論 文
コース選択における意思決定要因
小渕一幸 新藤久和 山下茂
Decision Making Factors in a Course Selection
KazuyukiOBUCHI HisakazuSHINDO ShigeruYAMASHITAAbstract The Department of Electrical Engineering and Computer Science comprises three courses, one of which is to be selected by students at the end of second year now. Such a decision making of the course selection may depend on various factors. In order to examine the factors, a questionnaire which mainly consists of pairwise comparisons was carried out. This paper reports the results applying AHP to the questionnaire. 1, はじめに 「合成重要度」計算という手順を追って展開される, 工学部電子情報工学科では3年次に進級する際にMコー ス,Sコース,1コースのいずれかを選択することになる. コース選択に影響を与えている要因には,様々なものがあ り,それらが複雑に絡み合っているため,意思決定をいっそ う困難にさせている. 本研究では電子情報工学科のコース選択における意思決定 要因をT.L.Saatyによって提案されたAHPを用いて分析し た結果について報告する.
2. AHP
AHP(Analytic Hierarchy Process)1)は階層化意思決定 法と呼ばれ,T.L.Saatyによって提案された意思決定手法の 一つである.AHPは「階層図」作成,比率尺度による「一 対比較」,階層ごとの「重要度」計算,階層全体としての *電子情報工学科 Department of Electrical Engineering and Computer Science 2.1 階層図 意思決定の「問題」,最終的な選択の対象となる「代替 案」,その間にある「評価基準」という階層構造を表すため に階層図を用いる.階層図は階層の深さを示す「レベル」 と,問題評価基準,代替案などを表す「要素(項目)」, 上下の要素を結ぶ「線」からなる.評価基準はさらに階層化 されることもあり,また上下の要素を結ぶ線は煩雑となるの で簡略表記されることもある. 上の要素を「親要素」,下の要素を「子要素」と呼び,あ る一つの親要素は線で結ばれたそれより下位レベルの子要素 と一つの階層を成していると考える. 2.2 一対比較 一対比較とは複数の要素があるとき,その中の2つの要素 間の大小,強弱関係を比較することである.一対比較は2つ の要素のすべての組み合わせに対し行われ,要素がn個ある ときn(n−1)/2通りの組み合わせが存在する.通常 AHPでは要素の大小,強弱関係を表1のように評価する,表1一対比較値
一対比較値 意味 1 両方の要素が同じくらい重要 3 前の要素の方が若干重要 5 前の要素の方が重要 7 前の要素の方がかなり重要 9 前の要素の方が絶対重要2,4,6,8
補間的に用いる 上の数値の逆数 後の要素からみた場合 2.3 重要度 ある階層の一対比較によって得られた一対比較値をもとに 個々の要素の重要度を計算する.また,重要度は階層ごとに 和が1となるように規準化される. ある親要素に属するn個の子要素を万,12,…,Inとし, その本来の重要度がw、,w2,…, wnであるとすると,要素 1,とろの重要度の一対比較値肉はaiノ・当 (・)
Wj となる.したがって,すべての要素間において一対比較を行 い,その結果得られた一対比較行列/1=【αり]に重要度ベクト ルw=[Wi]を乗じると次式が得られる. Aw=nw (2) この関係式より,一対比較行 1已の固有ベクトルは重要度ベ クトルを表すことが分かる.また,nは行 1㎏の最大固有値 である.もちろん実際の一対比較行列はこのような関係を満 たす形とはならないがこれに近い形となっていると考えられ るので,一対比較行列の最大固有値と固有ベクトルを求めれ ば,その固有ベクトルが各要素の重要度として採用できると 考えられる.本研究では最大固有値,固有ベクトルを求める 方法としてべき乗法2)を用いる. 2.4 合成重要度 各階層の重要度を求めた後,要素の総合的重要度を求める ために階層構造に基づき重要度の合成を行う. 階層図のレベルがLあるとすると,次の漸化式 w =1 11 w、.l」・Z) wkjv,j ③ iεFj が成り立ち,レベル1からレベルL−1の順に次々と重要度 を合成する.ここで,レベルkの要素iの合成重要度を Wla.,レベルkの親要素iに関するレベルk+1の子要素jの 重要度を聯子要素jの親要素の集合をFiとする. 2.5 整合性 AHPでは一対比較行列の整合性を示す指標として整合度 C.1.(consistency index)を用いる. λ 一1 C.L= ㎜ (4) n−1 整合度は完全な整合性を持つ場合は0であり,値が大きくな るほど不整合性は高くなる. さらに整合性を表すもう一つの指標として整合比 C.R. (consistency ratio)を考える.整合比は次式で表される. C.L C.R.=一 (5) M Mはランダム整合度で一対比較行列にランダムな値を代入 し,整合度を多数回計算したときの平均値である.ただし, 一対比較値として表1の値を用い,対角要素は1で,対称要 素の逆数関係は成立しているものとする. 整合度整合比は0.15まで許容できるとされている. また,階層全体の整合性を表す指標として階層整合比を考 える,個々の整合度にその親要素の重要度を掛けその総和を Cとし,同様にランダム整合度にその親要素の重要度を掛け その総和をRとしたとき,階層整合比Hは次式となる、 H=」三 R 階層整合比も0.15以下であることが望ましい. 3. コース選択における意思決定 (6) AHPでは意思決定を「問題」一「評価基準」一「代替 案」という階層構造で考える.これをコース選択の意思決定 に当てはめると,コースの選択という「問題」に対して,最 終的な選択の対象となるSコース,Mコース,1コースとい う「代替案」があり,その間に代替案に影響を与える要因と しての「評価基準」が存在すると考えられる.以下に実際の 手順について述べる. 3,1 評価基準の選定 AHPで意思決定要因を分析するために評価基準となる意 思決定要因を選定する.意思決定要因はブレーンストーミン グにより抽出し,親和図法で分類,整理した(表2). 一 54一表2コース選択の意思決定要因 興味 各コースの分野 講義・実験・実習 知的好奇心 実験・実習時間 実験・実習環境 単位 就職 魅力 将来性 社会的地位 安定性 コースにいる(いく)人 i友人・先輩・教官) 友人 先輩 教官 人の意見 ガイダンス(先生) 友人 先輩 親 雰囲気 先進的 堅実 易しい 明るい 3.2 アンケートの作成 表2をもとに階層図を作成し,一対比較を行うアンケート を作成した.この段階で一対比較数は91となり,このまま アンケートを実施することはかなりの負担となるので,予備 調査を行い,結果をAHPで分析し,重要度の低いものを削 除することにした. 電子情報工学科4年次生を中心とした9名に対し予備調査 を行って,どのアンケートについても重要度の低い項目を削 除した結果図1のような階層図を得た. 図1の階層図をもとに本調査用アンケートを作成し,電子 情報工学科2年次生を対象にアンケート調査を行った. 4. アンケートの分析法 回収したアンケートの具体的な分析手順を以下に述べる. 4.1 コース別の分類 希望コース別の意思決定要因の違いを把握するためアン ケートを希望コース別に分類する必要がある.分類方法は, まず,回収したアンケート全てについて個別にAHPを実施 し,重要度,整合度,整合比,階層整合比を算出し,この時 点で整合性の悪いものを取り除く.次に,最終的なコースの 合成重要度が一番高いものを希望コースとして判別する. レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 コースの選択 興 味 M 講 義 好奇心 P 位 SI 就 職 魅 力 ォ来性 n 位 タ定性 人 友 人 諱@輩 ウ 官 4.2 コース別の意思決定要因の分析 希望コース別に意思決定要因の重要度を平均化してコース 別の傾向を調べる.重要度を平均化する方法は次の二つを考 える. (1) コース別に一対比較値を幾何平均してから,重要度 を求める. (2) 個々に重要度を求めてから,コース別に算術平均を 求める. (1)の方法はAHPで一一般的に用いられている方法である が,(2)の方法を用いるとコース内での重要度のばらつき (分散)を調べることができると考え,2つの方法を併用し た. 4.3 県内県外出身別の意思決定要因の分析 コース別の要因だけでなく,県内出身,県外出身別でも同 様の方法で重要度の違いを分析する. 図1 階層図
平成5年12月 5, アンケート結果と要因の分析 アンケートは工学部電子情報工学科2年次生を対象に
1992年12月1日から12月11日の間に実施し,アン
ケート回収数は162,アンケート回収率は76.7%で
あった.そのうち一対比較値のデータが揃っているAHPが 適用可能なアンケート数は136であった. 5,1 整合性の結果 136のアンケートの整合性を調べると表3のようになっ た.整合度,整合比ともに0.15以下が望ましいが,分析 対象が少なくなることや平均して分析することを考慮して階 層整合比O.3以下の121のアンケートについて分析を 行った. 表3整合性のよいアンケートの度数 整合度 整合比 階層整合度 0.15未満 37 21 69 020未満 46 25 93 0.30未満 89 56 121 ※ 整合度,整合比はすべての階層において条件を満たしているア ンケートの度数である のでAHPの結果に基づいて希望コースを分類することにし た.AHPにより分類した第1希望コースと第2希望コース のクロス集計を表5に示す. 表5 第1,第2希望コースのクロス集計 第2希望 計M
S 1M
0 11 3 14 第1望
S 24 0 29 53 1 15 39 0 54 5.3 希望コース別の重要度 AHPによって求められた各項目の重要度を以下に示す. 重要度は大きく分けて階層ごとの重要度と上位のレベルの重 要度も考慮される合成重要度の2つがある.階層ごとの重要 度は階層内での項目の重要性を表し,合成重要度は階層全体 での重要性を表す.また,階層ごとの重要度は階層ごとに, 合成重要度はレベルごとに1に規準化される. なお,重要度の表中の数値は一対比較値を幾何平均したも のである.全体とは全てのアンケートの一対比較値を幾何平 均したもの,M希望, S希望,1希望はそれぞれのコース別 に幾何平均したものを示す. 表6 希望コース別重要度(レベル2,3) 5.2 AHPによる希望コースの分類 アンケートには希望コースを記入する欄を設けたが,未記 入のものが多いのでAHPによりコースの合成重要度を算出 し,重要度が一番高いコースを希望コースと考えた.またア ンケートに記入したコースとAHPの結果より得た希望コー スを表4に示す.表4記入コースとAHPによる分類結果
AHP L入コースM
S 1M
10 7 1 2 S 46 3 39 4 1 42 0 3 39 未記入 23 4 10 9 合計 121 14 53 54 表4よりAHPにより得られた希望コースはアンケートに 記入したコースを反映していると考えられる,アンケートの 希望コース欄は未記入のものが多く,分析対象が少なくなる レベル 親要素 子要素 全体 M希望 S希望 1希望 2 コース 興味 0,461 0,499 0,461 0,450 @の I択 講義 0,169 0,188 0,159 0,175 就職 0,249 0,218 0,250 0,256 人 0,121 0,095 0,131 0,120 3 講義 好奇心 0508 0,607 0,506 0,483 単位 0,492 0,393 0,494 0,517 就職 魅力 0,284 0,230 0,264 0,321 将来性 0,295 0,345 0,309 0,268 地位 0,139 0,148 0,136 0,139 安定性 0,281 0,276 0,290 0,272 人 友人 0,325 0,332 0,330 0,316 先輩 0,243 0,166 0,258 0,252 教官 0,431 0,502 0,412 0,431 5.3,1 意思決定要因の重要度 表6にレベル2,3の希望コース別重要度を示す. レベル2,3の要素は意思決定要因を表している. 全体的傾向としてレベル2では「興味」の影響が大で, 「人」は余り影響していないことが分かる.レベル3では一56一
表7 希望コース別重要度(レベル4) レベル 親要素 子要素 全体 M希望 S希望 1希望 4 興味
M
0,184 0,617 0,153 0,094 S 0,464 0,264 0,712 0,206 1 0,353 0,119 0,135 0,701 好奇心M
0,218 0,609 0,190 0,126 S 0,445 0,265 0,663 0,228 1 0,337 0,126 0,147 0,646 単位M
0,152 0,172 0,133 0,168 S 0,218 0,254 0,221 0,207 1 0,629 0,574 0,646 0,625 魅力M
0,235 0,537 0,218 0,162 S 0,423 0,321 0582 0,262 1 0,342 0,142 0,200 0,576 将来性M
0,312 0,666 0,298 0,238 S 0,351 0,192 0,431 0,298 1 0,375 0,142 0,270 0,464 地位M
0,298 0,413 0,298 0,270 S 0,363 0366 0,380 0,340 1 0,339 0,221 0,322 0,391 安定性M
0,327 0,467 0,312 0,303 S 0,407 0,348 0,465 0,359 1 0,266 0,185 0,223 0,338 友人M
0,178 0,339 0,166 0,154 S 0,483 0,424 0,551 0,419 1 0,339 0,238 0,282 0,426 先輩M
0,302 0,482 0,274 0,287 S 0,310 0,211 0,364 0,284 1 0,388 0,307 0,362 0,429 教官M
0,249 0,480 0,248 0,196 S 0,360 0,302 0,433 0,290 1 0,391 0,218 0,319 0513 「就職先の社会的地位」のコース選択に与える影響は低いと 考えられる. 次に希望コース別に傾向の違いを検討する. 「講義」においてはMコース希望者は「知的好奇心の満足 度」を重視し,1コース希望者は「単位の取り易さ」を重視 していることが分かる.各要素の分散データより講義につい ての重要度のばらつきは他の要素に比べて大きく,さらに重 要度の度数分布を調査すると好奇心を重視しているグルー プ,どちらでもないグループ,単位を重視しているグループ の3つにはっきりと分かれているためそれぞれのコース全体 の傾向とはいえない. 「就職」においてはMコース希望者は「就職先の将来性」 を重視し,1コース希望者は「就職先の魅力」を重視してい ると言える.また,Mコース希望者は「先輩」とのつながり が薄く,「教官」を重視していることがわかる. 全般にSコース希望者はMコースと1コースの中間的傾向 にあると考えられる.このことは表5の第L第2希望コー スのクロス集計よりMコース希望者の第2希望コースに1 コースが少なく,1コース希望者の第2希望コースにMコー ス希望が少ないのに対してSコース希望者の第2希望コース がM,1両方のコースに分かれていることからもいえる. 5,3.2 各コースの重要度 表7にレベル4における希望コース別重要度を示す. 希望コース別に分類しているためレベル4では全般に自分 の希望コースの重要度が高くなる傾向にある.しかし,M コース希望者では友人のいくコース,1コース希望者では就 職先の安定性において希望コースが一番高い重要度となって いない.前者はMコース希望者が少ないため,後者はソフト ウェア産業の安定性に不安を感じているためと考えられる. また,単位の取り易さは希望コースにかかわらず1コースが 一番高い重要度となり,1コースは単位が取り易いと考えら れていることが分かる. 5.3.3 希望コース別合成重要度 表8に希望コース別合成重要度を示す. 表8 希望コース別合成重要度 レベル 親要素 子要素 全体 M希望 S希望 1希望 2 コース 興味 0,461 0,499 0,461 0,450 @の I択 講義 0,169 0,188 0,159 0,175 就職 0,249 0,218 0,250 0,256 人 0,121 0,095 0,131 0,120 3 講義 好奇心 0,086 0,114 0,080 0,084 単位 0,083 0,074 0,078 0,090 就職 魅力 0,071 0,050 0,066 0,082 将来性 0,073 0,075 0,077 0,069 地位 0,035 0,032 0,034 0,036 安定性 0,070 0,060 0,073 0,070 人 友人 0,039 0,032 0,043 0,038 先輩 0,030 0,016 0,034 0,030 教官 0,052 0,048 0,054 0,052 4 興味M
0,218 0,550 0,196 0,153 u義 A職人 S 0,414 0,275 0,576 0,249 1 0,368 0,175 0228 0598平成5年12月 山梨大学工学部研究報告 合成重要度は階層内での重要度ではなく,全体から見た場 合の重要度を示している.レベルごとに規準化されるので要 素が細分化されるほど要素1つ当たりの重要度は小さくな る. レベル4の各コースの重要度は,実際にはどれか一つの コースが選ばれるのであるが,平均化した潜在的人気と考え られ,S,1, Mの順に人気が高い.しかし重要度の度数分 布を調査すると,そのコースを強く希望している人(重要度