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東北大学埋蔵文化財調査室年次報告2011

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(1)

東北大学埋蔵文化財調査室年次報告2011

著者

東北大学埋蔵文化財調査室

雑誌名

東北大学埋蔵文化財調査室年次報告

2013

発行年

2013-03-29

URL

http://hdl.handle.net/10097/63077

(2)

ISSN 2185-5196

東北大学埋蔵文化財調査室

年次報告

2011

(3)

東北大学埋蔵文化財調査室

(4)

東北大学埋蔵文化財調査 室

年次報告

2011

I.巻

頭言 ………1 Ⅱ

,東

北大学埋蔵文化財調査室の概要 ………2

1.東

北大学構 内の遺跡 と埋蔵文化財調査 ………2

2.埋

蔵文化財調査室の組織 と施設 ………5

3.運

営委員会・調査部会 ……… 6 Ⅲ

.2011年

度 (平成23年度

)事

業の概要 ………7

1.埋

蔵文化財調査 の概要 ………7 (1)川内北地区の調査 ………8 (2)川内南地区の調査 ………13

(3)青

葉 山北地区の調査 ………15

(4)富

沢地区の調査 ………15

2.遺

物整理作業 ………19

3.年

次報告・調査報告の刊行 ………20

4.保

存処理事業 ………21

5.資

料保管状況 ………21

6.研

究活動 ………21

(1)受

託研究・共同研究 。研究協力等 ………21

(2)学

会発表等 ………23

(3)科

学研究費採択状況 ………23

7.教

育普及活動 ………23

(1)非

常勤講師 ………23

(2)授

業 な ど教育活動へ の協力 ………23

(3)保

管資料の貸出………23

(4)外

部か らの派遣依頼等 ………23

(5)広

報活動 ………24

8.東

日本大震災 による被災文化財の救援活動 ………26 《引用・参考文献》 Ⅳ

.資

1.国

立大学法人東北大学埋蔵文化財調査室規程 ………30

2.東

北大学埋蔵文化財調査室運営委員会委員名簿 (2011年度)・ ………32

3.東

北大学埋蔵文化財調査室運営委員会調査部会委員名簿 (2011年度)・………32

4.東

北大学埋蔵文化財調査室刊行報告書一覧………33

(5)

I.巻

頭言

『東北大学埋蔵文化財調査室年次報告2011』 を刊行いた します。 東北大学埋蔵文化財調査室 は、施設整備 などに先立つ、構 内遺跡の記録保存のための調査 と、それに関連す る 業務 を担当す る、東北大学の特定事業組織です。埋蔵文化財調査室では、『東北大学埋蔵文化財調査室調査報告』 と『東北大学埋蔵文化財調査室年次報告』 とい う、二種類の報告書 を刊行 しています。 施設整備 な どに伴 う記録保存 のための本調査 については、その発掘調査報告書 を、F東北大学埋蔵文化財調査 室調査報告』 とい うシリーズ名で、各調査 ごと刊行 してい ます。『東北大学埋蔵文化財調査室年次報告』 は、埋 蔵文化財調査室の事業概要 を迅速 に報告す る とい う目的のために、毎年度 ごとに報告 してい ます。 本年次報告では、埋蔵文化財調査室が2011年 度 に実施 した埋蔵文化財調査の概要、お よび調査室が実施 したそ の他の事業 について概要 をとりまとめて報告いた します。2011年度は、前年度末の 3月11日 に発生 した東 日本大 震災 により、通常 とは大 きく異 なる業務 に忙殺 される一年間 とな りました。 2011年 度に予定 していた地下鉄東西線ナII内駅前整備 に伴 う調査 は、震災の影響で開始時期が大 きく遅れること とな りましたが、9月には開始す ることがで きました。その一方で、震災 に伴 う仮設校舎や応急学生寄宿舎 の建 築 な ど、緊急の復 旧工事 に対応す ることが必要 とな りました。 さらに埋蔵文化財調査室では、文化庁が呼びかけ て結成 された東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会か らの協力依頼 に応 えて、被災文化財 レスキュー活 動 に全面的に協力 し、宮城県内の各地で進め られた レスキュー事業 に参加す ることとな りました。被災地 に所在 す る大学の機関 として、専 門的知識 を活か し、地域の歴史・文化 を守 り継承 して、復興へつ なげてい くために、 今後 も協力 してい きたい と考 えてお ります。 これ ら事業の実施 にあたっては、経験 のないことも多い中、学内外 の関係機 関や関係者の多大 なご協力 を得 て、 滞 りな く事業 を進めることがで きました。 ここに厚 くお礼 申しあげるとともに、今後 もご支援 とご協力 をお願い いた します。 埋蔵文化財調査室長 阿 子 島 香

(6)

Ⅱ。東北大学埋蔵文化財調査室の概要

1.東

北 大 学 構 内 の 遺 跡 と埋 蔵 文 化 財 調 査 東北大学には、各キャンパスに加え多 くの研究施設があ り、これ らの構内には多 くの埋蔵文化財が存在する(表 1、 図1)。 特に川内地区は、ほぼ全域が仙台城跡の二の丸地区と武家屋敷地区にあたっている (図2)。 現在の 日本では、これらの遺跡 (埋蔵文化財包蔵地

)に

おいて掘削を伴 う工事 を行 う場合、文化財保護法によ り届出が義務づけられている。工事の掘削で遺跡が壊 される場合には、計画の中止や変更により遺跡を現状で保 存することが、文化財保護の観点では最善である。 しか し現実には、現状保存は難 しい場合が多い。そのため、 発掘調査を行い記録を作成することで、次善の策 とする記録保存 という方法が取 られている。記録保存のための 発掘調査は、経費を原因者が魚担 した上で、地方公共団体が実施するのが基本である。 構内に遺跡が存在する大学では、施設整備事業などの工事に先立つ記録保存のための調査を実施する組織 とし て、大学内部に埋蔵文化財調査 を担当する組織 を設けることが進められてきた。考古学や関連する学問分野の専 門研究者が大学内部に所属 している場合には、学術的に充分な検討がなされるという社会的信頼に基づ き、大学 独 自の埋蔵文化財調査組織が設けられ運営 されている。学内に調査組織 を設けていると、結果的に迅速な調査 と 施設整備事業の円滑な推進が図られるという側面 もある。 東北大学においても、同様の理由か ら、1983年度に東北大学埋蔵文化財調査委員会が設置された。 これ以降、 東北大学構内での施設整備等に伴 う埋蔵文化財調査については、調査委員会の実務機関である埋蔵文化財調査室 が実施 してきた。1994年度には、調査委員会を改組 し、学内共同利用施設 としての埋蔵文化財調査研究センター が設置された。2006年度には、特定事業組織 としての埋蔵文化財調査室へ改組され、事業を引 き継いでいる。 表

1

東北大学構 内の遺跡 団地 名 所在 地 住所 遺 跡 名 県遺跡番号 時 代 備 考 川内1 仙台市青葉区 ,II内27-1・411也 仙台城跡 01033 近 世 二の丸地区 。二の九北方式家屋敷地区・御裏 林地区 仙台市青葉区 川内122 川内古碑群 01386 鎌 倉 弘安10年 (1287)・正安4年 (1302)他 仙台市青葉区 川内41 川内B遺跡 01565 縄文・近世 青葉山 2 仙台市青葉区 荒巻字青葉63 青葉山B遺跡 01373 文 代 縄 古・弥生 仙台市青葉区 荒巻字青葉63 青葉山E遺跡 01443 縄文・弥生 古代 青葉山 3 仙台市青葉区 荒巻字青葉4681 青葉山C遺跡 01442 旧石 器 富 沢 仙台市大白区 三神峯―丁 目101 芦ノロ遺跡 01315 縄文・弥生 古墳・古代 川 渡 大崎市鳴子温泉 大口字蓬田 上 川原 遺跡 36006 縄 文 大崎市Re子温泉 大口字町 丸森遺跡 36038 縄 文 大崎市鳴子温泉 大口字町 東北大農場2 3号畑遺跡 36098 縄 文 大崎市鳴子温泉 大口字町西 町西遺 跡 36106 弥 生 小 乗 浜 牡鹿郡女川町 小乗浜 小乗浜B遺跡 73021 縄 文 宿舎裏の山林部分

(7)

Wttiyagi Pre

0

Sendai Castle (TOhOku univ.)

1 :Ruin Of Sendai Castle

2 :Ka都/auchi steles

3 :Kattrauchi A Site

4:Kawauchi B Site

5 :Sakuragaoka kouen Site

6 :Aobayama B Site 7:Aobayama E Site 8 :Aobayama C Site 9 :Aobayama A Site 10:Aobayama D Site ll:AshinOkuchi Site みや 言ヨ薗 ヽ 刀 ■ 十

1:仙

台城跡

2:川

内古碑群

3:川

内A遺跡

4:川

内B遺跡

5:桜

ヶ岡公園遺跡

6:青

葉 山B遺跡

7:青

葉 山E遺跡

8:青

葉 山C遺跡

9:青

葉 山A遺跡

10:青

葉 山D遺跡

11:芦

ノロ遺跡

12:片

平仙台大神宮の板碑

13:郷

六大 日如来の碑 14:葛岡城跡

15:郷

六城跡

16:郷

六建武碑

17:沼

田遺跡

18:郷

六御殿跡

19:郷

六遺跡

20:松

ケ岡遺跡 21:向山高裏遺跡

22:萩

ヶ丘遺跡

23:茂

ヶ崎城跡

24:ニ

ツ沢横 穴墓群

25:萩

ケ岡B遺跡

26:人

木 山緑町遺跡 27:ニツ沢遺跡

28:青

山二丁 目遺跡

29:青

山二丁 目B遺跡

30:杉

土手 (鹿除土手

)31:砂

押屋敷遺跡

32:砂

押古墳 33:富沢遺跡

34:泉

崎浦遺跡

35:金

洗沢古墳

36:土

手内窯跡

37:土

手内遺跡

38:土

手内横穴墓群

39:三

神峯遺跡 40:金山窯跡

41:三

神峯古墳群

42:富

沢窯跡

43:裏

町東遺跡

44:裏

町古墳

45:原

東遺跡

46:原

遺跡

47:八

幡遺跡 48:後田遺跡

491町

遺跡

50:神

漉 山遺跡

51:御

堂平遺跡

52:上

野 山遺跡

53:北

前遺跡

54:佐

保 山東遣跡 図

1

東北大学 と周辺 の遺跡

(8)

報齢

一 ・ 醐 ︹

雑。

51・ Eと■ユ

翻冦 電

│1孟

I

2

仙 台城 と二 の丸 の位 置

(9)

2.埋

蔵 文 化 財 調 査 室 の 組 織 と施 設 埋蔵文化財調査室の職員は、併任 の調査室長1名、文化財調査員

3名

(う ち特任准教授1名、専 門職員

2名

)、 事務補佐員1名 (時間雇用職貝)、 お よび整理作業 を担 当す る作業員 (時間雇用職貝

)か

らなっている。2011年 度の埋蔵文化財調査室の職貝 は、表

2の

通 りである。 これ以外 に、発掘調査 を実施 している期 間は、発掘調査 に 従事す る作業員 (時間雇用職員

)を

雇用 している。 埋蔵文化財調査室 を運営す るにあたって必要 な経費は、埋蔵文化財調査室運営費 として措置 されている。内訳 は、事務補佐員1名の人件費 と、光熱水料、 自動車維持費、消耗品費な どである。 発掘調査 については、事業費の中に組み込 まれる形で、事業 ごとに予算化 されている。 調査終了後の整理作業 と報告書印刷刊行費 については、全学的基盤経費 によって措置 されている。整理作業 に 携 わる作業員の賃金 も、 ここか ら支弁 されている。 埋蔵文化財調査室の主要 な業務 は、調査委員会の設置以降、片平地区の生命科学研究科

3階

の一画 を使用 して 行 なって きた。2008年 度 に、生命科学研究科の建物の改修工事が実施 されることとな り、埋蔵文化財調査室が置 かれている区域 は、 コンクリー トの強度の問題 な どか ら取 り壊 されることとなった。施設部な どが入 っている本 部別館

3(呼

称整理 によ り現在 は本部棟

4)の

1階

で、法科大学院が使用 しているスペースがいずれ空 く見込み であることか ら、最終的にはそち らに移転す ることとし、当面 は埋蔵文化財調査室の保管倉庫の

1階

を改修 して 使用す ることとなった。2010年度に本部椋

4の 1階

が空いたため、若干の改修工事 を行 った上で、2011年2月21 日か ら24日 にかけて引越作業 を実施 し、 これ以降はここで業務 を行 っている。 本部棟

4に

移転 した後の部屋面積 は191.5∬で、 これに廊下 を仕切 って収蔵庫 としている部分20.5だが加 わる。 室長室兼事務室、調査員室、作業室、予備室、収蔵庫か らなっている。収蔵庫 は、出土遺物の中で も、報告書 に 図示 され、借用や調査依頼の多い資料 についてはこち らで保管 している。それ以外の遺物 については、保存処理 作業棟南側 に置かれている収蔵庫 において保管 している。作業室 は、実測や トレースな どの作業 をは じめ とす る 整理作業 を行 う部屋 で、報告書 な どの文献 を保管 している書架 も置いている。予備室は、将来的には、展示 ケー スなどを整備 し、構 内遺跡の発掘調査成果 を展示 し紹介す るコーナー とす る予定である。 これ以外 に、保存処理の作業 は、2001年 度に生命科学研究科の南側 に設置 された作業棟 (プレハ ブ平屋建・79 だ

)を

利用 している。 また、 ガ レージの一部の34だを使用 してお り、調査室用 の公用 自動車 を保管 している他、 保存処理用の大型水槽 を設置 している。発掘調査で使用する機材の一部 も、ここで保管 している。2003年度 には、 出土遺物の収蔵庫 として朱管倉庫 (プレハ ブ

2階

建 。202∬

)が

作業棟 の南側 に設置 され、専用の保管場所が確 保 された。 以上の片平構 内の施設以外 には、川内南地区に、発掘調査用の資材倉庫 (プレハブ平屋建・58∬

)が

ある。 表

2 2011年

度埋蔵文化財調査室職 員 職 名 氏 名 等 備 考 調査 室 長 文学研究科教授 阿子島 香 併 任 文化財調査員 特任准教授 藤沢

敦 専門職員 柴田 恵子 専門職員 菅野 智則 事務補佐員 時間雇用職員 内 海 幸 一 埋蔵文化財調査室運営費を財源 とした職員 整理作業員 時 間雇用 職 員 5名 (通年3名・半年間2名) 全学的基盤経費を財源 とした職員

(10)

2011年3月11日に発生 した東 日本大震災は、東北大学 にも多大 な被害 をもた らし、埋蔵文化財調査室で も被害 が生 じたが、全般 に被害程度 は軽微で、早期 に復旧す ることがで きた。家具類 の転倒防止措置や、棚への転落防 止ベル ト (タナガー ド

)の

設置が、被害の軽減 に極めて効果的であった。 ただ し川内南地区の資材倉庫 は、老朽化 していたこともあ り、震災 によ り建物の一部がゆがみ、床パ ネルが2 枚 はずれて落ちるな どの被害が出た。 この資材倉庫 は、1984年度 に現場事務所 として使用 を開始 し、翌1985年度 に現在位置へ移転 した ものである。 これ までに

2回

、改修工事 を行い、資材倉庫 として使用 を続 けて きたが、近 年 は老朽化が著 しくなっていた。震災で受けた被害 によって、ただちに使用が不可能 となる状態ではなかったが、 老朽化が激 しいため改修 を行 って継続 して使用す ることは難 しい と判断 された。いずれ撤去す ることを前提 とし て、地下鉄東西線川内駅前広場整備 に伴 う、仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第14地点

(BK14)の

調査 を 9月 に開始する際に、倉庫内の機材 を全て搬出 した。調査 において使用する機材 は現場事務所へ運搬 し、使用 しない 機材 は片平地区へ移動 した。

3.運

営 委 員 会 ・ 調 査 部 会 東北大学埋蔵文化財調査室では、運営 に関す る重要事項 を審議す る運営委員会 と、運営委員会の下 に埋蔵文化 財調査 に関す る専 門的事項 を審議す る調査部会が設置 されてお り、委員会・部会の審議 をもとに運営が進め られ ている。通常 は、運営委員会 は年度当初 に一回開催 し、年間の事業予定 。予算等 などの基本的事項 を審議 してい る。調査 に関わる具体的かつ専 門的な事項 は、必要 に応 じて調査部会 を開催 して審議す ることとしている。 2011年 度 (平成23年度

)は

、運営委員会 は1回開催 した。運営委員会の開催月 日と議事 内容 は、以下の通 りで ある。例年開催 している年度当初の運営委員会 は、通常 は4月 ない し5月 に開催 している。2011年 度 は、 3月

H

日に発生 した東 日本大震災の被害への対応 などで、調査室の事務 を担当 している施設部が極めて多忙 とな り、委 員会の開催準備が困難 な状況が続いたため、やむを得ず7月 に延期 した ものである。当年度の運営委員会か ら、 審議事項 と報告事項の区分 と内容 を整理 し、前年度結果 と当年度計画 を合 わせて審議す るように変更 した。 なお、 2011年度 は、調査部会 は開催 されなかった。 埋蔵文化財調査室運営委員会 7月19日 審議事項

(1)平

成22年度埋蔵文化財調査結果及び平成23年度の埋蔵文化財調査計画について

(2)平

成22年度調査室運営費決算及び平成23年度調査室運営費予算 について

(3)平

成22年度の整理作業結果及び平成23年 度の整理作業計画について

(4)そ

の他 報告事項

(1)調

査室の本部別館

3(施

設部棟

)へ

の移転 について

(2)東

日本大震災の被害状況 と対応等 について

(3)川

内萩ホール展示スペース常設展示 について

(4)調

査室ホームページの開設 について

(5)そ

の他

(11)

.2011年

(平

23年

)事

業の概要

1.埋

蔵 文 化 財 調 査 の 概 要 2011年度は、本調査

1件

、確認調査

l作

、立会調査12件を実施 した。 また、東 日本大震災 に関わる、復 旧工事 に関 して、学内措置 としての立会調査 を

6件

実施 した (表3)。 通常の立会調査 は、2009年 度途中か ら、東北大学埋蔵文化財調査室が実施する形 となっている。周知の埋蔵文 化財包蔵地での土木工事等のための発掘届 出に対 して、仙台市教育委員会 よ り出される工事立会 を通知す る文書 において、「立会 については、事前 に工事 日程 を提 出の上、東北大学埋蔵文化財調査室が行 い、工事終了後の写 真提 出をもって、その実施 に代 える」 旨の指示がなされることとなった。 これ以降、通知の指示 に沿 って、工事 日程 を事前 に提 出 した上で、当調査室が工事実施時の立会調査 を行 うこととなった。 3月11日 に発生 した東 日本大震災 に関 しては、 3月25日付 けの文化庁次長通知「平成23年 度東北地方太平洋沖 地震 に伴 う復 旧工事 に関す る文化財保護法の規定の適用 について」 によって、道路や ライフライ ンの復 旧工事、 被災建物 な どの撤去工事、緊急 を要す る復旧工事ついては、文化財保護法第93条及び第96条の規定による届 出は 要 しない とされた。 この文化庁次長通知 による取 り扱いについては、4月11日付 けで、仙台市教育局生涯学習部 文化財課長か ら通知がなされた。東北大学では、損壊 した建物の撤去工事 に伴 う支障物の撤去、仮設校舎整備事 業、住居が被災 した学生のための応急学生寄宿舎整備事業が、 この通知 に該当す る工事であった。 これ らについ ては、文化財保護法第93条の規定 による届 出を要 しない こととな り、文化財保護法 に基づ く立会調査 な どは実施 されない こととなったが、念のため学内措置 としての立会調査 を行 うこととした。 この震災復 旧工事 に伴 う学内 措置 としての立会調査 は、川内北地区 と青葉 山北地区において、

6件

実施 した

(2011-A∼

F)。 表

3 2011年

度調査概要表 調査の種類 地 区 調査地点 (略号) 原 因 調査期間

時 期 本調査 川内Jヒ マルチメデイア総合所究棟西側 (BK14) 川内駅前広場整備工事 9/1-3/31 (翌年度継続) 401 近 世 確認調査 富 沢 富沢宿舎独身宿舎南側 (2011-13) 宿舎新築計画に伴 う試掘調査 3/5'7・ 8 13・21 22 立会調査 川内南 図書館北東側 (20■‐1) 5号井戸改修工事 4/8,11 川内南 植物園研究棟前庭南西側 (2011-2) 植物園本沢水門土留柵崩壊復旧工事 5/23 川内南 植物園標本室南西側 (20■-3) 植物園法面崩壊復旧工事 5/26 川内南 図書館北西側 (20114) 光ケーブル架空敷設用銅管柱設置工事 富 沢 職員宿舎東側 (2011も) 宿舎遊具取設工事 川 内南 植物園前庭南東側 (20■‐6) 植物園前庭南側給水管漏水復旧工事 青葉山 サイクロ トロン実験棟東側 (2011‐7) サイクロ トロンRIIn暖房設備改修工事 川内北 ハ ン ドボールコー ト東側 (20±1-8) 多 目的コー ト排水管改修工事 11/10 富 沢 野球場北東隅 (2011つ) 硬式野球部部室設置工事 川内北 保育園南東側 (2011-10) けや き保育園園庭照明灯取付工事 1/16・ 17 川内南 中講義棟東側 (2011-■) 文科系中講義棟汚水管改修工事 2/15 川内南 植物園標本室南側 (20■-12) 植物園標本室屋外給排水管改修工事 2/22 震災復旧工 事 に伴 う立 会調査 (学内措置) 川内北 合同枡究棟南東側 (201l A) 合同研究標災暮復 旧工事 に休わる更障樹木移植 4/20 川内北 テエス コー ト西 側 (20113) 応急学生寄宿舎整備事業 6/1、 7/1・ 4 川内封ヒ 国際交流セ ンター南側駐車場 (2011‐C) 仮設校舎整備事業 6/14、 7/14・ 15 川内北 合同研究棟南西側 (2011つ) 仮設校舎整備事業 青葉山 地学棟西側駐車場 (2011‐E) 仮設校舎整備事業 6/15、12/9 9/6・ 8、 川内北 テニスコー ト東側駐車場 (20■‐F) 仮設校舎整備事業 7/12、 8/2-4

(12)

(1)川

内北地区の調査 川内北地区では、本調査

1件

、立会調査

2件

を実施 した。東 日本大震災 に関わる復 旧工事での立会調査 は

5件

実施 した (図3)。 ・仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第14地点 (BK14・ 地下鉄東西線川内駅前整備 に伴 う調査) 仙台市高速鉄道 (地下鉄

)東

西線の川内駅 (仮称

)の

、駅前広場 を整備す る工事 に伴 う調査である。地下鉄東 西線 は、川内北キャンパスの北端 に沿 って路線が計画 されてお り、2015年 度の開業 を目指 して建設工事が進め ら れている。 この地下鉄東西線では、川内駅がマルチメデ イア総合研究棟 の西側 に予定 されてお り、東北大学では、 この川内駅の出入 り口 として駅前広場の整備 を行 うこととなった。 この場所は、マルチメディア総合研究棟の途 中に大 きな段差があ り、東側の低 い部分の高 さに合 わせ る形で、研究棟西側 と南側の一段 高い部分が削平 される こととなった。マルチメディア総合研究棟 の新営 に伴 う調査 (仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

7地

点・

BK

7)で

は、段差の低 い部分 においては江戸時代の遺構面は既 に削平 されているが、段差の上側では江戸時代の遺 構面が録存 されていることが明 らか となっている (年報19)。 そのため、工事で削平 される高い部分 を事前調査 の対象 とした。 当初 は、2011年 度の早い時期 に調査 を開始す る予定で、前年度か ら準備 を進めていた。 しか し、東 日本大震災 による学内施設の被害に関 して、施設部 をは じめ関係部局が対応 に追われていたため、調査 の準備が行 えない状 況が続いていた。緊急の対応が一段落 し、準備が整 った2011年 9月か ら、 ようや く調査 を開始す ることが可能 と なった。 調査予定範囲には、北側の地下鉄東西線の工事区域 を横 断するための歩行者や 自転車用の通路があ り、 この通 路 につながる形で各方向へ通路が延 びている。 これ らの通路 を確保 しなが ら、発掘調査 を実施する必要があった。 そのため、調査 区を分けて、通路 を移設 して確保 しなが ら、順次調査 を実施す ることとなった。 最初 に、草地 となってお り、通路 な どとして使用 されていない区域か ら、調査 を開始す ることとした。ただ し、 草地の北側 は、地下鉄東西線の工事で、一部が仮囲いで囲われて使用 されていた。そのため、最初 は調査が可能 な範囲の250だを1区 として、 9月 1日 より調査 を開始 した (図 4)。 地下鉄東西線の工事用の仮囲いを、工事施工範囲の際 まで移設 していただけることとなったため、

1区

の北側 の87だを10月

H∼

13日に重機で掘削 して拡張 し、 この区域 を

2区

と呼称 した。 これ以降は、

1区

2区

を合わせ て調査 を実施 した。

1区

2区

の調査がおおむね完了 した12月 7日 に、 ラジコンヘ リでの空中写真撮影 を行 った。 翌12月 8日か ら13日 には、調査が完了 していない1・

2区

の一部 を残 して埋め戻 し、隣接する

3区

の重機掘削 を 行 った。 地下鉄工事 区域 を横断す る通路の延長部分 は、幅

8mの

通路の内、東側

4mを

通路 として残 し、西側

4m分

の 64だを先 に調査す ることとし、 これを

3区

とした。

3区

の重機掘削後、

1・ 2区

の調査の残 りを進めつつ、

3区

の調査 にとりかか り、12月末 まで作業 を実施 した。厳寒期 の1・ 2月 は、図面作成 など補足的な調査 を行 うにと どめ、それ以外の作業 は実施 していない。 3月 1日 よ り、

3区

の本格的な調査 を再開 した。

3区

の調査 は3月22 日で終了 し、隣接す る

4区

の調査 に備 えて埋 め戻 した。 2011年 度には、

1∼

3区

の401だ分の調査 を終了 し、全体調査予定面積 の953ゴの うち、42.1%ま で実施 した こ ととなる。なお、南北通路の東側

4m分

については、通路東側の斜面部分 を合 わせた95∬を

4区

とし、2012年度 の4月に調査 を実施 している。第14地点の調査 は、 この2012年 4月末で一旦中止 し、課外活動施設新営 に伴 う仙 台城跡二の九北方武家屋敷地区第15地点

(BK15)の

調査 を、先行 して実施す ることとなった。2012年4月末 ま での合計調査終了面積 は496だ とな り、全体調査予定面積 の52.0%ま で実施 したこととなる。残 る457ど について は、第15地点の調査終了後 に実施する予定である。

1∼ 3区

の調査 では、西側 ほ ど明治時代以降の削平が大 きく、遺構 の保存状態 は良 くなかった。掘立柱柱穴、

(13)

2011年

度 ま で の発 掘 調 査 地点 20■ 年 度 の立 会 調 査 地 点

野 0 100m

;1院

ミ ` 三 監 び 3K14 BK10 /BK13付 帯

ォ一

たメド

3

川 内 北 地 区 調 査 地 点 国 土 座 標 値 は 日 本 測 地 系

(14)

武家屋敷 地 区第1地点試掘調査 区

(BKl・

1984) 剛 品 紹 地点調査 区 \

○左

/疱

Oθ,克 仙台市教委による地下鉄 東西線確認調査区 (2005) 仙台市教委による地下鉄 東西線調査区 (2006・ 2007)

/ぢ老

sOまノ/ 疱

1

調査地点の位置

2.1区

・2区全景 (上が北)

3 3区

全景 (東から) 図

4

仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第14地点調査状況

(15)

溝や井戸 などの遺構が、東側 を中心 に検 出されている。遺物 は、陶磁器類や瓦な どを中心 に、 コンテナで44箱が 出土 した。井戸 な どか らは、木製品や漆塗製品 も出土 している。第14地点の調査 については、調査途中で中断 し ているため、全ての調査が終了 した後 に、調査 区全体 をまとめて整理作業 を行い、調査報告書 を作成す る予定で ある。 立会調査 を実施 した

2件

の概要 は、以下の とお りである。 ・ ハ ン ドボール コー ド東側多 目的 コー ド排水管改修工事 (2011-8) 川内北地区の厚生会館の北側 には、ハ ン ドボールコー トな どとして利用 されている多 目的 コー トがある。 この 東側 にある既存の集水枡 と排水管が老朽化 したため、取 り替 える工事 である。集水枡 は既存の ものを撤去 し同 じ 場所 に設置 し、排水管 は既存管の上 に埋設 し、東側既存配水管へ接続す る工事である。いずれ も既存施設で既 に 掘削 された範囲内の工事であ り、特 に問題 はなかった。 ・ けやき保育園園庭照明灯取付工事

(20m-10)

川内北地区の北西 よりの ところにある、教職員用の保育園の園庭 に、照明灯 を設置す る工事である。園庭 を囲 う既存 の塀 に沿 った植 え込みで一段高 くなった場所 に設置 されるため、 もとの地盤か らの掘削深 さは

30cmか

45cm程

度 となる。掘削範 囲が狭 く、比較 的浅いため、立会調査で姑処 した。今 回の工事 による掘削 は、新 しい 盛上の範囲内にお さま り、特 に問題 はなかった。 東 日本人震災 に関わる復旧工事で立会調査 を実施 した

5件

の概要 は、以下の とお りである。 ・合同研究棟災害復旧工事に係 わる支障樹木移植 (20H―

A)

講義棟

A棟

の西側 にあって、東北 アジア研究セ ンターな どが使用 している合 同研究棟 では、屋上 に設け られた 塔屋が大 きく損壊 した。 この屋上の塔屋撤去工事 に際 して使用する大型 クレー ンを設置す るため、研究棟南東側 の樹木 を撤去す ることが必要 となった。抜根作業 に伴い掘削がなされたが、小規模 な掘削のため、特 に問題 はな かった。 ・テニスコー ト西側応急学生寄宿舎整備事業 (2011-B) 震災 によって住居が被災 した学生のために、

A棟

か ら

D棟

4棟

の応急学生寄宿舎 を、北地区の西端 に整備す る事業である (図5)。 布基礎 の上 に、軽量鉄骨造

2階

建の寄宿舎 を整備す るもので、基礎 による掘削深 さを抑 えるよう、竣工時の床面 をか さ上げ して計画す るな どの姑策 をとっていただいた。そのため、宿舎本体の基礎掘 削 は、新 しい盛上の範囲内におさま り問題 なかった。 設備工事 について も、で きるだけ浅 く埋設す るように工法 を工夫 していただいた結果、ほ とん どの部分では新 しい盛土の範囲内にお さま り問題 なかった。 しか し、つ,水管 を浅 く設置す るため圧送排水管 とした関係で、ポ ン プ槽 を2ヶ所設置す ることが必要 となった。 この場所 については150cm四方の範囲で、現地表面 より120cmほ ど の掘削が避 け られない こととなった。2ヶ所 の内の北側の

C棟

D棟

の間に設け られたポ ンプ槽 については、掘 削場所 は新 しい時代 に鏡乱 された地層であったため問題 はなかった。南側の

A棟

B棟

の間に設 け られたポ ンプ 槽では、現地表下

60cmの

ところで、新 しい盛土層のす ぐ下か ら、

80cm程

の幅で南北方向に川原石が並べ られた 石列が発見 された。検 出面付近では遺物 は出土 してお らず、時期が限定で きなかった。新 しい盛土層の直下で検 出されたため明治時代以降に下る可能性 もあるが、江戸時代 に遡 る遺構 である可能性 も否定で きない状況であっ た。そのためこの石列 を現状で保存す ることとし、掘削地点 を西側 にず らす こととした。西側 を掘削 した ところ、 石列の下層 に遺構 と思われる落ち込みが存在す ることが確認 された。 この落ち込み埋土 を少 しずつ掘削 したが、 遺物 はまった く出上 しなかった。他 に設置場所 を移動で きる場所がないことか ら、石列 を残 して西側 を予定の掘 削深度 まで掘削 した。遺物が出土 しなかったので、時期 は不明であ り、江戸時代 に遡 るのか、明治時代以降の近 代 に属す るものか も判明 していない。掘削後、断面図などの記録 を作成 した上で、 ここにポ ンプ槽 を設置す るこ ととした。

(16)

・ 国際交流 センター南側駐車場仮設校舎整備事業 (2011-C) ・合同研究棟南西側仮設校舎整備事業

(2011-D)

・ テニスコー ト東側駐車場仮設校舎整備事業 (2011-F) この

3件

は、講義棟 よ り西側の駐車場 として利用 されている区域 に、仮設校舎 を整備す る事業である。布基礎 の上 に、軽量鉄骨造の仮設校舎 を整備す るものである。 これまでの周辺区域での立会調査結果 を踏 まえ、基礎 に よる掘削深 さが、江戸時代の遺構面 まで達 しないように、竣工時の地表面 をか さ上げ して計画す るなどの対策 を とっていただいた。その結果、いずれにおいて も、基礎 による掘削 は近代以降の盛土の範囲内にお さま り、問題 はなかった。 と若

1

調査地点の位置

2

南側ポ ンプ槽掘削区状況 (東か ら) 側ポ ンプ槽 南側 ポ ンプ槽 テニス コー ト

3.南

側ポ ンプ槽掘削区北壁 (南か ら) 図

5

応急学生寄宿舎整備事業 に伴 う立会調査状況

(17)

(2)川

内南地区の調査 川内南地区では、立会調査

7件

を実施 した (図6)。 ・図書館北東側

5号

井戸改修工事 (2011-1) 図書館北東側の、千貫沢の南岸部分 に設置 された

5号

井戸が老朽化 したため、設備 を更新す る工事である。 5 号井戸 は、その新設の際 に、仙台城跡二の九地区第14地点の Ⅱ―I区として、調査 を実施 した場所である。 この 調査では、現地表か ら90cmまで近現代の盛土で、その下層 は固 く締 まった砂か らなる地山層で、江戸時代 の遺構 ・ 遺物 は発見 されていない (年報11)。 今 回の工事 は、既存設備 を更新す るため、井水送水管 。電線管 は入 れ替 え とな り、既 に掘削 された範囲内での工事 となった。井戸本体 については、前 回の工事範囲 よ り若千大 きく掘削 さ れることとなった。前 回工事 に先立つ調査 では、江戸時代の遺構が発見 されなかったことか ら立会調査で対処 し たが、前回調査時の所見 と異 なる状況 は見 られなかった。 ・植物園前庭南西側本沢水門土留柵崩壊復 旧工事 (2011-2) 川内南地区の南端 には、西側の植物園敷地 となっている青葉 山か ら流れる本沢が、東へ流下 している。本沢が 丘陵部か ら出る場所 に水 門が設け られてお り、周囲には丸太杭 の土留柵が設置 されている。 この土留柵が崩壊 し たため、復旧す る工事である。崩壊 した土砂 を除去 して、新たに丸太杭を打 って土留柵 とす る工事で、新たな掘 削は発生せず、問題 はなかった。 ・植物園標本室南西側法面崩壊復旧工事 (2011-3) 2010年12月22日の豪雨 によって、植物園標本室南西側の法面が崩壊 した。 この法面の上 には、二の九最西端 を 画す る塀が設け られていた と推定 されてお り、第

6地

点の調査の際には、塀 の基礎の可能性がある低い石組が検 出されている(年報3)。 復旧工事 は、崩壊 した土砂 を撤去 し、斜面 には丸太杭 を打 って土留めを施す ものである。 崩壊 した土砂の除去だけで、新たな掘削 は行 われないため立会調査で対処 し、特 に問題 はなかった。崩壊 した土 砂 には、瓦が含 まれていたため、土砂撤去の際に回収 した。 これ らの瓦は、二の九最西端の塀 に使用 された可能 性が考 えられる。 ,図 書館北西側光ケーブル架空敷設用鋼管柱設置工事 (2011-4) 携帯電話会社が東北大学の敷地 を借用 して、鋼鉄製の電柱 を建柱す る工事である。柱部分 はオーガーによる掘 削で、 これに加 えて、深 さ50cmに補強 を入れる部分 を手掘 り掘削す るものであった。掘削範囲が狭 いため、立 会調査で対処 したが、特 に問題 はなかった。 ・植物園前庭南東側給水管漏水復 旧工事 (2011-6) 植物園前庭 の散水栓用 の給水管が老朽化 し、漏水 したため、復 旧す る緊急工事である。既存管の漏水箇所 を確 認 し、漏水 を留める工事 を行 った もので、既存管の設置で掘削 された範囲にお さまった。 ・文科系中講義棟東側汚水管改修工事 (2011-11) 文系 中講義棟 の トイレか ら廷びる汚水管が老朽化 し、土管の継 ぎ目が破損 して頻繁 につ まることか ら、管 を入 れ替 える工事 を行 うこととなった。汚水枡 はそのまま使用 し、既存管 を入れ替 える工事であるため、既存管の設 置の際に掘削 された範囲でお さまった。 ・植物園標本室南側屋外給排水管改修工事 (2011-12) 植物園標本室で使用 している給拶,水管が老朽化 したため、更新す る工事である。給水管 は、既存管 を入れ替 え ることとな り、既 に掘削 された範囲での工事 にとどま り、特 に問題 はなかった。排水管 については、研究棟南西 隅近 くの既存汚水枡 に接続す ることが必要 とな り、新 しい経路で設置 されることとなった。周辺での調査成果 を 踏 まえ、排水管の埋設深 さを30∼50cmと浅 くなるように計画 していただいた結果、新 しい盛上の範囲内にお さ ま り問題 はなかった。

(18)

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杉 ケ / 一 ミ 2011年 度 ま で の発 掘 調 査 地点

1彎

1 E三 三 ∃ 2011年 度 の 立会 調 査 地点 図

6

川 内 南 地 区 調 査 地 点 '7

(19)

(3)青

葉山北地区の調査 理学研究科・薬学研究科 な どが所在す る青葉 山北地区では、立会調査

1件

を実施 した。東 日本大震災 に関わる 復旧工事での立会調査 は

1件

実施 した (図 7)。 ・サイクロ トロンRI棟暖房設備改修工事 (2011-7) サイクロ トロ ンRIセンターのRI棟 で使用 している暖房用のガス管が老朽化 したため、入れ替 える工事である。 サイクロ トロン実験棟 か らRI棟 までつ なが っている屋外 ガス管部分の工事 である。既存管 を新 しい管 に入 れ替 えるため、工事 による掘削 は、既存施設で既 に掘削 された範囲内にとどま り、特 に問題 はなかった 。地学棟西側駐車場仮設校舎整備事業 (2011-E) 地学棟西側の駐車場 となっている場所 に、仮設校舎 を整備す る工事である。布基礎 の上 に、軽量鉄骨造の仮設 校舎 を整備す るものである。基礎掘削の深 さを、で きるだけ浅 くす るな どの措置 をとっていただ き、 ほとん どの 掘削工事 は、新 しい盛土の範囲内にお さまった。設備工事部分で、一部地山のローム層が露出 した ところがあっ たが、縄文時代 の遺物包含層や遺構 な どは確認 されず、遺物 も出土 していない。

(4)宮

沢地区の調査 富沢地区の芦 ノロ遺跡では、確認調査

1件

、立会調査

2件

を実施 した (図8)。 ・宮沢団地独身宿舎南側宿舎新築計画に伴 う確認調査 (2011-13) 東北大学の富沢団地 には、その西側 に職員宿舎が並 んでいる。東北大学の長町宿舎が、東 日本大震災 によって 使用不能 となったため、新築復旧が富沢団地で計画 された。建築計画場所 は、最 も北側 に建 っている独 身宿舎の 南側 にあたる場所で、敷地の北西隅に近い場所である。富沢団地の北西部は、 これまで調査が実施 されていない 区域であ り、遺跡の状況な どがほ とん ど判 っていない。そのため、建築計画場所の遺跡の状況 を把握す る目的で、 確認調査 を実施 した。 宿舎の建築計画に沿って、調査 区を配置 した。現状の地形 も考慮 して、1∼

4区

の4ヶ所 に調査区を設定 した。 調査面積 は、合計で99だである。2012年 3月 5日か ら23日の期 間で、表土お よび新 しい盛土 を重機で除去 した後、 地 山面 を精査 して、遺構・遺物の有無や、基本層序の状況 を確認 した (図9)。 ・

1区

西 よりの部分 に設定 した、

6m×

6mの

調査 区である。浅い ところで も

50cm以

上の盛土が存在 した。盛土 を 除去す る と、それ以前の表土層 (暗褐色土層

)が

あ り、その下位 に、地 山最上部の褐色土層が露出 した。地 山 上面 は、北西側 に向かって下 っていることが明 らか となった。現地表か ら地 山上面 までの深 さは、南東隅で 一 55cm、 南西 隅で -90cm、 北西隅で

-105cmで

あった。北西隅付近では、旧表土層が グライ化 した部分 もあ り、 沢状の地形 となっていた可能性が考 えられる。遺構 は検出されてお らず、遺物 も出土 していない。 ・

2区

北東側 に設定 した、

3m×

12mの

調査 区である。

3区

,4区

の北側 に位置 し、 これ らよ リー段低 くなってい る場所である。厚 さ

50cmほ

どの新 しい盛土 を除去す ると、明黄褐色粘土層が露出す る。他 の調査 区の様 相か ら、 地山の最上部の褐色土層 よ り下位の地層 と考 えられ、旧表土付近の地層 は削平 されて存在 しない ことが明 らか と なった。遺構 は検 出されてお らず、遺物 も出土 していない。 。

3区

1区の東側 に位置 し、

4区

か ら

1区

に向かって西へ緩 く下 ってい く斜面 に設定 した、

3m×

3mの

調査 区であ る。表土 はご く浅 く、

5∼

10cmほ どしか存在 しない。表上の下位 には、地 山の明褐色粘土層が露出す る。地 山 最上部の褐色土層 は確認で きなかった。地山上面の傾斜 も、現状 と変わ らず、西へ向かって緩 く下 ってい く。調 査 区北端 に、褐色上のほぼ円形のプランの一部が確認 されたが、埋土の状況 な どか ら、風倒木痕 と考 え られる。

(20)

2011年

度 ま で の 発 掘 調 査 地 点 カ ッ テ ィ ン グ 20■ 年 度 の 立会 調 査 地 点 復 旧 工事 に伴 う 調 査

【 、

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0 100m ― r球 図

7

青 葉 山 地 区 調 査 地 点

Zミ

(21)

鰯 第 3次 調 査 区 (TM3) □ 2011年 度 ま で の発 掘 調 査 区 (TM2・ 蟹 騒 2011年 度 の確 認 調 査 ・立 会 調 査 地 点 「 弄 ギ

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8

富 沢 地 区調 査 地 点

(22)

区 ︷ γ 均 脚

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1.調

査区の配置

2.1区

全景 (東か ら)

3.2区

全景 (北東か ら)

4.3区

全景 (南東か ら)

5.4区

全景 (西か ら) 口遺跡確認調査状況 図

9

富沢地 区芦 ノ

(23)

これ以外 には、遺構 は確認 されてお らず、遺物 も出土 していない。 ・

4区

3区

の東側 にあた り、今 回の調査地点周辺では、 もっとも標高の高い部分 に設定 した調査 区である。本来の微 高地状の高 ま りが残存 している可能性が高い もの と想定 した。

3m×

6mの

調査 区を設定 して調査 したが、調査 区全域 に建物のコンクリー ト基礎が存在 した。戦前 にこの場所 に置かれていた、陸軍幼年学校 の建物基礎 と考え られる。建物基礎 によって破壊 され、地山上部の地層 は削平 されていると考 え られる。遺物 は出上 していない。 今 回の調査 によって、

4区

か ら

3区

をへ て

1区

にかけての区域では、本来の地形がおおむね残 されていること が明 らか となった。ただ し、最 も上部の

4区

周辺では、陸軍幼年学校時代の建物基礎で破壊 されていた。全体 に、 西側 に向かって下 ってい く斜面で、

1区

ではさらに北西側へ下ってい くことが明 らか となった。遺構 はいずれの 調査 区で も検 出されてお らず、西側や北西側へ下 ってい く斜面 とい う点か ら、居住 などにはあま り適 さない区域 であった可能性が考 えられる。

2区

周辺では、すでに削平 を受けてお り、本来の地形 は残 されていなかった。い ずれの調査区か らも、遺物 は出上 しなかった。 東北大学の敷地の西側 には、西多賀 中学校があ り、 さらに西側 に金剛沢が流れている。 この区域全体 は、金岡〕 沢 に向かって西側 に下ってい く地形 と考 え られる。確認調査結果 と周辺の地形 を合 わせて考 えると、建設予定地 周辺 は、全体 に西側へ下 ってい く斜面であった と考 えられる。確認調査結果か らは、遺構・遺物が存在する可能 性 はほ とん ど考 え難い もの と判断 された。 これ らの所見 を踏 まえて、仙台市教育委員会 と協議 し検討 した結果、 宿舎新築 に際 しては、事前調査 は実施せず、立会調査でIIl処す ることとなった。 立会調査 を実施 した

2件

の概要 は、以下の とお りである。 ・職員宿舎東側宿舎遊具取設工事 (2011-5) 職員宿合の東側 には、小規模 な児童公園 (ちびっこ広場

)が

設け られてお り、 この場所 に遊具 (鉄棒

)を

設置 する工事である。鉄棒 の支柱 を4ヶ所設置す るもので、 ご く小規模 な掘削であ り、特 に問題 はなかった。 ・野球場北東隅硬式野球部部室設置工事 (2011-9) 富沢地区の北側中央部には、野球場が設け られている。 この野球場の北東隅に、野球部の部室 を設置す る工事 である。富沢地区は、 もともとの地形 は北側 に向かって緩やか に傾斜 していた ものを、南側 を削平 して北側 に盛 土 を施す ことで、平坦 な面 を造成 していることが、 これまでの調査 で判明 している。そのため、部室が建設 され る区域では、盛上がなされていることが確実な区域であった。建物構造 も簡便 なもので、基礎設置 による掘削 も 30∼40cmと浅かったことか ら立会調査 で舟処 した。掘削は新 しい盛上の範囲にお さま り、問題 はなかった。

2.遺

物 整 理 作 業 2011年度は、次の

3件

の整理作業を実施 した。 ①仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第13地点

(BK13)の

整理作業 川内北地区の厚生会館増改築工事に伴 う調査で、2008年度に増築建物本体部分、2009年度に付帯施設部分の調 査を実施 している。近世の武家屋敷に関わる、柱穴や溝などが発見 されている。遺物は、近世の陶磁器類や瓦な どが、本体部分で16箱、付帯工事部分で

2箱

出土 している。2011年度は、出土遺物の集計、実測図作成、トレー ス、磁器の文様のデジタル写真か らの図化、写真撮影などの作業を実施 した。 ②芦ノロ遺跡第

7次

調査

(TM7)の

整理作業 2009年度に実施 した、電子光理学研究センター光源加速器棟新営に伴 う調査である。粘土採掘坑 と考えられる ピットを83基検出している。遺物は、土師器や縄文土器などが、

2箱

出土 している。2011年度は、出土遺物の一 部について、実測図作成 と トレースなどの作業を行った。

(24)

③芦ノロ遺跡第

8次

調査

(TM8)の

整理作業 2009年度に実施 した、電子光理学研究センター特高変電所受変電設備改修その他工事に伴 う調査である。遺構 は検出されていないが、丘陵側か らの崩壊土層に若千の遺物が含まれていた。遺物は、縄文土器などが

1箱

出土 している。2011年度は出土遺物の一部について、実測図作成 とトレースなどの作業を行った。

3.年

次 報 告 ・ 調 査 報 告 の 刊 行 埋蔵文化財調査室では、『東北大学埋蔵文化財調査年報』(以下 『調査年報』 と略記

)を

1か

ら24まで刊行 し てきた。この F調査年報』には、発掘調査以外の各種事業を含む当該年度に実施した事業の概要報告と、実施 し た発掘調査報告の両方を、併せて掲載 してきた。そのため、発掘調査報告の刊行まで期間を要することとなり、 事業概要の報告が遅 くなっていた。また、頁数の多い大冊 となるため、調査室の概要を知っていただくという目 的には、必ず しもふさわしくなかった。このような理由か ら、2010年度 より、年度ごとの事業概要の報告 と、発 掘調査の報告を、分離 して刊行 してい くこととした。年度ごとの事業概要については、『東北大学埋蔵文化財調 査室年次報告』(以下 『年次報告』 と略記

)と

いう形で、毎年報告することとした。 本調査 を実施 した発掘調査報告については、F東北大学埋蔵文化財調査室調査報告』(以下『調査報告』と略記) というシリーズ名で、各調査ごとに、調査報告書を刊行 してい く形に移行する。それぞれの調査について、整理 作業が終了次第、順次刊行 してい くこととした。 これまでに刊行 した『調査年報』『年次報告』『調査報告』については、Ⅳ

.資

料に、一覧を掲載 している。 2011年度は、F年次報告』 を

2冊

、『調査報告』 を

1冊

を印刷刊行 した。 年度 ごとの事業概要の報告が遅れているため、2011年度は『年次報告』 を2ヶ 年分刊行することとし、『東北 大学埋蔵文化財調査室年次報告2009』 と F東北大学埋蔵文化財調査室年次報告2010』 の

2冊

を刊行 した。各年度 の発掘調査や立会調査の概要と、整理作業や保存処理作業など、関連する調査室の業務概要を、年度ごとに取 り まとめて掲載 した。これにより、当該年度の翌年度に、『年次報告』を刊行する体制に移行できたことになる。 『調査報告』は、F東北大学埋蔵文化財調査室調査報告1』 を印刷刊行 した。2006年度か ら2008年度にかけて実 施 した、地下鉄東西線機能補償関係の調査成果について取 りまとめたものである。掲載 した調査は、川内サブ アリーナ棟新営に伴 う仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

H地

(BKll)と

、屋外給フF水管設備などの工事に 伴 う武家屋敷地区第12地点

(BK12)で

ある。また、地下鉄東西線機能補償関係の工事に伴 う立会調査の概要も、 まとめて掲載 した。合わせて、「仙台城周辺の武家屋敷地区についての検討」 として、

2編

の論考 を掲載 した。 一つは、文学研究科 日本史研究室の大学院生である澁谷悠子氏による「仙台城下絵図にみる屋敷拝領者変遷 と階 層性 ―川内地区の事例に基づいて一」である。城下絵図に記載された、川内地区の屋敷拝領者の人名を網羅的に 検討 してデータ化するとともに、その変遷や階層性などを検討 したものである。今後の川内地区の武家屋敷の検 討に際 して、基礎 となる論考である。 もう一つは、調査室担当者による「川内地区における江戸時代の道路の復 元」である。東北大学や仙台市教委による調査成果を踏まえ、江戸時代の絵図に記載された道路の位置を、現在 の地図上に復元 したものである。 この『東北大学埋蔵文化財調査室調査報告1』 は、2010年度に刊行する予定で、原稿の印刷業者への入稿は終 了 していた。 しか し、校正の時間に余裕がなかったことから、万全 を期するために、印刷刊行は2011年度に延期 していたものである。2010年度末に東 日本大震災が発生 したが、印刷刊行を2011年度に延期 していたため、結果 的には大 きな影響 を受けることなく、印刷刊行ができた。これをもって、地下鉄東西線機能補償関係調査に関わ る、一切の業務は終了 したこととなる。

(25)

4.保

存 処 理 事 業 東北大学埋蔵文化財調査室では、仙台城跡の出土遺物 を中心 に、木製品 。深塗製品・金属製品な ど、保存処理 を必要 とす る遺物 を多数保管 している。 この内、木製品 と金属製品については、当調査室で保存処理 を進めてい る。木製品については、1997年度以降、糖 アルコール法 によってえ理 している (年報16)。 木製品については、2007年度 に調査 した仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第皿地点

(BKH)か

ら出土 した遺 物の処理 を、2010年度か ら本格的に開始 した。2011年度は、 この第11地点の出土木製品の処理 を継続 して実施 し た。調査報告書 に実測図を掲載 した資料 については、2011年 度で処理 を終了 した。非実測資料 について、当年度 では終了せず、作業 を継続 中である。 銅製品については、2008∼2009年 度 に調査 を実施 した仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第13地点

(BK13)か

ら出土 した遺物のさび取 り作業 を、2011年度 に実施 し、当年度で全 て終了 した。 鉄製品について も、仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第13地点

(BK13)か

ら出土 した遺物 のさび取 り作業 を、 20■年度に実施 した。調査報告書 に実測図を掲載 した資料 については、2011年度で処理 を終了 した。非実測資料 について、当年度では終了せず、作業 を継続 中である。

5.資

料 保 管 状 況 東北大学埋蔵文化財調査室では、ほ とん どの遺物 は容量30.3リ ッ トルの コンテナ(ポリプロピレン製・サ ンボ ッ クス

#32)に

収納 している。 この コンテナに入 らない大型の ものについては、 さらに大 きなコンテナや、適宜木 箱 を作成 して収納 している。 また2009年 度 よ り、収蔵用の箱 に木製箱 を採用 している。油脂製のコンテナは、火 災の際に甚大 な被害 を受けるのに対 して、木製箱 は耐熱性が高 く火災時に燃焼す るまでの時間が長いことが明 ら か となっている。そのため東北大学埋蔵文化財調査室では、整理作業後の収蔵保管 にあたっては、油脂製箱か ら 木製箱へ取 り替 えてい くこととし、2009年度か ら一部は木製箱へ詰め替えを行 っている。 これ ら遺物の全体量 を把握するために、容器の種類や大小 にかかわ らず、箱の数で数量 を管理 している。ただ し、木製品や金属製品な ど保存処理 を行 う必要のあるものは、別 に保管 しているため、これには含 まれていない。 東北大学埋蔵文化財調査委員会が発足 した1983年度か らの、遺物総量の推移 を箱数で比較 したのが、表4と図10 である。 2011年度の調査 によって新たに増加 した箱数は、44箱である。全 て、仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第14地 点

(BK14)の

調査 で出土 した遺物である。2011年度 に整理作業が完了 した調査 はないため、整理・報告済みの 箱数 については、2010年 度 と変わ らず2,790箱である。未整理の ものは65箱とな り、2011年度末時点で当調査室 で保管 している遺物総量 は、2,855箱である。 この内、整理・報告済みの ものの比率 は97.7%である。

6.研

究 活 動

(1)受

託研究 。共同研究・研究協力等 仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第14次調査地点の調査 開始の際 に、東北 アジア枡究セ ンターの佐藤源之研究 室 による、地下 レーダー探査実験 に協力 した。佐藤研究室では、従来 よ り地下 レーダー探査 の、遺跡探査への応 用 を研究テーマ として きた。武家屋敷地区第14次調査地点の調査予定地 において、 レーダー探査 の実験 を行 いた い とい う申 し出が、佐藤研究室か らなされた ことを受 けて協力 した ものである。調査 開始 に先立つ8月30日 に、 調査予定地の内、草地 となっていた範囲において、地下 レーダー探査実験 を行い、その後の調査状況 と比較 して 検討 した。

(26)

箱数 3500 3000 2500 2000 1500 生000 500 0 表

4

年度 ご との収蔵遺物箱数 の推移 年 度 未整理箱敷 整理済箱数 合計箱数 備 考 1983 1984 4 年 報1(1983年度調査分)刊行 1985 年報2(1984年度調査分)刊行 1986 245 353 1987 401 1989 年報3(1985年度調査分)刊行 1,218 1,086 年報4・ 5(1986・87年度調査分)刊行 1992 1,028 1,491 年報6(1988年度調査分)刊行 1993 732 1,032 年報7(1989年度調査分)刊行 1994 1,032 1774 1995 年報8(1990年度調査分)刊行 1491 年報9・ 10(1991・ 92年度調査分)刊行 1998 1,774 年報■ '12(1993・ 94年度調査分)刊行 1999 1,893 2,010 年報13(1995年度調査分)刊行 2000 1,926 2,677 年報14・ 15。 16(1996・ 97・98年度調査分)刊行 1.216 3,142 年報17(1999年度調査分)刊行 2002 1,234 3,160 二の丸第17地点整理後詰め直 し等で箱数減少 2004 491 年報18(2000年度調査分)刊行 472 2856 年報19-1・ 20(2001・ 02年度調査分)刊行 2006 2391 2,858 年報19-3・21(2001,03年度調査分)刊行 2007 2,507 2,788 年報19-4。 22(2001・ 04年度調査分)刊行 2008 2,619 2,804 年報19-2・ 23(2001・ 05年度調査分)刊行 2009 2,790 2,811 地下鉄補償関係調査整理作業終了 2010 2,790 2,811 2011 2,790 2,855 19831984198S19861987198819891990199119921993199419951996199719981999200020012002200320042005200620072008200920102011 図

10

収蔵遺物量の推移

(27)

(2)学

会発表等 2011年 度は、調査室の業務 にかかわる、学会での研究発表等 は行 っていない。 文化財調査員の、個人の研究テーマでの研究成果発表 としては、以下の ものがある。 ・2011年 度東北史学会大会

2011年

10月 2日 胎:東北大学 菅野智則 「東北地方 における縄文集落の地域性」

(3)科

学研究費採択状況 2011年 度 において、当調査室の文化財調査員で、科学研究費等の交付 を受けた もの次の とお りである。 ・菅野智則 学術研究助成基金助成金 。若手研究

(B)1,560,000円

「縄文時代 における居住形態の研究」

7.教

育 普 及 活 動

(1)非

常勤講師 2011年度 に、当調査室の文化財調査員で、非常勤講師を担当 した ものは次の とお りである。 ・藤沢 教 東北大学大学院文学研究科・文学部 考古学特論・各論 (後期)「古墳時代研究の理論 と方法」 宮城教育大学 考古学講義 。日本史講義

D(後

期) 京都大学大学院文学研究科・文学部 考古学特殊講義 (前期集中講義) 「考古学か ら見た古代国家形成期の東北」

(2)授

業 など教育活動への協力 2011年度は、学内外での授業な どの教育活動への協力 としては、特 に行 っていない。

(3)保

管資料の貸出 2011年 度は、調査室保管資料の貸 し出 し依頼 などはなかった。

(4)外

部 か らの派遣依頼等 当調査室の業務 に関わって、あるいは文化財調査員の専 門領域 に関わる事項で、外部か ら派遣等の依頼があっ たのは、次の とお りであった。 担当者 :藤 沢教

20H年

4月23・ 24日 考古学研究会第57回総会 『震災緊急 フォーラム ー東 日本大震災 に直面 して 一』 報告「大震災 に直面 して 一宮城県の被災状況 を中心 に一」 羹 :岡 山大学 2011年 6月25。 26日 国立歴史民俗博物館基幹研究「新 しい古代 国家像 のための基礎的研究」共同研究員 お :国 立歴史民俗博物館 2011年 8月27・ 28日 考古学研究会第57回研究集会 5(日本考古学

)の

時間 。空間を再考する』 コーディネー ター お :岡 山大学 2011年9月14。 15日 阿光坊古墳群整備検討委員会 於 :青 森県おい らせ町みな くる館 2011年 9月23・ 24日 国立歴史民俗博物館基幹研究「新 しい古代国家像 のための基礎的研究」共同研究員 胎 :国 立歴史民俗博物館 2011年10月30日∼11月 3日 国立歴史民俗博物館基幹研究「新 しい古代 国家像 のための基礎的研究」共同研究員 胎:中国、撫順・永陵・通化 ・集安・桓仁 など高句麗遺跡

(28)

20114F12月 21,22日 2011年12月23・ 24日 2012年2月14日 2012年 3月 3日 2012年 3月17・ 18日 2012年 3月29日 担当者 :菅 野智則 20114Fll月 26日 平成23年度保存科学研究集会 『被災文化財の レスキューー保存科学の果たすべ き役割 と課題―』 研究発表「文化財 レスキューでの考古学研究者の役割 と課題」 終 :奈 良文化財研究所 国立歴史民俗博物館基幹研究「新 しい古代国家像 のための基礎的研究」共同研究貝 僚 :兵 庫県たつの市 ほか播磨風土記関係遺跡 第27回仙台城跡調査指導委員会 僚 :仙 台市役所北庁舎 第1回 防災遺産学 フォーラム 『災害か らの文化的復興 にむけて一 文化遺産の役割―』 主催 :被 災文化遺産支援 ヨンソーシアム

(CEDACH)。

大手前大学史学研究所 報告「宮城県 における東 日本大震災被災文化遺産の救援活動 と今後 にむけて」 羹 :大 手前大学 目立歴史民俗博物館基幹研究「新 しい古代国家像 のための基礎的研究」共同研究貝 於 :国 立歴史民俗博物館 平成23年度房の沢古墳群 出土品保存管理指導委員会 於 :岩 手県 山田町中央公民館 全国遺跡資料 リポジ トリ・ ワークシ ョップ

in東

京「文化遺産の記録 をすべての人々 へI一遺跡資料 リポジ トリの 自立的な展開をめざ して一」 発表題 目「遺跡デー タベース と報告書」 於 :国 立情報学研究所 2011年度博古研究会総会 。研究発表大会 発表題 目「東 日本大震災 と文化財」 於 :千 葉県立現代産業科学館 2011年12月 4日

(5)広

報活動 ・川内萩ホール展示 ギャラ リー常設展 東北大学川内南キ ャンパスの東側 には、創立50周年の際に建設 された記念講堂がある。 この記念講堂は、創立 100周年の記念事業の一環 として、改修工事が施 され、平成20年に「東北大学百周年記念会館 (川内萩ホール)」 として リニューアルされ各種事業 に使用 されている。 この改修 に伴い、エ ン トランスホールに展示ギャラリーが 設け られた。 この展示ギャラリーは、本部総務部広報課が事務担 当 とな り、学内か らの公募 によって、学内の研 究資料や所究成果 を紹介す るために使用 されている。 しか し、年間を通 じた全 ての期 間を、公募の展示で構成す ることには困難が伴 うことか ら、一定期 間を常設展 とす る構想が提起 された。そのため、東北大学史料館 か ら、 川内キャンパスの歴史 を基本テーマ とす る以下の ような構想が提案 された。 東北大学全体の歴史は、片平地区の史料館 な どで展示が行 われ、片平キ ャンパスの歴史について も比較的詳細 な紹介がなされて きているが、川内キャンパスをテーマ とした展示 な どは学内では全 く行 われていない。ナII内地 区は、萩ホールの所在地であることに加 え、全学教育が行われ、東北大学の学生の多 くが学生生活 を過 ごす場で あ り、仙台城 などの史跡 に隣接 して仙台市民 にとって も重要な場所であるので、その歴史 をテーマにした常設展 とす ることが望 ましい。 この史料館 の提案 を受けて、史料館 。植物園・埋蔵文化財調査室が協力 して、展示 を構成す ることとなった。 協議の結果、常設展 のテーマは「川内今昔物語」 とす ることとなった。 展示ケース (180×

120cm)は 3台

設置 されてお り、次の ような資料 を展示 した。 ケース

1:川

内地区出土の縄文土器・弥生土器・石器、古代 の瓦・土器 仙台城二の九地区の江戸時代初頭の屋敷 出土の陶磁器 な ど 仙台城二の九の元禄年 間の整地層出土の荷札木簡

(29)

ケース

2:仙

台城二の九出上の18世紀の陶磁器など一括資料 仙台城二の九出上の瓦、武家屋敷地区出土の土人形類 ケース

3:陸

軍第二師団時代の食器・ガラス瓶など出土遺物 東北大学川内キャンパス関係資料 展示ケース1と

2は

、全て、埋蔵文化財調査室が保管 している川内地区か らの出土遺物である。展示ケース3 は、全体の

3分

1程

度が第二師団時代の出土遺物で、調査室保管の出土遺物である。結果的に、展示資料のほ とんどは、埋蔵文化財調査室が保管 している出土資料で構成することとなった。なお、ケース 1に 展示 した、仙 台城跡二の九地区第

9地

点出土の志野焼南蛮人人形については、あらたにレプリカを作成 して展示 している。こ の志野焼の南蛮人人形については、江戸時代初期の様相 を良 く示す資料で常設展示にふさわしい一方、学外か ら の貸出依頼が多い資料であるため、京都科学に依頼 してレプリカを作成 した。 展示パネルは、以下の

7枚

を作成 した。 ①常設展示「川内今昔物語」全体紹介 ②川内の自然 ③古代 。中世の川内 ④江戸時代の川内

=仙

台戎二の九 と武家屋敷 ⑤近代の川内 ⑥川内キャンパスの誕生 ⑦川内萩ホール 埋蔵文化財調査室では、このうちの③ と④ を担当して、原稿 を作成 した。 この常設展については、2010年度末か ら検討を開始 したが、東 日本大震災の影響で一時準備作業は中断するこ ととなったが、予定 どお り学内公募の展示が終了後に常設展を開始することとなった。展示の設営作業は2011年

H月

14日に行い、これ以降公開されることとなった (図11)。 ・調査室ウェブサイ ト開設 埋蔵文化財調査室では、様々な情報を発信するために、ウェブサイ トを開設する方向で以前か ら検討を進めて きた。サーバーの管理・運営について、学外のレンタルサーバーの使用 も含めて検討 してきたが、セキュリテイ と経費の観点か ら、実現 しない状況が続いていた。 2011年度から、東北大学の情報シナジー機構・サイバーサイエ ンスセンターにおいて、ウェブホスティングサー ビスの試行提供が開始 されることとなった。 これを利 用することで、上記の問題が解決で きることか ら、本 年度 よ リウェブサイ トを開設す ることとした。 ウェブサイ トの内容 としては、①埋蔵文化財に関す る一般的な解説、②埋蔵文化財調査室の紹介、③東北 大学構内の遺跡紹介、④ これまでに調査 した埋蔵文化 財の紹介の

4点

を基本的なコンテンツとして、さらに トピック的な内容を加えることとした。一部は未完成 であるが、2012年2月 か ら公開を開始 した。 調査室で刊行 した調査報告書については、次に述べ る遺跡資料 リポジ トリが東北大学図書館により進めら れ て お り、pdfフ アイルが公 開 され て い る。調査 室 の ウ ェブサ イ トで は、遺跡 資料 リポ ジ トリ と リンク し、 才 !うデ出L ´ 図

11

川 内萩 ホ ール展示 ギ ャラ リーでの展示状況

参照

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