滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 四二
滋賀縣農業の構造︵その三.完︶
安
達
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十
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山 IN ▼ 我汝は、本稿︵その二︶に於いて明治末期以来昭和十五年までの滋賀県農業構造の変遷過程より、経営拡大型農家群を、生産力の発展という観点より、主体的・質的に規定し、その形成︵変容︶過程、特に昭和十年以来の中層自小作農家の累
積・拡大過程を考察した。しかし、昭和十五・六年頃より、その分解︵下降︶変容過程が進行する。以下に、その過程を
考察しよう。 期くして、先ず、昭和十六年八月一日置国一斉調査資料に基いてこの年の滋賀県農業構造を内面的に考察すれば次の如くである。 今、昭和十三年九月一日の全国一斉調査と比較すれば、昭和十六年では、農家戸数の増加、一町以上階層の減少昌下降それ以外の階 層での増加何零細化を示しているが,一町一二町階層は、農家戸数三三・二%で、農業者の経営耕地面積比で五二・九%を占めている 点より、大体昭和十三年と同様の構成を示し、大した零細化の傾向は現われていない。筒.自小作別・専兼業別農家構造の変動に関し ては昭和十三年と昭和十六年とで、統計指標上の差異あるため、直接比較は出来ないが.專業減少・兼業増加・自作謄加・自小作減少 ・小作増加の傾向を辿ったことは推定するに難くない。一叢、自作地割合は贈加。︶ 今、昭和十六年に闘し.静態的に考察すれば、専兼業別には、專業農家四三・二%、兼業農家五六・八%︵内、第一種三四・八%、 第二種﹁=﹁・○%︶更らに、これを経営階層別に見れば、実数上.専業農家は一町一二町階層、兼業農家は○・五明未満︵内.第一種 は○・響町一︸町、第二種は○・五町未満︶の階層に於いて最大である。更らに、之を階層別百分比で見れば、一町を境として專業農 家・兼業農家の占める比重が逆転して行く。次ぎに、自小作別農家構成の面では、自作︵内貸出地一町以上の自作匪地主自作四・一%、その他の自作二九・三%︶自小作﹁=・ 三%、小自作[=.七%、小作二三.四%となるが、自小作農家を各々百とした専兼業別農家構成の面では、専業農家の比重は自小作 ・小自作・自作.小作の順位を示し、依然として、自小作・小自作の專業度は高い。更らに、第一種兼業農家の比重では、地・王自作・ 自作.小自作.小作・自小作の順、第二種兼業農家の比重では,地主自作・小作・自作・小自作・自小作の順で、相対的に自小作・小 自作の兼業度は低い。特に、この点で,地主農家の全部が兼業農家であるのが注目に値する。 ︵その内.第一種兼業農家六二・四%、 面こ種兼業農家三七・六%︶また、同年の﹁田畑所有状況調査﹂によれば、田畑広狭別所有者の面で、○・五町未満の所有者が圧倒的 で、 ︵田六三%,畑九八%︶以下、階層の上昇とともに急激に低下してゆく。 ︵田の面積割合では所有階層別一町f二町の二八%を最 高としている。︶ 次いで、昭和十六年以来の滋賀県農業構造の発展過程を、農家戸数・専業兼業別・経営規模別・自小作別農家戸数、自作地・小作地 ① ︵所有地・借入地︶面積の観点より考察すれば、農家戸数は昭和十六年以来二十六年迄増加してゆく。 今、昭和十六年−十八年の過程を考察すれば、農家戸数塒加・専業農家滅少・兼業農家︵第一種・第二種とも︶増加と急激に兼業化 の方向に進展してゆくが、それに対応して自小作別農家︵自作地・小作地別割合︶の面では、即ち、昭和十六年一十七年置問に於いて 農家戸数増加・地主自作増加・自作半座︵しかし、自作農家全体としては増加︶自小作・小自作はともに滅少、小作は増加の傾向にあ る。筒.耕地面積は各年減少しているが小作地割合は増加している。即ち、以上、昭和十六年−十七年の傾向より推定するに、地主農 家の増加は︵従来の不耕地主の飯米獲得目的の自作化とともに︶雇傭・自家労働力の不足に基く経営縮少11貸出地の堰加によるもので あろう。それとともに、自小作・小自作の減少は、その兼業一脱農化によるものであろう。 斯くして、 それら小作地の返還ととも に以上の如く贈着せる貸出地が新生の零細兼業型飯米欝得目的の小作農家に貸出されるに及んで小作農家の堰加を来たしたと解し得よ う。 ︵小作地割合の増加︶しかし.それとともに、専業型自小作農家の、一部、兼業的下降H縮少的自作化の反面、一部の専業的自作 化上昇、或は、小作型拡大が存したであろう。斯くして、昭和十年以来.集積し来った専業的中堅自小作層は、戦時経済の進展に伴い 一部が兼業的に下降し︵縮少的自作化︶一部は、専業的に自作化上昇し、分解過程が進行する。しかも.前者の過程を促進せしめた契 機こそ戦時の労働力不足︵に対応する︶兼業就業機会の増加“兼業牧入墨加の魅力である。之に対して、後者の過程、或は、既考の小 作型拡大を可能ならしめた社会的基盤こそ、昭和十三年の農地調整法の公布、同十四年の小作料統制令︵小作料の引上停止・並びに改 訂︶二重米価政策に於ける地・王米価と生産者米価との制定、米穀国家管理による地主保有米の廃止、即ち、小作料の供出制度下に於け 滋賀県農業の構造︵その三占76︶ 四三
滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 四四 る代金納化とその実質的引下による直接生産者の地位の上昇、之に反して.農業労働力の応召、軍需産業への流三一自作の小作地貸 出、一部自小作の小作地返還の進展による地主勢力の低下である。しかも、その道は後の農地改革に連なる。即ち.黒米晒政策を媒介 とする供出強化と生産力拡充との矛盾的発展−i−米価統制i←小作料統制一←農地改革へ。 然るに、戦時経済の進展は、農業労働力・農業資材の不足を招来し、昭和十八年より十九年に入るや、戦後的様相を現わしつつ、兼 業部面の喪失に伴い、農家戸数の増加とと略に専業化に急転し︵専業農家増加・兼業第一種第二種とも減少︶自小作別農家構成の面で は、昭和十七年一十九年の問で、自小作・小自作増加、自作・地主自作・小作減少︵自作地割合の鱒加︶従って、昭和十六年以来の自 作.小作・小自作・自小作の比璽順位より昭和十九年では自作・小作・自小作・小自作の順位へと比重を転換して行く。更らに、昭和 十九年詣り二十一年忌かけて、戦火による都市工業の破壊、軍需工業の解体.職後インフレーションの進展と工業生産の復興遅遠.都 市に於ける食糧危機の深化等は戦災者・失業者︵引揚者︶復員者の帰農を贈大せしめ、かかる相対的過剰人口の農村滞留が進展する。 即ち、昭和十九年に比して農家戸数の増加・専業農家の増加・兼業農家︵第︼種・第二種とも︶減少︵この点で、昭和十六年以来の 兼業農家第一位より専業農家第一位へ比重の逆転︶爾、自小作別農家の面では、地主自作・自作・自小作・小作の増加・小自作の減少 ︵自作地割合の増加︶と変化して行く。斯くして、経営階層別には、昭和十六年に比して︼町以下の階層への語言化が進展し︵昭和十 三年期に於ける︶一町一二町階層︵の自小作︶の集中値.は、今や、○・五町一一町階層へ一段階落写して現われる。即ち、昭和十六年 の一町一二町、○・佃町一一町、0・五町⊥木満階層という比重順位より、○・佃町一一町、0・五町未満、 一町i二町階層という順位 へ比重を逆転して行く。斯くして、今、農林省農赫統計表に基き、戦後の昭和二十一年に於ける滋賀県の農業構造を考察すれば、経営 階層別自小作別農家構成に於いては、○・島町未満でほ、自作・小作の割合が大きいが、○・五町−一町では、自作を最大として、自 小作・小自作・小作は相均しく、一町以上の階層で、自小作・小自作の比重は自作に次いで大きく、小作は少い。筒、経営階層別専兼 業別農家構成に関しては、階層の上昇するに従ひ、専業度も上昇するが、○・三町一○・五心階層でも専業幽門〇・○%、○・五町一 一町階層に於いても六三・九%を示している。 つぎに、農鉢省農林統計表に基き、昭和二十二年に於ける滋賀県の農業構造を考察すれば静態的にはこ十一年と同型である。 さて、昭和二十一年と二十二年とを比較すれば、農家戸数は依然増加の傾向にあるが、専業兼業別農家構成の面では、専業農家の減 少・兼業農家の増加︵第︼種・第二種とも︶即ち、兼業化過程が進展する。即ち、経営階層別専兼業別農家構成に関しては、○・五町以 上の階層に於いて罪業農家の増加・兼業農家の減少の反面、○・五町以下の階層では、専業農家の減少・兼業農家の増加が進行して行
く。次ぎに、自小作別農家の変動に関しては、昭和こ十二年七月二日までの農地売牧実績︵買牧面積11二、八一八町.小作地面積に対 する割合11九・九%︶を参考として見れば.農地改革は余り進展していないが、自作増加・自小作堰加・小自作減少・小作贈加の傾向 が囲われる。偉、経営階層別には一町を境として零細化が進展して行く。即ち.昭和二十一年度○・握屋!一町、○・五町未満、一町 一一。五町の比重順位より○・五町未満、○・五町一↓町.一町−一・五感の順位に比重を変化せしめる。 斯くして、経営階層即自小作別離家構成の変化を考察すれば、地主自作は○・三町一三町の間で増加、自作は一・五町以下。自小作 は一町以下、小自作・小作は○・五町以下の各階層で増加.且零紬化し、 特に農地改革に対応する︵戦時中貸出地を贈証せる︶地主の 小作地引上と戦後の相対的過剰人口の農村流入一←零細兼業飯米型新設農家︵自作“旧不耕地主・分家と小作︶の増加のために、自小 作・小自作層の下降的自作化傾向が見られる。 今、昭和二十一年の農家二戸当人員を專兼業別農家について見れば、専業農家四・七人.兼業農家五・七入︵第一種兼業農家五・七 人、第二種兼業農家五・八人︶の割合となり、専業度の低下するに従い、二戸当人員は増加していく。これに対して.自小作農家別に は、地主農家五・七人、自作・小作農家鼠・九人、自小作・小自作農家五・四人の割合となる。 以上の如く.專業度の低下するに従い,一戸当入員が増加するとすれば、自小作別農家一戸当人員の点から.人員の多い農家程,兼 業度が上昇していくと解し得るであろ5か。この点に関して、一年聞の時差があるにせよ.昭和二十二年に於ける自小作農家別一戸当 経営耕地面積を考察すれば、自小作・小自作農家ともに八・四反.自作農家六・六反、小作農日直・二反となり.自小作・小自作農家 の耕地保有上の相対的優位を、従って、このことから、多数の家族人員を有する農家程専業従事者も多いと仮定すれば一地主農家に は兼業従事者が多いであろうが1自小作・小自作農家の専業労働力保持上の相対的優位を結論する事が出来よう。 ② つぎに、農地改革の過程を老察しよう。今.昭和二十四年三月一日現在︵以下現在と略称する︶に於ける農地調査の結果、農地統計 により経営耕地面積階層別自小作農家構成を終戦時と現在とで対比すれば、経営耕地面積別農家比電に関しては、終戦時も、現在も. 昭和二十二年の順位と同様である。自小作別農家比重では、 終戦時は昭和十九年の順位と同様であるが、 昭和二十四年に至って.初め て、自作・自小作・小自作・小作の順位をとって現われる。 今、現在に於ける状態を考察すれば、○・五町豊満では、保有限度︵七反︶の貸付耕地所有農家︵以下地主農家と略称する︶と自作 農家の合計が多いが、○・上町一一町階層︵比重の中心︶で、自小作・小自作の合計がそれに比して多く、一町一一・五町の問で両者 は相半ばし、それ以上の階層では前者の割合が多くなって行く。 ︵倫、小作農家は○・五搭乗満階層に多い︶貸付耕地所有農家・地主 滋萱県農業の構造︵その三・完︶ 四五
滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 四六 農家は、○・五心i一・五町階層に集・二値があり、経営階層別農家割合では、 一町i二町両階層で最高となっている。 ︵後者は各々五 ・八%八・九%︶ ついで.終戦時と現在との経営階層別自小作別農家構成を比較すれば、滋賀県全体としては、一町以上の階層で減少し︵しかし.地 帯別には野洲・蒲生の両郡では︸・五目以上の階層で減少︶それ以下の階層での増加巨零細化が進行し、自小作別には、地主自作・小 自作等は減少し、自作・自小作への移行1一自作化が覗われる。筒、それを内面的に考察すれば、地主曲辰家は各階層とも減少し、自作は 三町迄増加・自小作は二町迄.小自作は○・三町未満で増加する外は各階層に於いて減少が見られる。 しかし、現在の農家中には、終戦時以後の新設農家︵分家・入植農家︶が存在する︵五・七%︶従って、今、後者を前者より差引き 終戦時より現在まで存在する農家に関して考察すれば.経営面積不変の農家五九.五%、減少農家二四・七%、拡大農家一五・八%と なる。 先ず,経営面積不変の農家を考察すれば.終戦時︵0・五町一↓町階層の︶自作農家が圧倒的に多い。筒、両翼を動態的に考察すれ ば.各階層に於いて自作・自小作の増加.弛の農家の減少口自作化傾向が見られる。 しかし. その内には、農地改革に無関係な農家 ︵経営面積不変農家の約半数︶が内在し、その内でも矢張り自作農家の割合が多い。 つぎに、経営面積を縮賭せる農家に関しては.終戦時に於いて、○・難聴i一町階層では。自小作・小自作・小作の順.一町i一・ 平町階層では、自小作・小作、従って、全体としては、○・払出一一町階層の自小作・小自作の順に支配的であった。しかも、現在に 於いても○・雄町一一町自小作が支配的である。今、終戦時と現在とを比較すれば、地主農家は一町以下、自作・自小作は一・五町以 下、小自作は○・夷町以下で増加。全体としては、一町以下へ零細化︵と自作化とが交錯︶する。即ち、この点で、地主の小作地引上 による自小作・小自作等の経営縮少の反面に、経営維持能力のない大中の地主農家・旧自作の経営縮少傾向が覗われる。 つぎに、経営面積を拡大した農家に関しては、終戦後に於いて、自作は一町以下の階層︵最大︶その他は○・五町f一町階層の農家 が支配的である。A、、現在の状態を考察すれば、○・五町1一町階層の自小作が支配的である。斯くして、終戦時を基準として現在へ の移行を考察すれば、地主自作・小作は各階層に於いて減少する反面、自作・自小作は三町階層まで増加拡大する。従って.全般的に は、一町i一.五町階層の自作・自小作への拡大・移行となって現われる。勿論、地主農家の減少、自作の増加には、小作地の引上に よる経営拡大.合理化型が存在するが、他面、新しい小自作、小作農家の専業的自︵小︶作への自作化上昇が覗われる。 他に、滋賀県に於ける農地改革の影響に関する調査資料に関しては、蒲生郡を中心としたものに、農林省京都農地事務局﹁農地改軒
による農村変貌調査L ︵昭和二十五年︶がある。 斯くして農林統計表に基き、昭和二十二年と昭和二十五年とを比較すれば農家戸数の増加とともに、兼業化の方向に向い︵専業減少 兼業第一種・第二種とも黒影一昭和二十一年以来の専業農家第一位.兼業農家第二位より、その比重を逆転︶それに対応して、経営 耕地面積階層別には、○・三町乗満の鱒加、○・三町fO・五町階層の減少、こ町以上の下降による○・五町一二町階層の増加を示し ている。即ち.供出・租税・シェーレのために.零細化・兼業化過程が進行して行く。しかも、それを促進せしめたものこそ.ドッヂ ラインによる資本蓄積の強化・農村内在的過剰人口の吸牧である。 筒,県内市郡劉には、滋賀県統計全書に見らるる如く、伊香郡では、農家戸数の減少が見られるが、他の諸市郡では、逆に増加して いる。階層別には、滋賀・甲賀・東浅井・伊香郡等︵一毛作地帯︶では、○・五四未満階層での減少︵即ち、終戦後、農村に滞留せる 半失業人口︵零細兼業型農家︶の脱農化︶と上層への拡大が見られるが、その他の市郡では、一般に、各階層に於ける懸守艮分解が進 展している。 昭和ニナ四年一二十五年期の県内に於ける土地移動状況に関しては、農林省統計調査部編集﹁小作料及び土地移動状況調査﹂ ︵昭和 二十五年︶がある。
以上の如く、昭和十年以来、集積され来った中層自小作農家は、戦時中の労働力不足、農業資材の不足兼業牧入増加の
魅力のために、その一部が︵兼業的に︶一階層下降せざるを得なかった。しかも終戦後、相対的過剰人口の農村流入11新
設農家の増加により減少傾向にあるとはいえ、なぼ広汎に残存せる中層自小作農家も、農地改革の過程に︵新しく、自︵
小︶作に︵拡大︶上昇させる農家も存在するにせよ︶地主の土地引上、或は、自作化による小作料よりの解放・小作料の
実質的低下一生活安定の為に、﹁部が下降的に︵兼業︶自作化し、他が現在、資本主義局面よりの重圧の下に、耕作地
主の土地引上による拡大型と対応している。しかしながら、昭和こ十五年世界農業センサスの結果より自作農家・自小作農家=戸当の農用地面積を考察すれば、前
者の七・六反に対して、後者は八・四反と高い。術、昭和二十六年動態調査に於ても、自小作別︵農家を各汝百とした︶
滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 、 四七滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 四八
専業こ兼業農家割合中、専業農家に関しては、第︸種兼業農家と同様、自小作農家は自作農家に比して大きく、第二種兼
業農家では最も少い。従って、以上の二点で、全体としての自小作農家は、まだ、専業的優位を保持している。
我々は以上に於いて、明治四十]年以来一昭和二十五年までの滋賀県の農業構造の変遷過程を考察して来た。ところ
で、斯く個汝の農家の経営規模を変動せしめる要因は何であろうか一呑、以下に之を考察しよう。
今、既考の、滋賀県栗太郡葉山村︵字小野部落︶に於ける事例では﹁農家の歴史について見るに、明治時代の様相は不明であるが、 最も変動の多かったのは、欧洲大戦後の好景気の時代と.昭和初年の恐慌のあと、そして、更らに、太平洋戦争前後である。そして、 この問、変動の少なかったのは、地主で自作してた旧家であり、自家労力に移動の少かった農家である。上昇した農家は大正時代に好 況の波に乗り、無職を兼業して現金牧λを挙げた農家、労働力が充実して小作を贈加した農家であり、下降して行く農家は.労働力の 衷失︵病気、死亡等︶と、これに伴う負担︵債務︶の増加による場合が大部分である﹂ ︵八五一八六頁︶と述べられている。即ちこの点で、地主自作農家の固定性と発展農家の︵自︶小作型拡大傾向とを把握し得るが、他面経営規模を変動せし
める要因として、農外牧入の存在・家族労働力の変動が重要な意義をもつものとして現われる。
ところで今、家族労働力を変動せしめる婁因について考察すれば、自然的変動︵出生・高令・疾病・死亡︶の外に、縁
組的移動、或は職業的移動︵農⋮業専業化と兼⋮業化・脱農化︶等が存在する。しかし、いつれの要因が家族労働力を変動せしめるにせよ、経営を専業的に拡大、或は︵兼業的に︶縮少せしめる一般的要因は何であろうか。
今、経営方式・農業技術、農業︵農外︶心入による負担人員を含めた家族員の消費生活水準一家計支出等の要因を所与として、経 営耕地面積︵田の一毛作・二毛作・畑・両者の自作地・小作地︶一他に、貸出地一とそれに対応する家族労働力︵性別・年令等の労働 能力︶の変動関係を考察すれば、経営耕地面積に比して、家族労働力の縮侍する場合には、四耕地の貸出・小作地の返還、⑧家族労働 の強化・補充、或は、雇傭労働力の利用、㈲経営の合理化11農業鼓術の改善が行われよ5。しかし、日面的には、ωの傾向が強いであ ろう。これに対して、経営耕地面積に比して家族労働力の増加する場合には、㈲小作地の借入・引上・耕地の購入、⑧経営の内面的集約化一筆働集約的作物の生産・土地利用回数の増加一経営方式の転換◎兼業労働による牧入の贈加11兼業・脱農化等が考えられる。し かし.一般的には、㈹の小作地の借入,或は.◎の家族労働の兼業化の傾向が強いであろう。 次ぎに、経営耕地面積と家族労鋤力とが、農業︵農外︶牧λと家計交出とが相対応する場合を想定しても、農業按術の発展に伴いω 余剰労働力の兼業化.或は㈹経営の内面的集約化・経営方式の転換・経営面積の拡大が行わよう。 更らに、一定の経営方式・農業技術の下に、経営耕地面積と家族労働力とが蝉応ずる場合を想定して亀、経済変動11物価変動によっ て.農業︵農外︶落入と家計支出とが変動する場合には、黙考の如き専業的・兼業的変化、或は、労働の強化、家計の節約、負担、人員 の排出等が行われよ5。
以上の如く、一、経営方式・農業技術の変化、発展、二、経営面積︵自作地と小作地YI他に貸出地一と、それに対
応する・家族労働力の変動、三、経済変動一物価変動←農業︵農外︶牧入、家計支出の変動等の諸要因が農家の主体的な意志を決定、或は変動、従って、現存家族労働力をして専業、或は︵兼業的に︶縮少せしめることxなろう。しかし、かx
る両方面への分岐点をなす社会要因こそ、︸、即自的・対自的な土地所有の状態︵他に、小作料、並びに、地価の状態︶
二、就業機会の存否︵この点では、交通機関の便否、景気の変動が重要な役割を演ずる︶であろう。しかし、後者を、否
前者すら之を規定する要因こそ資本主義経済圏の運動にある。今、景気変動の過程一好況期、不況期について見ても、農
業と他面との相対的有利性によって、農業労働力の専業化と兼業化、或は、帰村と離村、従って、小作地の借入・貸出・
返遷・引上を通じて農業構造は変動を受けよう。いうまでもなく、農⋮業経営は社会経済の一環としての農業構造の構成個体である。従って、農業構造ーーその構成個体としての各汝の農家は、資本主義圏の運動によって影響を受けるとはいえ
個汝の農家の︵専業的︶拡大・停頓︵兼業的︶縮少・脱農化︵他業へ︶等の方向を決定する終局的な要因こそ、既考の如
く、農家の主体的な、質的な意志力、並びにその変化である。 今、 農家の専業的上昇傾向を問題とすれば土地改良“灌慨排水設備の拡充の上に、役肉牛の導入←厩肥生産・地力の強化←二毛作の 滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 四九滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五〇 拡充←動力機械類の導入、従って、経営・万式の改善とともに、耕地の内面的集道化より外延的拡大へ、或は、より発展した形態とし て、稲作面積の縮減の上に、商業的作物一国産加工、或は、有畜経営へのコースが想定されるであろう。しかも、かかる発展を可能な らしめる条件は自然的・市場的条件を除けば、農業資本の蓄積如何によることはいうまでもない。しかし、根源的には、経営主の﹁経 営能力﹂否、かかる経営学的範瞬としての﹁経営能力﹂を包摂して.もう一歩その奥に潜む農家の質的主体的な意志力如何によると解 さなければならないであろ5。
更らに、かXる農家の主体的な意志力は、思考の如く、一面、
れるとろであるが、他方、農家の新旧如何によっても相違する。 発展への意志力も強く、従って、その可能性も多いといえよう。 的将来は大きい。 膚農家家族構成の観点より.滋駒繋県一梢.作農村を研突されたものに、 稲村、大字薩摩部落−農業綜合研究・第二巻第↓号︶がある。特に、 が参考となる。即自的・対自的な土地所有の状態如何によって左右せら
この点で古い本家農家より、新しい分家、新設.農家程、斯様に考えれば、終戦時以後の新設、分家農家等の専業
中村治兵衡⋮民﹁近畿一米作農村の家族塵肺成﹂ ︵1滋賀県愛知郡、 本家農家と分家農家との︵発展上の︶経営面積の差異に関する表斯くして、次ぎに浦臼の課題の一つとして、滋賀県農業に於ける生産力の担手としての一町1一
る一町一二町階層の農家中より、その中核的基体たる農家群を規定しよう。 ・五町階層を基幹とす ω 今、昭和二十四年三月蝋日の農地統計より経営耕地階層別一町−二町の両階層について自作農家と自小作・小自作・小作農家の 合計とを対比すれば.自作農家は各々五三・二%、五九・八%、後者は四六・八%、四〇・二%となる。従って、自作農家の数量的割 合より、その中核的基体たる農家群は、一見、自作農家にあるかに見えよう。しかし、自作農家の内には、地主農家・本来の自作農家 ・農地改革によって自小作等より上昇した新自作農家が内在する。また、他方、自小作・小自作・小作等の農民型経営が存在する。と すれば中核的基体たる農家層は系譜的には如何なる種類の農家群によって代表されるであろうか。この点に関して、自作農家を系譜的 に考察すれば全体としての自作農家は四九・七%、内旧自作三二・二%︵内保有限度の貸付耕地所有農家三・九%、同自作に転化せるもの二・○%︶新自作一七・五%︵内、自小作・小自作・小作農家より転化ぜるもの一五・一%、新設農家は二・四%︶となる。従っ て.自作農家中、旧自作農家は、六四・八%、新自作農家は三五・二%の割合となる。しかし.その割合は経営階層別には偏差が存在 することはいうまでもない。ところで以上の自作農家に関して旧自作と新自作の割合一今、両階層について前者八○%、後者二〇%と 推定して、新自作を自小作・小自作・小作農家の合計各々四六・八%、四〇・二%に加えれば、旧自作農家と農民経営との割合は大体 伯仲して現われる。 ② 我々は、既に、昭和二十六年度動態調査の結果に基いて経営耕地階層別の貸付土地所有農家、同貸付土地階層別農家割合を考察 した。ところで、今経営耕地階層別の一町一二町の貸付耕地所有有農家割合について見れば、各々四〇・九%、三二・一%、貸付土地所 有農家割合について考察すれば.各々四三・四%、三二・一%で、両者の聞には大差はない。しかし、後者の内、貸付土地○・三町未満 所有農家は各々二五・八%、﹁=・四%○・三町iO・五町は各々七.五%、七二%.○・潟町−一町所有農家は各々︸○⊥%、三・六% となる。ところで、今、その−甲貸付土地○・宝町以上所有農家を旧地主農家と想定すれば、一町−一・出町に於ける割合が特に高い。 圖 次いで、昭和二十五年世界農業センサス結果より、経営農用地階層一町fこ町階層の自小作別農家構成を考察すれば、自作各々 五五・八%、六五・一%で︵残りの四五・二%、三四・入%が各々自小作以下の合計となる︶他方貸付土地所有農家は同階層で沓々三 九・六%、四七・三%存在する。勿論、その凡てが自作農家とは限らないが、今、これを自作農家と仮定して上の自作農家より差引け ば、貸付土地を所有しない自作農家は一六・二%、一七・八%となる。 ︵否、実際はより多くなるであろう︶即ち、この点で、自作農 家中の一、貸付土地所有農家、こ、非所有農家、他に三、自小作農家以下の合計を対比して見られよ。 ㈱ 伺、昭和二十六年度動態調査の結果では、一町一二町階層の自小作別構成は自作各々五六・六%、六六・七%、自小作各々三八 ・二%、二七二二%、小自作各々五・二%、六・○%となる。 ⑤ しかし、我々は.既に、同年動態調査に於いて経営農用地階層別の土地所有面積階層別農家構成を考察した。しかも.そこでは 所有土地中に放牧しない山林を含むが故に経営農用地一町一ご町階層に於いては所有土地面積が経営農用地面積より大きい農家は︵各 々三三・七%、三〇・八%︶所有土地面積が経営農用地面積より少い農家︵各々二五・三%、二九・九%︶に比し︵各々多くなって現 われる。 ㈲ 斯くして、今、ここに、昭和二十六年度動態調査に於いて以上の経営農用地階層別農家構成と林野︵山林を含む︶経営農家構成 とを結合して考察すれば、林野経営農家は金農家の四二・○%で、その中、所有地のある農家は三九・三%、借λ地のある農家は三・ 滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五︼
滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五二 四%で、自家所有農家が圧倒的に高い。筒、林野経営農家は、経営農用地階層の上昇とともに増加するが経営林野面積階層別には、三 反末満、○・五町i一町、 一町∼二町の順に多くなり、両者の相関関係では経営農用地規模の大きい上層農家程、特に、一・五町以上 の階層では林野経営面積も大きい。爾、林野経営農家中の貸付耕地所有農家は二九・九%中の一六・八%で、林野経営の階層別には0 ・三町未満の七・○%、一町一二町未満階層の三・六%が大きい。しかし、林野地帯の生産力は低いとはいえ、貸付耕地のある農家中 には旧地主が存在し、林野所有に於いても優位を占めていることは推察するに難くない。 ω 省、同年の経営農用地階層別・土地所有階層別牛馬飼養農家割合を考察すれば、一町以上階層に於いて役肉牛の飼養農家割合は 高いが、他方、土地所有階層でも高位にある農家程、その割合が高くなって行く、即ち、このことは高土地所有農家︵勿論、その内に は地主農家も含まれる︶に於ける農用生産手殺所有上の質的優位を示すものであろう。 ︵尚.農機具一入力機・動力機iの使用に関し ︵も同様のことがいへるのではなかろうか。︶
以上の如く、滋賀県農業の生産力の担当者たる一町−二町階層農家を昭和二十四年の農地統計より系譜的に考察すれば
経営耕地階層別の数量的観点では旧自作農家と農民的経営との割合は大体相半ばすると解せられよう。しかし、その後、
昭和二十五年一二十七年と推移するにつれて、異論の如く、 経営農用地階層別一町−二町階層の自作化傾向が見られる
が、数量的観点より見て旧自作・農家︵地主農家を含む︶と、それ以外の農家は相半ばし、その中核的基体たる農家層は薪旧自作農家︵勿論、旧自作農家が多いが︶にあるといえよう。しかし、その内で高土地所有農家、固定的な旧地主・旧自
作程︵良田︶役肉牛、農用機械を多く所有、使用していることが明白となる。従って、旧自作.農家が生産力上質的優位を保持していることは之を認めなければならないであろう。しかしながら、彼等は果して、経営の発展力をもち得るであろ
うか。 ところで、昭和二十五年度に於ける経営土地中、経営山林と農用地︵その内、耕地とその他の農用地︶との︵農用地柔膚別︶構成は 或は、昭和二十七年に於ける以上の経営農用地と林野︵山林を含む︶の︵農用地階層別︶構成は、地帯的に、部落的にi山勢・山麓・ 平坦・近郊。湖辺、.或は、一毛作・二毛作・先進・後進地帯の如何によって変化し、従って、その生産力水準一生産構造もまた相異らざるを得ない。従って、地帯が異なり.部落が異なるに及んで、その生産力水塗i生産構造も異なり、それ故、農業生産力の担手たる 階層、或は、地主層の存在形態、斯くして、部落構造もまた異らざるを得ないであろう。 特に、この点で昭和こ十四年三月一日の農地統計より、平坦・二毛作・先進地帯を代表する野地・蒲生の両郡・山問・寒冷・一毛作 地帯を代表する伊香郡の経営耕地階層別自小作別農家構成を考察すれば、一町r二町の階層で前者の両郡では保有限度の貸付耕地所有 農家と自作農家と︵その内には保有限度以下の貸付耕地所有農家と新自作が内在する︶の合計と自小作農家とは大体相半ばし自小作・ 小自作・小作農家の合計と対比すれば、後老が、より大きい比率を占める。 ︵農民型経営の量的優位︶之に対して、伊香郡では、保有 限度の貸付耕地所有農家と自.作農家の合計に比して自小作農家、否、自小作・自小作・小作農家の合計は、はるかに少ない。 ︵間自作 層の量的優位︶この点で、生産力の低い山村等の後進地帯に於い︵は地主層が、依然、土地︵林野を含む︶所有の独占的地位を保持し ているのを推測するに難くない。 ︵この点に関しては、鳥恭彦﹁山村の経済と財政﹂経済論叢第七︸巻、第四号に於ける高嶋郡朽木村 の事例を参考︶ 倫、昭和二十四年の農地統計・昭和こ十五年頃世界農業センサスに於ける市郡別農業構造を参考とせられよ。特に、前者に於いては 県平均水準を基準として見れば、保有限度の貸出耕地所有農家は栗太郡←蒲生郡の問で一町以上階層に多いが.他の地帯では一町未満 のものが多い。 ︵今、両時期を綜合して考察すれば、経営階層構成の高い︵湖南︶地帯に專業農家の割合も高く、自小作別農家割合で は湖南中部地帯に地主農家と自小作農家の割合が高く、瑚東地帯より湖北地帯に入るに及んで自作農家の割合が多い。︶ ①農林省農赫統計表、滋賀県庁農地統計資料.農淋省滋賀統計事務所動態調査資料参照。 ②昭和二十四年農地統計調査の結果からみた本県農業の基礎的事項について︵昭和二十五年三月一日滋賀県総務部調査課刊︶その 他、県庁所有原表による。 七
軽信は以上に於いて滋賀県農業の生産力の担手としての一町一二町階層農家の内より、その中核的基体たる農家群を静
能⋮的に考察した。斯くして、以下に県農業生産力の担手としての一町−二町階層農家の内から、その中核的基体たる農家群を発展能力と
滋萱県農業の構造︵その三・完︶ 五三滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五四
いう点から批判するとともに、将来に於ける経営拡大の拠点たる農家層を探求するため、下層農家を含めた最近の全農業
構造の推・移を考察しよう。勿論、こxにいう経営規模とは一定の農業経営組織を前提とする経営の再生産規模であり、その拡大とは、かxる再生
産規模の内面的集約化、その極限に於ける外延的拡大一資本構成の高度化をいう。 ところで、 我汝の理論的見解によ
れば、強靱な生産力を把持する農家こそ競争を通じて経営の拡大、前進を終局的に可能ならしめる拠点でなければならな
い。即ち、かxる理論的見解よりすれば、当然一町1一・五二階層を基幹とする一町i二町階層の内に経営拡大の拠点が
存在することとなろう。しかし、現実的には資本主義圏よりの、或は、土地所有面よりの阻止的な諸制約が存在すること
はいうまでもない。斯くして、以下に世界農業センサス、二十五年一二十七年度動態調査資料より昭和二十五年一二十八年までの滋賀農業
構造の推移を考察しよう。 先ず、農家戸数に関しては昭和二十六年以来前期とは逆に減少に転じて行く。 ︵以下、百分比に於ける変化を主とする。︶ 次ぎに.專業・兼業別農家構成に関しては昭和二十六年で専業壇加・第一種兼業減少・第二種増加、昭和二十七年では専業減少︵第 一種兼業増加・第二種兼業減少一昭和二十八年では反対一︶と推移し、兼業化の方向に進む。 筒、経営農用地階層別農家の変動に関してば昭和二十六年では○・下町以上階層の減少n下降、○・五町以下の階層の増加11零細化 が見られるが、次いで、二十七年半は○・三町未満の脱農化、○・三町一○・五町階層の不変︵二十八年で短籍︶○・五器f一・五町 両階層の増加︵二十八年でほ○・五町1]町階層は減少︶特に、一・五町一こ町階層は減少し、一町一一・五町階層への下降が進展.す る。他方、経営耕地階層別農家の推移に聴し︵は二十五年一二十七年間で○・三町来満の減少U脱農化と○・三町以上一・五町階層間 の増加、一・五町以上階層の下降が進展している。斯くして,昭和二十五年一二十七年間の経営農用地階層別・専業兼業別農家構成の 変化に関してほ、↓般に、各階層に於て兼業化が進展する。以上の如く、農家戸数、専業兼業別農家構成、経営層別農家構成に於ける変動を考察すれば、昭和二十五年i二十八年
間で専業農家減少・兼業増加︵第﹁種減少・第二種増加︶に対応して○・三町未満階層に於ける兼業︵第二種︶飯米獲得
型農家の富農化、更らに、日本経済の現状に於いて滋賀県農業中、農用地一町以上階層より一町以下の階層への下降︵兼
業︶化傾向を把握し得るであろう。斯くして、以上の農業構造の変動過程に対応して、経営農用地階層別の生産手段としての役肉牛、
入、農家人口の変動、耕地の移動︵増減︶を考察しよう。農機具︵機械︶の購
ω 先ず,こ十五年動態調査より農業用生産手段として昭和二十六年の役肉牛の現在頭数に対する過去一ケ年聞の買入・売却率に関 し︵階層別に考察すれば、両者は経営階層の上昇するにつれて減少し︵て行くが、各階層に於いて売却率に対して買入肇が大きく︶差 引買入超過率に関しても同様の傾向が見られる。 ︵二十八年でも同様︶即ち.この点に下層に於ける購入増加傾向を覗い得るが、その 内には共同購入、或は、専業農家もあれば、兼業農家もあろう。 ② 次ぎに、二十五年度動熊調査より農機具に関して昭和二十六年現在農家に対する過去一ケ年問の個人購入農家率︵内、人力機・ 機械購入農家.挙︶を考察すれば、階層の上昇するに従い増加し、その内人力機購入農家率は各階層に於いて機械購入農家傘に比し︵大 であるが、上層に移行するに従い︵二町以上階層では︶人力機購入農家率より機械購入農家率が贈加する。とすれば、斯く、経営の合 理化を計らんとする上層農家は質的に如何なる種類の農家であろうか。爾、個人農機具購入農家率は共同購入農家肇に比して各階層に 於いて大である。 ︵二十八年でも局様︶ ⑧ 次ぎに二十五年度動態調査より昭和二十六年に於ける経営農用地階層別業農家世帯員に対する昭和二十五年以来の出生・死亡・ 流入.流出人口割合︵千分比︶を考察すれば.出生率は上層程低く︵二十八年では一町一一・五町が最低︶死亡率は一町一一・五町を 最低ともて上下に分布する。従って.自然増加傘では上層程低く現われる。 ︵二十八年頃は一町i一・五苦が最低︶備、流入・流出率 は大体、一町1︼・五町を最低として上下に分布し、各階層に於いて流出率は流入率に比して高い、従つ︵、祉会的減少率に於いても 一町f一・五日階層が最高となる。斯くして、全階層に於いて人口の自然的増加と杜会的減少が見られる。今、自然的鱒加率と社会的 減少率とを差引きすれば.階層の上昇するに従い絶対的壇加率は低下し.一町−一・五町階層に於いてはマイナスニ・五%となる。 ︵ 二十入年に於いては、一町一一・五町はマイナス入・一%で、他はプラス、上層・下層に行くに従い増加する︶ ︵尚、農家八口の社会 滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五五滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 五六 的増減理由別区分に関しては、やはり、縁組移動が最大であるが、下層程、職業的な移動が多い︶ ㈹ 斯くして.次ぎに、以上の役肉牛・農機具の導入、特に、農家人口の或は、専業・兼業農家の変動に対応して.二十五年度動態 調査より、根源的な生産手毅としての耕地︵田・畑︶の移動を経営階層別に考察し・.伍う。昭和二十六年現在に於ける農家の内で、二十 五年号対比して移動のあった農家は一町一一・五町階層を最低、その内、耕地増加農家11拡大型農家は○・五聖一一町を最高とし、減 少農家鷲縮少型農家は○・三町iO・五町、一・五町i二町階層を最高、一町f一・寿町を最低とし︵上下に分布している。今、耕地 堰加農家率と耕地減少農家率とを比較すれは、各階層に於いて後者の割合が大きいが、両者の差は一町i一・五町階層のマイナス○・ 四%を最低として上下に分布している。 ︵省、増減田畑面積に関しては、減少面.積が増加面、積を少し上廻る程度で次ぎの二十六一二十 七年と同様、二戸当田の増減について見れば一反前後が多い。︶即ち、この点に昭和二十五年1こ十六年聞の、回忌の○・五町以下へ の零細化傾向とともに、 ○・五町i一町階層に於ける拡大群の支配と、 一町一一・五爵階層の相対的安定性を理解することが出来よ うQ ⑤ 筒、昭和二十七年に於いては耕地増加農家率は○・五一一町階層を最高として上下に分布しているが︵二十八年でも同様︶耕地 減少農家率では一町i一・五町階層を最高として上下に分布し︵昭翻二十八年では上層程多い︶差引では○・三晦fO・五町のプラス 一・三%を最高とし︵昭和こ十八年では○・五∼一町のプラス○・二%が最高︶○・五町一一町では、プラス○・六%、その他はプラ ス・マイナス○となる。 ︵二十六年度動態調査︶即ち、この点に、○・五町i一町階層の拡大群の支配、また、それに対応する同期の 経営農用地階層別農家構成の変化を覗うことが出来よう。
もとより、我汝の理論的見解よりすれば、︸町i︼・五十階層を基幹とする一町 二町階層の間に経営拡大の拠点
たる農家群が存在することxなる。しかし、現実には昭和二十五年l−二十八年の闇に於いて、以上の如く専業・兼業的
に不安定な○・五一−一町階層に拡大農家群の支配を見る。従って、前者に対しては資本主義圏、或は、土地所有面より
の阻止的な諸制約のあることはいうまでもない。 とすれば、以上の如く耕地を拡大し、 になるであろう。︶ 或は縮馴する農家は質的に如何なる種類の農家であろうか。︵それは、やがて明白斯くして、次ぎに以上の如き耕地の移動に対応して、経営農用地階層別・自小作別農家構成に於ける変化を考察しよう
今、昭和二十五年︵世界農業センサス︶と昭和二十七年︵二十六年度動態調査︶に於ける自小作別農家構成を比較すれば、自作の増 加・自小作・小作の減少・小自作同一となって現われる。 ︵翁、所有地・借入地割合は農用地・耕地ともに所有地割合の増加・借入地 割合の減少、従って.自作地化の方向に進む︶次いで、経営農用地階層別・自小作農家構成に於ける変化を考察すれば、自作は二町ま での各階層に於いて増加する反面、自小作は二町以下の階層で全面的に減少し、小自作は○・三町○・五戒の閤で繕加、小作はQ。三 町未満で増加する外は上層に於ける減少が見られる。然らば、以上の如き階層別自小作農家構成に於ける変化は相互に如何なる意昧をもつものであろうか。
先ず、昭和二十五年目二十七年に於ける総農家に対する貸付土地所有農家割合を考察すれば、昭和二十五年は三︸・五%、昭和二十 七年では三一・○%で.若干の減少が見られるが大した変化はない。之に反し︵二戸当平均貸付土地面積では、昭和二十五年の三・二 反に比して昭和二十七年では二・六反と減少し︵いる。省、昭和二十七年に於ける一戸当平均貸付耕地面積は二・七反で、=戸当平均 貸付土地面積と大した相違はない。 ︵尚、昭和二十二年と二十七年の貸付耕地所有農家割合を考察しても。二九・六%対二九・九%で 大した相違はない。しかし、一戸当平均貸付耕地面積では六反より二・七反に減少している。︶とすれば、貸付土地所有農家割合が、ぼ黛同一であるのに対して一戸当貸付土地面積が大きく減少するとすれば、それ
は経営階層別自小作農家構成の変化と如何に対応するか。 ω 我々は.既に、昭和二十六年、二十七年に於ける農用地階層別農家に対する二十五年、二十六年より各々一ケ年間の耕地増加・ 減少農家の割合を考察した。今、昭和二十五年一こ十七年問の経営階層別丁小作別農家構成の推移を示す一例として、さきの昭和二十 五年一二十六年の農地移動の内容を考察しよ5。 今﹁農林省農地局農地平編、昭和二十五年度農地年報﹂によれば、農地所有権の設定・移転︵日小作地の売却・自作地の売買11︶の 合計は、面積上、農地の借貸解約︵11小作地の引上・返還11︶面積に混々相等しい。しかし、面積・件数上では。農地の賃貸権の設定 ・移転︵11小作地の貸出・移転H︶が最大である。しかし、前二者の面積合計は後者のそれよりも大きい。 ︵自作化傾向︶ ところで、滋賀県に於ける地主の動向に堕しては、﹁︼、旧地主の動向i農地以外に山林・その他の資産を有し、且また、他の職業 滋賀県曲辰業の構造︵その三・完︶ 五七滋賀県農業の構遣︵その三・完︶ 五八 により牧入を得ている旧地主は、その村内に於いて村議その他の役職を占め、旧勢力を残存せんとする傾向にあるよ5に思料せられる ﹃耕作地主の動向i狭少な面積を耕作する地主は別として、一町以上を自作し、保有小作地を所有する地主は村内に於ける富農で あり、地位的、経済的に優位を占めている。これらのものは農業経営の拡大と合理化を企図している。従って.小作地の引上について は、これらのものに多い。 一﹃不耕作小地主i転業により牧入の途を講じている者は別として、一般的に、農地に対する負担の増嵩に堪えかね、現小作人に保 有地を売却せんとするものが、最近、漸増の傾向にある。﹂と︵同上書一一二頁参考︶ 筒、耕地移動の傾向に関し︵は﹁都市近郊の在村地主・不耕作地主等は農地の負担に堪えず、また反面、農地価絡が上昇して来たこ と等の理由によって、現小作人に所有権を売却せんとする傾向が特に著しい﹂ ︵同上書一七〇頁参考︶ 従って.昭和二十五年一二十六年の問には中小耕作地主の経営拡大のための小作地引上と旧不幸地主の小作地売却とが、と屯に、自 作地化とし︵進展し、その自作地化に比して小作地の貸出が少なかったことに基くものであろう。従って、小作地の引上、旧不耕地主 の小作地売却によって小作地の減少を見たといえよう。 ② 次ぎに、既考昭和二十六年一二十七年問の経営農用地階層別農家の耕地漸減理由に関して考察しよう。先ず、耕地の壇減を農家 数別に見れば.小作地の受入・小作地の返還・小作地の貸出・小作地の借入︵以上三者は同順位︶自作地の購入の順位となるが、面積 別に考察すれば、小作地の貸出・小作地の受入・小作地の返還・小作地の借入・自作地の購入の順位となる。次いで、耕地増加農家を 階層別に考察すれば、○・五町未満では小作地借入が多く、○・五町一一町では小作地受入が最大、耕地買入・小作地借入が各々同位 一町一一・五町階層では小作地受入が最大で、耕地買入・小作地借入が同位となる。斯くして。階層の上昇する程、小作地の借入より 小作地の受入が、それより耕地の購入が多くなって行く。他方、耕地減少農家に関し︵は、○・三町未満では小作地の返還、○・三町 一○・五町では小作地の貸出が、○・五町−一町では小作地の貸出に比し︵返還が多く、一町i一・五町では小作地の返還に比して小 作地の貸出が多い。 ところで、以上の増加農家の内で、小作地受入による増加は返還受拡大を、小作地の借入による増加は小作型拡大を、更らに、耕地の 買入による増加は自作型拡大を、他方.耕地減少農家中で、小作地の返還による減少は小作型縮少を、小作地の貸出による縮少は貸出 型縮少を各々意昧するものとしよう。 ︵尚、階層を越えて、小作地の貸出11借入は貸出型縮少11小作型拡大と、小作地の受入且小作地 の返還は受入型拡大11小作型縮少と、耕地の売却11購入は自作型縮少口巻作型拡大と、小作地の借入は小作地の返還と各々相対する。︶
斯くして、今、拡大・縮少農家を綜合して考察すれば、○・三町未満に於いては小作型拡大が小作型縮少に比して強く.○・三町一 ○・五町階層では小作型拡大に次いで貸出型縮少、○・五町!一町階層では返選受拡大・小作型縮少︵自作型・小作型拡大の合計︶一 町一一・頭町階層に於い︵は貸出型縮少・返還受拡,天・小作型拡大・自作型拡大︵しかし返還受拡大に比して小作型・自作型拡大の合 計が大きい︶の順位で相互に相併立する相を把持することが出来よ5。 ︵昭和二十六年一二十七年の間に於ける経営農用地階層別専・ 兼業別農家構成の変動.耕地増加・減少農家率に関しては既考を参考︶
即ち、この点より、我々は専業、兼業的に不安定な○・五町一1⊥町階層に於ける経営拡拠点たる農家層の主体的・質
的内容また、農業生産力の担手としての一町一一・鶴町階層農家の発展能力を推測することが出来よう。
第一。今、一・五町以上階層の農家に関し︵考察すれば一勿論、その内には良田を麦配する地主農家・旧自作農家が多いであろうが ︵特に平坦二毛作地帯では︶米価・供出・租税或は高雇傭賃銀の制約等のために経営を最適規模︵一町i一・田町︶に縮少︵貸出地を 増加︶しつつ、経営の集約門並は家族員の兼業化を辿る傾向にあるのではなかろうか。しかし、一・五町∼二町階層に於いても耕地の 購入による拡大型農家が存在する。勿論.かかる農家は発展力を有する新しい自作・自小作農家であろ5。之に対して︵特に、林野一 毛作地帯では林野定心と結合する︶粗放的な地主農家・旧自作農家は、自林筆入、農業所得の余剰によって農業用機械を購入し、経営 を合理化せんとする傾向にあるのではなかろうか。 第二。之に対して一町一一・五玉階層に於いては貸出型縮少︵彼等は一・五町以上の地主農家であったであろ5が.第一位となつ︵ 現はれる。 ︵特に平坦二毛作地帯︶しかし、その反面に︵特に、林野↓毛作地帯では︶小作地の引上によって専業的に経営を拡大合理 化せんとする地主型拡大農家が存在する。しかし、彼等の合理化といえど、一面、経営の遅れを回復せんとするもので、生産力の発展 には一毛作的な限界があろう。次いで、小作型拡大︵しかし、借入小作地には悪田が多いであろうが︶他に、自作型拡大が存在する。 ︵特に、平坦二毛作地帯︶彼等は、恐らく新自作。自小作農家等、しかも、資本主義局面よりの現下の諸圧力に対して従来の節約能力 或は経営緊張が存続し、発展力を有する新しい農民的経営ではないであろうか。今、小作型・自作型拡大農家と返還受拡大農家とを比 較すれば、若干、前者が大きい。 第三。以上に対して、専業・兼業的に不安定な小商品生産層としての○・五町一一町階層に於いては返還受拡大と小作型押少とが相 対立し、特に、前者は経営規模拡大の拠点として、今後、専業的拡大の傾向を辿るであろう。之に対し︵、後者は地主の土地取上、或 滋賀県農鞘茉の構造︵その三・白刀︶ 五九滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 六〇 は、兼業化f小作地の返還によって下降せる自小作等の農家であろう。しかし、その反面に、自作型・小作型拡大農家が内在する。 第四。次ぎに、0・三三一○・西町階層に於いては小作型拡大が貸出型縮少に比して多い。○・三町未満階層に於いては小作型拡大 が小作型縮少に比して強い。 ︵勿論、兼業農家が多いが︶
以上の如く滋賀県農業生産力の担手として、特に一町一一・五町階層の農家には︵貸出型縮少と︶返還受拡大が小作
・自作型拡大と相対立する。しかし、前者に比して後者の方が若干大きい。この点で特に、林野一毛作地帯に於ける引上
型拡大は経営生産力に基く拡大ではなく、土地所有力に基く拡大一−遅れた経営の合理化でもあろう。即ち、この点より
我汝は中核的基体としての自作農家、特に旧地主農家・停頓的な旧自作層の生産力上の優位に対する薪自作・自小作農家
の発展力上の優位、従って、拡大拠点としての地位を把握することが出来ないであろうか。
街、昭和二十七年に於ける農用地階層一町一⊥・五町階層に於ける自小作農家の割合は経営階層別百分比で三八・0
%と他の階層に比して最大比重を占めるとはいえ、現在の農業上の諸制約の為に、無考の如く、農外所得があるとはいえ
農業所得のみで単純再生産を余儀なくせられ、上層への伸び悩みの相を把握することが出来ないであろうか。
之に対して、専業・兼業的に不安定な小商晶生産層としての○・五町ーー一町階層に於いては現下の資本主義局面より
の重圧の下に専業的上昇群と兼業的下降群とに分解の傾向を含んでいるが︵資本主義よりの重圧を媒介として︶返還受拡
大を受動的な経営規模拡大の拠点として今後、専業的拡大の傾向を早るであろう。
我汝はまた、○・五町以下の兼業農家に於ける小作型拡大傾向を老察した。この点で特に、既考の如く、彼等の牛馬、
農機具の︵共同︶購入、日雇等の使用は兼業労働との矛盾を解決する手段としての意昧をもつものであろうが、その購入
雇傭を可能ならしめるものこそ兼業思入であり、この点で同規模の家族労働力の少い専業農家に比して集約度の高いこと
が理解される。今、もし、 彼等が現在同様兼業農家として留まるならば、 飯米農家以下の何物でもないであろう。しかし、家族員が兼業牧入を利用しつx、専業に転換するとすれば、過去の事例に於ける如く拡大の一拠点たるに相応しいも
のであろう。 爾.この点で、一般的に、家族員多き中層本業農家に於ける経営主以外の兼業者による農外典入、或は、一般に、林野地帯に於ける 採炭・牧草、特に山林牧入等は側面的に経営の拡大・合理化に対する重要な蓄積源であることはいうまでもない。 ところで、以上の資料では、耕地の増加・減少農家の調査が主眼であるため、現耕作者の小作地の買入11自作地化の傾向ほ不明であ る。従って、今﹁農林省農地局編昭和二十六年度農地年報﹂により、昭和二十六年三月一日より二十七年三月一日迄の農地移動“耕作 肩的のもので許可済みのものを考察すれば小作地の売却は件数・面積ともに自作地の売買︵小作地の貸出、或は、小作地O移転豊、︶と、 ほぼ同程度である。しかし.耕作目的の土地取上は小作地売却件数・面積の半分以上にの,ぼる。従って、同期間には、小作地の売却と 小作地の貸出とは相殺され、小作地の引上分だけ小作地が減少したこととなる。しかし、小作地の購入の方が大きい。亀とより農地の 購入農家には新自作・自小作が多いであろうが。 尚﹁農林省農地局農地課編農地年報﹂ ︵昭和二十六年度版︶によれば、地主に関して﹁︸般に、本県在住の旧地主は、従来より商業 ・等を営んでいて、大地主少く、小作料に依存していた地主が少なかった為、村.内での地位も従来と変らない。発言権も殆んどなく、む しろ,旧小作人の自作農家の方が大きく、旧地主たる特権も殆んどない。耕作地主と蹉ども、地主たるが故の発言権・地位等は、その 特権となって居らず、寧ろ.経営規模の大きい富農に圧倒されている。不耕小地主も、その本業の盗金とするために、農地の売却多く 地主とし︵の特別の地位・発言権ほない﹂と︵同上二八頁参考︶ ︵従来より︶地主としての経洛外権力の存しないことを指摘している しかし、土地取上に関し︵は﹁過去の如き飯米確保・買継回避のための返還講求は減少し、耕作面積拡張に基くものが堪加の傾向にあ る。なお、農業委員会改組と相三って、農地改革当時より地主攻勢が強まった﹂ ︵同上二五三頁︶他に、闇小作料︵現金・現物︶に関 しては、その傾向は僅少で、且.増加していないが︵同上=亘九頁︶具体的には公租公課諸負担の逼重による牧麦不償・旧部落有地。 社寺有地︵部落費の増加・社寺の維持困難︶について行はれていると。 ︵一六二頁︶即ち、この点に、滋賀県農村に於ける強力な︵杜 寺を申心とする︶部落共同体的性格の一面が覗われる。 結 び
我々は以上に於いて農業生産力の担手としての一町一二町階層より、中核的基体として、生産力上質的優位を保持す
滋賀県農業の構造︵その三・完︶ ⊥登滋賀県農業の構造︵その三・完︶ 六二