『風に紅葉』注解
(一)
大
倉
比呂志
凡 例 一 『風 に 紅 葉』の 注 釈 を 施 す の に 当 た っ て、底 本 は 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 の 桂 宮 本 を 使 用した。 一 本 文 に は 濁 点 ・ 句 読 点 を 付 し、会 話 ・ 引 用 に は「 」 (会 話 内 の 会 話 ・ 引 用 に は 『 』) を施し、仮名遣いは歴史的仮名遣いに拠った。 一 適 宜、底 本 の 仮 名 を 漢 字 に、漢 字 を 仮 名 に 改 め、漢 字 に は 必 要 に 応 じ て、振 り仮名を施し、また送り仮名を補った。 ◦ 「承 香 殿」の よ う に い く つ か の 読 み 方 が 想 定 さ れ る も の は、底 本 の 仮 名 書 き に従い振り仮名を施した。 ◦ M 音 ・ N 音 (「む」と「ん」 、「ら む」と「ら ん」等 々) は 底 本 の ま ま と し た。た だ し、 「艶」な ど、底 本 の 仮 名 書 き が「え ん」 「え む」を 混 在 さ せ て い る 場 合の振り仮名に限っては、 「えん」のように統一を施した。 一 適宜、段落を設けて、小見出しを付した。 一 作 中 人 物 の 詠 ん だ 和 歌 は 二 字 下 げ と し、そ の 和 歌 の 上 に 通 し 番 号 を 付 し た (例、① 色 々 の ……) 。さ ら に、作 中 和 歌 や 地 の 文 に 他 の 和 歌 の 典 拠 等 が 想 定 さ れ る場合には、 【語釈】 等の個所で典拠等となった和歌の訳を施した。 一 注 が 必 要 な 場 合 に は、本 文 の 該 当 個 所 の 右 上 に * 印 を 付 し、 【語 釈】 の 個 所 で 説 明 を 施 し、 【訳 文】 を 示 し た。な お、問 題 点 等 が あ る 場 合 に は 【考 察】 の 項 を 設けたが、既発表の拙文と重なる部分もある点を御断りしておく。 一 読解の参考に資するため、登場人物の系図を掲げた。 一 学 恩 を 蒙 っ た 注 釈 書 類 を 引 用 す る 場 合 に は、以 下 に 示 す 略 記 号 を 用 い る こ と に す る。必 要 な 場 合 は、引 用 中 の 本 文 の 表 記 を 適 宜 補 足 し、漢 字 や 仮 名 を 改 め た。 辛 島 A 辛 島 正 雄 「 校 注 『 風 に 紅 葉 』 ― 巻 一 ― 」 (「 文 学 論 輯 」 三 六 号 一 九 九 〇 ・ 12) 辛 島 B 辛 島 正 雄 「 校 注 『 風 に 紅 葉 』 ― 巻 二 ― 」 (「 文 学 論 輯 」 三 七 号 一 九 九 二 ・ 3) 関 関恒延『風に紅葉 依拠物語 本文 総索引』 教育出版 一九九九 ・ 1 全集 中 西 健 治 校 訂 ・ 訳 注『風 に 紅 葉』 (中 世 王 朝 物 語 全 集 15) 笠 間 書 院 二 〇 〇一 ・ 4 一 【語 釈】 【考 察】 で 引 用 し た 和 歌 な ど の 本 文 は 次 の も の に よ る が、私 に 表 記 の 一部を改めた個所がある。 新 日 本 古 典 文 学 大 系 ― 古 今 集、後 撰 集、拾 遺 集、後 拾 遺 集、金 葉 集、千 載 集、 新古今集、平家物語 新 編 国 歌 大 観 ― 新 勅 撰 集、続 古 今 集、続 拾 遺 集、新 後 撰 集、玉 葉 集、続 千 載 集、風 雅 集、新 千 載 集、新 続 古 今 集、新 葉 集、古 今 六 帖、躬 恒 集、山 家 集、 拾遺愚草員外 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 ― 伊 勢 物 語、う つ ほ 物 語、源 氏 物 語、浜 松 中 納 言 物 語、 狭 衣 物 語、と り か へ ば や 物 語、堤 中 納 言 物 語 所 収 作 品、栄 花 物 語、和 泉 式 部日記、紫式部日記、更級日記、とはずがたり、十訓抄、催馬楽 日本古典文学大系 ― 古代歌謡集 (風俗歌) 、大鏡、古今著聞集 日本古典集成 ― 和漢朗詠集 平安朝歌合大成 ― 六条斎院禖子内親王家物語歌合 岩波文庫 ― 王朝物語秀歌選 (風葉集) 中 世 王 朝 物 語 全 集 ― 海 人 の 刈 藻、石 清 水 物 語、い は で し の ぶ、風 に つ れ な き、 恋路ゆかしき大将、我身にたどる姫君 一 特に、辛島正雄氏の論稿には多大な学恩を蒙り、御礼申し上げます。 一 底本の使用を許可してくださった宮内庁書陵部に深く感謝いたします。 学苑 第九五八号 一〜二四 (二〇二〇 ・ 八)巻一 一 序文 風 * に紅葉の散る時は、さらでも物 悲 がな しきならひと言ひ置けるを、まいて 老 * いの涙の袖の 時 し ぐ れ 雨 は晴れ間なく 、 * 苔 こけ の下の出で立ちよりほかは、何の営 みあるまじき身に、せめて の * 輪 り 廻 んゑ の 業 ごふ にや、昔見聞きしこと、人の語りし こと、そぞろに思ひ続けられて、 問 * はず語りせまほしき心のみぞ出で来る。 その中に、なべて物語などに言ひ続けたる人には変はりて、 艶 えん にいみじう もあらず、 波 * の騒ぎに風静かならぬ世のことわりを思ひ知るかとすれど、 それも立ち返りがちによろづにつけて心得ぬ人の上をぞ 案 * じ出だしたる。 あまり 聞 * き所なきは、昔にはあらぬなんめり。 【語釈】 *風に紅葉の散る時は ― 「神無月風に紅葉の散る時はそこはかとなくもの ぞ悲しき=十月になって、風に紅葉が散る時は何となく悲しくて仕方がな い」 (新 古 今 集 ・ 冬 ・ 五 五 二 ・ 藤 原 高 光) に 拠 る。男 主 人 公 (二 位 中 将 ・ 中 納 言 兼 右 大 将 ・ 内 大 臣 と 官 職 は 異 動 す る が、本 文 で 男 主 人 公 の 官 職 が 明 ら か に 語 ら れ て い る 場 合 を 除 い て は、男 君 と 称 す る) の 人 生 史 の 中 で 大 き な 転 換 点 と な っ た の は、正 妻 一 品 宮 の 死、そ れ も 九 月 二 十 日 で あ っ た 点 に 着 目 す れ ば、 「も み ぢ 葉 を 風 に ま か せ て 見 る よ り も は か な き も の は 命 な り け り= 紅 葉 の 葉が秋風に吹かれるがままにどこに飛んでいくのかわからないのを見てい る よ りも 、 そ れ 以上 に は か な い も の は人 の 命 で あ っ た 」 ( 古今集 ・ 哀傷 ・ 八 五 九 ・ 大 江 千 里) も 視 野 に 入 れ て お く 必 要 が あ り、特 に 第 四 ・ 五 句 に 注 意 す べ き だ ろ う。 * 老 い の 涙 ― 「神 無 月 降 り そ ふ 袖 の 時 雨 か な さ ら で も も ろ 北の方 太政大臣 弘殿中宮 ︵ 皇后宮 、 后の宮 、 女院︶ 帝 ︵ 朱 雀 院 ︶ 故式部宮 承香殿女御 大納言君 中務宮 前斎宮 関白左大臣 故北の方 故尼君 女 一 宮 社の僧官 宣耀殿女御 ︵ 弘殿中宮︶ 左衛門督 ︵ 按察大納言︶ 故兵衛督 麗景殿女御 梅壺女御 ︵ 中宮 、 皇后宮︶ 権大納言 ︵ 右大将 、 左大将兼内大臣︶ 中納言君 故師宮 二位中将 ︵ 中納言兼右大将 、 内大臣兼任︶ 春宮 ︵ 帝︶ 一 品 宮 若君 ︵三位中将、宰相中将、 中納言兼右大将︶ 故三位中将 ︵ 権中納言︶ 姫君 姫君 姫君 若君 小姫君 登花殿 ・呼称は原則として初出のもの ・ ︵ ︶内はのちの呼称 ・ 婚姻関係 ・ 密通関係 ・ 密通による親子関係 枠内は二位中将の密通関係 故式部宮 承香殿女御 梅壺女御 姫君 北 の 方 太政大臣 二 位 中 将 関白左大臣 【系図】
き老いの涙に=十月になって、時雨が降るのに加えて、そうでなくてもい つ も よ り 老 い を 嘆 く 涙 に よ っ て 朽 ち や す い 袖 で あ る こ と だ」 (続 拾 遺 集 ・ 雑 秋 ・ 六 三 四 ・ 静 じよう 仁 にん 法 親 王) に 拠 る。 * 苔 の 下 の 出 で 立 ち ― 死 出 の 旅 路 へ の 準備。 *輪廻の業 ― 連声で「りんね」と読む。 「輪廻の業」は中世王朝物 語 で は 管 見 の 及 ぶ 限 り、 『恋 路 ゆ か し き 大 将』に「 (端 山 ト 女 一 宮 ト ノ 仲 ハ) あぢきなくむつかしの世の中や。これも輪廻の業にこそあんめれ」 (巻五) と用いられており、その他には『今鏡』 (打聞第十 ・ 作り物語の行方) や『梁 塵秘抄口伝集』にもあるが、 『源氏物語』には用いられておらず、 「生死流 転 の 原 因 と な る 悪 業」 (日 本 国 語 大 辞 典) の 意 で あ っ て、平 安 後 期 か ら 中 世 に か け て 使 用 さ れ た こ と ば で あ る と 考 え ら れ る。 * 問 は ず 語 り せ ま ほ し き心 ― 辛島Aは「包めどもたへぬ思ひになりぬれば問はず語りのせまほし きかな=隠していても恋の思いがこらえきれなくなったので、尋ねられも しないのに辛い思いを語り出したくなったことだ」 (千載集 ・ 恋一 ・ 六四八 ・ 大 納 言 成 道) を あ げ る。 * 波 の 騒 ぎ に ― 「知 り に け む 聞 き て も 厭 へ 世 の 中 は波の騒ぎに風ぞしくめる=既に知ったことだろう。改めて聞いて俗世を 厭だと思え。世の中とは波の音の騒がしさに加えて風が後から後から吹い て 来 る よ う な も の だ」 (古 今 集 ・ 雑 下 ・ 九 四 六 ・ 布 留 今 道) に 拠 る。 * 案 じ 出 だ し た る ― 辛 島 A は「案 じ、出 だ し」と し て、 「思 い め ぐ ら し て、お 目 に か け て い る の で す、の 意 か」と 一 案 を 提 示 し て い る。 * 聞 き 所 な き は ― 聞く価値がないのは。 【訳文】 風に紅葉が散る時は、そうでなくてさえ悲しいものだと言われているが、 それ以上に、老いの涙で濡れる私の袖は乾く間がなく、死出の旅路への準 備以外には、どんな用事もなさそうなこの身には、余程、輪廻のなせるわ ざなのだろうか、昔見たり聞いたりしたことや、人が語ったことが、やた らに思い続けられて、問わず語りをしたい気持ちだけが起こって来る。そ の中で、普通の物語などで語られて来た人とは異なり、魅力的ですばらし いわけでもなく、波の騒がしさのほかに風も吹いて穏やかではないこの世 の無常の道理をなるほどと思っているようだけれども、ややもすると俗世 に引き戻されそうで、万事につけて理解できにくい人の身の上を考えつい た。余り聞く価値がないのは、昔の話ではないからなのだろう。 【考察】 この序文は、先蹤として中世王朝物語の『風につれなき』のそれに、 言 の 葉 し げ き 呉 竹 の、世 々 の 古 言 と な り ぬ れ ば、何 の を か し き 節 と て す ぐ れ た る 聞 き 所 な け れ ど、お の づ か ら 心 に 止 ま り た る 筋 々 を 想 ひ 出 で つ つ、秋 の 明 け が た き 老 い の 寝 覚 め の つ れ づ れ な る ま ま に、心 を や り た り し 問 は ず 語 り を書き集めて、止まらむ跡のあやしけれど。 とあり、注意すべきだと辛島Aは指摘している。 また、冒頭部が引歌によって起筆されている例は、 『狭衣物語』では、 あ 少 年 の 春 惜 し め ど も と ど ま ら ぬ も の な り け れ ば、三 月 も 半 ば 過 ぎ ぬ。御 前 の 木 立、何 と な く 青 み わ た れ る 中 に、 中 ㋑ 島 の 藤 は、松 に と の み 思 ひ 顔 に 咲 き か かりて 、 山 ㋺ 時鳥待ち顔なり 。 の傍線部㋑㋺は、
㋑ 夏 に こ そ 咲 き か か り け れ 藤 の 花 松 に と の み も 思 ひ け る か な= 藤 の 花 は、春 か ら 夏 に か け て 咲 き か か る も の だ っ た の だ。藤 の 花 は、松 に 咲 き か か る も の だ とばかり思っていたのに (拾遺集 ・ 夏 ・ 八三 ・ 源重之) 。 ㋺ 我 が 宿 の 池 の 藤 波 咲 き に け り 山 時 鳥 い つ か 来 鳴 か む= 私 の 家 の 池 の ほ と り の 藤 の 花 が 咲 い た こ と だ。山 に 籠 っ て い る 時 鳥 は、い つ に な っ た ら や っ て 来 て 鳴くのだろうか (古今集 ・ 夏 ・ 一三五 ・ よみ人知らず) 。 我 が 宿 の 池 の 藤 波 咲 き し よ り 山 時 鳥 待 た ぬ 日 ぞ な き= 私 の 家 の 池 の ほ と り の 藤の花が咲いてから、山時鳥がやって来て鳴くのを待たぬ日はない (躬恒集) 。 に拠っている。さらに『逢坂越えぬ権中納言』では、 い 五 ㋩ 月 待 ち つ け た る 花 橘 の 香 も、昔 の 人 恋 し う、 秋 の 夕 べ に も 劣 ら ぬ 風 に、う ち 匂 ひ た る は、を か し う も あ は れ に も 思 ひ 知 ら る る を、 山 ㋥ 時 鳥 も 里 な れ て 語 らふに、 三日月の影ほのかなるは、折から忍びがたくて、…… の㋩㋥は、 ㋩ 五 月 待 つ 花 橘 の 香 を か げ ば 昔 の 人 の 袖 の 香 ぞ す る= 五 月 を 待 っ て 咲 く と い う 花 橘 の 香 り を か ぐ と、以 前 知 っ て い た 人 の 袖 の 香 り が す る こ と だ (古 今 集 ・ 夏 ・ 一三九 ・ よみ人知らず) 。 ㋥ 足 引 き の 山 時 鳥 里 な れ て た そ が れ 時 に 名 の り す ら し も= 山 時 鳥 が 人 里 に す っ かり馴れて、夕暮時に鳴いていることだ (拾遺集 ・ 雑春 ・ 一〇七六 ・ 大中臣輔親) 。 に拠っており、引歌がちりばめられているわけだが、その他に『風につれ なき』や『木幡の時雨』にもあり、これは平安後期から中世王朝物語にか け て し ば し ば 見 ら れ る 傾 向 で あ っ て、 『風 に 紅 葉』も そ の 表 現 形 態 を 継 承 し て い る と 考 え ら れ る。ち な み に、 『風 に 紅 葉』に 引 歌 と し て 使 用 さ れ て いる勅撰和歌集は、 『古今集』が圧倒的に多く、ついで『後拾遺集』 『新古 今集』の順であるが、 『古今集』は恋の歌が多く引かれ、 『後拾遺集』では 春部に属する歌が多く引歌として用いられている。 ところで、この序文では「苔の下の出で立ちよりほかは、何の営みもあ るまじき身に、せめての輪廻の業にや」の一文に表象されているように、 仏教的色彩が強く、厭世的な雰囲気が色濃く漂っており、それは〈喪失〉 と い う こ と と 関 わ っ て い る の で は な か ろ う か。す な わ ち、 『風 に 紅 葉』と いう作品は、北の方一品宮の死と承香殿女御の異母妹である故式部卿宮の 姫君の行方不明事件を軸に、男君が加行のために官職までも返上するとい う 多 く の〈喪 失〉が 語 ら れ て い る 物 語 で あ っ て、 〈喪 失 尽 く し〉を 主 題 と し た『浅 茅 が 露』の 影 響 も 考 え る べ き だ ろ う。と す れ ば、 『風 に 紅 葉』の 冒頭の書き出しが「風に紅葉の散る時は、さらでも物悲しきならひと言ひ 置けるを」で始まっているのは極めて表象的であり、まさに紅葉が風によ って散るのであるから、そこには はかなさ 4 4 4 4 が内包されており、それが『風 に紅葉』の主題に脈絡しているといえよう。 最 後 に「輪 廻 の 業」と い う こ と ば に 一 言 触 れ て お く こ と に す る。 『恋 路 ゆかしき大将』の梅津妹君の異父姉である梅津女君と端山との関係を知っ た 恋 路 の 妹 の 中 宮 (後 に 皇 太 后 宮) が 激 怒 し た 結 果、娘 で 端 山 と 結 婚 し て い た 女 一 宮 (一 品 宮) の 産 ん だ 若 君 を 端 山 の も と に 送 り 返 す と い う 状 況 に ショックを受けた端山は官を辞して戸無瀬に籠るが、院の斡旋によって事 態が好転し、皇太后宮は端山と女一宮との結婚を正式に認めたのである。 こ の 端 山 と 女 一 宮 と の 複 雑 な 関 係 は「輪 廻 の 業」と 語 ら れ て い る (巻 五) 。 既に辛島正雄が『恋路ゆかしき大将』と『風に紅葉』との関わりを論じて
い る が (『中 世 王 朝 物 語 史 論』下 巻 第 Ⅳ 部 の 五 笠 間 書 院 二 〇 〇 一 ・ 9。初 出、 一 九 八 六 ・ 3)、こ の よ う に 両 作 品 に「輪 廻 の 業」と い う 語 句 が 用 い ら れ て いることに注意しておくべきだろう。 二 男主人公の家系 関白左大臣にて、盛りの花などのやうなる人おはす。北の方は古き大臣 の御 女 むすめ 、 * 初 は 元 つも 結 とゆひ の御 契 ちぎ り浅からで住みわたり給ひし御腹に、いつしか若君 出で来給ひて、世になうかしづかれ給ひしほどに、 八 や と せ 年 ばかりやありけん、 今 * の帝の一つ后腹、 女 をんな 一 いち 宮 のみや とて、 九 ここ 重 のへ の内に雲居深くいつかれ給ひし姫宮 を、いかにたばかり給ひけるにか、盗みきこえ給ひて、世の騒ぎなりしか ど、あらはれ出でてもいかがはせんに、御許しありしかば、御心ざし 際 きは も なくもていたつききこえ給ふめる御腹に、若君、姫君、また出で来給へる いつかしさ、げにこの世のものならず、光を 放 はな つと言ふばかりものし給ふ を、朝夕この御かしづきよりほかのことなし。 さるままには、 も * との上の御方をさをさまれになりゆく。三条わたりに 住み給ひしかど、今少し 東 ひんがし に寄りて、京 極 ごく わたりに 玉 * 鏡と 磨 みが きて、 宮 * の上 と住みつき給へるほど遠からねば、 車 * の音、 前 さ 駆 き の声も、さながら移りて 聞こゆる、いかが御胸安からむ。されど、若君元 服 ぶく し給ひて、三位中将と 聞こえし、十四にて権中納言になり給ひし、次の年の春の末つ方、にはか に 亡 う せ給ひにしかば、あさまし心憂しともなのめならずかし。さらでもも のをのみ思ひ弱り給へる母上は、まして 嘆 * きに 耐 た へぬあまりにや、ほどな く 競 きほ ひ隠れ給ひにき。 大 お と ど 臣 もさは言へど、あはれに心 憂 う く思し嘆きしかど、 ま * さる方のいたはしさにや、御 言 こと の葉にかけ給ふことだにまれになりゆく。 あ * はれなる習ひなりかし。 【語釈】 * 初 元 結 の 御 契 り ― 「初 元 結」と は 元 服 の 時 に、初 め て 髪 の も と ど り (髪 の頭の頂を束ねた所) を結うことで、既に辛島Aに指摘されているように、 光源氏の父桐壺帝が光源氏と結婚する葵上の父左大臣に対して「いときな き初元結に長き世を契る心は結びこめつや=幼い君が初めて結んだ元結に、 あ な た の 娘 と の 末 長 い 縁 を 約 束 す る 気 持 ち を こ め た の か」 (源 氏 物 語 ・ 桐 壺 巻) の 歌 を 詠 み か け て い る。 * 今 の 帝 の 一 つ 后 腹、女 一 宮 と て
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御 許 し あ り し か ば ― 辛 島 A は「関 白 左 大 臣 に よ る 女 一 の 宮 略 奪 の く だ り は、 『い は で し の ぶ』巻 一 巻 頭 に 見 え る 右 大 臣 (左 大 将 の 養 父 関 白 の 弟) に よ る 女一の宮略奪事件の設定 ・ 措辞を襲っている。また、ここでの人物設定全 体 と し て は、 『恋 路 ゆ か し き 大 将』巻 一 冒 頭 に お け る、初 め 右 大 臣 の 娘 と 結婚していた戸無瀬の入道が、後に式部卿宮の美しい娘を盗み出して熱愛 し、二子に恵まれたものの、 「もとの上」は夫の愛の移ろいを嘆いて死ぬ、 という設定と酷似する」と指摘している。 *もとの上 ― 最初の北の方。 * 玉 鏡 と 磨 き て ― 辛 島 A は 参 考 と し て、 「殿 の 西 の 対 を、玉 鏡 と 磨 き て お は す」 (海 人 の 刈 藻 ・ 巻 一) を あ げ る。 * 宮 の 上 ― 女 一 宮。 * 車 の 音、 前 駆 の 声 も、 さ な が ら 移 り て 聞 こ ゆ る、 い か が 御 胸 安 か ら む ― 「車 の 音、前 駆 の 声 も、さ な が ら 移 り て」 と は、 前 を 素 通 り し て 通 過 し て 行 く 状 況 を 意 味し、 これを 「前渡り」 と称している。ちなみに『蜻蛉日記』において、 夫 兼 家 が 愛 人 の も と に 通 う た め に 道 綱 母 邸 を 素 通 り し て 行 く 件 (例 え ば、 中 巻 天 禄 二 年 〈九 七 一〉 の 正 月 の 記 事) が 典 型 的 で あ る。 * 嘆 き ― 我 が 子 を 失 っ た嘆き。 *まさる方 ― 女一宮。 *あはれなる習ひなりかし ― 草子地。辛 島Aは参考として、 「故宮の御ことを尽きせず思し嘆きながらも、 若う盛り に を か し げ な る た だ 今 の 見 る 目 に は、 こ よ な く 移 ろ ひ て、 忘 れ 草 の 種 と なりぬるも、 あはれなる世の習ひなりけるとぞ」 (石清水物語 ・ 上巻) をあげる。 【訳文】 関 白 左 大 臣 で 、 盛 り の 花 な ど の よ う な 人 が い ら っ し ゃ っ た 。 北 の 方 は 昔 の 大 臣 の 御 娘 で 、 初 元 結 以 来 の 御 縁 が 浅 く は な く 、 夫 婦 と し て お 過 ご し に な っ て い た そ の 御 腹 に 、 早 く も 若 君 が お 生 ま れ に な っ て 、 非 常 に 大 切 に 育 て ら れ て い ら っ し ゃ っ た う ち に 、 八 年 ほ ど 経 っ た の だ ろ う か 、 今 上 帝 と 同 じ 后 腹 で 、 女 一 宮 と い っ て 、 宮 中 の 奥 深 く で 大 切 に お世 話さ れ な さ っ た 姫 宮 を 、 関 白 は ど の よ う に 計 画 な さ っ た の か 、 盗 み 申 し 上 げ な さ っ て 、 世 間 の 騒 ぎ と な っ た が 、 表 沙 汰 に な っ た 以 上 ど う し よ う も な く て 、 帝 の 御 許 し が あ っ た の で 、 御 愛 情 が こ の 上 な く 、 大 切 に お 世 話 申 し 上 げ な さ っ た ら し い そ の 姫 宮 の 御 腹 に 、 ま た 若 君 と 姫 君が お 生 ま れ に な っ た が 、 そ の 重 々 し さ は 、 本 当 に こ の 世 の も の と は 見 え ず 、 輝 く よ う な 美 し さ と い う ほ ど で い ら っ し ゃ る の で 、 関 白 は 朝 夕 大 切 に お 世 話 を す る 以 外 、 ほ か の こ と は 何 も な さ ら な い 。 そ う な っ て み る と 、 も と の 北 の 方 へ の 訪 れ は 、 ほ と ん ど 稀 に な っ て い く 。 北 の 方 は 三 条 あ た り に 住 ん で い ら っ し ゃ っ た が 、 関 白 は も う 少 し 東 寄 り の 京 極 あ た り に す ば ら し い 邸 宅 を 設 け て 、 宮 と お 住 み に な っ て い た そ の 距 離 は そ れ ほ ど 遠 く で は な か っ た の で 、 関 白 の 車 の 音 や 前 駆 追 う 供 人 の 声 も 、 北 の 方 に と っ て は そ の ま ま 聞 こ え て く る の で 、 御 心 が 穏 や か で あ ろ う は ず も な い 。 し か し 、 若 君が 元 服 な さ っ て 、 三 位 中 将 と 申し 上 げ 、 十 四 歳 で 権 中 納 言 に お な り に な っ た 、 翌 年 の 春 の 末 頃 、 突 然 お 亡 く な り に な っ た の で 、 北 の 方に と っ て は 情 け な い 、 辛 い と い う よ う な 言 葉 で は 表 現 で き な い ほ ど で あ っ た 。 そ う で な く て さ え 物 思 い で 弱 っ て い ら っ し ゃ る 母 上 は 、 そ の 嘆 き に 耐 え ら れ な く な っ た の か 、 間 も な く 争 う よ う に お 亡 く な り に な っ て し ま っ た 。 関 白 も そ う は い っ て も 、 悲 し く 辛 い と お 嘆 き に な っ た け れ ど も 、 愛情 を 傾 け て い る 女 一 宮 の こ と を 大 切 に お 思 い に な る の か 、 こ の こ と に つ い て 関 白 が 口 に な さ る こ と さ え も 珍 し く な っ て 行 く 。 こ れ は 悲 し い こ の 世 の さ だ め だ っ た の だ 。 【考察】 男君の父関白による女一宮略奪事件が冒頭で語られていることは、男君 の女性関係に影響を与えたと考えられはするものの、男君のそれは父親と は 異 な り、年 上 で あ る と 同 時 に、い わ ば 人 妻 で あ る 高 貴 な 女 性 た ち (太 政 大 臣 北 の 方、梅 壺 女 御、承 香 殿 女 御) か ら の 強 烈 な ア プ ロ ー チ が 語 ら れ て い る点に注目すると、この『風に紅葉』という作品は〈女すすみ〉を中心と した男君の女性関係史ないしは女性遍歴史であるといえよう。 また、冒頭で帝の寵愛する大納言典侍が源中将に盗まれた件が語られて いる『浅茅が露』は『いはでしのぶ』 『恋路ゆかしき大将』 『風に紅葉』の 三作品における女性略奪事件と何らかの関わりがあるのではないかと推測 されるが、後考を期したい。 ところで、関白の息権中納言と関白北の方とが引き続いて死去するわけ だが、本節の終わりは、 あ は れ に 心 憂 く 思 し 嘆 き し か ど、ま さ る 方 の い た は し さ に や、御 言 の 葉 に か け給ふことだにまれになりゆく。 あはれなる習ひなりかし。 とあり、傍線部で関白の心移りに対する語り手の感慨が念を押す形で語ら れている。 【語釈】 の項でも取り上げたが、 『石清水物語』上巻巻末の「忘 れ草の種となりぬるも、 あはれなる世の習ひなりけるとぞ 」と類似してい る。 『源 氏 物 語』桐 壺 巻 で あ れ ほ ど 桐 壺 更 衣 を 寵 愛 し、そ の 死 を 痛 嘆 し た
桐壺帝が、更衣と似ている先帝の四宮 (藤壺) が入内した結果、 思 し ま ぎ る と は な け れ ど、お の づ か ら (桐 壺 帝 ノ) 御 心 (ガ 故 桐 壺 更 衣 カ ラ 藤壺ニ) うつろひて、 こよなう思し慰むやうなるも、 あはれなるわざなりけり 。 と語られている傍線部の影響を『風に紅葉』と『石清水物語』は蒙ってい ると考えられる。 三 男主人公の元服と女一宮 (一品宮) との結婚 年月隔たりて、この若君、十三にて元 服 ぶく し給ふ。やがてその夜、正二位 の加 階 * 賜 たまは りて、中将と聞こゆ。御 容 か た ち 貌 こそあらめ、心ばせ世にありがたう、 才 ざえ の賢さ、詩 賦 ふ 、管絃をはじめ、 紀 * 伝 * 、 明 みやう 経 ぎやう 、 * 日 に 記 き の 方 はう 、すべて暗きこと なく、今より 朝 おほやけ 廷 の御 後 うし 見 ろみ し給はんに飽かぬことなし。 帝 * もめでさせ給ひ て、 「父 大 お と ど 臣 の雲居を分けて、この母宮ゆゑ、世の騒ぎなりしもむつかし。 これをば我と召し寄せむ」とて、元服の次の年、 中 * 納言にて右近の大将か けさせ給ひて、春宮の一つ后腹の 一 いつ 品 ぽん 宮 のみや の御具になり給ふほどの儀式、世 の 常 な ら ん や。 后 きさい の 宮 は 弘 こう 徽 き 殿 でん に お は し ま す に、姫 宮 を 貞 ぢやうぐわん 観 殿 でん に 移 し き こ え 給 ひ て ぞ 召 し 寄 せ ら れ 給 ふ。宮 は 一 ひと 年 とせ が 御 兄 このかみ な り。さ こ そ は あ ら め ど、 気 け 高 だか うなまめかしうたをたをとうつくしう、飽かぬことなくおはしま せば、御心ざしも世の常ならず。父 大 お と ど 臣 は母后の御 同 はらから 胞 、母宮は父帝の御 同胞なれば、いづ方も作り合はせたらんことのやうなり。 【語釈】 *賜りて ― 底本は「給て」とあるが、意味上「給はりて」と解して「賜り て」と し た。 * 紀 伝 ― 大 学 寮 の 学 科 の 一 つ で、史 記、漢 書 な ど の 史 書 を 学 ぶ も の。 * 明 経 ― 経 けい 書 (儒 教 の 基 本 聖 典) を 学 ん で 明 ら か に す る こ と。 *日記の方 ― 有識故実の方面。 *帝もめでさせ給ひて、 「父大臣の雲居を 分けて、この母宮ゆゑ、世の騒ぎなりしもむつかし。これをば我と召し寄 せ む」と て ― 辛 島 A は「二 位 中 将 の 一 品 の 宮 と の 結 婚 の く だ り は、 『い は で し の ぶ』巻 一 で の 左 大 将 と 一 品 の 宮 と の 結 婚 の 経 緯 を 模 す」と 指 摘 す る。 * 中 納 言 に て 右 近 の 大 将 か け さ せ 給 ひ て、
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世 の 常 な ら ん や ― 辛 島Aは参考として、 「権中納言にておはせしを、左大将をかけさせ給ひて、 師走の二十日余りのほどにこそ大将参り給ひしか。その夜の儀式、有様お ろかならんや。上なき御位に定まらせ給はむとても、限りあれば、何ごと かはこれには過ぎんとぞ見えし。弘徽殿は中宮もおはします。上の御局も 近しとて、梅壺をぞ玉鏡と磨きて、渡らせ給ひにし」 (いはでしのぶ ・ 巻一) をあげる。なお、 「具」は配偶者の意。 【訳文】 年月が過ぎて、この女一宮腹の若君は十三歳で元服なさる。すぐにその 夜、正二位の加階をいただいて、中将と申し上げる。御容貌はもちろんの こと、気立ても実にすばらしく、学問に秀でていることは、詩賦、音楽は もとより、紀伝、明経、日記の方面にまで、まったく通じていないところ はなく、今から朝廷の補佐をなさっても足りないところはない。帝も賞讃 な さ っ て、 「父 関 白 が 宮 中 に 忍 び 込 ん で、こ の 母 宮 の た め に 大 騒 ぎ に な っ たのも面倒だ。この若君を自分のもとに召し寄せよう」とおっしゃって、 元服の翌年、中納言で右近大将を兼任させなさって、春宮と同じ后腹の一 品宮の御夫におなりになった時の儀式は、世間並であるわけがない。后宮 は弘徽殿にいらっしゃるので、一品宮を貞観殿にお移し申し上げなさって男君を呼び寄せなさる。一品宮は男君より一歳年上である。とは言え、一 品宮は高貴で上品で、しとやかで愛らしく、物足りない点もなくていらっ しゃるので、男君の御愛情も一通りではない。父関白は一品宮の母后の御 兄で、男君の母宮は一品宮の父帝の御妹であるから、どちらもうまく作っ たような間柄であった。 四 男主人公の妹の姫君と春宮との結婚 春宮は姫宮に 一 ひと 年 とせ が御 弟 * なるに、また殿の姫君、 そ * の年の四月に参り給 ふ。 御 * 局 つぼね 、 宣 せん 耀 えう 殿 でん なり。御仲らひまたおろかならんや。御元 服 ぶく の頃より 候 さぶら ひ 給 ふ 殿 の 御 兄 このかみ の 太 お ほ き 政 大 お と ど 臣 の 御 女 むすめ 、 麗 れい 景 けい 殿 でん と 聞 こ ゆ る、こ と に 御 覚 え お ろかなるに、これは我ながらけしからぬまでの御心ざしなり。上の中宮を 思ひきこえさせ給へるに、限りあれば、いかにとかはまさるべきならぬを、 上は 隈 くま なうおはしまして 、 * 采 う 女 ねべ が 際 きは までも、 容 か た ち 貌 をかしきをば御覧じ過ぐ さず。御 方 かた 々 がた もあまた候ひ給ふを、いづれも御 情 なさ けありてもてなさせ給ひ て、その上に后宮の御心ざしは 類 たぐひ なければこそ、ものの 映 は えにてもめでた きを、これは御心をも散らさず、なほなほ参り給ふべき人々おはすれど、 御あひしらひだになければ、みな思しも立たず。 【語釈】 * 弟 ― 底 本 は「を と ゝ う と」と あ る が、 「ゝ」を 衍 字 と 考 え て、 「を と う と」とする。 *その年 ― 男君が一品宮と結婚した年。 *御局、宣耀殿な り ― 「御 局 は 桐 壺 な り」 (源 氏 物 語 ・ 桐 壺 巻) と 同 趣 の 語 ら れ 方。 * 采 女 が際までも、容貌をかしきをば御覧じ過ぐさず ― 「采女」は宮中で炊事、 食事などを任務とした女官。大化以前は地方豪族の子女から選んだが、令 制 で は 郡 司 の 子 女 で 容 姿 端 麗 な 者 を 選 ん だ。 「う ね め」と も い う。辛 島 A は 参 考 と し て、 「帝 の 御 年 ね び さ せ 給 ひ ぬ れ ど、か う や う の 方 え 過 ぐ さ せ 給はず、采女、女蔵人などをも、容貌、心あるをば、ことにもてはやし思 し 召 し た れ ば、よ し あ る 宮 仕 へ 人 多 か る 頃 な り」 (源 氏 物 語 ・ 紅 葉 賀 巻) を あげる。 【訳文】 春宮は一品宮より一歳下であるが、また関白の姫君が、その年の四月に 入内なさる。御局は宣耀殿である。この二人の御仲もまた並一通りではな い。春宮の御元服の頃からお仕えなさっている関白の御兄の太政大臣の御 娘で、麗景殿と申し上げる方は、春宮の御寵愛は特に劣っているのに、こ の宣耀殿に対しては並はずれた御寵愛である。帝は中宮を大切にお思い申 し上げなさっているので、他の女性に対する愛情は限度があり、中宮以上 の御寵愛を受けられるはずもないが、帝は女性に抜け目がなくていらっし ゃって、采女のような低い身分の者に対しても、容貌の美しい女性を見逃 されることはない。お后たちも多くお仕えなさっているが、どの方にも御 愛情を持ってお扱いになって、その上で中宮に対する御愛情は並ぶ者がな いので、見映えがしてすばらしいのに、春宮は他の女性に御愛情を分け与 えなさるようなことはせず、まだまだ入内なさりそうな女性たちはいらっ しゃるものの、お相手にさえなさらないので、誰も皆宮仕えしようと決心 なさることもない。 【考察】 春 宮 と 結 婚 し た 関 白 の 娘 宣 耀 殿 女 御 の こ と は、 「 御 局、宣 耀 殿 な り。 御
仲 ら ひ ま た お ろ か な ら ん や」と 語 ら れ て お り、そ の 傍 線 部 は 桐 壺 更 衣 の 「御 局 は 桐 壺 な り」 (桐 壺 巻) と い う 叙 述 と 極 め て 類 似 し て い る。そ れ に 対 し て、 「 (春 宮 ノ) 御 元 服 の 頃 よ り 候 ひ 給 ふ 殿 の 御 兄 の 太 政 大 臣 の 御 女、 麗 景殿と聞こゆる、 ことに御覚えおろかなるに」とあるように、先に入内し た麗景殿への愛情が薄い点から、宣耀殿とは正反対であると同時に、桐壺 帝に最初に入内した右大臣女の弘徽殿女御は「やむごとなき御思ひなべて ならず、皇女たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞなほわ づ ら は し う 心 苦 し う 思 ひ き こ え さ せ 給 ひ け る」 (桐 壺 巻) で あ る に も か か わらず、帝寵は桐壺更衣に劣ると語られている点と類似している。すなわ ち、宣耀殿の語られ方は帝の寵愛する桐壺更衣と同じであるのに対して、 麗景殿の叙述のなされ方は、桐壺更衣の死後に入内した藤壺が「藤壺と聞 こゆ」と語られているのと同様な叙述であるにもかかわらず、麗景殿は春 宮の愛情が薄く、帝寵が厚い藤壺の場合とは正反対である。このように桐 壺巻の后の局の叙述の仕方を利用しながら、ズラして用いられているとこ ろに『風に紅葉』の工夫の跡が認められよう。 さ ら に、 「上 は 隈 な う お は し ま し て、采 女 が 際 ま で も、容 貌 を か し き を ば御覧じ過ぐさず」とあるように、帝はどのような階層の女性たちにも目 を向ける、いわば女性関係における博愛主義者もしくは好色者のごとき語 ら れ 方 が な さ れ て い る わ け だ が、桐 壺 帝 も、 【語 釈】の 項 で 例 示 し た 本 文 を再度掲出すると、 帝 の 御 年 ね び さ せ 給 ひ ぬ れ ど、か う や う の 方 え 過 ぐ さ せ 給 は ず、采 女、女 蔵 人 な ど を も、容 貌、心 あ る を ば、こ と に も て は や し 思 し 召 し た れ ば、よ し あ る宮仕へ人多かる頃なり。 (紅葉賀巻) と 語 ら れ て い る 。 と す れ ば 、 帝 は 桐 壺 帝 と 同 様 な 好 色 者 で あ る と 考 え ら れ る 。 以上のように、第四節は桐壺巻及び桐壺帝の叙述の影響を多大に蒙って いるといえよう。 五 男主人公の北の方一品宮の懐妊 一 いつ 品 ぽん 宮 のみや 、夏頃よりいつしか 契 ちぎ り浅からぬ御心地に悩ませ給へば、殿の内 磨 みが きしつらひて出だしきこえ給ふ。大将も嬉しく思したり。 か * くすぐれぬ る人は、必ず心尽くしをもととしてこそ、 艶 えん にあはれに面白うもあるを、 さこそあれ、さやうの乱れも御心の底よりなし。何かはさしもあだなる世 に、あながち心尽くしなることもあるべき。さるべきにまかなひおかれた る女宮の御さまの、何事こそ飽かずとおぼゆることもなし。さればとて春 宮の御仲らひのやうは、けしからぬまではあらず。大方、何事にも静まり たる御心癖にて、限りなうあはれに、おろかならずは思ひきこえ給へり。 さこそあれ、 夜 よ をも隔て 側 そば めたる御ことのまじらぬぞ、あらまほしう、 念 * なきとも言ひつべき。 【語釈】 *一品宮、夏頃よりいつしか契り浅からぬ御心地に悩ませ給へば、殿の内 磨 き し つ ら ひ て 出 だ し き こ え 給 ふ ― 『紫 式 部 日 記』の 冒 頭 寛 弘 五 年 (一 〇 〇 八) 七 月 頃 の 記 事 に も、出 産 の た め に 中 宮 彰 子 が 道 長 邸 (土 御 門 邸) に 退出した状況が語られている。 「契り浅からぬ」は懐妊したことをさす。 * か く す ぐ れ ぬ る 人 は、
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あ な が ち 心 尽 く し な る こ と も あ る べ き ― 草 子 地と解せられ、辛島Aは「これまでのめでたしずくめの記述について、読 者 の 先 回 り を し て 弁 解 し た」と 述 べ る。な お、 「す ぐ れ ぬ る 人」と は 男 君 *の こ と。 * 念 な き と も 言 ひ つ べ き ― 辛 島 A が「こ の 物 語 に は、一 人 の 女 性だけを熱愛する男性は興醒めであるとの思考が、随所に現れる」と指摘 しているように、物語の進行につれて男君の数多くの女性たちとの情交が 語られていく。 「念なし」とは残念だという意。 【訳文】 一品宮は、夏頃から早くも御懐妊による悪阻にお苦しみになったので、 関白邸の中を美しく整えて宮中から退出させ申し上げなさる。大将も嬉し いとお思いである。このように抜きん出た男君は、必ず物思いが根底にあ って、優美でしみじみとして魅力的なのだが、そうは言うものの、そのよ うな心の乱れも心底おありではない。どうしてこれほどはかない世の中に、 一途に物思いの限りを尽くすようなことがあろうか。そうなるべき御縁と して運命づけられた一品宮の御様子の、万事につけて物足りないと思われ る点もない。だからと言って春宮と宣耀殿の御仲のようには異様ではない。 万事、男君はどんなことにも穏やかな御性分であって、一品宮のことをこ の上なく愛情深く、並一通りではなくお思い申し上げなさっている。そう は言うものの、夜毎に他の女性たちのもとにお出かけになるということが ないのは、理想的だが、残念だとも言うべきだろう。 六 男主人公を思慕する女性たち さるは、少しも立ち出で給ふ 度 たび には、御 方 かた 々 がた の戸口も安からず、御袖の 褄、御 下 した 襲 がさね の 裾 しり をひかへつつ、 鶯 * の 音 ね に鳴きつべきとかこち、 宿 * にふすぶ る 蚊 か 遣 やり 火 び の下燃えを 愁 うれ へ、 尾 * 花にまじり咲く花の色にや恋ひんと嘆き、 降 * る白雪の下消えて消え返りつつ、時、 折 をり 節 ふし につけては 安 * き空なきを、恐ろ しうさへおぼえ給ひて 、 * 隈 くま 々 ぐま しき方をば通らじ、とさへぞし給ふ。 御 み 随身 などには、色々の 色 しき 紙 し 、薄様、大きに小さく 、 * 一 い 度 ちど の御 歩 あり きには一つかみ づつ参らするを、さすがほほ 笑 ゑ みて、女宮とぞ御覧ずる。おのづから さ * に や と 知 ら る る 節 も ま じ る ら め ど 、 大 方 、 さ る 岩 * 木 に 身 を な し て ぞ 過 ぐ し 給 ふ 。 石 い 清 はし 水 みづ の臨時の祭に、 参 ま う 上 のぼ り給へる御 方 かた 々 がた の御心の中にも、 面 めん 々 めん に、 霞 * の内の桜花とのみぞ見やりて惜しまれ給ふ。 還 かへ 立 りだち 、夜に入りてあるに、 過ぎ給ふ 御 み 簾 す の内より御袖をひかへて、いささかなる物を御手に入るるを、 さすが落とさじ、とひき 側 そば めて見給へば、 ①色々のかざしの花も何ならず君が匂ひにうつる心は 片 か 仮 たか 名 んな になべてならぬ書き 様 ざま なり。 【語釈】 *鶯の音に鳴きつべき ― 「我が園の梅のほつえに鶯の音に鳴きぬべき恋も するかな=私の家の庭の梅の梢で鶯が激しく鳴くように、私も声を出して 泣いてしまうような恋をすることだ」 (古今集 ・ 恋一 ・ 四九八 ・ よみ人知らず) に 拠 る。 * 宿 に ふ す ぶ る 蚊 遣 火 の 下 燃 え ― 「夏 な れ ば 宿 に ふ す ぶ る 蚊 遣 火のいつまで我が身下燃えをせむ=夏だから私の家の蚊遣火がいつまでも くすぶっているように、いつまで私はこっそり思いを燃やし続けるのだろ う か」 (古 今 集 ・ 恋 一 ・ 五 〇 〇 ・ よ み 人 知 ら ず) に 拠 る。 * 尾 花 に ま じ り 咲 く花の色にや恋ひん ― 「秋の野の尾花にまじり咲く花の色にや恋ひん逢ふ よしもなみ=秋の野の穂の出た薄にまじって咲いている花のように、私も はっきりと自分の気持ちを顔に出そうかしら。あの人にほかに逢うことが できる方法がないのだから」 (古今集 ・ 恋一 ・ 四九七 ・ よみ人知らず) に拠る。 *降る白雪の下消えて ― 「かきくらし降る白雪の下消えに消えて物思ふ頃 * * *
にもあるかな=あたり一面を暗くして降る白雪が下の方で溶けて消えるよ う に、消 え 入 る よ う な 恋 を す る こ の 頃 だ」 (古 今 集 ・ 恋 二 ・ 五 六 六 ・ 壬 生 忠 岑) に 拠 る。 * 安 き 空 な き を ― 「雨 や ま ぬ 山 の 雨 雲 た ち ゐ に も 安 き 空 な く君をこそ思へ=雨がやまないために、山にかかる雨雲が動くにつけ止ま るにつけても気が休まらないように、立ったり坐ったりして安らかな気持 ちになれず、あなたのことを恋しく思っている」 (玉葉集 ・ 恋一 ・ 一三三二 ・ 紀 貫 之) に 拠 る。 * 隈 々 し き 方 ― あ ち ら こ ち ら の 女 性 た ち の 意 で、全 集 は「あ ま り そ う し た 女 性 方 (私 云、男 君 に 恋 慕 し て い る 女 性 た ち) の 部 屋 の 前」と 訳 す。 * 一 度 の 御 歩 き に は 一 つ か み づ つ 参 ら す る を ― 辛 島 A は 「ひ と め ぐ り 歩 き 終 わ る と、い つ も 片 手 い っ ぱ い の ラ ヴ ・ レ タ ー が あ る、 と い う 諧 謔」で あ る と 述 べ る。 * さ に や ― あ の 女 性 か ら の 文 で あ ろ う か と。 * 岩 木 に 身 を な し て ぞ ― 「岩 木」と は 非 情 な も の の た と え で、女 性 た ち か ら 贈 ら れ た 恋 文 を 無 視 し て。 * 石 清 水 の 臨 時 の 祭 ― 毎 年 三 月、中 の 午 うま の 日 に 行 わ れ る。こ こ で 年 が 変 わ り、男 君、十 五 歳。 * 霞 の 内 の 桜 花 ― 「匂ふらむ霞の内の桜花思ひやりても惜しき春かな=美しい色に染ま っているだろう霞の内の桜の花だ。思いを馳せるにつけても過ぎ去って行 く春という季節が惜しまれることだ」 (新古今集 ・ 恋一 ・ 一〇一六 ・ 清原元輔) に 拠 る。 * 還 立 ― 祭 の 翌 日、祭 に 派 遣 さ れ た 使 い の 一 行 が 宮 中 に 戻 っ た 折、行 わ れ る 賜 宴。 * 片 仮 名 ― 和 歌 は 平 仮 名 で 書 か れ る の が 普 通 で あ る が、意 図 的 に 片 仮 名 で 書 く こ と に よ っ て、 「差 し 出 し 人 を カ ム フ ラ ー ジ ュ す る た め で で も あ ろ う」 (辛 島 A) と 考 え ら れ る と と も に、和 歌 を 受 け 取 る男君に対して強力なインパクトを与える目的もあるか。このような事例 は『うつほ物語』 (国譲上に一例あり。 『源氏物語』にはなし) をはじめとして、 『狭衣物語』 『虫めづる姫君』 『石清水物語』 『兵部卿物語』にあり、主に平 安後期から中世にかけての物語文学に見受けられる。和歌における「片仮 名」による表記は、相手に対して自己を隠蔽して相手を欺瞞すると同時に、 相手に強烈な印象を与えるという二重の意味を内包しているのであろう。 【訳文】 実のところ、男君が少しでも宮中にお出かけになる度に、女性たちの部 屋の戸口では気が気ではなく、男君の御袖の端や御下襲の裾を押さえて、 「鶯の音に鳴きつべき」辛い恋へのぐちを言い、 「宿にふすぶる蚊遣火の下 燃 え」の 秘 め た 恋 を 嘆 き 訴 え、 「尾 花 に ま じ り 咲 く 花 の 色 に や 恋 ひ ん」と 逢 う 方 法 が な い の を 嘆 き、 「降 る 白 雪 の 下 消 え」の よ う に 死 ぬ ほ ど に 思 い 詰めつつ、その時々につけて心が休まる時がないのを、男君は恐ろしいと までお感じになって、あちらこちらの女性たちの部屋の前を通るまいとさ えなさる。男君の御随身などには、様々な色の色紙や薄様の、大きいのも 小さいのも、一回のお通り毎に一つかみずつ差し上げるのを、さすがに苦 笑いなさって、一品宮と御覧になる。もしかしてあの女性だろうかと推測 される文も混じっているようだけれども、大体は岩木のように身を処して お過ごしなさる。 石 清 水 の 臨 時 の 祭 に、神 社 に 参 詣 な さ っ た 女 性 た ち の 御 心 の 中 で も、 各々「霞の内の桜花」のようにはっきりとは見られない男君の方を見て惜 しんでいらっしゃる。還立は夜になって行われたが、男君がお通りになる 御簾の中から御袖を押さえて、ちょっとした文を男君の御手の中に入れる のを、さすがに落とすまいとして、自分の方に引き寄せて御覧になると、 ① 色とりどりの美しいかざしの花も物の数ではないわ。あなたの気品に 満ちた美しさに取り付かれた私の心にとっては。
片仮名で並々ではない書きぶりである。 【考察】 『古 今 集』恋 一 所 収 の 三 首 が 引 歌 と し て 取 り 上 げ ら れ て い る。い ず れ も 「題 知 ら ず」 「よ み 人 知 ら ず」で あ る が、そ れ ら の 和 歌 が 隣 合 わ せ の 状 態 ( 498 500 497の 順) で 引 か れ て い る 点 に 注 意 を 払 っ て お く 必 要 が あ ろ う。こ れ ら三首は素材的にはともに〈忍ぶ恋〉が語られるのにふさわしいものだっ た と い え よ う。と す れ ば、 『古 今 集』恋 一 所 収 の 三 首 が 意 識 的 に 用 い ら れ ていると考えられるわけだが、それはまた『風に紅葉』における引歌状況 の特色の一端を担っているといえよう。 また、前述の三首と「かきくらし降る白雪の下消えに消えて物思ふ頃に もあるかな」の合わせて四首が近接して引歌として使用されている点に関 して、辛島Aは、 春 夏 秋 冬 の 恋 の 歌 を 順 に 引 く こ と に よ っ て、一 年 中 絶 え る こ と の な い 女 た ち の 大 将 へ の か な わ ぬ 恋 の 嘆 き を、季 節 の 景 物 に 寄 せ つ つ 表 現 し た。な お、そ の 典 拠 は す べ て『古 今 集』歌 で あ り、と く に は じ め の 三 首 は 連 続 し て お り、 『古今集』のテキストを横に置いて作文したのではないかとさえ疑わせる。 と述べており、首肯される見解である。 七 一品宮、姫君を出産 その頃ぞ、 一 いつ 品 ぽん 宮 のみや はいと平らかに女にてぞ生まれ給へる。御 産 うぶ 屋 や の儀式、 皇 み 子 こ たちに劣らず、さばかりの御仲らひどもにもてなし給はん、おろかな らんやは。 内 う ち 裏 よりの 御 * 産 うぶ 養 やしなひ 、御文の歌など、常のことに珍しからねば、 書 * き写すもうるさし。帝、后いつしかゆかしがりきこえ給へば、御 五 い か 十日 は 内 う ち 裏 にて聞こし召すべきが 、 * 五 さ 月 つき にて 忌 い めばとて、 七 * 月ついたちにぞ参 らせ給ふ。 母 * 宮も具しきこえ給ひて、しばしおはしませば、例の立ち去る 方なくて 候 さぶら ひ給ふ男君の御さま目安し。 【語釈】 * 産 養 ― 子 供 が 生 ま れ て、三 日 ・ 五 日 ・ 七 日 ・ 九 日 の 夜 に 行 わ れ る 祝 い。 * 書 き 写 す も う る さ し ― 省 筆 の 草 子 地。 * 五 月 に て 忌 め ば と て ― 祝 い 事 は 一 月 ・ 五 月 ・ 九 月 を 避 け る の が 当 時 の 風 習 だ っ た ら し い。 * 七 月 つ い たちにぞ参らせ給ふ ― 辛島Aは「五月を避けたのであれば、帝と后が孫の 顔を見たがっていることからして、すぐ六月に祝いがあってよさそうなと ころであるが、七夕に連続させるためにこう設定したものか。あるいは百 日(ももか)の祝いに変更したものか」という。 *母宮 ― 一品宮。 【訳文】 その頃に、一品宮は安産で女君をお産みになった。御産屋の儀式は、皇 子たちの時に劣らず、あれほどすばらしい間柄の御両親たちでお世話をな さるのだから、おろそかであるわけはない。内裏からの御産養や、御文の 歌などは、普通のことで珍しくはないので、書き写すのも面倒である。帝 や后は早く姫君に会いたいとお思い申し上げなさるので、御五十日は宮中 で催しなさるべきだが、五月は忌む月だということで、七月上旬に参内さ せなさる。母一品宮もお供申し上げなさって、しばらくの間御滞在なので、 いつものように一品宮のもとから立ち去るようなこともなくて御側にいら っしゃる男君の御様子は感じがよい。
【考察】 男 君 と 一 品 宮 と の 間 に 第 一 子 で あ る 姫 君 が 生 ま れ た わ け だ が、そ こ に 「御 産 屋 の 儀 式、皇 子 た ち に 劣 ら ず」と い う 記 事 が あ る。姫 君 に 対 す る 儀 式が皇子たちの時と同等であったと語られている点からすれば、将来姫君 が入内して、皇室に参入し、中宮の地位に就く可能性が大であると予想さ れよう。姫君の両親の出自は問題なくすばらしいが、さらなる格上げが姫 君には必要だったのではなかろうか。それが直前の引用文だったのだ。光 源 氏 が 三 歳 の 時 に 挙 行 さ れ た 袴 着 の 儀 式 は「一 の 宮 (私 云、光 源 氏 の 兄 で、 後 の 朱 雀 帝) の 奉 り し に 劣 ら ず」と あ っ て、第 二 皇 子 で あ る 光 源 氏 の 儀 式 が第一皇子と同等の規模で催されたと語られており、紆余曲折があったに もかかわらず、藤裏葉巻で准太上天皇の位が授けられたという点からも、 男女の違いがあるとはいえ、この姫君の将来は光源氏に準ずるものとして 考 え ら れ る の で は な い の か (中 宮 の 後、女 院 な い し 国 母 が 想 定 さ れ よ う) 。そ のためには光源氏のことが髣髴とするような語られ方が必要とされたので はないのか。だが、巻二後半において姫君の入内に関わる記事はないもの の、父男君が修行に邁進するために内大臣の職を返上するという後ろ盾を 欠いた状態での入内は、前途多難な状況が想像されるがゆえに、立場とし ては臣下でありながら、准太上天皇になった光源氏のことが基底に据えら れているといえよう。 八 乞巧奠、宮中での管絃の遊び 七月七日 、 * 乞 き 巧 かう 奠 でん のやう面白きに、七夕つめに貸さるる御琴をまづ調べ わたさるるに、帝、御笛吹き鳴らさせ給ひて、姫宮に 琴 きん の御 琴 こと 勧めきこえ させ給ふ。中宮、御琵琶。春宮渡らせ給へれば、御笛をば 奉 たてまつ らせ給ひて、 「 * 三 さき 枝 くさ 」な ど 唱 うた は せ 給 ふ 御 声 め で た し。大 将 の 君、 簀 すの 子 こ に 候 さぶら ひ 給 ふ 用 意、 有様、色濃き御 直 な ほ し 衣 に、 女 を み な へ し 郎花 の 生 す ず し 絹 、 紅 くれなゐ の 単 ひ と へ 衣 、 紫 し 苑 をん 色の 指 さし 貫 ぬき 、月の光 をまばゆげにもてなし給へる 景 * 気など、いかにせん、とゆゑよしをもてな し給はねど、そぞろに身にしみ返り、見る人苦しき御さまなり。 あ * づまを ぞ 賜 たまは り給ふ。 更 ふ けゆくままに、御 琴 こと の 音 ね ども空に澄み 昇 のぼ りて、面白しとも なのめなり。上、 ② 今 こ よ ひ 宵 逢ふ七夕つめの 睦 むつ 言 ごと に声うち添へよ 峰 * の松風 春宮、 ③雲居より声うち添ふる睦言に七夕つめも心ゆくらん 大将、 ④ 雲 * 居なる半ばの月に彦星もいとど心や澄みまさるらむ 【語釈】 * 乞 巧 奠 ― 陰 暦 七 月 七 日 の 夜 に 行 わ れ る 牽 牛 ・ 織 女 を 祭 る 儀 式。 * 三 枝 ― 「この殿は むべも むべも富みけり 三枝の あはれ 三枝の はれ 三 枝 の 三 つ ば 四 つ ば の 中 に 殿 づ く り せ り や 殿 づ く り せ り や」 (催 馬 楽 ・ 呂 ・ この殿) 。 *景気 ― 辛島Aは「仮名文において「景気」を「気色」 と 同 義 に 使 う の は、鎌 倉 時 代 以 降 の こ と」と い う。 * あ づ ま ― 東 琴、和 琴。 * 峰 の 松 風 ― 「琴 の 音 に 峰 の 松 風 通 ふ ら し い づ れ の 緒 よ り 調 べ そ め けん=琴の音に峰の松風の音が似ているように聞こえる。あの松風は、ど の 山 の 尾、す な わ ち、琴 の 緒 か ら、美 し い 音 を 奏 で て い る の だ ろ う か」 (拾 遺 集 ・ 雑 上 ・ 四 五 一 ・ 斎 宮 女 御) に 拠 る。 * ④「雲 居 な る」の 歌 ― 「半 ば の月」に半月と琵琶の部位の異称のそれとを掛ける。辛島Aは「三首並ん だ唱和の中で大将の歌のみが琵琶の音をとりあげているのは、琵琶の奏者
が中宮であることからすると、下文にかれが中宮に憧れていることが述べ られるので、そのあたりの伏線かとも見られる」という。 【訳文】 七月七日、乞巧奠の様子は心ひかれるが、男君が棚機女にお供えになる 御琴をはじめにお弾きになっていると、帝は御笛を吹き鳴らされて、一品 宮には琴の御琴をお勧め申し上げなさる。中宮には御琵琶。春宮がいらっ し ゃ っ た の で、御 笛 を 差 し 上 げ な さ っ て、 「三 枝」な ど を お 歌 い に な る 帝 の御声はすばらしい。大将の君は簀子にひかえていらっしゃるが、その心 づかいや様子は申し分なく、濃い色の御直衣に、女郎花の生絹、紅の単衣、 紫苑色の指貫姿で、月の光をまぶしそうにしていらっしゃる御様子などは、 どうしたらいいのかと困っていて、奥ゆかしく振る舞っていらっしゃるわ けではないけれども、何となく身にしみる感じで、見ている人が切なくな るような男君の御様子である。帝が男君に東琴をお与えになる。夜が更け ていくのにつれて、御琴の音などが空に澄み昇って、趣深いというような 言葉では言い表すことができない。帝は、 ② 今宵、彦星と出逢う織女の睦言に美しい音色を添えよ、峰の松風よ。 春宮は、 ③ 彦星との睦言に宮中から楽の音を添えるので、織女も満足することで しょう。 大将は、 ④ 大空にある半月、すなわち、宮中の琵琶の音色に、彦星もますます心 が澄みまさるのでしょうか。 九 宣耀殿女御、懐妊 六 みな 月 づき の頃より、また 宣 せん 耀 えう 殿 でん 、 珍 * しきさまの御心地なり。八月、 三 み 月 つき にて 出でさせ給ふを、春宮はいかにして耐へ忍ぶべしとも思されず。御 消 せうそこ 息 の ひまなく、かひがひしき御仲らひを、父 大 お と ど 臣 などもおろかに思されんやは。 【語釈】 *珍しきさま─懐妊。 【訳文】 六月の頃から、また宣耀殿女御は、懐妊の御様子である。八月に妊娠三 か月で退出なさるのを、春宮はどのようにしたら寂しさを我慢することが できるのかをお考えになることができない。宣耀殿への御手紙は途切れる ことがなく、睦まじい二人の御仲を、宣耀殿の父関白などもいい加減にお 思いになろうはずはない。 一〇 男主人公に対する太政大臣の梅見の宴への招待と北の方との関係 年 * も返りぬ。 二 きさらぎ 月 の空うららかなる頃 、 * 太 お ほ き 政 大 お と ど 臣 の御前の紅梅盛りなる を、大将の御もとへ、えならぬ枝を折りて、 ⑤ 「我 * が宿の 籬 まがき の中の 梅 むめ の花色も匂ひも誰か分くべき ただ今の夕べの空は、げに あ * やなく人の、とおぼえはべるをば、 情 なさ け捨て ず立ち寄らせ給へ」とあるを、 例 * の常はまとはし給ふらん、とをかしくて、 大 お 臣 とど に聞こえ給ひて、渡り給はんとす。 ⑥思ひ分く心の色は知らねども よ * そに休まん 梅 むめ の立ち 枝 え を *
暮れかかるほどにおはしたれば、ただ今の花の軒近き妻戸の内へ入れき こえ給ふ。女房二、三人居たる奥の方に、紫の匂ひあまたに、 紅 くれなゐ の 単 ひ と へ 衣 、 裏山吹の 小 こう 袿 ちき 着たる人の、二十六、七にやと見ゆるが、 艶 えん に 優 いう なるもてな しなるぞ、 側 そば みて居たる 傍 かたは らに、紅梅上なる 梅 むめ 襲 がさね の 衣 きぬ どもに、 萌 もよ 黄 ぎ の小袿 着て、いと小さき人の、何心なくうちあふ 退 の きたる顔つき、見まほしく 愛 あい 敬 ぎやう づきたるぞ、やがてこの腹の姫君にや、とおぼゆる。 思 * ひもあへぬ心地 し て、 畏 かしこ ま り た る さ ま に て、端 つ 方 に 居 給 へ ば、 大 お と ど 臣 、「 翁 * 、 * 無 む 下 げ に 近 付 きたる心地しはべるに、 こ * の人のむつかしき ほ * だしにおぼえはべる。 も * の めかさばこそ世の聞こえも 便 びん なうはべらめ、た だ * 候 さぶら ふ人の 列 つら にて 育 はぐく ませ給 ひ な ん や」と 聞 こ え 給 へ ば、 「思 ひ も 寄 り は べ ら ざ り つ る 仰 おぼ せ、畏 ま り 入 りて」とて、うち見やりきこえ給へる匂ひ、有様に、魂もやがて消え 惑 まど ふ ばかり、 現 うつ し心もなくぞ 上 * はおぼえ給ふ。 しばしありて、童のをかしげなる、紅梅の 袙 あこめ に、 葡 え び 萄 染めの 表 うへ の袴、柳 の 汗 か ざ み 衫 着 た る 二 人 、 * 沈 ぢん の 折 を し き 敷 に 、 * 瑠 る 璃 り の 盃 さかづき 据 す ゑ て、 銚 て う し 子 持 ち た り。今 一 人 は、箱 の 蓋 ふた に 紅 くれなゐ の 薄 様 敷 き て、 こ * ゆ る ぎ の い そ が は し き 肴 さかな 持 た り。 「 * 御 賄 まかな ひを宮仕ひ初めにも、それや」と、 大 お と ど 臣 の上に聞こえ給へば、居ざり寄 り て、銚 子 取 り て 奉 たてまつ り 給 へ ば、大 将 居 直 り て、 色 * 許 ゆ り て 見 ゆ る 女 房 を、 「こちや。いかが、 さ * ることは」とのたまへど、なほ 押 * さへて奉り給ふを、 「さ ら ば、ま た」と て 受 け 給 ふ ほ ど の 御 気 け し き 色 、た だ 死 ぬ ば か り ぞ お ぼ え 給 ふ。 大 お と ど 臣 の 盃 さかづき 取 り 給 ふ 折、 う * ち 置 き 給 へ ば、大 納 言 の 君 と 呼 ば る る ぞ 奉 る。 大 お と ど 臣 は 例 の 我 し も と く 酔 ひ 給 ふ 癖 に て、 「 * 無 む 下 げ に 無 む 礼 らい に は べ り」と て 入り給ひぬれば、女の御 気 け し き 色 近くてはいとど 愛 あい 敬 ぎやう づき、をかしげにおはす るに、酔ひ少し進みぬる ま * め人の御心もいかがありけん 。 * 夕 ゆ 月 ふづ 夜 くよ の影はな やかに差し入りて、 梅 むめ の匂ひもかごとがましきに、姫君の御 新 にひ 枕 まくら にはあら で、 あ * やしの乱りがはしさや。あさはかにとりあへざりける御 契 ちぎ りかな。 す * べ て こ の 物 語 の 癖 ぞ か し。 「作 り け る 人 の 心 の 際 きは も 推 お し 量 はか ら れ て、も の しうおぼえはべるや」と、 書 * き写す人の言ひける。 ただ 行 ゆ きずりにだに 鎮 しづ めもあへず、けしからぬならひの 御 * 人 ひと 様 ざま をまして 推し量るべし。 男 * も、まだ知らずをかしう思されて、浅からざりける契り のほどを語らひ給ふにも 、 * 左 さ 衛 ゑも 門 んの 督 かみ をよそならず聞きしことを思し出でら れて、 ⑦ 「よ * そにのみ聞きこしものを松山の波越す末を我や 恨 うら みむ ことわりなくや」と聞こえ給ふに、 い * とど心 憂 う く、 言 こと の葉なくおぼえ給ふ。 ⑧今よりは 君 * をのみこそ松山に心を分けて波や越ゆべき 御心とまらずしもなく、ならはずをかしうおぼえ給へど、人目もむつかし うて、 暁 * も待たずぞ起き別れ給ひぬる。 【語釈】 *年も返りぬ ― 男君、十六歳。 *太政大臣 ― 男君の父親の兄で、伯父。 *⑤ 「我が宿の」の歌 ― 辛島Aは参考歌として、 「梅の花を折りて、人に贈 りける/君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る=あなた 以外の誰に見せたらいいのか、この梅の花を。その美しさも香りもわかる 人、そ れ は あ な た だ」 (古 今 集 ・ 春 上 ・ 三 八 ・ 紀 友 則) を あ げ る が、そ の ほ かに「月の面白かりける夜、花を見て/あたら夜の月と花とを同じくはあ はれ知るらん人に見せばや=そのままにしておくのは惜しいほどすばらし いこの夜の月と花とを、同じことならば、私よりもっと趣を解するような 人 に 見 せ た い も の だ」 (後 撰 集 ・ 春 下 ・ 一 〇 三 ・ 源 信 さね 明 あきら ) も 考 慮 に 入 れ る べ き ではなかろうか。というのは、信明歌は友則歌のように「梅の花」ではな
く「花」 (桜) と あ る 点 か ら 問 題 は あ る も の の、後 に「夕 月 夜 の 影 は な や か に 差 し 入 り て」 と あ る 点 か ら す れ ば、 「月 の 面 白 か り け る 夜」 と い う 詞 書 とほぼ一致するので 「あたら夜の」 という歌も 「君ならで」 の歌と同様に、 影 響 歌 と し て 考 え る べ き だ か ら だ。 * あ や な く 人 の ― 「梅 の 花 匂 ふ あ た りの夕暮はあやなく人にあやまたれつつ=梅の花の香りがするあたりの夕 暮時は、訪ねて来る人が袖にたきしめた香りに、わけもなく間違えてしま う こ と だ」 (後 拾 遺 集 ・ 春 上 ・ 五 一 ・ 大 中 臣 能 宣) に 拠 る。 * 例 の 常 は ま と はし給ふらん ― 後にその理由が語られているが、太政大臣は自分が年を取 っ た た め、 北 の 方 と の 間 に 生 ま れ た 姫 君 (以 下、 小 姫 君 と 称 す る) が ほ だ し と なるので、男君の愛人もしくは侍女でも構わないので世話をしてほしいと 依頼している点から、小姫君に関する件を男君に直接頼みたいがゆえに、 梅の花盛りを口実に何度も誘っているのであろう。 *大臣 ― 太政大臣。 *よそに休まん ― 辛島Aと全集は 「よそにやすぎん」 とする。 *思ひもあ へ ぬ 心 地 し て ― 辛 島 A は 「太 政 大 臣 の 北 の 方 と 姫 君 (私 云、小 姫 君 の こ と) が、隔 て も な く、丸 見 え な の で」と い う。 * 翁 ― 太 政 大 臣 が 自 身 の こ と をいう。 *無下に近付きたる心地しはべるに ― 死期にすっかり近付く。 * こ の 人 ― 小 姫 君。 * ほ だ し ― 直 後 に 男 君 に 小 姫 君 の 世 話 を 依 頼 す る 太 政大臣の発言がある点からすれば、男君の同情を引くために少々オーヴァ ー な 物 言 い を し た か。 * も の め か さ ば ― 小 姫 君 を 一 人 前 に 扱 っ て、婿 取 り を す る こ と。 * 候 ふ 人 の 列 に て 育 ま せ 給 ひ な ん や ― 男 君 の 愛 人 も し く は、男君付きの侍女のような存在として世話をして下さらないか。辛島A は「婉曲な結婚依頼である」という。 *上 ― 北の方。 *沈の折敷 ―「沈」 は 熱 帯 地 方 で 産 し た 喬 木 (高 い 木) で、 木 質 が 重 く、 水 に 沈 む。 「折 敷」 は 食 器 を の せ る の に 用 い る 盆。 * 瑠 璃 ― 七 宝 の 一 つ で、青 色 の 宝 石。も し く は、ガ ラ ス の 古 称。 * こ ゆ る ぎ の い そ が は し き ― 「玉 垂 れ の 小 瓶 を 中 に据ゑて 主はも や 魚 求 ま きに 魚取りに こゆるぎの 磯の若布 刈 り 上 げ に」 (風 俗 歌 ・ 玉 垂 れ) 。「こ ゆ る ぎ」は 相 模 国 の 歌 枕。 「こ ゆ る ぎ の い そ (磯) 」と「い そ (急) が は し き」と が 掛 け ら れ て い る。辛 島 A は「急 い で 用 意 し た 酒 肴、と い う よ う な こ と か」と い う。 * 御 賄 ひ を 宮 仕 ひ 初 めにも、それや ― 太政大臣が北の方に男君に酒をつぐように言っているの は、 「先 に「さ ぶ ら ふ 人 の 列 に て」と 言 っ て い た の を 承 け て、姫 君 の 宮 仕 え の 手 は じ め と し て、 母 親 (私 云、 北 の 方) に 手 本 を 示 す よ う に 言 っ た も の」 (辛 島 A) と す る 見 解 も あ る が、 「宮 仕 ひ 初 め」と い う 発 言 に は「お 近 づ き の し る し」と い っ た 程 度 の 意 味 が 含 ま れ て い る の で は な か ろ う か。 * 色 許りて見ゆる女房 ― 一般には禁止されている色彩 ・ 紋様のある衣服 (禁色) の 着 用 が 許 さ れ て い る 女 房 で、上 﨟 女 房。 * さ る こ と は ― 北 の 方 が お 酌 を す る こ と は 恐 れ 多 い。 * 押 さ へ て ― 北 の 方 が 男 君 に 酒 を つ ご う と す る 女 房 を 制 止 し て。 * う ち 置 き 給 へ ば ― 北 の 方 は 夫 の 太 政 大 臣 に 酒 を つ ご うとはせずに、銚子を下に置いたままにしている。辛島Aは「下心のある 北の方は、大将へのサーヴィスにこれ務め、夫のことなど眼中にない」と いう。 *無下に無礼にはべり ― 辛島Aは「 『源氏物語』藤裏葉に、 「大臣、 『朝 臣 や、御 休 み 所 も と め よ。翁 い た う 酔 ひ す す み て 無 礼 な れ ば、ま か り 入りぬ』と言ひ捨てて入りたまひぬ」とある条の投影があろう」と指摘す る。 *まめ人 ― 男君のこと。 「まめ人」とはまじめな人、もしくは実直な 人 の 意 味 で あ る が、辛 島 A は「か ら か い 口 調」で 語 ら れ て い る と い う。 *夕月夜の影はなやかに差し入りて、梅の匂ひもかごとがましきに ― 外は 月の光が明かるすぎるし、梅の花の匂いが強いので、それらを避けるため に室内に入るという説明を施して、やがて男君と北の方との間で繰り広げ