線路近接地への保育施設等開業が
周辺地域に与える影響について
<要旨> 線路近接地(鉄道高架下や線路脇用地)には、騒音や振動等の負の外部性があると考えられるが、人々 のライフスタイルの変化に合わせた多岐に亘る土地活用がなされている。線路近接地では、従来は駐車 場や商業施設として利用されてきたが、近年では認可保育所をはじめとする保育施設の整備も進められ ている。これは、地域の課題の解決や住民への貢献を目的とした鉄道事業者の CSR 事業の一環と考えら れるが、社会的意義は検証されていない。一方、都市部において社会問題化している待機児童の解消のた めにも保育施設の整備は喫緊の課題である。 保育施設は、周辺住民の利便性をはじめ社会的便益の向上をもたらすと考えられるが、保育施設から生 じる子どもの声や音は施設のもつ負の外部性と考えることもできる。そこで、本研究では、線路近接地に おける保育施設の開業による、線路と保育施設の負の外部性の変化に着目した。まず、複数の仮説を立 て、東京都内(島嶼部除く)の地価の変動に着目し 2 つの分析を行った。第 1 は、線路近接地、保育施 設近接地および線路と保育施設双方の近接地それぞれの立地特性の分析である。第 2 は、保育施設の開 業効果に関わる分析である。分析結果は用途地域毎に異なるが、線路近接地は地価が低く、負の外部性の 存在が示唆された。また保育施設は地価の低い場所に立地しているが、開業によって地価は上昇し、正の 外部性の発現を示唆する分析結果が得られた。そして、線路近接地への保育施設の開業は、周辺地域に否 定的な影響を与えないことも分析結果から明らかになった。さらに、保育施設利用者には移動費用の削 減効果もあることから、鉄道事業者の CSR 事業に対する社会的意義が証明された。 以上のように、保育施設の外部性が明らかになったことから、保育施設は他の施設と同様に、特段の制 約がなければ地域全体の効用や便益を考慮したうえで立地が選ばれるべきものである。そして、線路近 接地は、保育施設利用者、自治体、鉄道事業者それぞれの便益が改善するため、立地の適地が限定的な都 市部においては保育施設の開業候補地となる。2017 年(平成 29 年)2 月
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
MJU16704 岡田 泰之
目次
1. はじめに ... 1 2. 線路近接地および保育施設等を取り巻く状況について ... 2 2.1 線路近接地について ... 2 2.2 保育施設等について ... 3 3. 線路近接地において保育施設等が与える影響 ... 4 3.1 線路近接地の外部性 ... 4 3.2 保育施設等の外部性 ... 4 3.3 線路近接地かつ保育施設等近接地における外部性 ... 5 4. 線路および保育施設等が周辺地域へ与える影響に関する実証分析 ... 6 4.1 分析の目的と方法 ... 6 4.2 立地特性の分析 ... 7 4.2.1 推定モデルと基本統計量 ... 7 4.2.2 実証分析結果 ... 9 4.3 開業効果の分析 ... 10 4.3.1 推定モデルと基本統計量 ... 10 4.3.2 実証分析結果 ... 11 5. 立地特性と開業効果の分析結果の比較に関する考察 ... 12 5.1 線路近接地に関する考察 ... 12 5.2 保育施設近接地に関する考察 ... 13 5.3 線路近接地かつ保育施設等近接地に関する考察 ... 13 5.4 移動費用削減効果 ... 14 6. 政策提言 ... 15 7. おわりに ... 16 補論 ... 17 謝辞 参考文献1
1. はじめに
昨今、線路近接地(鉄道高架下含む)の有効活用に注目が集まっている。従来は駐車場や商業施設とし て利用されてきたが、近年は社会のニーズに対応するべく認可保育所をはじめとする保育施設等1として の利用が進められている。これらは、社会問題化している待機児童解消への一助として、また沿線住民の 利便性向上も目的に首都圏各鉄道事業者が CSR 事業(Corporate social responsibility)の一環として進 めている事業である。
待機児童は全国的な社会問題となって久しいが、東京都の待機児童数は全国の 45%を占め、特に深刻 である。国と地方自治体は 20 年以上にわたり制度改正などの対策をとっているが、鼬ごっこといっても よい状態であり、未だ解決に至っていない。待機児童解消のためには、保育施設等の整備が重要である が、昨今の報道では、保育施設等が「NIMBY 施設」(Not In My Back Yard)として扱われており、騒音 等が原因で建設の延期・中止が余儀なくされるケースが散見される。保育施設等の適地が乏しく、そのた めに国有地活用や民間用地の募集等を行っている状況である都市部においては、保育施設等の整備は喫 緊の課題であるとも言える。 本研究においては、線路近接地の有効活用が注目される中で、保育施設等の開業による効果に注目す る。騒音や振動等の負の外部性が存在するとされる線路近接地に、同じく騒音等による負の外部性が存 在するとされる保育施設等が開業することで、周辺地域に対してどの程度影響を与えるかを定量的に明 らかにする。同時に首都圏各鉄道事業者が推進する CSR 事業の社会的意義も明らかにする。 線路近接地については、騒音や振動による負の外部性があると考えられる。肥田野他(1996)は、世田谷 区における都市交通の騒音や振動の実測値を用い、ヘドニック・アプローチにより、騒音や振動が地価へ 及ぼす負の外部効果を貨幣価値化している。また、山崎(1991)は、環状七号線沿線地域を対象に主に自動 車騒音の価格を推定している。これらを踏まえれば、鉄道の持つ騒音や振動も地価へ影響を及ぼしてい る可能性は十分に考えられる。 保育施設等近接地については、利便性を向上させる正の外部性がある一方で、保育施設等にも声や音に よる負の外部性があると考えられる。中山他(2010)が保育施設内の年齢ごとの居室における室内発生音 レベルを調査し、年齢上昇と共に騒音レベルも上昇することを明らかにしている。このような実測調査 や意識調査は数多く存在しているが、経済学的な視点に基づく定量分析としては、筆者が調査した範囲 では小飼(2016)のみである。小飼(2016)は、保育施設等の騒音に着目し、平成 27 年の地価データを利用 した上で、資本化仮説に基づくヘドニック・アプローチにより保育施設等の負の外部性を分析している。 しかしながら、保育施設等が地価の低い場所に立地しているという同時性が含まれた現況把握に留まり、 保育施設等の開業効果は分析されていない。 一方、線路近接地の保育施設等に関する研究としては、杣川他(2015)が鉄道高架下の保育施設は、鉄道 事業者、保育事業者、保育施設利用者それぞれにメリットをもたらすことを実態調査より明らかにして いるが、経済学的な視点からの研究は見当たらない。 以上を踏まえて、本研究においては 2 つの分析を行う。第 1 は、線路近接地、保育施設等近接地、線 路近接地かつ保育施設等近接地に着目し、それぞれの立地特性を把握するための分析である。第 2 は、 保育施設等が新設された場合の開業効果を把握するための分析である。また、それが線路近接地に新設 された場合の開業効果についても分析する。それぞれが周辺へ与える影響は、東京都内(島嶼部除く)の 1 本研究においては、公立および私立認可保育所、認証保育所、公立および私立認定こども園をいう。
2 地価を用いた資本化仮説に基づくヘドニック・アプローチにより分析する。なお、本研究では、鉄道の開 業にともなう影響は分析していないため、線路近接地と他の用途との地価の差異を明らかにしている。 一方、保育施設等については、その開業効果を明らかにし、線路近接地に保育施設等が新設された場合の 効果も明らかにしている。 本稿の構成は、次の通りである。第 2 章では、線路近接地および保育施設等の概要を示し、第 3 章で は、3 つのケース(線路近接地、保育施設等近接地、線路近接地かつ保育施設等近接地)の外部性を論じ る。第 4 章では、3 つのケースの地価への影響を分析し、第 5 章では、分析結果とりまとめとともに筆者 の考察を加える。第 6 章は実証分析と事例研究にもとづく政策提言、第 7 章は、本研究のまとめと今後 の課題が内容となっている。 2. 線路近接地および保育施設等を取り巻く状況について 本章では、線路近接地および保育施設等の成立と沿革についての概要を示す。 2.1 線路近接地について 鉄道は、明治維新以来わが国の経済発展の原動力として大きな役割を果たしてきた。しかし、モータリ ゼーションの進展によって鉄道が廃線・休止に追い込まれるケースが多く、鉄道サービスはその優位性 をどのように発揮するかが問われている。鉄道旅客市場は都市間鉄道、大都市鉄道、地方鉄道のそれぞれ において個別の課題を抱えているが、特に首都圏における大都市交通では混雑の緩和を図りつつ、良質 な鉄道サービスを提供し、首都圏の国際競争力へ貢献することが期待されている。また、今後首都圏の居 住人口とりわけ生産年齢人口の減少や少子高齢化が進むことを考慮すれば、鉄道利用者の減少と、それ に伴うまちの衰退を食い止める必要がある。このように需要減少の中においても、良質なサービスを供 給することが重要であると考えられ、鉄道事業者にとって通勤輸送の改善は一貫した大きな課題ではあ るが、従来のように鉄道運輸収入に依存するのではなく、鉄道運輸業以外の流通、不動産、バス等の関連 事業を活かしたサービスの提供も重要となってくる。 首都圏の各鉄道事業者の不動産業、流通業に着目すると、特に昨今では、鉄道と道路の連続立体交差事 業等で生み出される鉄道高架下の有効活用に注目が集まっている。従来の鉄道高架下は倉庫や駐車場、 小さな居酒屋が多く見受けられ、一般の住民が近寄るには疎遠な空間であった。これは高架下空間特有 の暗さ、汚さ、うるささが起因していたと考えられている。しかしながら昨今では、鉄道高架下空間は市 街地との一体化を目的に様々な機能配置がなされている。また鉄道高架下だけでなく、駅部分や線路脇 用地等(以下まとめて「線路近接地」という。)においても、日々刷新される人々のライフスタイルに対 応することや地域の課題解決に向けて、多岐に亘る土地活用がなされており、高齢者向けの施設や保育 施設等での整備も進められている。この保育施設等の整備については、都市部においても生産年齢人口 が減少していく一方で、待機児童が社会問題化していることから、その改善を図り、利用しやすい駅、住 みやすい沿線地域の形成を目指しているものである。つまり、長期的には各鉄道事業者が自社路線を利 用する顧客を確保するための取り組みとも言える。また、各自治体にとっても社会問題化している待機 児童の解消策の一助になることに加え、地域に若い世代が流入することから、地域の賑わいを取り戻す きっかけにも成り得ると考えられる。さらには、保育施設等利用者にとっても駅から離れた市中よりも 通勤途中に立地していることが多い線路近接地に保育施設等が開業することのほうがより社会的便益が
3 向上するとも考えられる。以上のことからも線路近接地への保育施設等の開業は、各鉄道事業者だけで なく自治体、住民にとっても意義のあることとも考えられる。しかしながら、この社会的意義について経 済学的な視点に基づき定量分析なされたものは存在していないのが現状である。 2.2 保育施設等について 保育所入所児童数は少子化を背景に減少していた平成 6 年を機に増加に転じたと同時に、全国の待機 児童数も増加している。全国の待機児童数は、平成 28 年 4 月 1 日 18,567 人(前年比+386 人)となってお り、その約 45%を占める東京都においては特に深刻な社会問題と化している。 この待機児童の解消については、国・地方自治体も様々な施策を実施してきている。平成 12 年には、 規制緩和が図られ、市町村と社会福祉法人に限定されていた保育所の設置が、NPO・株式会社・学校法 人などにも認められ、従来は自己所有が原則だった土地、建物が民間から貸与されている場合でも許さ れることとなった。さらに平成 13 年の閣議決定に基づき「待機児童ゼロ作戦」が展開され、保育所など による受け入れ児童数が拡大された。その後、平成 16 年に策定された「子ども・子育て応援プラン」に 基づき、待機児童数が 50 人以上いる市町村を中心に平成 17 年度から 3 年間で集中的に受け入れ児童数 の増大を図るなど、待機児童ゼロ作戦の展開が進められてきた。平成 25 年には、現在も継続している「待 機児童解消加速化プラン」に基づき、保育所の整備による受け入れ児童数の拡大、保育士の確保策の拡充 など引き続き待機児童解消に向けた取組みが行われている。一方、東京都においては、平成 13 年に東京 都独自制度として認証保育制度を設立させ、認可保育所だけでは応えきれていない多様化する保育ニー ズに対応するべく保育所の整備を推進させてきた。このように 20 年近くに亘って、相当の公費が投入さ れてきており、現在の保育サービスとしても、認可保育所に加えて、認証保育所、認定こども園、家庭的 保育事業、事業所内保育所等様々な種類があるが、依然として待機児童の問題は深刻であり、鼬ごっこの ような状況が続いている。 この状況下、都市部を中心に保育施設等から生じる子どもの声や音を原因とした様々な問題が顕在化 しており、日常的な苦情に加え保育施設等の新設時に反対運動が生じることもある。特に新設時の反対 運動については、保育施設等の適地が乏しい都心部においては大きな問題でもある。これらは、人々の働 き方等社会環境の変化に伴い、都市部を中心にして子どもの声等を煩わしい音であると捉える住民が増 えているとも考えることができる。依然として待機児童の増加が見込まれる東京都においては、保育施 設等の整備を推進するべく、認可保育所や認証保育所に供される部分の固定資産税や都市計画税、事業 所税等を減免するという不動産所有者へのインセンティブも考慮した制度を設け、広く民間用地の活用 も進めている状況である。また、昨今の報道発表にあるように厚生労働省、総務省、日本郵便が調整し、 郵便局の空き情報を各自治体に提供することが発表されており、保育施設等に活用できる適地が乏しい 状況を浮き彫りにしている。まさに保育施設等の整備のための適地確保が喫緊の課題となっているとも 考えられる。
4 3. 線路近接地において保育施設等が与える影響 本章では、線路および保育施設等が周辺に与える影響について理論的側面から分析する。また、その結 果から実証分析を行うための仮説を示す。 3.1 線路近接地の外部性 線路近接地は、鉄道が発する騒音や振動、線路による景観阻害等の 負の外部性が存在していると想定される。肥田野他(1996)は、都市交 通から発せられる騒音や振動等による地価への負の影響を貨幣価値化 している。一方で、石川他(2009)は、鉄道の発生音が及ぼす影響範囲 を測定しており、高架線路は上方への騒音の影響があり、下方への影 響は少なく、平地線路は水平方向への影響が大きいことを測定結果よ り導出している。 以上を踏まえ、線路近接地は、鉄道が発する騒音や振動等の影響が あると考えられ、それらが地価へ影響を及ぼしていると考えられる。 高架線路と平地線路の外部性と距離の関係は図 1 のように示せ、平地 線路は近場への影響が大きく、高架線路は影響が及ぶ範囲が大きくな る。なお、線路近接地が一般的に利便性が高いとされる駅の近接地と 同義であるという条件は考慮せず、線路自体の影響に着目している。 3.2 保育施設等の外部性 保育施設等は正の外部性と負の外部性の両面を有していると考え られる。正の外部性は、近隣に暮らす子育て世帯にとっての利便性が 主であると考える。保育施設等は所得等により利用料金の差が生じる ものの立地条件は加味されていないことから、通勤途中等の便利な場 所に保育施設等があることで、市場には表れない便益が生じ、それが 地価に反映されると考えられる。また、地域に保育施設等が多く整備 されることで、子育てをしやすい街というイメージが醸成され、他都 市からの住民の転入も考えられ、地価に正の影響をもたらす可能性も 考えられる。商業施設が近接するような場所においては、保育施設等 は恒常的に人が集う場であり、その利用者を顧客層にした店舗が多く立地している事例もある。これは、 送り迎えと同時に買い物等をすることで、移動時間を節約でき、利便性も高まることから、正の外部性を 及ぼす可能性も考えられる。一方、負の外部性として考えられるのは、保育施設等から発せられる音や子 どもの声等の騒音が挙げられる。立地条件や設備上・運用上の対策により影響の範囲は異なるが、少なか らず近隣住民に対して影響を与えると考える。 以上を踏まえ、保育施設の外部性と距離の関係は図 2 のように示せる。なお、ヘックマン(2015)による と幼少期の適正な保育や教育が将来の学業や社会行動に肯定的な結果をもたらすという実証分析がされ ており、保育施設等は社会的に正の外部性が存在するといえるが、ここでは近接地に及ぼす影響に着目 している。 図 1 線路の負の外部性 図 2 保育施設等の正・負の外部性
5 3.3 線路近接地かつ保育施設等近接地における外部性 騒音や振動等の負の外部性を持つ線路の近接地については、その条件を織り込み済みで住んでいる人 がいる可能性がある。この場合、保育施設等が開業したとしても、追加的に負の外部性は生じにくく、逆 に利便性向上等の正の外部性の影響が地価に反映される可能性も考えられる。つまり、負の外部性を持 つ線路及び保育施設等が近接する場合、双方の負の外部性の単純な合計でなく、正の外部性も混在した 上で地価に影響が生じるとも考える。また音の合成について考えると、筧(2007)が、理論式2上 2 つの音 源の騒音レベルを合成しても単純に加算されないことを紹介している。しかし、鉄道、保育施設等それぞ れから発せられる音は、音質も異なれば、発生時間帯も異なる上に騒音に対する人々の感じ方は数値だ けで説明できない部分もある。加えて、振動等の騒音以外の影響も発生している可能性もあることから、 理論式から導き出される騒音レベルだけで、外部性の影響を推し量ることも難しく、負の外部性同士が 合算され大きく生じる可能性も考えられる。 以上のことから、2 つの負の外部性が組み合わさった時の考え方として、以下の 3 つの仮説が考えら れ、それぞれの施設の外部性の大きさと施設からの距離の関係は、図 3 のように示せる。 仮説 1 負の外部性は大きいほうの負の外部性に内包化される 仮説 2 負の外部性同士が合成されるが、その影響は単純な合算でなく微増する 仮説 3 負の外部性同士が合成され、その影響は単純な合算である 2 合成した騒音レベル L は、 = 10 × (10 + 10 )で表せる。L1,L2 は、個々の音源の騒音レベルを 表す。 図 3 線路近接地かつ保育施設等近接地の外部性
6 4. 線路および保育施設等が周辺地域へ与える影響に関する実証分析 本章では、前章において示した理論分析の結果に基づき、線路および保育施設等が周辺地域に与える 影響に関する実証分析について述べる。 4.1 分析の目的と方法 本研究の目的は、前章で示した線路近接地、保育施設 等近接地および双方の近接地の立地特性を示し、線路近 接地での保育施設等の開業による外部性を明らかにす ることである。そのため、資本化仮説を前提としたヘド ニック・アプローチにより線路、保育施設等および双方 の影響を受ける範囲の地価関数の変化を観察し、それぞ れの外部性を分析する。 分析対象地としては、東京都(島嶼部除く)とし、2016 年 4 月時点で存在する鉄道網と認可保育所、認証保育所、 認定こども園を対象施設とする。地価については、規制 緩和により保育施設が民間用地・建物に立地可能となっ た 2000 年以降 2016 年までを対象とする。 分析方法としては、地価および土地に関する情報については、国土数値情報サービス3を利用し、2000 年から 2016 年までを取得し、保育施設等の住所情報や開業年月日等については、東京都福祉保健局、公 益社団法人東京都福祉保健財団、各市区町村および各保育施設運営事業者等の HP より取得した。保育 施設等の住所については、jSTATMAP4を用いて座標を付した上で、ArcGIS5を用いて地図上に表示した。 また、地価調査地点からの最寄駅や東京駅までの距離や、線路から 100m 圏6、保育施設等から 100m 圏 7、双方の 100m 圏内に立地しているか否かについても、座標情報により ArcGIS を用いて計測している。 保育施設等を地図に表示し、データを作成した。加えて地価ポイントから 100m 圏内の保育施設等につ いては、開業年月日を反映させている。図 4 に分析方法のイメージを示す。 本研究ではパネルデータを用いて、2 つの推定を行う。第 1 は、最小二乗推定によりそれぞれの立地特 性の把握である。第 2 は、固定効果モデル、変量効果モデルによる開業効果の把握である。立地特性の分 析では、保育施設等が地価が低い場所に立地している可能性や各地点の固有効果等の影響等が混在した 結果が得られると考えられる。そこで、開業効果の分析により、それらの内生性をコントロールし、開業 前後の地価の変化から保育施設等の開業効果を明らかにする。 3 国土交通省による国土数値情報を提供するサービスで「地価公示」データを利用している。 4 総務省統計局、独立行政法人統計センターによる地理情報システム。
5 Esri 社開発の GIS(Geographic Information System:地理情報システム)ソフトウェアファミリー の略称である。 6 東京都環境局環境影響評価指針では、騒音測定について平地走行路線の場合は 100m 程度、高架走行 路線の場合は 200m 程度の範囲での測定が望ましいと定められているため、本研究では騒音が及ぶと 想定される線路 100m 圏を分析範囲と設定した。 7 小飼(2016)の分析において、保育施設等から 50m 毎に影響範囲を区切り保育施設数の影響を分析して いるが、有意な効果を得られていたのが 100m 圏であったため、本研究でも、保育施設等から 100m 圏を分析範囲と設定した。 図 4 分析イメージ :地価ポイント
7 4.2 立地特性の分析 4.2.1 推定モデルと基本統計量 線路近接地、保育施設等近接地および双方の近接地を対象に、立地特性の把握をするために次式の推 定モデルを用い最小二乗推定を行う。 = + 線路100 圏ダミー + 保育施設等100 圏ダミー + 線路100 圏ダミー ×保育施設等100 圏ダミー + + + ・・・(1) 被説明変数 には公示地価(円/㎡)の対数値を用いている。線路 100m 圏ダミーは、線路から 100m 以内に立地していれば 1、そうでなければ 0 をとるダミー変数とし、保育施設等 100m 圏ダミーは、保育 施設等から 100m 以内に立地していれば 1、そうでなければ 0 をとるダミー変数とし、その交差項の係 数である を推定すれば、双方の施設の近接地の地価状況を計測することができる。 また、 はヘドニック・アプローチにより地価の構成要素である説明変数を表しており、本研究では、 敷地面積(㎡)の対数値、容積率(%)の対数値、最寄駅からの距離(m)の対数値、東京駅からの距離(m)の対 数値、地価ポイントが当該市区町村に立地する場合を 1、それ以外を 0 とするダミー変数である各市区町 村ダミーを採用している。 は各年次ダミー、 は定数項、 は係数、 は誤差項、 は公示地価ポイント、 である。なお使用するデータは、2000 年~2016 年までの各年におけるデータで構成されたパネルデー タを用いて、東京都全地域における推定に加えて、住居系地域8、商業系地域9、工業系地域10に分類して 各々推定を行っている。東京都全地域、住居系地域、商業系地域、工業系地域それぞれにおける基本統計 量は表 1-1 から表 1-4 の通りである。 表 1-1 東京都全地域 基本統計量 8 第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居 専用地域、第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域をいう。 9 近隣商業地域、商業地域をいう。 10 準工業地域、工業地域、工業専用地域をいう。
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表 1-2 住居系地域 基本統計量
表 1-3 商業系地域 基本統計量
9 4.2.2 実証分析結果 推定式(1)の推定結果を表 2 に示す。全地域においては、線路 100m 圏で約 0.7%地価が高いが、統計 的に有意な水準でなく、一方保育施設等 100m 圏は約 5.9%地価が低く、双方の 100m 圏は、いずれにも 該当しない立地より約 1.8%地価が高いことがわかり、いずれも統計的に有意な水準であった。住居系地 域においては、線路 100m 圏は約 5.3%地価が低く、統計的に有意な水準であった。保育施設等 100m 圏 は約 0.04%地価が低く、統計的に有意な水準でなかった。そして、双方の 100m 圏は、いずれにも該当 しない立地より約 0.6%地価が低いことがわかり、統計的に有意な水準であった。商業系地域においては、 線路 100m 圏は約 0.4%地価が低いが、統計的に有意な水準でなく、一方保育施設等 100m 圏は約 11.4% 地価が低く、双方の 100m 圏は、いずれにも該当しない立地より約 0.7%地価が高いことがわかり、いず れも統計的に有意な水準であった。工業系地域においては、線路 100m 圏は約 10.2%地価が低く、統計 的に有意な水準であった。一方保育施設等 100m 圏は約 1.5%地価が低く、双方の 100m 圏は、いずれに も該当しない立地より約 11.8%地価が低いことが、いずれも統計的に有意な水準でなかった。 この実証分析からは、保育施設等の周辺の地価が有意に低いという結果を得られた。しかし、この結果 は同時性の問題によって過大または過少に推定されている可能性がある。ここでいう同時性とは、保育 施設等が地価を下げているのではなく、保育施設等が地価の低い地域に立地しているというものである。 したがって、推定結果には、保育施設等が周辺地価にもたらす影響と、上記のような立地特性が混在して いる可能性がある。そこで次節では、保育施設等の開業の影響を分析し、保育施設等が開業した際の周辺 地価への影響のみを抽出することを試みる。 表 2 立地特性の推定結果 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%10%水準で統計的に有意であることを示す
10 4.3 開業効果の分析 4.3.1 推定モデルと基本統計量 保育施設等の開業による、保育施設等近接地、線路近接地かつ保育施設等近接地における開業効果の把 握をするために次式の推定モデルを用い、固定効果モデル、変量効果モデルによる推定を行う。 = + 線路100 圏ダミー + 開業ダミー + 線路100 圏ダミー ×開業ダミー + + + ・・・(2) 開業ダミーは、地価ポイントから 100m 以内にある保育施設等が開業している場合を 1、開業していな ければ 0 をとるダミー変数。 は年次であり、その他の変数については立地特性の分析と同様の考え方で ある。なお使用するデータは、立地特性の分析と同様 2000 年~2016 年までの各年におけるデータで構 成されたパネルデータを用いて、東京都全地域における推定に加えて、住居系地域、商業系地域、工業系 地域に分類して各々推定を行っている。東京都全地域、住居系地域、商業系地域、工業系地域それぞれに おける基本統計量は表 3-1 から表 3-4 の通りである。このモデルにおいては、保育施設等が元々地価が低 い場所に開業しているという可能性や各地点が有する観察できない特性等の影響を除去した上で、保育 施設等開業の効果を抽出することが可能となる。なお、分析にあたって留意した点は、保育施設等の開業 年月日を正確に把握し推定式に反映させることである。例えば、認証保育所だった施設が新たに認可保 育所へと認可されたような時期ではなく、その立地に保育施設等自体が建設された年月日を把握し反映 させている。 表 3-1 東京都全地域 基本統計量 表 3-2 住居系地域 基本統計量
11 表 3-3 商業系地域 基本統計量 表 3-4 工業系地域 基本統計量 4.3.2 実証分析結果 推定式(2)の推定結果を表 4 に示す。なお、固定効果モデル11においても推定を行ったが、ハウスマン 検定12により変量効果モデルを採択しているため、その結果について掲載する。全地域においては、線路 100m 圏で約 4.3%地価が高いが、統計的に有意な水準でなく、一方保育施設等開業は約 5.5%の地価上 昇が見られ、統計的に有意な水準であった。線路 100m 圏への保育施設等開業は、いずれの影響も受け ない立地と比較して約 8.2%の地価上昇が見られたが、統計的に有意な水準でなかった。住居系地域にお いては、線路 100m 圏は約 0.9%地価が高いが、統計的に有意な水準でなく、一方保育施設等開業は約 9.6%の地価上昇が見られ、線路 100m 圏への保育施設等開業は、いずれの影響も受けない立地と比較し て約 1.8%の地価上昇が見られ、いずれも統計的に有意な水準であった。商業系地域においては、線路 100m 圏は約 9.5%地価が高く、保育施設等開業は約 0.6%の地価上昇が見られ、線路緊切地への保育施 設等開業は、いずれの影響も受けない立地と比較して約 7.9%の地価上昇が見られたが、いずれも統計的 に有意な水準でなかった。工業系地域においては、線路 100m 圏は約 2.9%地価が高いが、統計的に有意 11 固定効果モデルの推定結果については、紙面の都合上本稿では掲載を省略するが、求めがあれば提出 する用意がある。 12 固有効果と説明変数が独立であることを帰無仮説とする検定であり、本研究では、東京都全地域、住 居系地域、商業系地域、工業系地域において帰無仮説を棄却できなかった。
12 な水準でなかった。一方保育施設等開業は約 3.2%の地価上昇が見られ、統計的に有意な水準であった。 線路近接地の保育施設等開業は、いずれの影響も受けない立地と比較して 6.8%の地価上昇が見られるが、 統計的に有意な水準でなかった。 この実証分析によって、保育施設等が地価が低い場所に立地している可能性や各地点の固有効果等の 内生性をコントロールした上で、開業効果を抽出していると解釈できる。なお、固定効果モデルの推定結 果もほぼ同様の結果を得られている。 表 4 開業効果の推定結果 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%10%水準で統計的に有意であることを示す 5. 立地特性と開業効果の分析結果の比較に関する考察 第 4 章で述べた立地特性の推定結果と開業効果の推定結果の比較から、各立地について得られる考察 について述べる。 5.1 線路近接地に関する考察 表 4 の開業効果の推定結果では、いずれも統計的に有意な水準の影響は見られなかったことから、立 地特性の推定結果を中心に考察する。 表 2 の立地特性の推定結果より、線路近接地は 住居系地域で約 5.3%、工業系地域で約 10.2%地価が 低いことが統計的に有意な水準で得られた。これは、線路がもつ騒音や振動等の負の外部性が地価へ影 響を与えているとも考えられる。一方で、商業系地域に関しては、統計的に有意な水準の影響は見られな かった。理由としては、商業系地域の居住者・利用者の属性の影響であると考える。商業系地域は、用途 上の規制が住居系地域と比較して少なく、商業等の業務の利便を図る地域とされている。つまり住宅地 と比較して騒音に対して鈍化傾向か高いエリアと考えられ、線路近接地の騒音や振動等による影響を意 に介さない人々がいる可能性があるからである。 以上より、第 3 章に述べた線路の外部性の考え方同様、線路近接地は騒音や振動の影響があると解釈 できるが、用途地域毎に騒音に対する鈍化傾向が異なると考えられる。なお、本分析は、2000 年~2016 年の地価を対象としているため、線路が地価が低い場所に敷設されたという同時性の問題が生じている 可能性は拭えず、この点は線路敷設前後の地価変動を観察する必要がある。
13 5.2 保育施設近接地に関する考察 表 2 の立地特性の推定結果からは、商業系地域においては、地価が低い場所であることが統計的に有 意な水準で明らかとなった。これは、保育施設等が地価が低い場所に立地している可能性を示唆するも のである。なお、住居系地域、工業系地域については統計的に有意な水準の影響は見られないため、立地 特性上地価が低い場所か否かは明らかではない。しかし、全地域では、約 5.9%地価が低い場所であるこ とが明らかになり、総じて保育施設等が地価が低い場所に立地しているという可能性を示唆するもので もある。 一方、表 4 の開業効果の推定結果から、保育施設等の開業が住居系地域で約 9.6%、工業系地域で約 3.2%の地価上昇効果があることを統計的有意な水準で明らかにした。これは、保育施設等から発せられ る音により生じる負の外部性よりも、周辺住民の利便性向上等の正の外部性が上回って表れている可能 性があると考えられる。また、そもそも保育施設等から発せられる音が大きな負の外部性を生じていな い可能性もあり、これは保育事業者側の設備上、運用上の努力によるものや、近隣住民の捉え方によるも のとも考えられる。例えば、2016 年 12 月 5 日付の朝日新聞デジタルの記事13においては、東京都、神奈 川県、埼玉県、千葉県の戸建て住宅を対象に行った意識調査結果が特集されており、「家の隣に保育園建 設計画が起こったらどうしますか」との質問に「強く反対する」「反対する」と答えたのは計1割であり、 反対が少ない結果であった。アンケートについては、必ずしも正式な回答をしていない、その内容に関心 がある人しか回答しない等のバイアスが存在している可能性に留意する必要があるが、保育施設等から 発せられる音を騒音と捉える人が少ないことを示唆する結果でもある。商業系地域においては、保育施 設等開業による影響は統計的に有意な水準で見られず、前節で述べた居住者・利用者の属性の影響もあ ると考えられる。 以上より、立地特性の分析においては、小飼(2016)と近しい結果を得ることができたが、そこには、保 育施設等が地価が低い場所に立地しているという同時性の問題が含まれることも示唆した。この内生性 をコントロールした開業効果の分析においては、第 3 章で述べた保育施設等の外部性の考え方とは異な る結果となり、保育施設等の開業には、負の外部性を上回る正の外部性が生じ、地価を上昇させる可能性 を示唆することができた。 5.3 線路近接地かつ保育施設等近接地に関する考察 表 2 の立地特性の推定結果より、線路近接地かつ保育施設等近接地は、住居系地域で約 0.6%、商業系 地域で約 0.7%地価が低い場所であることが統計的に有意な水準で示された。解釈を変えると、住居系地 域においては、通常の線路近接地よりは約 4.7%地価が高い場所であり、商業系地域においては、保育施 設等近接地よりは約 10.7%地価が高い場所であると言える。住居系地域については、線路近接地の騒音 等を認識した上で住んでいる人がいる可能性があり、保育施設等が開業しても追加的に負の外部性が生 じにくく、逆に利便性向上等の正の外部性が上回っているとも考えることができる。商業系地域につい ては、先述した居住者・利用者の属性の影響もあると考えられ、保育施設等ができることで利便性向上等 の正の外部性が生じていると考えられる。また、商業系地域の指定場所上、線路近接地が駅近接地である ことが多く、元々地価水準が高いエリアであることも考えられる。 13 朝日新聞デジタル(2016 年 12 月 5 日)「近所に保育園、迷惑ですか 高齢者ほど反対って本当?」 記事参照 (URL:http://www.asahi.com/articles/photo/AS20161202004273.html)
14 一方、表 4 の開業効果の推定結果より、住居系地域で約 1.8%の地価上昇効果があり、統計的に有意な 水準であることがわかった。解釈を変えると、線路近接地以外で保育施設等を開業させることに比べて 約 7.7%地価上昇効果は低いが、通常の線路近接地と比較すると約 0.9%地価上昇効果があると言える。 路近接地以外での保育施設等開業効果と乖離が生じている点については、保育施設等と地価ポイントの 立地関係が考えられる。開業効果を観測できたサンプルの大半が保育施設等と地価ポイントの間に平地 線路が立地しており、直線距離では 100m 内だが、踏切等も近くになく道路距離では 100m 以上と離れ ている場所であった。このように線路に分断されることで、正、負の外部性共に分断され、線路近接地以 外の保育施設等の地価上昇効果と乖離が生じたとも考えられる。 以上より、第 3 章で述べた仮説のいずれとも異なる結果であり、線路近接地への保育施設等開業は、 総じて周辺地域に対して否定的な影響を与えていない可能性があると考えられ、保育施設等があること による追加的な騒音等の負の外部性よりも周辺住民の利便性向上等の正の外部性が上回っている可能性 を示唆することができた。 5.4 移動費用削減効果 線路近接地に保育施設等開業することで、通勤途中に保育施設等に立ち寄れる人が増え、移動時間が 短縮され、利便性が向上することが期待できる。このことから、本節では利用者の移動費用削減効果を明 らかにするための事例研究を行う。対象施設は、2014 年開業したグローバルキッズ武蔵園とし、対象地 域は、グローバルキッズ武蔵園の最寄駅である JR 中央線武蔵境駅を最寄とする市内 16 町丁14を対象に 分析を行った。詳細な分析範囲については図 5 に示す。 分析にあたり、市内各町丁に住む児童が自宅から近隣の保育施設に通園している事を仮定した。河端 (2010)が東京 23 区を対象にしたアンケートによると、保育施設の選定において自宅からの近接性を重視 しており、徒歩 20 分以内を希望する人は約 98%であることを明らかにしている。本事例研究は、武蔵野 市で行うものの、近隣の保育施設を選定する人は多いと考えられ、自治体も申請者の希望を考慮して通 園許可をしている可能性がある。これを踏まえ、近隣の保育施設に通園している事を仮定した。詳細な分 析は、次の手順で行った。 Step1 武蔵野市内各町丁15における認可保育所通園数16を市内町丁別未就学児人口17で比例配分 Step2 居住地から保育施設、保育施設から駅までの直線距離を ArcGIS にて算出。居住地は各町丁の 重心、保育施設は住所情報を基に jSTATMAP を用いて座標を付し、ArcGIS で地図上に表示 Step3 各町丁の児童が近隣の保育施設に通園している前提で児童数割り振り Step4 保育施設開業前後の児童数の総移動距離の差を明らかにし、移動時分18を算出 Step5 貨幣価値化するために徒歩移動による時間価値19を乗じて効果を算出 14 境一丁目、境二丁目、境三丁目、境四丁目、境五丁目、境南一丁目、境南二丁目、境南三丁目、境南 四丁目、境南五丁目、桜堤一丁目、桜堤二丁目、桜堤三丁目、関前一丁目、関前四丁目、関前五丁目 をいう。 15 e-Stat 政府統計の総合窓口より平成 22 年国勢調査データを入手した。 16 武蔵野保育概要(2016)の年度別入所児童数を参照。公表されている保育所通園児童数が認可保育所入 所児童数のみのためこれを用いた。 17 武蔵野市ホームページ統計資料の住民基本台帳による町丁別・年齢別人口を参照している。 18 河端(2010)と同様に子連れの徒歩速度 3km/h を採用している。 19 鉄道プロジェクト評価手法マニュアル(2005)駅構内水平移動価値 52.3 円/分を参照している。
15 先述した手順により算出すると、16 町丁の 1 人当たりの平均移動短縮時間が 3.76 分/日と算出でき、 1 ヶ月の通園日を 20 日間とした場合、約 900 分/年の削減となる。これに徒歩による時間価値を乗じると 1 人当たり、約 47,000 円/年の費用削減となる。さらに 16 町丁の認可保育所入所数(613 名)を乗じると、 約 29,000,000 円/年の移動費用削減効果が見込めることとなる。この移動費用削減効果は、保育施設等利 用者の便益であり、地域住民全体の利便性向上に寄与するものとも考えられる。 以上より、線路近接地への保育施設等開業は、地域住民の便益を向上させる可能性があることを明らか にした。つまり、広域で捉えれば、表 4 で明らかになった線路および保育施設等から 100m 圏の開業効 果よりも大きな正の外部性が生じる可能性があると考えられる。 なお、待機児童の多い地域では認可保育所の入所が困難であることを想定して申込をしなかったり、就 労を断念したりする世帯が多いことが考えられる。また、認可外保育施設の待機児童数は公表されてお らず、潜在需要を含めた待機児童数は公表されている数よりも格段に多いと考えられる。そのため、保育 施設等の整備は、子どもを保育施設に預け働くことによる社会的便益も生じると考えられる。 図 5 移動費用削減効果の事例研究分析範囲 6. 政策提言 住居系地域、工業系地域において、保育施設等の開業に正の外部性があることが地価の上昇傾向によ って示され、迷惑施設でない可能性を示唆することができた。このことからも保育施設等については、他 の施設と同様に特段の制約がなければ、地域全体の効用や便益を考慮した上で、立地が選ばれるべきで ある。地域全体の効用や便益については、既存施設の開業効果を分析することで、一つの指標にすること ができると考える。ただし、最小二乗推定による分析だけでなく、固定効果モデルや変量効果モデルのよ うに内生性をコントロールした分析をすることが重要である。 一方、線路近接地への保育施設等の開業は、総じて周辺地域に対して否定的な影響を与えていないこと を示し、保育施設等利用者にとっては、移動費用削減の可能性があることを示唆できた。このことからも 保育施設等のための適地が乏しい状況下においては、選択肢の一つとして検討する意義が有ると考える。 線路近接地への保育施設等開業は、三者の便益を向上させる可能性があると考えられるからである。ま
16 ず地域住民にとっては、線路近接地は騒音や振動等があることを織り込み済みで住んでいる人もいる可 能性があることから、保育施設等が開業することによる追加的な負の外部性は生じにくく、逆に利便性 向上等の正の外部性の影響が地価に反映される可能性も考えられ、騒音に対する追加費用の削減にもつ ながると考えられる。また、保育施設等利用者にとっては、移動費用の削減効果があると言える。また、 鉄道事業者にとっては、線路近接の土地の有効活用となる上に地域住民や鉄道利用者の利便性向上に寄 与できる。さらに自治体にとっては、住民の満足度向上に寄与できる上に新たな住民の転入の可能性も 期待できる。以上より、線路近接地への保育施設等の開業は周辺地域に対して否定的な影響は与えず、か つ三者の便益を向上させることが期待できるため、適地が乏しい状況下においては、選択肢の一つとし て検討する意義が有ると言える。 7. おわりに 本研究は、線路近接地における有効活用策の一つである保育施設等開業による周辺への影響について 分析を行ったものである。分析により 2 つのことを示した。第 1 は、保育施設等は、地価が低い場所に 立地している可能性があるが、開業により地価を上昇させる可能性があることである。第 2 は、線路近 接地への保育施設等の開業は、総じて周辺地域に対して否定的な影響は与えず、移動費用の削減効果を 考慮すると、各鉄道事業者の CSR 事業には一定の社会的意義があるということである。 保育施設等の外部性の定量化は、小飼(2016)が保育施設等の騒音に着目し、その負の外部性を定量分析 していた。しかしながら、保育施設等が地価の低い場所に立地しているという同時性が含まれた現況把 握に留まり、開業効果についての定量化はなされていなかった。本研究において、この内生性をコントロ ールした上で、資本化仮説に基づくヘドニック・アプローチにより保育施設等の開業効果の定量化を試 みた。ヘドニック・アプローチについては、外部性が地価の上昇分と一致するためには「small-open の 仮定」20が成立する必要があり、事業評価を行う際に正確性は一般には保障されないとの指摘もあること から、本研究の分析結果のみを用いて事業評価を行うことには慎重になる必要がある。しかし、これまで 定量化が行えていなかった保育施設等の開業効果には正の外部性があること。また、線路近接地への保 育施設等開業については周辺地域に対して否定的な影響を及ぼしていない可能性を示唆し、利用者にと っては便益が生じることを明らかにしたことに、本研究の意義があると考える。 引き続き今後の課題について述べる。本研究では固定効果モデル、変量効果モデルにより分析を実施し たが、駅の地域特性や人口増減などの因果関係や周辺事業の整備効果を分離できておらず過大(過小)に推 定されている可能性は拭えないため、可能な限り他条件をコントロールし上で分析をすることが望まし いと考える。また、本研究では地価ポイントから直線距離で 100m 以内の影響を分析したが、道路距離 による分析を行うことで、より正確に外部性の影響範囲を把握することができると考えられる。さらに 鉄道の高架橋の高さや線路立地、保育施設等の広さや構造、各年齢の児童数等も加味することでより精 度の高い分析が行えると考える。なお、本研究はあくまでもそれぞれの立地が周辺地域にどのような影 響を与えるかに着目しており、周辺から発せられる騒音や振動が児童の人体へ与える影響については考 慮していない。よって、本研究による考察は、線路近接地の有効活用策の一つである保育施設等の開業に おける普遍的な結論ではなく、あくまでも現時点で成し得る範囲での分析であることを付しておく。 20 個人や企業の移転が自由であること(open)、その移転が他の地域に何の影響ももたらさないこと(small)をいう。
17 補論 住居系地域における保育施設等の及ぼす影響の詳細分析と考察 表 4 の住居系地域において、約 9.6%の地価上昇効果が表れていたが、様々な要素が混在していると考 えられるため、2 つの分析21を実施した。 1.距離による開業効果の逓減度合いの分析 下記の推定式を用い固定効果モデルにより推定を行う。 = + 50 圏開業ダミー + 50 ~100 圏開業ダミー + 100 ~150 圏開業ダミー + + ・・・(3) ~ のダミー変数については、地価ポイントからそれぞれの距離圏にある保育施設等が開業してい る場合を 1、そうでない場合 0 をとるダミー変数であり、それ以外の変数は推計式(1)と同様である。推 定結果は表 5 の通りであり、50m圏、50m~100m 圏、100m~150m 圏について、それぞれ 150m 以上 の地価ポイントと比較して、約 11.7%、約 9.2%、約 5.1%と地価上昇効果が見られ、いずれも統計的に有 意な水準であった。つまり、保育施設等の開業による地価上昇効果は、距離により逓減していくことが示 され、表 4 の推定結果は、50m 圏と 50~100m 圏の合算であると考えることができる。より近距離での 影響度合いについては、本研究では実施していないため、別の方法による分析が必要と考える。 2.単一用途か他用途建物の一部に開業しているかによる開業効果の違いの分析 下記の推定式を用い固定効果モデルにより推定を行う。 = + 開業ダミー + 複合ダミー + + ・・・(4) 複合ダミーは、地価ポイントから 100m 以内にある保育施設等が他用途建物の一部に開業している場 合を 1、そうでなければ 0 をとるダミー変数。それ以外の変数は、推計式(1)と同様である。推定結果は 表 6 の通りあり、単独開業だと約 4.4%、他用途建物の一部に開業だと約 11.8%の地価上昇効果が見られ 統計的に有意な水準であった。他用途建物の一部に開業する場合、建物に囲まれているが故に騒音等が 外部に生じにくいと考えられ、また住宅密度が高いため、正の外部性が及ぶ人が多いとも考えられる。表 4 の推定結果には、単独開業と他用途建物の一部に開業している効果の合算であると考えることができ る。なお、複合ダミーのうち数件が大規模マンションと同時に開業しており、その効果も混在している可 能性は拭えない。 表 5 (3)式の推定結果 表 6 (4)式の推定結果 21それぞれの基本統計量は、紙面の都合上掲載を省略するが、求めがあれば提出する用意がある。 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%10%水準で統計的に有意であることを示す
18 謝辞 本稿の執筆にあたり、加藤一誠客員教授(主査)、金本良嗣特別教授(副査)、沓澤隆司教授(副査)、小川 博雅助教授(副査)から丁寧かつ熱心なご指導をいただいたほか、福井秀夫教授(まちづくりプログラムデ ィレクター)、鶴田大輔客員教授、中川雅之客員教授、安藤至大客員准教授、から示唆に富んだ大変貴重 なご意見をいただきました。また、まちづくりプログラムおよび知財コースの関係教員、学生の皆様から は研究全般に関する多くの貴重なご意見をいただきました。ここに記して感謝の意を表します。 さらに政策研究大学院大学にて、研究の機会を与えていただいた派遣元及び研究生活を全面的に支え てくれた家族に改めて感謝申し上げます。 なお、本稿における見解及び内容に関する誤り等については、全て筆者に帰属します。また、本稿は筆 者の個人的な見解を示したものであり、所属機関の見解を示すものではないことを申し添えます。 参考・引用文献 石川聡史,白神亮,柳沼謙一,増田達(2009) 「高所空間の在来線騒音に関する研究」日本鉄道技術協会誌 52(9),34477-34489,2009-09-01 筧博行(2007)「騒音予測計算の紹介」出光技報,50 巻 1 号 pp.21-28 金本良嗣(1997)「都市経済学」,東洋経済新報社 金本良嗣,藤原徹(2016)「都市経済学(第2版)」,東洋経済新報社 金本良嗣(1992)「ヘドニック・アプローチによる便益評価の理論的基礎」土木学会論文集, No.449/Ⅳ-17,pp.47-56 河端瑞樹(2010)「仕事と子育ての両立と保育所アクセシビリティに関するアンケート調査報告書」 CSIS Discussion Paper 102,1-39
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