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19世紀科学史の時代区分とその歴史的位置

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(1)

19

紀 科 学 史

時代

区 分

と そ

歴 史 的位 置

世 輝 *

On

 

the

 

Division

 of 

Periods

 of 

Science

 

in

 

the

 

19th

 

Century

       and  

its

 

Historical

 

Situation

SYE

 

Seiki

   

The

 

development

 of natural  science  

in

 the 

19th

 century  

is

 investigated

 

We

 can  

divide

 the 

history

of science  in the 19th century  into three periods

 

The

 

first

 period is roughly  from 1800 to 1840 the 2nd from  1840 to 1870

, and  the 3rd from 1870 to 1900

  In the first period

 many  new 丘elds  were  born

many  

fundamental

 things  were   introduced (or discovered and  the 

foundations

 of natural  sciences  in

most  

fields

 were  established

 

In

 the 

2nd

 periQd

 solne synthetic  theories 

in

  physics

  chemistry   and

biology

  were   completed

  while   many  new   germs  appeared  in many  fields

, especia 玉1y in about  1860

Then  in the 3rd period these  germs  grew

, many  phenomena  were  

discovered,

 and  science  went  on  its

way  toward  the evolution  in the 

first

 stage  of  the  next  century

 

That

 is  to  say

  the 

3rd

  is  the transitional period to the evolution  of the 20th century

§

1 .

ま え が き   各 時代の 徴を と ら え, 歴史の 構造を明らか にするこ と は, 歴史学の重 要 な 仕 事の

一・

部 分で ある。 こ こ では 19 世 紀 科 学 史の特 徴

構 造な らび にその歴史 的 位 置を 明 らか に し たい。   事 情 をぱ っ ぎりさせ る

k

め , こ こで は科 学 史 だけに限 定する

もち ろん 19 世 紀の科 学と技 術の間には深い関 連が存 在す る の で (20 世紀ほ どで は ないが), 技 術の発 展 を完全に 無 視し て科学のみ を語るこ とは で きない

そ れで こ こで は技 術 的 関 連に 注 意しっ っ ,

19

世 紀の 自然 科 学の進 歩 を 考 察 する

 

19

世紀の科 学の性格と特 徴に つ い て は すで に種々 の こと が 言 わ れて い る。 19 世紀は 科 学が その本領を発 揮 し, め ざまし く成 長し た 科 学 発 展の 世紀で あり 1   各 分 野が急速に生 艮

拡張し た時 期で ある!} 。 19世紀には科 学が質 的に も量 的に も 躍進し た2)

専 門 化

特 殊 化 が著しく進ん だ時期であるS〕 。 19世 紀は ま た応用科 学の 時代で

科学 と技術が結 合する よ うに なっ た時 期で ある% さ らに 19 世 紀の科 学の性格につ いて は, それ が 現 代 的 科 学へ の 序 曲で あ り, 20 世 紀の革命 ・ 激動へ の過 渡であるこ ともいわ れて い る。 *

科 学 史  

19

世 紀は科 学 技 術におい てばか りで な く, 政 治 経済 社会に おい て も,20 世紀の激 動と波 瀾へ の過 渡 期

準備 期で あっ た とい うこともで きよ う。   こ の ように

19

世 紀は特 殊 な 時

代で あ り, 歴 史 的に重 要な時 代である

こ こ で は 19 世 紀 科 学 史を3っ の 時 期 に 区 分し, 各時期の特 微と 歴史的意 義を次の よ う に規定 す る。  第

期は 19 世紀 前 期で, 1800 年 頃か ら 1840 年頃に いた る

こ の 時 期は多くの科学分 野の ス タ

トの 時 期で あり

諸 科学に おい て もっ とも基 本 的なものが発見さ れ, 諸 科学 分野が 確立 し た時 期で ある

数学

天文 学

物理学

化 学

地質学な どは 1800 年以前か らすで に存 在し てい た。 し か し 19世紀に入る とほ とん ど 同 時に

これ ら諸 科 学の研 究分 野が拡大 し

かっ 新しい段階へ っ て い る。 そし て 20 世 紀へ つ ながる自然 科 学の 基礎 が っ くられて い る

とい うことがで るの で る。   純粋 数 学の

現代 的 数 学の 概 念(複 素 数か ら群・ 集 合

多 次 元 空 間 な ど)の導入, 恒 星 天 文 学の ス タ

ト, 原 子 説

分 子説の提 唱, 波 動 光 学の確立, 動 的 電 磁 気 学 の 発展

有 機 化学の ス タ

ト, 蛋 白質の発 見

細 胞説の 確 立

近 代 的 発 生学の始ま り, 実 験 生理学の土 台, 農 業 化 学の開 幕, 近 代 的 地 質 学

地 球 科 学の ス タ

トなど, 現在の 自 然 科 学の もっ とも基 本 的 な概 念が 導 入 さ れ

も っ とも基本 的 なものがこの時 期に は じまっ てい るとい

5

27

(2)

相 模工 大学紀 要  第3巻 第 1号 こと は驚 くほ どで ある

  従 来の科 学 史 の時代 区 分 で は

産業革命 の 始 か ら (

1760

年頃か ら)

あるい はフ ラン ス 命 前後か ら (1780 年 代 末か ら), 産 業革 命が

段 落する

1830

年まで を, 1 つ の時 期と み なす こと が し ば しば ある5)

し 上 義し た (前 者の ) 時 代 区 分が少 な く と も後 者の時 代 区 分 と同等以 上の意義を もっ ものであるこ と を後に示 し たい と 思 う。   次に

19

世 紀第二 期は

1840

年 頃から

1870

年頃にい たる時 期で, 19 世 紀 中 葉 とな ず げよう。 こ の時 期は

方に おいて総合 的な 理 論があ らわ れ

ま た

方に おいて 次の飛 躍 を する た めのしい芽があら わ れ た時 期で も あ る。 前 者にっ い て は, エ ネル ギ

保 存の法 則, マ ク ス ウ エ ル の電 磁 気 学, ダ

ウ ィ ン の 進 化 論 な どを あ げるこ と がで きる

後者にっ い て は, 陰極 線, タ

ル 化学, 立 体 化学, 微 生 物の 研究, 遣 伝学 な ど多くの ものをあげるこ と がで ぎる

こ の時 期に お い ては, これ らの諸 分 野がス タ

トし た とい う よ り も

胎 動

ない し発 芽し た と表 現 する のが妥 当で ある

  最 後に 三 期は 1870 年頃か ら 1900 年頃に い た る時 期で,

19

世 紀後 期となずけ よう。 この時期は新しい 現 象の 発 見間であり, ま た 20 世紀 初期 (1900 年頃t

1920

代末 )の科学 革 命へ 過 渡期6} (この時 期 が

20

世 紀 初 期の革 命へ の過渡期であるとい うこ とは芸 術 史に おい ても

致 する)。 技 術 史で はこ の時期は重化 学工業の勃 興の ときである7) 。  

1870

年代 以後物理学で は古典理論 で説 明で き

ない現 象 が 続 ぞ く あ らわ れ,

1900

年に近 ず くにした がっ て, 新 現 象の発見 が 加 速度 的に 増加 し た。 20 世 紀に 入 る とほ とん ど同 時に物理学で は革 命 がおぎ, ま た

19

世 紀 末 以 後の 理学は

化 学

医 学

地 質 学な ど多くの分野に 革 命 的影 響をお よぼした8, 。 また 19 世紀 後 期の化 学は 20 世紀へ の 過 渡 的なもの である と み るこ と がで きる。 生 物 科学も1870 年代以後 多くの 新 発しい 段 階 , 1900 年 頃 (1890 年 代 末 )か ら 多 くの ものが

に開 花 する。  以下に これ らの事情を 明らか に し

こ の ような観 点に も とつ い て , 19 世 紀 科 学 史の構 造 と 史 的 位 置 を 明ら か に し たい と 思 う。

§2 . 18

か ら

19

へ  なぜ 19 世紀 前 期に 多 くの科 学 分 野がス タ

トした か を知 る た め に

ま た 19 世紀 科 学 史の歴 史 的 位 置を明ら かにる た め に, この節で 19 世 紀へ 入る直 前の事 情 を のべ た い と思 う。   まず 18 世 紀の位置 ずけにっ い て は 次の よ うに い え る だ ろ う。 17 世 紀は ニ ュ

トン力 学を中心 と し た科学 革 命の世紀で あり, 19 世紀は 科 学が 質 的に 新し い段 階へ 入 る時期で,

18

世 紀はその中間に位置し,

17

世 紀の機 械 的 自 然 観に も と つ く静的な小 規 模の

19 紀の法 的

動 的 な 幅 広い科 学へ 飛 躍 する ため の準 備 期 間で あっ た とい えよう。   準 備 期間で っ た 18世紀に は

19 世 紀 初 頭 (あるい は 18 世紀 末 )か ら科学が急速に進 展するた めの条件 が で きて いた。 第

に イ ギ リスで は産業革 命が お ぎ

第二 にフ ラ ン ス 市 民 革お こ り, これ らは と もに科 学 が 飛 躍 す る ため の条 件と なっ た

また第三 に ドイツ を 中 心 と した 思 想の変革をあげるこ とができる。 そ し て前三者 との 関連のな か に

18世 紀 末の 自然科 学 自身に も 進歩を は やめ る条 件があっ た

とくに 18 世紀 末の ラ ヴオア ジ エ を中心 とする化 学革 命は歴史 的重 要であ っ た。 以 下 これ らの事 情にっ いて

19世紀へ つ な が る簡 単記 述を しよ う。

 

科学技術史の立 場か らみ るなら

18世 紀は術の世紀 で あ り

イ ギ リス に おける技 術の変 革が 結 実して, 1760 年代か らいわゆる産 業 革 命 がおこ る して産 業 革 命は (19 世紀の) 自然 科 学の発 展 を 加 速して い る といえ る。 第

産 業革 命は生 産を急上昇させ (ま た都市へ 集 中させ , 運 輸を発達さ せて い る が故に )

自然 科学の 進 歩を促進する。 す なわち 研究者が増加 し, 研 究 時 間 が ふ え, 研究の便 宜 が よくな る。 第二 に機 械の発達は自然 科 学の発 展に寄与する。 た と えば精 密測定器が 自然 科学 の実 験に貢献 する。 さ らに具 体的な問題と し て,

産業革

命が多 くの科 学 分 野 を 発 展させ た事 実 を あ げる ことがで きる。 た とえ ば熱 機関の効率の研 究が熱学, さ らに エ ネ ル ギ

問題の研究に向わ せ, 工業の需 要に よ る鉱 業 採 掘 の 活 澄 化に よっ て 多 くの化 石 が 発 見 され, 地 質 学

古生 物学が進歩し, 進 化 論に 資料 を 提 供 する。  次に (第 2の 問 題とし て )18 世 紀 末の フ ラン ス 革 命 も 自然 科 学の 発 展に大きな寄 与をし てい る9) 。 革 命政府は 平 等 主 義 を 実 現 する た め に初 等 教 育に重 点を おぎ

多 数 の 学校を設立 し た。 革 命政 府は ま た多 くの専門 学校をつ くり, とくにエ コ

ポ リテ クニ クは 歴史 的に 重要だ っ た 。 自然 科 学の知 識を もっ技 術 者の 養成 を めざし た こ の

か ら,19 世紀前半の科学を リ

ドする多 数の科 学 者がで た10) 。 もっ とも革命の とぎに は科 学ア カ デ ミ

閉 鎖や 若 干優 秀 な科 学 者犠 牲 もあ っ たが, 革 命の科 学へ 貢 献そ れ ら を 補 っ て充 分に大 きか っ た の で る。 フ ラ ン ス 革 命は 19 [聯己初から科学 が 飛 躍 す る た め の

つ の原 因をっ くっ たとい える。   次に第三の問 題であ る思 想の変革に つ い ての べ る。 よ 1 」

28

(3)

く知ら れ てい る よ うに

18 匿紀後 期の ドイ ツで は 自然哲 学が抬頭して い た11  その 原 因と背 景

お よ び その内容 は本 論文で扱 う もの でない の で , それ と 自然 科 学 との関 連につ い て の み 記 述し た い

般に 18 世 紀に は 17 陸 紀 の機 械 的 自然 観 がま だ信 仰されて い た。 それは質 的 変 化 と発 展をみ とめ ない 静 的 な 自 然 観で ある。 そ れに 対し 新しく登 場し て きた自然 哲 学は, 質的変化を とも なう発 展 的

弁 証 法 的

動 的 な 自然 観で っ た。 こ の よ う な 自 然 観 と結 びっ い て 進 化の思 想 (宇 宙の進 化

地 球の進 化

生 物の進 化

人 類 社会の進 化 ) が 抬 頭し, 近 代化学と新 しい 物理 学 (電 磁気学

光 学

熱学 )が お こり

革命 的 な 生 物 学が登 場し た とい え る*

 つづ い て 19 世 紀へ 直 前の 自然 科 学につ い て簡 単 な 要 約 をの べ ておこ う。   18 世紀に は 二

ン の力学と関 連し て

機 械的 自 然 観に もと つ く 数 学と力 学 が 進 歩して いた。 しか し

18

世 紀 後 期に , 熱 学と (静 的 ) 電 磁 気 学の研 究がは じ まっ て い た12 }

で は ソ トに っ ついて ラプラス の宇宙進 化論が あら わ れ てい る(1897)。 天 文 学で は 18 [瞬己末に

ハー

シ = ル に ょっ て 望 遠 境が進 歩しっ っ あっ た

生 物学で は, 18 世紀 前 期に 静 的自然 観を反映 し た リン ネの 動 植 物の分 類があっ たが, 18世 紀 末に種の不 変 性へ の疑 問 が あ ら わ れ, 進化 思 想 が 発芽しっ っ あっ た13)。 ま た

18

世 紀に地 球

地 殻

岩 石を研 究 する 地質学が は じめて登 場する14) 。 そ して もっ とも重 要なこ と と して,

18

世 紀 末 に プ リ

ス トリ

ー ・

ラ ヴォ アジ

に よっ て燃 焼と酸 素と の関連が明 らかに な り, ラ ヴォ ア ジ ェに よっ て化学 的元 素の 明確な概 念と質量 不変の 法則に基 礎をお く 合 理的な 化学, す なわち近 代化 学がス タ

トしていた 15〕 。   した が っ て前に あ げた 3 っ の条件 と関 連を も ち な が ら,

18

世 紀 末には自然 科学 自身の進 歩か らい っ ても

自 然 科 学の範囲 が 拡 大 す る ため の条 件 が あ ら わ れっ っ あ っ た と み るこ と もで きる。 しか し も し前の 3つ の条 件 がな かっ たな ら

19世 紀 前 期の諸 科 学のは な や かな 開 花は不 可 能だっ た の で ある。 §

3 . 19

世紀 前 期

諸 科 学の基 礎   19 世 紀に 入る と ほ と ん ど 同時に 自然科 学の分野の 動 ぎが活澱に な り

,19

世紀 前期に問の基礎的 なのが 樹立 さ れ る が

ま ず 物理 学 ・ 化の 進 歩か ら みて い こ う。   物 質の研究で もっ と も基礎 的なもの と な る原 子説 ・分  * た だ し 発 展 的

弁証法的

動 的な思 想お よ び諸 科 学    の形 成は

イ ギ リス の 産業 革 命お よ びフ ラ ン ス の 政    治革命 と も関 連す るの で

すべ て ドイツ の 自然 哲 学    に負 うと はい え ない 。 子 説は 19 世 紀の初頭に 登 場 する。 元 来 18 世紀末 (ラ ヴォ ア ジ

の 研 究以後 )に は化 学結合の明 析 な 理 論 が 追 求さ れ, 経 験 的 な 化学 法則と して, 1799 年に ブル

ス ト の疋 比例 の 則 , っ つ い て 1803 年に ドル 分 圧 の法 則 と 倍 数 比例の法 則が発 見さ れた これらは 学 結 合の 根底 と しての原 子の在 を 暗示 し

1803 年に ドル ト ンの 「原 子説」 が発表さ れたIS} 。 その後ア ヴ オガ ドPtは 気 体の研 究を す すめ

分 子 説」 を提 唱た 。

 

次に 熱学

電 磁 気 学に つ い ての べる。 まず 熱 学 で は熱現 象の数 学 的

論理的 分析が進ん でい た。1822年 にフ

リエ 熱 伝導 を 解 析 的 研 究

1824

年に カル ノ

熱 機 関 研 究

可 逆 性問 題 を 追 求し ていた1% 熱の本 性の考究は少しずつ 前 し, 次 の時 期に おける総 含的な 理論 (エ ル ギ

保 存の法 則 と 熱 力 学 )を準 備し て い た

 

光 学は 19世 紀に入る と同 時に 躍進す る

1801 年の ヤ ン グの 回折の実 験

1816 の フ レ ネル の光 干 渉 の考 究, さ らに 1817 年の 「光は横 波で る 」 とい う発 見に よ っ て , 波 動 光学が確立 さ れ る。  電 磁 気 学もこ の 間に基 礎を確立する。 丁度 1800 年 に ヴオ ル タは電 池 を 発 明した。 その後ただち に電 気分 解 の研 究が進ん だが, 1820 年か ら40 年まで に電 気と磁 気 との関 係, お よ び電 流にっ いての重 要 な 性質が 明 らか に なっ た。  まず

1820

年に エ

ル ス テ ッ ドが電 流の磁 気

f

乍用 を発 見し (そのす ぐ後に ア ソ ペ

ルに よる電 気 力 学の基 礎 的 発 見がある), これに よ っ て電流の強さを測定 するこ と が 可 能に な り,

1827

年に オ

ム は 電圧

電 流 強 度

抵 抗の関 係をあらわすオ

ムの法則を発 見し た。 以上の発 見を 土 台に し て フ ァ ラ デ

の電磁 気学が 登 場する。 1831 年に フ ァ ラデ

は電磁 誘導電 流を発見し

1833 年に電気 分解の法則 を発見

1837 年に 電磁場論の基 礎を う ちた て たtS}

っ つい て 1840 年に ジ

=一

ル が電 流の熱 作 用 を 研 究し

これで 電 流お よ び電 気

磁 気 間作用に つ いての基 本 的 研 究が

段落 する。  つ に後ま わ し に さ れ た電 気 分解の問 題を と りあげよ う

1800年に ヵ

ラィル らは水を酸 素と水 素に電 気 分 解 し

,1807

年に デ

ヴィは電 流 を 通し て, ナ ト リ ウ ム, ヵ ル シ ウムな ど 多 くの金属を単離し た。 これは化 学 的 引 力 が電 気 的の もの である こと を暗 示 し, 電 気 化 学がス タ

b する。  い ま まで に のべ た原子説 ・分 子 説お よ電 気 化 学 べ て 化 学の問 題で あ り(物 理の 問 題で あると 同 時に), 化 学で はそ れ 以外に 1790 年代か 無機 化が急速に し ていた。 そ し て 1820 年代から有機 化学が登 場 する。 1828 年 ヴエ

は尿 素の合成に 成功し

最初の有機

29 一

(4)

相模工 業 大 学 紀 要   第

3

巻 第

1

号 化 合 物の人工 合成 とし て 注 目 さ れt=tg)e その後数十年の 間有機 化 合物の内的溝造が ま だ 不 明の た め に

有機化 学 の大きい進歩は 将 来に残 さ れ た が

ヴエ

の成 功 以 後 有 機 合 成が っ つ い

1830

年代に は り

ビ ッ ヒが多 くの有機 化合物を分 析し, 植物の必 要 とする栄養を実験 的に研 究し, 農 業 化 学を創始した 20} e リ

ビ ッ ヒは ま た 動 物に 必要な 三大 栄 養 素とし て, 炭水 化物

蛋 白 質

脂 肪をあげてい るが

これは栄 養 化 学の ス タ

トと み るこ と が で きる (農 業 化 学の ス タ

トほ どは っ ぎりしてい な いが)。

 

これで 19世紀前期に 原 子 説

分 子説が登場し, 光 学

電 磁 気 学の基 礎が確立 し

無機化 学が発展

電 気 化 学

有機化 学

農 業 化 学

栄養化 学 が ス タ

トし て いた こと が わか る。 次に生 物 学 へ 移 る

 

19世 紀に物 理 学 (力 学以外の )と化 学の基礎が確立 さ れたが, 生物学で ももっ とも基 礎的 な ものが あらわ れて い る。 す な わ ち顕 微 鏡の進歩に よ り,1831 年に プラ ウ ソ は細 胞 核を発 見し,1838年に シ

ラ ィデン は植 物 は すべ て細 胞から構成さ れ るこ とを 提 唱し, つづい て シ ニ ヴァ ソ 動 物 (の組織) も細 胞からなることを 指 摘し, こ こ に 「細 胞 説」が 確 立 す る21] 。 これは物理学 ・化 学の 「 子 説」 に 匹敵する基 本 的 な もの で ある。

 

お な じ頃プル キニ エ は は じ め て 「原 形 質」 とい う言葉 をっか い

また生 化 学に属する が

,1820

年代に ブラ コ フ

ノ酸を単 離し,1838年に蛋 白 質が生 命 物質で あ るこ とが 明 らか になっ た。 これ らがいかほ ど基 本的なも の で ある か は説明を 必要と しない であろ う。

 

なお

1827

年にベ

アは哺 乳類の生に 関 する論 文を 提出し

,1828〜

1838 年に動 物の発生 史 を著した22〕 。 こ こで 発 生 学に おける前 成 説がくつ がえさ れ

胚発生の 段 階 が 区 別され

近代 的発生 学が ス タ

トする。 ま た

1833− 1840

年に ミュ ラ

の 「人 体生理学 要 綱」が 出版さ れ, 前 者ほ ど で は ないがこれ も歴 史 的に重要であっ た。

 

ま た

19

世 紀 初 期 (1809 年 )に ラマ ル ク の 「動物 哲学」 が 出版さ れ:e)

18 世 紀 後 期 ら あ らつ つ あっ た進 化論の思想がは っ ぎりし た形を と る。 な お

1810

年代か ら 1820 年 代に かけて爬 虫類な ど 多 くの古 生 物の遺 体が 発見 され, 動 物 進 化の証拠は ま す ますは っ ぎり し てき た。   以 上 よ り

19

世 紀 前 期に生物学の 基礎が 確立 さ れて い る有様を 知る。 最後の進化 論と関連 する 19 世紀前期の 地質学は 当 時の化 学

生物 学に お と らず 重 要で あり

次 に地質学 (お よ び地球科 学 )へ 移 る

 

1790 年 代から 1830 年 代に い た る期 間は, 地質学の英 雄 時 代 とよば れてい る。 こ の期 間に岩石 層の系 列やその なかの鉱物お よび 化 石を しらべ る た め に, 多 数の野 外研 究が お こな わ れた。 ス ミス は 1799 年に岩 石 分類法を著 し, 1817 年に イソ グラン ドの地裏下にお ける地 層の垂 直 系列 図 をつ くっ た

つ づ い て 1830 年に地 質 学

地 球 科 学に決 定 的 意 味をもっ ライエ ル の 厂地 質 学 原理」が あら わ

in

24) , 地 球の歴史は ノ アの 洪水よ り約6千 年 とい う説 か ら数百万 年以 上に の び, 先カ ソ ブリ ア 紀

古 生代

中 生代

新 生代の 4 時代に区 分 さ れた

 

す なわ ち 19 世紀前 期に地質学の基礎が確立 されたと い え る

こ の期 間に地球表面の 探 検 が す すみ, また 地理 学に 重 要な進 歩があるが

これ ら につ い て は これ 以上 の べ ない。  次に

般の記 述 順 序 とち が うが

数 学 と天 文 学へ る。 19世 紀 前 期は物理 学

化 学, 生 物 学, 地質 学の進 歩 の時 代 として知ら れ てい るの で, ま ずこれ らにつ いての べ た。 そ して

19

世 紀 前 期は これ ら諸科 学の基 礎の確 立 の 時 代で あるこ と を 示し た。 し か し実は こ の期 間に数学 に おい て も, 多 くの基 本 的な重 要 な 進歩が あっ た。

 

数学で は

1801

年に ガ ウスが複素 数を扱い25) ,

1803

年 に近 代 整 数 論の基礎をつ くっ た。 その後

1820

年になっ て か ら注目すべ き進歩 が 続 ぞ くあ ら われ る

とくに

1822

年の ポン ス レの影 幾 何 学 と 1829 年の ロ バ チ ェ

フス キ

の非ユ

ク リッ ド幾何 学の創 始は , 数 学に おけ る革 命で あっ た2e)。

1825

年に は コ シ

の 関 数 論の 創 始

1830 年に ガロ ア の 代 数 方 程 式の

般 理論 が あ る

また こ の時 代に 現代数 学の基 本 的概 念が 続ぞ く 登 場 して い る

18321 年に ガロ アが群 論の基 礎を う ち た て

お な じ頃ボル ツァ

ノがは じめ て 「集 合」 とい う概 念を導入, ガ ウス の n 次 元 空 間

n 次 元多様 体にっ つい て

,1843

年に ア

ー ・

リが n 次元幾 何学を発 表して い る。

 

以 上から 19 世 紀前期は純 粋 数 学の開幕の 時期で あっ た こ と を知 る が,

方 応 用 数 学に も大きい 進 歩があっ た。 主 なものを あ げると, 1822 年の フ

リェ 級 数, 1824 年のべ ッ セ ル 関数,1840 年頃の ヴェ ク トル

テ γ ソル算 など がある。

 

最後に天 文 学につ い ての べ る。 天 文 学で は望遠 鏡の進 歩に よっ て

1801 年か ら小惑星 が続ぞ く発 見され, 1802 年に連 星の 発 見 が あっ た が

これ ら は 科 学に お け る もっ と も基 礎 的な発見に は属さない だ ろう。 もっ と も重 要な の は , 1838

39 年に

白 鳥 座

61

番 星 とケ ン タ リ ウス α まで の距 離が測ら れた こ と で ある27) 。 これは垣 星 天 文 学 のま り と み るこ がで きる

恒 星の内 部構造を ふ

 

くむ 本 格的 な 恒 星の研究は 1860 年代以後で るが。

 

い ま ま での説 明か ら, 1800 年頃か ら

1840

年頃に いた

 

る 19 世 紀 前期は

自然 科 学の ほ と ん どあらゆる分野に おい て , もっ とも基本 的な ものが発 見され, 諸 科学の基 礎 が 確 立 さ れた時代で ること を知る。

一 30 一

4

1

(5)

§

4

19

世 紀 中 葉 (

1

総 合 的な 理

  19 世 紀 前 期に

物理学

化 学, 生 物 学, 地 質 学 な どの基 礎がつ く られ, これ ら諸 科 学の内 容 が ゆ たか に なっ た。 こ の ような発展に よっ て 19世 紀 中 葉 (1840 年

wa

 

 1870 年頃 )に は, 物 理 学で も化 学でも生 物学でも

総 合 的 な 理 論があ らわ れ る よ う に な る。 ま た

19

世 紀 中 葉に は,

方に お い て次の段階へ の発 展 をめ ざす 新しい 芽があ らわ れて い る

こ の節で は

19

世紀中葉における 総 合 的 な理論 とその背 景につ い てのべ たい と思 う

 

まずこの 間に

物理 学で は エ ネル ギ

保 存 則が確立 さ れ, マ クス ウニ ル の電 磁場にっ い ての 総 合的な理論 が あ らわ れ てい る。 これらに っ い て の べ よ う。

 

物理学な どの進 歩に よっ て , 1840年代に は エ ネル ギ

保 存 則が登 場 する充 分 な 条 件があら わ れて いたE8) 。 物 理 学で は第

に蒸気機関 と気 体の研 究か ら知られた熱量の 力 学エ

転 換 , 第二に電 磁現象か ら知 ら れ た エ ネル ギ

の形態の

さ ら に化 学

生 物 学か ら暗示 された化学エ ル ギ

の生 体の運 動へ 転 換 , な どに よ っ てエ ル ギ

保 存 則は 1840 年 代に必 然 的に 登場し て ぎたのである

は や くも

1820

年代に マ

はこ の こ と を考え

,1842

年のマ

の論文, 1843 年の ジ

ュー

ルに よ る熱の仕 事当 量の 正確な 測定な どをえ て

1847年 にヘ ル ム ホ ル ツはエ ネル ギ

保 存則 を 定 式 化し た29}

 つ づい てマ ク ス ウエ ルの電 磁 場の理論につ い て の べ よ う。 ま えに指摘 し た ように,

1840

年までに重 要で基礎 的 な (古 典 的 意 味におい て) 電 磁 現 象は ほ とん どすべ て発 見 されていた。 さ らに 1857 年にキル フ ホ ッ フ は静電 気 と動 電気の関係 を し らべ て, そ の間に光速度の 定数が存 在 す るこ とを 発 見し た。 その上に たっ て, 1864年に マ ク ス ウエ ルは, フ ア ラデ

があたえた電磁現象に つ い ての 概 念的 説明 を 量的な数 学 的 理 論に仕上げたのであるa°) e マ クス ウエ ル の磁 場論に よっ て, 熱波 も光波 も電 磁 波 として解 釈され, 電 波の 存 在が 予言さ れ た。  マ クス ウエ の理 論は, ニ

ュー

トン 力 学が遠隔作 用

粒 子の物理学で あっ た の に対 し, 近 接 作 用

場の物理学 であっ て31〕

ニ ュ

トン力 学 とな らぶ古 典物理 学の二大 理論で ある。  

1870

年 代に は こ の 2っ の理論を も とに し て,すべ て の 物理現 象が解 明さ れ るか と思わ れ た。  次に化 学合 的な理 論へ 移る

よく知 られて い る よ うに

1869年 ロ タ

ル ・ t イ ヤ

とメ ソデレエ は 周 期 律表をつ っ た。 これは化 学に おける偉 大 な 総 合 化で あ る。 歴史 的に み る な ら

1840年 代に エ ネル ギ

保 存 則が 必 然 的にあらわれたの 同様に, 1860 年

には 元

周 期 律 表が登 場 するの は 必 然の こ と であっ た。 す な わ ち原 子 説

分子 説が提 出さ れて以 後

諸 元素の原 子 価と原 子 量 の決 定が化 学に おける重 要な問 題となり

おな じ原 子価 を もっ諸元素は

っ の グル

プをつ くる こ と が次 第に 認 識される よ うに なっ たa21。 そ して 1860 年頃諸元 素の原 子 量と原 子 価がか りは っ きり し て後

1860年代に は多 くの 学 者が周 期律 表の作製をめ ざし てい たのである

 っ ついて生 物 学に おける総 合につ いての べ る

生 物 学 で は まずダ

ウ イソ の 化論をと りあ げ な けれ ば な ら な い。 ダ

ウ イソ の進化 論は生物学 だけに と ど ま らず, 地 質学か ら当 時の社 会 思 想 まで反 映 し た

3

者 より範 囲 の 広い総 合 化で あっ た。19世紀中 葉には科 学の進歩から みて , 総 合 化の追 求はすで に必 然 的 な 傾 向だっ たのであ る

た とえ ば 社会科 学で は お な じ時 代に マ クス の本 論 な どが ある。

 

さて 1850 年代に は進 化論につ い て の台 的 な 理論は, すで に必然の産 物で あっ た とい え る

18 世紀 後 期か ら発 芽しっ っ あっ た 生物進化の思 想は ,

1809

年の ラマ ル ク の 動 物 哲 学に よ っ て は っ きり し た形 をとる

その後 多くの 爬 虫類

哺乳類 などの遺体の発 見, お よび 地質学の進 歩 に よっ て

と く に 1830 年の ライエ ル の 地質学原理の 出 版以後

進 化論 は もはや争わ れぬ事 実とな りつ つ あっ た。

  1840

年 頃 以 後は どうい う形で合 化 する かの と なっ て い たの であ る

よ く知られ る ように ダ

ウィン は, 1831

〜36

年に い た るビ

旅 行 , 進化論へ の確 固た る信 念 を 抱 き, その後 20 年の 間家 畜 動 物と栽 培植物の綿密な研究に よっ て,

1859

年「種の起 源 」 を 著 し33 )

優 勝 劣 敗

も と つ く生 物 進 化 論を 明ら かに した。 以上の説明か ら, ダ

ウイソ の進 化 論は 広 範囲の生 物学

地質学の総 合 化に よ る もの で ある こ とが わか る が, それ 以 外に当時の 社会思 想の 反 映で も あっ たの で ある Si) 。

 

上に あ げた 4っ は 19tit紀 中 葉における 自然科 学の総 合的 理 論 と して, 万 人に 承認して もら える もので あろ う。 これらは 19 世紀 中葉が自然 科 学に おける総 合 化の 時 期で あるこ との証 明に な りうる と思 う

 その 外に も19 世 紀 中 葉に おける科 学の 総 合 化と し て・ ベ ル ナ

ルの生 理 学 とパ

ル の微生 物 学 をあげる こ と が できる。 ベ ル ナ

ル は 19 世紀前期の物理学

生物学

医 学の知識にもと づ き, 生理学の全 分 野に わ た っ て根 本 的な発 見 をし, 近 代 生 理 学の基 礎をきずい た。

方パス トゥ

ル は腐敗 ・醗酵・伝 染 病 などが すべ て微 生 物に よるこ とを明 らかに し た。 これ らの こと から 19 世紀中葉に は

多 くの で総合的な仕事をする科 学 者 が あ らわ れて いた こ とを 知る。  しかし, ベ ル ナ

ル の仕事とパ ス トゥ

ル の 仕事は, 広 範囲にわ た る 規 模の 大 きい 仕 事で あるに もか かわら

31

(6)

相 模工 業 大 学 紀 要   第

3

巻   第

1

号 総 合 化とい うよ りも

次の時 代 あるい は次の段階へ の 突 破口をつ くっ た点に お い て よ り重 要である。 し たがっ て これらに っ い ては次の節に の べ る。

§5 . 19

世 紀 中 葉 (

2

新 分 野の誕 生   19世 紀 中葉は 偉 大な総合 化の時 代っ た。 しか し

方 19 世紀 中 葉は, 19 世 紀 前 期に おける自然 科 学の基 礎 的 な 仕 事にっ づ き, 自然 科 学が次の飛 躍をするため の 胎 動な ら び に発芽のでも あっ た。 これ らの 事情に つ い てこ の節でのべ る。 た だ しすべ ての ものをあげるのは本 論 文の成か ら み て無理で るの で, もっ とも重要 な も の だ け を あ げる。  まず 物 理 学で は陰極線と原子ス ペ ク トル あ げこ と がでぎる。  フ ア ラデ

は 1830 年代に電磁誘導を発見 し た が

ま も な くこれ を利用 し て電 圧をっ くる こ と が判明し, 1851 年にル

ム コ ル フ は 数 千 ボル ト の電 圧 をつ くる こ とに成 功 した

真 空技術の進 歩とあい まっ て, 1858 年に プ リュ ッ カ

は陽 極 と陰極を封じこん だガ ラス真 空 管の 両 端に高 電 圧 をか け, 陰 極か ら陽 極へ 向か う明るい 流 れ を発見 する。 1869年に ヒ ッ トル フ は そ の研 究 をっ づ け, これ を 陰 極 線 と なづけた。 これが電子の発見へ の序 曲であっ た。  陰 極線と な ら んで 後に原 子 物 理 学 が 登 場 する ため の先 駆的 役 割をは た し た ものに 原子スペ ク Fル が あ る 。 原 子 ス ペ ク トル は物理学 革 命へ 糸口 と なっ たばか り で な く, 天 文 学 革 命へ の導 火 線ともなっ てい る。 次に これ に つ い てのべ よう

 

1859

年に ブン ゼ ソ キ ル ヒ ホ ッ フは分光 器に よる化 学 分析を おこない

各元素が 独 自のス ベ ク トル 線 を だす こ とを 発 見し たが, これは 物理学

化 学

天 文 学の 変革 へ の端緒と なっ た

1861年に キル ヒ ホ ッ フ は太 陽 光 線の ス ペ ク トル を 分析して

太陽を構成 する元素を示した

つづ いて 1864 年に ハ ソ ギ ン ス は 恒 星のス ペ ク トル を分 析 し

これよ り 近 代 天 文 学 が開幕 し た の である35 )

 この よ うに 1860 年前後に物理 学と天文学で は将来の 躍進へ ら わ れて いた の で あるが, 化 学につ い て も同様である。 丁度おなじ頃化学で は, タ

ル化 学, 立 体 化 学, お よび 物理化 学が生 れっ っ あ り, 前

2

者と関連 して有 機 化 学 が 躍 進へ の 転機に到達し てい た。   タ

ル 化学 は 工業 化 学である が, 化 学理論と切 りは な せられる問題で はな く, 少な く と も, その成 立 期に おい て は 自然 科 学の問題であり, 歴史に おける重 要性か ら み てこ こで と りあげるこ とに しよう。   まず

1845

年に ホ フマ ン はコ

ル タ

ル を分 析し, そ の なか か らペ ソ ゼ ン 発 見

1850 年頃ベ ンゼ ンか ら ア ニ リン を 誘し た 。 っ つい て 1856 年にパ

キン がア ニ リ ソ か ら染 料 をつ くることに成 功し, これよりタ

ル 化 学が誕 生 する。  しか しタ

ル化 学 が あらゆる領 域にわた っ て実りゆた か な生 産 物を うみ だすた めに は, 有 機 化 合 物の構 造, と くに ベ ソゼソ の構造が明 らかに されなけ れ ば な ら なか っ た。 そして この方向へ 向っ ての 大 きい進 歩は

1860

年 頃 に あら わ れて い る

ケ ク レは 1858 年に炭 素の化 学的 結 含に つ い て の 理 論を発表し

つ づ い て 1860 年頃

有機 化合物で は炭 素 原子 が鎖 状にっ な が るこ と を み ぬい た

さらに ケ ク レは 1865 年っ い にベ ソ ゼ ン分 子で は炭素 原 子が環 状に結ん で い る こと, す なわ ちベ ソゼ ン環 を 明 ら か に し たe6}

っ て 有 機 化 学

ル 化 学の発 展 が 可能と な る

 た だし ケ ク レ の発 見だけで は ま だ 不足 な 点が

っ た。 そ れは有機 化合物の 分 子購造が二次 元で な く, 三次 元で ある こ とだっ た

こ の 方向へ の第

歩はすで に 1848 年パ ス トゥ

ル が 酒 石 酸の研 究に おい て み いだ し て い る (立 体 化 学の第

歩 )S6)

し か し仕 事が あま りに先駆 的であっ た た め

その次の進歩は 1874 年の フア ン ト

ホ フの究ま で まつ 。  この よ うに

19

肚紀 中 葉に, とくに 1860 年頃, 化 学 で は い くっ かの先 駆 的発見があ らわ れ ていた が

丁度お なじ頃, 化 学の もう

っ の新しい分野

物理化 学 が 誕 生 しっ つ あっ た。 1864年に ヅル ドベ リと ヴァ

ゲが化学 平 衡 (化 学 反 応の平 衡 )の研 究をは じめ て いたの で ある。  つ ぎに生 物科学へ 。 ふ しぎ なことに生 物 科 学で も

1860

頃に 新しい 芽 が あらわ れ

新しい 分 野が誕生しつ つ あっ た

もっ と も重 要な もの と し て

ここ で は微 生 物 の研 究

生理学お よ び遣 伝の問 題 を と りあ げる。   1856年か ら59 年に かけて, パ ス トゥ

ル は有 機 物の 醗 酵と腐 敗が微 生 物に よ る もの であ るこ と を明 らかに し37 )

つ づ い て 1865 年 当 時 流 行し て い た蚕の伝 染病 も 微生物に よ る こ とを証 明し た。 これは微 生 物に関 連 する 広 範 囲な科 学を誕生させ

さらに長年人類 を 苦しめ てい た伝染病 も微生 物に よ るものであるこ とを暗示 し た

 次に生理学で は 1850 年 代

1800 年代を中心 と し て, ベ ル ナ

ル は消 化 液

膵 臓の役 割, 肝 臓の機能

体温の 来 源

神 統 系 統な ど, 生理学の全 分 野にわ たっ て根 本 的 な発見を な し

1865 年に 「実 験医学 序 説」 を著 し たss} 。 こ こ で彼は生理学を実 験 的 決 定の方 向に の せ, 生気論を 駆 逐し, 近 代生 理学をス タ

トさせ た

  い まのべ たパ ス トゥ

ル の微 生 物 研 究とペ ル ナ

ル の 生 理学は近 代医 学へ の先駆 的な画期的な仕 事で ある

次 に遣 伝学で は よく知ら れ てい る ように, 1865 年メ ン デル は時 代に先ん じ て遺 伝の根 本 法 則で あ るメ ソデル の法則

一 32 一

(7)

を発見し ていた39    こ こ に お い て次 の よ うに 結 論 す るこ と がで き る

1860 年前後には, 天 文 学, 物理 学, 化学, こ と に化 学の広い 領 域にわ たっ て

さ らに 生 物学 と医 学に お い て も, 次の 飛 躍へ 先 駆

画 期的 な 大発 見続ぞくあわ れい る。  し か し わ れ わ れ は

1860

年を 時 代 区 分の境 目 とお くこ と は で きない なぜな ら以上の諸 発 見は ほ とん ど時 代に 先ん じる天 才 的 発 見で あり, 1870 年代か ら諸 科 学 が

20

世 紀の革命と開花へ 向っ て 躍進をは じ め る故に ,

1870

年 頃を時 代 区 分の 境目に お くの が適当で あろ う

§

6 . 19

世 紀 後 期

革 命へ

 ま え にのべ た ように 1870 年 頃か ら 1900 年頃に いた る期 間を

19

世紀後期 (19 世紀 第三期 )と お く* 。 こ の 時 代は

20Le

紀 初 期の科学革 命, あるいは 20 世 紀の科 学 文 明へ の過 渡 期 とみ なしうる と思 う。 以 下 に そ の要点 をの べ

そ の事情を 明 らかに し よ う。  まず 天 文 学では は や くも

1860

年 代に 転 機 が 到 達し て い た。 1860 年代に天体分 光 学と写 真 術の登 場に よっ て

種々 の恒 星の組 成と温 度につ い て の研究が はじまり, 天 体の 撮 影が可能と な る。 また 1870 年代か ら望 遠 鏡 が 次 第に 大 型化し てい っ たe  物 理 学で ば 1869 年か ら 陰極 線の 研 究が 活 撥に な る。 ヒ ヅ トル フ (

1869

), ゴ

ル ドシ

タ イ ン (1876), レ

ナ ル ト(

1880

年 代 )の研 究をえて, 陰 極 線が電 子で あ る こ と が わ か り,1897 年 頃 トム ソ ン が 電 子の 性質を くわ し くしらべ , 原 子物理 学へ の

つ の突破口をつ くっ た 41) 。  

1885

年に バル マ

H

が 水 素 原 子の バ ル マ

系 列 を 発 見し て以後, 原 子のス ペ ク トル系 列の 分析がす すみ, 原子 構造へ の 手 がか りと なっ た。  原 子 物理学へ の も う

っ の手が か りは気体 分子 運 動 論 の展開か らくる。 1870 年代に マ ク ス ウエ ル

ボル ッ マ ン を中心 に気 体 分 子 運 動論が 展開さ れ

原 子と分 子の大 き さ, 質量, 速度な どの数 値 がえら れた。 ま たこ こ で示さ れた確率的な思考 法は 20 世 紀 物理学の特 微と な り

ま た

20

世紀の数理科 学

般に お け る思 考 法の先 駆とも な る もの である。  以上 よ り 1870 年 代から原 子物理 学へ の予 備 的 発 見が 多 数登場してい るのを知る。

1880

年 代から物理 学で はさ らに 広い 範囲にわ た っ て 20 世 紀へ の過 渡 期 的 性 格をっ よくあらわし て い る。 * 時代 区 分の壌 目を 1890 年 代 末 に お くの も40), 1900  年 に お くの も, い ずれ も合理 的であるが, 本 論文で  は

19

世 紀 科学 史につ い て の べ い るの で, 上記の   よ うに 区 分 を し たo  

1887

年に ヘ ル ツ は電 波を 発 見し, こ れは無 線通 信へ の端 緒と な っ た。 ま たマ イ ヶル ソ ソ は 1881 年か ら 電 磁 波を 伝 え る と考 え ら れ たエ

ル の に挑 戦 し,

1887

年つ い に エ

ル のが否 定さ れ42} , 力 学と 電 磁 気学 の命 (相 対 性 理 論 )の糸口 となっ た。   1895 年か ら 物理 学 で は

X

線 (1895)

ウラ ン の放射 能 (

1896

ラジ ゥム (

1898

) など多くの大 発 見 がつ づ き,

20

世紀の物理学 革命へ わ た だ しく驀 進 す4a)

 か くして 1870 年 頃か ら物理 学の革 ての 動 が 活 撥に な っ た ことが わか る。 そ し て 19 世紀 末の 物理 学上 の諸 発 見と

20 世 紀 初 期の物理学革命は

20 世紀 初 期の化 学

医 学 ・地 質 学ど 多 く分 野に も革 命的影 響をあた え てい るのでη

理 学 か革 命 っ てい る と い う事 実だ けで も, 19世 紀 後 期が 20 世 紀へ の過 渡 期で あっ た とい う理由 と な り うるの で ある

  次に化 学へ 。 化 学は 1870 年 頃か ら俄 然 活 気を お び, 進 歩 がは や くなっ て い く。 まえに の べ た周 期律 表の 登 場 (

1869

) や 元 素の ス ペ ク ト ル分 析 (1860 年代)な ど に よ っ て , ま た

70

年代か ら新しく登 場して きた諸 発 見 に よっ て

化学の動 ぎが 活 溌に なっ た

  1874

年に フ ア ン ト

ホ ッ プは炭 素原 子が四 方に

4

本 の手 を 出 すこ とを指摘し, 立 体化学がス タ

トする。 お な じくプア ン ト

ホ ッ フ が

1876

年に化学反応 速 度を研 究 し

1876

 78 力 学 とエ ネル ギ

の法 則を導入し て,

物質系

の平衡を論じ, こ こ に物理化 学が 前 進をは じめ る

こ の研 究はオス ト ヴ ァ ル トに よ っ て ひ きっ が れ ま たオス ト ヴァ ル トは 触 媒の重 要 性を示 し,

20

世 紀の化 学工 業へ

っ た。

方お なじ期 間に 周期 律 表に かけていた諸 元 素の発 見がつ づ い た

 純 粋 化 学 理 論からや やそれ る が

応用 化 学 も 1870 年 頃から活 撥に動く。 ド イツで タ

ル誘 導体が系 統的に分 析さ れ, 染料

香料

医薬

調味料が え られる ように な り44 ]

染 料 さ れ て ソ

ダ と硫 酸の大 量 生産がすすむ (

1880

年 代 )

。一

方 ノ

ペ ル を中 心と し た 火薬の 研 究もす すむ (1870 年代

1880

年代 )。 ま た化学 パ ル プ (1871), セル ロ イ ド (1870 )な ど多くの発 明が登 場し た45) 。 い まか らみ れば

19 世紀後期の化学の膨 脹と 発 展は 20 世 紀 文明の

つ の 花 形で あ る 化 学 工業へ の準 備期であった とい えよう。   次に生物 科 学に つ い て のべ る。 まず医学では疑い な く

1870

年代が偉大 な転 換 期であっ た。

1875

年に ロ

ベ ル ト

ホは微 生物が 炭疽 菌の病源 菌であるこ とを 明ら か に し, 病源菌の染色と培 養に成 功し て細 菌 学の基 礎 を つ くっ た。 それ か ら後

1870

年代 末か ら 1900 年に わ た ず

っ て

腸チ フ ス 菌

コ レラ菌

結 核 菌

赤痢 菌な ど

一 33 一

(8)

相 模工業 大 学 紀 要 第

3

巻 第

1

号 多 くの伝 染 病の 細 菌 が 続 ぞ く発 見 さ れた。 これ らが 医学 に お よ ぼ した影 響は甚大であり, また

20

世紀の経 済

社会へ の 響 は さ らに大 きかっ た。

 

この 間に生 物学で

番 注 目 さ れ るのは実験 発生 学の 誕生 ・ 発 展 。 シ ャ プリ

とル

は 最 初の細 胞の内 部 条 件を か える こ と に よ っ て

生物の生 長 が ど う変るか を実 験 的に観 測した46) 。 また

1880

年 頃か ら顕 微

の発 達に よっ て細 胞 分 裂の研 究が進 歩し た。  こ の ように

1870

年 代から

1900

年に い た る 間は, 医 学で は第

に細 菌 発 見の 時 期であ り, また生 理 学の進 歩 の時 期であっ た。 しか し生 物 科 学 全体はこ の期 間に著し く発展し ていた とはい え ない

生物学で は発生 学 な ど の進 歩が注 目 され る にもか か わ らず 生 物 科学全体が急 速 に 拡大 し, 急速に発 展しは じめ たのは

1890

年 代 末か ら で ある47} 。 それ は物理学 ・化学・ 生 物学 ・医学全体の 進 歩か ら もた ら さ れ た もの である

1870 年 代か ら1890 年 代末に い た る間は, 生物科学全体が躍 進 する た めの (次 の 躍 進をする ため の) 準 備 期

過渡期で あっ た の で あ る

1

) 2 ) > 34 ) 5 )

6

) 7 )

8

) )

90

  1 11 12)

13

14) 文 献 と 註 た とえ ば 友 松 芳 郎 編: 「自 然 科学 史 』 (1963

元 社) 第

9

章 および第 15 章

21

た と え ば

H .

J

 

StOrig

K

偏 π8 

Meltgeschi−

chte  

der

  

WiSeens

σ

haft

 (1954

 

Stuttgart,

Deutsch

), 菅 井 準

な ど訳 『西洋 科 学 史 』 (1958,

東 京 図書 )p

601, p

613

た と え ば 同 上

p

606.

J

D

 Bernal 著:

Sedenee

αnd  

lndustry

1953

London

, 菅原 仰訳 (

1956,

岩 波 書 店)

た と え ば

J

D .

 

Bernal

著:

SCdence

History

1954,London

>, 鎮目恭 夫

長 野 敬訳 (

1966,

3

版 訳

み す ず 書 房)p

301 .

バ ナ

ル も

1870

年か ら

1890

年 代を

20

世 紀へ の過 渡 期とい っ てい る が, し か し 彼 は その 理 由 を のべ て い な い

同 上 p

295 参 照

た とえ ば 謝 世 輝:『

20

世 紀 の科 学』 (1964, ダイ ヤ モ ン ド社 )p

21 

p

32

謝世輝:“現 代 科 学 技 術 史に お ける時 代 区 分” .『科 学 史研 究』

No .79

(正

966

 p

124。

文献 (

1

) 第

11

湯浅光朝 著 : 『科 学 文 化 史 年 表』 (1950 , 中 央公 論 社 )p

66

S

Mason 著:  AHiStOry  of  the 

Et2danees

1953

London

), 矢 島 祐 利訳 (

1956

, 岩波書 店) p

388; 文 献(1)

第 14 章

た と え ば  文 献 (2), p

502

p

520

た と え ば 文献(

10

,p .68.

た とえ ば   文 献 (2)

p

532

p

540

15) 16)

17

) 18)

19

20

21

22

23 24)

25

ラ ラ % 留 ラ   跚 29

30

31

) ) ) 2333

34

35

36

37)

38

一 34 一

C

R

 Darwin :

Menns

 of 

Natur

α

t

 

Sel

θctim (

1859

, 

LOndon

),

内 山賢 次

石 田 周 三訳 が創 元 文 庫に で て い る

進 化 論は思想的 に は,  ドイ ツの 自 然 哲 学, 18 世 紀に形 成さ れ た フ ラ ン ス の 人 類社会 の進歩へ の 念, お よ び イ ギリス資 本 主 義の思 想 的 背 景 である 自 由競 争(と く に アダム

ス ミスの思 考 )の 尊 重, な どと関 連 して い る。 ダ

ウ ィ ン説 が イギ リス で 誕 生 し, 繁栄 したの は と く に 後 者 と関係する

文 献 (7), p

40

文献(

4),p.183.

L

Pasteur : 

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1862

, 

Paris

Bernard

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(1865

 Paris

原 光 雄:『ラ ヴオ ア ジエ 』 (

1950

, 弘 文 堂)i文 献 (5), p

362−−

p

368 .

J

Dalton 著:  A New  S写stem  o

Chemn

αl

Philosophy

(1808, London )p

141.

文 献 (

4

),p

43〜

p

45 。

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Faraday : Philosophical Magazine 1845

Nov .

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よ り 50 年は や く尿 素の合

成に成功 して い た よ う だ が 有 機 物の 合 成と はっ

きり認 め ら れ たの は,

1828

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の実 験

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(1840

Berlin)

文 献(

2

p

728

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狛r8 1828

1837)

J.

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Lamarck

: Philosophde 

ZoologiCue

1809

Paris

), 小泉 丹訳 が岩 波文 庫 に で て い る

C

Lyell:

Principle8

 of  

Ccology

1830

 London

ヴエ セ ル

1797

ガ ウよ り は や く

, 座 標

軸 を 用 い て 複 素 数を表 現 し た が

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に知ら れ て いな い

文 献(

2

), p

615

F

W

 Bessel:

Bestimmung  der Entfernung

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Sterns

 

des

 

Schwans

1844

); 小 尾信 弥

星’   新天 文学講 座

VI ,

藤 田 良 雄編 『恒星 の 世 界 』 (

1957

, 恒 星 社)P

19

文献(

4

,p.

40

H

von  Helmholtz : 

Ub6r

 

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α

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1847,

 

Berlin

矢 島 祐 利 訳 が 岩波 文庫に

でて い る

J

C ・

Maxwen :

  TreCttise

 on 規θσ虚噸 ‘野 and

Magnetdam

(1873, London );文献 (

11

), 

p.

544

伏見 康 治: t

子 の 匿界 と素粒 子の 世 界” , 湯 川 秀 樹 等 共 著 『物理学の方 向 』(

1949

, 三

書 房)

p .

 46

文献(

11

),

p.524.

     

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(1866)

文 献 (8)

文献 (

2

p

785.

C .M

φ

11er

The

 

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 o 

Relativity

1952

, London ), 永田恒 夫

伊 藤 大 介訳 (1959, みす ず 書 房)

P.24.

文 献 (

8

p

42

W .

 

Grei

ing

σんθ糀惣 翫 伽 rl 曲 肋 己‘1958 ) ,

45 ) 46 ) 47 ) 崎 川 範 行 訳 『新しい 化 学, これ か らの 世界』(

1960

, 時 事通 信社 )p

132.

同 上,

p.

227

〜p.238.

た と え ば

Maurice

 

Caullery

 

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鹿

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Biol

)gde (

1956

, 

Collection

 

OUE

 

SAIS ・

JE

?,

Paris), 日高敏 隆

金 谷 晴夫訳 『生 物 学の 歩み』 (

1957

H

水社)

p.95.

文 献(7)

p

33, p

38.

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