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俳 句 教 材 に 見 られ る ジ ェ ン ダ ー

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俳 句 教 材 に 見 られ る ジ ェ ン ダ ー

Gender  as  Reflected  in Educational  Materials  about  HAIKU

中嶋

Mayumi  NAKASHIMA

は じ め に

2011年 度,小 学 校 学 習 指 導 要 領 の完 全 実 施 とな った。 国語 科 で は,伝 統 的 な言 語 文 化 の充 実 に 伴 い古 典 学 習 の重 視 が打 ち 出 さ れ た。 そ れ を受 け学 習 内容 で は,今 ま で第5学 年 及 び第6学 年 に 位 置付 い て い た俳 句 が第3学 年 及 び第4学 年 で学 習 す る こ と とな った。

そ こで本 稿 は,2011年 度 小 学 校 使 用 開始 教 科 書 で俳 句 が どの よ うに扱 わ れ て い るか を見 て い く と と もに,現 在 に お い て もな お女 流 俳 人 の採 録 が少 な い こ とに視 点 を あ て,昭 和36年 度 使 用 開始 教 科 書 か ら平 成23年 度使 用 開 始教 科 書 にお け る採 録 の変 容 を 「ジ ェ ンダ ー」 とい う視点 か ら調査 ・ 分 析 して い く もの で あ る。

1.学 習 指 導 要 領 に 見 る 古 典 学 習

学 習 指 導 要 領 で は,古 典 につ いて ど の よ うに触 れ られ て い る の で あ ろ うか 。『小 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 国語 編 』1から抜 粋 して み る。

・小 学 校 低 ・中学 年 の 国語 科 に お い て音 読 ・暗 唱(中 略)な ど基 礎 的 な力 を定 着 させ た上 で,

・我 が 国 の言 語 文 化 を享 受 し継 承 ・発 展 さ せ る態 度 を育 て る こ とに重 点

・我 が 国 の言 語 文 化 に触 れ て感 性 や情 緒 を は ぐ くむ こ とを重 視

・〔言 語 文 化 と国 語 の特 質 に関 す る事 項 〕 を設 け,我 が 国 の言 語 文 化 に親 しむ 態 度 を育 て,

・古 典 指 導 につ い て は,我 が国の言語文化 を享受 し継承 ・発展 させ るため,生 涯 にわた って古典 に親 しむ態 度 を育 成 す る指 導 を重 視

・我 が 国 に お い て継 承 さ れ て きた言 語 文 化 に親 しむ こ とが で き るよ う,長 く読 ま れ て い る古 典 や 近 代 以 降 の作 品 な どを,子 ど もた ち の発 達 の段 階 に応 じて取 り上 げ るよ うにす る。

・〔言 語 文 化 と国 語 の 特 質 に関 す る事 項 〕 で は,物 語 や詩 歌な どを読ん だ り,書 き換え た り,演 じた りす る こ とを通 して,言 語 文 化 に親 しむ態 度 を育 成 す る こ とを重 視

・言 語 文 化 と して の古 典 に親 しむ態 度 を育 成 す る指 導 につ い て は,易 しい古文 や漢詩 ・漢文 につ い て音 読 や 暗 唱 を重 視

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・教 材 につ い て は,我 が国において継承 されて きた言語文化 に親 しむ ことがで きるよ う,長 く親 しま れ て い る和 歌 ・物 語 ・俳諧,漢 詩 ・漢 文 な どの古 典 や,物 語,詩,伝 記,民 話 な ど の近 代 以 降 の作 品 を取 り上 げ るよ うに す る。

・伝 統 的 な言 語 文 化 に触 れ た り

・〔伝 統 的 な 言 語 文 化 と国 語 の特 質 に関 す る事 項 〕 は,我 が国 の言語文化 を享受 し継承 ・発展 さ せ る態 度 を育 て る こ と(中 略)と と もに,実 際 の言 語 活 動 に お い て有 機 的 に働 くよ うな能 力 を育 て る こ とに重 点 を置 い て構 成

・伝 統 的 な言 語 文 化 は,創 造 と継承 を繰 り返 しなが ら形成 されて きた。 それ らを小学校 か ら取 り 上 げ親 しむ よ うに し,我 が 国 の言 語 文 化 を継 承 し,新 た な創 造 へ とつ な い で い く こ とが で き る よ う内容 を構 成 して い る。 例 え ば,低 学 年 で は昔 話 や神 話 ・伝 承 な ど,中 学 年 で は易 しい文 語 調 の短 歌 や俳 句,慣 用 句 や故 事 成 語,高 学 年 で は古 文 ・漢 文 な どを取 り上 げ て い る。(下 線 は, 筆 者 に よ る。)

こ れ ら を 見 る と,「 古 典 に 親 しむ 」 「我 が 国 の 言 語 文 化 を 享 受 し継 承 ・発 展 さ せ る」 等 の 文 言 が 多 く使 わ れ て い る こ と が 分 か る 。 「親 し む 」 は 「常 に 接 し て な じ む 。」2こ と で あ り,「 享 受 」 は

「受 け お さ め て 自 分 の も の に す る こ と ・精 神 的 に す ぐ れ た も の や 物 質 上 の 利 益 な ど を,受 け 入 れ 味 わ い た の し む こ と。」3で あ る 。 「古 典 に 生 涯 に わ た っ て な じ み,自 分 な り に 受 け 止 め な が ら受 け 継 い で い く。」 こ と が 求 め られ て い る の で あ る 。 言 い 換 え る な ら ば,「 生 涯 に わ た っ て 古 典 に 親 し む 態 度 を 育 て る こ と が,ひ い て は,我 が 国 の 言 語 文 化 を 享 受 し継 承 ・発 展 させ る こ と につ な が る。」

と い う の で あ る。

以 上 の よ う な 考 え の も と,小 学 校 に 古 典 教 育 が 導 入 さ れ た の で あ る。 そ し て,各 学 年 に お け る 指 導 事 項 は 次 の よ う で あ る。 「伝 統 的 な 言 語 文 化 に 関 す る 事 項 」 か ら,そ の 内 容 を 整 理 して み る 。

第1学 年 及 び第2学 年 】

(ア)昔 話 や神 話 ・伝 承 な どの本 や文 章 の読 み 聞 か せ を 聞 い た り,発 表 し合 った りす る こ と。

第3学 年 及 び第4学 年 】

(ア)優 しい文 語 調 の短 歌 や俳 句 につ い て,情 景 を思 い浮 か べ た り,リ ズ ム を感 じ取 りな が ら音 読 や 暗 唱 を した りす る こ と。

(イ)長 い 間使 わ れ て きた こ とわ ざ や慣 用 句,故 事 成 語 な どの意 味 を知 り,使 う こ と。

第5学 年 及 び第6学 年 】

(ア)親 しみ や す い古 文 や漢 文,近 代 以 降 の文 語 調 の文 章 につ い て,内 容 の大 体 を知 り,音 読 す る こ と。

(イ)古 典 につ い て解 説 した文 章 を読 み,昔 の人 の もの の見 方 や感 じ方 を知 る こ と。

古 典 教 育 の充 実 に よ って,今 ま で 中学 で の学 習 とな って い た古 文 や漢 文 を第5学 年 及 び第6学 年 で も学 ぶ こ とに な り,前 述 した が第5学 年 及 び第6学 年 で学 習 して い た短 歌 や俳 句 を,第3学

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年 及 び第4学 年 で学 習 す る こ とに な った。

で は,ど の よ うな に俳 句 教 材 が採 録 さ れ て い るの で あ ろ うか。2011年 度 使 用 開始 教 科 書 小 学 校 国語 の発 行5者 東 京 書 籍 ・学 校 図書 ・三 省 堂 ・教 育 出版 ・光 村 図書(以 後 発 行 者 の 略称 で あ る [東書][学 図][三 省 堂][教 出][光 村]と 記 す 。)」で 見 て い くこ と とす る。

ま た、[日 書][大 書]は 、 「日本 書 籍 」 「大 阪書 籍 」 を指 す。

2.2011年 度 教 科 書 に 見 ら れ る 俳 句 教 材 の 在 り方 〜第3学 年 及 び第4学 年 を 中心 に〜

2011年 度 使 用 開始 教 科 書 で は,前 述 した よ うに第3学 年 及 び第4学 年 を 中心 に俳 句 教 材 が採 録 さ れ て い る。 各 発 行 者 の 俳 句 単 元(大 単 元 と して 扱 って い る もの を こ こで は取 りあ げ る。)は, 次 の よ うな学 年 ・単 元 名(教 材 名)で 採 録 さ れ て い る。

◆[東 書]:三 年 下 ・ ・日 本 の 言 の 葉 「俳 句 に 親 し も う 」

◆[学 図]:三 年 上 ・ ・言 葉 の リ ズ ム を 感 じて み よ う 「俳 句 」

◆[三 省 堂]:三 年 ・ ・声 に 出 して 読 も う 「俳 句(言 語 文 化)」

(*筆 者 補 ・ ・[三 省 堂]は 上 下 巻 の 分 冊 で は な く,一 冊 と な っ て い る 。)

◆[教 出]3年 上 ・ ・日 本 語 の ひ び き に ふ れ る(ぶ ん か)「 俳 句 に 親 し む 」

◆[光 村]:三 年 上 ・ ・声 に 出 して 読 も う(言 葉)「 良 寛 ・芭 蕉 な ど」

三 年 下 ・ ・声 に 出 して 読 も う(言 葉)「 一 茶 ・百 人 一 首 な ど」

四 年 上 ・ ・声 に 出 して 読 も う(言 葉)「 一 茶 ・蕪 村 な ど」

四 年 下 ・ ・声 に 出 して 読 も う(言 葉)「 子 規 ・啄 木 な ど」

[光村]以 外,第3学 年 で の採 録 と な って い る。 単 元 名(教 材 名)で は,「 親 しむ ・ リズ ム ・音 読 」 とい っ た指 導 事項 の 内容 を そ の ま ま提 示 して い る ことが 分 か る。 ま た,[三 省 堂][教 出]は,

文 化 」 と い う言 葉 も児 童 の意 識 化 を図 る た め に位 置 付 けて い る。[学 図]は,児 童 向 け で は な い が教 科 書 最 終 頁(p144)に 保 護 者 の方 へ― この 教 科 書 で学 ぶ こ と」 と して,「(学 習 の内 容) 学 習 指 導 要 領 で示 さ れ た,文 語 調 の俳 句 を読 む学 習 を しま す。(身 につ く こ と)日 本 の伝 統 的 文 芸 に親 しむ態 度 を は ぐ くみ ま す。」 と して い る。

[光村]は,第3学 年 及 び第4学 年 全 て にお いて,「 声 に 出 して読 も う」 とい う単 元 名 の も と短 歌 ・俳 句 を分 けて採 録 す る ので は な く同単 元 に2つ の ジ ャ ンル を位 置 付 け る方 法 を採 用 して い る。

ま た,付 記 す るが,[光 村]は,「 声 に 出 して読 も う」 の他 に下 記 に記 した よ うな 「季 節 の言 葉 」 と して見 開 き2頁 を使 い,季 節 に 関 わ る言 葉 や詩 ・俳 句 ・短 歌 ・童 謡,本 の紹 介,行 事 との 関 わ り等 を載 せ て い る。 大 単 元 で は な い が紹 介 して お く。

◆[光 村]三 年 上 ・ ・きせつ の言 葉 夏 の楽 しみ

・ ・き せつ の 言 葉 秋 の 楽 しみ 三 年 下 ・ ・き せつ の 言 葉 冬 の 楽 しみ

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四 年 上 ・ ・き せつ の 言 葉 夏 近 し

・ ・き せつ の 言 葉 夏 さ か ん 四 年 下 ・ ・季 節 の 言 葉 秋 深 し

・ ・季 節 の 言 葉 春 立つ

・ ・こ の 本 ,読 も う 〜 本 は 友 達 〜

こ の よ う な 中 で 採 録 さ れ て い る俳 句 の 総 数 は 延 べ82句(付 録 等 の 俳 句 含 む)で,採 録 の 多 い 句 は 下 記 の4句 で あ る。

・雪 とけ て村 い っぱ い の子 ど もか な(小 林 一 茶)

・名 月 を取 って くれろ と泣 く子 か な(小 林 一 茶)

・菜 の花 や 月 は東 に 日は西 に(与 謝 蕪 村)

・古 池 や か はづ とび こむ水 の音(松 尾 芭 蕉)

こ れ ら の 俳 句 は,5発 行 者 中4発 行 者 が 採 録 し て い る。 登 場 回 数 で は,小 林 一 茶16回,与 謝 蕪 村12回,松 尾 芭 蕉11回,続 い て 正 岡 子 規8回,高 浜 虚 子4回 で あ る。 登 場 す る俳 人 は,26名 で あ る。 そ の 内 女 流 俳 人 は4名 で,俳 句 の 総 数 は 延 べ6句 で あ る。 採 録 さ れ て い る俳 句 は 以 下 の も の で あ る。

・い な び か り北 よ りす れ ば北 を見 る(橋 本 多 佳 子):[東 書]

・雪 の朝 二 の字 二 の字 の下 駄 の あ と(田 捨 女):[学 図][教 出]

・せ きの子 の な ぞ な ぞ あ そ び き り もな や(中 村 汀 女)[教 出[光 村]

・赤 とん ぼ葉 末 に す が り前 の め り(星 野 立 子)[教 出]

女 流 俳 人 の採 録 状 況 を見 る と,採 録 俳 句 数 で は7.3%,俳 人 の 総 数 で は15.4%と な る。 範 囲 を 広 げ て2011年 度 使 用 開始 教 科 書 の第5学 年 及 び第6学 年 の採 録 も含 め て も俳 句 の総 数 は10句 で登 場 す る女 流 俳 人 は 中村 汀 女 ・加 賀 千 代 ・田捨 女 ・星 野 立 子 ・橋 本 多 佳 子 ・黒 田杏 子 ・黛 ま ど か の

7名 で あ る。

で は,今 ま で女 流 俳 人 の 俳 句 が ど の よ うに採 録 され て き た の で あ ろ うか 。 『学 習 指 導 要 領 』 の

試 案 」 が とれ た 昭 和36年 度 発 行 教 科 書 か らそ の採 録 の 在 り方 を 見 て い く こ と とす る。 調 査 対 象 教 科 書 は,昭 和36年 度 か ら平 成23年 度 ま で に発 行 さ れ た検 定 済 み教 科 書 と し,学 習 指 導 要 領 改 訂 期 ご とに第3期(昭 和36年 か ら昭和45年)・ 第4期(昭 和46年 か ら昭和54年)・ 第5期(昭 和55 年 か ら平 成3年)・ 第6期(平 成4年 か ら平 成13年)・ 第7期(平 成14年 か ら平 成22年)・ 第8 期(平 成23年)に 分 け整 理 した(な お,今 回 の調 査 で は,第1期 ・第2期 は,調 査 対 象 か ら外 し

た)。

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3.学 習 指 導 要 領 改 訂 期 ご と に 見 る 俳 句 の 採 録 状 況 〜 女 流 俳 人 を中 心 に〜

第3期 か ら第8期 に採 録 され て い る俳 句 の総 句 数 は,延 べ552句 で あ る。 そ の 内 訳,及 び女 流 俳 人 の 句 数 は以 下 の よ うで あ る。 な お,()内 の左 側 は女 流 俳 人 の延 べ俳 句 数 を 右 側 は そ の割 合 を示 した。)

◇ 第3期 ・ ・59句(2句

◇ 第4期 ・ ・56句(2句

3.3%)

3.6%)

◇ 第5期 ・ ・130句(12句9.2%)

◇ 第6期 ・ ・110句(13句11.8%)

◇ 第7期 ・ ・80句(11句13.8%)

◇ 第8期 ・ ・117句(10句8.5%)

昭和40年 度 使 用 開始 教 科 書 の[日 書]か ら,女 流 俳 人 星 野 立 子 の俳 句 が採 録 さ れ た。 そ の後, 第5期 ・第6期 ・第7期 と女 流 俳 人 の採 録 は多 くな って い った。 平 成8年 度 か ら今 日に至 るま で

[東書]は,2名 の 女 流 俳 人 を常 に採 録 して い る。 平 成23年 度 で は,数 値 的 に は減 少 して い る。

そ の 中 で,[教 出]・[光 村]は,女 流 俳 人 の句 を4句 掲 載 して い る。

以 上 の よ うに女 流 俳 人 の採 録 傾 向 を見 て い く と,男 性 の俳 人 に比 べ,女 流 俳 人 の採 録 の割 合 が か な り低 い こ とが分 か る。 そ して,そ の理 由 と して,女 性 俳 人 が登 場 しな い こ と もあ げ られ る。

俳 句 世 界 の男 女 の在 り方 につ い て,草 間 時彦 は,次 の よ うに述 べ て い る。

俳 句 は過 去 に お い て,男 系 の文 学 で あ った。 元 禄 の昔,芭 蕉 に は何 人 か の女 弟 子 が い た。

園女,智 月尼 な どで あ る。 しか し,数 は少 な か った。 そ の後,千 代 女,星 布 尼 な ど が知 られ るが,珍 しい存 在 だ か ら知 られ た の に過 ぎな い。 幕 末,明 治 に入 る と,い よ い よ数 は減 って しま う。 女 流 俳 人 は ほ とん どい な い。 これ は,俳 句 とい う詩 型 が女 性 に 向 い て い な い の で は な く,社 会 現 象 と して の 俳 句 が 女 性 の参 加 を拒 ん で い た と見 る方 が 正 しい よ うで あ る。(中 略)明 治 が終 わ り,大 正 に入 った。(中 略)「 ホ ト トギ ス」 六 月 号 に女 性 の た め の俳 句 欄 の設 置 を発 表 した。 「婦 人 十 句 集 」 が それ で あ る。 これ が 近 代 女 流 俳 句 の夜 明 け なの で あ る。(中 略)高 浜 虚 子 は大 正 五 年 十 二 月 号 に台 所 雑 詠 の 創 設 を公 告 した。(中 略)応 募 規 定 は次 の通 りで あ る。 「台 所 に関 す る もの を題 とせ る句 で あ る。 た とへ ば 台 所(中 略)投 句 社 婦 人 に限 る」4

ま た,越 後 敬 子 は,女 流 俳 人 につ い て 次 の よ う に 記 し て い る。

近 世 女 流 俳 人 の代 表 格 と して,そ の初 期 に は貞 門 の捨 女 や蕉 門 の智 月 尼 ・園 女 な ど,中 期 に は千 代 尼 ・諸 九 尼 ・田女 な ど,後 期 に は星 布 尼 ・菊 舎 尼 ・多 代 女 な どが挙 げ られ,女 流 俳 人 の少 な い時 代 に あ って そ の 俳諧 活 動 は特 記 され る。(中 略)封 建 社 会 に あ って 女 性 が 男 性 に伍 して 活 動 す る こ とは 難 し く,「 座 の 文 学 」 で あ る俳諧 の 特 質 そ の もの が 女 性 の 参 加 を拒 む もの で あ り,こ の こ とが女 流 俳 人 の少 な か った理 由 で あ る とさ れ て い る。 一 方 の近 代 女 流

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俳 人 は高 浜 虚 子 の手 に よ って産 声 を上 げ た。 大 正 二 年(1913)六 月 号 の 「ホ ト トギ ス」 に, 虚 子 は女 性 の た め の俳 句 欄 「婦 人 十 句 集 」 を設 け た。(中 略)さ らに同 五 年 に は 「台 所 雑 詠 」 欄 を も創 設 した が,こ れ は台 所 に 関 す る もの― 例 え ば鍋 や 七 輪,竈,荒 神 棚 な ど― を題 と

す る もの で,虚 子 が選 句 を行 な った。 これ らに よ り長 谷 川 か な女 や 阿部 み ど り女 らの女 流 俳 人 の輩 出 を見 た わ け で あ るが,こ の よ うに女 性 限定 の俳 句 欄 を設 け る こ とで,初 め て公 に女 性 に対 して俳 句 の 門戸 が 開 か れ た の で あ る。5

宇 多 喜 代 子 は,史 的 見 地 か ら,次 の よ う に 述 べ て い る。

明治 か ら昭和 四十 年 く らい ま で の絶 対 数 が男 性 に比 べ て 問題 に な らな い く らい少 な い うえ に,い ず れ史 的 に見 て検 証 の レベ ル に据 え られ る と思 わ れ る女 性 た ち が,い ま だ現 役 と して 評 価 決 定 を くだ す域 の手 前 に い る とい う実 情 が そ の理 由 の一つ に あ げ られ る。6

そ して,宇 多 喜 代子 の現 代俳 句 協 会 会 長就 任 につ い て鍵 和 田? 子 は,対 談 の中 で 次 の よ う に語 っ て い る。

よ うや く女 性 が 男 性 と対 等 に な れ た な と思 っ た の は,宇 多(筆 者 補 ・ ・宇 多 喜 代 子 の こ と) さ ん が 現 代 俳 句 協 会 の 会 長 に な っ た と き で す 。 あ れ が エ ポ ッ ク で し た 。 長 い こ と,女 性 で は ダ メ だ と 言 わ れ て き た か ら,私 は 本 当 に 嬉 し か っ た 。(中 略)そ れ ま で 待 遇 が 男 女 平 等 だ と は 思 え な か っ た 。 戦 後,男 女 平 等 と言 っ て も,急 に 変 わ り っ こ な い ん だ か ら。7

俳 句 の世 界 の 男女 の力 関係 や 女 性 が 評価 を得 る まで の道 の りの険 しさ を垣 間 見 る こ とが で き る。

この よ うな男 女 の 関係 の 中 で,岩 田 由美 は,詠 む題 材 につ い て次 の よ うに述 べ て い る。

男 性 の評 者 の言 を ま とめ て み る と,期 待 さ れ る女 流 俳 句 像 は,台 所,母,官 能,恋 を題 材 とす る俳 句 作 品 だ ろ う。 さ らに巫 女 性 と もい うべ き,こ の世 な らぬ世 界 を見 る力 を期 待 す る 向 き もあ る よ うだ。 こ うい っ た路 線 で うま く句 を作 れ ば,男 性 の俳 句 の 世 界 を乱 さ ず侵 さず, 女 流 俳 句 と い う枠 の 中 で 褒 め て も らえ る の か も しれ な い。(中 略)中 村 汀女 の 母 性 の 句,橋 本 多 佳 子 の官 能 の句 は す ぐに思 い 当 る。8

俳 句 世 界 の男 性 優 位 の力 関係 に よ り,女 流 俳 人 の評 価,そ して,そ の登 場 が遅 くな り,最 終 的 に絶 対 数 が女 性 の方 が少 な い こ とが採 録 数 に影 響 を して い る とい え る。

で は,そ の よ うな状 況 の 中 で,ど の よ うな女 流 俳 人 の作 品 が教 科 書 教 材 と して採 録 さ れ て きた の か を次 に見 て い く。 採 録 さ れ て い る俳 句 は,17句(延 べ50句)で あ る。 記 した数 字 は,調 査 対 象 教 科 書 に採 録 さ れ た 回数 で あ る。

・せ きの子 の な ぞ な ぞ あ そ び き り もな や(中 村 汀 女)・ ・11回

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・赤 ト ン ボ 葉 ず え に す が り前 の め り(星 野 立 子)・ ・6回

・ とゞ ま れ ば あ た り に ふ ゆ る蜻 蛉 か な(中 村 汀 女)・ ・4回

・沸 か し湯 に 切 っ先 青 き菖 蒲 か な(中 村 汀 女)・ ・4回

・白 葱 の ひ か り の 棒 を い ま 刻 む(黒 田 杏 子)・ ・4回

・い な び か り北 よ り す れ ば 北 を 見 る(橋 本 多 佳 子)・ ・3回

・妹 を 泣 か し て 上 が る絵 双 六(黛 ま ど か)・ ・3回

・月 の 夜 や 石 に 出 て 鳴 く き り ぎ り す(加 賀 千 代)・ ・2回

・雪 の 朝 二 の 字 二 の 字 の 下 駄 の あ と(田 捨 女)・ ・2回

・風 邪 の 子 が 留 守 あづ か る と い ひ く れ し(中 村 汀 女)・ ・2回

・外 に も 出 よ 触 る る ば か り に 春 の 月(中 村 汀 女)・ ・2回

・咳 を す る母 を 見 上 げ て ゐ る子 か な(中 村 汀 女)・ ・2回

・朝 顔 につ る べ と ら れ て も ら ひ 水(加 賀 千 代)・ ・1回

・雪 解 け の 道 の ぬ か る み 戸 に せ ま り(中 村 汀 女)・ ・1回

・さ み だ れ や よ ば れ て 犬 の か へ り み る(中 村 汀 女)・ ・1回

・夕 焼 け て な ほ そ だつ な る氷 柱 か な(中 村 汀 女)・ ・1回

・まゝ 事 の 飯 も お さ い も土 筆 か な(星 野 立 子)・ ・1回

で は,そ の扱 い は ど うで あ ろ うか。 先 ず,提 示 の順 番 や提 示 方 法 につ い て で あ るが,そ れ ぞ れ の教 科 書 を手 に して感 じ る こ と は,「 女 流 俳 人 の位 置付 けが どれ も後 半 に あ る」 と い う こと で あ る。 多 くの教 科 書 が 冒頭 に松 尾 芭 蕉 ・与 謝 蕪 村 ・小 林 一 茶 を位 置 付 け句 意 を記 して い る。 そ れ に 比 べ て,女 流 俳 人 の句 は,そ れ らに紛 れ込 ん で い る,あ るい は一 番 後 に鎮 座 して い るよ うで あ る。

事 実,延 べ50句 中20句 が最 後 に位 置 付 き,最 後 か ら2番 目に15句 が位 置 付 い て い る。 割 合 で見 て い く と,最 後 の位 置 付 け が40%で,最 後 か ら2番 目の位 置 付 け が30%で あ る。つ ま り,女 流 俳 人 の70%の 作 品 が後 ろ に位 置 付 い て い る と言 う こ とに な る。 ま た,多 くの発 行 者 が い くつ か の俳 句 に句 意 を付 け な が ら俳 句 の概 要 を説 明 した上 で,数 句 俳 句 を列 挙 して い るが,女 流 俳 人 の俳 句 で 句 意 が あ る もの は7句 で,全 体 の14%で あ る。 もち ろ ん発 行 者 の何 らか の意 図 に よ って配 列 が な さ れ て い るの で あ ろ うが,俳 句 界 に お け る女 性 の在 り方 や女 性 俳 人 の進 出 と関 わ って い るよ うに も思 わ れ る。

採 録 され て い る女 流俳 人 は,田 捨 女 ・加 賀 千 代 ・橋 本 多 佳 子 ・中村 汀女 ・星 野 立子 ・黒 田杏子 ・ 黛 ま どか で あ る。 で は,何 故 これ らの女 流 俳 人 が採 録 さ れ た の で あ ろ うか。 彼 女 達 の一 般 的 な評 価 に触 れ て お く。

田捨 女 につ い て松 尾 勝 郎 は 「捨 女 は,蕉 門以 前 の女 流 俳諧 史 上 に大 きな足 跡 を残 した実 力 者 で あ った の を評 価 した の で あ ろ うが,な に よ り もす で に六 歳 の 時 に『 雪 の朝 』 の句 を詠 ん だ とす る 口碑 が 早 くか ら流 布 して,世 俗 的 な 名 声 を得 て い た」9と して い る。 加 賀 千 代 につ い て 山 根 公 は

江 戸 時代,女 性 の 句 集 が 世 に 出 る こ と は まず あ りま せ ん 。 そ の 稀 な例 が千 代 女 で す 。 彼 女 は才 能 に加 え て美 貌 に も恵 ま れ て い た。 しか も,市 井 に溶 け込 ん で謙 虚 に生 きた。 誰 に と って も千 代

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女 は憧 れ の マ ドンナ 的 な存 在 だ っ たの で す 。」10と評 して い る。 ま た,井 本 農 一 は 「今 日で い え ば ま ず は芸 能 人 か,大 衆 読 物 作 家 とい う こ とで もあ ろ うか。 女 性 で あ る こ との ほ か に,そ の作 風 が 気 分 象 徴 的 で な く,解 りや す い皮 相 な論 理 性 を持 っ て い た こ と も,大 衆 的名 声 を得 た所 以 で あ ろ う。」11として い る。 橋 本 多 佳 子 ・中村 汀 女 ・星 野 立 子 は,三 橋 鷹 女 を加 え て 四T(筆 者 補 ・ ・4 人 の俳 号 の 頭 文 字 を取 って この よ うに呼 ば れ て い た。)と して,昭 和 前 期 の一 時 代 を 築 い た。 山 下一 海 は 「(汀女 と立 子 は)い わ ば 常 識 的 な意 味 で の女 性 的 な 態 度 を失 わ ず に,し か も闊 達 に 自 分 の世 界 を く りひ ろ げ た が,汀 女 が普 遍 的 な生 活 者 の感 覚 に基 盤 を お い て い るの に対 して,立 子

は無 縫 の ひ らめ きを奔 放 に駆 使 して,相 互 に補 う とい う趣 が あ った。 多 佳 子 と鷹 女 は,と もに覚 醒 した女 性 と して の 自己 の感 覚 と意 志 に執 しな が ら,多 佳 子 は俳 句 と して の形 式 的 な節 度 を重 ん ず る こ とに よ って作 品 の 内圧 を高 め,鷹 女 は しば しば伝 統 の約 束 を逸 脱 す る こ とに よ って強 い訴 求 力 を発 揮 した。 四Tは,そ の 間 の妙 味 あ る類 似 と照 応 に よ って,戦 後 女 流 俳 句 の第 一 幕 を展 開 した。」12と述 べ て い る。 ま た,鍵 和 田? 子 は,こ の四Tの 特 徴 を 「(立子 ・汀 女 につ い て)女 流 特 有 の ナ イ ー ブで清 新 な感 受 性 に よ って,柔 軟 な リズ ム を生 み,女 性 ら しい や さ しさ の溢 れ た抒 情 を,句 風 の芯 と して い る。(中 略)一 方 多 佳 子 と鷹 女 は(中 略)人 間 性 や女 性 の 心 を 表 出 して, 自我 を解 放 して ゆ く タイ プ と言 え るだ ろ うか。 強烈 な ナ ル シズ ム に支 え られ て もい る。 女 性 の精 神 風 土 の 開拓 と も言 え るか も知 れ な い。」13と記 して い る。

黒 田杏 子 につ い て,[東 書 指 導 書 平23]([東 書]で 平 成23年 度 対 応 指 導 書 を この よ うに記 す。 な お,以 後 同様 とす る。)で は,「 東 京 に生 まれ る。大 学 在 学 中 よ り山 口青 邨 の指 導 を受 け る。

1990年 『藍 生 』 創 刊 主 宰 。」 と あ る。 そ して,黛 ま どか につ いて は,「 『夕 立 を か は す男 の シ ャツ の 中』 な どの 句 は現 代 の青 春 の風 景 を あ ざ や か に と らえ て お り,俳 壇 を越 え て 広 く話 題 に な っ た。

八 年 八 月 に女 性 だ け の俳 句 雑 誌 『ヘ ップ バ ー ン』 を創 刊,横 組 み の誌 面,新 季 語 の提 唱 な ど で特 色 を発 揮 した。」14とあ る。

以 上 の よ うに,少 な か らず男 女 の性 差 が あ る俳 句 の世 界 で地 位 を確 立 し,世 間 で も評 価 が高 い 女 性 達 の俳 句 が教 科 書 教 材 と して取 りあ げ られ て い る と言 え る。 日本 人 と して の知 識, 日本 が伝 え るよ き 「伝 統 的 な言 語 文 化 」 に触 れ る意 味 に お いて,「 知 って お き た い女 流 俳 人 」 が 採 録 さ れ て い るの で あ る。 そ して,最 も多 く採 録 さ れ て い るの が 中村 汀 女 で,中 で も 〈せ きの子 の な ぞ な ぞ あ そ び き り もな や〉 は,11回 の 採 録 とな って い る。 何 故,そ の よ う に多 い ので あ ろ うか。[光 指 導 書 平23]に は,「 学 習 材 の 分 析 」 と して この 俳 句 の 解 釈 が 次 の よ うに 記 され て い る。

風 邪 を ひ い た 時 の 布 団 の 中 で の退 屈 な 経 験 を想 起 す れ ば,き り もな くな ぞ な ぞ 遊 びを ね だ って しま う子 ど もの幼 さ や気 持 ち が容 易 に想 像 で き る。 か わ い ら しさ,親 近 感 の あ る作 品 で あ る。 ま た,家 事 を しな け れ ば な らな い と思 う もの の,いつ ま で も遊 ぶ こ とを や め な い子 ど もを相 手 に す る母 親 の 子 ど もへ の愛 しさ が に じみ 出 た作 品 とい え る。」 とあ る。つ ま り,母 親 の 愛 情 を充 分 感 じ取 る こ とが で き る俳 句,そ して,そ れ は 同 時 に多 くの子 ど もが いつ も感 じて い る母 親 の温 か さ で あ り,子 ど も達 に と って は実 生 活 を 想起 し母 親 へ の思 いを感 じ取 る時 間 と もな る。 平 井 照 敏 は, 中村 汀 女 を評 して 「汀 女 の句 を,母 子 俳 句 とか,主 婦 俳 句,あ るい は家 庭 俳 句 な ど と呼 び,身 辺 日常 に と どま りす ぎ る句 で あ る こ とを気 に しな が ら も,ゆ た か な感 性 に め ぐま れ た才 能 とい い,

(9)

こ う した よ い 資質 」15として い る。 ま た,山 本 健 吉 は 「中村 汀 女 」 の 中 で 「い さ さ か困 惑 して い る 中 に も,手 離 しの愛 情 が あ ふ れ て い る。 子 供 を詠 ん だ句 に は,外 に『 お い て来 し子 ほ ど に遠 き?

の あ り』 『ひ と りで に子 は起 き橇 は起 さ る る』 『年 ご ろ の似 て か へ りみ て 曼 珠 沙 華 』 『歩 き もす 夜 寒 の子 等 の枕 上 』 な どの作 品 が あ る。 い ず れ も 日常 の哀 歓 の 中 に,子 へ の愛 情 の に じみ 出 た句 で あ る。 汀 女 の句 の特 色 の 一つ は,こ ま や か な 家 庭 の 愛 情 に あ くま で も即 して い る点 に あ る。」16と 評 して い る。 この俳 句 か ら母 親 の愛 情 は充 分 感 じ られ るが,そ の一 方 で,子 ど もの世 話= 母 親, 家 事=母 親, 家 庭=母 親 とい うよ うな見 方 を して しま う、 当然 の こ との よ うに受 け入 れ て しま う

とい った危 惧 もあ る。 そ れ は,各 発 行 者 が 出 して い る指 導 書 か ら も見 て取 る こ とが で き る。 各 発 行 者 が 出版 して い る指 導 書 に は,中 村 汀 女 の 略歴 に次 の よ うな 内容 が網 羅 さ れ て い る。

◇[教 指 導 書 昭52]

虚 子 は彼 の次 女 立 子 と と も に汀 女 を,「 清 新 な る香 気,明 朗 な る色 彩 の あ る こ と は共 通 の風 貌 で あ る。」 と評 した。 彼 女 の作 風 は家 庭 の母,主 婦 と して の 日常 を ゆ た か に み ず み ず し く詠 む と ころ に あ る。

◇[日 書 指 導 書 昭61]

『ホ ト トギ ス 婦 人 句 集 』 を基 礎 に浮 か び上 が った女 流 俳 人 の 一 人 で あ る。 日常 茶 飯 の 中 に抒 情 を見 出 し,女 性 の こま や か で清 新 な感 情 が表 現 さ れ て い る。 汀 女 に は二 男 一 女 が あ り,母 性 抒情 の句 が多 い。(筆 者 補 ・ ・平 成4年 活 用 指 導 書 か らは 「母 性抒 情 の 秀 句 が 多 い 。」 と な っ て い る 。)

◇[東 書 指 導 書 昭61]

作 風 は,主 婦 と して,ま た母 と して,家 庭 の 日常 生 活 を豊 か な感 性 で よ む と ころ に独 自性 が あ る とさ れ る。

◇[大 書 指 導 書 平4]

昭和 の女 流 俳 人 に広 範 な影 響 を与 え て い る。

◇[光 村 指 導 書 平17]

大 正 七 年 ご ろか ら句 作 を始 め,八 年 か ら 「ホ ト トギ ス」 に投 句 。 九 年 結 婚,以 後 句 作 を 中断, 育 児 と家 事 に専 念 す る。 昭和 七 年 句 作 を再 開。

◇[光 村 指 導 書 平23]

高 浜 虚 子 に 師事 し,昭 和9年,雑 誌 「ホ ト トギ ス」 の 同人 とな る。

略歴 か ら も分 か るよ うに,中 村 汀 女 の作 品 に求 め た もの は,「 母 親 の愛 情 」 「女 性 の細 や か さ」

と言 え る。 もち ろ ん,中 村 汀 女 の得 意 とす る作 風 で あ り これ を採 録 す る こ とを否 定 す るの で は な い。 しか し,中 村 汀 女 の他 の作 品 も同 時 に詠 ん で み る,ま た,他 の女 流 俳 人 の作 品 と比 べ て み る 等 の言 語 活 動 に よ って よ り俳 句 とい う芸 術 の お も しろ さ を味 わ わ せ て こそ,「 伝 統 的 な言 語 文 化 」

に触 れ る こ とが で き るの で は な い か と考 え るの で あ る。

本 稿 で は、 中村 汀 女 につ い て特 に触 れ た が、 今 後 他 の女 流 俳 人 の採 録 さ れ た句 の特 徴 を 「ジ ェ ン ダー」 の視 点 で見 て い く こ と も求 め られ るの で は な い だ ろ うか。

(10)

お わ り に

今 後 ま た新 た な女 流 俳 人 が登 場 す る と思 わ れ る。 教 材 開発 の段 階 で,す ぐれ た作 品 を提 示 す る こ とは もち ろ ん大 切 で あ り,ど の よ うな俳 句 を発 掘 す るか も重 要 で あ るが,例 え ば 中村 汀 女 の よ うに母 親 の愛 情 を詠 ん だ俳 句 もあ れ ば,自 然 を詠 ん だ俳 句 もあ る。 そ うで あ るな らば,繰 り返 す が,女 性=母 性 愛,女 性=料 理 とい った一 方 的 な提 示 で は な く,い ろ い ろ比 べ て い ろ い ろ な感 じ 方,捉 え方 が あ る とい うよ うに多 様 な見 方 が で き るよ うな教 材 の提 示 ・学 習 材 の活 用 が行 わ れ る こ とが求 め られ る。 そ の よ うな意 味 か ら も,例 え ば女 流 俳 人 二 名 の俳 句 を採 録 して い る とい うの は,「 男 性 も女 性 も多 様 な見 方 や考 え 方,詠 み方 を す る」 こ と を学 ばせ る に は よ い 提 示 で は な い か と考 え る。

授 業 時 間数 の 関係 で,授 業 時 間 内 に多 くの俳 句 に触 れ さ せ る こ とは難 しい の が現 状 で あ る。 そ うで あ るな らば,授 業 の 中で俳 句 の学 び方 を充 実 させ,そ の 見方 を活 用 しなが ら自力 で俳 句 に迫 っ て い く こ とが で き るよ うな力 を育 て て い く こ とが重 要 で あ り、 今 以 上 に指 導 を工 夫 す る こ とが大 切 に な る。 そ して、 そ れ に伴 い、 副 教 材 や教 師 が作 成 す る学 習 材 プ リン トの活 用 や在 り方 に も 目

を 向 け て い く必 要 が あ る と考 え る。

〔引 用 文 献 〕

1:文 部 科 学 省『 小 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 国 語 編 』 東 洋 館 出 版  2008.8.31  pp.1‑8  p44  p68 p69  p93

2:新 村 出 『広 辞 苑  第 六 版  机 上 版 』 岩 波 書 店  2008.1.11  p1241 3:2に 同 書p730

4:草 間 時 彦 「『女 流 俳 人 』 の 誕 生 〜 近 代 女 流 俳 句 小 史 〜 」(俳 句 研 究 社 『俳 句 研 究 』 富 士 見 書 房 1996.10)p100

5:奥 田 勲 『日本 文 学  女 性 へ の ま な ざ し』 風 間 書 房  pp.227‑228

6:宇 多 喜 代 子 「戦 後 女 流 俳 句 の 系 譜 」(『俳 句 』 角 川 書 店  1996.9)  p80

他 に宇 多 喜 代 子 は,「 黎 明 期 の 女 性 俳 句 」(小 川 濤 美 子 他4監 修『4T+H  女 性 俳 句 の 先 覚 者 』 東 京 四 季 出 版  1997.11.10  pp.6‑7)の 中 で,次 の よ う に 述 べ て い る 。

発 句 す な わ ち虚 子 の 「ホ ト トギ ス」 とい う明治 か ら大 正 の 時代 、 明治 四十 一 年 の渡 辺 水 巴 以 来 、 男性 が 占め て きた巻 頭 とい う席 に最 初 に座 った女 性 は明治 四 十二 年 の沢 田 は ぎ女 で あ っ た。(中 略)鬼 城 、 蛇 笏 、 石 鼎 、 普 羅 な ど を輩 出 した 大 正 期 は、 ま さ に俳 句 は男 の す る もの とい う印象 を据 えつ け た期 間 で、 こ こに近 代 俳 句 の最 初 の 峰 が築 か れ た とい って もい い だ ろ う。 この十 五 年 の 間 に女 性 の巻 頭 は な い。 昭和 に入 り、 花 鳥諷 詠 を提 唱 した虚 子 の も とに い わ ゆ る 「四T」 に代 表 され る俳 人 た ちが 育つ 。 そ の 中 に 「ホ ト トギ ス」 巻 頭 と して 出 て く る の が、 先 ず 昭和 六 年 の星 野 立 子 で あ る。 これ に継 い で翌 七 年 に杉 田久 女 、 そ の翌 年 に 中村 汀 女 、 竹 下 しづ の女 とい うよ うに、 俳 句 の表 舞 台 に女 性 が登 場 しは じめ た の は 昭和 に入 って か

らで あ った。

(11)

ま た,同 氏 は,短 歌 と の 関 わ りの 中 で 『女 性 俳 句 の 光 と 影 』(日 本 放 送 出 版 協 会  2008.7.

25  pp.10‑11)の 中 で 次 の よ う に 記 し て い る。

発 句 と同 じ形 式 文 芸 で あ る短 歌 が『 万 葉 集 』 に遡 る歴 史 を持 って い るの に く らべ て、 俳諧 の歴 史 は そ の半 分 に も及 び ま せ ん。 蕉 風 を確 立 さ せ た芭 蕉 が亡 くな って か らま だ約 三 百 年, よ く知 られ た一 茶 の没 後 、 ま だ約 百 八 十 年 しか た って い な い の で す。 現 在 、つ か わ れ て い る 俳 句 とい う呼 び名 が定 着 した の が 明治 時代 、 これ もよ うや く百 余 年 とい う歴 史 で す。 そ の 中 で も、 女 性 が俳 句 に一つ の層 を な して か か わ って きた の は、 た か だ か こ こ五 十 年 く らい の も の な の で す。 短 歌 の女 歌 とい う系 譜 に俳 句 を並 べ て遡 って ゆ きま す と 「明星 」 の女 性 歌 人 た ち、 与 謝 野 晶子 や 山川 登 美 子 の横 に並 記 し得 る女 性 俳 人 が居 な い の で す。 女 性 と して は じめ て 「ホ ト トギ ス」 の実 質 的 な巻 頭 に登 場 した竹 下 しづ の女 で す ら、1901年 の与 謝 野 晶子 『み だ れ髪 』 初 版 刊 行 に遅 れ る こ と二 十 年 、1920年 の こ とだ った の で す。

7:「 女 性 俳 句 の こ れ か ら ス ペ シ ャ ル 対 談  女 性 俳 句 の 底 力 」(『俳 句 』 角 川 書 店  2011.7)p85 8:岩 田 由 美 「現 在 の 女 流 俳 句 を 考 え る 〜 女 性 ら し さ と は 〜 」(『俳 句 』 角 川 書 店  1995.9)p92 9:松 尾 勝 郎 「い わ ゆ る 『四 女 句 集 』 につ い て 〜 近 世 女 流 俳 人 の 一 斑 〜 」(松 蔭 大 学 付 属 経 営

文 化 研 究 所 紀 要 編 集 委 員 会『 松 蔭 大 学 紀 要  第 五 号 』2005.1)  pp.165‑166

10:「 加 賀 千 代 女(表 具 師 → 俳 人)小 説 や 絵 画 に も 描 か れ て き た 才 色 兼 備 の 女 流 俳 人 」(『 サ ラ イ 』 小 学 館  2008.2)p113

11:井 本 農 一 「近 世 女 流 俳 人 散 見 」(『俳 句 』 角 川 書 店  1965.10)p53 12:山 下 一 海 「戦 後 女 流 俳 句 の 流 れ 」(『俳 句 』 角 川 書 店  1995.9)p78

13:鍵 和 田? 子 「汀 女 と 同 時 代 の 女 流 俳 人 」(『俳 句 』 角 川 書 店  1995.2)pp.134‑135 14:市 古 夏 生 ・管 聡 子 『日本 女 性 文 学 大 事 典 』 日本 図 書 セ ン タ ー  2006.1  p278 15:平 井 照 敏 「中 村 汀 女 の 世 界 」(『俳 句 』 角 川 書 店1997)p117

16:山 本 健 吉 「中 村 汀 女 」(小 川 濤 美 子 他4監 修 『4T+H女 性 俳 句 の 先 覚 者 』 東 京 四 季 出 版 1997.11.10  p52)

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