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中朝バイリンガルの言語意識に関する事例研究 : 朝鮮語に対する意識を中心に

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度)

中朝バイリンガルの言語意識に関する事例研究

―朝鮮語に対する意識を中心に―

金 英実

キーワード

中朝バイリンガル,少数派,朝鮮語,言語意識,被差別意識,言語の経済的地位

はじめに

ことばは人々の意思相通を担うだけではなく,話者がことばについて抱く固有の意識(誇り, アイデンティティ,帰属意識など)を他者に伝える役割も担っている(東2000:10)。たとえば, 多数派に囲まれて生きる少数派のバイリンガルの場合,2つのことばに対してさまざまな思い を抱えていると想定できる。特に,少数言語の母語が社会的に劣位の場合,2つのことばと文 化の狭間にあって「居場所」が見つからず悩むケースもある(中島2001:184)。本稿では,中朝 バイリンガル(1)1名の朝鮮語に対する意識を取り上げ,彼女を取り巻く環境(社会的文脈)と の関連性から考察する。本稿における言語意識とは,ことばをどのように捉えるかに関する個 人の判断・評価のことである(金2009b)。

本稿のテーマ設定の理由は,次の3点である。1点目は,Landry & Allard(1992)が指摘し ているように,バイリンガルが実際に2つの言語を使用するかどうかは,個人の特性や心理的 な状況(言語意識)に左右される。少数派のバイリンガルの場合,少数言語の民族語を使用す るかどうかにおいて,特にこの言語意識との関係が大きいと考える。2点目は,中朝バイリン ガルの朝鮮語に対する意識に関して実態の調査が行われていない(金2009b)。言語意識は,個 人が置かれている社会的文脈(以下文脈と略す)によって変容すると思われる。しかしながら, 中朝バイリンガル個人の朝鮮語に対する言語意識と文脈との関連性について考察した研究がな い(2)。3点目は,少数派の民族語に対する意識を考察することは,多数派が少数派の言語をど のように捉えているか,多数派の言語観の検証にも繋がる。究極的には,多数派が少数派の 人々自体をどのように観るのかという多数派の人間観の検証にも繋がる(3) 本稿の目的は,中朝バイリンガル1名の朝鮮語に対する意識を分析考察することである。 以上の目的を達成するために本論を3章立てにする。第1章では,調査協力者が置かれてい る文脈を理解するために,彼女が朝鮮語を習得した要因について言及する。その要因はさまざ ま(4)考えられるが,本稿では,紙幅上言語意識と最も関連性の高い3つの要因のみ取り上げる。 3つの要因とは,言語文化的要因,家庭的要因,教育的要因の3つである。第2章では,朝鮮語 に対する言語意識に関して述べる。その意識は,固定的ではなく文脈との関係によって変化す るが,本稿では,意識の変化を6つの段階に分類する。第3章では,言語意識と文脈との関連 性について,考察を行う。

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族学校で「漢語(中国国内の朝鮮族学校では科目名としてこの名称が用いられている。)」教師 として20年間勤務し,2008年からは某大学で「韓国語(中国国内の多数派集団の大学では科目 名として一般的にこの名称が使われている。)」教師として勤務している。 調査方法について,言語意識を詳細な記述データとして収集するために,「対象者の意識の 流れや内省を重視して,柔軟に対応していく非構造化インタビュー方法」(村岡2002:127)を用 いた。インタビューデータはICレコータに録音し,文字化を行った。補足的データとして協力 者との普段の接触および電話・メールでの連絡内容などをフィールドノートとして記録した。 データの分析方法について,「解釈アプローチ理論」(箕浦2002;浅井2006)と「分析のカテ ゴリー」(箕浦1999)に基づく。「解釈的アプローチ」は,人々が自分達の生活世界をどのよう に解釈しているのか,その意味を個々人の置かれた社会的文脈の中で知ろうとすることを目的 とし,現実は個人の主体性により変化するものであるという捉え方をしている。「分析のカテ ゴリー」は,繰り返し出現する事象は観察下の人々によって繰り返される行為であり,それら は人々によって共有されている文化的カテゴリーを表していることが多く,リサーチ・クエッ ションを解く鍵となることが多いとしている。本稿において,上記の分析方法が適切だと思う 理由は,まず,言語意識は個人の解釈に基づくものであり,個人の内面に接近し個人が言語を どう意味づけし働きかけていくのか,その主体性と文脈を十分に考慮する必要があるからであ る。次に,調査協力者の語りには繰り返しが頻繁に見られたが,箕浦(1999)が述べるように, それは人々によって共有されている文化的カテゴリーを表していると考えるからである。なお, 「解釈的アプローチ」と「分析カテゴリー」においては,研究者の解釈が妥当であるかが問題に なるが,分析の妥当性を高めるために,言語教育専門分野の研究者4名に分析方法と分析結果 について確認を行なった。さらに,分析・考察した結果を調査協力者本人に確認を行った。 記述分析における調査協力者のことばの引用(「」の中のことば)について,協力者のことば の意味が,引用のみでは分かりにくいと思われる箇所に,括弧を使い筆者が説明を加えた。た とえば,「みんな(祖父母・両親・村人)朝鮮からここ(中国)に逃れてきたから私とは違って 朝鮮語に特別な思いがあると思う」である。

1.朝鮮語を習得した要因

本章では,MAが朝鮮語を習得した要因に関して,言語文化的,家庭的,教育的の3つの要 因を取りあげる。 1.1 言語文化的要因 MAの出身地は,総人口約20万人の中国黒龍江省A県であるが,県内には人口約1500人の 少数派言語集団として朝鮮族村が形成されていた。MAが幼少期の70年代,当該言語集団にお いては,朝鮮語がコミュニティ言語の地位にあり,圧倒的な優勢を占めていた。その理由は主 に2つ考えられる。1つは,当該言語集団が他者の言語共同体と明確に区別できる集合体として 存在したことである。すなわち多数派集団の漢民族コミュニティとほぼ孤立した状態(5)で存

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 在したことである。もう1つは,共同体の成員がほぼ全員日本の朝鮮植民地時代に朝鮮半島か ら中国へ余儀なく移住した中国朝鮮族一世から構成されたことである。そのため,MAの出身 地においては,朝鮮語が「民族の根源」として認識され,言語グループとして民族主義的な志 向が高く,民族のアイデンティティが母語・母文化と強く結びついていた(ベーカー 1996:92)。 1.2 家庭的要因 MAの家庭内使用言語について,MAの祖父母と両親は中国朝鮮族一世である。朝鮮語につ いて,「わが民族のことばだから忘れてはいけない」と,民族と言語は不可分のものとして捉 え,家庭内で朝鮮語が使用されることを強く求めた。ただ,幼少期のMAには「その時はみん な(祖父母や両親)が言っている(本当の)意味が分からず」,「みんな朝鮮語を話しているから 朝鮮語を話すのは当たり前だ」と思い,家族とのコミュニケーションにおいて,朝鮮語を積極 的に使用した。MAの家庭内における朝鮮語の習得は,無意識的かつ自然な言語獲得(language acpuisition)であったと推察できる。それは,彼女の居住地のコミュニティ言語が朝鮮語であ ることと,以下に述べる MA の中学校までの教育言語が朝鮮語であったことが大きく関連す る。 1.3 教育的要因 MAの中学校までの教育言語について,MAは地元の朝鮮族幼稚園,朝鮮族学校に通った。そ この教育形態は,少数派生徒の民族語を伸ばし,文化的アイデンティティを強化することを目 指すもので,Otheguy & Otto(1980)が言う「発展維持型」(6)教育であった。プログラムの構

成や内容の特徴からみると,まず,クラス内の生徒は少数派言語集団の生徒のみであった。次 に,授業に使用される教育言語の割合は,100%が生徒の家庭で使用される少数派言語であっ た。さらに,MAの「運動会の開幕式の時もチマチョゴリを着て扇を持って踊った」という発言 からは,母語教育と共に民族アイデンティティの教育が強調されていたことが窺える。これら の教育的要因からMAは,考えや概念,技能,知識が朝鮮語で十分に構築され,民族アイデン ティティがしっかり育ったことが読み取れる。

2.朝鮮語に対する言語意識

本章では,MAの朝鮮語に対する意識を6段階に分類して分析する。 2.1 〈なにげなく使ったことば〉 MAは,小学生の頃までに朝鮮語を「何も考えずになにげなく使っていた」という。MAが小 学生の頃の70年代,中国全土において,朝鮮語は実用性の低い言語であった。しかしながら, MAにとっては,最も利便性と実用性が高く日常生活に欠かせない言語であったからだ。小野 原(2004:5)は,人が日頃不自由なく使用できる言語を意識化するのは,「言語に無関心でいら れない状況」に身をさらしたときであると述べている。コミュニティ言語,教育言語,家庭言 語など日常的に朝鮮語を使用する環境を生活拠点にするMAは,小野原の指摘するような状況 に身を置く機会がなかったために,朝鮮語に対して特別な意識を持つことはなかったであろ う。

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朝鮮語に対して特別な意識を持っていなかったMAは,中学校に進学してから「村を一歩出 るとみんな中国語を話すから朝鮮語を話すのが怖くて恥ずかしくなった」と語る。中国語と朝 鮮語の言語的地位を意識しはじめ,朝鮮語の劣勢に気付いた様子が見とれる。そのきっかけは, 中学校2年生の時,村から約5キロ離れた都内に買い物に出たことだが,そこは多数派の漢民 族コミュニティで中国語のみ使用されていた。MAは,「生まれてはじめてみんな中国語だけ話 している」情況を目にし,「何も考えずになにげなく」使用してきた朝鮮語について,「無関心 でいられない状況」(小野原前掲書)に遭遇した。 MAの「漢民族は朝鮮族のことを『高麗棒子』と言ったり,朝鮮族だと分かると見下してい た」という発言からは,単なる朝鮮語の言語的な劣勢に限らず自分自身が「朝鮮族」である民 族アイデンティティを強く意識しつつ,マイノリティとしての差別意識を抱えはじめたことが 窺える。また,「百貨店の朝鮮族の店員なんか朝鮮族の客が中国語に困っていても朝鮮語を絶 対口にしなかった」というように,朝鮮語の使用を回避し,「漢民族のふりをする朝鮮族」の職 員や公務員の行動を目のあたりにすることで,公的場面で朝鮮語を使用することに対する恐怖 感が一層増した。社会の主要言語の中国語は,公の場における意思伝達のために使われている が,中国語が使われるべき状況で朝鮮語を使用することは,嘲笑されたからであろう。 80年代の頃には,漢民族の学校に通う朝鮮族の子供も少数ながらいた。しかし,MAの年上 の二人の兄が漢民族学校に転校したのはMAにとって衝撃だった。MAは,漢民族学校に転校 した二人の兄のことで「これから私の人生はどうなるんだろう」と自分の生き方そのものにつ いて,悩みを抱くようになった。しかし,悩みながらも「親のようにこの村でずっと生きてい けば朝鮮語だけで十分」と自分自身に言い聞かせながら,出身地で中学校時代までを送った。 少数派の児童生徒の場合,多数派グループと自グループのどちらかに属するか,アイデンティ ティに悩むことが多いと言われるが,MAの場合,アイデンティティの模索の段階を経て自グ ループである朝鮮族村を安定した居場所として認識したと考えられる。それは,朝鮮族村にお いて,朝鮮語が「客観的な言語活力」(Landry & Allard1992)を持っていたからだ。

2.3 〈誰も聞き取れず役に立たないことば〉 「親のようにこの村でずっと生きていけば朝鮮語だけで十分」と思っていたMAは,師範大 学(7)の進学によって自分の意志とは無関係に学習言語,生活言語を中国語とする多数派言語 集団に移動することになった。中学校の時にマイノリティとしての被差別意識を抱え,漢民族 との交流を恐れていたMAだが,実際に漢民族と生活拠点を同じくし,日常的に漢民族との社 交が求められる環境に置かれた。移動先で朝鮮語は「全く通じない誰も聞き取れない」,「役に 立たない」言語であった。移動前までは,朝鮮語が中国語より地位の低い少数派言語だと認識 してはいたが,朝鮮語の固有の役割を認めていた。ところが,移動後は,全く実用性のない言 語だと,より否定的に捉えるようになったようである。 被差別意識に加えて一時的な中国語の聴解力,会話力の不足もあり,彼女は「朝鮮語も中国 語も口にしない」生活を半年ぐらい続けた。その中で同級生の暖かい励まし(8)に,「漢民族は

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 朝鮮族を差別する」と固定的に漢民族を捉えていた自分の狭さに気づき,周囲の同級生や漢民 族と積極的に接触するようになった。その頃からMAの中国語の聴解力と会話力は急速に伸び, 「口から自然に出た言葉は中国語」になり,朝鮮語については,「その存在を忘れていた」と語 っている。 2.4 〈祖父母と両親にとっては特別なことば〉 MAは師範大学を卒業して出身地に帰ると,兄弟とはすべての場面で中国語を使用した。両 親とは「朝鮮語を話しているつもりでいた」が,母親に「ちゃんと朝鮮語を話しなさい」,「なん だえらそうに中国語を使ったりして」,「村人の前で中国語を口にするのは絶対やめてもらいた い」と厳しく指摘され,「中国語で話したり中国語を混ぜたりする自分がそこにいる」ことに気 付いた。その時,幼い頃祖父母と両親に言われた「わが民族の言葉だから忘れてはいけない」 という意味がわかってきたという。「みんな(祖父母・両親・村人)朝鮮からここ(中国)に逃 れてきたから私とは違って朝鮮語に特別な思いがあると思う」,「みんな中国で生まれた私達が 朝鮮語を忘れてしまうのではと心配していたかも」というMAのコメントには,祖父母・両親 のような中国朝鮮族一世にとって朝鮮語は,単なるコミュニケーションのための実用性の高い 言語だけではなく,個人または民族・集団の文化とアイデンティティに深く結び付くものであ ることを理解している心理的態度が示される。その態度は,今も兄弟も含めて家族と村の人々 と話す時は意識的に「中国語が出ないように」心掛けながら,朝鮮語を使用し続けることに繋 がっている。 一方,「こっち(地元の多数派集団)の漢民族は師範大学の同級生とは違って朝鮮族を差別し ている」と捉え,漢民族のいる場では会話の相手が朝鮮族であっても「友達なら中国語を話し た」,「中国語があまりできない人なら小さい声で朝鮮語を話した」というように,依然と地元 の多数派集団においては,朝鮮語の使用を回避していた。言語使用とアイデンティティの複雑 な内面が観察される。 2.5 〈漢民族の前でも堂々と話せることば〉 多数派の前で朝鮮語の使用を回避してきたMAは,「今はどんな場でも朝鮮語を大胆に堂々 と使えるようになった」,「誇りに思えるようなった」と,意識が一変した。それは,主に1992 年の「中韓国交回復」を契機に中国朝鮮族の経済活動が盛んになったことと,韓国の大衆文化 の影響で中国国内において,朝鮮族の言語文化的地位が向上したことに起因する。 MAはこの2点の影響の結果について,次の3点に言及している。①「朝鮮族は漢民族より豊 かな生活をしているから尊敬されているし,羨ましがられている」,「朝鮮語を話すと『二つの 言葉ができていいね』ってほめられる」,②「朝鮮族の学校に通う漢民族の子供が増えている し,朝鮮語を勉強する漢民族も増えている」,③以前は「漢民族のふりをしていた」朝鮮族の職 員や公務員達は「今はこちらが朝鮮族だとわかると『朝鮮族ですか,私も朝鮮族です』と話し かける」。この発言からは,言語の優勢をその経済的地位に結び付けて捉える多数派と少数派 両者の揺れる言語観,人間観が垣間見られる。

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MAは,現在ある大学で「韓国語」教師をしているが,漢民族の学生に教えてはじめて,「何 も考えないで自然に覚えたけど奥深いことばだ」と,母語について深い振り返りをしている。 そう認識した理由についてMAは,「バッチムの発音の変化が驚くほどに多い」,「発音と書き 言葉が異なる場合が多い」,「一つの助詞に驚くほどにさまざまな意味がある」とコメントする。 また,「こんなに難しいことばを私はただで覚えたから感謝しないと」と語りつつも,母語を習 得したありがたさに深く気づいている。 一方,韓国語と朝鮮語の違いについて,MAは語彙の違いと韓国語に外来語使用が多いこと に触れている。たとえば,玉子のことを朝鮮語は『닭알(中国語の「鸡蛋」からの意訳)』という が,韓国語は『계란(鸡卵)』というなどを挙げている。韓国語に外来語使用多いことに関して は,スリッパのことを朝鮮語では『끌개신(中国語の「托鞋」からの意訳)』というが,韓国語で は『스리빠(英語の外来語から)』というなどを例として挙げている。「私達は日常生活の中で 朝鮮語を使う時なにげなく中国語の語彙をそのまま使っている。たとえば,『上班하세요?(出 勤ですかという意味だが,「上班」は中国語で,「하세요」は朝鮮語である。)』なんか」。この発 言からは,無意識的に朝鮮語使用に中国語の語彙を混用する自身の「言語混用」の現象にも, 朝鮮語と中国語との言語接触にも気づいている様子が観察される。

3.考察

MAの朝鮮語に対する意識には6つの段階の変容が見られるが,MA自身の個人的要因と外部 の要因の2つが相互に作用し合っている。 「なにげなく使ったことば」から「漢民族の前では話すのが怖くて恥ずかしいことば」へと変 容した理由には3点挙げられる。1点目は,多数派集団との接触によりMAの言語文化アイデン ティティが触発されたことである。言語文化アイデンティティは,自分で意識することは難し く異なる言語,文化に接してはじめて,意識化されるものだが,MAは漢民族コミュニティに 接してはじめて,少数派言語の朝鮮語使用についての葛藤または逃避が生じた。2点目は,多 数派の目を通して見る「社会に取り残された少数派」(ベーカー 1996)としてのレッテルを貼ら れたことである。それによりMAは自分を少数派の一員として見るようになり,多数派のメン バーに受け入れられないことに気付いた。同時にこれら多数派に押しつけられた社会的劣位の 立場を内面化し,劣等感を持つようになった(Ogbu1987)。3点目は,自民族グループ内に,自 らが置かれている言語的少数派の立場を否定的に捉える人々が出現したことである。特に兄弟 の転校は,MAに多数派言語の中国語が少数派言語の朝鮮語より特権的で優れているという価 値観の形成を促したと考えられる。 「漢民族の前では話すのが怖くて恥ずかしいことば」から,「誰も聞き取れず役に立たないこ とば」へと変化したのは,多数派集団への移動に起因する。これは生活拠点が少数派集団から 多数派集団へと移ったことを意味する。多数派集団への移動前にMAは,地元の多数派集団に 接したことで朝鮮語の使用とマイノリティとしてのアイデンティティに葛藤を体験したことが

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) ある。しかし,生活拠点が少数派集団(朝鮮族村)であったために,葛藤はあったものの,朝 鮮語を「役に立たないことば」として考えることはなかった。むしろ,少数派集団を一生の所 属場として考えていた。しかし,生活拠点が多数派集団に変わることで,少数派集団に戻るこ とが困難になり,日常的に朝鮮語を使用する権利を行使し続けることが不可能となった。中国 語の使用を迫られる状況に置かれたMAは,朝鮮語を「役に立たないことば」だと位置付けた と考える。 一方,移動後朝鮮語使用が不可能になったことで「役に立たないことば」だと捉えながらも, 少数派としての民族アイデンティティに悩むことはなかった。それは多数派グループの級友達 がMAをそのグループに受け入れ,支援したからである。Cummins(2001)のことばを借りれ ば,MAは級友に「エンパワー」されたと言える。「エンパワー /エンパワーメント」とは,学 校という場での教師と児童生徒の関係づくりを通して,マイノリティの子供たちに勇気を与え る枠組である。一般社会でマイノリティ児童生徒が少数派の弱者の立場(つまり従属的少数派 グループ)に置かれていれば,学校でも同じように弱者の立場に追いやられ,多数派である主 要言語の母語話者児童生徒と比べて,なんらかの障害を持った子供(たとえば,言語障害,学 習困難,低学力など)と認知される場合が多い。それらを逆方向に転換させて子供をエンパワ ーすることが可能であると提唱しているのが「エンパワーメント」理論である。 「誰も聞き取れず役に立たないことば」から,「祖父母と両親にとっては大切なことば」へと 変わったのは,情意面の影響が最も大きい。小泉(2009)は,日英バイリンガルの言語意識に 関して,日本語に対する意識には実用性よりもむしろ家族に対する愛情や,自分自身の背景に ある国の背景や地域および文化に対する興味関心が色濃く反映されており,そこには言語意識 の情意的側面を見出すことができると述べている。この情意的側面は,Landry & Allard(1992) の言う「EVに対する理解/態度」やボリス(2004)の言う「主観的少数言語集団の持つ心理的 活力」にあたる。MAの朝鮮語に対する意識にもこのような情意面が見られる。両親や村人と の朝鮮語使用において,中国語を混ぜて使うコードミックシングや途中で中国語に切り替える コードシフティングが起らないよう,意識的に操作しているのも情意面が作用した結果だと解 釈できる。漢民族の学校を出た兄達と中国語の使用を中止し,朝鮮語を使用することについて も同様のことが言える。 「漢民族の前でも堂々と話せることば」と意識が大幅に変わったのは,韓国の経済性と大衆 文化の影響と関連が深い。MAの発言からも示されるように,その影響は中国社会における朝 鮮語の地位を向上させただけではなく多数派集団内部に変化をもたらしている。その変化とは, 1つは,多数派集団の漢民族が少数派集団の朝鮮族を中国社会の一員として認めていることで ある。それにより「漢民族のふりをしていた」朝鮮族の人達も「にせ」のアイデンティティを見 せることなく民族アイデンティティを隠すこともがなくなった。もう1つは,多数派集団が少 数派集団の言語を学ぶ現象が起こったことである。これは,CEFR(ヨーロッパ共通参照枠組 み)を支える理念である複言語主義に近い現状であり,多数派と少数派が互いに言語を学び合 う理想的な多民族社会の一面を表すものでもある。それにより,MAの言語アイデンティティ,

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ここで指摘しておきたいことがある。それは,多数派と少数派の両者に言語を取り巻く社会経 済的な環境によって,言語に優劣をつける心的態度が存在することである。このような態度は, その言語を使用する人自体を言語の経済性によって,高く観るあるいは低く観ることに繋がり かねない。 「朝鮮語は奥深いことば」と,自分の言語そのものの形式,機能を分析的に理解可能となった のは,直接的にはMAの韓国語教師の経験に関係する。間接的には師範大学での経験と20年間 にわたる漢語教師の経験が関わっている。Cummins(1991a, 1991b)は,1つ以上の言語・文 化を知ることによって,自分の言語,文化の特徴がより分析的に理解できるようになり,現状 を分析する力,思考の柔軟性,想像力・創造力にプラスになるという。また,将来の職業の選 択肢が広がるなど目に見えたプラス面に加えて,認知面,思考力,文化能力,そして高度な母 語力と,個人レベルでのプラス面が多く,そればかりではなくより言語資源の豊かな国づくり につながるため,社会的にも経済的にもプラスになると主張している。同様にMAの語りから, 彼女の朝鮮語,中国語,韓国語といった複数の言語に対する分析力や思考の柔軟性が浮かびあ がってくる。

おわりに

本稿は,中朝バイリンガル1名の朝鮮語に対する意識を分析考察したものである。その結果, 朝鮮語に対する意識は,周囲との関係によって複雑に変容することが確認できた。複雑な変容 とは,朝鮮語を肯定的または否定的に捉えることであり,アイデンティティに葛藤が生じるあ るいは安定していることであるが,それは主に朝鮮語の社会経済的地位に起因することが解っ た。朝鮮語の社会経済的地位が低い時は,多数派側に社会の一員として受入れられることが難 しく,それにより,朝鮮語を否定的に判断すると同時に劣等感を抱くことが示唆された。それ に対し,朝鮮語の社会経済的地位が上昇した時は,多数派に認められることで,朝鮮語を肯定 的に判断すると同時に誇りを持つようになることが予測できた。これらは究極のところ,多数 派と少数派の両者が人間自体をどう観るかという人間観に因ることが示された。 今後の課題は,まず,調査協力者の中国語に対する意識と外国語に対する意識を調査し,そ れらが朝鮮語に対する意識にどう関わるかを分析考察することである。次に,年齢層の異なる 人々,日本など異文化に接触した経験のある人々すなわち多様な文脈を持つ人々を調査協力者 に,彼らの朝鮮語に対する意識を分析考察することである。

(1) バイリンガルの定義は,中島(1998:2)が指摘するように,複雑で定義するのが難しいが,本研究 における中朝バイリンガルの定義は,ベーカー(1996)の言語使用面からの定義に従い,日常生活 の中で中国語と朝鮮語の二つの言葉を使用する中国朝鮮族と定義する。 (2) 中国朝鮮族の民族意識,アイデンティティ,エスニシティーに関して,藤井(1993),大村(1998), 韓(1995),綛谷(2002)等の論文・調査報告がある。これらの先行研究は,朝鮮族の個人の生活

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 世界に接近しようとしている点において貴重なものである。しかしながら,文脈による意識の変 容には言及していない。 (3) 拝田(2009:2)は,言語文化観は結局のところ,人間自体をどのように観るのかという人間観にも 通じていると述べる。 (4) 金(2008a)は,中国朝鮮族が中朝バイリンガルに育った要因に関して「軍事政治的要因」「経済的 要因」「言語文化的要因」「教育的要因」「家庭的要因」「その他の要因」の6つを取りあげている。 (5) その理由は主に2点挙げられる。1点目は,少数派言語集団の成員が農耕民族で,主に稲作に従事 しながら自給自足の生活を営んでいたことである。そのため,社会的ネットワークは主として朝 鮮人コミュニティ内という狭い範囲内に止まり,多数派集団との接触がほぼなかった。2点目は, 70年代の当時中国における人々の経済的欲求は衣食住の最低限に止まり,人々の地域間の移動が ほぼ無であったことである。 (6) 社会言語的観点からバイリンガル教育を大別する際によく用いられるのは,「移行型バイリンガル 教育」と「維持型バイリンガル教育」に分ける方法だが,Otheguy & Otto(1980)は,「維持型バイ リンガル教育」の目的をさらに「現状維持型」と「発展的維持型」に区別している。「現状維持型」 は,少数派の母語の言語技能を維持することを目的とする。それに対し「発展的維持型」は,現状 維持型教育以上のものを目指し,個人や集団が少数派言語をさらに使用することによって,文化 複合主義や民族集団の社会的自治に結びつくものである。 (7) MAが中学校3年生の時,中国の教育政策により小中学校の教師を養成する4年制師範大学がはじ めて開校されたが,MAの生まれ育った県内では高校受験成績が上位3の生徒が選ばれることにな っていた。選ばれた入学生に対しては,国が在籍期間の学費,生活費をすべて負担するという〈優 遇政策〉を実施していた。 (8) 級友達は被差別意識を抱えているMAに,「朝鮮族なのに漢字をよく知っているね」などと励まし た。その励ましにMAは,中国語の運用力自体より,多数派コミュニティ・共同体に参加すること を優先に考え,積極的に交流する姿勢へと変わった。それによって級友達と親密な関係を構築す るようになり,少数言語話者としての被差別意識が薄れた。

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