奈良教育大学学術リポジトリNEAR
問題解決学習について(その2) ―「論理的思考
」にかかわって ―
著者 小川 庄太郎
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 21
ページ 35‑42
発行年 1985‑03‑23
その他のタイトル On Problem Solving (2) ― concerning "logical thinking" ―
URL http://hdl.handle.net/10105/6597
問題解決学習について(その2).
一「論理的思考」にかかわって一
心 川 庄太郎
(数学教育学教室)
1、序 業
前編①において、80年代の時代的要請といわれる問題解決学習が、単にポリア流の手法の城に 止まることなく、数学教育の本質である系統性を満たすものとして成リ立ちうるための、一つの 提言を示した。本稿では、その趣旨の要点をふまえ、その後の考察を付加しつつ、特に、論理的 思考、構造的・体系的学習の実態にかかわって述べることにする。
また、前編では数量分野の考察を主としたものであったので、本稿では、図形分野での学習に ついての考察に及ぶことにする。
2 問題解決学習の本質
問題解決学習の本質として、Ag㎝da,NCTM(YearBook)9特に、polyaの所論③を参考と して、筆者は次の①、②を設定す〜また、数学における学習方法論としては、次の③、④、⑤ を設定する。
問題解決学習の本質
①人間性そのものとして
②生涯において有効な問題解決能力を育てるものとして
③数学学習全般の方法論の基本原理として
④構造的・体系的な学習として
⑤本質的に発見学習として
①については、筑波犬学数学教育研究室を中心とする研究が、その一端を荷うものといえる四 また、本稿の所論の総括もこれに凝集することになろう。
②については、特に今日の日本の義務教育において、どんなレベルの教材を準備すべきかとい う問題にかかわる。この点については、平林の主張⑤が印象的である。
③、④については、前編で系統的問題解決学習(SPS学習)と名付けて筆者の考えの骨子を示 した。以下にその要点を再認しつつ、特にループ学習を主にしてよワ深い考察を示そう。
⑤については、論理的思考の真意とかかわワつつ、本稿の主題とする。
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榊 Shotaro Ogawa (Depar6me of M訓Ilemat ics Ed口。a6ion,Nara U.1i冊『siψ 0f
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3、問題解決学習の構遺
問題を解くとは、要するに、その課題(その時点で未知の構造)を、既知の知識・構造に帰着 させることに外ならない。
すなわち、次の図1で示されるように、課題Pに対して、既知の数多くの構造の中から最も適 切なものAを選び出し、これに写像して解くことである。写像の意味は、模式的に、図2で示す ことができる。(図1,2で示される思考を、以下αと記する。)
P
未知 (課題)
・既知,
dσ○o
A一・一一.う
p q P
A a→b
図 1 図 2
この最適選択について、次のことをコメントしておこう。
①Pに対する既知の諸構造の中からの選択は、(通常)一意である。
②選択(観点変更)のkeyは、rPの本質」である。
この最適選択がうまく行えるためには、単に上記の未知→既知の写像の選択の学習のみならず、
この逆の思考、つまワ、既知→未知の写像の経験を積むことが必要である。この思考は、下図に 示すように、図1での思考によって解決できた構造P(もはや既知に属している)をもとにして、
このPに写像することによって解決できる新しい問題を探究し発見することである。(以下図3 で示された思考をβと記する。)
図3で示されることについては、次のコメントを 付加しよう。
①βでの選択は、本質的に多恵でありうる。
②αでの最適選択の能力は、αとその逆のβと の・つまワ順逆2方向での経験によって・はじ めて効果的に高められる。
③思考βは、ポリアの方略での第4段階⑥を、
X
未知
既知 / Z
。・(⊃
○○峰
P ○
図 3
事後処置としてでなく、次の問題解決の出発として重視するものということもできる。
④α、βの線ワ返しによって体系が形成されてゆ㍍(SPS学習)
以上のコメントの中で、①は特に重要である。以下にその考察を述べよう。
4.錆遣的・体系的学習(論理的思考)の実態 111系統学習としての最善のプログラム
生活単元学習から系統学習に改革されて以降、現代化、ゆとりと充実(精選化)の経緯はあっ
たにせよ、「論理的に、筋道立って考える」ことほ、系統学習で大きいスローガンとして掲げら れ、以降の、現代化、精選化を通じて一貫して尊重され強調されてきた。
。 ものごとを数学的にとらえ、その解決の見通しをつける能力を伸ばすとともに、確かな根 拠から筋道を立てて考えていく能力や態度を養う。(昭和33年、中学校学習指導要領)
。 事象を数理的にとらえ、論理的に考え、統合的、発展的に考察し処理する能力と態度を育 成する。(昭和44年、同上)
。 日常の事象を数理的にとらえ、筋道を立てて考え、処理する能力と態度を育てる。(昭和 52年、小学校学習指導要領)
各教科書においても、系統学習以降、如何にして最善の系統的プログラムを展開するかに全力 を尽してきた。時代と共に、現場からの提言、児童・生徒の実態への対応などによワ、よワ適切 な指導内容、ステップを深ワながら、算数・数学の学習として必然的と目される論理的秩序を展 開している。⑦
この教科書に示される最善と目される展開に忠実に従って学習することによって、はじめて論 理的思考の能力が養成されると通常考えられるが、果してそうであろうか。
(勿 問題解決学習の実態
上記でβについてコメ:/トしたように、既知のPから、このPに写像することによって解決で きる未知の構造(問題)を探究するのは、決して一意とは限らない。(試行錯誤もありうる。)
さて、論理的に最善のステップが、下図のように、P→S→Xであるとして、果して児童・生 徒は常に教科書通ワにSを選ぶだろうか。図5のように、もしXを選択するとしたらどうであろ
うか。また、後で述べるように、こどもにとっては、SよワもXを選ぶ可能性(必然性)が強い 場合すら、いくらでも有リ得るのである。
⑨③→⑤〈◎
未知
既知 ⑨
!
ノ③
噂①
②
①缶。。
図 4 図 5 図 6
いま、教室で児童・生徒がXを選択したとする。課題Xを検討していくうち、当然Xの解決の ためには、その前提となるSの解決の必要に逢着する。そこでいったんSに戻ってこれを解決し
(これは、S→Pのα型の思考である)その結果を踏まえてXを解決するという筋道を迫る。こ れは図6の実線に示されるように、最善の、つまワ本来の論理的秩序に対しては、一つのループ
を作る。筆者のいうrループ学習」①がここに形成される。
は下二つの事例だけを示そう。(①は既報のものを改めて構造的に示したものである。)
①分数学習における事例
下記は、児童がAにおいて分数倍の視点を獲得し、これを足場にしてCの分数唐の概念の確立 とその演算に進もうとしたものである。
A B
分数倍の意味 (分載)X(整数)
→ (整≡数)÷(整数)=(分数) 一一一→ 一一一一÷ (整数、分泌1)X(分数) → (分数)÷(整数)
(整数、分数)÷(分数)
図 7
Cでの学習に入って、その前提となるBの学習の不可欠であることを知ワ、Bに戻ってこれを 解決して後、再びCにアタックしてこれを解決した。A→C)→B→Cのループ学習が実践された
のである。
②整数の乗法にお付る事例
次の図は、やや小規模であるが、これもまぎれもないループ学習の例である。⑧
1位数X1位数の学習を終えたのち、2位数×1位数に進む時点のことである。予定される論 理的ステップは、P一一・Q一一・Rである。これに対して、P→(R)→Q→Rの学習があワ得る。
Q R
P
(何十)×1位数 Z位数X1位数
1位数×1位数 一一 → (例) 20×3 一一一一一→ (例) 23×3 (特殊) (一般)
図 8
教科書には、最善の秩序として当然のことながら、P→Q→Rの展開で叙述されている。しか しこどもにとって、2位数X1位数の学習を目ざすとき、まず目につくのは、Qよワはより身近 に普遍的なRであろう。こどもの志向からいえば、P→Rの方が「日常の事象を数理的にとらえ、
筋道を立てて考える」ことになるともいえよう。この事例は、次の重要なことにかかわる。
③ r特殊・一般」とのかかわり
周知のように、水道方式は日本における特有の理論であワ、全般的に現場に適用できるかどう かは別として、算数学習理論の進展に一つの機運を与えたことは事実である。この方式の理論の 根拠は、 「一般から特殊へ」というスローガンに示される。
上記のループ学習は、たしかにこの場面でのr一般から特殊への」の路線に準じるものである。
ここに、問題解決学習がr特殊・一般」の論議と一つの接点を持つことは重要なことである。「
一般から特殊へ」も一つの理論である。問題点は、その理論に沿ラ学習が如何にしてrこどもの 自主的な筋道立った学習」として実践され得るかという点にある。この点についてよワ深い考察 は他日に譲るとしても、問題解決学習の持つスケールの大きさ、構造の深さの一端を示唆するも のということができよう。
以上の(1〕、(2〕の考察によって、教室という、生きたこどものいる場での「論理的学習、筋道立 った考え方の体得」は必ずしも教科書で代表される整然とした論理的系統に忠実に添うことによ って獲得されるものではないことが明らかにされた。要点はあくまでも児童・生徒の自主的な学 習であワ、これをできるだけ尊重するとき、いわばrカリキュラムはこどもが作る」⑨と標語的 に示すことができる。
以上の3.4の結論として、次のことがいえよう。
昭和33年の系統学習の出発以降、現代化、精選化を通じての一貫した教育思潮、あるいはフィ ロンフィーとしてのr論理主義」(あるいは科学主義・主知主義)に対して・こどもの人間的な 活動を極力尊重するという意味で、問題解決学習は、いオつばr人間化」あるいは、人間主義とい
う標語で示される「教育の原点」を見つめ直すことに通じよう。ポリアのいラ「人間の本性その ものとしての問題解決」③の言葉も、問題解決学習の本質として追求することによってはじめて、
鮮やかな光彩を放つこととなろ㍉
付言するならば、平林のr問題解決は、数学教育の人間化の意味において賛成である」との言⑯ も、ここに到って含蓄のあるものとして首肯することができよう。
さて、以上の事例は、数の分野でのものであった。では図形分野ではどうであろラか。
5 図形分野での問題解決学習
(1)幾何学習の主題(「証明」にかかわって)
図形分野の学習が数量分野の学習と異った面を持つ一つの大きな所以は、こどもの周囲に、こ どもが意識するか否かにかかわらず、図形がそこに存在するという点である。このことをふまえ つつ、図形分野での学習について考察しよう。
上記で、問題解決学習のポイントは、単に課題の解法の発見(α:P→A)に止まらず、むし ろ未知の問題Xを探究し、これをPをもとにして解決する(このとき、β:P・→Xは真のr発見
」に値する)ことの経験が重要であることを述べた。このβ型の活動は、こどもによってよワ感 動的であワ、人間の本性に訴えるものである。この、後考の意味での発見は、図形学習の場面で 特に重要である。
もともと、数学(matematiCS)の語は、ギリシアでのma6e㎜06ike に由来するものであって、
それは、算術(教諭)、幾何学、音階論、星学の4つのmatema6aの総称であった。⑪これらの 学科はいずれもその本質において、いわば自然学であった。
この自然学としての性格は、図形学習において極めて重い位置を占める「証明」についての論 議に重要なかかわりを持つのは当然のこととなる。
小学校における図形学習は、図形の持ついろいろな性質をみつけ、それを主として操作的な手
段によって納得することが目標である。そこには、 「発見」と「立証」の萌芽は充分にあぢ。し かし、 r論証」が重要なテーマとして登場するのは、中学数学である。(以下、中学数学におけ る図形教材をr幾何」と呼称することにする。)
ともすれば、幾何学習のポイントほ、与えられた問題(それも、結論まで明示された形で)に おいて、仮定から結論を既知の命題をもとにして、どのように論理的に正しく導<かということ に終止しがちである。この形の学習は、やはDα型(P→A)のものである。
これに対して自然学としての性格を尊重するとき、学習の基本的な構造は、次のようでなけれ ぱならない。
日1]一 「1一「1
図 9
(筆者は、この意味で図形分野での問題解決学習を特に、(自然)科学的学習と呼んだ。)⑫ いろいろなことがらを注意深く観察し、ある課題を発見する、即ちある興味ある性質を発見す
〜しかし・この段階ではそのことが成リ立つに違いないという予測の域に止まるもので、この 予測の正当性、つまリどんな場合にもまちがいなく成ワ立つことを立証することによって、はじ めて発見が完成する。
証明は、この発見のよろこぴとそれを完成したいという願望に裏付けられた自主的・能動的・
目的的な行為であり、それ故に立証が完成されたときは、深い充実感をもたらすことになる。こ れはまさしく人聞性そのものである。
数学の面白さを味得するのに、数量分野よりもむしろ図形分野に於けるケースが多いのも、こ うしたことに曲るものであろう。
この意味で、幾何学習の最大のテーマあるいはモチーフ(主題)は、証明ではなくて、発見で あるというぺきであろう。
論証は、もともと眼前にある同時存在的な諸構造に対して、それをあえて、論理的な順序構造 として解釈するという、甚だ意図的・論理的な行為である。⑬たとえば、図10のように、目に写 る三角形(2等辺であり、2等角である)の存在に対して、「2等辺ならば2等角である」、「
2等角ならば2等辺である」という、論理的な順序を構想することを挙げることができる。
⇒
図 10
このような意図的な行為を理解し、その意義(面白さ)を理解するためにほ、単に「うまく証 明する」というα型の思考に止まらず、β型で示されるような、まず未知の世界へのアプローチ に始まワ、このアプローチの成功の喜びを味わうといラ、甚だ人間的なものの裏付けが不可欠で ある。この点で冒頭に述べた問題解決学習の本質の①や⑤がよワ鮮明になる。
(2)条件選多・条件不足について
現在の問題解決学習の論議の焦点の一つに、条件過多、条件不足それに、0pe0㎝dがある。
普通数量的分野での問題のあワ方に関して論じられるが、図形分野ではどうであろうか。
一つの図形に出会ったとき、その図形のすべてが同時的にわれわれの感覚に訴えられる。しか し・問題解決のために必要なことは・そのうちのいくつかだけを選択して結論を導くことである。
とすれば・これはまさしく条件過多といってよいのでほなかろうか。
また、証明の完成のためには、眼前にある図形に対して、こちらから補助線をつけ加えるとい う行為が必要なことがある。これは眼前の図形が条件不足の形で示されているといえる。
幾何学習は、本質的に問題解決学習の穣造を有しているということができよう。
6.結 ぴ
前編及び本稿で述べたように、 「問題解決」を単にポリア流の方■各の域に止まるものと解する 眼ワ、1㎏㎝daやN.C.T.M.の年報の期待するような時代的課題とは受付止めることはできな い。しかし、これを児童・生徒の主体的な発見的な学習、その人間性に基づ<活動として原理づ け、教室という生きた場面での様態を探究していくとき、そこには幾多の重要な問題が露わにな る。たとえば、
(1〕系統的、論理的学習の真意は何なのか。
(2)学校における教科書及び教師の役割ワはどうあるべきか。
これらをつきつめてい付ぱ・学校教育の意義の再検討に通じる。
アルビイソ・ト7ラーは、第三世界にお付る学段教育の変貌を予言して、
次の三要因からの解放
①カリキュラム(教科書、時間割ワ)
② 教師 ③ 教室
を指摘した。
本稿での所論も、発想の根拠は全く異るにしても、トフラーの指摘とテーパーラップする点が
多い。
問題解決学習は(筆者の解釈に従う限ワ)系統学習に出発して以来のr論理主義」に対し、そ の反省・止揚を求めるものであワ、rゆとりと充実」については、教材面での単なる精選化に対 しては、量的な見地から質的な見地への決定的な転換を要求する①ものであワ、またその表明す る「豊かな人間性」に対しては、これが学習そのものと直結するための具体的なSi舳止i㎝の構 成を提言するものである。
そこには、r人間主義」に徹することによって、 rゆとりと充実」をさらに超えるフイ』ソフ ィーの可能性が秘められている。そしてそれは、学校教育そのものの意義を問い直すスケールの 大きい課題でもある。
文 献
①小川庄太郎:問題解決学習について、奈良教育大学教育研究所紀要、第19号(1983)
②N.C.T,M.:Prob1emsolvi㎎inschoolmathema6ics(42ndYearBook)(1980)
〃 : An agenda for action (1981)
③G.Po1ya:0nsolvi㎎mathematica1prob1emsinhighschooI(上掲YearBook.P.1)
④筑波数学教育研究(第3号)一問題解決に関する研究を中心に一、筑波犬学数学教育研究室 (1984)
⑤平林一栄:日本数学教育の体質、数学教育論文発表会要項、第15回(1981)
⑥G.ポリア:いかにして問題を解くか、丸善(1945)
⑦日本数学教育学会編、中学数学教育史、新教杜(近刊)
⑧小川庄太郎1間題解決学習の一断面、新しい算数研究(1984,9月)
⑨小川庄太郎:カリキュラムは子どもが作る、新しい算数研究(1982,4月)
⑯シンポジウム、21世紀に向けての数学教育一問題解決を中心に一、日本数学教育学会誌65.3 (1983)
⑩ 小川庄太郎、自然学としての幾何、算数数学指導(6.1979)
⑫小川庄太郎、学習指導方法論としての科学的学習、算数数学指導(3.1981)
⑯小川庄太郎、数学教育現代化の課題(皿)、奈良教育大学紀要、I9巻、2号(1972)