分的に 重 なり合いながら大 量 の 人の 流 れを 柔軟 に 受 け 止 めている。 単純 な二つの リングが渋谷駅の秩序を形 成 し、 幾 つもの パ ター ンがう ま く機能しているという。このリングは人 の動きによ っ て 偶 発的に 生ま れたものである。渋 谷駅を 環境 に 適応 して動的に ふ る ま う 有 機体に 見 立て「 超 動線体」と 表 現する。 著 者は 問 いを 投げ かける。 果 たして渋谷駅は 生物 のように 環境 に 適 応 できるのか。 エピローグ 「 曲 がり 角 の 2 0 1 3 年渋谷駅」 で は、 未来 の渋谷駅に 対 する 期待 と 不安 が 語 られる。 今 後 15年間に わ たり大改造が 進 められ 5 棟 の 超 高 層ビルが計 画 されて お り、建 物 ありきの手 法 は、 人の 流 れに 対応 して空間をつく っ てきたこれ ま で の渋谷駅の 性質 とは明らかに 異 なるからである。 未来 の渋谷は ど のように変 容 するのか 予測 不 能で ある。 本 書 の 意 図は、多 様 化し 先行 き 不 透 明な現代 社 会の 中 にあ っ て、渋谷駅の秩序ある 行 動 パ ターン を解析することで 世界 の 中 の 日 本人 社 会を 浮 き 彫 りにすることにあるのではないかとも 考 えられる。 図面や模型は、 ど れも 力作 であるが、 中 でも、 ここで 紹介 したものは 特 に 素晴 らしい。 空間を 「 見 える化」 する手 法 は、 著 者の建築家としての 本 領 発 揮 である。多面的な 資料 を大 量 に 駆 使 して 渋谷駅を 徹底 的に解 剖 しようとする 姿勢 に、 著 者 の 熱 意 が 伝 わ っ てくる 好 書 である。 (たけだ き み こ本 学 名 誉教授 ) ― 93―